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特開2022-52754聴覚特性計測方法、プログラム、及び聴覚特性計測システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022052754
(43)【公開日】2022-04-04
(54)【発明の名称】聴覚特性計測方法、プログラム、及び聴覚特性計測システム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/12 20060101AFI20220328BHJP
【FI】
A61B5/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021153412
(22)【出願日】2021-09-21
(31)【優先権主張番号】P 2020159034
(32)【優先日】2020-09-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【弁理士】
【氏名又は名称】新居 広守
(72)【発明者】
【氏名】村越 道生
【テーマコード(参考)】
4C038
【Fターム(参考)】
4C038AB01
4C038AB07
(57)【要約】
【課題】被験者の聴覚特性の計測に要する時間の短縮化を図ること。
【解決手段】聴覚特性計測方法は、出力ステップS1と、受音ステップS2と、解析ステップS3と、を含む。出力ステップS1では、被験者の外耳道に向けて、ランダム雑音である刺激音を出力する。受音ステップS2では、出力ステップS1にて出力した刺激音が外耳道にて反射することで生じる反射音を受音する。解析ステップS3では、受音ステップS2にて受音した反射音を周波数解析する。
【選択図】図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の外耳道に向けて、ランダム雑音である刺激音を出力する出力ステップと、
前記出力ステップにて出力した前記刺激音が前記外耳道にて反射することで生じる反射音を受音する受音ステップと、
前記受音ステップにて受音した前記反射音を周波数解析する解析ステップと、を含む、
聴覚特性計測方法。
【請求項2】
前記刺激音には、0~400Hzの範囲の周波数成分が含まれる、
請求項1に記載の聴覚特性計測方法。
【請求項3】
前記刺激音には、2kHz以上の周波数成分が含まれる、
請求項1又は2に記載の聴覚特性計測方法。
【請求項4】
前記刺激音は、M系列音である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の聴覚特性計測方法。
【請求項5】
前記解析ステップによる周波数解析の結果には、前記被験者の中耳における耳小骨の異常の有無を示す指標が含まれる、
請求項1~4のいずれか1項に記載の聴覚特性計測方法。
【請求項6】
1以上のプロセッサに、
請求項1~5のいずれか1項に記載の聴覚特性計測方法を実行させる、
プログラム。
【請求項7】
被験者の外耳道に向けて、ランダム雑音である刺激音を出力する出力部と、
前記出力部にて出力した前記刺激音が前記外耳道にて反射することで生じる反射音を受音する受音部と、
前記受音部にて受音した前記反射音を周波数解析する解析部と、を備える、
聴覚特性計測システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、聴覚特性計測方法、プログラム、及び聴覚特性計測システムに関し、特に被験者の外耳道に向けて刺激音を出力して聴覚特性を計測する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、聴覚障害の確定診断のための聴性脳幹反応(Auditory Brainstem Response;ABR)の検査に用いられる聴覚閾値を推定する聴覚閾値推定装置が開示されている。この検査は、被験者に対して音刺激を与えて聴覚神経系を興奮させ、その音刺激から10m秒の間に発生する脳幹部での6~7個の電位を、頭皮上に載置された導出電極経由で取得し、記録することによって行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014-188040号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、被験者の聴覚特性の計測に要する時間の短縮化を図ることのできる聴覚特性計測方法、プログラム、及び聴覚特性計測システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明の一形態に係る聴覚特性計測方法は、出力ステップと、受音ステップと、解析ステップと、を含む。前記出力ステップでは、被験者の外耳道に向けて、ランダム雑音である刺激音を出力する。前記受音ステップでは、前記出力ステップにて出力した前記刺激音が前記外耳道にて反射することで生じる反射音を受音する。前記解析ステップでは、前記受音ステップにて受音した前記反射音を周波数解析する。
【0006】
また、上記目的を達成するために、本発明の一形態に係るプログラムは、1以上のプロセッサに、上記の聴覚特性計測方法を実行させる。
【0007】
また、上記目的を達成するために、本発明の一形態に係る聴覚特性計測システムは、出力部と、受音部と、解析部と、を備える。前記出力部は、被験者の外耳道に向けて、ランダム雑音である刺激音を出力する。前記受音部は、前記出力部にて出力した前記刺激音が前記外耳道にて反射することで生じる反射音を受音する。前記解析部は、前記受音部にて受音した前記反射音を周波数解析する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、被験者の聴覚特性の計測に要する時間の短縮化を図ることのできる聴覚特性計測方法、プログラム、及び聴覚特性計測システムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、実施の形態に係る聴覚特性計測システムの構成を示す概要図である。
図2図2は、M系列音を示す概要図である。
図3図3は、人の耳の構造を示す概要図である。
図4A図4Aは、キャリブレーション用のキャビティの構成を示す概要図である。
図4B図4Bは、被験者の外耳道を模したキャビティであって、中耳が共振していない状態を示す概要図である。
図4C図4Cは、被験者の外耳道を模したキャビティであって、中耳が共振している状態を示す概要図である。
図5図5は、成人の聴覚特性としてのSPL(Sound Pressure Level)カーブを表した図である。
図6A図6Aは、正常な聴覚を有する成人の聴覚特性としてのSPLカーブを表した図である。
図6B図6Bは、正常な聴覚を有する新生児の聴覚特性としてのSPLカーブを表した図である。
図7図7は、新生児の外耳道の固有の特徴を説明するための説明図である。
図8図8は、SPLカーブの理論値を説明するための説明図である。
図9図9は、キャリブレーションに用いるキャビティでのSPLカーブの理論値を表した図である。
図10図10は、実施の形態に係る聴覚特性計測システムの動作例を示すフローチャートである。
図11図11は、実施の形態に係る聴覚特性計測システムでの計測結果と、比較例の聴覚特性計測システムでの計測結果との比較図である。
図12A図12Aは、正常な聴覚を有する成人を被験者とした場合における、実施の形態に係る聴覚特性計測システムの計測結果を示す図である。
図12B図12Bは、正常な聴覚を有する成人を被験者とした場合における、比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を示す図である。
