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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022055966
(43)【公開日】2022-04-08
(54)【発明の名称】圧粉磁心
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/24 20060101AFI20220401BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20220401BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20220401BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20220401BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20220401BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20220401BHJP
   B22F 1/16 20220101ALI20220401BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20220401BHJP
【FI】
H01F1/24
H01F27/255
H01F1/147
C22C38/00 303S
B22F3/00 B
B22F1/00 Y
B22F1/02 E
C21D6/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020163707
(22)【出願日】2020-09-29
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】加古 哲隆
(72)【発明者】
【氏名】島津 英一郎
【テーマコード(参考)】
4K018
5E041
【Fターム(参考)】
4K018BA13
4K018BB04
4K018BC28
4K018BD01
4K018CA11
4K018FA08
4K018KA44
5E041BC01
5E041BD12
5E041CA03
5E041NN01
5E041NN05
5E041NN06
(57)【要約】
【課題】必要な絶縁性を確保しつつ周波数特性を改善した圧粉磁心を提供する。
【解決手段】圧粉磁心は、軟磁性粒子10と、軟磁性粒子10の表面に形成された絶縁層11とを有する。軟磁性粒子10は、SiおよびCrの何れか一方又は双方を含む合金元素を含有する。軟磁性粒子10における合金元素の総含有量は2.0mass%以上、7.0mass%以下とする。絶縁層11はSiO2を主成分とする。また、絶縁層11の厚さは0.05μm~0.6μmとする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性粒子と、軟磁性粒子の表面に形成された絶縁層とを有する圧粉磁心において、
前記軟磁性粒子が、SiおよびCrの何れか一方又は双方を含む合金元素を含有し、前記軟磁性粒子における前記合金元素の総含有量が2.0mass%以上、7.0mass%以下であり、
前記絶縁層はSiO2を主成分とし、前記絶縁層の厚さが0.05μm~0.6μmであることを特徴とする圧粉磁心。
【請求項2】
体積抵抗率が1×106Ωcm以上である請求項1に記載の圧粉磁心。
【請求項3】
前記軟磁性粒子を形成する軟磁性粉の体積平均粒径が10~30μmである請求項1または2に記載の圧粉磁心。
【請求項4】
5.4g/cm3以上、6.5g/cm3以下の密度を有する請求項1~3何れか1項に記載の圧粉磁心。
【請求項5】
チップインダクタに用いられた請求項1~4何れか1項に記載の圧粉磁心。
【請求項6】
誘導加熱装置に用いられた請求項1~4何れか1項に記載の圧粉磁心。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧粉磁心に関する。
