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特開2022-46233中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022046233
(43)【公開日】2022-03-23
(54)【発明の名称】中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法
(51)【国際特許分類】
   C02F 1/66 20060101AFI20220315BHJP
   A01K 61/54 20170101ALI20220315BHJP
【FI】
C02F1/66 521S
C02F1/66 510Z
C02F1/66 521T
C02F1/66 521B
C02F1/66 521C
C02F1/66 521N
C02F1/66 521D
A01K61/54
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020152171
(22)【出願日】2020-09-10
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】595027918
【氏名又は名称】小林 節夫
(74)【代理人】
【識別番号】100101627
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 宜延
(72)【発明者】
【氏名】小林 節夫
【テーマコード(参考)】
2B104
【Fターム(参考)】
2B104AA22
2B104AA26
2B104BA06
2B104DA11
2B104EF10
(57)【要約】
【課題】潮間帯の酸性に傾いた海水を中和する中和固形物及びその製造方法、さらに該中和固形物を用いた採苗具を提供する。
【解決手段】カキ殻の粉末1と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダ2と、主成分が該バインダの水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム又は/及び炭酸水素ナトリウムのpH上昇抑制剤3と、を含んで混錬固化して粒状に成形された粒状成形体5が、炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で硬化してなる粒状硬化体6にして、前記粒状成形体の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延し、潮間帯の海水中の酸性物質を中和する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カキ殻の粉末と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダと、主成分が該バインダの水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム又は/及び炭酸水素ナトリウムのpH上昇抑制剤と、を含んで混錬固化して粒状に成形された粒状成形体が、炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で硬化してなる粒状硬化体にして、
前記粒状成形体の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延し、潮間帯の海水中の酸性物質を中和することを特徴とする潮間帯の海水を中和する中和固形物。
【請求項2】
前記バインダの無機化合物が水酸化マグネシウムであり、且つ前記カキ殻の粉末が100重量部に対し、前記水酸化マグネシウムが10~60重量部、前記pH上昇抑制剤が20~100重量部の範囲にある請求項1記載の潮間帯の海水を中和する中和固形物。
【請求項3】
前記pH上昇抑制剤が硫酸カルシウムである請求項1又は2に記載の潮間帯の海水を中和する中和固形物。
【請求項4】
カキ殻の粉末と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダと、主成分が該バインダの水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム又は/及び炭酸水素ナトリウムのpH上昇抑制剤と、を具備し、水を加えて混錬固化して粒状成形体に成形し、その後、該粒状成形体に炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して粒状硬化体へと硬化させ、
前記粒状成形体の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延し、且つ水への溶解で、前記カキ殻の粉末と前記バインダのみとを水で混錬固化して粒状とし、前記炭酸ガス雰囲気下で保存して硬化させた粒状硬化ケース体のpH値よりも、前記粒状硬化体のpH値の方を小さくさせて、該粒状硬化体の中和固形物が潮間帯の海水中の酸性物質を中和することを特徴とする潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法。
【請求項5】
前記バインダの無機化合物が水酸化マグネシウムであり、且つ前記粒状成形体を1分以上50時間の範囲内で炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して、粒状硬化体に硬化させた請求項4記載の潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法。
【請求項6】
前記水酸化マグネシウムを、海水法により生成された水酸化マグネシウムとする請求項5に記載の潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法。
【請求項7】
前記カキ殻の粉末100重量部に対し、前記水酸化マグネシウムの粘着力によってカキ殻の粉末を粒状に固めるバインダになる該水酸化マグネシウム10~60重量部を配合すると共に、前記pH上昇抑制剤に係る硫酸カルシウム20~100重量部を配合し、且つ水20~80重量部を加えて粒状成形体に形成し、次に、該粒状成形体を袋体内に入れて密封し、続いて、1分以上50時間の範囲内で炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して硬化させた粒状硬化体にして、
該粒状硬化体の中和固形物を海水中に置くことにより一か月以上の時間をかけて溶解し、その形状が徐々に消失する請求項4乃至6のいずれか1項に記載の潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法。
【請求項8】
カキ殻の粉末と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダと、主成分が該バインダの水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム又は/及び炭酸水素ナトリウムのpH上昇抑制剤と、を具備し、水とで混錬固化して形成された粒状成形体が炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で保存されることで硬化してなる粒状硬化体の中和固形物が、砕石と混合されて、潮間帯に設けた囲い内又は網目状の袋体内に充填され、
該中和固形物が潮間帯の潜砂性二枚貝又はカキの浮遊幼生が漂う海水を中和して、該浮遊幼生を着底させ育った稚貝として捕集することを特徴とする中和固形物を用いた採苗具。
【請求項9】
前記pH上昇抑制剤を硫酸カルシウムとした請求項8記載の潜砂性二枚貝の採苗具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、アサリ、ハマグリ等の潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生などが生きる潮間帯の海水を中和させるのに好適な、潮間帯の海水を中和する中和固形物及びその製造方法、と該中和固形物を用いた採苗具に関する。
【背景技術】
【0002】
アサリをはじめとする潜砂性二枚貝やカキは、わが国では古くから食料として重要な位置を占めていた。ところが、近年の環境悪化や海の栄養不足等によって、アサリでいえば、我が国生産量が1970~1980年代に比べて1/5程度にまで落ち込んでいる。
こうした現状を鑑み、本発明者は、養殖魚介類への栄養補給体の発明を提案し、貝類の国内生産量の回復を目指してきた(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004-33133号公報
【0004】
特許文献1の栄養補給体は、『アサリ増殖基質としてのカキ殻加工固形物「ケアシェル」の利用』(Journal of Fisheries Technology,5(1),97-105,2012)や、『カキ殻のリサイクルによるアサリの養殖-廃棄物をアサリのゆりかごへ-』(養殖研究レターNo.7(2011.2))で公表され、アサリの成長が早く、一定の効果が得られている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1の栄養補給体は、天然採苗で固体密度を高くする効果が得られていない。アサリは孵化から2~3週間、干潟,河口付近などの潮間帯の海水中に、浮遊幼生として漂う。この浮遊幼生が着底(着床ともいう)して稚貝になる。該栄養補給体を用いて、稚貝の固体密度を高める着底捕集を目指したが、うまくいかなかった。
特許文献1の発明後にも、本発明者は、マグネシウム系緩速溶解剤(特開2007-326769号公報)の改良発明を完成させ、効率良く着底させてアサリ稚貝を集めようと試みたが、天然採苗の方は期待した成果が得られていない。
【0006】
そこで、一度立ち止まって、これまで得たデータ等を洗いざらい出して、問題点を見つける検討を重ねた。そんななか、平成22年度瀬戸内海ブロック水産業関係研究開発推進会議生産環境部会・栽培資源部会合同部会2010.11.16の養殖研究所、日向野純也氏による『アサリの天然採苗および養殖におけるカキ殻加工固形物(ケアシェル)の利用』の発表資料に着目した。ここで、カキ殻加工固形物は特許文献1の栄養補給体である。
同資料中に、カキ殻固形物を用いたアサリの増殖実験実施時における底質内pHの変化が図8ごとくとある。アサリが生育する干潟にあっては、多くが砂を掘ると真っ黒で還元状態にあり、表面海水中のpHが酸性側に寄っている。こうした場所では、特許文献1の栄養補給体によってpHが高く保たれることが、アサリが大きく成長するのに役立つと示唆する。一方で、砕石に対する特許文献1の栄養補給体の混合割合が低いほど高いアサリの採苗効果が得られるという図9のようなデータが存在していた。図9から、採苗に対しては栄養補給体の強いアルカリ性が悪さをして、問題となっていることが判った。
【0007】
「アサリ育成漁場の環境特性」(瀬戸内水研報,No.1:15-37(1999))に、『pHについては倉茂・松本(1957)による報告が見られるのみであり、冬季(水温10℃前後)のアサリはpH4~8.7の範囲であれば全く異常なく生存するとし、pH9以上ではへい死を観察している。』との記載がある。
