IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱自動車工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-車両の制御装置 図1
  • 特開-車両の制御装置 図2
  • 特開-車両の制御装置 図3
  • 特開-車両の制御装置 図4
  • 特開-車両の制御装置 図5
  • 特開-車両の制御装置 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022057096
(43)【公開日】2022-04-11
(54)【発明の名称】車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60L 15/20 20060101AFI20220404BHJP
   B60W 30/02 20120101ALI20220404BHJP
【FI】
B60L15/20 Y
B60L15/20 S
B60W30/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020165172
(22)【出願日】2020-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【弁理士】
【氏名又は名称】真田 有
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【弁理士】
【氏名又は名称】諏訪 華子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 亮太
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 直樹
【テーマコード(参考)】
3D241
5H125
【Fターム(参考)】
3D241BA18
3D241CC03
3D241CC14
3D241CD01
3D241DA13Z
3D241DA21B
3D241DA39Z
3D241DA52Z
3D241DB02Z
3D241DB32Z
5H125AA01
5H125AC12
5H125BA06
5H125CA02
5H125DD16
5H125EE41
5H125EE51
5H125EE52
(57)【要約】
【課題】車両の制御装置に関し、車両の走行安定性を向上させつつ、ハードウェアの保護性を改善する。
【解決手段】左右輪5を駆動する一対の電動機1と左右輪5にトルク差を付与する差動機構3とが搭載された車両の制御装置10に関する。この制御装置10は、左右輪5のうち車輪速の大きい一方の要求トルクから、路面から受ける路面反力トルクを減じたトルクである移動トルクを算出する移動トルク算出部37と、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差がある場合に、左右輪5のうち車輪速の大きい一方を主に駆動する一方の電動機1から車輪速の小さい他方を主に駆動する他方の電動機1へと移動トルクを移動させるフィードフォワード制御部25と、左右輪5のスリップ度合いを推定するスリップ推定部21と、スリップ度合いに応じて一対の電動機1のうち少なくとも一方の駆動トルクを減少させるフィードバック制御部26とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右輪を駆動する一対の電動機と前記左右輪にトルク差を付与する差動機構とが搭載された車両の制御装置であって、
前記左右輪のうち車輪速の大きい一方の要求トルクから、路面から受ける路面反力トルクを減じたトルクである移動トルクを算出する移動トルク算出部と、
前記左右輪の目標回転速度差と実回転速度差との偏差がある場合に、前記左右輪のうち車輪速の大きい一方を主に駆動する一方の電動機から車輪速の小さい他方を主に駆動する他方の電動機へと前記移動トルクを移動させるフィードフォワード制御部と、
前記左右輪のスリップ度合いを推定するスリップ推定部と、
前記スリップ度合いに応じて前記一対の電動機のうち少なくとも一方の駆動トルクを減少させるフィードバック制御部と、
を備えることを特徴とする、車両の制御装置。
【請求項2】
前記左右輪の推定移動速度と実移動速度との差の絶対値に応じた制限ゲインを算出する制限ゲイン算出部を備え、
前記フィードバック制御部が、前記駆動トルクに前記制限ゲインを乗じることで前記駆動トルクを減少させる
ことを特徴とする、請求項1記載の車両の制御装置。
【請求項3】
前記制限ゲインは、前記差の絶対値が所定値未満であれば1であり、前記差の絶対値が前記所定値以上であればその値が大きいほど0に近づく特性を持つ
ことを特徴とする、請求項2記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記左右輪の推定移動速度は、前記車両の車速及び操舵角に基づいて算出される
ことを特徴とする、請求項2または3記載の車両の制御装置。
【請求項5】
前記偏差の絶対値に応じた移動ゲインを算出する移動ゲイン算出部を備え、
前記フィードフォワード制御部が、前記偏差がある場合に、前記移動トルクと前記移動ゲインとの積に対応するトルクを移動させる
ことを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の車両の制御装置。
【請求項6】
前記移動ゲインは、前記偏差の絶対値が所定値未満であれば0であり、前記偏差の絶対値が前記所定値以上であればその値が大きいほど1に近づく特性を持つ
