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特開2022-49516セメントスラリーおよびセメントスラリーの注入方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022049516
(43)【公開日】2022-03-29
(54)【発明の名称】セメントスラリーおよびセメントスラリーの注入方法
(51)【国際特許分類】
   E04G 23/02 20060101AFI20220322BHJP
【FI】
E04G23/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020155752
(22)【出願日】2020-09-16
(71)【出願人】
【識別番号】506162828
【氏名又は名称】FSテクニカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001623
【氏名又は名称】特許業務法人真菱国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 正吾
【テーマコード(参考)】
2E176
【Fターム(参考)】
2E176AA02
2E176BB15
2E176BB16
2E176BB17
(57)【要約】
【課題】壁面に形成された要補修部に注入されるセメントスラリーであって、注入器を用いて注入可能であると共に、注入箇所に定着することができるセメントスラリーを提供する。
【解決手段】建物の壁面に生じた要補修部に注入されるセメントスラリーであって、セメントと、水と、チキソトロピック剤と、を含む。チキソトロピック剤は、ベントナイト、カオリン、セピオライト、アタパルジャイトおよび合成シリカのうち、少なくとも一つを含むことが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物の壁面に生じた要補修部に注入されるセメントスラリーであって、
セメントと、水と、チキソトロピック剤と、を含むことを特徴とするセメントスラリー。
【請求項2】
セメントスラリーにおける水の含有量が、質量基準で、28%以上60%以下であることを特徴とする請求項1に記載のセメントスラリー。
【請求項3】
セメントスラリーにおけるチキソトロピック剤の含有量が、質量基準で、0.1%以上20%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のセメントスラリー。
【請求項4】
チキソトロピック剤は、ベントナイト、カオリン、セピオライト、アタパルジャイトおよび合成シリカのうち、少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一項に記載のセメントスラリー。
【請求項5】
チキソトロピック剤は、セピオライトを含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一項に記載のセメントスラリー。
【請求項6】
チキソトロピック剤は、アタパルジャイトを含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一項に記載のセメントスラリー。
【請求項7】
建物の壁面に生じた要補修部に、
セメントと、水と、チキソトロピック剤と、を含むセメントスラリーを、
注入器を用いて注入することを特徴とするセメントスラリーの注入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物の壁面に生じた剥離部或いは亀裂部などの要補修部に注入されるセメントスラリーおよびセメントスラリーの注入方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1が開示するように、建物の壁面に生じた要補修部にエポキシ樹脂などの樹脂系接着剤が注入される場合には、グリースポンプが用いられる。要補修部にセメントスラリーが注入される場合にも、グリースポンプを用いることが考えられるが、実際には、グリースポンプのピストン(プランジャー)にかじりが生じてしまい、注入作業を良好に行うことができない。これは、一般に使用される水およびセメントの混合比では、セメントスラリーの粘性が大きいためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平04-254668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、セメントを4μm~16μm程度に微粒子化し、セメントスラリーに流動性を与えることで、グリースポンプを用いてセメントスラリーを注入することが考えられる。しかしながら、このように流動性のみを重視したセメントスラリーを、建物の壁面に生じた要補修部に注入すると、剥離幅或いは亀裂幅が小さい(0.1mm~0.2mm程度)場合には、注入されたセメントスラリーが垂れ落ちることなく注入箇所に定着するが、剥離幅或いは亀裂幅が大きい(3mm~4mm程度)場合には、注入されたセメントスラリーが、要補修部の最下部まで垂れ落ちたり、要補修部から亀裂を介して壁面に漏れ出てきたりしてしまう。当然ながら、要補修部に注入されたセメントスラリーは、注入箇所に定着しなければ要補修部を固着することができず、用を為さない。したがって、流動性のみを重視したセメントスラリーは、建物の壁面に生じた要補修部に注入される注入剤としては、適さない。
【0005】
このため、現時点では、建物の壁面に生じた要補修部に注入される注入剤としては、樹脂系接着剤が用いられている。しかしながら、樹脂系接着剤は、可燃性で毒性もあり、また、200℃程度の温度で接着能力がゼロになってしまうともいわれており、火災の脅威から国民の安全を守るためにも、完全な不燃材であるセメントスラリーを、建物の壁面に生じた要補修部に注入される注入剤として利用可能とする技術の開発が待たれている。
