(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022056407
(43)【公開日】2022-04-08
(54)【発明の名称】酸素ナノバブルを含む医薬
(51)【国際特許分類】
A61K 33/00 20060101AFI20220401BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20220401BHJP
A61K 35/741 20150101ALN20220401BHJP
【FI】
A61K33/00
A61P35/00
A61K35/741
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021157759
(22)【出願日】2021-09-28
(31)【優先権主張番号】P 2020163423
(32)【優先日】2020-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(71)【出願人】
【識別番号】517156713
【氏名又は名称】株式会社ティ・アイ・エス
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(72)【発明者】
【氏名】永根 大幹
(72)【発明者】
【氏名】内山 淳平
(72)【発明者】
【氏名】山下 匡
(72)【発明者】
【氏名】杉本 義孝
【テーマコード(参考)】
4C086
4C087
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086HA08
4C086MA01
4C086MA52
4C086NA05
4C086ZB26
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC30
4C087MA52
4C087ZB26
(57)【要約】
【課題】本発明は、がんの予防または治療のための酸素ナノバブルを含む医薬および当該医薬を使用したがんの予防または治療方法の提供を課題とする。さらに、本発明は、生体に対するナノバブル水による新たな有利な効果に基づく剤の提供を課題とする。
【解決手段】本発明は、低酸素状態関連遺伝子の発現に実質的な影響を及ぼすことなく、免疫経路関連遺伝子の発現を向上させる酸素ナノバブル水を含有する、がんの予防または治療のための医薬である。また、当該医薬を患者に投与することによる、がんの予防または治療方法である。また、本発明は、酸素ナノバブル水を含有する、成長促進剤である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
低酸素状態関連遺伝子の発現に実質的な影響を及ぼすことなく、免疫経路関連遺伝子の発現を向上させる酸素ナノバブル水を含有する、がんの予防または治療のための医薬。
【請求項2】
前記免疫経路関連遺伝子の発現が腸内細菌叢と免疫のクロストークを制御することによるものである、請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
前記酸素ナノバブル水を構成するナノバブルの平均粒径が70~160 nmであり、溶存酸素量が10~15 mg/Lであることを特徴とする請求項1または2に記載の医薬。
【請求項4】
前記酸素ナノバブル水を構成する水が、タンパク質、脂肪、炭水化物、ナトリウム、カルシウム、マグネシウムおよびカリウムのいずれも含有しない水であることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の医薬。
【請求項5】
経口投与可能な剤形であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の医薬。
【請求項6】
前記がん細胞が乳がん細胞であることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の医薬。
【請求項7】
前記腸内細菌叢がMuribaculum属を含むことを特徴とする、請求項2ないし6のいずれかに記載の医薬。
【請求項8】
酸素ナノバブル水を含有する、成長促進剤。
【請求項9】
前記酸素ナノバブル水を構成するナノバブルの平均粒径が70~160 nmであり、溶存酸素量が10~15 mg/Lであることを特徴とする請求項8に記載の成長促進剤。
【請求項10】
