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  • 特開-半導体デバイスの接合部材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022051481
(43)【公開日】2022-03-31
(54)【発明の名称】半導体デバイスの接合部材
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/52 20060101AFI20220324BHJP
   H01L 25/07 20060101ALI20220324BHJP
【FI】
H01L21/52 B
H01L25/04 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020193164
(22)【出願日】2020-11-20
(62)【分割の表示】P 2020157041の分割
【原出願日】2020-09-18
(71)【出願人】
【識別番号】515230073
【氏名又は名称】株式会社半導体熱研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福井 彰
(72)【発明者】
【氏名】福井 としゑ
【テーマコード(参考)】
5F047
【Fターム(参考)】
5F047AA03
5F047BA15
5F047BB03
5F047BC01
5F047BC02
5F047BC06
5F047BC31
5F047CA01
5F047CA02
(57)【要約】
【課題】動作温度が300℃に達する半導体デバイスと電極兼放熱基板の接合に用いることができ、通電に対して十分な耐性を有する低温接合の接合部材を提供する。
【解決手段】半導体デバイス20と基板30を接合するために用いられる接合部材10であって、Ag、Cu、Au、及びAlのいずれかからなる熱応力緩和層11と、熱応力緩和層の半導体デバイスが接合される側に設けられた、AgとSnを主成分とする第1Ag蝋材層12と、熱応力緩和層の基板が接合される側に設けられ、AgとSnを主成分とする第2Ag蝋材層13と、熱応力緩和層と第1Ag蝋材層の間に設けられ、Ni及び/又はNi合金からなる第1バリア層14と、応力緩和層と第2Ag蝋材層の間に設けられ、Ni及び/又はNi合金からなる第2バリア層15とを備え、パワーサイクルテスト後の接合部材熱伝導率が200W/m・K以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体デバイスと基板を接合するために用いられる接合部材であって、
Ag、Cu、Au、及びAlのいずれかからなる熱応力緩和層と、
前記熱応力緩和層の、前記半導体デバイスが接合される側に設けられた、AgとSnを主成分とする第1Ag蝋材層と、
前記熱応力緩和層の、前記基板が接合される側に設けられた、AgとSnを主成分とする第2Ag蝋材層と、
前記応力緩和層と前記第1Ag蝋材層の間に設けられた、Ni及び/又はNi合金からなるからなる第1バリア層と、
前記応力緩和層と前記第2Ag蝋材層の間に設けられた、Ni及び/又はNi合金からなる系からなる第2バリア層と
を備え、
通電による300℃への加熱と25℃への冷却を30000回繰り返すパワーサイクルテストを行った後の熱伝導率が200W/m・K以上である
ことを特徴とする半導体デバイス接合部材。
【請求項2】
前記熱応力緩和層がAgからなることを特徴とする請求項1に記載の半導体デバイス接合部材。
【請求項3】
前記第1Ag蝋材層及び前記第2Ag蝋材層の空隙率が5vol%以下であり、該第1Ag蝋材層及び該第2Ag蝋材層の合計厚さが接合部材全体の厚さの10%以下であることを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の半導体デバイス接合部材。
【請求項4】
前記熱応力緩和層の空隙率が40vol%以下であることを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の半導体デバイス接合部材。
【請求項5】
全体の厚さが10μm以上300μm以下である、請求項1から4のいずれかに記載の半導体デバイス接合部材。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の半導体デバイス接合部材を含む半導体モジュール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体デバイスと電極兼放熱基板等の基板を接合するために用いられる接合部材に関する。
【背景技術】
【0002】
世界各国で電動車(例えば電気自動車。EV: Electric Vehicle)が普及しつつある。こうしたなか、そのモータの制御装置等に用いるべく、Si半導体デバイスあるいはSiC半導体デバイスを使用した、絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT: Insulated Gate Bipolar Transistor)等の小型化及び高性能化が図られている。
【0003】
小型で高性能の半導体モジュールであるIGBTでは、半導体デバイスで大量に発生する熱を放熱し冷却するために電極兼放熱基板に放出する必要がある。半導体デバイス(なお、多くの場合、半導体デバイスの接合面には電極と接合層を兼ねたNi層等が設けられている。)を構成するSi、SiC、GaNの線膨張係数4~6 ppm/Kの範囲と小さい。一方、電極兼放熱基板を構成するCuの線膨張係数 17ppm/Kと大きい。半導体デバイスからの放熱効率を考えれば、発熱体である半導体デバイスに、何も介在させず直接、電極兼放熱基板を接合することが望ましい。また、そうした接合を行うために高真空加圧加熱法の技術も開発されている。しかし、半導体デバイスと放熱基板では材質が異なり、また上記の通り両者の線膨張係数に大きな差がある。IGBTが動作した際に熱が発生すると、半導体デバイスと電極兼放熱基板の接合部で熱応力が生じて両者が剥離することは公知の事実であり、半導体デバイスと電極兼放熱基板を直接接合したものは未だ実用化に至っていない。現状は、半導体デバイスと電極兼放熱基板を一定の厚みを有し柔軟性のあるハンダで接合することにより、この熱応力を緩和している。10μm以下の厚さでは応力緩和の能力が不足することから、30~300μm(多くの場合50~150μm)の厚さのハンダで両者を接合した製品が使用されている。特に、発熱が大きいIGBTでは半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合するダイボンド(接合)技術が重要である。
【0004】
