(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022045812
(43)【公開日】2022-03-22
(54)【発明の名称】中性多糖産生量の制御方法
(51)【国際特許分類】
C12P 19/04 20060101AFI20220314BHJP
【FI】
C12P19/04 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020151607
(22)【出願日】2020-09-09
(71)【出願人】
【識別番号】598096991
【氏名又は名称】学校法人東京農業大学
(71)【出願人】
【識別番号】390022231
【氏名又は名称】マルサンアイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】田中 尚人
(72)【発明者】
【氏名】菅原 誠
【テーマコード(参考)】
4B064
【Fターム(参考)】
4B064AF11
4B064CA02
4B064CD04
4B064CD22
4B064DA10
(57)【要約】
【課題】乳酸菌の菌体外多糖(EPS)の一つである中性多糖の産生量を増加させることができる中性多糖産生量の制御方法を提供すること。
【解決手段】中性多糖産生量の制御方法は、乳酸菌を、ビタミンB2を含む乳酸発酵用組成物中で培養する工程を含む。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌の菌体外多糖(EPS)の一つである中性多糖の産生量を制御する方法であって、
乳酸菌を、ビタミンB2を含む乳酸発酵用組成物中で培養する工程を含むことを特徴とする中性多糖産生量の制御方法。
【請求項2】
前記乳酸発酵用組成物は、豆乳を含むことを特徴とする請求項1の中性多糖産生量の制御方法。
【請求項3】
前記ビタミンB2の含有量は、0.33~0.85μg/mlであることを特徴とする請求項1または2の中性多糖産生量の制御方法。
【請求項4】
前記乳酸発酵用組成物に添加する際の乳酸菌数が、前記乳酸発酵用組成物1g当たり1×105個~1×108個の範囲であることを特徴とする請求項1から3のいずれかの中性多糖産生量の制御方法。
【請求項5】
前記乳酸菌が、ラクトバシルス・デルブリュッキ・サブスピーシーズ・デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii)であることを特徴とする請求項1から4のいずれかの中性多糖産生量の制御方法。
【請求項6】
前記ラクトバシルス・デルブリュッキ・サブスピーシーズ・デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii)が、ラクトバシルス・デルブリュッキ・サブスピーシーズ・デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. Delbrueckii)TUA4408L株(NRIC0701株)であることを特徴とする請求項1から5のいずれかの中性多糖産生量の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌の菌体外多糖(EPS)の一つである中性多糖の産生量の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌は世界中で食品の発酵に利用されており、保存期間の延長、食感の変化、栄養価の向上などの付加価値を食品に与えている。それらの付加価値には、乳酸菌が菌体外に産生する菌体外多糖(exopolysaccharide;以下、「EPS」と記載することがある)も大きく寄与していることが徐々に明らかになりつつある。
【0003】
EPSが食品に与えている役割については、例えば、ヨーグルトの粘性を高めて分離を防ぐとともに、ヨーグルトらしいまろやかな食感に寄与していることが知られている。また、EPSの有する保水性、浸透圧耐性、抗菌物質耐性などの効果により、環境ストレスから菌体を保護する役割がLactobacillus属やBifidobacterium属において明らかになっている。乳酸菌の食品中での生存や、有用乳酸菌の腸管への到達には、EPSが寄与していると考えられている。また、いくつかの乳酸菌株は、ヒトの健康の維持や向上に寄与する生理活性物質としてEPSを産生することが知られている。
【0004】
さらに、乳酸菌が産生するEPSのタイプには、酸性多糖と中性多糖が知られており、特に、中性多糖は、免疫調節作用を始めとする保健効果が知られている。
【0005】
