(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022050884
(43)【公開日】2022-03-31
(54)【発明の名称】ゴム組成物のバウンドラバー解析方法
(51)【国際特許分類】
G01Q 60/28 20100101AFI20220324BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20220324BHJP
C08L 21/00 20060101ALI20220324BHJP
G01N 33/44 20060101ALI20220324BHJP
【FI】
G01Q60/28
C08K3/04
C08L21/00
G01N33/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020157056
(22)【出願日】2020-09-18
(71)【出願人】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076314
【弁理士】
【氏名又は名称】蔦田 正人
(74)【代理人】
【識別番号】100112612
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 哲士
(74)【代理人】
【識別番号】100112623
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 克幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163393
【弁理士】
【氏名又は名称】有近 康臣
(74)【代理人】
【識別番号】100189393
【弁理士】
【氏名又は名称】前澤 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100203091
【弁理士】
【氏名又は名称】水鳥 正裕
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 竜也
【テーマコード(参考)】
4J002
【Fターム(参考)】
4J002AC011
4J002AC031
4J002AC061
4J002AC071
4J002AC081
4J002AC091
4J002BB151
4J002BB181
4J002DA036
4J002FD016
4J002FD030
4J002FD140
4J002FD150
4J002FD170
(57)【要約】
【課題】ゴム組成物中のバウンドラバーをGH相とSH相とに分ける。
【解決手段】実施形態に係るゴム組成物のバウンドラバー解析方法では、カーボンブラックを含むゴム組成物に対して原子間力顕微鏡のフォースカーブ測定を行い、前記フォースカーブ測定の押込み深さに基づいてバウンドラバー成分を抽出し、前記バウンドラバー成分の凝着エネルギーに基づいて前記バウンドラバー成分をGH相と前記GH相の外側を取り巻くSH相とに分ける。
【選択図】
図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンブラックを含むゴム組成物に対して原子間力顕微鏡のフォースカーブ測定を行い、前記フォースカーブ測定の押込み深さに基づいてバウンドラバー成分を抽出し、前記バウンドラバー成分の凝着エネルギーに基づいて前記バウンドラバー成分をGH相と前記GH相の外側を取り巻くSH相とに分ける、ことを特徴とするゴム組成物のバウンドラバー解析方法。
【請求項2】
前記フォースカーブ測定により押込み深さ像を取得し、前記押込み深さ像におけるフィラー成分を導出し、前記押込み深さ像におけるマトリックスゴム成分を導出し、導出したフィラー成分及びマトリックスゴム成分に基づいて前記バウンドラバー成分を抽出する、請求項1に記載のゴム組成物のバウンドラバー解析方法。
【請求項3】
抽出した前記バウンドラバー成分についての凝着エネルギーのヒストグラムをピークフィッティングすることにより、前記バウンドラバー成分を前記GH相と前記SH相とに分ける、請求項1又は2に記載のバウンドラバー解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴム組成物のバウンドラバー解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンブラックを含むゴム組成物では、カーボンブラック粒子のまわりにバウンドラバーが形成されている。バウンドラバーは、ゴムとカーボンブラックの混練り時に生じる有機溶剤に不溶なゴム分である。