ことを特徴とする、請求項5記載の車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、左右輪を駆動する一対の電動機とその左右輪にトルク差を付与する差動機構とが搭載された車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の左右輪を電動機(電動モータ)で駆動する制御装置において、片方の電動機が故障(トルクダウン)した場合にもう片方の電動機の出力を増減させるものが知られている。このような制御により、過度なトルク制限が避けやすくなり、車両の走行安定性が向上しうる(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-005958号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
左右輪の片側がスリップした後に再びグリップした場合、左右輪のイナーシャトルクによって車軸上に過大なトルク差が発生する。このトルク差の大きさは、スリップ量が大きくグリップが強いほど増大し、ハードウェアの許容量を超えるおそれがある。このような課題に対してスリップ時における左右輪のトルク差を小さくすれば、過大なトルク差は抑制されうる。しかしながら、車輪がスリップしてからグリップするまでの時間が短時間であれば、左右輪のトルク差を十分に低減させることが難しく、ハードウェアの保護性が低下してしまう。特に、スリップ量が過多になったような場合には、トルク差を抑制するだけでなく、左右輪の各々のトルクを小さくすることが好ましい。
【0005】
本件の目的の一つは、上記のような課題に照らして創案されたものであり、車両の走行安定性を向上させつつ、ハードウェアの保護性を改善できるようにした車両の制御装置を提供することである。なお、この目的に限らず、後述する「発明を実施するための形態」に示す各構成から導き出される作用効果であって、従来の技術では得られない作用効果を奏することも、本件の他の目的として位置付けることができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
開示の車両の制御装置は、左右輪を駆動する一対の電動機と左右輪にトルク差を付与する差動機構とが搭載された車両の制御装置であって、左右輪のうち車輪速の大きい一方の要求トルクから、路面から受ける路面反力トルクを減じたトルクである移動トルクを算出する移動トルク算出部と、左右輪の目標回転速度差と実回転速度差との偏差がある場合に、左右輪のうち車輪速の大きい一方を主に駆動する一方の電動機から車輪速の小さい他方を主に駆動する他方の電動機へと移動トルクを移動させるフィードフォワード制御部と、左右輪のスリップ度合いを推定するスリップ推定部と、スリップ度合いに応じて一対の電動機のうち少なくとも一方の駆動トルクを減少させるフィードバック制御部と、を備える。
【発明の効果】
【0007】
開示の車両の制御装置によれば、ハードウェアの保護性を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例としての制御装置が適用された車両の模式図である。
図2図1に示す車両の差動装置の構造を説明するための模式図である。
図3図1に示す左右輪の目標回転速度差及び実回転速度差の偏差と移動ゲインとの関係を例示するグラフである。
図4図1に示す左右輪のスリップ値(推定移動速度と実移動速度との差)と制限ゲインとの関係を例示するグラフである。
図5図1に示す制御装置での処理内容を説明するためのブロック図である。
図6図1に示す制御装置で実行される制御の手順を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[1.装置構成]
図1図6を参照して、実施例としての車両の制御装置10について説明する。この制御装置10が適用される車両には、左右輪5(ここでは後輪)を駆動する一対の電動機1(電動モータ)とその左右輪5にトルク差を付与する差動機構3とが搭載される。この実施例で数字符号に付加されるRやLなどの接尾符号は、当該符号にかかる要素の配設位置(車両の右側や左側にあること)を表す。例えば、5Rは左右輪5のうち車両の右側(Right)に位置する一方(すなわち右輪)を表し、5Lは左側(Left)に位置する他方(すなわち左輪)を表す。
【0010】
一対の電動機1は、車両の前輪または後輪の少なくともいずれかを駆動する機能を持つものであり、四輪すべてを駆動する機能を持ちうる。一対の電動機1のうち右側に配置される一方は右電動機1R(右モータ)とも呼ばれ、左側に配置される他方は左電動機1L(左モータ)とも呼ばれる。右電動機1R及び左電動機1Lは、互いに独立して作動し、互いに異なる大きさの駆動力を個別に出力しうる。これらの電動機1は、互いに別設された一対の減速機構2を介して差動機構3に接続される。本実施例の右電動機1R及び左電動機1Lは、定格出力が同一である。
【0011】
本実施例では、右電動機1Rが主に右輪5Rを駆動する電動機1であり、左電動機1Lが主に左輪5Lを駆動する電動機1である。ここでいう「主に」との表現は、共線図上で右輪5Rよりも左輪5Lに近い位置に配置される電動機1が左電動機1Lであり、共線図上で左輪5Lよりも右輪5Rに近い位置に配置される電動機1が右電動機1Rであることが意図された表現である。本実施例の車両においては、一対の電動機1及び左右輪5の角速度が共線図上で直線状に配置される関係を持つ。各電動機1の駆動力は、左右輪5の各々に反映されるものの、右電動機1Rの駆動力は右輪5Rの回転状態に反映されやすく、左電動機1Lの駆動力は左輪5Lの回転状態に反映されやすい。
【0012】
