(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022051245
(43)【公開日】2022-03-31
(54)【発明の名称】神経束および神経束の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/079 20100101AFI20220324BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20220324BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20220324BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20220324BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220324BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20220324BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20220324BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20220324BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20220324BHJP
A61K 35/33 20150101ALI20220324BHJP
A61L 27/24 20060101ALI20220324BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20220324BHJP
【FI】
C12N5/079
C12N5/071
A61K35/30
A61P25/00
A61P43/00 105
A61L27/36 100
A61L27/36 300
A61L27/38 100
A61L27/38 300
A61L27/40
A61L27/58
A61K35/33
A61L27/24
A61L27/36 200
A61L27/38 200
C12M1/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】23
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020157621
(22)【出願日】2020-09-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.刊行物名 日本口腔外科学会雑誌 第64回(公社)日本口腔外科学会総会・学術大会 プログラム・抄録集 2.発行者名 公益社団法人 日本口腔外科学会 3.発行年月日 令和1年9月20日 〔刊行物等〕 1.アプリケーション名 第64回日本口腔外科学会総会・学術大会 2.発行者 公益社団法人 日本口腔外科学会 3.発行年月日 令和1年10月16日
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】丸島 愛樹
(72)【発明者】
【氏名】松村 明
(72)【発明者】
【氏名】武川 寛樹
(72)【発明者】
【氏名】松丸 祐司
(72)【発明者】
【氏名】國府田 正雄
(72)【発明者】
【氏名】石川 博
(72)【発明者】
【氏名】大山 晃弘
(72)【発明者】
【氏名】豊村 順子
(72)【発明者】
【氏名】高岡 昇平
(72)【発明者】
【氏名】柴尾 洋介
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 美穂
(72)【発明者】
【氏名】安部 哲哉
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
4C081
4C087
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB11
4B029CC08
4B029GA03
4B029GB10
4B065AA93X
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4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
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4C087BB63
4C087CA04
4C087MA67
4C087NA14
4C087ZA01
4C087ZB21
(57)【要約】
【課題】神経系細胞の軸索を効率的に伸長させることを含む、神経束の製造方法を提供する。
【解決手段】神経系細胞を、血管構成細胞および血管周囲細胞から選択される少なくとも一種の細胞を含むフィーダー細胞の存在下で培養する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経系細胞含有細胞集団を、血管構成細胞および血管周囲細胞から選択される少なくとも一種のフィーダー細胞の存在下で培養し、神経系細胞の軸索を伸長させることを含む、神経束を製造する方法。
【請求項2】
前記フィーダー細胞が、周皮細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞および平滑筋細胞からなる群から選択される少なくとも一種の細胞を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記フィーダー細胞が、VEGF、NGF、BDNF、FGF-2、NGFBおよびEGFからなる群から選択される少なくとも一種の成長因子を分泌する細胞を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記神経束が、シュワン細胞を含む髄鞘を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
(a)少なくとも一つの凹部と、該凹部に接続する溝部であって、フィーダー細胞で被覆されている溝部とを備える基板を準備する工程、
(b)前記神経系細胞含有細胞集団を前記凹部に添加する工程、
(c)前記神経系細胞含有細胞集団を培養して、神経系細胞の軸索を前記溝部に沿って伸長させる工程
を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
(a)二つの凹部と、該二つの凹部を接続する溝部であって、前記フィーダー細胞で被覆されている溝部とを備える基板を準備する工程、
