(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022058773
(43)【公開日】2022-04-12
(54)【発明の名称】熱安定化されたマルチフィラメント糸の連続製造方法、マルチフィラメント糸および繊維
(51)【国際特許分類】
D01F 9/22 20060101AFI20220405BHJP
D01F 6/18 20060101ALI20220405BHJP
【FI】
D01F9/22
D01F6/18 E
【審査請求】有
【請求項の数】24
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022010796
(22)【出願日】2022-01-27
(62)【分割の表示】P 2019536989の分割
【原出願日】2017-01-10
(71)【出願人】
【識別番号】515230084
【氏名又は名称】フラウンホーファー-ゲゼルシャフト ツゥア フェアデルング デア アンゲヴァンドテン フォァシュング エー.ファウ.
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】エルトマン イェンス
(72)【発明者】
【氏名】ガンスター ヨハネス
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ポリアクリロニトリル(PAN)の溶融性コポリマーからなる熱安定化されたマルチフィラメント糸の連続製造方法を提供する。
【解決手段】前安定化されたマルチフィラメント糸が熱安定化され、少なくとも複数回延伸される、ポリアクリロニトリル(PAN)の溶融性コポリマーからなる熱安定化されたマルチフィラメント糸の連続製造方法を提供する。本発明は、対応する方法に従って得ることができる熱安定化マルチフィラメント糸に加えて、対応する熱安定化マルチフィラメント糸から形成された炭素繊維にも関するものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
前安定化されたマルチフィラメント糸または前安定化されていないマルチフィラメント糸が連続的に送られ、
前安定化されていないマルチフィラメント糸の場合、安定化とそれに続く中和が実施され、前記前安定化されていないマルチフィラメント糸の前記前安定化の実施は、
i)ポリアクリロニトリル用の少なくとも一種の溶媒およびアルカリ性水溶液を含有するか、若しくはそれらからなる混合物によって処理し、前記混合物は0.1~60体積%の前記溶媒及び40~99.9体積%の前記アルカリ性水溶液を含むか、若しくはそれらからなり、前記溶媒は、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドン、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、チオシアン酸ナトリウム水溶液及びそれらの混合物からなる群より選択され、続いて前記処理されたマルチフィラメント糸を中和し、及び/又は
ii)ポリアクリロニトリル(PAN)の溶融性コポリマーの電子線架橋を行い、及び/又は
iii)ポリアクリロニトリル(PAN)の前記溶融性コポリマーに含まれ得る可塑剤を除去し、
続いて前安定化されたマルチフィラメント糸は50~400℃の温度で熱安定化され、
少なくとも複数回、前記熱安定化の間、前、及び/又は、前記熱安定化の間及び後に、マルチフィラメント糸の延伸が実施され、
前記熱安定化は2段階で実施され、前記マルチフィラメント糸は、延伸されないか若しくは第1段階では第2段階より低い程度の延伸であり、及び/又は、第1段階において、第2段階よりも平均して低い温度で安定化される、
ポリアクリロニトリル(PAN)の溶融性コポリマーからなる熱安定化されたマルチフィラメント糸の連続製造方法。
【請求項2】
前記フィラメントの直径に規格化された前記熱安定化されたマルチフィラメント糸の強度が、少なくとも50MPaである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記マルチフィラメント糸が10~300%延伸されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記熱安定化は、少なくとも複数回、80~300の温度で実施されることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記熱安定化が少なくとも1つのオーブン、又は、連続して接続された少なくとも2つのオーブンを経て送られることによって行われることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