(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022053206
(43)【公開日】2022-04-05
(54)【発明の名称】銅材料製の放熱部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 22/63 20060101AFI20220329BHJP
【FI】
C23C22/63
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020159900
(22)【出願日】2020-09-24
(71)【出願人】
【識別番号】000214191
【氏名又は名称】長崎県
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】山口 典男
【テーマコード(参考)】
4K026
【Fターム(参考)】
4K026AA06
4K026BA08
4K026BB10
4K026CA15
4K026CA18
4K026DA03
(57)【要約】
【課題】室温付近の温度での表面処理によって製造することが可能であり、かつ、改善された輻射率を有する銅材料製の放熱部材を提供し、かつ、その製造方法を提供すること。
【解決手段】銅材料製素材の表面のうち、放熱のために用いられる所定の放熱領域にアルカリ水溶液を接触させて酸化処理を施し、該放熱領域の表層を酸化銅製の層とし、それにより、輻射率の高い放熱領域を持った放熱部材を得る。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅材料製の放熱部材であって、当該放熱部材の表面のうち、放熱のために用いられる所定の放熱領域の表層が、アルカリ水溶液との接触による酸化処理を受けて酸化銅材料製の表層となっており、それにより該放熱領域が輻射率を高められたものとなっている、前記放熱部材。
【請求項2】
前記酸化銅が、Cu2OおよびCuOの一方または両方である、請求項1に記載の放熱部材。
【請求項3】
前記酸化銅の組織が多孔質状である、請求項1または2に記載の放熱部材。
【請求項4】
銅材料製の放熱部材の製造方法であって、
前記放熱部材を形成するための銅材料製素材の表面のうち、放熱のために用いられる所定の放熱領域にアルカリ水溶液との接触による酸化処理を施し、該酸化処理により前記放熱領域の表層を酸化銅材料製の層とする工程を有する、
前記製造方法。
【請求項5】
前記放熱領域をアルカリ水溶液に接触させる処理が、前記銅材料製素材をアルカリ水溶液に浸漬する処理である、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記浸漬時に、空気または酸素を前記アルカリ水溶液に通すことにより、前記放熱領域の酸化処理を促進させる、請求項5に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅材料製の放熱部材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器等は、軽量化・小型化に伴い、発熱密度が増加してきている。電子機器などから発生する熱を適切に逃がすことは、該電子機器等の機能を適切に利用するためには、必要かつ重要である。
【0003】
熱の移動は、熱伝導、対流、輻射により行われる。従来の放熱部材では、熱源から熱を素早く移動させるために、熱伝導率の高い材料が利用され、さらに、対流による空気への熱移動を促進するために、フィンなど、空気との接触面積をより大きくした構造が採用されてきた。一方、輻射については、放熱特性を改善する要求に対して、ここ10年程で注目が高まってきている。
【0004】
熱伝導率の高い材料として、銀(422W・m-1・K-1)、銅(395W・m-1・K-1)、金(313W・m-1・K-1)、アルミニウム(240W・m-1・K-1)などが知られている。従来、コストの視点から、放熱部材の材料としては、アルミニウムが一般的に用いられている。また、高い熱伝導率が求められる場所などでは、銅も放熱部材や熱交換部材の材料として用いられている。
【0005】
一般的に、金属材料の熱伝導率は高いが、輻射率は低く、輻射による表面からの熱移動はほとんど期待できない。そこで、従来では、金属材料の表面(表層)に輻射率の高い酸化物などの層を形成することで、輻射による熱移動を改善することが行われていた。例えば、特許文献1では、アルミニウム製の基材に表面処理を施して、該基材の表面にアルミニウム水酸化物層を形成することにより、該基材の輻射率の改善を図っている。しかしながら、特許文献1の発明は、もっぱらアルミニウムに着目したものであり、銅に対しては全く着目しておらず、また、記載された浸漬時間が非常に短かく、銅に対しては皮膜を形成できるほどの表面処理を行なうことが出来ない。
【0006】
一方、銅の表面処理については、亜塩素酸ナトリウムなどの酸化剤と水酸化ナトリウムにより、酸化皮膜を形成する例が報告されている(例えば、特許文献2)。しかしながら、特許文献2の発明における表面処理は、プリント基板上に形成された銅回路(回路パターン)を対象とし、「銅回路表面と絶縁樹脂間の耐薬品性、接着性に優れる銅の表面処理法を提供する」ことを目的とするものであって、輻射を向上させることを目的とするものではない。また、特許文献2の発明では、表面処理温度が50~95℃と高く、短時間(15秒以上)での処理であるために、たとえそのような表面処理を銅材料製の放熱部材に適用したとしても、輻射を十分に発現する皮膜形成は非常に難しいと判断される。
