(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022061432
(43)【公開日】2022-04-18
(54)【発明の名称】金属ストリップ表面への溝形成方法、および方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 8/12 20060101AFI20220411BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20220411BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20220411BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20220411BHJP
C22C 38/14 20060101ALN20220411BHJP
【FI】
C21D8/12 D
H01F1/147 175
C22C38/04
C22C38/00 303U
C22C38/14
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020169442
(22)【出願日】2020-10-06
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100221165
【弁理士】
【氏名又は名称】杉原 あずさ
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼城 重宏
(72)【発明者】
【氏名】大村 健
【テーマコード(参考)】
4K033
5E041
【Fターム(参考)】
4K033AA02
4K033FA00
4K033FA12
4K033FA13
4K033HA00
4K033HA01
4K033HA03
4K033JA04
4K033MA00
4K033MA02
4K033PA04
4K033PA05
4K033PA06
4K033PA08
4K033TA05
4K033TA06
5E041AA02
5E041BD10
(57)【要約】 (修正有)
【課題】金属ストリップに形状不良部が生じても、該金属ストリップの幅方向に均一な溝を形成する溝形成方法、及び極めて磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10をロール30に塗布し、ロールの軸方向または軸に対して傾斜した方向に走査しながらレーザを照射して、照射された部分のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を除去し、次いで、ロールあるいはロールと金属ストリップ50との間に介在するロールを金属ストリップの少なくとも片面に接触させて、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤が除去された部分60に対応する部分を非塗布領域70として、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を金属ストリップの少なくとも片面に転写し、乾燥させて、非塗布領域を有するエッチングレジスト被膜を形成し、次いで、金属ストリップの非塗布領域にエッチング処理を施して溝を形成する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エッチングレジスト被膜形成用被覆剤をロールに塗布し、
次いで、前記ロールに、前記ロールの軸方向または該軸方向に対して傾斜した方向に走査しながらレーザを照射して、該レーザが照射された部分のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を除去し、
次いで、前記ロールを金属ストリップの少なくとも片面に接触させて、あるいは前記ロールと前記金属ストリップとの間に介在する介在ロールに前記ロールを接触させ、該介在ロールを前記金属ストリップの少なくとも片面に接触させて、前記エッチングレジスト被膜形成用被覆剤が除去された部分に対応する部分を非塗布領域として、前記エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を前記金属ストリップの少なくとも片面に転写し、
次いで、前記エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を乾燥させて、前記金属ストリップの少なくとも片面に、前記非塗布領域を有するエッチングレジスト被膜を形成し、
次いで、前記金属ストリップの前記非塗布領域にエッチング処理を施して溝を形成する、金属ストリップ表面への溝形成方法。
【請求項2】
前記エッチングレジスト被膜は、CIELAB色空間における明度指数L*が0以上70以下であり、かつ前記レーザの出力が2.0kW未満である、請求項1に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【請求項3】
前記レーザがトップハット型の強度プロファイルを有する、請求項1または2に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【請求項4】
鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、
次いで、前記熱延鋼板、あるいは前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して得た熱延焼鈍板に、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して冷延鋼板とし、
次いで、前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板とし、
次いで、前記一次再結晶板に二次再結晶焼鈍を施して二次再結晶板とする、方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記熱間圧延後のいずれかの鋼板の表面に、請求項1から3のいずれか1項に記載の溝形成方法により、溝を形成する、方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器などの電気機器における鉄心などに用いられる方向性電磁鋼板などの金属ストリップ表面への溝形成方法、およびこの溝形成方法を利用する方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は主に、変圧器内部の鉄心用材料として用いられる。変圧器のエネルギ使用効率を向上させるため、方向性電磁鋼板の低鉄損化が要求されている。方向性電磁鋼板を低鉄損化する技術の一つとして、鋼板表面に溝などの凹凸部を形成することによって、磁区構造を細分化する技術が挙げられる。鋼板表面に溝を形成する方法としては、歯車状のロールを鋼板表面に押し付ける方法、レーザビームを用いて鋼板地鉄を局所的に溶融させる方法、およびエッチングレジスト被膜を利用して、鋼板表面のエッチングレジスト未塗布部を化学エッチングまたは電解エッチングによりエッチングすることにより、エッチングレジスト未塗布部に溝を形成する方法などが知られている。このうち、エッチングレジスト被膜を利用する方法は、深い溝を効率的に形成するのに有利な手法であり、高い磁区細分化効果を有するという利点がある。しかしながら、エッチングレジスト被膜を利用する方法においても、他の方法と同様に、高い精度と均一性とをもって溝を形成することが極めて重要な課題である。
