(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022060986
(43)【公開日】2022-04-15
(54)【発明の名称】養殖におけるマグロ幼魚の生存率向上方法
(51)【国際特許分類】
A01K 61/10 20170101AFI20220408BHJP
A01K 63/06 20060101ALI20220408BHJP
【FI】
A01K61/10
A01K63/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2020177653
(22)【出願日】2020-10-05
(71)【出願人】
【識別番号】395013164
【氏名又は名称】土佐電子工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】592134583
【氏名又は名称】愛媛県
(72)【発明者】
【氏名】増田 和俊
(72)【発明者】
【氏名】岡村 斉
(72)【発明者】
【氏名】菊地 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】亀岡 啓
(72)【発明者】
【氏名】西尾 俊文
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 諒太朗
【テーマコード(参考)】
2B104
【Fターム(参考)】
2B104AA01
2B104BA06
2B104CA01
2B104CB22
2B104CC34
2B104EB26
2B104EC01
2B104EG01
2B104EG05
2B104EG06
2B104EG07
(57)【要約】 (修正有)
【課題】マグロ幼魚の養殖において、生簀または水槽の壁面にLED照明を配置し、幼魚の飛び出し、および、衝突死を回避するためのマグロ幼魚の飼育方法を提供する。
【解決手段】マグロ幼魚の飼育において、壁面衝突を防止するための方法であって、生簀または水槽内に、横一列乃至複数個の白色LED照明を水槽等の深さにあわせて壁面全体に配置し、LEDの発光ビームを壁面に対してほぼ垂直方向の生簀や水槽内部に向け照射できるように設置し、また、同様に、LEDの発光ビームを水槽底面に向けて照射できるように設置することにより、マグロ幼魚の衝突や飛び出しを防止する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグロの養殖において、生簀または水槽内の壁面に、複数個の照明を設置し、発光ビームを水面もしくは水底に照射することにより、マグロ幼魚が壁面に衝突することを防止することを特徴とする、マグロ幼魚を飼育する方法。
【請求項2】
前記に記載の生簀または水槽の壁面に、白色LED照明を一列以上複数個配置し、生簀または水槽の深さと同等の長さのLED部材を50cm以下の間隔で生簀または水槽の壁面全体に沿って複数本配置し、LEDの発光ビームを壁に対してほぼ垂直方向の生簀または水槽の内部へ向くようにLED部材を配置し、水面の照度を0.4lx乃至9lxに保つことを特徴とする、請求項1に記載のマグロ幼魚を飼育する方法。
【請求項3】
前記に記載の照明装置において、さらに、LEDの発光ビームを水面に対してほぼ垂直方向の生簀または水槽の底面へ向くようにLED部材を配置し、水面の照度を10lx以上に保つことを特徴とする、請求項1に記載のマグロ幼魚を飼育する方法。
【請求項4】
生簀または水槽内の水温を27度以上に保つことを特徴とする、請求項1乃至請求項3に記載のマグロ幼魚を飼育する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水槽および生簀を使ったマグロ幼魚の養殖において、幼魚の大量死を少なくする技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来マグロ養殖では、近海で捕獲した体長約20cmから30cmの天然幼魚を海面に設置した生簀内で大きく育てて市場に出荷している。また、卵からふ化させ成魚まで育てる完全養殖もおこなわれているが、生簀内での幼魚の衝突死が大問題となっている。
そこで、マグロ養殖では、衝突死を軽減するために様々な取り組みが行われている。
マグロの異常行動防止方法としては、生簀の壁を透明にしてストレスを軽減し、衝突死を軽減させるもの(特許文献1)や、生簀の水面照度を150lx以上で24時間照明することにより、ストレスを軽減させ、衝突死を減少させている(特許文献2)。
