(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022059183
(43)【公開日】2022-04-13
(54)【発明の名称】造血不全、発育遅滞、高発がん性、精神機能障害のモデル動物
(51)【国際特許分類】
C12N 15/54 20060101AFI20220406BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20220406BHJP
C12N 5/073 20100101ALI20220406BHJP
C12N 5/076 20100101ALI20220406BHJP
C12N 5/075 20100101ALI20220406BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220406BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20220406BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220406BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220406BHJP
C12N 15/53 20060101ALN20220406BHJP
【FI】
C12N15/54
A01K67/027 ZNA
C12N5/073
C12N5/076
C12N5/075
C12N5/10
C12Q1/02
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N15/53
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020166756
(22)【出願日】2020-10-01
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2017-2019年度日本医療研究開発機構、難治性疾患実用化研究事業、「ゲノム不安定性疾患群を中心とした希少難治性疾患の次世代マルチオミクス診断拠点構築」、産業技術力強化法17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】荻 朋男
(72)【発明者】
【氏名】岡 泰由
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
2G045AA40
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ61
4B063QQ91
4B063QR04
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS02
4B063QS10
4B063QS28
4B065AA91X
4B065AA91Y
4B065AB01
4B065CA28
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のモデル動物を提供すること。
【解決手段】ADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下しており、且つ対の染色体の一方又は両方においてALDH2遺伝子の機能及び/又は発現低下変異を有する、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のモデル動物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下しており、且つ対の染色体の一方又は両方においてALDH2遺伝子の機能及び/又は発現低下変異を有する、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のモデル動物。
【請求項2】
対の染色体の両方において前記ADH5遺伝子が欠損している、請求項1に記載のモデル動物。
【請求項3】
前記ALDH2遺伝子の機能低下変異がALDH2タンパク質の多量体形成領域における変異を引き起こす変異である、請求項1又は2に記載のモデル動物。
【請求項4】
前記ALDH2遺伝子の機能低下変異が、マウスALDH2タンパク質E506又はそれに対応するアミノ酸の変異を引き起こす変異である、請求項3に記載のモデル動物。
【請求項5】
前記ALDH2遺伝子の機能低下変異が、マウスALDH2タンパク質E506又はそれに対応するアミノ酸のリジンへの置換を引き起こす変異である、請求項3又は4に記載のモデル動物。
【請求項6】
前記精神機能障害が精神遅滞を含む、請求項1~5のいずれかに記載のモデル動物。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載のモデル動物に発生する、受精卵、精子又は胚、。
【請求項8】
ADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下しており、且つ対の染色体の一方又は両方においてALDH2遺伝子の機能及び/又は発現低下変異を有する、細胞。
【請求項9】
請求項1~6のいずれかに記載のモデル動物、請求項7に記載の受精卵、精子若しくは胚、又は請求項8に記載の細胞を用いた、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の予防剤、改善剤、又は増悪原因物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
(a)請求項1~6のいずれかに記載のモデル動物、請求項7に記載の受精卵、精子若しくは胚、又は請求項8に記載の細胞に被検物質を投与する又は接触させる工程、
(b)被検物質が投与又は接触された前記モデル動物、前記受精卵、精子若しくは胚、又は前記細胞の、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の表現型を評価する工程、及び
(c1)前記表現型が治癒又は緩和していた場合に、前記被検物質を造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の予防剤又は改善剤として選別する工程、又は
(c2)前記表現型が悪化していた場合に、前記被検物質を造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の増悪原因物質として選別する工程、
を含む、請求項9に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造血不全、発育遅滞、高発がん性、精神機能障害のモデル動物等に関する。
【背景技術】
【0002】
