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特開2022-45600Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法、Ni-Fe-B合金めっき皮膜及びそれを用いた耐摩耗部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022045600
(43)【公開日】2022-03-22
(54)【発明の名称】Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法、Ni-Fe-B合金めっき皮膜及びそれを用いた耐摩耗部材
(51)【国際特許分類】
   C25D 3/56 20060101AFI20220314BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20220314BHJP
   G11B 5/10 20060101ALI20220314BHJP
【FI】
C25D3/56 A
C25D7/00 C
G11B5/10 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020151272
(22)【出願日】2020-09-09
(71)【出願人】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(74)【代理人】
【識別番号】110000213
【氏名又は名称】特許業務法人プロスペック特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉澤 恵実
(72)【発明者】
【氏名】笹山 裕晃
【テーマコード(参考)】
4K023
4K024
【Fターム(参考)】
4K023AB12
4K023BA06
4K023CB03
4K023CB05
4K023CB13
4K023CB19
4K023CB21
4K023CB28
4K023DA06
4K024AA14
4K024AB01
4K024AB19
4K024BA02
4K024BB04
4K024CA01
4K024CA02
4K024CA04
4K024CA06
4K024CB12
4K024GA03
(57)【要約】
【課題】 熱処理することなく、より高い硬度を有するNi-Fe-B合金めっき皮膜を被めっき物表面に形成することができる、Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法を提供すること。
【解決手段】 ニッケル供給源と、鉄供給源と、ボロン供給源とを含むめっき浴を調整し、めっき浴中に金属製の被めっき物を浸漬し、めっき浴中にて10A/dm以上20A/dm未満の電流密度にて電気めっきを行うことにより、被めっき物の表面にNi-Fe-B合金めっき皮膜を形成する。
【選択図】 図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル(Ni)と、鉄(Fe)と、ボロン(B)とを含む多結晶構造のNi-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法であって、
ニッケル供給源と、鉄供給源と、ボロン供給源とを含むめっき浴を調製し、
前記めっき浴中に金属製の被めっき物を浸漬し、前記めっき浴中にて10A/dm以上20A/dm未満の電流密度にて電気めっきを行うことにより、前記被めっき物の表面にNi-Fe-B合金めっき皮膜を形成する、
Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のNi-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法であって、
前記ニッケル供給源は硫酸ニッケル六水和物であり、
前記鉄供給源は硫酸鉄七水和物であり、
前記ボロン供給源はトリメチルアミンボランである、
Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載のNi-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法であって、
前記めっき浴中に含まれる前記硫酸ニッケル六水和物の濃度が300g/L以上400g/L以下であり、
前記めっき浴中に含まれる前記硫酸鉄七水和物の濃度が8g/L以上16g/L以下であり、
前記めっき浴中に含まれる前記トリメチルアミンボランの濃度が0.2g/L以上3.0g/L以下である、
Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載のNi-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法であって、
前記めっき浴に、添加剤として、サッカリンナトリウムと、2-ブチン-1,4-ジオールと、ラウリル硫酸ナトリウムが添加されている、
Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載のNi-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法であって、
前記めっき浴に添加される前記サッカリンナトリウムの濃度(A)と、前記2-ブチン-1,4-ジオールの濃度(B)と、前記ラウリル硫酸ナトリウムの濃度(C)の比は、A:B:C=1:1:0.3である、
Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載のNi-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法であって、
前記めっき浴に添加される前記サッカリンナトリウム及び2-ブチン-1,4-ジオールの濃度が共に0.5g/L以上1.5g/L以下であり、
前記めっき浴に添加される前記ラウリル硫酸ナトリウムの濃度が0.15g/L以上0.45g/L以下である、
Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法。
【請求項7】
ニッケル(Ni)と、鉄(Fe)と、ボロン(B)とを含む多結晶構造のNi-Fe-B合金めっき皮膜であって、
Feの共析率が13wt%以上25wt%以下であり、
Bの共析率が0wt%より大きく1wt%以下であり、
Ni結晶の結晶子サイズが50Å以下である、
Ni-Fe-B合金めっき皮膜。
【請求項8】
請求項7に記載のNi-Fe-B合金めっき皮膜であって、
前記Bの共析率が0wt%より大きく0.04wt%以下であり、
前記Ni結晶の結晶子サイズが42Å以下である、
Ni-Fe-B合金めっき皮膜
【請求項9】
