(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022060189
(43)【公開日】2022-04-14
(54)【発明の名称】分子内又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質の合成方法
(51)【国際特許分類】
C07K 1/02 20060101AFI20220407BHJP
【FI】
C07K1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021163153
(22)【出願日】2021-10-02
(31)【優先権主張番号】P 2020168112
(32)【優先日】2020-10-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】503094117
【氏名又は名称】株式会社セルフリーサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(72)【発明者】
【氏名】紙 圭一郎
(72)【発明者】
【氏名】安永 恵美
(72)【発明者】
【氏名】森下 了
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA05
4H045DA01
4H045DA50
4H045DA75
4H045DA89
4H045EA20
4H045EA34
4H045FA10
4H045GA15
(57)【要約】 (修正有)
【課題】分子内又は分子間にジスルフィド結合を有しているタンパク質の合成方法を提供する。
【解決手段】合成反応溶液を含む反応相と基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む供給相とを直接又は間接的に接触させて、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給する、タンパク質合成反応方法において、該供給相を、該反応相と比較して、酸化条件下にすることにより、分子内又は分子間にジスルフィド結合を有している活性を維持したタンパク質を合成する方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成反応溶液を含む反応相と基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む供給相とを直接又は間接的に接触させて、両相の接触界面を介した自由拡散により、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給する、分子内又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質合成反応方法において、
該供給相は、該反応相と比較して、酸化条件下であることを特徴とするタンパク質合成方法。
【請求項2】
前記酸化条件下は、該供給相の酸化還元電位が該反応相の酸化還元電位と比較して高いことを特徴とする請求項1に記載のタンパク質合成方法。
【請求項3】
前記反応相の酸化還元電位は、-250 mV~-100 mVである、請求項1又は2に記載のタンパク質合成方法。
【請求項4】
前記供給相の酸化還元電位は、-90 mV~50 mVである、請求項1又は2に記載のタンパク質合成方法。
【請求項5】
前記反応相の酸化還元電位は-250 mV~-100 mVであり、かつ、前記供給相の酸化還元電位は-90 mV~50 mVである、請求項1又は2に記載のタンパク質合成方法。
【請求項6】
合成反応溶液を含む反応相と基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む供給相とを接触させ、両相の接触界面を介した自由拡散により、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給することを特徴とする請求項1~5のいずれか1に記載のタンパク質合成方法。
【請求項7】
膜内相である合成反応溶液を含む反応相と膜外相である基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む供給相とを膜を介して接触させ、両相の接触界面を介した自由拡散により、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給することを特徴とする請求項1~5のいずれか1に記載のタンパク質合成方法。
【請求項8】
底面が膜を有する容器内において、前記供給相を膜内相である前記反応相の鉛直方向の上側に設置させて、かつ該容器は膜外相であるエネルギー源供給溶液に浸すことにより、該供給相と該反応相の接触界面を介した自由拡散及び該反応相と該膜外相の膜を介した自由拡散により、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給することを特徴とする請求項1~5のいずれか1に記載のタンパク質合成方法。
【請求項9】
前記酸化条件下は、前記供給相が酸化型グルタチオン、シスチン、酸素分子、NADP+及び/又は過酸化水素を含むことにより制御されていることを特徴とする、請求項1~8のいずれか1に記載の方法。
【請求項10】
前記酸化条件下は、前記供給相が還元剤を含まないことにより制御されていることを特徴とする、請求項1~8のいずれか1に記載の方法。
【請求項11】
前記反応相は、還元条件下であることを特徴とする、請求項1~10のいずれか1に記載の方法。