図13図13は、刺激音としてのM系列音の出力時間と、被験者の聴覚特性の計測結果との相関図である。
図14図14は、ティンパノメトリーの計測結果を示すティンパノグラムの説明図である。
図15A図15Aは、正常な聴覚を有する被験者に対する比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を示す図である。
図15B図15Bは、耳小骨の離断を生じた被験者に対する比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を示す図である。
図15C図15Cは、耳小骨の固着を生じた被験者に対する比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を示す図である。
図16図16は、可動性マップの説明図である。
図17図17は、耳小骨の離断を生じた成人を被験者とした場合における、実施の形態に係る聴覚特性計測システムの計測結果をSPLカーブで表した図である。
図18図18は、耳小骨の離断を生じた成人を被験者とした場合における、実施の形態に係る聴覚特性計測システムの計測結果を可動性マップで表した図である。
図19A図19Aは、耳小骨の固着を生じた成人を被験者とした場合における、実施の形態に係る聴覚特性計測システムの計測結果をSPLカーブで表した図である。
図19B図19Bは、耳小骨の固着を生じた成人を被験者とした場合における、比較例の聴覚特性計測システムの計測結果をSPLカーブで表した図である。
図20図20は、両側の耳に難聴を有する新生児を被験者とした場合における、比較例の聴覚特性計測システムの計測結果をSPLカーブで表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも本発明の一具体例を示す。以下の実施の形態で示される数値、形状、手法、構成要素、構成要素の接続形態、ステップ、ステップの順序等は、一例であり、本発明を限定する主旨ではない。また、各図において、実質的に同一の構成については同一の符号を付し、重複する説明は省略又は簡略化する場合がある。
【0011】
[構成]
実施の形態に係る聴覚特性計測システム100(聴覚特性計測方法)は、被験者(つまり、人)の耳6にある外耳道611(図3参照)に向けて刺激音Sd1を出力することにより、非侵襲的に被験者の聴覚特性を計測するシステム(方法)である。聴覚特性計測システム100は、図1に示すように、出力部11と、受音部12と、解析部13と、を備えている。言い換えれば、聴覚特性計測方法は、出力ステップS1と、受音ステップS2と、解析ステップS3と、を含む(図10参照)。図1は、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の構成を示す概要図である。図3は、人の耳6の構造を示す概要図である。図10は、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の動作例を示すフローチャートである。
【0012】
出力部11は、被験者の外耳道611に向けて、ランダム雑音である刺激音Sd1を出力する。言い換えれば、出力ステップS1では、被験者の外耳道611に向けて、ランダム雑音である刺激音Sd1を出力する。実施の形態では、出力部11は、コンピュータ装置1と、AD/DAコンバータ2と、計測装置3と、計測装置3に取り付けられたプローブ31が有するイヤホン4と、で構成されている。
【0013】
コンピュータ装置1は、一例として、ラップトップ型のパーソナルコンピュータである。もちろん、コンピュータ装置1は、ラップトップ型のパーソナルコンピュータに限らず、デスクトップ型のパーソナルコンピュータであってもよいし、スマートフォン又はタブレット端末等の情報端末であってもよい。
【0014】
出力部11では、刺激音Sd1を含む音声ファイル(例えば、WAVファイル)の再生処理をコンピュータ装置1にて実行する。これにより、刺激音Sd1のディジタル音声データがAD/DAコンバータ2にてアナログ音声データに変換され、変換されたアナログ音声データが計測装置3へと送信される。そして、計測装置3は、受信したアナログ音声データに基づいて、プローブ31が有するイヤホン4から刺激音Sd1を出力する。
【0015】
刺激音Sd1は、プローブ31の先端が挿入されたキャビティ7の内部へと出力される。このキャビティ7は、後述するように被験者の外耳道611を模したモデルである。ここでは、キャビティ7にプローブ31の先端を挿入しているが、実際には、被験者の耳6の外耳道611にプローブ31の先端を挿入することになる。
【0016】
上述のように、刺激音Sd1は、ランダム雑音である。ここでいう「ランダム雑音」は、計測対象の周波数帯域を含みかつ時間経過に伴う音圧の変化が不規則な音をいう。つまり、刺激音Sd1は、音圧が周期的に変化する周波数掃引音とは異なる。ここで「周波数掃引音」とは、音圧が正弦波状に周期的に変化する音であって、その周波数が時間経過に伴って連続的に変化する音である。
【0017】
実施の形態では、刺激音Sd1は、図2に示すようにM系列音である。図2は、M系列音を示す概要図である。ここで、M系列とは、“0”と“1”の2値のみからなる疑似乱数系列のうちで最大の周期を有する系列である。すなわち、M系列は、周期性を有する一方、1周期内においては乱数としての性質を有する。M系列音においては、“0”は出力部11が出力する刺激音Sd1の音圧の最小値に相当し、“1”は出力部11が出力する刺激音Sd1の音圧の最大値に相当する。M系列音は、単一の周波数成分ではなく、多数の周波数成分を含む。言い換えれば、M系列音は、計測対象の周波数帯域にわたって周波数スペクトルが一定である疑似ランダム雑音である。ここでいう「一定」は、完全に一定であることを含む他、殆ど一定であることを含み得る。つまり、M系列音においては、周波数スペクトルが基準値に対して数%の範囲で変動することが許容される。このように、M系列音は、ホワイトノイズに近い特性を有している。また、M系列音は、理論上サンプリング周波数の半分までの全ての周波数成分を含んだ音である。
【0018】
実施の形態では、刺激音Sd1としてのM系列音の周波数帯域は、0~48000Hzである。つまり、実施の形態では、刺激音Sd1には、0~400Hzの範囲の周波数成分が含まれている。また、実施の形態では、刺激音Sd1には、2kHz以上の周波数成分が含まれている。また、実施の形態では、刺激音Sd1としてのM系列音は、被験者の外耳道611(ここでは、キャビティ7)に向けて音圧レベルが約60dBSPLで出力されるように調整されている。なお、刺激音Sd1の周波数帯域及び音圧レベルの数値は一例であって、これらの数値に限定されない。
【0019】
受音部12は、出力部11にて出力した刺激音Sd1が外耳道611にて反射することで生じる反射音Sd2を受音する。言い換えれば、受音ステップS2では、出力ステップS1にて出力した刺激音Sd1が外耳道611にて反射することで生じる反射音Sd2を受音する。実施の形態では、受音部12は、コンピュータ装置1と、AD/DAコンバータ2と、計測装置3と、計測装置3に取り付けられたプローブ31が有するマイクロホン5と、で構成されている。受音部12では、イヤホン4から出力された刺激音Sd1が被験者の外耳道611(ここでは、キャビティ7)にて反射することで生じる反射音Sd2を、マイクロホン5にて受音する。計測装置3は、マイクロホン5にて受音した反射音Sd2から反射音Sd2のアナログ音声データを生成する。生成されたアナログ音声データは、AD/DAコンバータ2へ送信され、AD/DAコンバータ2にてディジタル音声データに変換される。そして、コンピュータ装置1は、AD/DAコンバータ2から送信されたディジタル音声データを受信する。
