(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022049481
(43)【公開日】2022-03-29
(54)【発明の名称】病的な精神状態の程度を判定するための方法、システム、プログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 10/00 20060101AFI20220322BHJP
【FI】
A61B10/00 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020155709
(22)【出願日】2020-09-16
(71)【出願人】
【識別番号】504059429
【氏名又は名称】ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大橋 由明
(72)【発明者】
【氏名】戸松 創
(57)【要約】 (修正有)
【課題】病的な精神状態の程度を判定するための、簡便かつ高精度な新たな方法を提供する。
【解決手段】抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種を、病的な精神状態の程度を判定するための指標とする。抑うつ尺度のうち満足感を問う質問を除いたスコア及び不安尺度に関する項目のスコアの合計を病的な精神状態の程度を判定するための指標とする。また、抑うつ尺度のうち満足感を問う質問を除いたスコア及び不安尺度に関する項目のスコアの合計を、うつ病の程度を判定するための病的な精神状態の程度を判定するための指標とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種を、病的な精神状態の程度を判定するための指標とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、抑うつ尺度のうち満足感を問う質問を除いたスコア及び不安尺度に関する項目のスコアの合計を病的な精神状態の程度を判定するための指標とする方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法であって、抑うつ尺度のうち満足感を問う質問を除いたスコア及び不安尺度に関する項目のスコアの合計を、うつ病の程度を判定するための病的な精神状態の程度を判定するための指標とする方法。
【請求項4】
さらに被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度を指標とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
さらに[自我状態の尺度の特定のスコア]-[自我状態の尺度の別な特定のスコア]を指標とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
請求項3に記載の方法であって、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計が予め設定された値よりも大きい場合に抑うつの程度が高いと判定する方法。
【請求項7】
請求項4に記載の方法であって、[CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計]/[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定する方法。
【請求項8】
さらに[自我状態の尺度におけるACのスコア]と[自我状態の尺度におけるFCのスコア]との差を指標とする、請求項5に記載の方法。
【請求項9】
請求項6に記載の方法であって、[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]が予め設定された値よりも大きい被験者に対し、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計が予め設定された値よりも大きい場合に該被験者はうつ病の程度が高いと判定する方法。
【請求項10】
請求項7に記載の方法であって、[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]が予め設定された値よりも大きい被験者に対し、[CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計]と[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]との比が予め設定された値よりも大きい場合に該被験者はうつ病の程度が高いと判定する方法。
【請求項11】
抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種のスコアを入力する手段
該入力手段から入力されたスコアを用いて病的な精神状態の程度を表わす係数を算出する手段、及び
上記算出する手段により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合に病的な精神状態の程度が高いと判定する手段
を含む病的な精神状態の程度を判定するためのシステム。
【請求項12】
請求項11に記載のシステムであって、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアを入力する手段
CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの全てを用いてうつ病の程度を表わす係数を算出する手段、及び
上記算出する手段により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定する手段
を含むうつ病の程度を判定するためのシステム。
【請求項13】
コンピュータに、
抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種のスコアを取得する第1機能
第1機能で取得されたスコアの全てを用いて病的な精神状態の程度を表わす係数を算出する第2機能、及び
上記第2機能により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合に病的な精神状態の程度が高いと判定する第3機能を実現させるためのプログラム。
【請求項14】
請求項13に記載のプログラムであって、コンピュータに、
CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアを取得する第1機能
第1機能で取得されたCES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの全てを用いてうつ病の程度を表わす係数を算出する第2機能、及び
上記第2機能により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定する第3機能を実現させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病的な精神状態の程度を判定するための方法、システム、プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
うつ病は、気分障害の一種である精神疾患であり、世界中で3億人以上もの罹患者がいるといわれている。そして、うつ病等の精神疾患の最終的な診断には、医師による問診等が必要となるものの、罹患者及びその初期症状を呈する者の多さから医師による診断より前にうつ病等の精神疾患、その初期症状等の程度を簡易的に判定する方法の開発が熱望されている。
【0003】
例えば、大うつ病性障害等の抑うつ気分を伴う精神疾患の問診に際し、被験者の自己記入式質問紙尺度が用いられている。多くの開発されている質問紙は診断基準に従って直接症状を聞くことで症状を診断している。
【0004】
自我状態の尺度と抑うつなどの症状を関連付けたものには、東大式エゴグラムの尺度の下位尺度の解析例がある。不安神経症などの心身症患者では「順応した子供の自我(AC)」が高く、「自由な子供の自我(FC)」が低い傾向があり、両者の差が大きい患者は過剰適応であると考察されている(非特許文献9,10)。また、同自我状態の尺度の養育的親(NP)と批判的親(CP)の比を他者肯定性、ACとFCの比を自己否定性のインデクスとし、両者の和を過剰適応指数とし、冠動脈に有意病変の認められた狭心症患者で高値であるとした例がある(非特許文献11)。しかし、質問紙は各々20~50程度の項目数があり、すべてを一度に行う場合には百を超える項目数に回答しなければならないこと、回答された尺度は印象操作ができること、被験者は質問紙の項目を抑うつか、不安か、自我状態かを混同すること、等がより正確な診断を行う妨げとなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】滝沢・福田, 精神疾患の臨床検査としての光トポグラフィー検査(NIRS), MEDIX, 50:30-35, 2009.