【0006】
本発明は、壁面に形成された要補修部に注入されるセメントスラリーであって、注入器を用いて注入可能であると共に、注入箇所に定着することができるセメントスラリーおよびセメントスラリーの注入方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のセメントスラリーは、建物の壁面に生じた要補修部に注入されるセメントスラリーであって、セメントと、水と、チキソトロピック剤と、を含むことを特徴とする。
【0008】
この構成によれば、チキソトロピック剤を含むことで、セメントスラリーが注入器を用いて注入されるときの流動性と、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性と、を両立させることができる。すなわち、セメントスラリーは、注入時には、注入器により加圧され、粘度が低下するため、注入器においてピストンにかじり等が生じることがなく、良好に注入することができる。また、セメントスラリーは、注入後には、注入器による加圧から解放されて注入時よりも粘度が上昇するため、注入箇所から垂れ落ちることが防止される。したがって、セメントスラリーは、注入器を用いて注入可能であると共に、注入箇所に定着することができる。
【0009】
この場合、セメントスラリーにおける水の含有量が、質量基準で、28%以上60%以下であることが好ましい。
【0010】
この構成によれば、水の含有量が28%以上であることで、セメントスラリーが注入器を用いて注入されるときの流動性を向上させることができる。また、水の含有量が60%以下であることで、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性を向上させることができる。
【0011】
この場合、セメントスラリーにおけるチキソトロピック剤の含有量が、質量基準で、0.1%以上20%以下であることが好ましい。
【0012】
この構成によれば、チキソトロピック剤の含有量が0.1%以上であることで、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性を向上させることができる。また、チキソトロピック剤の含有量が20%以下であることで、その分、十分な量のセメントをセメントスラリーに含有させることができる。
【0013】
この場合、チキソトロピック剤は、ベントナイト、カオリン、セピオライト、アタパルジャイトおよび合成シリカのうち、少なくとも一つを含むことが好ましい。
【0014】
この構成によれば、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性を向上させることができる。
【0015】
この場合、チキソトロピック剤は、セピオライトを含むことが好ましい。
【0016】
この構成によれば、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性をさらに向上させることができる。
【0017】
この場合、チキソトロピック剤は、アタパルジャイトを含むことが好ましい。
【0018】
この構成によれば、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性をさらに向上させることができる。
【0019】
本発明のセメントスラリーの注入方法は、建物の壁面に生じた要補修部に、セメントと、水と、チキソトロピック剤と、を含むセメントスラリーを、注入器を用いて注入することを特徴とする。
【0020】
この構成によれば、セメントスラリーがチキソトロピック剤を含むことで、セメントスラリーが注入器を用いて注入されるときの流動性と、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性と、を両立させることができる。したがって、注入器を用いてセメントスラリーを注入可能であると共に、セメントスラリーを注入箇所に定着させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本実施形態のセメントスラリーは、建物の壁面に生じた要補修部に注入される。ここで、建物の壁面とは、建物の外壁面、内壁面、および天井壁面を含む概念である。また、要補修部とは、コンクリート躯体などの躯体表面と仕上げ材との間に生じた剥離部、躯体に生じた亀裂部、などを含む概念である。例えば、セメントスラリーは、躯体表面と仕上げ材との間に生じた剥離部を補修するピンニング工法において、アンカーピンが挿填される挿填穴に注入される。
【0022】
セメントスラリーは、建物の壁面に生じた要補修部に対して、注入器を用いて注入される。注入方式としては、要補修部に穿孔した注入孔にセメントスラリーを注入する高圧注入法が好ましい。注入器としては、グリースポンプ(「グリースガン」ともいう)、足踏み注入器、電動注入器などを用いることができ、そのなかでも、作業性の点からグリースポンプを好適に用いることができる。グリースポンプは、その操作方式は特に限定されず、例えば、レバー式のものでもよく、プッシュ式のものでもよい。
【0023】
セメントスラリーは、セメントと、水と、チキソトロピック剤とを含んでいる。
【0024】
セメントとしては、特に限定されないが、例えば、普通ポルトランドセメント、超微粒子セメント、超速硬セメントなどを用いることができ、そのなかでも、注入器による注入性の点から、超微粒子セメントを好適に用いることができる。
【0025】