IGBTの半導体デバイスに取り付ける電極兼放熱基板には通電機能が必要であることから、主にCuもしくはCu合金からなるものが使用されている。しかし、厚く大型のCu板からなる電極兼放熱基板にPb系やSn系のハンダで半導体デバイスを接合した場合、IGBTが動作した際に半導体デバイスに熱が生じると、線膨張係数差によって両者が剥離するという問題があった。この対策として、セラミック基板の上下面に薄いCu箔を種々の方法(高耐熱性及び高熱伝導率を有するAgCuSnTi等を用いたAg蝋付けも含まれる)で貼り付けることにより電極兼放熱基板の見かけ上の線膨張係数を7~10ppm/Kに低下させたDBC(Direct Bonded Cupper)と半導体デバイスをPb系やSn系のハンダで接合することにより最高動作温度を150℃とした製品が量産されている。また、ハンダの種類を工夫することで最高動作温度を175℃としたIGBTも報告されている。しかし、それ以上に動作温度を上昇させるには限界があるとされている。また、セラミックの厚さに対してCu箔を薄くすればDBCの線膨張係数は低下するが、熱伝導率が低くなるという問題がある。近年では、熱伝導率を向上するために厚いCuを貼り付けたDBCが開発されているが、Cuを厚くするとDBCの線膨張係数がCuの線膨張係数に近い値になり、ハンダによる接合では熱応力によって剥離が起こる。他に、電極部と絶縁部を分離した方法もあるが、厚く大型のCu板をハンダで接合することは難しい。また、セラミックと冷却器の接合には柔軟な樹脂剤であるサーマルグリスが用いられている。しかし、樹脂剤は熱伝導率が0.1~1W/m・Kと非常に低いため、半導体デバイスの両面を冷却する方式で放熱しなければならないという制約がある。
【0005】
近年では、ハンダでの対応の開発が盛んに行われたが、融点が200℃以上と高温であるPb系やSn系のハンダを用いても200℃のヒートサイクルテストで問題が生じている。また、融点が356℃のAuハンダでも225℃のヒートサイクルテストでは同様の問題が生じている。これらは、200℃以上のヒートサイクルテストを行うとハンダの組織構造が大きく変化し劣化することが原因であることが分かってきた。
【0006】
そこで、ハンダに代わる新たな接合部材の開発が進められている。そうした接合部材の代表的なものの1つに、ナノAg粒子(ナノサイズのAg粒子)を用いたものがある。ナノAg粒子を用いると200℃台の低い温度で半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合することが可能であり、熱伝導率が200W/m・K以上と高く、接合後の融点も960℃と高いという特性が得られると期待されている。例えば、非特許文献1-3には、ナノAg粒子が、その表面活性によりバルク材料の融点よりも低い温度で焼結(低温焼結)されるという現象が記載されている。しかし、特許文献2には、ナノAg粒子を焼結させた接合部材を250℃で放置するヒートテストで特性が大幅に低下したことが報告されている。非特許文献3では、ナノAg粒子をダイボンド材料として用いたパワー半導体モジュールについて、-40℃への冷却と125℃への加熱を繰り返したヒートサイクルテストの結果から、ダイボンド材料としてハンダを用いる場合と同程度の信頼性が得られるとされている。しかし、この接合部材では、ナノAg粒子から成長した二次粒子が焼結されない部分(二次粒子の未焼結部)やボイドが存在する。そのため、十分な強度を得ることができず、300℃に達するヒートサイクルテストを行うと粒界を起点とする割れや欠けが生じやすく、最高動作温度が300℃に達する半導体デバイスを接合することは難しい。
【0007】
一般的なAg粉末の焼結開始温度は450℃以上である。Ag粉末に30Mpaの荷重をかけて900℃に加熱して焼結すると純Ag板と同等の熱伝導率(420W/m・K)を持つ焼結体ができる。これよりも低圧で焼結するとボイドが内在する量が増加する。ボイドの内在量と熱伝導率には相関性がある。ナノAg粒子は極めて微細なため均一に焼結されるとされているが、厳密にはマイクロボイドが多数に存在するとも言われている。また、接合温度を300℃とした焼結体では熱伝導率が250W/m・Kになったとされており、これは部分的に二次粒子の焼結が進んだ結果であると考えられる。一方で、この焼結体では大きなボイドが発生するとも言われている。例えば、作製した焼結体の熱伝導率が200W/m・Kの場合には、1-(200/420)=0.52で52%の熱伝導率の低下があり、これは焼結不足により52%の二次粒子の未焼結部とマイクロボイドが内在していることを反映している。また。熱伝導率が250W/m・Kの場合には、1-(250/420)=0.40で40%の熱伝導率の低下があり、これは焼結不足により40%の二次粒子の未焼結部とマイクロボイドに加えてマイクロボイドよりも大きいボイドが内在していることを反映している。これが、ヒートテストやヒートサイクルテストにおいてナノAg接合部材が疲労劣化する原因になっていると考えられる。他に、動作温度が低いIGBTでもナノAg粒子の使用が進んでいない原因として、ナノAg粒子の価格がAuより高く(Ag建値の50~100倍と非常に高価であり)、今後も大幅に価格が低下する可能性が無いためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第6834979号明細書
【特許文献2】特開2013-229474号公報
【特許文献3】特開2019-36603号公報
【特許文献4】特開2019-79960号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】菅沼克昭ほか,"次世代パワー半導体実装の要素技術と信頼性", 2016年5月31日,株式会社シーエムシー出版
【非特許文献2】平塚大祐ほか,"パワー半導体の高温動作を可能にするダイボンド材料及び焼結接合技術",株式会社東芝,Vol.70,No.11,2015,p.46-49,2015年11月
【非特許文献3】守田俊章,"Agナノ粒子を用いた高耐熱低熱抵抗Pbフリー接合技術とパワー半導体モジュール実装への展開",2008年12月,大阪大学大学院工学研究科
【非特許文献4】八坂慎一ほか,"接合材料の評価を目的としたパワーサイクル試験",2016年10月1日,神奈川県産業技術センター
【非特許文献5】両角朗ほか," パワー半導体モジュールにおける信頼性設計技術",201年2月10日,富士電機株式会社
【非特許文献6】山口浩二ほか,"車載用半導体製品の品質・信頼性の作りこみ",2011年3月10日,富士電機株式会社