【0003】
バウンドラバーについて、非特許文献1には、架橋ゴム中のカーボンブラック粒子が非架橋のバウンドラバーで覆われ、バウンドラバーが、厚さ2nmのガラス状態の分子鎖層(GH相)と、その外側を取り巻く3~8nmの分子鎖層(SH相)との2重セル構造であることが記載されている。非特許文献1にはまた、SH相がカーボン表面に強固に固着したガラス状態のGH相とマトリックスゴムとの間に介在する成分であり、架橋ゴムに変形を加えたときにSH相に最大応力、最大歪みが集中することが記載されている。
【0004】
非特許文献2には、パルスNMRを用いて、カーボンブラックを配合した未加硫ゴムを、カーボンブラック表面に強固に結びついたゴム分子鎖層であり緩和時間が約25μs程度であるハード相と、緩和時間が約2000μsであるソフト相と、緩和時間が約500μsである中間層との3成分に分離したことが記載されている。
【0005】
特許文献1には、カーボンブラックとゴムとの界面近傍に、パルスNMRにより測定したT2緩和時間が250~400μsであるハウンドラバーを形成させることにより、ゴムローラの耐摩耗性を向上させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】深堀美英「ゴムのカーボンブラック補強解明の新展開(上)(下)」、日本ゴム協会誌、第83巻第6号、2010年、174-181頁、182-189頁
【非特許文献2】仲濱秀斉、三島孝「新混練指標の検討」、日本ゴム協会誌、第76巻第5号、2003年、149-153頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
バウンドラバーは、ゴム組成物においてカーボンブラックによる補強性に影響を与えるため、バウンドラバーを解析することはゴム組成物の開発において有益である。その際、上記のSH相はゴムに変形を加えたときに最大応力や最大歪みが集中する部分であるため、補強性を評価するにあたって重要な因子であり、そのためバウンドラバーをGH相とSH相とに分離することができれば、材料設計に生かすことができる。
【0009】
本発明の実施形態は、ゴム組成物中のバウンドラバーをGH相とSH相とに分けることができるゴム組成物のバウンドラバー解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の実施形態に係るゴム組成物のバウンドラバー解析方法は、カーボンブラックを含むゴム組成物に対して原子間力顕微鏡のフォースカーブ測定を行い、前記フォースカーブ測定の押込み深さに基づいてバウンドラバー成分を抽出し、前記バウンドラバー成分の凝着エネルギーに基づいて前記バウンドラバー成分をGH相と前記GH相の外側を取り巻くSH相とに分けるものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の実施形態によれば、原子間力顕微鏡を用いてゴム組成物中のバウンドラバーをGH相とSH相とに分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施形態に係るバウンドラバー成分の抽出工程を示す模式図
【
図2】実施例2のAFMフォースカーブ測定から取得した押込み深さ像
【
図3】実施例2のAFMフォースカーブ測定から取得した弾性率像
【
図4】実施例2のAFMフォースカーブ測定から取得した凝着エネルギー像
【
図5】
図2の押込み深さ像からフィラー成分をマスクした画像
【
図6】
図2の押込み深さ像からマトリックスゴム成分のみを残した画像
【
図7】
図2の押込み深さ像からフィラー成分とマトリックスゴム成分をマスクした画像(バウンドラバー成分のみを残した画像)
【
図8】
図4の凝着エネルギー像からフィラー成分とマトリックスゴム成分をマスクした画像(バウンドラバー成分のみを残した画像)
【
図11】(A)実施例1のバウンドラバー成分の凝着エネルギーのヒストグラム、(B)同ヒストグラムをピークフィッティングした結果を示すグラフ
【
