(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022061431
(43)【公開日】2022-04-18
(54)【発明の名称】金属ストリップ表面への溝形成方法、および方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 8/12 20060101AFI20220411BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20220411BHJP
B23K 26/361 20140101ALI20220411BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20220411BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20220411BHJP
【FI】
C21D8/12 D
H01F1/147 175
B23K26/361
C22C38/00 303U
C22C38/04
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020169441
(22)【出願日】2020-10-06
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100221165
【弁理士】
【氏名又は名称】杉原 あずさ
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼城 重宏
(72)【発明者】
【氏名】大村 健
(72)【発明者】
【氏名】中川 暢子
【テーマコード(参考)】
4E168
4K033
5E041
【Fターム(参考)】
4E168AD03
4E168DA28
4E168DA32
4E168DA34
4E168DA40
4K033AA02
4K033FA00
4K033FA12
4K033FA13
4K033HA00
4K033HA01
4K033HA03
4K033JA04
4K033MA00
4K033MA02
4K033PA04
4K033PA08
4K033RA10
4K033SA01
4K033SA02
4K033SA03
4K033TA06
5E041AA02
5E041BD10
(57)【要約】
【課題】低出力レーザであっても、レーザ照射に伴う金属ストリップへの熱影響を低減しつつ、エッチングレジスト被膜を良好に除去して幅が狭い溝を金属ストリップ表面に形成し、ひいては極めて磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を提供すること。
【解決手段】金属ストリップの少なくとも片面に明度指数L*が0以上70以下であるエッチングレジスト被膜を形成し、次いで、前記エッチングレジスト被膜に、前記金属ストリップの圧延方向を横切る向きに走査しながら出力1.5kW未満のレーザを照射して、該レーザが照射された部分のエッチングレジスト被膜を除去し、次いで、前記金属ストリップのエッチングレジスト被膜が除去された部分にエッチング処理を施して溝を形成する、金属ストリップ表面への溝形成方法。ここで、前記明度指数L*とは、CIELAB色空間におけるL*値である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属ストリップの少なくとも片面に明度指数L*が0以上70以下であるエッチングレジスト被膜を形成し、
次いで、前記エッチングレジスト被膜に、前記金属ストリップの圧延方向を横切る向きに走査しながら出力1.5kW未満のレーザを照射して、該レーザが照射された部分のエッチングレジスト被膜を除去し、
次いで、前記金属ストリップのエッチングレジスト被膜が除去された部分にエッチング処理を施して溝を形成する、金属ストリップ表面への溝形成方法。
ここで、前記明度指数L*とは、CIELAB色空間におけるL*値である。
【請求項2】
前記エッチングレジスト被膜の除去幅が200μm以下、かつ前記レーザの走査速度が111m/s以上である、請求項1に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【請求項3】
前記金属ストリップ表面上への前記レーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径が200μm以下である、請求項1または2に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【請求項4】
前記レーザは、レーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径が200μm以下のファイバーレーザである、請求項1から3のいずれか1項に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【請求項5】
前記エッチングレジスト被膜を形成する前において、前記金属ストリップの圧延直角方向における表面粗さRaが、0.5μm以下である、請求項1から4のいずれか1項に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【請求項6】
鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、
次いで、前記熱延鋼板に、あるいは、前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して得た熱延焼鈍板に、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して冷延鋼板とし、
次いで、前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板とし、
次いで、前記一次再結晶板に二次再結晶焼鈍を施して二次再結晶板とする、
方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記熱間圧延後のいずれかの鋼板の表面に、請求項1から5のいずれか1項に記載の溝形成方法により、溝を形成する、方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器などの電気機器における鉄心などに用いられる方向性電磁鋼板などの金属ストリップ表面への溝形成方法、およびこの溝形成方法を利用する方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は主に、変圧器内部の鉄心用材料として用いられる。変圧器のエネルギ使用効率を向上させるため、方向性電磁鋼板の低鉄損化が要求されている。方向性電磁鋼板を低鉄損化する技術の一つとして、鋼板表面に溝などの凹凸部を形成することによって、磁区構造を細分化する技術が挙げられる。鋼板表面に溝を形成する方法としては、歯車状のロールを鋼板表面に押し付ける方法、レーザビームを用いて鋼板地鉄を局所的に溶融させる方法、およびエッチングレジスト被膜を利用して、鋼板表面のエッチングレジスト未塗布部を化学エッチングまたは電解エッチングによりエッチングすることにより、エッチングレジスト未塗布部に溝を形成する方法などが知られている。このうち、エッチングレジスト被膜を利用する方法は、深い溝を効率的に形成するのに有利な手法であり、高い磁区細分化効果を有するという利点がある。しかしながら、エッチングレジスト被膜を利用する方法においても、他の方法と同様に、高い精度と均一性とをもって溝を形成することが極めて重要な課題である。
