(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022045081
(43)【公開日】2022-03-18
(54)【発明の名称】高硬度材用スカイビングカッタ
(51)【国際特許分類】
B23F 21/10 20060101AFI20220311BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20220311BHJP
【FI】
B23F21/10
B23B27/14 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020150578
(22)【出願日】2020-09-08
(71)【出願人】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【弁理士】
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【弁理士】
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 嗣紀
(72)【発明者】
【氏名】笠井 康
(72)【発明者】
【氏名】山崎 格
【テーマコード(参考)】
3C025
3C046
【Fターム(参考)】
3C025EE02
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
(57)【要約】
【課題】高硬度材(ロックウエルCスケールで50HRC以上)に対して耐摩耗性に優れた高硬度材用スカイビングカッタを提供する。
【解決手段】円筒状の基体の外周縁部に複数の切れ刃が外周方向に向けて円環状に設けられている高硬度材用スカイビングカッタにおいて、切れ刃の先端に曲率半径で20μm以上40μm以下の範囲でR面取り加工を設ける。また、切れ刃の逃げ面には、少なくともAlTiCrNまたはAlCrNの硬質皮膜を被覆する。さらに、AlTiCrNの硬質皮膜については、Al:Ti:Cr=60~65%:30~35%:5%の原子比率で構成することもできる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状の基体の外周縁部に複数の切れ刃が外周方向に向けて円環状に設けられており、前記切れ刃の先端には曲率半径が20μm以上40μm以下の範囲でR面取り加工がされていることを特徴とする高硬度材用スカイビングカッタ。
【請求項2】
前記切れ刃の逃げ面には、少なくともAlTiCrNの硬質皮膜が被覆されていることを特徴とする請求項1に記載の高硬度材用スカイビングカッタ。
【請求項3】
前記AlTiCrNの硬質皮膜は、Al:Ti:Cr=60~65%:30~35%:5%の原子比率で構成されていることを特徴とする請求項2に記載の高硬度材用スカイビングカッタ。
【請求項4】
前記切れ刃の逃げ面には、少なくともAlCrNの硬質皮膜が被覆されていることを特徴とする請求項1に記載の高硬度材用スカイビングカッタ。
【請求項5】
前記AlCrNの硬質皮膜は、Al:Cr=60~70%:30~40%の原子比率で構成されていることを特徴とする請求項4に記載の高硬度材用スカイビングカッタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高硬度の材料に対して内歯車または外歯車の加工を行うスカイビングカッタに関する。
【背景技術】
【0002】
材料の表面硬さが、ロックウエルCスケールで50HRC以上の高硬度材に対して、歯車加工する場合、加工に使用するスカイビングカッタも相応の高硬度材(高速度工具鋼や超硬合金やセラミックス等)が使用される。このような、高硬度材を対象としてスカイビングカッタによる加工形態は、通常のスカイビング加工と区別するために、「ハードスカイビング加工」とも呼ばれる(特許文献1参照)。
【0003】
このハードスカイビング加工ではスカイビングカッタが高硬度であるので、歯車加工中にスカイビングカッタの切れ刃の先端部が突発的に折損する、もしくは摩耗量が大幅に増加する傾向にある。通常のスカイビング加工(いわゆるソフト加工)では、突発的な切れ刃の折損を防止するために、TiCNやTiAlNに代表される硬質皮膜の被覆(特許文献2および3参照)やスカイビングカッタの切れ刃先端部に丸める加工(面取り加工)が施される(特許文献4および5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2019-524468号公報
【特許文献2】特開2016-016514号公報
【特許文献3】特表2019-531912号公報
【特許文献4】特許第6094093号公報
【特許文献5】特許第6330443号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、切れ刃の表面に被覆する硬質皮膜や特許文献4および5のような面取り加工のみでは、高硬度材の歯車加工では不十分であり、なおも切れ刃先端の欠け(チッピング)や異常摩耗という問題があった。
【0006】