図12】(A)実施例2のバウンドラバー成分の凝着エネルギーのヒストグラム、(B)同ヒストグラムをピークフィッティングした結果を示すグラフ
【
図13】(A)実施例3のバウンドラバー成分の凝着エネルギーのヒストグラム、(B)同ヒストグラムをピークフィッティングした結果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施に関連する事項について詳細に説明する。
【0014】
実施形態に係るゴム組成物のバウンドラバー解析方法は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、ゴム組成物中のバウンドラバーをGH相とSH相に分ける方法である。該バウンドラバー解析方法は、カーボンブラックを含むゴム組成物に対して原子間力顕微鏡のフォースカーブ測定を行う工程(以下、工程1という。)と、該フォースカーブ測定の押込み深さに基づいてバウンドラバー成分を抽出する工程(以下、工程2という。)と、該バウンドラバー成分の凝着エネルギーに基づいてバウンドラバー成分をGH相とSH相とに分ける工程(以下、工程3という。)と、を含む。
【0015】
測定対象としてのゴム組成物はゴムポリマーとともにカーボンブラックを含有する。ゴム組成物は、好ましくは加硫ゴムであり、ゴムポリマーに補強性充填剤としてのカーボンブラックとともに硫黄等の加硫剤を含む種々の配合剤を配合し加硫してなる加硫ゴム組成物を測定対象とすることができる。
【0016】
ゴムポリマーとしては、特に限定されず、例えば、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、ブチルゴム(IIR)、ハロゲン化ブチルゴム(X-IIR)、スチレンイソプレンブタジエンゴム(SIBR)などのジエン系ゴム、エチレンプロピレンゴム(EPM)、エチレンプロピレンジエンゴム(EPDM)などが挙げられ、これらはそれぞれ単独で又は2種類以上ブレンドして用いることができる。
【0017】
カーボンブラックとしては、特に限定されず、ファーネスブラック、アセチレンブラック、サーマルブラック、チャンネルブラック等が挙げられる。より詳細には、例えば、SAF級(N100番台)、ISAF級(N200番台)、HAF級(N300番台)、FEF級(N500番台)、GPF級(N600番台)(ともにASTMグレード)などの各種ファーネスブラックを用いてもよい。
【0018】
カーボンブラックの配合量は、特に限定されず、例えば、ゴムポリマー100質量部に対して10~150質量部でもよく、20~100質量部でもよく、30~80質量部でもよい。
【0019】
ゴム組成物に配合される加硫剤としては、硫黄が好ましく用いられ、例えば、粉末硫黄、沈降硫黄、コロイド硫黄、不溶性硫黄、高分散性硫黄などが挙げられる。加硫剤の配合量は、特に限定されず、例えば、ゴムポリマー100質量部に対して0.1~10質量部でもよく、0.3~5質量部でもよく、0.5~3質量部でもよい。
【0020】
ゴム組成物には、上記成分以外の他、通常ゴム工業で使用される各種配合剤を任意成分として配合してもよい。そのような配合剤としては、例えば、オイル等の軟化剤、可塑剤、老化防止剤、亜鉛華、ステアリン酸、ワックス、加硫促進剤などが挙げられる。
【0021】
ゴム組成物は、バンバリーミキサーなどの混合機を用いて各成分を常法に従い混練することにより作製することができ、該ゴム組成物を常法に従い加熱して加硫することにより加硫ゴム組成物が得られる。
【0022】
測定対象としてのゴム組成物の形状は、特に限定されず、例えばシート状のものを用いることができる。一実施形態として、測定対象としては、シート状に加硫成形したゴムシートを用いてもよい。
【0023】
本実施形態では、工程1において、ゴム組成物に対して原子間力顕微鏡のフォースカーブ測定を行う。原子間力顕微鏡(AFM)は、走査型プローブ顕微鏡の1種であり、試料と探針の原子間に働く力を検出する顕微鏡である。探針はカンチレバー(片持ちバネ)の先端に取り付けられており、試料と探針との間の距離を変えながら、カンチレバーに働く力(撓み量)を測定して、両者の関係をプロットした曲線であるフォースカーブを得る。このフォースカーブを解析することにより、試料表面に対する探針による押込み深さ、試料表面の弾性率および凝着エネルギーを求めることができる。このようにフォースカーブ測定により押込み深さ、弾性率及び凝着エネルギーを求めること自体は公知であり、かかる公知の方法を用いて行うことができる。