【非特許文献2】Kawamura et al., Plasma metabolome analysis of patients with major depressive disorder., Psychiatry and Clinical Neurosciences, 72:349-361, 2018.
【非特許文献3】村松・上島, プライマリ・ケア診療とうつ病スクリーニング評価ツール:Patient Health Questionnaire-9日本語版「こころとからだの質問票」, 診断と治療, 97:1465-1473, 2009.
【非特許文献4】藤澤ら, 日本語版自己記入式簡易抑うつ尺度(日本語版QIDS-SR)の開発, ス
【非特許文献5】村松ら, GAD-7日本語版の妥当性・有用性の検討, 心身医学, 50:592, 2010.
【非特許文献6】島ら, 新しい抑うつ性自己評価尺度について, 精神医学, 27:717-723, 1985.
【非特許文献7】中里・水口, 新しい不安尺度STAI日本版の作成, 心理学研究, 22:107-112, 1982.
【非特許文献8】岩井ら, 質問紙法エゴグラムの臨床的応用, 交流分析研究, 2:3-13, 1977.
【非特許文献9】大島ら, 東大式エゴグラム(TEG)第2版の臨床応用, 心身医学, 36:316-324, 1996.
【非特許文献10】十河ら, 新しい質問紙法エゴグラムの臨床応用, 心身医学, 26:328-332, 1986.
【非特許文献11】殿岡ら, 狭心症患者に対する心身医学的観察(第1報), 心身医学, 34:558-564, 1994.
【非特許文献12】Feldman, Valence focus and arousal focus: Individual differences in the structure of affective experience., Journal of Personality and Social Psychology, 69:153-166, 1995.
【非特許文献13】Feldman-Barrett, Discrete emotions or dimensions? The role of valence focus and arousal focus., Cognition and Emotion, 12:579-599, 1998.
【非特許文献14】石津・安保, 中学生の過剰適応と学校適応の包括的なプロセスに関する研究, 教育心理学研究, s57:442-453, 2009.
【非特許文献15】高橋ら, 心身症患者のエゴグラムによる心理特徴の検討, 旭川医科大学紀要, 18:11-26, 1997.
【非特許文献16】蒲原ら, うつ尺度CES-D簡易版作成の試み, 北海道医療大学看護福祉学部学会誌, 5:87-92, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
病的な精神状態にある被験者の多くは、情動粒度の低さに起因してコア・アフェクトの認知能力が乏しく、抑うつ状態や不安状態、自我状態を混在して回答する傾向があり、うつ病と適応障害などその他の疾患と区別できないという問題があった。よって、本発明は、病的な精神状態の程度を判定するための、簡便かつ高精度な新たな方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる状況の下、本発明者らは鋭意検討した結果、抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種を指標とすることにより上記課題を解決し得ることを見出した。本発明はかかる新たな知見に基づくものである。従って、本発明は以下の項を提供する:
項1.抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種を、病的な精神状態の程度を判定するための指標とする方法。
【0009】
項2.項1に記載の方法であって、抑うつ尺度のうち満足感を問う質問を除いたスコア及び不安尺度に関する項目のスコアの合計を病的な精神状態の程度を判定するための指標とする方法。
【0010】
項3.項2に記載の方法であって、抑うつ尺度のうち満足感を問う質問を除いたスコア及び不安尺度に関する項目のスコアの合計を、うつ病の程度を判定するための病的な精神状態の程度を判定するための指標とする方法。
【0011】
項4.さらに被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度を指標とする、項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【0012】
項5.さらに[自我状態の尺度の特定のスコア]-[自我状態の尺度の別な特定のスコア]を指標とする、項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【0013】
項6.項3に記載の方法であって、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計が予め設定された値よりも大きい場合に抑うつの程度が高いと判定する方法。
【0014】
項7.項4に記載の方法であって、[CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計]/[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定する方法。
【0015】
項8.さらに[自我状態の尺度におけるACのスコア]と[自我状態の尺度におけるFCのスコア]との差を指標とする、項5に記載の方法。
【0016】