【0007】
また、銅に対する他の表面処理として、例えば、特許文献3の発明では、銅の表面積を増加させることによって放熱性を向上させている。特許文献3の発明では、長さ0.1~100μm、幅1~100nmの微細ワイヤーを形成するために、60~100℃のNaOH水溶液またはNaClO2水溶液に、最大10分浸漬する方法がとられている。特許文献3の発明では、被加工物を銅電解質に浸漬して通電し、ヒートシンク上に生成した銅を酸化することで、微細ワイヤーを形成する方法がとられている。
【0008】
特許文献3の発明は、銅基材に直接的な処理を施す発明ではなく、また、輻射率の改善についても言及しておらず、表面積の増大の作用のみによる放熱特性の改善を図ったものである。また、特許文献3の発明では、前記特許文献2の発明と同様、銅の表面処理の温度が50℃以上であり比較的高温である。以上のように、特許文献3の発明は、50℃を下回るような低温で処理できかつ輻射率を十分に改善する方法を明らかにはしていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第5083578号公報
【特許文献2】特許第4618466号公報
【特許文献3】特開2005ー317962号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、室温付近の低い温度での表面処理によって製造することが可能であり、かつ、改善された輻射率を有する銅材料製の放熱部材を提供し、かつ、該放熱部材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の目的を達成すべく鋭意検討した結果、銅材料製部材の表面をアルカリ水溶液によって酸化処理し、その表層を酸化銅からなる層へと変質させることで、処理後の表面および表層が元の表面および表層よりも高い輻射率を有するものとなり、よって、放熱効率が改善されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明の主たる構成は、次のとおりである。
[1]銅材料製の放熱部材であって、当該放熱部材の表面のうち、放熱のために用いられる所定の放熱領域の表層が、アルカリ水溶液との接触による酸化処理を受けて酸化銅材料製の表層となっており、それにより該放熱領域が輻射率を高められたものとなっている、前記放熱部材。
[2]前記酸化銅が、Cu2OおよびCuOの一方または両方である、前記[1]に記載の放熱部材。
[3]前記酸化銅の組織が多孔質状である、前記[1]または[2]に記載の放熱部材。
[4]銅材料製の放熱部材の製造方法であって、
前記放熱部材を形成するための銅材料製素材の表面のうち、放熱のために用いられる所定の放熱領域にアルカリ水溶液との接触による酸化処理を施し、該酸化処理により前記放熱領域の表層を酸化銅材料製の層とする工程を有する、
前記製造方法。
[5]前記放熱領域をアルカリ水溶液に接触させる処理が、前記銅材料製素材をアルカリ水溶液に浸漬する処理である、前記[4]に記載の製造方法。
[6]前記浸漬時に、空気または酸素を前記アルカリ水溶液に通すことにより、前記放熱領域の酸化処理を促進させる、前記[5]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、次のような効果が奏される。
(i)熱伝導率が非常に高く汎用性のある銅材料製の部材の表面(とりわけ放熱のために用いられる所定の放熱領域)をアルカリ水溶液に接触させて酸化処理することで、該表面からの輻射率がより高められ、従来品よりも高い冷却効果(放熱効果)を持った放熱部材を提供することができる。
(ii)電子機器等の放熱において、単なる銅材料製の放熱部材をそのまま使用する場合と比較し、冷却効率を高めることができる。
(iii)本発明において形成される酸化銅材料製の表層は、高い輻射率を有するものでありながらも、厚さ数μmの薄い膜であるため、該表層が脱落する懸念が低下すると同時に、該酸化銅材料製の表層による熱抵抗の増加が軽減されたものとなり得る。
(iv)汎用的なアルカリ性水溶液に浸漬するだけの処理、またはそれにバブリングを加えるだけの処理によって、目的とする酸化銅材料製の表層が形成されるので、特殊な設備が不要であり、任意の複雑な形状の銅材料製素材または従来の銅材料製の放熱部材(酸化処理されていないもの)であって酸化処理を行なうことができ、本発明による放熱部材とすることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明による放熱部材の構造の一例を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図2は、本発明による放熱部材の製造方法の一例を示す概略図である。
【
図3】
図3は、本発明において製作した、ヒーターの温度変化を測定するための放熱特性評価装置の構成の概要を示す図である。同図は、所定の間隔をおいて一列に配置された、スタンド210(温度計211)と、スタンド220(断熱材221、ヒーター222、サンプルS)と、スタンド230(センサー231)とを、それぞれの中央を通過する共通の平面によって切断したときの端面図である。ハッチングや網掛は、領域を区別する目的で適宜に施している。
