(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022047038
(43)【公開日】2022-03-24
(54)【発明の名称】脳血管攣縮抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20220316BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20220316BHJP
A61P 9/08 20060101ALI20220316BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20220316BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220316BHJP
A61K 31/47 20060101ALI20220316BHJP
A61K 31/415 20060101ALI20220316BHJP
A61K 31/505 20060101ALI20220316BHJP
A61K 31/166 20060101ALI20220316BHJP
A61K 31/4164 20060101ALI20220316BHJP
A61K 38/17 20060101ALI20220316BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220316BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220316BHJP
C12Q 1/686 20180101ALN20220316BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P9/00
A61P9/08
A61P25/00
A61P43/00 105
A61K31/47
A61K31/415
A61K31/505
A61K31/166
A61K31/4164
A61K38/17 100
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12Q1/686 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020152739
(22)【出願日】2020-09-11
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(72)【発明者】
【氏名】石井 宏史
(72)【発明者】
【氏名】堀 修
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4C084
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045CA11
2G045CA12
2G045DA36
2G045FB03
2G045FB04
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4B063QR08
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4C084ZA011
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4C086AA01
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4C086NA14
4C086ZA01
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4C086ZA39
4C086ZB21
4C206AA01
4C206AA02
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4C206GA30
4C206KA01
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZA01
4C206ZA36
4C206ZA39
4C206ZB21
(57)【要約】
【課題】くも膜下出血における脳動脈瘤の破裂後、脳動脈が攣縮し、脳障害に至る原因となるメカニズムを解明し、さらに該メカニズムに基づく脳血管攣縮抑制剤を提供することを課題とする。さらには、新規脳血管攣縮抑制剤のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題手段】「脳動脈瘤の破裂によりできた血腫からデンジャーシグナル(DAMPs)が放出され、骨髄又は血液中の好中球及び/又はマクロファージがRAGEを介してDAMPsと結合することにより活性化し、さらに脳血管へ遊走し、脳血管攣縮を引き起こすメカニズム」を見出し、該メカニズムを標的とした本発明の脳血管攣縮抑制剤を完成した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
