(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022050532
(43)【公開日】2022-03-30
(54)【発明の名称】積層造形用WC系超硬合金粉末
(51)【国際特許分類】
C22C 29/08 20060101AFI20220323BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20220323BHJP
B22F 10/34 20210101ALI20220323BHJP
B22F 10/64 20210101ALI20220323BHJP
C22C 32/00 20060101ALI20220323BHJP
B33Y 70/10 20200101ALI20220323BHJP
B22F 10/362 20210101ALI20220323BHJP
B22F 10/364 20210101ALI20220323BHJP
【FI】
C22C29/08
B22F1/00 Q
B22F10/34
B22F10/64
C22C32/00 P
C22C32/00 Y
B33Y70/10
B22F10/362
B22F10/364
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022000805
(22)【出願日】2022-01-06
(62)【分割の表示】P 2021543007の分割
【原出願日】2020-08-27
(31)【優先権主張番号】P 2019154352
(32)【優先日】2019-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 浩史
(72)【発明者】
【氏名】品川 一矢
(72)【発明者】
【氏名】小関 秀峰
(72)【発明者】
【氏名】桑原 孝介
(72)【発明者】
【氏名】大坪 靖彦
(72)【発明者】
【氏名】岡本 晋哉
(57)【要約】
【課題】
高熱伝導性と高耐摩耗性に優れたWC系超硬合金部材を製造可能な積層造形用WC系超硬合金粉末を提供する。
【解決手段】
本発明の積層造形用WC系超硬合金粉末は、WCと、Cuと、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つと、を含み、WCの含有量が40質量%以上であり、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量が25質量%以上60質量%未満であり、Cuの含有量aと、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量bの割合a/bが0.070≦a/b≦1.000を満たし、流動度が10sec/50g以上25sec/50g以下であることを特徴とする。
【選択図】
図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
WCと、Cuと、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つと、を含み、
前記WCの含有量が40質量%以上であり、
前記Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量が25質量%以上60質量%未満であり、
前記Cuの含有量aと、前記Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量bの割合a/bが0.070≦a/b≦1.000を満たし、流動度が10sec/50g以上25sec/50g以下であることを特徴とする積層造形用WC系超硬合金粉末。
【請求項2】
前記Cuの含有量が5質量%超25質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の積層造形用WC系超硬合金粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層造形用WC系超硬合金粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
ホットスタンプ製法は、高温に加熱した被加工材をプレス成型すると同時に金型内で冷却することで焼入れを行う製法である。ホットスタンプ金型では、焼入れ性の向上や生産の高効率化を図るために金型材料の熱伝導率の向上が望まれている。また、高温に熱せられた被加工材に付着したスケールによる金型の損傷を小さくするために耐摩耗性が必要とされる。
