(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022045056
(43)【公開日】2022-03-18
(54)【発明の名称】アイアンクラブヘッドとその製造方法
(51)【国際特許分類】
A63B 53/04 20150101AFI20220311BHJP
A63B 102/32 20150101ALN20220311BHJP
【FI】
A63B53/04 F
A63B102:32
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020150540
(22)【出願日】2020-09-08
(71)【出願人】
【識別番号】591002382
【氏名又は名称】株式会社遠藤製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100093687
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 元成
(74)【代理人】
【識別番号】100139789
【氏名又は名称】町田 光信
(74)【代理人】
【識別番号】100168468
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 曜
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 将志
(72)【発明者】
【氏名】天野 淳一
(72)【発明者】
【氏名】岡田 誠
【テーマコード(参考)】
2C002
【Fターム(参考)】
2C002AA03
2C002CH01
2C002MM04
2C002PP03
(57)【要約】
【課題】溶接の熱影響があっても軟化し難い材料をフェース部に用いることにより、耐久性、機械特性が変わらない。
【解決手段】クラブヘッドの本体12と、これにレーザ溶接により固着されたもので、異なる材質を備えたフェース部11を有するアイアンクラブヘッドである。フェース部11は、熱間圧延によって造られた板状の合金工具鋼鋼材であり、溶接により前記本体に固着されている。合金工具鋼鋼材は、C:0.35~0.42重量%、Si:0.80~1.20重量%、Mn:0.25~0.50重量%、Cr:4.50~5.50重量%、Mo:1.00~1.50重量%、V:0.80~1.15重量%、不可避的不純物、及びFe:残部である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アイアンクラブヘッドの本体と、前記本体と異なる材質を備えたフェース部を有するアイアンクラブヘッドにおいて、
前記フェース部は、圧延によって造られた板状の合金工具鋼鋼材であり、溶接により前記本体に固着されたものであり、前記溶接される前の調質された硬さが平均470Hv以上である
ことを特徴とするアイアンクラブヘッド。
【請求項2】
請求項1に記載のアイアンクラブヘッドにおいて、
前記溶接は、レーザ光を熱源とするレーザ溶接である
ことを特徴とするアイアンクラブヘッド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のアイアンクラブヘッドにおいて、
前記合金工具鋼鋼材は、C:0.35~0.42重量%、Si:0.80~1.20重量%、Mn:0.25~0.50重量%、Cr:4.50~5.50重量%、Mo:1.00~1.50重量%、V:0.80~1.15重量%、不可避的不純物、及びFe:残部である
ことを特徴とするアイアンクラブヘッド。
【請求項4】
請求項2に記載のアイアンクラブヘッドの製造方法であって、
前記本体に貫通孔を形成し、前記本体に前記調質された前記フェース部材の接合面である取付け面に、前記取付け面の外周側から前記レーザ溶接により、前記フェース部材を溶接する
ことを特徴とするアイアンクラブヘッドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アイアンクラブヘッドとその製造方法に関する。更に詳しくは、アイアンクラブヘッドに溶接により組立されるフェース部の素材に、溶接熱による影響が少ない、熱抵抗性に優れた素材を用いた、アイアンクラブヘッドとその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゴルフクラブに求められる性能としては、ドライバーに代表されるウッドは一般には飛距離を追及したものであり、一方、アイアンは飛距離の正確性を追及したものが多い。しかし、近年はアイアンも飛距離追求型が登場して、プレイヤーに好まれている。