(b)前記神経系細胞含有細胞集団を前記凹部に添加する工程、
(c)前記神経系細胞含有細胞集団を培養して、神経系細胞の軸索を前記溝部に沿って伸長させる工程
を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(a)において、前記溝部を前記フィーダー細胞で被覆する前に、前記溝部が線維芽細胞で被覆される、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
前記神経系細胞含有細胞集団が内皮細胞をさらに含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記神経系細胞含有細胞集団に含まれる内皮細胞が血管由来の内皮細胞である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記血管由来の内皮細胞が歯髄、歯肉、皮下組織、体腔内動脈、体腔内静脈および臍帯からなる群から選択される少なくとも一つの組織の血管由来の内皮細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記工程(c)において、前記神経系細胞含有細胞集団に含まれる内皮細胞に由来する管を形成することをさらに含む、請求項8~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記神経系細胞および内皮細胞が同一の個体に由来するものである、請求項8~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記神経系細胞含有細胞集団が生体適合性材料をさらに含み、前記神経系細胞および内皮細胞が、それぞれ別個の生体適合性材料の表面に層状に存在する、請求項8~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記生体適合性材料がコラーゲンを含む、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記生体適合性材料がコラーゲンビーズを含む、請求項13または14に記載の方法。
【請求項16】
前記溝部の長さが3mm以上である、請求項5~15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
請求項1~16のいずれか一項に記載の方法により製造される、神経束。
【請求項18】
請求項1~16のいずれか一項に記載の方法により製造される神経束を、生体適合材料のシートにより被覆することを含む、移植材料を製造する方法。
【請求項19】
前記シートが線維芽細胞を含む、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記移植材料が神経再生用移植材料である、請求項18または19に記載の方法。
【請求項21】
請求項18~20のいずれか一項に記載の方法により製造される、移植材料。
【請求項22】
神経系細胞を、血管構成細胞および血管周囲細胞から選択される少なくとも一種の細胞を含むフィーダー細胞の存在下で培養することを含む、神経系細胞の軸索を伸長させる方法。
【請求項23】
前記フィーダー細胞が、周皮細胞、内皮細胞、線維芽細胞および平滑筋細胞からなる群から選択される少なくとも一種の細胞を含む、請求項22に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経束および神経束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、神経変性疾患や物理的な原因で損傷を受けた神経の機能を回復するために、神経を移植する方法が開発されている。神経を移植する方法としては、神経幹細胞を注射により患部に注入する方法が広く用いられている。しかしながら、この方法では、注入した神経幹細胞が体内で移動しやすく、また生着しにくいため、脳や脊髄、複雑な末梢神経等の神経組織の損傷部位を効率的に修復することが困難であるという問題があった。
【0003】
この問題を解決するために、軸索を伸長させた神経細胞の束(神経束)を、損傷を受けた部位の残存する神経と接合して移植する方法が開発されている。移植するための神経束を得るための方法として、神経系細胞を培養して神経細胞の軸索を伸長させて神経束を作製する方法が報告されているが(特許文献1および2)、これらの方法では神経細胞の軸索を効率よく伸長および肥大させることはできず、移植に十分な長さおよび太さ(径)の軸索を有する神経束を得ることが困難であるという問題があった。
【0004】
このような状況下、移植に十分な長さおよび径の軸索を有する神経束を効率よく得ることができる方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2017/187696号
【特許文献2】特開2014-136128号公報
【0006】
本発明者らは、特定の細胞をフィーダー細胞として用いて神経系細胞を培養することにより、神経系細胞の軸索を効率よく伸長させることができることを見出した。また、本発明者らは、神経系細胞の軸索の伸長に伴い、軸索を肥大させることができることも見出した。かかる本発明によれば、移植に十分な長さおよび径の軸索を有する神経束を効率よく作製することができる。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0007】
本発明には、以下の発明が包含される。
[1]神経系細胞含有細胞集団を、血管構成細胞および血管周囲細胞から選択される少なくとも一種のフィーダー細胞の存在下で培養し、神経系細胞の軸索を伸長させることを含む、神経束を製造する方法。
[2]前記フィーダー細胞が、周皮細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞および平滑筋細胞からなる群から選択される少なくとも一種の細胞を含む、[1]に記載の方法。
[3]前記フィーダー細胞が、VEGF、NGF、BDNF、FGF-2、NGFBおよびEGFからなる群から選択される少なくとも一種の成長因子を分泌する細胞を含む、[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記神経束が、シュワン細胞を含む髄鞘を有する、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5](a)少なくとも一つの凹部と、該凹部に接続する溝部であって、フィーダー細胞で被覆されている溝部とを備える基板を準備する工程、
(b)前記神経系細胞含有細胞集団を前記凹部に添加する工程、