【請求項12】
前記還元条件下は、前記反応相がジチオスレイトール、還元型グルタチオン、2-メルカプトエタノール、2-メルカプトエチルアミン、ジチオブチルアミン、システイン、トリス (2-カルボキシエチル)ホスフィン、トリブチルホスフィン、リポ酸、NADPH、及び/又はNADHを含むことにより制御されていることを特徴とする、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
タンパク質ジスルフィドイソメラーゼを含むPDIファミリータンパク質、BMC、芳香族チオール化合物、及び/又はPDIファミリータンパク質を再酸化する酵素が前記反応相及び/又は前記供給相に含むことを特徴とする、請求項1~12のいずれか1に記載の方法。
【請求項14】
シャペロンが前記反応相及び/又は前記供給相に含むことを特徴とする、請求項1~13のいずれか1に記載の方法。
【請求項15】
前記タンパク質は、酵素、抗体、増殖因子、又は膜タンパク質であることを特徴とする、請求項1~14のいずれか1に記載の方法。
【請求項16】
前記合成反応溶液は、金属イオンをキレートすることができるレジン又はカラムで処理されていることを特徴とする、請求項1~15のいずれか1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子内又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質の合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疾患研究及び創薬分野等において、生化学物質及び化学物質間の相互作用解析は極めて重要な創薬研究のアプローチとして広く用いられている。特に、タンパク質間相互作用は生体内でのタンパク質間に起こる相互作用の総称である。この相互作用により誘起されるタンパク質の構造変化は、反応によって制御され、信号伝達や輸送、代謝などの生命の根幹をなす仕組みの統制にかかわっていることが良く知られている。このような相互作用は、極めて多様な様式を持ち、作用面の柔らかさや、広さ、接触寿命の長さや、構造変化の有無などがタンパク質種により千差万別であるといった特徴がある。
【0003】
上記のタンパク質間相互作用に関与するタンパク質には、酵素、抗体、増殖因子、膜タンパク質等が含まれる。これらの多くのタンパク質は、分子内又は分子間にジスルフィド結合を有している。よって、これらのタンパク質の立体構造を維持しさらには活性を有するタンパク質の合成方法の確立が必要である。
【0004】
特許文献1は、「タンパク質の合成方法の一つである重層法」を開示している。
特許文献2は、「タンパク質分子内のジスルフィド結合が保持されているタンパク質の合成方法」を開示している。
しかし、これらの文献は、分子内又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質合成のための最適な重層法の合成条件を開示していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2002/024939号公報
【特許文献2】WO2003/072796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
分子内又は分子間にジスルフィド結合を有しているタンパク質の合成方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、供給相を反応相と比較して酸化条件下にすることにより、分子内又は分子間にジスルフィド結合を有している活性を維持したタンパク質の合成ができることを確認して、本発明を完成した。すなわち、本発明は以下の通りである。
【0008】
1.合成反応溶液を含む反応相と基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む供給相とを直接又は間接的に接触させて、両相の接触界面を介した自由拡散により、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給する、分子内又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質合成反応方法において、
該供給相は、該反応相と比較して、酸化条件下であることを特徴とするタンパク質合成方法。
2.前記酸化条件下は、該供給相の酸化還元電位が該反応相の酸化還元電位と比較して高いことを特徴とする前項1に記載のタンパク質合成方法。
3.前記反応相の酸化還元電位は、-250 mV~-100 mVである、前項1又は2に記載のタンパク質合成方法。
4.前記供給相の酸化還元電位は、-90 mV~50 mVである、前項1又は2に記載のタンパク質合成方法。
5.前記反応相の酸化還元電位は-250 mV~-100 mVであり、かつ、前記供給相の酸化還元電位は-90 mV~50 mVである、前項1又は2に記載のタンパク質合成方法。
6.合成反応溶液を含む反応相と基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む供給相とを接触させ、両相の接触界面を介した自由拡散により、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給することを特徴とする前項1~5のいずれか1に記載のタンパク質合成方法。