【0003】
例えば、特許文献1は、熱伝導性と耐摩耗性を両立するFeを主成分とする金型用鋼を開示している。ホットスタンプ用金型材料として、硬度と靱性のバランスに優れた熱間工具鋼や非常に高硬度の冷間工具鋼が主に使用されているが、工具鋼は耐摩耗性に優れる一方、多種類の元素を添加しているため熱伝導率の向上は限られており、更なる熱伝導率の向上が望まれている。
【0004】
熱伝導性と耐摩耗性を両立する材料の1つとして、Coなどの金属結合相中に硬質なWCを分散させた複合材料である超硬合金(以下、WC系超硬合金という。)が挙げられる。WC系超硬合金は耐摩耗性に優れるため切削工具等に使用されている。一方で、熱伝導性も優れており、WC系超硬合金の熱伝導率は工具鋼と比較して高い。
【0005】
WC系超硬合金の例として、特許文献2は、硬度と靱性に優れたWC-Co超硬合金およびその製造方法を開示している。WC系超硬合金において、金属結合相の含有量を増やすことは、WC系超硬合金の靱性を向上させるのに有効であるとしている(特許文献2を参照)。
【0006】
ホットスタンプ金型にWC系超硬合金を使用する場合、硬度が高すぎると割れが発生してしまうため、金属結合相量を増加させ靱性を向上させる必要がある。しかし、金属結合相量を多くすると熱伝導率が低下すると言う問題が生じる。また、超硬合金の一般的な成形方法である液相焼結法で金型を造形しようとすると、内部の複雑な冷却水路構造の成形が困難であり、さらに焼結時に自重による変形が生じ、冷却水路が変形すると言う問題がある。
【0007】
近年、金属粉末原料を局所的に溶融・凝固させ、これを繰り返すことで三次元形状の造形物を製造する付加製造法(Additive Manufacturing:AM法)が注目を集めている。付加製造法(本発明では積層造形法という。)を用いることで中空形状などの複雑形状の造形が可能となるため、複雑な冷却水路を有する金型の造形が可能となる。
【0008】
非特許文献1には、WC-Co系超硬合金のレーザ積層造形に関する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2017-43814号公報
【特許文献2】特開2016-160500号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】京極秀樹、生田明彦、上森武、白地貴之、吉川研一、大森整著 「超硬合金のレーザ積層造形」 近畿大学次世代基盤技術研究所報告 Vol.2(2011) 95-100
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上より、WC系超硬合金粉末を用いて積層造形法により金型を製造することで、製造時の変形を抑制することが可能となる。しかしながら、金属結合相量を増加させたことによる熱伝導率の低下は課題として残っている。よって、積層造形法を適用する場合には、高熱伝導性と高耐摩耗性の両立が課題であった。
【0012】
そこで、本発明の目的は、金属結合相の含有量が多いWC系超硬合金の熱伝導率を向上させ、よって高熱伝導性と高耐摩耗性に優れたWC系超硬合金部材を積層造形法で製造可能な積層造形用WC系超硬合金粉末を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するための本発明の一態様は、WCと、Cuと、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つと、を含み、WCの含有量が40質量%以上であり、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量が25質量%以上60質量%未満であり、Cuの含有量aと、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量bの割合a/bが0.070≦a/b≦1.000を満たし、流動度が10sec/50g以上25sec/50g以下であることを特徴とする積層造形用WC系超硬合金粉末である。
【0014】
また、上記Cuの含有量が5質量%超25質量%以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高熱伝導性と高耐摩耗性に優れたWC系超硬合金部材を製造可能な積層造形用WC系超硬合金粉末を提供できる。
【0016】
