IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

<>
  • -防カビ性および防藻性の試験方法 図1
  • -防カビ性および防藻性の試験方法 図2
  • -防カビ性および防藻性の試験方法 図3
  • -防カビ性および防藻性の試験方法 図4
  • -防カビ性および防藻性の試験方法 図5
  • -防カビ性および防藻性の試験方法 図6
  • -防カビ性および防藻性の試験方法 図7
  • -防カビ性および防藻性の試験方法 図8
  • -防カビ性および防藻性の試験方法 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022045910
(43)【公開日】2022-03-22
(54)【発明の名称】防カビ性および防藻性の試験方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20220314BHJP
   C12M 1/26 20060101ALN20220314BHJP
   C12N 1/14 20060101ALN20220314BHJP
   C12N 1/12 20060101ALN20220314BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12M1/26
C12N1/14 B
C12N1/12 A
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021140811
(22)【出願日】2021-08-31
(31)【優先権主張番号】P 2020151594
(32)【優先日】2020-09-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000010087
【氏名又は名称】TOTO株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094640
【弁理士】
【氏名又は名称】紺野 昭男
(74)【代理人】
【識別番号】100103447
【弁理士】
【氏名又は名称】井波 実
(74)【代理人】
【識別番号】100111730
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 武泰
(74)【代理人】
【識別番号】100180873
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 慶政
(72)【発明者】
【氏名】西野 駿佑
(72)【発明者】
【氏名】伊丹 愛子
(72)【発明者】
【氏名】池田 猛
(72)【発明者】
【氏名】藤井 寛之
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029AA09
4B029BB04
4B029BB06
4B029DF10
4B029HA02
4B063QA01
4B063QQ07
4B063QQ09
4B063QR76
4B063QR78
4B065AA57X
4B065AA83X
4B065BB14
4B065BC01
4B065BC48
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】 内外装材等の部材の表面の防カビ性および防藻性を数日間の試験で再現性良く評価することが可能な試験兵法を提供する。
【解決手段】 部材の表面に、耐乾性カビまたは好乾性カビに属するカビの胞子を接種し、培養した後の、カビの繁殖度を測定することを特徴とする試験方法は、当該カビの繁殖度から、部材表面における藻の繁殖度を推定し、部材表面の防藻性を評価することが可能である。
【選択図】なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
部材の防藻性を評価する試験方法であって、
前記部材の表面に、耐乾性カビまたは好乾性カビに属するカビの胞子を接種し、培養した後の、前記カビの繁殖度を測定する工程と、当該カビの繁殖度から前記表面における藻の繁殖度を推定する工程を少なくとも含んでなることを特徴とする、試験方法。
【請求項2】
部材の防カビ性または防藻性を評価する試験方法であって、
前記部材の表面に、耐乾性カビまたは好乾性カビに属するカビの胞子を接種し、培養した後の、前記カビの繁殖度を測定する工程と、当該カビの繁殖度から前記表面の防カビ性または防藻性を評価する工程とを少なくとも含んでなることを特徴とする、試験方法。
【請求項3】
前記の耐乾性カビまたは好乾性カビは、微生物汚れが形成された現場から単離されたカビである請求項1または2に記載の試験方法。
【請求項4】
前記カビは、前記カビの菌糸に藻が付着する性質を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の試験方法。
【請求項5】
前記カビは、Nothophoma sp. である、請求項4に記載の試験方法。
【請求項6】
前記接種の後、前記表面を乾燥させてから、前記培養を行う、請求項1~5のいずれか一項に記載の試験方法。
【請求項7】
前記培養は調湿された状態で行われる、請求項6に記載の試験方法。
【請求項8】
前記接種は、前記カビの胞子と液体培地とを前記表面に適用することにより行われるものであり、
前記液体培地に含まれる炭素源が0.00mg/cmを超え0.04mg/cm未満となるように適用される、請求項1~7のいずれか一項に記載の試験方法。
【請求項9】
前記接種は、前記カビの胞子が液体培地に分散された混合液を、前記表面に適用して行われるものであり、
前記混合液は、前記液体培地に含まれる炭素源が0g/Lを超え3g/L未満であることを特徴とする、請求項8に記載の試験方法。
【請求項10】
部材の防カビ性または防藻性を評価する試験方法であって、以下の工程:
(1)前記部材からなる試験体を準備する工程;