前記酸素ナノバブル水を構成する水が、タンパク質、脂肪、炭水化物、ナトリウム、カルシウム、マグネシウムおよびカリウムのいずれも含有しない水であることを特徴とする、請求項8または9に記載の成長促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬、例えば、がんの予防薬または治療薬等に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ナノバブルは直径1000 nm以下の超微小気泡のことで、その物理化学的性質については、詳細には明らかにされていないが、水中において、浮力が非常に小さいため上面に浮上することなくブラウン運動で漂い、長期間(数週間程度)水中に留まることなどが知られている。酸素ナノバブルは、超微小気泡であることから、身体への吸収が高いと考えられており、身体に対し様々影響を与える可能性が考えられている。
【0003】
これまでに、酸素ナノバブルの効果について、様々な報告が行われている。非特許文献1は、酸素ナノバブルを摂取させることにより、植物や動物の成長が促進されることを報告している。また、ヒトの疾患に対する酸素ナノバブルによる治療的効果についてもいくつか報告がある。非特許文献2には、細胞性免疫が機能しない腫瘍ゼノグラフトモデルマウスに、70 nmにピークを有する粒径100 nm以下の酸素ナノバブルを含む酸素ナノバブル水を皮下注射または腫瘍内注射により投与すると、腫瘍内の低酸素状態が改善され、腫瘍の成長が抑制されることが示されている。非特許文献3には、58 nmおよび342 nmをピークとする粒径30~1000 nmの酸素ナノバブルを含む酸素ナノバブル水を腫瘍ゼノグラフトマウスに経口投与すると、腫瘍内のHif1αの発現量が低下し低酸素状態が改善されることが開示されている。さらに、特許文献1には、酸素ナノバブル水およびオゾンナノバブル水を肺がん末期患者に自由飲水により投与したところ、腫瘍の大きさが縮小したことが開示されているが、投与されたナノバブル水の粒径に関して明確な記載はなく、実施例1に引用されている製造方法によれば、140 nmにピークを有する粒径50-500 nmのナノバブル水が使用されていると判断される。また、肺がんに対する効果もレントゲン写真でのみ示されているにとどまっている。
【0004】
以上のように、酸素ナノバブル水ががん細胞の増殖に対し、おそらく、腫瘍内の低酸素状態を改善することで、なんらかの縮小効果を与えることが示唆されている。しかし、がんの治療に使用するという観点では、酸素ナノバブル水の至適な粒径や作用機序、効果などについては、曖昧な点が多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-84258
【特許文献2】特開2005-246294
【特許文献3】特開2013-166143
【特許文献4】WO2017/195852
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ebinaら, PLoS One. 2013 Jun 5;8(6): e65339. doi: 10.1371/journal.pone.0065339. Print 2013.
【非特許文献2】Bhandariら, Sci Rep. 2017 Aug 24;7(1):9268. doi: 10.1038/s41598-017-08988-7.
【非特許文献3】Owenら, 2020 Aug 20;15(8):e0238168. doi: 10.1371/journal.pone.0238168. eCollection 2020
【非特許文献4】Tanoueら, Nature. 2019 Jan; 565(7741):600-605. Doi:10.1038/s41586-019-0878-z. Epub 2019 Jan 23.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記事情に鑑み、本発明は、従来のナノバブル水よりも効果の高い、そして作用機序が明確である酸素ナノバブルを含むがんの予防または治療のための医薬、および当該医薬を使用したがんの予防または治療方法の提供を解決課題とする。
さらに、本発明は、酸素ナノバブル水の生体に与える新規の有利な効果に基づく剤の提供を解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、乳腺に乳がん細胞を移植した乳がんモデルマウスに酸素ナノバブル水(平均粒径70~160 nmの酸素ナノバブルで、溶存酸素量10~15 mg/Lを含む)を自由飲水により投与したところ、腫瘍の成長が抑制されることを見出した。発明者らは、当該モデルマウスの腫瘍内の酸素濃度を測定したところ、従来の報告にあるような低酸素状態の改善は見られなかった。そこで、酸素ナノバブルの作用機序を解明すべく、腫瘍細胞における遺伝子発現を網羅的に解析し、その結果に基づいてパスウェイ解析を行ったところ、免疫系に関連する経路の亢進が確認された。また、腫瘍モデルマウスの腸内細菌叢を解析結果から、腫瘍増殖抑制に関与する可能性のある細菌としてMuribaculum属を同定した。
