(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022055301
(43)【公開日】2022-04-07
(54)【発明の名称】軌道輪及び転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/58 20060101AFI20220331BHJP
F16C 33/64 20060101ALI20220331BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20220331BHJP
F16C 35/067 20060101ALI20220331BHJP
F16C 35/063 20060101ALI20220331BHJP
【FI】
F16C33/58
F16C33/64
F16C19/06
F16C35/067
F16C35/063
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021083176
(22)【出願日】2021-05-17
(31)【優先権主張番号】P 2020162322
(32)【優先日】2020-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 尚弘
【テーマコード(参考)】
3J117
3J701
【Fターム(参考)】
3J117AA01
3J117AA02
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA51
3J701BA53
3J701BA54
3J701BA56
3J701DA03
3J701DA20
3J701EA02
3J701EA03
3J701EA10
3J701FA31
3J701XE03
3J701XE11
3J701XE22
(57)【要約】
【課題】軌道面を転動体が通過する際にすきま嵌めされている嵌め合い面に生じる引張応力に起因した割れの発生を抑制することが可能な軌道輪を提供する。
【解決手段】軌道輪は、鋼製であって、内周面と、軌道輪の径方向における内周面の反対面である外周面とを備える。内周面及び外周面の一方は、ハウジング又は軸にすきま嵌めされる嵌め合い面になっている。嵌め合い面には、残留圧縮応力が作用している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製の軌道輪であって、
内周面と、
前記軌道輪の径方向における前記内周面の反対面である外周面とを備え、
前記内周面及び前記外周面の一方は、ハウジング又は軸にすきま嵌めされる嵌め合い面になっており、
前記嵌め合い面には、残留圧縮応力が作用している、軌道輪。
【請求項2】
前記残留圧縮応力は、前記嵌め合い面からの深さが100μmまでの領域に作用している、請求項1に記載の軌道輪。
【請求項3】
前記残留圧縮応力は、500MPa以上である、請求項2に記載の軌道輪。
【請求項4】
前記残留圧縮応力は、1000MPa以上である、請求項2に記載の軌道輪。
【請求項5】
前記領域は、塑性変形を受けた前記鋼により構成されている塑性変形層である、請求項2~請求項4のいずれか1項に記載の軌道輪。
【請求項6】
前記塑性変形層は、バニシング加工層である、請求項5に記載の軌道輪。
【請求項7】
前記塑性変形層は、ショットピーニング加工層である、請求項5に記載の軌道輪。
【請求項8】
内輪と、
前記内輪の外側に配置されている外輪と、
前記外輪及び前記内輪の間に配置されている転動体とを備え、
前記内輪及び前記外輪の一方は、請求項1~請求項7のいずれか1項に記載の前記軌道輪である、転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軌道輪及び転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
特開2018-109427号公報(特許文献1)には、転がり軸受の軌道輪が記載されている。特許文献1に記載の軌道輪は、鋼製である。特許文献1に記載の軌道輪は、内周面と、外周面とを有している。内周面及び外周面の一方は、軌道面を有している。内周面及び外周面の他方は、嵌め合い面となっている。内周面及び外周面の一方のみに、焼き入れ硬化層が形成されている。その結果、軌道面には、残留圧縮応力が作用している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の軌道輪には、フープ応力が作用する。すなわち、特許文献1に記載の軌道輪は、内周面及び外周面の他方(嵌め合い面)において、しまり嵌めされている。特許文献1に記載の軌道輪は、上記の残留圧縮応力により、フープ応力による割れの発生が抑制されている。
【0005】
軌道輪が嵌め合い面においてすきま嵌めされている場合、当該軌道輪には、フープ応力は作用しない。本発明者らが見出した知見によると、転動体が軌道面を通過する際に、嵌め合い面には、引張応力が作用する。この引張応力に起因して、軌道輪には、割れが発生することがある。