そして、乳酸菌のEPS産生に関連する技術としては、例えば、EPS産生量を増加させるものとして、特許文献1-3の技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017‐216926号公報
【特許文献2】再表2014/084340
【特許文献3】特開2014‐027925号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1-3の技術は、EPS産生量(総量)の増加を目的とするものであり、酸性多糖および中性多糖のタイプに応じた産生量を制御するものではない。特に、EPSとして中性多糖の産生量を増加させることができれば、保健効果の強化などに有効であると考えられる。
【0008】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、乳酸菌の菌体外多糖(EPS)の一つである中性多糖の産生量を増加させることができる中性多糖産生量の制御方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するため、本発明は、乳酸菌の菌体外多糖(EPS)の一つである中性多糖の産生量を制御する方法であって、
乳酸菌を、ビタミンB2を含む乳酸発酵用組成物中で培養する工程を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
本発明の中性多糖産生量の制御方法によれば、乳酸菌の菌体外多糖(EPS)のうちの中性多糖の産生量を増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1、5における試料からの粗多糖(EPS)画分の抽出方法を示した図である。
【
図2】実施例1における各培養液のEPS産生量を示した図である。
【
図3】菌体濃度を2倍量、5倍量にし、それぞれの培養上清をMRS培地に添加して培養を行った場合の、EPS産生量を示した図である。
【
図4】ビタミンB
2を添加した培地のEPS産生量を示した図である。
【
図5】実施例1で確認したEPSを酸性多糖と中性多糖に分画し、誘導因子の添加による影響を検討した結果を示す図である。
【
図6】ビタミンB2を添加したMRS培地でEPSを抽出した結果を示す図である。
【
図7】ビタミンB2添加によるEPS構造への影響について、分画したEPSを酸加水分解し、HPLCを用いて糖組成を調べた結果を示す図である。
【
図8】ビタミンB2 の発酵豆乳中のEPS産生量への影響を検討した結果を示す図である。
【
図9】ビタミンB2 の発酵豆乳中の産生EPSタイプへの影響を検討した結果を示す図である。
【
図10】ビタミンB2 を添加した発酵豆乳培地の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、ラクトバシルス・デルブリュッキ・サブスピーシーズ・デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii:以下、「L. delbrueckii」と記載することがある)TUA4408L株(東京農業大学一般公開No:NRIC0701株)の培養において、ビタミンB2を添加することで、乳酸菌の菌体外多糖(EPS)の一つである中性多糖の産生量が増加するという新規な知見を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
以下、本発明の中性多糖産生量の制御方法の一実施形態について説明する。
【0014】
本発明の中性多糖産生量の制御方法は、乳酸菌の菌体外多糖(EPS)の一つである中性多糖の産生量を促進する方法である。
【0015】
具体的には、本発明の中性多糖産生量の制御方法は、乳酸菌を、ビタミンB2を含む乳酸発酵用組成物中で培養する工程を含む。
【0016】
乳酸菌は、ラクトバシルス・デルブリュッキ・サブスピーシーズ・デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii:以下、「L. delbrueckii」と記載することがある)TUA4408L株(東京農業大学一般公開No:NRIC0701株)であることが好ましい。本出願人は、これまでに、このL. delbrueckii TUA4408L株を用いて豆乳を発酵させ、味付きタイプではない、いわゆるプレーンタイプの乳酸発酵豆乳(マルサンアイ株式会社 商品名:豆乳グルト、商品名:国産大豆の豆乳使用豆乳グルト)や、乳酸発酵飲料(マルサンアイ株式会社 商品名:豆乳飲料オレンジヨーグルト味、豆乳+カルシウム350)などを商品化している。