【0003】
エッチングレジスト被膜を利用して溝を形成する方法の中でも、特に工業的に有利な手法として、鋼板表面に均一に塗布したエッチングレジスト被膜の一部をレーザビームによって局所的に除去し、被膜が除去された部分の鋼板表面を化学エッチングまたは電解エッチングによりエッチングして、溝を形成する技術がある(特許文献1)。適切にメンテナンスされた条件下では、レーザビームは非常に均一なビーム性状を保つため、非常に均一な溝を形成することが可能である。一方で、本発明者らがこれまでの研究において明らかにしたように、本手法においては、エッチングレジスト被膜の除去のために照射されたレーザによって地鉄に歪みや溶融が発生し、最終製品板における磁気特性を損なう虞があった。これに対し、特許文献2には、高出力レーザー(出力1.5kW以上)を用いることで、短時間でエッチングレジスト被膜を除去することにより、照射中の地鉄中の熱拡散を抑制し、高い磁気特性を得る技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6332185号明細書
【特許文献2】特許第6172403号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、金属ストリップの平坦度が低い場合には、上述したような、エッチングレジスト被膜の一部をレーザビームによって局所的に除去し、レーザ除去部の鋼板表面をエッチングして、溝を形成する技術によっては、幅方向に均一な溝を形成することが困難であった。例えば、金属ストリップが方向性電磁鋼板である場合、特に含有Si量の多い鋼板では、鋼板の幅方向(圧延直角方向;TD)の端部に、耳波形状(耳のび)や耳割れなどの形状不良部が生じやすく、このような形状不良部においては、レーザの焦点が合わないことによって、エッチングレジスト被膜が除去されずに残存してしまう虞がある。
【0006】
そこで本発明は、金属ストリップに形状不良部が生じても、該金属ストリップの幅方向に均一な溝を形成する技術を提供し、ひいては極めて磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明の要旨構成は以下のとおりである。
[1]エッチングレジスト被膜形成用被覆剤をロールに塗布し、
次いで、前記ロールに、前記ロールの軸方向または該軸方向に対して傾斜した方向に走査しながらレーザを照射して、該レーザが照射された部分のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を除去し、
次いで、前記ロールを金属ストリップの少なくとも片面に接触させて、あるいは前記ロールと前記金属ストリップとの間に介在する介在ロールに前記ロールを接触させ、該介在ロールを該金属ストリップの少なくとも片面に接触させて、前記エッチングレジスト被膜形成用被覆剤が除去された部分に対応する部分を非塗布領域として前記エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を前記金属ストリップの少なくとも片面に転写し、
次いで、前記エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を乾燥させて、前記金属ストリップの少なくとも片面に、前記非塗布領域を有するエッチングレジスト被膜を形成し、
次いで、前記金属ストリップの前記非塗布領域にエッチング処理を施して溝を形成する、金属ストリップ表面への溝形成方法。
【0008】
[2]前記エッチングレジスト被膜は、CIELAB色空間における明度指数L*が0以上70以下であり、かつ前記レーザの出力が2.0kW未満である、上記[1]に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【0009】
[3]前記レーザがトップハット型の強度プロファイルを有する、上記[1]または[2]に記載の金属ストリップ表面への溝形成方法。
【0010】
[4]鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、
次いで、前記熱延鋼板、あるいは前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して得た熱延焼鈍板に、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して冷延鋼板とし、
次いで、前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板とし、
次いで、前記一次再結晶板に二次再結晶焼鈍を施して二次再結晶板とする、方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記熱間圧延後のいずれかの鋼板の表面に、上記[1]から[3]のいずれかに記載の溝形成方法により、溝を形成する、方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、金属ストリップに形状不良部が生じても、該金属ストリップの幅方向に均一な溝を形成する技術を提供し、ひいては極めて磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】従来技術によって鋼板表面に溝を形成した結果を示す図である。
【
図2】高い磁気特性が得られなかった条件において、レーザ照射部付近の鋼板地鉄の硬度分布を調べた結果を示す図である。
【
図3】従来のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤の転写方法を示す図である。
【
図4】本発明のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤の転写方法の一例を示す図である。
【
図5】本発明のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤の転写方法の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
まず、本発明を開発する契機となった実験について説明する。なお、以下の説明において、鋼板の成分元素の含有量を表す「%」および「ppm」は、特に明記しない限り、それぞれ「質量%」および「質量ppm」を意味する。また、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
<実験1>
まず、鋼板表面に均一に塗布したエッチングレジスト被膜の一部をレーザビームによって局所的に除去し、エッチングレジスト被膜が除去された部分(以下、レーザ除去部とも称する)の鋼板表面をエッチングする従来の方法によって、表面に溝を形成した。まず、溝を形成する冷延鋼板(C:0.048%,Mn:0.10%,P:0.005%,S:0.002%,Al:0.008%, N:42ppm, Ti+Nb+V+Zr+Ta<0.001%)を作製した。上述した成分組成を有する鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、次いで、1000℃で熱延板焼鈍を施した後に、冷間圧延を施して0.22mm厚、1200mm幅の冷延鋼板を得た。該冷延鋼板を幅方向に半切して、600mm幅の冷延鋼板を得た。該冷延鋼板においては、片側の幅方向端部に耳のびの形状不良が認められていた。該冷延鋼板の表裏両面に、水系アルキド樹脂を主体としたエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を、グラビアロールにて均一に塗布して、エッチングレジスト被膜を形成した。次いで、冷延鋼板上に、圧延方向を横切る向きにレーザを走査しながら照射してエッチングレジスト被膜を局所的に除去した。レーザの照射には、径100μm、出力1.8kWのレーザ照射装置を一台用いた。次いで、レーザ除去部の鋼板表面をエッチングし、冷延鋼板の表面に線状溝を形成した。冷延鋼板の表裏両面に残存したエッチングレジスト被膜は、エッチング後に完全に除去した。冷延鋼板に形成された線状溝の溝幅を、光学顕微鏡を用いて測定した。結果を