記熱安定化は、前記マルチフィラメント糸の送り方向に温度上昇するか、又は、一定温度で実施されることを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記熱安定化は、ポリアクリロニトリルのコポリマーの安定化度(DOS)が20~75%の結果となるように、実施されることを特徴とする、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記熱安定化は、酸化雰囲気で実施されることを特徴とする、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記酸化雰囲気が、酸素含有雰囲気、又は、空気であることを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記熱安定化は、連続して接続された少なくとも2つのオーブンを経て前記マルチフィラメント糸を送ることによって実施され、
少なくとも第1のオーブンでは、延伸が行われないか、延伸が10%未満であって、さらに少なくとももう一つのオーブンでは、延伸が少なくとも30%行われ、
少なくとも第1のオーブンでは、80~200℃の温度に設定され、さらに少なくとももう一つのオーブンでは、130~270℃の温度に設定され、
ポリアクリロニトリルの前記コポリマーの安定化度(DOS)が25~60%の結果となるように、及び/又は、
前記熱安定化されたマルチフィラメント糸の強度が少なくとも50MPaの結果であることを特徴とする、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
少なくとも一つの前記オーブンでは、温度上昇勾配の形態で設定されていることを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記熱安定化は、マルチフィラメントに引張応力を加えることで行われることを特徴とする、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記引張応力が0.1~10cN/texの範囲であることを特徴とする、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記熱安定化は、10~180分の期間にわたって実施されることを特徴とする、請求項1~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
ポリアクリロニトリル(PAN)の前記コポリマーは、99.9~70mol%のアクリロニトリルと、
a)一般式Iのアルコキシアルキルアクリレートの少なくとも1種を0.1~20mol%、
(R=C
nH
2n+1、n=1~8、かつ、m=1~8である)
b)一般式IIのアルキルアクリレートの少なくとも1種を0~10mol%、
(R’=C
nH
2n+1、かつ、n=1~18である)、及び、
c)一般式IIIのビニルエステルの少なくとも1種を0~10mol%、
(R=C
nH
2n+1、かつ、n=1~18である)
から選択される少なくとも1種のコモノマーとの共重合によって生成可能であることを特徴とする、請求項1~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記マルチフィラメント糸は、ポリアクリロニトリルの前記コポリマーの溶融及び押出しによって、少なくとも1つの紡糸口を通し、紡糸でマルチフィラメントを形成することで製造することを特徴とする、請求項1~15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
前記前安定化は、前記前安定化されていないマルチフィラメント糸を20~80℃の温度の前記混合物を含む改質槽の中に5秒~2分の滞留時間で通してガイドすることによって行われ、又は、前記前安定化されていないマルチフィラメント糸に前記混合物が噴射される、請求項1~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
前記アルカリ性水溶液は、少なくとも1種のアルカリ土類若しくはアルカリ塩を3~15mol/l含むことを特徴とする、請求項1~17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記アルカリ塩がアルカリ水酸化物であることを特徴とする、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記アルカリ水酸化物が、水酸化カリウム又は水酸化ナトリウムであることを特徴とする、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記中和は、前記前安定化されたマルチフィラメント糸を、pH値が3未満の酸性水溶液を含む中和槽の中に、5~95℃の温度で、5秒~2分の滞留時間で通すことによって行われることを特徴とする、請求項1~20のいずれか一項に記載の方法。