くも膜下出血後の脳血管攣縮における骨髄又は血液中の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化又は脳動脈への遊走を阻害する化合物を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
【請求項2】
前記脳血管攣縮がくも膜下出血後24時間以内の脳血管攣縮である、請求項1に記載のくも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
【請求項3】
下記式(1)で表される化合物又は薬理学的に許容される塩を有効成分として含む、脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
【化1】
【請求項4】
前記脳血管攣縮はくも膜下出血後の脳血管攣縮である、請求項3に記載の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
【請求項5】
前記脳血管攣縮はくも膜下出血後の骨髄又は血液中の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化に起因する、請求項4に記載の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
【請求項6】
前記脳血管攣縮はくも膜下出血後の骨髄又は血液中の好中球及び/若しくはマクロファージの脳動脈への遊走に起因する、請求項4に記載の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
【請求項7】
下記式(1)で表される化合物又は薬理学的に許容される塩を有効成分として含む、くも膜下出血後の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化抑制剤又は脳動脈への遊走抑制剤。
【化2】
【請求項8】
下記式(1)で表される化合物又は薬理学的に許容される塩を有効成分として含む、くも膜下出血の治療剤。
【化3】
【請求項9】
好中球エラスターゼ阻害作用を有する物質を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
【請求項10】
以下のいずれか1以上の物質を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
(1)Pyrazole-5-carboxamides
(2)soluble RAGE
(3)FPS-ZM1
(4)4,6-bisphenyl-2-(3-alkoxyanilino)pyrimidine
(5)Azeliragon
【請求項11】
以下のいずれか1以上の物質を判定することを特徴とする、脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤のスクリーニング方法。
(1)RAGEとDIAPH1の結合を阻害する物質を判定する
(2)好中球及び/若しくはマクロファージの遊走又は活性化を阻害する物質を判定する
(3)好中球のエラスターゼ活性を阻害する物質を判定する
(4)RAGEの活性を阻害する物質を判定する
(5)DAMPsとRAGEの結合を阻害する物質を判定する
(6)RAGEからRhoの活性化を阻害する物質を判定する
(7)RAGEに依存したNETosisを抑制する物質を判定する
(8)Racの活性化を阻害する物質を判定する
(9)Cdc42の活性化を阻害する物質を判定する
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤、くも膜下出血後の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化抑制剤又は脳動脈への遊走抑制剤、くも膜下出血の治療剤、並びに、脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(SAH)
くも膜下出血(SAH)は、主に脳動脈瘤の破裂により発症する脳卒中であり、多くのSAH患者は脳血管攣縮と呼ばれる脳動脈の攣縮を起こし脳障害に至ることが知られている。しかしSAH後の脳血管攣縮の原因は不明であった。脳血管攣縮に対してRhoキナーゼ阻害剤が臨床現場で使用されているが、有意な治療予後改善には至っていない。
【0003】
(RAGE)
終末糖化産物受容体(receptor for advanced glycation endproducts; RAGE)は、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する1回膜貫通型受容体である。同RAGEは、炎症や疾患に関連する様々なリガンドに結合するマルチリガンド受容体である(非特許文献1)。
くも膜下出血のラットモデルにて脳の神経細胞と脳内免疫細胞であるマイクログリア(中枢神経系グリア細胞)でRAGEの発現が上昇することが報告されている(非特許文献2)。
くも膜下出血ラットモデルにてRAGE阻害剤であるFPS-ZM1を腹腔内投与すると1日目は症状が改善したが3日目はその効果が無くなった。NF-kBに依存する脳内炎症は軽減する一方で、神経細胞が死にやすくなることが報告されている(非特許文献3)。