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1A】本発明の一実施形態のWC系超硬合金部材の反射電子像(BEI)
【
図1B】本発明の一実施形態のWC系超硬合金部材の透過型電子顕微鏡(STEM)による透過電子像およびEDXによるCuのマッピング
【
図1C】本発明の一実施形態のWC系超硬合金部材の二次電子像(SEI)と元素マッピング
【
図2】本発明のWC系超硬合金部材の製造方法の一例を示すフロー図
【
図3】本発明のWC系超硬合金部材の一例を示す模式図
【
図4】Cu添加したWC系超硬合金部材の熱処理有無の比較の一例を示す走査型電子顕微鏡(SEM)による観察像
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を詳しく説明する。なお、本明細書において「~」の数値範囲は、前後の数値を以上、以下で含む範囲とする。また、図中、同一または類似する部分には同一の符号を付し、その説明は繰り返さない。
【0019】
本発明者は、WC系超硬合金において、高熱伝導性と高耐摩耗性の両立を検討するにあたり、金属結合相の含有量の多いWC系超硬合金の熱伝導率の向上を検討した。そこで、WC系超硬合金の金属結合相と分離しやすく、かつ、熱伝導率が高いCuに着目し、Cuを添加することで熱伝導率が向上することを見出した。
【0020】
一方で、Cuを多量に添加したWC系超硬合金粉末は、積層造形することが困難になることが分かり、鋭意研究を重ねた結果、WC系超硬合金に添加できるCu量の適正な成分比率と積層造形性との関係を見出した。本発明は、該知見に基づくものである。
【0021】
[積層造形用WC系超硬合金粉末]
上述したように、本発明の積層造形用WC系超硬合金粉末(以下、単に「WC系超硬合金粉末」とも称する。)は、W(タングステン)とC(炭素)との炭化物であるWC(タングステンカーバイト)と、Cu(銅)とを含み、さらにCo(コバルト)、Fe(鉄)およびCr(クロム)のうちの少なくとも1つを含む。Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つは、WCの金属結合相の原料である。本明細書では、このような超硬合金を「WC系超硬合金」と称する。金属結合相を構成する原料は、後述するWC系超硬合金の製造過程においてCuと分離する(固溶しない)元素であれば良い。
【0022】
WC系超硬合金は、硬質なWCを金属結合相で一体化した複合材料であり、WC系超硬合金部材に占めるWCの量が多いほど硬度が高くなる。したがって、WC系超硬合金部材に占めるWCは、少なくとも40質量%以上を含むことが好ましい。
【0023】
WC系超硬合金部材に占める金属結合相の含有量を増やすことで、WC系超硬合金部材の靭性が向上する。WC系超硬合金部材の製造に用いるWC系超硬合金粉末では、金属結合相の含有量を25質量%以上とすべく、金属結合相の原料となるCo、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量を25質量%以上とする。しかし、金属結合相の含有量が増え過ぎると、WC系超硬合金の硬度が低くなって、金型などに必要な硬度を達成し難くなる。また、金型使用中の昇温による硬度の低下を抑制し難くなる。よって、本発明のWC系超硬合金粉末は、金属結合相の含有量を60質量%未満とすべく、金属結合相の原料となるCo、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量を60質量%未満とする。以上より、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量は25質量%以上60質量%未満としている。
【0024】
Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量は、上述した靭性と硬度とのバランスの関係から、25~40質量%がより好ましく、30~40質量%がさらに好ましい。
【0025】
なお、WC系超硬合金粉末中の金属結合相の含有量の測定には、従来、超硬合金部材の成分組成分析に使用されている蛍光X線分析(X-Ray Fluorescence:XRF)等を用いることができる。
【0026】
Cuは金属結合相に分散し、WC超硬合金部材の熱伝導を高める役割を果たす。Cuを含んだWC超硬合金部材であれば、熱伝導を高めることができるが、例えばCuに加えてAl等を含むこともできる。