(2)前記試験体の表面に、カビの胞子を接種する工程;
(3)前記接種された前記カビを培養する工程;
(4)前記培養の後の前記カビの繁殖度を測定する工程;
を備えてなり、
ここで、前記接種は、前記カビの胞子と液体培地とを前記表面に適用することにより行われるものであり、
前記液体培地に含まれる炭素源が0.00mg/cmを超え0.04mg/cm未満となるように適用されることを特徴とする、試験方法。
【請求項11】
前記炭素源は糖質である、請求項8~10のいずれか一項に記載の試験方法。
【請求項12】
前記カビの繁殖度をATP値により評価する、請求項1~11のいずれか一項に記載の試験方法。
【請求項13】
前記培養において、光を間欠照射する、請求項1~12のいずれか一項に記載の試験方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防カビ性および防藻性を評価する試験方法に関する。とりわけ、外装材などが、その表面で経時的に発生するカビや藻による微生物汚染に対して有する抵抗性を、ラボ試験として評価する試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
外壁の汚れを観察すると、そこにはカビや藻が繁殖しており、これらの微生物汚染を長期的に防止あるいは抑制するための研究開発が進められている。
【0003】
一般的には、防カビ性または防藻性を評価する手段として屋外曝露での実証試験が行われている(例えば、特開2019-196440:特許文献1)。屋外曝露による試験は、試験期間が半年から数年の期間にわたることや、屋外環境要因による再現性の不確かさが問題とされている。そのよう状況の中、研究開発の効率化のため屋外曝露試験を再現したラボ試験が求められていた。
【0004】
ラボ試験による防カビ性の評価方法としては、JIS Z2911:2018「工業製品等のカビ抵抗性試験」(非特許文献1)が知られている。この試験方法は、工業製品等からなる試験体の表面にカビの混合胞子液を接種し、1週間以上培養して、カビの繁殖の程度を目視評価する方法である。
【0005】
また、光触媒製品の抗カビ性試験方法として、JIS R1705:2016が規定されている(非特許文献2)。この試験方法は、光触媒性を備えた試験体の表面にカビの胞子液を接種し、十分な紫外放射照度の光照射の下で所定時間静置して、発芽および発育可能な胞子数を評価する方法である。
【0006】
また、ラボ試験による防藻性の評価方法としては、例えば、特開2018-150278が知られている(特許文献2)。この試験方法は、藻の培養液を試験体に接種し、フィルム密着させ、紫外線と可視光条件下で1週間~4週間培養し、藻の繁殖量を目視評価する方法である。
【0007】
しかしながら、上記従来の方法も改善の余地がある。非特許文献1及び特許文献2は、供試生物の繁殖を目視によって判定する方法であり、培養に1週間以上の時間が必要である。また、供試生物も試験環境も実際の微生物汚染が発生する現場とは異なっており、曝露試験を充分に再現しているとは言い難い。
【0008】
また、本発明者らの一部は、特定の性質を備えた酸化セリウムが、カビの胞子を殺すことなく、発芽や菌糸の伸長を抑制する作用が有ることを発見している(PCT/JP2020/009574)が、このような酸化セリウムを備えた表面の場合、非特許文献2に記載された試験では、防カビ性なし、と判定されてしまう。非特許文献2に記載の従来の試験方法では、このような新しい知見に基づく防カビ性を評価することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2019-196440号公報
【特許文献2】特開2018-150278号公報
【特許文献3】PCT/JP2020/009574出願
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】JIS Z2911:2018
【非特許文献2】JIS R1705:2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされた。その目的は、内外装材などの部材の、カビや藻による経年的な汚れに対する抵抗性(すなわち防カビ性または防藻性)を数日間の試験で再現性良く評価することが可能な試験方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、耐乾性カビまたは好乾性カビを使用することにより、外装材などの防カビ性および防藻性を、ラボ試験として、再現性良く、かつ迅速に判定することが可能となることを見出した。また、藻類は、カビ胞子が発芽し、次いで伸長したり分岐したりした菌糸に付着し繁殖することを本発明者らの一部は先に報告しているが(特許文献3)、このような藻類の繁殖の機構も本発明による試験方法において再現できることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明は、
部材の防藻性を評価する試験方法であって、
前記部材の表面に、耐乾性カビまたは好乾性カビに属するカビの胞子を接種し、培養した後の、前記カビの繁殖度から、前記表面における藻の繁殖度を推定することを特徴とする。
【0014】
この試験方法によれば、外装材などの、普段は外気に曝され、光が当たり、時折雨や水がかかる環境で使用される部材の防藻性を、ラボ試験として、再現性良く、かつ迅速に判定することが可能となる。
【0015】
また、本発明の他の態様は、
部材の防カビ性または防藻性を評価する試験方法であって、
前記部材の表面に、耐乾性カビまたは好乾性カビに属するカビの胞子を接種し、培養した後の、前記カビの繁殖度を測定することを特徴とする。
【0016】
この試験方法によれば、外装材などの、普段は外気に曝され、光が当たり、時折雨や水がかかる環境で使用される部材の防藻性のみならず、防カビ性をも、ラボ試験として、再現性良く、かつ迅速に判定することが可能となる。