一方、マグロの飼育や保管、または、輸送方法には、飼育槽の水面照度を均一な照度(10lx以上100lx未満)に保つことにより、驚愕行動を防止し、衝突死を軽減させるもの(特許文献3)などがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4036381号
【特許文献2】特許第4081092号
【特許文献3】特許第5253314号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のマグロ養殖方法である水槽や生簀を使った陸上養殖においては、幼魚が大量に斃死することが問題となっている。原因として、マグロ幼魚が驚愕行動をおこして水槽や生簀の壁面に衝突したり、生簀から飛び出したりして死亡する場合が多い。
本発明は、そのような斃死を少なくするために、より有効な方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
マグロ幼魚の衝突死等、異常行動の発生防止策として、従来、照明を用いた方法では、照明を水面上方から照射して、遊泳槽を全体的に明るくすることによるもの等が提案されているが、遊泳槽の種類やサイズが変わった場合は、必ずしも万全ではないため、照射方法を含めて、より効果的な方法を抽出するため種々の実験を実施した。
具体的には、マグロ幼魚の網膜電位(ERG)を測定して色覚特性を調べた。また、照明色による反応実験や照明条件等の異なる飼育環境を用意して比較飼育試験を実施し、生存率に与える影響を調べた。
【実施例0006】
【0007】
実施例1においては、養殖ヨコワ(30cm)から網膜を採取し、暗室にて定エネルギー分光光源により400nm乃至650nmにおいて選択的に波長を照射して、網膜電位(ERG)の反応の大きさを調べた。その結果、480nm付近を中心に400~560nmのERG反応が大きいこと、650nmでは殆ど反応しないことが確認された。これらの結果から、マグロは青緑色での視認性は高いが、赤色は殆ど認識できないことが示唆された。
【0008】
実施例2においては、天然ヨコワ(20cm)を生簀に入れ、LED壁照明を全消灯から一気に全点灯した場合や、生簀を二区画に分け、各々異なる色彩を点灯した場合及び二区画の一区画を点灯、一区画を消灯させた場合での天然ヨコワの行動を観察した。色は青、緑、赤、白と切り替えながら実験を行った。
その結果、天然ヨコワは、色彩が異なる二区画の場合は赤色区画に寄り、点灯/消灯二区画の場合は、消灯区画に寄る行動が見られた。また、一気に点灯した場合は、驚愕行動を起こすが、衝突や飛び出しには至らなかった。
【0009】
実施例3においては、天然ヨコワ(30cm)を生簀に入れ、水中スピーカーにて10Hzから10,000Hzの音の環境にさらしたり、ハンディータイプのLEDブラックライト(紫外)にさらしたりした後、LED壁照明(白色)にて24時間連続点灯で飼育した。
照明は、LED発光チップを1.6~1.7cm間隔で配置したリボン状のものを水槽又は生簀の深さとほぼ同様の長さにして、リボンとリボンの間隔をほぼ50cmにして配置した。
水槽の壁面に設置したLED照度の計算値は、水面上方約20cmで3.3lxであった。この照度は参考文献にあげた照明条件よりも低い条件になっており、省エネルギーにもなる。なお、これらの条件で約3か月飼育した結果、9尾中8尾が生存し、生存率88%以上と最も良い結果が得られた。
【0010】
実施例2より、天然ヨコワは強い光を嫌い、暗がりを好む傾向があること、また、急な明暗差(光刺激)により驚愕行動を起こすことが分かった。ただし、スポット的な光に対しては集光性が認められた。
また、実施例3より、LED壁照明の白色においては、ほぼすべてのヨコワが3か月生存しており、壁を認識し、衝突しなくなったと考えられる。
【0011】
表2の実施例4乃至7は、飼育条件を変えた生簀による比較飼育試験で、実施例4においては、天然ヨコワ(20cm~30cm)を表2の生簀に入れ、LED照明を壁からではなく、生簀の壁に沿って、回りの水面の上からLED(波長464nm)照明を24時間点灯状態にして飼育した。1か月後の生存率は50%であった。実施例5においては、天然ヨコワ(20cm~30cm)を生簀に入れ、LED壁照明(波長461nm)にて24時間点灯して飼育した。実施例3と同じ生簀を使用したが、照明を白色LEDから青色LEDに変更して飼育を行った。1か月後の生存率は37.5%であった。
