(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022052150
(43)【公開日】2022-04-04
(54)【発明の名称】バリカン刃、バリカン式刈刃装置およびバリカン刃の製造方法
(51)【国際特許分類】
A01D 34/13 20060101AFI20220328BHJP
A01G 3/08 20060101ALI20220328BHJP
【FI】
A01D34/13 C
A01G3/08 502A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020158354
(22)【出願日】2020-09-23
(71)【出願人】
【識別番号】599154696
【氏名又は名称】株式会社源平刃物工場
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100133916
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 興
(72)【発明者】
【氏名】松尾 勝弥
【テーマコード(参考)】
2B382
【Fターム(参考)】
2B382GA02
2B382GA06
2B382GA07
2B382GC03
2B382GC04
2B382GC05
2B382GC14
2B382HA04
2B382HA12
2B382HC03
2B382HC14
2B382HD03
(57)【要約】
【課題】バリカン刃の耐久性と切断性能とをより低コストな構成で両立させる。
【解決手段】互いに重ね合わせられた状態で往復動されることにより被切断体を切断する一対のバリカン刃2、3を含むバリカン式刈刃装置1に適用される前記バリカン刃であって、基材21と、当該基材21の周囲に突設されて相手方の刃体32と摺動する摺動面24をそれぞれ有する複数の刃体22とを設け、少なくとも一部の刃体22に、摺動面24における摺動面24の摺動方向の両端部24a、24bを少なくとも含む部分に、他の部分よりも硬度の高い高硬度部22Aを設け、この高硬度部22Aの厚みを、10μm以上且つ200μm以下にする。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに重ね合わせられた状態で往復動されることにより被切断体を切断する一対のバリカン刃を含むバリカン式刈刃装置に適用される前記バリカン刃であって、
基材と、当該基材の周囲に突設されて相手方の刃体と摺動する摺動面をそれぞれ有する複数の刃体とを備え、
前記複数の刃体のうち少なくとも一部の刃体は、前記摺動面における摺動方向の両端部を少なくとも含む部分に、他の部分よりも硬度の高い高硬度部を有し、
前記高硬度部の厚みは、10μm以上且つ200μm以下に設定されている、ことを特徴とするバリカン刃。
【請求項2】
請求項1に記載のバリカン刃において、
前記高硬度部の硬度は、HRC55以上であり、前記刃体のうち前記高硬度部を除く部分の硬度は、HRC40以上50以下である、ことを特徴とするバリカン刃。
【請求項3】
請求項1または2に記載のバリカン刃において、
前記高硬度部は、前記刃体を構成する鋼材に無電解ニッケルメッキが施されたものである、ことを特徴とするバリカン刃。
【請求項4】
請求項1または2に記載のバリカン刃において、
前記高硬度部は、前記刃体を構成する鋼材にレーザー焼入れが施されたものである、ことを特徴とするバリカン刃。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のバリカン刃を2枚備えるとともに、前記2枚のバリカン刃を重ね合わせた状態で保持する保持部と、前記2枚のバリカン刃を前記摺動面の摺動方向に往復駆動する駆動部とを備える、ことを特徴とするバリカン式刈刃装置。
【請求項6】
請求項1または2に記載のバリカン刃を製造する方法であって、
前記バリカン刃を単一の鋼材で形成し、
前記鋼材で形成された前記バリカン刃の少なくとも一部の前記刃体の前記摺動面に無電解ニッケルメッキを施した後、当該摺動面にベーキング処理を施して前記高硬度部を形成する、ことを特徴とするバリカン刃の製造方法。
【請求項7】
請求項1または2に記載のバリカン刃を製造する方法であって、
前記バリカン刃を単一の鋼材で形成し、