【0017】
さらに、本発明の他の態様は、
部材の防カビ性または防藻性を評価する試験方法であって、以下の工程を備えてなる試験方法である。
(1)前記部材からなる試験体を準備する工程;
(2)前記試験体の表面に、カビの胞子を接種する工程;
(3)前記接種された前記カビを培養する工程;
(4)前記培養の後の前記カビの繁殖度を測定する工程;
ここで、前記接種は、前記カビの胞子と液体培地とを前記表面に適用することにより行われるものであり、
前記液体培地に含まれる炭素源が0.00mg/cmを超え0.04mg/cm未満となるように適用される。
【0018】
この試験方法によれば、培養時のカビの栄養分である炭素源の供給量を低く抑えることで、繁殖度を高精度の定量評価を行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、内外装材などの部材の、カビや藻による経年的な汚れに対する抵抗性(すなわち防カビ性または防藻性)を数日間の試験で再現性良く評価することが可能な試験方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の試験方法において使用される保存シャーレの概略図である。
図2】菌糸の伸長度が「0:胞子が未発芽状態」を示す光学顕微鏡写真である。
図3】菌糸の伸長度が「1:一部の胞子が発芽しているが、菌糸は数100μm以下」を示す光学顕微鏡写真である。
図4】菌糸の伸長度が「2:胞子の発芽が認められ、部分的に菌糸が数100μm以上に伸長」を示す光学顕微鏡写真である。
図5】菌糸の伸長度が「3:ほとんどの胞子が発芽し、一面に菌糸が伸長」を示す光学顕微鏡写真である。
図6】ラボ試験におけるATP値とカビ繁殖との関係を示したグラフである。
図7】ATP値におけるラボ試験と屋外試験との関係を示したグラフである。
図8】ATP値と色差との関係を示したグラフである。
図9】使用した混合液の種類ごとに、ラボ試験でのATP値と屋外曝露試験でのATP値との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
1.発明を構成する各要素
部材
本発明の試験方法において用いられる部材は、建築物の内外装材、住宅設備機器、農業資材などを構成する部材である。これらの部材は、金属材料やセラミックなどの無機材料、合成樹脂製品や木材などの有機材料およびそれらの複合材である。その具体例としては、タイル、衛生陶器、食器、ケイ酸カルシウム板、セメント押し出し成形板などのセラミック製品、ガラス、鏡、木材、樹脂などが挙げられる。また、用途として表したときの部材の例としては、建物外装材、建物内装材、窓枠、窓ガラス、構造部材、乗物の外装、物品の防塵カバー、交通標識、各種表示装置、広告塔、道路用防音壁、鉄道用防音壁、橋梁、ガードレール、トンネル内装および塗装、碍子、太陽電池カバー、太陽熱温水器集熱カバー、ビニールハウス、車両用照明灯のカバー、住宅設備、便器、浴槽、洗面台、照明器具、照明カバー、台所用品、食器洗浄器、食器乾燥器、流し、調理レンジ、キッチンフード、換気扇、保護フィルムなどが挙げられる。なお、これらの部材は、印刷、塗装、被覆、または積層等による被膜が形成された部材も含まれる。
【0022】
本発明において、部材は、その防カビ性または防藻性の有無、さらにそれら性質をどの程度備えるのか評価される。本発明において評価対象となる部材は、その表面に抗菌剤、防カビ剤、または防藻剤が添加されたもの、光触媒材など、積極的に防カビ性または防藻性を備えるものとされたものであっても、また積極的にそれら性質を備えるものとされていないものであってもよい。
【0023】
本発明において、部材は水が浸透しない非吸水性の部材であって、評価する面が平坦であることが好ましい。部材の大きさについても特限定されないが、本発明の一つの態様によれば、当該評価する面は少なくとも25mm×25mmの大きさであればよい。
【0024】
試験体
試験体は、好ましくは部材を適宜切り出してなる。試験体は、評価する表面が平坦であることが好ましい。試験体は25±2mm角の正方形とし、これを標準の大きさとすることが好ましい。そうすることで、直径90mmシャーレに3枚の基材を収めることができる。25±2mm角の正方形の切り出しが困難な場合、表面の面積が最小で400mmであれば、試験体として使用してもよい。本発明の試験方法によれば、試験体の大きさはこれに限定されず、例えば、50mm角でもよい。また形状も、正方形が好ましいが、その限りではなく、円形でもよい。試験体の厚みはシャーレ蓋に接触しないことが好ましい。外装材の評価で90mmシャーレ(高さ13.2mm)を使用する場合,試験体の厚みは4mm以下にすることが好ましい。
【0025】
カビ
(耐乾性カビまたは好乾性カビ)
本発明の試験方法で使用されるカビは、外装材の評価においては、耐乾性カビまたは好乾性カビを使用する。耐乾性カビおよび好乾性カビは、高鳥浩介編著「一目でわかる図説かび検査・操作マニュアル」株式会社テクノシステム、1991年初版、142ページ に記載の定義に基づく。これらのカビは、屋外環境において微生物汚れが形成された外装材等の部材から単離されたカビであることが好ましい。カビの属種の同定は、テクノスルガラボ株式会社でのITS rDNA解析により行う。
【0026】
前記の耐乾性カビまたは好乾性カビは、微生物汚れが形成された現場から単離されたカビであることが好ましい。また、前記の耐乾性カビまたは好乾性カビは、いずれも、胞子が試験体の表面に付着する性質を有することが好ましい。また、当該カビは、菌糸に藻が付着する性質を有することが好ましい。前記藻は、微細藻類に分類される単細胞生物であり、好ましくは、単離されたカビと同じ環境から採取され、単離された藻類である。このような藻類としては、例えば、Protococcus sp. が挙げられる。また、上記の性質を有するカビとしては、Nothophoma sp. が、好ましい例として挙げられる。
