(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022045018
(43)【公開日】2022-03-18
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼製伸線材および該伸線材から形成された医療器具、並びに、伸線加工方法。
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220311BHJP
C21D 7/02 20060101ALI20220311BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20220311BHJP
B21C 1/00 20060101ALI20220311BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C21D7/02 E
C22C38/58
B21C1/00 B
B21C1/00 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020150478
(22)【出願日】2020-09-08
(71)【出願人】
【識別番号】390003229
【氏名又は名称】マニー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 智洋
【テーマコード(参考)】
4E096
【Fターム(参考)】
4E096EA03
4E096EA12
4E096EA13
4E096KA01
4E096KA09
(57)【要約】
【課題】 曲げ延性と捻じり特性とを備えたオーステナイト系ステンレス鋼製伸線材および該線材を用いた医療器具を提供する。
【解決手段】 JISG4314WPB規格値以上の引張強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼製伸線材であって、前記伸線材の単位体積あたりのマルテンサイト相分率が線径0.6mm以上0.7mm以下で55%以下であり、線径0.265mm以上0.3mm未満で66%以下であり、線径0.145mm以上0.16mm以下で79%以下である。オーステナイト系ステンレス鋼線材を伸線加工するにあたっては、前段の加工で30%付近の減面率域に設定し、後段の加工で10%付近の減面率域に設定する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
JISG4314WPB規格値以上の引張強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼製伸線材であって、
前記伸線材の単位体積あたりのマルテンサイト相分率が、
線径0.6mm以上0.7mm以下で55%以下であり、
線径0.265mm以上0.3mm未満で66%以下であり、
線径0.145mm以上0.16mm以下で79%以下である
オーステナイト系ステンレス鋼製伸線材。
【請求項2】
前記オーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、C:0.15以下、Si:1.00以下、Mn:2.00以下、P:0.045以下、S:0.03以下、Ni:6.00~14.00、Cr:16.00~20.00の主成分からなる請求項1記載の伸線材。
【請求項3】
請求項1記載の伸線材を用いて形成された医療器具。
【請求項4】
オーステナイト系ステンレス鋼からなる線材を伸線加工する方法であって、
前記伸線加工前段の線径で第1の減面率域に設定する工程と、
前記伸線加工後段の線径で第2の減面率域に設定する工程とを具備し、
前記第1の減面率域が前記第2の減面率域の2倍以上に設定される伸線加工方法。
【請求項5】
前記第1の減面率域が20%以上に設定される請求項4記載の伸線加工方法。
【請求項6】
前記第1の減面率域が30%を基準に設定され、前記第2の減面率域が10%を基準に設定される請求項5記載の伸線加工方法。
【請求項7】
前記第1の減面率域は、JISG4314WPB規格値未満の引張強度となる線径域のいずれかで設定され、
前記第2の減面率域は、JISG4314WPB規格値以上の引張強度となる線径域のいずれかで設定される請求項4記載の伸線加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼製伸線材および該線材から形成された医療器具、並びに、伸線加工方法に関し、特に、曲げ延性と捻じり特性とを備えた高強度伸線材に関する。
【背景技術】
【0002】
縫合針やナイフなど医療器具用の素材として、SUS302やSUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼線材を伸線加工により加工硬化させることで、折れにくく錆びにくい医療器具用素材が提供されている。