前記鋼材で形成された前記バリカン刃の少なくとも一部の前記刃体の摺動面にレーザー焼入れを施して前記高硬度部を形成する、ことを特徴とするバリカン刃の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、互いに重ね合わせられた状態で往復動されることにより被切断体を切断する一対のバリカン刃を含むバリカン式刈刃装置に適用されるバリカン刃、これを備えたバリカン式刈刃装置およびバリカン刃の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、凸型の刃体を複数備えたバリカン刃を2枚重ね合わせて往復駆動することにより、草木等の被切断体を切断するバリカン式刈刃装置が知られている。例えば、特許文献1には、平板状の基材と、その側辺部に突設された複数の刃体とを備えたバリカン式刈刃装置であって、バリカン刃の刃体の起き上がり角度を引き側よりも押し側の方が大きくなるように設定したバリカン式刈刃装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記特許文献1に開示されたバリカン刃によれば、押し側から刃体に入力される応力を緩和してバリカン刃を折れにくくしつつ、引き側の切れ味を高めて切断性能を高くできると考えられる。しかし、特許文献1に開示されたバリカン刃においても、折れにくく且つ良好な切断性能を維持させる点でさらなる改善の余地がある。
【0005】
本発明は、前記のような事情に鑑みてなされたものであり、折れにくく且つ良好な切断性能を維持できるバリカン刃を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するためのものとして、本発明は、互いに重ね合わせられた状態で往復動されることにより被切断体を切断する一対のバリカン刃を含むバリカン式刈刃装置に適用される前記バリカン刃であって、基材と、当該基材の周囲に突設されて相手方の刃体と摺動する摺動面をそれぞれ有する複数の刃体とを備え、前記複数の刃体のうち少なくとも一部の刃体は、前記摺動面における摺動方向の両端部を少なくとも含む部分に、他の部分よりも硬度の高い高硬度部を有し、前記高硬度部の厚みは、10μm以上且つ200μm以下に設定されている、ことを特徴とするものである(請求項1)。
【0007】
本発明によれば、刃体の摺動面の少なくとも摺動方向の両端部に硬度の高い高硬度部が設けられていることで、この両端部であって被切断体を切断する部分の硬度を高めて切断性能を向上できるとともに、この部分の摩耗や欠けを抑制して良好な切断性能を維持できる。しかも、高硬度部の厚みが10μm以上且つ200μm以下と薄くされていることで、高硬度部を除く刃体の大部分を靭性の高い構成としてバリカン刃を折れにくくすることができる。従って、折れにくく且つ良好な切断性能を維持できるバリカン刃を実現できる。
【0008】
前記刃体の硬度としては、前記高硬度部の硬度がHRC55以上であり、前記刃体のうちの他の部分(前記高硬度部を除く部分)の硬度がHRC40以上50以下であるものが挙げられる(請求項2)。
【0009】
前記高硬度部としては、前記刃体を構成する鋼材に無電解ニッケルメッキが施されたもの、が挙げられる(請求項3)。
【0010】
この構成によれば、靭性の高い鋼材によって低硬度部を構成して刃体を折れにくくしつつ、当該鋼材に無電解ニッケルメッキが施されることで硬度が高められた摺動面によって刃体の切断性能の向上および良好な切断性能の維持を実現できる。また、無電解ニッケルメッキでは、摺動面の端部であって被切断体を切断する部分に形成されるメッキ被膜の厚みを小さく抑えることができる。これより、刃体の切断性能を高くできる。
【0011】
前記高硬度部としては、前記刃体を構成する鋼材にレーザー焼入れが施されたもの、が挙げられる(請求項4)。
【0012】
この構成によっても、靭性の高い鋼材によって低硬度部を構成して刃体を折れにくくしつつ、レーザー焼入れが施されることで硬度が高められた摺動面によって刃体の切断性能の向上および良好な切断性能の維持を実現できる。また、レーザー焼入れでは、焼入れ対象物の焼入れ部分にレーザーの熱を集中させて、他の部分へのレーザーの熱の影響を抑制できる。これより、この構成によれば、レーザー焼入れによって摺動面の硬度を高めつつ、レーザーの熱によって他の部分の靭性が低下するのを回避できて刃体の大部分の靭性を確保できる。
【0013】
また、本発明は、前記のように構成されたバリカン刃を2枚備えるとともに、前記2枚のバリカン刃を重ね合わせた状態で保持する保持部と、前記2枚のバリカン刃を前記摺動面の摺動方向に往復駆動する駆動部とを備える、ことを特徴とするバリカン式刈刃装置を提供する(請求項5)。