【0027】
本発明の試験方法で使用されるカビは、屋内の水がかからない環境で使用される部材(キャビネットなど)の評価においては、耐乾性カビまたは好乾性カビを使用する。耐乾性カビおよび好乾性カビの定義は、上記と同じである。これらのカビは、屋内環境において微生物汚れが形成された現場から単離されたカビであることが好ましい。カビの属種の同定は、テクノスルガラボ株式会社でのITS rDNA解析により行う。なお、ここで水がかからない環境とは、通常の使用において当該部材に水がかかることが想定されていない環境であることを意味する。
【0028】
前記の耐乾性カビまたは好乾性カビは、いずれも、胞子が試験体の表面に付着する性質を有することが好ましい。上記の性質を有するカビとしては、屋内において微生物汚れが形成された部材から単離されたカビとしてEurotium sp. が好ましい例として挙げられる。
【0029】
(好湿性カビ)
本発明の試験方法で使用されるカビとしては、浴室などの室内の湿潤環境下で使用される部材の防カビ性試験を行う場合においては、好湿性カビを使用することも可能である。好湿性カビは、Cladosporium sp. 、Scolecobasidium sp. 、Phoma sp. の群から選択されるいずれか1種を使用することが好ましい。好湿性カビは、浴室などの湿潤環境から単離されたものを使用することができる。
【0030】
胞子及びその懸濁液
本発明の好ましい態様によれば、試験方法において、カビの胞子を部材または試験体に接種するために、胞子懸濁液を使用する。胞子懸濁液の調製は次の通りである。カビはポテトデキストロース寒天(PDA)斜面培地に植菌し、28±2℃で、7~21日間前培養する。前培養の試験管内に湿潤液(0.005wt%のTween80を含有させた滅菌精製水)を注ぎ入れ、ピペッティングして培養面から胞子を離脱させ、数枚の殺菌したガーゼ又は脱脂綿でろ過する。ろ過後、更に試験管ミキサーによって十分に胞子を分散させる。さらに湿潤液を用いて胞子濃度が1.0×10個/mLとなるように調製して、胞子懸濁液とする。調製した胞子懸濁液は、試験中は冷蔵保存し、即日使用することが望ましい。
【0031】
液体培地
本発明の試験方法において使用される液体培地は、栄養分としての炭素源および無機塩を含有する。この液体培地は合成培地であることが、カビ胞子の発芽や菌糸伸長を調整可能な点で好ましい。ここで炭素源としては、糖質が好ましく、糖質からなることがより好ましい。本発明において、糖質は水溶性の糖類であることが好ましく、単糖類、二糖類、オリゴ糖より選択される少なくとも1種であることがより好ましく、スクロースであることが、さらに好ましい。重合度が低い糖類である方が、迅速性と定量性に優れた試験結果が得られる。なお、本発明において、炭素源は胞子の分散剤に使用される界面活性剤が包含されない。
【0032】
本発明の試験方法の好適な態様によれば、液体培地の炭素源の量は0.00mg/cmを超え0.04mg/cm未満とされる。この炭素源の量は、公知の試験方法よりも少ないことを特徴とする。すなわち、本発明において、液体培地は炭素源の濃度を低くすることが好ましい。本発明の試験方法は、カビの胞子を部材または試験体の表面に接種する工程を備えてなるが、後述するように、この接種の工程は、カビの胞子が液体培地に分散された混合液を前記表面に適用することが好ましい。この混合液に含まれる炭素源の濃度は、0g/Lを超え3g/L未満であることが好ましく、0g/Lを超え2g/L以下であることが、より好ましい。栄養分として炭素源を高濃度に含有する培地を使用する従来法よりも、炭素源の供給量を低くすることで、カビの繁殖度を高精度に定量評価することが可能となる。
【0033】
液体培地の具体例としては、ツァペックドックス(Cz)培地の希釈液を用いる。培地の調製は次の通りである。精製水_1000mLにNaNO3_3g、K2HPO4_1g、MgSO4・7H2O_0.5g、KCl_0.5g、FeSO4・7H2O_0.01g、スクロース_20gを加えて、十分に溶解させた後、オートクレーブによって滅菌を行う。滅菌後、フィルターろ過を行い、ろ液をCz培地の原液とする。この原液をスクロース濃度が上記範囲となるように滅菌水道水で希釈し、試験に用いる。
【0034】
2.操作手順
本発明の試験方法は、部材の防カビ性または防藻性を評価する試験方法であって、前記部材の表面に、カビの胞子を接種し、培養した後の、前記カビの繁殖度を測定することを特徴とする。この試験方法は、以下の工程を含む試験方法であると換言できる。すなわち、
(1)試験体を準備する工程;
(2)試験体の表面に、カビの胞子を接種する工程;
(3)接種されたカビ(の胞子)を培養する工程;
(4)培養後のカビの繁殖度を測定する工程;
である。以下に、各工程について詳述する。
【0035】
(1)試験体の準備
部材を適宜適当な大きさに調整した後、清浄化する工程である。清浄化は、洗浄および殺菌の処理に細分化される。
【0036】
試験体の洗浄
試験体の切り出しの工程で発生した切断くずなどを除去するため、水道水で試験片の裏と表を洗浄する。流水での洗浄によって試験体の軟化、成分の溶解・溶出などが生じる場合は、エアスプレー等で処理する。
【0037】
試験体の殺菌
試験体の全面を、99.5%エタノールを吸収させた脱脂綿で軽く2~3回ふいた後、十分に乾燥する。アルコール処理によって、試験体の軟化、表面の塗装の溶解、または、成分の溶出などの変化が起こり、試験結果に影響を及ぼすと判断される場合においては、後述のような他の適切な方法を用いるか、または殺菌処理せずにそのまま試験に用いる。
【0038】
試験体が光触媒材の場合の殺菌
試験体表面の汚染有機物を除去するため、カビ胞子の接種の前日から紫外線蛍光灯の照度1000~1500μW/cmで14~18時間照射する。その後、試験胞子液の接種前に、クリーンベンチ内の殺菌灯で裏、表の順で15分ずつ殺菌処理を行う。
【0039】
その他の適切な方法