【請求項22】
前記熱安定化に続き、炭素繊維の製造のため、不活性ガス下、アルゴン下又は窒素下において、300~3,000℃の温度でさらなる温度処理を行うことを特徴とする、請求項1~21のいずれか一項に記載の方法。
【請求項23】
請求項1~22のいずれかに記載の前記方法により安定化されたマルチフィラメント糸。
【請求項24】
炭素繊維を形成するため請求項22に記載の方法によってさらに処理された繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融紡糸PAN前駆体(meltspun PAN precursors)の熱安定化方法に関するものである。当該目的のため、本発明はポリアクリロニトリル(PAN)の溶融性コポリマーからなる熱安定化されたマルチフィラメント糸の連続製造方法を提供し、前安定化された(prestabilised)マルチフィラメント糸が熱安定化され、これにより少なくとも複数回(at least at times)延伸(stretched)される。さらに、本発明は、対応する方法に従って得ることができる熱安定化されたマルチフィラメント糸に加えて、対応する熱安定化されたマルチフィラメント糸から形成された炭素繊維にも関するものである。
【0002】
現在、ポリアクリロニトリル(PAN)又はポリアクリロニトリルのコポリマーは、前駆体マルチフィラメント糸(precursor multifilament yarns)及びそれから製造される炭素繊維の製造のための出発材料としての主要なポリマー(>95%)である。ex-PAN炭素繊維の広いバンド幅は、超高弾性ピッチ系炭素繊維によって達成される。生産能力、化学的および物理的構造、機械的特性、並びにそのような炭素繊維のアプリケーションの概要はJ.P. Donnet et al., Carbon fibers, third edition, Marcel Dekker, Inc. New York, Basle, Hong Kongに記載されている。
【0003】
PAN前駆体繊維又はPANコポリマー前駆体繊維は、これまでもっぱら湿式紡糸法または乾式紡糸法によって商業的に製造されてきた。この目的のために、20%以下の濃度のポリマーの溶液を凝固浴槽中または熱水蒸気雰囲気中で紡糸し、溶媒を繊維から拡散させる。このようにして、質的に価値の高い前駆体が生成される。一方では必要とされる溶媒及びその取り扱いから、他方では溶液紡糸法が比較的ロースループットであることから、PAN前駆体の製造コストは比較的高額であり、最終的な炭素繊維のコストの約50%となる。
【0004】
炭素繊維の製造コストを大幅に削減し、その結果、新規な利用分野を切り開くことができるように、数十年にわたって努力がなされてきた。これに関連して、1つの解決方法は、代替のより安価な前駆体材料または前駆体製造方法を開発し、それに続く繊維紡糸および安定化/炭化の次の加工ステップを調整することである。
【0005】
したがって、PAN前駆体の製造コストを大幅に削減するために、溶融紡糸(meltspinning)を用いた加工(processing)のためにPANを利用可能にする方法は有望である。
【0006】
したがって、原則として、外部可塑化(ポリマーと添加剤との混合)と、内部可塑化(共重合)による方法を区別する必要がある。両方の場合において、ポリマーの分解温度より低い融点が達成されるように、ニトリル基の相互作用は阻害される。
【0007】
原則として、内部可塑化の対象(object)は、PCT/EP2015/070769に開示され、独国特許出願公開第10 2015 222 585.2.号明細書に記載されている方法によって製造可能なコポリマー組成物によって達成される。
【0008】
結果として得られる溶融性コポリマーおよび紡糸性コポリマーは、アクリロニトリルと、少なくとも1種のアルコキシアルキルアクリレート及び/又はアルキルアクリレート及び/又はビニルエステルとを含み、重合反応はラジカル的に開始され、ラジカル重合性コモノマーの測定(metering)の全期間にわたって少なくとも複数回、放出される熱流は絶えず増加し、しかし決して減少しない。
【0009】
このようにして得られた溶融性PANコポリマー及びその溶融紡糸の前駆体(エンドレスマルチフィラメント糸)は新規であるため、それらの「熱安定化」の解決法は特許文献にも科学論文にも知られていない。