【0014】
また、本発明は、前記バリカン刃を単一の鋼材で形成し、前記鋼材で形成された前記バリカン刃の少なくとも一部の前記刃体の前記摺動面に無電解ニッケルメッキを施した後、当該摺動面にベーキング処理を施して前記高硬度部を形成する、ことを特徴とするバリカン刃の製造方法を提供する(請求項6)。
【0015】
この方法によれば、前記のような折れにくく高い切断性能を備えるとともにこの高い切断性能を維持できるバリカン刃を製造できる。しかも、バリカン刃の母材として単一の鋼材を用いていることで、摺動面に高硬度部を設けつつ、地がねとはがねが接合された鋼材を用いてバリカン刃を製造する方法に比べて製造コストを低減できる。
【0016】
また、本発明は、前記バリカン刃を単一の鋼材で形成し、前記鋼材で形成された前記バリカン刃の少なくとも一部の前記刃体の摺動面にレーザー焼入れを施して前記高硬度部を形成する、ことを特徴とするバリカン刃の製造方法を提供する(請求項7)。
【0017】
この方法によっても、前記のような折れにくく且つ良好な切断性能を維持できるバリカン刃を製造することができる。しかも、バリカン刃の母材として単一の鋼材を用いることで、地がねとはがねが接合された鋼材を用いてバリカン刃を製造する方法に比べて製造コストを低減できるとともに、摺動面がレーザー焼入れによって形成されることで、前記のように、刃体の大部分の靭性を確保できる。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明によれば、折れにくく且つ良好な切断性能を維持できるバリカン刃、バリカン式刈刃装置およびバリカン刃の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一実施形態にかかるバリカン式刈刃装置の全体構成を示す平面図である。
【
図4】バリカン式刈刃装置の駆動時の刃体の様子を示した断面図であり、(a)~(c)はそれぞれ異なるタイミングでの刃体の様子を示している。
【
図5】第1実施形態に係る刃体の概略断面図である。
【
図6】第1実施形態に係るバリカン刃の製造方法を示したフローチャートである。
【
図7】第2実施形態に係る刃体の概略断面図である。
【
図8】第2実施形態に係るバリカン刃においてレーザー焼入れが施される部分を示した平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(1)第1実施形態
(全体構成)
図1~
図3は、本発明の第1実施形態にかかるバリカン式刈刃装置1の全体構成を示した図である。バリカン式刈刃装置1は、刃物部品としての一対のバリカン刃2、3と、ガイド板4と、バリカン刃2、3およびガイド板4の一部を収容するケース5とを備える。また、バリカン式刈刃装置1は、ケース5の内側に収容されてバリカン刃2、3を駆動する駆動機構6を有する。駆動機構6は、レシプロエンジン等の駆動源(不図示)から入力される回転運動を往復運動に変換するクランク機構を含み、駆動源からの動力を受けてバリカン刃2、3を駆動する。前記のガイド板4は本発明における「保持部」の一例に該当し、前記の駆動機構6は本発明における「駆動部」の一例に該当する。
【0021】
ガイド板4は、一方向に長尺な板状体からなり、ケース5から所定の方向に延びる姿勢でケース5に固定されている。具体的には、ガイド板4には、その長手方向の一方端の表面に雄ネジ部材41が立設されている。ガイド板4は、この雄ネジ部材41およびこれに螺着されるナット42を介してケース5に固定されている。ガイド板4には、その長手方向の複数の位置に貫通孔48が形成されている。以下では、適宜、バリカン式刈刃装置1におけるガイド板4の長手方向を前後方向といい、ケース5側つまりガイド板4の基端側を後側、逆側つまりガイド板4の先端側を前側として説明する。
【0022】
バリカン刃2、3は、互いに同じ形状および構造を有している。バリカン刃2、3は、それぞれ、一方向に長尺な平板状の基材21、31と、基材21、31の周囲に突設された複数の刃体22、32とを有する。
【0023】
バリカン刃2、3は、基材21、31がガイド板4に沿って前後方向に延びる姿勢でガイド板4に保持されている。バリカン刃2、3は、互いに重ね合わせられるとともに一方のバリカン刃2の表面にガイド板4が重ね合わされた状態で、ガイド板4に保持されている。以下では、適宜、これらバリカン刃2、3およびガイド板4の重ね合わせ方向を上下方向といい、ガイド板4側を上側、バリカン刃2、3側を下側として説明する。また、適宜、バリカン刃2、3およびガイド板4において前後方向および上下方向と直交する方向を幅方向という。