請求項7又は8に記載のNi-Fe-B合金めっき皮膜が表面に形成されている、耐摩耗部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni-Fe-B(ニッケル-鉄-ボロン)合金めっき皮膜の製造方法、Ni-Fe-B合金めっき皮膜及びそれを用いた耐摩耗部材に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、磁気ヘッドの磁気シールドに用いられるNi-Fe-B合金めっき皮膜を開示する。特許文献1に開示のNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度(580HV)は、従来から磁気ヘッドの磁気シールドに用いられているパーマロイ(Ni-Fe合金)の硬度(310HV)と比較して高い。よって、特許文献1に開示のNi-Fe-B合金めっき皮膜を磁気ヘッドの磁気シールドに用いることにより、磁気ヘッドの耐摩耗性の向上を図ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8-124121号公報
【発明の概要】
【0004】
(発明が解決しようとする課題)
特許文献1に開示のNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度(580HV)は、磁気ヘッドの磁気シールドに用いられるめっき皮膜の硬度として十分であるかもしれないが、その他の用途、例えば自動車用の部品の表面に形成されるめっき皮膜の硬度としては不十分な場合もある。また、特許文献1に開示のNi-Fe-B合金めっき皮膜において580HVの硬度を得るためには電気めっき処理後に熱処理を行わなければならず、熱処理炉等の設備コストが別途必要である。
【0005】
そこで、本発明は、熱処理することなく、より高い硬度を有するNi-Fe-B合金めっき皮膜を被めっき物の表面に形成することができる、Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法、より高い硬度を有するNi-Fe-B合金めっき皮膜、及びそれを用いた耐摩耗部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、ニッケル(Ni)と、鉄(Fe)と、ボロン(B)とを含む多結晶構造のNi-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法であって、
ニッケル供給源と、鉄供給源と、ボロン供給源とを含むめっき浴を調製し、
めっき浴中に金属製の被めっき物を浸漬し、めっき浴中にて10A/dm以上20A/dm未満の電流密度にて電気めっきを行うことにより、被めっき物の表面にNi-Fe-B合金めっき皮膜を形成する、
Ni-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法を提供する。
この場合、上記電気めっきは、めっき浴中にて10A/dm以上15A/dm以下の電流密度にて行うのが良い。
【0007】
また、ニッケル供給源は硫酸ニッケル六水和物であり、鉄供給源は硫酸鉄七水和物であり、ボロン供給源はトリメチルアミンボランであるのが良い。
【0008】
この場合、めっき浴中に含まれる硫酸ニッケル六水和物の濃度が300g/L以上400g/L以下であり、めっき浴中に含まれる硫酸鉄七水和物の濃度が8g/L以上16g/L以下であり、めっき浴中に含まれるトリメチルアミンボランの濃度が0.2g/L以上3.0g/L以下であると良い。
【0009】
また、めっき浴に、添加剤として、サッカリンナトリウムと、2-ブチン1,4-ジオールと、ラウリル硫酸ナトリウムが添加されていると良い。
【0010】
この場合、めっき浴に添加されるサッカリンナトリウムの濃度(A)と、2-ブチン1,4-ジオールの濃度(B)と、ラウリル硫酸ナトリウムの濃度(C)の比は、A:B:C=1:1:0.3である、と良い。さらにこの場合、めっき浴に添加されるサッカリンナトリウムの濃度(A)及び2-ブチン1,4-ジオールの濃度(B)が共に0.5g/L以上1.5g/L以下であり、めっき浴に添加されるラウリル硫酸ナトリウムの濃度(C)が0.15g/L以上0.45g/L以下である、と良い。
【0011】
上記発明によれば、熱処理することなく、より高い硬度を有するNi-Fe-B合金めっき皮膜を電気めっきにより製造することができる。
【0012】
また、本発明は、ニッケル(Ni)と、鉄(Fe)と、ボロン(B)とを含む多結晶構造のNi-Fe-B合金めっき皮膜であって、
Feの共析率が13wt%以上25wt%以下であり、
Bの共析率が0wt%より大きく1wt%以下であり、
Ni結晶の結晶子サイズが50Å以下である、Ni-Fe-B合金めっき皮膜を提供する。
この場合、Bの共析率が0wt%より大きく0.04wt%以下であり、Ni結晶の結晶子サイズが42Å以下であると良い。さらに、Ni結晶の結晶子サイズは、Ni-Fe-B合金めっき皮膜中のNi結晶の[200]配向面についてのX線回折ピークに基づいて、シェラーの式を用いて見積もられる大きさであるのがよい。
【0013】
本発明によれば、より高い硬度を有するNi-Fe-B合金めっき皮膜を提供することができる。
【0014】
また、本発明は、上記の構成を有するNi-Fe-B合金めっき皮膜が表面に形成されている、耐摩耗部材を提供する。
【0015】
本発明に係る耐摩耗部材によれば、表面に形成されているNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度が高いので、耐摩耗性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、サンプルS3に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜についてのX線回折チャートである。
図2図2は、比較サンプルC3に係るNi-Fe合金めっき皮膜についてのX線回折チャートである。
図3図3は、皮膜の硬度と電気めっき時の電流密度との関係を表すグラフを示す。
図4図4は、皮膜のNi結晶子サイズと電気めっき時の電流密度との関係を表すグラフを示す。
図5図5は、皮膜の硬度とめっき浴に含まれるトリメチルアミンボランの濃度との関係を表すグラフを示す。
図6図6は、皮膜のNi結晶子サイズとめっき浴に含まれるトリメチルアミンボランの濃度との関係を表すグラフを示す。
図7図7は、皮膜の硬度とめっき浴に添加されるサッカリンナトリウムの濃度との関係を表すグラフを示す。
図8図8は、皮膜の硬度とめっき浴に添加される2-ブチン1,4-ジオールの濃度との関係を表すグラフを示す。
図9図9は、皮膜の硬度とめっき浴に添加されるラウリル硫酸ナトリウムの濃度との関係を表すグラフを示す。