【0017】
その他の乳酸菌としては、例えば、ラクトバシルス・デルブリュッキ・サブスピーシーズ・デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii)NRIC 0700株(受託番号:NITE P-726)、NRIC 0705株(受託番号:NITE P-727)、NRIC 0755株(受託番号:NITE P-728)、NRIC 0756株(受託番号:NITE P-729)などを例示することができる。
【0018】
これらの乳酸菌は、液体菌、凍結菌または粉体菌のいずれの状態でも使用できるが、菌数やビタミンB2濃度の調節のためには粉体菌の使用がより好ましい。調合液に添加する際の乳酸菌(スターター)の菌数は、1g当たり1×105~1×108個の範囲が好ましい。
【0019】
乳酸発酵用組成物は、各種の乳原料などを含むことができるが、乳酸菌としてL. delbrueckiiを使用する場合は、豆乳(例えば大豆固形分7.0%~9.5%)を含むことが好ましい。豆乳は、大豆や脱皮大豆から常法により得られるものを用いることができる。
【0020】
乳酸発酵用組成物に含まれるビタミンB2の含有量は、乳酸菌数や乳酸発酵用組成物の量などに応じて適宜調整することができるが、0.33~0.85μg/mlの範囲であることが好ましい。この範囲であると、目的に応じて、中性多糖の産生量を増加させることができる。
【0021】
また、乳酸発酵用組成物には、必要に応じて、砂糖、糖類、加工澱粉(デキストリンの他、可溶性澱粉、ブリティッシュスターチ、酸化澱粉、澱粉エステル、澱粉エーテル等)、食物繊維、甘味料、有機酸(リンゴ酸、クエン酸、乳酸、酒石酸など)、香料、水、ゲル化剤(ゼラチン、寒天、ペクチン、カルボキシメチルセルロース(CMC)等)、増粘剤、安定剤などを添加することができる。
【0022】
本発明の中性多糖産生量の制御方法について、乳酸発酵豆乳製品を例に、具体的な製造・制御工程を示せば、例えば以下のとおりである。
【0023】
先ず、豆乳とビタミンB2量を調節した乳酸発酵用組成物を90~95℃で15~20分間殺菌した後、約42~44℃に冷却し、スターター(所定量の乳酸菌)を添加する。この乳酸菌を含む乳酸発酵用組成物を1カップあたり400g程度充填し、乳酸菌に適した温度でおよそ7時間から10時間かけて発酵させる。発酵終了後は冷蔵庫で冷却して乳酸発酵豆乳製品を得ることができる。乳酸発酵用組成物がビタミンB2を含有することで、乳酸菌の中性多糖の産生量が促進され、中性多糖を多く含有する乳酸発酵豆乳製品を得ることができる。
【0024】
本発明の中性多糖産生量の制御方法は、以上の実施形態に何ら限定されることはない。
【実施例0025】
以下、本発明の中性多糖産生量の制御方法について、実施例とともに説明するが、本発明の中性多糖産生量の制御方法は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0026】
<実施例1>HSJ法を用いた培養上清添加試験
L. delbrueckii TUA4408L株を用いて、培養上清の添加によるEPS産生量への影響を検討した。HSJ法(H培養、S培養、J培養の3段階の培養を行う方法。H培養では液体培地にて定常期まで培養する。S培養ではH培養の培養菌体を遠心分離にて集めた後に、同量の新たな液体培地を添加して定常期まで培養する。J培養ではH培養の培養菌体を遠心分離にて集めた後に、同量の新たな液体培地を添加して定常期まで培養する。)にて調製したJ培養液上清をMRS培地に1%、3%、5%、10%添加してL. delbrueckii TUA4408L株培養を行い、
図1に示す方法でEPS抽出を行った。
【0027】
その結果、全ての培養液でEPS産生量はコントロール(培養上清無添加)のEPS産生量と比較して増加する傾向があることが確認された(
図2)。また10%添加を除き、培養上清の添加量が増加するにつれEPS産生量も増加していった。
【0028】
また、培養上清添加試験時の菌体濃度による影響を調べるため、HSJ法での培養をJ培養の時のみ菌体濃度を2倍量、5倍量にし、それぞれの培養上清をMRS培地に添加して培養を行った。
【0029】
その結果、菌体濃度を上げた培養上清を添加したサンプルはさらなるEPSの高産生化が確認された(
図3)。
【0030】
<実施例2>誘導因子の探索
実施例1においてEPS産生量の増加が特に見られた菌体濃度5倍量のMRS培養液上清をLC-MS/MSに供することで、誘導因子の探索を行った。
【0031】