【0004】
くも膜下出血患者において、脳血管攣縮により重症化した群では、血液中の内在性RAGE阻害剤レベルが少なかったことから患者重症度とRAGEシグナルの関与が示唆されたが(非特許文献4)、本発明の脳血管攣縮抑制剤に含まれている有効成分は知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Daffu et al, Int J Mol Sci. 2013,14(10):19891-910. doi:10.3390/ijms141019891.
【非特許文献2】Li et al, Brain Res. 2014;1543:315-323. doi:10.1016/j.brainres.2013.11.023.
【非特許文献3】Li et al, Mol Neurobiol. 2017;54(1):755-767. doi:10.1007/s12035-016-9703-y.
【非特許文献4】Aida et al, J Neurosurg. 2019, 1.aop: 1-9. doi:10.3171/2019.8.JNS191269.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
くも膜下出血における脳動脈瘤の破裂後、脳動脈が攣縮し、脳障害に至る原因となるメカニズムは不明であった。
本発明は、これらのメカニズムを解明し、さらに該メカニズムに基づく脳血管攣縮抑制剤を提供することを課題とする。さらには、新規脳血管攣縮抑制剤のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、「脳動脈瘤の破裂によりできた血腫からデンジャーシグナルであるdamage-associated molecular patterns (DAMPs)が放出され、骨髄又は血液中の好中球及び/又はマクロファージがRAGEを介してDAMPsと結合することにより活性化し、さらに脳血管へ遊走し、脳血管攣縮を引き起こすメカニズム」を見出し、該メカニズムを標的とした本発明の脳血管攣縮抑制剤を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は以下の通りである。
1.くも膜下出血後の脳血管攣縮における骨髄又は血液中の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化又は脳動脈への遊走を阻害する化合物を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
2.前記脳血管攣縮がくも膜下出血後24時間以内の脳血管攣縮である、前項1に記載のくも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
3.下記式(1)で表される化合物又は薬理学的に許容される塩を有効成分として含む、脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
【化1】
4.前記脳血管攣縮はくも膜下出血後の脳血管攣縮である、前項3に記載の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
5.前記脳血管攣縮はくも膜下出血後の骨髄又は血液中の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化に起因する、前項4に記載の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
6.前記脳血管攣縮はくも膜下出血後の骨髄又は血液中の好中球及び/若しくはマクロファージの脳動脈への遊走に起因する、前項4に記載の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
7.下記式(1)で表される化合物又は薬理学的に許容される塩を有効成分として含む、くも膜下出血後の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化抑制剤又は脳動脈への遊走抑制剤。
【化2】
8.下記式(1)で表される化合物又は薬理学的に許容される塩を有効成分として含む、くも膜下出血の治療剤。
【化3】
9.好中球エラスターゼ阻害作用を有する物質を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
10.以下のいずれか1以上の物質を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤。
(1)Pyrazole-5-carboxamides
(2)soluble RAGE(可溶性RAGE, sRAGE)
(3)FPS-ZM1
(4)4,6-bisphenyl-2-(3-alkoxyanilino)pyrimidine
(5)Azeliragon