クリーンベンチ内の殺菌灯で表15分、裏15分照射することにより殺菌を行う。
【0040】
(2)カビの胞子の接種
試験体の表面にカビの胞子および液体培地を試験体の表面に適用する工程である。この接種工程においては、胞子懸濁液および液体培地を使用する。
【0041】
混合液:胞子懸濁液と液体培地の混合液
本発明の試験方法においては、カビの胞子と液体培地とを別個に試験体表面に適用してもよいが、試験精度および作業効率を高めるために、胞子懸濁液と液体培地とを混合してなる混合液を使用することが好ましい。混合液は、滅菌水道水で希釈したでCz培地を、胞子懸濁液と等量で混合したものが、より好ましい。調製した混合液は、試験中は冷蔵保存し、即日使用する。
【0042】
試験体表面への適用
(外装材または屋内の水がかからない環境で使用される部材の評価の場合)
混合液をピペットで0.1mL採取し、これを試験体の表面に滴下する。試験体の表面が撥水性を示す場合は、滴下した試験胞子液を表面に触れないようにピペッティングで表面全体に広げる。このような操作によって、液体培地に含まれる炭素源が0.00mg/cmを超え0.04mg/cm未満、より好適には0.02mg/cmとなるように適用されることが好ましい。炭素源の供給量を低くすることで、カビの繁殖度を高精度に定量評価することが可能となる。
【0043】
耐乾性カビまたは好乾性カビを使用する場合、次いで、クリーンベンチ内に前記の混合液を接種した試験体を静置して25℃で3時間乾燥させることが好ましい。その際、クリーンベンチ内はファンで空気を攪拌した状態にする。
【0044】
所定時間後、目視で試験体表面に液が残存していないことを確認する。表面に水分が存在しないようにすることで、実際の屋外曝露による試験結果との相関性が向上する。
【0045】
(室内の湿潤環境下で用いられる部材(例えば浴室の内装材)の評価の場合)
好湿性カビを使用して試験を行うことが好ましい。この場合は、混合液0.1mLを試験体の表面に滴下し、乾燥防止のため、滴下した混合液の上から20mm角のフィルム(KOKUYO,VF-10)を密着させる。密着フィルムには、微生物の発育に影響及ぼさない材質で、吸水性が無く、表面が平滑な材質のものを使用することが好ましい。このようなフィルムであれば、混合液とフィルムの密着性が良いためである。このような操作によって、液体培地に含まれる炭素源が0.00mg/cmを超え0.04mg/cm未満、より好適には0.02mg/cmとなるように適用されることが好ましい。炭素源の供給量を低くすることで、カビの繁殖度を高精度に定量評価することが可能となる。
【0046】
(3)培養
外装材または屋内の水がかからない環境で使用される部材の評価での培養は、湿度70%~90%、温度24~28℃、培養時間48±4時間の条件で実施する。内装材などの評価に場合は、インキュベータ内で培養し、湿度90%以上、温度28℃、培養時間48±4時間の条件で実施する。
【0047】
外装材および光触媒材の評価の場合
試験体表面の混合液を乾燥した後、当該試験体を調湿した保存シャーレ内に静置する。保存シャーレは、殺菌済みシャーレの底に、滅菌済み調湿用ろ紙を置き、滅菌水道水を8mL入れ、ろ紙が直接触れないようにガラスU管を置き、その上にスライドガラスを配置する。保存シャーレの概略図を図1に示す。なお、保存シャーレは、試験に使用する前に、15分間の殺菌灯処理を実施する。試験片はスライドガラス上に置く。
【0048】
(光照射条件)
光触媒材を評価する場合、光励起によって生成する活性酸素種によるカビへの作用に基づく防カビ性を評価するために、光照射を行う。光照射装置内の床面における既定の紫外線照度と可視光照度が得られる位置に、保存シャーレを設置する。光照射条件としては以下の4条件を目的に応じて選択し、温度26±2℃で48時間培養する。
・紫外光連続照射
照度:0.50mW/cm
・可視光連続照射
照度:5000lx
・混合光間欠照射(明条件と暗条件の間欠)
紫外照射と可視光照射を同時に所定時間照射し、その後同じ時間は照射を停止し暗所環境とする。この光照射と暗所の間欠照射を繰り返し、合計時間が48±2時間となるように培養する。
光照射と暗所の時間は、それぞれ10~12時間であることが好ましい。
・暗所
遮光した暗室環境下に設置する。
【0049】
屋内の水がかからない環境で使用される部材の評価の場合
試験体表面の混合液を乾燥した後、当該試験体を調湿した保存シャーレ内に静置する。保存シャーレは、殺菌済みシャーレの底に、滅菌済み調湿用ろ紙を置き、滅菌水道水を8mL入れ、ろ紙が直接触れないようにガラスU管を置き、その上にスライドガラスを配置する。保存シャーレの概略図を図1に示す。なお、保存シャーレは、試験に使用する前に、15分間の殺菌灯処理を実施する。試験片はスライドガラス上に置く。
【0050】
(培養条件)
遮光した暗室環境下に保存シャーレを設置し、温度26±2℃で48時間培養する。
【0051】
室内の湿潤環境下で用いられる部材の評価の場合
混合液をフィルムで密着させた試験体をシャーレに入れ、調湿したプラスチック容器(サンプラテック、タイトボックスNo.5)に静置させ、インキュベータにて26±2℃で48±2時間培養する。プラスチック容器内に滅菌した吸水性の高いワイパー等を敷き、滅菌水道水を注ぐことで、調湿を行う。
【0052】
(4)カビの繁殖度の測定
培養の後、試験体の表面におけるカビの繁殖度を測定する工程である。カビの繁殖度の測定は、菌糸伸長度、ATP値のいずれかまたは双方を評価することにより行われる。
【0053】
菌糸伸長度
試験体の表面に付着する胞子または菌糸を顕微鏡観察する。倍率が200~500倍の範囲で観察可能な光学顕微鏡であることが望ましい。菌糸伸長度の評価は、反射照明型顕微鏡 (ECLIPSE LV100ND, Nikon)を使用して、倍率340倍の視野で、カビ胞子の発芽、菌糸伸長の状態を観察することにより行われることが好ましい。
【0054】