以上の結果は、酸素ナノバブル水による腫瘍成長の抑制効果は、従来報告されている腫瘍内低酸素状態の改善ではなく、例えば、免疫系の活性化および/または腸内細菌の関与によることを示唆している。
【0009】
さらに、発明者らは、C57BL/6Nマウス上記酸素ナノバブル水を自由飲水させたところ、通常水(酸素ナノバブルを含まない水)を飲水させたマウスと比較して、体重の増加率が高いことを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の(1)~(10)である。
(1)低酸素状態関連遺伝子の発現に実質的な影響を及ぼすことなく、免疫経路関連遺伝子の発現を向上させる酸素ナノバブル水を含有する、がんの予防または治療のための医薬。
(2)前記免疫経路関連遺伝子の発現が腸内細菌叢と免疫のクロストークを制御することによるものである、上記(1)に記載の医薬。
(3)前記酸素ナノバブル水を構成するナノバブルの平均粒径が70~160 nmであり、溶存酸素量が10~15mg/Lであることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の医薬。
(4)前記酸素ナノバブル水を構成する水が、タンパク質、脂肪、炭水化物、ナトリウム、カルシウム、マグネシウムおよびカリウムのいずれも含有しない水であることを特徴とする、上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の医薬。
(5)経口投与可能な剤形であることを特徴とする上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の医薬。
(6)前記がん細胞が乳がん細胞であることを特徴とする上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の医薬。
(7)前記腸内細菌叢がMuribaculum属を含むことを特徴とする、上記(2)ないし(6)のいずれかに記載の医薬。
(8)酸素ナノバブル水を含有する、成長促進剤。
(9)前記酸素ナノバブル水を構成するナノバブルの平均粒径が70~160 nmであり、溶存酸素量が10~15mg/Lであることを特徴とする上記(8)に記載の成長促進剤。
(10)前記酸素ナノバブル水を構成する水が、タンパク質、脂肪、炭水化物、ナトリウム、カルシウム、マグネシウムおよびカリウムのいずれも含有しない水であることを特徴とする、上記(8)または(9)のいずれかに記載の成長促進剤。
なお、本明細書において「~」の符号は、その左右の値を含む数値範囲を示す。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、がん、特に乳がんの予防または治療薬が提供される。
【0012】
さらに本発明により、成長促進剤(または体重増加促進剤)が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】乳がんモデルマウスに酸素ナノバブル水を自由飲水させたときの、腫瘍体積の変化(A)、生存率(B)および体重の変化(C)を調べた結果を示す。CTRLは酸素ナノバブル水を飲水させなかったマウス、ONBは酸素ナノバブル水を飲水させたマウスの結果である。バーは、標準誤差を示す。p値は、T検定により算出した*P <0.05, **p<0.01で示した。
【
図2】乳がんモデルマウスに生じた腫瘍の組織化学的評価。酸素ナノバブル水を投与していないマウス(A)または投与したマウス(B)由来の腫瘍組織切片のHE染色(上図)とCleaved Caspase-3抗体による免疫染色(下図)の結果を示す。
図A上図において線で囲んだ領域は、がん細胞の浸潤が見られる領域である。
図B下図中の矢印は、Cleaved Caspase-3抗体で染色された細胞の代表例を示す。
【
図3】乳がんモデルマウスの腫瘍内酸素濃度の測定結果。酸素ナノバブル水を投与していないマウス(a)または投与したマウス(b)に低酸素ラベル剤であるpimonidazoleを投与したのちに安楽殺し、腫瘍組織切片を作成した。抗pimonidazole抗体を用いて免疫染色し、Image Jを用いてpimonidazole陽性領域の面積を定量した。