【背景技術】
【0002】
圧粉磁心は、軟磁性粉の表面を絶縁被膜で被覆し、絶縁被膜付きの軟磁性粉を圧縮成形することで製造される。圧粉磁心の用途として、DC-DCコンバータ、インバータ、スイッチング電源等に使用される変成器、さらにはノイズカット用チョークコイルなどが代表例として挙げられる。
【0003】
変成器のうち、特に電源回路の基板に実装されるインダクタ(チップインダクタ)は、数100kHz~数MHzの高周波域で使用される場合が多い。そのため、その圧粉磁心にも高周波域での使用に対応した材料組成が必要とされる。高周波になるほど圧粉磁心に吸収され、熱になる損失(鉄損)が大きくなる。この損失の大部分は渦電流損失に起因するため、渦電流損失を如何に低減するかが圧粉磁心の材料や組成を検討する上で重要な課題となる。この他、チップインダクタ用圧粉磁心には、高い体積抵抗率と高透磁率が求められる。
【0004】
チップインダクタ用圧粉磁心として、特許文献1に記載のように、Fe-Cr-Al系軟磁性粉の成形体を酸化性雰囲気で熱処理したものが知られている。
【0005】
高周波誘導加熱装置では、誘導加熱コイルに高周波電流を印加することにより磁界を発生させ、ワークに誘導電流を発生させることにより加熱する。この際、励磁コイルの中心部又は周辺部に鉄心を配置することにより、発生磁束密度を高め、加熱効率を向上させることができる。鉄心材料としては、積層鋼板、フェライト等が一般的であるが、近年では、鉄損を抑制して効率改善を図るため、鉄心として、軟磁性粉を用いた圧粉磁心を使用することが検討されている。近年、高周波誘導加熱装置も100kHz以上の高周波域で使用される場合が多くなっているため、高周波誘導加熱装置用の圧粉磁心でも、高周波域での渦電流損失を如何にして回避するかが、圧粉磁心の材料や組成を検討する上で重要な課題となっている。また、高周波誘導加熱装置用の圧粉磁心には、高い体積抵抗率と高強度が求められる。
【0006】
高周波誘導加熱装置用の圧粉磁心として、特許文献2に記載のように、鉄系軟磁性体粉末をエポキシ樹脂による絶縁被膜を介して一体化したものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5626672号公報
【特許文献2】特許第6554221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1のように、軟磁性粉を酸化雰囲気で磁気焼鈍すると、軟磁性粉の周囲に絶縁層が形成される。しかしながら、特許文献1に記載の圧粉磁心において、安定的な特性(周波数特性、体積抵抗率)を発現させるためには、Al、Crといった合金元素を多量に含ませる必要がある。合金成分が多くなるほど、軟磁性粉が硬くなって圧縮性が低下する。圧縮性の低下は、重要特性である比透磁率の低下を招く。
【0009】
また、酸化雰囲気での焼結時に圧粉磁心の表面から侵入する酸素により絶縁層の形成が進むため、10mm以上といった比較的厚みのある圧粉磁心については、圧粉磁心の内部での絶縁層の形成が難しいという問題もある。
【0010】
また、特許文献2に記載の高周波焼入れ装置用の磁性コアは、エポキシ樹脂と鉄粉の混合物を使用するため、連続使用時に圧粉磁心の劣化が生じやすくなる問題がある。
【0011】
以上の実情に鑑み、本発明は、必要な絶縁性を確保しつつ周波数特性を改善した圧粉磁心を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る圧粉磁心は、軟磁性粒子と、軟磁性粒子の表面に形成された絶縁層とを有する。
【0013】
本発明に係る圧粉磁心は、前記軟磁性粒子が、SiおよびCrの何れか一方又は双方を含む合金元素を含有し、前記軟磁性粒子における前記合金元素の総含有量が2.0mass%以上、7.0mass%以下(好ましくは6.5mass%以下)であり、前記絶縁層はSiO2を主成分とし、前記絶縁層の厚さが0.05μm~0.6μmであることを特徴とする。
【0014】