【0020】
解析部13は、受音部12にて受音した反射音Sd2を周波数解析する。言い換えれば、解析ステップS3では、受音ステップS2にて受音した反射音Sd2を周波数解析する。実施の形態では、解析部13は、コンピュータ装置1の一機能として実現される。解析部13は、コンピュータ装置1にてMATLAB(登録商標)を用いて、反射音Sd2のディジタル音声データに対してFFT(Fast Fourier Transform)解析を実行することにより、反射音Sd2を周波数解析する。これにより、解析部13は、被験者の聴覚特性としてのSPL(Sound Pressure Level)カーブを得る。
【0021】
[計測原理]
まず、人の聴覚系について図3を用いて説明する。図3は、既に述べたように、人の耳6の構造を示す概要図である。図3に示すように、人の耳6は、大きく分けて外耳61と、中耳62と、内耳63と、に分類される。人の耳6においては、外耳61にある外耳道611に入力された音は、外耳61と中耳62との境目にある鼓膜612を振動させる。そして、鼓膜612の振動は、中耳62にある3つの耳小骨621(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)を介した後に、内耳63に伝わる。この中耳62における音伝達機能が正常に働かない場合に、伝音難聴という種類の難聴と診断される。
【0022】
このような中耳62における疾患、つまり聴覚疾患の早期発見及び早期治療が望まれており、特に新生児における聴覚疾患の早期発見及び早期治療は、今後の知識形成と言語能力の発達に大きく寄与し得る。そこで、新生児を含めた被験者の聴覚特性を計測することにより、上記のような聴覚疾患の早期発見に役立てることができる。
【0023】
以下、被験者(つまり、人)の聴覚特性の計測原理について図4A図4Cを用いて説明する。図4Aは、後述するキャリブレーション用のキャビティ7の構成を示す概要図である。図4Bは、被験者の外耳道611を模したキャビティ7であって、中耳62が共振していない状態を示す概要図である。図4Cは、被験者の外耳道611を模したキャビティ7であって、中耳62が共振している状態を示す概要図である。
【0024】
図4Aに示すキャビティ7は、一端が開口し、他端が閉塞された音響管である。このキャビティ7において、一端からキャビティ7の内部に向けて刺激音Sd1を出力した場合、音圧は以下の式(1)により表される。
【0025】
【数1】
【0026】
式(1)において、“P”は音圧、“V”は刺激音Sd1が出力されていない状態におけるキャビティ7内の空気の体積(図4A図4C参照)、“ΔV”は刺激音Sd1が出力されることによるキャビティ7内の空気の体積の変化量(図4A図4C参照)、“K”は空気の体積弾性率を表している。以下、後述する式(2)、(3)においても同様である。このように、音圧は、キャビティ7内の空気の体積の変化量と比例している。
【0027】
次に、図4B及び図4Cに示すキャビティ7は、いずれも両端が開口した音響管であって、被験者の外耳道611を模したモデルである。なお、これらのキャビティ7の他端には、鼓膜612が存在しており、音圧を受けることで鼓膜612が振動する、と仮定する。図4Bに示すキャビティ7は、刺激音Sd1の周波数が中耳62の固有振動数f1(図5参照)に達していない状態を表している。図4Cに示すキャビティ7は、刺激音Sd1の周波数が中耳62の固有振動数f1に達して共振した状態、つまり鼓膜612の振動の位相が逆転した状態を表している。
【0028】
図4Bに示すキャビティ7において、一端からキャビティ7の内部に向けて刺激音Sd1を出力した場合、反射音Sd2の音圧は以下の式(2)により表される。また、図4Cに示すキャビティ7において、一端からキャビティ7の内部に向けて刺激音Sd1を出力した場合、反射音Sd2の音圧は以下の式(3)により表される。式(2)、(3)において、“ΔVTM”はキャビティ7の内部から外部へと押し出される、又はキャビティ7の外部から内部へと押し出される空気の体積の変化量を表している(図4B及び図4C参照)。つまり、“ΔVTM”は鼓膜612の振動により生じる空気の体積の変化量を表している。
【0029】
【数2】
【0030】
図4Bに示すキャビティ7では、他端にある鼓膜612の振動によりキャビティ7の内部から外部へと空気が押し出されるため、キャビティ7内での空気の体積の変化量が小さくなり、音圧が小さくなる。一方、図4Cに示すキャビティ7では、他端にある鼓膜612の振動の位相が逆転することで、キャビティ7の外部から内部へと空気が押し出されるため、キャビティ7内での空気の体積の変化量が大きくなり、音圧が大きくなる。
【0031】
ここで、成人の耳6の外耳道611に向けて刺激音Sd1を出力することで計測された成人の聴覚特性の一例を図5に示す。図5は、成人の聴覚特性としてのSPLカーブを表した図である。図5において、左側の縦軸は反射音Sd2の音圧レベル、右側の縦軸は外耳道611内の空気の体積の変化量、横軸は刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を表している。SPLカーブは、一例として、刺激音Sd1に対する外耳道611での反射音Sd2の音圧を計測し、計測した音圧を音圧レベルに変換して刺激音Sd1の周波数ごとにプロットすることで得られる。図5において、実線は反射音Sd2の音圧レベルを、破線は鼓膜612の振動により生じる空気の体積の変化量を表している。この体積の変化量は、上記の聴覚特性の計測原理を用いて、反射音Sd2の音圧レベルから算出される。
【0032】
図5において、体積の変化量が最大値となる周波数は、中耳62の固有振動数f1である。そして、反射音Sd2の音圧レベルは、この中耳62の固有振動数f1を境にして極小値から極大値へと変化している。つまり、反射音Sd2の音圧レベルが極小値から極大値へと変化する周波数の範囲の中央値(つまり、変曲点)が、概ね中耳62の固有振動数f1となっている。また、図5において、反射音Sd2の音圧レベルの極小値から極大値への変化量ΔSPLは、鼓膜612の可動性を示している。反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPLと、鼓膜612の振動により生じる空気の体積の変化量とは、比例関係にあるためである。そして、中耳62の固有振動数f1と、反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPLとは、人の聴覚特性を特徴づけるパラメータである。
【0033】
ここで、正常な聴覚を有する被験者の聴覚特性の計測結果の一例を図6A及び図6Bに示す。図6Aは、正常な聴覚を有する成人の聴覚特性としてのSPLカーブを表した図である。図6Bは、正常な聴覚を有する新生児の聴覚特性としてのSPLカーブを表した図である。図6A及び図6Bの各々において、縦軸は反射音Sd2の音圧レベル、横軸は刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を表している。図6Aに示すように、正常な聴覚を有する成人では、刺激音Sd1の周波数が約1kHzの辺りで反射音Sd2の音圧レベルが極小値から極大値へと変化している。つまり、正常な聴覚を有する成人では、中耳62の固有振動数f1が約1kHzである。
【0034】