【
図4】腫瘍組織内の遺伝子発現に対する酸素ナノバブルの影響の検討。Aは、酸素ナノバブル水を飲水投与した乳がんモデルマウスの腫瘍組織内における遺伝子発現を解析し、得られた結果から、パスウェイ解析を行った。黒丸は遺伝子発現変動が上昇しているパスウェイ、白丸は減少しているパスウェイを示す。Bは、乳がんモデルマウスにおける免疫の活性化経路に関連する遺伝子発現変動を示す。CTLは酸素ナノバブル水を飲水投与していないコントロールを示し、ONBは酸素ナノバブル水を飲水投与した乳がんモデルマウスの結果を示す。黒色が濃い遺伝子ほど発現が上昇していることを示す。
【
図5】乳がんモデルマウスと健常マウスの腸内細菌叢に関する、β多様性の主座標分析結果を示す。
【
図6】マウス細菌叢に関する、2群間の統計学的比較。健常マウスと腫瘍マウス、腫瘍マウスと酸素ナノバブル水投与マウス間において、各々、細菌叢の統計学的比較を行った結果を示す。
【
図7】酸素ナノバブル水を飲水させたマウスの糞便の抗腫瘍作用の検討。ONB-FMTは酸素ナノバブル水を飲水したマウスの糞便を経口投与した乳がんモデルマウス、CTL-FMTは酸素ナノバブル水を飲水していないマウスの糞便を経口投与した乳がんモデルマウスの腫瘍体積を測定した結果である。バーは、標準誤差を示す。n=6、FMT:Fecal Microbiota Transplantation。
【
図8】酸素ナノバブル水を飲水させたマウスの体重増加率の測定結果。雄のC57BL/6Nマウスに酸素ナノバブル水(ONB)または酸素ナノバブル水を含まない水(CTL)を自由飲水させ、各々の体重増加率を測定した結果である。縦軸は、飲水開始時点の体重を1としてその増加率(倍率)を示す。n=6-8。
【
図9】本実施例で使用した酸素ナノバブル水の溶存酸素量を測定した結果。本実施例で使用した酸素ナノバブル水(ONB)と酸素ナノバブル水を含まない普通水(CTL)の酸素濃度を測定した結果を示す。n=3。
【発明を実施するための形態】
【0014】
第1の実施形態は、低酸素状態関連遺伝子の発現に実質的な影響を及ぼすことなく、免疫経路関連遺伝子の発現を向上させる酸素ナノバブル水を含有する、がんの予防または治療のための医薬である。
酸素ナノバブル水は、当業者であれば公知の方法(例えば、特許文献2~4などに記載の方法)を用いて、容易に作製することができる。本願実施例では酸素ナノバブル水として、日本国東京都にある株式会社ティ・アイ・エスが市販しているブリージングウォーター(登録商標)を使用した。
ナノバブルの粒径を測定する方法は、これまで幾つか提案されているが、コンタミとの区別が困難であり、未だに絶対的な測定方法が定まっていないのが現状である。今回の試験では、蛍光測定法を利用して測定した結果、使用したブリージングウォーターの酸素ナノバブルの平均粒径は70~160 nmであった。
本実施形態において使用する酸素ナノバブル水は、酸素とその周囲を取り囲む水から成り、この水はタンパク質、脂肪、炭水化物、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウムのいずれも含有せず、純水または純水に近い特性を有する。
【0015】
発明者らは、乳がんモデルマウスに酸素ナノバブル水を飲水投与し、腫瘍内の酸素濃度を測定したところ、従来の報告にあるような低酸素状態の変化は見られなかった。また、当該マウスの腫瘍細胞における遺伝子発現を網羅的に解析した結果、低酸素状態関連遺伝子(低酸素状態で発現誘導される遺伝子。例えば、HIF-1α遺伝子、HIF-2α遺伝子、HIF-3α遺伝子など)の発現に大きな変動はなかったものの、免疫経路関連遺伝子(免疫系に関与する遺伝子、例えば、CCL11遺伝子、CCL24遺伝子、CCR3遺伝子、CXCL14遺伝子、CXCL2遺伝子、CXCL5遺伝子、MSTN遺伝子など)の発現が上昇していることを見出した。
【0016】
さらに、乳がんモデルマウスの腸内細菌叢を解析した結果、酸素ナノバブル水を飲水投与したモデルマウスの腸内細菌叢は、飲水投与しなかったモデルマウスの腸内細菌叢の構造と相違していることを見出し、腫瘍増殖抑制に関与する可能性のある細菌としてMuribaculum属を同定した。