【0003】
しかしながら、これらのステンレス鋼線材は、加工度に対する硬化度が大きく、加工に伴い硬度と引張強度が上昇してゆくとともに、加工難度が上がってゆく傾向が見られる。
【0004】
従って、線径の細い線材を得ようとすると、加工途中で断線したり、所望の線径が得られたとしても、曲げや捻じりに対する延性が不足し、使用に伴う経年劣化が課題となる。
【0005】
このような伸線加工による断線等の課題を解決する手段として、ダイス加工による減面率を工夫した下記特許文献1乃至5のような手法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平09-099312号公報
【特許文献2】特開2012-045579号公報
【特許文献3】特許第3938240号公報
【特許文献4】特許第4016894号公報
【特許文献5】特許第5879897号公報
【0007】
しかしながら、これらの手法では、オーステナイト系ステンレス鋼に特有の加工硬化挙動により、断線や劣化が生じ得るため、オーステナイト系ステンレス鋼の伸線加工に対しては、十分な強度が得られず、依然として新規な手法が望まれる。
【0008】
特に、縫合針のような細線状の医療器具においては、0.7mm以下の線径でピアノ線相当となるJISG4314のWPB以上の引張強度を有する線材が望まれており、このような高強度の線材をオーステナイト系ステンレス鋼の伸線加工で得ることは極めて困難であった。
【0009】
即ち、錆びにくく折れにくいオーステナイト系ステンレス鋼製の医療器具を得たい場合であっても、従来のオーステナイト系ステンレス鋼製伸線材から線径0.7mm以下の線状医療器具を形成すると、強度面で改善の余地が多く、線径が細くなればなる程より高い強度と延性が必要となる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明は、曲げ延性と捻じり特性とを備えたオーステナイト系ステンレス鋼製伸線材および該線材から形成された医療器具、並びに、伸線加工方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、請求項1記載の発明は、JISG4314WPB規格値以上の引張強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼製伸線材であって、前記伸線材の単位体積あたりのマルテンサイト相分率が、線径0.6mm以上0.7mm以下で55%以下であり、線径0.265mm以上0.3mm未満で66%以下であり、線径0.145mm以上0.16mm以下で79%以下である。 このように、単位体積あたりのマルテンサイト相分率を55%以下に抑えることにより、線径の細いオーステナイト系ステンレス鋼線材であっても、必要な曲げ延性と捻じり強度を得ることができる。
【0012】
伸線加工により生じたマルテンサイト相分率は、加工誘起マルテンサイト変態と同意であり、中性子回折測定により単位体積あたりの値として測定可能である。
【0013】
ここで、線径がより細くなる領域では、伸線加工時の熱履歴などが変わることで、マルテンサイト相分率の基準が緩和され、線径0.265mm以上0.3mm未満で66%以下、線径0.145mm以上0.16mm以下で79%以下まで緩和できる。
【0014】
また、請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、前記オーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、C:0.15以下、Si:1.00以下、Mn:2.00以下、P:0.045以下、S:0.03以下、Ni:6.00~14.00、Cr:16.00~20.00の主成分からなる。
【0015】
この配合比のオーステナイト系材が冷間加工でバネ材にすることで、医療器具に有用となる材料であり、かつ、加工硬化によるマルテンサイト変態の挙動が本発明の趣旨に合致する材料となる。この配合比に該当する規格材としては、SUS301、SUS302、SUS304、SUS316がある。
【0016】
本発明は、このような一般的に流通しているSUS材であっても有効に適用可能であり、特殊な組成変更を伴うことなく、ピアノ線以上の引張強度と十分な延性を有するオーステナイト系ステンレス鋼線材を得ることができる。
【0017】
また、請求項3記載の発明は、請求項1記載の伸線材を用いて形成された医療器具である。
【0018】
このように、本発明に係る高強度の線材を用いることで、縫合針のような細い線径であっても、十分な曲げ延性と捻じり強度が要求される医療器具を好適に提供することができる。
【0019】