(c)前記神経系細胞含有細胞集団を培養して、神経系細胞の軸索を前記溝部に沿って伸長させる工程
を含む、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6](a)二つの凹部と、該二つの凹部を接続する溝部であって、前記フィーダー細胞で被覆されている溝部とを備える基板を準備する工程、
(b)前記神経系細胞含有細胞集団を前記凹部に添加する工程、
(c)前記神経系細胞含有細胞集団を培養して、神経系細胞の軸索を前記溝部に沿って伸長させる工程
を含む、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]前記工程(a)において、前記溝部を前記フィーダー細胞で被覆する前に、前記溝部が線維芽細胞で被覆される、[5]または[6]に記載の方法。
[8]前記神経系細胞含有細胞集団が内皮細胞をさらに含む、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]前記神経系細胞含有細胞集団に含まれる内皮細胞が血管由来の内皮細胞である、[8]に記載の方法。
[10]前記血管由来の内皮細胞が歯髄、歯肉、皮下組織、体腔内動脈、体腔内静脈および臍帯からなる群から選択される少なくとも一つの組織の血管由来の内皮細胞である、[9]に記載の方法。
[11]前記工程(c)において、前記神経系細胞含有細胞集団に含まれる内皮細胞に由来する管を形成することをさらに含む、[8]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12]前記神経系細胞および内皮細胞が同一の個体に由来するものである、[8]~[11]のいずれかに記載の方法。
[13]前記神経系細胞含有細胞集団が生体適合性材料をさらに含み、前記神経系細胞および内皮細胞が、それぞれ別個の生体適合性材料の表面に層状に存在する、[8]~[12]のいずれかに記載の方法。
[14]前記生体適合性材料がコラーゲンを含む、[13]に記載の方法。
[15]前記生体適合性材料がコラーゲンビーズを含む、[13]または[14]に記載の方法。
[16]前記溝部の長さが3mm以上である、[5]~[15]のいずれかに記載の方法。
[17][1]~[16]のいずれかに記載の方法により製造される、神経束。
[18][1]~[16]のいずれかに記載の方法により製造される神経束を、生体適合材料のシートにより被覆することを含む、移植材料を製造する方法。
[19]前記シートが線維芽細胞を含む、[18]に記載の方法。
[20]前記移植材料が神経再生用移植材料である、[18]または[19]に記載の方法。
[21][18]~[20]のいずれかに記載の方法により製造される、移植材料。
[22]神経系細胞を、血管構成細胞および血管周囲細胞から選択される少なくとも一種の細胞を含むフィーダー細胞の存在下で培養することを含む、神経系細胞の軸索を伸長させる方法。
[23]
前記フィーダー細胞が、周皮細胞、内皮細胞、線維芽細胞および平滑筋細胞からなる群から選択される少なくとも一種の細胞を含む、[22]に記載の方法。
【0008】
本発明によれば、神経系細胞の軸索を効率よく伸長させることができる。また、本発明によれば、神経系細胞の軸索を効率よく肥大させることができる。かかる本発明によれば、移植に十分な長さおよび径の軸索を有する神経束を効率よく作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、神経束を作製するための装置の概略図である。
【
図2】
図2は、フィーダー細胞として各種細胞を用いた場合の培養日数と神経線維(軸索)の長さの関係を表すグラフである。
【
図3】
図3Aは、作製された神経束の実体顕微鏡写真である。
図3Bは、作製された神経束のヘマトキシリン・エオジン(HE)染色像(縦断面像)である。
【
図4】
図4は、実施例の方法により作製された神経束の免疫染色像である。
図4Aは抗vWF抗体および抗F200抗体を用いた免疫染色写真である。
図4Bは、抗vWF抗体および抗S100抗体を用いた免疫染色写真である。
【
図5】
図5Aは、ラットの坐骨神経に神経束移植材料を移植した直後の移植部位の写真である。
図5Bは、ラットの坐骨神経に神経束移植材料を移植した後14日目の移植部位の写真である。
【
図6】
図6Aは、ラットのT9椎弓のみを切除した写真である。
図6Bは、ラットのT9椎弓および胸髄を切除した後の切除部分の写真である。
【
図7】
図7Aは、ラットの脊髄(胸髄)に神経束移植材料を移植する直前の移植対象部位の写真である。
図7Bは、ラットの脊髄(胸髄)に神経移植材料を移植した直後の移植部位の写真である。
【発明の具体的説明】
【0010】
(神経束の製造方法)
本発明の一つの実施態様によれば、神経束を製造する方法(以下、「本発明の製造方法」ともいう)が提供される。本発明の製造方法によれば、移植に十分な長さの軸索を有する神経束を作製することができる。
【0011】
神経束を製造する方法は、神経系細胞含有細胞集団を、血管構成細胞および血管周囲細胞から選択される少なくとも一種の細胞を含むフィーダー細胞の存在下で培養して、神経系細胞の軸索を伸長させる工程を含む。
【0012】
本明細書において「神経系細胞含有細胞集団」とは、後述する神経系細胞を含有する細胞集団を意味する。神経系細胞含有細胞集団は、神経系細胞以外の細胞を含んでいてもよい。
【0013】
神経系細胞含有集団に含有される神経系細胞としては、神経系を構成する細胞だけではなく、神経系を構成する細胞に分化し得る細胞が挙げられる。神経系細胞としては、具体的には、神経幹細胞、神経細胞やグリア細胞に分化し得る細胞、神経細胞やグリア細胞への分化途中の細胞(例えば未成熟神経細胞、未成熟グリア細胞等)、分化した成熟神経細胞(例えば、成熟神経細胞、成熟グリア細胞等)のいずれも用いることができる。これらの神経系細胞は市販のものであってもよく、生体から単離して調製したものであってもよく、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞から分化・誘導したものであってもよい。また、神経系細胞は、移植対象の個体に由来する細胞(自家細胞)であってもよいし、移植対象以外の個体に由来する細胞(他家細胞)であってもよい。好ましい実施態様において、神経系細胞含有集団は、神経幹細胞、神経細胞に分化し得る細胞、神経細胞への分化途中の細胞および/または成熟神経細胞を含有する。なお、神経系細胞含有細胞集団に含まれる神経系細胞は、本発明の神経束の移植対象において抗原性を示さないものであれば特に限定されず、いずれに由来するものであっても用いることができる。神経系細胞の由来としては、例えば、神経束の移植対象と同一の個体、神経束の移植対象と異なる個体、HLA(Human Leukocyte Antigen)ホモドナー、ユニバーサルドナー細胞等が挙げられる。