図1に示す。
【0015】
図1においては、600mm幅の鋼板の幅方向(圧延直角方向;TD)における、溝幅の分布を示している。鋼板の幅方向位置560mmから600mmには、耳のびが生じていた。このように、耳のびが存在する部分を、以後、耳のび部とも称する。幅方向540mmまでの耳のびの無い位置では、均一な溝幅が形成されたが、耳のび部ではエッチングレジスト被膜の一部が除去されていなかった(図中では溝幅0μmとした)。
【0016】
金属ストリップの端部においても、金属ストリップの幅方向に均一な溝を形成するために、本発明者らは鋭意検討を行なった。まず本発明者らは、レーザを高出力化することにより、レーザの焦点がずれやすい金属ストリップの形状不良部においてもエッチングレジスト被膜を確実に除去することができるのではないかと考えた。しかしながら、高出力のレーザにおいては、レーザの径を小径化させることが困難であった。溝形成によって磁区を細分化した方向性電磁鋼板の磁気特性は、溝幅が狭いほど良好になることが知られている。均一に塗布したエッチングレジスト被膜の一部をレーザビームによって局所的に除去する方法において、狭い溝を形成するためには、エッチングレジスト被膜を除去するためのビーム径を小さくすることが最も有効である。しかし、ビーム径は、高出力であるほど大きくなる傾向があるため、レーザの高出力化と、狭い溝幅とを両立することは困難であった。レーザの設置台数を増やし、径の小さい低出力レーザを鋼板上に遅い速度で走査させることによってエッチングレジスト被膜を除去するといった対策は有効であるものの、一方で、設備コストおよびメンテナンスコストの増大といった別の問題が免れえなかった。
【0017】
<実験2>
また、本発明者らは、鋼板表面に均一に塗布したエッチングレジスト被膜の一部をレーザビームによって局所的に除去し、レーザ除去部の鋼板表面をエッチングする従来の方法において、高出力レーザを適用して、鋼板の表面に溝を形成したところ、エッチングレジスト被膜の種類によっては、高い磁気特性が得られない場合があることを知見した。
【0018】
高い磁気特性が得られなかった条件で、レーザ照射部付近の鋼板表面の地鉄の硬度分布を調べた。まず、レーザを照射する500mm幅の平坦な冷延鋼板(C:0.048%,Mn:0.10%,P:0.005%,S:0.002%,Al:0.008%, N:42ppm, Ti+Nb+V+Zr+Ta<0.001%)を作製した。上述した成分組成を有する鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、次いで、1050℃で熱延板焼鈍を施した後に、冷間圧延を施して板厚0.22mmの冷延鋼板を得た。該冷延鋼板の表裏両面に、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤をグラビアロールにて均一に塗布して、エッチングレジスト被膜を形成した。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤としては、水系アルキド樹脂を主体とするものと用いた。次いで、冷延鋼板の圧延直角方向(TD)に走査しながらレーザを照射して、エッチングレジスト被膜を局所的に除去した。ここで、レーザ照射のためには、径80μm、出力1.8kWのレーザ照射装置を一台用いた。そして、レーザ除去部の鋼板表面をエッチングし、冷延鋼板の表面に線状溝を形成した。次いで、鋼板の表裏両面に残存したエッチングレジスト被膜を除去した。エッチングレジスト被膜を除去した後に、レーザ照射部付近の鋼板表面の地鉄の硬度を測定した。硬度は、マイクロビッカース硬度計を用いて測定し、図中各点は測定点15点の平均値とした。硬度の基準は、レーザ照射部から圧延方向(RD)に1mm離れた位置(レーザ非照射部)での値とし、レーザ非照射部における硬度値に対する、各測定点における地鉄の硬度変化の割合を調査した。なお、地鉄の硬度の測定は、エッチングする直前に板を採取し、鋼板表裏両面のレジスト被膜を完全に除去した後に行った。結果を
図2に示す。図中のRD位置は、鋼板の幅方向中央部における、鋼板上のレーザ照射中心を原点とした圧延方向(RD)における位置を示している。本図から明らかなように、レーザ照射部の鋼板表面においては、明瞭な硬度減少が認められた。高出力レーザ照射によって、地鉄が加熱され、圧延組織が回復して、硬度減少が生じたものと考えられる。
【0019】
続いて、上述の線状溝を形成した冷延鋼板と、これに対する比較材として、上述の線状溝を形成する前の冷延鋼板から採取した線状溝のない冷延鋼板のそれぞれについて、860℃で脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板とし、次いで、一次再結晶板に最高温度1200℃で二次再結晶焼鈍を施して二次再結晶板とした。さらに、溝のない冷延鋼板については、二次再結晶焼鈍後に上記と同じ高出力レーザの条件にて鋼板表面に線状溝を形成した。次いで、両鋼板について、平坦化と絶縁張力被膜の形成とを目的として焼鈍を行った後、鉄損(W17/50)を測定した。その結果、冷延鋼板に溝を形成した鋼板は、二次再結晶焼鈍板に溝を形成した鋼板と比較して、鉄損が0.005W/kg高いことが分かった。ここで、各鋼板の鉄損は、後述する、「幅方向中央部の鉄損」の評価方法に基づいて測定した。これらの結果から、本発明者らは、上述の硬度減少に対応する組織変化が、方向性電磁鋼板の磁気特性の劣化に何かしらの影響を及ぼすものと考えた。
【0020】
さらに本発明者らは、金属ストリップの形状不良部においても形状良好部と同等にエッチングレジスト被膜を除去するために、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を塗布した後、金属ストリップの形状不良部を専用治具によって機械的に押しつぶして矯正し、平坦にすることを考えた。しかしながら、形状不良部の形状を機械的に矯正する際に、エッチングレジスト被膜が摩耗してしまう虞があった。そこで、本発明者らは、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤の塗布段階において、溝を形成するためのレジストパタンを幅方向均一に形成できないかについて、鋭意検討した。そして、本発明者らは、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を塗布したロール上にレーザを照射することによって、レーザによってエッチングレジスト被膜形成用被覆剤が除去された部分(以下、レーザ除去部とも称する)を有するレジストパタンをロール表面上に形成し、該ロールを鋼板に接触させてレジストパタンをロールから鋼板に転写する構成を想到した。そして、該構成によれば、金属ストリップに硬度減少等の熱影響をおよぼすことなく、金属ストリップの形状不良部においても良好なレジストパタンを形成することができ、ひいては該金属ストリップの幅方向に均一な溝を形成することができるとの着想に至った。
【0021】