また、請求項4記載の発明は、オーステナイト系ステンレス鋼からなる線材を伸線加工する方法であって、前記伸線加工前段の線径で第1の減面率域に設定する工程と、前記伸線加工後段の線径で第2の減面率域に設定する工程とを具備し、前記第1の減面率域が前記第2の減面率域の2倍以上に設定される。
【0020】
このように、前段における伸線加工の減面率を後段における線加工の減面率の2倍以上とすることで、オーステナイト系ステンレス鋼線材を線径0.7mmまで減面した場合であっても、単位体積あたりの加工誘起マルテンサイト変態を55%以下に維持することができる。
【0021】
ここで、第1および第2の減面率域は、所定範囲内で設定された減面率を意味し、2倍以上とは、各減面率域の差が2倍以上あれば良く、各減面率域の平均値の2倍以上でも良く、より望ましくは、第1の減面率域の最小値を第2の減面率域の最大値の2倍以上に設定することで、両者の間に十分な差を確保しておく。
【0022】
また、請求項5記載の発明は、請求項4記載の発明において、前記第1の減面率域が20%以上に設定される。
【0023】
このように、前段の減面率域を20%以上とすることで、線径0.7mmまで減面した場合であっても、マルテンサイト相分率を55%以下に維持することができ、必要な捻じり強度を得ることができる。
【0024】
また、請求項6記載の発明は、請求項5記載の発明において、前記第1の減面率域が30%を基準に設定され、前記第2の減面率域が10%を基準に設定される。
【0025】
このように、前段の減面率を30%基準、後段の減面率を10%基準に設定することで、ダイス数の過度な増加を避けつつ、マルテンサイト相分率を好適に制御することができる。
【0026】
ここで、30%基準とは、第1の減面率域を構成する減面率の平均値を30%としても良く、中間値を30%としても良く、30%±3%のような30%付近としても良い。10%基準についても同様である。
【0027】
また、請求項7記載の発明は、請求項4記載の発明において、前記第1の減面率域は、JISG4314WPB規格値未満の引張強度となる線径域のいずれかで設定され、前記第2の減面率域は、JISG4314WPB規格値以上の引張強度となる線径域のいずれかで設定される。
【0028】
このように、第1の減面率域と第2の減面率域をJISG4314WPB規格値を基準として前後に割り当てることで、JISG4314WPB規格値の引張強度を得つつ、マルテンサイト相分率を好適に制御することができる。
【0029】
これは、WPB規格値以上の引張強度まで縮径すると、強度や延性の課題が顕著化し始めることと関連する。実用的には、前後に割り当てる基準値をWPB規格値+100~200MPaまで引き上げても良く、これにより前半の高めの減面率域を増やすことができるため、ダイス数の短縮が可能となる。
【0030】
具体的には、0.6mm~0.7mm線径の線径を得る場合には、引張強度2300MPa未満の線径で第1の減面率域に設定し、引張強度2400MPa超の線径で第2の減面率域に設定することで、高強度高延性の伸線材が得られる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、曲げ延性と捻じり特性を備えたオーステナイト系ステンレス鋼製伸線材が得られる。特に、線径0.7mm以下でJISG4314WPB規格値以上の引張強度を有するオーステナイト系ステンレス鋼製伸線材および医療器具を形成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】本発明に係る伸線加工の概念を示す断面図である。
【
図2】本発明と従来例との比較結果を示す比較図である。
【
図4】実施例1の加工条件および結果を示す図である。
【
図5】実施例2の加工条件および結果を示す図である。
【
図6】比較例1の加工条件および結果を示す図である。
【
図7】比較例2の加工条件および結果を示す図である。
【
図8】比較例3の加工条件および結果を示す図である。
【
図9】実施例1、2および比較例1、2、3における曲げ試験および捻回試験の結果を示す図である。
【
図10】実施例3の加工条件および結果を示す図である。
【
図11】実施例4の加工条件および結果を示す図である。
【
図12】比較例4の加工条件および結果を示す図である。
【
図13】比較例5の加工条件および結果を示す図である。
【
図14】実施例5の加工条件および結果を示す図である。
【
図15】実施例6の加工条件および結果を示す図である。
【
図16】比較例6の加工条件および結果を示す図である。
【
図17】比較例7の加工条件および結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態を、添付図面を参照して説明する。
【0034】