その結果、菌体未接種のMRS培地と比べて大きく増加していた物質がriboflavin(以下ビタミンB2)であることが明らかとなった。
【0032】
そこで、改変田村・角田合成培地を用いてビタミンB2(V.B
2)添加の有無による生育やEPS産生量を比較したところ、ビタミンB2を通常の5倍量添加した培地において、生育に大きな変化が見られないものの、通常の合成培地と比べてEPS産生量が増加することが確認された(
図4)。
【0033】
<実施例3>誘導因子添加によるEPS産生への影響
乳酸菌が産生する多糖には酸性多糖と中性多糖が報告されている。そこで陰イオン交換クロマトグラフィーにより、実施例1で確認したEPSを酸性多糖と中性多糖に分画し、誘導因子の添加による影響を検討した。
【0034】
その結果、培養上清の添加により中性多糖が増加することを確認した。このことから、EPS産生を誘導する因子は中性多糖の産生に影響することが示唆された(
図5)
また、ビタミンB2を添加したMRS培地でEPSを抽出したサンプルにおいても、ビタミンB2の添加量に応じて中性多糖の産生量が増加した(
図6)。
【0035】
<実施例4>EPS組成解析
ビタミンB2添加によるEPS構造への影響を検討するため、分画したEPSを酸加水分解し、HPLCを用いて糖組成を調べた。
【0036】
その結果、中性多糖画分では通常の静置培養と比較して、ビタミンB2添加によりグルコース含有率が高くなった。酸性多糖画分においては、同条件で産生量に変化は見られなかったものの、フルクトースとマンノースの含有率が高くなった(
図7)。
【0037】
<実施例5>ビタミンB2 の発酵豆乳中のEPS産生量と産生EPSタイプへの影響
乳酸菌が産出するEPSの誘導物質としてビタミンB2の存在が示唆されたことから、豆乳においてもビタミンB2添加がEPSの産生に関与するかについて検討した。
【0038】
(方法)
Lactobacillus delbrueckii NRIC 0701 (TUA4408L)を供試菌株,MRS 培地と豆乳培地を用い、多糖産生に適した HSJ 法で培養を行った。定常期の細胞を洗浄後、全菌体を新たな等量のMRS 培地に接種し、37°C で 24 時間培養を2 回、その後同様に豆乳培地(毎日おいしい無調整豆乳)に接種して40°C で 8 時間培養したものを多糖分析の試料とした。
【0039】
また、豆乳培地に3 段階 (0.01μg/mL, 0.03μg/mL, 0.05μg/mL) の濃度のビタミンB2 を添加したものも試験培地とした。豆乳中のビタミンB2 は 0.03mg/100g (=0.3ng/mg) である(日本食品分析センター)。
【0040】
試料からの粗多糖画分は
図1に示す方法で回収した。さらに粗多糖画分はDEAE TOYOPEAL650M(φ2.4×25 cm)を用いた陰イオン交換クロマトグラフィーにより中性多糖画分と酸性多糖画分に分画した。各画分の多糖定量は,凍結乾燥した試料を用いてフェノール硫酸法により行い、還元糖量を多糖量とした。
【0041】
【0042】
発酵後の多糖の増加は認められたが、ビタミンB2 添加によるEPS産生量への影響は認められなかった。
【0043】
発酵豆乳培地に対するビタミンB2 添加の有無による産生多糖タイプの検討結果を
図9、
図10に示す。
【0044】
図9に示すとおり、未接種豆乳培地では多糖はほとんど検出されず、ビタミンB2 無添加の発酵豆乳では、酸性多糖が主要の多糖であった。
【0045】
一方、
図10に示すとおり、ビタミンB2 の添加量が増えるほど、中性多糖が多くなり、酸性多糖の量は減る傾向が認められた。これは実施例3の MRS 培地の時の結果と同じ傾向であった。ただし、ビタミンB2 添加量増加に伴う酸性多糖の量の減少が MRS 培地の時より大きい傾向があった。全糖量がビタミンB2 であまり変化が見られなかったのは、中性多糖と酸性多糖の総量に大きな変化が生じないためだったと推定される。
【0046】
また、
図10の各フラクションの吸光値の合計を算出した。豆乳培地に添加したビタミンB2の濃度が0.01μg/mLの場合、中性多糖の産生量は0.9182であり、豆乳培地に添加したビタミンB2の濃度が0.03μg/mL の場合、中性多糖の産生量は5.9669であり、豆乳培地に添加したビタミンB2の濃度が0.05μg/mL の場合、中性多糖の産生量は9.4173であった。
【0047】
ビタミンB2の濃度が3倍になると(0.03μg/mL)、中性多糖の産生量は6.5倍になり、ビタミンB2の濃度が5倍になると(0.05μg/mL)、中性多糖の産生量は10.3倍になることが確認された。