生体において各種アルデヒドの分解機能が低下すると、様々なタイプの内因性DNA損傷が増加する。アルデヒドは、主にDNA鎖間架橋(ICL)および非酵素的DNA-タンパク質架橋(DPC)を生成する。これに関連して、遺伝的にアルデヒド分解機能が低下した個体では、造血不全、発育遅滞、高発がん性、小頭、低体重、精神遅滞等の症状を呈することがある。非特許文献1では、Adh5遺伝子とAldh2遺伝子の両方を欠損したマウスの作製が報告されている。しかし、非特許文献1では、上記症状、特に造血不全や発がん性については解析されておらず、また、マウスの生存期間が著しく短いため、進行性あるいは遅発性の病態には一切触れられていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】’ The failure of two major formaldehyde catabolism enzymes (ADH5 and ALDH2) leads to partial synthetic lethality in C57BL/6 mice’, Nakamura et al. Genes and Environment (2020) 42:21.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のモデル動物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は上記課題に鑑みて鋭意研究を進めた結果、ADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下しており、且つ対の染色体の一方においてALDH2遺伝子の機能低下変異を有する動物であれば、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のモデル動物として使用できることを見出した。本発明者は、この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0006】
項1. ADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下しており、且つ対の染色体の一方又は両方においてALDH2遺伝子の機能及び/又は発現低下変異を有する、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のモデル動物。
【0007】
項2. 対の染色体の両方において前記ADH5遺伝子が欠損している、項1に記載のモデル動物。
【0008】
項3. 前記ALDH2遺伝子の機能低下変異が多量体形成領域における変異である、項1又は2に記載のモデル動物。
【0009】
項4. 前記ALDH2遺伝子の機能低下変異が、マウスALDH2タンパク質E506又はそれに対応するアミノ酸の変異を引き起こす変異である、項3に記載のモデル動物。
【0010】
項5. 前記ALDH2遺伝子の機能低下変異が、マウスALDH2タンパク質E506又はそれに対応するアミノ酸のリジンへの置換を引き起こす変異である、項3又は4に記載のモデル動物。
【0011】
項6. 前記精神機能障害が精神遅滞を含む、項1~5のいずれかに記載のモデル動物。
【0012】
項7. 項1~6のいずれかに記載のモデル動物に発生する、受精卵、精子又は胚、。
【0013】
項8. ADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下しており、且つ対の染色体の一方又は両方においてALDH2遺伝子の機能及び/又は発現低下変異を有する、細胞。
【0014】
項9. 項1~6のいずれかに記載のモデル動物、項7に記載の受精卵、精子若しくは胚、又は項8に記載の細胞を用いた、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の予防剤、改善剤、又は増悪原因物質のスクリーニング方法。
【0015】
項10. (a)項1~6のいずれかに記載のモデル動物、項7に記載の受精卵、精子若しくは胚、又は項8に記載の細胞に被検物質を投与する又は接触させる工程、
(b)被検物質が投与又は接触された前記モデル動物、前記受精卵、精子若しくは胚、又は前記細胞の、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の表現型を評価する工程、及び
(c1)前記表現型が治癒又は緩和していた場合に、前記被検物質を造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の予防剤又は改善剤として選別する工程、又は
(c2)前記表現型が悪化していた場合に、前記被検物質を造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の増悪原因物質として選別する工程、
を含む、項9に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のモデル動物を提供することができる。また、該モデル動物を利用した、予防剤、改善剤、又は増悪原因物質のスクリーニング方法等を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】Adh5
+/-Aldh2
+/KI雌マウス (Adh5遺伝子片アリル欠損およびAldh2片アリルE506K変異保有;+/-/KIの記法は以下同様)とAdh5
+/-Aldh2
KI/KI雄マウスの交雑による生後2週間のマウスの観察頻度(Obs.)と期待頻度(Exp.)。カイ二乗検定は、観察頻度と期待頻度の間に有意な差はないことを示しており、Adh5遺伝子Aldh2遺伝子二重欠損マウス (Adh5
-/-Aldh2
KI/KI)および、Adh5遺伝子欠損Aldh2遺伝子片アリルE506K変異保有マウス (Adh5
-/-Aldh2
+/KI)は子宮内発育不全が無くほぼ正常に出生する(p = 0.17)。
【
図2】試験例2の代表的な写真を示す。青い矢印はAdh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスを示す。P0は生後直後の写真、P2、P7、P9は生後2、7、9日経過後の写真を示す。出生直後にはAdh5遺伝子Aldh2遺伝子二重欠損マウスは固体サイズは同腹子と同程度であるが、生後1週間ほどで発育遅延が観察される。
【
図3】試験例2の体重測定結果(生後0日、2週間、または6週間経過後)を示す。**p < 0.01, ***p < 0.001は、Tukeyの多重比較検定を用いた一方向ANOVAにおいて有意であることを示す。出生直後にはAdh5遺伝子Aldh2遺伝子二重欠損マウスは体重は同腹子と同程度であるが、生後2週間で発育遅延が観察される。
【
図4】試験例2の生存率測定結果を示す。対数順位(マンテル-コックス)検定を用いたカプラン-マイヤー曲線は、他の遺伝子型のマウスと比較して、Adh5遺伝子Aldh2遺伝子二重欠損マウス (Adh5
-/-Aldh2
KI/KI)の生存率が有意に低下していることを示している(p<0.0001)。
【
図5】試験例3の有核骨髄細胞数の測定結果を示す。3週齢マウスからの両側大腿骨および脛骨の有核骨髄細胞を定量した(平均値± s.d.、n = 少なくとも5匹)。*p < 0.05、***p < 0.001は、Tukeyの多重比較検定を用いた一方向ANOVAにおいて有意であることを示す。Adh5遺伝子Aldh2遺伝子二重欠損マウス (Adh5
