(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022061063
(43)【公開日】2022-04-18
(54)【発明の名称】ピペリジン誘導体及び抗がん剤
(51)【国際特許分類】
C07D 491/107 20060101AFI20220411BHJP
A61K 31/436 20060101ALI20220411BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20220411BHJP
【FI】
C07D491/107 CSP
A61K31/436
A61P35/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020168823
(22)【出願日】2020-10-06
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100118706
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 陽
(72)【発明者】
【氏名】桑田 一夫
【テーマコード(参考)】
4C050
4C086
【Fターム(参考)】
4C050AA04
4C050BB07
4C050CC18
4C050EE01
4C050FF02
4C050GG03
4C050HH04
4C086AA01
4C086AA02
4C086AA03
4C086CB22
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
(57)【要約】
【課題】特に肺がんに対するがん細胞の増殖を顕著に抑制することができる、新たなピぺリジン誘導体を提供すること。
提供する。
【解決手段】本発明のピペリジン誘導体は、下記化学式1又は2で示される化合物である。また、本発明の抗がん剤は、これらのピペリジン誘導体、又はその薬学上許容される塩、水和物、若しくは溶媒和物を有効成分として含む。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式1で示されるピペリジン誘導体。
【化1】
【請求項2】
下記化学式2で示されるピペリジン誘導体。
【化2】
【請求項3】
請求項1又は2に記載のピペリジン誘導体、又はその薬学上許容される塩、水和物、若しくは溶媒和物を有効成分として含む抗がん剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん細胞の増殖を抑制するピペリジン誘導体及びそれを用いた抗がん剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、分子レベルでの発がん機構の解明が進み、発がん機構に密接に関与しているシグナル伝達分子を標的とした、いわゆる分子標的薬剤の開発が盛んに行われている。シグナル伝達分子は、正常細胞では発現がほとんど認められないのに対して、がん細胞では発現が亢進しており、がん細胞の増殖過程において必須の役割を果たしていると言われている。この現象を利用し、シグナル伝達分子と強い相互作用を行う分子標的薬剤を見つけることにより、多くの抗がん剤が開発されてきた。
【0003】
Pygopusファミリーは,ヒストンのメチル化修飾部位に特異的に結合したり、ヒストンメチル化酵素と結合してヒストンのメチル化を促したりするタンパク質である。したがって、クロマチン修飾の“読み込み”および“書き込み”を同時に行うタンパク質であり、遺伝子の再生において重要な役割を担っている。その中でもPygopus2(Pygo2)は哺乳動物において機能的に重要な役割を果たしており,その全身性のノックアウトマウスは胎生致死である。またPygo2の発現レベルは正常細胞では低く、がん細胞では高い。これはPygo2がβ-cateninを介して腫瘍形成を促進するためである。こうした事実から、本発明者は、新たな抗がん剤を見出すための分子標的として、クロマチン制御タンパク質であるPygo2を選択し、その結合ポケットに焦点を当て、計算機によるドッキングミュレーションにより多数の化合物の効果を調べた。その結果、Pygo2の結合ポケットに強く結合する、いくつかのピペリジン誘導体を見出した。そして、さらに、それらのピペリジン誘導体が、がん細胞に対する抗がん作用を示すことを見出し、特許出願を行っている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1において抗がん剤としての効果が検証された抗がん剤は、いくつかのピぺリジン誘導体について調べられているだけであり、それ以外のピぺリジン誘導体についての検証はなされておらず、どのような種類のがんに対して抗がん作用を示すかについても分かっていなかった。
【0006】
本発明は、上記従来の問題に鑑みなされたものであり、特に肺がんに対するがん細胞の増殖を顕著に抑制することができる、新たなピぺリジン誘導体を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者は、上記従来の問題を解決するために、特許文献1に記載された下記ぺリジン誘導体(a)をリード化合物とし、新規なピぺリジン誘導体を合成し、その抗がん作用を調べた。その結果、肺がんに対してin vitro のみならずin vivoでも顕著な効果が認められる新規なピぺリジン誘導体を見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