【発明の概要】
【0010】
したがって、本発明の目的は、先行技術から出発して、前駆体繊維の信頼性のあるさらなる加工が可能となるように、PAN前駆体繊維のさらなる安定化が達成される方法を示すことである。さらに、本発明の目的は、対応する安定化されたPAN前駆体繊維、及びそれから得られる炭素繊維を示すことである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的は、請求項1の特徴により、熱安定化されたマルチフィラメント糸の製造方法に関して達成される。請求項20では、本発明に係る方法に対応して製造されたマルチフィラメント糸が示されている。請求項21は、さらなる温度処理により本発明に係るマルチフィラメント糸から形成された繊維に関する。
【0012】
したがって、本発明は、ポリアクリロニトリル(PAN)の溶融性コポリマーからなる熱安定化されたマルチフィラメント糸の連続的な製造方法に関するものであり、前安定化されたマルチフィラメント糸または前安定化されていないマルチフィラメント糸が連続的に送られ、前安定化されていないマルチフィラメント糸の場合、安定化とそれに続く中和が実施され、続いて前安定化されたマルチフィラメント糸は0℃超の温度で熱安定化され、少なくとも複数回(at least at times)、熱安定化の間、前、及び/又は後にマルチフィラメント糸の延伸が実施される。
【0013】
本発明に係る「前安定化されたマルチフィラメント糸」という用語により、元々ポリアクリロニトリル(PAN)の溶融性コポリマーのマルチフィラメント糸が、適切な方法により溶融不可能な状態に変換されることが理解される。したがって、加熱中、マルチフィラメント糸の空間的形態は維持される。
【0014】
驚くべきことに、特に前安定化されたマルチフィラメント糸の熱安定化中に延伸を実施すると、対応する熱安定化された繊維の機械的強度の有意な増加が得られ、当該方法の間に繊維の裂けを防止可能となることを確立することができた。強度が増した結果、当該方法を中断することなく実施可能となることを保証することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】加えた温度の関数としての「熱安定化された」繊維(本発明に係る方法による)の機械的強度を、当該温度処理中に行われたそれぞれ0%、30%及び100%の「前安定化されたPAN前駆体」の延伸とともに示すものである。
【
図2】熱安定化されたマルチフィラメント糸を製造可能な装置を示すものである。
【0016】
好ましい実施形態は、フィラメントの直径に規格化された(standardised to the filament diameter)前記熱安定化されたマルチフィラメント糸の強度が、少なくとも50MPa、好ましくは少なくとも75MPa、さらに好ましくは少なくとも100MPa、特に好ましくは少なくとも125MPaである。
【0017】
さらに、マルチフィラメント糸が10~300%、特に好ましくは20~200%、特に好ましくは25~150%、特に50~110%延伸されると有利である。したがって、例えば10%延伸するという意味は、延伸後、マルチフィラメント糸の長さが延伸工程等の前よりも10%大きいという意味である。
【0018】
熱安定化は、少なくとも複数回、50~400℃、好ましくは80~300℃、特に好ましくは90~270℃、特に180~260℃の温度で実施することができる。
【0019】
さらに、熱安定化が少なくとも1つのオーブン、又は、1つのオーブンに他のオーブンが接続された少なくとも2つのオーブンを経て送られることによって行われると、有利である。
【0020】
特に好ましくは、熱安定化は2段階で実施され、マルチフィラメント糸は、延伸されないか若しくは第1段階では第2段階より低い程度の延伸であり、及び/又は、第1段階において、第2段階よりも平均して低い温度で安定化される。したがって、2段階の熱安定化は、特に好ましくは少なくとも2つの別個のオーブンにおいて実施される。
【0021】
したがって、熱安定化は、マルチフィラメント糸の送り方向に温度上昇が行き渡るように、又は一定温度が行き渡るように、実施することができる。
【0022】
特に、熱安定化は、ポリアクリロニトリルのコポリマーの安定化度(DOS)が20~75%、好ましくは25~60%、特に好ましくは30~50%、特に30~47%の結果となるように、実施される。
【0023】
さらに、熱安定化は、酸化雰囲気、好ましくは酸素含有雰囲気、特に空気中で実施することができる。
【0024】