-/-Aldh2
KI/KI)および、Adh5遺伝子欠損Aldh2遺伝子片アリルE506K変異保有マウス (Adh5
-/-Aldh2
+/KI)で骨髄細胞数の減少が顕著である。
【
図6】試験例3の造血細胞サブセットの測定結果を示す。生後3週間経過時の個体の測定結果を示す(平均値± s.d.、n = 少なくとも5匹)。LKS (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+), HSC (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+CD150
+CD48
-), CLP (Lin
-c-Kit
lowSca-1
lowCD127
+CD135
+), CMP (Lin
-c-Kit
+Sca-1
-CD34
+CD16/32
-)。*p < 0.05, **p < 0.01, ***p < 0.001は、Tukeyの多重比較検定を用いた一方向ANOVAにおいて有意であることを示す。Adh5遺伝子Aldh2遺伝子二重欠損マウス (Adh5
-/-Aldh2
KI/KI)で造血幹細胞の低下が顕著である。
【
図7】試験例3の造血細胞サブセットの測定結果を示す。生後3週間経過時の個体の測定結果を示す(平均値± s.d.、n = 少なくとも5匹)。MPP (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+CD150
-CD48
-), HPC1 (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+CD150
-CD48
+), MEP (Lin
-c-Kit
+Sca-1
-CD34
-CD16/32
-), GMP (Lin
-c-Kit
+Sca-1
-CD34
+CD16/32
+), HPC2 (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+CD150
+CD48
+)。**p < 0.01, ***p < 0.001は、Tukeyの多重比較検定を用いた一方向ANOVAにおいて有意であることを示す。Adh5遺伝子Aldh2遺伝子二重欠損マウス (Adh5
-/-Aldh2
KI/KI)で造血幹細胞の低下が顕著である。
【
図8】試験例3の造血細胞サブセットの測定結果を示す。生後8~9ヶ月間経過時の個体の測定結果を示す(平均値± s.d.、n = 少なくとも5匹)。LKS (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+), HSC (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+CD150
+CD48
-), CLP (Lin
-c-Kit
lowSca-1
lowCD127
+CD135
+), CMP (Lin
-c-Kit
+Sca-1
-CD34
+CD16/32
-)。*p < 0.05, **p < 0.01は、Tukeyの多重比較検定を用いた一方向ANOVAにおいて有意であることを示す。Adh5遺伝子欠損Aldh2遺伝子片アリルE506K変異保有マウス (Adh5
-/-Aldh2
+/KI)で造血幹細胞の低下が顕著である。
【
図9】試験例3の造血細胞サブセットの測定結果を示す。生後8~9ヶ月間の個体の測定結果を示す(平均値± s.d.、n = 少なくとも5匹)。MPP (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+CD150
-CD48
-), HPC1 (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+CD150
-CD48
+), MEP (Lin
-c-Kit
+Sca-1
-CD34
-CD16/32
-), GMP (Lin
-c-Kit
+Sca-1
-CD34
+CD16/32
+), HPC2 (Lin
-c-Kit
+Sca-1
+CD150
+CD48
+)。***p < 0.001は、Tukeyの多重比較検定を用いた一方向ANOVAにおいて有意であることを示す。Adh5遺伝子欠損Aldh2遺伝子片アリルE506K変異保有マウス (Adh5
-/-Aldh2
+/KI)で造血幹細胞の低下が顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1.定義
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0019】
アミノ酸配列の「同一性」とは、2以上の対比可能なアミノ酸配列の、お互いに対するアミノ酸配列の一致の程度をいう。従って、ある2つのアミノ酸配列の一致性が高いほど、それらの配列の同一性又は類似性は高い。アミノ酸配列の同一性のレベルは、例えば、配列分析用ツールであるFASTAを用い、デフォルトパラメータを用いて決定される。若しくは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST(KarlinS,Altschul SF.“Methods for assessing the statistical significance of molecular sequence features by using general scoringschemes”Proc Natl Acad Sci USA.87:2264-2268(1990)、KarlinS,Altschul SF.“Applications and statistics for multiple high-scoring segments in molecular sequences.”Proc Natl Acad Sci USA.90:5873-7(1993))を用いて決定できる。このようなBLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている。これらの解析方法の具体的な手法は公知であり、National Center of Biotechnology Information(NCBI)のウェエブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)を参照すればよい。また、塩基配列の『同一性』も上記に準じて定義される。
【0020】
本明細書中において、「保存的置換」とは、アミノ酸残基が類似の側鎖を有するアミノ酸残基に置換されることを意味する。例えば、リジン、アルギニン、ヒスチジンといった塩基性側鎖を有するアミノ酸残基同士で置換されることが、保存的な置換にあたる。その他、アスパラギン酸、グルタミン酸といった酸性側鎖を有するアミノ酸残基;グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システインといった非帯電性極性側鎖を有するアミノ酸残基;アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファンといった非極性側鎖を有するアミノ酸残基;スレオニン、バリン、イソロイシンといったβ-分枝側鎖を有するアミノ酸残基;チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジンといった芳香族側鎖を有するアミノ酸残基同士での置換も同様に、保存的な置換にあたる。