図10図10は、基礎実験により得られた皮膜の硬度とめっき浴に含まれる硫酸鉄七水和物の濃度との関係を表すグラフを示す。
図11図11は、皮膜中のFe共析率と電気めっき時の電流密度との関係を表すグラフを示す。
図12図12は、皮膜中のFe共析率とめっき浴に含まれるトリメチルアミンボランの濃度との関係を表すグラフを示す。
図13図13は、皮膜中のB共析率と電気めっき時の電流密度との関係を表すグラフを示す。
図14図14は、皮膜中のB共析率とめっき浴に含まれるトリメチルアミンボランの濃度との関係を表すグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本実施形態に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法は、めっき浴を調製する工程(めっき浴調製工程)と、めっき浴中にて電気めっきを行う工程(電気めっき工程)と、を含む。
【0018】
めっき浴調製工程では、ニッケル供給源と、鉄供給源と、ボロン供給源とを含むめっき浴を調製する。
【0019】
ニッケル供給源として硫酸ニッケル六水和物(NiSO・6HO)が、鉄供給源として硫酸鉄七水和物(FeSO・7HO)が、用いられる。ボロン供給源として、トリメチルアミンボラン(TMAB)が用いられる。これらはめっき浴中に溶解される。ニッケル及び鉄は、めっき浴中にて陽イオンとして存在する。ボロンは乖離した状態でめっき浴中に存在する。
【0020】
また、めっき浴には、各種添加剤が添加される。本実施形態では、一次光沢材としてのサッカリンナトリウムと、二次光沢材としての2-ブチン1,4-ジオールと、ピット防止剤(陰極界面活性剤)としてのラウリル硫酸ナトリウム、が、めっき浴に添加される。
【0021】
上記の成分が含まれるめっき浴は、温度約65℃、PH2~4(例えばPH2.2)、に調整される。なお、めっき浴に含まれる各成分の濃度については後述する。
【0022】
電気めっき工程では、上記のように調製されためっき浴中に、めっき皮膜が形成されるべき被めっき物を浸漬する。被めっき物として、例えば高い耐摩耗性が要求される耐摩耗部品を例示できる。被めっき物の材質として、鉄や鉄合金等の、Ni-Fe-B合金めっき皮膜を表面に形成することができる金属製の材質が選択される。
【0023】
そして、スターラー等により、或いは循環により、めっき浴を攪拌した状態で、被めっき物を陰極とし、めっき浴中に配設されている電極を陽極とし、陰極と陽極との間に電圧を印加する。これにより電気めっきが開始される。このとき、被めっき物の単位表面積当たりに通電される電流の大きさである電流密度(陰極電流密度)が、10A/dm以上20A/dm未満の範囲内の電流密度となるように、好ましくは10A/dm以上15A/dm以下の範囲内の電流密度となるように、通電電流が調整される。なお、特許文献1においては、電気めっき時の電流密度は0.1A/dm程度である。従って、本実施形態における電気めっき時の電流密度は、従来に比べてかなり高い。このような高い電流密度で電気めっきを行うことにより、成膜速度を高めることができ、それにより、Ni-Fe-B合金めっき皮膜の生産性を向上させることができる。
【0024】
所定の時間(例えば5分程度)、通電を行い、その後、通電を停止させることにより電気めっきを終了する。そして、被めっき物をめっき浴から引き上げる。引き上げられた被めっき物の表面には、電気めっきにより付着したNi、Fe,Bを含む所定の膜厚のNi-Fe-B合金めっき皮膜が形成される。
【0025】
めっき浴中に含まれる硫酸ニッケル六水和物(NiSO・6HO)の濃度(含有率)が300g/L未満であると、ニッケル濃度が低いことに起因して成膜速度(析出速度)が低下し、また、異常析出が発生する。一方、濃度400g/Lを超える硫酸ニッケル六水和物は溶解できない。従って、めっき浴中に含まれる硫酸ニッケル六水和物(NiSO・6HO)の濃度は300g/L以上400g/L以下であるのが良い。なお、本明細書において「濃度」とは、めっき浴調製工程にて調製されためっき浴中の各成分の濃度、すなわち電気めっきを行う直前におけるめっき浴中の各成分の濃度(初期濃度)を言う。
【0026】
めっき浴中に含まれる硫酸鉄七水和物(FeSO・7HO)の濃度が8g/L未満である場合、或いは16g/Lを超える場合、製造されるNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度が低下する。従って、めっき浴中に含まれる硫酸鉄七水和物の濃度は8g/L以上16g/L以下であるのが良い。
【0027】
また、めっき浴中に含まれるトリメチルアミンボランの濃度が0.2g/L以上3.0g/Lの範囲内で、製造されるNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度はさほど変化しない。従って、めっき浴中に含まれるトリメチルアミンボランの濃度は0.2g/L以上3.0g/L以下であるのが良い。
【0028】
また、めっき浴調製工程では、めっき浴に添加されるサッカリンナトリウム、2-ブチン-1,4-ジオール、ラウリル硫酸ナトリウムの各濃度比が、サッカリンナトリウムの濃度をA、2-ブチン-1,4-ジオールの濃度をB、ラウリル硫酸ナトリウムの濃度をCとしたときに、A:B:C=1:1:0.3であるように、各添加剤の濃度が調製されると良い。
【0029】
また、各添加剤の濃度比が上記の比率(A:B:C=1:1:0.3)であり、且つ、A及びBが0.5g/L以上1.5g/L以下、Cが0.15g/L以上0.45g/L以下、であるのがよい。A及びBが0.5g/L未満でありCが0.15g/L未満である場合、製造されるNi-Fe-B合金めっき皮膜に割れが発生する可能性が高い。一方、A及びBが1.5g/Lを超えCが0.45g/Lを超える場合、製造されるNi-Fe-B合金めっき被膜へのこれらの添加剤の吸着によって異常析出が発生する。
【0030】
上記した製造方法によって被めっき物表面に形成されためっき皮膜は、ニッケル及び鉄を主な成分とし、微量のボロンが皮膜中に分散しているNi-Fe-B合金めっき皮膜である。このNi-Fe-B合金めっき皮膜は、ニッケル(Ni)の結晶粒と鉄(Fe)の結晶粒が混在し、結晶粒界にボロン(B)が含まれる多結晶構造を呈すると考えられる。
【0031】
また、本実施形態に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜における鉄の共析率(Fe共析率)は、13wt%以上25wt%以下であり、ボロンの共析率(B共析率)は、0wt%より大きく1wt%以下、好ましくは0wt%より大きく0.04wt%以下である。本実施形態におけるB共析率は、特許文献1に示されるNi-Fe-B合金めっき皮膜におけるB共析率(4.7wt%)に比べてかなり小さい。これは、本実施形態においては電気めっき時の電流密度が非常に高いことに起因していると考えられる。なお、ニッケルの共析率(Ni共析率)は、全体の共析率(100wt%)からFe共析率及びB共析率を差し引いた残部(wt%)である。