【0009】
すなわち、第1発明のピペリジン誘導体は、下記化学式1で示されることを特徴とする。このピペリジン誘導体は、この化学式1で表現される限りおいて、ラセミ体のみならず光学異性体やその他の各種異性体も含む概念である。
【0010】
【0011】
また、第2発明のピペリジン誘導体は、下記化学式2で示されることを特徴とする。このピペリジン誘導体は、この化学式2で表現される限りおいて、ラセミ体のみならず光学異性体やその他の各種異性体も含む概念である。
【0012】
【0013】
本発明の試験結果によれば、第1発明及び第2発明のピぺリジン誘導体は、肺がんや肝がんに対してin vitroのみならずin vivoでも明確な効果が認められ、特に肺がんに対して顕著な効果を示した。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らが、新たな抗がん剤を見出すための分子標的として選択したPygo2の立体構造を
図1に示す。このPygo2において、ヒストンのメチル化修飾を制御しているのはPHD1ドメインであるため、この部位をターゲットとして、計算機によるドッキングミュレーションにより多数の化合物の効果を調べた。計算を行うためのプログラムとしては、ドッキングシミュレーションプログラムであるAutoDock Vina、分子動力学計算プログラムであるAmber、量子化学計算プログラムであるPAICSを実装した、統合創薬プログラム「NAGARA」を用いた(どちらも岐阜大学人獣感染防御研究センターで開発されたプログラムである(MOLECULAR SCIENCE 5, NP0015 (2011) Biochem. Biophys. Res. Commun. 489, 930-5, 2016参照。)。「PAICS」ではフラグメント分子軌道(FMO)法を利用しており、これによりタンパク質のような巨大分子の量子化学計算を行うことができる。また、「NAGARA」では,粗視化モデル計算や分子動力学計算を用いてターゲットの座標を準備し,PAICSを使って量子化学計算を実行するという一連の作業を,それぞれのタスクを繋いでワークフローを構築するという形で,簡便かつ統一的に行うことができる。
【0015】
スクリーニングにはin silicoバーチャルリガンドスクリーニングシステムを用いた。検索するリガンドのデータベースとしては、LigandBoxデータベースのAsinexサブセット(データ蓄積量:360,000種類の化合物)を用いた。Pygo2のPHDフィンガードメインを標的とし、2XB1(PDBコード)のC鎖をドッキング部位として選択した。格子のサイズは36 Å×35 Å×33 Åとした。Auto Dock Vinaのパラメータは以下のように設定した:exhaustiveness=8、最大結合モード数=20、エネルギーレンジ=4 kcal/mol。その他のパラメータはデフォルト値に設定した。その結果、Pygo2のPHD1ドメインに結合する化合物として、ピぺリジン誘導体(a)が見出された。
【0016】
【0017】
さらに、ピぺリジン誘導体(a)をリード化合物とし、このリード化合物と化学構造が似ているピペリジン誘導体として、実施例1のピペリジン誘導体1及び実施例2のピペリジン誘導体2を合成した。
【0018】
【0019】
<ピペリジン誘導体1及び2の調製>
実施例1のピペリジン誘導体1は、以下に示す合成経路に従って合成した。
【0020】
【0021】
すなわち、まずフェノール化合物3とBocでアミノ基を保護したピペリジン誘導体4とをピロリジン中で縮合させてピペリジン誘導体5とした。次にピペリジン誘導体5の保護基のBocをトリフルオロ酢酸によって脱離させてピペリジン誘導体6を得た。こうして得られたピペリジン誘導体6と、カルボニル基のα位が臭素化されたナフタレン化合物7とをNaHによって縮合させてピペリジン誘導体8を得た。さらに、ピペリジン誘導体8のカルボニル基をメタノール中、水素化ホウ素ナトリウムで水酸基に還元することによってピペリジン誘導体1を得た。こうして得られたピペリジン誘導体1の
1HNMRを
図2に示す。
【0022】
実施例2のピペリジン誘導体2は、以下に示す合成経路に従って合成した。
【0023】
【0024】
すなわち、インドール誘導体9をトシル基で保護して化合物10とし、さらにルイス酸として塩化アルミニウム存在下で塩化アセチルによってアセチル化してインドール誘導体11を得た。さらにインドール誘導体11におけるカルボニル基のβ位の炭素をCuBr
2によって臭素化してインドール誘導体12を得た。そして、インドール誘導体12と、実施例1のピペリジン誘導体1の合成する際の中間体化合物6とを炭酸カリウム存在下で縮合させてピペリジン誘導体13を得た。さらにピペリジン誘導体13のカルボニル基をメタノール中、水素化ホウ素ナトリウムで水酸基に還元することによりピペリジン化合物14とした後、電子還元条件であるMg/MeOH系によって穏和にトシル基を脱保護してピペリジン化合物2を得た。こうして得られたピペリジン化合物2の
1HNMRを
図3に示す。
【0025】
-評 価-
上記実施例1のピペリジン誘導体1及び実施例2のピペリジン誘導体2について、以下に示す「がん細胞を用いた増殖抑制試験」、「正常繊維芽細胞に対する細胞毒試験」及び「ヌードマウスを用いた異種移植試験」を行った。
【0026】
<がん細胞を用いた増殖抑制試験>