【0024】
バリカン刃2、3の基材21、31には、前後方向の複数の位置に前後方向に長い長孔状のガイド孔28、38が形成されている。これらガイド孔28、38とガイド板4の前記の貫通孔48とには共通のボルト91が挿通されており、ボルト91がガイド板4の上面においてナット92により締結されることで、バリカン刃2、3はガイド板4に保持されている。なお、ボルト91の頭部と下側のバリカン刃3との間にはワッシャー93が装着されている。
【0025】
ガイド板4の貫通孔48の穴径は、ボルト91の軸部91aの外径とほぼ同じに設定されている。また、ガイド孔28、38の幅方向の寸法も、ボルト91の軸部91aの外径とほぼ同じに設定されている。一方、ガイド孔28、38の前後方向の長さはボルト91の軸部91aよりも長くなっている。これより、バリカン刃2、3は、幅方向の移動が規制される一方、前後方向への移動が許容された状態でガイド板4に保持されている。
【0026】
前記のように、2枚のバリカン刃2、3は同じ形状および同じ構造を有しており、同じ形状および同じ構造を有する刃体22、32を同じ数有している。バリカン刃2(3)の各刃体22(32)は、それぞれ、基材21(31)の幅方向の両側部からこの幅方向の外側に突出している。各刃体22(32)は、基材21(31)の長手方向に沿って一定のピッチで並んでいる。
【0027】
刃体22(32)は、平面視で略台形状を呈している。刃体22(32)の厚み方向の両側の面はそれぞれ平面となっている。刃体22(32)の周縁部にはすくい面が形成されており、刃体22(32)の断面は略台形状を呈している(
図5等)。刃体22(32)の厚み方向の一方側の面であって前後方向の寸法が長い面、すなわち、両端部が刃先を構成する面は、相手方のバリカン刃3(2)の刃体32(22)と摺動するようになっており、刃体22(32)は、この厚み方向の一方側の面を構成して相手方のバリカン刃の刃体32(22)と摺動する平面状の摺動面24(34)を有している。
【0028】
2枚のバリカン刃2、3は、その刃体22、32の摺動面24、34が相手方のバリカン刃3、2の摺動面34、24と向き合うように、表裏逆向きの姿勢でガイド板4に保持されている。
【0029】
バリカン刃2、3の後端部はそれぞれ駆動機構6に連結されており、バリカン刃2、3は駆動機構6によって前後方向に往復駆動される。具体的に、駆動機構6は、前後方向に往復動して上側のバリカン刃2を前後方向に往復駆動する駆動体6aと、前後方向に往復動して下側のバリカン刃3を前後方向に往復駆動する駆動体6bとを有する。2つの駆動体6a、6bは、互いに逆位相で、つまり一方の駆動体6a、6bが最も前方に位置するときに他方の駆動体6a、6bが最も後方に位置するように往復動しており、バリカン刃2、3も互いに逆位相で往復動する。
【0030】
図4は、バリカン刃2、3の往復動時の刃体22、32の様子を示した図である。なお、
図4には、
図3のIV-IV線における刃体22、32の断面を示している。バリカン刃2、3の駆動時、上側のバリカン刃2の刃体22とこれに隣接する下側のバリカン刃3の刃体32とは、摺動面24、34どうしの前後方向の摺動を伴いつつ互いに接離する方向に往復動する。
【0031】
具体的に、バリカン刃2、3が一往復する間、バリカン刃2、3の刃体22、32は、実線の矢印で示すように移動して、
図4(a)に示すように2つのバリカン刃2、3の各刃体22、32が前後方向に離間する状態から、
図4(b)に示すように一方のバリカン刃2の刃体22の前後方向の一方端と他方のバリカン刃3の刃体32の前後方向の他方端とが対向する状態を経て、
図4(c)に示すように2つのバリカン刃2、3の各刃体22、32の全体が上下方向に対向する状態になり、その後、破線の矢印で示すように移動して、
図4(b)に示す状態を経て
図4(a)に示す状態に戻る。そして、各刃体22、32の摺動面24、34は、所定の平面Lに沿って移動し、
図4(b)に示す状態から
図4(c)に示す状態を経て
図4(b)に示す状態に戻るまでの間、互いに摺動する。
【0032】