【0024】
フォースカーブからこれらの特性値を算出する方法としては、例えば、JKR(Johnson-Kendall-Roberts)理論によりフォースカーブをフィッティングして弾性率を算出する方法が挙げられる。JKR理論では、カンチレバーにかかる力Fと試料変形量(押込み深さ)δは、凝着エネルギーをwとして、下記式(1)及び式(2)で表される。
【数1】
【0025】
ここで、aは探針と試料の接触線の半径、Rは探針先端の曲率半径、Kは弾性係数を表す。フォースカーブ測定により得られたF-δ曲線と、式(1)及び(2)を用いたフィッティングにより、押込み深さδ、弾性率E(=F/δ)、及び凝着エネルギーwを求めることができる。
【0026】
より詳細には、試料表面の所定範囲内でスキャンすることにより、フォースカーブの取得を当該所定範囲内の多数の点で行い、それぞれのフォースカーブから各点での押込み深さ、弾性率及び凝着エネルギーを求める。これにより、当該所定範囲についての画像、例えば、押込み深さに関する画像である押込み深さ像(
図2参照)、弾性率に関する画像である弾性率像(
図3参照)、及び凝着エネルギーに関する画像である凝着エネルギー像(
図4参照)を取得することができる。ここで、
図3に示す弾性率像において、弾性率はlog弾性率、即ちlog
10Eである。
【0027】
次いで、工程2において、フォースカーブ測定の押込み深さに基づいてバウンドラバー成分を抽出する。AFMのフォースカーブ測定では試料表面の硬さに応じてカンチレバーによる押込み深さが変化し、押込み深さはフィラー成分、バウンドラバー成分、マトリックスゴム成分の順に大きくなる。そのため、押込み深さによってバウンドラバー成分を抽出することができる。
【0028】
フォースカーブ測定により得られる画像において、押込み深さが小さい部分はフィラー成分であり、押込み深さが大きい部分はマトリックスゴム成分であり、その間がバウンドラバー成分である。フィラー成分とは、充填剤であるカーボンブラックに相当する成分である。マトリックスゴム成分とは、フィラー成分を除く部分のうち、バウンドラバー成分に相当する弾性率が高く、従って押込み深さが小さい部分を除く成分である。
【0029】
一実施形態において、工程2は、フォースカーブ測定により取得した押込み深さ像におけるフィラー成分を導出すること(工程2-1)、該押込み深さ像におけるマトリックスゴム成分を導出すること(工程2-2)、及び、導出したフィラー成分及びマトリックスゴム成分に基づいてバウンドラバー成分を抽出すること(工程2-3)、を含むことが好ましい。
【0030】
工程2-1では、例えば、ゴム組成物中に含まれるカーボンブラックの体積分率に基づいて押込み深さの小さい部分をフィラー成分として特定し、押込み深さ像において該フィラー成分をマスクする。すなわち、押込み量が少ない部分から順にカーボンブラックの体積分率に相当する比率に至るまでの部分をフィラー成分として除く。なお、カーボンブラックの体積分率は、ゴム組成物に含まれるカーボンブラックの含有量から算出することができる。
【0031】
図1はこれを模式的に示したものであり、フォースカーブ測定により取得した押込み深さ像(
図1(A))において、押込み深さが小さい部分として特定したフィラー成分12を
図1(B)に示すようにマスクする。
図1においてマスクした部分は白抜きで示す。
【0032】
工程2-2では、例えば、フォースカーブ測定により得られる弾性率ヒストグラムにおいて低弾性率側のピークを正規分布でフィッティングすることにより、押込み深さ像におけるマトリックスゴム成分を特定する。詳細には、工程2-1で得られたフィラー成分をマスクした押込み深さ像(
図1(B))において、更に押し込み深さが小さい部分を順次マスクしていくと、ある時点で、マスクした部分を除いた弾性率ヒストグラムが正規分布として残る部分が出てくる。この部分を、
図1(C)に示すようにマトリックスゴム成分14として特定する。すなわち、
図1(C)に示す押込み深さ像は、マトリックスゴム成分14のみが残り、その他の成分がマスクされた画像である。
【0033】