また、上記の「主に」との表現は、右輪5Rが左輪5Lよりも右電動機1Rに近い角速度(少なくとも左輪5Lと同一以上の角速度)で回転し、左輪5Lが右輪5Rよりも左電動機1Lに近い角速度(少なくとも右輪5Rと同一以上の角速度)で回転することが意図された表現であるともいえる。右電動機1Rの駆動力は、少なくとも右輪5Rへと伝達され、これに加えて左輪5Lへも伝達されうる。同じく、左電動機1Lの駆動力は、少なくとも左輪5Lへと伝達され、これに加えて右輪5Rへも伝達されうる。このような意味で、本実施例の一対の電動機1と左右輪5との関係は、例えばインホイールモータによって左右輪が個別に駆動される電動車両におけるモータと駆動輪との関係と相違する。
【0013】
減速機構2は、電動機1から出力される駆動力を減速することでトルクを増大させる機構である。減速機構2の減速比Gは、電動機1の出力特性や性能に応じて適宜設定される。一対の減速機構2のうち右側に配置される一方は右減速機構2Rとも呼ばれ、左側に配置される他方は左減速機構2Lとも呼ばれる。本実施例の右減速機構2R及び左減速機構2Lは、減速比Gが同一である。電動機1のトルク性能が十分に高い場合には、減速機構2を省略してもよい。
【0014】
差動機構3は、ヨーコントロール機能(AYC機能)を持ったディファレンシャル機構であり、右輪5Rに連結される車輪軸4(右車輪軸4R)と左輪5Lに連結される車輪軸4(左車輪軸4L)との間に介装される。ヨーコントロール機能とは、左右輪の駆動力(駆動トルク)の分担割合を積極的に制御することでヨーモーメントを調節し、車両の姿勢を安定させる機能である。差動機構3の内部には、遊星歯車機構や差動歯車機構などのギヤ列が内蔵される。一対の電動機1から伝達される駆動力は、これらのギヤ列を介して左右輪5の各々に分配される。なお、一対の電動機1と差動機構3とを含む車両駆動装置は、DM-AYC(Dual-Motor Active Yaw Control)装置とも呼ばれる。
【0015】
図2は、減速機構2及び差動機構3の構造を例示する概略図である。減速機構2の減速比Gは、電動機1から減速機構2に伝達される回転角速度と、減速機構2から差動機構3に伝達される回転角速度の比(あるいはギヤの歯数の比)として表すことができる。また、差動機構3の内部において、左電動機1Lの駆動力が右輪5Rに伝達される経路のギヤ比をb1と表現し、右電動機1Rの駆動力が左輪5Lに伝達される経路のギヤ比をb2と表現し、左右の電動機1の回転角速度をモータ角速度ωLm,ωRmとおき、左右輪5の回転角速度をそれぞれ車輪速ωLw,ωRwとおけば、本実施例では以下の式1~式2が成立する。
【0016】
【数1】
【0017】
電動機1は、インバータ6を介してバッテリ7に電気的に接続される。インバータ6は、バッテリ7側の直流回路の電力(直流電力)と電動機1側の交流回路の電力(交流電力)とを相互に変換する変換器(DC-ACインバーター)である。また、バッテリ7は、例えばリチウムイオン電池やニッケル水素電池であり、数百ボルトの高電圧直流電流を供給しうる二次電池である。電動機1の力行時には、直流電力がインバータ6で交流電力に変換されて電動機1に供給される。電動機1の発電時には、発電電力がインバータ6で直流電力に変換されてバッテリ7に充電される。インバータ6の作動状態は、制御装置10によって制御される。
【0018】
制御装置10は、インバータ6の作動状態を管理することで電動機1の出力を制御するコンピュータ(電子制御装置)である。制御装置10の内部には、図示しないプロセッサ(中央処理装置),メモリ(メインメモリ),記憶装置(ストレージ),インタフェース装置などが内蔵され、内部バスを介してこれらが互いに通信可能に接続される。本実施例の制御装置10は、一対の電動機1の一方から他方へと駆動トルクの一部を移動させるフィードフォワード制御(以下、FF制御)と、一対の電動機1の駆動トルクをともに減少させるフィードバック制御(以下、FB制御)とを実施する。FF制御では、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差がある場合に、左右輪5のうち車輪速の大きい一方を主に駆動する電動機1から車輪速の小さい他方を主に駆動する電動機1へと駆動トルクが移送される。また、FB制御では、スリップ度合いに応じて、電動機1のうち少なくとも一方の駆動トルクが削減される。
【0019】
制御装置10には、図1に示すように、アクセルセンサ13,ブレーキセンサ14,舵角センサ15,車速センサ16,モータ回転速度センサ18,車輪速センサ19が接続される。アクセルセンサ13はアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)やその踏み込み速度を検出するセンサである。ブレーキセンサ14は、ブレーキペダルの踏み込み量(ブレーキペダルストローク)やその踏み込み速度を検出するセンサである。舵角センサ15は、左右輪5の舵角(実舵角またはステアリングの操舵角)を検出するセンサであり、車速センサ16は、車速(走行速度)を検出するセンサである。
【0020】
モータ回転速度センサ18は、電動機1の回転角速度(モータ角速度ωLm,ωRm)を検出するセンサであり、各電動機1に個別に設けられる。同様に、車輪速センサ19は、左右輪5(または車輪軸4)の回転角速度(車輪速ωLw,ωRw)を検出するセンサであり、左輪5Lの近傍及び右輪5Rの近傍のそれぞれに個別に設けられる。制御装置10は、これらのセンサ13~16,18~19で検出された情報に基づいてインバータ6の作動状態を制御することで、一対の電動機1の出力を制御する。
【0021】