ヒト由来の肺がん細胞であるA549細胞を、10%ウシ胎児血清を加えたDulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)培地中、37℃、5%CO2条件下で培養した。細胞は96ウェルプレートに播種し24時間前培養した。実施例1又は実施例2のピペリジン誘導体を加え、72時間培養後、Cell Counting Kit-8(Dojindo)を用いて細胞数を測定した。ネガティブコントロールとしてDimehtyl sulfoxide(DMSO)を、ポジティブコントロールとしてStaurosporine、Crizotinib、ICG001を使用した。また、IC50についてはGraph Pad Prism 6.0 for windows(Graph Pad Software, Inc., La Jolla, CA., USA)を使用して計算した。
同様の試験をヒト由来の結腸がん細胞であるHCT116細胞についても行った。
【0027】
・評価結果
肺がん細胞A549に対する抗がん効果の結果を
図4及び
図5に示す。実施例1のピペリジン誘導体1では、
図4に示すように、IC
50=9.98μMとなり、優れた細胞増殖の抑制効果を奏することが分かった。また、実施例2のピペリジン誘導体2では、
図5に示すように、IC
50=12.60μMとなり、優れた細胞増殖の抑制効果を奏することが分かった。なお、市販の抗がん剤である比較例1(crizotinib)ではIC50=9.664μM、比較例2(ICG001)ではIC
50=8.031μMであった。
また、結腸がん細胞HCT116に対する抗がん効果の結果を
図6及び
図7に示す。実施例1のピペリジン誘導体1では、
図6に示すように、IC
50=6.21μMとなり、優れた細胞増殖の抑制効果を奏することが分かった。また、実施例2のピペリジン誘導体2では、
図7に示すように、IC
50=7.60μMとなり、優れた細胞増殖の抑制効果を奏することが分かった。なお、市販の抗がん剤である比較例2(ICG001)では3.812μMであった。比較例2のIC
50はやや低い値であるが、IC
50以上の濃度においては増殖抑制効果がそれほど増大せず、実施例1のピペリジン誘導体の方が優れていた。
【0028】
<ヌードマウスを用いた異種移植試験>
異種移植試験を行うために、6週齢のメスのBALB/cヌードマウス(日本エスエルシー株式会社)を使用した。マウスの腹側部に肺がん細胞であるA549細胞(又は結腸がん細胞HCT116)を接種し、腫瘍が肉眼で確認できるサイズ(1cmφ程度)になったところで実施例1又は実施例2のピペリジン誘導体の投与(10mg/Kg)を開始した。投与は1日1回、14日間行った。腫瘍の体積はtumor volume (mm3) = π/6 (length x height x width)として計算した。試験終了時にマウスを安楽殺し、腫瘍を摘出して病理組織標本を作成した。すべての試験は岐阜大学動物実験倫理審査委員会の許可のもとで行った。
【0029】
結果を
図7に示す。肺がん細胞A549を用いた異種移植試験では、実施例1のピペリジン誘導体1を投与した場合には、初期において腫瘍の体積が顕著に小さくなった。なお、試験後半において毒性によるマウスの死亡率の上昇が認められたが、用量を調製することによって回避可能と推定される。
また、実施例2のピペリジン誘導体2を投与した場合には、投与の開始後、マウスの死亡はなくなり、腫瘍の体積の顕著な縮小が認められた。
これに対して、コントロールでは、腫瘍の体積が徐々に大きくなった。
以上の結果から、実施例1及び実施例2のピペリジン誘導体1,2ともに、肺がんに対する抗がん効果が認められ、特に実施例2のピペリジン誘導体2の効果が優れていることが分かった。
【0030】
一方、結腸がん細胞HCT116を用いた異種移植試験では、
図8に示すように、実施例1のピペリジン誘導体1及び比較例1(ICG001)を投与した場合には、腫瘍の体積はほとんど変わらず、結腸がん細胞HCT116の細胞増殖を抑制していることが分かった。これに対して、コントロールでは、腫瘍の体積が徐々に大きくなった。以上の結果から、実施例1のピペリジン誘導体1は結腸がんに対する抗がん剤としても、比較例1(ICG001)と同程度の抗がん作用を奏することが示唆された。
【0031】
この発明は上記発明の実施の態様及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】分子標的として選択したPygo2の立体構造を示す模式図である。
【
図2】ピペリジン誘導体1の
1HNMRチャートである。
【
図3】ピペリジン誘導体2の
1HNMRチャートである。
【
図4】肺がん細胞A549に対する実施例1のピペリジン誘導体1の抗がん効果を示すグラフである。
【
図5】肺がん細胞A549に対する実施例2のピペリジン誘導体2の抗がん効果を示すグラフである。
【
図6】結腸がん細胞HCT116に対する実施例1のピペリジン誘導体1の抗がん効果を示すグラフである。
【
図7】結腸がん細胞HCT116に対する実施例2のピペリジン誘導体2の抗がん効果を示すグラフである。
【
図8】肺がん細胞A549及び結腸がん細胞HCT116のヌードマウスへの異種移植試験の結果を示すグラフである。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明のピペリジン誘導体は、肺がん細胞A549や結腸がん細胞HCT116の増殖を抑制することから、抗がん剤として利用できる。