また、「アサリ浮遊幼生の着底状況を指標とした高炉水破スラグの機能評価」(www.pref.aichi.jp>uploaded>attachment)に、『ムラサキガイでは着底直前の変態期ベリジャー幼生の成長がアルカリ側で遅れ、ベラムの退化が進みへい死することが報告されている。アサリについても、アルカリ性側に対しては抵抗力が弱いことが指摘されている。』との記載がある。このように、アサリの成貝でもへい死すると報告されていることから、アサリ浮遊幼生もpH9以上では着底しないと推定される。
【0008】
本発明は、上記問題を解決するもので、例えば、アサリ等の潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生を、その固体密度を上げて効果的に着底させるのに好適な、潮間帯の酸性に傾いた海水を中和する中和固形物及びその製造方法、さらに該中和固形物を用いた採苗具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成すべく、請求項1に記載の発明の要旨は、カキ殻の粉末と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダと、主成分が該バインダの水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム又は/及び炭酸水素ナトリウムのpH上昇抑制剤と、を含んで混錬固化して粒状に成形された粒状成形体が、炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で硬化してなる粒状硬化体にして、前記粒状成形体の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延し、潮間帯の海水中の酸性物質を中和することを特徴とする潮間帯の海水を中和する中和固形物にある。請求項2の発明たる潮間帯の海水を中和する中和固形物は、請求項1で、バインダの無機化合物が水酸化マグネシウムであり、且つ前記カキ殻の粉末が100重量部に対し、前記水酸化マグネシウムが10~60重量部、前記pH上昇抑制剤が20~100重量部の範囲にあることを特徴とする。請求項3の発明たる潮間帯の海水を中和する中和固形物は、請求項1又は2で、pH上昇抑制剤が硫酸カルシウムであることを特徴とする。
請求項4に記載の発明の要旨は、カキ殻の粉末と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダと、主成分が該バインダの水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム又は/及び炭酸水素ナトリウムのpH上昇抑制剤と、を具備し、水を加えて混錬固化して粒状成形体に成形し、その後、該粒状成形体に炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して粒状硬化体へと硬化させ、前記粒状成形体の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延し、且つ水への溶解で、前記カキ殻の粉末と前記バインダのみとを水で混錬固化して粒状とし、前記炭酸ガス雰囲気下で保存して硬化させた粒状硬化ケース体のpH値よりも、前記粒状硬化体のpH値の方を小さくさせて、該粒状硬化体の中和固形物が潮間帯の海水中の酸性物質を中和することを特徴とする潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法にある。請求項5の発明たる潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法は、請求項4で、バインダの無機化合物が水酸化マグネシウムであり、且つ前記粒状成形体を1分以上50時間の範囲内で炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して、粒状硬化体に硬化させたことを特徴とする。請求項6の発明たる潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法は、請求項5で、水酸化マグネシウムを、海水法により生成された水酸化マグネシウムとすることを特徴とする。請求項7の発明たる潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法は、請求項4~6で、カキ殻の粉末100重量部に対し、前記水酸化マグネシウムの粘着力によってカキ殻の粉末を粒状に固めるバインダになる該水酸化マグネシウム10~60重量部を配合すると共に、前記pH上昇抑制剤に係る硫酸カルシウム20~100重量部を配合し、且つ水20~80重量部を加えて粒状成形体に形成し、次に、該粒状成形体を袋体内に入れて密封し、続いて、1分以上50時間の範囲内で炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して硬化させた粒状硬化体にして、該粒状硬化体の中和固形物を海水中に置くことにより一か月以上の時間をかけて溶解し、その形状が徐々に消失することを特徴とする。
請求項8に記載の発明の要旨は、カキ殻の粉末と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダと、主成分が該バインダの水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム又は/及び炭酸水素ナトリウムのpH上昇抑制剤と、を具備し、水とで混錬固化して形成された粒状成形体が炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で保存されることで硬化してなる粒状硬化体の中和固形物が、砕石と混合されて、潮間帯に設けた囲い内又は網目状の袋体内に充填され、該中和固形物が潮間帯の潜砂性二枚貝又はカキの浮遊幼生が漂う海水を中和して、該浮遊幼生を着底させ育った稚貝として捕集することを特徴とする中和固形物を用いた採苗具にある。請求項9の発明たる中和固形物を用いた採苗具は、請求項8で、pH上昇抑制剤を硫酸カルシウムとしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の潮間帯の海水を中和する中和固形物及びその製造方法と、該中和固形物を用いた採苗具は、この中和固形物を海水に溶解させたとき弱アルカリ性を呈して、酸性傾向にある海水中の酸性物質と中和する。アサリ等の棲み場所となる底質が酸性悪化している潮間帯の海水へ中和固形物が溶ける際に、特許文献1に開示した栄養補給体の強アルカリと違って、周りの海水のアルカリ度を急上昇させず、且つ時間をかけ穏やかに酸性に傾く海水中に溶けていくので、その海水中を漂う潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生に負荷を与えない。該浮遊幼生に限らず、潮間帯の浜辺に一回散布するだけで、そこに生息する生き物の海水pH環境を、一カ月以上の長期に亘って持続的に改善できる。貝類幼生が浮遊する酸性側に傾いていた海水を、該幼生が着底しやすいpH環境を整えるので、幼生を着底させ育った稚貝を高密度で捕集できるなど多大な効を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の中和固形物及びその製造方法の一形態で、(イ)が中和固形物の外観画像図、(ロ)が対比物の外観画像図である。
図2】中和固形物の粒状成形体を造る概略である。
図3図2の粒状成形体から中和固形物を造る概略説明図である。
図4】(イ)が中和固形物を用いた潜砂性二枚貝の採苗具の平面図で、(ロ)が(イ)のIV-IV線断面図である。
図5図4に代わる他態様の中和固形物を用いた潜砂性二枚貝の採苗具の説明斜視図である。
図6】は実験の様子を映す説明画像図である。
図7図6の拡大画像図である。
図8】従来技術の説明図である。
図9】従来技術の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る潮間帯の海水を中和する中和固形物(以下、単に「中和固形物」ともいう。)及びその製造方法と、該中和固形物を用いた採苗具について詳述する。図1図7は本発明の中和固形物及びその製造方法と、該中和固形物を用いた採苗具の一形態で、図1は(イ)が中和固形物の画像図、(ロ)が対比物の画像図、図2は中和固形物の粒状成形体を造る説明図、図3図2の粒状成形体から中和固形物を造る説明図、図4は(イ)が中和固形物を用いた潜砂性二枚貝やカキの採苗具の平面図で、(ロ)が(イ)のIV-IV線断面図、図5図4に代わる他態様の中和固形物を用いた潜砂性二枚貝の採苗具の斜視図、図6図7は実験の様子を映す画像図である。尚、各図は判り易くするため、簡略化し且つ発明要部を強調図示する。また本発明と直接関係しない部分を省略する。
【0013】
(1)潮間帯の海水を中和する中和固形物
中和固形物6は、カキ殻の粉末1と、バインダ2と、pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bと、を含んで混錬固化して粒状に成形された粒状成形体5が、炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で硬化してなる粒状硬化体である(図1)。この粒状硬化体が、粒状成形体5の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延し、数多くの生物が生息する潮間帯の酸性に傾く海水を持続的に中和する中和固形物6になる。例えば、潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生が漂う海水中の酸性物質を中和させるのに好適な中和固形物6になる。pH上昇抑制剤3をなしにして、カキ殻の粉末1と、バインダ2とで混錬固化し粒状成形された成形体で、炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で硬化した粒状硬化ケース体と比べると、粒状硬化体の該中和固形物6の方が、水や海水への溶解時のpH値に小さな値を示す。
【0014】
カキ殻の粉末1(以下、単に「カキ殻粉末」ともいう。)は、カキの殻を細かく砕いたもので、主成分が炭酸カルシウム1Aである。本実施形態のカキ殻の粉末1は、鳥羽市開発公社のかき殻肥料「しおさい」を使用し、炭酸カルシウム1Aが92.6%と大量のカルシウムを含み、これ以外に珪酸0.48%、マグネシウム0.2%、カリウム0.1%等を含む成分構成である。収穫されたカキからカキ殻だけを集め、これを天日干し、塩分除去した後、粗割,粉砕し粉末化させている。最大粒径が約2mmにして平均粒径が0.5mm程度で粒度分布する。
【0015】
バインダ2はカキ殻の粉末1,pH上昇抑制剤3を結合させ、所望の粒状体に成形できる結合剤である。バインダ2の接着力によって、これとカキ殻の粉末1とpH上昇抑制剤3の粉末との混合物の粒状成形体5に固めることができる。そして、該粒状成形体5は炭酸ガス雰囲気下において、海水中の溶解速度を遅くする中和固形物6へと硬くすることができる。バインダ2は、炭酸ガス雰囲気下で処理した中和固形物6にして海水中に置けば、一カ月以上の時間をかけてカキ殻の粉末1,pH上昇抑制剤3と共に徐々に海水中に溶解し、該中和固形物6の形状を小さくするか消失させることのできる結合剤になっている。