このように軟磁性粒子がSiおよびCrの何れか一方又は双方を含む合金元素を含有し、この軟磁性粒子における合金元素の総含有量が2.0mass%以上、7.0mass%以下である圧粉磁心であれば、合金元素の含有量が少なくなるため、圧縮性の低下による比透磁率の低下を回避することができる。また、絶縁層はSiO2を主成分とし、前記絶縁層の厚さを0.05μm~0.6μmとすることで、比透磁率の低下を抑制しつつ、高い絶縁性を得ることができる。SiO2を主成分とする絶縁層は、SiとOを含有する物質(シランカップリング剤、シリコーンオリゴマー、シリコーン樹脂等)を磁気焼鈍に伴って加熱することで得られるため、雰囲気ガスに頼ることなく絶縁層を形成することが可能となる。そのため、絶縁層の形成に際して酸素の侵入が必要とされず、厚みの大きい圧粉磁心の内部にも絶縁層を形成することが可能となる。
【0015】
圧粉磁心の体積抵抗率は1×106Ωcm以上とするのが好ましい。これにより、圧粉磁心の比抵抗が大きくなるために渦電流損失を小さくすることができる。
【0016】
軟磁性粒子を形成する軟磁性粉の体積平均粒径は、10~30μmが好ましい。体積平均粒径が10μmよりも小さいと、成形体にクラック(ラミネーション等)が生じやすくなり、体積平均粒径が30μmを超えると、渦電流損失が増大して周波数特性が悪化する要因となる。
【0017】
以上に述べた圧粉磁心の密度(相対密度を意味する)は5.4g/cm3以上、6.5g/cm3以下が好ましい。
【0018】
以上に述べた圧粉磁心は、チップインダクタあるいは誘導加熱装置に用いることができる。
【発明の効果】
【0019】
以上述べたように、本発明によれば、必要な絶縁性を確保しつつ周波数特性を改善した圧粉磁心を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】圧粉磁心のミクロ組織を概略的に示す拡大断面図である。
図2】本実施形態に係る圧粉磁心の基本特性を示す表である。
図3】軟磁性粉の種類および体積平均粒径が特性に及ぼす影響を示す表である。
図4】絶縁層の膜厚が特性に及ぼす影響を示す表である。
図5】圧粉磁心の密度が特性に及ぼす影響を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態を説明する。
【0022】
本実施形態に係る圧粉磁心は、インダクタ(特にチップインダクタ)における、巻線を巻回するためのコアとして、あるいは、誘導加熱装置の高周波コイルにおけるコアとして使用することができる。
【0023】
圧粉磁心は、圧粉磁心用粉末を調製する調製工程と、調製した圧粉磁心用材料を圧縮成形して圧粉体を得る成形工程と、圧粉体に磁気焼鈍を施す磁気焼鈍工程とを順次経ることで製作される。
【0024】
圧粉磁心用材料は、軟磁性粉と、軟磁性粉粉の表面を覆う絶縁被膜とを備える。調製工程では、軟磁性粉を絶縁被膜で被覆することによって圧粉磁心用材料が調製される。
【0025】
軟磁性粉として、Feを主成分(概ね80mass%以上)とし、合金元素を含有し、残部を不可避的不純物とする軟磁性の合金粉が使用される。軟磁性粉には、必須の合金元素として、SiおよびCrの何れか一方または双方を含有させる。Siを含有させることで、磁化され易く(高透磁率)、保磁力が小さく、磁界の変化に追従し易い圧粉磁心を得ることができる。また、Crを含有させることで、比抵抗が増加し、渦電流損失が低減できる。軟磁性粉には、以上に述べた必須の合金元素の他、必要に応じて、他の合金元素(例えばAl、Ni、Co、Cu、B、Nb、Zr等の何れか一種または二種以上)を含有させてもよい。軟磁性粉としてFe基アモルファス合金やFe基ナノ結晶合金を使用することもできる。
【0026】
本実施形態で使用可能な代表的な軟磁性粉として、Fe-Si、Fe-Cr、Fe-Si―Cr、Fe-Si-Al、Fe-Al-Cr、Fe-Si-Cr-Al等を挙げることができる。
【0027】
軟磁性粉における合金元素の総含有量は,2.0mass%以上、7.0mass%以下とする。必須合金元素の含有量が2.0mass%を下回ると、純鉄に近くなるために後述のように比透磁率、Q値、および体積抵抗率が低下する。また、必須合金元素の含有量が7.0mass%を超えると、粉末が固くなって圧縮成形時に塑性変形しにくくなり、圧粉体の密度を高めることが困難となる。そのため、圧粉磁心の比透磁率が低下する。