特に好ましい実施形態では、熱安定化は、連続して接続された少なくとも2つのオーブンを経てマルチフィラメント糸を送ることによって実施される。これにより、少なくとも第1のオーブンでは、延伸が行われないか、延伸が10%未満であって、さらに少なくとももう一つのオーブンでは、延伸が少なくとも30%、好ましくは少なくとも50%行われる。
【0025】
代わりに、又はこれに加えて、少なくとも第1のオーブンでは、80~200℃の温度に設定され、好ましくは温度上昇勾配の形態で設定され、さらに少なくとももう一つのオーブンでは、130~270℃の温度に設定され、好ましくは温度上昇勾配の形態で設定されると、同様に有利である。これにより、最後のオーブンから熱安定化されたマルチフィラメント糸を出した後、ポリアクリロニトリルのコポリマーの安定化度(DOS)が25~60%、特に好ましくは30~50%、特に30~47%の結果となるように、及び/又は、熱安定化されたマルチフィラメント糸の強度が少なくとも50MPa、好ましくは少なくとも75MPa、さらに好ましくは少なくとも100MPa、特に少なくとも125MPaの結果となるように、安定化は好ましく実施される。
【0026】
好ましくは、熱安定化は、マルチフィラメントに引張応力を加えることで行われる。したがって、引張応力はマルチフィラメント糸を延伸する役割を果たす。これにより、好ましくは、引張応力は0.1~10cN/tex、さらに好ましくは0.5~5cN/tex、特に好ましくは1~3cN/texである。
【0027】
特に、熱安定化は、10~180分、好ましくは20~100分、特に好ましくは30~60分の期間にわたって実施される。
【0028】
本発明に係る方法の場合、特に次のポリアクリロニトリルのコポリマーが生じ得る:ポリアクリロニトリル(PAN)のコポリマーは、99.9~70mol%、好ましくは97~80mol%、特に好ましくは95~85mol%のアクリロニトリルと、次から選択される少なくとも1種のコモノマーとの共重合によって生成可能である。
【0029】
a)一般式Iのアルコキシアルキルアクリレートの少なくとも1種を0.1~20mol%、好ましくは3~15mol%、特に好ましくは3~10mol%。
【0030】
【化1】
(R=C
nH
2n+1、n=1~8、かつ、m=1~8であり、特にn=1~4、かつ、m=1~4である。)
【0031】
b)一般式IIのアルキルアクリレートの少なくとも1種を0~10mol%、好ましくは1~5mol%。
【0032】
【化2】
(R'=C
nH
2n+1、かつ、n=1~18である。)
【0033】
c)一般式IIIのビニルエステルの少なくとも1種を0~10mol%、好ましくは1~5mol%。
【0034】
【化3】
(R=C
nH
2n+1、かつ、n=1~18である。)
【0035】
マルチフィラメント糸は、ポリアクリロニトリルのコポリマーの溶融及び押出しによって、少なくとも1つの紡糸口を通し、紡糸でマルチフィラメントを形成することで、有利に製造される。
【0036】
マルチフィラメント糸の前安定化は本発明に係る方法に先行する別々のステップのいずれかで行うことができる。同様に、前安定化は本発明に係る方法の間にその場で行うことができ、したがって例えば、PANコポリマーの溶融物を紡糸してマルチフィラメント糸を形成し、すぐに続いて本発明に係る方法によるさらなる安定化を行うことができる。
【0037】
したがって、特に、前安定化されていないマルチフィラメント糸の前安定化は、以下のように実施される:
i)ポリアクリロニトリル用の少なくとも一種の溶媒およびアルカリ性水溶液を含有するか、若しくはそれらからなる混合物によって処理し、当該混合物は好ましくは0.1~60体積%の溶媒及び40~99.9体積%のアルカリ性水溶液を含むか、若しくはそれらからなり、当該溶媒は、特に、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドン、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、チオシアン酸ナトリウム水溶液(aqueous sodium rhodanide solutions)及びそれらの混合物からなる群より選択され、続いて、処理されたマルチフィラメント糸を中和し、及び/又は、
ii)ポリアクリロニトリル(PAN)の溶融性コポリマーの電子線架橋を行い、及び/又は
iii)ポリアクリロニトリル(PAN)の溶融性コポリマーに含まれ得る可塑剤を除去する。
【0038】
したがって、前安定化の前述の第1の場合は、前安定化されていないマルチフィラメント糸を20~80℃、好ましくは40~65℃の温度の混合物を含む改質槽(modifying bath)の中に5秒~2分、好ましくは10秒~60秒の滞留時間で通してガイドすることによって有利に行われるか、又は、前安定化されていないマルチフィラメント糸に混合物が噴射される。