11.以下のいずれか1以上の物質を判定することを特徴とする、脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤のスクリーニング方法。
(1)RAGEとDIAPH1の結合を阻害する物質を判定する
(2)好中球及び/若しくはマクロファージの遊走又は活性化を阻害する物質を判定する
(3)好中球のエラスターゼ活性を阻害する物質を判定する
(4)RAGEの活性を阻害する物質を判定する
(5)DAMPsとRAGEの結合を阻害する物質を判定する
(6)RAGEからRhoの活性化を阻害する物質を判定する
(7)RAGEに依存したNETosisを抑制する物質を判定する
(8)Racの活性化を阻害する物質を判定する
(9)Cdc42の活性化を阻害する物質を判定する
【発明の効果】
【0009】
本発明のくも膜下出血後の脳血管攣縮における骨髄又は血液中由来の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化又は脳動脈への遊走を阻害する作用を有する物質を有効成分とする脳血管攣縮抑制剤は、くも膜下出血後の脳血管攣縮を抑制し、さらに神経機能を改善する効果を有する。
また、好中球及び/若しくはマクロファージの活性化又は脳動脈への遊走を阻害する作用は、脳血管攣縮抑制効果及び神経機能改善効果を有する。よって、該作用を阻害する物質をスクリーニングすることにより、新規脳血管攣縮抑制剤を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】RAGEノックアウトマウスの神経学的症状。
【
図2】RAGEノックアウトマウスの脳血管攣縮像の改善結果(拡大図枠内の矢頭にて図示)。
【
図3】RAGEノックアウトマウスの脳血管攣縮及び細動脈走行の改善結果。
【
図4】SAH後のRAGE mRNA発現の評価結果(LCA=左脳動脈、RCA=右脳動脈、LCx=左大脳皮質、RCx=右大脳皮質、LHi=左海馬、RHi=右海馬、それぞれの左バー:Sham、右バー:SAH)。
【
図5】血管特異的RAGEノックアウトマウスにおける評価結果。
【
図6】末梢血中の白血球及び免疫系臓器におけるRAGE mRNA発現解析の結果(左上グラフ、左下グラフ及び中央グラフはWTのSAHモデルである。右上の折れ線グラフは末梢血中の白血球の結果であり、RAGE
-/-ではRAGE mRNA発現が上昇しないことを示している。右下の棒グラフはWTのモデルであり、Spleenは脾臓、LNsはリンパ節、BMは骨髄を意味し、それぞれの左バーはSham、右バーはSAHを示す)。
【
図7】SAH後の脳動脈に集積する好中球の免疫染色の観察結果。
【
図8】GFPマウス由来の骨髄細胞を移植したRAGEノックアウトマウスの神経学的症状。
【
図9】GFPマウス由来の骨髄細胞を移植したRAGEノックアウトマウスの脳血管攣縮の定量データ。
【
図10】GFPマウス由来の骨髄細胞を移植したRAGEノックアウトマウスのSAH後の免疫染色の観察結果。
【
図11】RAGEノックアウトマウス及びGFPマウスのparabiosis(並体結合実験)のSAH後の脳血管攣縮の評価結果。
【
図12】好中球特異的RAGEノックアウトマウスのSAH後の神経学スコアの評価結果及び脳血管攣縮の定量データ。
【
図13】トランスウェル遊走アッセイにおける好中球の核染色の観察結果。図中の「Neut」はneutrophil(好中球)を示し、本明細書において多形核細胞(PMN)と同義である。また、「Clot」は血腫、「WBC WT」は野生型の好中球、及び「WBC RAGE-/-」はRAGEノックアウト好中球を示す。
【
図14】トランスウェル遊走アッセイにおいて血腫へ遊走した好中球の数。図中の「PMN」は多形核細胞を示し、本明細書において好中球と同義である。
【
図15】トランスウェル遊走アッセイにおいて血腫へ遊走した好中球のうち好中球細胞外トラップ(NET、NETs)による細胞死であるNETosisを起こした数。
【
図16】SAH後の神経学スコア及び脳血管攣縮に対するCompound 11の改善効果。
【
図17】骨髄由来好中球(PMN)及びマクロファージ(MN)を用いたRhoプルダウンアッセイにおけるウェスタンブロットの結果。図中の「Rhotekin RBD」はRhotekin RBD, agaroseを示す。
【
図18】好中球エラスターゼ(Neutrophil elastase; NE)阻害剤のマウス投与実験における神経学スコア(左図)及び脳血管攣縮(右図)の評価結果。
【
図19】esRAGEマウスを用いた実験における神経学スコア(左図)及び脳血管攣縮(右図)の評価結果。
【
図20】くも膜下出血後の脳血管攣縮発症機構の概念図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(本発明の対象)
本発明の対象は、脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤、くも膜下出血後の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化抑制剤又は脳動脈への遊走抑制剤、くも膜下出血の治療剤、並びに、脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤のスクリーニング方法である。