【0021】
2.モデル動物、細胞
本発明は、その一態様において、ADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下しており、且つ対の染色体の一方又は両方においてALDH2遺伝子の機能及び/又は発現低下変異を有する、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のモデル動物(本明細書において、「本発明のモデル動物」と示すこともある。)に関する。以下に、これについて説明する。
【0022】
動物としては、特に制限されず、例えばサル、マウス(ハツカネズミ属動物)、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカ等の哺乳類動物が挙げられる。これらの中でも、実験動物として使用し得る動物が好ましく、ハツカネズミ属動物がより好ましく、Mus musculusがさらに好ましい。また、哺乳類動物は、系統種であってもよく、雑種であってもよい。また、系統種としては、マウスの場合であれば、例えばC57BL/6、C3H、ICR、BALB/cが挙げられるが、好ましくはC57BL/6である。ヒトをモデル動物とする場合には、健常人あるいは疾患患者に由来する細胞や、iPS細胞などの使用が想定される。
【0023】
ADH5(alcohol dehydrogenase 5)遺伝子は、グルタチオン依存的にホルムアルデヒドをギ酸に変換する酵素の遺伝子である。哺乳類動物各種において、ADH5遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列は公知である、或いは公知のADH5遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列に基づいて(例えば、これらとの同一性解析等により)容易に決定することができる。一例として、マウスのAdh5遺伝子は、NCBI Gene ID: 11532で特定される遺伝子であり、そのアミノ酸配列としてはNCBI RefSeqアクセッション番号:NP_001275507.1で特定されるアミノ酸配列(配列番号4)及びNCBI RefSeqアクセッション番号:NP_031436.2で特定されるアミノ酸配列(配列番号5)が挙げられ、そのmRNA配列としてはNCBI RefSeqアクセッション番号:NM_001288578.1で特定される塩基配列(配列番号6)及びNCBI RefSeqアクセッション番号:NM_007410.3で特定される塩基配列(配列番号7)が挙げられる。
【0024】
ALDH2遺伝子(aldehyde dehydrogenase 2)遺伝子は、アセトアルデヒドを酢酸に変換する酵素の遺伝子である。哺乳類動物各種において、ALDH2遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列は公知である、或いは公知のALDH2遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列に基づいて(例えば、これらとの同一性解析等により)容易に決定することができる。一例として、マウスのAldh2遺伝子は、NCBI Gene ID: 11669で特定される遺伝子であり、そのアミノ酸配列としてはNCBI RefSeqアクセッション番号:NP_001295379.1で特定されるアミノ酸配列(配列番号8)及びNCBI RefSeqアクセッション番号:NP_033786.1で特定されるアミノ酸配列(配列番号9)が挙げられ、そのmRNA配列としてはNCBI RefSeqアクセッション番号:NM_001308450.1で特定される塩基配列(配列番号10)及びNCBI RefSeqアクセッション番号:NM_009656.4で特定される塩基配列(配列番号11)が挙げられる。
【0025】
本発明が対象とするADH5遺伝子及びALDH2遺伝子には、自然界において生じ得る機能正常の変異体も含まれる。本発明が対象とするADH5遺伝子及びALDH2遺伝子は、コードするタンパク質の酵素活性が著しく損なわれない限りにおいて、置換、欠失、付加、挿入等の塩基変異を有していてもよい。変異としては、該mRNAから翻訳されるタンパク質においてアミノ酸置換が生じない変異やアミノ酸の保存的置換が生じる変異が好ましい。
【0026】
本発明が対象とするADH5遺伝子及びALDH2遺伝子は、例えば、それによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列が、同種動物の野生型ADH5遺伝子及びALDH2遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列と、例えば95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有する、遺伝子である。また、本発明が対象とするADH5遺伝子及びALDH2遺伝子は、例えば、それによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列が、同種動物の野生型ADH5遺伝子及びALDH2遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列と同一であるか又は該アミノ酸配列に対して1もしくは複数個(例えば2~10、好ましくは2~5、より好ましくは2~3個、さらに好ましくは2個)が置換、欠失、付加、又は挿入されたアミノ酸配列である、遺伝子である。
【0027】
本発明のモデル動物においては、上記した本発明が対象とするADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下している。すなわち、本発明のモデル動物においては、上記した本発明が対象とするADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下するように、該ADH5遺伝子に変異が導入されている。ここで、ADH5遺伝子の「機能」は、ADH5タンパク質の本来の活性、グルタチオン依存的にホルムアルデヒドをギ酸に変換する酵素活性を示す。また、ADH5遺伝子の「発現」は、ADH5 mRNAの発現、及びADH5タンパク質の発現の両方を包含するが、好ましくはADH5タンパク質の発現である。「欠損」とは、本発明のモデル動物から得られたサンプルについて、ADH5タンパク質の活性及び/又はADH5遺伝子の発現量が検出限界以下であることを示す。また、「低下」とは、本発明のモデル動物から得られたサンプルについて、ADH5タンパク質の活性及び/又はADH5遺伝子の発現量が、変異導入前のADH5タンパク質の活性及び/又はADH5遺伝子の発現量よりも低い(例えば1/20、1/50、1/100、1/200、1/500、1/1000、1/2000、1/5000、1/10000以下である)ことを示す。なお、ADH5タンパク質の活性及び/又はADH5遺伝子の発現量は、公知の方法に従って測定することが可能である。