バインダ2は主成分が無機マグネシウム化合物で、水への溶解でアルカリ性を示す化合物である。当該無機マグネシウム化合物には、水酸化マグネシウム2A,炭酸マグネシウム等がある。なかでも、水酸化マグネシウム2Aは中和固形物6としての結合力を高めるので好適となる。海水法により生成された水酸化マグネシウム2Aであると、もともと海水を原料にしているため、環境に優しく、海を汚染しないバインダ2となりより好ましくなる。
【0016】
pH上昇抑制剤3は、主成分が前記バインダ2の水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bの常温で固形物である。硫酸カルシウム3Aは水に僅かに溶解する。炭酸水素ナトリウム3Bは、水に少し溶解して弱い塩基性を示す。
中和固形物6のバインダ2に有用な水酸化マグネシウム2Aを採用すると、海水中で漂う潜砂性二枚貝の浮遊幼生にとっては急激に強い塩基性を示して海水中に溶け出し、該浮遊幼生の着底を阻害する。しかし、pH上昇抑制剤3が中和固形物6に添加してあれば、これがないpH値よりもpH値を小さくできる。該中和固形物6周りに在る海水のアルカリ度を急激に上げることなく、該浮遊幼生が漂う海水の酸性物質を穏やかに且つ持続的に中和することができる。
そして、pH上昇抑制剤3は、中和固形物6を海水中に置いたとき、バインダ2の溶解に伴う水酸化マグネシウム2Aの強アルカリ性を弱める不活性充填剤として持続的に働く。ただ不活性充填剤であれば充足するものではない。pH上昇抑制剤3は、これを配合し、炭酸ガス雰囲気化で硬化させた中和固形物6が、一か月以上に亘って月日をかけて海水にゆっくりと溶解するものでなければならない。例えば、後述の表1に示すpH上昇抑制剤3として川砂を採用したものは、pH上昇抑制剤3として良好なpH値を得たが、水中に浸漬させると短時間で崩壊してしまう。中和固形物6の使用頻度を減らして、コスト低減,労力負担を少なくするため、一カ月以上の時間をかけて溶解しなければならない本発明の中和固形物6に適さなかった。
【0017】
硫酸カルシウム3Aは、別名を石膏といい、無水物、1/2水塩、二水塩があり、いずれも水に僅かに溶解する。1/2水塩は焼石膏ともいう。石膏は天然に産出し純粋なものはガラス光沢がある。また化学石膏は、化学工業の副産物として多量に得られ、多くが二水塩で、白色粉末として得ることができる。二水塩の比重は2.32である。
本発明の中和固形物6に用いる硫酸カルシウム3Aに制限はないが、中和固形物6を海水に一カ月以上の時間をかけて、バインダ2等と共に溶解できるかどうかの試験結果からいえば、1/2水塩比率の高い石膏が好ましく、工作用石膏や石膏系土質改良材又はこれらの同等品がより好ましい。例えば、CaSO・1/2HOが純度95%以上の家庭化学工業株式会社製「高級工作石膏」等である。カキ殻粉末1とバインダ2と、1/2水塩の焼石膏とを含んで混錬固化して粒状成形体5にする。また、CaSO・1/2HOが80%、CaSOが10%未満、CaSO・2HOが10%未満の成分比率の石原産業株式会社製硫酸カルシウム3Aで商品名「ジプサンダーS」(「ジプサンダー」は登録商標)がある。
【0018】
CaSO・1/2HOは、粒状成形体5,粒状硬化体に進むと、1/2水塩が二水塩となり硬化する。pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3AのCaSO・1/2HOは、水4を加えて粒状成形体5に進む過程で、二水塩のCaSO・2HOになって固化が始まり、粒状硬化体になると硬化し、強度が上昇する。この硬化と強度上昇とが、粒状成形体5が炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で硬化した粒状硬化体による水への溶解速度の遅延を一層遅らせる。時間をかけ穏やかに酸性に傾く海水中に溶けていくのにより優れものの中和固形物6になるよう貢献する。
【0019】
炭酸水素ナトリウム3Bは、別名を重炭酸ソーダ、重ソウともいい、薬局等で簡単に入手できる。湿った空気中で徐々に変化するため気密容器に保管される。水に対する溶解度は、100gに対して、8.8g/15℃、11.02/30℃である。フェノールフタレインを変色させるほどでないが、水溶液は加水分解によって弱アルカリ性を示す。比重は2.208である。炭酸水素ナトリウム3Bは、植物保健薬としても用いられており、人畜への安全性が高い。
ちなみに、pH上昇抑制剤3は、中和固形物6を徐々に溶解させるために配合したバインダ2たる水酸化マグネシウム2Aの強アルカリのpH値を下げるための配合剤である。これを考えると、pH上昇抑制剤3には炭酸水素ナトリウム3Bよりも前記硫酸カルシウム3Aの方がより好ましくなる。
【0020】
中和固形物6は、前記カキ殻粉末1と粉末状の前記バインダ2と粉末状の前記pH上昇抑制剤3と、を含んで混錬固化して粒状形成された粒状成形体5を、炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下に保存し、前記粒状成形体5の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延するように硬化させてなる粒状硬化体である。
詳しくは、粒状成形体5が気密シートで形成された気密性袋体7B内に収められ、且つ該袋体7B内へ、炭酸ガス供給装置7Aに係る炭酸ガスボンベ71からのホース76の先端部78が袋体7Bに設けた開孔70に挿入される(図3)。袋体7B内を炭酸ガスと置換した後、開孔70を封止し袋体7Bを密封する。袋体7Bは加温することなく室温のまま、炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で、粒状成形体5が袋体7B内に充填された状態を保つ。袋体7B内の炭酸ガス圧は大気圧より0.2MPaほどの若干高めに設定し、袋体7B内のガス圧が下がれば、炭酸ガスボンベ71から炭酸ガスを補給する。図3中、符号73は一次側圧力計、符号74は二次側圧力計、符号75は減圧弁、符号77は炭酸ガスの補給時に使用するホースガンを示す。
炭酸ガスで充満する炭酸ガス雰囲気下に粒状成形体5を1分以上50時間の範囲で保存して、所望の粒状硬化体の中和固形物6が出来上がる。
【0021】
中和固形物6のカキ殻粉末1に対するバインダ2、pH上昇抑制剤3の量は、該バインダ2が水酸化マグネシウム2Aである場合、カキ殻粉末1が100重量部に対し、水酸化マグネシウム2Aが10~60重量部、pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bが20~100重量部の範囲にある。水酸化マグネシウム2Aが10重量部未満となると、粒状成形体5の形状保持が難しい。中和固形物6へと硬化できない。中和固形物6の形状を保持できても、海水中に置くと一カ月以上の時間をかけて持続溶解させることができない。一方、水酸化マグネシウム2Aが60重量部を越えると、pH上昇抑制剤3を混入させても、中和固形物6を海水中に置いたとき、バインダ2の溶解に伴う水酸化マグネシウム2Aの強アルカリ性をpH上昇抑制剤3で弱めるのが困難になり、アサリ等の浮遊幼生をその固体密度を上げて着底させるのが難しくなる。
カキ殻粉末1が100重量部に対する水酸化マグネシウム2Aのより好適な範囲は、10重量部~25重量部の範囲である。pH上昇抑制剤3を配合させた中和固形物6を形成して、アサリ等の浮遊幼生が着底し易いpH7.9~8.0に収め易くなるからである。
【0022】
また、カキ殻粉末1が100重量部に対し、pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bの好適範囲は、20重量部~100重量部である。pH上昇抑制剤3が20重量部未満だと、浮遊幼生を着底させる中和固形物6になるよう、pH上昇抑制剤3によって水酸化マグネシウム2Aによる強アルカリ性を弱めるのが困難となる。本発明は、中和固形物6だけを同重量のpH7の水に浸漬させた後、5分経過時での目標値をpH8.3~pH8.8にしている。これを考えると、pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bが100重量部を越えると、水酸化マグネシウム2Aが10重量部の条件下で、硫酸カルシウムでいえばpHが下がりすぎる傾向にあり、海水中に在る硫化水素を中和させる効果が薄れる。炭酸水素ナトリウムは固化硬度が不足する。
pH上昇抑制剤3としては、炭酸水素ナトリウム3Bに比し硫酸カルシウム3Aの方が安価に入手できより好ましい。カキ殻粉末1が100重量部に対する硫酸カルシウム3Aのより好適な範囲は、20重量部~50重量部になる。硫酸カルシウム3Aが50重量部を越えると、水酸化マグネシウム2Aに対して多めの兆しが見え、アルカリ成分が不足しだすからである。実験では、例えば水酸化マグネシウム18重量部とし、硫酸カルシウム3Aが63重量部にした中和固形物を水道水に浸すとpH8.5となり、水酸化マグネシウム22重量部とし、硫酸カルシウム100重量部にするとpH8.3であった。
尚、硫酸カルシウム3Aを用いた場合は、水酸化マグネシウム2Aが多くなると固化しづらくなるので、水酸化マグネシウム2Aのより好ましい範囲は10~25重量部になる。また、ここまでアサリ用の中和固形物6として専ら述べてきたが、ハマグリ,シジミ等の潜砂性二枚貝やカキにも適用できる。これまでのフィールド実験で、アサリの近くにハマグリやカキが近寄ってくることもあり、同様の生態をもつからである。
【0023】
(2)潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法
(1)の中和固形物6は、例えば次のようにして造られる。まず、カキ殻粉末1と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダ2と、硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3BのpH上昇抑制剤3を、それぞれ必要量用意し、水4を加えて混錬固化して粒状成形体5に成形する(図2)。
具体的には、バインダ2を水酸化マグネシウム2Aとし、pH上昇抑制剤3を硫酸カルシウム3Aとする場合、前記カキ殻粉末100重量部に対し、前記水酸化マグネシウム2Aの粘着力によってカキ殻粉末1を粒状に固めるバインダ2になる該水酸化マグネシウム10~60重量部(より好ましくは10~25重量部)を配合すると共に、硫酸カルシウム20~100重量部(より好ましくは20~50重量部)を配合して、ミキサーM1で空練りする。次に、水20~80重量部(より好ましくは50~80重量部)を加えて、パン型造粒機M2を用いて相当直径が10~20mmφの粒状成形体5に成形する。造粒機M2から取出した粒状成形体5は水分を多く含んでいる。そこで、一旦、粒状成形体5をベニヤ板PL上に広げて、該粒状成形体5中の水分を数十分から数時間かけて蒸発させる。
【0024】
その後、前記粒状成形体5に炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して粒状硬化体へと硬化させる(図3)。前記粒状成形体5を気密性袋体7B内に入れて密封した後、1分以上50時間の範囲内で炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して硬化させた粒状硬化体にして、本発明の中和固形物6とする。