【0039】
好ましくは、アルカリ性水溶液は、少なくとも1種のアルカリ土類若しくはアルカリ塩、好ましくはアルカリ水酸化物、特に好ましくは水酸化カリウム若しくは水酸化ナトリウムを3~15mol/l含む。
【0040】
本発明に係る方法が前安定化されていないマルチフィラメント糸から開始される場合、上述の前安定化が最初に行われる。これにより、その後中和が必要であり、好ましくは前安定化されたマルチフィラメント糸をpH値が3未満、好ましくは2未満、特に好ましくは1未満の酸性水溶液を含む中和槽(洗浄槽)の中に、5~95℃の温度で、5秒~2分、好ましくは10秒~60秒の滞留時間で通す。それにより、前安定化されたマルチフィラメント糸の改質槽中に入ったアルカリ性水溶液は、一価の水溶性塩を形成するように変換され、洗い流される。
【0041】
さらに有利なことに、熱安定化に続いて熱安定化されたマルチフィラメント糸を得ることができ、炭素繊維の製造のために、不活性ガス下、特にアルゴン下又は窒素下において、300~3,000℃、好ましくは300~1,600℃の温度でさらなる温度処理を行う。
【0042】
本発明はさらに、前述の本発明に係る方法によって製造されたマルチフィラメント糸に関する。
【0043】
同様に、本発明は、本発明に係るマルチフィラメント糸から、さらなる熱処理、特に前述のさらなる温度処理によって製造された炭素繊維に関する。
【0044】
引き続き、本発明についてより詳細な実施形態及び実施例を参照してより詳細な説明を行うが、本発明は具体的に示されたパラメーターに限定されるものではない。
【0045】
出発材料として、好ましくはPANコポリマーからなる溶融紡糸エンドレスマルチフィラメント糸が用いられ(PCT/EP2015/070769)、PCT/EP2015/070771に記載された方法に従って溶融不可能な形態に変換された。これ以降、この繊維材料を「前安定化されたPAN前駆体(prestabilised PAN precursor)」と呼ぶ。
【0046】
「前安定化されたPAN前駆体」は、本発明に係る方法ステップによって「熱安定化された」。定義された熱処理および同時の延伸により、「前安定化されたPAN前駆体」は、好ましくは不燃性、黒色、繊維強度が>50MPa、及び繊維破断伸び率が>3%、また、安定化度(DOS)が少なくとも30%であることを特徴とする状態に変換される。安定化度は、出発材料中のニトリル基の総数に対する、本発明に係る方法ステップの後の熱処理の結果として変化したニトリル基(C≡N)(「元ニトリル基(ex-nitrile groups)」)の割合によって定義される。「元ニトリル基」の割合は固体NMR測定によって得ることができ、変化していないニトリル基(C≡N)が特定され、当該ニトリル基がニトリル基の総数から減算される。
【0047】
本発明に係る方法ステップにおいて、「前安定化されたPAN前駆体」は両端が開口したオーブンを通して連続的に送られ、規定の方法で加熱され、前記オーブンは周囲雰囲気で洗浄される(scoured)。機械的糸張力を付加/生成することによって、「前安定化されたPAN前駆体」のたるみが防止され、よって高いプロセス安定性が達成される。20~400℃の範囲のオーブン温度を、対応する温度において20~100分の曝露時間で加えることによって、「熱安定化」が達成される。「前安定化されたPAN前駆体」が曝露される熱エネルギー(温度と時間)の増加に伴い、安定化度(DOS、表1)が高くなる。安定化度が高くなるにつれて、一方で機械的繊維強度が著しく低下し(
図1)、その結果、温度が220℃を超えると「前安定化されたPAN前駆体」は裂けるため、本発明に係る方法ステップによる連続的な繊維送りはもはや不可能である。
【0048】
驚くべきことに、熱処理工程中に「前安定化されたPAN前駆体」の延伸によって(延伸-安定化、
図1)繊維強度を維持することができ、その結果、温度が220℃を超えても、本発明に係る方法ステップの後さらに連続的な繊維送りが可能であり、また、少なくとも30%の安定化度(DOS)が達成される。延伸-安定化によって、0~200%の延伸率が達成可能である。
【0049】
図1は、加えた温度の関数としての「熱安定化された」繊維(本発明に係る方法による)の機械的強度を、当該温度処理中に行われたそれぞれ0%、30%及び100%の「前安定化されたPAN前駆体」の延伸とともに示すものである。連続的な繊維送りと巻き取りの達成を可能とするためには、少なくとも50MPaの繊維強度が必要である。
【0050】