以上のように構成されたバリカン式刈刃装置1は、例えば草刈機や剪枝機等の主要部を構成する装置として用いられる。すなわち、前記のケース5には、駆動機構6を駆動する駆動源がクラッチ装置等を介して連結されるとともに、作業者により把持される手動操作用の操作ハンドルが設けられている(いずれも図示省略)。そして、作業者が前記駆動源を始動させると、前記バリカン刃2、3が高速で前後方向に往復駆動され、上側のバリカン刃2の刃体22と下側のバリカン刃3の刃体32との間に入り込んだ草気等の被切断体に、各刃体22、32の刃先を構成する摺動面24、34の前後方向(摺動面24、34の摺動方向)の両端部24a,24b、34a,34bが高速で当たることで、被切断体が切断される。本第1実施形態では、
図4に示したように、上側のバリカン刃2の刃体22の摺動面24の前端部24aが相対的に下側のバリカン刃3の刃体32の摺動面34上を摺動するようになっており、主として、上側のバリカン刃2の刃体22の摺動面24の前端部24aと下側のバリカン刃3の刃体32の摺動面34の後端部34bとによって被切断体が切断される。
【0033】
(刃体の詳細構成)
次に、第1実施形態に係るバリカン刃2、3の刃体22、32の詳細な構成について説明する。なお、以下に説明する刃体の構成はすべての刃体22、32が同様に有している。また、以下では、代表して一方のバリカン刃2の刃体22について説明を行う。
【0034】
図5は、第1実施形態に係る刃体22の断面図である。刃体22は、その摺動面24および反摺動面25の硬度が、他の部分よりも高くなるように構成されている。つまり、刃体22は、その厚み方向の両側部であって摺動面24および反摺動面25を構成する部分に設けられた硬度の高い高硬度部22Aと、高硬度部22Aを除く部分を構成して高硬度部22Aよりも硬度の低い低硬度部22Bとを有する。本第1実施形態では、低硬度部22Bの硬度は、HRC40以上且つ50以下に設定され、高硬度部22Aの硬度はHRC55以上(ロックウェル硬さで55以上)つまりおよそHv600以上(ビッカース硬さで約600以上)に設定されている。本第1実施形態では、全ての刃体22に高硬度部22Aおよび低硬度部22Bとが設けられている。
【0035】
高硬度部22Aは、刃体22の刃先を構成する摺動面24の前後方向(つまり摺動面24の摺動方向)の両端部24a、24bを含む摺動面24の全面にわたって設けられている。また、反摺動面25側の高硬度部22Aも、反摺動面25の全面にわたって設けられている。
【0036】
高硬度部22Aの厚みd1(摺動面24を含む高硬度部22Aと反摺動面25を含む高硬度部22Aの各厚みd1)は、10μm以上200μm以下の所定の寸法に設定されており、刃体22の厚みd2に対して十分に薄くされている。なお、刃体22の厚みd2は、例えば、1.5~3.0mm程度であり、各高硬度部22Aの厚みd1は刃体22の厚みd2の1/10程度以下となっている。
【0037】
本第1実施形態では、高硬度部22Aは、刃体22を構成する鋼材に無電解ニッケルメッキとベーキング処理が施されたものである。つまり、本第1実施形態では、刃体22が鋼材により形成されており、この刃体22を構成する鋼材つまり鋼材からなる刃体22の母材に無電解ニッケルメッキとベーキング処理が施されることで高硬度部22Aが形成されている。
【0038】
本第1実施形態では、この高硬度部22Aを備えるバリカン刃2を次のようにして製造する。
【0039】
図6に示すように、まず、刃体22を含むバリカン刃2(3)を単一の鋼材によって形成する(S1)。本第1実施形態では、刃体22と基材21とを一体に形成するようになっており、バリカン刃2の全体を単一の鋼材により形成する。このとき、刃体22を含むバリカン刃2の硬度が前記の低硬度部22Bの硬度になるように、バリカン刃2の全体に対して熱調質を施す(焼入れ焼きなましの熱処理を施す)。刃体22およびバリカン刃2を形成する前記の鋼材(刃体22の母材)としては、例えば、S40CやSK85等の炭素鋼や炭素工具鋼、SKS5等の合金工具鋼を用いることができる。
【0040】
次に、刃体22の摺動面24と反摺動面25に無電解ニッケルメッキを施す(S2)。本第1実施形態では、バリカン刃全体を無電解ニッケルメッキ液に浸漬して、刃体22の摺動面24と反摺動面25を含むバリカン刃2の外周面全体にメッキ被膜を形成する。またこのとき、摺動面24と反摺動面25を含むバリカン刃2の外周面に形成されるメッキ被膜の膜厚が、前記の高硬度部22Aの厚みd1になるように、無電解ニッケルメッキ液への浸漬時間を調整する。
【0041】
次に、刃体22およびバリカン刃2にベーキング処理を施す(S3)。つまり、バリカン刃2を炉内等で加熱する。ここで、メッキ被膜の硬度はベーキング温度(加熱温度)によって変化するものであり、このベーキング処理では、ベーキング温度を、摺動面24と反摺動面25を含むバリカン刃2の外周面に形成されたメッキ被膜の硬度が前記の高硬度部22Aの硬度になるような温度に調整する。