項9.項6に記載の方法であって、[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]が予め設定された値よりも大きい被験者に対し、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計が予め設定された値よりも大きい場合に該被験者はうつ病の程度が高いと判定する方法。
【0017】
項10.項7に記載の方法であって、[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]が予め設定された値よりも大きい被験者に対し、[CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計]と[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]との比が予め設定された値よりも大きい場合に該被験者はうつ病の程度が高いと判定する方法。
【0018】
項11.抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種のスコアを入力する手段
該入力手段から入力されたスコアを用いて病的な精神状態の程度を表わす係数を算出する手段、及び
上記算出する手段により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合に病的な精神状態の程度が高いと判定する手段
を含む病的な精神状態の程度を判定するためのシステム。
【0019】
項12.項11に記載のシステムであって、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアを入力する手段
CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの全てを用いてうつ病の程度を表わす係数を算出する手段、及び
上記算出する手段により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定する手段
を含むうつ病の程度を判定するためのシステム。
【0020】
項13. コンピュータに、
抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種のスコアを取得する第1機能
第1機能で取得されたスコアの全てを用いて病的な精神状態の程度を表わす係数を算出する第2機能、及び
上記第2機能により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合に病的な精神状態の程度が高いと判定する第3機能を実現させるためのプログラム。
【0021】
項14. 項13に記載のプログラムであって、コンピュータに、
CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアを取得する第1機能
第1機能で取得されたCES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの全てを用いてうつ病の程度を表わす係数を算出する第2機能、及び
上記第2機能により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定する第3機能を実現させるためのプログラム。
【発明の効果】
【0022】
本発明の方法によれば、簡便かつ高精度に病的な精神状態の程度を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】実施例1における各種インデックス間の関係を示す。
図1はPEAとDASI(抑うつ尺度と不安尺度の和得点)と関係を示す。
【
図2】実施例1における各種インデックス間の関係を示す。
図2はDAPEA(抑うつ尺度と不安尺度とPEAの比)とIMSI(エゴグラムの下位尺度であるACとFC)との関係を示す。
【
図3】実施例1における各種インデックス間の関係を示す。
図3は、DASI(抑うつ尺度と不安尺度の和得点)とIMSI(エゴグラムの下位尺度であるACとFC)との関係を示す
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明において、そうでないことを明記しない限り、用語「うつ病」は、DSM-5の大うつ病性障害及び単極型(短極性)うつ病を包含する。
【0025】
病的な精神状態の程度の判定方法
本発明は、抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種を、病的な精神状態の程度を判定するための指標とする方法を提供する。
【0026】
本発明の対象とする病的な精神状態は、うつ病等の精神疾患だけでなく、当該精神疾患とは診断されないものの精神状態に異常をきたしている状態も包含する。本発明における病的な精神状態に包含される精神疾患としては、例えば、うつ病、適応障害、不安障害、双極性障害、強迫性障害等が挙げられ、典型的には、うつ病等が挙げられる。本発明において精神疾患とは診断されないものの精神状態に異常をきたしている状態としては、例えば、抑うつ、憂うつ感、興味の減退、喜びの減退、焦燥感、疲労感、無価値感、不適切な罪責感、思考や集中の減退、決断困難、希死念慮、意欲の減退、睡眠障害、食欲低下、倦怠感、不定愁訴等が挙げられる。
【0027】