本発明の一つの好ましい態様によれば、観察に基づき、胞子の発芽菌糸伸長度を下記にように表示する。
0:胞子が未発芽状態
1:一部の胞子が発芽しているが、菌糸は短い(数10~数100μm)状態
2:胞子の発芽が認められ、部分的には数100μm以上菌糸が伸長した状態
3:ほとんどの胞子が発芽し、一面に菌糸が伸長した状態。
【0055】
ATP値
(ATP値の定義)
本発明において、「ATP値」とは、ルシフェラーゼによる発光反応とピルベートオルトホスフェートジキナーゼを組み合わせた酵素サイクリング法を利用したATPおよびAMPの総量に比例した発光量と定義する。
【0056】
(ATP値の定量)
ATP値の定量には、(株)キッコーマン製のATPふき取り検査システムを利用する。培養後の試験体の表面を同社製の「ルシパック(登録商標)Pen」でふき取り、同社製「ルミテスター(登録商標)PD-30」に挿入して、ルシフェラーゼが触媒する、ルシフェリン、酸素、およびATPの反応による発光量を測定して、塗装体表面の単位面積当たりのATP値に換算する。
【0057】
防カビ性の評価
本発明による試験方法の結果として、菌糸伸長度が低い評点であれば部材は高い防カビ性を備えていることを意味する。また、ATP値が300RLU/cm以下であれば、部材は防カビ性ありと判定することが可能である。例えば、ATP値が300RLU/cm以下では菌糸伸長抑制効果を示し、100RLU/cm以下であれば発芽抑制効果として防カビ性を識別できる。
【0058】
カビの繁殖度を目視で評価していた従来の防カビ性試験方法では1か月かそれ以上の培養期間を要していた。しかし、本発明の試験方法では数日間で結果が得られ、迅速に結果を得ることができる。さらに、本発明によれば、ATP値を利用することで、カビの繁殖度をATP値の絶対値で評価可能となるため、従来の試験方法に比べて防カビ性をより定量的に評価することが可能となる。
【0059】
防藻性の評価
記述のとおり屋外での藻の付着機構につき、藻類は、カビ胞子が発芽し、次いで伸長したり分岐したりした菌糸に付着し繁殖する。したがって、カビの繁殖を有効に長期にわたり繁殖抑制できれば、屋外での部材表面の藻類の繁殖も防止できる。すなわち、本発明の試験方法によってカビの繁殖度を測定すれば、外装材などの防藻性を評価することが可能である。
【0060】
例えば、本発明による試験方法において、ATP値が300RLU/cm以下であれば、部材は防藻性ありと判定することが可能である。
【実施例0061】
本発明をさらに以下の実施例により説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0062】
材料
基材
・アルミ基材にエポキシ樹脂を主として含んでなるプライマーを塗装して常温で24時間乾燥した。その後、さらに、シリコーン変性アクリル樹脂および白色顔料を含むエナメル塗料を塗装して常温で24時間乾燥したものを、基材とした。
【0063】
酸化セリウム粒子
・1-1 酸化セリウム水分散体(蛍石型、塩基性、酸化セリウム濃度10wt%、平均結晶子径6nm)
【0064】
シリカ粒子
・2-1 水分散型コロイダルシリカ(Na分散、SiO2濃度30wt%、平均粒径25nm)
酸化チタン粒子
・3-1 酸化チタン水分散体(アナターゼ型、塩基性、TiO2濃度17.5wt%、平均粒径45nm)
・3-2 酸化チタン水分散体(ルチル型、塩基性、TiO2濃度6.0wt%、平均粒径35nm)
【0065】
分散媒:精製水
添加剤:ポリエーテル変性シリコーン系界面活性剤
【0066】
コーティング組成物の調製
表1に記載の組成となるよう、1)酸化セリウム水分散体と、2)水分散型コロイダルシリカと、3)酸化チタン水分散体と、4)分散媒と、5)添加剤とを混合して、コーティング組成物を得た。コーティング組成物中の被膜形成成分の濃度は5.5質量%とした。ここで、被膜形成成分の濃度は、コーティング組成物中の1)~3)の金属酸化物の合計量(仕込み量)の濃度である。参考のため、コーティング組成物を400℃まで加熱した後、室温まで徐冷し、恒量となったときの濃度を測定したところ、得られた濃度は被膜形成成分の濃度と同等であった。
【0067】
【表1】
【0068】
試験1:ATP値とカビ繁殖との関係
試験1(1):ラボ評価におけるATP値とカビ繁殖との関係
55℃に加温した基材の表面に、コーティング組成物C1を、12.5g/mとなるようにエアスプレーにて塗布し、室温で乾燥して表面層を形成した。こうして得られた塗装体(塗装体19)を評価に用いた。
【0069】
先ず、上記の屋外曝露上の現場において微生物汚染が進んだ外装材から単離した耐乾性カビ(Nothophoma sp. )をポテトデキストロース寒天斜面培地で28℃、7~14日間前培養した。前培養によって得られた胞子を0.005wt%のTween80を含有させた滅菌精製水に懸濁させ、胞子濃度が1×10個/mLとなるように滅菌精製水で希釈して胞子懸濁液を調製した。この接種液を10%ツァペックドックス液体培地と当量混合して混合液を調製した。
【0070】
次に、塗装体を25mm×25mmにカットして試験体とした。この試験体を殺菌灯照射で滅菌し、塗装された面(すなわち試験体の表面)に混合液を0.1mL滴下した後、全面に塗抹することによりカビの胞子を接種した。塗抹後の塗装体を室温下3時間放置して目視で表面が乾燥状態であることを確認した後、気温28℃、相対湿度100%に調湿した環境下、暗所条件で静置して、カビを培養した。培養時間:0時間、17時間、24時間、および40時間の試験体について、カビの繁殖度を測定した。カビの繁殖度の測定は、菌糸伸長度の評価およびATP値の定量を行った。
【0071】
ATP値の定量には、(株)キッコーマン製のATPふき取り検査システムを利用した。試験体の表面を同社製の「ルシパック(登録商標)Pen」でふき取り、同社製「ルミテスター(登録商標)PD-30」に挿入して、ルシフェラーゼが触媒する、ルシフェリン、酸素、およびATPの反応による発光量を測定して、試験体表面の単位面積当たりのATP値に換算した。