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者は、特許文献1において新たな接合部材を提案している。これは、半導体デバイスが破壊しない条件で、Ag、Cu、及びAuのうちの少なくとも1種類とSnを用いて液相拡散法(液相焼結法、反応焼結法、遷移焼結法、溶浸焼結法を含む。)により半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合するものである。この接合部材では、液相拡散の際にできるボイドを半導体デバイスと電極兼放熱基板の間に生じる熱応力の緩和に利用している。この接合部材では、Ag等とSnを主成分とする合金を用いることにより、ボイドの存在による熱伝導率の低下やボイドを起点に起こる破壊を回避している。
【0011】
具体的には、この接合部材は、Ag、Cu、及びAuのうちの少なくとも1種類とSnとを主成分とし融点が500℃以上である合金からなり、内部に、総体積が全体の5パーセント以上40パーセント以下である複数のボイド(空隙)を有する。この接合部材は、主に大型の半導体デバイスと電極兼放熱基板の接合を目的として開発したものである。特許文献1では、例えば、AgとSnの粉末を主成分とし、非酸化雰囲気で300℃に加熱しつつ1MPaの圧力を5分間加えるという液相拡散法により、Snを溶融させAg板材(ボイド含む)の内部に拡散させて半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合している。また、Ag板材の両面にそれぞれ、Snめっき処理を施したSiC半導体デバイスと、Snめっき処理を施したCu電極兼放熱基板とを配置して積層体を作製し、非酸化雰囲気で300℃に加熱しつつ1MPaの圧力を5分間加えることによりSnを溶融させAg板材(ボイド含む)の内部に拡散させて半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合している。
【0012】
特許文献1に記載の接合部材は、-40℃への冷却と300℃への加熱を300回繰り返すヒートサイクルテストを行った後の熱伝導率が120W/m・K以上、電気伝導率が50%IACS以上であるという優れた特性を有する。これは、接合部材の内部に存在するボイド(空隙)によって熱応力が緩和されたことによるものと考えられる。
【0013】
従来、接合部材の特性を評価するために、半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合部材で接合した試験片をオーブンに入れて加熱するヒートテストや、加熱と冷却を30分毎に繰り返すヒートサイクルテストが行われている。しかし、実際のIGBTにおける半導体デバイスの動作時の温度上昇は通電により数秒で起こるものであり、オーブンによる加熱よりも急激に接合部の温度が上昇する。従って、半導体デバイスと電極兼放熱基板の間の通電による温度上昇を再現し、数秒での加熱と数十秒での冷却を繰り返すパワーサイクルテストで評価する方法が実態に近い。このため、特に、動作温度が高い半導体モジュールを想定した場合には、オーブンに入れて加熱するヒートキープテストやヒートサイクルテストに合格してもパワーサイクルテストで不合格になることが問題視されている。上記の通り、特許文献1に記載の接合部材は、ヒートサイクルテスト後の熱伝導率が120W/m・K以上、電気伝導率が50%IACS以上であるという優れた特性を有していたが、今回、300℃への加熱と25℃への冷却を繰り返すパワーサイクルテストを行うと、そこが疲労劣化し熱伝導率や電気伝導率が低下する。更に接合部の亀裂や破壊が起こることが分かった。
【0014】
本発明が解決しようとする課題は、半導体モジュールの最高動作温度が300℃に達する半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合するために用いることができ、半導体デバイスと電極兼放熱基板の間の通電に対しても十分な耐性を有する接合部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
従来、接合部材の融点が耐熱性の指標とされてきたが、本発明者は、Pb系、Sn系、Au系ハンダでは、融点が200℃以上であるにも関わらず、200℃以上融点未満の温度でヒートテストを行うと材料の組織構造が変化して劣化すること、また、ヒートテストの前後の接合強度が指標とされてきたが参考値にしかならず、それらのハンダにより接合する部材間に線膨張係数差があると劣化がより大きくなることを発見した。また、非特許文献2に記載されているように、融点が960℃以上であるナノAg粒子を焼結した部材でも、225℃のパワーサイクルテストで未焼結により生じた二次粒子の未焼結部とマイクロボイドに由来する劣化が起こる。さらに、上記の通り特許文献1に記載の接合部材でも300℃のパワーサイクルテストで問題が露見した。そのため、これらは300℃で動作する半導体デバイスに対応した接合部材には成りえない。他に種々の発明が行われているが最高動作温度が300℃に達する半導体デバイスを接合するために使用可能なものは見つからない(例えば特許文献3、4)。
【0016】
また、半導体デバイスで発生した熱を効率よく電極兼放熱基板に放出するためには、接合部材の熱伝導率が十分に高くなければならない。電動車等のモータに内蔵するために、IGBTの大きさを初期モデルの10分の1程度まで小型化するという開発目標が示されている。また、半導体デバイス自体も従来の5分の1程度まで小型化されている。接合部材として高温Pb系ハンダを使用した半導体モジュールにおける半導体デバイスの最高動作温度は最大で175℃に達すると言われているが、一般的には150℃程度である。
【0017】
Pb系ハンダのカタログ値の熱伝導率は約23W/m・K(本発明者による実測値は20W/m・K)である。半導体デバイスで発生する熱が従来の2倍になり、またその熱を従来の5分の1の接合面(半導体デバイスと接合部材の当接面)を通じて放出すると想定すると、新たな接合部材に求められる熱伝導率の値は少なくとも20W/m・K×2×5=×200W/m・Kとなる。これは、ナノAg粒子を用いた接合部材の熱伝導率とほぼ同じである。上記の通り、これまでのダイボンドではヒートテストやヒートサイクルテスト後の接合強度を評価したものが多かったが、本発明ではIGBTにおいて実際に必要な、パワーサイクルテスト後の熱伝導率が200W/m・K以上であることを要件とした。
【0018】
上記の通り、半導体デバイスと電極兼放熱基板の線膨張係数の差が大きいために、両者の間に熱応力が発生する。熱応力が線膨張係数の差に起因して生じるという点のみを考えると、接合部材のハンダやナノAgの線膨張係数は半導体デバイスと電極兼放熱基板の間の値であることが好ましいように思われる。しかし、従来、Cuよりもさらに大きな線膨張係数を有するハンダによって熱応力が緩和されており、10μm以上の厚さのハンダで半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合している。また、高性能のIGBTでは30~300μm(多くの場合50~150μm)の厚さのハンダで両者を接合している。そこで、本発明者は他に線膨張係数よりも重要な別の特性によって熱応力が緩和されているのではないかと考え、柔軟性を有し(ヤング率の値が小さい)、熱伝導率が高い金属であるAgからなる応力緩和層を使用することに想到した。