一方、図6Bに示すように、正常な聴覚を有する新生児では、刺激音Sd1の周波数が約1kHzの辺りで反射音Sd2の音圧レベルが極小値から極大値へと変化すると共に、刺激音Sd1の周波数が約260Hzの辺りでも反射音Sd2の音圧レベルが極小値から極大値へと変化している(同図の“f2”参照)。前者の変化は、正常な聴覚を有する成人と同様であり、中耳62の固有振動数f1が約1kHzであることを表している。一方、後者の変化は、耳6において何らかの共振が生じていることを表しており、正常な聴覚を有する成人には見られない新生児に固有の特徴である。この共振は、図7に示すように、鼓膜612ではなく、外耳道611を覆う軟組織613が振動することに起因して生じている、と推測される。図7は、新生児の外耳道の固有の特徴を説明するための説明図である。図7において、破線は軟組織613が振動していることを表している。すなわち、新生児の外耳道611を覆う軟組織613は、成人の外耳道611を覆う軟組織613よりも柔らかいために、この軟組織613が刺激音Sd1により振動することで上記の共振が生じる、と推測される。
【0035】
上述の正常な聴覚を有する成人及び新生児の聴覚特性を基準として、被験者の聴覚特性を計測すれば、被験者の聴覚に異常があるか否かを判定することが可能になると考えられる。例えば、被験者の鼓膜612が固まるような病状が現れている場合、中耳62の固有振動数f1が基準値よりも高くなったり、鼓膜612が動きづらくなることで反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPLが基準値よりも小さくなったりする。また、例えば、鼓膜612に穴が開いていたり、耳小骨621が折れている場合、中耳62の固有振動数f1が基準値よりも低くなったり、反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPLが基準値よりも大きくなったりする。このように、被験者の聴覚特性のうち、特に中耳62の固有振動数f1と、反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPLと、に基づいて、被験者の聴覚に異常があるか否かを判定することが可能であると考えられる。
【0036】
[動作]
以下、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の動作(聴覚特性計測方法)の一例について説明する。
【0037】
まず、被験者の聴覚特性を計測する前に、被験者の外耳道611を模したキャビティ7を用いたキャリブレーションを実行する。具体的には、このキャビティ7を用いて実施の形態に係る聴覚特性計測方法(後述する処理S1~S3)を実行することにより、SPLカーブの実測値を取得する。そして、SPLカーブの実測値が、このキャビティ7を用いた場合のSPLカーブの理論値と一致するように、SPLカーブの実測値を補正する。つまり、SPLカーブの実測値と、SPLカーブの理論値とが一致するような補正関数を導出する。なお、SPLカーブの実測値と理論値との差は、主にイヤホン4の周波数特性に起因して生じる、と考えられる。キャリブレーションにて導出された補正関数は、被験者の外耳道611に対して実施の形態に係る聴覚特性計測方法を実行した際に得られるSPLカーブの実測値に適用される。
【0038】
ここで、キャリブレーションに用いるキャビティ7は、被験者が成人である場合と、新生児である場合とで互いに異なる。具体的には、成人の外耳道611を模したキャビティ7は、キャビティ7の長さ(つまり、キャビティ7の内部において刺激音Sd1の出力面から他端の壁の端面までの距離)が35mm、キャビティ7の直径が8.5mmとなるように設計されている。また、新生児の外耳道611を模したキャビティ7は、キャビティ7の長さが15mm、キャビティ7の直径が4mmとなるように設計されている。さらに、新生児の外耳道611を模したキャビティ7は、成人の外耳道611を模したキャビティ7と比較して、壁(つまり、外耳道611を覆う軟組織613)が柔らかくなる(つまり、ヤング率が小さくなる)ように設計されている。
【0039】
ここで、SPLカーブの理論値の導出方法について図8を用いて説明する。図8は、SPLカーブの理論値の導出方法を説明するための説明図である。図8に示すキャビティ7は、図4Aに示すキャビティ7と同様に、一端が開口し、他端が閉塞された音響管である。このキャビティ7の一端には、プローブ31の先端が挿入されている。そして、イヤホン4からプローブ31の先端を介して刺激音Sd1が出力され、反射音Sd2がプローブ31の先端を介してマイクロホン5にて受音される。なお、図8では、プローブ31、イヤホン4、マイクロホン5、及びキャビティ7を図1とは異なる表現により表している。
【0040】
図8に示すキャビティ7において、反射音Sd2の音圧の理論値は、平面波の波動方程式に基づいて、以下の式(4)により表される。また、反射音Sd2の音圧レベルの理論値は、以下の式(5)により表される。式(4)、(5)において、“Ptheo”は反射音Sd2の音圧の理論値、“ΔV”は刺激音Sd1が出力されることによるキャビティ7内の空気の体積の変化量、“ω”は角周波数、“ρa”は空気の密度、“ua”は音速を表している。また、式(4)、(5)において、“γ”は波数、“l”はキャビティ7の長さ(図8参照)、“S”はキャビティ7の断面積(図8参照)、“SPLtheo”は反射音Sd2の音圧レベルの理論値、“Pref”反射音Sd2の音圧の基準値を表している。ここでは、基準値は、人の最小可聴音圧(20μPa)である。
【0041】
【数3】
【0042】
図9は、キャリブレーションに用いるキャビティ7でのSPLカーブの理論値を表した図である。図9において、縦軸は反射音Sd2の音圧レベル、横軸は刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を表している。図9に示すように、刺激音Sd1の周波数が6000Hzとなる手前において、反射音Sd2の音圧レベルが急激に変化している。この変化は、キャビティ7の共鳴を表しており、キャビティ7の長さによって共振周波数が決定される。
【0043】
既に述べたように、キャリブレーションにおいては、上記のキャビティ7を用いた場合のSPLカーブの実測値が、図9に示すようなSPLカーブの理論値と一致するようにSPLカーブの実測値を補正する。ただし、キャビティ7の共振周波数付近においては、SPLカーブの実測値と理論値との間に大きな乖離が生じるため、ここでは、キャビティ7の共振周波数までのSPLカーブの実測値に対して補正を行い、キャビティ7の共振周波数以降のSPLカーブの実測値に対しては補正を行っていない。
【0044】
次に、実際に被験者の聴覚特性を計測する方法について図10を用いて説明する。図10は、既に述べたように、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の動作例を示すフローチャートである。以下に説明する方法は、上記のキャリブレーションの実行後に実行される。まず、被験者の外耳道611にプローブ31の先端を挿入する。この状態で、出力部11は、被験者の外耳道611に向けて刺激音Sd1を出力する(S1)。処理S1は、出力ステップS1に相当する。実施の形態では、出力部11は、数秒間(ここでは、2秒間)、刺激音Sd1を出力する。
【0045】
出力部11が刺激音Sd1を出力した後に、受音部12は、出力部11にて出力した刺激音Sd1が外耳道611にて反射することで生じる反射音Sd2を受音する(S2)。処理S2は、受音ステップS2に相当する。ここで、出力部11による刺激音Sd1の出力と、受音部12による反射音Sd2の受音とは、殆ど同時に行われる。
【0046】