【0003】
エッチングレジスト被膜を利用して溝を形成する方法の中でも、特に工業的に有利な手法として、鋼板表面に均一に塗布したエッチングレジスト被膜の一部をレーザビームによって局所的に除去し、被膜が除去された部分の鋼板表面を化学エッチングまたは電解エッチングによりエッチングして、溝を形成する技術がある(特許文献1)。適切にメンテナンスされた条件下では、レーザビームは非常に均一なビーム性状を保つため、非常に均一な溝を形成することが可能である。一方で、本発明者らがこれまでの研究において明らかにしたように、本手法においては、エッチングレジスト被膜の除去のために照射されたレーザによって地鉄に歪みや溶融が発生し、最終製品板における磁気特性を損なう虞があった。これに対し、特許文献2には、高出力レーザー(出力1.5kW以上)を用いることで、短時間でエッチングレジスト被膜を除去することにより、照射中の地鉄中の熱拡散を抑制し、高い磁気特性を得る技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6332185号明細書
【特許文献2】特許第6172403号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、溝によって磁区を細分化した方向性電磁鋼板の磁気特性は、溝幅が狭いほど良好になることが知られている。均一に塗布したエッチングレジスト被膜の一部をレーザビームによって局所的に除去する方法において、狭い溝を形成するためには、エッチングレジスト被膜を除去するためのビーム径を小さくすることが最も有効である。しかし、ビーム径は、高出力であるほど大きくなる傾向があるため、上述の特許文献2に示すような技術において、形成される溝幅を200μm以下にまで縮小することは困難であった。レーザの設置台数を増やし、低出力レーザを鋼板上に遅い速度で走査させることによってエッチングレジスト被膜を除去するといった対策は有効であるものの、一方で、設備コストおよびメンテナンスコストの増大といった別の問題が免れえなかった。すなわち、さらなる
溝幅減少のためには、低出力レーザであっても、従来用いられている高出力レーザと同様にレジスト被膜が除去される必要がある。
【0006】
また、本発明者らは、独自の検討の結果、エッチングレジスト被膜の除去のために照射されたレーザによって地鉄の硬度が減少した場合において、最終的に得られる方向性電磁鋼板の鉄損が劣化することを見出した。よって、本発明者らは、地鉄の硬度減少を含む、レーザ照射に伴う金属ストリップへの熱影響を低減することで、磁気特性をさらに向上することができると考えた。
【0007】
そこで本発明は、低出力レーザであっても、レーザ照射に伴う金属ストリップへの熱影響を低減しつつ、エッチングレジスト被膜を良好に除去して幅が狭い溝を金属ストリップ表面に形成し、ひいては極めて磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の要旨構成は以下のとおりである。
[1]金属ストリップの少なくとも片面に明度指数L*が0以上70以下であるエッチングレジスト被膜を形成し、
次いで、前記エッチングレジスト被膜に、前記金属ストリップの圧延方向を横切る向きに走査しながら出力1.5kW未満のレーザを照射して、該レーザが照射された部分のエッチングレジスト被膜を除去し、
次いで、前記金属ストリップのエッチングレジスト被膜が除去された部分にエッチング処理を施して溝を形成する、金属ストリップ表面への溝形成方法。
ここで、前記明度指数L*とは、CIELAB色空間におけるL*値である。
【0009】
[2]前記エッチングレジスト被膜の除去幅が200μm以下、かつ前記レーザの走査速度が111m/s以上である、上記[1]に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【0010】
[3]前記金属ストリップ表面上への前記レーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径が200μm以下である、上記[1]または[2]に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【0011】
[4]前記レーザは、レーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径が200μm以下のファイバーレーザである、上記[1]から[3]のいずれかに記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【0012】
[5]前記エッチングレジスト被膜を形成する前において、前記金属ストリップの圧延直角方向における表面粗さRaが、0.5μm以下である、上記[1]から[4]のいずれかに記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【0013】
[6]鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、
次いで、前記熱延鋼板、あるいは前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して得た熱延焼鈍板に、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して冷延鋼板とし、
次いで、前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板とし、
次いで、前記一次再結晶板に二次再結晶焼鈍を施して二次再結晶板とする、方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記熱間圧延後のいずれかの鋼板の表面に、上記[1]から[5]のいずれかに記載の溝形成方法により、溝を形成する、方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、低出力レーザであっても、レーザ照射に伴う金属ストリップへの熱影響を低減しつつ、エッチングレジスト被膜を良好に除去して幅が狭い溝を金属ストリップ表面に形成することができ、ひいては極めて磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】高い磁気特性が得られなかった条件において、レーザ照射部付近の鋼板地鉄の硬度分布を調べた結果を示す図である。
【
図2】エッチングレジスト被膜の明度指数L*と、方向性電磁鋼板の鉄損W
17/50との相関を示す図である。
【
図3】エッチングレジスト被膜の明度指数L*と、該エッチングレジスト被膜を除去するのに必要なレーザの出力との相関を示す図である。
【
図4】エッチングレジスト被膜の明度指数L*=44である場合の、圧延直角方向(TD)におけるエッチングレジスト被膜の除去幅分布を示す図である。
【
図5】エッチングレジスト被膜を形成する前における鋼板の圧延直角方向(TD)の表面粗さRaが0.5μmを超えた場合の、エッチングレジスト被膜の明度指数L*と、方向性電磁鋼板の鉄損W