本発明において、抑うつ尺度のスコアとしては、例えば、米国国立精神保健研究所(NIMH)により開発されたCES-Dを構成する20問のうち、満足感を問う質問を除いた16問(本明細書においてCES-D16と示すことがある)のスコア等が挙げられる。抑うつ尺度に関する質問数としては、例えば、2~20問、好ましくは9~17問が挙げられる。また、不安尺度のスコアとしては、例えば、C.D.Spielbergerが考案したSTATE-TRAIT ANXIETY INVENTORYFOR ADULT(状態-特性不安尺度:STAI)のスコア等が挙げられる。STAIは不安症状に関する状態(State)と特性(Trait)を測定するように設計されており、それらの下位尺度には不安が存在しないことを問う項目(A項目)と、不安が存在することを問う項目(P項目)が含まれている。本発明において、そうでないことを明示しない限り、用語「STAI」はSTAIの下位尺度であるTrait P項目(STAI-TP)を包含する。本発明においてはSTAIを使用する場合には、その下位尺度であるSTAI-TPを用いることが好ましい。不安尺度に関する質問数としては、例えば、7~40問、好ましくは7~11問が挙げられる。本発明においては、例えば、John M.Dusayが考案したEGOGRAM(自我状態の尺度)のスコアとしては、5つの自我状態の尺度におけるCP、NP、A、FC、ACのうち、自我状態ACのスコア、自我状態の尺度におけるFCのスコア、これらの組合せ等が挙げられる。自我状態の尺度に関する質問数としては、例えば、5~53問、好ましくは9~21問が挙げられる。抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態のスコアのうち異なる尺度を組み合わせて用いる際には、各スコアの値を平準化するために、いずれかのスコアに一定の係数を足すかかつ/又は乗じてもよい。例えば、CES-D16とSTAI(又はSTAI-TP)とを組み合わせる場合、CES-Dは0~3点、STAIは1~4点の4件法であるため、STAIを0~3点として平準化することが好ましい。
【0028】
本発明の方法は、かかる病的な精神状態の程度を判定するための指標として抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種を用いることを特徴とする。これらのスコアを指標とすることにより間接的な表現にて抑うつ・不安疑い者を検出することができるため、直接的な表現による質問紙を用いる方法のような印象操作をされ難くなるため有効である。
【0029】
好ましい実施形態において、本発明の方法は、例えば、抑うつ尺度のうち満足感を問う質問を除いたスコア(抑うつ尺度のうちネガティブ項目のスコア)及び不安尺度に関する項目のスコアの合計を病的な精神状態の程度を判定するための指標とすることができる。より具体的には、抑うつ尺度のうち満足感を問う質問を除いたスコア及び不安尺度に関する項目のスコアの合計を、うつ病の程度を判定するための病的な精神状態の程度を判定するための指標とすることができる。より具体的には、例えば、CES-Dのうち満足感を問う質問を除く(例えば、CES-D16)スコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計が予め設定された値よりも大きい場合に抑うつの程度(例えば、うつ病の程度)が高いと判定することができる。CES-D(抑うつ尺度)のスコアとSTAI(不安尺度)のスコアとを組合せて用いる場合、かかる実施形態は、各尺度のうち一部を用いることにより、精度の高い判定を行うことを可能としつつ質問紙をコンパクトにすることができるため被験者への負担が少なく、回答に齟齬が生じにくく、かつ、一応回答を誘導しない点から好ましい。また、かかる実施形態は、質問紙がコンパクトでありながら、精度が高い、より具体的には、偽陽性率が低い検査を行うことができるため好ましい。かかる実施形態において、「予め設定された値」としては、例えば、抑うつ尺度と不安尺度とを組み合わせる場合であって、かつ抑うつ尺度は0~3点と平準化するために不安尺度を0~3点とした場合、これらの合計値(本明細書においてかかる合計値をDASIと示すこともある)に対するカットオフ値T1を、19≦T1≦23の範囲、好ましくは20≦T1≦22の範囲で予め設定しておくことが好ましい。
【0030】
さらに、本発明の方法は、抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種を指標として病的な精神状態の程度を判定するする工程に加え、さらに被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度を指標として判定する工程を含んでもよい。例えば、抑うつ尺度のうち満足感を問う質問を除いたスコア及び不安尺度に関する項目のスコアの合計が予め設定された値よりも大きい場合に抑うつの程度(例えば、うつ病の程度)が高いと判定した上で、当該抑うつの程度が高いと判定した被験者由来の試料におけるPEA濃度を測定し、PEA濃度が予め設定された値より低い場合は抑うつの程度が大うつ病性障害の程度まで高いと判定し、PEA濃度が予め設定された値以上の場合は抑うつの程度は高いものの大うつ病性障害ほどではないと判定することができる。かかる実施形態において、PEA濃度のカットオフ値T2(μmol/L)としては、例えば、1.40≦T2≦1.55の範囲、好ましくは1.45≦T2≦1.50の範囲で予め設定しておくことが好ましい。被験者由来の試料としては、例えば、血液、血漿、血清、血小板、尿、唾液体液、脳髄液等が挙げられ、血漿等が好ましい。血漿成分や脳血流量などの生理学的指標により大うつ病性障害(MDD)患者を判別する手法は、これまでに複数報告されている。実用化されているものに光トポグラフィー(NIRS)があるが、すべての施設で高い判別精度を維持することは難しい(非特許文献1)。また本発明者らはEDTA血漿中のホスホエタノールアミン(PEA)濃度低下によるMDD患者判別法を開発しているが(非特許文献2, 特許文献1)も、感度(MDD患者を正確にMDDと判別する確率)を100%に設定すると特異度(健常者を正確に健常と判別する確率)は60.6%にとどまり(NIRSでの特異度は50%)、偽陽性が40%程度になる。偽陽性が高くなる問題を解決するため発明者は病的な精神状態を把握するためのより精度の高い質問紙との組み合わせが有望であると考えた。