実施例6においては、天然ヨコワ(20cm~30cm)を生簀に入れ、照明無しで飼育した。この時、生簀の底付近の壁に沿って気泡を発生する装置を配置した。1か月後の生存率は11%と低い結果となった。
実施例7においては、天然ヨコワ(20cm~30cm)を生簀に入れ、照明無しで飼育した。1か月後の生存率は30%であった。
【0012】
実施例1の結果から、実施例4、5では白色照明の代わりにマグロの比視感度が最も高いと考えられる青色LEDの照明を用いて飼育した。実施例4では、壁にLEDを貼り付けるのではなく、生簀の外から水中の壁に向け青色LED照明を照射した。実施例5では、壁に直接青色LEDを配置し飼育した。1か月の飼育期間における生存率は、実施例4では50%、実施例5では37.5%と他の試験区に比べて良い生存率を示した。実施例4及び5の水面上方約20cmにおける照度の実測値は、それぞれ、0.85lx、0.48lxであり、参考文献にあげた照明条件よりもはるかに低い条件になっており、省エネルギーにもなる。
実施例1、3、5より、青ベースで且つ含有波長の多い白色の方が青単色より認識率が高くなると考えられる。実施例6は、気泡が壁の役割を果たすことによって、衝突が抑制されることを期待した実験であったが、気泡は壁と認識されなかったと考えられる。さらに、実施例7で明らかなように、壁を認識させるための照明は必要であるということがわかる。
これらの飼育方法は、マグロに限らず、照明を活用した飼育が有効な他の養殖魚で利用しても良い。
【0013】
表2の幼魚の斃死の原因として、もうひとつ飛び出しがある。生簀や水槽に設置したカメラによる撮影画像に、マグロ幼魚の飛び出している様子がはっきり映っている。マグロは、体温が下がると筋肉を動かし体温を上げる。また、同様に、体温が下がると水温の高い海面に向かって泳ぎ始めることもわかっている。これらのことから、水槽の水温が低い場合、マグロは魚の中で最速のスピードを持っているため、勢い余って飛び出すと考えられる。特に、若い幼魚は胸びれ等が尾びれほど発達してないため、制御も効きにくい。飛びだし防止策として 水面に、壁と同じようなLEDを配置することにより、障害物と認識し、飛び出し防止に有効と考えられる。また、水温の低い生簀では、衝突等の異常行動が、水温の高い生簀より頻度が高いという報告もあり、あらかじめ水温を高めに設定することも、飛び出し及び衝突等の異常行動の防止に効果があると考えられる。飛び出しが明確な時の、飛び出し発生日と発生した日の水温、前日の水温を以下にまとめた。
発生日 当日の水温 前日の水温
2019年8月 5日 26.1度 26.2度
2019年8月17日 27.0度 26.5度
2019年8月30日 25.9度 26.0度
2019年9月10日 27.8度 26.7度
これより、当日の水温もしくは前日の水温が27度を下回ると飛び出しが発生していることがわかり、27度以上に水温を設定すれば飛び出しが少なくなると考えられる。
また、本発明による請求項に記載の水槽または生簀の大きさは、マグロの密度が3kg/m3以下を確保していることを前提としている。
【0014】
本発明は、これらの実施例から得られた知見から完成したもので、
(1)白色LED照明を一列以上複数個配置した生簀または水槽の深さと同等の長さのLED部材を、50cm以下の間隔で生簀または水槽の壁面全体に沿って複数本配置し、LEDの発光ビームを、壁に対してほぼ垂直方向の生簀または水槽内部へ向くようにLED部材を配置し、水面の照度を0.4lx乃至9lxに保つようにすること、
(2)さらに飛び出し防止として、上記(1)と同じ部材を生簀または水槽の上面の開口部全体に沿ってほぼ水平に配置し、LEDの発光ビームを水面に対してほぼ垂直方向の生簀または水槽底部を向くように配置し、水面の照度を10lx以上に保つこと、
(3)さらに、生簀又は水槽の水温を27度以上に保つこと、などを特徴とする養殖におけるマグロ幼魚の生存率向上のための方法である。
本発明は、マグロの養殖において稚魚や幼魚の大量死をなんとか抑えようとして、その原因をいろいろな視点から数年間研究し 飼育手段および設備を発明することにより、少なくとも3か月にわたり歩留まり約90%の幼魚の飼育を達成することができた。