【0028】
軟磁性粉としては、ガスアトマイズ法で製造したものが高純度となるので好ましい。但し、水アトマイズ法やその他のプロセスで製造された軟磁性粉を使用することもできる。
【0029】
軟磁性粉の粒径が小さいほど高周波域(例えば1MHz以上)での渦電流損失を抑制することができ、これにより効率の悪化や周波数特性の低下等の問題を回避することができる。この観点から、軟磁性粉の体積平均粒径は、10μm以上、30μm以下が好ましい。体積平均粒径が10μmよりも小さいと、成形体にクラック(ラミネーション等)が生じやすくなり、体積平均粒径が30μmを超えると、渦電流損失が増大して周波数特性が悪化する。
【0030】
軟磁性粉が均一径の球だと仮定すると、粉末を密充填しても粒子間に隙間を生じ、圧粉磁心の高密度化を達成することができない。微粉で隙間を埋められるように、例えば1μm~100μm程度の範囲の粒度分布を有するように軟磁性粉を調製するのが好ましい。この時、ピークが単一となる粒度分布でもよいし、ピークが複数含まれる粒度分布としてもよい。また、異なる二種以上の軟磁性粉を混合して使用することもできる。
【0031】
軟磁性粉に微粉が多く含まれる場合、粉末の流動性が低下し、偏析や金型のクリアランスへの粉末の侵入などの問題を招く。これを防止するため、軟磁性粉として、バインダーで微粉同士を結着した造粒粉を使用することもできる。造粒用バインダーとして、各種有機バインダーおよび無機バインダーを利用することができる。特に磁気焼鈍時に熱分解する量が少ないシリコーン樹脂を使用するのが好ましい。造粒法として、転動造粒、流動層造粒、攪拌造粒、圧縮造粒、押出造粒、破砕造粒、溶融造粒、噴霧造粒等の一般的手法を用いることができる。造粒法は、湿式でも乾式でも構わない。
【0032】
なお、体積平均粒径MVは、体積で重みづけされた平均径であり、粒子の集団中に、粒子径の小さい順から、d1,d2,・・・di,・・・dkの粒子径を持つ粒子がそれぞれn1,n2,・・・ni,・・・nk個あるとし、粒子1個あたりの体積をViとした時に、
MV=(V1×d1+V2×d2+・・・Vi×di+・・・Vk×dk)/(V1+V2+・・・Vi+・・・Vk)
MV=Σ(Vi×di)/Σ(Vi)
で表される。体積平均粒径は、レーザー回析/散乱式の粒度分布測定装置を用いることで、測定することができる。
【0033】
軟磁性粉を被覆する絶縁被膜は、磁気焼鈍に伴う加熱中に変成し、雰囲気ガスの成分と無関係にSiO2に変化する材料で形成される。本実施形態では、絶縁被膜の形成後、磁気焼鈍により圧粉磁心用材料を加熱するので、絶縁被膜には、磁気焼鈍時の加熱温度(本実施形態では700℃)に対する耐熱性が求められる。また、磁気焼鈍時の熱収縮が小さい材料で絶縁被膜を形成するのが好ましい。熱収縮が大きすぎると、磁気焼鈍時に軟磁性粒子間の絶縁が破壊され、軟磁性粒子同士が通電状態となるおそれがあるためである。以上の要求特性を満たす材料として、SiおよびOを含有する材料、例えば各種シランカップリング剤、各種シリコーンオリゴマー、各種シリコーン樹脂(例えばメチル系シリコーン樹脂)等を使用することができる。これらの材料は単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて使用してもよい。また、これらの材料を、Siを含有するがOを含有しない材料(例えば各種シラン)と併用することもできる。
【0034】
上記絶縁被膜の材料を軟磁性粉の全表面に付着させることで、軟磁性粉の表面を覆う絶縁被膜を形成することができる。絶縁被膜の形成方法は特に限定されず、例えばミキサーを使用した混合、加圧ニーダを使用した混錬、流動層を用いたコーティング、各種化成処理等を用いることができる。被覆方法は乾式および湿式の何れでもよい。
【0035】
成形工程では、調製工程で得た軟磁性粉を所定形状の金型で圧縮成形することにより、圧粉体を成形する。圧縮成形で使用する金型の長寿命化又は軟磁性粉末の流動性を確保する観点から、圧粉磁心材に固体潤滑剤を配合してもよい。