【0012】
米国ニューヨーク大学のSchmidt教授によりRAGEの細胞内シグナル伝達因子として細胞骨格関連分子DIAPH1が同定された(Hudson et al, J Biol Chem. 2008, 283(49):34457-68. doi:10.1074/jbc.M801465200.)。更にRAGEとDIAPH1の結合を阻害する化合物の探索により、C末端RAGEへの直接結合を示す13種類のRAGE/DIAPH1阻害化合物が発見された(Manigrasso et al, Sci Rep. 2016, 6:22450. doi:10.1038/srep22450.)。
本発明は、Schmidt教授が開発した13種類のRAGE/DIAPH1阻害化合物のうち予備実験から最も効果が期待された下記式(1)で表される化合物について、後述する実施例により骨髄又は血液中由来の好中球及び/若しくはマクロファージのRAGEシグナルの抑制を介して脳血管攣縮を抑制・軽減し、神経機能を改善することを確認した。
【0013】
【0014】
(くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤)
本発明のくも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤(以後、「本発明の抑制剤」と略する場合がある)は、くも膜下出血後のいかなる時期の脳血管攣縮も対象とするが、例えば、くも膜下出血後24時間以内、くも膜下出血後0~24時間後、3~24時間後若しくは12~24時間後、又は、24時間後以降、48時間後以降の脳血管攣縮を対象とする。
なお、抑制とは、脳血管攣縮を治療、予防、再発予防、軽減、完治等を含む。
【0015】
(骨髄又は血液中の好中球及び/若しくはマクロファージ)
本発明の抑制剤における「好中球及び/若しくはマクロファージ」は、下記の実施例に示すように、脳血管攣縮に関与する好中球及び/若しくはマクロファージは、骨髄又は血液由来であることを確認している。
また、好中球及び/若しくはマクロファージの活性化の阻害とは、これらの増殖、遊走、炎症、攻撃を抑制することを意味する。増殖、遊走、炎症及び攻撃は、公知の方法により測定することができる。
【0016】
(本発明の抑制剤の有効成分)
本発明の抑制剤の有効成分は、骨髄又は血液中の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化又は脳動脈への遊走を阻害する作用を有するのであれば、高分子化合物であってもよいし低分子化合物であってもよい。
高分子化合物の例としては、例えばタンパク質、核酸物質が挙げられ、具体的には抗体、抗体断片、ペプチド、siRNA又はshRNAなどが挙げられる。低分子化合物と高分子化合物を含む物質であってもよい。
好ましい有効成分の一例として、式(1)で表される化合物を確認している。加えて、式(1)で表される化合物の効果を阻害しない式(1)の薬理学的に許容される塩(例、付加塩、塩酸塩)も好ましい。
【0017】
(対象)
本発明の抑制剤の投与対象は、ヒト及び非ヒト哺乳動物である。好ましい非ヒト哺乳動物として、ペットや家畜等が挙げられる。
【0018】
(投与方法、剤形)
本発明の抑制剤の投与経路に特に制限はないが、好ましい投与経路として、経静脈、経口、経皮、経粘膜(口腔、直腸、膣等)が挙げられる。
経口投与用製剤としては、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤(ドライシロップ剤)、経口ゼリー剤などが挙げられる。経皮投与用又は経粘膜投与用製剤としては、貼付剤、軟膏剤等が挙げられる。
錠剤、カプセル剤、顆粒剤及び散剤等は、腸溶性製剤とすることができる。例えば、錠剤、顆粒剤、散剤に腸溶性のコーティングを施す。腸溶性コーティング剤としては、胃難溶性腸溶性コーティング剤を用いることができる。
本発明の抑制剤は、有効成分の他に、投与形態に応じて、薬理学的に許容しうる担体を含ませることができる。薬理学的に許容しうる担体としては、例えば賦形剤、崩壊剤若しくは崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤若しくは溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、および粘着剤等を挙げることができる。
【0019】
本発明の抑制剤の投与量及び投与回数は、投与対象、その年齢、体重、性別、目的(予防用か治療用か等)、症状の重篤度、剤形、投与経路等の条件によって適宜変化しうる。ヒトに投与する場合、式(1)で表される化合物の投与量は、例えば、1日当たり、約0.0001 mg/kg体重~10 mg/kg体重投与される。また、投与回数は、1日当たり1回又は複数回、又は数日に1回であってもよい。例えば、1日当たり1~3回、1~2回、又は1回であってよい。