【0019】
上記課題を解決するために成された本発明は、半導体デバイスと基板を接合するために用いられる接合時に生成される接合部材であって、
Ag、Cu、Au、及びAlのいずれかからなる熱応力緩和層と、
前記熱応力緩和層の、前記半導体デバイスが接合される側に設けられた、AgとSnを主成分とする第1Ag蝋材層と、
前記熱応力緩和層の、前記基板が接合される側に設けられた、AgとSnを主成分とする第2Ag蝋材層と、
前記応力緩和層と前記第1Ag蝋材層の間に設けられた、Ni及び/又はNi合金からなる第1バリア層と、
前記応力緩和層と前記第2Ag蝋材層の間に設けられた、Ni及び/又はNi合金からなる第2バリア層と
を備え、
通電による300℃への加熱と25℃への冷却を30000回繰り返すパワーサイクルテストを行った後の熱伝導率が200W/m・K以上である
ことを特徴とする。
【0020】
本発明者は、従来の接合部材のヒートキープテスト、ヒートサイクルテスト、パワーサイクルテストにおいて生じた不良の内容を分析し、接合部で生じた現象を解析した。そして、パワーサイクルテストにおいて接合部が破壊される形態を、半導体デバイスと接合部材の界面及び/又は接合部材と電極兼放熱基板の界面で生じる破壊(不良モード1)と接合部材の内部で生じる破壊(不良モード2)に分類した。不良モード1については、その大半が半導体デバイスと接合部材の界面で発生しており、接合部材と電極兼放熱基板の界面ではほとんど発生していないことが分かった。これは接合部材と電極兼放熱基板の線膨張係数が比較的近く、また、いずれも半導体デバイスを構成するSiC等に比べて柔らかい材料で構成された部材であるためであると考えられる。ハンダ、ナノAg粒子の焼結体、特許文献1に記載の接合部材といったこれまでの接合部材では、基本的には単一の組成や組織でこれら2つの不良モードの解決を図ってきた。
【0021】
本発明者は、特許文献1に記載の接合部材について行ったパワーサイクルテストにおいて生じた問題の原因を調査した。その結果、基板から半導体デバイスへの通電により試験片を300℃まで加熱すると、その熱量に応じた大電流が短時間に接合部材全体を流れる。すると、接合部材の界面や内部の局所的に弱い部分で劣化が生じ、半導体デバイスと接合部材の接合界面の一部での破壊(不良モード1)、また、接合部材の内部の破壊(不良モード2)が起こっていたことが分かった。これらの破壊の箇所は、接合部材の界面や内部の、ボイドが形成された骨格の細い部分やAgとSnの金属間化合物が凝集した、局部的に弱い部分であることが確認された。
【0022】
上記の通り、不良モード1は、その大半が半導体デバイスと接合部材の界面で生じる。これは、半導体デバイスの動作時に発せられる高温の熱が最初に熱過渡現象の衝撃として伝わること、半導体デバイスを構成する材料には柔軟性がなく接合部材に負荷がかかるためであると考えられる。従って、これらのことに留意する必要がある。また、半導体デバイスが破壊されない条件で半導体デバイスを接合しなければならない。SiC半導体デバイスでは450℃程度の温度、また30MPa程度の圧力であれば半導体デバイスの破壊は生じないとされているが、より確実に半導体デバイスの破壊を回避するためには、半導体デバイスを430℃以下の温度、15MPa以下の圧力で半導体デバイスを接合可能であることが好ましい。また、接合時間も60分を超えないことが好ましい。本発明を検討するに際し、Ag蝋材の代わりにナノAg粒子を用いることも検討したが、ナノAg粒子の焼結体を用いた接合部材では225℃以上のパワーサイクロテストに合格しないことが分かった。その結果を踏まえ、本発明者は特許文献1ではAg蝋材を改良することに着目した。特許文献1に記載の発明により300℃のヒートサイクルテストに合格する接合技術に到達したが、この接合部材は300℃のパワーサイクルテストには合格しなかった。
【0023】
Ag蝋材は従来知られた材料である。例えば、IGBTモジュールでは、絶縁性のセラミック基板の表面に導電性に優れたCuを回路層として設けた絶縁回路基板であるDBC(Direct Bonded Cupper)に半導体デバイスを接合する際に、Ag蝋材の一種であるTi入りAg蝋材等が用いられている(63Ag35Cu1Sn残Ti熔融法;ろう付け温度800℃)。この蝋材の熱伝導率は170W/m・Kであり、高温Pb系ハンダやSn系ハンダの熱伝導率(23~49W/m・K)よりも高い。別の種類のAg蝋材として、例えばJIS Z 3261に定められたAg蝋材のうちの1つBAg-18(熔融法60Ag30Cu10Sn)があり、その熱伝導率も高い。また、BAgg-18からCuを抜いたAgSn合金も熱伝導率は高い。これらのAg蝋材はCu、Ni、Ag、Auの金属と接合性が良好とされている。しかし、このAg蝋材等のろう付け温度は720~840℃と高温であり、半導体デバイスが熱で破壊されてしまう。一方、Agの含有量が50wt%未満と少ないものを遷移焼結した接合部材の熱伝導率は低く、また接合強度も低かった。特に、Ag粉末及びSn粉末を遷移焼結した接合部材には、明らかにボイドによる接合の不安定性や熱伝導率の低下が見られた。
【0024】
ハンダとAg蝋材は、ともに蝋材の一種である。一般的には、融点もしくは接合温度が450℃以下であるものがハンダ、450℃以上であるものが蝋材であるとされている。また、Agを50wt%以上含有するものがAg蝋材と称されている。本明細書においても、Agの含有率が50wt%以上であるものをAg蝋材と呼ぶ。Ag蝋材は耐熱性が高く、熱伝導率も高いが、接合温度(Ag蝋材自体の融点)も450℃以上と高く、半導体デバイスが破壊される可能性がある。
【0025】
上記のとおり、Ag蝋材の接合(ろう付け)温度は高く、Ag蝋材を溶融させて半導体デバイスの接合に使用することはできない。しかし、特許文献1に記載したとおり、Snを溶融させてAgに拡散させる液相拡散法を用いれば300℃程度の低い温度で半導体デバイスの接合面にAg蝋材層を形成することができる。半導体デバイスを破壊しない条件で接合ができる低温接合Ag蝋は不良モード1を解決する有望な接合方法である。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る接合部材では、Ag蝋材を改良することにより不良モード1を解消する。また、純Ag等からなる熱応力緩和層を用いることにより不良モード2を解消する。これにより、熱伝導率をより高くすることができる。これを組み合わせることで300℃のパワーヒートサイクルテストが合格する接合材の発明が成功した。なお、第1Ag蝋材と第2蝋材の合計の厚さは接合部材の全体厚さの10%以下であることが好ましい。