【0072】
菌糸伸長度は、反射照明型顕微鏡 (ECLIPSE LV100ND, Nikon)を使用して、倍率340倍の視野で、カビ胞子の発芽、菌糸伸長の状態を観察し、菌糸伸長度を次の4段階に分類することにより、評価した。それぞれについて代表的なカビ繁殖の状態を図1から図4に示した。
【0073】
(菌糸伸長度)
0:胞子が未発芽状態(図2)、
1:一部の胞子が発芽しているが、菌糸は短い(数10~数100μm)状態(図3)、
2:胞子の発芽が認められ、部分的には数100μm以上菌糸が伸長した状態(図4)、
3:ほとんどの胞子が発芽し、一面に菌糸が伸長した状態(図5)。
なお、上記の菌糸伸長度:3では、カビ繁殖に伴って生じるサンプル表面のくすみ、もしくは黒色のカビ汚れが目視の観察でも認められる。
【0074】
ATP値と菌糸伸長度の関係を図6に示す。
【0075】
ATP値と菌糸伸長度には高い相関があり、ATP値が高いほどカビ菌糸が伸長していた。ATP値は、胞子状態から、発芽、菌糸伸長に至る、カビの繁殖程度と対応することがわかった。
【0076】
試験1(2):ラボ試験後のATP値と屋外曝露試験後のATP値との関係
ラボ試験と屋外曝露試験におけるATP値を比較するために、コーティング組成物として、C1~C5を使用して、表面層の組成が異なる5種類の塗装体を作製した。塗装体の作成条件は上記試験1(1)と同じとした。塗装体と使用したコーティング組成物との対応を表2に示す。
【0077】
【表2】
【0078】
屋外曝露試験は、東海地区にある周囲を森林に囲まれた環境を試験場所とした。表2に記載の塗装体を当該試験場に北向きに設置し、1ヶ月間屋外曝露し、ATP値を測定した。
【0079】
ラボ試験は次の手順で行った。すなわち、塗装体を25mm×25mmにカットして試験体とした。この試験体を殺菌灯照射で滅菌し、塗装された面(すなわち試験体の表面)に、試験1(1)と同様に調製された混合液を0.1mL滴下した後、全面に塗抹した。塗抹後の塗装体を室温下3時間放置して目視で表面が乾燥状態であることを確認した後、気温28℃、相対湿度100%に調湿した環境下に静置してカビを培養した。培養期間中、塗装体表面の紫外線強度がトプコンテクノハウス社製の紫外線強度計:UVR-2を使用して0.5mW/cmとなるようにBLBランプ(三共電気株式会社製、FL40SBLB)を12時間のインターバルで照射した。照射および不照射を合計48時間行った後に、ATP値の定量を行った。
【0080】
ATP値の定量は、上記試験1(1)のATP値の定量の記載と同じ方法で行った。
【0081】
ラボ試験後のATP値と屋外曝露試験後のATP値との関係を図7に示す。
【0082】
1か月の曝露試験を実施したそれぞれの塗装体表面には藻類の付着や繁殖は認められず、カビ胞子の付着やその発芽、菌糸伸長のみが確認された。また、ラボ試験で確認したATP値は屋外曝露試験後のATP値と高い相関性を示した。
【0083】
塗装体1は、ラボ試験でも屋外曝露試験でもATP値が著しく高い値を示した。一方、他の4サンプルは両試験ともにATP値は低く、ラボ試験のATP値の序列(塗装体1>>塗装体5>塗装体2>塗装体4≒塗装体3)は屋外曝露試験の序列とほぼ同じだった。
【0084】
ATP値は、防カビ効果を測る指標として有効であり、塗装体表面がカビ胞子に及ぼす影響の程度を指標化したものとして取り扱うことができる。ATP値を低く抑制しうる塗装体表面は効果的に防カビ効果を発現する。
【0085】
試験2:カビ繁殖(ATP値)と藻繁殖との関係
ラボ試験でのATP値と屋外曝露試験による藻の繁殖との関係を評価した。用いた塗装体は上記試験1(2)と同じ5サンプルであり、上記試験1(2)の曝露試験を6か月まで延長し、その経過観察および、6か月経過時の汚れによる変色程度を評価した。
【0086】
ラボ試験は、光照射条件を変更した以外は試験1(2)と同様に行った。光照射条件は次の通りであった。
【0087】
BLBランプ(三共電気株式会社製、FL40SBLB)および白色蛍光灯(日立アプライアンス株式会社製、FLR40SW/M/36-B)を同時に12時間照射した。トプコンテクノハウス社製の紫外線強度計:UVR-2にて計測した塗装体表面の紫外線強度は0.5mW/cmであり、トプコンテクノハウス社製の照度計:IM-5にて計測した塗装体表面の照度は5000lxだった。光照射の後、暗所条件を12時間とし、12時間間隔の間欠照射とした。
【0088】
経過観察において、曝露が1か月経過した時点では、比較例に相当する塗装体はカビ胞子が発芽して、菌糸が一面に伸長した状態が観察されたが、藻類の付着は確認されなかった。本試験においては、ラボ試験においてATP値が高い値を示した塗装体は、カビ菌糸伸長の後に藻類の付着が始まり、6か月経過時点で、緑色を帯びた汚れが視認される状況に至った。
【0089】
6か月経過時点の汚れの程度の評価は、コニカミノルタジャパン株式会社製分光測色計CM-2600dを用いて行なった。JIS Z8730(2009)に準拠し、L表色系における、屋外曝露前と6か月経過時点の塗装面の色差ΔEとして定量した。
【0090】
ラボ試験におけるATP値と屋外曝露試験後の色差との関係を図8に示す。
【0091】
図8によれば、ATP値および色差は良好な相関性を示した。
【0092】
ATP値を低く抑制できる塗装体は、防カビ効果の設計ばかりでなく、防藻効果の設計にも有効であることが示唆された。以上の知見と、屋外曝露試験での汚れの発生過程を鑑みると、防カビ効果と防藻効果には密接な関係があり、カビ胞子の発芽・菌糸伸長を抑制することが優れた防藻効果の発現に重要であると考えられる。したがって、ATP値は、塗装体表面がカビ胞子に及ぼす影響の程度を指標化したもの、すなわち、防カビ効果の指標として有効なだけではなく、防藻効果の指標としても有効であるといえる。