【0027】
Co、FeまたはCrに対し低温で分離しやすいCuを添加することで、Cuが結合相中に微細に分散し、微細なCu析出粒子(円相当径が10nm~50nm)が形成され熱伝導性が向上する。また、Co、FeまたはCrの固溶限以上にCuを添加すると、結合相中に微細に分散するのと同時に比較的大きめのCu粒子(平均粒径が1μm~100μm)が析出した相(本発明では粗大なCu析出相という。)が形成され、更なる熱伝導率の向上が期待できる。
【0028】
一方で、Cuを添加しすぎると、後述するWC系超硬合金部材の製造方法において、積層造形時の溶融池の粘性が高くなるため、WCや金属結合相が混合せず不均一な組織となり、また、積層造形物中にポロシティ(気孔)が生成しやすくなる。これは、Cuが気化しやすいことと、Cu添加により酸化物が形成されやすいことが原因であると考えられる。
【0029】
さらに、レーザを用いた積層造形の場合、Cu含有量の増大によりレーザの反射率が大きくなるため、溶融池が形成されにくくなり、造形が困難になる。したがって、添加するCu量は、0.1質量%を超えて、25質量%以下から選定する。さらにCuの含有量aと、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つの含有量bとの比率を適正化する必要がある。その為、含有量aと含有量bとの割合a/bは、0.070≦a/b≦1.000を満たすことがよい。より好ましくは、0.090≦a/b≦0.800であり、さらに好ましくは0.140≦a/b≦0.500である。なお、残部は不可避不純物であることが好ましい。
【0030】
[WC系超硬合金部材]
本実施形態のWC系超硬合金部材の観察写真を
図1A~1Cに示す。
図1Aは反射電子像(Backscattered Electron Image:BEI)であり、
図1Bは走査型透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope、STEM)による透過電子像およびエネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive X-ray spectroscopy:EDX)によるCuのマッピングである。
図1Cは二次電子像(secondary electron image:SEI)である。なお、
図1Bの試料は、WC超硬合金部材の結合相の表面にカーボン保護膜を形成し、Ga(ガリウム)イオンビームを用いたスパッタリング加工によって100nm程度まで薄片化することによって作製することができる。なお、
図1Aおよび
図1Cは、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)を用いて観察することができる。
【0031】
本実施形態のWC系超硬合金部材は、上述したWC系超硬合金粉末を、基材の表面に積層造形することによって作製されたものであり、溶融凝固組織を有する。
図1Aに示すように、WC系超硬合金部材10は、WC粒子1が、Co、FeおよびCrのうちの少なくとも1つからなる金属結合相2で結合されている。このWC系超硬合金部材には、
図1Bに示すように、平均粒径が10nm~50nmの比較的微細なCu析出相3と、
図1Cに示すように、平均粒径が1μm~100μmの比較的粗大なCu析出粒子4が分散している。Cu析出粒子4を含む「Cu析出相」は、詳細な結晶構造については明らかになっていないが、Cuが主体(50質量%以上)であり、FCC(Face-Centered Cubic)構造を持っていることが想定される。なお、上記「平均粒径」は、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)またはEDX(Energy Dispersive X-ray spectrometry)によって得た画像を解析して算出した値である。具体的には、画像を二値化して、複数、例えば10個程度の粒子の円相当径を測定して平均した値である。例えば、0.16μm
2の範囲で観察される粒子の円相当径を測定して平均値を算出してもよい。
【0032】
実施形態のWC系超硬合金の結合相を構成するFe、CrまたはCoと、Cuは高温では固溶するが、低温での固溶限はほとんどないため、凝固時にCu相が分離析出する。また、例えば、400℃以上1250℃未満で熱処理することでCu相がさらに析出し、更なる熱伝導率の向上が期待できる。