17/50との相関を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
まず、本発明を開発する契機となった実験について説明する。なお、以下の説明において、鋼板の成分元素の含有量を表す「%」および「ppm」は、特に明記しない限り、それぞれ「質量%」および「質量ppm」を意味する。また、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0017】
<実験1>
本発明者らは、エッチングレジスト被膜の要件を変更することを考えた。そして、鋼板の表面に様々な種類のエッチングレジスト被膜を形成し、鋼板の表面に線状溝を形成して、得られる磁束密度を比較した。まず、線状溝を形成する500mm幅の冷延鋼板(C:0.048%,
Mn:0.07%, P:0.007%, S:0.002%, Al:0.010%, N:50ppm, Ti+Nb+V+Zr+Ta<0.001%)を作製した。上述した成分組成を有する鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、次いで、熱延鋼板に1050℃の熱延板焼鈍を施して得た熱延焼鈍板に、300℃以下にて冷間圧延を施して0.22mm厚の冷延鋼板とした。この冷延鋼板の表面に、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を、グラビアロールにて均一に塗布して、エッチングレジスト被膜を形成した。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤としては、水系アルキド樹脂を主体として、黒色顔料および白色顔料の組成を変更したものを用いた。次いで、高出力レーザを、該冷延鋼板の圧延方向(RD)と直角の方向(圧延直角方向:TD)に走査しながら照射して、エッチングレジスト被膜を局所的に除去した。次いで、冷延鋼板をエッチング処理に供し、レーザによりエッチングレジスト被膜が除去された部分(以下、レーザ除去部とも称する)の鋼板表面をエッチングし、冷延鋼板の表面に線状溝を形成した。次いで、冷延鋼板に残存したエッチングレジスト被膜を完全に除去した。次いで、線状溝を形成した冷延鋼板に860℃にて脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施して、一次再結晶板とし、さらに最高温度1200℃にて二次再結晶焼鈍を施して、二次再結晶板とした。次いで、該二次再結晶板に、鋼板の平坦化と絶縁張力被膜形成を目的として最高到達温度860℃で焼鈍を施して、板厚0.22mmの方向性電磁鋼板とした。このようにして線状溝を形成して作製した各方向性電磁鋼板について、鉄損特性を評価した。鉄損については、100mm幅320mm長さのSST試験片30枚を用いて単板磁気試験を行ない、最大磁束密度:1.7T、周波数:50kHzにおける鉄損:W17/50(W/kg)を測定した。その結果、エッチングレジスト被膜の種類によっては、高い磁気特性が得られないことがあることを知見した。
【0018】
ここで、高い磁気特性が得られなかった条件で別途エッチングレジスト被膜の形成とレーザ照射とを行い、レーザ照射部付近の鋼板表面の地鉄の硬度分布を調べた。結果を
図1に示す。図中のRD位置は、鋼板の幅方向中央部における、鋼板上のレーザ照射中心を原点とした圧延方向(RD)における位置を示している。ここで、レーザは、径80μm、出力1.8kWのレーザ照射装置一台により鋼板上に照射した。地鉄の硬度の測定は、上記と同様にエッチングレジスト被膜を形成した冷延鋼板において、エッチングを行わずにエッチングレジスト被膜を除去した後に行なった。地鉄の硬度の測定にはマイクロビッカース硬度計を用い、図中各点は測定点15点の平均値とした。また、硬度の基準は、レーザ照射部から圧延方向(RD)に1mm離れた位置(レーザ未照射部)での値とし、レーザ未照射部における硬度値に対する、各測定点における地鉄の硬度変化の割合を調査した。本図より、レーザ照射部の鋼板表面においては、レーザ未照射部と比較して明瞭な硬度減少が認められ、この硬度減少が、方向性電磁鋼板の磁気特性の劣化に何かしらの影響を及ぼすものと考えられた。
【0019】
<実験2>
本発明者らは、エッチングレジスト被膜の種類を変更し、エッチングレジスト被膜の種類と、最終的に得られる方向性電磁鋼板の磁気特性(鉄損W17/50)との関係を鋭意調査した。まず、線状溝を形成する500mm幅の冷延鋼板(C:0.048%, Mn:0.07%, P:0.007%, S:0.002%, Al:0.010%, N:50ppm, Ti+Nb+V+Zr+Ta<0.001%)を作製した。上述した成分組成を有する鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、次いで、1050℃で熱延板焼鈍を施した熱延焼鈍板に、冷間圧延を施して冷延鋼板を得た。次いで、該冷延鋼板に後述する条件にて線状溝を形成し、860℃にて一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板を得た後、該一次再結晶板に最高温度1200℃にて二次再結晶焼鈍を施して、二次再結晶板を得た。該二次再結晶板に、鋼板の平坦化と絶縁張力被膜形成とを目的として最高到達温度860℃で焼鈍を施して、板厚0.22mm厚の方向性電磁鋼板とした。
【0020】
前記線状溝の形成では方向電磁鋼板の表面に、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を塗布して、エッチングレジスト被膜を形成した。この際、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤として、水系アルキド樹脂を主体とし、黒色顔料および白色顔料の組成を変更したものを用い、異なる組成のエッチングレジスト被膜が形成された複数の方向性電磁鋼板を得た。
【0021】
次に、エッチングレジスト被膜形成後のそれぞれの方向性電磁鋼板の圧延直角方向(TD)に走査しながらレーザを照射して、エッチングレジスト被膜を局所的に除去した。そして、レーザ除去部の鋼板表面をエッチングし、方向性電磁鋼板の表面に線状溝を形成した。次いで鋼板表面に残存したエッチングレジスト被膜を除去した。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を塗布した方向性電磁鋼板の表面粗さRaは、圧延直角方向(TD)に0.1μmであった。エッチングレジスト被膜を除去するためのレーザは、径120μmの一台のレーザ照射装置により照射した。レーザの出力は、事前のテストによりエッチングレジスト被膜の種類ごとに決定した。すなわち、レーザの出力を100W毎に増大させながら照射し、レーザ照射部について外観を目視判定し、レーザの照射面積に対してエッチングレジスト被膜が95%以上の面積率で除去された条件のうち最低のレーザ出力を、各エッチングレジスト被覆剤を除去するのに必要なレーザの出力とし、この出力で照射を行った。ここで、レーザの照射面積は、ビームの走査直交方向の径と、レーザを走査させた距離とを掛け合わせて求めた。
【0022】