制御装置10は、車両に搭載される電子制御装置(ECU,Electronic Control Unit)の一つであり、プロセッサとメモリとを搭載した電子デバイスである。プロセッサは、例えばCPU(Central Processing Unit),MPU(Micro Processing Unit)などのマイクロプロセッサであり、メモリは、例えばROM(Read Only Memory),RAM(Random Access Memory),不揮発メモリなどである。制御装置10実施される制御の内容は、ファームウェアやアプリケーションプログラムとしてメモリに記録,保存されており、プログラムの実行時にはプログラムの内容がメモリ空間内に展開されて、プロセッサによって実行される。
【0022】
[2.制御]
図1に示すように、制御装置10の内部には、移動トルク算出部37,スリップ推定部21,移動ゲイン算出部22,制限ゲイン算出部23,制御部24が設けられる。また、制御部24には、FF制御を担当するフィードフォワード制御部25(FF制御部25)と、FB制御を担当するフィードバック制御部26(FB制御部26)とが設けられる。これらの要素は、制御装置10の機能を便宜的に分類して示したものである。これらの要素は、独立したプログラムとして各々を記述することができ、あるいは複数の要素を合体させた複合プログラムとして記述することもできる。各要素に相当するプログラムは、制御装置10のメモリや記憶装置に記憶され、プロセッサで実行される。
【0023】
移動トルク算出部37は、左右輪5の要求トルクTLreq,TRreqの一部である移動トルクTLAYC,TRAYCを算出するものである。移動トルクTLAYC,TRAYCとは、左右輪5のうち車輪速の大きい一方の要求トルクTLreq,TRreqから、路面から受ける路面反力トルクTLroad,TRroadを減じたトルクである。この移動トルク算出部37については後述する。
【0024】
スリップ推定部21は、左右輪5のスリップ度合いを推定するものである。ここでは、スリップ度合いを評価するための指標として、左右輪5の推定移動速度と実移動速度との差の絶対値|u|が算出される。差の絶対値|u|の推定に際し、推定移動速度は、例えば車両の車速及び操舵角に基づいて算出され、実移動速度は、左右輪5の車輪速ωLw,ωRwに基づいて算出される。
【0025】
移動ゲイン算出部22は、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差に応じた大きさの移動ゲインKL1,KR1を算出するものである。移動ゲインKL1,KR1とは、FF制御で使用されるゲインであり、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|に応じて設定される。移動ゲインKL1,KR1の値は、例えば偏差の絶対値|DVRERR|が大きいほど大きな値に設定される。なお、移動ゲインKL1,KR1の値は、左右輪5のうち車輪速が大きい片方のみについて算出され、他方の値は0とされる。例えば、右輪5Rよりも左輪5Lの車輪速が大きい場合には、右移動ゲインKR1の値が0とされ、左輪5Lの車輪速ωLwに基づいて左移動ゲインKL1の値が算出される。
【0026】
具体例を挙げると、左右輪5の実回転速度差が目標回転速度差から大きく離れれば、偏差の絶対値|DVRERR|が大きくなり、移動ゲインKL1,KR1が大きい値(例えば1)に設定される。反対に、実回転速度差が目標回転速度差に近づけば、偏差の絶対値|DVRERR|が小さくなり、移動ゲインKL1,KR1が小さい値(例えば0)に設定される。なお、車両旋回時には旋回内輪の回転速度が旋回外輪の回転速度よりも低速になり、実回転速度差が大きくなることがある。しかし、このような状況では目標回転速度差も大きくなるため、スリップが発生していない限り、偏差の絶対値|DVRERR|は比較的小さい値となる。
【0027】
図3は、偏差の絶対値|DVRERR|と左右輪5の移動ゲインKL1,KR1との関係を例示するグラフである。この例では、偏差の絶対値|DVRERR|が所定値未満のときには移動ゲインKL1,KR1が0に設定されている。偏差の絶対値|DVRERR|が0から所定値までの領域は、実質的にFF制御によるトルク移動量が0になる領域であって制御上の不感帯である。また、偏差の絶対値|DVRERR|が所定値以上のときには、その値が大きいほど移動ゲインKL1,KR1が大きく設定されている。移動ゲインKL1,KR1は、偏差の絶対値|DVRERR|が大きいほど1に近づく特性を持つ。この設定により、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差が大きいほど、より多くのトルクが車輪速の大きい車輪側から車輪速の小さい車輪側へと移動することになる。なお、移動ゲインKL1,KR1の上限値は1である。これにより、トルク移動量が過剰に増加するような事態が防止されている。
【0028】
制限ゲイン算出部23は、左右輪5のスリップ度合いに応じた大きさの制限ゲインKL2,KR2を算出するものである。制限ゲインKL2,KR2とは、FB制御で使用されるゲインであり、左右輪5の推定移動速度と実移動速度との差の絶対値|u|に応じて設定される。制限ゲインKL2,KR2の値は、例えば差の絶対値|u|が大きいほど小さな値に設定される。なお、制限ゲインKL2,KR2の値は、一対の電動機1の各々について個別に設定される。例えば、左輪5Lのスリップ度合いが右輪5Rのスリップ度合いよりも大きい(スリップ量が大きい)場合には、左輪5L側の電動機1の制限ゲインKL2が右輪5R側の電動機1の制限ゲインKR2よりも小さな値に設定される。
【0029】
具体例を挙げると、左右輪5の片方がスリップすることでその車輪の実移動速度が推定移動速度から大きく離れれば、差の絶対値|u|が大きくなり、制限ゲインKL2,KR2が小さい値(例えば0)に設定される。反対に、スリップが収まって実移動速度が推定移動速度に近づけば、差の絶対値|u|が小さくなり、制限ゲインKL2,KR2が大きな値(例えば1)に設定される。このように制限ゲインKL2,KR2の値は、左右輪5の各々のスリップ度合いに応じて、一対の電動機1の各々に対して個別に設定される。