【
図4】
図4は、
図3に示した放熱特性評価装置におけるスタンドの構造を示す図であって、
図3に示したスタンド210を図の右方から見たときの図である。
【
図5】
図5は、本発明における、浸漬による酸化処理の違いと分光輻射率曲線との関係を示すグラフ図である。
【
図6】
図6は、本発明における、酸化処理のための溶液の濃度の違いと分光輻射率曲線との関係を示すグラフ図である。
【
図7】
図7は、本発明における、酸化処理のための溶液の温度の違いと分光輻射率曲線との関係を示すグラフ図である。
【
図8】
図8は、酸化処理された銅材料製試験片、および、酸化処理していない銅材料製試験片の、X線回折(XRD)パターンを示すグラフ図である。
【
図9】
図9は、本発明の実施例において、酸化処理によって得られた酸化銅材料製の表層の表面の状態を示した走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【
図10】
図10は、本発明の実施例で行った放熱試験における温度上昇曲線を示すグラフ図である。
【
図11】
図11は、本発明の実施例において、真鍮製の試験片を酸化処理することによって得られた酸化銅材料製の表層の表面の状態を示したSEM写真である。
【
図12】
図12は、本発明の比較例1において、銅板のサンプルを熱処理することで得られた酸化銅材料製の表層の表面の状態を示したSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明による放熱部材を、本発明の製造方法と共に詳細に説明する。
【0016】
図1に構造の一例を示すように、本発明による放熱部材1は、銅材料製であって、当該放熱部材1の表面のうち、放熱のために用いられる所定の放熱領域10eの表層が、アルカリ水溶液との接触によって酸化処理されて、酸化銅材料製の表層11となっている。例えば、該酸化処理の前に、放熱領域10eの表層が高純度の金属銅からなる層であった場合、酸化処理の後では、該放熱領域10eの表層は酸化銅からなる層となっている。該放熱領域10eの表層11が酸化銅材料製の表層となっていることによって、該放熱領域10eは、酸化処理前よりも高い輻射率を有するものとなり、結果、当該放熱部材1は、従来よりも改善された放熱効率を有するものとなっている。以下、本発明における酸化銅材料製の表層を、「皮膜」とも呼ぶ。
【0017】
また、本発明による製造方法は、放熱部材を製造する方法である。当該製造方法は、
図2に製造工程の一例を模式的に示すように、該放熱部材を形成するための銅材料製素材10の表面のうち、放熱のために用いられる所定の放熱領域にアルカリ水溶液を接触させて酸化処理を施す工程を有する。
【0018】
図2の例では、
図2(a)に示すように、マスキング材20で覆われた下面10b以外の全ての表面(図における上面10a、全側面10c)が所定の放熱領域である。
図2の例では、
図2(b)に示すように、銅材料製素材10の所定の放熱領域(10a、10c)に対する酸化処理は、該放熱領域をアルカリ水溶液に接触させる処理であって、より具体的な例では、容器100に収容されたアルカリ水溶液中110への銅材料製素材10の浸漬である。この酸化処理によって、該放熱領域(10a、10c)の表層は、酸化銅からなる層11となる。
図2(c)は、酸化処理の後、マスキング材が除去された放熱部材の一例を示しており、銅材料製素材10の表面のうち、所定の放熱領域の表層が酸化銅材料製の表層(即ち、皮膜)11となっている。この皮膜によって、該放熱領域はより高い輻射率を有するものとなっており、好ましい放熱部材1となっている。
【0019】
(製造方法による表層の規定)
発明による放熱部材では、「表層が、アルカリ水溶液との接触による酸化処理を受けて酸化銅材料製の表層となっており」との規定のとおり、表層がどのような構成であるかを製造方法によって規定している。この規定は、該表層が、別途形成した酸化銅の部材を付け加えたものではなく、また、高温での熱処理によって形成されたものでもなく、もとの表層の銅材料にアルカリ水溶液を接触させることで得られた酸化銅材料製の表層であることを示すための規定である。この規定は、アルカリ水溶液との接触によって形成される独特の酸化銅材料の状態をその物の構造または特性によって直接特定することがおよそ実際的でないという事情に基づき、製造方法によって規定する形式としたものである。
【0020】
アルカリ水溶液を接触させることで得られた酸化銅材料製の表層は、
図9(a)のSEM写真のとおり、均質であり(面上の斜めの平行な縞模様は機械加工の痕跡である)、また、
図9(b)、(c)のSEM写真のとおり、アルカリ水溶液との接触によってのみ形成される特有の多孔質状の組織を持った酸化銅層となっている。
【0021】
(輻射率)
輻射率(放射率とも呼ばれる)は、熱エネルギーを遠赤外線に変換する特性を示す値である。分光輻射率は、同じ温度の黒体とサンプルからの輻射強度(対波長)をそれぞれ測定し、その比を求めることによって算出することができる。また、特定波長範囲でサンプルおよび黒体の分光放射強度を積分した値の比を積分輻射率とよぶ。高純度の銅材料(光沢面)の積分輻射率(波長3.33~20μm)は、約6%であるが、アルカリ水溶液との接触による酸化処理によって表面に酸化銅の皮膜を形成すると、該面の積分輻射率は50%以上、より具体的な例では80~85%程度を達成することができる(本発明の実施例に記載)。