本発明に係る方法によって得られた「熱安定化された」繊維材料(エンドレスマルチフィラメント糸)は次に、さらなる熱的方法ステップ(前炭化(precarbonisation))において、300~1,000℃の間の温度で、対応する温度において10~100分の曝露時間で処理することができ、そして、「中間体」炭素繊維(C比率>80%)へと変換することができる。
【0051】
次に、「中間体」炭素繊維に、さらなる熱的方法ステップ(炭化)を行うことができ、得られた繊維の炭素比率は重量%で>90%まで増加する。この目的のために、「中間体」炭素繊維はオーブンを通して連続的に送られ、1,000~2,000℃の範囲の温度が、対応する温度において5~60分の曝露時間で加えられる。
【0052】
必要に応じて、このようにして得られた炭素繊維は、2,000~3,000℃の温度で黒鉛化することもできる。
【0053】
炭化した繊維と黒鉛化した繊維の両方は、例えば酸化性雰囲気における熱処理、プラズマ処理、または化学処理により、表面を物理的又は化学的に活性化することができる。
【0054】
実施例1~9
「前安定化されたPAN前駆体」は、本発明に係る方法ステップによって、以下に言及されるテスト配置(test arrangement)に応じて、周囲雰囲気で洗浄される(scoured)2つの管状のオーブン(
図2)を連続的に通って送られる。下側のオーブン(3)では、100~200℃の範囲の温度(T
1-T
3)を、対応する温度において20~80分の曝露時間で加えることによって、繊維材料に>15%の安定化度を設定することができる。例えば、オーブンのそれぞれ別個の帯域に、T
1=100℃、T
2=150℃、T
3=200℃と適用して、下側のオーブン(3)に温度勾配を設定することができる。下側のオーブン(3)を通った後、繊維材料は上側のオーブン(8)に到達し、同様に上側のオーブンを通過する。この熱的方法ステップ(延伸-安定化)では、繊維材料は、150~350℃の温度(T
4-T
6)で、対応する温度において5~80分の曝露時間で処理される。繊維送り装置の速度比(v
3/v
2)によって、繊維は0%、30%又は100%延伸された(表1)。温度に曝露されている間の繊維の延伸によってのみ、
図2に係る全体の工程を連続して行い継続することができる。 結果は、不燃性、黒色、繊維強度が>50MPa、及び繊維破断伸び率が>3%、また、安定化度(DOS)が少なくとも30%であることを特徴とする「熱安定化された」繊維である。
【0055】
本発明に係る熱安定化されたマルチフィラメント糸を製造可能な装置
前安定化されたマルチフィラメント糸が、ロール(1)から巻き出され、速度v
1で動作するガレット(2)によって第1のオーブン(3)に導入される。
そのため、オーブンには空気が流れており、3個の温度帯域(T
1、T
2、T
3)にさらに分割されている。温度帯域T
1では、例えば温度はおよそ100℃に設定することができる。温度帯域T
2における温度は例えばおよそ150℃、温度帯域T
3における温度は例えばおよそ200℃とすることができる。そのため、オーブン(3)の個々の帯域における別個の温度制御は、それぞれの領域に設けられた別個の加熱要素(4)によって行われ得る。巻き出された糸は連続的にオーブンに通され送られる。張力測定センサー(5)によって、マルチフィラメント糸に加えられた張力を特定することができる。下側のオーブン(3)から出てきたマルチフィラメント糸は、さらにガレット(6)及び(7)によって偏向され、第2のオーブンへと供給される。例として
図2に示されている場合では、ガレット(2)と(6)における速度は同じとすることができ、そのため、v
1=v
2が適用される。ガレット(7)によって、マルチフィラメント糸は、同様に空気が流れる上側のオーブン(8)に供給される。また、さらにオーブン(8)は3個の温度帯域T
4、T
5及びT
6にさらに分割され、温度帯域T
4の温度はおよそ150℃、温度帯域T
5の温度はおよそ200℃、温度帯域T
6の温度はおよそ250℃とすることができる。また、オーブン(8)には、帯域の別個の温度制御が可能な別個の加熱要素(4)が存在する。熱安定化されたマルチフィラメント糸が出た後、張力センサー(9)によってさらなる張力測定を行うことができる。したがって、熱安定化されたマルチフィラメント糸は速度v
3で動作するガレット(10)によって引き出される。したがって、速度v
3はガレット(7)の速度v
2よりも速く、そのためマルチフィラメント糸の延伸は少なくとも上側のオーブンで行われる。最終的に熱安定化されたマルチフィラメント糸は、最終的にロール(11)に巻き取られる。
【0056】
表1:本発明に係る方法によって「熱安定化された」繊維の特徴。熱処理中に延伸されなかった繊維(0%)は連続的に送ることができない。DOS:安定化度。
【0057】