【0030】
図4は、差の絶対値|u|と左右輪5の制限ゲインKL2,KR2との関係を例示するグラフである。この例では、差の絶対値|u|が所定値未満のときには制限ゲインKL2,KR2が1に設定されている。差の絶対値|u|が0から所定値までの領域は、実質的にFB制御によるトルク制限のない領域であって制御上の不感帯である。また、差の絶対値|u|が所定値以上のときには、その値が大きいほど制限ゲインKL2,KR2が小さく設定されている。制限ゲインKL2,KR2は、差の絶対値|u|が大きいほど0に近づく特性を持つ。この設定により、左右輪5のスリップ度合いが大きいほど、電動機1の駆動トルクが減少することになる。
【0031】
制御部24は、フィードフォワード制御部25(FF制御部25)と、フィードバック制御部26(FB制御部26)とを有する。FF制御部25は、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差がある場合に、左右輪5のうち車輪速の大きい一方を主に駆動する一方の電動機1についての駆動トルクの一部を、車輪速の小さい他方を主に駆動する他方の電動機1へと移動させるFF制御を実施する。トルク移動量は、移動ゲインKL1,KR1に応じた大きさとされる。また、FB制御部26は、スリップ度合いに応じて一対の電動機1のうち少なくとも一方の駆動トルクを減少させるFB制御を実施する。トルク制限量は、制限ゲインKL2,KR2に応じた大きさとされる。
【0032】
図5は、制御装置10での具体的な処理内容を例示するブロック図である。この制御装置10には、車軸要求トルク算出部31,車軸実トルク算出部32,車軸角速度算出部33,イナーシャ推定部34,イナーシャトルク算出部35,路面反力トルク算出部36,移動トルク算出部37,スリップ推定部21,移動ゲイン算出部22,制限ゲイン算出部23,乗算部38,第二乗算部39が設けられる。これらの要素は、制御装置10の機能を便宜的に分類して示したものである。
【0033】
上記の要素のうち、主にFF制御でのトルク移動量の算出に関係する要素は、車軸要求トルク算出部31,車軸実トルク算出部32,車軸角速度算出部33,イナーシャ推定部34,イナーシャトルク算出部35,路面反力トルク算出部36,移動トルク算出部37,移動ゲイン算出部22,乗算部38である。また、主にFB制御でのトルク制限量の算出に関係する要素は、制限ゲイン算出部23,第二乗算部39である。なお、スリップ推定部21は、トルク制限量の算出にも関係している。
【0034】
車軸要求トルク算出部31は、左右輪5のそれぞれについての要求トルクTLreq,TRreqを算出するものである。ここでは、例えば各種センサ13~16で検出されたアクセル開度,ブレーキペダルストローク,舵角,車速に基づき、左車軸要求トルクTLreqと右車軸要求トルクTRreqとが個別に算出される。これらの算出に際し、車両の横加速度や前後加速度,ヨーレート,路面勾配などを考慮してもよい。ここで算出された要求トルクTLreq,TRreqの情報は、移動トルク算出部37に伝達される。
【0035】
車軸実トルク算出部32は、左右輪5のそれぞれについての車軸実トルクTLds,TRdsを算出するものである。ここでは、例えば各電動機1が出力しているトルク(モータトルク)の大きさに基づき、左車軸実トルクTLdsと右車軸実トルクTRdsとが個別に算出される。モータトルクの大きさは、例えばモータ出力(消費電力)とモータ角速度ωLm,ωRmとに基づいて算出される。ここで算出された車軸実トルクTLds,TRdsの情報は、路面反力トルク算出部36に伝達される。
【0036】
車軸角速度算出部33は、左右輪5のそれぞれについての車輪速ωLw,ωRw(車軸角速度)を算出するものである。ここでは、例えば上記の式1,式2に示すように、モータ角速度ωLm,ωRmと減速比Gとギヤ比b1,b2とに基づき、左車輪速ωLwと右車輪速ωRwとが個別に算出される。ここで算出された車輪速ωLw,ωRwの情報は、イナーシャ推定部34とイナーシャトルク算出部35とに伝達される。
【0037】
イナーシャ推定部34は、左右の電動機1から左右輪5までの各経路についてのイナーシャJML,JMR(慣性モーメント)を推定するものである。ここでは、例えば車輪速ωLw,ωRwの時間微分値,モータイナーシャIm,減速比G,ギヤ比b1,b2などに基づき、左経路イナーシャJMLと右経路イナーシャJMRとが個別に算出される。ここで算出されたイナーシャJML,JMRの情報は、イナーシャトルク算出部35に伝達される。なお、イナーシャJML,JMRの大きさは、車輪速ωLw,ωRwの時間微分値の比率に応じて変化する。イナーシャJML,JMRの算定式を以下の式3,式4に例示する。
【0038】
【数2】
【0039】
イナーシャトルク算出部35は、左右の電動機1から左右輪5までの各経路についてのイナーシャトルクTL,TRを算出するものである。ここでは、左電動機1Lから左輪5Lまでの経路に作用するイナーシャトルクである左経路イナーシャトルクTLと、右電動機1Rから右輪5Rまでの経路に作用するイナーシャトルクである右経路イナーシャトルクTRとが個別に算出される。
【0040】
左経路イナーシャトルクTLは、左経路イナーシャJMLと車輪イナーシャIwheelとの和に左輪5Lの角加速度を乗じることで算出される。同様に、右経路イナーシャトルクTRは、右経路イナーシャJMRと車輪イナーシャIwheelとの和に右輪5Rの角加速度を乗じることで算出される。ここで算出されたイナーシャトルクTL,TRの情報は、路面反力トルク算出部36に伝達される。イナーシャトルクTL,TRの算定式を以下の式5,式6に例示する。