その後、解析部13は、受音部12にて受音した反射音Sd2を周波数解析することで、SPLカーブを得る(S3)。処理S3は、解析ステップS3に相当する。
【0047】
[利点]
以下、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100(聴覚特性計測方法)の利点について、比較例の聴覚特性計測システム(聴覚特性計測方法)との比較を交えて説明する。比較例の聴覚特性計測方法は、刺激音Sd1がM系列音ではなく、周波数掃引音である点で、実施の形態に係る聴覚特性計測方法と相違する。また、比較例の聴覚特性計測方法は、解析部13にてFFTを行うことでSPLカーブを得るのではなく、反射音Sd2の音圧を計測し、計測した音圧を音圧レベルに変換して刺激音Sd1の周波数ごとにプロットすることでSPLカーブを得る点で、実施の形態に係る聴覚特性計測方法と相違する。
【0048】
図11は、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100での計測結果と、比較例の聴覚特性計測システムでの計測結果との比較図である。図11において、縦軸は反射音Sd2の音圧レベル、横軸は刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を表している。また、図11において、実線は実施の形態での計測結果、一点鎖線は比較例での計測結果、破線はSPLカーブの理論値を表している。ここでは、計測対象として、新生児の外耳道611を模したキャビティ7を採用している。また、ここでは、刺激音Sd1の周波数が0~8000Hzの範囲について聴覚特性を計測している。
【0049】
図11に示すように、刺激音Sd1の周波数が0~8000Hzの範囲において、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の計測結果と、比較例の聴覚特性計測システムの計測結果とは、殆ど同じである。
【0050】
次に、正常な聴覚を有する成人を被験者とした場合における、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100での計測結果と、比較例の聴覚特性計測システムでの計測結果と、を比較する。図12Aは、正常な聴覚を有する成人を被験者とした場合における、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の計測結果を示す図である。図12Bは、正常な聴覚を有する成人を被験者とした場合における、比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を示す図である。図12A及び図12Bの各々において、縦軸は反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPL、横軸は刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を表している。また、図12A及び図12Bの各々において、複数の細い実線の各々は計測結果、太い実線は複数の計測結果の平均値を表している。
【0051】
図12A及び図12Bに示すように、刺激音Sd1の周波数が0~2000Hzの範囲において、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の計測結果と、比較例の聴覚特性計測システムの計測結果とは、殆ど同じである。具体的には、いずれにおいても中耳62の固有振動数f1が殆ど同じであり、かつ、反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPLも殆ど同じである。
【0052】
このように、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100は、刺激音Sd1として周波数掃引音を用いた比較例の聴覚特性計測システムと同等、又は後述するように同等以上の精度で、被験者の聴覚特性を計測することが可能である。
【0053】
そして、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100では、比較例の聴覚特性計測システムと比較して、被験者の聴覚特性の計測に要する時間の短縮化を図ることができる、という利点がある。具体的には、比較例の聴覚特性計測システムでは、例えば被験者の0~数kHzの周波数帯域の聴覚特性を計測しようとした場合、刺激音Sd1を数十秒間出力し続けなければならない。一方、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100では、例えば被験者の0~数kHzの周波数帯域の聴覚特性を計測しようとした場合、刺激音Sd1を数秒間だけ出力し続ければよい。
【0054】
ここで、計測中に被験者が寝返りをうつ等して動いた場合、被験者の動きに起因するノイズが計測結果に含まれることになり、聴覚特性の計測精度の劣化を招き得る。そして、計測時間が長ければ長い程、計測中に被験者が動く可能性が高くなることから、聴覚特性の計測精度も劣化しやすい。ここで、被験者が成人であれば、多少計測時間が長くても動かないように我慢することも可能であるが、被験者が小児であれば、計測時間が長くなると我慢できずに動く可能性が高い。特に、被験者が新生児又は乳児であれば、我慢するという概念をそもそも持ち合わせていないため、当然、計測時間が長くなると動く可能性が非常に高い。
【0055】
この点に関して、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100では、比較例の聴覚特性計測システムと比較して、計測時間を非常に短くすることができる。このため、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100では、計測中に被験者が動く可能性が低く、結果として聴覚特性の計測精度の向上が期待できる。
【0056】
なお、比較例の聴覚特性計測システムにおいて、刺激音Sd1の周波数を掃引する速度を大きくすることで計測時間の短縮化を図ることが考えられる。しかしながら、刺激音Sd1の周波数を掃引する速度を大きくすればする程、計測される中耳62の固有振動数f1がずれてしまい、結果として聴覚特性の計測精度が劣化してしまう。したがって、刺激音Sd1として周波数掃引音を採用する限り、計測時間の短縮化を図ることは困難である。また、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100では、刺激音Sd1としてランダム雑音を採用しており、刺激音Sd1の周波数を掃引する必要がないことから、計測される中耳62の固有振動数f1のずれも生じにくいと考えられ、結果として聴覚特性の計測精度の向上が期待できる。
【0057】
さらに、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100では、刺激音Sd1としてM系列音を採用しており、M系列音は、周波数掃引音と比較してS/N比が高い傾向がある。このため、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100では、聴覚特性の計測結果に含まれるノイズ成分が、比較例の聴覚特性計測システムによる聴覚特性の計測結果に含まれるノイズ成分よりも小さくなり、結果として聴覚特性の計測精度が高い、という利点もある。
【0058】
[具体例]