アイアンで飛距離を追及する場合、用具の技術的な面から言えば、ウッドと同様に反発係数(COR)を大きくする方法がある。反発係数を大きくする手段としては、ボールとのインパクトでフェース部を撓み易くすることである。そのための要素としては、フェース部の板厚を薄くする、フェース部のヤング率を下げる、フェース部を大きくする、といった方法等が知られている。この中で、ヤング率は素材固有のものであり、アイアンのフェース部が鉄系が主流であることを考えると、材質で決まるヤング率を大きく変えることは難しいので、ヤング率を下げることはできない。他方、フェース部を大きくすることは、直接地面にあるボールを打撃するアイアンとしては、重心点が上がるだけで意味がない。
【0003】
上記の状況から、アイアンの反発係数を上げる方法としては、フェース部の板厚を薄くする方法がもっとも容易である。しかし、このフェース部の板厚を薄くすると、耐久性が低下するという問題がある。そこで、アイアンは、一般的にはヘッド本体とは別の高強度の材料をフェース部に採用している場合が多い。本出願人は、ヘッド本体とは素材が異なる高強度材料の圧延鋼板から、フェース形状にブランクされた板部材を、焼入れ・焼戻し、調質等の熱処理を行ってフェース部として作製し、ヘッド本体にレーザ溶接するゴルフクラブト及びその製造方法を提案した(特許文献1)。また、本出願人は、フェース部を薄肉化するために、フェース部の素材として、ニッケル・クロム・モリブデン合金鋼(SAE8655)を基材として、これにモリブデン(Mo)、バナジウム(V)を添加した特殊鋼を提案した(特許文献2)。特殊鋼は、強靭性を保つために低い温度で焼戻しても靭性が低下せず、機械的な弾性、反発力、強度がえられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-223686号
【特許文献2】特開2005-7049号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ヘッド本体と別材質であるフェース部の固定(組立)は、レーザ溶接で行うが、ボンド部「溶融部(溶接金属)と母材との境界の部分」、及びその近傍は、レーザ溶接による溶接部の溶融熱により、溶接前に硬度等が最適に調質されたフェース部の一部が、焼き戻しされ軟化してしまうという問題がある。このボンド部とその近傍の軟化は、フェース部のバネ性を低め、フェース部の薄肉化の効果を半減してしまい、かつ機械的強度も低下させてしまい打撃疲労破壊にも繋がる。
本発明の目的は、溶接の熱影響があっても軟化し難い材料をフェース部に用いることにより、耐久性、機械特性が変わらない、アイアンヘッドとその製造方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、フェース部の材料として、他の製品分野で汎用されている合金工具鋼鋼材を採用した、アイアンヘッドとその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明1のアイアンクラブヘッドは、
アイアンクラブヘッドの本体と、前記本体と異なる材質を備えたフェース部を有するアイアンクラブヘッドにおいて、
前記フェース部は、圧延によって造られた板状の合金工具鋼鋼材であり、溶接により前記本体に固着されたものであり、前記溶接される前の調質された硬さが平均470Hv以上であることを特徴とする。
本発明2のアイアンクラブヘッドは、本発明1のアイアンクラブヘッドにおいて、前記溶接は、レーザ光を熱源とするレーザ溶接であることを特徴とする。
【0007】
本発明3のアイアンクラブヘッドは、本発明1又は2のアイアンクラブヘッドにおいて、前記合金工具鋼鋼材は、C:0.35~0.42重量%、Si:0.80~1.20重量%、Mn:0.25~0.50重量%、Cr:4.50~5.50重量%、Mo:1.00~1.50重量%、V:0.80~1.15重量%、不可避的不純物、及びFe:残部であることを特徴とする。
【0008】
本発明4のアイアンクラブヘッドの製造方法は、本発明2のアイアンクラブヘッドの製造方法であって、前記本体に貫通孔を形成し、前記本体に前記調質された前記フェース部材の接合面である取付け面に、前記取付け面の外周側から前記レーザ溶接により、前記フェース部材を溶接することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のアイアンクラブヘッドとその製造方法は、フェース部の素材に合金工具鋼鋼材を使用して、溶接熱による焼戻し軟化抵抗性を高めたので、溶接後もフェース面を調質後の一様の硬さの維持が可能となる。また、この合金工具鋼鋼材は、溶接熱による熱衝撃と熱疲労に強いので、ボールの打撃による疲労破壊にも耐えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の実施の形態のアイアンクラブヘッドを示す正面図である。