平坦化および絶縁張力被膜形成後の方向性電磁鋼板について、100mm幅320mm長さのSST試験片3枚を用いて単板磁気試験を行ない、最大磁束密度:1.7T、周波数:50kHzにおける鉄損:W17/50(W/kg)を測定した。
【0023】
分光測色計で計測した分光反射率にて数値化した、CIELAB色空間(CIE 1976 L*a*b*色空間)におけるエッチングレジスト被膜の明度指数L*値(以下、単にL*値とも称する)と、方向性電磁鋼板の磁気特性との間に、
図2に示す相関を見出した。
図2に示すように、本実験により、エッチングレジスト被膜のL*値が70以下の場合に、溝形成後の方向性電磁鋼板の鉄損W
17/50が著しく低減することが明らかとなった。
【0024】
図3に、エッチングレジスト被膜の明度指数L*と、上記で求めた該エッチングレジスト被膜を除去するのに必要なレーザの出力との相関を示す。本発明者らは、
図3に示すように、L*値が低いほどエッチングレジスト被膜を除去するために必要なレーザ出力が低下することを見出した。そして、本発明者らは、エッチングレジスト被膜のL*値が70より低い場合であれば、必ずしも高出力条件のレーザを用いなくとも、エッチングレジスト被膜を除去することができることを見出した。すなわち、低出力レーザによってエッチングレジスト被膜を除去することができれば、ビーム径を小さくして、幅が狭い溝を形成することができ、ひいては方向性電磁鋼板の磁気特性を向上することが可能となる。
【0025】
<実験3>
上述した実験2のL*=44の場合における、圧延直角方向(TD)におけるエッチングレジスト被膜の除去幅分布を求めた。結果を
図4に示す。本図から明らかなように、L*値を低くすることで、レーザ照射端部での除去幅の顕著な低下は認められず、均一にエッチングレジスト被膜を除去することができる。なお、エッチングレジスト被膜の除去幅は、圧延直角方向(TD)の各位置において、光学顕微鏡にて観察することで調べた。
【0026】
<実験4>
さらに、本発明者らは、エッチングレジスト被膜を形成する前の方向性電磁鋼板の表面粗さRaを大きくして、エッチングレジスト被膜の種類を変更し、鉄損への影響を調査した。まず、線状溝を形成する500mm幅の冷延鋼板(C:0.043%, Mn:0.07%,P:0.002%, S:0.001%,Al:0.009%, N:45ppm, Ti+Nb+V+Zr+Ta<0.001%)を作製した。上述した成分組成を有する鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、次いで、1050℃にて熱延板焼鈍した熱延焼鈍板に、冷間圧延を施して冷延鋼板を得た。該冷延鋼板に線状溝を形成し、次いで、860℃にて一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板を得、該一次再結晶板に最高温度1200℃にて二次再結晶焼鈍を施して、二次再結晶板を得た。次いで、該二次再結晶板に、鋼板の平坦化と絶縁張力被膜形成とを目的として最高到達温度860℃で焼鈍を施して、板厚0.22mmの方向性電磁鋼板を得た。
【0027】
前記線状溝の形成では方向電磁鋼板の表面にエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を塗布して、エッチングレジスト被膜を形成した。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤として、実験2と同様に水系アルキド樹脂を主体とし、黒色顔料および白色顔料の組成を変更したものを用い、異なる組成のエッチングレジスト被膜が形成された複数の方向性電磁鋼板を得た。実験2同様、エッチングレジスト被膜形成後のそれぞれの方向性電磁鋼板の圧延直角方向(TD)にレーザを照射し、レーザ除去部の鋼板表面をエッチングし、方向性電磁鋼板の表面に線状溝を形成して、鋼板表面に残存したエッチングレジスト被膜を除去した。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を塗布した方向性電磁鋼板の表面粗さRaは、圧延直角方向(TD)に0.55μmであった。エッチングレジスト被膜を除去するためのレーザは、径は120μmの一台のレーザ照射装置により照射した。レーザ出力は、各明度のエッチングレジスト被膜に対応して、実験2と同様にした。
【0028】
平坦化および絶縁張力被膜形成後の方向性電磁鋼板の鉄損については、100mm幅320mm長さのSST試験片3枚を用いて単板磁気試験を行ない、最大磁束密度:1.7T、周波数:50kHzにおける鉄損:W
17/50(W/kg)を測定した。結果を
図5に示す。
【0029】
エッチングレジスト被膜を形成する前の方向性電磁鋼板の表面粗さRaが大きい場合には、エッチングレジスト被膜のL*値が低くとも、鉄損が低くならない場合があることを知見した。
図5は、エッチングレジスト被膜を形成する前の方向性電磁鋼板の表面粗さRaが、圧延直角方向に0.55μmの場合に得られた、エッチングレジスト被膜のL*値と溝形成後の方向性電磁鋼板の鉄損W
17/50との関係を示す図である。
図2との比較により、エッチングレジスト被膜を形成する前の方向性電磁鋼板の表面粗さRaが、圧延直角方向に0.55μmの場合には、表面粗さRaが0.1μmの場合と比較して、L*を70以下としても低鉄損化の効果が小さいことが明らかとなった。
【0030】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。本実施形態に係る溝形成方法は、
金属ストリップの少なくとも片面にエッチングレジスト被膜を形成し、
次いで、前記エッチングレジスト被膜に、前記金属ストリップの圧延方向を横切る向きに走査しながら出力1.5kW未満のレーザを照射して、該レーザが照射された部分のエッチングレジスト被膜を除去し、
次いで、前記金属ストリップのエッチングレジスト被膜が除去された部分にエッチング処理を施して溝を形成する、金属ストリップ表面への溝形成方法である。
ここで、前記エッチングレジスト被膜は、CIELAB色空間における明度指数L*が0以上70以下である。
【0031】
エッチングレジスト被膜およびエッチングレジスト被膜形成用被覆剤
まず、金属ストリップの少なくとも片面に、エッチングレジスト被膜を形成する。エッチングレジスト被膜は、エッチング工程において金属ストリップ表面の腐食を防止するために形成される。エッチングレジスト被膜の色調を、分光測色計で計測した分光反射率にて数値化したCIELAB色空間(CIE 1976 L*a*b*色空間)において、L*値を0以上70以下とすることが、本発明の極めて重要な発明構成要件である。上述の通り、L*値を低減することにより、低出力レーザであっても、金属ストリップへの熱影響を低減しつつ、幅が狭い溝を金属ストリップ表面に形成し、ひいては極めて磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を提供することができる。エッチングレジスト被膜の明度指数L*は、好ましくは65以下、より好ましくは、60以下とする。なお、エッチングレジスト被膜の明度指数L*の下限は、0以上であればよく、特に限定されない。
【0032】