【0022】
(銅材料製の放熱部材)
本発明でいう「銅材料製の放熱部材」における「銅材料」は、高純度の銅材料のみならず、銅合金材料、不純物を含有した銅材料などであってもよい。ただし、銅合金材料や不純物を含有した銅材料は、その材料の表面を酸化処理した後の輻射率が、該酸化処理によって形成された酸化銅の高い輻射率に起因して、該酸化処理前よりも高くなるように、銅を十分多く含有した材料である。銅の含有率(質量分率)については後述する。
【0023】
本発明の放熱部材には、放熱領域の表層(皮膜)として、もとの銅材料が酸化されて変化した酸化銅材料が含まれているが、もとの銅材料と変化した酸化銅材料を含んだ全体を「銅材料製の放熱部材」と呼んでいる。
【0024】
(銅材料)
銅材料のなかでも、高純度の銅材料は、特に限定はされないが、例えば、JIS H3100に規定された無酸素銅(C1020)、タフピッチ銅(C1100)や、JIS H 3510に規定された電子管用無酸素銅(C1011)などが例示される。また、一般的な銅材料としては、例えば、JIS H3100に規定された種々の伸銅品(圧延した銅・銅合金の板および条)や、JIS H5120に規定された銅および銅合金鋳物、リサイクルされた伸銅品などが挙げられる。
【0025】
(銅合金材料、その他の銅材料)
上記したように、本発明では、酸化処理された後の輻射率が、酸化銅の高い輻射率に起因して、酸化処理前よりも高くなるものであるならば、銅合金材料であってもよい。しかし、銅合金材料や不純物含有の銅材料における銅の含有率(質量分率、以下同様)が過度に低いと、たとえ銅合金材料であっても、酸化銅に起因する輻射率向上の効果が顕著には得られない。よって、本発明に利用可能な銅合金材料や不純物含有の銅材料における銅の含有率は、65%以上であることが好ましく、80%以上がより好ましく、90%以上が特に好ましい。一例を挙げると、好ましい一般的な銅材料であるタフピッチ銅(C1100)の銅の含有率は、99.90%以上と規定されている。銅の含有率の上限は、特に限定はされず、高純度の銅材料における銅の含有率(理想的には100%)までの任意の値であってよい。例えば、後述の実施例のとおり、銅65%、亜鉛35%である真鍮(黄銅)の箔を、0.5N-NaOH水溶液に室温でバブリングを行いながら浸漬すると、浸漬処理前の積分輻射率が5%であったものが、浸漬処理後の積分輻射率が30%に改善することがわかった。また、その場合の酸化皮膜は主にCuOから構成されていることがわかった。
【0026】
好ましい銅合金材料としては、特に限定はされないが、丹銅、黄銅、青銅、白銅、洋白などが例示される。
【0027】
高純度の銅材料と銅合金材料とを比べると、高純度の銅材料の方が、酸化処理後に酸化銅の含有率がより多くなり、よって輻射率がより高くなるので、銅材料製素材の材料として好ましい。
【0028】
銅材料の形態は、伸銅品のような精錬された銅材料だけでなく、銅材料製の粉体を押し固めた圧粉体、銅材料製の焼結体、銅めっき層(電解、無電解)、種々の蒸着法や堆積法によって成膜された銅材料製膜などであってもよい。銅めっき層や銅材料製膜など、土台の表面(電子部品の表面)に密着して剥離困難なものであっても、放熱を目的として形成されかつその表面の所定の領域が酸化処理されたものは、本発明の放熱部材である。
【0029】
当該放熱部材は、もっぱら放熱だけを目的とした放熱専用物品のみならず、他の機能を目的とする構造体(例えば、ハウジング、基板、保護壁、導電部材、管状物(例えば、熱交換器の管路などに用いられるパイプ状部材)を兼用するものであってもよい。
【0030】
(当該放熱部材の形状)
当該放熱部材の形状は、特に限定はされず、放熱を目的とする対象物に応じて決定されたものであってよく、従来公知の放熱部材と同じ形状であってよい。例えば、電子部品の放熱に用いられる単純な板状(主面の外形が長方形や正方形)の放熱部材の場合、1辺の長さは10~50mm程度であり、厚さは5~30mm程度である。
このような形状や寸法は単なる一例であって、例えば、自動車用の冷却部材や、エアーコンディショナーの室外機の熱交換部材などの巨大な設備の放熱では、それに応じた外形と厚さを持った形状であってもよい。
【0031】
(銅材料製素材)
本発明の製造方法では、放熱部材を形成するための銅材料製素材の所定の放熱領域に対して酸化処理を施す。即ち、本発明の放熱部材は、銅材料製素材の所定の放熱領域に対して酸化処理を施したものである。該銅材料製素材は、酸化処理されていない点を除いて完成品(放熱部材)と同形状のものであってもよいし、酸化処理に加えて、外形打ち抜き加工、曲げ加工、穴加工等の形状加工をさらに要する種々のブランク素材などであってもよい。所定の放熱領域の場所は、設計によって予め定められる。例えば、銅材料製のフープ材から、打ち抜き、二次加工などによって放熱部材を形成する場合、酸化処理は、最初のフープ材の段階で施してもよいし、打ち抜かれたブランク素材の段階で施してもよいし、さらに変形等の加工が加えられた完成品前の素材の段階で施してもよい。酸化処理は、生産効率を考慮して適宜の段階で行ってもよいが、皮膜を傷つけない点からは、より後の段階が好ましい。
【0032】
(放熱領域)