ここで、前記1分以上50時間の範囲とするのは、1分以上(より好ましくは1440分以上)保存すれば、粒状成形体5の溶解速度よりも溶解速度が遅延する中和固形物6になるからである。一方、50時間以内とするのは、炭酸ガスが充満した炭酸ガス雰囲気下で50時間を超えて粒状成形体5を硬化させても、溶解速度を遅延させる効果がさほど上昇せずに、炭酸ガスの消費量が増えるだけだからである。
【0025】
かくして、前記粒状成形体5の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延し、且つ水への溶解で、前記カキ殻粉末1と前記バインダ2のみとを水で混錬固化して粒状とし、前記炭酸ガス雰囲気下で保存して硬化させた粒状硬化ケース体のpH値よりも、前記pH上昇抑制剤3の添加によってpH値を小さくさせて、潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生が漂う海水の酸性物質を中和するのに好適な中和固形物6が出来上がる。前記粒状硬化体を潮間帯の海水中に置くことにより一か月以上の時間をかけて溶解し、その形状が徐々に消失する所望の潮間帯の海水を中和する中和固形物6を得る。
他の構成は、(1)潮間帯の海水を中和する中和固形物6で述べた内容と同様で、その説明を省く。(1)と同一符号は同一又は相当部分を示す。
【0026】
(3)中和固形物を用いた採苗具
図4図5は、中和固形物6を用いた潜砂性二枚貝やカキの採苗具を示す(図4,図5)。(1)の中和固形物6を囲い8内又は網目状の多孔性袋体9内に、砕石86と一緒に入れ、アサリ等の浮遊幼生を着底させて稚貝として捕集する。
詳しくは、カキ殻粉末1と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダ2と、主成分が硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3BのpH上昇抑制剤3とを含んで、水4とで混錬固化して形成された粒状成形体5が炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で保存されることで硬化してなる粒状硬化体の中和固形物6を、所定量用意する。
また、砕石86を必要量用意する。本発明でいう砕石86には丸みのある小石を含む。アサリ浮遊幼生は、中和固形物6に着底するのではなく、砕石86の砕石86に着底する。そこで、アサリ等の浮遊幼生を着底させる砕石86が100重量部に対し、中和固形物6が5~20重量部の範囲で略均等分散するように混合し、中和固形物6入り砕石86をつくる(図7参照)。
【0027】
次に、図4でいうと、潮の干満により海水が流動する場所に囲い8用の矩形枠体81(大きさが例えば縦4200mm×横4000mm×高さ300mm)を設けて、該枠体81内に前記中和固形物6入り砕石86が充填されるようにする。枠体81は片面歩車道境界ブロックC(水抜型)等を連結して容易に形成できる。
囲い8は、図4のような枠体81と有孔管82と分離ネット84と塊状石85と、網状部材を具備し、該囲い8内に前記中和固形物6入り砕石86が入って、潜砂性二枚貝の採苗具に形成される。
潮間帯になる、例えば干潟面又は該干潟面よりも若干低くした場所に囲い8を載置する。矩形枠で堤状に取り囲む枠体81の主要部の下面寄りに、複数の有孔管82が互いに離間して並行に配される。有孔管82には管周面に小孔が多数設けられる。囲い8の略中間高さまで、塊状石85が有孔管82の間を埋める形で充填され、その上面に網状分離ネット84が敷かれる。そして、該分離ネット84上に中和固形物6入り砕石86が、囲い8の高さよりも少し下がった所まで、層厚みを約100mmにして充填される。砕石86と共に中和固形物6が図4のごとく分散充填される。その後、囲い8の上面開口をシート状網状部材87で覆って、潜砂性二枚貝の採苗具になる。海水の流動に伴い、囲い8内に入った海水が有孔管82の小孔を通って管孔820から囲い8外へ、海水の浮泥及びアサリの糞等の硫化水素が流出可能な構造となって、浮遊幼生の着底を促す。該小孔は砕石86や当初の中和固形物6が通過困難な大きさとする。符号871は網状部材87を枠体81に止める係止具を示す。
かくのごとく出来上がった採苗具が潮の干満により海水が流動する干潟等の潮間帯に設置されて、アサリ等の浮遊幼生が漂う海水の酸性物質を中和し、該浮遊幼生の固体密度を高くして着底させ、育った稚貝にして捕集する所望の採苗具になっている。
【0028】
また、前記囲い8に代えて図5の多孔性袋体9を用いることができる。該多孔性袋体9内に前記中和固形物6入り砕石86が充填されるようにする。多孔性袋体9は、例えば図5(イ)のような、一端側に袋口90を有する有底筒状の網目状の多孔性袋体9である。樹脂製ネット等で作製できる。袋口90近くの袋本体91には袋口90に沿って紐92が通されており、図5(ロ)のごとく紐92で締め付け縛ることによって、袋口90が閉じる。図5(イ)の状態で、袋口90から砕石86と共に中和固形物6が充填される。前記中和固形物6入り砕石86が例えば全重量約10kgほどにして、多孔性袋体9内へ投入、充填される。その後、袋口90を閉じるように紐92で縛って、アサリ等の採苗具になる(図5のロ)。この中和固形物6入り砕石86が充填された多孔性袋体9は、扁平化させて、潮の干満により海水が流動する潮間帯の場所に置き、その後、中和固形物6がアサリの浮遊幼生が漂う海水の酸性物質を中和して、アサリ浮遊幼生の固体密度を高くして着底させ、育った稚貝を捕集する所望の採苗具となる。
他の構成は、(1),(2)で述べた内容と同様で、その説明を省く。(1),(2)と同一符号は同一又は相当部分を示す。尚、浮遊幼生を着底させ育った稚貝として捕集するだけでなく、囲い8又は多孔性袋体9内で稚貝をそのまま成貝にまで成長させて捕集するのも本発明の採苗具とみなす。
【0029】
(3)中和固形物のpH測定
本発明の中和固形物6と対比物とのpH測定を行った。その結果を表1~表4に示す。尚、表1~表4に記載のカッコ内にある%表示の数値は、中和固形物6中の重量%である。備考欄に記載の%表示の数値は、砕石86と中和固形物6(又は固形物)を合わせた全重量に対するそれぞれの重量%である。表中のカキ殻炭酸カルシウム1Aとはカキ粉末である。各pH値は、水道水(又は仮想海水)で満たした後、5分後に測定した値を示す。堀場製作所製コンパクトPHメータB-71XのpH測定器を用い、各5回に分けて測定した平均値を各右端に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
表1は、pH上昇抑制剤3に炭酸水素ナトリウム3B、工作用石膏、又は川砂を用いた中和固形物6とする。ホームセンター購入した砕石90%に、10%の中和固形物6又は対比用固形物を混合させたものをビーカ内に充填する。そして、水道水で図6,図7のように浸漬させた後、5分経過時での水溶液のpH値を調べている。
表1の1)は水道水のみのpH値、2)は砕石86だけにしたpH値、3)以降はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、3)はpH上昇抑制剤3がない対比固形物で、特開2007-326769号のマグネシウム系緩速溶解剤である。4)はpH上昇抑制剤3が炭酸水素ナトリウム3Bの中和固形物6、5)はpH上昇抑制剤3が工作用石膏の中和固形物6、6)はpH上昇抑制剤3が川砂の中和固形物6である。工作用石膏は家庭化学工業株式会社製「高級工作石膏」(製品名TA-85S)を用いた。平均粒径が約20μmの粉末である。
【0032】
図1(イ)は、左側固形物が表1の5)の中和固形物、右側固形物が表1の4)の中和固形物の実物写真である。図1(ロ)は、左側固形物が前記マグネシウム系緩速溶解剤、右側固形物が表1の3)の固形物の実物写真である
pH上昇抑制剤3として、炭酸水素ナトリウム3B、工作用石膏の硫酸カルシウム3A、川砂が有効であった。pH上昇抑制剤3の配合量を調整することによって、アサリ浮遊幼生が漂う海水を所望のpH値(pH7.9~8.0)に設定してその固体密度を上げて着底させることができる。しかし、川砂の中和固形物6は水中に浸漬させると短時間で崩壊し、一か月以上持続的に溶解し続けなければならない本発明の中和固形物6には適さなかった。表にはないが、他に米糠等をpH上昇抑制剤3に選んだ場合も、川砂と同じようにpH調整が可能であっても、水中に一か月以上に亘って持続的に溶解させることができず、本発明の中和固形物6には不適であった。炭酸水素ナトリウム3B、工作用石膏の硫酸カルシウム3AのpH上昇抑制剤3が、一か月以上持続的に溶解可能で、本発明の中和固形物6に適合した。
【0033】
【表2】
【0034】
表2は、pH上昇抑制剤3に登録商標「カルゲン」(吉野石膏販売株式会社)の硫酸カルシウム3Aを用いた中和固形物10%と、砕石90%とを混合して水道水に浸漬させ、5分経過時での水溶液のpH値を調べたものである。
表2の1)は水道水のみのpH値、2)は砕石86だけにしたpH値、3)以降はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、3)はpH上昇抑制剤3がない対比固形物、4)はpH上昇抑制剤3が登録商標カルゲンの「カルゲン粉状」の中和固形物6、5)はpH上昇抑制剤3がカルゲンの「カルゲンJAS」の中和固形物6を用いた。
pH上昇抑制剤3が登録商標「カルゲン」の中和固形物6も、pH上昇抑制剤3の配合量を調整することによって、アサリ浮遊幼生の好むpH7.9~8.0に合わせることができる。ただ、登録商標「カルゲン」は天然石膏であり化学的処理がなされていない。また、その中和固形物6は、水中に一か月以上に亘って溶解させる持続性に、やや難があった。
【0035】
【表3】
【0036】
表3は、pH上昇抑制剤3に炭酸水素ナトリウム3Bを用いた中和固形物20%と、砕石80%とを混合して水道水又は仮想海水に浸漬させ、5分経過時での水溶液のpH値を調べたものである。
表3の1)は水道水のみのpH値、2)はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、pH上昇抑制剤3がない対比固形物、3)はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで且つpH上昇抑制剤3が炭酸水素ナトリウム3Bの中和固形物6、4)は仮想海水の場合、5)は仮想海水にして、バインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、pH上昇抑制剤3がない対比固形物、6)は仮想海水にして、バインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、pH上昇抑制剤3が炭酸水素ナトリウム3Bの中和固形物6を用いた。
pH上昇抑制剤3として炭酸水素ナトリウム3Bが有効であり、その配合量を調整した中和固形物6は、アサリ浮遊幼生が好むpH値(pH7.9~8.0)の海水に合わせることができる。そして、水中に一か月以上に亘って持続的に溶解させることができ、本発明の中和固形物6に適合した。