【0032】
また、本実施形態に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜に含まれるNi結晶の結晶子サイズ(Ni結晶子サイズ)は50Å以下であり、好ましくは46Å以下であり、より好ましくは42Å以下である。従って、本実施形態に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の結晶粒は非常に小さい。本実施形態において皮膜の結晶粒がこのように小さくなる理由として、以下の理由が考えられる。
(1)電気めっき時の電流密度が10A/dm以上であり20A/dm未満(好ましくは10A/dm以上であり15A/dm以下)と高いためにめっき浴中の金属イオンが金属として析出する反応起点が多くなり、それにより被めっき物表面に初期析出した金属結晶が微細化する(結果として結晶粒径(結晶子サイズ)が小さくなる)。なお、初期析出で微細化している結晶は結晶成長して多少は大きくなるが、以下の(2)及び(3)の効果と合わせて微細化する。
(2)添加剤(サッカリンナトリウム、2-ブチン1,4-ジオール、ラウリル硫酸ナトリウム)の濃度比が上記の濃度比(A:B:C=1:1:0.3)となるようにめっき浴中の添加剤濃度を調製することにより、これらの添加剤が皮膜の結晶成長を抑制して結晶粒が緻密化するともに結晶粒径(結晶子サイズ)が小さくなる。
(3)電気めっき時の電流密度が10A/dm以上であり20A/dm未満(好ましくは10A/dm以上であり15A/dm以下)と高いことによって皮膜の結晶粒界に微量のB成分が分散配置し、こうして結晶粒界に分散配置したB成分がピン止め効果を発揮して結晶粒成長を抑制することにより、結晶粒径(結晶子サイズ)が小さくなる。
【0033】
また、本実施形態に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度は高い。後述する実施例では、サンプルS3に係るNi-Fe-B合金メッキ皮膜において、皮膜のNi結晶子サイズが41.6オングストローム(Å)と非常に小さく、皮膜のビッカース硬度が800HV以上であることが確認された。従って、本実施形態によれば、熱処理せずとも硬度の高いNi-Fe-B合金めっき皮膜を製造することができた。
【0034】
本実施形態に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度が高い理由は、皮膜のNi結晶子サイズに代表される結晶粒径が小さいこと、すなわち皮膜の結晶粒が微細化されていることが大きな原因であると考えられる(Hall-Petchの関係式)。また、皮膜の結晶粒界に存在するB成分のピン止め効果により結晶のすべりが抑制されること、めっき浴中の添加剤の濃度比が上記の濃度比(A:B:C=1:1:0.3)に調製されることにより、皮膜の結晶粒が緻密化されて高硬度化することも、皮膜の硬度が高い理由と考えられる。
【0035】
本実施形態に係るNi-Fe-B合金めっき被膜は、耐摩耗性が要求される部材(耐摩耗部材)の表面に形成されるのが好適である。本実施形態に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜が耐摩耗部材の表面に形成されていると、表面硬度を高めることができ、それにより耐摩耗部材の耐摩耗性をより向上させることができる。耐摩耗部材として、自動車部品であるクラッチハブ、ハイブリッドダンパー、ブレーキピストン、エンジンのピストン、等を例示することができる。
【0036】
(実施例)
めっき皮膜を構成する金属を含む成分(金属成分)として、硫酸ニッケル六水和物(NiSO4・6H2O)、硫酸鉄七水和物(FeSO4・7H2O)、トリメチルアミンボランを用意し、添加剤成分として、サッカリンナトリウム(一次光沢材)、2-ブチン1,4-ジオール(二次光沢材)、ラウリル硫酸ナトリウム(ピット防止剤)、を用意した。そして、用意したこれらの成分が、表1及び表2のサンプルS1~S17の各欄に示す濃度になるように、めっき浴をサンプルごとに調製した。めっき浴の調製後、被めっき物としての金属製の基材をめっき浴に浸漬するとともに、表1及び表2の各サンプルの欄に記載の電流密度にて電気めっきを行うことにより、各サンプルに係る合金めっき皮膜を基材表面に形成した。
【表1】
【表2】
【0037】
また、めっき皮膜を構成する金属を含む成分(金属成分)として、硫酸ニッケル六水和物(NiSO4・6H2O)及び硫酸鉄七水和物(FeSO4・7H2O)を用意し、添加剤成分として、サッカリンナトリウム(一次光沢材)、2-ブチン1,4-ジオール(二次光沢材)、ラウリル硫酸ナトリウム(ピット防止剤)、を用意した。そして、用意したこれらの成分が、表3の比較サンプルC1~C3の各欄に示す濃度になるように、めっき浴を比較サンプルごとに調製した。めっき浴の調製後、被めっき物としての金属製の基材をめっき浴に浸漬するとともに、表3の各比較サンプルの欄に記載の電流密度にて電気めっきを行うことにより、各比較サンプルに係る合金めっき皮膜を基材表面に形成した。
【表3】
【0038】
表4には、各サンプル及び各比較サンプルに共通の電気めっき条件およびその後の熱処理の有無が示される。なお、表4には、特許文献1に記載の電気めっき条件およびその後の熱処理の有無を従来技術の欄にあわせて記載した。
【表4】
【0039】
(X線回折による構造解析)
サンプルS1~S17に係る合金めっき皮膜及び比較サンプルC1~C3に係る合金めっき皮膜について、X線回折装置(リガク株式会社製、RINT-2200VK/PC)を用いて皮膜のX線回折を行い、皮膜の構造を解析した。
【0040】
図1は、サンプルS3に係る合金めっき皮膜についてのX線回折チャートである。図1に示すX線回折チャートには、Ni結晶を表す回折ピークが認められる。特に、2θ=51.5deg.付近に表れるNi結晶の[200]配向面についての回折ピークは、全てのサンプルS1~S17について確認された。また、全てのサンプルS1~S17のX線回折のピークからFe結晶の存在も確認された。従って、各サンプルに係る合金メッキ皮膜には、Ni結晶及びFe結晶が含まれていると考えられる。また、電子線マイクロアナライザ(EPMA)により、サンプルS2,S3,S5~S17について、合金めっき皮膜に、13wt%~25wt%のFe及びごく微量のBが共析していることが確認された。したがって、これらのサンプルに係る合金めっき被膜は、ニッケル(Ni)結晶と、鉄(Fe)結晶と、ボロン(B)とを含む多結晶構造を有するNi-Fe-B合金めっき皮膜である。また、B共析率は非常に小さいため、B成分はNi結晶やFe結晶の結晶粒界に存在していると考えられる。