【0031】
また、抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種とPEA濃度とを組み合わせる実施形態においては、[CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計]/[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定することもできる。かかる実施形態において、例えば、[CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計]としてDASIを用いる場合、[DASI]/[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]が第1のカットオフ値T3-1よりも大きい場合、抑うつの程度が高く、T3-1以下の場合、抑うつの程度が低いと判定できる。本発明において、[DASI]/[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]を、DAPEAと示すこともある。かかる実施形態において、DAPEAの第1のカットオフ値T3-1は、例えば、10≦T3-1≦16の範囲、好ましくは12≦T3-1≦14の範囲で予め設定しておくことが好ましい。また、かかる実施形態において、[DASI]/[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]が第2のカットオフ値T3-2よりも大きい場合、抑うつの程度が大うつ病性障害の程度まで高いと判定し、[DASI]/[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]が第1のカットオフ値T3-1よりは大きいがカットオフ値T3-2以下の場合は抑うつの程度は高いものの大うつ病性障害ほどではないと判定することができる。かかる実施形態において、DAPEAの第2のカットオフ値T3-2は、例えば、34≦T3-2≦40の範囲、好ましくは36≦T3-2≦39、より好ましくは36≦T3-2≦38の範囲で予め設定しておくことが好ましい。
【0032】
また、本発明の方法においては、異なる2種類以上の自我状態の尺度のスコアを組み合わせて用いてもよい。より具体的には、例えば、[自我状態の尺度におけるACのスコア]と[自我状態の尺度におけるFCのスコア]との差を指標とすることができる。ここで、AC及びFCとは、自我状態の分類(CP、NP、A、FC、AC)のうち、順応した子供(Adapted Child、AC)及び自由な子供(Free Child、FC)を意図する。より具体的には、東大式エゴグラム(TEG(登録商標))におけるAC、ECの尺度が挙げられる。また、上記自我状態の尺度のスコアと、抑うつ尺度のスコア及び/又は不安尺度のスコアとを組合せて判定することが好ましい。具体的には、好ましい実施形態において、[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]が予め設定された値以下の被験者は抑うつの程度が低いと判定できる。また、かかる実施形態においては、[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]が予め設定された値よりも大きい被験者のみに対し、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目の試験を行い、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計が予め設定された値よりも大きい場合に該被験者はうつ病の程度が高いと判定することができる。かかる方法においては、自我状態の尺度におけるACのスコア及び自我状態の尺度におけるFCのスコアを用いてうつ病の程度が高い確率が高い被験者群を初期スクリーニングした後に抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア、これらの組合せ(例えば、DASI)等を用いた判定を行うことで、簡便に精度よくうつ病の程度が高い被験者を判別することができるため好ましい。かかる実施形態において、[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]のカットオフ値T4としては、例えば、-6≦T4≦0の範囲、好ましくは-4≦T4≦-2の範囲で予め設定しておくことが好ましい。
【0033】
また、本発明の別の実施形態においては、自我状態の尺度のスコアを用いてうつ病の程度が高い被験者群を初期スクリーニングした後に、当該被験者群に対し、抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア、これらの組合せ等とPEA濃度とを組み合わせた尺度を用いてより詳細にうつ病の程度を判定してもよい。具体的には、例えば、被験者の[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]が予め設定された値よりも大きい被験者に対し、CES-Dのうち満足感を問う質問項目、STAIのうち特性不安の存在に関する項目の試験及び被験者由来の試料におけるPEA濃度測定を行い、[CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの合計]/[被験者由来の試料におけるPEA濃度]が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定することもできる。