7.膜内相である合成反応溶液を含む反応相と膜外相である基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む供給相とを膜を介して接触させ、両相の接触界面を介した自由拡散により、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給することを特徴とする前項1~5のいずれか1に記載のタンパク質合成方法。
8.底面が膜を有する容器内において、前記供給相を膜内相である前記反応相の鉛直方向の上側に設置させて、かつ該容器は膜外相であるエネルギー源供給溶液に浸すことにより、該供給相と該反応相の接触界面を介した自由拡散及び該反応相と該膜外相の膜を介した自由拡散により、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給することを特徴とする前項1~5のいずれか1に記載のタンパク質合成方法。
9.前記酸化条件下は、前記供給相が酸化型グルタチオン、シスチン、酸素分子、NADP+及び/又は過酸化水素を含むことにより制御されていることを特徴とする、前項1~8のいずれか1に記載の方法。
10.前記酸化条件下は、前記供給相が還元剤を含まないことにより制御されていることを特徴とする、前項1~8のいずれか1に記載の方法。
11.前記反応相は、還元条件下であることを特徴とする、前項1~10のいずれか1に記載の方法。
12.前記還元条件下は、前記反応相がジチオスレイトール、還元型グルタチオン、2-メルカプトエタノール、2-メルカプトエチルアミン、ジチオブチルアミン、システイン、トリス (2-カルボキシエチル)ホスフィン、トリブチルホスフィン、リポ酸、NADPH、及び/又はNADHを含むことにより制御されていることを特徴とする、前項11に記載の方法。
13.タンパク質ジスルフィドイソメラーゼを含むPDIファミリータンパク質、BMC、芳香族チオール化合物、及び/又はPDIファミリータンパク質を再酸化する酵素が前記反応相及び/又は前記供給相に含むことを特徴とする、前項1~12のいずれか1に記載の方法。
14.シャペロンが前記反応相及び/又は前記供給相に含むことを特徴とする、前項1~13のいずれか1に記載の方法。
15.前記タンパク質は、酵素、抗体、増殖因子、又は膜タンパク質であることを特徴とする、前項1~14のいずれか1に記載の方法。
16.前記合成反応溶液は、金属イオンをキレートすることができるレジン又はカラムで処理されていることを特徴とする、前項1~15のいずれか1に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の合成方法は、活性を保持したタンパク質、特に、脱炭酸反応を触媒する酵素、加水分解酵素、抗原結合能を保持した抗体を合成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1のタンパク質合成系の組成及び重層法の概要図を示す。
【
図2】実施例1の酵素活性の測定結果を示す。グラフの縦軸はGaussia princepsが産生するルシフェラーゼ活性(発光強度相対値(%))を示す。
【
図3】実施例2の酵素活性の測定結果を示す。グラフの縦軸は、ヒト由来アセチルコリンエステラーゼ活性(ArbitraryUnit)を示す。
【
図4】実施例3の酵素活性の測定結果を示す。グラフの縦軸は、tPAプロテアーゼ活性(Abs(405nm)/min/μg)を示す。
【
図5】実施例4のanti-AGIA-IgG FabのAGIA配列結合能の確認結果を示す。AはCBB染色、Bはウェスタンブロットの結果を示している。泳動図の縦軸は、分子量(kDa)を示す。
【
図6】実施例5の酵素活性の測定結果を示す。Aはアセチルコリンエステラーゼ、BはヒトtPAプロテアーゼドメインの結果を示している。グラフの縦軸は、波長405 nmの吸光度からネガティブコントロールを差引いた後、ニッケルレジン処理なし条件を100%としたときの相対値を示す。
【
図8】ジスルフィド結合交換反応を触媒する物質及びジスルフィド結合交換反応を触媒する物質を再酸化する触媒の添加条件の比較結果を示す。各条件で合成したtPAproの活性を棒グラフで示している。左から、NC:ネガティブコントロール、-/-:供給相および反応相ともにPDIおよびEro1α添加なし、+/-:供給相のみにPDIおよびEro1αを添加、-/+:反応相のみにPDIおよびEro1αを添加、+/+:供給相および反応相の両方にPDIおよびEro1αを添加、を示している。
【
図9】供給相への酸化剤添加条件の比較結果を示す。各条件で合成したtPAproの活性を棒グラフで示している。左から、NC:ネガティブコントロール、0-500:0 μM、20 μM、100 μM、および500 μM酸化型グルタチオンを添加した条件を示している。
【
図11】供給相溶液の酸化還元電位測定結果を示す。Aは、酸化還元電位に関わる要因の関係を表すNernstの式を示している。Bは、供給相において、還元剤としてDTT、または、酸化剤として酸化型グルタチオンを、それぞれグラフに表記した濃度で加えた溶液条件における酸化還元電位測定値の時間変化を示している。Cは、各溶液条件において、数値が安定した時間域の平均値を測定値として記載してある。
【
図12】反応相溶液の酸化還元電位測定結果を示す。Aは、反応相において、還元剤としてDTTをグラフに表記した濃度で加えた溶液条件における酸化還元電位測定値の時間変化を示している。点線で囲ってある部分は、測定開始後1~5分の領域を示している。Bは、各溶液において、測定開始後1~5分の観測値を平均した値を測定値として記載してある。Cは、測定した各溶液の酸化還元電位値を、DTT濃度の自然対数値に対してプロットした結果を示す。グラフ中の点線と数式は、最小二乗法による回帰直線を表す。