弾性率ヒストグラムとしては、log弾性率のヒストグラムを用いることができ、例えば、マスクしていない残部の弾性率ヒストグラムを正規分布の形に近づけるように、押込み深さが小さい部分から順次マスクすることで、マトリックスゴム成分を特定してもよい。すなわち、マスクしていない残部の弾性率ヒストグラムがピークトップを挟んで対称となるように、押込み深さが小さい部分を順次マスクしていき、最も対称な形になったときに正規分布になったと判定し、その際のマスクしていない残部をマトリックスゴム成分として特定してもよい。
【0034】
工程2-3では、工程2-1及び2-2で特定したフィラー成分及びマトリックスゴム成分に基づいてバウンドラバー成分を抽出する。例えば、上記押込み深さ像からフィラー成分とマトリックスゴム成分を除くことでバウンドラバー成分を抽出してもよい。すなわち、
図1(A)に示す押込み深さ像から、工程2-1で求めたフィラー成分12と工程2-2で求めたマトリックスゴム成分14をマスクする。これにより、
図1(D)に示すように、バウンドラバー成分16のみが残った押込み深さ像が得られる。
【0035】
なお、次工程である工程3では凝着エネルギーのヒストグラムを用いるので、フォースカーブ測定により取得した凝着エネルギー像を用いて、バウンドラバー成分のみが残った凝着エネルギー像を直接取得してもよい。すなわち、上記で特定した押込み深さ像におけるフィラー成分とマトリックスゴム成分に相当する部分を、凝着エネルギー像においてマスクして除くことにより、バウンドラバー成分を抽出してもよい。
【0036】
次いで、工程3において、バウンドラバー成分の凝着エネルギーに基づいてバウンドラバー成分をGH相とSH相とに分ける。GH相は、カーボンブラック粒子のまわりを取り巻くガラス状態の分子鎖層であり、GH相内の分子鎖はカーボンブラック表面に固着されている。SH相とは、GH相のまわりを取り巻く分子鎖層であり、SH相内の分子鎖は一方でGH相に結合され、もう一方で周囲のマトリックスゴムに連結されていると考えられている。
【0037】
GH相は、ガラス転移点が高くガラス状態にあるため、凝着エネルギーが小さい。一方、SH相は、GH相に比べて運動性が高いので、凝着エネルギーが大きい。そのため、バウンドラバー成分は、凝着エネルギーによりGH相とSH相との2成分に分離することができる。
【0038】
詳細には、工程3では、工程2で抽出したバウンドラバー成分について、その凝着エネルギーのヒストグラムをピークフィッティングすることにより、バウンドラバー成分をGH相とSH相とに分離する。
【0039】
バウンドラバー成分の凝着エネルギーのヒストグラムは、フォースカーブ測定により得られた凝着エネルギー像から、押込み深さ像において特定したフィラー成分とマトリックスゴム成分に相当する部分を除去し、これによりバウンドラバー成分のみの凝着エネルギー像を得ることにより、取得することができる。その際、バウンドラバー成分のみが残った押込み深さ像を求めてから、それに対応する凝着エネルギー像を得てもよく、あるいはまた、工程2-3で述べたようにバウンドラバー成分のみが残った凝着エネルギー像を直接取得してもよい。
【0040】
このようにして得られたバウンドラバー成分についての凝着エネルギーのヒストグラムを用いて、GH相とSH相との2つのピークをそれぞれ正規分布としてフィッティング(曲線あてはめ)を行う。これにより、凝着エネルギーが小さいピークをGH相とし、凝着エネルギーが大きいピークをSH相として、2成分に分離することができる。GH成分とSH成分とにピークフィッティングする際には、例えばガウス関数を用いてフィッティングしてもよい。
【0041】
このようにバウンドラバー成分をGH成分とSH成分とに分離した後、例えば、それぞれのピーク面積からGH成分とSH成分の比を算出してもよい。また、工程2でバウンドラバー成分を抽出することにより、ゴム組成物中におけるバウンドラバー成分の比率を求めることができるので、このバウンドラバー成分の比率と、上記GH成分とSH成分の比とに基づいて、ゴム組成物中におけるGH成分の比率とSH成分の比率をそれぞれ算出してもよい。
【0042】
本実施形態によれば、このようにバウンドラバーのGH成分とSH成分を定量化することができる。バウンドラバーのGH成分とSH成分はカーボンブラックによる補強性に影響を与えるため、両成分を定量化することでゴム組成物の材料設計に役立てることができる。例えば、カーボンブラックの種類や配合量、混練時間の決定に役立てることができる。また、GH成分とSH成分を特定することによりFEM解析の精度向上にも繋がる。