【0041】
【数3】
【0042】
路面反力トルク算出部36は、左右輪5の路面反力トルクTLroad,TRroadを算出するものである。ここでは、車軸実トルク算出部32で算出された車軸実トルクTLds,TRdsとイナーシャトルク算出部35で算出されたイナーシャトルクTL,TRとに基づき、左右輪5の路面反力トルクTLroad,TRroadが個別に算出される。ここで算出された路面反力トルクTLroad,TRroadの情報は、移動トルク算出部37に伝達される。路面反力トルクTLroad,TRroadの算定式を以下の式7,式8に例示する。
【0043】
【数4】
【0044】
移動トルク算出部37は、左右輪5の要求トルクTLreq,TRreqの一部である移動トルクTLAYC,TRAYCを算出するものである。移動トルクTLAYC,TRAYCとは、左右輪5のうち車輪速の大きい一方の要求トルクTLreq,TRreqから、路面から受ける路面反力トルクTLroad,TRroadを減じたトルクである。例えば、左輪5Lの移動トルクTLAYCは左車軸要求トルクTLreqから左輪5Lの路面反力トルクTLroadを減じた大きさとなり、右輪5Rの移動トルクTRAYCは右車軸要求トルクTRreqから右輪5Rの路面反力トルクTRroadを減じた大きさとなる。ここで算出された移動トルクTLAYC,TRAYCの情報は、乗算部38に伝達される。移動トルクTLAYC,TRAYCの算定式を以下の式9,式10に例示する。
【0045】
【数5】
【0046】
また、移動トルク算出部37は、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|を算出する。偏差の絶対値|DVRERR|の算出に際し、目標回転速度差は、例えば車両の車速及び操舵角に基づいて算出され、実回転速度差は、左右輪5の車輪速ωLw,ωRwに基づいて算出される。ここで算出された偏差の絶対値|DVRERR|の情報は、移動ゲイン算出部22に伝達され、FF制御でのトルク移動量の算出に用いられる。
【0047】
スリップ推定部21は、左右輪5のスリップ度合いを推定するものである。ここでは、左右輪5の推定移動速度と実移動速度との差の絶対値|u|が算出される。また、差の絶対値|u|の情報は、制限ゲイン算出部23に伝達され、FB制御でのトルク制限量の算出に用いられる。
【0048】
移動ゲイン算出部22は、移動トルク算出部37で算出された左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|に基づき、移動ゲインKL1,KR1を算出するものである。移動ゲインKL1,KR1の値は、左右輪5のうち車輪速が大きい片方のみについて算出され、他方の値は0とされる。例えば、右輪5Rよりも左輪5Lの車輪速が大きい場合には、右移動ゲインKR1の値が0とされ、目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|に基づいて左移動ゲインKL1の値が算出される。また、本実施例の移動ゲイン算出部22は、図3に示す関係に則り、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|に基づいて移動ゲインKL1,KR1の値を算出する。ここで算出された移動ゲインKL1,KR1の情報は、乗算部38に伝達される。
【0049】
制限ゲイン算出部23は、左右輪5のスリップ度合いに基づき、制限ゲインKL2,KR2を算出するものである。制限ゲインKL2,KR2の値は、一対の電動機1の各々に対して個別に算出される。本実施例の制限ゲイン算出部23は、図4に示す関係に則り、左右輪5の推定移動速度と実移動速度との差の絶対値|u|に基づいて制限ゲインKL2,KR2を算出する。ここで算出された制限ゲインKL2,KR2の情報は、第二乗算部39に伝達される。
【0050】
乗算部38は、移動トルク算出部37で算出された移動トルクTLAYC,TRAYCに移動ゲインKL1,KR1の値を乗じたトルク移動量を算出するものである。トルク移動量は、左右輪5のうち車輪速が大きい片方のみについて算出される。また、トルク移動量に対応する大きさのトルクが車輪速の大きい車輪側の電動機1の駆動トルクから減算されるとともに、車輪速が小さい車輪側の電動機1の駆動トルクに加算される。ここで算出された各電動機1の駆動トルクの情報は、第二乗算部39に伝達される。
【0051】
第二乗算部39は、乗算部38で算出された各電動機1の駆動トルクに制限ゲインKL2,KR2の値を乗じた値(トルク制限後の駆動トルク,トルク制限量)を算出するものである。トルク制限後の駆動トルクは、一対の電動機1の各々に対して個別に算出される。したがって、左右輪5の各々に伝達される駆動トルクの大きさが、各々のスリップ度合いに応じて個別に削減されることになる。ここで算出されたトルク制限後の駆動トルクの情報は、制御部24に伝達される。制御部24では、一対の電動機1の駆動トルクが個別に制御される。
【0052】
制御部24でFF制御が実施されるのは、移動ゲインKL1,KR1のいずれかの値が0を超えているときである。移動ゲインKL1,KR1の値がともに0である状態は、実質的にFF制御が実施されていない状態(トルク移動量が0である状態)に相当する。また、制御部24でFB制御が実施されるのは、制限ゲインKL2,KR2のいずれかの値が1未満であるときである。制限ゲインKL2,KR2の値がともに1である状態は、実質的にFB制御が実施されていない状態(トルクが制限されていない状態)に相当する。
【0053】
[3.フローチャート]