【
図13】
図12における反応相溶液を、バッファー溶液(40mM HEPES(pH7.0) & 500mM NaCl)で5倍希釈した溶液の酸化還元電位測定結果を示す。Aは、5倍希釈した各溶液における酸化還元電位測定値の時間変化を示している。Bは、各溶液において、数値が安定した時間域の平均値を測定値として記載してある。Cは、測定した各溶液の酸化還元電位値を、DTT濃度の自然対数値に対してプロットした結果を示す。グラフ中の点線と数式は、最小二乗法による回帰直線を表す。
【
図14】反応相溶液の酸化還元電位測定値とその5倍希釈溶液の酸化還元電位測定値を比較した結果を示す。Aは、
図12の反応相溶液および
図13の5倍希釈溶液の酸化還元電位測定値を、DTT濃度の自然対数値に対してプロットした結果を示す。点線は、
図13における回帰直線を表す。
【
図15】供給相および反応相における酸化還元電位と該電位における目的タンパク質(tPAproまたはAChE)の活性値の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(本発明の合成方法)
本発明は、合成反応溶液を含む反応相と基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む供給相とを直接又は間接的に接触させて、両相の接触界面を介した自由拡散により、供給相の基質及びエネルギー源分子を反応相へ供給する、分子内又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質合成反応方法であり、さらに、供給相は、反応相と比較して、酸化条件下であることを特徴とする方法である(以後、「本発明の合成方法」と略する場合がある)。
本発明の合成方法では、少なくとも、重層法、透析法、透析重層法及び繰り返しバッチ法を含む。
【0012】
(本発明の重層法を利用した合成方法)
従来の重層法{生体抽出物を含む合成反応溶液(反応相)と基質およびエネルギー源供給溶液(供給相)とを直接的に接触させ、両相の接触界面を介した自由拡散により、供給相の基質およびエネルギー源分子を反応相の翻訳反応系へ連続的に供給すると共に、反応相で生じた副生成物を排除すること(副産物が供給相に拡散されること)により、合成反応の持続時間を延長し、合成反応の効率を高めることを特徴とする拡散連続バッチ式による無細胞タンパク質合成方法(参照:特許文献1)}では、反応相と供給相は同等の還元状態であった。しかし、本発明の合成方法では、供給相は、反応相と比較して、酸化条件下に制御されている。
【0013】
両相の界面は水平面として形成されてもよく、垂直面として形成されてもよい。該界面を水平面として形成するには、例えば、反応容器にまず反応相を加えて下層を形成し、次に供給相を該反応相の上に両相の界面を乱さないよう静かに重層すればよい(参照:
図1)。
反応容器は、その形状およびサイズともに、両相間における溶質の充分な拡散速度を与えるものであればよく、例えば試験管やマルチウエルマイクロタイタープレート等を使用できるが、これらに限定されない。また、合成反応溶液(反応相)とエネルギー源供給溶液供給とを重層した後に、これらを含む反応容器に遠心操作を加えることにより、両相の界面を垂直面状に形成させることも可能である。
両相の接触界面面積は大きい方が拡散による物質交換率が高く、タンパク質合成効率が高くなる。従って、反応相に対する供給相の至適な容量比は両相の界面面積によって変化する。反応相に対する供給相の容量比は特に制限はないが、例えば界面が円形であってその直径が7mmの場合、1:4から1:8が好ましく、1:5がさらに好ましい。
【0014】
(本発明の透析法を利用した合成方法)
従来の透析法(参照:木川等、第21回日本分子生物学会、WID6)では、合成反応溶液を透析内液(反応相)、基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む透析外液(供給相)、及び両相間の物質移動が可能な透析膜を用いて、タンパク質合成を行う方法であり、反応相と供給相は同等の還元状態であった。しかし、本発明の合成方法では、供給相は、反応相と比較して、酸化条件下に制御されている。
【0015】
(本発明の透析重層法を利用した合成方法)
従来の透析重層法(参照:Takeda et al. ScientificReports 2015)は、自体公知の透析カップ(底面に透析膜を有する)を基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液を含む膜外相である供給相に浸し、該カップ内で従来の重層法を行ことにより、反応相の上下に供給相を配置することにより、アミノ酸などの基質の供給と反応副産物の放出がより効率的に行なわれることを特徴とする拡散連続バッチ式による無細胞タンパク質合成方法(参照:
図7)であり、反応相と供給相は同等の還元状態であった。しかし、本発明の合成方法では、供給相は、反応相と比較して、酸化条件下に制御されている。
【0016】
(合成反応溶液)
本発明の合成方法での「反応相を構成する合成反応溶液」は、タンパク質合成(特に、無細胞タンパク質合成)に必要な翻訳反応系及びタンパク質合成の翻訳鋳型(例、mRNA)を含み、必要に応じて、リポソーム、従来既知のタンパク質合成(特に、バッチ式無細胞タンパク質合成)で使用される成分を含む。