図1Bに示すナノメートルオーダーの微細なCu析出相3は、結合相中に平均粒径10nm~50nmの粒状のCu粒子がほぼ等間隔、かつ、均一に析出している。このような状態が熱伝導率向上のために望ましいと考える。
【0033】
また、造形条件やCu含有量によって、
図1Cに示すマイクロメートルオーダーの粗大なCu析出粒子4(平均粒径:1μm~100μm)が、分散することもあるが、こちらも熱伝導率向上に寄与していると考える。例えば、Cu含有量が多いほど、粗大なCu粒子が分散しやすくなると考えられる。
【0034】
実施形態のWC系超硬合金部材のビッカース硬さは、500HV以上が好ましく、550HV以上がより好ましく、600HV以上が最も好ましい。また、熱伝導率は、40W/(m・K)以上が好ましく、60W/(m・K)以上がより好ましく、70W/(m・K)以上が最も好ましい。
【0035】
本実施形態のWC系超硬合金部材は、高い熱伝導率および高い耐摩耗性を両立するものであるので、ホットスタンプ用の金型に最適である。
【0036】
WC系超硬合金部材中の金属結合相の含有量は、上述したWC系超硬合金粉末と同様に、25~60質量%未満が好ましい。同様に、Cuの含有量aと、金属結合相の含有量bの割合a/bが0.070≦a/b≦1.000を満たすことが好ましい。WC系超硬合金部材中のCuの含有量aおよび金属結合相の含有量bは、WC系超硬合金粉末と同様に、蛍光X線分析等によって分析することができる。
【0037】
尚、上述した非特許文献1では、WC-10質量%CoにCu粉末を30質量%添加しており、金属結合相量が37質量%、Cuの含有量aと、Coの含有量bの割合a/bは4.3になるため、本発明のa/bから大きく外れている。同文献には、「Cuを30%添加してプロセス条件を調整すると滑らかな面が形成された」との記載があるが、この文献のSEM写真からすると、構造体としては密度をより高める必要があり、Cu分率を下げる必要があると考えられる。
【0038】
[WC系超硬合金部材の製造方法]
図2は本実施形態のWC系超硬合金部材の製造方法の一例を示すフロー図である。
図2に示すように、WC系超硬合金部材の製造方法は、予熱工程(S1)、積層造形工程(S2)および熱処理工程(S3)を含む。
【0039】
WC系超硬合金部材は、WC系超硬合金粉末を用いて造形物全体を積層造形したり、金属基材の表面に、WC系超硬合金粉末を溶融凝固した層を繰り返して積層形成される。一般的に、超硬合金は硬質相の融点以下の温度に加熱して焼結する液相焼結法によって形成されるが、本実施形態のWC系超硬合金部材は、レーザ、電子ビーム、プラズマおよびアークなどの高エネルギー熱源によりWC系超硬合金粉末原料を局所的に溶融し、凝固させ(溶融・凝固と記載)、これを繰り返すことで三次元形状の造形体を製造する積層造形法により形成する。本実施形態のWC系超硬合金粉末は、金属結合相の含有量が多いため、液相焼結法により形成すると、下記するように自重で変形してしまい成形が困難となる。この点で、積層造形法は、瞬時に、かつ、局所的な溶融・凝固で造形するため、造形時の自重による変形を抑えることが可能となる。
【0040】
より具体的には、液相焼結は1300℃近くの高温で行うが、金属結合相の割合が多いと構造体としての形状を保てずに樽状につぶれるような変形がおきる。本発明者が検討したところ、金属結合相が40質量%以上において顕著な変形が確認されている。本発明では、液相焼結ではなく積層造形でWC系超硬合金部材を製造するため、液相焼結で起こる変形を発生させることなく、WC系超硬合金部材を製造することができる。
【0041】
以下に、S1~S3の各工程について詳述する。
【0042】
(S1)予熱工程
予熱工程S1は、金属基材を350℃以上の温度に予熱する工程である。予熱は、例えば、高周波誘導加熱、ガスバーナー、赤外線電気ヒーター、加熱炉、電子ビームまたはレーザの照射等を用いて行うことができる。なお、予熱工程S1において、金属基材を500℃以上の温度に予熱することがより好ましく、700℃以上の温度に予熱することがさらに好ましい。また、予熱工程S1において、自重による変形を防止する観点から、金属基材を1300℃以下の温度に予熱することが好ましく、より好ましくは1000℃である。
【0043】