【0028】
ADH5遺伝子に導入される変異としては、ADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下する変異である限り特に制限されるものではない。当該変異としては、例えば遺伝子欠損(遺伝子破壊)、タンパク質コード領域における変異、スプライシング調節領域における変異、発現制御領域(例えば、プロモーター、アクチベーター、エンハンサー等)における変異等が挙げられる。タンパク質コード領域における変異としては、例えばヒトADH5タンパク質におけるS75NやA278Pに対応する変異が挙げられる。これらの中でも、好ましくは遺伝子欠損(遺伝子破壊)が挙げられる。本発明のモデル動物においては、ADH5遺伝子の変異を、対の染色体の両方において有する。
【0029】
本発明のモデル動物においては、対の染色体の一方又は両方において上記した本発明が対象とするALDH2遺伝子の機能及び/又は発現低下変異を有する。すなわち、本発明のモデル動物においては、対の染色体の一方又は両方において、上記した本発明が対象とするALDH2遺伝子が機能及び/又は発現低下するように、該ALDH2遺伝子に変異が導入されている。当該変異としては、例えばタンパク質コード領域における変異、スプライシング調節領域における変異、発現制御領域(例えば、プロモーター、アクチベーター、エンハンサー等)における変異等が挙げられる。当該変異は、好ましくは、ALDH2遺伝子のタンパク質コード領域中の変異(アミノ酸の置換、欠失、挿入)である。ここで、ALDH2遺伝子の「機能」は、ALDH2タンパク質の本来の活性、アセトアルデヒドを酢酸に変換する酵素活性を示す。また、「低下」とは、本発明のモデル動物から得られたサンプルについて、ALDH2タンパク質の活性及び/又はALDH2遺伝子の発現量が、消失はせずに、変異導入前のALDH2タンパク質の活性及び/又はALDH2遺伝子の発現量よりも低い(例えば1~30%、好ましくは2~20%、より好ましくは5~10%である)ことを示す。これにより、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の表現型を呈しつつも、生存期間をより長くすることができ、解析により適したモデル動物を得ることができる。なお、ALDH2タンパク質の活性及び/又はALDH2遺伝子の発現量は、公知の方法に従って測定することが可能である。
【0030】
ALDH2遺伝子のタンパク質コード領域中の変異としては、ALDH2遺伝子の機能低下する変異である限り特に制限されるものではない。ALDH2タンパク質において機能低下に関与する領域としては、補酵素(NAD+)が付加する領域(補酵素結合ポケット領域)、触媒作用の中心領域(活性中心であるシステイン残基等)、多量体を形成するための接着領域(多量体形成領域)等が挙げられる。本発明のモデル動物においては、ALDH2遺伝子の機能低下変異がALDH2タンパク質の多量体形成領域における変異を引き起こす変異であることが好ましい。多量体形成領域における変異としては、マウスALDH2タンパク質(配列番号9)のE506(N末端から506番目のアミノ酸であるグルタミン酸)又は他の生物種においてそれに対応するアミノ酸の変異であることが好ましい。他の生物種においてそれに対応するアミノ酸は、マウスALDH2タンパク質との同一性解析により、容易に同定することができる。より具体的には、例えばマウスALDH2タンパク質のアミノ酸配列(配列番号9:アミノ酸配列1)とマウス以外の生物種におけるアミノ酸配列(アミノ酸配列2)とを比較して、同一性が最大となるように両者を並列に並べた場合に、アミノ酸配列2における、アミノ酸配列1中のアミノ酸残基E506に対応する残基(好ましくは酸性アミノ酸残基、より好ましくはグルタミン酸残基)を、「対応するアミノ酸」であると決定することができる。マウスにおけるE506又は他の生物種におけるそれに対応するアミノ酸の変異は、置換変異であることが好ましく、リジン等への置換であることがより好ましい。
【0031】
本発明のモデル動物において、ALDH2遺伝子のタンパク質コード領域中に機能低下変異、好ましくは多量体形成領域における変異、より好ましくはマウスE506又はそれに対応するアミノ酸の変異を有する場合、対の染色体の一方にのみ上記変異を有することが好ましい。
【0032】
本発明のモデル動物は、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害(好ましくは精神遅滞)からなる群より選択される少なくとも1種の表現型を有する。表現型として、より具体的には、貧血、骨髄細胞減少、小頭、低体重、臓器収縮、低筋肉量、低脂肪量(特に低皮下脂肪量)、脊柱変形、白血病、精神遅滞等が挙げられる。
【0033】
また、本発明は、その一態様において、ADH5遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下しており、且つ対の染色体の一方又は両方においてALDH2遺伝子の機能及び/又は発現低下変異を有する、細胞(本明細書において、「本発明の細胞」と示すこともある。)、にも関する。
【0034】
本発明の細胞は、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害(好ましくは精神遅滞)からなる群より選択される少なくとも1種のモデル細胞として、例えば該疾患の解析、治療薬のスクリーニングなどに使用することができる。細胞としては、初代培養細胞であっても、細胞株であっても特に制限されず、例えば神経細胞、血液細胞、造血幹細胞・前駆細胞、配偶子(精子、卵子)、線維芽細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、肝細胞、ケラチン生成細胞、筋細胞、表皮細胞、内分泌細胞、ES細胞、iPS細胞、組織幹細胞、がん細胞等が挙げられる。また、細胞の由来生物も特に制限されず、例えばヒト、サル、マウス(ハツカネズミ属動物)、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカ等の哺乳類動物が挙げられる。
【0035】
3.モデル動物、細胞の作製方法
本発明のモデル動物及び本発明の細胞の作製方法は、特に制限されず、公知の遺伝子変異動物作製技術を各種利用することができる。一例として、以下の方法が挙げられる。
【0036】
本発明は、その一態様において、動物の細胞において、ADH5遺伝子及びALDH2遺伝子に変異を導入することを含む、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のモデル動物の製造方法(本明細書において、「本発明の製造方法」と示すこともある。)に関する。