本実施形態にかかる酸素ナノバブル水の投与により影響を受けると思われる腸内細菌叢は、その変化やバランスが生体のマクロな変化である疾病や健康などに影響を与えると言われている。より具体的には、腸内細菌叢がそれに接する界面である腸管壁を介して及ぼす作用、すなわち生体内とのインターラクション、いわゆる腸内細菌叢と生体の変化のクロストーク(互いに干渉し、増殖し、拮抗し合う)により、疾病や健康に影響を与えていると考えられる。本発明においては、酸素ナノバブル水の投与により影響を受けると思われる腸内細菌叢の一つが、Muribaculum属であるが、影響を受ける腸内細菌叢に特に限定はない。また、腸内細菌叢と生体のクロストークにより制御される生体の変化の一つが、免疫機能の亢進であり、免疫機能の亢進を遺伝子レベルで網羅的に解析すると、例えば、Leykocyte transendothelial migrationやCytokine-cyrokine receptor interactionなどの経路により免疫が亢進している(
図4Aを参照のこと)と考えられるが、経路に特に限定はない。遺伝子レベルで亢進しているのは、例えば、拡張型心筋症(DCM)関連遺伝子や、肥大型心筋症(HCM)関連遺伝子などであるが、亢進する遺伝子にも特に限定はない 。
【0017】
本実施形態にかかる医薬として、有効成分(酸素ナノバブル水)自体を投与してもよいが、当該有効成分以外に、1または2以上の一般的な製剤用添加物を含む医薬組成物の形態で投与してもよい。本実施形態にかかる医薬および医薬組成物(以下「医薬等」とも記載する)は、当該有効成分以外に、既存の抗がん剤などが配合されていてもよい。
【0018】
本実施形態にかかる医薬等の剤形としては、特に限定はしないが、例えば、経口投与や注射による投与に適した剤形が好ましく、液剤の他、当該液剤を収納した軟カプセル状であってもよい。本実施形態にかかる医薬等で用いる酸素ナノバブル水は、平均粒径ができるだけ小さく、1 mLあたりに含まれる酸素ナノバブル数ができるだけ多いことが好ましい。具体的には、例えば、平均粒径100 nm以下の酸素ナノバブルが、1 mLあたりに1010個以上含まれていることが好ましい。
【0019】
本実施形態にかかる医薬等の製造に用いられる製剤用添加物の種類、有効成分に対する製剤用添加物の割合、および医薬等の製造方法は、その形態に応じて当業者が適宜選択することが可能である。製剤用添加物としては無機または有機物質、あるいは、固体または液体の物質を用いることができ、有効成分重量に対して1重量%以上90重量%以下の間で配合することができる。
本実施形態にかかる医薬等の投与量および投与回数は特に限定されず、自由飲水による投与であってもよい。また、治療または予防対象者のがんの進行の程度、投与対象者の体重や年齢などの条件に応じて、医師の判断により適宜選択することが可能である。
【0020】
本発実施形態にかかる医薬等は、投与方法等の説明書と共にキットの形態で提供してもよい。当該キットにおいて、薬剤は、当該医薬等の構成成分の活性を長期間有効に持続し、容器内側に吸着することなく、また、構成成分を変質することのない材質で製造された容器に封入されて供給される。例えば、ガラス製容器やプラスチック製容器中に封入されて供給されてもよい。
また、キットには使用説明書が添付されてもよい。当該キットの使用説明は、紙などに印刷されたものであっても、CD-ROM、DVD-ROMなどの電磁的に読み取り可能な媒体に保存されて使用者に供給されてもよい。
【0021】
本実施形態におけるがんには、悪性の腫瘍および新生物などが含まれる。
悪性の腫瘍としては、例えば、肝細胞癌、胆管細胞癌、腎細胞癌、扁平上皮癌、基底細胞癌、移行細胞癌、腺癌、悪性ガストリノーマ、悪性黒色腫、線維肉腫、粘液肉腫、脂肪肉腫、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、悪性奇形腫、血管肉腫、カポジ肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、リンパ管肉腫、悪性髄膜腫、非ホジキンリンパ腫、ホジキンリンパ腫、白血病および脳腫瘍等が含まれる。新生物には、上皮細胞由来新生物(上皮癌腫)、基底細胞癌腫、腺癌腫、口唇癌、口腔癌、食道癌、小腸癌および胃癌のような胃腸癌、結腸癌、直腸癌、肝癌、膀胱癌、膵臓癌、卵巣癌、子宮頚癌、肺癌、乳癌、扁平上皮細胞癌および基底細胞癌のような皮膚癌、前立腺癌並びに腎細胞癌腫などが含まれ、また、全身の上皮、間葉または血液細胞を冒す他の既知の癌も含まれる。特に好ましいがんは、乳がんである。
【0022】
第2の実施形態は、本実施形態にかかる医薬等を患者に投与することを含む、がんの予防または治療方法である。
ここで「治療」とは、すでにがんを発症した哺乳動物において、その病態の進行および悪化を阻止または緩和することを意味し、これによってがんの進行および悪化を阻止または緩和することを目的とする処置のことである。