エッチングレジスト被膜の明度指数がL*=79およびL*=44の二種類のエッチングレジスト被膜を形成し、エッチングレジスト被膜をレーザ除去した後の鋼板のレーザ走査部における地鉄硬度が、レーザ未照射部における硬度値に対し1%以上減少したかについて調査した。結果を表1に示す。エッチングレジスト被膜は、500mm幅の冷延鋼板(C:0.042%, Mn: 0.14%, P:0.003%, S:0.002%, Al:0.11%, N:54ppm, Ti+Nb+V+Zr+Ta<0.001%)上に形成した。該冷延鋼板は、鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、次いで、1050℃で熱延板焼鈍した熱延焼鈍板に、冷間圧延を施して冷延鋼板としたものである。レーザは、鋼板上で径が200μmとし、鋼板の500mm幅方向に走査しながら照射した。ここで、レーザ走査部の全幅にわたってエッチングレジスト被膜がレーザの照射面積に対して95%以上除去されるように、レーザ出力を予め調整した。表中の位置は、レーザが走査された鋼板の幅方向中央部を原点とした、レーザ走査方向における位置を示す。原点および、そこから±50、±100、±150、±245mm離れたレーザ走査部にて、鋼板の硬度を測定した。地鉄の硬度の測定には、マイクロビッカース硬度計を用い、各位置での硬度は測定点15点の平均値とした。硬度の基準は、レーザ照射部から圧延方向(RD)に1mm離れた位置(レーザ未照射部)での値とし、各測定点における地鉄硬度が、レーザ未照射部における硬度値に対し1%以上減少したかについて調査した。上記二種類の条件にて、
図1のようなレーザ未照射部に対する硬度変化分布を圧延方向位置毎に測定したが、L*=79の幅方向中心部位置のみ(レーザ照射部)で、1%以上の硬度変化が認められ、その他の位置では硬度変化は1%未満
であった。
【0033】
【0034】
表1に示すように、エッチングレジスト被膜の明度指数がL*=44であった場合、レーザ走査方向におけるいずれの位置においても、地鉄の硬度がレーザ未照射部における硬度値に対し1%以上減少することがなかった。これに対し、エッチングレジスト被膜の明度指数がL*=79であった場合、鋼板の幅方向中央部(原点:位置0mm)において、地鉄硬度がレーザ未照射部における硬度値に対し1%以上減少した。なお、L*値が高い条件では、1.5W以下の低出力レーザを使用してエッチングレジスト被膜の除去を試みたが、幅方向位置245mmでエッチングレジスト被膜が完全に除去されなかった。全幅でエッチングレジスト被膜を除去するためには1.8kWの高いレーザ出力が必要であった。これに対し、L*値が低い条件では、レーザ出力1.0kWで全幅にわたってエッチングレジスト被膜が除去された。詳細な原因は不明であるが、エッチングレジスト被膜のL*値が高い場合、特にレーザ走査方向のレーザビーム偏向端部において、エッチングレジスト被膜のレーザ吸収能が低下するために、さらに高出力のレーザが必要となったものと推定される。
【0035】
エッチングレジスト被膜は、アルキド系樹脂、エポキシ系樹脂、およびポリエチレン系樹脂のうちいずれかを主成分とするもの(有機系)が好適であるがこの限りではない。例えば、方向性電磁鋼板の張力被膜となる無機系コーティングをエッチングレジスト被膜としてもよい。エッチングレジスト被膜の厚みは、0.1μm以上8μm以下とするのが一般的である。エッチングレジスト被膜の厚みを過度に厚くすると、コスト増大につながることから、エッチングレジスト被膜の厚みは、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を均一に塗布することができ、かつエッチングが正常に実施できる範囲の中で、可能な限り小さい値とすることが好ましい。
【0036】
エッチングレジスト被膜の明度指数L*値の調節は、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤中の顔料成分の配合量を調整することにより行うことができる。例えば、アルキド系樹脂を一部に含む溶剤に、白色顔料と黒色顔料との少なくとも一方を、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤に含まれる全固形分に対する固形分換算の合計量の割合が、0.01質量%以上95質量%以下となる範囲内で調整を行うことが可能である。コスト面を考えると、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤に含まれる全固形分に対する白色顔料および黒色顔料の固形分換算の合計量の割合は、0.01質量%以上30質量%以下とすることがより好ましい。黒色顔料としては、チタン酸化物、鉄リン化物、炭素など公知の黒色物質を用いることができる。また、白色顔料としては、亜鉛やチタンの酸化物など公知の白色物質を用いることができる。
【0037】
本発明のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤は、本発明の効果を損なわない限りその他の成分を含んでもよい。その他の成分としては、例えば、界面活性剤、防錆剤、潤滑剤、消泡剤、酸化防止剤、レベリング剤等が挙げられる。これらその他の成分は、エッチン
グレジスト被膜の性能や、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤の均一塗布性を一層向上させるために、添加される。これらその他の成分の合計の配合量は、エッチングレジスト被膜の性能を十分に維持する観点から、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤に含まれる全固形分に対して(乾燥被膜中の配合割合で)、固形分換算で95質量%以下とすることが好ましい。
【0038】
(無機系コーティング)
上述の通り、エッチングレジスト被膜は、方向性電磁鋼板の張力被膜となる無機系コーティングとしてもよい。被膜組成については、公知文献(例えば、国際公開第WO2015/064472 A1号)に示される方向性電磁鋼板用の絶縁張力被膜をベースに用いることができるが、公知の方向性電磁鋼板用の絶縁張力被膜の多くは無色透明であることから、別途、色調の調整が必要である。例えば、リン酸塩(リン酸Mg、リン酸Al、リン酸Caなど)を固形分換算で20~80質量%、酸化クロムを固形分換算で0~10質量%、およびシリカを固形分換算で20~50質量%含有する無機系コーティング液をベースとして、上述した有機系のエッチングレジストと同様に、被膜の明度指数L*値を黒色顔料や白色顔料などの顔料成分の配合によって調整し、絶縁張力被膜を形成することができる。
【0039】
溝形成方法
本溝形成方法においては、まず上述したエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を、金属ストリップの表面または表裏両面に塗布し、エッチングレジスト被膜を形成する。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤の塗布は、公知の方法によることができるが、金属ストリップの表面または表裏両面に均一に塗布することが好ましい。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤の塗布は、例えば、グラビアロールを用いて行う。
【0040】