【0037】
【表4】
【0038】
表4は、pH上昇抑制剤3に登録商標「ジプサンダー」(石原産業株式会社)の硫酸カルシウム3Aを用いた中和固形物10%と、砕石90%とを混合して水道水に浸漬させ、5分経過時での水溶液のpH値を調べたものである。
表4の1)は水道水のみのpH値、2)は砕石86だけにしたpH値、3)以降はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、3)はpH上昇抑制剤3がない対比固形物、4)はpH上昇抑制剤3が「ジプサンダーS」を30%とした中和固形物6、5)はpH上昇抑制剤3が「ジプサンダーS」を20%とした中和固形物6、6)はpH上昇抑制剤3が「ジプサンダーC」を20%とした中和固形物6を用いた。
pH上昇抑制剤3が登録商標「ジプサンダー」の中和固形物6も、pH上昇抑制剤3の配合量を調整することによって、アサリ等の浮遊幼生が好むpH7.9~8.0に合わせることができる。特に、表4の5)では平均pH値が7.98となり中和固形物6として良好な結果を得た。また、該中和固形物6を水へ浸漬させた時の溶解速度が遅く、その形状や硬さの経時変化も遅くて長持ちし、良好な結果を得た。
【0039】
(4)効果
このように構成した潮間帯の海水を中和する中和固形物及びその製造方法、と該中和固形物を用いた採苗具は、中和固形物6が海水中に徐々に溶解して、潮間帯に生きるアサリ等の浮遊幼生が漂う海水をpH7.9~8.0の適合pH値に合わせ、その固体密度を上げて着底させることができる。
【0040】
特許文献1の栄養補給体を用いた場合は、アサリの棲処となる底質が悪化し、砂を掘ると真っ黒で還元状態の酸性に傾いた海水でも、アルカリ度が強すぎて、図7,図8のようにアサリ浮遊幼生の固体密度を上げて着底させるのが難しかった。特開2007-326769号のマグネシウム系緩速溶解剤を用いた場合も同様であった。実際、カキ殻粉末80%にしてバインダ2の水酸化マグネシウム2A20%とした固形物(マグネシウム系緩速溶解剤)を、砕石8690%に10%混合させた場合、表1の3)に示すようにpH9.42となり、高いアルカリ性を示している。
ここで、アサリ浮遊幼生は本中和固形物6や固形物(マグネシウム系緩速溶解剤)に着底するのでなく、干潟等の潮間帯に在る砕石86に着底する。砕石86の量に対する表1の3)に示す固形物(マグネシウム系緩速溶解剤)の量を少なくして、アサリ浮遊幼生が漂う海水のpHを調節することはできるが、砕石86と固形物の間隔が開きすぎて、砕石86の表面をアサリ浮遊幼生が好むpH7.9~8.0にするのが不可能になる。固形物を海水へ投入して中和するのであるが、砕石86の間隙水がpH7.9~8.0になることが求められる。固形物同士の間隔が重要で、あまり間隔をあけずに砕石86周辺の海水がpH7.9~8.0になるような固形物の間隔配置、すなわち、複数個の砕石86に対する中和固形物6の適度の分散配置が必要となる。
本発明の潮間帯の海水を中和する中和固形物及びその製造方法は、表1~表4のごとく砕石90%又は80%にし、該中和固形物6が10%又は20%の配合比率下で、中和固形物6同士の必要とされる間隔を保って砕石86の間隙水をpH7.9~8.0に合わすことができ、極めて有益となっている。
そして、中和固形物6に配合されているpH上昇抑制剤3がバインダ2のアルカリ性を弱めており、潮間帯に生きる生物がこの中和固形物6に近づいてもアルカリ性の強い刺激を与えない。アサリ等の浮遊幼生の固体密度を上げる着底に優れた効果を発揮する。
【0041】
また、中和固形物6は、図4の囲い8や図5の多孔性袋体9に、砕石86と混合して充填した採苗具にすると、潮間帯の酸性に傾いた海水を中和するので、アサリ等の浮遊幼生を高密度で着底させて稚貝を捕集する生産性の高い潜砂性二枚貝の採苗具になる。
さらに、本中和固形物6は、潮間帯の干潟等に散布しても、酸性側に傾いた海水を中和することができる。一度散布すると、酸性側に傾いた潮間帯の海水を中和固形物6が一カ月を越えて中和し続けるので、さほどコストや労力をかけずに潮間帯の環境改善が幾日にも亘って継続し、非常に有益となる。
海水中に置けば,すぐに溶けて効き目が消失してしまう一般の中和剤と異なり、海水中に置いた状況下で一カ月以上もかかって消失する緩慢な溶解速度であるので、海水を中和するのに頻繁な散布を要しない。使い勝手が良く、海水の中和作業に対し、使用者側の労力負担が少ない。潮間帯の海水の酸性化が進めば、本中和固形物6が潮間帯の酸性化を食い止める有用な対策一手段となる。
さらにいえば、中和固形物6は海水環境を害する物質が存在せず、且つその各構成物質を廉価に入手できるので、低コスト生産できる特長を有する。
【0042】
尚、本発明は前記実施形態に示すものに限られず、目的,用途に応じて本発明の範囲で種々変更できる。カキ殻の粉末1,バインダ2,pH上昇抑制剤3,粒状成形体5,粒状硬化体,囲い8,多孔性袋体9等の形状,大きさ,個数,材質等は用途に合わせて適宜選択できる。実施形態は潮間帯のアサリを主に述べてきたが、本中和固形物6は潮間帯の海水を中和する発明であり、アサリ以外の潮間帯に生きる他の生物にも勿論適用できる。
【符号の説明】
【0043】
1 カキ殻の粉末(カキ殻粉末)
2 バインダ
2A 水酸化マグネシウム
3 pH上昇抑制剤
3A 硫酸カルシウム
3B 炭酸水素ナトリウム
5 粒状成形体
6 中和固形物(粒状硬化体)
8 囲い
9 多孔性袋体(網目状の多孔性袋体)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【手続補正書】
【提出日】2021-02-01
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カキ殻の粉末と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダと、主成分が該バインダの水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム又は/及び炭酸水素ナトリウムのpH上昇抑制剤と、を具備し、水とで混錬固化して形成された粒状成形体が炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で保存されることで硬化してなる粒状硬化体の中和固形物を製造し、
その後、該中和固形物と砕石と混合して、潮間帯に設けた囲い内又は網目状の袋体内に充填した採苗具を形成し
該中和固形物潮間帯の潜砂性二枚貝又はカキの浮遊幼生が漂う海水を中和して、該浮遊幼生を着底させ育った稚貝として捕集することを特徴とする中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法
【請求項2】
前記pH上昇抑制剤を硫酸カルシウムとした請求項1記載の中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、アサリ、ハマグリ等の潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生などが生きる潮間帯の海水を中和させるのに好適な、潮間帯の海水を中和する中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アサリをはじめとする潜砂性二枚貝やカキは、わが国では古くから食料として重要な位置を占めていた。ところが、近年の環境悪化や海の栄養不足等によって、アサリでいえば、我が国生産量が1970~1980年代に比べて1/5程度にまで落ち込んでいる。
こうした現状を鑑み、本発明者は、養殖魚介類への栄養補給体の発明を提案し、貝類の国内生産量の回復を目指してきた(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004-33133号公報
【0004】
特許文献1の栄養補給体は、『アサリ増殖基質としてのカキ殻加工固形物「ケアシェル」の利用』(Journal of Fisheries Technology,5(1),97-105,2012)や、『カキ殻のリサイクルによるアサリの養殖-廃棄物をアサリのゆりかごへ-』(養殖研究レターNo.7(2011.2))で公表され、アサリの成長が早く、一定の効果が得られている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1の栄養補給体は、天然採苗で固体密度を高くする効果が得られていない。アサリは孵化から2~3週間、干潟,河口付近などの潮間帯の海水中に、浮遊幼生として漂う。この浮遊幼生が着底(着床ともいう)して稚貝になる。該栄養補給体を用いて、稚貝の固体密度を高める着底捕集を目指したが、うまくいかなかった。
特許文献1の発明後にも、本発明者は、マグネシウム系緩速溶解剤(特開2007-326769号公報)の改良発明を完成させ、効率良く着底させてアサリ稚貝を集めようと試みたが、天然採苗の方は期待した成果が得られていない。
【0006】
そこで、一度立ち止まって、これまで得たデータ等を洗いざらい出して、問題点を見つける検討を重ねた。そんななか、平成22年度瀬戸内海ブロック水産業関係研究開発推進会議生産環境部会・栽培資源部会合同部会2010.11.16の養殖研究所、日向野純也氏による『アサリの天然採苗および養殖におけるカキ殻加工固形物(ケアシェル)の利用』の発表資料に着目した。ここで、カキ殻加工固形物は特許文献1の栄養補給体である。
同資料中に、カキ殻固形物を用いたアサリの増殖実験実施時における底質内pHの変化が図8ごとくとある。アサリが生育する干潟にあっては、多くが砂を掘ると真っ黒で還元状態にあり、表面海水中のpHが酸性側に寄っている。こうした場所では、特許文献1の栄養補給体によってpHが高く保たれることが、アサリが大きく成長するのに役立つと示唆する。一方で、砕石に対する特許文献1の栄養補給体の混合割合が低いほど高いアサリの採苗効果が得られるという図9のようなデータが存在していた。図9から、採苗に対しては栄養補給体の強いアルカリ性が悪さをして、問題となっていることが判った。
【0007】
「アサリ育成漁場の環境特性」(瀬戸内水研報,No.1:15-37(1999))に、『pHについては倉茂・松本(1957)による報告が見られるのみであり、冬季(水温10℃前後)のアサリはpH4~8.7の範囲であれば全く異常なく生存するとし、pH9以上ではへい死を観察している。』との記載がある。
また、「アサリ浮遊幼生の着底状況を指標とした高炉水破スラグの機能評価」(www.pref.aichi.jp>uploaded>attachment)に、『ムラサキガイでは着底直前の変態期ベリジャー幼生の成長がアルカリ側で遅れ、ベラムの退化が進みへい死することが報告されている。アサリについても、アルカリ性側に対しては抵抗力が弱いことが指摘されている。』との記載がある。このように、アサリの成貝でもへい死すると報告されていることから、アサリ浮遊幼生もpH9以上では着底しないと推定される。
【0008】