【0041】
図2は、比較サンプルC3に係る合金めっき皮膜についてのX線回折チャートである。図2に示すX線回折チャートにも、Ni結晶を表すピークが認められる。特に、2θ=51.5deg.付近に表れるNi結晶の[200]配向面についてのピークは、全ての比較サンプルC1~C3について確認された。また、全ての比較サンプルC1~C3のX線回折のピークからFe結晶の存在も確認された。従って、比較サンプルC1~C3に係る合金めっき被膜は、Ni結晶とFe結晶を有するNi-Fe合金めっき皮膜である。
【0042】
(Ni結晶子サイズの見積もり)
サンプルS1~S17に係るX線回折チャート及び比較サンプルC1~C3に係るX線回折チャートのいずれにも、Ni結晶の[200]配向面についての回折ピークが表れている。従って、このピークを利用して、以下に示すシェラー(Scherrer)の式により、Ni結晶の結晶子サイズ(Ni結晶子サイズ)を見積もった。
D=Κλ/βcosθ
ここで、Dは結晶子サイズ、Kは形状因子(シェラー定数)、λはX線波長、βはピーク半値幅、θはブラッグ角である。
【0043】
(Fe共析率及びB共析率の測定)
サンプルS1~S17に係る合金めっき皮膜及び比較サンプルC1~C3に係る合金めっき皮膜について、電子線マイクロアナライザ(株式会社島津製作所製、EPMA-1610)を用いて成分分析を行った。そして、その結果から、各合金めっき皮膜のFe共析率、B共析率を算出した。
【0044】
(皮膜硬度の測定)
マイクロビッカース硬度計(株式会社ミツトヨ製、型式:HM-221)を用いて、サンプルS1~S17に係る合金めっき皮膜及び比較サンプルC1~C3に係る合金めっき皮膜のビッカース硬度を測定した。
【0045】
表5に、サンプルS3に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜及び比較サンプルC3に係るNi-Fe合金めっき皮膜のFe共析率、B共析率、膜厚、ビッカース硬度、Ni結晶の[200]配向面についての回折ピークから見積もった結晶子サイズ(以下、単にNi結晶子サイズという)を示す。なお、表5には、特許文献1に記載の合金めっき皮膜の各共析率及びビッカース硬度をあわせて示す。
【表5】
【0046】
表5からわかるように、サンプルS3に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜中のNi結晶子サイズは41.6Åであり、比較サンプルC3に係るNi-Fe合金めっき皮膜中のNi結晶子サイズ(67.3Å)よりも小さい。
ここで、多結晶体の降伏応力σと結晶粒径dとの間に次式が成立する(ホール・ペッチ(Hall-Petch)の関係式)。
σ=σ0+k/√d
上記式において、σ0は内部応力、kは材料定数である。
上記式から、結晶粒径dが小さいほど降伏応力σが大きくなることがわかる。つまり、結晶粒径dが小さいほど硬度が高い。また、Ni結晶子サイズは、Ni-Fe-B合金メッキ皮膜中の結晶の結晶粒径を代表した大きさと考えることができる。従って、Ni結晶子サイズが小さいほど硬度が高いと考えられる。このため、表5に示すように、Ni結晶子サイズが小さいサンプルS3に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度は、比較サンプルC3及び従来技術に係るめっき皮膜の硬度よりも高い。
【0047】
また、表5より、Ni結晶子サイズが50Å以下であれば、Ni-Fe-B合金めっき皮膜の硬度を従来技術に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度よりも高くすることが可能と考えられる。また、Ni結晶子サイズが42Å以下であれば、熱処理することなしに、電気めっきによって、ビッカース硬度800HV以上の硬度を有するNi-Fe-B合金めっき皮膜を得ることができる。
【0048】
(電流密度と硬度との関係)
サンプルS1~S4に係る合金めっき皮膜は、表1に示すように、電気めっき時の電流密度の大きさが異なることを除き、同一の製造条件、及び同一のめっき浴成分組成により製造されている。同様に、比較サンプルC1~C3に係るNi-Fe合金めっき皮膜は、電気めっき時の電流密度の大きさが異なることを除き、同一の製造条件、及び同一のめっき浴成分組成により製造されている。従って、これらのめっき皮膜の硬度を比較することにより、電流密度と硬度との関係を調査することができる。図3は、サンプルS1~S4に係る合金めっき皮膜について測定したビッカース硬度(縦軸)と電気めっき時の電流密度(横軸)との関係を表すグラフ(グラフA)、および、比較サンプルC1~C3に係るNi-Fe合金めっき皮膜について測定したビッカース硬度(縦軸)と電気めっき時の電流密度(横軸)との関係を表すグラフ(グラフB)を示す図である。
【0049】
図3のグラフAに示すように、サンプルに係る合金めっき皮膜においては、電気めっき時の電流密度が5A/dmであるとき(サンプルS1)、皮膜の硬度は558HVであり、電流密度が10A/dmであるとき(サンプルS2)、皮膜の硬度は662HVであり、電流密度が15A/dmであるとき(サンプルS3)、皮膜の硬度は815HVであり、電流密度が20A/dmであるとき(サンプルS4)、皮膜の硬度は586HVである。
【0050】
図3のグラフAによれば、電気めっき時の電流密度が5~15A/dmの範囲において、電流密度が高くなるほど製造される合金めっき皮膜の硬度も高くなり、電流密度が15A/dmであるときに皮膜の硬度が815HVと最も高くなる。これは、電流密度が高くなるほど、後述するように皮膜のNi結晶子サイズが小さくなるため、及び、電流密度が高いことによりめっき浴中のB成分が皮膜の結晶粒界に析出してピン止め効果を発揮し、皮膜中の結晶すべりを抑制するため、と考えられる。また、電流密度が20A/dmである場合、皮膜に焼けが発生し、これにより硬度が低下する。
【0051】
一方、図3のグラフBに示すように、比較サンプル(比較サンプルC1~C3)に係る合金めっき皮膜においては、電気めっき時の電流密度が5~15A/dmの範囲において、皮膜硬度はさほど変化しない。
【0052】
また、図3からわかるように、電流密度が10A/dm以上20A/dm未満である場合、サンプル(サンプルS2,S3)に係る合金めっき皮膜の硬度は、熱処理せずに586HV以上であり、特許文献1に記載の熱処理後のNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度(580HV)よりも高い。ここで、電流密度が10A/dm以上20A/dm未満であるサンプルS2及びS3に係る合金めっき皮膜には、EPMAの結果からFe及びBが共析していることが確認されているので、これらの被膜はNi-Fe-B合金めっき皮膜である。従って、電気めっき時の電流密度を10A/dm以上20A/dm未満の範囲に設定することにより、より硬度の高いNi-Fe-B合金めっき皮膜を製造することができる。