【0014】
神経系細胞含有細胞集団は、本発明の効果が奏される限りどのような形態であってもよいが、例えば、培地(αMEM、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地(DMEM/F12)、ハム10、ハム12、RPMI1640培地、各種神経細胞培養培地等)に神経系細胞含有細胞集団が懸濁された形態、浮遊細胞の形態等である。
【0015】
神経系細胞含有細胞集団における神経系細胞の含有量は、本発明の効果が奏される限り特に限定されないが、例えば、神経系細胞の数として103~1010個、好ましくは104~109個、より好ましくは105~108個である。
【0016】
本発明の一つの実施態様によれば、本発明の方法により製造される神経束は、該神経束を構成する神経系細胞の少なくとも一部、好ましくは全部が、その軸索部分にグリア細胞の一種であるシュワン細胞を含む髄鞘を有する。したがって、本発明の方法により製造される神経束は、特に末梢神経系における神経束として用いることができる。
【0017】
神経系細胞含有細胞集団に含まれる神経系細胞以外の細胞としては、例えば、内皮細胞、赤血球等が挙げられる。内皮細胞としては、好ましくは血管を形成し得る内皮細胞が用いられ、具体的には血管内皮細胞が挙げられる。なお、神経系細胞含有細胞集団に含まれる神経系細胞以外の細胞は、本発明の神経束の移植対象において抗原性を示さないものであれば特に限定されず、いずれに由来するものであっても用いることができる。神経系細胞以外の細胞の由来としては、例えば、神経束の移植対象と同一の個体、神経束の移植対象と異なる個体、HLA(Human Leukocyte Antigen)ホモドナー、ユニバーサルドナー細胞等が挙げられる。
【0018】
神経系細胞含有細胞集団が内皮細胞を含む場合、神経系細胞含有細胞集団をフィーダー細胞の存在下で培養することにより該内皮細胞が増殖・分化して、伸長した軸索に沿って内皮細胞に由来する管が形成される。その結果、得られる神経束が、軸索が伸長した神経系細胞(神経線維)の束に加え、神経線維(軸索)と同方向に伸び、神経線維(軸索)に付着する内皮細胞の管(血管)を有する。
【0019】
神経系細胞含有細胞集団に含まれる内皮細胞としては、内皮幹細胞、内皮細胞への分化途中の細胞、分化した成熟内皮細胞のいずれも用いることができる。また、神経系細胞含有細胞集団に含まれる内皮細胞の由来は特に限定されないが、好ましくは血管由来の内皮細胞、より好ましくは歯髄、歯肉、皮下組織、体腔内動脈、体腔内静脈または臍帯の血管由来の内皮細胞、より一層好ましくは歯髄の血管由来の内皮細胞が用いられる。これらの内皮細胞は市販のものであってもよく、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞から分化・誘導したものであってもよい。また、内皮細胞は、移植対象の個体に由来する自家細胞であってもよいし、移植対象以外の個体に由来する他家細胞であってもよい。
【0020】
神経系細胞含有細胞集団における内皮細胞の含有量は、本発明の効果が奏される限り特に限定されないが、例えば、内皮細胞の数として2×103~3×1010個、好ましくは2×104~3×109個、より好ましくは2×105~3×108個である。好ましい実施態様において、神経細胞含有集団における内皮細胞の数は神経系細胞の数より多い。
【0021】
神経系細胞含有細胞集団は、上述した細胞の他に生体適合性材料を含んでいてもよい。生体適合性材料は、神経系細胞含有細胞集団に含まれる細胞が接着することができ、細胞の成長・増殖の過程で細胞により代謝・消費されるものであれば特に限定されることなく用いることができる。そのような生体適合性材料としては、例えば、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ゼラチン、マトリゲル(登録商標)等が挙げられる。
【0022】
生体適合性材料の形状としては、上述した効果が奏される限り特に限定されないが、例えばビーズ(球状、略球状)状、棒状、膜状等が挙げられる。
【0023】
生体適合性材料の大きさとしては、例えば、形状がビーズ状の場合、直径50~400μm、好ましくは100~300μm、より好ましくは100~200μmである。
【0024】
ビーズ状の生体適合性材料は、公知の方法を用いて適宜作製することができるが、例えば、油相に生体適合性材料を滴下して油相中に液滴を形成することにより作製することができる。油相を構成する油脂は、生体適合性材料の液滴が形成される限り特に限定されず、例えば、コーン油、ナタネ油、ゴマ油等の食用油、石油、天然ガス、石炭等に由来する鉱物油(ミネラルオイル)等が挙げられる。また、ビーズ(液滴)の径は、滴下量を変えることにより適宜調整することができる。
【0025】
神経系細胞含有細胞集団に含まれる神経系細胞は、生体適合性材料の表面に層状に存在することが好ましい。具体的には、神経系細胞を生体適合性材料の表面に層状に存在させることにより、培養後、軸索が伸長した各神経系細胞がひとまとまりの束となるため、径が大きい(太い)神経束を容易に作製することができるという利点がある。
【0026】
神経系細胞を生体適合性材料の表面に層状に存在させる方法としては、公知の方法を用いることができるが、例えば、生体適合性材料と神経系細胞含有細胞集団とを混合し、混合物を非接着性シャーレ等の容器に入れて旋回培養する方法が挙げられる。
【0027】
生体適合性材料の単位質量(g)当たりの神経系細胞含有細胞集団の量は、例えば、神経系細胞の数として200~1000個、好ましくは300~800個、より好ましくは400~600個であるである。また、旋回培養の旋回条件は、例えば30~60rpm、好ましくは35~55rpm、より好ましくは40~50rpmである。
【0028】
神経系細胞含有細胞集団が内皮細胞を含む場合、神経系細胞含有細胞集団に含まれる内皮細胞は、生体適合性材料の表面に層状に存在することが好ましい。具体的には、内皮細胞を生体適合性材料の表面に層状に存在させることにより、培養の過程で、神経系細胞含有細胞集団に含まれる内皮細胞に由来する内皮細胞の層を有する複数の生体適合性材料が接触・融合し、その結果、表面が内皮細胞で構成され、内部に生体適合性材料を含む内皮細胞の管を形成することができる。そして、管内部の生体適合性材料を、管表面を構成する内皮細胞が成長・増殖する過程で取り込み、代謝・消費する結果、中空の内皮細胞の管を形成し得る。形成された内皮細胞の管は、作製される神経束の神経系細胞に酸素、栄養等を供給する管(血管)の役割を担うことができ、神経束が壊死するのを防ぐことができるという利点がある。なお、内皮細胞を生体適合性材料の表面に層状に存在させる方法としては、上述した神経系細胞を生体適合性材料の表面に層状に存在させる方法と同じ方法を用いることができる。