【0027】
上記の通り、特許文献1に記載の接合部材は、液相拡散法により半導体デバイスが破壊しない条件での接合でAg粉末及びSn粉末から作製することができ、また300℃のヒートサイクルテストには合格する。しかし、熱応力を緩和するために設けたボイドに起因する弱い部分が起点となってパワーサイクルテストで劣化し不合格になった。
【0028】
単一の材料から接合部材を構成する場合、線膨張係数差が大きい半導体デバイスと電極兼放熱基板の間に生じる熱応力を緩和するためには、柔軟な材料でであっても一定程度の厚さが必要である。一方、本発明では純Agからなる熱応力緩和層により熱応力を緩和する。このため、第1蝋材層及び第2蝋材層によって熱応力を緩和する必要はなく、半導体デバイスや電極兼放熱基板を接合するのみでよいため、薄くすることができる。
【0029】
第1蝋材層及び第2蝋材層を構成するAgSn蝋は、Ag、Cu、Au、及びAlに対して優れた接合性を示す。また、後述するように、液相拡散法によりAg箔やSn箔などからAg蝋材を作製することによりボイドを低減し弱い部分を減らして接合信頼性を向上することができる。さらに、上記の通り第1蝋材層及び第2蝋材層を薄くすることができるため、低荷重でも作製時にガスが抜けやすく、内在する空隙(ボイド)5vol%以下に抑えることができる。そして、特許文献1のようにAg粉末やSn粉末を用いるよりもボイドの発生を抑制することができる。なお、一般的なハンダやAg蝋材からなる接合部材でも、5vol%以上のボイドが内在すると剥離や破壊が起こる可能性が高くなるとされている。
【0030】
上記のように空隙の発生を抑制することにより、第1Ag蝋材層及び第2Ag蝋材層の熱伝導率を高める(ボイドによる熱伝導率の低下を抑制する)ことができる。例えば、65Ag35Sn(65wt%のAgと35wt%のSnからなるAg蝋材)で熱伝導率110W/m・Kとなった(参考にNiの熱伝導率は90W/m・Kである)。
【0031】
また、本発明に係る接合部材では、Ag、Cu、Au、及びAlのいずれかからなる熱応力緩和層を用いることにより不良モード2を解消するとともに、300℃のパワーサイクルテストへの耐性を持たせる。半導体デバイスと電極兼放熱基板を液相拡散法によりAgSn蝋で接合すると、熱応力緩和層にSnが拡散し熱応力緩和層の組成が変化したり熱応力緩和層にボイドが発生したりする可能性がある。本発明では、Ni又はNi合金からなるバリア層を設けることにより、熱応力緩和層にSnが拡散するのを抑制する。
【0032】
本発明に係る接合部材は、Ag、Cu、Au、及びAlのいずれかからなる熱応力緩和層、AgとSnを主成分とするAg蝋材層、及びNi及び/又はNi合金からなるバリア層を備えて構成されることから、通電に対しても十分な耐性を有しており、パワーサイクルテストを行った後でも接合部材全体として200W/m・K以上の熱伝導率を有する。このように、本発明に係る接合部材は、半導体モジュールの最高動作温度が300℃に達する半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合するために用いることができ、半導体デバイスと電極兼放熱基板の間の通電に対しても十分な耐性を有する。
【0033】
本発明に係る接合部材では、上記の通り、接合部材の内部で生じる破壊(不良モード2)を回避するためにAg等からなる熱応力緩和層を用いる。熱応力緩和層には、柔軟な材料が有効であり、ゴムや樹脂もその要件には該当する。材料の柔軟性に関する物理特性を表す指標としてはヤング率が知られており、例えば特許文献3及び4でも接合材料のヤング率に言及されている。ハンダはPbとSnの合金でありヤング率は17~68GPaと低いが熱伝導率が低く、200℃以上のヒートテストで組織が変化し劣化する。これに対し、本発明は高熱伝導率を有するAg等により熱応力緩和層を構成している。例えば、純Agのヤング率は73GPaであり、SiCのヤング率(410GPa)やCuのヤング率(120GPa)よりも小さい。そのため、Agからなる熱応力緩和層が変形することによって半導体デバイスと電極兼放熱基板の間に生じる熱応力が緩和される。また、Agの熱伝導率は420W/m・Kと高いため、半導体デバイスから発せられる熱を効率よく基板に放出することができる。また、内部に空隙を形成したスケルトン(ナノAg粒子でない純Ag等を骨組みとする部材。例えば内部に空隙を形成した純Ag等の板材)を用いて更にヤング率を低下させることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】本発明の一実施形態に係る半導体デバイス接合部材により半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合した状態を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明に係る半導体デバイス接合部材は、半導体モジュールにおいて半導体デバイスと電極兼放熱基板の接合部において生じる不良モード1と不良モード2のそれぞれに対応した機能を有する構成を個別に備えたものである。従来の接合部材であるハンダ、ナノAg、あるいは特許文献1に記載の接合部材はいずれも、1つの部材で半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合するものであった。一方、本発明では、今回は不良モードごとに対応する部材を用意し、それらを組み合わせて解決する。
【0036】
本発明に係る半導体デバイス接合部材の要件は上記の通りであるが、その技術的思想はより広い範囲に適用することができる。具体的には、例えば、バリア層を構成する材料をCoやCo合金から構成することができる。即ち、本発明の技術的思想を拡張した半導体デバイス接合部材は、
Ag、Cu、Au、及びAlのうちの1又は複数からなる熱応力緩和層と、
前記熱応力緩和層の、前記半導体デバイスが接合される側に設けられた、AgとSnを主成分とする第1Ag蝋材層と、
前記熱応力緩和層の、前記基板が接合される側に設けられた、AgとSnを主成分とする第2Ag蝋材層と、
前記応力緩和層と前記第1Ag蝋材層の間に設けられた、Ni、Co及び/又はそれらの合金からなる第1バリア層と、
前記応力緩和層と前記第2Ag蝋材層の間に設けられた、Ni、Co及び/又はそれらの合金からなる第2バリア層と
を備え、
通電による300℃への加熱を30000回繰り返すパワーサイクルを行った後の熱伝導率が200W/m・K以上である