以下、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100(聴覚特性計測方法)を用いることによる利点の具体例について、従来の聴覚特性計測方法、及び比較例の聴覚特性計測システム(聴覚特性計測方法)との比較を交えて説明する。ここでいう従来の聴覚特性計測方法は、ティンパノメトリー(Tympanometry)である。ティンパノメトリーは、被験者の外耳道611にプローブを挿入し、外耳道611に向けて所定の周波数(例えば、226Hz)の音を出力し、かつ、外耳道611内の圧力を変化させながら音響アドミッタンスを計測する計測方法である。図14は、ティンパノメトリーの計測結果を示すティンパノグラムの説明図である。図14において、縦軸は音響アドミッタンス、横軸は外耳道611内の圧力を表している。
【0059】
図14において、実線はA型のティンパノグラムの一例を表している。A型のティンパノグラムは、被験者の聴覚が正常な場合に表れ得る。また、図14において、点線はAd型のティンパノグラムの一例を表している。Ad型のティンパノグラムは、被験者の耳小骨621の離断等が生じている場合に表れ得る。また、図14において、破線はAs型のティンパノグラムの一例を表している。As型のティンパノグラムは、被験者の耳小骨621の固着等が生じている場合に表れ得る。
【0060】
ここで、ティンパノメトリーによる聴覚特性の計測は、被験者によっては計測できない場合もあり、そもそも被験者が新生児の場合には原理的に計測できない、という課題を有している。そして、従来では、ティンパノメトリーによる聴覚特性の計測を行えない場合には、CT(Computed Tomography)により中耳62の状態を検査し、CTでも中耳62の状態を検査できない場合は、実際に被験者の耳を手術することで中耳62の状態を直接確認しなければならなかった。
【0061】
これに対して、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100(聴覚特性計測方法)、及び比較例の聴覚特性計測システム(聴覚特性計測方法)では、ティンパノメトリーでは中耳62の状態を確認することが難しかった被験者に対しても、中耳62の状態をCTによる検査及び耳の手術を行わなくても確認することが可能である。
【0062】
まず、比較例の聴覚特性計測方法を用いて中耳62の状態を確認する方法について説明する。図15Aは、正常な聴覚を有する被験者に対する比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を示す図である。図15Bは、耳小骨621の離断を生じた被験者に対する比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を示す図である。図15Cは、耳小骨621の固着を生じた被験者に対する比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を示す図である。
【0063】
図15A図15Cは、いずれも縦軸が反射音Sd2の音圧レベル、横軸が刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を示すSPLカーブを表した図である。図15Aにおいて、実線は外耳道611内の圧力が0[daPa]の場合、点線は外耳道611内の圧力が-50[daPa]の場合、破線は外耳道611内の圧力が100[daPa]の場合、一点鎖線は外耳道611内の圧力が200[daPa]の場合の計測結果を表している。また、図15Bにおいて、実線は外耳道611内の圧力が-40[daPa]の場合、点線は外耳道611内の圧力が-100[daPa]の場合、破線は外耳道611内の圧力が-200[daPa]の場合の計測結果を表している。また、図15Cにおいて、実線は外耳道611内の圧力が-20[daPa]の場合、点線は外耳道611内の圧力が-200[daPa]の場合、破線は外耳道611内の圧力が200[daPa]の場合の計測結果を表している。
【0064】
例えば、図15A図15Cの各々の実線で示すように、被験者の中耳62(ここでは、耳小骨621)の状態に応じて、互いに異なるSPLカーブ、言い換えれば聴覚特性が計測されることがわかる。
【0065】
ここで、既に述べたように、被験者の聴覚特性のうち、特に中耳62の固有振動数(共振周波数)f1と、反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPLとは、被験者の聴覚に異常があるか否かを示す指標、より具体的には耳小骨621の可動性を示す指標となり得る。以下、中耳62の固有振動数(共振周波数)f1と、反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPLと、に基づいて、耳小骨621の可動性を視覚的に表した可動性マップについて図16を用いて説明する。
【0066】
図16は、可動性マップの説明図である。図16に示すように、可動性マップにおいては、縦軸が共振周波数(つまり、中耳62の固有振動数)、横軸がΔSPLを表している。また、図16は、多数の成人を被験者とした可動性マップを表している。図16において、実線で囲まれた枠は、中耳62が正常な複数の被験者の計測結果が収まる分布を表しており、破線で囲まれた枠は、耳小骨621の離断を生じている複数の被験者の計測結果が収まる分布を表しており、点線で囲まれた枠は、耳小骨621の固着を生じている複数の被験者の計測結果が収まる分布を表している。
【0067】
この可動性マップを用いることで、被験者の中耳62の状態を確認することが可能である。例えば、図16において、ある被験者の右耳に対する比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を「〇」で、左耳に対する比較例の聴覚特性計測システムの計測結果を「×」で示す。この「〇」は実線で囲まれた枠内に存在するため、この被験者の右耳の中耳62は正常であると推定される。一方、この「×」は破線で囲まれた枠内に存在するため、この被験者の左耳の中耳62には異常がある、具体的には耳小骨621の離断が生じていると推定される。
【0068】
そして、既に述べたように、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100(聴覚特性計測方法)は、比較例の聴覚特性計測システム(聴覚特性計測方法)と同等又はそれ以上の精度で被験者の聴覚特性を計測することが可能である。したがって、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100は、比較例の聴覚特性計測システムと同等又はそれ以上の精度で、被験者の中耳62の状態を確認することができる。
【0069】
図17は、耳小骨621の離断を生じた成人を被験者とした場合における、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の計測結果をSPLカーブで表した図である。そして、図18は、同じ被験者、つまり耳小骨621の離断を生じた成人を被験者とした場合における、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の計測結果を可動性マップで表した図である。この被験者は、50代の女性であって、耳小骨奇形による離断を患っている。図17においては、縦軸が反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPL、横軸が刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を表している。
【0070】