【0053】
また、電流密度が10A/dm~15A/dmの範囲内であるときには、製造されるサンプルS2,S3に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度は662HV以上であり、比較サンプル(比較サンプルC2,C3)に係るNi-Fe合金めっき皮膜の硬度よりも高い。従って、電気めっき時の電流密度を10A/dm以上15A/dm以下の範囲に設定することにより、さらにより硬度の高いNi-Fe-B合金めっき皮膜を製造することができる。また、熱処理することなくより一層高い硬度(例えば800HV以上)のNi-Fe-Bを得るためには、電気めっき時の電流密度は15A/dm又はそれに近い電流密度、例えば14A/dm以上15A/dm以下に設定するとよい。
【0054】
(電流密度と結晶子サイズとの関係)
図4は、サンプルS1~S4に係る合金めっき皮膜のNi結晶子サイズ(縦軸)と電気めっき時の電流密度(横軸)との関係を表すグラフ(グラフC)、および、比較サンプルC1~C3に係る合金めっき皮膜のNi結晶子サイズ(縦軸)と電気めっき時の電流密度(横軸)との関係を表すグラフ(グラフD)、を示す図である。
【0055】
図4のグラフCに示すように、サンプルS1~S4に係る合金めっき皮膜においては、電気めっき時の電流密度が5A/dmであるとき(サンプルS1)、Ni結晶子サイズは56.1Åであり、電流密度が10A/dmであるとき(サンプルS2)、Ni結晶子サイズは45.8Åであり、電流密度が15A/dmであるとき(サンプルS3)、Ni結晶子サイズは41.6Åであり、電流密度が20A/dmであるとき(サンプルS4)、Ni結晶子サイズは65.7Åである。
【0056】
図4のグラフCによれば、電気めっき時の電流密度が5~15A/dmの範囲において、電流密度が高くなるほど製造されるNi-Fe-B合金めっき皮膜のNi結晶子サイズが小さくなり、電流密度が15A/dmであるときにNi結晶子サイズが最も小さくなる。これは、電流密度が高くなると電気めっき時に金属イオンが析出する反応起点が多くなって結晶粒が微細化すること、及び、皮膜の結晶粒界に分散配置したB成分がピン止め効果を発揮して結晶粒成長を抑制すること、により、結晶粒径(結晶子サイズ)が小さくなるためと考えられる。また、電流密度が20A/dmである場合、皮膜の焼けや異常析出に起因してNi結晶子サイズが増加する。
【0057】
一方、図4のグラフDに示すように、比較サンプルC1~C3に係る合金めっき皮膜においては、電気めっき時の電流密度が5~15A/dmの範囲において、Ni結晶子サイズは55Å以上であり、大きさはさほど変化しない。
【0058】
また、図3のグラフAと図4のグラフCとを見てわかるように、電流密度が5~15A/dmの範囲において、電流密度が高くなるほど、Ni結晶子サイズが小さくなるとともに硬度が高くなることがわかる。つまり、皮膜中のNi結晶子サイズが小さくなるほど、上述したHall-Petchの関係式により硬度が高くなることがわかる。具体的には、図4のグラフCより、サンプルS2に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜のNi結晶子サイズは45.8Å、サンプルS3に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜のNi結晶子サイズは41.6Åであり、いずれも50Å以下である。そして、これらのサンプルの硬度は上記したように662HV以上と十分に高い。よって、皮膜のNi結晶子サイズを50Å以下、より好ましくは皮膜のNi結晶子サイズをサンプルS2のNi結晶子サイズ相当である46.0Å以下にすることにより、Ni-Fe-B合金めっき皮膜の硬度をより高めることができる。さらに、Ni結晶子サイズをサンプルS3のように42Å以下にすることにより、Ni-Fe-B合金めっき皮膜の硬度を800HV以上にまで高めることができる。
【0059】
(トリメチルアミンボランの濃度と硬度との関係)
サンプルS2,S5,S6に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜は、めっき浴中に含まれるトリメチルアミンボラン(TMAB)の濃度(含有量)が異なることを除き、同一の製造条件、及び同一のめっき浴成分組成により製造されている。従って、これらのめっき皮膜の硬度を比較することにより、めっき浴中に含まれるTMABの濃度とNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度との関係を調査することができる。図5は、サンプルS2,S5,S6に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜について測定したビッカース硬度(縦軸)とめっき浴中に含まれるTMABの濃度(横軸)との関係を表すグラフを示す図である。なお、図5には、比較サンプルC2に係るNi-Fe合金めっき皮膜の硬度も示されている。ここで、比較サンプルC2においては、めっき浴中にTMABは含まれていない(つまりめっき浴中のTMABの濃度は0g/Lである)ことを除き、サンプルS2,S5,S6と同一の製造条件、及び同一のめっき浴成分組成によりNi-Fe合金めっき皮膜が製造されている。
【0060】
図5に示すように、めっき浴中に含まれるTMABの濃度が0.2g/L~3.0g/Lの範囲内で、製造されるNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度はさほど変化しない。このことから、TMABの濃度は、0.2g/L以上であり且つ3.0/L以下であると良い。
【0061】
(トリメチルアミンボランの濃度とNi結晶子サイズとの関係)
図6は、サンプルS2,S5,S6に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜のNi結晶子サイズ(縦軸)とめっき浴中に含まれるTMABの濃度(横軸)との関係を表すグラフを示す図である。なお、図6には、めっき浴中のTMABの濃度が0g/Lの比較サンプルC2のNi結晶子サイズも示されている。
【0062】
図6に示すように、めっき浴中に含まれるTMABの濃度が0.2g/L~3.0g/Lの範囲において、Ni結晶子サイズは約45Å~約47Åの範囲内に収まっている。従って、TMABの濃度が0.2g/L~3.0g/Lの範囲内で、製造されるNi-Fe-B合金めっき皮膜中のNi結晶子サイズはさほど変化しない。また、TMABがめっき浴中に全く入っていない場合(比較サンプルC2の場合)、製造されるNi-Fe合金めっき皮膜のNi結晶子サイズが約61Åと比較的大きい。このことから、めっき浴中にTMABが含まれていれば、製造されるNi-Fe-B合金めっき皮膜のNi結晶子サイズを小さくすることができると考えられる。