ことを特徴とするもの、と表現することができる。なお、ヤング率(73GPa)、熱伝導率(420W/m・K)、電気伝導率(体積抵抗率1.6μΩ・cm)、及び入手に要するコスト等を勘案すると、Agからなる熱応力緩和層を用いることが最も好ましい。また、熱応力緩和層へのSnの拡散をより確実に抑制するという観点から、第1バリア層及び第2バリア層はそれぞれ、Ni及び/又はNi合金からなるものであることが好ましい。さらに、接合部材全体の熱伝導率を高くするという観点から、第1Ag蝋材層及び第2Ag蝋材層の厚さの合計は、接合部材全体の厚さの10%以下であることが好ましく、第1Ag蝋材層及び第2Ag蝋材層が50wt%以上のAgを含有するものであることが好ましい。また、第1Ag蝋材層及び第2Ag蝋材層が60wt%以上のAgを含有するものであることがより好ましい。
【0037】
以下、本発明に係る半導体デバイス接合部材の具体的な一実施形態及び実施例について説明する。本実施形態の半導体デバイス接合部材10は、いわゆるダイボンドに用いられる部材であって、図1に示すように、半導体デバイス20を電極兼放熱基板30等の基板と接合するために用いられる。半導体デバイス20は、典型的にはSiCからなり、電極兼放熱基板30はCuからなる。本実施形態の半導体デバイス接合部材10は、熱応力緩和層11と、その表面(半導体デバイス20の側)に形成された第1Ag蝋材層12と、裏面(電極兼放熱基板30の側)に形成された第2Ag蝋材層13と、応力緩和層10と第1Ag蝋材層12の間に設けられた第1バリア層14と、応力緩和層10と第2Ag蝋材層13の間に設けられた第2バリア層15とを有する。本実施形態の半導体デバイス接合部材10の全体の厚さは、10μm以上300μm以下である。10μmよりも薄いと半導体デバイス20と電極兼放熱基板30の間に生じる熱応力を十分に緩和することが難しい。一方、300μmよりも厚くなると半導体デバイス接合部材全体での熱抵抗が大きくなり、半導体デバイスからの熱を放出する効率が低下する。なお、図1では、各部の配置を分かりやすくするために、各部の大きさや厚さを適宜に調整して図示している。
【0038】
以下、本実施形態の接合部材を構成する各部について説明する。
【0039】
(被接合部材の半導体デバイス)
一般的なIGBTの半導体デバイス20には、その接合面にNi(他に特殊品ではCo、Ag、Cuまたは多層もある)からなる、電極と接合層を兼ねた電極兼接合層21が設けられている。多くの場合、この電極兼接合層21はNiもしくはNi合金からなる1層のみであるが、なかにはNiの酸化を防止するために、薄いAg層やAu層といった酸化防止層が更に設けられたものもある。これらの酸化防止層が設けられている場合でも、本実施形態では酸化防止層を構成する金属は接合時にAg蝋材層12に拡散し、その一部となる。NiとAgは相互にほとんど固溶しないが、SnがあるとSnを介してAgとNiが反応する。そのため、Ag蝋材層13内にNi等の他の元素を含む合金や酸化防止層を構成するAgやAu、あるいはそれらの合金が含まれうる。
【0040】
(被接合部材の電極兼放熱基板)
電極兼放熱基板30は、基本的にはCuもしくはCu合金から構成される。高温で使用する場合には酸化を防止するためにNiやNi合金等の酸化防止層を設けることが望ましい。本実施形態では電極兼放熱基板30の接合面にNiの無電解メッキ処理を施した。
【0041】
(第1Ag蝋材層、第2Ag蝋材層)
第1Ag蝋材層12には、半導体デバイス20の接合面に設けられたNi層21と純Agからなる熱応力緩和層11を半導体デバイス20が破壊されない条件で接合することができ、また300℃のパワーサイクルテストに合格するという条件を満たすことが求められる。特許文献1に記載されている接合部材では低温で半導体デバイスを接合するため、半導体デバイスの破壊を回避することができる。しかし、熱応力を緩和するために設けられているボイドに起因する疲労劣化が起こっている。本実施形態の半導体デバイス接合部材10では第1Ag蝋材層12及び第2Ag蝋材層13とは別に熱応力緩和層11が設けられており、該熱応力緩和層11により熱応力を緩和するため、第1Ag蝋材層12及び第2Ag蝋材層13の内部にボイドを設ける必要がない。また、これらの層を薄くすることができる。第1Ag蝋材層14と第2Ag蝋材層15の厚さはあわせて10μm以下の範囲で適宜に調整することが好ましい。第1Ag蝋材層と第2Ag蝋材層がこれよりも厚くなるとボイドや金属化合物の凝集ができやすい。また、半導体デバイス接合部材10全体の熱伝導率を高くするために、1Ag蝋材層12及び第2Ag蝋材層13の合計厚さは接合部材10の全体厚さの10%以下に抑えることが望ましい。
【0042】
Ag蝋材層の作成時には、求められる組成の比率に応じた厚さのAg箔とSn箔を使用する。本発明者は、Ag蝋材層は薄い層で接合信頼性を求められる為に真空中でAgとSnの箔を用い、また、温度と荷重を高くすることで、Snが溶けた際に生じるガスが抜けやすく、また十分に薄くボイドの少ない層を作製することができること、さらに、半導体デバイスが破壊しない450℃以下で接合することができ、例えば65Ag35Sn合金(Ag蝋材)でも熱伝導率が110W/m・Kとなり、ボイドが5vol%以下であるという欠陥の少ない薄いAg蝋材層を作製できることを見出した。
【0043】
AgSn系のAg蝋材はCu、Ag、Ni、Auとの濡れ性が良く、高い接合信頼性が得られる。接合の際には、それらの材料の表面に接合性や耐酸化性のために設けられる層を構成する金属がAgやSnと反応することがあるが、50wt%Ag以上のAg蝋材であれば、そうした反応が生じた場合でも十分に高い熱伝導率を確保できる。
【0044】
Ag蝋材層は、例えば、Ag箔及びとSn箔を重ねて加熱及び加圧することにより作製することができる。あるいは、被接合部材である半導体デバイス20及び電極兼放熱基板30や、熱応力緩和層11を構成する部材の表面に、スパッタ、めっき処理等によりAg及びSnの非常に薄い膜を形成したり、あるいは厚い箔や板等を設けたりして加熱及び加圧することにより作製することもできる。さらには、被接合部材にAg層及びSn層の一部もしくは全部を設けて加熱及び加圧することにより作製することもできる。なお、必ずしも第1Ag蝋材層12と第2Ag蝋材層13の組成及び厚さは必ずしも同じでなくてよい。
【0045】
(熱応力緩和層)
本実施形態の接合部材10では、接合部材10の内部で生じる破壊(不良モード2)を回避するためにAg等からなる熱応力緩和層11を用いる。熱応力緩和層11は、柔軟であり(ヤング率が低く)熱伝導率が高い純Agの板材や箔であることが好ましい。あるいは、大型の半導体デバイス20や超大型の電極兼放熱基板30を接合する場合には、更にヤング率を低下するために40vol%以下の空隙を形成したスケルトンを熱応力緩和層11として用いてもよい。但し、空隙が40vol%以上になると、接合時に熱応力緩和層が座屈する。
【0046】