図17に示すように、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100では、比較例の聴覚特性計測システムと同様に、ティンパノメトリーでは計測できなかった被験者についても、聴覚特性としてのSPLカーブを計測することが可能である。また、図18において、この被験者の左耳に対する実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の計測結果を「×」で示しているが、この「×」は破線で囲まれた枠内に存在するため、この被験者の左耳に耳小骨621の離断が生じていると推定できていることがわかる。
【0071】
図19Aは、耳小骨621の固着を生じた成人を被験者とした場合における、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100の計測結果をSPLカーブで表した図である。一方、図19Bは、同じ被験者、つまり耳小骨621の固着を生じた成人を被験者とした場合における、比較例の聴覚特性計測システムの計測結果をSPLカーブで表した図である。この被験者は、40代の女性であって、耳硬化症を患っている。図19A及び図19Bのいずれにおいても、縦軸が反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPL、横軸が刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を表している。
【0072】
図19A及び図19Bに示すように、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100により計測されたSPLカーブ、及び比較例の聴覚特性計測システムにより計測されたSPLカーブは、いずれも同様の特性を示している。つまり、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100は、比較例の聴覚特性計測システムと同様に、被験者の中耳62の状態を確認することが可能である。言い換えれば、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100(聴覚特性計測方法)においては、解析部13(解析ステップS3)による周波数解析の結果には、被験者の中耳62における耳小骨621の異常の有無を示す指標が含まれている、と言える。
【0073】
一方、比較例の聴覚特性計測システムにより計測されたSPLカーブでは、ノイズ成分が含まれることによる歪みが散見されるのに対して、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100により計測されたSPLカーブでは、ノイズ成分は殆ど含まれていない。つまり、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100は、比較例の聴覚特性計測システムと比較して、被験者の中耳62の状態を更に精度よく確認することができると考えられる。
【0074】
なお、図16及び図18に示す可動性マップは、比較例の聴覚特性計測システムでの計測結果に基づいて作成されており、中耳62が正常な被験者の結果と、耳小骨621の固着を生じている被験者の結果との一部が重複しており、また、中耳62が正常な被験者の結果と、耳小骨621の離断を生じている被験者の結果との一部が重複している。これらの重複は、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100での計測結果に基づいて可動性マップを作成すれば、聴覚特性の計測精度の向上に伴い、解消されることが期待できる。
【0075】
ここで、比較例の聴覚特性計測システム(聴覚特性計測方法)を用いて、新生児を被験者として聴覚特性を計測した一例について説明する。図20は、両側の耳に難聴を有する新生児を被験者とした場合における、比較例の聴覚特性計測システムの計測結果をSPLカーブで表した図である。図20においては、縦軸が反射音Sd2の音圧レベルの変化量ΔSPL、横軸が刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を表している。
【0076】
図20に示すように、比較例の聴覚特性計測システムでは、ティンパノメトリーでは原理的に計測できなかった新生児についても、聴覚特性としてのSPLカーブを計測することが可能である。なお、図20に示すSPLカーブは、正常な中耳62を有する新生児に対する計測で得られるSPLカーブと同等であるため、この新生児は、外耳道611における中耳62以外の箇所にて何らかの異常が発生していると考えられる。
【0077】
そして、上述のように、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100(聴覚特性計測方法)では、比較例の聴覚特性計測システム(聴覚特性計測方法)と同様のSPLカーブを計測可能である。したがって、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100を用いて新生児を被験者として聴覚特性を計測した場合も、比較例の聴覚特性計測システムと同様のSPLカーブを計測することが可能であると考えられる。さらに、実施の形態に係る聴覚特性計測システム100では、比較例の聴覚特性計測システムと比較して短時間で計測可能であることから、比較例の聴覚特性計測システムよりも新生児の聴覚特性の計測精度の向上が期待できる。
【0078】
(その他の実施の形態)
以上、本発明の聴覚特性計測方法、プログラム、及び聴覚特性計測システムについて、実施の形態に基づいて説明したが、本発明は、この実施の形態に限定されるものではない。本発明の主旨を逸脱しない限り、当業者が思いつく各種変形を本実施の形態に施したものや、実施の形態における一部の構成要素を組み合わせて構築される別の形態も、本発明の範囲内に含まれる。
【0079】
例えば、実施の形態では、刺激音Sd1としてM系列音を採用しているが、これに限らない。例えば、刺激音Sd1は、M系列以外の疑似乱数系列に基づく音であってもよい。また、刺激音Sd1は、例えばホワイトノイズ等の雑音であってもよい。つまり、刺激音Sd1は、計測対象の周波数帯域を含みかつ時間経過に伴う音圧の変化が不規則であればよく、さらに言えば、計測対象の周波数帯域にわたって周波数スペクトルが一定であればよい。
【0080】
なお、刺激音Sd1としてインパルスを採用した場合、被験者の聴覚特性の計測結果として良好な結果が得られなかった。これは、刺激音Sd1を与える対象が生体であるために、刺激音Sd1が減衰しやすいことが原因であると考えられる。つまり、刺激音Sd1は、ある程度十分な時間継続して被験者の外耳道611に対して出力される音であるのが好ましい。
【0081】
また、実施の形態では、出力部11及び受音部12は、それぞれ複数の機器により構成されているが、これに限らない。例えば、出力部11及び受音部12は、それぞれ単一の機器により構成されていてもよい。
【0082】
また、実施の形態では、刺激音Sd1の周波数帯域が0~48000Hzであって数kHzオーダーであるが、数十kHzオーダーであってもよい。また、刺激音Sd1の周波数帯域は、被験者に応じて適宜変更されてもよい。例えば、被験者が成人である場合、刺激音Sd1には、0~数百Hzの周波数成分は含まれていなくてもよい。
【0083】
また、実施の形態では、出力部11は、被験者の聴覚特性を計測するに当たって刺激音Sd1を数秒間出力しているが、これに限らない。例えば、刺激音Sd1の出力時間は、数百ミリ秒であってもよい。具体的には、刺激音Sd1の出力時間は、200ミリ秒であってもよい。
【0084】