【0029】
神経系細胞および内皮細胞のそれぞれを生体適合性材料の表面に層状に存在させることの利点を達成するために、神経系細胞および内皮細胞はそれぞれ別個の生体適合性材料の表面に層状に存在させることが好ましい。具体的には、生体適合材料の表面に層状に神経系細胞を存在させ、別の生体適合材料の表面に層状に内皮細胞を存在させることが好ましい。
【0030】
生体適合性材料には、予め神経成長因子(NGF)、線維芽細胞成長因子β(β-FGF)、血管内皮細胞成長因子(VEGF)、肝細胞成長因子(HGF)、栄養因子等の神経系細胞の成長・増殖を促進する物質(神経細胞成長因子)を混合してもよい。生体適合性材料が神経細胞成長因子を含むことにより、生体適合性材料の表面に存在する神経系細胞の成長をより効率的に促進することができる。
【0031】
生体適合性材料に混合する神経細胞成長因子の割合は、作製される神経束の大きさ等によって適宜設定することができるが、例えば、生体適合性材料の全質量に対して1~1000ng/mg、5~750ng/mg、10~500ng/mgである。
【0032】
神経細胞成長因子は単独で用いてもよいが、糖鎖の一種であるガングリオシド3(GD3)をさらに混合してもよい。生体適合性材料に混合するGD3の量は特に限定されないが、例えば10~100ng/mg、10~75ng/mg、10~50ng/mg等である。生体適合性材料と神経細胞成長因子とを別々に凹部に添加する場合、神経細胞成長因子(GD3を用いる場合には神経細胞成長因子およびGD3)を凹部に入れ、その後に神経系細胞を入れることにより、軸索の伸長をより促進することができる。
【0033】
神経系細胞含有細胞集団が内皮細胞を含む場合、生体適合性材料には、予め血管内皮成長因子(VEGF)等の内皮細胞の成長・増殖を促進する物質(内皮細胞成長因子)を混合してもよい。生体適合性材料が内皮細胞成長因子を含むことにより、生体適合性材料の表面に存在する内皮細胞の成長をより効率的に促進することができる。
【0034】
生体適合性材料に混合する内皮細胞成長因子の割合は、作製される神経束の大きさ等によって適宜設定することができるが、例えば生体適合性材料の全質量に対して10~300ng/ml、20~200ng/ml、30~100ng/ml等である。
【0035】
生体適合性材料と内皮細胞とを別々に凹部に添加する場合、生体適合性材料の表面に内皮細胞が付着するように生体適合性材料と内皮細胞とを凹部に添加することが好ましい。このように生体適合性材料と内皮細胞とを添加することにより、内腔を有する血管の形成をより促進することができる。
【0036】
神経系細胞含有細胞集団が内皮細胞を含む場合、生体適合性材料には、予め赤血球を混合してもよい。生体適合性材料が赤血球を含むことにより、神経系細胞含有細胞集団を培養する過程で形成された中空の内皮細胞の管の内部に赤血球を存在させることができる。その結果、完全な中空を有する内皮細胞の管を作製することができる。そして、作製された中空を有する内皮細胞の管を介して、作製された神経束において、赤血球により神経系細胞に酸素が供給されるため、神経束が壊死するのを防ぐことができる。
【0037】
生体適合性材料に混合する赤血球の量は、作製される神経束の大きさ等によって適宜設定することができるが、例えば、生体適合性材料の量に対して2~20質量%、好ましくは3~10質量%、より好ましくは4~7質量%である。
【0038】
本明細書において「フィーダー細胞」とは、神経系細胞および任意に内皮細胞の生存、増殖、分化を誘導または保持する物質を産生・分泌し、神経系細胞の伸長・肥大を促進する細胞をいう。フィーダー細胞により産生・分泌される物質としては、上述した機能を有する物質であれば特に限定されないが、例えば、神経成長因子(NGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、肝細胞成長因子(HGF)、線維芽細胞成長因子(FGF-β)、栄養因子、成長ホルモン様作用物質、IGF-1等が挙げられる。
【0039】
フィーダー細胞は、上述のような物質を産生・分泌する細胞を含むものであり、具体的には、血管を構成する血管構成細胞、および血管の周囲に存在する血管周囲細胞から選択される少なくとも一種の細胞を含む。
【0040】
血管構成細胞としては、本発明の効果が奏される限り特に限定されず、例えば、周皮細胞(例えば、血管周皮細胞)、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞)等が挙げられる。また、血管周囲細胞としては、例えば、線維芽細胞(例えば、血管周囲線維芽細胞)、平滑筋細胞(例えば、血管平滑筋細胞)等が挙げられる。
【0041】
神経束を製造する方法は、神経系細胞含有細胞集団を、血管構成細胞および血管周囲細胞から選択される少なくとも一種の細胞を含むフィーダー細胞の存在下で培養して、神経系細胞の軸索を伸長させる工程を含む限り特に限定されないが、当該工程は、例えば以下の工程(a)~(e)のようにして行うことができる。
【0042】
工程(a)
本工程では、少なくとも一つの凹部と、該凹部に接続する溝部であって、フィーダー細胞で被覆されている溝部とを備える基板が準備される。
【0043】
基板の材質は、本発明の効果が奏される限り特に限定されないが、例えば、ジメチルポリシロキサン、ポリスチレン、ポリプロピレン等が挙げられる。
【0044】
基板の形状および寸法は、本願発明の効果が奏される限り適宜設定することができる。基板の形状としては、少なくとも一つの平面を有することが好ましく、例えば直方体状、立方体状、円筒状等の形状であり、好ましくは直方体状である。
【0045】
基板の寸法は、少なくとも一つの凹部および溝部を備えることができれば特に限定されず、例えば、形状が直方体の場合、その寸法は、縦および横の長さが5~20cm、5~15cm、5~10cm、高さ(深さ)が1~10cm、1~5cm、1~3cmである。
【0046】
基板は、神経系細胞含有細胞集団を収容するための少なくとも一つの凹部を備える。基板が複数の凹部を備える場合、該複数の凹部の配置は本発明の効果が奏される限り特に限定されないが、好ましくは複数の凹部は基板の同一の平面上に存在する。例えば、基板は二つの凹部を備え、該二つの凹部は基板の同一の平面上に存在する。
【0047】