【
図2】
図2は、
図1に示すアイアンクラブヘッドの分解斜視図である。
【
図3】
図3は、本発明の実施の形態のアイアンクラブヘッドをスコアラインの中央で切断したときの断面図である。
【
図4】
図4は、本発明の実施の形態のアイアンクラブヘッドの溶接部の拡大断面図である。
【
図5】
図5は、本発明の実施の形態のアイアンクラブヘッドのソール側の溶接部を切断した断面図であり、溶接部の近傍を測定したビッカース硬度である。
【
図6】
図6は、従来のアイアンクラブヘッドのソール側の溶接部の近傍を切断した断面図であり、溶接部の近傍を測定したビッカース硬度である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1~
図4は、本発明を適用した実施の形態のアイアンクラブヘッドの構造例を示すものである。アイアンクラブヘッド1には、概略ヘッド本体12とシャフト2からなる。クラブヘッド1は、前面にゴルフボール(図示せず)を打撃するためのフェース面3が形成され、このフェース3の上部にトップと称する上面4、下部にソール5、一側にトウ6、他側にヒール7を形成している。そしてヒール7の上部に、シャフト2を取り付けるホーゼル8を有している。このホーゼル8に、シャフト2の下端が連結固定されている。アイアンクラブヘッド1のヘッド本体12の背面中央に、キャビティと称される背面凹部9が形成されている。この背面凹部9の下部は削られたような底面凹部10が形成されている(
図3参照)。
【0012】
次に、クラブヘッド1の製造方法について説明する。本例のクラブヘッド1は、
図2に示すように、フェース3を有する板材のフェース部材11と、このフェース部材11の背面側に配置されるヘッド本体12の二部材を一体化したものである。フェース部材11とヘッド本体12とは、異なる材料によって形成されている。ヘッド本体12の素材は、本例では機械構造用炭素鋼(S20C等)である。フェース部材11の素材は、圧延によって造られた板状の合金工具鋼鋼材(日本工業規格(JIS)SKD61等)である。ヘッド本体12は、下部にソール5を形成すると共に、上部に上面4を形成し一側にはトウ6を形成すると共に他側にホーゼル8を形成している。更に、ヘッド本体12には、ヒール7側を除いて前面にはフェース部材11を取り付けるために、このフェース部材11の厚みと同等の深さを形成する段部13が形成され、この段部13を含んで、フェース部材11の取付け面14が形成されている。更に、ヘッド本体12には、背面凹部9の他に底面凹部10も形成されている(
図3参照)。
【0013】
フェース部材11の一側縁15及び上縁17、下縁18は、ヘッド本体12のトウ7側の前縁6A、上面4の前縁4A及びソール5の前縁5Aと同じ大きさに形成されており、更に、他側縁16は、段部13と同じ大きさに形成されている。そして、フェース部材11の背面を取付け面14に当接させ、ヘッド本体12の前記トウ6側の前縁6A、上面4の前縁4A及びソール5の前縁5Aのそれぞれに、フェース部材11の一側縁15、上縁17及び下縁18のそれぞれの背面側をそれぞれ揃えて突き合せる。この突き合せ部19Aを溶接し(
図3)、この溶接部19によって、フェース部11をヘッド本体12に固着するものである。尚、フェース部11の他側縁16は、ヘッド本体12の段部13に突き合わせて、この突き合わせ部も溶接部19Bによって固着する(
図1参照)。
【0014】
溶接方法は、レーザ溶接によって行うものであり、
図4に示すように、レーザ溶接装置のノズル20を突き合せ部19Aの外縁に対向させて、突き合せ部19Aの外縁にレーザビーム20Aを向けて照射して溶接部19を形成するものである。このような溶接における前記ノズル20は、突き合せ部19Aの長手方向Z(
図1参照)、すなわちヘッド1の上面4、トウ6及びソール5、或いはソール5、トウ及び上面4に沿って移動して、連続した溶接部19を形成するものである。なお、ヘッド本体12の背面中央の背面凹部9は、フェース部材11を溶接する前は貫通孔であるが、このフェース部材11側の貫通孔のフェスー部材11側で内周面の角部は、面取り19Aされている。そして、レーザ溶接においてはレーザビーム20Aは指向性が優れているので、溶接部19の溶け込み部がフェース3の中央部、すなわちフェース3の面方向に沿って溶接ビードが流れる。