【0042】
ベーキング処理が終了すると、刃体22の周縁部(摺動方向の両端部と突端部)にすくい面が形成されるように刃体22に対して刃付け処理つまり研削等を行うとともに、歪み矯正や表面処理等の最終工程を実施してバリカン刃2(3)を形成する(完成させる)(S4)。なお、この処理によってすくい面のメッキは除去され、
図5に示すように刃体22(32)の外周面のうち摺動面24(34)と被摺動面25(35)とにのみ高硬度部22Aが形成される。
【0043】
以上の処理により、刃体22のうち摺動面24と反摺動面25を構成する部分に、硬度の高い高硬度部22Aが形成され、刃体22の他の部分に硬度の低い低硬度部22Bが形成される。ここで、少なくとも鋼材において硬度と靭性とは概ね反比例する。これより、低硬度部22Bは、前記のように硬度が比較的低くなるように熱調質されたことに伴い、その靭性は高くなっている。
【0044】
(作用等)
以上のように、本第1実施形態に係るバリカン刃2(3)では、刃体22(32)の摺動面24(34)全体であって刃先を構成する摺動面24(34)の前後方向(つまり摺動面24(34)の摺動方向)の両端部24a(34a)、24b(34b)を含む部分に硬度の高い高硬度部22Aが設けられている。そのため、刃体22(32)の切断性能を高くできるとともに、刃体22(32)の摩耗や欠けを抑制して高い切断性能を維持できる。そして、この高硬度部22Aの厚みが10μm以上且つ200μm以下と非常に薄くされていることで、高硬度部22Aを除く刃体22(32)の大部分を靭性の高い構成としてバリカン刃2(3)を折れにくくすることができ、折れにくく且つ高い切断性能を維持できるバリカン刃2(3)を実現できる。
【0045】
また、本第1実施形態では、高硬度部22Aの硬度がHRC55以上に設定され、低硬度部22Bの硬度がHRC40以上50以下に設定されていることで、バリカン刃2(3)の刃体22(32)の摩耗や欠けをより確実に抑制しつつ、刃体22(32)の折れを抑制できる。特に、前記のように、草木を切断するためにバリカン刃2(3)を用いた場合において、草木や草木が植えられている地面の石等に起因するバリカン刃2(3)の摩耗や欠けを十分に抑制できるとともに刃体22(32)の折れを十分に抑制できる。
【0046】
また、本第1実施形態では、刃体22(32)を構成する鋼材に無電解ニッケルメッキとベーキング処理を施すことで高硬度部22Aが形成されており、刃体22(32)の大部分を構成する低硬度部22Bの硬度を低く抑えてその靭性を高くしつつ、摺動面24(34)を構成する高硬度部22Aの硬度を確実に高くできる。特に、無電解ニッケルメッキによって高硬度部22Aが形成されていることで、刃体22(32)の切断性能を確実に高くできる。具体的には、硬質クロムメッキ等の電気メッキでは、電気を通しやすい角部等のメッキ被膜厚が大きくなる。そのため、仮に摺動面24(34)に硬質クロムメッキ等の電気メッキを施した場合には、刃先を構成する摺動面24(34)の両端部24a(34a)、24b(34b)のメッキ被膜の厚みが大きくきくなるだけでなく不均等になって切れ味が低下する。これに対して、無電解ニッケルメッキでは、メッキ対象物の形状によらずこれに均一にメッキ被膜を形成することができる。これより、本第1実施形態によれば、摺動面24(34)の両端部24a(34a)、24b(34b)にメッキ被膜を構成してその硬度を高めつつ被膜厚さを薄くして切れ味の低下を抑制できる。
【0047】
ここで、折れにくく且つ切断性能を高く維持できる刃体22の製造方法として、靭性の高い地がねと硬度の高いはがねが接合された鋼材を整形してバリカン刃を製造する方法があるが、この方法では鋼材に係るコストが高くなる。これに対して、本第1実施形態では、刃体22(32)が単一の鋼材で形成されている。そのため、鋼材に係るコストを低く抑え、折れにくく且つ切断性能を高く維持できる刃体22を低コストで製造することができる。
【0048】
(2)第2実施形態
次に、第2実施形態に係るバリカン式刈刃装置1について説明する。バリカン刃2、3の刃体22、32の構成を除く他の構成は第1実施形態と第2実施形態とで同じであり、以下では、第2実施形態に係るバリカン刃2、3の刃体22、32についてのみ説明するとともに、第1実施形態と同様の要素についてはこれと同じ符号を付して説明する。また、以下の刃体22、32の説明においても、代表して、一方のバリカン刃2の刃体22について説明を行う。