凹部の形状および寸法は、本発明の効果が奏される限り適宜設定することができる。凹部の形状としては、例えば円筒状、直方体状、立方体状、半球状等の形状が挙げられる。
【0048】
凹部の形状が円筒状の場合、その寸法は、例えば、開口部の直径が1~15mm、好ましくは1~10mm、より好ましくは1~7mmであり、高さ(深さ)が2~8mm、好ましくは3~7mm、より好ましくは4~6mmである。なお、基板が複数の凹部を備える場合、それらの形状および/または寸法は、互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0049】
基板は凹部に接続する溝部を備え、該溝部はフィーダー細胞により被覆されている。溝部は、フィーダー細胞で被覆される前に、線維芽細胞で被覆されてもよい。溝部が線維芽細胞で被覆される場合、溝部は、好ましくは最初に線維芽細胞で被覆され、次いで、被覆された線維芽細胞に重ねてフィーダー細胞で被覆される。溝部の配置は本発明の効果が奏される限り特に限定されないが、溝部と凹部とは同一平面上に存在する。また、基板が複数の凹部を備える場合、各凹部はそれぞれ溝部と接続しており、好ましくは溝部を介して複数の凹部が接続されている。例えば、基板は同一の平面上に二つの凹部を備え、該二つの凹部と同一平面上に存在する溝部を介して二つの凹部が接続されている。
【0050】
溝部の形状(断面形状)および寸法(長さ、深さ)は、本発明の効果が奏される限り適宜設定することができる。溝部の形状としては、例えば、凹字状、V字状、U字状、Ω型形状等が挙げられる。
【0051】
溝部の長さ(凹部からの距離)としては、例えば3~50mm、好ましくは15~40mm、より好ましくは20~30mmである。また、溝の深さとしては、例えば、50~300μm、好ましくは75~250μm、より好ましくは100~200μmである。また、溝の幅としては、例えば、50~300μm、好ましくは75~250μm、より好ましくは100~200μmである。なお、基板が複数の凹部を備える場合、溝部の長さは凹部間の長さ(距離)をいう。
【0052】
工程(b)
本工程では、神経系細胞含有細胞集団が凹部に添加される。好ましい実施態様において、神経系細胞含有細胞集団は生体適合性材料、好ましくはコラーゲンビーズ等のビーズ表面に層状に存在する状態で凹部に添加される。なお、神経系細胞含有細胞集団が内皮細胞を含む場合、神経系細胞含有細胞集団に含まれる神経細胞と内皮細胞とが、それぞれ別個の生体適合性材料、好ましくはコラーゲンビーズ等のビーズの表面に層状に存在する状態で凹部に添加される。凹部に添加される神経系細胞含有細胞集団の量としては、本発明の効果が奏される限り特に限定されないが、例えば、神経系細胞の数として103~1010個、好ましくは104~109個、より好ましくは105~108個である。また、神経系細胞含有細胞集団が内皮細胞を含む場合、凹部に添加される内皮細胞の量は、神経系細胞の数と内皮細胞の数との比(神経系細胞の数:内皮細胞の数)として、例えば1:1~1:10、1:2~1:7、1:3~1:5である。
【0053】
工程(c)
本工程では、基板の凹部および溝部に培養液を添加して、凹部に添加された神経系細胞含有細胞集団を培養することにより、基板の溝部に沿って神経系細胞の軸索が伸長される。
【0054】
添加される培養液としては、神経系細胞の培養に通常用いられる培養液であれば特に限定されず、例えば、神経細胞培養培地、DMEM、RPMI1640培地、EMEM、ハム10、ハム12等の基本培地、基本培地を改良したDMEM/F12等が挙げられる。これらの培地には、L-グルタミン、L-アラニン等の各種アミノ酸、ウシ胎児血清(FBS)等の添加剤、アルブミン等を添加してもよい。培地にFBSを添加する場合、その濃度は、培地に対して、例えば5~20質量%、7~15質量%、10~15質量%である。また、培養液の添加方法としては、凹部および溝部のそれぞれに培養液を添加してもよく、予め培養液を満たした容器に基板を浸して、凹部および溝部のそれぞれに培養液を供給してもよい。
【0055】
培養条件としては、神経系細胞含有細胞集団に含まれる細胞が成長・増殖する限り特に限定されないが、例えば、温度35~38℃、CO2濃度3~5%、培養時間20~24時間の条件での静置培養が挙げられる。なお、神経系細胞の軸索の伸長の程度に応じて、静置培養と還流培養とを組み合わせてもよい。還流培養の条件は、例えば、温度35~38℃、CO2濃度3~5%、還流速度1~10ml/時間、好ましくは2~5ml/時間、培養時間72時間~60日間とすることができる。
【0056】
(神経束)
本発明の一つの実施態様によれば、上記方法により製造された神経束(以下、「本発明の神経束」ともいう)が提供される。本発明によれば、神経束の軸索を、移植に十分な長さに伸長させることができる。
【0057】
神経束は、必要に応じて複数を組み合わせて、神経束の束として用いることもできる。神経束の束は、予め準備した生体適合性材料のシートで複数の神経束をロール(被覆)することによって作製することができる。生体適合性材料のシートとしては、本発明の効果が奏される限り特に限定されず、例えば、線維芽細胞のシート、膠原線維網のシート、弾性線維網のシート等が挙げられる。
【0058】
本発明の一つの実施態様によれば、神経束を、予め準備した線維芽細胞のシートの上に複数配置し、複数の神経束を線維芽細胞のシートで巻き物(海苔巻き)状にロールすることによって神経束の束とすることができる。神経束の束の太さ(径)は、線維芽細胞のシートに配置する神経束の数により任意に変えることができる。このように、神経束を線維芽細胞のシートでロールした場合、該線維芽細胞のシートの端部と、移植対象となる神経の損傷部(神経断端)とを縫合することにより、容易に移植することが可能となる。
【0059】
神経束は、損傷を受けた神経の代替となる移植材料(神経再生用移植材料)として用いることができる。移植対象は特に限定されず、例えば、中枢神経系、末梢神経系等に移植することができるが、好ましくは末梢神経系に移植される。
【0060】
神経束は、移植対象の個体に由来する細胞(自家細胞)を用いて作製することもできるし、移植対象以外の個体に由来する細胞(他家細胞)を用いて作製することもできる。したがって、自家細胞を用いて本発明の神経束を作製することによって、神経束の材料となる細胞の由来である個体に対して拒絶反応をほとんど引き起こすことなく神経束を移植(自家移植)することが可能となる。
【0061】
(神経系細胞の軸索の伸長方法)