当該放熱部材における所定の放熱領域は、当該放熱部材が適用される対象物に応じたものでよく、放熱を意図した任意の位置にある任意の広さの領域であってよい。例えば、当該放熱部材の表面全体の領域、放熱の対象となる物品(電子部品など)に接触する面以外の領域、該物品に接触する面以外の領域のうち放熱に寄与し得る領域が挙げられる。
図1の例では、当該放熱部材1が板状物であり、放熱領域10eは、該板状物の一方の面(図の上面)10aの中央に位置し、面10aの残りの領域や、側面10c、他方の面(図の下面)10bは、元の銅材料のままである。また、
図2の例では、当該放熱部材1が板状物であり、放熱領域は、該板状物の下面10b以外は、全て放熱領域として、酸化処理されている。なお、
図2の例における板状物の下面10bの外周縁は、側面10cに対する酸化処理の影響を受けて、微量だけ酸化銅となっている。
【0033】
本発明の放熱部材全体のうち、冷却すべき対象物(例えば、熱源となる電子部品)に接触する部分は、熱伝導を阻害しないためにも、酸化銅などの他の成分がなく、元の銅材料のままの方が好ましい。
【0034】
放熱領域において酸化銅となっている表層の厚さ(例えば、
図1の例では、寸法t11)は、1~10μm程度であり、好ましくは2~10μm、または、1~5μm程度であり、より好ましくは、2~5μm程度である。該表層の厚さが1μmを下回ると、輻射率が極端に下がり、より有効な輻射放熱作用が期待できなくなる。一方、該表層の厚さが10μmを上回ると、皮膜の脱落の可能性が増してくるので好ましくない。
【0035】
(酸化処理)
本発明では、上記した銅材料製素材の表面のうちの所定の放熱領域に露出した銅材料にアルカリ水溶液を接触させることで、該銅材料を酸化銅材料へと変化させる。このような酸化処理は、高温を必要とせず、室温付近の低い温度で、また、簡単な設備と容易な取り扱いで実施することができるので好ましい。
【0036】
放熱領域をアルカリ水溶液に接触させるための方法は、特に限定はされず、例えば、放熱領域上にアルカリ水溶液を流したり噴霧するといった方法であってもよいが、
図2(b)に示すように、容器中のアルカリ水溶液に銅材料製素材を浸漬する方法であれば、装置が単純であり、操作も容易である。
【0037】
(浸漬時のマスキング材)
アルカリ水溶液に銅材料製素材を浸漬する場合、放熱領域以外をマスキング材で覆ってもよい。そのようなマスキング材は公知のものを適宜に用いることができる。
【0038】
(アルカリ水溶液)
放熱領域の銅材料を酸化させ得るアルカリ水溶液としては、NaOH水溶液、KOH水溶液、NH3水溶液などが例示される。特に、NaOH水溶液は、安価であり、臭いなどもないことから取り扱いが容易であるので好ましい。
【0039】
(アルカリ水溶液の濃度)
酸化処理に利用可能なアルカリ水溶液の濃度は、特に限定はされないが、例えば、NaOH水溶液であれば、0.3~2.0N程度が好ましく、0.4~0.8N程度がより好ましい。他のアルカリ水溶液の濃度も、概ねNaOH水溶液の濃度と同様であるが、アルカリ水溶液の種類ごとに最適な濃度を実験によって求めてもよい。該濃度が前記下限を下回ると皮膜の形成が悪くなり、該濃度が前記上限を上回ると同様に被膜の形成が悪くなる。
【0040】
(アルカリ水溶液の温度)
酸化処理時におけるアルカリ水溶液の温度は、特に限定はされないが、例えば、NaOH水溶液であれば、5~40℃程度が好ましく、10~30℃程度がより好ましい。他のアルカリ水溶液の温度も、概ねNaOH水溶液の温度と同様であるが、アルカリ水溶液の種類ごとに最適な温度を実験によって求めてもよい。温度が前記下限を下回ると反応速度が遅くなり、温度が前記上限を上回ると溶存酸素の減少により被膜形成が抑制される。
【0041】
(酸化処理の時間)
酸化処理の時間は、特に限定はされず、温度や濃度によっても異なるが、例えば、温度20℃における濃度0.5NのNaOH水溶液への浸漬であれば、12~120時間程度が好ましく、24~48時間程度がより好ましい。他のアルカリ水溶液への浸漬時間は、概ねNaOH水溶液への浸漬時間と同様であるが、アルカリ水溶液の種類ごとに最適な浸漬時間を実験によって求めてもよい。
【0042】
(浸漬時のバブリング)
アルカリ水溶液との接触のために前記銅材料製素材をアルカリ水溶液に浸漬する場合、該浸漬時に、アルカリ水溶液中に空気および/または酸素をポンプなどで送り込み、該空気および/または酸素がアルカリ水溶液を通過する構成とすることにより、放熱領域の表層が酸化する反応が促進される。この効果は、酸素を積極的にNaOH水溶液に溶かし込むことで、酸化反応を促進したことによるものである。
【0043】
バブリングの気泡の大きさや、バブリングのための装置の構成は、公知技術を参照することができる。バブリングにおいて送り込まれる気体の流量は、アルカリ水溶液の量によっても異なるが、例えば、1リットルのアルカリ水溶液に対して、0.1~2(L/min)程度(Lはリットルを表す)が好ましい。
【0044】
(酸化銅)
放熱領域の銅材料が酸化処理されて形成される酸化銅は、Cu
2OおよびCuOのうちの一方または両方である。本発明の実施例では、同じ皮膜中にCu
2OとCuOが混在していることが確認されている。例えば、処理温度が異なるとCuOとCu
2Oの生成割合が異なる。すなわち、処理温度が低いとCu
2OのXRDピークが高く、処理温度が高いとCuOのXRDピークが高くなる。生成物の違いにより、分光輻射率曲線に違いが確認される(
図7)。つまり、Cu