【0006】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたものである。より具体的には、本発明は、軌道面を転動体が通過する際にすきま嵌めされている嵌め合い面に生じる引張応力に起因した割れの発生を抑制することが可能な軌道輪を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の軌道輪は、鋼製であって、内周面と、軌道輪の径方向における内周面の反対面である外周面とを備える。内周面及び外周面の一方は、ハウジング又は軸にすきま嵌めされる嵌め合い面になっている。嵌め合い面には、残留圧縮応力が作用している。
【0008】
上記の軌道輪では、残留圧縮応力が、嵌め合い面からの深さが100μmまでの領域に作用していてもよい。
【0009】
上記の軌道輪では、残留圧縮応力が、500MPa以上であってもよい。上記の軌道輪では、残留圧縮応力が、1000MPa以上であってもよい。
【0010】
上記の軌道輪では、嵌め合い面からの深さが100μmまでの領域が、塑性変形を受けた鋼により構成されている塑性変形層であってもよい。
【0011】
上記の軌道輪では、塑性変形層が、バニシング加工層であってもよい。上記の軌道輪では、塑性変形層が、ショットピーニング層であってもよい。
【0012】
本発明の転がり軸受は、内輪と、内輪の外側に配置されている外輪と、外輪及び内輪の間に配置されている転動体とを備える。内輪及び外輪の一方は、上記の軌道輪である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の軌道輪及び転がり軸受によると、軌道面を転動体が通過する際にすきま嵌めされている嵌め合い面に生じる引張応力に起因した割れの発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】外周面20d近傍における外輪20の拡大断面図である。
【
図5】外周面20dに加わる曲げ応力と時間経過との関係を示す模式的なグラフである。
【
図6】サンプル1及びサンプル2の外輪20における外周面20dからの深さと残留応力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態を、図面を参照しながら説明する。以下の図面においては、同一又は相当する部分に同一の参照符号を付し、重複する説明は繰り返さない。
【0016】
(実施形態に係る転がり軸受の構成)
以下に、実施形態に係る転がり軸受(以下「転がり軸受100」とする)の構成を説明する。
【0017】
<転がり軸受100の概略構成>
図1は、転がり軸受100の断面図である。
図1に示されるように、転がり軸受100は、深溝玉軸受である。転がり軸受100は深溝玉軸受に限定されるものではないが、深溝玉軸受を転がり軸受100の例として説明する。転がり軸受100は、内輪10と、外輪20と、複数の転動体30と、保持器40とを有している。
【0018】
内輪10は、リング状(輪状)の形状を有している。内輪10の中心軸を、中心軸Aとする。中心軸Aに沿う方向を軸方向とし、中心軸Aを中心とする円周に沿う方向を周方向とし、中心軸Aに直交する方向を径方向とする。
【0019】
内輪10は、第1幅面10aと、第2幅面10bと、内周面10cと、外周面10dとを有している。第1幅面10a及び第2幅面10bは、軸方向における内輪10の端面である。第2幅面10bは、軸方向における第1幅面10aの反対面である。
【0020】
内周面10cは、周方向に沿って延在している。内周面10cは、中心軸A側を向いている。内周面10cは、軸方向における一方端において第1幅面10aに連なっており、軸方向における他方端において第2幅面10bに連なっている。
【0021】
外周面10dは、周方向に沿って延在している。外周面10dは、中心軸Aとは反対側を向いている。外周面10dは、径方向における内周面10cの反対面である。外周面10dは、軸方向における一方端において第1幅面10aに連なっており、軸方向における他方端において第2幅面10bに連なっている。
【0022】
内輪10は、内周面10cにおいて、軸(図示せず)に嵌め合わされている。内周面10cは、内輪10の嵌め合い面である。内周面10cにおける軸との嵌め合いは、例えばしまり嵌めである。すなわち、内輪10が軸に嵌め合わされる前の段階において、内周面10cの内径は、軸の外径よりも小さい。
【0023】
外周面10dは、軌道面10daを有している。軌道面10daは、転動体30と接触する外周面10dの部分である。外周面10dは、軌道面10daにおいて、内周面10c側に窪んでいる。中心軸Aを含む断面視において、軌道面10daは、内周面10c側に向かって凹の部分円弧形状を有している。軌道面10daは、軸方向において、外周面10dの中央に位置している。軌道面10daは、周方向に沿って延在している。
【0024】
外輪20は、リング状の形状を有している。外輪20は、第1幅面20aと、第2幅面20bと、内周面20cと、外周面20dとを有している。第1幅面20a及び第2幅面20bは、軸方向における外輪20の端面である。第2幅面20bは、軸方向における第1幅面20aの反対面である。