本発明は、上記問題を解決するもので、例えば、アサリ等の潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生を、その固体密度を上げて効果的に着底させるのに好適な、潮間帯の酸性に傾いた海水を中和する中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成すべく、請求項1に記載の発明の要旨は、カキ殻の粉末と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダと、主成分が該バインダの水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム又は/及び炭酸水素ナトリウムのpH上昇抑制剤と、を具備し、水とで混錬固化して形成された粒状成形体が炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で保存されることで硬化してなる粒状硬化体の中和固形物を製造し、その後、該中和固形物と砕石と混合して、潮間帯に設けた囲い内又は網目状の袋体内に充填した採苗具を形成し、該中和固形物潮間帯の潜砂性二枚貝又はカキの浮遊幼生が漂う海水を中和して、該浮遊幼生を着底させ育った稚貝として捕集することを特徴とする中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法にある。請求項2の発明たる中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法は、請求項1で、pH上昇抑制剤を硫酸カルシウムとしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法は、この中和固形物を海水に溶解させたとき弱アルカリ性を呈して、酸性傾向にある海水中の酸性物質と中和する。アサリ等の棲み場所となる底質が酸性悪化している潮間帯の海水へ中和固形物が溶ける際に、特許文献1に開示した栄養補給体の強アルカリと違って、周りの海水のアルカリ度を急上昇させず、且つ時間をかけ穏やかに酸性に傾く海水中に溶けていくので、その海水中を漂う潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生に負荷を与えない。そこに生息する生き物の海水pH環境を、一カ月以上の長期に亘って持続的に改善できる。貝類幼生が浮遊する酸性側に傾いていた海水を、該幼生が着底しやすいpH環境を整えるので、幼生を着底させ育った稚貝を高密度で捕集できるなど多大な効を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1(イ)が中和固形物の外観画像図、(ロ)が対比物の外観画像図である。
図2】中和固形物の粒状成形体を造る概略である。
図3図2の粒状成形体から中和固形物を造る概略説明図である。
図4】(イ)が中和固形物を用いた潜砂性二枚貝の採苗具の平面図で、(ロ)が(イ)のIV-IV線断面図である。
図5図4に代わる他態様の中和固形物を用いた潜砂性二枚貝の採苗具の説明斜視図である。
図6】は実験の様子を映す説明画像図である。
図7図6の拡大画像図である。
図8】従来技術の説明図である。
図9】従来技術の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法について詳述する。図1図7は本発明の中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法の一形態で、図1は(イ)が中和固形物の画像図、(ロ)が対比物の画像図、図2は中和固形物の粒状成形体を造る説明図、図3図2の粒状成形体から中和固形物を造る説明図、図4は(イ)が中和固形物を用いた潜砂性二枚貝やカキの採苗具の平面図で、(ロ)が(イ)のIV-IV線断面図、図5図4に代わる他態様の中和固形物を用いた潜砂性二枚貝の採苗具の斜視図、図6図7は実験の様子を映す画像図である。尚、各図は判り易くするため、簡略化し且つ発明要部を強調図示する。また本発明と直接関係しない部分を省略する。
【0013】
(1)潮間帯の海水を中和する中和固形物
中和固形物6は、カキ殻の粉末1と、バインダ2と、pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bと、を含んで混錬固化して粒状に成形された粒状成形体5が、炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で硬化してなる粒状硬化体である(図1)。この粒状硬化体が、粒状成形体5の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延し、数多くの生物が生息する潮間帯の酸性に傾く海水を持続的に中和する中和固形物6になる。例えば、潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生が漂う海水中の酸性物質を中和させるのに好適な中和固形物6になる。pH上昇抑制剤3をなしにして、カキ殻の粉末1と、バインダ2とで混錬固化し粒状成形された成形体で、炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で硬化した粒状硬化ケース体と比べると、粒状硬化体の該中和固形物6の方が、水や海水への溶解時のpH値に小さな値を示す。
【0014】
カキ殻の粉末1(以下、単に「カキ殻粉末」ともいう。)は、カキの殻を細かく砕いたもので、主成分が炭酸カルシウム1Aである。本実施形態のカキ殻の粉末1は、鳥羽市開発公社のかき殻肥料「しおさい」を使用し、炭酸カルシウム1Aが92.6%と大量のカルシウムを含み、これ以外に珪酸0.48%、マグネシウム0.2%、カリウム0.1%等を含む成分構成である。収穫されたカキからカキ殻だけを集め、これを天日干し、塩分除去した後、粗割,粉砕し粉末化させている。最大粒径が約2mmにして平均粒径が0.5mm程度で粒度分布する。
【0015】
バインダ2はカキ殻の粉末1,pH上昇抑制剤3を結合させ、所望の粒状体に成形できる結合剤である。バインダ2の接着力によって、これとカキ殻の粉末1とpH上昇抑制剤3の粉末との混合物の粒状成形体5に固めることができる。そして、該粒状成形体5は炭酸ガス雰囲気下において、海水中の溶解速度を遅くする中和固形物6へと硬くすることができる。バインダ2は、炭酸ガス雰囲気下で処理した中和固形物6にして海水中に置けば、一カ月以上の時間をかけてカキ殻の粉末1,pH上昇抑制剤3と共に徐々に海水中に溶解し、該中和固形物6の形状を小さくするか消失させることのできる結合剤になっている。
バインダ2は主成分が無機マグネシウム化合物で、水への溶解でアルカリ性を示す化合物である。当該無機マグネシウム化合物には、水酸化マグネシウム2A,炭酸マグネシウム等がある。なかでも、水酸化マグネシウム2Aは中和固形物6としての結合力を高めるので好適となる。海水法により生成された水酸化マグネシウム2Aであると、もともと海水を原料にしているため、環境に優しく、海を汚染しないバインダ2となりより好ましくなる。
【0016】
pH上昇抑制剤3は、主成分が前記バインダ2の水への溶解時におけるアルカリ性を弱める硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bの常温で固形物である。硫酸カルシウム3Aは水に僅かに溶解する。炭酸水素ナトリウム3Bは、水に少し溶解して弱い塩基性を示す。
中和固形物6のバインダ2に有用な水酸化マグネシウム2Aを採用すると、海水中で漂う潜砂性二枚貝の浮遊幼生にとっては急激に強い塩基性を示して海水中に溶け出し、該浮遊幼生の着底を阻害する。しかし、pH上昇抑制剤3が中和固形物6に添加してあれば、これがないpH値よりもpH値を小さくできる。該中和固形物6周りに在る海水のアルカリ度を急激に上げることなく、該浮遊幼生が漂う海水の酸性物質を穏やかに且つ持続的に中和することができる。
そして、pH上昇抑制剤3は、中和固形物6を海水中に置いたとき、バインダ2の溶解に伴う水酸化マグネシウム2Aの強アルカリ性を弱める不活性充填剤として持続的に働く。ただ不活性充填剤であれば充足するものではない。pH上昇抑制剤3は、これを配合し、炭酸ガス雰囲気化で硬化させた中和固形物6が、一か月以上に亘って月日をかけて海水にゆっくりと溶解するものでなければならない。例えば、後述の表1に示すpH上昇抑制剤3として川砂を採用したものは、pH上昇抑制剤3として良好なpH値を得たが、水中に浸漬させると短時間で崩壊してしまう。中和固形物6の使用頻度を減らして、コスト低減,労力負担を少なくするため、一カ月以上の時間をかけて溶解しなければならない本発明の中和固形物6に適さなかった。
【0017】
硫酸カルシウム3Aは、別名を石膏といい、無水物、1/2水塩、二水塩があり、いずれも水に僅かに溶解する。1/2水塩は焼石膏ともいう。石膏は天然に産出し純粋なものはガラス光沢がある。また化学石膏は、化学工業の副産物として多量に得られ、多くが二水塩で、白色粉末として得ることができる。二水塩の比重は2.32である。
本発明の中和固形物6に用いる硫酸カルシウム3Aに制限はないが、中和固形物6を海水に一カ月以上の時間をかけて、バインダ2等と共に溶解できるかどうかの試験結果からいえば、1/2水塩比率の高い石膏が好ましく、工作用石膏や石膏系土質改良材又はこれらの同等品がより好ましい。例えば、CaSO・1/2HOが純度95%以上の家庭化学工業株式会社製「高級工作石膏」等である。カキ殻粉末1とバインダ2と、1/2水塩の焼石膏とを含んで混錬固化して粒状成形体5にする。また、CaSO・1/2HOが80%、CaSOが10%未満、CaSO・2HOが10%未満の成分比率の石原産業株式会社製硫酸カルシウム3Aで商品名「ジプサンダーS」(「ジプサンダー」は登録商標)がある。
【0018】
CaSO・1/2HOは、粒状成形体5,粒状硬化体に進むと、1/2水塩が二水塩となり硬化する。pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3AのCaSO・1/2HOは、水4を加えて粒状成形体5に進む過程で、二水塩のCaSO・2HOになって固化が始まり、粒状硬化体になると硬化し、強度が上昇する。この硬化と強度上昇とが、粒状成形体5が炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で硬化した粒状硬化体による水への溶解速度の遅延を一層遅らせる。時間をかけ穏やかに酸性に傾く海水中に溶けていくのにより優れものの中和固形物6になるよう貢献する。
【0019】
炭酸水素ナトリウム3Bは、別名を重炭酸ソーダ、重ソウともいい、薬局等で簡単に入手できる。湿った空気中で徐々に変化するため気密容器に保管される。水に対する溶解度は、100gに対して、8.8g/15℃、11.02/30℃である。フェノールフタレインを変色させるほどでないが、水溶液は加水分解によって弱アルカリ性を示す。比重は2.208である。炭酸水素ナトリウム3Bは、植物保健薬としても用いられており、人畜への安全性が高い。
ちなみに、pH上昇抑制剤3は、中和固形物6を徐々に溶解させるために配合したバインダ2たる水酸化マグネシウム2Aの強アルカリのpH値を下げるための配合剤である。これを考えると、pH上昇抑制剤3には炭酸水素ナトリウム3Bよりも前記硫酸カルシウム3Aの方がより好ましくなる。
【0020】