図1は、本発明に係る伸線加工の概念を示す断面図である。同図(a)に示すように、出発材料は線径2.0mmのオーステナイト系ステンレス鋼線材であり、これを減面率30%のダイスを用いた多段線引加工により、同図(b)に示すような線径1.396mmの伸線材とし、続いて減面率20%のダイスを用いた多段線引加工により、同図(c)に示すような線径1.073mmの伸線材とし、続いて減面率10%のダイスを用いた多段線引加工により、同図(d)に示すような線径0.600mmの伸線材を得る。
【0035】
同図(a)に示すように、最初の段階では、線材10の断面は比較的均一なオーステナイト組織であるが、同図(b)~(d)に示すように、線径が減面されると、コア部Cとシェル部Sとからなるコアシェル構造に変化し、加工硬化が進むに従って、コア部Cからシェル部Sに向かって、加工誘起のマルテンサイト変態、即ち、マルテンサイト相分率が高くなる。
【0036】
このオーステナイト系ステンレス鋼材に特有の加工硬化挙動によって、本来軟らかなステンレス鋼線材の剛性が向上し、縫合針のような医療器具への適用が可能となる。
【0037】
しかしながら、線径の減少に伴ってマルテンサイト相分率が高くなり過ぎると断線に至ることがオーステナイト系の強度限界を決める要因となり得ることを見出し、鋭意検討を行った結果、マルテンサイト相分率の抑制が可能な減面方法を想到するに至った。
【0038】
図2は、本発明と従来例との比較結果を示す比較図である。同図(a)が本発明に係る伸線加工法であり、同図(b)が従来例である。同各図には、
図1と同一の伸線加工にて、オーステナイト系のSUS302およびSUS304を加工したときの減面率と各減面率におけるマルテンサイト相分率との関係が示される。
【0039】
同図(a)に示すように、線径が大きな前段階での減面率を30%とし、線径が小さな後段階での減面率を10%とすることで、ピアノ線相当の強度を得るために必要な55%以下のマルテンサイト相分率に抑制できている。尚、同図中の符号RRHで示す領域が減面率が高めに設定された減面率域であり、符号RRLで示す領域が減面率が低めに設定された減面率域である。
【0040】
これに対し、同図(b)の従来例に示すように、全ての線径で減面率を低めの11%に設定すると、線径1.0mm付近でマルテンサイト相分率が60%近くまで上がり、さらに、線径0.6mmの最終段では80%を超える結果となる。尚、同図中に「*」が付された値は、マルテンサイト相分率が55%を超えた値であり、十分な曲げ延性と捻じれ強度が得られない金属組織となる。
【0041】
図3は、
図2の結果をプロットしたグラフである。同図中の二点鎖線で示す基準値THが本発明にて強度達成の基準とする55%のマルテンサイト相分率であり、実線が本発明、点線が従来例である。同図に示すように、高めの減面率から低めの減面率に変移させる減面率可変加工がマルテンサイト相分率の抑制に有用であり、従来の減面率固定加工では得られなかった高強度な細径の伸線材を得ることができる。
【0042】
以上の知見に基づき検証したマルテンサイト相分率の制御因子を実施例および比較例として説明する。尚、以下の説明においては、実施例および比較例のパラメータとして、線材を通すダイス数、得られる線径、各ダイスの減面率、得られる引張強度、強度目標の基準とするJISG4314のWPB規格上限値および得られるマルテンサイト相分率の関係を考慮する。
【0043】
図4は、実施例1の加工条件および結果を示す図である。同図中の「減面率」に示すように、ダイス数1~4までは30%付近の減面率に設定し、ダイス数5~9までは10%付近の減面率に設定した結果、0.6mmまで縮径した場合であっても、マルテンサイト相分率が55%以下に抑えられていることがわかる。
【0044】
ここで、後述の実施例2と関係から導かれることとして、同図中の符号RRHで示すように、引張強度が2300MPa未満の線径では、高めの減面率域に設定し、同図中の符号RRLで示すように、引張強度2400MPa超の線径では、低めの減面率域に設定することがマルテンサイト相分率の制御に重要となる。尚、引張強度が2300MPa~2400MPaの領域で設定される減面率は、符号RRHおよびRRLで示す領域ほどマルテンサイト相分率の制御に大きく影響しないが、両者と同等または両者の間の値に設定することが望ましい。
【0045】
図5は、実施例2の加工条件および結果を示す図である。同図は、実施例1の9ダイスを8ダイスとし、工程短縮を図ったときの例である。同図のダイス5における減面率に示すように、引張強度が2300MPa~2400MPaの領域の減面率を19%まで引き上げても、マルテンサイト相分率が好適に制御されることがわかる。
【0046】
図6は、比較例1の加工条件および結果を示す図である。同図中の符号RRHの領域に示すように、引張強度が2300MPa未満の線径で減面率を19%に設定すると、引張強度2400MPa超の線径で減面率を10%に落としたとしても、0.7mm近くまで縮径したときにマルテンサイト相分率が55%を超える結果となる。よって、0.7mm以下の線径で十分な強度を得るためには、前段の減面率を20%以上とすることが望ましい。