エッチングレジスト被膜は、後述するエッチング処理前までに乾燥させる。好ましくは、エッチングレジスト被膜は、後述するレーザ照射前までに乾燥させる。エッチングレジスト被膜を乾燥する際、乾燥温度は、180~300℃とすることが好ましいが、乾燥の方法は特に限定されない。例えば、熱風を吹き付けるなどの方法により、エッチングレジスト被膜を乾燥させることができる。
【0041】
次いで、エッチングレジスト被膜に、金属ストリップの圧延方向を横切る向きに走査しながら出力1.5kW未満のレーザを照射して、該レーザが照射された部分のエッチングレジスト被膜を除去する。上述したように、本発明においては、エッチングレジスト被膜の明度指数L*を70以下とすることで、出力1.5kW未満の低出力レーザによって、エッチングレジスト被膜を狭い幅で除去することができる。次いで、金属ストリップのエッチングレジスト被膜が除去された部分にエッチング処理を施すことで、金属ストリップ表面のエッチングレジスト被膜が除去された部分に溝を形成する。エッチングは、化学エッチング、および電解エッチングのいずれの方法によってもよい。電解エッチングの場合には、電解液をNaClまたはKClの水溶液とすることが好ましい。エッチング処理を施した後、金属ストリップ表面からエッチングレジスト被膜を除去することで、溝が形成された金属ストリップを得る。エッチングレジスト被膜の除去は、アルカリまたは有機溶剤により行うことが好ましい。
【0042】
レーザ
金属ストリップ表面に形成したエッチングレジスト被膜を局所的に高温化・気化し、除去するため、レーザビームを用いる。通常、1m以上の幅を有する金属ストリップに対してレーザ照射するので、レーザ照射装置は複数台用いられることが多いが、レーザ照射装置は3台以下とすることが好ましい。より好ましくは、2台以下とする。レーザ照射装置を3台より少なくすることで、機器のメンテナンスに要する時間を短縮し、生産性を向上することができる。一方、レーザ照射装置を1台より多くすることで、レーザ走査域の全域
にわたってビーム性状をより均一にすることができる。また、レーザの走査は、金属ストリップ上を高速に走査させるため、ポリゴンミラーの回転駆動によって行うことが好ましい。また、局所的に除去されたエッチングレジスト被膜がレーザのビーム通路を汚さないよう、送風等によって、除去されたエッチングレジスト被膜が集塵機に回収されるようにすることが好ましい。レーザのビーム通路を汚さないようにすることで、局所的に除去されたエッチングレジスト被膜によってレーザビームの性状が変化することを防ぐことができる。
【0043】
レーザの出力:1.5kW未満
一般的にレーザ出力が高いほど、エッチングレジスト被膜の除去において有利であるが、過度に高くすると、レーザ照射部の金属ストリップが溶融し、溝形状が不均一となる虞がある。また例えば、方向性電磁鋼板の一次再結晶板にレーザ照射した場合においては、高出力のレーザを照射することで、地鉄に微小歪みが導入される虞がある。該微小歪みが二次再結晶時にGoss方位以外に結晶粒を成長させる駆動力となり、Goss方位の先鋭化を阻害する虞がある。よって、低出力レーザによってエッチングレジスト被膜を除去できることが好ましい。本発明においては、エッチングレジスト被膜の明度指数L*を70以下とすることにより、レーザの出力を1.5kW未満まで低減することが可能である。レーザの出力は、好ましくは、1.4kW以下、より好ましくは1.25kW以下とする。レーザの出力の下限は、エッチングレジスト被膜を除去することが可能な出力であれば特に限定されないが、より好適にエッチングレジスト被膜を除去する観点から、レーザの出力は、好ましくは0.3kW以上、より好ましくは1.0kW以上とする。また、レーザの単位走査長さ当たりの照射エネルギは、ビーム径などにも影響を受けるが、ビーム径200μmの場合には、7.5J/m以上、100μmの場合には、4.0J/m以上であることが好ましい。後述するように、金属ストリップ上での適正なレーザの走査速度は、111m/s以上であることが好ましいが、その場合、レーザの単位走査長さ当たりの照射エネルギは、走査速度が低い場合に比較して低くすることが可能である。
【0044】
金属ストリップ表面上へのレーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径は、200μm以下とすることが好ましい。金属ストリップ表面上へのレーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径を200μm以下まで低減することで、エッチングレジスト被膜の除去幅を狭くすることができる。これにより、エッチング後に形成される溝幅をより狭くすることができ、ひいては溝が形成された方向性電磁鋼板の鉄損をより低減することができる。金属ストリップ表面上へのレーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径は、より好ましくは120μm以下、さらに好ましくは80μm以下とする。レーザの短軸に対する長軸の比(長軸径/短軸径)に特に制限はないが、過度に増大するとエッチングレジスト被膜の除去能力が低下してしまうため、上限は5.0とする。レーザの長軸および短軸比を増大するとエッチングレジスト被膜の除去能力が低下してしまうのは、出力/ビーム面積で表されるレーザのパワー密度が低下するためと考えられる。なお、本明細書中に示すビーム径は、レーザビームプロファイルにおける、ビーム強度の最大値の1/e2倍に相当する2点間の距離である。
【0045】
レーザとしては、好ましくは、ファイバーレーザを用いる。ファイバーレーザを用いることで、より径の小さいレーザビームを照射することができる。ファイバーレーザとしては、レーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径が200μm以下のファイバーレーザを用いることが好ましい。好ましくは、径が200μm以下、もしくは、レーザビームが楕円形状の場合、レーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径が200μm以下であり、かつレーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径が走査方向におけるビーム径よりも小さいファイバーレーザを用いる。
【0046】
レーザの走査速度:111m/s以上
レーザの金属ストリップ上における走査速度が大きい方が、生産性を増大させる上で有利である。例えば、1200mm幅の金属ストリップについて、ライン速度50mpmとし、レーザ照射装置を3台用いて、金属ストリップの圧延方向に間隔を3mmとして線状溝を形成する場合、レーザの走査速度が111 m/s以上となる。一方で、エッチングレジスト被膜をレーザ照射によって十分に加熱し、所望の溝を好適に形成するためには、レーザ照射装置を3台とする場合のレーザの走査速度の上限は、400m/s、レーザ照射装置を2台とする場合のレーザの走査速度の上限は、600m/sとすることが好ましい。
【0047】
金属ストリップ上におけるレーザの走査角度:
エッチングレジスト被膜を除去する際のレーザは、金属ストリップの圧延方向を横切る向きに走査しながら照射する。レーザの走査角度は、金属ストリップの圧延方向を横切る向きであれば特に限定されないが、本溝形成方法を方向性電磁鋼板の製造に適用する場合、金属ストリップの圧延直角方向とレーザ走査方向との成す角度(0~90°)が45°以下となるようにレーザを走査しながら照射することが好ましい。金属ストリップの圧延直角方向とレーザ走査方向との成す角度を45°以下とすることで、鉄損を特に好適に低減することができるためである。また、レーザ除去部の圧延方向における繰り返し間隔は、1mm以上30mm以下であることが好ましい。レーザ除去部の圧延方向における繰り返し間隔を1mm以上とすることで、レジスト除去に必要となるレーザ照射装置の台数、および台数に比例したメンテナンス時間を節約することができ、生産性をより高めることができる。レーザ除去部の圧延方向における繰り返し間隔を30mm以下とすることで、鉄損を特に好適に低減することができる。
【0048】
本溝形成方法を方向性電磁鋼板の製造に利用する場合、金属ストリップ表面に形成される溝幅は、溝形成後の方向性電磁鋼板の磁気特性をより向上する観点から、200μm以下とすることが好ましい。金属ストリップ表面に形成される溝幅は、さらに好ましくは100μm以下である。
【0049】
金属ストリップ
本発明の溝形成方法により、溝を形成する金属ストリップの種類は、特に限定されない。方向性電磁鋼板においては、鋼板表面に溝を形成することによって、その鉄損が低減される。上述したように、本溝形成方法によれば、レーザ照射に伴う鋼板への熱影響を低減しつつ、幅が狭い溝を鋼板表面に形成することができるため、本溝形成方法を利用して鋼板表面に溝を形成することで、方向性電磁鋼板の鉄損を効果的に低減することができる。
【0050】
方向性電磁鋼板
方向性電磁鋼板において、エッチングレジスト塗布前における金属ストリップの圧延直角方向における表面粗さRaは、0.5μm以下とすることが好ましい。金属ストリップの圧延直角方向における表面粗さRaを0.5μm以下とすることで、最終的な方向性電磁鋼板の鉄損をより低減することができる。エッチングレジスト塗布前における金属ストリップの圧延直角方向における表面粗さRaは、より好ましくは0.4μm以下、さらに好ましくは0.3μm以下とする。
【0051】
また、方向性電磁鋼板の最終的な鋼組成は特に限定されず、公知の鋼組成とすることができるが、C: 30ppm以下、Si: 1~7%、P: 0.1%以下、Mn: 0.1%以下、S: 10ppm未満、N: 20ppm以下を含有することが好ましい。Cは、過度に含有されると、磁気時効により鉄損を損なうため、30ppm未満とすることが好ましい。Siは、比抵抗を高め鉄損を低減するため、1%以上含有することが好ましい。Pも比抵抗を高めるため、鉄損低減の観点では含有しても問題ないが、含有量が多いと製造性を損なうおそれがあり、また飽和磁束密度を低くするために、Pの含有量は0.1%以下とすることが好ましい。Mn、Sは過度に含有すると、MnSなどの析出物を形成して鉄損を劣化するため、上述の範囲内とすることが好ましい。Nは
、歪取り焼鈍時に、窒化ケイ素などを析出して鉄損を損なうため、極力含有しないことが好ましい。その他の成分については、従来の知見に基づき、二次再結晶後の結晶方位がGoss方位に先鋭化されるように添加されていても問題無いが、フォルステライト被膜を形成する場合には、アンカーを発達させるCrは極力少ない方が好ましく、0.1%以下とすることが好ましい。また、Ti、Nb、V、Zr、Taの元素は、炭化物や窒化物を形成することで鉄損を劣化させてしまうため、合計で0.01%以下とすることが好ましい。
【0052】
変圧器の鉄心を組み立てる際、層間の絶縁性を高めるため、最終的に方向性電磁鋼板の最表層には、絶縁張力被膜が施されていることが好ましい。また、最終的に得られる金属ストリップの板厚については、0.10~0.35mmの範囲とすることが好ましい。方向性電磁鋼板を製造する場合、レーザ照射等によって、非耐熱型の磁区細分化処理がさらに施されていてもよい。
【0053】
方向性電磁鋼板の製造方法
本発明の溝形成方法を利用した方向性電磁鋼板の製造方法は、一例においては、
鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、
次いで、前記熱延鋼板、あるいは前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して得た熱延焼鈍板に、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して冷延鋼板とし、
次いで、前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板とし、
次いで、前記一次再結晶板に二次再結晶焼鈍を施して二次再結晶板とする、方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記熱間圧延後のいずれかの鋼板の表面に、上述した溝形成方法により、線状溝を形成する、方向性電磁鋼板の製造方法である。なお、一次再結晶焼鈍では鋼板中の炭素を減じる脱炭や窒素を増加させる窒化を兼ねてもよい。また、ここでいう二次再結晶焼鈍とは、Goss方位粒を選択的に異常粒成長させるための焼鈍を指す。二次再結晶焼鈍は、フォルステライト被膜を形成する工程、および鋼中元素を純化する工程を兼ねていてもよい。
【0054】
鋼板表面への溝形成は、熱間圧延後のいずれかの段階において実施される。溝形成の対象となる金属ストリップは、熱間圧延後の熱延鋼板、熱延鋼板を熱延板焼鈍した熱延焼鈍板、冷間圧延を1回とする場合の冷間圧延後の冷延鋼板、冷間圧延を中間焼鈍を挟む2回以上とする場合における、中間焼鈍前もしくは後の冷延鋼板、または中間焼鈍後に冷間圧延した後の冷延鋼板、一次再結晶焼鈍後の一次再結晶板、二次再結晶焼鈍後の二次再結晶板であり得る。なお、溝を形成した後に圧延加工をした場合、溝が消失することがあるため、溝形成は、冷間圧延を1回とする場合の冷間圧延後の冷延鋼板、冷間圧延を中間焼鈍を挟む2回以上とする場合における最後の中間焼鈍後に冷間圧延した後の冷延鋼板、一次再結晶焼鈍後の一次再結晶板、二次再結晶焼鈍後の二次再結晶板に施すことが好ましい。また、溝形成は、熱間圧延の後、複数の段階において行ってもよい。
【0055】
溝は、金属ストリップの圧延方向を横切る向きに延びた直線状の溝とする。ここで、金属ストリップが方向性電磁鋼板の場合、磁区構造を細分化し低鉄損化させる観点から、金属ストリップの圧延直角方向(TD)に対し、直線状の溝がなす角度を45°以内とすることが好ましい。ここで、1つの溝が必ずしも金属ストリップの圧延方向を横切る向きの全幅に延びている必要は無く、2台以上のレーザ照射装置を用いてレーザを照射し、複数の溝によって溝が全幅に延びるようにしてもよい。また、方向性電磁鋼板を製造する場合、鉄損をより効果的に低減するために、溝は、金属ストリップの圧延方向に周期的間隔で繰り返し形成することが好ましい。線状溝の形状は、レーザビーム形状やエッチング条件によって調整が可能であるが、方向性電磁鋼板の場合には、溝幅は30μm以上200μm以下、深さは10μm以上40μm以下であることが好ましい。また、線状溝は金属ストリップの圧延方向に周期的に形成することが好ましい。線状溝の周期的間隔は、方向性電磁鋼板の場合、1mm以上30mm以下とすることが好ましい。線状溝の周期的間隔を1mm以上とすることで、方
向性電磁鋼板に占める地鉄の体積をより好適に確保し、より好適な磁束密度を得ることができる。また、線状溝の周期的間隔を30mm以下とすることで、より高い磁区細分化効果を得ることができる。