本発明の一つの実施態様によれば、神経系細胞の軸索を伸長させる方法(以下、「本発明の方法」ともいう)が提供される。本発明の方法によれば、神経系細胞の軸索を効率的に伸長させることが可能となる。また、本発明の方法によれば、神経の軸索の径を効率的に大きくすることも可能となる。
【0062】
本発明の方法は、神経系細胞含有細胞集団を、血管構成細胞および血管周囲細胞から選択される少なくとも一種の細胞を含むフィーダー細胞の存在下で培養して、神経系細胞の軸索を伸長させる工程を含む。
【0063】
本発明の方法において、神経系細胞含有細胞集団およびフィーダー細胞は、上述の神経束の製造方法において説明したのと同じものを用いることができる。
【0064】
本発明の方法において、神経系細胞含有細胞集団を、血管構成細胞および血管周囲細胞から選択される少なくとも一種の細胞を含むフィーダー細胞の存在下で培養して、神経系細胞の軸索を伸長させる工程の具体的な条件等は、上述の神経束の製造方法において説明したのと同じものを用いることができる。
【実施例0065】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0066】
実施例1:神経系細胞含有細胞集団の作製
以下の手順に従って、本実施例において用いられる神経系細胞含有細胞集団を作製した。
ヒトの歯髄、歯肉上皮組織下層、口腔内上皮組織下層から採取された口腔内間葉細胞を細胞接着性シャーレ(IWAKI社製)に播種し、ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF12(DMEM/F12)を使用して、37℃、CO2濃度4.5~5.5%で3~7継代まで培養し、トリプシン・EDTA液で細胞を分離させ、分離した細胞を新しいシャーレに薄く(少数)播種し、増殖能の高い大きなコロニーをコロニアルクローニング(colonial cloning)して、歯髄由来間葉幹細胞を得た。得られた幹細胞を、神経誘導培地(Takahashi et al., Human Cell, Vol.30, Issue 2, pp60-71に記載された文化誘導培地)に上皮成長因子(EGF)を10ng/mlおよび線維芽細胞増殖因子β(β-FGF)を10ng/mlとなるように添加した培地を使用して、37℃、CO2濃度4.5~5.5%で培養し、分化を誘導して神経系細胞含有細胞集団を作製した。免疫染色およびRT-PCRで分析をしたところ、分化誘導後の細胞として、神経幹細胞、未成熟神経細胞、未成熟グリア細胞、成熟神経細胞および成熟グリア細胞が含まれていることが確認された。また、チロシンヒドロキシラーゼ抗体を用いた免疫染色により、分化誘導後の細胞としてドーパミン細胞が含まれていることが確認された。
【0067】
実施例2:内皮細胞の作製
以下の手順に従って、本実施例において用いられる内皮細胞を作製した。
ヒトの口腔内から採取された血管網含有組織を消化酵素で処理して細胞を分離させ、初代培養を行った。形態的に判別できる内皮細胞のコロニーをコロニアルクローニング(colonial cloning)で分離し、これを増殖させて内皮細胞を得た。また、別の方法として、マトリゲルコーティングしたシャーレに初代培養細胞を播種し、VEGF(10~50ng/ml)を培養液に添加して培養し、管腔を形成する構造物を分離し、これを構成する細胞を増殖させて内皮細胞を得た。
【0068】
実施例3:神経系細胞ビーズの作製
以下の手順に従って、本実施例において用いられる神経系細胞ビーズを作製した。
アテロコラーゲン液(株式会社高研製)に、10倍に濃縮したダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地(DMEM/F12)を、アテロコラーゲン液に対して10質量%となるように添加し、撹拌・混合してアテロコラーゲン混合液を得た。得られたアテロコラーゲン混合液を、アテロコラーゲンの粒子(ビーズ)径が200μmとなるように、コーン油に滴下して生体適合性材料(コラーゲンビーズ)を作製した。得られたコラーゲンビーズと実施例1で作製された神経系細胞含有細胞集団とを質量比1:500となるように混合し、混合後、非接着性シャーレ(IWAKI社製)に入れて40~60rpmの旋回速度で培養し、コラーゲンビーズの表面に神経系細胞含有細胞集団を層状に保持させて、神経系細胞ビーズを作製した。
【0069】
実施例4:内皮細胞ビーズの作製
以下の手順に従って、本実施例において用いられる内皮細胞ビーズを作製した。
アテロコラーゲン液(株式会社高研製)に、8~10倍に濃縮したRPMI1640培地をアテロコラーゲン液に対して10質量%となるように添加した。さらに、血管内皮増殖因子(VEGF)(Sigma社製)を50ng/mlとなるように添加し、さらに赤血球を5質量%となるように添加し、撹拌・混合してアテロコラーゲン混合液を得た。得られたアテロコラーゲン混合液を、アテロコラーゲンの粒子(ビーズ)径が100μmとなるように、コーン油に滴下して生体適合性材料(コラーゲンビーズ)を作製した。得られたコラーゲンビーズと実施例2で作製された内皮細胞とを質量比1:500となるように混合し、混合後、非接着性シャーレ(IWAKI社製)に入れて40~60rpmの旋回速度で培養し、コラーゲンビーズの表面に内皮細胞を層状に保持させて、内皮細胞ビーズを作製した。
【0070】
実施例5:神経束作製装置の作製
以下の手順に従って、神経束作製のための装置を作製した。
ジメチルポリシロキサンの基板(縦5cm×横5cm×厚み1cm)の表面に直径5mm、深さ5mmの凹部を3cmの間隔で二つ形成した。さらに、二つの凹部の間に、二つの凹部を接続する幅150μm、深さ150μmの直線状の溝部を形成して、神経束作製のための装置を作製した。作製された装置の概略図を
図1に示す。
【0071】
実施例6:神経束の作製
本発明の神経束の作製に先立ち、以下の手順により、神経系細胞の軸索を伸長させるのに好適なフィーダー細胞を検討した。
実施例5で作製された装置を4つ準備し、それぞれ装置の溝部に、フィーダー細胞として血管構成細胞(血管周皮細胞、血管内皮細胞、血管由来平滑筋細胞)または血管周囲細胞(血管周囲線維芽細胞)を播種した。その後、各装置を培養容器に入れ、ウシ胎児血清(FBS)を15質量%となるように添加したDMEM/F12を培養容器に添加した。培養容器をCO
2インキュベーター(温度37℃、CO
2濃度4.7%)内に静置して、各装置の溝部の細胞を培養し、溝部に単層の各細胞の層を形成させた。次いで、実施例3で作製された神経系細胞ビーズおよび実施例4で作製された内皮細胞ビーズを、質量比3:1となるように混合し、各装置の二つの凹部のそれぞれにマイクロピペットで添加した。それぞれの凹部にDMEM/F12培地を添加して、各装置をCO
2インキュベーター(温度37℃、CO