成分の一例として、例えばアミノ酸、ATP、GTP、クレアチンリン酸、およびタンパク質合成反応に必要なその他のイオン類や緩衝液などを含む。具体的には、例えば、コムギ胚芽抽出液を含む反応相に使用したときは、クレアチンキナーゼ、HEPES-KOH、ATP、GTP、クレアチンリン酸、スペルミジン、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、20種類のL型アミノ酸、還元剤、タンパク質ジスルフィドイソメラーゼを含むPDIファミリータンパク質、BMC、芳香族チオール化合物、及び/又はPDIファミリータンパク質を再酸化する酵素、シャペロン群を例示することができる。
加えて、合成反応溶液にイノシトール、キシリトールおよび/またはフィコール等の糖アルコールを添加して該合成反応溶液の粘度や密度を高め、反応相と供給相の2相間の混合速度を制御することにより、タンパク質合成反応の更なる安定化を計ることもできる。
【0017】
(エネルギー源供給溶液)
本発明の合成方法での「供給相を構成する基質及びエネルギー源分子を含むエネルギー源供給溶液」は、反応相でのタンパク質合成反応で消費・不足した成分を含む。
成分の一例として、基質やエネルギー源分子は、例えばcAMP、アミノ酸、ATP、GTP、クレアチンリン酸、およびタンパク質合成反応に必要なその他のイオン類や緩衝液などを含む。具体的には、例えば、コムギ胚芽抽出液を含む反応相に使用したときは、クレアチンキナーゼ、HEPES-KOH、ATP、GTP、クレアチンリン酸、スペルミジン、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、20種類のL型アミノ酸、還元剤、タンパク質ジスルフィドイソメラーゼを含むPDIファミリータンパク質、BMC、芳香族チオール化合物、及び/又はPDIファミリータンパク質を再酸化する酵素、シャペロン群を例示することができる。
加えて、エネルギー源供給溶液にイノシトール、キシリトールおよび/またはフィコール等の糖アルコールを添加して該合成反応溶液の粘度や密度を高め、反応相と供給相の2相間の混合速度を制御することにより、タンパク質合成反応の更なる安定化を計ることもできる。
【0018】
(本発明の繰り返しバッチ法を利用した合成方法)
従来の繰り返しバッチ法は、鋳型物質を原料にする一般的なバッチ式もしくは拡散連続バッチ式の、反応速度の高い合成反応初期相の特性を最大限に利用することを特徴とする合成法である(参照:WO2004/097014号公報)。
詳しくは、合成速度の略低下前後又は合成反応の略停止前後、又はそれらの途上に、エネルギー源供給溶液(供給相)を用いて希釈処理又は濃縮処理を行い、ついで、希釈された場合は濃縮処理、濃縮処理された場合は希釈処理を行い、これら希釈及び濃縮処理は、不連続に繰り返しおこなうことで、大量のタンパク質を合成可能とする。
本発明の繰り返しバッチ法を利用した合成方法では、段階的に酸化条件を変化させた供給相であるエネルギー源供給溶液(必要に応じて、還元剤を含む)を還元条件下の反応相に添加する。反応相では、タンパク質合成効率を保ちながら、徐々に、分子内又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質の合成・維持に最適な酸化条件への移行をすることを特徴とする。
【0019】
本発明の繰り返しバッチ法を利用した合成方法では、例えば、以下の工程を有する。
1)合成反応溶液を含む反応相でタンパク質を合成する。
2)合成速度の略低下前後、合成反応の略停止前後、又はそれらの途上に、反応相を希釈処理する。
3)希釈処理に続いて濃縮処理を行う。
4)濃縮された反応相で合成反応を行う。
又は
1)合成反応溶液を含む反応相でタンパク質を合成する。
2)合成速度の略低下前後、合成反応の略停止前後、又はそれらの途上に、反応相を濃縮処理する。
3)濃縮処理に続いて希釈処理を行う。
4)希釈された反応相で合成反応を行う。
濃縮処理では、副産物を反応相から除外する工程を含むでも良い。
希釈処理では、段階的に酸化条件を変化させた供給相であるエネルギー源供給溶液(必要に応じて、還元剤を含む)を反応相へ添加(補充)する。
上記1)~4)を複数回繰り返しても良い。
より詳しくは、例えば、本発明の繰り返しバッチ法を利用した合成方法は、以下のような条件を採用することができる。
反応全時間:24時間
反応相:反応開始時の還元剤であるDTT含有量 4 mM
繰り返しバッチ条件:30分毎にエネルギー源供給溶液を交換する。
0~3時間:3.5 mM DTTを含むエネルギー源供給溶液を反応相に加える。
3~6時間:3.0 mM DTTを含むエネルギー源供給溶液を反応相に加える。
6~9時間:2.5 mM DTTを含むエネルギー源供給溶液を反応相に加える。
9~12時間:2.0 mM DTTを含むエネルギー源供給溶液を反応相に加える。
12~15時間:1.5 mM DTTを含むエネルギー源供給溶液を反応相に加える。
15~18時間:1.0 mM DTTを含むエネルギー源供給溶液を反応相に加える。
18~21時間:0.5 mM DTTを含むエネルギー源供給溶液を反応相に加える。
21~24時間:0 mM DTTを含むエネルギー源供給溶液を反応相に加える。
【0020】
(翻訳反応系)