【0025】
内周面20cは、周方向に沿って延在している。内周面20cは、中心軸A側を向いている。内周面20cは、軸方向における一方端において第1幅面20aに連なっており、軸方向における他方端において第2幅面20bに連なっている。
【0026】
外周面20dは、周方向に沿って延在している。外周面20dは、中心軸Aとは反対側を向いている。外周面20dは、径方向における内周面20cの反対面である。外周面20dは、軸方向における一方端において第1幅面20aに連なっており、軸方向における他方端において第2幅面20bに連なっている。
【0027】
内周面20cは、軌道面20caを有している。軌道面20caは、転動体30と接触する内周面20cの部分である。内周面20cは、軌道面20caにおいて、外周面20d側に窪んでいる。中心軸Aを含む断面視において、軌道面20caは、外周面20d側に向かって凹の部分円弧形状を有している。軌道面20caは、軸方向において、内周面20cの中央に位置している。軌道面20caは、周方向に沿って延在している。
【0028】
外輪20は、外周面20dにおいて、ハウジング(図示せず)に形成されている穴に嵌め合わされている。外周面20dは、外輪20の嵌め合い面である。外周面20dにおける軸との嵌め合いは、例えばすきま嵌めである。すなわち、外輪20がハウジングに嵌め合わされる前の段階において、外周面20dの外径は、ハウジングの穴の内径よりも小さい。
【0029】
外輪20は、内輪10の外側に配置されている。すなわち、外輪20は、内周面20cが外周面10dと径方向において対向するように配置されている。より具体的には、外輪20は、軌道面20caが軌道面10daと径方向において対向するように配置されている。
【0030】
転動体30は、玉である。すなわち、転動体30は、球状の形状を有している。転動体30は、内輪10と外輪20との間に配置されている。より具体的には、転動体30は、軌道面10daと軌道面20caとの間に配置されている。
【0031】
内輪10、外輪20及び転動体30は、鋼製である。より具体的には、内輪10、外輪20及び転動体30は、焼き入れ及び焼き戻しが行われた鋼製である。内輪10、外輪20及び転動体30に用いられている鋼は、例えば、JIS規格(JIS G 4805:2019)に規定されている高炭素クロム軸受鋼である。
【0032】
保持器40は、内輪10と外輪20との間(外周面10dと内周面20cとの間)に配置されている。保持器40は、リング状の形状を有している。保持器40は、周方向において隣り合う転動体30同士の間の間隔が一定範囲内になるように、転動体30を保持している。
【0033】
<外輪20の詳細構成>
外周面20d(嵌め合い面)には、残留圧縮応力が作用している。
図2は、外周面20d近傍における外輪20の拡大断面図である。
図2に示されるように、外周面20dからの深さが100μmとなる領域を、表層部21とする。好ましくは、表層部21に作用している残留圧縮応力は、500MPa以上である。さらに好ましくは、表層部21に作用している残留圧縮応力は、1000MPa以上である。残留圧縮応力の方向は、好ましくは、周方向に沿っている。
【0034】
表層部21は、例えば、塑性変形層である。塑性変形層は、外輪20を構成している鋼が塑性変形を受けている層である。塑性変形層であるか否かは、例えば、断面において結晶粒微細化領域や塑性流動の有無の調査、X線を用いた残留オーステナイト量の測定を行うことにより識別することができる。この塑性変形層は、バニシング加工層又はショットピーニング加工層である。バニシング加工層はバニシング加工が行われることにより塑性変形を受けている層であり、ショットピーニング加工層はショットピーニング加工が行われていることにより塑性変形を受けている層である。バニシング加工層とショットピーニング加工層とは、表面における塑性流動の方向に関して異なっている。バニシング加工層では1方向への塑性流動が発生しており、ショットピーニング加工層ではランダムな方向への塑性流動が発生している。
【0035】
表層部21(外周面20d)に作用している残留圧縮応力は、X線回折法により測定することができる。より具体的には、測定対象箇所にX線を照射した際の回折ピーク角の変化を計測することにより、表層部21(外周面20d)における残留応力が測定される。
【0036】
<外輪20の製造方法>
図3は、外輪20の製造方法を示す工程図である。
図3に示されるように、外輪20の製造方法は、準備工程S1と、焼き入れ工程S2と、焼き戻し工程S3と、残留圧縮応力付与工程S4と、後処理工程S5とを有している。
【0037】
準備工程S1では、加工対象部材50が準備される。
図4は、加工対象部材50の断面図である。
図4に示されるように、加工対象部材50は、リング状の形状を有している。加工対象部材50は、第1幅面50aと、第2幅面50bと、内周面50cと、外周面50dとを有している。第1幅面50a、第2幅面50b、内周面50c及び外周面50dは、それぞれ、後処理工程S5の終了後に第1幅面20a、第2幅面20b、内周面20c及び外周面20dとなる面である。