【0037】
変異導入対象の細胞は、特に制限されないが、モデル動物作製の効率の観点から、受精卵であることが好ましい。
【0038】
変異の導入方法は、特に制限されないが、モデル動物作製の効率の観点から、標的特異的ヌクレアーゼ、該ヌクレアーゼの発現カセット、及び該ヌクレアーゼのmRNAからなる群より選択される少なくとも1種、並びにドナーDNAを含む導入物を細胞に導入する方法が挙げられる。
【0039】
標的特異的ヌクレアーゼは、ゲノムDNA上の特定部位を特異的に切断して、変異を誘導できるヌクレアーゼである限り特に制限されない。標的特異的ヌクレアーゼとしては、例えばCasタンパク質、TALENタンパク質、ZFNタンパク質などが挙げられる。
【0040】
Casタンパク質を用いるCRISPR/Casシステムは、ヌクレアーゼ(RGN;RNA-guided nuclease)であるCasタンパク質とガイドRNAを使用する。該システムを細胞内に導入することにより、ガイドRNAが標的部位に結合し、該結合部位に呼び込まれたCasタンパク質によってDNAを切断することができる。
【0041】
TALENタンパク質を用いるTALENシステムは、DNA切断ドメイン(例えばFokIドメイン)に加えて転写活性化因子様(TAL)エフェクターのDNA結合ドメインを含む人工ヌクレアーゼ(TALEN)を使用する。該システムを細胞内に導入することにより、TALENがDNA結合ドメインを介して標的部位に結合し、そこでDNAを切断する。標的部位に結合するDNA結合ドメインは、公知のスキーム(例えばZhang F et al. (2011) Nature Biotechnology 29 (2);この論文は、本明細書に参考として援用される)に従って設計することができる。
【0042】
ZFNタンパク質を用いるZFNシステムは、ジンクフィンガーアレイを含むDNA結合ドメインにコンジュゲートした核酸切断ドメインを含む人工ヌクレアーゼ(ZFN)を使用する。該システムを細胞内に導入することにより、ZFNがDNA結合ドメインを介して標的部位に結合し、そこでDNAを切断する。標的部位に結合するDNA結合ドメインは、公知のスキームに従って設計することができる。
【0043】
標的特異的ヌクレアーゼの中でも、切断部位をより自由に決定できるという観点から、Casタンパク質が好ましい。Casタンパク質としては好ましくはCas9タンパク質が挙げられる。
【0044】
標的特異的ヌクレアーゼ発現カセットは、本発明の製造方法の対象物の細胞内で標的特異的ヌクレアーゼを発現可能なDNAである限り特に制限されない。標的特異的ヌクレアーゼ発現カセットの典型例としては、プロモーター、及びそのプロモーターの制御下に配置された標的特異的ヌクレアーゼコード配列を含むDNAが挙げられる。また、標的特異的ヌクレアーゼ発現カセットは、これのみで、或いは他の配列(例えば薬剤耐性遺伝子、複製起点等)と共にベクターを構成していてもよい。ベクターの種類は、特に制限されない。
【0045】
標的特異的ヌクレアーゼがCasタンパク質である場合、本発明の製造方法における導入物は、さらに、ガイドRNA発現カセット及びガイドRNAからなる群より選択される少なくとも1種を含む。
【0046】
ガイドRNAは、CRISPR/Casシステムにおいて用いられるものであれば特に制限されず、例えばゲノムDNAの標的部位に結合し、且つCasタンパク質と結合することにより、Casタンパク質をゲノムDNAの標的部位に誘導可能なものを各種使用することができる。
【0047】
標的特異的ヌクレアーゼは、ゲノムDNA上の特定部位を特異的に切断して、変異を誘導できるヌクレアーゼである限り特に制限されない。標的特異的ヌクレアーゼとしては、例えばCasタンパク質、TALENタンパク質、ZFNタンパク質などが挙げられる。
【0048】
Casタンパク質を用いるCRISPR/Casシステムは、ヌクレアーゼ(RGN;RNA-guided nuclease)であるCasタンパク質とガイドRNAを使用する。該システムを細胞内に導入することにより、ガイドRNAが標的部位に結合し、該結合部位に呼び込まれたCasタンパク質によってDNAを切断することができる。
【0049】
TALENタンパク質を用いるTALENシステムは、DNA切断ドメイン(例えばFokIドメイン)に加えて転写活性化因子様(TAL)エフェクターのDNA結合ドメインを含む人工ヌクレアーゼ(TALEN)を使用する。該システムを細胞内に導入することにより、TALENがDNA結合ドメインを介して標的部位に結合し、そこでDNAを切断する。標的部位に結合するDNA結合ドメインは、公知のスキーム(例えばZhang F et al. (2011) Nature Biotechnology 29 (2);この論文は、本明細書に参考として援用される)に従って設計することができる。
【0050】
ZFNタンパク質を用いるZFNシステムは、ジンクフィンガーアレイを含むDNA結合ドメインにコンジュゲートした核酸切断ドメインを含む人工ヌクレアーゼ(ZFN)を使用する。該システムを細胞内に導入することにより、ZFNがDNA結合ドメインを介して標的部位に結合し、そこでDNAを切断する。標的部位に結合するDNA結合ドメインは、公知のスキームに従って設計することができる。
【0051】
標的特異的ヌクレアーゼの中でも、切断部位をより自由に決定できるという観点から、Casタンパク質が好ましい。Casタンパク質としては好ましくはCas9タンパク質が挙げられる。
【0052】
標的特異的ヌクレアーゼ発現カセットは、本発明の製造方法の対象物の細胞内で標的特異的ヌクレアーゼを発現可能なDNAである限り特に制限されない。標的特異的ヌクレアーゼ発現カセットの典型例としては、プロモーター、及びそのプロモーターの制御下に配置された標的特異的ヌクレアーゼコード配列を含むDNAが挙げられる。また、標的特異的ヌクレアーゼ発現カセットは、これのみで、或いは他の配列(例えば薬剤耐性遺伝子、複製起点等)と共にベクターを構成していてもよい。ベクターの種類は、特に制限されない。
【0053】
標的特異的ヌクレアーゼがCasタンパク質である場合、本発明の製造方法における導入物は、さらに、ガイドRNA発現カセット及びガイドRNAからなる群より選択される少なくとも1種を含む。
【0054】
ガイドRNAは、CRISPR/Casシステムにおいて用いられるものであれば特に制限されず、例えばゲノムDNAの標的部位に結合し、且つCasタンパク質と結合することにより、Casタンパク質をゲノムDNAの標的部位に誘導可能なものを各種使用することができる。
【0055】
標的特異的ヌクレアーゼの標的部位は、特に制限されない。
【0056】
本発明の製造方法で使用され得るドナーDNAは、例えば、ALDH2遺伝子の少なくとも1部を含み、且つ該遺伝子によりコードされるALDH2タンパク質の多量体形成領域における変異を引き起こす変異を有するドナーDNAである。
【0057】