予熱工程S1において金属基材を350℃以上の温度に予熱することで、次の積層造形工程S2において、WC系超硬合金造形体と基材との間の割れや剥離の発生を抑制することができる。具体的には、予熱工程S1において基材を一定の温度以上に予熱することで、積層造形工程S2において、積層造形時のWC系超硬合金造形体および基材の温度勾配が緩やかになり、熱応力による変形の抑制と残留応力の緩和が可能になる。また、予熱工程S1において基材を500℃以上の温度に予熱することで、積層造形工程S2において、熱応力により造形部に発生する微小な亀裂をより抑制することができる。
【0044】
(S2)積層造形工程
積層造形工程S2は、上述した金属基材の表面に、上述した本発明のWC系超硬合金粉末を積層造形する工程である。積層造形方式は、特に限定されないが、例えば、レーザメタルデポジションなどの指向性エネルギー堆積方式、粉末床溶融結合方式、プラズマ粉体肉盛等を用いることができる。熱源としては、レーザ、電子ビーム、プラズマおよびアーク等を用いることができる。この中でも特に、レーザであると照射スポットを比較的小さくすることができ、また、大気圧下で施工できるので好ましい。
【0045】
WC系超硬合金粉末は、上述したWCと、Cuと、Co、FeまたはCrの少なくとも1つを含む原料粉末(0.1~50μm程度)と、各原料粉末の総量(100質量%)に対して2質量%のパラフィンワックスをアトライターに投入し、エチルアルコール(水分含有量10%未満)を助剤として湿式混合した後、スプレードライヤにて造粒・乾燥させた造粒粉末を用いることができる。
【0046】
なお、造粒粉末中のワックスは、積層造形の際に内部欠陥を生じる原因となるため、400~600℃で脱脂することが望ましい。また、脱脂した造粒粉末は結合力が弱く、積層造形で粉末を供給する際に破砕してしまうため、1000℃~1400℃で仮焼結して結合力を高めた粉末を使用するのが望ましい。さらに、粉末床溶融結合方式で積層造形する場合は、粉末の流動性が悪いと造形精度が低くなるため、例えば、造粒した粉末をプラズマなどの高温領域に通過させる精錬方法である、熱プラズマ液滴製錬により真球度を高めて、流動性を向上させることが望ましい。なお、造粒粉末だけでなく、ガスアトマイズ法や水アトマイズ法によって製造した粉末を使用してもよい。造形精度を高めるために粉末の流動性(JIS Z2502に準拠して測定した値)は10~25sec/50gであることが望ましい。
【0047】
(S3)熱処理工程
熱処理工程S3は、上述した金属基材とWC系超硬合金の造形体(超硬合金部材)を400℃以上1250℃未満の温度で熱処理する工程である。これにより、積層造形した超硬合金の結合相に固溶したCuを析出させ、熱伝導率を向上させることができる。熱処理温度は、450℃以上、1250℃未満がより好ましく、500℃以上、1250℃未満が更に好ましく、500℃~1200℃以下が最も好ましい。熱処理時間は、1~12時間が好ましく、3~10時間がより好ましく、5~8時間が最も好ましい。
【0048】
熱処理を行う際の雰囲気としては、真空または不活性ガス雰囲気下とすることができるが、不活性ガス雰囲気とすることがより好ましい。不活性ガス雰囲気下で熱処理を行うことで、熱処理温度を1200℃程度の高温下でCuの析出を促進できる一方、Cuの気化を抑制できる、すなわち、Cu析出相(Cu析出粒子)を結合相中に留めやすくできる。
積層造形中の溶融部において、WCがCo中に溶解するため、急冷により固化した造形体にはη相(W3Co3C、W6Co6C)が存在する。η相は硬質であり、耐摩耗性に優れることから組織として残存しても構わない。一方で、脆化相でもあるため、靭性の要求される部分には適さない。η相は1100℃以上に熱処理することでWC相とCo相に分解し、することがわかっている。そのため、450℃以上、1250℃未満での熱処理は、Cuの析出とη相の分解に有効である。
【0049】
上記のような熱処理を行うことで、Cu相がさらに析出し、更なる熱伝導率の向上が期待できる。ナノメートルオーダーの微細なCu析出相3は、結合相中に平均粒径10nm~50nmの粒状のCu粒子がほぼ等間隔、かつ、均一に析出している。このような状態が熱伝導率向上のために望ましいと考える。
【0050】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0051】
[比較例1~2、実施例1~3の試験用WC系超硬合金部材の作製]