エッチングレジスト被膜形成用被覆剤の塗布段階において、溝を形成するためのレジストパタンを形成する方法として、グラビアロール上にエッチングレジスト被膜形成用被覆剤をパタン状に塗布し、グラビアオフセット印刷によってグラビアロール表面のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を、金属ストリップ表面に転写する手法が知られている。しかしながら、該手法によっては均一に溝を形成することが困難であることが、上述した特許文献2などの公知文献に記載されている。
図3に示すように、グラビアオフセット印刷におけるグラビアロール20から、搬送方向Aに搬送される金属ストリップ50表面へのエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の転写は、オフセットロール21を経由して行われる。その際、オフセットロール21表面に転写されたエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の形状は、
図3に示すように、オフセットロール21の外側を向いた凸型のお椀形状となる。その結果、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を金属ストリップ50表面に転写すると、金属ストリップ50表面のレジストパタンが不均一となる虞があった。
【0022】
これに対し、本発明においては、
図4に示すように、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を均一に塗布したロール30上にレーザ照射装置40等を用いてレーザを照射して、レーザ照射部のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10が除去されたレーザ除去部60を有するレジストパタンを形成しつつ、形成されたレジストパタンをロール30表面から、搬送方向Aに搬送される金属ストリップ50表面に転写することによって、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の形状が変化する前にレジストパタンをロール30表面から金属ストリップ50表面に転写することができ、均一なレジストパタンを形成することができる。
【0023】
以下、本発明の最良の実施形態について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。本実施形態に係る溝形成方法は、
エッチングレジスト被膜形成用被覆剤をロールに塗布し、
次いで、前記ロールに、前記ロールの軸方向または軸方向に対して傾斜した方向に走査しながらレーザを照射して、該レーザが照射された部分のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を除去し、
次いで、前記ロールを金属ストリップの少なくとも片面に接触させて、あるいは前記ロールと前記金属ストリップとの間に介在する介在ロールに前記ロールを接触させ、該介在ロールを前記金属ストリップの少なくとも片面に接触させて、前記エッチングレジスト被膜形成用被覆剤が除去された部分に対応する部分を非塗布領域として、前記エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を前記金属ストリップの少なくとも片面に転写し、
次いで、前記エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を乾燥させて、前記金属ストリップの少なくとも片面に、前記非塗布領域を有するエッチングレジスト被膜を形成し、
次いで、前記金属ストリップの前記非塗布領域にエッチング処理を施して溝を形成する、金属ストリップ表面への溝形成方法である。
【0024】
エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を、以下の通り金属ストリップ50表面に塗布する。はじめに、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10で満たした容器内にロール30を接触させる等の方法によって、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10をロール30に均一に塗布する。なお、
図4のように、エッチングレジスト被膜形成被覆剤10を他のロール22に塗布した後、該他のロール22を、ロール30に接触させることで、ロール30にエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を塗布してもよい。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の詳細については後述する。他のロール22を用いる場合には、他のロール22には、従来のグラビアオフセット印刷法と同様に、グラビアセルが形成されていてもよいが、よりロール30上により均一に被覆剤10を塗布するためには、他のロール22にはグラビアセルが形成されていないことがより好ましい。また、ロール30にはグラビアセルが形成されていてもよいが、グラビアセルが形成されない場合、従来のように、ロール30と金属ストリップ50とを接触させる場合であっても、ロール30が摩耗することによるセル形状の変化を考慮する必要がない。このため、従来のグラビアオフセット印刷法のように、一つのロール(グラビアオフセット印刷法においては、グラビアロール20)表面のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を他のロール(グラビアオフセット印刷法においては、オフセットロール21)に写し、他のロールを介して、金属ストリップ表面にエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を転写する方法を用いずに、一つのロール30に付着させたエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を、他のロールを介さずに金属ストリップ50表面に転写させる方法を用いることができる。
【0025】
後述するように、金属ストリップ50の圧延方向を横切る向きに延びた直線状の溝を形成し得るよう、ロール30の軸方向または軸方向に対して傾斜した方向に走査しながらレーザを照射して、ロール30上において、ロール30の軸方向または軸方向に対して傾斜した方向に沿ってレーザ除去部60を有するエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10のレジストパタンを形成する。レーザをロール30の軸方向に対して傾斜した方向に走査させる場合、レーザを走査させる方向は、金属ストリップ50の圧延直角方向(TD)に相当するロール30の軸方向に対して45°以内とすることが好ましい。レーザを走査させる方向を、ロール30の軸方向に対して45°以内とすることで、後述するエッチング処理によって、金属ストリップ50の圧延直角方向(TD)に対してなす角度が45°以内の溝を形成することができるため、金属ストリップが方向性電磁鋼板の場合、磁区構造を好適に細分化し、低鉄損化させることができる。また、高精度に溝を形成するため、ロール30の回転と同期させてビーム走査を制御することが好ましい。レーザ偏向にポリゴンミラーを用いる場合には、ポリゴンミラーの回転とロールの回転とを同期させることが好ましい。レーザの条件については後述する。レーザは、ロール30と金属ストリップ50表面とが接触する位置に近い位置に照射することが好ましい。ロール30と金属ストリップ50表面とが接触する位置に近い位置にレーザを照射することで、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の粘度が低い場合等、レーザによりエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10をパターニングした後に、表面張力や重力によってエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の形状が変化しやすい場合であっても、均一なレジストパタンを形成することができる。