【0049】
図7は、第2実施形態に係る刃体22の断面図である。本第2実施形態でも、全ての刃体22に高硬度部22Aおよび低硬度部22Bとが設けられている。ただし、第2実施形態では、刃体22のうち摺動面24の硬度のみが、他の部分よりも高くなるように構成されている。つまり、第2実施形態では、刃体22は、その厚み方向の両側部のうち摺動面24を構成する部分にのみ硬度の高い高硬度部22Aを有しており、反摺動面25を含む刃体22の他の部分が硬度の低い低硬度部22Bとされている。第2実施形態では、高硬度部22Aは、摺動面24の摺動方向の両端部24a、24bつまり刃先を含む摺動面24の全面にわたって設けられている。
【0050】
高硬度部22Aと低硬度部22Bの硬度は第1実施形態と同様に設定されており、第2実施形態でも、低硬度部22Bの硬度はHRC40以上且つ50以下とされ、高硬度部22Aの硬度はHRC55以上とされている。また、高硬度部22Aの厚みd1も第1実施形態と同様に設定されており、第2実施形態においても、高硬度部22Aの厚みd1は10μm以上200μm以下の所定の寸法に設定されている。
【0051】
一方、本第2実施形態では、刃体22を構成する鋼材つまり鋼材からなる刃体22の母材にレーザー焼入れが施されることで、高硬度部22Aが形成されている。
【0052】
具体的には、第2実施形態でも、第1実施形態と同様に前記のステップS1を実施する。つまり、バリカン刃2の全体を単一の鋼材(S40CやSK85等の炭素鋼・炭素工具鋼やSKS5等の合金工具鋼等)により形成して、刃体22を含むバリカン刃2の硬度が前記の低硬度部22Bの硬度になるようにバリカン刃2全体に熱調質を施す。
【0053】
一方、第2実施形態では、熱調質後のバリカン刃2に対して、刃体22の摺動面24にレーザー焼入れを施すという処理を行う。つまり、摺動面24にレーザー光を照射してこれを硬化させる。またこのとき、高硬度部22Aの厚みが前記の厚みd1になるようにレーザーの出力等を調整する。本第2実施形態では、
図8の網掛け部分にレーザー光を照射して、各刃体22の摺動面24にのみレーザー焼入れを施す。
【0054】
レーザー焼入れの終了後は、第1実施形態と同様に、第2実施形態においても刃体22に対して刃付け等の後処理を行う。
【0055】
第2実施形態では、以上の処理により、刃体22のうち摺動面24を構成する部分に高硬度部22Aが形成され、刃体22のうちの他の部分に硬度が低い一方靭性の高い低硬度部22Bが形成される。なお、レーザー照射のあと被照射部つまり摺動面24を所定の硬度に調整するためにバリカン刃2に対してテンパー処理(低温焼鈍処理)を行ってもよい。
【0056】
(作用等)
以上のように、本第2実施形態に係るバリカン刃2(3)でも、刃体22(32)の摺動面24(34)全体に硬度の高い高硬度部22Aが設けられているとともに、この高硬度部22Aの厚みが10μm以上且つ200μm以下と非常に薄くされていることで、折れにくく且つ高い切断性能を維持できるバリカン刃2(3)を実現できる。また、本第2実施形態でも、高硬度部22Aの硬度がHRC55以上に設定され、低硬度部22Bの硬度がHRC40以上50以下に設定されていることで、バリカン刃2(3)の刃体22(32)の摩耗や欠けおよび折れを確実に抑制できる。
【0057】
また、本第2実施形態では、刃体22(32)を構成する鋼材にレーザー焼入れが施されることで高硬度部22Aが形成されている。そのため、靭性の高い鋼材によって低硬度部22Bを構成して刃体22(32)を折れにくくしつつ、レーザー焼入れによって摺動面24(34)に確実に硬度の高い高硬度部22Aを設けることができる。特に、レーザー焼入れでは、焼入れ対象物の自己冷却によって焼入れ部分に局所的にレーザーの熱を集中できる。従って、摺動面24(34)にレーザー光を照射してこれに高硬度部22Aを形成しつつ、刃体22の他の部分つまり低硬度部22Bに焼きが入るのを抑制してその靭性を確実に高くできる。
【0058】
また、本第2実施形態でも、刃体22(32)が単一の鋼材で形成されていることで、折れにくく且つ切断性能を高く維持できる刃体22を低コストで製造することができる。
【0059】
(実施例)