かかる実施形態において、[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]のカットオフ値T5としては、例えば、0≦T5≦6の範囲、好ましくは2≦T5≦4の範囲で予め設定しておくことが好ましい。またかかる実施形態において、[自我状態の尺度におけるACのスコア]-[自我状態の尺度におけるFCのスコア]がカットオフ値より大きい被験者において対し、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いた項目、STAIのうち特性不安の存在に関する項目の試験及び被験者由来の試料におけるPEA濃度測定を行い、DAPEAが第1のカットオフ値T6-1よりも大きい場合、抑うつの程度が高く、T6-1以下の場合、抑うつの程度が低いと判定できる。またかかる実施形態においてDAPEAが第2のカットオフ値T6-2よりも大きい場合、抑うつの程度が大うつ病性障害の程度まで高いと判定し、[DASI]/[被験者由来の試料におけるホスホエタノールアミン(PEA)濃度]が第1のカットオフ値T6-1よりは大きいがカットオフ値T6-2以下の場合は抑うつの程度は高いものの大うつ病性障害ほどではないと判定することができる。DAPEAの第1のカットオフ値T3-1は、例えば、10≦T6-1≦16の範囲、好ましくは12≦T6-1≦14の範囲で予め設定しておくことが好ましい。DAPEAの第2のカットオフ値T6-2は、例えば、34≦T6-2≦40の範囲、好ましくは36≦T6-2≦38の範囲で予め設定しておくことが好ましい。
【0034】
病的な精神状態の程度を判定するためのシステム
別の実施形態において、本発明は、抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種のスコアを入力する手段
該入力手段から入力されたスコアを用いて病的な精神状態の程度を表わす係数を算出する手段、及び
上記算出する手段により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合に病的な精神状態の程度が高いと判定する手段
を含む病的な精神状態の程度を判定するためのシステムを提供する。具体的には、例えば、CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアを入力する手段
CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの全てを用いてうつ病の程度を表わす係数を算出する手段、及び
上記算出する手段により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定する手段
を含むうつ病の程度を判定するためのシステム等が挙げられる。
【0035】
当該システムの実施形態においても、「病的な精神状態」「抑うつ尺度のスコア」、「不安尺度のスコア」、「自我状態の尺度のスコア」、「判定」等の用語の定義は、前述の通りである。本発明のシステムは、前述した本発明にかかる病的な精神状態の程度を判定するための方法を実施するために用いることができる。
【0036】
入力手段としては、例えば、コンピュータに接続されるキーボード、マウス等の周辺機器、算出手段を備える装置に設けられたボタン、タッチパネル等が挙げられる。また、本発明において、係数を算出する手段及び病的な精神状態の程度を判定する手段(これらを合わせて演算手段と言い換えることができる)としては、CPU、当該CPUを備えたコンピュータ等を挙げることができる。本発明の典型的な実施形態においては、演算手段は、前記入力手段に入力された数値及び予め設定された式に従い、係数を算出する。本発明のシステムは、さらに算出結果を表示する手段(モニター、スクリーン等)を備えていても良い。本発明において、入力手段と、演算手段(コンピュータ、CPU等)と、任意選択の結果表示手段とは一つの機器に組み込まれていても、これらの手段が別々の機器であってもよい。また、本発明においては、前記入力手段及び結果表示手段が共通のタッチパネル画面であってもよい。
【0037】
病的な精神状態の程度を判定するためのプログラム
別の実施形態において、本発明は、コンピュータに、
抑うつ尺度のスコア、不安尺度のスコア及び自我状態の尺度のスコアからなる群より選択される少なくとも2種のスコアを取得する第1機能
第1機能で取得されたスコアの全てを用いて病的な精神状態の程度を表わす係数を算出する第2機能、及び
上記第2機能により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合に病的な精神状態の程度が高いと判定する第3機能を実現させるためのプログラムを提供する。
【0038】
より具体的には、本発明は、例えば、コンピュータに、
CES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアを取得する第1機能
第1機能で取得されたCES-Dのうち満足感を問う質問を除いたスコア及びSTAIのうち特性不安の存在に関する項目のスコアの全てを用いてうつ病の程度を表わす係数を算出する第2機能、及び
上記第2機能により算出された係数が予め設定された値よりも大きい場合にうつ病の程度が高いと判定する第3機能を実現させるためのプログラムを提供する。
【0039】
当該プログラムの実施形態においても、「病的な精神状態」「抑うつ尺度のスコア」、「不安尺度のスコア」、「自我状態の尺度のスコア」、「判定」等の用語の定義は、前述の通りである。本発明のプログラムは、前述した本発明にかかる病的な精神状態の程度を判定するための方法を実施するために用いることができる。
【0040】
以下に実施例として具体的な実施形態を用いて本発明を例示的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例0041】