中和固形物6は、前記カキ殻粉末1と粉末状の前記バインダ2と粉末状の前記pH上昇抑制剤3と、を含んで混錬固化して粒状形成された粒状成形体5を、炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下に保存し、前記粒状成形体5の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延するように硬化させてなる粒状硬化体である。
詳しくは、粒状成形体5が気密シートで形成された気密性袋体7B内に収められ、且つ該袋体7B内へ、炭酸ガス供給装置7Aに係る炭酸ガスボンベ71からのホース76の先端部78が袋体7Bに設けた開孔70に挿入される(図3)。袋体7B内を炭酸ガスと置換した後、開孔70を封止し袋体7Bを密封する。袋体7Bは加温することなく室温のまま、炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で、粒状成形体5が袋体7B内に充填された状態を保つ。袋体7B内の炭酸ガス圧は大気圧より0.2MPaほどの若干高めに設定し、袋体7B内のガス圧が下がれば、炭酸ガスボンベ71から炭酸ガスを補給する。図3中、符号73は一次側圧力計、符号74は二次側圧力計、符号75は減圧弁、符号77は炭酸ガスの補給時に使用するホースガンを示す。
炭酸ガスで充満する炭酸ガス雰囲気下に粒状成形体5を1分以上50時間の範囲で保存して、所望の粒状硬化体の中和固形物6が出来上がる。
【0021】
中和固形物6のカキ殻粉末1に対するバインダ2、pH上昇抑制剤3の量は、該バインダ2が水酸化マグネシウム2Aである場合、カキ殻粉末1が100重量部に対し、水酸化マグネシウム2Aが10~60重量部、pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bが20~100重量部の範囲にある。水酸化マグネシウム2Aが10重量部未満となると、粒状成形体5の形状保持が難しい。中和固形物6へと硬化できない。中和固形物6の形状を保持できても、海水中に置くと一カ月以上の時間をかけて持続溶解させることができない。一方、水酸化マグネシウム2Aが60重量部を越えると、pH上昇抑制剤3を混入させても、中和固形物6を海水中に置いたとき、バインダ2の溶解に伴う水酸化マグネシウム2Aの強アルカリ性をpH上昇抑制剤3で弱めるのが困難になり、アサリ等の浮遊幼生をその固体密度を上げて着底させるのが難しくなる。
カキ殻粉末1が100重量部に対する水酸化マグネシウム2Aのより好適な範囲は、10重量部~30重量部の範囲である。pH上昇抑制剤3を配合させた中和固形物6を形成して、アサリ等の浮遊幼生が着底し易いpH7.9~8.0に収め易くなるからである。
【0022】
また、カキ殻粉末1が100重量部に対し、pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bの好適範囲は、20重量部~100重量部である。pH上昇抑制剤3が20重量部未満だと、浮遊幼生を着底させる中和固形物6になるよう、pH上昇抑制剤3によって水酸化マグネシウム2Aによる強アルカリ性を弱めるのが困難となる。本発明は、中和固形物6だけを同重量のpH7の水に浸漬させた後、5分経過時での目標値をpH8.3~pH8.8にしている。これを考えると、pH上昇抑制剤3の硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3Bが100重量部を越えると、水酸化マグネシウム2Aが10重量部の条件下で、硫酸カルシウムでいえばpHが下がりすぎる傾向にあり、海水中に在る硫化水素を中和させる効果が薄れる。炭酸水素ナトリウムは固化硬度が不足する。
pH上昇抑制剤3としては、炭酸水素ナトリウム3Bに比し硫酸カルシウム3Aの方が安価に入手できより好ましい。カキ殻粉末1が100重量部に対する硫酸カルシウム3Aのより好適な範囲は、20重量部~50重量部になる。硫酸カルシウム3Aが50重量部を越えると、水酸化マグネシウム2Aに対して多めの兆しが見え、アルカリ成分が不足しだすからである。実験では、例えば水酸化マグネシウム18重量部とし、硫酸カルシウム3Aが63重量部にした中和固形物を水道水に浸すとpH8.5となり、水酸化マグネシウム22重量部とし、硫酸カルシウム100重量部にするとpH8.3であった。
尚、硫酸カルシウム3Aを用いた場合は、水酸化マグネシウム2Aが多くなると固化しづらくなるので、水酸化マグネシウム2Aのより好ましい範囲は10~25重量部になる。また、ここまでアサリ用の中和固形物6として専ら述べてきたが、ハマグリ,シジミ等の潜砂性二枚貝やカキにも適用できる。これまでのフィールド実験で、アサリの近くにハマグリやカキが近寄ってくることもあり、同様の生態をもつからである。
【0023】
(2)潮間帯の海水を中和する中和固形物の製造方法
(1)の中和固形物6は、例えば次のようにして造られる。まず、カキ殻粉末1と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダ2と、硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3BのpH上昇抑制剤3を、それぞれ必要量用意し、水4を加えて混錬固化して粒状成形体5に成形する(図2)。
具体的には、バインダ2を水酸化マグネシウム2Aとし、pH上昇抑制剤3を硫酸カルシウム3Aとする場合、前記カキ殻粉末100重量部に対し、前記水酸化マグネシウム2Aの粘着力によってカキ殻粉末1を粒状に固めるバインダ2になる該水酸化マグネシウム10~60重量部(より好ましくは10~25重量部)を配合すると共に、硫酸カルシウム20~100重量部(より好ましくは20~50重量部)を配合して、ミキサーM1で空練りする。次に、水20~80重量部(より好ましくは50~80重量部)を加えて、パン型造粒機M2を用いて相当直径が10~20mmφの粒状成形体5に成形する。造粒機M2から取出した粒状成形体5は水分を多く含んでいる。そこで、一旦、粒状成形体5をベニヤ板PL上に広げて、該粒状成形体5中の水分を数十分から数時間かけて蒸発させる。
【0024】
その後、前記粒状成形体5に炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して粒状硬化体へと硬化させる(図3)。前記粒状成形体5を気密性袋体7B内に入れて密封した後、1分以上50時間の範囲内で炭酸ガスが充満する炭酸ガス雰囲気下で保存して硬化させた粒状硬化体にして、本発明の中和固形物6とする。
ここで、前記1分以上50時間の範囲とするのは、1分以上(より好ましくは1440分以上)保存すれば、粒状成形体5の溶解速度よりも溶解速度が遅延する中和固形物6になるからである。一方、50時間以内とするのは、炭酸ガスが充満した炭酸ガス雰囲気下で50時間を超えて粒状成形体5を硬化させても、溶解速度を遅延させる効果がさほど上昇せずに、炭酸ガスの消費量が増えるだけだからである。
【0025】
かくして、前記粒状成形体5の自然乾燥時における溶解速度よりも溶解速度が遅延し、且つ水への溶解で、前記カキ殻粉末1と前記バインダ2のみとを水で混錬固化して粒状とし、前記炭酸ガス雰囲気下で保存して硬化させた粒状硬化ケース体のpH値よりも、前記pH上昇抑制剤3の添加によってpH値を小さくさせて、潜砂性二枚貝やカキの浮遊幼生が漂う海水の酸性物質を中和するのに好適な中和固形物6が出来上がる。前記粒状硬化体を潮間帯の海水中に置くことにより一か月以上の時間をかけて溶解し、その形状が徐々に消失する所望の潮間帯の海水を中和する中和固形物6を得る。
他の構成は、(1)潮間帯の海水を中和する中和固形物6で述べた内容と同様で、その説明を省く。(1)と同一符号は同一又は相当部分を示す。
【0026】
(3)中和固形物を用いた採苗具
図4図5は、中和固形物6を用いた潜砂性二枚貝やカキの採苗具を示す(図4,図5)。(1)の中和固形物6を囲い8内又は網目状の多孔性袋体9内に、砕石86と一緒に入れ、アサリ等の浮遊幼生を着底させて稚貝として捕集する。
詳しくは、カキ殻粉末1と、主成分が無機マグネシウム化合物であるアルカリ性のバインダ2と、主成分が硫酸カルシウム3A又は/及び炭酸水素ナトリウム3BのpH上昇抑制剤3とを含んで、水4とで混錬固化して形成された粒状成形体5が炭酸ガスを充満した炭酸ガス雰囲気下で保存されることで硬化してなる粒状硬化体の中和固形物6を、所定量用意する。
また、砕石86を必要量用意する。本発明でいう砕石86には丸みのある小石を含む。アサリ浮遊幼生は、中和固形物6に着底するのではなく、砕石86の砕石86に着底する。そこで、アサリ等の浮遊幼生を着底させる砕石86が100重量部に対し、中和固形物6が5~20重量部の範囲で略均等分散するように混合し、中和固形物6入り砕石86をつくる(図7)。
【0027】
次に、図4でいうと、潮の干満により海水が流動する場所に囲い8用の矩形枠体81(大きさが例えば縦4200mm×横4000mm×高さ300mm)を設けて、該枠体81内に前記中和固形物6入り砕石86が充填されるようにする。枠体81は片面歩車道境界ブロックC(水抜型)等を連結して容易に形成できる。
囲い8は、図4のような枠体81と有孔管82と分離ネット84と塊状石85と、網状部材を具備し、該囲い8内に前記中和固形物6入り砕石86が入って、潜砂性二枚貝の採苗具が形成される。
潮間帯になる、例えば干潟面又は該干潟面よりも若干低くした場所に囲い8を載置する。矩形枠で堤状に取り囲む枠体81の主要部の下面寄りに、複数の有孔管82が互いに離間して並行に配される。有孔管82には管周面に小孔が多数設けられる。囲い8の略中間高さまで、塊状石85が有孔管82の間を埋める形で充填され、その上面に網状分離ネット84が敷かれる。そして、該分離ネット84上に中和固形物6入り砕石86が、囲い8の高さよりも少し下がった所まで、層厚みを約100mmにして充填される。砕石86と共に中和固形物6が図4のごとく分散充填される。その後、囲い8の上面開口をシート状網状部材87で覆って、潜砂性二枚貝の採苗具になる。海水の流動に伴い、囲い8内に入った海水が有孔管82の小孔を通って管孔820から囲い8外へ、海水の浮泥及びアサリの糞等の硫化水素が流出可能な構造となって、浮遊幼生の着底を促す。該小孔は砕石86や当初の中和固形物6が通過困難な大きさとする。符号871は網状部材87を枠体81に止める係止具を示す。
かくのごとく出来上がった採苗具が潮の干満により海水が流動する干潟等の潮間帯に設置されて、アサリ等の浮遊幼生が漂う海水の酸性物質を中和し、該浮遊幼生の固体密度を高くして着底させ、育った稚貝にして捕集する所望の採苗具になっている。
【0028】
また、前記囲い8に代えて図5の多孔性袋体9を用いることができる。該多孔性袋体9内に前記中和固形物6入り砕石86が充填されるようにする。多孔性袋体9は、例えば図5(イ)のような、一端側に袋口90を有する有底筒状の網目状の多孔性袋体9である。樹脂製ネット等で作製できる。袋口90近くの袋本体91には袋口90に沿って紐92が通されており、図5(ロ)のごとく紐92で締め付け縛ることによって、袋口90が閉じる。図5(イ)の状態で、袋口90から砕石86と共に中和固形物6が充填される。前記中和固形物6入り砕石86が例えば全重量約10kgほどにして、多孔性袋体9内へ投入、充填される。その後、袋口90を閉じるように紐92で縛って、アサリ等の採苗具になる(図5のロ)。この中和固形物6入り砕石86が充填された多孔性袋体9は、扁平化させて、潮の干満により海水が流動する潮間帯の場所に置き、その後、中和固形物6がアサリの浮遊幼生が漂う海水の酸性物質を中和して、アサリ浮遊幼生の固体密度を高くして着底させ、育った稚貝を捕集する所望の採苗具となる。