【実施例0043】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0044】
[測定試料の調製]
下記表1に示す配合(質量部)に従って、測定試料としての加硫ゴムを調製した。詳細には、(株)ダイハン製ラボミキサー(300cc)を用いて、ゴムポリマーを30秒間素練りした後、カーボンブラック、酸化亜鉛、ステアリン酸を投入し、90秒もしくは180秒混練を行い、一度排出した。次に、排出された混合物に硫黄と加硫促進剤を投入し、60秒混練し排出した。得られた未加硫ゴム組成物を2本ロールを用いて、2mm厚にシーティングを行った後、160℃で20分間加硫プレスを行うことにより、測定試料としての加硫ゴムを得た。
【0045】
表1中の各配合剤の詳細は以下のとおりである。
・SBR:スチレンブタジエンゴム、旭化成(株)製「タフデン2000」
・HAF:カーボンブラックHAF、N339、東海カーボン(株)製「シーストKH」
・SAF:カーボンブラックSAF、東海カーボン(株)製「シースト9」
・酸化亜鉛:三井金属鉱業(株)製「亜鉛華3号」
・ステアリン酸:花王(株)製「ルナックS-20」
・硫黄:鶴見化学工業(株)製「粉末硫黄」
・加硫促進剤:住友化学(株)製「ソクシノールCZ」
【0046】
[AFMによる画像の取得]
実施例1~3の加硫ゴムについてAFM測定を行った。原子間力顕微鏡としてブルカー社製「Dimension Icon」を使用し、カンチレバーとしてオリンパス製「OMCL-AC240TS-R3」(ばね定位数:1.7N/m)を使用した。測定範囲は3μm×3μm四方、測定点数は128点×128点の合計16384点として、各点でフォースカーブを測定した(測定周波数:10Hz)。
【0047】
フォースカーブにより得られたF-δ曲線をJKR理論によりフィッティングして、上記測定範囲の各点について押込み深さδ、弾性率E(=F/δ)、及び凝着エネルギーwを算出し、これにより、該測定範囲についての押込み深さ像と弾性率像と凝着エネルギー像を取得した。一例として、実施例2についての押込み深さ像と弾性率像と凝着エネルギー像をそれぞれ
図2~4に示す。
【0048】
[バウンドラバー成分の抽出]
(1) ゴム組成物の配合量から各配合剤の比重を用いて充填剤としてのカーボンブラックの体積分率を求めた(表1参照)。そして、押込み深さ像において、カーボンブラックの体積分率に基づいて押込み深さの小さい部分をフィラー成分として特定してその部分をマスクした。
【0049】
図5は、その一例として、実施例2について、フィラー成分をマスクした押込み深さ像を示す。マスク部分は黒色で示している。なお、図示しないが、弾性率像及び凝着エネルギー像について、押込み深さ像においてマスクしたフィラー成分に相当する部分を同様にマスクすることにより、フィラー成分をマスクした弾性率像及び凝着エネルギー像を取得した。
【0050】
(2) 次いで、フィラー成分をマスクした押込み深さ像において、更に押し込み深さが小さい部分を順次マスクしながら、マスクしていない部分についてのlog弾性率のヒストグラムがピークトップを挟んで対称な形になっているかどうかをみた。そして、マスクしていない残部の弾性率ヒストグラムがピークトップを挟んで最も対称な形になったときに、当該残部の弾性率ヒストグラムが正規分布になったと判断し、マスクされずに残った部分をマトリックスゴム成分として特定した。
【0051】
図6は、その一例として、実施例2について、マトリックスゴム成分のみを残してその他の部分(即ち、フィラー成分とバウンドラバー成分)をマスクした押込み深さ像を示す。マスク部分は黒色で示している。なお、図示しないが、弾性率像及び凝着エネルギー像について、押込み深さ像においてマスクしたフィラー成分及びバウンドラバー成分に相当する部分を同様にマスクすることにより、マトリックスゴム成分のみを残してその他の部分をマスクした弾性率像及び凝着エネルギー像を取得した。
【0052】
(3) 次いで、押込み深さ像からフィラー成分とマトリックスゴム成分を除くことでバウンドラバー成分を抽出した。
図7は、その一例として、実施例2について、