参考例1.抑うつと不安を区別しないコンパクトな尺度の開発(DASI)
抑うつや不安を区別して回答できない被験者が多いため、抑うつ尺度と不安尺度の和得点を新たな尺度として開発した。抑うつ尺度として利用されるCES-D(抑うつ6項目、不安4項目、孤立感4項目、と満足感4項目からなる)には、他の項目と異なり満足感を問う4問が含まれており、欠測値が多く因子寄与率も低いため尺度全体の均一性、信頼性、妥当性を損なう原因となる(非特許文献16)。そこでこれらを除外した16項目のCES-D(CES-D16)を抑うつ尺度として採用した。不安尺度は、CES-D16と組み合わせた場合の判別性能が高いSTAIの下位尺度Trait P項目(STAI-TP)を採用した。STAI-TPは10項目からなり、合計26項目の尺度である。なお、CES-Dは0~3点、STAIは1~4点の4件法であるため、STAIを0~3点として平準化した。
【0042】
参考例2.間接的な表現にて抑うつ・不安疑い者を検出する尺度の開発(IMSI)
従来技術で用いられている質問紙尺度の中で、比較的印象操作がしにくいと考えられる新版東大式エゴグラムの尺度Ver.2 (TEG(登録商標)II)および同Ver.3 (TEG(登録商標)3)を選択し、疾病群と健常群にて平均値の差に有意差が認められた下位尺度であるACとFCを用いた。各々10項目からなり、合計20項目の尺度である。これらの下位尺度は、各々外的適応における自己不全感(非特許文献14)と内的適応における活力(非特許文献15)を表現していると考えられる。本発明では、前掲の文献(非特許文献9,10)にて指摘されているが、実際にACとFCの差得点が比較されていないこと、別の文献(非特許文献11)にてACとFCの比が指摘されているが、分母がゼロの時に計算できなくなる点を回避するために、実際に両者の差得点を適用して患者スクリーニング法とした。
【0043】
参考例3.新規開発尺度と血漿PEA濃度を説明変数としたコンポジット・メジャーの開発
上記過剰適応尺度も抑うつ不安尺度も、単独では健常者と患者を判別する性能はあるものの、大うつ病性障害と非大うつ病性障害の患者を判別することができない。そこで、健常者と大うつ病性障害患者を含むコホートにおいて血漿PEA濃度と有意な相関関係が認められた抑うつ不安尺度を採用し、両者の比(抑うつ不安尺度/血漿PEA濃度, DAPEA)を大うつ病性障害のコンポジット・メジャーとした。この指標により健常者、大うつ病性障害患者、非大うつ病性障害患者を同時に判別できる性能を実現した。
【0044】
実施例1.症例対照試験
方法
首都圏にて一般公募した医療を必要としていない被験者40人を対象に、東京都内の精神科クリニックにて医師の問診および質問紙を実施した。質問紙は、一般問診票、精神科クリニックのオリジナル問診票、CES-D、STAI、TEG II、SCID-SQ、GAF、SCID-5-PDを実施した。問診にて精神疾患疑いとなった者、CES-DもしくはSTAIにて陽性となった者、TEG IIの妥当性尺度もしくは疑問尺度で除外基準域となった者、熱発など明らかな急性疾患の存在する者を除外し、最終的に24人の認定健常者(CHC群)を対象とした。患者は、同精神科クリニックにおいて同時期に外来受診して確定診断に至った大うつ病性障害患者14人(MDD群)、非大うつ病性障害患者11人(non-MDD群)を対象とした。診断は、アメリカ精神医学会のDSM-5に則った構造化面接により行った。
【0045】
結果
全被験者の血漿PEA濃度、質問紙下位尺度スコアの統計量、平均値の差の検定結果を表1に示す。
【0046】
【0047】
血漿PEA濃度はMDD群のみ有意に低値であり、健常者を含む非大うつ病性障害者と大うつ病性障害患者の判別に有効であることが示された。CES-DはCHC群のみ有意に低値であり、健常者と患者の判別に有効であることが示された。また、20項目の中では満足感4項目で齟齬がある場合が散見され、それらを除いた16項目のスコアの方がCHC群と患者群間の差が大きくなった。これにより、CES-D16の性能が高いことが判明した。STAIにおいては、Trait P項目とState P項目(STAI-SP)においてCHC群が有意に低値であり、健常者と患者の判別に有効であることが示された。TEG IIにおいては、FCとACにてCHC群が有意に低値であり、健常者と患者の判別に有効であることが示された。
【0048】
上記尺度組み合わせにおいては、STAI State項目合計以外の組み合わせでCHC群が有意に低値を示し、健常者と患者の判別に有効であることが示された。中でも、とCES-D16 とSTAI-State Pの和得点、CES-D16とSTAI-Trait Pの和得点は少ない項目数で抑うつと不安を網羅することができ、臨床現場では有用と考えられた。また、ACとFCの差得点は、被験者による印象操作が起こりにくい20項目から算出されるため、患者のスクリーニングに有効と考えられた。
【0049】
上記尺度組み合わせと血漿PEA濃度を変数とした総合抑うつ評価指標を検討した結果、CES-D16とSTAI-State Pとの和得点とPEAの比、CES-D16と STAI-Trait Pとの和得点とPEAの比においてすべての群間で有意差が認められ、健常者と大うつ病性障害患者、非大うつ病性障害患者を同時に判別できることが示された。PEAとDASI(CES-D16 とSTAI-Trait Pの和得点)と関係を
図1に示す。健常者(CHC)と患者(MDDとnon-MDD)を区別する閾値はPEAで1.47μmol/L、DASIスコアは21点であった。この図を感情の二次元モデルに当てはめると、DASIは感情価、PEAは覚醒度を表現していると考えられた。DAPEA(CES-D16とSTAI-Trait Pとの和得点とPEAの比)とIMSI
との関係を