【0063】
(添加剤の濃度と硬度との関係)
サンプルS7~S10は、表1に示すように、めっき浴中に添加材として添加されるサッカリンナトリウムの濃度(含有量)が異なることを除き、同一の製造条件、及び同一のめっき浴成分組成により製造されている。従って、サンプルS7~S10に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度を比較することにより、めっき浴に添加されるサッカリンナトリウムの濃度と皮膜の硬度との関係を調査することができる。なお、サンプルS7~S10の製造において、めっき浴に2ブチン-1,4-ジオール、及びラウリル硫酸ナトリウムは添加されていない。また、各サンプルS7~S10におけるサッカリンナトリウムの濃度は、サンプルS7においては0g/L(すなわちめっき浴中にサッカリンナトリウムは添加されていない)、サンプルS8においては0.5g/L、サンプルS9においては1.0g/L、サンプルS10においては2.0g/Lである。
【0064】
図7は、サンプルS7~S10に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度(縦軸)とめっき浴に添加されるサッカリンナトリウムの濃度(横軸)との関係を表すグラフを示す図である。図7に示すように、サッカリンナトリウムの濃度が0g/L~2.0g/Lの範囲内で、皮膜の硬度はほぼ一定である。ただし、サンプルS7~S10に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜のうち、サンプルS9に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜のNi結晶子サイズが最も小さかった。
【0065】
また、サンプルS9,S11~S15は、表1(サンプルS9)及び表2(サンプルS11~S15)に示すように、めっき浴に添加される2-ブチン1,4-ジオールの濃度が異なることを除き、同一の製造条件、及び同一のめっき浴成分組成により製造されている。従って、これらのサンプルに係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度を比較することにより、めっき浴に添加される2-ブチン1,4-ジオールの濃度と皮膜の硬度との関係を調査することができる。なお、サンプルS9、S11~S15においては、めっき浴に添加されるサッカリンナトリウムの濃度は1.0g/Lであり、ラウリル硫酸ナトリウムはめっき浴に添加されていない。また、各サンプルS9,S11~S15における2-ブチン1,4-ジオールの濃度は、サンプルS9においては0g/L(すなわちめっき浴中に2-ブチン1,4-ジオールは添加されていない)、サンプルS11においては0.1g/L、サンプルS12においては0.2g/L、サンプルS13においては0.5g/L、サンプルS14においては1.0g/L、サンプルS15においては1.5g/Lである。
【0066】
図8は、サンプルS9,S11~S15に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度(縦軸)とめっき浴に添加される2-ブチン1,4-ジオールの濃度(横軸)との関係を表すグラフを示す図である。図8に示すように、2-ブチン1,4-ジオールの濃度が1.0g/L以下の範囲において、濃度が高くなるほど皮膜の硬度も高くなり、濃度が1.0g/LであるサンプルS14に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度が最も高い。また、このときサッカリンナトリウムの濃度は1.0g/Lであるから、めっき浴に添加されるサッカリンナトリウムと2ブチン1,4-ジオールの濃度比(含有比)は、1:1であるのがよい。
【0067】
また、サンプルS3,S14,S16,S17は、表1及び表2に示すように、めっき浴に添加されるラウリル硫酸ナトリウムの濃度が異なることを除き、同一の製造条件、及び同一のめっき浴成分組成により製造されている。従って、これらのサンプルに係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度を比較することにより、めっき浴に添加されるラウリル硫酸ナトリウムの濃度と皮膜の硬度との関係を調査することができる。なお、サンプルS3,S14,S16,S17においては、めっき浴に添加されるサッカリンナトリウムの濃度及び2-ブチン1,4-ジオールの濃度は、共に、1.0g/Lである。また、サンプルSS3,S14,S16,S17におけるラウリル硫酸ナトリウムの濃度は、サンプルS14においては0g/L(すなわちめっき浴中にラウリル硫酸ナトリウムは添加されていない)、サンプルS16においては0.1g/L、サンプルS3においては0.3g/L、サンプルS17においては0.5g/Lである。
【0068】
図9は、サンプルS3,S14,S16,S17に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度(縦軸)とめっき浴に添加されるラウリル硫酸ナトリウムの濃度(横軸)との関係を表すグラフを示す図である。図9に示すように、ラウリル硫酸ナトリウムの濃度が0.3g/LであるサンプルS3に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の硬度が最も高い。また、このときにめっき浴に添加されるサッカリンナトリウムの濃度及び2ブチン1,4-ジオールの濃度は共に1.0g/Lである。つまり、サンプルS3において、めっき浴に添加されるサッカリンナトリウムの濃度(A)、2ブチン1,4-ジオールの濃度(B)、ラウリル硫酸ナトリウムの濃度(C)、の比は、A:B:C=1:1:0.3である。このような濃度比になるように各添加剤の濃度を調製することにより、皮膜の硬度をより高くすることができる。これは、添加剤の濃度比をこのような比(A:B:C=1:1:0.3)に設定することにより、添加剤が皮膜の結晶成長を抑制して、結晶粒が微細化されること、及び、添加剤により結晶粒が緻密化されることによって硬度が高くなること、が、原因であると、考えられる。
【0069】
また、濃度比A:B:C=1:1:0.3のまま、A及びBを0.5g/L未満且つCを0.15g/L未満にした場合、Ni-Fe-B合金めっき皮膜に割れが発生した。また、濃度比A:B:C=1:1:0.3のまま、A及びBを1.5g/Lよりも大きくかつCを0.45g/Lよりも大きくした場合、Ni-Fe-B合金めっき皮膜に水酸化ニッケルが異常析出した。従って、A,B,Cは、濃度比A:B:C=1:1:0.3とした状態で、A及びBが0.5g/L以上1.5g/L以下、Cが0.15g/L以上0.45g/L以下であるのがよい。