2Oが多い低温側での処理では、約13μm以上で輻射率が低く、CuOが多くなる高温側での処理では、約13μm以下で輻射率が低くなる傾向が確認された。このように、CuOとCu
2Oの生成状況が輻射率に影響する。
【0045】
(酸化銅の組織)
本発明おいて、放熱領域の銅材料が酸化処理されて形成される酸化銅材料の組織は、
図9(b)、(c)のSEM写真に示すとおり、銅材料をアルカリ水溶液に接触させた場合特有の多孔質状を呈する。表面微細組織の周期構造を制御することで、輻射などの光学特性を制御でき、特定の波長を増幅できることが一般的に知られている。一方、本発明では、銅の表面に対して多孔質組織を形成しているが、該多孔質組織が疑似的な微細周期構造として輻射を増幅しているものと推察される。また、銅材料をアルカリ水溶液に接触させると、アルカリ水溶液によって銅が溶解し、溶存酸素と反応して酸化物として析出すると考えられる。とりわけ浸漬法では、銅材料製の基材の表面に析出物が形成され、より顕著に多孔質状になると考えられる。よって、
図9(b)、(c)のSEM写真に示す多孔性状の組織は、銅材料をアルカリ水溶液に接触させた場合に特有の組織(なかでも浸漬においてより顕著となる組織)であるということができる。
【実施例0046】
以下に、本発明の製造方法に従い本発明の放熱部材を製造した例、比較例、放熱部材の性能を評価するための装置、評価結果を示す。
【0047】
(酸化処理法)
本実施例では、酸化処理法として、アルカリ水溶液に銅材料製素材を浸漬した。アルカリ水溶液(以下、処理液)は、NaOH水溶液であって、試薬(NaOH)を蒸留水に溶解して調製した。該処理液の濃度は規定度0.1~2Nの範囲から選択した種々の濃度であり、処理時間は0~165時間の範囲から選択した種々の時間であり、処理温度は5~60℃の範囲から選択した種々の温度であり、これらの条件を組み合わせて放熱部材を製造した。処理時間「0」は、未処理の比較例を意味する。
なお、前記規定度において、1Nは、NaOH水溶液1リットル中に溶質(NaOH)1グラム当量を含む場合の濃度(1規定)である。
【0048】
(銅材料製素材)
銅材料製素材には銅板を用いた。該銅板は、タフピッチ銅(C1100)からなる板材(縦50mm、横50mm、厚さ2mm)であり、該銅板の全表面に酸化処理を施した。
【0049】
(その他の条件)
上記の銅板を0.25リットルの処理液に浸漬しそのまま放置する方法(静置法)と、銅板を0.25リットルの処理液に浸漬しながらエアポンプで空気を処理液中に導入する方法(バブリング法)を行った。バブリングの流量は約0.56(L/min)とした。所定の浸漬時間の後、サンプルを取り出し、水洗後、エタノールで洗浄し、自然乾燥した。
【0050】
サンプルの評価は、分光輻射率、皮膜の厚さ、結晶相、組織観察、放熱試験によって行った。
分光輻射率は、遠赤外線分光放射率計(サーモフィッシャーサイエンティフィック製、FIR-1002)にて,ヒーター温度100℃で測定した。
積分輻射率は、3.33~20μmの波長範囲で算定した。
皮膜の厚さは、渦電流式膜厚計(サンコウ電子研究所製、SWT-9000、プローブNFe3.0)を用い、10箇所を測定し、平均値を求めた。
結晶相は、X線回折装置(パナリティカル製、EMPYREAN)を用い測定した。
組織観察は、走査型電子顕微鏡(日本電子製、JSM-7100F)を用いて加速電圧10kVで行った。
【0051】
(放熱試験用のサンプル)
放熱試験用のサンプルは、タフピッチ銅(JIS C1100)からなる板材(縦50mm、横70mm、厚さ1mm)であり、該銅板の片面のうち、縦50mm、横50mmの中央領域を放熱領域とし、その領域に上記と同様の条件にて酸化処理を施した。また放熱領域のみに処理を施すために、不処理面にマスキングテープ(PET製基材を有する粘着テープ)を隙間なく貼り付けた。また、酸化処理後は、サンプルを取り出し、マスキングテープを除去し、水洗等を行った。
【0052】
(放熱試験装置)
放熱試験は、
図3に示す放熱試験装置を作製し、これを用いて行った。
該放熱試験装置は、
図3に示すように、密閉されたアクリル製のボックス(筐体)200を有し、該ボックス内部には、スタンド210にボルトで取り付けられた温度計(ボックス内の雰囲気温度Taを測定するための温度センサー)211と、スタンド220にボルトで取り付けられた(サンプルを加熱するためのシリコンラバーヒーター222と、該ヒーターに固定用基板220eを介して固定されたサンプルS)と、スタンド230にボルトで取り付けられた輻射センサー(輻射量を測定するセンサー)231とが配置されている。該シリコンラバーヒーター222の他方の面には、シリコーンスポンジ製、厚さ70mmの断熱材221が固定されており、該シリコンラバーヒーターの熱の大部分が固定用基板220eを通じてサンプルSへと伝導するようになっている。
【0053】
スタンド210、220、230の構造は、いずれも同様であって、
図4に代表的に示すスタンド210の構造のとおり、外周形状が長方形であるベース板210aの上面に角柱状の支柱210bが固定され、該支柱210bの上端部に、四角形の枠210cが固定され、該枠210cで取り囲まれた四角形の貫通孔に、厚さ1mmのアルミニウム製の固定用基板210eが4本の引張りバネ210dによって懸架されている。固定用基板を引張りバネによって懸架する目的は、固定用基板と枠との間の熱伝導をできるだけ小さくするためであり、これにより、シリコンラバーヒーター222の熱をロスなくサンプルに伝導させることができ、また、ボックス内の温度や輻射熱をより正確に測定することが可能になっている。