【0015】
このようにして、フェース部材11をヘッド本体12に固着した後、或いはその前にフェース部材11の正面にはスコアラインである横向きの小溝21が上下多段に形成されており、そしてクラブヘッド1は研磨や鍍金等を施された後に、ホーゼル3にシャフト2が接着剤等により連結、固定されるものである。
【実施例0016】
上記のような構造、及び製造方法で得られたクラブヘッド1を、規格された標準ゴルフボールによる打撃試験で、フェース部材11の耐久性、及びレーザ溶接によるフェース部材11の溶接熱による焼戻し軟化の硬度を測定した。以下、その試験結果を実施例に換えて実験例として示す。表1は、実験方法の概要を示すものである。
【表1】
【0017】
[実験例1]
実験条件および実験結果は、以下に示す通りである。
・フェース部素材:SKD61(JIS合金工具鋼鋼材)、板厚1.8mm、熱処理条件(1050℃空冷焼き入れ後、600℃で2回の焼き戻し)、熱処理による目標硬度(500Hv±30Hv)
このフェース部を構成する素材の成分は、次の表2に示す通りである。
【表2】
【0018】
・ヘッド本体の素材:機械構造用炭素鋼(S20C)
・製造方法の概要:機械加工されたヘッド本体に、上記条件で熱処理された上記フェース素材をレーザ溶接し、表面にメッキ処理した。
・レーザ溶接:出力1600W、送り速度700~850mm/min.で溶接した。
・打撃試験方法:上記メッキ処理後、打撃ロボットでボールを打撃速度40m/sで、フェース部が破壊されるまで上記打撃ロボットで打撃した。上記破断後、溶接部の近傍の断面の硬度を測定した。
・打撃試験機:圧縮空気でボールを加速する「打撃耐久試験機」(株式会社遠藤製作所(本出願人)製)を用いた。
・打撃に用いた使用ボール:USGA/R&A Calibration
【0019】
(試験結果)
上記打撃試験装置による3022球で、ソール5側の最下段のスコアラインに沿って、フェース部11の割れ(小溝21に沿った割れ)が生じた。
図5は、スコアラインである小溝21方向から直角の断面を示すソール5側の断面である。溶接部の近傍のビッカース硬度を示す(0.2mmピッチ)。測定した各部の硬度は、概ね、次の通りである。
・
図5の四角形内の硬度(溶接の影響がない部分):平均513.5Hv
・462Hv以下の硬度領域(上記平均513.5Hvの10%減以下の硬度の領域):
図5の点線内(上下幅で最大で約0.25mm)
【0020】
以上の実験例1の結果から、この合金工具鋼鋼材を用いたフェース部11の硬度は、レーザ溶接による溶接部19の外延のボンド部も含めて、概ね500~600Hvの範囲内にあり、レーザ溶接による溶接熱の影響を殆ど受けず、レーザ溶接前に熱処理して調質した硬度を、あまり低下させていない。但し、小領域ではあるが、462Hv以下の硬度領域(点線内)があった。なお、背面凹部9の面取り部9A(
図4参照)の硬度(356Hv、372Hv)は、低下しているが、この部分は溶接部19のビードが流れた部分であり、フェース部11のボディ部12への取付け強度には影響ない部分である。
【0021】
[実験例2](比較例)
下記の実験条件以外は、実験例1と同一である。
・フェース部の素材:SAE8655(ニッケル・クロム・モリブデン鋼)-MOD-AY、板厚1.9mm、熱処理条件(850℃油焼入れ後、300℃で焼き戻し)、熱処理による目標硬度(500Hv±30Hv)
このフェース部を構成する素材の成分は、次の表3に示す通りである。
【表3】
・ヘッド本体の素材:機械構造用炭素鋼(S20C)
レーザ溶接した後、表面にメッキ処理した後、実験例1と同様に、溶接部の近傍の断面の硬度を測定した。
・レーザ溶接:出力1600W、送り速度700~850mm/min.で溶接した。
【0022】
(試験結果)
打撃試験装置による約4,000球で、ソール5側の最下段のスコアラインに沿って、フェース部11の割れ(小溝21に沿った割れ)が生じた。測定した各部の硬度(0.2mmピッチ)は、
図6に示すように、概ね、次の通りである。
・
図6の四角形内の硬度(溶接の影響がない部分):平均497.6Hv
・448Hv以下の硬度領域(平均497.6Hvの10%減以下の硬度):
図6の点線内(上下幅で約1.4mm)
【0023】
実験例2(比較例)は、
図6に示す硬度から理解されるように、溶接の熱影響によりフェース部11の硬度は、溶接熱により調質されたフェース部11の硬度(500Hv以上)よりも低く広い領域に確認される。特に、溶接部19の近傍である「連結部」の硬度は、337~453Hv(点線内の領域)と、調質前よりかなり低下している。