2濃度4.7%)内に静置して20時間培養した。次いで、各装置をチャンバー(縦6cm×横6cm×厚み2cm)内に入れ、72~168時間還流培養(流速2ml/分、温度37℃、CO
2濃度4.7%)し、神経系細胞の軸索を溝部の各細胞層上に伸長させて、培養日数と神経束の長さとの関係を検討した。結果を
図2に示す。なお、
図2には示していないが、血管周皮細胞、血管内皮細胞、血管周囲線維芽細胞および血管由来平滑筋細胞をフィーダー細胞として用いた場合の培養開始後30日における軸索の径は、それぞれ100~150μm程度、50~80μm程度、20~30μm程度および10~20μm程度であった。一方、フィーダー細胞を用いなかった場合には、神経系細胞の軸索はほとんど伸長、肥大せず、培養開始後30日における長さは5~10μm程度、径は5~10μm程度であった。
【0072】
図2の結果から、血管構成細胞または血管周囲細胞をフィーダー細胞として用いた場合には、神経系細胞の軸索が効率的に伸長することが示された。特に、血管構成細胞である血管周皮細胞または血管内皮細胞をフィーダー細胞として用いた場合には、神経系細胞の軸索が非常に効率的に伸長することが示された。
【0073】
以下、血管周皮細胞をフィーダー細胞として用いて、以下の手順に従って神経束を作製した。
実施例5で作製された装置の溝部に線維芽細胞を播種して、単層の線維芽細胞の層を形成した。次いで、線維芽細胞の上にヒト由来の血管周皮細胞を播種して、単層~多層の血管周皮細胞の層を形成した。その後、装置を培養容器に入れ、ウシ胎児血清(FBS)を15質量%となるように添加したDMEM/F12を培養容器に添加した。培養容器をCO
2インキュベーター(温度37℃、CO
2濃度4.7%)内に静置して、装置の溝部の線維芽細胞および血管周皮細胞を培養し、溝部に単層の線維芽細胞層および線維芽細胞層上に接着した単層の血管周皮細胞の層を形成した。次いで、実施例3で作製された神経系細胞ビーズおよび実施例4で作製された内皮細胞ビーズを、質量比3:1となるように混合し、装置の二つの凹部のそれぞれにマイクロピペットで添加した。それぞれの凹部にDMEM/F12培地を添加して、装置をCO
2インキュベーター(温度37℃、CO
2濃度4.7%)内に静置して20時間培養した。次いで、装置をチャンバー(縦6cm×横6cm×厚み2cm)内に入れ、30日間還流培養(流速2ml/分、温度37℃、CO
2濃度4.7%)し、神経系細胞の軸索を溝部の線維芽細胞層および血管周皮細胞層上に伸長させて、軸索が伸長した神経系細胞(神経繊維)の束(本発明の神経束)を得た。なお、得られた神経束は、軸索が伸長した神経系細胞(神経線維)の束に加え、神経線維(軸索)と同方向に伸び、神経線維(軸索)に付着する内皮細胞の管(血管)を有していた。また、神経束の長さは約3cm、径は約100~150μmであった。また、線維芽細胞層を構成する線維芽細胞が成長・増殖し、溝部に線維芽細胞のシートが形成された。得られた神経束の顕微鏡写真および免疫染色像をそれぞれ
図3(A:実体顕微鏡像、B:ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色像(縦断面像))に示す。
図3AおよびBにおいて、神経束に沿ったものは、内皮細胞の管(血管)である。また、得られた神経束の免疫染色像を
図4に示す。
図4AおよびBにおいて、神経束に沿った白色または灰色の線状部分は、内皮細胞の管(血管)である。すなわち、本実施例の方法により作製された神経束は、軸索が伸長した神経系細胞に加えて、軸索に沿って存在する内皮細胞の管(血管)を有する。
【0074】
次いで、溝部に形成した神経束を、溝部に形成した線維芽細胞のシートでロールして被覆した。線維芽細胞のシートで被覆した神経束を複数準備し、予めシャーレで作製しておいた大きな線維芽細胞シートで複数の神経束をロールして被覆することで移植材料とし、後述する移植に供した。
【0075】
実施例7:神経束の移植(ラット坐骨神経への移植)
実施例6で作製された神経束の移植材料を、以下の方法に従ってラットの坐骨神経に移植した。
ラット(ヌードラットF344/NJcl-rnu/rnu、15週齢、雄、日本クレア社製)を、三種混合麻酔薬(塩酸メデトミジン(0.15mg/0.15ml/kg)、ミタゾラム(2mg/0.4ml/kg)、酒石酸ブトルファノール(2.5mg/0.5ml/kg)および生理食塩水(1.45ml/kg)の混合物)を腹腔内投与して全身麻酔し、坐骨神経の一部を切除した。実施例6で作製された神経束移植材料(長さ約1cm、径約1mm)の2つの端部のそれぞれを、坐骨神経切除後の2つの神経断端のそれぞれに手術用縫合糸(10-0ナイロン)を用いて3針縫合し、切除した坐骨神経部分に神経束移植材料を移植した。移植後14日目には神経束移植材料とラットの坐骨神経とが接合され、神経移植材料の壊死は観察されなかった。神経束移植材料の移植直後および移植後14日目の移植部位の写真を
図5に示す(A:移植直後、B:移植後14日目)。また、神経束移植材料を移植した後のラットの経過を観察したところ、足趾が十分に開き、自家神経を移植した比較対象のラットと同様に活動した。また、寿命が短縮する等の影響も見られなかった。これらの結果から、移植された神経束移植材料が、切除された坐骨神経に代わって機能することが示された。
【0076】
実施例8:神経束の移植(ラット脊髄への移植)
実施例6で作製された神経束の移植材料を、以下の方法に従ってラットの脊髄に移植した。
ラット(Wistar、6~8週齢、雌、日本エスエルシー社製)を、実施例7に記載したのと同様の方法により麻酔し、T9椎弓および胸髄の一部(1髄節分である2mm)を切除した。T9椎弓および胸髄の一部を切除した後のラットの写真を
図6に示す(A:T9椎弓切除後、B:T9椎弓および胸髄切除後)。実施例6で作製された神経束移植材料(長さ約5~8mm、径約2~3mm)を、切除した胸髄の神経部分に移植した。神経束移植材料の移植前後の移植部位の写真を
図7に示す(A:移植前、B:移植後)。なお、
図7Bの写真中央分の白色部分が移植された神経束移植材料である。神経束移植材料を移植した後のラットの経過を観察したところ、自家神経を移植した比較対照のラットと同様に活動し、左右の下肢の運動が回復した。また、寿命が短縮する等の影響も見られなかった。これらの結果から、移植された神経束移植材料が、切除された胸髄の神経部分に代わって機能することが示された。
本発明によれば、神経系細胞の軸索を効率よく伸長および肥大させることができることができる。その結果、移植に十分な長さおよび径の軸索を有する神経束を効率よく作製することができ、神経の移植に必要な神経束移植材料を効率よく提供することが可能となる。