【0026】
ロール30上で、レーザ除去部60を有するエッチングレジスト被膜形成被覆剤10のレジストパタンを形成した後、ロール30を金属ストリップ50の片面または両面に接触させて、ロール30表面のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を金属ストリップの片面または両面に転写(塗布)する。ロール30上のレーザ除去部60は、金属ストリップ50上において非塗布領域70に対応する。一例においては、
図4に示すように、ロール30を、搬送方向Aに搬送される金属ストリップ50に接触させながら、回転させる。この際、金属ストリップ50の表面内でエッチングレジスト被膜の膜厚が均一になるように、ドクターブレード等によってロール上のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の量を調節したり、ロール30の押し付け圧を調整したりすることが好ましい。
【0027】
レジストパタンを形成したロール30を、上述したように直接的に金属ストリップ50表面に接触させる方法の他、
図5に示すように、ロール30をロール30と金属ストリップとの間に介在する介在ロール31(従来のオフセットロール21等)に接触させて、ロール30に均一に付着しかつパタン形成されたエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を介在ロール31に転写させ、次いで該介在ロール31を金属ストリップ50表面に接触させて、ロール30から介在ロール31に転写されたエッチングレジスト被膜形成被覆剤10を、金属ストリップ50表面にさらに転写させてもよい。この場合、エッチングレジスト被膜形成被覆剤10は均一な状態を保ってロール30から介在ロール31へと転写される。よって、グラビアセルに溜まった被覆剤をオフセットロールに転写する従来法のように、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10が凸型のお椀形状となることを防ぐことができる。このようにエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を介在ロール31を介して金属ストリップ50表面に転写させることにより、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の粘度を高めることができ、またエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の付着量を調整することができる。なお、ロール30と金属ストリップ50との間に介在する介在ロール31の数は特に限定されない。例えば、ロール30を介在ロール31に接触させて介在ロール31上にエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を転写させた後、該介在ロール31をさらに該介在ロール31と金属ストリップ50との間に介在する第二の介在ロール(図示せず)に接触させて、該第二の介在ロールにエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を転写させてもよい。そして、該第二の介在ロールを金属ストリップ50表面に接触させて、該第二の介在ロールに転写されたエッチングレジスト被膜形成被覆剤10を、金属ストリップ50表面にさらに転写させてもよい。
【0028】
エッチングレジスト被膜10は金属ストリップ50の表裏面に形成することが好ましいが、上述したような溝を形成するための非塗布領域70を有するレジストパタンは、少なくとも金属ストリップ50の片面に形成されていればよい。
【0029】
レーザの照射によってロール30に熱が蓄積するため、ロール30は常時冷却することが好ましい。ロール30は、熱の蓄積を防ぐため、熱伝導率の高い金属から構成されていることが好ましい。
【0030】
エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を金属ストリップ50表面に転写した後は、後述するエッチング処理前までにエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を乾燥させ、金属ストリップ50表面にエッチングレジスト被膜を形成する。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤50の乾燥について、乾燥温度は、180~300℃とすることが好ましいが、乾燥の方法は特に限定されない。例えば、熱風を吹き付けるなどの方法により、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤50を乾燥させることができる。次いで、金属ストリップ10にエッチング処理を施すことで、金属ストリップ表面のエッチングレジスト被膜によって被覆されていない部分をエッチングする。エッチングは、化学エッチング、および電解エッチングのいずれの方法によってもよい。電解エッチングの場合には、電解液をNaClまたはKClの水溶液とすることが好ましい。エッチング処理を施した後、金属ストリップ50表面からエッチングレジスト被膜を除去することで、溝が形成された金属ストリップを得る。エッチングレジスト被膜の除去は、アルカリまたは有機溶剤により行うことが好ましい。
【0031】
金属ストリップ50表面に形成する溝は、金属ストリップ50の圧延方向を横切る向きに延びた直線状の溝とする。溝の形態は、ロール30上のレジストパタンを調整することにより、調整することができる。ここで、金属ストリップ50が方向性電磁鋼板の場合、磁区構造を細分化し低鉄損化させるという観点から、金属ストリップの圧延直角方向(TD)に対し、直線状の溝がなす角度を45°以内とすることが好ましい。ここで、1つの溝が必ずしも金属ストリップ50の圧延方向を横切る向きの全幅に延びている必要は無く、2台以上のレーザ照射装置を用いてレーザを照射し、複数の溝によって溝が全幅に延びるようにしてもよい。また、方向性電磁鋼板を製造する場合、鉄損をより効果的に低減するために、溝は、金属ストリップ50の圧延方向に周期的間隔で繰り返し形成することが好ましい。線状溝の形状は、レーザビーム形状やエッチング条件によって調整が可能であるが、方向性電磁鋼板の場合には、溝幅は30μm以上200μm以下、深さは10μm以上40μm以下であることが好ましい。方向性電磁鋼板の表面に溝を形成する場合、溝幅はより好ましくは、100μm以下とする。また、線状溝は金属ストリップの圧延方向に周期的に形成することが好ましい。線状溝の周期的間隔は、方向性電磁鋼板の場合、1mm以上30mm以下とすることが好ましい。線状溝の周期的間隔を1mm以上とすることで、方向性電磁鋼板に占める地鉄の体積をより好適に確保し、より好適な磁束密度を得ることができる。また、線状溝の周期的間隔を30mm以下とすることで、より高い磁区細分化効果を得ることができる。また、線状溝を周期的に形成する場合、溝間隔は金属ストリップ50内で均一である必要は無く、金属ストリップ50の圧延方向における位置に応じて、ロール30に対するレーザの照射条件を変更させることによって、上記範囲内(1mm以上30mm以下)において、溝間隔を調整してもよい。