【0038】
焼き入れ工程S2では、加工対象部材50に対する焼き入れが行われる。焼き入れ工程S2では、第1に、加工対象部材50の加熱保持が行われる。この加熱保持は、加工対象部材50をA1変態点以上の温度に所定時間保持することにより行われる。焼き入れ工程S2では、第2に、加工対象部材50の冷却が行われる。この冷却は、加工対象部材50をMs変態点以下の温度まで冷却することにより行われる、この冷却は、例えば、油冷又は水冷により行われる。
【0039】
焼き戻し工程S3は、焼き入れ工程S2の後に行われる。焼き戻し工程S3では、加工対象部材50に対する焼き戻しが行われる。加工対象部材50に対する焼き戻しは、加工対象部材50をA1変態点未満の温度に所定時間保持することにより行われる。
【0040】
残留圧縮応力付与工程S4は、焼き戻し工程S3の後に行われる。残留圧縮応力付与工程S4では、外周面50dに対する塑性加工が行われる。これにより、加工対象部材50の外周面50d側に対して、残留圧縮応力の付与が行われる。この塑性加工は、例えば、外周面50dに対するバニシング加工である。この塑性加工は、外周面50dに対するショットピーニング加工であってもよい。外周面50dに対して行われるバニシング加工及びショットピーニング加工の程度は、外周面20dに作用させる残留圧縮応力の大きさに応じて適宜選択される。
【0041】
後処理工程S5は、残留圧縮応力付与工程S4の後に行われる。後処理工程S5では、加工対象部材50に対する後処理が行われる。この後処理には、加工対象部材50に対する研削加工、加工対象部材50に対する洗浄等が含まれている。以上により、外輪20が製造される。
【0042】
バニシング加工は、加工に伴う寸法変化が小さく、十分に低い加工面の表面粗さが得られる。そのため、残留圧縮応力付与工程S4がバニシング加工により行われる場合、残留圧縮応力付与工程S4は、後処理工程S5の後に行われてもよい。この場合、後処理工程S5により加工影響層が除去されないため、より広い範囲に残留圧縮応力を付与することができる。
【0043】
<変形例>
上記においては、外輪20が外周面20dにおいてハウジングの穴にすきま嵌めされるとともに、内輪10が内周面10cにおいて軸にしまり嵌めされる例を示したが、外輪20が外周面20dにおいてハウジングの穴にしまり嵌めされるとともに、内輪10が内周面10cにおいて軸にすきま嵌めされてもよい。この場合、内輪10の表層部(内周面10cからの深さが100μmまでの領域)が塑性変形層(バニシング加工層又はショットピーニング加工層)とされることにより、内輪10の表層部に500MPa以上(さらに好ましくは1000MPa以上)の残留圧縮応力が付与される。
【0044】
(実施形態に係る転がり軸受の効果)
以下に、転がり軸受100の効果を説明する。
【0045】
外輪20が外周面20dにおいてハウジングの穴にすきま嵌めされている場合、転動体30が軌道面20ca上のある位置(以下においては、この位置を「接触位置」とする)を通過する際、外輪20が変形し、接触位置と径方向における反対側にある外周面20dの部分に、引張の曲げ応力が加わる。転動体30が接触位置を通過した後には、この引張曲げ応力は、除かれる。別の転動体30が接触位置を通過しようとする際には、この引張曲げ応力は、再び発生する。
【0046】
図5は、外周面20dに加わる曲げ応力と時間経過との関係を示す模式的なグラフである。上記のメカニズムに起因して、外周面20dには、
図5に示されるような応力サイクル(
図5中の実線参照)が加わる。そのため、外周面20dに残留圧縮応力が付与されていない場合、このような応力サイクルに伴う疲労破壊として、外周面20dに割れが生じることがある。
【0047】
他方で、外周面20dに残留圧縮応力が付与されている場合、上記の応力サイクルは、圧縮側にシフトされる(
図5中の点線参照)。そのため、外輪20を有する転がり軸受100によると、軌道面20caを転動体30が通過する際にすきま嵌めされている外周面20dに生じる引張応力に起因した割れの発生を抑制することができる。
【0048】
熱処理(例えば、高周波焼き入れにより外周面20d側にのみ焼き入れ硬化層を形成する場合など)により外周面20dに残留圧縮応力が付与される場合、付与することが可能な残留圧縮応力は、400MPa以下程度である。
【0049】
他方で、表層部21を塑性変形層とする(バニシング加工層又はショットピーニング加工層とする)ことにより残留圧縮応力を付与する場合は、表層部21(外周面20d)に大きな(例えば500MPa以上又は1000MPa以上)の残留応力を付与することができるため、すきま嵌めされている外周面20dに生じる引張応力に起因した割れの発生を、さらに抑制することができる。
【0050】
また、この場合、外輪20の肉厚を薄くしても外周面20dに割れが発生することを抑制することができるため、転がり軸受100の外形寸法を変更することなく外輪20の肉厚を薄くして転動体30の直径を大きくすることができる。その結果、転がり軸受100の負荷容量を高めることができる。