【実施例0056】
[実施例1]
・線状溝を形成した方向性電磁鋼板の製造
3.4%Si含有鋼スラブ(C:0.050%,Mn:0.06%,P:0.01%,S:0.002%,Al:0.014%, N:70ppm, Ti+Nb+V+Zr+Ta<0.001%)に熱間圧延を施して熱延鋼板とし、次いで、1050℃で熱延板焼鈍して得た熱延焼鈍板に冷間圧延を施して板厚0.22mmの冷延鋼板とし、次いで、冷延鋼板に860℃にて一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板を得、次いで、該一次再結晶板に最高温度1200℃にて二次再結晶焼鈍を施して、板厚0.22mmの二次再結晶板を得、溝を形成する金属ストリップとした。
【0057】
<圧延直角方向における表面粗さRaの測定>
エッチングレジスト被膜を形成する前の金属ストリップの圧延直角方向における表面粗さRaの測定を、JIS B 0031(1994)に準拠して求めた。結果を表3に示す。
【0058】
次いで、二次再結晶板に、表2に示す組成(固形分換算)のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を、焼き付け後の片側あたりの厚みが2μmとなるよう両面に塗布し、830℃の温度で焼き付けた。その他の成分としては、酸化チタンを使用した。
【0059】
【0060】
<エッチングレジスト被膜の明度指数L*の測定>
形成されたエッチングレジスト被膜について、CIELAB色空間(CIE 1976 L*a*b*色空間)における明度指数L*を測定した。明度指数L*は、分光測色計で計測した分光反射率にて数値化した。測定結果を、表3に示す。
【0061】
次いで、鋼板の表裏両面に圧延直角方向(TD)に走査しながらレーザ照射を行い、圧延方向において5mm間隔で周期的に、直線状にエッチングレジスト被膜を除去した。
【0062】
<エッチングレジスト被膜の除去幅の最大値の測定>
エッチングレジスト被膜の除去幅の最大値は、鋼板の圧延直角方向(TD)に沿って、鋼板両面のエッチングレジスト被膜の除去幅を光学顕微鏡にて観察することで調べた。測定結果を、表3に示す。
【0063】
<レーザ照射に伴う金属ストリップへの熱影響の評価>
レーザ照射による金属ストリップへの熱影響の有無は、レーザ照射後のレーザ照射部の地鉄のビッカース硬度が、少なくとも15回以上の測定点の平均値において、レーザ未照射部に対し何%低減したかによって決定した。レーザ照射部のビッカース硬度が、レーザ未照射部に対し1%以上低減していれば、レーザ照射に伴う熱影響「有り」と判断した。レーザ照射部のビッカース硬度が、レーザ未照射部に対し1%以上低減していなければ、レーザ
照射に伴う熱影響「無し」と判断した。ここで、ビッカース硬度測定は、エッチングを施すものとは別に用意した鋼板を用いて行い、レーザ照射後にエッチングレジスト被膜を除去した後の地鉄に対して行った。評価結果を、表3に示す。
【0064】
続いて、エッチングレジスト被膜を局所的に除去した鋼板に、電解エッチングを行った。電解液はNaClとし、所望の深さの溝が形成されるよう、事前に電流密度調整を行った。エッチング後、鋼板の表面を洗浄し、さらに、300℃にて、片側厚み0.3μmの無機物からなる被膜を、レーザ照射面に被成し、表面に溝が形成された方向性電磁鋼板を製造した。表3に、レーザ照射条件を示す。また、表面に溝が形成された方向性電磁鋼板について、以下の通り特性評価を行った。評価結果は、表3に示す。
【0065】
<レジスト除去性の評価>
エッチングレジスト被膜のレーザ除去性は、レーザ照射後の剥離線外観を目視判定してレーザ照射部の照射面積に対する剥離面積の面積率によって評価した。ここで、レーザの照射面積は、レーザの走査直交方向の径と、レーザを走査させた距離とを掛け合わせて求めた。なお、レーザ照射部の剥離面積が95%以上であれば合格とした。評価結果を、表3に示す。
(判定基準)
○:レーザ照射部の剥離面積が95%以上
×:レーザ照射部の剥離面積が95%未満
【0066】
<鉄損W17/50の測定>
鉄損については、100mm幅320mm長さのSST試験片30枚を用いて単板磁気試験を行ない、最大磁束密度:1.7T、周波数:50kHzにおける鉄損:W17/50(W/kg)を測定した。なお、鉄損W17/50が、0.710W/kg以下であれば、磁気特性が良好、0.700W/kg以下であれば、磁気特性がより良好であるとした。測定結果を、表3に示す。
【0067】
【0068】
[実施例2]
・線状溝を形成した方向性電磁鋼板の製造
金属ストリップとして、3.4%Si含有鋼スラブ(C:0.050%, Mn:0.06%,P:0.01%,S:0.002%,Al:0.014%, N:70ppm, Ti+Nb+V+Zr+Ta<0.001%)に熱間圧延を施して熱延鋼板とし、次いで、1050℃で熱延板焼鈍して得た熱延焼鈍板に冷間圧延を施して板厚0.22mmの冷延鋼板とした。エッチングレジスト被膜を形成する前の冷延鋼板(金属ストリップ)の圧延直角方向における表面粗さRaの測定を、実施例1と同様に測定した。結果を表5に示す。
【0069】
次に冷延鋼板の表裏両面に、グラビアオフセット印刷法にて、表4に示す組成(固形分換算)の水系アルキド樹脂を主体としたエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を厚さ2μmで塗布した後、220℃30secの条件で乾燥させ、エッチングレジスト被膜を形成した。エッチングレジスト被膜の明度指数L*を、実施例1と同様に測定した。結果を表4に示す。
【0070】
【0071】
ついで、鋼板表面にレーザ照射を行い、圧延方向(RD)における間隔を3.3mmとして、直線状にエッチングレジスト被膜を除去した。続いて、局所的にエッチングレジスト被膜を除去した鋼板に、電解エッチングを施した。電解液はNaClとし、所望の深さの溝が形成されるよう、事前に電流密度を調整した。電解エッチングを施した後、鋼板の表裏両面に残ったエッチングレジスト被膜をNaOH水溶液にて除去した。NaOH水溶液の液温は、50~70℃に保持した。その後、鋼板を水洗し、次いで表面洗浄し、表面に溝を形成した。表5に、レーザ照射条件を示す。No.17の条件のみ楕円形状のビームを用い、その他は等軸(円形)ビームとした。No.20のみ、ファイバーレーザではなくCO2レーザを用いた。線状溝を形成した冷延鋼板に860℃にて一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板を得た後、該一次再結晶板に最高温度1200℃にて二次再結晶焼鈍を施して、二次再結晶板を得た。該二次再結晶板に、鋼板の平坦化と絶縁張力被膜形成を目的として最高到達温度860℃で焼鈍を施して、板厚0.22mm厚の方向性電磁鋼板とした。この方向性電磁鋼板について、実施例1と同様に特性評価を行った。評価結果は、表5に示す。
【0072】
本発明の溝形成方法を利用して製造される方向性電磁鋼板は、歪取り焼鈍などの焼鈍後においても良好な磁気特性を示し、巻型の変圧器にも適用が可能である。本溝形成方法を利用して製造した方向性電磁鋼板を変圧器に使用すれば、エネルギ使用効率を低減することができるため、産業上有用である。