そこで、本発明では、焼入処理や浸炭処理等の表面硬化処理を行った、いわゆる高硬度材(ロックウエルCスケールで50HRC以上)に対して耐摩耗性に優れた高硬度材用スカイビングカッタを提案する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前述した課題を解決するために、本発明は、円筒状の基体の外周縁部に複数の切れ刃が外周方向に向けて設けられており、切れ刃の先端には曲率半径で20μm以上40μm以下の範囲でR面取り加工がされた高硬度材用スカイビングカッタとする。また、切れ刃の逃げ面には、AlTiCrNの硬質皮膜を被覆しても構わない。この場合、Al:Ti:Cr=60~65%:30~35%:5%の原子比率(原子%)で構成することもできる。
【0008】
また、逃げ面に被覆する硬質皮膜をAlCrNとすることもできる。この場合、AlCrNの硬質皮膜を、Al:Cr=60~70%:30~40%の原子比率(原子%)で構成することもできる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の高硬度材用スカイビングカッタは、高硬度材(ロックウエルCスケールで50HRC以上)に対して優れた耐摩耗性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1における高硬度材用スカイビングカッタの各形態に要する製作費用の対比図である
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態である高硬度材用スカイビングカッタの実施形態について説明する。本高硬度材用スカイビングカッタは、従来のスカイビングカッタと同様に中央部に円筒状の基体を有して、その外周部分に複数の切れ刃が円周方向に配列されている。各切れ刃の先端には曲線形態の面取り(R面取り)加工が施されており、面取り加工の大きさは曲率半径で20μm以上40μm以下の範囲である。また、少なくとも各切れ刃の逃げ面には、複層の硬質皮膜の場合には下層にTiN、上層にAlTiCrNの各硬質皮膜を積層したり、単層の場合にはAlCrNの硬質皮膜を被覆したりすることができる。
【0012】
ここで、本発明の高硬度材用スカイビングカッタにおける硬質皮膜を被覆する位置について説明する。従来は、切れ刃を中心にして逃げ面やすくい面などの切れ刃に隣接する周囲を硬質皮膜で被覆していた。これに対して、本発明の高硬度材用スカイビングカッタの一実施形態として、少なくとも高硬度材用スカイビングカッタの切れ刃に隣接する逃げ面に硬質皮膜を被覆して、すくい面には硬質皮膜を被覆しない形態を含めるものとした。
【0013】
スカイビングカッタ等の切れ刃を有する工具は、工具の切削時間が増えるにつれて切れ刃が徐々に摩耗し、当初の切削性能が低下する。そのため、切れ刃の摩耗量に応じて切れ刃に隣接するすくい面を研磨することで、切れ刃の刃先を鋭利にする作業(「刃先の再研磨」という)を行う。
【0014】
刃先の再研磨を行った後、工具に当初から被覆されている硬質皮膜を一旦除去する作業(「除膜」という)を行い、すべての硬質皮膜が除去された(除膜された)ことが確認された後に、硬質皮膜を再度被覆する(「再被覆(再コート)」という)ことで工具の再使用に供される。
【0015】
ところが、超硬合金製の工具を除膜すると、超硬合金にバインダとして含有されるコバルトが化学的あるいは電気化学的な影響を受けて、超硬合金中から脱落する結果、母材の強度が大幅に低下する。
【0016】
そのため、超硬合金製の工具を除膜する際には、そのような影響を受けないようにイオンエッチングにより除膜を行う必要があり、この方法は溶液を使用した除膜に比べて、費用が嵩む要因となっていた。同時に、イオンエッチングによる除膜では、超硬合金の表面も若干削られるので、切れ刃の刃先形状が変化する原因にもなっていた。
【0017】
そこで、本発明の高硬度材用スカイビングカッタにおいては、刃先の再研削の際に切れ刃の刃先に所定の大きさのR面取り加工を施し、表面に被覆する硬質皮膜を再コート(再被覆)しないこととした。つまり、刃先の再研削後に切れ刃の刃先に所定の大きさのR面取り加工を施しておき、刃先の再研削後に残っている逃げ面の硬質皮膜を除膜せずに、逃げ面にのみ硬質皮膜が被覆された状態で切削加工に用いる。
【0018】
なお、本発明の高硬度材用スカイビングカッタの被削材(ワークは)、クロムモリブデン鋼等の鋼材に対して浸炭処理や焼入処理等の表面硬化処理がなされて、表面硬さがロックウエルCスケールで50HRC以上である高硬度材とする。
【0019】
(実施例1)
高硬度材用スカイビングカッタのすくい面における硬質皮膜の有無と切れ刃の先端(刃先)のR面取り加工の有無を種々変更した工具(高硬度材用スカイビングカッタ)を準備し、それらの各工具を用いて切削加工評価(切削加工試験)を行ったので、その試験結果について説明する。本試験で使用した工具(高硬度材用スカイビングカッタ)および本試験での加工条件については、以下の通りとした。
【0020】
(被削材の諸元)
・材質:クロムモリブデン鋼(SCM420相当)
・表面処理:浸炭焼入れ(表面硬さ:61HRC以上)
・モジュール:2.0
・圧力角:18°
・歯数:71
・ねじれ角:30°
【0021】
(高硬度材用スカイビングカッタの諸元)
・使用工具:チップ交換式加工試験用スカイビングカッタ
・チップの材質:超硬合金
・歯数:51
・ねじれ角:10°
・硬質皮膜の有無:すくい面における硬質皮膜の被覆あり、硬質皮膜の被覆なしの2水準
・硬質皮膜の種類:下層がTiN、上層がAlTiCrN(各原子%としてAl:Cr=60:35:5)である複層の硬質皮膜