本発明の合成方法での「翻訳反応系」は、自体公知の無細胞又は非無細胞の翻訳反応系を使用することができる。例えば、大腸菌、枯草菌、Sf9昆虫細胞、CHO細胞、ヒト細胞、酵母、ブレビバチルス、糸状菌(麹菌)、タバコBY-2細胞や、植物の一過性発現システムを使った、ベサミアナタバコ、レタス、トマト(実及び葉)、米、大麦、コチョウラン、唐辛子や、翻訳反応系を用いることもできる。より詳しくは、無細胞タンパク質を使用した翻訳反応系としては大腸菌、大腸菌再構成系、コムギ、昆虫、酵母、たばこ、ウサギ網状赤血球、ヒト細胞等が好適な例として例示できる。網羅的に多品種のタンパク質を得る目的においては、コムギ無細胞系が特に優れており、可溶化状態でタンパク質を合成できる確率も極めて高く、コスト的にも有利である。
【0021】
本発明の合成方法で使用する翻訳反応系(特に、コムギ胚芽抽出液)を含む合成反応溶液は、実施例5の結果により、タンパク質合成前に、金属イオン(例、Ni、Co、Cu、Fe、Ga、Al、Zr、Zn、特に、Ni)をキレートすることができるレジン又はカラムで処理することにより、合成タンパク質の活性を向上させることができる。
【0022】
(タンパク質合成の翻訳鋳型)
本発明の合成方法での「タンパク質合成の翻訳鋳型」は、発現させるタンパク質をコードするmRNAを使用することができる。また、mRNAは、エタノール沈殿等で精製したものだけでなく、未精製の状態でも使用することができる。
【0023】
(合成反応条件)
本発明の合成方法の合成反応条件は、従来の重層法、透析法及び透析重層法の条件を採用することができる。例えば、タンパク質合成反応は好ましくは静置条件下で行い、反応温度は無細胞タンパク質合成法で通常用いられている至適温度である10℃~35℃で行う。
反応相、供給相、及び、合成経過と共に両相が混合した混合相には、目的タンパク質が含まれているので、透析、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、ゲルろ過等のそれ自体既知の分離、精製法により、該相から目的タンパク質を容易に取得することができる。
【0024】
(分子内又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質)
本発明の合成方法における「分子内又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質」は、分子内及び/又は分子間にジスルフィド結合を有するタンパク質であれば、特に限定されない。酵素、抗体、増殖因子、膜タンパク質を例示することができる。
【0025】
(供給相の酸化条件下への制御)
酸化還元電位が正しく測定されていることは、Nernstの式に従っていることで判断することができる。例えば、下記手順で測定をおこない、判断することができる。
供給相または反応相溶液において、還元剤以外の溶液成分濃度は一定にした条件で、還元剤濃度だけを系統的に変えた希釈系列溶液を調製する。
それら希釈系列溶液の酸化還元電位測定値は、Nernstの式による要請から、次の二点を示すことを確認する。1)等倍希釈系列 (例えば、2倍希釈系列))溶液の場合、酸化還元電位測定値は、ほぼ等間隔の値を示す。2)還元剤濃度の対数値に対してプロットした場合、酸化還元電位測定値は右肩下がりの直線性を示す。
ただし、還元剤(または酸化剤)濃度が0 mMの場合は、Nernstの式は破綻してしまうため、一定時間安定した値を酸化還元電位値として採用する。
供給相溶液の酸化還元電位測定は、公知の装置(例、電極:ORP電極9300-10D(HORIBA社製)、pHメーターF-52(HORIBA社製))を用い、その取扱い説明書の記載にしたがっておこなうことができる。例えば、
図11に示してあるように、還元剤濃度だけを変えた一連の供給相溶液を各1ml程度調製し、23±1℃に保温した後、電位測定用電極を該溶液中に浸して一定時間 (例えば、50~90分))測定をおこない、数値が安定した時間域の平均値を該溶液の酸化還元電位の測定値として読み取ることができる。得られた測定値がNernstの式に従っていることを、基準と照合して確認する。
本発明の合成方法では、下記の実施例1~4の結果から明らかなように、「供給相を、反応相と比較して、酸化条件下」に制御(設定)することにより、活性を保持したタンパク質を合成することができる。供給相が反応相と比較して酸化条件下である一例として、供給相の酸化還元電位が反応相の酸化還元電位と比較して高いことを意味する。
例えば、還元剤としてDTTを単独で用いる場合には反応相の最終濃度で0.0 mM~0.5 mM(参照:
図15)、酸化剤としてGSSGを単独で用いる場合には反応相の最終濃度で0.02 mM~0.5 mM(参照:
図9)等を例示される。
また、例えば、供給相の酸化還元電位(好ましくは、合成前段階(合成液調製段階)の酸化還元電位)は、-90 mV~50 mV、好ましくは-50 mV~40 mV、より好ましくは-30 mV~30 mV、最も好ましくは-10 mV~20 mVであることが例示される(参照:実施例8、9)。
本発明の合成方法での「供給相の酸化条件下への制御」は、供給相の酸化還元電位が反応相の酸化還元電位と比較して高く設定・制御することができれば、どのような方法でも採用することができる。例えば、公知の酸化剤である酸化型グルタチオン、シスチン、酸素分子、NADP
+、過酸化水素等を供給相に含むことにより達成することができる。本発明の合成方法は、従来の合成方法とは異なり、供給相に還元剤を含まないことにより達成することもできる。
加えて、本発明の合成方法は、下記の実施例7の結果に記載のように、酸化剤を供給相に含むことにより、合成タンパク質の活性を向上させることができる。
【0026】
(反応相の還元条件下への制御)