ドナーDNAは、5´側から、5´側ホモロジーアーム配列、ドナーDNA配列、3´側ホモロジーアーム配列の順で配置されてなる塩基配列を含む、一本鎖DNAである。
【0058】
ドナーDNA配列は、任意の塩基配列を採用することができる。ドナーDNA配列は、好ましくは多量体形成領域のコード配列を含み、且つ該多量体形成領域の一部が変異してなるドナーDNA配列である。
【0059】
5´側ホモロジーアーム配列は、標的特異的ヌクレアーゼの標的部位外側5’側の塩基配列の相同配列であり、3´側ホモロジーアーム配列は、標的特異的ヌクレアーゼの標的部位外側3’側の塩基配列の相同配列である。
【0060】
導入物の細胞への導入方法は、特に制限されず、公知の方法、例えばマイクロインジェクション法、レンチウイルス法、レトロウィルス法等を採用することができる。
【0061】
変異が導入された細胞は、必要に応じて胚へと発生させ、仮親に移植して、産仔を得ることにより、本発明のモデル動物を得ることができる。
【0062】
上記本発明の製造方法の過程で得られた受精卵、精子及び胚(例えば凍結胚)は、本発明のモデル動物に発生し得るものであり、これらも本発明の一態様である。また、本発明のモデル動物の精子及び/又は卵子を受精させて得られる受精卵も、本発明のモデル動物に発生し得る受精卵であり、このような受精卵も本発明の一態様である。これらの受精卵としては、凍結保存状態から生体に発生させることができる限り特に限定されず、受精直後の卵、前核期胚、初期胚、又は胚盤胞等が挙げられる。
【0063】
上記説明以外の事項については、「2.モデル動物、細胞」における説明と同様である。
【0064】
4.モデル動物、細胞の用途
本発明のモデル動物及びこれに発生する受精卵、精子及び胚、並びに本発明の細胞は、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種のの病態解析、予防法開発、治療法開発等に利用することができる。
【0065】
本発明は、その一態様において、本発明のモデル動物、これに発生する受精卵若しくは胚、又は本発明の細胞を用いた、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の予防剤、改善剤、又は増悪原因物質のスクリーニング方法に関する。
【0066】
スクリーニング方法は、本発明のモデル動物又は本発明の細胞を用いている限り特に限定されないが、例えば工程(a)、(b)、及び(c1)又は(c2):
(a)請求項1~6のいずれかに記載のモデル動物、請求項7に記載の受精卵、精子若しくは胚、又は請求項8に記載の細胞に被検物質を投与する又は接触させる工程、
(b)被検物質が投与又は接触された前記モデル動物、前記受精卵、精子若しくは胚、又は前記細胞の、造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の表現型を評価する工程、及び
(c1)前記表現型が治癒又は緩和していた場合に、前記被検物質を造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の予防剤又は改善剤として選別する工程、又は
(c2)前記表現型が悪化していた場合に、前記被検物質を造血不全、発育遅滞、高発がん性、及び精神機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の増悪原因物質として選別する工程、
を含む。
【0067】
被検物質の種類は治療薬の候補になり得る限り特に限定されない。例えば、タンパク質、ペプチド、非ペプチド性化合物(ヌクレオチド、アミン、糖質、脂質等)、有機低分子化合物、無機化合物、醗酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液等が挙げられる。
【0068】
投与は、公知の方法に従って行うことができる。例えば経口投与、経管栄養、注腸投与等の経腸投与; 経静脈投与、経動脈投与、筋肉内投与、心臓内投与、皮下投与、皮内投与、腹腔内投与等の非経口投与等が挙げられる。
【0069】
表現型の評価は、公知の方法に従って又は準じて行うことができる。例えば、骨髄細胞の定量、造血細胞サブセットの定量、体重測定、目視観察、CT解析、解剖、行動テスト等により、造血不全、発育遅滞、高発がん性、精神機能障害等の表現型を評価することができる。
【0070】
選別された被検物質を治療候補物質として、さらなる解析を進めることにより、有用な治療薬を選別することができる。
【0071】
上記説明以外の事項については、「2.モデル動物、細胞」における説明と同様である。
【実施例0072】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0073】
試験例1.変異マウスの作製
CRISPR/Cas9法を用いて、Adh5-/-とAldh2-E506K(ヒトALDH2-E504Kに相当し、本明細書においてAldh2-KIと呼ぶ)の一重又は二重変異とを持つ遺伝子編集マウスを作製した。
【0074】
CRISPR/Cas9法は、具体的には、次のようにして行った。次の試薬をIntegrated DNA Technologies社より購入した: HiFi Cas9 Nuclease V3、tracrRNA、crRNA(MmAdh5 exon2: TAAGGCTGCAGTCGCCTGGG(配列番号1)、MmAldh2 exon12: GGCGTACACAGAAGTGAAGA(配列番号2))、及びssODN(MmAldh2-E506K: AGGGAGCTGGGCGAGTATGGCCTGCAGGCGTACACAaAgGTGAAaAcggTACGTACACAGCCTTCAG ACTCCGTGGCCTGGCC(配列番号3))。凍結胚(CLEA Japan)を解凍し、KSOM培地(ARK Resource)で培養することにより、一核期マウス胚を調製した。エレクトロポレーションは、解凍後1時間後の100~150個の胚を、100ng/l HiFi Cas9 Nuclease V3、100ng/l Adh5 gRNA、100ng/l Aldh2 gRNA、及び300ng/l ssODNを含む40μlの無血清培地(Opti-MEM、Thermo)が入ったチャンバーに入れた。これらをNEPA21スーパーエレクトロポレーター(NepaGene)中の5mmギャップ電極(CUY505P5、NepaGene)でエレクトロポレーションした。エレクトロポレーションのためのポーリングパルスは、電圧225V、マウス胚のパルス幅1ms、パルス間隔50ms、パルス数4とした。第1及び第2の移植パルスは、電圧20V、パルス幅50ms、パルス感覚50ms、パルス数5であった。エレクトロポレーション後に2細胞期まで発達したマウス胚を、セボフルランまたはイソフルラン(マイラン)で麻酔した代理母の雌の卵管に移植した。
【0075】
Adh5
+/-Aldh2
WT/KI雌マウスとAdh5
+/-Aldh2
KI/KI雄マウスを交配し、子孫の遺伝子型を測定した。Adh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスは、ほぼメンデル比で生まれた(