他の構成は、(1),(2)で述べた内容と同様で、その説明を省く。(1),(2)と同一符号は同一又は相当部分を示す。尚、浮遊幼生を着底させ育った稚貝として捕集するだけでなく、囲い8又は多孔性袋体9内で稚貝をそのまま成貝にまで成長させて捕集するのも本発明の採苗方法とみなす。
【0029】
(3)中和固形物のpH測定
本発明の中和固形物6と対比物とのpH測定を行った。その結果を表1~表4に示す。尚、表1~表4に記載のカッコ内にある%表示の数値は、中和固形物6中の重量%である。備考欄に記載の%表示の数値は、砕石86と中和固形物6(又は固形物)を合わせた全重量に対するそれぞれの重量%である。表中のカキ殻炭酸カルシウム1Aとはカキ粉末である。各pH値は、水道水(又は仮想海水)で満たした後、5分後に測定した値を示す。堀場製作所製コンパクトPHメータB-71XのpH測定器を用い、各5回に分けて測定した平均値を各右端に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
表1は、pH上昇抑制剤3に炭酸水素ナトリウム3B、工作用石膏、又は川砂を用いた中和固形物6とする。ホームセンター購入した砕石90%に、10%の中和固形物6又は対比用固形物を混合させたものをビーカ内に充填する。そして、水道水で図6,図7のように浸漬させた後、5分経過時での水溶液のpH値を調べている。
表1の1)は水道水のみのpH値、2)は砕石86だけにしたpH値、3)以降はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、3)はpH上昇抑制剤3がない対比固形物で、特開2007-326769号のマグネシウム系緩速溶解剤である。4)はpH上昇抑制剤3が炭酸水素ナトリウム3Bの中和固形物6、5)はpH上昇抑制剤3が工作用石膏の中和固形物6、6)はpH上昇抑制剤3が川砂の中和固形物6である。工作用石膏は家庭化学工業株式会社製「高級工作石膏」(製品名TA-85S)を用いた。平均粒径が約20μmの粉末である。
【0032】
図1(イ)は、左側固形物が表1の5)の中和固形物、右側固形物が表1の4)の中和固形物の実物写真である。図1(ロ)は、左側固形物が前記マグネシウム系緩速溶解剤、右側固形物が表1の3)の固形物の実物写真である
pH上昇抑制剤3として、炭酸水素ナトリウム3B、工作用石膏の硫酸カルシウム3A、川砂が有効であった。pH上昇抑制剤3の配合量を調整することによって、アサリ浮遊幼生が漂う海水を所望のpH値(pH7.9~8.0)に設定してその固体密度を上げて着底させることができる。しかし、川砂の中和固形物6は水中に浸漬させると短時間で崩壊し、一か月以上持続的に溶解し続けなければならない本発明の中和固形物6には適さなかった。表にはないが、他に米糠等をpH上昇抑制剤3に選んだ場合も、川砂と同じようにpH調整が可能であっても、水中に一か月以上に亘って持続的に溶解させることができず、本発明の中和固形物6には不適であった。炭酸水素ナトリウム3B、工作用石膏の硫酸カルシウム3AのpH上昇抑制剤3が、一か月以上持続的に溶解可能で、本発明の中和固形物6に適合した。
【0033】
【表2】
【0034】
表2は、pH上昇抑制剤3に登録商標「カルゲン」(吉野石膏販売株式会社)の硫酸カルシウム3Aを用いた中和固形物10%と、砕石90%とを混合して水道水に浸漬させ、5分経過時での水溶液のpH値を調べたものである。
表2の1)は水道水のみのpH値、2)は砕石86だけにしたpH値、3)以降はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、3)はpH上昇抑制剤3がない対比固形物、4)はpH上昇抑制剤3が登録商標カルゲンの「カルゲン粉状」の中和固形物6、5)はpH上昇抑制剤3がカルゲンの「カルゲンJAS」の中和固形物6を用いた。
pH上昇抑制剤3が登録商標「カルゲン」の中和固形物6も、pH上昇抑制剤3の配合量を調整することによって、アサリ浮遊幼生の好むpH7.9~8.0に合わせることができる。ただ、登録商標「カルゲン」は天然石膏であり化学的処理がなされていない。また、その中和固形物6は、水中に一か月以上に亘って溶解させる持続性に、やや難があった。
【0035】
【表3】
【0036】
表3は、pH上昇抑制剤3に炭酸水素ナトリウム3Bを用いた中和固形物20%と、砕石80%とを混合して水道水又は仮想海水に浸漬させ、5分経過時での水溶液のpH値を調べたものである。
表3の1)は水道水のみのpH値、2)はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、pH上昇抑制剤3がない対比固形物、3)はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで且つpH上昇抑制剤3が炭酸水素ナトリウム3Bの中和固形物6、4)は仮想海水の場合、5)は仮想海水にして、バインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、pH上昇抑制剤3がない対比固形物、6)は仮想海水にして、バインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、pH上昇抑制剤3が炭酸水素ナトリウム3Bの中和固形物6を用いた。
pH上昇抑制剤3として炭酸水素ナトリウム3Bが有効であり、その配合量を調整した中和固形物6は、アサリ浮遊幼生が好むpH値(pH7.9~8.0)の海水に合わせることができる。そして、水中に一か月以上に亘って持続的に溶解させることができ、本発明の中和固形物6に適合した。
【0037】
【表4】
【0038】
表4は、pH上昇抑制剤3に登録商標「ジプサンダー」(石原産業株式会社)の硫酸カルシウム3Aを用いた中和固形物10%と、砕石90%とを混合して水道水に浸漬させ、5分経過時での水溶液のpH値を調べたものである。
表4の1)は水道水のみのpH値、2)は砕石86だけにしたpH値、3)以降はバインダ2が水酸化マグネシウム2Aで、3)はpH上昇抑制剤3がない対比固形物、4)はpH上昇抑制剤3が「ジプサンダーS」を30%とした中和固形物6、5)はpH上昇抑制剤3が「ジプサンダーS」を20%とした中和固形物6、6)はpH上昇抑制剤3が「ジプサンダーC」を20%とした中和固形物6を用いた。
pH上昇抑制剤3が登録商標「ジプサンダー」の中和固形物6も、pH上昇抑制剤3の配合量を調整することによって、アサリ等の浮遊幼生が好むpH7.9~8.0に合わせることができる。特に、表4の5)では平均pH値が7.98となり中和固形物6として良好な結果を得た。また、該中和固形物6を水へ浸漬させた時の溶解速度が遅く、その形状や硬さの経時変化も遅くて長持ちし、良好な結果を得た。
【0039】
(4)効果
このように構成した中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法は、中和固形物6が海水中に徐々に溶解して、潮間帯に生きるアサリ等の浮遊幼生が漂う海水をpH7.9~8.0の適合pH値に合わせ、その固体密度を上げて着底させることができる。
【0040】
特許文献1の栄養補給体を用いた場合は、アサリの棲処となる底質が悪化し、砂を掘ると真っ黒で還元状態の酸性に傾いた海水でも、アルカリ度が強すぎて、図7,図8のようにアサリ浮遊幼生の固体密度を上げて着底させるのが難しかった。特開2007-326769号のマグネシウム系緩速溶解剤を用いた場合も同様であった。実際、カキ殻粉末80%にしてバインダ2の水酸化マグネシウム2A20%とした固形物(マグネシウム系緩速溶解剤)を、砕石8690%に10%混合させた場合、表1の3)に示すようにpH9.42となり、高いアルカリ性を示している。
ここで、アサリ浮遊幼生は本中和固形物6や固形物(マグネシウム系緩速溶解剤)に着底するのでなく、干潟等の潮間帯に在る砕石86に着底する。砕石86の量に対する表1の3)に示す固形物(マグネシウム系緩速溶解剤)の量を少なくして、アサリ浮遊幼生が漂う海水のpHを調節することはできるが、砕石86と固形物の間隔が開きすぎて、砕石86の表面をアサリ浮遊幼生が好むpH7.9~8.0にするのが不可能になる。固形物を海水へ投入して中和するのであるが、砕石86の間隙水がpH7.9~8.0になることが求められる。固形物同士の間隔が重要で、あまり間隔をあけずに砕石86周辺の海水がpH7.9~8.0になるような固形物の間隔配置、すなわち、複数個の砕石86に対する中和固形物6の適度の分散配置が必要となる。
本発明の潮間帯の海水を中和する中和固形物を用いた潜砂性二枚貝又はカキの採苗方法は、表1~表4のごとく砕石90%又は80%にし、該中和固形物6が10%又は20%の配合比率下で、中和固形物6同士の必要とされる間隔を保って砕石86の間隙水をpH7.9~8.0に合わすことができ、極めて有益となっている。
そして、中和固形物6に配合されているpH上昇抑制剤3がバインダ2のアルカリ性を弱めており、潮間帯に生きる生物がこの中和固形物6に近づいてもアルカリ性の強い刺激を与えない。アサリ等の浮遊幼生の固体密度を上げる着底に優れた効果を発揮する。
【0041】
また、中和固形物6は、図4の囲い8や図5の多孔性袋体9に、砕石86と混合して充填した採苗具にすると、潮間帯の酸性に傾いた海水を中和するので、アサリ等の浮遊幼生を高密度で着底させて稚貝を捕集する生産性の高い潜砂性二枚貝の採苗具になる。
さらに、本中和固形物6は、潮間帯の干潟等に散布しても、酸性側に傾いた海水を中和することができる。一度散布すると、酸性側に傾いた潮間帯の海水を中和固形物6が一カ月を越えて中和し続けるので、さほどコストや労力をかけずに潮間帯の環境改善が幾日にも亘って継続し、非常に有益となる。
海水中に置けば,すぐに溶けて効き目が消失してしまう一般の中和剤と異なり、海水中に置いた状況下で一カ月以上もかかって消失する緩慢な溶解速度であるので、海水を中和するのに頻繁な散布を要しない。使い勝手が良く、海水の中和作業に対し、使用者側の労力負担が少ない。潮間帯の海水の酸性化が進めば、本中和固形物6が潮間帯の酸性化を食い止める有用な対策一手段となる。
さらにいえば、中和固形物6は海水環境を害する物質が存在せず、且つその各構成物質を廉価に入手できるので、低コスト生産できる特長を有する。
【0042】
尚、本発明は前記実施形態に示すものに限られず、目的,用途に応じて本発明の範囲で種々変更できる。カキ殻の粉末1,バインダ2,pH上昇抑制剤3,粒状成形体5,粒状硬化体,囲い8,多孔性袋体9等の形状,大きさ,個数,材質等は用途に合わせて適宜選択できる。実施形態は潮間帯のアサリを主に述べてきたが、アサリ以外の潮間帯に生きる他の生物にも勿論適用できる。
【符号の説明】
【0043】
1 カキ殻の粉末(カキ殻粉末)
2 バインダ
2A 水酸化マグネシウム
3 pH上昇抑制剤
3A 硫酸カルシウム
3B 炭酸水素ナトリウム
5 粒状成形体
6 中和固形物(粒状硬化体)
8 囲い
9 多孔性袋体(網目状の多孔性袋体)