図6は、制御装置10で実行される制御の手順を説明するためのフローチャートである。このフローチャートでは、FF制御とFB制御とが実施される。FF制御では、車輪速の大きい一方を駆動する電動機1から他方の電動機1へと駆動トルクが移送される。つまり、トータルの駆動トルクが保持されたまま、車輪速の大きい車輪の駆動トルクの上昇が抑制されることになる。また、FB制御では、スリップ度合いに応じて電動機1の駆動トルクが削減される。これらの制御を併用することで、イナーシャトルクTL,TRに由来する過大なトルク差が発生しにくくなり、車両の走行安定性が向上するとともに、車輪軸4や差動機構3といった左右輪5まわりのハードウェアの保護性が向上する。
【0054】
ステップA1~A8は、主にFF制御に対応する処理に関するものである。
ステップA1では、路面反力トルク算出部36において、左右輪5の路面反力トルクTLroad,TRroadが算出される。路面反力トルクTLroad,TRroadは、例えば車軸実トルクTLds,TRdsとイナーシャトルクTL,TRとに基づいて算出される。続くステップA2では、移動トルク算出部37において、移動トルクTLAYC,TRAYCが算出される。移動トルクTLAYC,TRAYCは、例えば要求トルクTLreq,TRreqと路面反力トルクTLroad,TRroadとに基づいて算出される。
【0055】
ステップA3では、左右輪5の各々について、要求トルクTLreq,TRreqが路面反力トルクTLroad,TRroadを超えているか否かが判定される。例えば、左輪5Lに関する左車軸要求トルクTLreqが路面反力トルクTLroadを超えているか否かが判定されるとともに、右輪5Rに関する右車軸要求トルクTRreqが路面反力トルクTRroadを超えているか否かが判定される。ここでTLreq>TLroadである場合には、左輪5Lに関する処理がステップA8に進み、少なくとも左輪5Lから右輪5Rへのトルク移動が禁止される。また、TRreq>TRroadである場合には、右輪5Rに関する処理がステップA8に進み、少なくとも右輪5Rから左輪5Lへのトルク移動が禁止される。
【0056】
左右輪5のいずれかについて要求トルクTLreq,TRreqが路面反力トルクTLroad,TRroadを超えている場合にはステップA4に進み、その車輪が車輪速の大きい側であるか否かが判定される。ここで、車輪速の大きい側でない場合にはステップA8に進み、トルク移動が禁止される。一方、車輪速の大きい側である場合には、ステップA5に進む。ステップA5では、移動ゲイン算出部22において車輪速の大きい側の移動ゲインKL1,KR1が算出される。例えば、左輪5Lが車輪速の大きい車輪であってTLreq≦TLroadである場合には、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|に基づいて、左輪5Lの移動ゲインKL1の値が算出される。このとき、右輪5Rの移動ゲインKR1の値は、0とされる。
【0057】
ステップA6では、乗算部38において、左右輪5のうち車輪速の大きい片方の車輪についてのトルク移動量が算出される。例えば、左輪5Lの移動トルクTLAYCに移動ゲインKL1の値を乗じたトルク移動量が算出される。続くステップA7では、前ステップで算出されたトルク移動量を車輪速の大きい側から車輪速の小さい側へと移動させた駆動トルクが算出される。すなわち、車輪速の大きい側の電動機1の駆動トルクからトルク移動量に相当するトルクが減算されるとともに、車輪速の小さい側の電動機1の駆動トルクにそれが加算される。
【0058】
ステップB1~B2は、主にFB制御に対応する処理に関するものである。
ステップB1では、制限ゲイン算出部23において制限ゲインKL2,KR2が算出される。例えば、左輪5Lの推定移動速度と実移動速度との差の絶対値|u|に基づいて制限ゲインKL2が算出され、右輪5Rの推定移動速度と実移動速度との差の絶対値|u|に基づいて制限ゲインKR2が算出される。推定移動速度は、例えば車両の車速及び操舵角に基づいて算出され、実移動速度は、左右輪5の車輪速ωLw,ωRwに基づいて算出される。
【0059】
続くステップB2では、第二乗算部39において、ステップA7で算出された駆動トルクに制限ゲインKL2,KR2が乗算され、各電動機1についての最終的な駆動トルクが算出される。各電動機1の駆動トルクは、制限ゲインKL2,KR2が小さいほど削減されることになる。その後、ここで算出された最終的な駆動トルクの情報に基づき、制御部24が各電動機1を制御する。このようにしてFF制御とFB制御とがともに実施される。
【0060】
[4.作用と効果]
(1)上記の実施例では、スリップ推定部21で左右輪5のスリップ度合いが推定される。また、制御部24では、目標回転速度差と実回転速度差との偏差及びスリップ度合いに応じてFF制御とFB制御とが実施される。FF制御は、車輪速の大きい一方を駆動する電動機1から他方の電動機1へと駆動トルクが移送される。また、FB制御では、一対の電動機1の駆動トルクがともに削減される。これらの制御を併用することで、スリップ時における左右輪5のトルク差を減少させることができ、過大なトルク差の発生を抑制することができる。したがって、車両の走行安定性を向上させつつ、車輪軸4や差動機構3など、左右輪5まわりのハードウェアの保護性を改善できる。
【0061】
(2)上記の実施例では、制限ゲイン算出部23が、左右輪5の推定移動速度と実移動速度との差の絶対値|u|に応じた制限ゲインKL2,KR2を算出している。また、制御部24は、FB制御において、乗算部38で算出された各電動機1の駆動トルクに制限ゲインKL2,KR2の値を乗じることで、駆動トルクを減少させる制御を実施している。このような制御により、例えばスリップ度合いが比較的小さい状況では要求トルクに応じた駆動トルクで各電動機1を駆動し、スリップ度合いが大きいほど駆動トルクを減少させることが容易となる。つまり、車両の走行状態に応じて駆動トルクを適切に制御することができ、車体の姿勢安定性を維持しつつスリップ時に発生しうるトルク差を減少させることができる。したがって、ハードウェアの保護性をさらに改善できる。