本発明の抑制剤は、医薬品、医薬部外品、医療機器、衛生用品、食品、飲料、サプリメントにすることができる。
【0020】
(治療方法)
本発明は、本発明の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化又は脳動脈への遊走を阻害する作用を有する化合物を有効成分とする脳血管攣縮抑制剤を用いることによる、くも膜下出血後の脳血管攣縮の予防方法及び/又は治療方法も対象とする。
【0021】
(くも膜下出血後の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化抑制剤又は脳動脈への遊走抑制剤)
本発明のくも膜下出血後の好中球及び/若しくはマクロファージの活性化抑制剤又は脳動脈への遊走抑制剤は、上記述べた本発明の抑制剤と同様の有効成分、対象、投与方法、剤形、治療方法を採用することができる。
【0022】
(くも膜下出血後の神経機能治療剤)
本発明のくも膜下出血後の神経機能治療剤は、上記述べた本発明の抑制剤と同様の有効成分、対象、投与方法、剤形、治療方法を採用することができる。
なお、神経機能の治療とは、改善、予防、再発予防、軽減、完治等を含むが特に限定されない。
【0023】
(くも膜下出血治療剤)
本発明のくも膜下出血治療剤は、上記述べた本発明の抑制剤と同様の有効成分、対象、投与方法、剤形、治療方法を採用することができる。
なお、くも膜下出血の治療とは、改善、予防、再発予防、軽減、完治等を含むが特に限定されない。
【0024】
(好中球エラスターゼ阻害作用を有する物質を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤)
本発明における「好中球エラスターゼ阻害作用を有する物質を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤」は、好中球のエラスターゼ活性を阻害する効果を有する物質が含まれていれば特に限定されない。好中球のエラスターゼ活性を阻害する効果を有する物質として、例えば、シベレスタットナトリウム水和物、trypsin Inhibitor、soybean、3,4 dichloroisocoumarin、elastatinal、N-(Methoxysuccinyl)-Ala-Ala-Pro-Val-chloromethyl ketone、SSR 69071、Sivelestat sodium tetrahydrate、1-(3-methylbenzoyl)-1H-indazole-3-carbonitrile、sirtinol等が挙げられる。
【0025】
(RAGE阻害作用を有する物質を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤)
本発明における「RAGE阻害作用を有する物質を有効成分として含む、くも膜下出血後の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤」は、RAGEの活性を阻害する効果を有する物質が含まれていれば特に限定されない。RAGEを阻害する効果を有する物質として、例えば、sRAGE、FPS-ZM1、Pyrazole-5-carboxamides、4,6-bisphenyl-2-(3-alkoxyanilino)pyrimidine、Azeliragon (TTP488)等が挙げられる。
【0026】
(スクリーニング方法)
本発明の脳血管攣縮抑制剤又は神経機能治療剤のスクリーニング方法は、以下を対象とする。
〇RAGEとDIAPH1の結合を阻害する物質を判定する
〇好中球及び/若しくはマクロファージの遊走又は活性化を阻害する物質を判定する
〇好中球のエラスターゼ活性を阻害する物質を判定する
〇RAGEの活性を阻害する物質を判定する
〇HMGB1を始めとするDAMPsとRAGEの結合を阻害する物質を判定する
〇RAGEからRhoの活性化を阻害する物質を判定する
〇RAGEに依存したNETosisを抑制する物質を判定する
〇Racの活性化を阻害する物質を判定する
〇Cdc42の活性化を阻害する物質を判定する
なお、好中球細胞外トラップ(NET、NETs)は活性化した好中球が細菌や組織に対して自己のDNAと消化酵素等蛋白質の複合体を攻撃対象に対して投じる細胞外繊維のネットワークを意味する。加えて、NET、NETsに際する細胞死をNETosisと称する。
【0027】
「RAGEとDIAPH1の結合を阻害する物質を判定する」とは、例えば下記のいずれか1以上の工程を含んでもよい。
(a-1)被験物質の存在下において、被験者の生物学的試料由来のDIAPH1のRAGEに対する結合能又はRAGEのDIAPH1に対する結合能(RAGE/DIAPH1結合能)を測定する工程、及び
(a-2)上記(a-1)の結果に基づいて、RAGEとDIAPH1の結合を阻害する作用(RAGE/DIAPH1結合阻害作用)を有する被験物質を選択する工程。