また、「予防」とは、がんを発症するおそれがある哺乳動物において、その発症を予め阻止することを意味し、これによってがんの発症を予め阻止することを目的とする処置のことである。
本実施形態の予防方法または治療方法の対象となる「哺乳動物」は、哺乳類に分類される任意の動物を意味し、特に限定されず、例えば、ヒトの他、イヌ、ネコ、ウサギ、フェレットなどのペット動物、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマなどの家畜動物などのことである。特に好ましい「哺乳動物」は、ヒトである。
【0023】
第3の実施形態は、酸素ナノバブル水を有効成分として含有する、がんの予防または改善のための飲食品組成物である。
本実施形態の飲食品組成物として、例えば、清涼飲料水、乳飲料、乳酸菌飲料、緑茶飲料、麦茶飲料などの飲料類などが挙げられる。
【0024】
第4の実施形態は、酸素ナノバブル水を有効成分として含有する、成長促進剤(または体重増加剤)である。
本実施形態は、酸素ナノバブル水を飲水したマウスの体重増加率が酸素ナノバブル水を飲水していないマウスの体重増加率よりも大きいこと(実施例を参照のこと)に基づく。ここで成長促進とは、体重増加促進と同義に捉えてもよい。
第4の実施形態における成長促進剤は、医薬として使用し得る。医薬については、第1の実施形態における説明を参照のこと。
【0025】
第5の実施形態は、酸素ナノバブル水を有効成分として含有する成長促進剤(第4の実施形態にかかる成長促進剤)を対象に投与することを含む、成長促進方法または体重増加方法である。
第5の実施形態にかかる方法は、疾患等に伴う体重減少状態の治療方法としての使用の他、特段疾患等に罹患していない者の体重増加のためにも使用することができる。また、第5の実施形態にかかる方法の対象には、ヒトおよび非ヒト動物のいずれも含まれる。
【0026】
第6の実施形態は、酸素ナノバブル水を有効成分として含有する、成長促進または体重増加促進のための飲食品組成物である。飲食品組成物については、第3の実施形態における説明箇所の参照のこと。
【0027】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例0028】
1.酸素ナノバブル水の抗腫瘍作用の検討
1-1.乳がんモデルマウスの腫瘍の成長、生存率および体重に対する酸素ナノバブル水の影響
乳がんモデルマウスの作製には、日本チャールズリバー (神奈川、日本) より購入した7から8週齢の C57BL/6N の雌を用いた。同種移植片移植のため、2% イソフルラン (インターベット、東京、日本) 吸入麻酔下において、皮膚を 70 % エタノールで殺菌した後、2×10
6 個の マウス乳がんE0771 細胞を乳腺脂肪内に移植した。
腫瘍移植4日後から酸素ナノバブル水(ブリージングウォーター、株式会社ティ・アイ・エス)を自由飲水投与した。腫瘍体積と体重を2日間ごとに記録し、1500 mm
3以上の腫瘍体積、20%以上の体重減少などをエンドポイントとした。腫瘍体積は、ノギスを用いて腫瘍の長径と短径を計測し、(腫瘍体積)=0.52×長径×短径
2より算出した。また、マウスの生存期間はPrism8(GraphPad software社)を用いてカプランマイヤー法により計算した。
酸素ナノバブル投与マウスとコントロールマウスで体重の差は見られなかったが腫瘍の成長速度については、酸素ナノバブル水投与マウスに移植した腫瘍の方が遅かった(
図1AおよびC)。また、生存率についても、酸素ナノバブル水を投与したマウスの方がコントロールマウスよりも高かった(
図1B)。
【0029】
1-2.マウスに移植した腫瘍の組織学的検討
腫瘍の組織学的評価を行うために、腫瘍移植14日後に腫瘍塊を切り出し、4% 中性緩衝ホルマリンにて一晩腫瘍組織を固定した。エタノールで脱水、キシレンで透徹、パラフィンに置換した後、包埋を行った。パラフィンブロックは滑走型ミクロトームを用いて 5μmに薄切し、パラフィン包埋組織切片を作成した。脱パラフィン後、HE染色した。コントロールの組織切片では、正常組織へのがん細胞の浸潤が認められた(
図2A上図)。