本発明の合成方法での「反応相の還元条件下への制御」は、反応相の酸化還元電位が供給相の酸化還元電位と比較して低く設定・制御することができれば、どのような方法でも採用することができる。例えば、公知の還元剤であるジチオスレイトール(DTT)、還元型グルタチオン、2-メルカプトエタノール、2-メルカプトエチルアミン、ジチオブチルアミン、システイン、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン、トリブチルホスフィン、リポ酸、NADPH、NADH等を反応相に含むことにより達成することができる。
反応相溶液の酸化還元電位測定は、細胞抽出物による影響を受けて電位応答が供給相のそれとは異なる場合があり、安定した酸化還元電位値を観測することが困難な場合がある。そのような時は、実施例8に記載のいずれかの酸化還元電位測定方法によって、反応相溶液の酸化還元電位を測定することができる。
例えば、還元剤としてDTTを単独で用いる場合には、反応相の最終濃度で0.2 mM~40 mM、好ましくは0.2 mM~10 mMなどが例示される。
また、反応相の酸化還元電位(好ましくは、合成前段階(合成液調製段階)の酸化還元電位)は、-500 mV~-100 mVの範囲に加え、好ましくは-250 mV~-100 mV、より好ましくは-230 mV~-100 mV、さらに好ましくは-210 mV~-100 mV、最も好ましくは-195 mV~-100 mVであることが例示される(参照:実施例8、9)。
【0027】
(ジスルフィド結合交換反応を触媒する物質)
本発明の合成方法では、ジスルフィド結合交換反応を触媒する物質、さらには該触媒を再酸化する触媒を反応相及び/又は供給相に含むことが好ましい。加えて、本発明の合成方法は、下記の実施例6の結果に記載のように、ジスルフィド結合交換反応を触媒する物質、さらには該触媒を再酸化する触媒を反応相に含むことが特に好ましい。これにより、分子内のジスルフィド結合が正しく形成された(保持された)タンパク質をより高効率で合成することができる。
ジスルフィド結合交換反応を触媒する物質としては、真核細胞の小胞体内に存在する酵素であるタンパク質ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)、大腸菌由来のシャペロンタンパク質であるGroEL及びGroES、あるいはDnaK、DnaJ及びGrpEなどのリフォールディング反応を触媒する種々のタンパク質や、それらの低分子ミミック(例えば、PDIのミミックであるBMC(Chem Biol.,6,871-879,1999)、芳香族チオール化合物(4-mercaptobenzene acetate;J.Am.Chem.Soc.124,3885-3892,2002)等を例示することができる。
ジスルフィド結合交換反応を触媒する物質を再酸化する触媒として、真核細胞小胞体に存在するERオキシダーゼ(以下これをEro1αあるいはEro1βと称することがある)、ペルオキシレドキシンIV、グルタチオンペルオキシダーゼ7および8、ビタミンKエポキシドリダクターゼ等の再酸化酵素を例示することができる。
【0028】
(ポリペプチド鎖の折り畳み反応に関与するタンパク質)
本発明の合成方法では、必要に応じて、ポリペプチド鎖の折り畳み反応に関与するタンパク質を反応相及び/又は供給相に含むことが好ましい。これにより、分子内のポリペプチド鎖の折り畳みが正しく形成された(保持された)タンパク質をより高効率で合成することができる。
ポリペプチド鎖の折り畳み反応に関与するタンパク質としては、真核細胞に存在し新生ポリペプチド鎖の折り畳み反応に関与するタンパク質であるHSP70ファミリーシャペロン群(例えば、BIP(GRP78))、HSP90ファミリーシャペロン群(例えば、GRP94)、ヌクレオチド交換因子群(例えば、BAP(SIL1)、GRP170)、DnaJファミリーシャペロン群(例えば、ERdj3、ERdj6)、ぺプチジルプロリルシストランスイソメラーゼ群(例えば、シクロフィリンB)等を例示することができる。
【0029】
(供給相と反応相の酸化還元電位の測定方法)
〇酸化還元電位測定方法1
供給相と反応相の酸化還元電位の測定方法を以下に例示するが、特に限定されない。
(1)供給相の溶液及び反応相の溶液を準備する。
(2)還元剤濃度だけを変えた供給相の希釈系列溶液並びに還元剤濃度だけを変えた反応相の希釈系列溶液を調製する。
(3)各希釈溶液に対して、公知の装置を使用して一定時間(例えば、1~2時間)酸化還元電位の測定を行う。
Nernstの式(
図11のA)に従う酸化還元電位値を示す時間域(例えば、測定開始から1~5分程度)を確認し、その時間域の平均値を酸化還元電位値として採用する(参照:
図11のB、C、および
図12)。
〇酸化還元電位測定方法2
上記測定方法1では、正確(安定的)な酸化還元電位を測定することが困難な場合には、該溶液を希釈して、酸化還元電位測定を行う。希釈系列溶液に対する回帰直線を検量線として用い、それを外挿することによって、希釈前の反応相溶液の還元剤濃度における酸化還元電位値を求める。
詳しくは、還元剤濃度だけを変えた一連の反応相溶液を、適切なバッファー溶液で希釈(例えば、5倍希釈)調製する。希釈に用いるバッファー溶液は、酸化還元電位を安定に測定することができる組成であることを事前に確認することが好ましい。
各希釈溶液に対して、一定時間(例えば、60~90分)測定を行う。数値が安定した時間域の平均値を酸化還元電位値として読み取り、基準と照合してNernstの式に従っていることを確認する。