【0070】
(硫酸鉄七水和物の濃度)
硫酸ニッケル六水和物(NiSO・6HO)及び硫酸鉄七水和物(FeSO・7HO)が含まれる複数のめっき浴を用意した。ここで、用意した複数のめっき浴に含まれる硫酸鉄七水和物の濃度は、0g/L、4g/L、8g/L、16g/L、32g/Lと、それぞれ異なる。次いで、用意した各めっき浴を用いて電気めっきにより被めっき物表面にNi-Fe合金めっき皮膜(硫酸鉄七水和物が含まれない場合はNiめっき皮膜)を形成する基礎実験を行った。そして、基礎実験により形成した各皮膜の硬度を測定し、皮膜の硬度とめっき浴中に含まれる硫酸鉄七水和物の濃度との関係を調査した。
【0071】
図10は、基礎実験により得られた皮膜の硬度(縦軸)とめっき浴中に含まれる硫酸鉄七水和物の濃度(横軸)との関係を表すグラフを示す図である。図10に示すように、硫酸鉄七水和物の濃度が8~16g/Lの範囲において、硬度が高い。この結果は、基礎実験で用いためっき浴にトリメチルアミンボランを含有させて、電気めっきによりNi-Fe-B合金皮膜を形成する場合にも得られると考えられる。よって、めっき浴中に含まれる硫酸鉄七水和物の濃度は8g/L以上であり16g/L以下であるのがよい。
【0072】
(Fe共析率)
図11は、サンプルS1~S4に係る合金めっき皮膜について測定した皮膜のFe共析率(縦軸)と電気めっき時の電流密度(横軸)との関係を表すグラフ(グラフE)、および、比較サンプルC1~C3に係るNi-Fe合金めっき皮膜について測定した皮膜のFe共析率(縦軸)と電気めっき時の電流密度(横軸)との関係を表すグラフ(グラフF)を示す図である。図11からわかるように、グラフEにおいて、電流密度が10A/dmのとき、すなわちサンプルS2に係る電流密度であるとき、Fe共析率は最大(25wt%)であり、電流密度が15A/dmのとき、すなわちサンプルS3に係る電流密度であるとき、Fe共析率が最小(約13wt%)である。サンプルS2及びS3に係る合金めっき皮膜は、電流密度が10A/dm~15A/dmの範囲において形成したNi-Fe-B合金めっき皮膜であり、これらの皮膜のNi結晶子サイズは50Å以下(46.0Å以下)と小さく、且つ硬度は662HV以上と高い。よって、Ni-Fe-B合金めっき皮膜のFe共析率の好ましい範囲は、13wt%以上且つ25wt%以下であるということができる。
【0073】
図12は、サンプルS2,S5,S6に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜及び比較サンプルC2に係るNi-Fe合金めっき皮膜について測定した皮膜のFe共析率(縦軸)とめっき浴中に含まれるTMABの濃度(横軸)との関係を示す図である。図12に示すように、TMABの濃度が2.0g/Lであるとき、Fe共析率が最も大きく、TMABの濃度が3.0g/Lであるとき、Fe共析率が最も小さい。ただし、TMABの濃度が0.2g/L~3.0g/Lの範囲において、Fe共析率の変動範囲は、18wt%~25wt%と比較的小さい。
【0074】
(B共析率)
図13は、サンプルS1~S4に係る合金めっき皮膜について測定した皮膜のB共析率(縦軸)と電気めっき時の電流密度(横軸)との関係を表すグラフを示す図である。図13からわかるように、B共析率はFe共析率と比較して極めて小さく、電流密度が10A/dmのときB共析率は0.020wt%程度であり、電流密度が15A/dmのときB共析率は0.026wt%程度である。また、電流密度が5A/dmのサンプルS1及び電流密度が20A/dmのサンプルS4においてはBの共析率は0wt%であった。従って、サンプルS1及びS4に係る合金めっき皮膜は、Ni-Fe合金めっき皮膜と思われる。
【0075】
図14は、サンプルS2,S5,S6に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜及び比較サンプルC2に係るNi-Fe合金めっき皮膜についてそれぞれ測定した皮膜のB共析率(縦軸)とめっき浴中に含まれるTMABの濃度(横軸)との関係を表すグラフを示す図である。図14に示すように、めっき浴中に含まれるTMABの濃度が高くなるほど、皮膜のB共析率も大きくなり、TMABの濃度が3.0g/Lであるとき、B共析率は0.038wt%で最大である。従って、Ni-Fe-B合金めっき皮膜のB共析率は、0wt%より大きく1wt%以下、好ましくは、0wt%より大きく0.04wt%以下の範囲であるのが良い。
【0076】
このように、本実施形態に係るNi-Fe-B合金めっき皮膜の製造方法においては、所定濃度(300g/L~400g/L)の硫酸ニッケル六水和物、所定濃度(8g/L~16g/L)の硫酸鉄七水和物、所定濃度(0.2g/L~3.0g/L)のトリメチルアミンボランを含み、さらに所定濃度比の各種添加剤(濃度Aのサッカリンナトリウム、濃度Bの2-ブチン1,4-ジオール、濃度Cのラウリル硫酸ナトリウム、濃度比A:B:C=1:1:0.3)が添加されるめっき浴を調製する。そして、10A/dm以上20A/dm未満の電流密度、好ましくは10A/dm以上15A/dm以下の電流密度にて電気めっきを行うことにより、被めっき物表面に、ニッケル(Ni)と鉄(Fe)とボロン(B)とを含む多結晶構造のNi-Fe-B合金めっき皮膜を形成する。このとき図13のサンプルS2及びS3に示すように微量のボロン(B)が皮膜の結晶粒界に析出してピン止め効果を発揮することにより、皮膜の結晶粒(Ni結晶粒、Fe結晶粒)の微細化及び結晶すべりの抑制がなされる。さらに電流密度が高いことにより皮膜の結晶粒の微細化が促進される。加えて所定濃度比の添加剤により皮膜の結晶成長が抑制されるとともに結晶粒が緻密化されて高硬度化する。これらの作用効果によって、皮膜内部の結晶子サイズを50Å以下にすることができるとともに、より硬度の高いNi-Fe-B合金めっき皮膜を形成することができる。
【0077】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるべきものではない。例えば、上記実施形態にて説明しためっき浴中に、その他の成分、例えば塩化ニッケル、ホウ酸等が添加されていてもよい。また、ニッケル供給源として、硫酸ニッケルに代えて、スルファミン酸ニッケルを用いることができる。本発明は、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、変形可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14