図2に示す。健常者(CHC)と患者(MDDとnon-MDD)を区別する閾値はIMSIスコアで1.5(整数では2)、DAPEAスコアで12.6、MDDとnon-MDDは37.5であった。
STAIは不安症状に関する状態(State)と特性(Trait)を測定するように設計されており、それらの下位尺度には不安が存在しないことを問う項目(A項目)と、不安が存在することを問う項目(P項目)が含まれている。
【0050】
実施例2.一般コホート試験(質問紙尺度と抑うつ不安)
方法
社会文化的背景をそろえるため、日本にて育った20歳~80歳の成人男女51名ずつを対象とし、質問紙の項目のほかに、人口統計学的特性として年齢、性別、居住都道府県、育った国、最終学歴、職業、投薬の有無および症状・病名を質問した。回答時刻と回答時間も同時に記録した。アンケートは、マーケティング支援会社の日本全国のパネル登録者を対象に、ウェブ経由で実施した。一応回答者1人を除外し、101人を解析対象とした。本試験では、STAI-Trait PとCES-D16の和得点をDASI、TEG IIのACとFCの差得点をIMSI-II、TEG 3のACとFCの差得点をIMSI-3とした(表2)。
【0051】
結果
全被験者の質問紙下位尺度スコアの統計量、平均値の差の検定結果を表3に示す。
【0052】
【0053】
【0054】
101人の被験者を基準尺度にて層別した結果、基準健常者は67%、基準抑うつ不安者は33%であった。ここでいう「基準健常者」は軽度以上の抑うつおよび不安どちらも存在しない被験者、「基準抑うつ不安者」は軽度以上の抑うつもしくは不安どちらかが存在する被験者である。基準抑うつ不安者のうち、軽度以上の抑うつ者もしくは不安者は各々29%、21%であり、両方が存在する被験者は17%であった。中等度の抑うつ者は11%、中等度の不安者は6%であった。重度の抑うつもしくは不安者は存在しなかった。回答時間は両群間で有意差は認められなかったが、基準抑うつ不安者にて長くなる傾向が示唆された。
【0055】
質問紙尺度の素点では、DASIおよびその下位尺度である抑うつ尺度および不安尺度にて、基準健常者と基準抑うつ不安者の間で有意差が認められた(p<0.001)。基準尺度においても同様であった。IMSI-IIもしくはIMSI-3、およびそれらの下位尺度であるTEG-ACとTEG-FCでは、ACは有意差が認められた(p<0.01)ものの、FCではTEGII-FCで有意(0.01>p≧0.001)であったが、TEG3-FCでは有意差は認められなかった。IMSI-II (p<0.001)およびIMSI-3(0.01>p≧0.001)では、有意差が認められた。これらの結果から、DASIおよびIMSI-IIは一般コホートかた抑うつ不安者をスクリーニングするツールとして有用であるが、IMSI-3は有用でないことが判明した。
【0056】
PHQ-9とGAD-7の和得点とDASIの相関を解析したところ、ピアソンの積率相関係数は0.838(片側検定のp=3.91×10-28)であり、DASIが抑うつ不安の尺度であることが確認された。またPHQ-9とGAD-7の和得点とIMSI-IIおよびIMSI-3の相関係数は各々0.421 (p=5.82×10-6)および0.356(p=1.31×10-4)であったことから、自我状態の尺度も抑うつ不安を反映することが確認された。これらの結果は、PHQ-9とGAD-7の和得点もDASIと同様に用いることができることを示している。
【0057】
実施例3.一般コホート試験(質問紙尺度とCOVID-19拡大ストレス)
方法
実施例2で対象とした101人に対して、新型コロナウィルス感染(COVID-19)拡大に関するストレスと経済状態の悪化に関し、「あなたは、コロナウィルスの感染拡大に特別大きなストレスを感じていますか。」、「あなたは、コロナウィルスによって経済的な影響を受けていますか。」の2問を実施した。各々の回答は、形容詞尺度による4件法で行った。被験者をストレスや経済状態の悪化により群分けし、質問紙尺度との関連を解析した。
【0058】
結果
結果を表4に示す。感染拡大によるストレスと経済的打撃の程度には、ピアソンの積率相関における有意性は認められなかった。カイ二乗検定では、雇用形態、最終学歴、在住地と感染拡大によるストレスや経済的打撃との関連は認められなかった。一方で、ストレスおよび経済的打撃の両方で女性の割合が有意に高値であった(各々p=8.64×10-6および0.0425)。これは、被験者に年金生活を送っている高齢男性が多く、経済的な打撃を受けにくい可能性が考えられる。各尺度とストレスおよび経済的打撃の関連をone-way ANOVAにて検定したところ、DASIにて有意差が認められた(p=0.0407)。PHQ-9やIMSI-IIおよびCには有意差は認められなかった。また、ストレスと経済的打撃の間には、直接の相関は認められなかった。COVID-19拡大に伴う社会的なストレスや経済的打撃は、短期的には過剰適応は起きておらず、DASI(抑うつ不安尺度)のみが反応すること、またそれらを検知する尺度としてDASIが適当であることが判明した。子供の自我尺度を用いるIMSI-IIは全く反応しないことから、IMSI-IIはより長期的なストレスの暴露による抑うつ不安状態を反映するものと考えられた。DASIを実施することにより、COVID-19のような感染症の拡大に伴う経済的打撃、行動制限などにより人々が感じるストレスを検知できるようになった。また、IMSI-IIを実施することによって、より被験者の負担を低減し、かつ被験者が印象を操作しにくい抑うつ不安者のスクリーニングが可能になった。
【0059】
【0060】
以上、実施例を用いて本発明を例示的に詳述したが、本発明は、上記実施例に用いられる特定尺度を用いた方法に限定されず、関連尺度や同思考で表現されたものでもよい。