上記方法の工程(a-1)における結合能の測定は、自体公知の方法、例えば、バインディングアッセイ、表面プラズモン共鳴を利用する方法(例えば、Biacore(登録商標)の使用)により行われ得る。
上記方法の工程(a-1)は、さらに、被験物質の存在下において測定した結合能と、RAGE/DIAPH1結合阻害作用を有しない対照物質存在下において測定したRAGE/DIAPH1結合能とを比較すること、及び/又は、複数の被験物質について測定した結合能を比較することを含んでもよい。
【0028】
「好中球及び/若しくはマクロファージの遊走又は活性化を阻害する物質を判定する」とは、例えば下記のいずれか1以上の工程を含んでもよい。
(b-1)被験物質の存在下において、被験者の生物学的試料由来の好中球又はマクロファージの血腫への遊走又は活性化を測定する工程、及び
(b-2)上記(b-1)の結果に基づいて、好中球及び/若しくはマクロファージの遊走又は活性化を阻害する作用を有する被験物質を選択する工程。
上記方法の工程(b-1)における血腫への遊走又は活性化の測定は、自体公知の方法、例えば、細胞遊走アッセイ(例えば、transwell(Corning(登録商標))を用いた遊走アッセイ)により行われ得る。
上記方法の工程(b-1)は、さらに、被験物質の存在下において測定した好中球又はマクロファージの血腫への遊走又は活性化と、好中球及び/若しくはマクロファージの遊走又は活性化を阻害する作用を有しない対照物質存在下において測定した好中球又はマクロファージの血腫への遊走又は活性化とを比較すること、及び/又は、複数の被験物質について測定した好中球又はマクロファージの血腫への遊走又は活性化を比較することを含んでもよい。
【0029】
(被験物質)
上記スクリーニングで使用する治療剤候補物質となる被験物質としては任意の物質を使用することができる。被験物質の種類は特に限定されず、個々の低分子合成化合物(例えばsiRNA)でもよいし、天然物抽出物中に存在する化合物でもよく、合成ペプチドでもよい。
被験物質は、化合物ライブラリー、ファージディスプレーライブラリー又はコンビナトリアルライブラリーでもよい。化合物ライブラリー、ファージディスプレーライブラリー及びコンビナトリアルライブラリーの構築は当業者に公知であり、また市販の化合物ライブラリーを使用することもできる。
【0030】
(被験者・生物学的試料)
本発明において、被験者は、哺乳類全般(ヒト、ネコ、イヌ、ウマを含む)を含み、さらに、健常者、くも膜下出血の患者、くも膜下出血の疑いがある人、くも膜下出血が将来発生する人も含む。
また、生物学的試料は、特に限定されないが、脾臓、リンパ節、末梢血、血液成分(血清、血漿、血球、白血球、好中球など)、間葉細胞、幹細胞、生検試料、iPS細胞、初代培養細胞、唾液、尿、髄液、涙液、汗、毛髪、組織由来の成分を含む。
【実施例0031】
以下に具体例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。なお、以下の実施例は、金沢大学の遺伝子組換え実験安全管理委員会及び動物実験委員会の承認を受けた。実施例に使用した材料及び方法は以下の通りである。
【0032】
(くも膜下出血マウスモデルの作製)
C57BL/6Jバックグラウンドマウスを用いマイクロフィラメントを左外頸動脈スタンプより挿入、内頸動脈を経由して前大脳動脈-中大脳動脈分岐部で穿破させることによりくも膜下出血を作製した。
【0033】
(マウス神経学スコアの計測方法)
神経行動機能は修正Garcia神経学スコアを用い計測した。評価は6項目の検査よりなりそれぞれ3点満点とし、点数が高いほど機能が良いとした。6項目は、四肢の自発活動、自発運動、前肢の差し伸ばし、登り運動、固有受容感覚、そして髭刺激反応から構成している(参考: Liu et al, Mol Neurobiol. 2015, 53(7):4529-38. doi:10.1007/s12035-015-986-9.)。
【0034】
(RAGE阻害剤 Compound 11)
RAGE/DIAPH1阻害化合物は、米国ニューヨーク大学Schmidt教授がRAGEの細胞内シグナル伝達因子として細胞骨格関連分子DIAPH1を同定し(参考: Hudson et al, J Biol Chem. 2008, 283(49):34457-68. doi:10.1074/jbc.M801465200.)、更にRAGEとDIAPH1の結合を阻害する化合物を探索することにより発見したものである(参考: Manigrasso et al, Sci Rep. 2016, 6:22450. doi:10.1038/srep22450.)。
本発明者らは、開発者のSchmidt教授に許可を得て金沢大学山本靖彦教授が合成したRAGE/DIAPH1阻害化合物の1つであるCompound 11(C11:式(1)で表される化合物)の分与を受けた。
【0035】
(共培養実験)
上層の底に3μmの小さなポアを持つ隔壁培養皿であるtranswell(Corning(登録商標))を用い、下層の皿に血腫を、上層の皿にLPS刺激をした好中球を撒き、37℃にて45分間培養した。