【0036】
固体潤滑剤として、例えばステアリン酸亜鉛、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸鉄、ステアリン酸アルミニウム、ステアリン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、エチレンビスオレイン酸アミド、エルカ酸アミド、エチレンビスエルカ酸アミド、ラウリン酸アミド、パルチミン酸アミド、ベヘン酸アミド、エチレンビスカプリン酸アミド、エチレンビスヒドロキシステアリン酸アミド、モンタン酸アミド、ポリエチレン、酸化ポリエチレン、スターチ、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイト、窒化ホウ素、ポリテトラフルオロエチレン、ラウロイルリシン、シアヌル酸メラミン等を使用することが可能である。上記固体潤滑剤は単独で使用してもよいし、数種類を組み合わせて使用してもよい。また、上記固定潤滑剤は、圧縮成形の前に原料粉末となる軟磁性粉末に配合しておいてもよいし、金型の壁面に付着させておいてもよい。この際の配合量(又は付着量)は、例えば全圧粉磁心用材料に対して0.3~2.0mass%程度が好ましい。固体潤滑剤を過剰に配合すると、圧粉体の低密度化を招き、磁気特性や強度の低下を招く。
【0037】
磁気焼鈍工程では、成形工程で得た圧粉体の磁気ひずみを除去する目的で、当該圧粉体に磁気焼鈍処理を施す。この焼鈍処理の雰囲気ガスの種類は特に問わないが、軟磁性粉が酸化して磁気特性が劣化しないように、不活性または還元雰囲気ガスを使用することが望ましい。これらの雰囲気ガスには、例えば窒素、アルゴンなどの不活性ガス、水素などの還元性ガスが挙げられる。このように使用可能な雰囲気ガスの種類が酸化性のものに限定されない点が、先に述べた特許文献1と異なる。
【0038】
磁気焼鈍処理時の加熱温度(磁気焼鈍温度)は、対象となる軟磁性粉末の材質を考慮して設定するのがよく、例えばFe-Si系、Fe-Cr系、Fe-Si-Cr系を使用する場合、700℃以上かつ850℃以下に設定するのがよい。700℃を下回る温度では、磁気ひずみが十分に除去できず鉄損失を十分に抑制することができないためである。また、850℃を超えると、絶縁被膜の劣化により渦電流損失が増加するためである。なお、メチル系シリコーン樹脂を絶縁被膜の材料として用いる場合、圧粉磁心の高強度化の観点からは、磁気焼鈍温度を800℃以上かつ850℃以下に設定するのが好ましい。
【0039】
磁気焼鈍の処理時間(磁気焼鈍温度の保持時間)は、圧粉磁心の内部まで十分に加熱できるように、圧粉磁心の大きさ、材料等を考慮して設定することが肝要である。
【0040】
以上に述べた磁気焼鈍処理を施すことで、圧粉成形体内の磁気ひずみが除去され、ヒステリシス損失の低減を図ることができる。磁気焼鈍後の圧粉磁心は、図1に示すように、軟磁性粉に由来する軟磁性粒子10と、絶縁被膜に由来し、軟磁性粒子10を被覆する絶縁層11と、絶縁層11の間に形成された多数の空孔12とを有する多孔質状に形成される。絶縁層11は、磁気焼鈍時の加熱による絶縁被膜の変成によって形成され、主成分をSiO2としている。絶縁被膜を構成するその他の元素として、Na、K、Mg、Al、Caが含まれていてもよい。絶縁被膜の厚さは観察視野によってばらつきがあるが、平均的に0.05~0.6μmの厚さに調整すると、所望の特性を有する圧粉磁心を得ることができる。
【0041】
軟磁性粒子10に含まれる合金元素の種類および含有量は、磁気焼鈍前の軟磁性粉に含まれる合金元素の種類および含有量と実質的に同じとなる。従って軟磁性粒子10における合金元素の総含有量も2.0mass%以上、7.0mass%以下となる。このように軟磁性粒子10(軟磁性粉)に含まれる合金元素の総含有量が少なくなるため、粉末が硬くなることによる圧縮性の低下を回避することができ、これにより比透磁率の低下を回避することができる。また、絶縁層はSiO2を主成分とし、前記絶縁層の厚さを0.05μm~0.6μmとすることで、比透磁率の低下を抑制しつつ、高い絶縁性を得ることができる。SiO2を主成分とする絶縁層は、SiとOを含有する物質(シランカップリング剤、シリコーンオリゴマー、シリコーン樹脂等)を磁気焼鈍に伴って加熱することで得られるため、雰囲気ガスに頼ることなく絶縁層を形成することが可能となる。そのため、絶縁層の形成に際して酸素の侵入が必要とされず、厚みの大きい圧粉磁心の内部にも絶縁層を形成することが可能となる。