【0062】
(3)図4に例示する制限ゲインKL2,KR2は、差の絶対値|u|が所定値未満であれば1であり、差の絶対値|u|が所定値以上であればその値が大きいほど0に近づく特性を持つ。このような設定により、左右輪5のスリップ度合いが大きいほど、各電動機1の駆動トルクをより強く制限することができ、トルク差を減少させることができる。また、差の絶対値|u|が所定値未満の領域は、実質的にトルク制限がない領域である。このように、スリップ度合いが小さい場合には、トルク制限を解除することができる。
【0063】
(4)上記の左右輪5の推定移動速度は、車両の車速及び操舵角に基づいて算出される。このような演算により、左右輪5のスリップ度合いの大小を精度よく把握することができ、電動機1の駆動トルクを適切に移動させることができる。したがって、過大なトルク差の発生を抑制することができ、ハードウェアの保護性をさらに改善できる。
【0064】
(5)上記の実施例では、移動ゲイン算出部22が、左右輪5の目標回転速度差と実回転速度差との偏差の絶対値|DVRERR|に応じた移動ゲインKL1,KR1を算出している。また、制御部24は、FF制御において、移動トルクTLAYC,TRAYCと移動ゲインKL1,KR1との積に対応する大きさの駆動トルクを移動させる制御を実施している。このような制御により、例えば偏差の絶対値|DVRERR|が比較的小さい状況ではトルク移動量を減少させ、偏差の絶対値|DVRERR|が大きいほどトルク移動量を増加させることが容易となる。つまり、車両の走行状態に応じてトルク移動量を適切に制御することができ、車体の姿勢安定性を維持しつつスリップ時に発生しうるトルク差を減少させることができる。したがって、ハードウェアの保護性をさらに改善できる。
【0065】
(6)図3に例示する移動ゲインKL1,KR1は、偏差の絶対値|DVRERR|が所定値未満であれば0であり、偏差の絶対値|DVRERR|が所定値以上であればその値が大きいほど1に近づく特性を持つ。このような設定により、左右輪5のスリップ度合いが大きいほど、より多くのトルクをスリップ輪側からグリップ輪側へと移動させることができ、トルク差を減少させることができる。
【0066】
また、偏差の絶対値|DVRERR|が所定値未満の領域は、実質的にトルク移動量が0となる領域である。このように、スリップ度合いが小さい場合には、トルク移動を停止させることができ、車体の姿勢安定性を向上させることができる。さらに、移動ゲインKL1,KR1の上限値を1にすることで、トルク移動量が過剰に増加するような事態を防止できる。ただし、トルク移動量を増加させたい場合には、移動ゲインKL1,KR1の上限値を1よりも大きく(例えば、1.1~2.0の範囲内で)設定してもよい。
【0067】
[5.変形例]
上記の実施例はあくまでも例示に過ぎず、本実施例で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施例の各構成は、その趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施できる。また、本実施例の各構成は、必要に応じて取捨選択でき、あるいは適宜組み合わせることができる。
【0068】
例えば、上記の実施例では車両の後輪に適用された制御装置10を例示したが、前輪に同様の制御装置10を適用することは可能であり、前後輪の両方に同様の制御装置10を適用することも可能である。また、電動機1及び内燃機関を駆動源としたハイブリッド車両に制御装置10を適用することも可能である。少なくとも、上記の実施例におけるスリップ推定部21及び制御部24と同様の機能を制御装置10に実装することで、上記の実施例と同様の効果を獲得することができる。
【0069】
また、上記の実施例では、移動ゲインKL1,KR1の値を移動トルクTLAYC,TRAYCに乗算することでトルク移動量を算出しているが、移動ゲインKL1,KR1が乗算されるパラメータを変更して、トルクの減少分を算出するような演算構成にしてもよい。この場合、移動ゲインKL1,KR1と偏差の絶対値|DVRERR|との関係は、図3のグラフを水平方向に左右反転させた形状となる。制限ゲインKL2,KR2についても同様であり、制限ゲインKL2,KR2を用いてトルクの制限量を算出するような演算構成にしてもよい。この場合、制限ゲインKL2,KR2と差の絶対値|u|との関係は、図4のグラフを水平方向に左右反転させた形状となる。したがって、ゲインの特性は図3図4に示すような特性に限定されない。
【符号の説明】
【0070】
1 電動機
1L 左電動機
1R 右電動機
2 減速機構
2L 左減速機構
2R 右減速機構
3 差動機構
4 車輪軸
4L 左車輪軸
4R 右車輪軸
5 左右輪
5L 左輪
5R 右輪
6 インバータ
7 バッテリ
10 制御装置
13 アクセルセンサ
14 ブレーキセンサ
15 舵角センサ
16 車速センサ
18 モータ回転速度センサ
19 車輪速センサ
21 スリップ推定部
22 移動ゲイン算出部
23 制限ゲイン算出部
24 制御部
25 フィードフォワード制御部(FF制御部)
26 フィードバック制御部(FB制御部)
31 車軸要求トルク算出部
32 車軸実トルク算出部
33 車軸角速度算出部
34 イナーシャ推定部
35 イナーシャトルク算出部
36 路面反力トルク算出部
37 移動トルク算出部
38 乗算部
39 第二乗算部
図1
図2
図3
図4
図5
図6