・切れ刃の刃先処理:刃先のR面取り加工あり(曲率半径20μmと40μmの計2水準)およびR面取り加工なしの3水準
【0022】
(加工条件)
・加工機:カシフジ社製汎用加工機(品番:KPS20)
・冷却条件:油性冷却剤使用
・切込み量:0.1mm(歯面)
・送り量:0.05mm/rev
・すべり速度:90m/min
・交差角:20°
【0023】
試験結果は、高硬度材用スカイビングカッタのすくい面に硬質皮膜を被覆しない場合において、刃先の面取り加工を行っていない高硬度材用スカイビングカッタの切削長さが4.0mであった。一方、刃先に40μmの面取り加工を行った高硬度材用スカイビングカッタの切削長さは6.0mであった。
【0024】
次に、高硬度材用スカイビングカッタのすくい面に硬質皮膜を被覆した場合において、刃先の面取り加工を行っていない高硬度材用スカイビングカッタの切削長さは6.0mとなった。一方、刃先に20μmの面取り加工を行った高硬度材用スカイビングカッタの切削長さは8.0m、刃先に40μmの面取り加工を行った高硬度材用スカイビングカッタの切削長さは、8.0mであった。
【0025】
以上の試験結果より、高硬度材用スカイビングカッタのすくい面に硬質皮膜を被覆することで切削長さが延長されること、および刃先に20~40μmの面取り加工を行った方が、より切削長さが延長されることがわかった。
【0026】
次に、本実施例で使用した高硬度材用スカイビングカッタにおける再研削の使用を前提とした刃先のR面取り加工や硬質皮膜の被覆による切れ刃の各形態に要する費用の対比について
図1を用いて説明する。
図1に示す製作費用の比較は、グラフの横軸に示している高硬度材用スカイビングカッタにおける刃先のR面取り加工の有無と硬質皮膜の被覆の有無によって計4形態の各場合について、同グラフの縦軸(工具費)に示す切削長1m当たりに必要とされる製作費用を対比(相対比較)したものである。本対比については、切れ刃の刃先の再研削を上限20回と仮定して、それに要する費用とそれまでに切削可能な切削長を費用の算出根拠とした。
【0027】
まず、切れ刃の刃先にR面取り加工を行った(図中「R面取りあり」と表示)高硬度材用スカイビングカッタは、
図1に示すように切れ刃の刃先にR面取り加工を行わない(図中「R面取り無し」と表示)場合に比べて、切削長さ1m当たりの製作費用はより低減される。この結果は、切れ刃のすくい面に硬質皮膜を被覆するか否か(図中「すくい面皮膜無し」、「すくい面皮膜あり」と表示)に関わらず、同じ傾向である。
【0028】
次に、切れ刃のすくい面に硬質皮膜を被覆しない(図中「すくい面皮膜無し」と表示)高硬度材用スカイビングカッタは、
図1に示すように切れ刃のすくい面に硬質皮膜を被覆した(図中「すくい面皮膜あり」と表示)場合に比べて、切削長さ1m当たりの製作費用はより低減されている。この結果についても、切れ刃の刃先にR面取り加工を行っているか否かにに関わらず、同じ傾向である。
【0029】
以上より、高硬度材用スカイビングカッタの再研削による使用を前提とした場合、切れ刃の刃先にR面取り加工を行って、かつ切れ刃のすくい面に硬質皮膜を被覆しない形態が最も単位切削長に要する製作費用が最も低減できることがわかる。
【0030】
(実施例2)
実施例1の場合と同様に高硬度材用スカイビングカッタの表面に被覆する硬質皮膜の種類を変更して、その切削加工評価(切削加工試験)を行ったので、その試験結果について説明する。本試験での加工条件等は以下の通りとし、試験結果を表1に示す。本試験で使用した硬質皮膜は、下層にTiN、上層にAlTiCrN(各原子%としてAl:Cr=60:35:5)の各硬質皮膜からなる複層の硬質皮膜(硬質皮膜1)、AlCrN(各原子%としてAl:Cr=70:30)である単層の硬質皮膜(硬質皮膜2)および硬質皮膜を被覆しない(皮膜なし)、の3水準とした。
【0031】
(被削材の諸元)
・材質:クロムモリブデン鋼(SCM420相当)
・表面処理:浸炭焼入れ(表面硬さ:61HRC以上)
・モジュール:1.2
・圧力角:18°
・歯数:78(内歯)
・ねじれ角:18°
【0032】
(高硬度材用スカイビングカッタの諸元)
・使用工具:加工試験用スカイビングカッタ
・チップの材質:超硬合金
・歯数:45
・ねじれ角:3°
【0033】
(加工条件)
・加工機:不二越社製複合加工機(品番:GMS200)
・冷却条件:水溶性冷却剤使用
・切込み量:0.1mm(歯面)
・送り量:0.1mm/rev
・すべり速度:50m/min
・交差角:15°
【0034】
【0035】
まず、表1において、「損傷量1」とはコーティング膜の摩耗量(コーティング内部の損傷量)、「損傷量2」とは工具の基材における摩耗量(基材が外部に露出した量)、をそれぞれ示す。表1に示す試験結果より、硬質皮膜1の損傷量1は341μm、損傷量2は95μmであった。また、硬質皮膜2の損傷量1は22μm、損傷量2は22μmであった。
【0036】
以上の試験結果より、本発明の高硬度材用スカイビングカッタの表面に被覆する硬質皮膜は、AlCrN(各原子%としてAl:Cr=70:30)である単層の硬質皮膜(硬質皮膜2)が最も耐摩耗性は優れており、次いで、下層にTiN、上層にAlTiCrN(各原子%としてAl:Cr=60:35:5)の各硬質皮膜を積層した硬質皮膜(硬質皮膜1)が優れていることがわかった。