【0032】
レーザ
ロール30に塗布したエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を局所的に高温化・気化し、除去するため、レーザビームを用いる。通常、1m以上の幅を有する金属ストリップ50に対してレーザ照射するので、レーザ照射装置は複数台用いられることが多いが、レーザ照射装置は3台以下とすることが好ましい。より好ましくは2台以下とする。レーザ照射装置を3台より少なくすることで、機器のメンテナンスに要する時間を短縮し、生産性を向上することができる。一方、レーザ照射装置を1台より多くすることで、レーザ走査域の全域にわたってビーム性状をより均一にすることができる。また、レーザの走査は、ロール上を高速に走査させるため、ポリゴンミラーの回転駆動によって行うことが好ましい。また、局所的に除去されたエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10がレーザのビーム通路を汚さないよう、送風等によって、除去されたエッチングレジスト被膜形成用被覆剤が集塵機に回収されるようにすることが好ましい。レーザのビーム通路を汚さないようにすることで、局所的に除去されたエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10によってレーザビームの性状が変化することを防ぐことができる。
【0033】
レーザの出力は、2.0kW以下とすることが好ましい。レーザの出力を2.0kW以下とすることで、ロール30が高温化することを抑制でき、ロール30の溶融をより好適に防ぐことができる。また、低出力レーザにおいては、高出力レーザと比較して、より径の小さいレーザビームを出力することができるため、方向性電磁鋼板の表面に線状溝を形成する場合、形成する溝幅を狭くして鉄損をより低減できる点において、高出力レーザに比較して有利となる。
【0034】
レーザは、トップハット型の強度プロファイルを有することが好ましい。ガウシアン型の強度プロファイルを有するレーザを用いる場合、レーザ除去部近傍のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10が熱によって変質し、金属ストリップ50へ転写されにくくなる。トップハット型の強度プロファイルを有するレーザは、従来公知の方法により得ることができる。例えば、マルチモード用の共振器を用いるか、ビーム整形素子を用いて、レーザをトップハット型の強度プロファイルに整形することができる。ここで、トップハット型とは、ビームプロファイル強度プロファイル(横軸がビーム位置/距離、縦軸が強度となるような図)において、ビーム強度の最大値の2/3倍に相当する2点間の距離をビーム径r、ビーム強度の最大値の1/2倍に相当する2点間の距離をビーム径Rとした時、ビーム径r>ビーム径R×0.64を満たすビーム形状を指す。
【0035】
ロール30表面へのレーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径は、200μm以下とすることが好ましい。ロール30上へのレーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径を200μm以下まで低減することで、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の除去幅を狭くすることができる。これにより、エッチング後に形成される溝幅をより狭くすることができ、ひいては溝が形成された方向性電磁鋼板の鉄損をより低減することができる。金属ストリップ50表面上へのレーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径は、より好ましくは150μm以下、さらに好ましくは100μm以下とする。ビーム径の下限は特に規定しないが、30μm以上の溝幅を形成するために、ロール表面へのレーザの走査方向と直交する方向におけるビーム径は30μm以上とすることが好ましい。レーザの短軸に対する長軸の比(長軸径/短軸径)に特に制限はないが、過度に増大するとエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の除去能力が低下してしまうため、上限は5.0とする。レーザの短軸に対する長軸の比を増大するとエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10の除去能力が低下してしまうのは、出力/ビーム面積で表されるレーザのパワー密度が低下するためと考えられる。なお、本明細書中に示すビーム径は、ガウシアン型の強度プロファイルを有するレーザ(ここではビーム径r≦ビーム径R×0.64となるプロファイルを有するレーザとする)の場合、強度プロファイルにおける、ビーム強度の最大値の1/e2倍に相当する2点間の距離であり、トップハット型の強度プロファイルを有するレーザの場合、半値幅で示した値である。
【0036】
レーザとしては、好ましくは、ファイバーレーザを用いる。ファイバーレーザを用いることで、より径の小さいレーザビームを照射することができる。ファイバーレーザとしては、好ましくは、短軸径が200μm以下のファイバーレーザを用いる。
【0037】
レーザのロール30上の走査速度は、大きい方が生産性増大に有利である。生産性増大のため、レーザのロール30上の走査速度は、400/(レーザ照射装置の台数) m/s以上であることが好ましい。一方で、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10をレーザ照射によって十分に加熱し、所望の溝を好適に形成するためには、レーザ照射装置を3台とする場合のレーザの走査速度の上限は、400m/s、レーザ照射装置を2台とする場合のレーザの走査速度の上限は、600m/sとすることが好ましい。
【0038】
エッチングレジスト被膜およびエッチングレジスト被膜形成用被覆剤
エッチング工程において金属ストリップ50表面の腐食を防止するために、非塗布領域70を有するエッチングレジスト被膜形成用被覆剤10を金属ストリップ50表面に転写し、エッチングレジスト被膜を形成する。エッチングレジスト被膜の色調は、分光測色計で計測した分光反射率にて数値化したCIELAB色空間(CIE 1976 L*a*b*色空間)において、L*値を0以上70以下とすることが好ましい。L*値を低減することにより、低出力レーザとすることができ、ロール30の溶融を防止しつつ、幅が狭い溝を金属ストリップ50表面に形成し、ひいては極めて磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を提供することができる。エッチングレジスト被膜の明度指数L*は、好ましくは65以下、より好ましくは、60以下とする。
【0039】