【0042】
絶縁層11の厚さ(膜厚)が0.05μmを下回ると絶縁性が不十分となるおそれがあり、0.6μmを超えると圧粉磁心の比透磁率が低下する。この観点から、絶縁層の厚さは0.05μm~0.6μmとする。なお、絶縁層11の厚さは、圧粉磁心を切断して撮影した断面SEM写真(×10,000倍程度)から測定される。具体的には、SEM写真上で、Fe軟磁性粒子10間に存在する絶縁層11の厚さを異なる30視野で測定し、その平均値を厚さとすることができる。絶縁層11の厚さは、調製工程で軟磁性粉と混合するバインダーの量を調整することで変更することができる。
【0043】
以上の手順で製作した圧粉磁心の体積抵抗率は1×106Ωcm以上であるのが好ましい。体積抵抗率が1×106Ωcmを下回ると、比抵抗が小さくなるために渦電流損失が大きくなる等の不具合を招く。なお、ここでいう「体積抵抗率」は、磁心の内部に1m3の立方体を考え、その相対する両面間に電圧を加えた場合の両面間の電気抵抗を意味する(JIS C2560-1)。
【0044】
[実施例]
以下、本発明の有用性を確認するために行った試験について説明する。
【0045】
<試験片の作製条件>
軟磁性粉の表面にシランカップリング剤を用いて絶縁被膜を形成し、この絶縁被膜付き軟磁性粉を、シリコーン樹脂を用いて造粒した。造粒後の粉末に適量の滑剤(固体潤滑剤)を配合し、室温下で所定の圧力で圧縮成形し、750℃の窒素温度で磁気焼鈍を施してエアギャップのないリング状の試験片(圧粉磁心)を製作した。なお、圧縮成形に際しては、熱処理後の密度(相対密度)が5.8~6.5g/cm3の高密度品(実施例1~4、比較例1~4)と、熱処理後の密度(相対密度)が5.1~5.4g/cm3の低密度品(実施例5、比較例5)の二種類を製作した。
【0046】
図2図5に示すように、軟磁性粉として、実施例1,2,4ではFe-4.5Si-2.0Crが使用され、実施例3ではFe-2Siが使用され、実施例5ではFe-2.0Crが使用されている。また、軟磁性粉として、比較例1ではFe-3.5Si-4.5Crが使用され、比較例2ではFe-2Siが使用され、比較例4ではFe-4.5Si-2.0Crが使用され、比較例5ではFe-6.0Crが使用されている。
【0047】
上記高密度品については、チップインダクタへの使用を想定して、評価項目を比透磁率、Q値、および体積抵抗率とした。比透磁率の測定に際しては、各試験片に10μHのインダクタンスとなるよう巻線を巻回した。Q値の測定に際しては、各試験片に二つの巻線を巻回した。
【0048】
比透磁率の測定は、JIS C2560-2:2006に規定の初透磁率の測定方法に則り、LCRメータ(5kHz、10mA、定電流モード)を用いて行った。
【0049】
Q値は、Q=2πfL/Rで求められる値である(fは周波数、Lは自己インダクタンス、Rは抵抗成分)。Q値が大きいほど周波数特性が良好である(損失が少ない)ことを意味する。Q値は、B-Hアナライザ(1MHz、20mA)を用いて測定した。
【0050】
体積抵抗率は、JIS C2139-3-1:2018に規定の測定方法に則って測定した。
【0051】
測定結果を図2図5に基づいて説明する。なお、比透磁率は60以上、Q値は45以上、体積抵抗率は1×106Ωcm以上を合格(〇)とした。
【0052】
図2に、軟磁性粉としてFe-4.5Si-2.0Crを使用した場合(実施例1)についての上記評価項目の測定結果を示す。
【0053】
次に、実施例1に対して、軟磁性粉の種類、および平均粒径を変更した試験片について、各評価項目を測定した。その結果を実施例1と併せて図3に示す。なお、図2図3では、実施例1の密度や比透磁率が僅かに異なっているが、これは別の試験片を使用したことによる品質のばらつきに起因する。