【0054】
ヒーター222は、柔軟な面状発熱体であるシリコンラバーヒーターであり、温度センサー(図示せず)が付帯しており、外部制御装置(図示せず)によって温度を制御することができる。外部制御装置は、また、温度計や各センサーからの出力値を受入れ、必要な演算処理や制御を行うことができるように構成されている。
図3では、温度計や各センサーと外部制御装置とを接続する配線は図示を省略している。
【0055】
中央のスタンド220に懸架された固定用基板220eの一方の面(
図3の左側の面)にはシリコンラバーヒーター222が取り付けられ、該固定用基板220e他方の面には、厚さ約1mmの熱伝導性ゲルを介してサンプルSが固定されている。
シリコンラバーヒーターへの投入電力は7.21W(電圧70V、電流0.103A)であり、該ヒーターの温度上昇量を測定した。温度上昇量は、ヒーター温度(Th)とアクリルボックス内の雰囲気温度(Ta)の差である。
【0056】
アクリル製のボックス200は、厚さ25mmのアクリル板を組み合わせて構成された直方体状であり、内部底面の外形は340mm×240mmの長方形であり、その長辺の長さが
図3の寸法L10である。内部の高さL20は、375mmである。スタンド210、220、230は、内部底面の中央に一列に配置され、各固定用基板210e、220e、230eは、各基板面同士が平行となるように配置されている。ボックス200の
図3の左側の内壁面とスタンド210の支柱の前面(図の左側の面)との距離L3は50mmであり、スタンド210の支柱の前面とスタンド220の支柱の前面との間隔L2は150mmであり、サンプルの放熱領域の面と輻射量センサー231の面との間隔L1は100mmであり、各温度計、サンプル、センサーの中心の高さH1は155mmである。
【0057】
(実施例1)
本実施例では、サンプル(銅板)の浸漬条件の違いによって、形成される皮膜がどのように異なるかを調べた。
処理液の濃度は0.5N、処理液の温度は20℃、浸漬時間は24時間である。銅板を浸漬しそのまま放置する方法(静置法)により作製したサンプルと、銅板を浸漬した状態でエアポンプで空気を処理液に導入する方法(バブリング法)により作製したサンプルの、それぞれの皮膜の厚さと積分放射率を下記表1に示し、分光輻射率曲線を
図5のグラフに示す。
【0058】
【0059】
表1および
図5のグラフから明らかなとおり、酸化処理を施さないサンプルの積分輻射率が5.9%(約6%)であるのに対し、静置法、バブリング法で皮膜を形成したサンプルの積分輻射率は、38.7%(約40%)、79.2%(約80%)であり、それぞれ向上していることがわかった。特にバブリング法によれば、輻射率が向上する効果がより大きくなることが確認された。
【0060】
(実施例2)
本実施例では、処理液の濃度の違いによって、形成される皮膜がどのように異なるかを調べた。
浸漬法はバブリング法とし、処理液の温度は20℃、浸漬時間は24時間である。各濃度での皮膜の厚さと積分輻射率を下記表2に示し、分光輻射率曲線を
図6のグラフに示す。
【0061】
【0062】
表2および
図6のグラフから明らかなとおり、皮膜の厚さは処理液の濃度が高くなるにつれて増大していくが、濃度が1.0N以上になると厚さが減少に転じ、皮膜が好ましく形成されないことがわかった。また、皮膜の厚さに応じて積分輻射率も変化し、濃度0.5Nで積分輻射率が最も高くなる傾向が示された。また、処理液が高濃度(2.0N)の場合には、10μm以上の波長における輻射率が高くないために、積分輻射率が向上しないことが分かった。
【0063】
(実施例3)
本実施例では、浸漬時間の違いによって、形成される皮膜がどのように異なるかを調べた。
浸漬法はバブリング法とし、処理液の濃度は0.5N、処理液の温度は20℃である。各浸漬時間における皮膜の厚さと積分輻射率を下記表3に示す。
【0064】
【0065】
表3から明らかなとおり、浸漬時間の増加に伴い皮膜の厚さも増加するが、該厚さは、4~5μm程度を上限として、それ以上は浸漬時間を増加させても厚くならないことがわかった。一方、積分輻射率も約80~85%が上限となり、それ以上は浸漬時間を増加させても向上しないことがわかった。これにより、バブリング法を伴う浸漬の場合、浸漬時間は24時間で概ねよいと判断される。
【0066】
(実施例4)
本実施例では、処理液の温度の違いによって、形成される皮膜がどのように異なるかを調べた。
浸漬法はバブリング法とし、処理液の濃度は0.5N、浸漬時間は24時間である。各処理温度での皮膜の厚さと積分輻射率を下記表4に示し、分光輻射率曲線を
図7のグラフに示す。
【0067】
【0068】
表4から明らかなとおり、浸漬時の処理液の温度が変化しても、形成される皮膜の厚さは約3~4μm程度であり大きく変化しないが、該温度が30℃以上になると積分輻射率は低下することがわかる。また、
図7のグラフから明らかなとおり、該温度が5℃のように低いと、波長15μm付近より長い波長での輻射率が低くなり、該温度が60℃のように高いと、波長15μm付近より短い波長での輻射率が低くなり傾向を示すことがわかった。
【0069】