エッチングレジスト被膜は、アルキド系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエチレン系樹脂のうちいずれかを主成分とするもの(有機系)が好適であるがこの限りではない。例えば、方向性電磁鋼板の張力被膜となる無機系コーティングをエッチングレジスト被膜としてもよい。エッチングレジスト被膜の厚みは、0.1μm以上、4μm以下とすることが好ましい。エッチングレジスト被膜の厚みを過度に厚くすると、コスト増大につながる他、ロールから鋼板への転写時においてレジスト欠損部近傍の変形量が増大する。よって、エッチングレジスト被膜の厚みは、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を均一に塗布することができ、かつエッチングが正常に実施できる範囲の中で、可能な限り小さい値とすることが好ましい。
【0040】
エッチングレジスト被膜の明度指数L*値の調節は、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10中の顔料成分の配合量を調整することにより行うことができる。例えば、アルキド系樹脂を一部に含む溶剤に、白色顔料と黒色顔料との少なくとも一方を、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤10に含まれる全固形分に対する固形分換算の合計量の割合が、0.01質量%以上95質量%以下となる範囲内で調整を行うことが可能である。コスト面を考えると、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤に含まれる全固形分に対する白色顔料および黒色顔料の固形分換算の合計量の割合は、0.01質量%以上30質量%以下とすることがより好ましい。黒色顔料としては、チタン酸化物、鉄リン化物、炭素など公知の黒色物質を用いることができる。また、白色顔料としては、亜鉛やチタンの酸化物など公知の白色物質を用いることができる。
【0041】
本発明のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤は、本発明の効果を損なわない限りその他の成分を含んでもよい。その他の成分としては、例えば、界面活性剤、防錆剤、潤滑剤、消泡剤、酸化防止剤、レベリング剤等が挙げられる。これらその他の成分は、エッチングレジスト被膜の性能や、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤の均一塗布性を一層向上させるために、添加される。これらその他の成分の合計の配合量は、エッチングレジスト被膜の性能を十分に維持する観点から、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤に含まれる全固形分に対して(乾燥被膜中の配合割合で)、固形分換算で95質量%以下とすることが好ましい。
【0042】
(無機系コーティング)
上述の通り、エッチングレジスト被膜は、方向性電磁鋼板の張力被膜となる無機系コーティングとしてもよい。被膜組成については、公知文献(例えば、国際公開第WO2015/064472 A1号)に示される方向性電磁鋼板用の絶縁張力被膜をベースに用いることができるが、公知の方向性電磁鋼板用の絶縁張力被膜の多くは無色透明であることから、別途、色調の調整が必要である。例えば、リン酸塩(リン酸Mg、リン酸Al、リン酸Caなど)を固形分換算で20~80質量%、酸化クロムを固形分換算で0~10質量%、およびシリカを固形分換算で20~50質量%含有する無機系コーティング液をベースとして、上述した有機系のエッチングレジストと同様に、被膜の明度指数L*値を黒色顔料や白色顔料などの顔料成分の配合によって調整し、絶縁張力被膜を形成することができる。
【0043】
金属ストリップ
本発明の溝形成方法により、溝を形成する金属ストリップ50の種類は、特に限定されない。方向性電磁鋼板においては、鋼板表面に溝を形成することによって、その鉄損が低減される。上述したように、本溝形成方法によれば、レーザ照射に伴う鋼板への熱影響を低減しつつ、金属ストリップ50の形状不良部においても幅が狭い溝を表面に形成することができるため、本溝形成方法を利用して鋼板表面に溝を形成することで、方向性電磁鋼板の鉄損を効果的に低減することができる。
【0044】
また、方向性電磁鋼板の最終的な鋼組成は特に限定されず、公知の鋼組成とすることができるが、C: 30ppm以下、Si: 1~7%、P: 0.1%以下、Mn: 0.1%以下、S: 10ppm未満、N: 20ppm以下を含有することが好ましい。Cは、過度に含有されると、磁気時効により鉄損を損なうため、30ppm未満とすることが好ましい。Siは、比抵抗を高め鉄損を低減するため、1%以上含有することが好ましい。Pも比抵抗を高めるため、鉄損低減の観点では含有しても問題ないが、含有量が多いと製造性を損なうおそれがあり、また飽和磁束密度を低くするために、Pの含有量は0.1%以下とすることが好ましい。Mn、Sは過度に含有すると、MnSなどの析出物を形成して鉄損を劣化するため、上述の範囲内とすることが好ましい。Nは、歪取り焼鈍時に、窒化ケイ素などを析出して鉄損を損なうため、極力含有しないことが好ましい。その他の成分については、従来の知見に基づき、二次再結晶後の結晶方位がGoss方位に先鋭化されるように添加されていても問題無いが、フォルステライト被膜を形成する場合には、アンカーを発達させるCrは極力少ない方が好ましく、0.1%以下とすることが好ましい。また、Ti、Nb、V、Zr、Taの元素は、炭化物や窒化物を形成することで鉄損を劣化させてしまうため、合計で0.01%以下とすることが好ましい。
【0045】
変圧器の鉄心を組み立てる際、層間の絶縁性を高めるため、最終的に方向性電磁鋼板の最表層には、絶縁張力被膜が施されていることが好ましい。また、最終的に得られる金属ストリップの板厚については、0.10~0.35mmの範囲とすることが好ましい。方向性電磁鋼板を製造する場合、レーザ照射等によって、非耐熱型の磁区細分化処理がさらに施されていてもよい。
【0046】
方向性電磁鋼板の製造方法
本発明の溝形成方法を利用した方向性電磁鋼板の製造方法は、一例においては、
鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、
次いで、前記熱延鋼板、あるいは前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施して得た熱延焼鈍板に、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して冷延鋼板とし、
次いで、前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板とし、
次いで、前記一次再結晶板に二次再結晶焼鈍を施して二次再結晶板とする、方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記熱間圧延後のいずれかの鋼板の表面に、上述した溝形成方法により、溝を形成する、方向性電磁鋼板の製造方法である。なお、一次再結晶焼鈍では鋼板中の炭素を減じる脱炭や窒素を増加させる窒化を兼ねてもよい。また、ここでいう二次再結晶焼鈍とは、Goss方位粒を選択的に異常粒成長させるための焼鈍を指す。二次再結晶焼鈍は、フォルステライト被膜を形成する工程、および鋼中元素を純化する工程を兼ねていてもよい。
【0047】
鋼板表面への溝形成は、熱間圧延後のいずれかの段階において実施される。溝形成の対象となる金属ストリップは、熱間圧延後の熱延鋼板、熱延鋼板を熱延板焼鈍した熱延焼鈍板、冷間圧延を1回とする場合の冷間圧延後の冷延鋼板、冷間圧延を中間焼鈍を挟む2回以上とする場合の中間焼鈍前もしくは後の冷延鋼板、または中間焼鈍後に冷間圧延した後の冷延鋼板、一次再結晶焼鈍後の一次再結晶板、二次再結晶焼鈍後の二次再結晶板であり得る。なお、溝を形成した後に圧延加工をした場合、溝が消失することがあるため、溝形成は、冷間圧延を1回とする場合の冷間圧延後の冷延鋼板、冷間圧延を中間焼鈍を挟む2回以上とする場合の最後の中間焼鈍後に冷間圧延した後の冷延鋼板、一次再結晶焼鈍後の一次再結晶板、二次再結晶焼鈍後の二次再結晶板に施すことが好ましい。また、溝形成は、熱間圧延の後、複数の段階において行ってもよい。