後述する表1に示す成分組成(単位:質量%)を有する試験用WC系超硬合金部材をそれぞれ作製した。なお、製造方法は、溶融凝固を伴う積層造形材の組織および特性を模擬するために、アルミナるつぼに所定の量のWC粉末、CoとCuのバルク材を入れ、高周波溶解で溶製した後、るつぼ内で冷却した。得られたインゴットを所定の形状に加工した後、各試験に供した。このようにして得られた試験用WC系超硬合金部材は、積層造形体と同じく溶融凝固組織を有する。凝固速度は積層造形よりもやや遅いが、特性に大きく影響しない範囲である。
【0052】
【0053】
表1中、比較例1~2、実施例1~3のCoの含有量は、それぞれ40質量%、37.5質量%、36.5質量%、35質量%および30質量%である。また、Cuの含有量aと結合相(Co)の含有量bの割合a/bは、それぞれ0、0.067、0.096、0.143および0.333である。
【0054】
次に、上述した試験用WC系超硬合金部材のブロックの中心付近から試験片を切り出し、硬さ測定および熱伝導率測定を行った。以下に、試験方法を説明する。
【0055】
<硬さ測定>
切断後に、断面をエメリー紙およびダイヤモンド砥粒を用いて鏡面まで研摩し、ビッカース硬さ試験機によって荷重500gf、保持時間15秒で硬さを室温にて測定した。測定は5回行い、5回の平均値を記録した。硬さ測定の結果を、後述する表2に示す。
【0056】
<熱伝導率測定>
作製した各実施例と比較例の合金部材の熱拡散率α、密度ρ、比熱cを測定し、以下の式(1)より熱伝導率を求めた。
【0057】
【0058】
熱拡散率は、Xeフラッシュ法熱拡散率測定装置(Bruker-axs社製、型式:Nanoflash LFA447 NETZSCH)を用いて測定した。熱拡散率測定に用いたサンプルのサイズは、9.5mm×9.5mm×1.5mmであり、耐水エミリー紙で#600まで研磨し、スプレーでグラファイト微粉末を塗布して黒化処理を行ったものを試料として使用した。
【0059】
密度は、作製した合金をエメリー紙#600まで研磨後、比重計を用いてアルキメデス法で求めた。
【0060】
比熱測定では、示差走査熱量測定装置(TAインスルメンツ製、型式:DSC Q2000)を用いて、試料入りのパン、空パンおよびサファイア入りのパンの熱流量を測定し、以下の式(2)に代入して比熱を算出した。なお、試料は50mg以下に切断したものを使用し、リファレンスには空パンを使用した。また、測定に用いたパンの重さはほぼ等しいものを選んだ。
【0061】
【数2】
後述する表2に熱伝導率測定の測定結果を併記する。
【0062】
【0063】
比較例1~2および実施例1~3について、500℃で5時間熱処理した後の熱伝導率および硬さ試験の結果を以下の表3に示す。
【0064】
【0065】
表2、表3から、比較例1は、Cuを含まない従来のWC系超硬合金であり、熱処理後の硬さは585HV以上を示すものの、熱伝導率は実施例1~3よりも低くなっている。
【0066】
比較例2においては、Cuの含有量aと結合相(Co)の含有量bの割合a/bが本発明の範囲外であり、Cuの量が少ないため、熱伝導率は比較例1と同程度となっている。
【0067】
比較例1~2に対し、本発明の実施例1~3の熱伝導率は40W/(m・K)を超えており、かつ、明瞭な硬さの低下もみられず、500HV以上の硬さを有している。よって、高熱伝導性と高耐摩耗性の両立を満足するものとなった。なお、Cu含有量の多い実施例2および実施例3は、1μm~100μmの粒状の粗大なCu析出粒子が存在することも別途確認している。
【0068】
また、上述した実施例1~3のWC系超硬合金を用いて良好な造形体を得られることを別途確認している。
【0069】
[比較例3および4、実施例4~10の積層造形によるWC系超硬合金部材の作製]
次に、積層造形法を用いて、WC系超硬合金部材を作製した。
【0070】
WC系超硬合金粉末は、WCの含有量を60質量%、Coの含有量を40質量%、Cuの含有量を20%質量としたものを用いた。Cuの含有量aと結合相(Co)の含有量bの割合a/bは、0.630となった。
【0071】
積層造形方式は、指向性エネルギー堆積方式とし、造形条件は、出力1800W、走査速度800mm/minとした。
【0072】
積層造形の工程としては、まず、700℃に予熱した積層金属基材の表面に、上記WC系超硬合金粉末を溶融凝固した層を繰り返し積層することで、WC系超硬合金部材を作製した。
【0073】