次に、腫瘍組織に対し、Cleaved Caspase-3抗体(アブカム)を用いた免疫染色を行った。パラフィン包埋組織切片を脱パラフィンした後、イムノセイバー(Cat. No.333, 日新EM, 東京)を用い、電動ポットで98℃にて45分間の保温状態におき、抗原の賦活化を行った。 水洗、PBS-T にて3 回洗浄の後、5% ヤギ血清、0.1% Triton-X100を含む PBS を用いて30分反応させることで非特異反応を除いた。ブロッキング、洗浄の後、5%ヤギ血清、0.1% Triton-X100を含むPBSに希釈した抗Cleaved Caspase-3抗体と反応後、HistoFineMax二次抗体(ニチレイバイオサイエンス)とVector Lab DAB substrateにより発色した。組織画像はBZ-700(Keyence)により取得した。酸素ナノバブル水を投与したマウスの腫瘍組織において、アポトーシスを起こしたがん細胞の存在が観察され(
図2B下図)、酸素ナノバブル水により、がん細胞が死滅することが示唆された。
【0030】
1-3.腫瘍内の酸素濃度の測定
これまで、酸素ナノバブル水を摂取すると、腫瘍内の低酸素状態が改善され、腫瘍細胞の増殖が抑制されることが報告されている。そこで、本実施例において作製した乳がんモデルマウスの腫瘍内の酸素状態について検討を行った。具体的には腫瘍内の酸素濃度を測定した。酸素ナノバブル水を投与していないマウス(a)または投与したマウス(b)に低酸素ラベル剤であるpimonidazoleを投与したのちに安楽殺し、腫瘍組織切片を作成した。抗pimonidazole抗体を用いて免疫染色し(
図3A)、Image Jを用いてpimonidazole陽性領域の面積を定量した(
図3B)。その結果、Controlのマウス(a)とONBである酸素ナノバブル水を投与したマウス(b)ではほぼ同等の低酸素状態を示し、酸素ナノバブル水を摂取すると、腫瘍内の低酸素状態が改善されるという従来の知見とは異なる結果となった。また、低酸素状態の定量値においても、従来の知見ではONBの方が低酸素領域は増加するはずであるが、逆の結果が得られた。以上から、従来示唆されていた低酸素化とは異なる別の作用点が存在することが示唆された。
【0031】
2.酸素ナノバブル水を投与した乳がんモデルマウスにおける遺伝子発現解析
酸素ナノバブル水が腫瘍増殖を抑制する際に、どのような遺伝子の発現に影響を与えるのかを検討した。
腫瘍移植14日後(飲水投与10日後)に腫瘍塊を切り出し、QIAGEN RNAeasy mini kitにてTotal RNAを抽出した。Total RNAはRNASeqにより発現遺伝子を網羅的に解析した。得られた遺伝子発現はKEGG Pathwayを参考にパスウェイ解析した(
図4A)。
図4Aにおいて、免疫経路、例えば、白血球経内皮遊走(Leukocyte transendothelial migration)、サイトカイン受容体相互作用(Cytokine-cytokine receptor interaction)に関連する遺伝子発現変動が上昇している点が注目される。また、個々の免疫関連遺伝子では、例えば、CCL11(chemokine ligand 11)、CCL24(chemokine ligand 24)、CXCL5(C-X-C motif chemokine 5)、Mstn(myostatin)などの遺伝子の発現上昇が認められた(
図4B)。以上の結果から、酸素ナノバブル水の飲水投与により腫瘍免疫が活性化されることが示唆される。これに対して、低酸素関連遺伝子群の発現変動は認められなかった。
【0032】
3.酸素ナノバブル水を投与した乳がんモデルマウスの腸内細菌叢の解析
3-1.腸内細菌叢の多様性解析
酸素ナノバブル水を経口投与した乳がんモデルマウスにおいて、腫瘍の成長は抑制されたが腫瘍内の低酸素状態の改善は見られなかった。また、腫瘍組織内の遺伝子発現変動に基づいてパスウェイ解析を行ったところ、免疫系を活性化させることが示唆された。腫瘍免疫と腸内細菌との関係では、11種類の腸内細菌が、腫瘍モデルマウスにおいて免疫チェックポイント阻害剤の治療効果を促進するとの報告がある(非特許文献4)。そこで、酸素ナノバブル水による抗腫瘍効果に関し、腸内細菌を介した腫瘍免疫活性化の可能性を検討するために、乳がんモデルマウスの腸内細菌叢の解析を行った。
【0033】
マウスの糞便よりDNAを抽出した。16S rRNA遺伝子のV3-V4領域を標的としたPCRを行った。イルミナMiSEQで解読した。細菌叢解析パイプラインQIIME2 version 202.08.0(https://qiime2.org/)を使用し、多様性解析を行った。データベースには、SILVA138_99を使用した。健常マウス、ONB摂取健常マウス、ガンマウス、ONB摂取ガンマウスのそれぞれの糞便を解析した。細菌叢の多様性解析では、β多様性による評価を行った。指標としてUnweighted UniFrac(細菌種の系統関係と種の多様性をみたもの)とWeighted UniFrac(Unweighted UniFracに細菌の数も加味したもの)を利用した。