図2に示す押込み深さ像から、上記(1)で求めたフィラー成分と、上記(2)で求めたマトリックスゴム成分をマスクした画像、即ちバウンドラバー成分のみを残した押込み深さ像を示す。マスク部分は黒色で示している。
【0053】
また、凝着エネルギー像から上記で特定したフィラー成分とマトリックスゴム成分に相当する部分を除くことにより、凝着エネルギー像においてバウンドラバー成分を抽出した。
図8は、その一例として、実施例2について、
図4に示す凝着エネルギー像から、
図5に示すフィラー成分に相当する部分と、
図6に示すマトリックスゴム成分に相当する部分をマスクした画像、即ちバウンドラバー成分のみを残した凝着エネルギー像を示す。マスク部分は黒色で示している。なお、図示しないが、弾性率像について、押込み深さ像においてマスクしたフィラー成分およびマトリックスゴム成分に相当する部分を同様にマスクすることにより、バウンドラバー成分のみを残してその他の部分をマスクした弾性率像を取得した。
【0054】
図9は、実施例2についてのlog弾性率のヒストグラムである。図示されるように、弾性率ヒストグラムは、高弾性率のフィラー成分と、低弾性率のマトリックスゴム成分と、その間のバウンドラバー成分とに分割されており、マトリックスゴム成分は正規分布を示している。
【0055】
[バウンドラバー成分の分割]
上記のようにバウンドラバー成分を抽出した後、該バウンドラバー成分についての凝着エネルギーのヒストグラムをピークフィッティングすることにより、バウンドラバー成分をGH相とSH相とに分離した。ピークフィッティングは、WaveMetrics社のソフトウェア「Igor Pro6.33J」の「Multipeak Fitting2」を用いて行い、GH相とSH相との2つのピークをそれぞれ正規分布としてフィッティングした。フィッティングには次式のガウス関数を用いて、上記ソフトウェアにより、GH相とSH相の各ピークに対して、それぞれガウス関数による当てはめによりa,b,cを自動計算した。
y=a・exp{-(x-b)2/c2}
【0056】
図10は、一例として、実施例2についての凝着エネルギーのヒストグラムを示したものであり、全体のヒストグラムとともにフィラー成分とマトリックスゴム成分とバウンドラバー成分についての凝着エネルギーのヒストグラムをそれぞれ示している。このうちのバウンドラバーのヒストグラムを用いてピークフィッティングを行った。
【0057】
図11(A)は、実施例1におけるバウンドラバー成分の凝着エネルギーのヒストグラムである。これをGH相とSH相との2つのピークに分離するようにピークフィッティングすることにより、
図11(B)に示すように、凝着エネルギーが小さいピーク(peak0)を持つGH相と、凝着エネルギーが大きいピーク(peak1)を持つSH相とに分割された。
【0058】
図12(A)及び
図13(A)は、それぞれ実施例2及び実施例3におけるバウンドラバー成分の凝着エネルギーのヒストグラムである。実施例1と同様、ピークフィッティングにより、
図12(B)及び
図13(B)に示すように、凝着エネルギーが小さいピーク(peak0)を持つGH相と、凝着エネルギーが大きいピーク(peak1)を持つSH相とに分割された。
【0059】
このようにしてGH相とSH相との2成分に分割した後、それぞれのピーク面積よりGH相とSH相の比率を算出した。結果を下記表1に示す。
【0060】
【0061】
表1に示すように、小粒径カーボンブラックのSAFを用いた実施例1では、大粒径カーボンブラックのHAFを用いた実施例2,3と比べて、バウンドラバー中のGH相の比率が高くなっている。一般にカーボンブラックが小粒径であるほど、同じ配合量で比較した場合、カーボンブラックとゴムポリマーとの総接触面積は大きくなるため、GH相の比率は高くなると考えられ、実施例1~3の傾向と整合していた。
【0062】
また、同一配合で混練時間を変えた実施例2と実施例3とでは、混練時間が長い実施例3の方がバウンドラバー中のGH相の比率が高くなっている。一般に混練時間が長いほど、練り込み度が高くなりカーボンブラックとゴムポリマーとの結合が強くなるため、GH相の比率は高くなると考えられ、実施例2,3の傾向と整合していた。これらのことからも、本実施形態によれば、バウンドラバー成分をGH相とSH相に正しく分離できていることが分かる。