【0054】
図3における実施例2は、軟磁性粉として、実施例1と同様にFe-4.5Si-2.0Crを使用する一方で、軟磁性粉の体積平均粒径を実施例1よりも大きくしたもの、実施例3は、軟磁性粉としてFe-2.0Siを使用する一方で、軟磁性粉の体積平均粒径を実施例1よりも小さくしたものである。比較例1は、軟磁性粉としてFe-3.5Si-4.5Crを使用したもの、比較例2は軟磁性粉としてFe-2.0Siを使用したもの(体積平均粒径は実施例1と同じ)、比較例3は軟磁性粉に代えて純鉄粉を使用したものである。
【0055】
軟磁性粉における合金元素の総含有量を7.0mass%とした実施例1と、当該合金元素の総含有量を8.0mass(3.5mass%+4.5mass%)とした比較例1との対比から、軟磁性粉に含まれる合金元素量の多い比較例1では、比透磁率が目標値を下回ることが明らかとなった。また、実施例3と比較例3の対比から、軟磁性粉の合金元素の含有量が2.0mass%以上であれば、比透磁率、Q値、および体積抵抗率が全て目標値を超える値となることが理解できる。
【0056】
また、図3から、軟磁性粉の粒径も磁気特性に影響を与えることが理解できる。具体的には、実施例1と実施例2の対比から、軟磁性粉の体積平均粒径を30μmまで粗大化しても評価項目は何れも目標値を超えることが理解できる。また、実施例3と比較例2の対比から、体積平均粒径を10μmまで小さくすれば、たとえ合金元素の含有量が下限値であってもQ値や体積抵抗率を改善できることもできる。従って、軟磁性粉の体積平均粒径が10μm以上、30μm以下の範囲内にあれば、全ての評価項目について目標値を確保することが可能となる。
【0057】
次に絶縁被膜の膜厚を変更した場合の評価項目の変化を測定した。その結果を図4に示す。
【0058】
図4から明らかなように、絶縁層の膜厚が0.7μmでは、比透磁率が目標値を下回ることが明らかとなった。また、図3の実施例2からも明らかなように、膜厚が0.07μmでも比透磁率、Q値および体積抵抗率は目標値を超える。従って、絶縁層の厚さは0.05μm以上、0.6μm以下が好ましい。
【0059】
以上の測定結果は高密度の圧粉磁心についてのものであるが、低密度の圧粉磁心についても同様の評価項目について測定を行った。
【0060】
比透磁率の向上には、高密度化が有効であるが、例えば誘導加熱装置用の圧粉磁心(例えば高周波焼入れ用コア)では、焼入れ深さの調整を印加電流の周波数や圧粉磁心の比抵抗のほか、圧粉磁心の透磁率でも調整するため、チップインダクタでは採用されない低い比透磁率(比透磁率60未満)の圧粉磁心が必要とされる場合もある。従って、最低限の比透磁率(比透磁率15以上)を有する限り、低密度の圧粉磁心でも誘導加熱装置用として使用できる場合がある。以上を踏まえて、低密度品については、誘導加熱装置への使用を想定し、評価項目をQ値、体積抵抗率、圧環強さとした。圧環強さの測定は、JIS Z2507:2000の規定に則って行った。これ以外の測定方法は、上記と同様である。Q値は45以上、体積抵抗率は1×106Ωcm以上、圧環強さは40MPa以上を合格とした。
【0061】
図5の実施例5と比較例5の対比から、密度が5.4g/cm3以上であれば、誘導加熱装置用の圧粉磁心として必要とされる磁気特性(Q値、体積抵抗率、圧環強さ)を満たすことが明らかとなった。また、比透磁率は高密度品(実施例1~4)に比べれば小さくなるが、誘導加熱装置用として特に問題ない比透磁率が得られることも判明した。従って、磁気焼鈍後の圧粉磁心の密度は5.4g/cm3以上が好ましい。なお、圧粉成形時の金型との摩擦による金型寿命の低下を防止し、さらには圧粉磁心材同士の摩擦による絶縁被膜の劣化を防止するため、磁気焼鈍後の圧粉磁心の密度は6.5g/cm3以下が好ましい。
【0062】
なお、高い比透磁率が求められるチップインダクタ用の圧粉磁心では、図3の比較例1、図4の実施例4および比較例4の各測定結果から、6.0g/cm3以上の密度とするのが好ましい。
【符号の説明】
【0063】
10 軟磁性粒子
11 絶縁層
12 空孔
図1
図2
図3
図4
図5