本願発明者は、本発明の効果を確認するために、第2実施形態に係るバリカン式刈刃装置1、すなわち、2枚のバリカン刃2、3の全ての刃体22、32の摺動面24、34にレーザー焼入れによって形成された高硬度部22Aが設けられたバリカン式刈刃装置1を用いて道路脇の草刈を行った。詳細には、第2実施形態に係るバリカン式刈刃装置1の実施例として、高硬度部22Aの厚みd1が200μm、高硬度部22Aの硬度がHRC60程度(Hv750程度)、低硬度部22Bの硬度がHRC45程度のバリカン刃2枚を有するバリカン式刈刃装置1を用いた。また、比較例として、2枚のバリカン刃の各刃体の摺動面に高硬度部が設けられていないバリカン式刈刃装置であって、刃体22が同種の鋼材で形成されて摺動面を含むその全体の硬度がHRC50程度であるものを用いて、同じエリアの道路脇の草刈を行った。
【0060】
前記草刈の結果、比較例では、草刈作業を半日行った時点で切れ味が低下し始め、上側のバリカン刃2と下側のバリカン刃3の入れ替えが必要となった。そして、この上下のバリカン刃2、3の入れ替えを途中で行うも、1日目の草刈作業後には研ぎ作業が必要となる程度にバリカン刃2、3が摩耗してしまった。これに対して、実施例では、1日目、2日目午前の草刈作業では切れ味が低下せず、切れ味が低下し始めるのは、2日目の午後あるいは3日目の午前の草刈作業中であった。そして、上下のバリカン刃2、3の入れ替えを途中で行った場合において、研ぎ作業が必要なまでにバリカン刃2、3が摩耗するのは5日目の草刈作業後であった。つまり、実施例では、バリカン刃2、3が摩耗するまでの時間が比較例に比べて概ね5倍となり、バリカン刃2、3の研ぎ回数が概ね1/5に低減された。
【0061】
また、約3か月間にわたって草刈作業に前記実施例に係るバリカン式刈刃装置1を用いたが、バリカン刃2、3は1度も折れなかった。
【0062】
(変形例)
前記第1実施形態では、反摺動面25(35)にも高硬度部22Aを設けた場合を説明したが、第2実施形態のように反摺動面25(35)の高硬度部22Aを省略して摺動面24(34)にのみ高硬度部22Aを設けてもよい。この場合には、反摺動面25(35)にマスキングをした状態で刃体22(32)を無電解ニッケルメッキ液に浸漬すればよい。
【0063】
また、前記第1実施形態において、バリカン刃2の刃体22(32)にのみ無電解ニッケルメッキを施してもよい。
【0064】
また、前記第1実施形態および第2実施形態において、無電解ニッケルメッキおよびレーザー焼入れの処理前に刃付け処理を行って刃体22(32)にすくい面を形成してもよい。
【0065】
また、前記第1実施形態および第2実施形態では、バリカン刃2(3)が有する刃体22(32)の全てに高硬度部22Aを設けた場合を説明したが、バリカン刃2(3)が有する複数の刃体22(32)のうちの一部の刃体22(32)にのみ高硬度部22Aを設けるようにしてもよい。この場合において、いずれの刃体22(32)に高硬度部22Aを設けるかは限定されるものではない。ただし、前記第1実施形態および第2実施形態のようにバリカン刃2(3)が長尺な形状を有しその長手方向の一方側(後側)に操作ハンドルが取り付けられるケース5が設けられる場合には、バリカン刃2(3)の先端側(前側、長手方向についてケース5の逆側)の刃体22(32)に高硬度部22Aを設けるのが好ましい。このようにすれば、バリカン刃2(3)の先端側に位置して被切断体との接触機会が多い刃体22(32)の硬度を高めて効果的に切断性能およびこれの持続性を高めつつ、作業者に近い側の刃体22(32)の硬度を比較的低くしてより確実に安全性を確保できる。
【0066】
また、前記第1実施形態および第2実施形態において、摺動面24(34)のうちその摺動方向(前後方向)の両端部24a(34a)、24b(34b)つまり刃体22(32)の刃先部分のみに高硬度部22Aを設けてもよい。
【0067】
また、前記第1実施形態および第2実施形態では、バリカン刃2、3として、その基材21、31の幅方向の両側部に刃体22、32が設けられた両刃タイプのバリカン刃を用いたが、本発明の構成は、前記バリカン刃2、3の幅方向の一方側にのみ刃体22、32が設けられた片刃タイプのバリカン刃にも適用可能である。
【0068】
また、前記第1実施形態および第2実施形態では、バリカン刃2、3の基材21、31が長尺な板状を呈する場合を説明したが、本発明の構成は、半円状等の他の形状を有する基材を備えたバリカン刃にも適用可能である。
【符号の説明】
【0069】
1 バリカン式刈刃装置
2、3 バリカン刃
4 ガイド板(保持部)
6 駆動機構(駆動部)
21、31 基材
22、32 刃体
22A 高硬度部
22B 低硬度部
24、34 摺動面