【0047】
図7は、比較例2の加工条件および結果を示す図である。同図中の符号RRLで示すように、最初から最後まで減面率を低めの値に固定した従来方法では、0.7mmまで縮径したときのマルテンサイト相分率が55%を大きく超えることがわかる。
【0048】
図8は、比較例3の加工条件および結果を示す図である。同図からも減面率を低めの値に固定した従来方法では、十分な強度を有する0.7mm以下の線材は得られないことがわかる。
【0049】
図9は、実施例1、2および比較例1、2、3における曲げ試験および捻回試験の結果を示す図である。同図に示す曲げ試験は、伸線加工後に180度のエージング処理を施し、90度の曲げ試験を実施したときの結果であり、同図に示す捻回試験は、伸線加工後に180度のエージング処理を施し、捻じり破断角を確認した結果である。
【0050】
同図に示すように、実施例1および実施例2では、曲げ試験および捻回試験の合格基準を満たしており、曲げ延性および捻じり強度も十分得られていることがわかる。
【0051】
他方、比較例1では、曲げ試験は合格基準を満たしているが、捻回試験が満たしておらず、捻じり強度が不足していることがわかる。また、比較例2および比較例3では、曲げ延性および捻じり強度のいずれも不足していることがわかる。
【0052】
図10は、実施例3の加工条件および結果を示す図である。同図は、線径0.265mmを得る場合の例であり、符号RRHで示す30%付近の減面率域から符号RRLで示す10%付近の減面率域に変化させることにより、線径0.265mmであっても曲げ試験および捻回試験をクリアした伸線材が得られた。
【0053】
図11は、実施例4の加工条件および結果を示す図である。同図は、実施例3の8ダイスを9ダイスとした場合の例であり、実施例3と同様、曲げ試験および捻回試験をクリアした伸線材が得られた。
【0054】
図12は、比較例4の加工条件および結果を示す図である。同図は、減面率を10%に固定した従来法で0.257mmまで縮径した場合の例であるが、この加工条件で得られた伸線材は曲げ試験および捻回試験をクリアできなかった。
【0055】
図13は、比較例5の加工条件および結果を示す図である。同図は、減面率を16%に固定した従来法で0.268mmまで縮径した場合の例であるが、この加工条件で得られた伸線材は曲げ試験および捻回試験をクリアできなかった。
【0056】
以上説明した実施例3、4および比較例4、5の結果より、線径0.3mm未満の線径では、単位体積あたりのマルテンサイト相分率を66%以下に制御することが曲げおよび捻じりの両面で十分な強度と延性を備えた伸線材の形成に必要となることがわかる。
【0057】
尚、0.6mm~0.7mm径でのマルテンサイト相分率の基準は55%以下であったが、線径がより細くなる領域では、減面加工時の熱履歴などが変わることで、マルテンサイト相分率の基準が66%まで緩和できることがわかった。比較例4、5のマルテンサイト相分率には、この基準を超える値を「*」にて示す。
【0058】
図14は、実施例5の加工条件および結果を示す図である。同図は、線径0.145mmを得る場合の例であり、符号RRHで示す30%付近の減面率域から符号RRLで示す10%付近の減面率域に変化させることにより、線径0.145mmであっても曲げ試験および捻回試験をクリアした伸線材が得られた。
【0059】
図15は、実施例6の加工条件および結果を示す図である。同図は、実施例5の8ダイスを9ダイスとした場合の例であり、実施例5と同様、曲げ試験および捻回試験をクリアした伸線材が得られた。
【0060】
図16は、比較例6の加工条件および結果を示す図である。同図は、減面率を10%に固定した従来法で0.155mmまで縮径した場合の例であるが、この加工条件で得られた伸線材は曲げ試験および捻回試験をクリアできなかった。
【0061】
図17は、比較例7の加工条件および結果を示す図である。同図は、減面率を16%に固定した従来法で0.140mmまで縮径した場合の例であるが、この加工条件で得られた伸線材は曲げ試験および捻回試験をクリアできなかった。
【0062】
以上説明した実施例5、6および比較例6、7の結果より、線径0.160mm以下の線径では、単位体積あたりのマルテンサイト相分率を79%以下に制御することが曲げおよび捻じりの両面で十分な強度と延性を備えた伸線材の形成に必要となることがわかる。
【0063】
尚、これらの例からも、線径がより細くなる領域では、減面加工時の熱履歴などが変わることで、マルテンサイト相分率の基準が79%まで緩和できることがわかった。比較例6、7のマルテンサイト相分率には、この基準を超える値を「*」にて示す。
【符号の説明】
【0064】
10…線材
C…コア部
S…シェル部