その結果、Unweighted UniFracでは、全ての群間で統計学的な有意差が見られた(
図5上段)。これは、全ての群で細菌叢が異なることを示している。また、Weighted UniFracでは、健常マウスとガンマウス(乳がんモデルマウス、以下同じ)の間、ONB摂取健常マウスとONB摂取のガンマウス(酸素ナノバブル水投与乳がんモデルマウス、以下同じ)との間には統計学的な有意差が認めらた(
図5下段)。一方、健常マウスとONB摂取健常マウス、ガンマウスとONB摂取ガンマウスの間では、統計学的に優位差が認められなかった。以上から、健常マウス、ONB摂取健常マウス、ガンマウス、ONB摂取ガンマウスのそれぞれで、細菌叢の大きな変動は見られていないが、少量存在する細菌群に変動があると考えられる。
【0034】
3-2.2群間の細菌叢の統計学的な比較
上記の腸内細菌叢の解析結果に基づき、2群間の細菌叢の統計学的な比較を行った。健常マウス群と腫瘍マウス群の腸内細菌叢を比較して、健常マウス群に存在率の高い細菌と、腫瘍マウス群と酸素ナノバブル水投与腫瘍マウス群の腸内細菌叢を比較して、酸素ナノバブル水投与腫瘍マウス群に存在率の高い細菌が共通している場合、その共通する細菌が、がん抑制に寄与する可能性のある細菌であるとして、解析を進めた。
上記がん抑制に寄与する可能性のある細菌の検出には、統計ソフトRで起動するDAtest(https://github.com/Russel88/DAtest)を使用した。DAtestは、多変量データから適切な統計ソフトを選定し、実行するソフトである。DAtestの結果より、LIMMAを選択した。LIMMAを使用し、健常マウスとガンマウス、ガンマウスとONB摂取ガンマウスの間で有意な菌の検出を行ったところ、健常マウスとガンマウスでは、健常マウスに有意なMuribaculum属の菌が検出された(
図6上)。また、ガンマウスとONB摂取ガンマウスでは、ONB摂取マウスに有意なMuribaculum属の菌が検出された(
図6下)。この結果より、ガン抑制にMuribaculum属が影響を与えている可能性が考えられる。
【0035】
3-3.酸素ナノバブル水を飲水させたマウス糞便の抗腫瘍作用
ONB摂取マウスの腸内細菌叢の抗腫瘍作用についてさらに検討するために、ONB摂取マウスの糞便を乳がんモデルマウスに経口投与し、その抗腫瘍効果の有無を調べた。
Day0に、4週齢の雌のC57BL/6Nマウスの乳腺にマウス乳腺がんE0771細胞を移植し、同日から抗生剤(vancomycin(50mg/kg)、metronidazole(100mg/kg)、neomycin(100mg/kg))を7日間12時間ごとに経口投与した。加えて、水にAmpicillin(1mg/mL)を添加し、7日間自由に飲水をさせた。Day7に抗生剤を腸内から洗浄するため水道水を飲水させ、以後も水道水を飲水させた。Day8からDay20まで、2日毎にONBを飲水させたマウスから採取した糞便から調製した懸濁液(ONB-FMT)とONBを含まない水を飲水させたマウスから採取した糞便から調製した懸濁液(CTL-FMT)をそれぞれ200μLずつ経口投与した。糞便の懸濁液は、ONB摂取マウスと対照マウスから糞便を採取し、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁させて(懸濁量200 mg/mL in PBS)、調製した。その結果、ONB摂取マウスから採取した糞便に抗腫瘍効果のあることが確認された。上記3-2.で記載したように、ONB摂取マウスでは、がん抑制に寄与する可能性のある腸内細菌叢として、Muribaculum属の菌が検出されているので、Muribaculum属の菌の経口投与が抗腫瘍活性に有効であることが考えられる(
図7)。
【0036】
4.ONBの成長促進(体重増加促進)作用の検討
4週齢のC57BL/6Nマウス 雄にONBとONBを含まない水をそれぞれ給水し、経時的に体重を測定した。その結果、ONBを摂取した場合、相対的に体重の増加率が大きかった(
図8)。
【0037】
5.本願実施例で使用した酸素ナノバブル水の酸素濃度の測定(参考例)
本実施例で使用した酸素ナノバブル水(ONB)と酸素ナノバブル水を含まない普通水(CTL)の酸素濃度をJIS K 0102 32.4 光学式センサ法で測定した。その結果、ONBの酸素濃度はCTLより高いことがわかった(
図9)。