それら実測値に対する回帰直線を作成し、それを検量線として用いて外挿することによって、希釈前の反応相溶液の還元剤濃度における酸化還元電位値を求める。
【0030】
以下、本発明を実験例によりさらに詳細に説明するが、下記の実験例は本発明についての具体的認識を得る一助とみなすべきものであり、本発明の範囲は下記の実験例により何ら限定されるものではない。
【実施例0031】
(PDIおよびEro1αを用いた重層合成法によるGaussia princeps由来ルシフェラーゼの合成)
海洋性プランクトンのGaussia princepsが産生するルシフェラーゼ(以下これを「GLuc」と称する)は、シグナル配列を除きアミノ酸168残基(分子量18170 kDa)から成り、発光基質Coelenterazineが酸素分子と反応して光子を生じる反応を触媒する酵素である。該酵素の立体構造形成には、5本のS-S結合形成を必要とするため、本実施例に用いた。
【0032】
(1)GLucをコードするDNAの作製
GENEWIZ社に依頼し、遺伝子合成によって作製した。
【0033】
(2)mRNA合成
上記(1)で取得された鋳型DNAについて、SP6 RNA polymerase(Promega社製)を用いて、反応温度37℃、反応時間6時間でmRNA合成をおこなった。反応液の組成(水溶液中)は、80 mM HEPES-KOH (pH7.6)、8 mM 酢酸マグネシウム、2 mM スペルミジン、10 mM DTT、NTPs 各2.5 mM、1.0 U/μlRNase inhibitor、1.0 U/μl SP6 RNA polymerase、および100ng/μlプラスミドを用いた。
【0034】
(3)タンパク質合成(参照:
図1)
タンパク質合成は、上記(2)で調製されたmRNA合成溶液を翻訳鋳型とし、コムギ胚芽抽出液10 μlを用いておこなった。反応相の組成は、mRNA溶液 10 μl、33 ng/μl クレアチンキナーゼ、30 mM HEPES-KOH (pH7.6)、1.2 mM ATP、0.25 mM GTP、16 mM クレアチンリン酸、0.4 mM スペルミジン、100 mM 酢酸カリウム、2.7 mM 酢酸マグネシウム、0.3 mM L型アミノ酸(20種類)、および4 mM DTTを、反応相に添加した。さらに、10 μM PDIおよび2 μM Ero1α添加の有無によって、2種類の異なる条件の反応相を調製した。反応相の液量は、下記のDTTを含まない供給相を用いて、30 μlに調整した。
供給相は、反応相30 μlに対して200μl用いた。供給相には、30 mM HEPES-KOH、1.2mM ATP、1.0 mM cAMP、16 mM クレアチンリン酸、0.3 mM L型アミノ酸(20種類)、2.7mM 酢酸マグネシウム、100 mM 酢酸カリウム、0.4mM スペルミジンを添加した。さらに、4 mM DTT添加の有無によって、2種類の異なる条件の供給相を調製した。
反応相と供給相によって構成される合成反応系は、上述の通り、反応相(PDIおよびEro1α添加の有無)と供給相(4 mM DTT添加の有無)がそれぞれ2種類の異なる条件で調製されているため、その組合せによって4種類の異なる条件で調製した。合成反応系の構築手順は、まず、96穴プレートのウェルに供給相を200 μl添加した後、反応相30 μlをウェルの底に静かに添加して構築した。96穴プレートは、16℃に設定したインキュベーター内に静置し、20~24時間合成反応をおこなった。
合成反応後、反応相と供給相をピペットで均一に混合した後、遠心操作(21000 x g、10分)によって可溶性画分と不溶性画分に分離した。
【0035】
(4)活性測定
上記(3)で合成したGLucの活性測定は、Pierce Gaussia Luciferase Glow Assay Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いておこなった。上記(3)の可溶性画分は、キット付属バッファーで100倍に希釈した。測定は、希釈した可溶性画分30 μl、基質溶液(発光基質Coelenterazineを付属バッファーで330倍希釈)50 μl、およびHEPESバッファー(50mM HEHEP-NaOH (pH7.0)、150 mM NaCl)20 μlを、96穴プレートのウェルに加えて混合し、マルチラベルカウンターARVO-MX(パーキンエルマー社製)で直ちに発光強度を測定した。測定した発光強度は、可溶性画分に含まれるルシフェラーゼ1 μg当たりの値に換算した後、相対値(%)に変換した。この結果を
図2に示す。
図2の棒グラフは、4種類の異なる合成反応条件で合成されたGLucの活性測定結果を示しており、左側2列は供給相のDTT濃度が4 mMでPDIおよびEro1α添加の有無、右側2列は供給相のDTT濃度が0 mMでPDIおよびEro1α添加の有無の結果を示している。これら4条件の比較から明らかなように、供給相のDTT濃度が従来通り4 mMの場合(還元条件下)は、PDIおよびEro1αを添加しても活性を保持したGLucは得られなかった。一方、供給相のDTT濃度を0 mM(酸化条件下)にした条件では、活性を保持したGLucが得られた。さらに、PDIおよびEro1αを添加した条件では、活性が30%程度上昇した。
以上より、供給相を酸化条件下にすることで、活性を保持したタンパク質を合成することができた。さらに、反応相にPDIおよびEro1αを添加することによって、該活性を30%程度増強することができた。