図1)。
【0076】
試験例2.表現型の評価1
試験例1で得られたマウスについて、観察及び体重測定を行った。結果を
図2及び3に示す。Adh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスの体重と大きさは、出生前の成長遅延がないことを示している。Adh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスでは、出生後1-2週目に体重増加不良を伴う重度の成長不全がすべてのマウスで顕著であった。Adh5
-/-Aldh2
WT/KIマウスもまた、生後2週間から6週間の間にAdh5
-/-またはAldh2
KI/KIマウスに比べて体重が減少した
また、試験例1で得られたマウスについて、コンピュータ断層撮影(CT)及び解剖解析を行った。CT解析は、CosmoScan FXシステム(RIGAKU)を用いて、麻酔下のマウスを対象に、X線管(90 kV)、電流(88 A)、視野(60 mm)、ボクセルサイズ(240 m)のパラメータを設定して実施した。データは3D Slicer v4.10.2で解析し、可視化した。その結果、Adh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスは、出生後3週目に体が小さく、臓器が極端に縮小し、筋肉および皮下脂肪量が減少し、前弯を含む多系統の異常が認められたが、すべての動物は母親からの母乳育児を問題なく受けていた。Adh5
-/-Aldh2
WT/KIでは、生後6ヶ月の時点で、Adh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスと同様の症状が認められたが、はるかに軽度であった。さらに、中年期のAdh5
-/-Aldh2
WT/KI(8~9ヶ月)では、尾部に皮膚色素沈着が認められ、ファンコニ貧血様の特徴を示すことがわかった
さらに、試験例1で得られたマウスについて、生存率を測定した。結果を
図4に示す。全てのAdh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスは貧血と重度の衰弱を示し、生後 4 週間以内に悪液質で死亡したが、Adh5
-/-Aldh2
WT/KIマウスや他の遺伝子型を持つマウスでは、この期間に生存に不利な状況は見られなかった。また、Adh5
-/-又はAldh2
KI/KIマウスは、以前の報告と一致する明らかな発達障害を示さなかった。
【0077】
試験例3.表現型の評価2
試験例1で得られたマウスについて、有核骨髄細胞の測定、及び造血細胞サブセットの測定を行った。具体的には、以下のようにして行った。
【0078】
BM細胞は、26G針を使用して大腿骨と脛骨からフラッシュし、脾臓と胸腺は、破砕によって分離し、続いて1%の熱不活化ウシ血清(Gibco)を補充したCa2+とMg2+フリーのハンク緩衝塩溶液(HBSS、Gibco)中で細胞ストレーナーを通過させた。赤血球(RBC)は、室温で5分間、RBC溶解緩衝液(eBioscience)中で細胞を再懸濁することにより溶解した。細胞を70μmの細胞ストレーナーで濾過し、単一細胞懸濁液を得た。細胞数をヘモサイトメーターで測定した。FACS分析に使用した抗体は次の通りであった。FITC-conjugated lineage cocktail (#133302, BioLegend), CD41 (FITC, #133903, BioLegend), FcεRIα (FITC, #134305, BioLegend), CD117 (APC, #105811, BioLegend), Sca-1 (PE, # 108107, BioLegend), CD48 (Brilliant Violet 421, #103428, BioLegend), CD150 (APC/Fire 750, #115940, BioLegend), CD135 (Brilliant Violet 421, #135313, BioLegend), CD127 (PE/Cy7, #135014, BioLegend), CD16/32 (Brilliant Violet 421, #135313, BioLegend), CD34 (APC/Fire 750, #135014, BioLegend), CD3ε (Alexa Fluor 488, #100321, BioLegend), CD19 (APC, #152410, BioLegend), CD4 (PE, #130310, BioLegend), CD8a (APC, #100712, BioLegend)。抗体染色は、4℃で20分間行った。死細胞は、7-AAD(BioLegend)で染色することにより除外した。データは、CytoFLEX S FACSアナライザー(Beckman Coulter)で取得し、FlowJo v10.6.2で分析した。
【0079】
結果の一部を
図5~9に示す。病的段階(生後3週間)のAdh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスでは、脛骨と大腿骨からの核化骨髄細胞の総数が他の動物と比較して有意に減少した。一貫して、Lin
-c-Kit
+ Sca-1
+ CD150
+ CD48
-(CD150
+長期性造血幹細胞[LT-HSCs])によって定義される多能性自己複製性造血幹細胞の数は、Adh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスにおいて有意に減少した。同様の傾向は、Lin
-c-Kit
+ Sca-1
+ CD150
- CD48
- (CD150
-多能性前駆細胞[MPPs])およびLin
-c-Kit
+ Sca-1
+ CD150
- CD48
+ (CD48
+制限前駆細胞[HPC-1])細胞を含む未熟な造血前駆細胞についても観察された。Lin
-c-Kit
low Sca-1
low CD127
+ CD135
+(共通リンパ系前駆細胞[CLPs])、Lin
-c-Kit
+ Sca-1
- CD34
+ CD16/32
-(CD34
+共通骨髄系前駆細胞[CMPs])およびLin
-c-Kit
+ Sca-1
- CD34
- CD16/32
- (二元性巨核球/erythrocyte lineage-restricted progenitors [MEPs])を含むさらに分化した前駆細胞の数も、Adh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスで有意に減少した。Adh5
-/-Aldh2
KI/KIマウスのCLPの減少に関連して、末梢血のリンパ球数および胸腺および脾臓の重量は、これらの臓器のリンパ球分布に有意な変化を与えることなく減少した。Adh5
-/-Aldh2
+/KIマウスは、生後3週間の骨髄細胞の異常を示さなかったが、生後8~9ヶ月の時点で、MPPおよびCLPの数は、Adh5またはAldh2遺伝子単独欠損マウスと比較して有意に減少していた。