【0051】
<転動疲労寿命試験>
転がり軸受100の効果を確認するため、転動疲労寿命試験を行った。転動疲労寿命試験には、転がり軸受100のサンプルとして、サンプル1及びサンプル2が供された。サンプル1及びサンプル2の外輪外径寸法を除く寸法は、JIS規格(JIS B 1513:1995)に規定されている呼び番号6203に対応させた。
【0052】
サンプル1及びサンプル2では、外輪20の肉厚(軌道面20caと外周面20dとの間の距離の最小値)が、1mmとなるように外輪外径寸法が設定された。サンプル1及びサンプル2では、外輪20がJIS規格(JIS G 4805:2019)に規定されている高炭素クロム軸受鋼であるSUJ2により形成された。サンプル1及びサンプル2の外輪に対しては、熱処理条件及び加工条件として、標準的な条件が適用された。
【0053】
サンプル1では、外周面20dにバニシング加工が行われた。サンプル2では、外周面20dにバニシング加工が行われなかった。
【0054】
図6は、サンプル1及びサンプル2の外輪20における外周面20dからの深さと残留応力との関係を示すグラフである。
図6中において、横軸は外周面20dからの距離(単位:mm)であり、縦軸は周方向の残留応力(単位:MPa)である。
図6中の縦軸の値が負であることは、残留圧縮応力が作用していることを意味している。
【0055】
図6に示されるように、サンプル1の外輪20では、外周面20dからの深さが0.1mmまでの領域(表層部21)に、500MPa以上の周方向の残留圧縮応力が作用していた。より具体的には、サンプル1の外輪20では、表層部21に作用していた周方向の残留圧縮応力の最小値が698MPaであり、表層部21に作用していた周方向の残留圧縮応力の最大値が1128MPaであった。
【0056】
他方で、サンプル2の外輪では、外周面20dからの深さが0.1mmまでの領域(表層部21)に、500MPa以上の周方向の残留圧縮応力が作用していなかった。より具体的には、サンプル2の外輪20では、表層部21に作用していた周方向の残留圧縮応力の最小値が18MPaであり、表層部21に作用していた周方向の残留圧縮応力の最大値が249MPaであった。
【0057】
転動疲労寿命試験は、試験装置200を用いて行われた。
図7は、試験装置200の断面図である。
図7に示されるように、試験装置200は、軸210と、転がり軸受220と、試験軸受230とを有している。軸210の中心軸を、中心軸A1とする。軸210は、転がり軸受220により、中心軸A1回りに回転可能に支持されている。試験軸受230は、軸210の端部に取り付けられている。転がり軸受220は、端部から離れた位置において、軸210を支持している。試験軸受230は、サンプル1又はサンプル2である。
【0058】
軸210は、モータ(図示せず)駆動により、中心軸A1回りに回転される。軸210の端部には、軸210が中心軸A1回りに回転している状態で、中心軸A1に直交する方向に沿ってラジアル荷重Frが加えられる。転動疲労寿命試験の試験条件は、表1に示されている。
【0059】
【0060】
表2及び表3には、それぞれ、サンプル2及びサンプル1に対する転動疲労寿命試験の結果が示されている。表3に示されているように、サンプル1に対する転動疲労寿命試験では、負荷回数が試験打ち切り回数(1×107回)に達しても、外輪20に破損が生じていなかった。他方で、表2に示されるように、サンプル2に対する転動疲労寿命試験では、負荷回数が試験打ち切り回数に達する前に、外輪20に割れ、剥離が生じていた。この比較から、バニシング加工が行われて表層部21に500MPa以上の残留圧縮応力が作用することにより、軌道面20caを転動体30が通過する際にすきま嵌めされている嵌め合い面(外周面20d)に生じる引張応力に起因した割れの発生を抑制可能であることが、実験的にも明らかになった。
【0061】
【0062】
【0063】
以上のように本発明の実施形態について説明を行ったが、上述の実施形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は、上述の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更を含むことが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0064】
上記の実施形態は、転がり軸受及びその軌道輪に特に有利に適用される。
【符号の説明】
【0065】
100 転がり軸受、10 内輪、10a 第1幅面、10b 第2幅面、10c 内周面、10d 外周面、10da 軌道面、20 外輪、20a 第1幅面、20b 第2幅面、20c 内周面、20ca 軌道面、20d 外周面、21 表層部、30 転動体、40 保持器、50 加工対象部材、50a 第1幅面、50b 第2幅面、50c 内周面、50d 外周面、200 試験装置、210 軸、220 転がり軸受、230 試験軸受、A 中心軸、A1 中心軸、S1 準備工程、S2 焼き入れ工程、S3 焼き戻し工程、S4 残留圧縮応力付与工程、S5 後処理工程。