【0093】
試験3:好湿性カビを使用した防カビ性の評価
試験カビには、ユニットバスを使用している一般家庭の浴室から採取され、単離された好湿性カビであるCladosporium sp. を用いた。試験体として、防カビ剤など微生物の繁殖を阻害する成分を含まない樹脂片(ABS樹脂製、25mm×25mm)を用いた。試験1(1)と同様に混合液を試験体の表面に適用することによってカビの胞子を接種し、次いで3時間の乾燥処理を行った。乾燥後、保存用シャーレに静置し、暗所条件下で25℃48時間培養した。一方、同様の試験カビと試験体を用いて、混合液を接種後フィルム密着させた状態で調湿容器内に静置し、28℃で48時間培養した。フィルムを密着させたことで、培養の期間中培養液は乾燥しなかった。これらの2条件:乾燥条件および湿潤条件にて培養した後の試験体について、菌糸伸長度の評価およびATP値の定量をおこなった。結果を表3に示す。
【0094】
【表3】
【0095】
試験胞子液の接種後に乾燥処理を行った場合、ATP値が100RLU/cm程度で、菌糸伸長度も低い結果となった。一方、フィルムを密着させ、試験胞子液を保持した場合では、ATP値が1000RLU/cmを超え、菌糸伸長度も3となった。好湿性カビの生育に乾燥条件は適しておらず、フィルム密着によって湿潤条件を保持することが好ましい。
【0096】
以上の試験結果から、外装材などの、普段は外気に曝され、光が当たり、時折雨などの水がかかる環境で使用される部材の防カビ性または防藻性をラボ試験によって評価するためには、耐乾性カビまたは好乾性カビを使用し、さらに、培養時は試験体の表面が乾燥した状態にあることが好ましいことがわかった。また、浴室などの、湿潤な環境下での防カビ性をラボ試験によって評価するためには、好湿性カビを使用し、さらに、培養時は試験体の表面が湿潤状態にあることが好ましいことがわかった。
【0097】
試験4:カビ繁殖(ATP値)と栄養分としての炭素源の濃度との関係
混合液中に含まれるスクロースの濃度が異なる4条件(スクロース濃度: 7.5,3.0,1.5,0.0g/L)でのラボ試験におけるATP値と、屋外曝露試験でのATP値を比較した。
【0098】
コーティング組成物として、C1、C2、C4、およびC6を使用して、表面層の組成が異なる4種類の塗装体を作製した。塗装体の作製条件は上記試験1(1)と同じとした。
【0099】
(ラボ試験)
これらの塗装体を25mm×25mmにカットして試験体とした。これらの試験体に殺菌灯を照射して滅菌処理した。
【0100】
ツァペックスドックス液体培地を調製し、滅菌水道水で希釈して、2倍希釈液、5倍希釈液、および10倍希釈液、をそれぞれ作製した。これらの液体培地の希釈液に、試験1(1)と同様に調製した胞子懸濁液を体積比1:1で混合して3種の混合液を作製した。対照として、胞子懸濁液に同体積の滅菌水道水を混合して、炭素源を含有しない混合液を作製した。
【0101】
上記の殺菌処理した試験体に混合液を0.1mL滴下した後、全面に塗抹することによりカビの胞子を接種した。塗抹後の塗装体を室温下3時間放置して目視で表面が乾燥状態であることを確認した後、気温28℃、相対湿度100%に調湿した環境下、48時間静置して、カビを培養した。培養の期間中、試験2と同様の条件で光照射を行った。
【0102】
培養後の試験体について、ATP値の定量を上記試験1(1)と同じ方法で行った。
【0103】
(屋外曝露試験)
作製した塗装体を、上記試験1(2)と同様に曝露試験を行い、ATP値の定量を上記試験1(1)と同じ方法で行った。また、目視観察も行った。
【0104】
(結果)
使用した混合液の種類ごとに、ラボ試験後のATP値と屋外曝露試験後のATP値との関係を図9に示す。
【0105】
屋外曝露試験では、C2を使用してなる100%酸化セリウム含有の塗装体、および、C4を使用してなる10%酸化チタン含有の塗装体は、ATP値が100RLU/cm2前後で高い防カビ性を示した。C6を使用してなる1%酸化チタン含有の塗装体、および、C1を使用してなる100%シリカ含有の塗装体は、ATP値が800RLU/cm2と高く、また、カビの繁殖が認められた。
【0106】
ラボ試験において、混合液中のスクロース濃度が7.5g/Lと3.0g/Lの場合、100%シリカ含有の塗装体のみ1000RLU/cm2前後で、他の3つの試験体が数100~数10RLU/cm2となり、ラボ試験と屋外曝露試験の相関性が低かった。
【0107】
混合液中のスクロース濃度が1.5g/Lでは、ラボ試験と屋外曝露試験のATP値が高い相関を示した。
【0108】
混合液中のスクロース濃度が0.0g/Lとなると、ラボ試験ではいずれの試験体もATP値が低く、またカビの繁殖が抑制される傾向にあり、実験精度が劣る結果となった。
【0109】
以上の試験結果から、屋外曝露での防カビ性を再現するためには、ラボ試験での混合液中の糖濃度が0g/Lを超え、3g/L未満であることが好ましい。
【0110】
試験5:好乾性カビを使用した防カビ性の評価
試験カビには、住宅の室内のキャビネットから採取され、単離された好乾性カビであるEurotium sp. を用いた。試験体として、洗浄したフロート板ガラス(25mm×25mm)を用いた。試験1(1)と同様に混合液を試験体の表面に適用することによってカビの胞子を接種し、次いで3時間の乾燥処理を行った。乾燥後、保存用シャーレに静置し、暗所条件下で25℃48時間培養した。一方、同様の試験カビと試験体を用いて、混合液を接種後、直ちに調湿容器内に静置し、28℃で48時間培養した。接種後直ちに調湿容器内に静置したことで、培養の期間中、培養液は乾燥しなかった。これらの2条件:乾燥条件および湿潤条件にて培養した後の試験体について、菌糸伸長度の評価およびATP値の定量をおこなった。結果を表4に示す。
【0111】
【表4】

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9