Agのヤング率は73GPaであり、SiCのヤング率(410GPa)やCuのヤング率(120GPa)よりも小さいため、Agからなる熱応力緩和層11が変形することによって半導体デバイス20と電極兼放熱基板30の間に生じる熱応力が緩和される。また、Agの熱伝導率は420W/m・Kと高いため、半導体デバイス20から発せられる熱を効率よく基板に放出することができる。特許文献1に記載の接合部材では、AgにSnとの金属間化合物が生成することにより内部破壊が生じていた。純Agの板材は960℃というAgの融点以上で溶解し圧延して作られる、そのため300℃のパワーサイクルテストを行っても全く疲労劣化による変化は見られない。また、純Agの板座の内部に空間を設けたスケルトンも約900℃で加熱焼結することにより作製されるため、やはり300℃のパワーサイクルテストをしても全く疲労劣化による変化は見られない。
【0047】
(第1バリア層、第2バリア層)
熱応力緩和層11を構成する純Ag板材の表層に直接、第1Ag蝋材層12及び第2Ag蝋材層13を設けると、これらの蝋材層に含まれるSnが熱応力緩和層11内のAgと反応したり、熱応力緩和層11の内部にSnが拡散したりしやすい。こうした場合の対策として、Ag蝋付けの分野ではNiからなるバリア層を配することがあり、本実施形態でも同様に効果がある。このように第1バリア層14及び第2バリア層15を熱応力緩和層11の表裏面にそれぞれ配することで、熱応力緩和層11の内部が電気抵抗の小さい純Agのみとなり、AgとSnの金属間化合物の凝集を防止してAg本来の熱応力緩和効果を発揮することができる。また、Ag本来の熱伝導率が低下したり電気抵抗が増大したりすることもない。さらに、AgとSnの金属間化合物の凝集を防止することができる。なお、熱応力緩和層11には、Cu板材やAl板材、あるいはそれらの内部に空間を設けたスケルトン等、所要の性能や特性を満たす限りにおいて適宜のものを用いることができる。
【0048】
(接合)
本実施形態では、半導体デバイス20の破壊を防ぐために450℃以下の低温で半導体デバイス20と電極兼放熱基板30を接合できる限りにおいて、その方法は特に限定されない。最適な方法の一つとして、例えば膜状や箔状の溶けたSnを膜状や箔状のAgに拡散反応させてAg蝋材を生成するというものがある。SiC半導体デバイスでは450℃程度の温度、また30MPa程度の圧力であれば破壊されないとされているが、より確実に半導体デバイスの破壊を回避するためには、400℃以下の温度、15MPa以下の圧力で半導体デバイスを接合することが好ましい。また、接合時間は60分を超えないことが好ましい。さらに、SiやGaNからなる半導体デバイスを接合することも考えると、温度350℃以下、圧力5MPa以下、接合時間10分以下という要件を満たすものがより好ましい。本発明者はAg蝋材を改良することでこれらの要件を満たす接合を可能にした。本実施形態では、不良モード1及び2の問題を解決するために、第1Ag蝋材層12及び第2Ag蝋材層13と熱応力緩和層11を上記のような低温で接合した。本実施形態における接合はハンダやナノAg粒子の焼結体を用いた接合技術を参考に考慮したものであり、これらに用いられる設備や生産技術を適宜に応用することができる。
【0049】
次に、半導体デバイスを接合する従来の技術(従来例)、上記実施形態に対応する実施例、及び該実施例の一部の構成を変更した比較例について説明する。
【0050】
従来例1-7では表1に示す接合部材を使用してSiC半導体デバイスとCu電極兼放熱基板の接合を試みた。各例における接合条件も併せて示す。
【表1】
【0051】
従来例1は、SiC半導体デバイスとCu電極兼放熱基板を重ね、接合部材無しで直接、アルゴン雰囲気に置き、10分間、350℃に加熱及び5MPaに加圧することにより直接接合したものである。
従来例2は、SiC半導体デバイスの接合面とCu電極兼放熱基板の接合面にそれぞれ厚さ1μmのAg層(合計2μmのAg層)を形成して窒素及び水素雰囲気に置き、10分間、350℃に加熱及び5MPaに加圧することにより両者を接合したものである。
従来例3は、SiC半導体デバイスとCu電極兼放熱基板の間に厚さ100μmの、Ag蝋材(60Ag30Cu10Sn)を挟んで窒素及び水素雰囲気に置き、10分間、350℃に加熱及び5MPaに加圧することにより接合したものである。
従来例4は、SiC半導体デバイスとCu電極兼放熱基板を窒素及び水素雰囲気で、1分間、350℃に加熱及び1MPaに加圧することによりPb系はんだ(95Pb5Snはんだ)で接合したものである。従来例4の接合部材のボイド率は5vol%以下である。
従来例5はSiC半導体デバイスと電極兼放熱基板の接合面、両者の間に厚さ100μmのナノAg粒子層を設けてアルゴン雰囲気に置き、10分間、350℃に加熱及び5MPaに加圧することにより接合したものである。
従来例3-5の接合部材の厚さはいずれも100μmである。
【0052】
従来例6-8は特許文献1で本発明者が提案した半導体デバイス接合部材に相当する。
従来例6及び7はSiC半導体デバイスと電極兼放熱基板の間に80wt%のAg粉末と20wt%のSn粉末を配置して非酸化雰囲気(アルゴン)に置き、10分間、350℃に加熱及び5MPaに加圧することによりSnを溶融させて接合したものである。
従来例7はSiC半導体デバイスと電極兼放熱基板の間に90wt%のAg粉末と10wt%のSn粉末を配置してアルゴン雰囲気に置き、10分間、400℃に加熱及び15MPaに加圧することによりSnを溶融させて接合したものである。
従来例6の接合部材は40vol%の空隙(ボイド)を、従来例7の接合部材は35vol%の空隙(ボイド)を、従来例8の接合部材は7vol%の空隙(ボイド)を、それぞれ含んでいる。また、従来例6及び8の接合部材の厚さは100μm、従来例7の接合部材の厚さは10μmである。
【0053】
上記従来例のそれぞれについて、まず、目視で接合部の状態を確認し、接合性を評価した。接合性の評価では、接合部材あるいは接合部分に割れ、欠け、剥がれが生じていないものを合格とした。従来例1-3では半導体デバイスと電極兼放熱基板が接合されておらず、接合性の評価では従来例4-8のみが合格となった。
【0054】
(パワーヒートサイクルテスト)
接合性の評価で合格した従来例4-8についてパワーサイクルテストを行った。パワーサイクルテストでは、SiC半導体デバイスとCu電極兼放熱基板を接合した試験片をサーマルグリスで大型の水冷の冷却器に取り付け、半導体デバイス20と電極兼放熱基板302を3秒間通電して300℃に加熱し、続いて冷却器により30秒間で25℃に冷却するという加熱冷却サイクルを30000回繰り返し、テスト中での異常な電圧や電流が発生した場合にはテストの継続が危険であるためテストを中止し、試験片の断面を調べて亀裂や破壊があったものを不合格とした。また、基本的にはパワーサイクルテスト30000回後の熱伝導率を測定し200W/m・K以下であるものは不合格とした。返している場合に現れない変化を捉えることにより判断することができる(例えば非特許文献4~6)。従来例4-8はいずれもパワーサイクルテストで不合格となった。なお、後述する実施例のように、パワーサイクルテストに合格した試験片については下記の熱伝導率測定を行った。