以下、刺激音Sd1の出力時間の検討結果について図13を用いて説明する。図13は、刺激音Sd1としてのM系列音の出力時間と、被験者の聴覚特性の計測結果との相関図である。図13に示す計測結果は、被験者の外耳道611の代わりに、成人の外耳道611を模したキャビティ7(キャビティ7の長さが35mm、キャビティ7の直径が8.5mm)を用いた計測結果を表している。図13において、縦軸は反射音Sd2の音圧レベル、横軸は刺激音Sd1(反射音Sd2)の周波数を表している。また、図13において、実線は刺激音Sd1の出力時間が300ミリ秒の場合の計測結果、破線は刺激音Sd1の出力時間が200ミリ秒の場合の計測結果、一点鎖線は刺激音Sd1の出力時間が100ミリ秒の場合の計測結果を表している。
【0085】
図13に示すように、刺激音Sd1の出力時間が300ミリ秒の場合と200ミリ秒の場合とでは、計測結果は殆ど同じであり、かつ、刺激音Sd1の出力時間が2秒の場合の計測結果とも殆ど同じである。一方、刺激音Sd1の出力時間が100ミリ秒の場合、出力時間が200ミリ秒又は300ミリ秒の場合と比較して反射音Sd2の音圧レベルが約20dB程度減少し、かつ、計測結果にも乱れが生じている。したがって、刺激音Sd1の出力時間は、200ミリ秒以上であることが好ましいと考えられる。
【0086】
また、例えば、実施の形態では、聴覚特性計測システム100は、複数の装置によって実現されたが、単一の装置として実現されてもよい。例えば、聴覚特性計測システム100は、サーバ装置に相当する単一の装置として実現されてもよい。聴覚特性計測システム100が複数の装置によって実現される場合、聴覚特性計測システム100が備える構成要素は、複数の装置にどのように振り分けられてもよい。例えば、実施の形態でコンピュータ装置1等が備える構成要素は、サーバ装置に備えられてもよい。つまり、本発明は、クラウドコンピューティングによって実現されてもよいし、エッジコンピューティングによって実現されてもよい。
【0087】
また、実施の形態において、各構成要素は、各構成要素に適したソフトウェアプログラムを実行することによって実現されてもよい。各構成要素は、CPU又はプロセッサなどのプログラム実行部が、ハードディスク又は半導体メモリなどの記録媒体に記録されたソフトウェアプログラムを読み出して実行することによって実現されてもよい。
【0088】
また、各構成要素は、ハードウェアによって実現されてもよい。例えば、各構成要素は、回路(又は集積回路)でもよい。これらの回路は、全体として1つの回路を構成してもよいし、それぞれ別々の回路でもよい。また、これらの回路は、それぞれ、汎用的な回路でもよいし、専用の回路でもよい。
【0089】
また、本発明の全般的又は具体的な態様は、システム、装置、方法、集積回路、コンピュータプログラム又はコンピュータ読み取り可能なCD-ROMなどの記録媒体で実現されてもよい。また、システム、装置、方法、集積回路、コンピュータプログラム及び記録媒体の任意な組み合わせで実現されてもよい。
【0090】
例えば、本発明は、コンピュータ(1以上のプロセッサ)に聴覚特性計測方法を実行させるためのプログラムとして実現されてもよいし、このようなプログラムが記録されたコンピュータ読み取り可能な非一時的な記録媒体として実現されてもよい。
【0091】
(まとめ)
以上のように、実施の形態に係る聴覚特性計測方法は、出力ステップS1と、受音ステップS2と、解析ステップS3と、を含む。出力ステップS1では、被験者の外耳道611に向けて、ランダム雑音である刺激音Sd1を出力する。受音ステップS2では、出力ステップS1にて出力した刺激音Sd1が外耳道611にて反射することで生じる反射音Sd2を受音する。解析ステップS3では、受音ステップS2にて受音した反射音Sd2を周波数解析する。
【0092】
このような聴覚特性計測方法によれば、刺激音Sd1として周波数掃引音を用いる場合と比較して、被験者の聴覚特性の計測に要する時間の短縮化を図ることができる、という利点がある。
【0093】
また、例えば、聴覚特性計測方法では、刺激音Sd1には、0~400Hzの範囲の周波数成分が含まれる。
【0094】
このような聴覚特性計測方法によれば、新生児の聴覚に固有の特徴を捉えやすくなり、新生児の聴覚特性を計測しやすくなる、という利点がある。
【0095】
また、例えば、聴覚特性計測方法では、刺激音Sd1には、2kHz以上の周波数成分が含まれる。
【0096】
このような聴覚特性計測方法によれば、刺激音Sd1に2kHz未満の周波数成分のみが含まれている場合と比較して、更に多様な聴覚特性を計測可能となることが期待できる。すなわち、刺激音Sd1の比較的高い周波数帯域(例えば、2kHz以上の周波数帯域)での周波数特性は、中耳62の疾患の種類に応じて異なることが実験的に知られている。そこで、刺激音Sd1に2kHz以上の周波数成分を含めることにより、計測結果を中耳62の疾患の種類の判定に役立てることが期待できる。
【0097】
また、例えば、聴覚特性計測方法では、刺激音Sd1は、M系列音である。
【0098】
このような聴覚特性計測方法によれば、刺激音Sd1として周波数掃引音を用いる場合と比較して、被験者の聴覚特性の計測に要する時間の短縮化を図ることができる、という利点がある。
【0099】
また、例えば、聴覚特性計測方法では、解析ステップS3による周波数解析の結果には、被験者の中耳62における耳小骨621の異常の有無を示す指標が含まれる。
【0100】
このような聴覚特性計測方法によれば、耳小骨621に異常があるか否かを検出するのに役立てることができる、という利点がある。
【0101】
また、例えば、プログラムは、1以上のプロセッサに、上記の聴覚特性計測方法を実行させる。
【0102】
このようなプログラムによれば、刺激音Sd1として周波数掃引音を用いる場合と比較して、被験者の聴覚特性の計測に要する時間の短縮化を図ることができる、という利点がある。
【0103】
また、例えば、聴覚特性計測システム100は、出力部11と、受音部12と、解析部13と、を備える。出力部11は、被験者の外耳道611に向けて、ランダム雑音である刺激音Sd1を出力する。受音部12は、出力部11にて出力した刺激音Sd1が外耳道611にて反射することで生じる反射音Sd2を受音する。解析部13は、受音部12にて受音した反射音Sd2を周波数解析する。
【0104】
このような聴覚特性計測システム100によれば、刺激音Sd1として周波数掃引音を用いる場合と比較して、被験者の聴覚特性の計測に要する時間の短縮化を図ることができる、という利点がある。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明は、被験者の外耳道611に向けて刺激音Sd1を出力して聴覚特性を計測する聴覚特性計測方法として、例えば、成人又は新生児を含む小児の聴覚特性を計測する方法として、利用できる。
【符号の説明】
【0106】
100 聴覚特性計測システム
11 出力部
12 受音部
13 解析部
Sd1 刺激音
Sd2 反射音
1 コンピュータ装置
2 AD/DAコンバータ
3 計測装置
31 プローブ
4 イヤホン
5 マイクロホン
6 耳
61 外耳
611 外耳道
612 鼓膜
613 軟組織
62 中耳
621 耳小骨
63 内耳
7 キャビティ
f1 固有振動数
S1 出力ステップ
S2 受音ステップ
S3 解析ステップ
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10
図11
図12A
図12B
図13
図14
図15A
図15B
図15C
図16
図17
図18
図19A
図19B
図20