上記実施例1~4の結果から、用いたサンプルについては、酸化処理の最適な条件として、濃度0.5NのNaOH水溶液に空気を送り込みながら、処理温度20℃、浸漬時間24時間にて、酸化処理を行なうことで、輻射率の高い皮膜を形成できることがわかった。前記の最適条件により作製された皮膜のXRDパターンを
図8のグラフに示す。皮膜中には2種類の酸化銅(CuOとCu
2O)が確認された。
【0070】
上記実施例1における条件(処理液濃度0.5N、処理液温度20℃、浸漬時間24時間、バブリング付き)で得られたサンプルの皮膜の表面のSEM写真を
図9に示す。
図9(a)の写真のとおり、板面全体に均質に皮膜が形成されている。また、
図9(b)、(c)の写真のとおり、皮膜は外径(フェレー(Feret)径)数μmの結晶が集合した構成となっており、開口径(フェレー径)が約2μm程度以下である空洞が分散した多孔質状になっていることがわかる。フェレー径(定方向径とも呼ばれる)は、SEM写真などの電子顕微鏡写真によって得られる皮膜の表面画像において、測定対象部分(前記の結晶や開口部)を挟む一定方向の二本の平行線の間隔(距離)である。
また、酸化処理すべき対象の銅材料をアルカリ水溶液に浸漬し、好ましくはバブリングを行うことで、該銅材料の表面に対して、経時的に常に均等の条件(同様に変化する濃度と温度)にてアルカリ水溶液が接触することができるので、処理面全体にわたって同様の多孔質状の酸化銅材料の皮膜が得られる。
【0071】
上記実施例1における条件(処理液濃度0.5N、処理液温度20℃、浸漬時間24時間、バブリング実施)で得られたサンプルと、表面処理を施していないサンプルを、それぞれ
図3の放熱試験装置にセットし、放熱部材として用いたときの、ヒーターの温度上昇の違い(即ち、両サンプルの放熱部材としての冷却能力の違い)を
図10のグラフに示す。該グラフから明らかなとおり、ヒーターへの電力(7.21W)の投入時から約10分までは温度上昇に大きな差は見られないが、10分以降では徐々に表面処理を施したサンプルの方が、約11℃程度、ヒーターの温度上昇を抑制することがわかった。
【0072】
(実施例5)
真鍮(銅65%、亜鉛35%)の箔を、20℃、濃度0.5NのNaOH水溶液に浸漬し、24時間、バブリングを行いながら、表面処理を施した後、表面のSEM観察を行った。形成された皮膜の組織を、
図11のSEM写真図に示す。同SEM写真図に示された組織の様子のとおり、平均粒子径(平均フェレー径)0.5μm程度の粒状生成物が集合してなる均質な多孔質状であった。
【0073】
SEM-EDXによる元素分析の結果から、主に銅と酸素が検出され、亜鉛はごくわずかであった。また、XRDの結果より、皮膜はCuOを主相として、Cu2Oをわずかに含んでいた。積分輻射率は、約30%であった。未処理の真鍮箔の積分輻射率は約6%である。純銅の最適処理条件と同じ条件で表面処理を実施したが、純銅の表面処理結果と比べて積分輻射率が大きく低下したのは、結晶形態による多孔質の様子が大きく変化したことが要因のひとつと推察された。このことから、銅合金でも皮膜(酸化銅の表層)は形成されるが、高純度の銅の方がより望ましいと考えられる。銅合金における銅の含有率が65%を下回っていても、アルカリ性水溶液との接触による酸化処理によって積分輻射率は向上する。しかし、本発明では、前記の結果から、積分輻射率が有用な程度に向上する点から、銅合金中の銅の好ましい含有率を65%以上とした。
【0074】
(比較例1)
銅板の表面に酸化皮膜を形成する方法として熱処理がある。本比較例では、上記実施例と同じ銅板のサンプルに対して、電気炉を用いて、空気中で500℃、3時間加熱し、該サンプルに酸化皮膜を形成した。該酸化皮膜の厚さは約8μmであり、積分輻射率は約42%であった。この結果から、熱処理によって得られる酸化皮膜は、上記実施例で得られた本発明の放熱部材の皮膜と比べて、より厚いものとなっているにも関わらず、積分輻射率は約42%と非常に低くなっている。
【0075】
図12は、前記熱処理で形成された酸化被膜の表面の示すSEM写真図である。
図12(a)に示すように、熱処理で形成された酸化皮膜では、本発明においてアルカリ水溶液との接触で形成された皮膜とは異なり、酸化物が密に生成していることがわかる。また、熱処理で形成された酸化皮膜は、
図12(b)に示すように皮膜が欠けたり、
図12(c)に示すようにめくれたりしており、アルカリ水溶液との接触により生成した皮膜とは明らかに異なる。これら
図12(a)~(c)に示すように、熱処理によって得られる酸化皮膜は、目視でまだら状となっていることがわかり、均質でないことは明らかである。また、
図12のSEM写真より、加熱によって形成された酸化皮膜の組織は、本発明によって得られた酸化皮膜と比べ、緻密な組織になっていることが確認された。このことから、アルカリ水溶液との接触による酸化処理が、輻射率の向上に有効であることが分かった。
本発明は輻射率が高められ、放熱効果が改善された銅材料製の放熱部材であり、電子機器等の放熱部材(冷却用部材)として活用することが可能である。本発明により形成された皮膜は数μmと薄いので、該皮膜が脱落する懸念が軽減され、また、多孔質の皮膜であるから、熱抵抗の増加を軽減でき、放熱部材としてより有効に作用できる。また、銅材料製素材をアルカリ水溶液に接触させるだけで皮膜を形成することができることから、任意の複雑な形状の銅材料製素材に対しても容易に酸化処理を行なうことが可能である。