次に、作製したWC系超硬合金部材を、いくつかの熱処理条件を設定して熱処理行った。それら熱処理条件は、表4に示す通り、真空中にて1100℃で5時間(hr)の場合(実施例4)、真空中にて1150℃で5hrの場合(実施例5)、真空中にて1175℃で5hrの場合(実施例6)アルゴンガス雰囲気下にて1175℃で5hrの場合(実施例7)、アルゴンガス雰囲気下にて1175℃で10hrの場合(実施例8)、アルゴンガス雰囲気下にて1200℃で2hrの場合(実施例9)、アルゴンガス雰囲気下にて1200℃で5hrの場合(実施例10)とした。また、比較例3として、真空中にて1250℃で2時間(hr)の条件で熱処理を行った。
【0074】
表4に、実施例4~10および比較例3における、Cuの析出度とη相の残存度について評価した結果を示す。ここで、η相とはW3Co3CやW6Co6Cで構成された脆性な組織であり、有害相である。Cuの析出度およびη相の残存度は、実施例4~10および比較例3のWC系超硬合金部材の断面を走査型透過電子顕微鏡(STEM)およびエネルギー分散型X線分析(EDX)によるCuのマッピングで観察したとき、その観察領域内でCuの存在(析出)が確認できるかどうかで判断し、析出が確認できなかった場合を「不良」、析出している場合を「可」、より析出している場合を「良」、それ以上に析出している場合を「優」とした。
【0075】
【0076】
次に、表5に示すように、WCおよびCoの含有量と、Cuの含有量と熱処理条件および時効処理条件とを場合分けして、Cuの析出度とη相の残存度を評価した。その結果、表5に示す通り、実施例13のように熱処理のみ行った場合や、実施例14のように熱処理も熱処理後の時効処理も行っていない場合であっても、Cuが析出していることを確認した。また、実施例11のようにCuの量を5質量%とした場合には、熱処理に加えて時効処理を行ったとしてもCuが残留していることを確認した。そして、実施例12のように熱処理後に時効処理を行った場合でも、Cuが析出していることを確認した。比較例4は、Cuを含有していない例である。
【0077】
【0078】
実施例11~14および比較例4について、前述同様の測定方法を用いて、硬度を測定した。
【0079】
表6に示すように、実施例11~実施例14は、Cuが残留しているにもかかわらず、硬度の低下を抑制できた。
【0080】
【0081】
図4に、比較例4と実施例12の造形体のSEM写真を示す。比較例4にはCuは含まれず、WCとη相とCo相からなることがわかる。一方で、実施例13の組織にはWCとη相とCo相とCu相が確認できる。熱処理条件を変えることでη相の残存量をさらに低減可能である。
【0082】
以上から、本実施例のWC系超硬合金部材であれば、熱処理、および熱処理に加えて時効処理をも行わない場合であっても、結合相中にCu粒子が析出しており、熱伝導率を向上させることができる結果を得た。また、本実施例のWC系超硬合金部材を、熱処理、さらには熱処理後に時効処理することで、結合相中により多くのCu相が析出されて、熱伝導率をさらに向上させることができる結果を得た。
[実施例2のWC系超硬合金部材を用いた金型の作製]
本発明の有効性を確かめるために、従来金型材料であるマルエージング鋼および実施例2の合金粉末を用い、冷却穴を有する金型を積層造形により2つずつ作製した。
図3は実施例2で作製した試験用金型を示す模式図である。金型5は、50mm×30mm×30mmのサイズで、金型5内に直径10mmの水冷穴6を2つ有している。800℃に加熱した厚さ2mmの板材(ワーク)を、作製した2つの金型5で挟み込み、ワークの温度が200℃以下になるまでの時間を計測した。なお、温度は、ワーク側面に取り付けた熱電対によって測定した。マルエージング鋼を用いた場合、200℃に到達するまでに6.6秒かかった。一方で、実施例2の合金を使用した場合、5.0秒で200℃に到達し、本発明の有効性を確認できた。
【0083】
以上、説明したように、本発明によれば、高熱伝導性と高耐摩耗性に優れたWC系超硬合金部材を製造可能なWC系超硬合金粉末を提供できることが示された。
【0084】
なお、本発明は上述の実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない限り、本発明の技術思想の範囲内で考えられるその他の形態についても、本発明の範囲内に含まれる。例えば、上述の実施例で例示した構成および処理は、実装形態や処理効率に応じて適宜統合または分離させてもよい。また、例えば、上述の実施例および変形例は、矛盾しない範囲で、その一部または全部を組合せてもよい。