チキソトロピック剤は、非水系チキソトロピック剤および水系チキソトロピック剤を含む概念である。非水系チキソトロピック剤は、無機系チキソトロピック剤、複合系チキソトロピック剤および有機系チキソトロピック剤を含む概念である。無機系チキソトロピック剤としては、例えば、合成微粉シリカ、ベントナイト、極微細沈降炭酸カルシウム、カオリン、セピオライト、アタパルジャイトなどを用いることができる。複合系チキソトロピック剤としては、例えば、有機ベントナイト(変性粘土)、表面処理炭酸カルシウムなどを用いることができる。有機ベントナイトは、ベントナイトを、オクタデシルアミンなどのカチオン性有機化合物で処理したものである。表面処理炭酸カルシウムとしては、例えば、アビエチン酸変性炭酸カルシウム、ステアリン酸変性カルシウム、ヒドロキシステアリン酸変性炭酸カルシウムなどを用いることができる。有機系チキソトロピック剤としては、例えば、ステアリン酸アルミニウムなどの金属石鹸類、水添ヒマシ油、ポリアマイドワックス、ベンジリデンソルビトール、アマイドワックス、マイクロジェル、酸化ポリエチレン、植物油、重合油、硫酸エステル系界面活性剤、非イオン系界面活性剤などを用いることができる。水系チキソトロピック剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドンなどを用いることができる。
【0026】
チキソトロピック剤は、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。チキソトロピック剤は、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性を向上させる点から、ベントナイト、カオリン、セピオライト、アタパルジャイトおよび合成シリカのうち、少なくとも1つを含むことが好ましく、そのなかでも、セピオライトおよびアタパルジャイトのうち、少なくとも1つを含むことがさらに好ましい。
【0027】
セメントスラリーにおける水の含有量は、質量基準で、28%以上60%以下であることが好ましく、30%以上40%以下であることがより好ましい。水の含有量が28%以上であることで、セメントスラリーが注入器を用いて注入されるときの流動性を向上させることができる。また、水の含有量が60%以下であることで、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性を向上させることができる。
【0028】
セメントスラリーにおけるチキソトロピック剤の含有量は、質量基準で、0.1%以上20%以下であることが好ましく、1%以上5%以下であることがより好ましい。チキソトロピック剤の含有量が0.1%以上であることで、セメントスラリーが要補修部に注入された後の定着性を向上させることができる。また、チキソトロピック剤の含有量が20%以下であることで、その分、十分な量のセメントをセメントスラリーに含有させることができる。なお、水の含有量が多いほど、チキソトロピック剤の含有量も多くすることが好ましい。
【0029】
セメントスラリーは、セメント、水およびチキソトロピック剤以外の成分を含む構成でもよい。例えば、セメントスラリーは、減水剤、硬化促進剤、凝結遅延剤、防錆剤などを含む構成でもよい。
【0030】
セメントスラリーは、例えば、セメント、水およびチキソトロピック剤を混合し、ミキサーを用いて均一に混錬することにより、作成することができる。
【実施例0031】
表1および表2に示す混合比で、セメント、水およびチキソトロピック剤を混合し、ヘラを用いて手動で2分間攪拌して、実施例1~5および比較例1~3のセメントスラリーを作成した。
なお、本実施例で用いた材料は、以下のとおりである。
・セメント:アーマ#600(三菱マテリアル株式会社)
・ベントナイト:ベントナイト(クニミネ工業株式会社)
・カオリン:サティントン(BASF社)
・セピオライト:セピオライト(巴工業株式会社)
・アタパルジャイト:アタパルジャイト(巴工業株式会社)
・合成シリカ:サイリシア750(富士シリシア化学株式会社)
・有機ベントナイト:有機ベントナイト(クニミネ工業株式会社)
【0032】
作成したセメントスラリーについて、注入可否を評価した。すなわち、レバー式グリースポンプを用いて注入することができたものを、「可」とし、レバー式グリースポンプを用いて注入することができなかったもの、すなわちピストンにかじりが生じてレバー操作を行うことができなかったものを、「不可」とした。その結果を表1および表2に示す。
【0033】
作成したセメントスラリーについて、定着性を評価した。すなわち、2枚のアクリル板を、所定の空隙を開け且つ水平面に対して略垂直にセットし、攪拌後1分間静置されたセメントスラリーを、一方のアクリル板を貫通して他方のアクリル板の途中まで形成された注入穴に、レバー式グリースポンプを用いて約3ml注入した。注入穴から注入され、アクリル板間の空隙に略円形に拡がったセメントスラリーが、下方に垂れたか否かを、目視にて観察した。2枚のアクリル板の空隙幅を、0.1mm、1mm、2mm、3mm、4mm、5mm、6mmmと変更し、垂れが発生しなかった最大の空隙幅を、「最大空隙幅」とした。その結果を表1および表2に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
【表2】
【0036】
チキソトロピック剤を含む実施例1~6では、レバー式グリースポンプを用いてセメントスラリーを注入可能であると共に、セメントスラリーを注入箇所に定着させることができた。特に、チキソトロピック剤としてセピオライトを用いた実施例3と、チキソトロピック剤としてアタパルジャイトを用いた実施例4とについては、最大空隙幅が6mmと良好な定着性を示した。
【0037】
一方、チキソトロピック剤を含まない比較例1~3では、注入性と定着性とを両立させることができなかった。すなわち、水の含量量が28%以上である比較例1および比較例2では、注入性を有していたが、定着性が劣った。なお、比較例2では、実施例1~6や比較例1に比べると、注入作業に労力を要した。これに対し、水の含有量が28%より少ない比較例3では、レバー式グリースポンプを用いてセメントスラリーを注入することができなかった。