【実施例0048】
・金属ストリップの製造
3.4%Si含有鋼スラブ(C:0.050%,Mn:0.05%,P:0.01%,S:0.002%,Al:0.014%, N:70ppm, Ti+Nb+V+Zr+Ta<0.002%)に熱間圧延を施して熱延鋼板とし、次いで、1050℃で焼鈍を行った鋼板に冷間圧延を施して板厚0.22mmの冷延鋼板とし、溝を形成する幅1200mmの金属ストリップとした。本鋼板においては、幅方向端部から幅方向に約50mmの位置まで、耳のびを有する形状不良部が確認された。
【0049】
鋼板の片面に、以下の方法(1)~(3)のいずれかによって、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤のレジストパタンを形成した。
(1)鋼板上にエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を均一に塗布した後、レーザを金属ストリップの圧延直角方向に走査しながら照射して、レーザ照射部のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を局所的に除去してレーザ除去部とする方法。
(2)
図3に示すように、ロール30上にエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を均一に塗布した後、レーザをロール30の軸方向(金属ストリップの圧延直角方向に相当)に走査しながら照射して、レーザ照射部のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を局所的に除去してレーザ除去部とし、次いで該ロール30を鋼板に押し付けることによって、該エッチングレジスト被膜形成用被覆剤を鋼板に転写させる方法。
(3)
図4に示すように、ロール30上にエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を均一に塗布した後、レーザをロール30の軸方向(金属ストリップの圧延直角方向に相当)に走査しながら照射して、レーザ照射部のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を局所的に除去してレーザ除去部とし、次いで該ロール30上のエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を、介在ロール31を介して鋼板に転写させる方法。
レジストパタンとしては、圧延方向に3.3mmの繰返し間隔にて、鋼板の圧延直角方向に沿って線状に、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤が塗布されていない領域を設けた。エッチングレジスト被膜形成用被覆剤の組成(固形分換算)は、表1に示した。鋼板の他面には、全面にエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を塗布した。鋼板の表裏両面とも、エッチングレジスト被膜形成用被覆剤の塗布厚は、約1μmとした。塗布後、220℃、30secの条件にてエッチングレジスト被膜形成用被覆剤を乾燥させ、鋼板の表裏両面にエッチングレジスト被膜を形成した。
【0050】
【0051】
<エッチングレジスト被膜の明度指数L*の測定>
形成されたエッチングレジスト被膜について、CIELAB色空間(CIE 1976 L*a*b*色空間)における明度指数L*を測定した。明度指数L*は、分光測色計で計測した分光反射率にて数値化した。測定結果を、表2に示す。
【0052】
<レジスト除去性の評価>
エッチングレジスト被膜のレーザ除去性は、レーザ照射後の剥離線外観を目視判定して評価した。判定基準は以下のとおりである。なお、○であれば合格とした。結果を表2に示す。
(判定基準)
○:レーザ照射部の剥離面積が95%以上
×:レーザ照射部の剥離面積が95%未満
【0053】
次いで、鋼板に電解エッチングを施した。電解液はNaClとし、事前に所望の溝が形成されるよう、電流密度調整を行った。エッチング後、鋼板の表裏両面に残ったエッチングレジスト被膜をNaOH水溶液にて除去した。NaOH水溶液の液温は、50~70℃に保持した。その後、鋼板を水洗し、次いで表面洗浄し、表面に溝を形成した。線状溝を形成した冷延鋼板に860℃にて一次再結晶焼鈍を施して一次再結晶板を得た後、該一次再結晶板に最高温度1200℃にて二次再結晶焼鈍を施して、二次再結晶板を得た。該二次再結晶板に、リン酸塩系の絶縁張力被膜形成用被覆剤を塗布して鋼板の平坦化と絶縁張力被膜形成を目的として最高到達温度860℃で焼鈍を施して、板厚0.22mm厚の方向性電磁鋼板とした。表2に、レーザの照射条件を示す。この方向性電磁鋼板について、以下の通り特性評価を行った。評価結果は、表2に示す。
【0054】
<溝幅の測定>
・幅方向中央部の溝幅
鋼板の幅方向中央部の溝幅については、鋼板の幅方向における中央部において、80mm幅300mm長さの試験片10枚を採取し、各試料中の圧延方向における任意の20点で計200点について光学顕微鏡を用いて測定した溝幅の平均値とした。
・幅方向端部1の溝幅
鋼板の幅方向端部1の溝幅については、鋼板のDR側(冷間圧延機におけるドライブ側)の端部において、80mm幅300mm長さの試験片10枚を採取し、各試料のDR側端部の圧延方向における任意の20点で計200点について光学顕微鏡を用いて測定した溝幅の平均値とした。
・幅方向端部2の溝幅
鋼板の幅方向端部2の溝幅については、鋼板のOP側(冷間圧延機におけるオペレーター側)の端部において80mm幅300mm長さの試験片10枚を採取し、各試料のOP側端部の圧延方向における任意の20点で計200点について光学顕微鏡を用いて測定した溝幅の平均値とした。
【0055】
<鉄損W17/50の測定>
・幅方向中央部の鉄損
鋼板の幅方向中央部の鉄損については、鋼板の幅方向における中央部から100mm幅320mm長さのSST試験片試料を、圧延方向にそってそれぞれ2枚ずつ切り出し、計40枚のSST試験片試料を得た。該40枚のSST試験片試料を用いて単板磁気試験を行ない、最大磁束密度:1.7T、周波数:50kHzにおける鉄損:W17/50(W/kg)を測定した。鉄損W17/50が0.72W/kg以下であれば、鉄損W17/50に優れると評価した。
・幅方向端部の鉄損
鋼板の幅方向における両端部から圧延方向にそって1枚ずつ切り出し、100mm幅SST試験片試料を計40枚得た。なお、鋼板の幅方向の最端部は板厚が不均一となる傾向があるため、ここでは再端部から30mm内側に入った部位を端部として扱った。該40枚のSST試験片を用いて単板磁気試験を行ない、最大磁束密度:1.7T、周波数:50kHzにおける鉄損:W17/50(W/kg)を測定した。鉄損W17/50が0.72W/kg以下であれば、鉄損W17/50に優れると評価した。
【0056】
本発明の溝形成方法を利用して製造される方向性電磁鋼板は、歪取り焼鈍などの焼鈍後においても良好な磁気特性を示し、巻型の変圧器にも適用が可能である。本溝形成方法を利用して製造した方向性電磁鋼板を変圧器に使用すれば、エネルギ使用効率を向上することができるため、産業上有用である。