【0055】
(熱伝導率の測定)
パワーヒートサイクルテストに合格した試験片について、アドバンス理工社製のFTC-RTを用いたレーザフラッシュ法で熱伝導率を測定した。レーザフラッシュ法では、試料の表面にパルスレーザ光を照射して瞬間的に加熱し、時間の経過とともに、表面の熱が試料裏面に拡散する過程を試料裏面温度の時間変化として観測する。この測定法における標準試料の寸法は直径10mm、厚さ1mmもしくは10mm四方、厚さ1mmである。今回の試験片は、10mm四方、厚さ1mmのCu電極兼放熱基板と5mm四方、厚さ0.35mmのSiC半導体デバイスを、5mm四方、厚さ11~100μmの接合部材で接合したものである。レーザフラッシュ法における標準試料の寸法との差異を補正するため、上記試験片と同形状のCu電極兼放熱基板及びSiC半導体デバイスの測定結果と、後記各実施例の試験片の測定結果に基づいて接合部材の熱伝導率を算出した。
【0056】
表1に示す結果から分かるように、SiC半導体デバイスとCu電極兼放熱基板を従来技術により接合しても、全ての評価(テスト)に合格するものは得られなかった。300℃で動作するSiC半導体デバイスには、上記テストに加えて、更に、パワーサイクルテスト後にも十分な熱伝導率を有することが求められるが、その評価に至るまでにすべての試験片が不合格となった。
【0057】
次に、上記結果を踏まえて作製した発明品実施例及び比較例の接合部材により半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合した試験片(以下では単に「実施例1」等と記載する。)について説明する。表2に各例における接合部材の構成と接合条件を示す。なお、表2における蝋材層の厚さは、第1Ag蝋材層12と第2Ag蝋材層13の厚さの合計である。実施例1-11では同一のAg蝋材層を第1Ag蝋材層12と第2Ag蝋材層13として用いたが、第1Ag蝋材層12と第2Ag蝋材層13は異なってもよい。
【表2】
【0058】
実施例1-13ではいずれも、真空雰囲気で温度350℃(パワーヒートサイクルテストにおける加熱温度である300℃よりも高温の350℃とした)、圧力5MPa(実施例9は10MPa)、保持時間10分という条件で接合方法(Sn箔や層を溶かしてAg箔やAg層内に拡散反応させる低温Ag蝋材接合法)で作製した半導体デバイス接合部材によりSiC半導体デバイスと電極兼放熱基板を接合した。
【0059】
本実施形態の一例である実施例1の作製・評価工程は以下の通りである。実施例2-13についても作製・評価工程は同様である(各部材の厚さ等は個々に異なる)。
【0060】
作製工程1;接合面に厚さ1μmのNi層が形成された、(市販の)SiC半導体デバイス(5mm四方、厚さ0.35mm)を準備する。
作製工程2;接合面に厚さ1μmのNi層が形成された、(市販の)無電解Niメッキ1μmCu板材(10mm四方、厚さ1mm)を準備する。
作製工程3;厚さ88μmのAg板材の上下面にそれぞれ、厚さ1μmのNi層(バリア層)を形成し、その上下に、各実施例におけるAg及びSnの含有量(実施例1では80wt%のAgと20wt%のSn)に応じた厚さのAg箔及びSn箔をそれぞれ配置した積層体を準備する。
作製工程4;SiC半導体デバイス、積層体、及びCu板材を重ねてホットプレス機にセットする。
作製工程5;ホットプレス機において、真空雰囲気で温度350℃、圧力5MPa(実施例9のみ10MPa)で10分間保持する。
【0061】
評価工程1;上記の作製工程1-5により試験片を2個作り、それぞれ接合状態を確認して接合性を評価する。そして、1個を500℃に加熱して30分保持し、耐熱性に問題がないかを確認。耐熱性に問題なければ残りの1個を用いて300℃のパワーヒートサイクルテストを実施する。
評価工程2;300℃のパワーヒートサイクルテストに合格した試験片の熱伝導率をレーザフラッシュ法で測定する。
【0062】
上記の実施例1-13はいずれも、接合性、耐熱性、パワーサイクルテストに合格した。さらに、パワーサイクルテスト後に行った、レーザフラッシュ法による熱伝導率測定の結果、実施例1-11の全てにおいて熱伝導率も200W/m・K以上となった。
【0063】
一方、上記実施例1-11からいずれかのパラメータを変更して作製した比較例1-4のうち、比較例3は接合性が不良であり、他の比較例1、2、及び4はいずれも、パワーサイクルテストで全て不合格となった。
【0064】
上記の実施形態及び各実施例はいずれも一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。例えば、上記実施形態及び実施例は単一の熱応力緩和層を備えた構成としたが、Ag蝋材層を介して複数の熱応力緩和層を積層した構造を採ることもできる。その場合、複数の熱応力緩和層は同一の材質に限定されず、その一部又は全部が異なる材質であってもよい。また、上記実施例では、第1バリア層14及び第2バリア層15の厚さをそれぞれ1μmとしたが、バリア層が介在していればよく、その厚さは0.5μm程度まで薄くしてもよい。
【0065】
本発明に係る半導体デバイス接合部材は、例えば、半導体デバイスの接合面に垂直な方向に通電経路を形成する型の、パワー半導体モジュールにおいて半導体デバイスと電極兼放熱基板基板(通電基板)を接合するために好適に用いることができる。もちろん、それ以外の、半導体デバイスの接合面に平行な方向に通電経路を形成する型の半導体モジュールを使用する各種分野(通信、演算、メモリ、レーザ、LED、センサー等)においても好適に使用することができる。また、IGBTモジュールにおいてもSiC半導体デバイス以外の、Si、GaN、GaAs等の半導体デバイスを搭載した半導体モジュールにおける使用が可能である。本発明に係る半導体デバイス接合部材は、今後の半導体モジュールの小型高性能化やコストダウンに大きく貢献できるものである。さらに、本願明細書では、半導体モジュールを中心に説明したが、半導体パッケージについても同様に本発明に係る半導体デバイス接合部材を用いることができる。例えば、Cu等からなる電極兼放熱基板とセラミック基板のように線膨張係数差が大きい部材の接合にも、本発明に係る半導体デバイス接合部材を好適に使用することが可能である。
【符号の説明】
【0066】
10…半導体デバイス接合部材
11…熱応力緩和層
12…第1Ag蝋材層
13…第2Ag蝋材層
14…第1バリア層
15…第2バリア層
20…半導体デバイス
21…半導体デバイスの電極と接合層金属を共有する層
30…電極兼放熱基板
図1