(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022062178
(43)【公開日】2022-04-19
(54)【発明の名称】慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20220412BHJP
C12Q 1/6876 20180101ALI20220412BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20220412BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALI20220412BHJP
C12Q 1/6844 20180101ALI20220412BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220412BHJP
G01N 33/92 20060101ALI20220412BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
C12Q1/6876 Z
C12Q1/02
C12Q1/6813 Z
C12Q1/6844 Z
G01N33/50 P
G01N33/15 Z
G01N33/92 Z
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022015893
(22)【出願日】2022-02-03
(62)【分割の表示】P 2019551182の分割
【原出願日】2018-10-24
(31)【優先権主張番号】P 2017208301
(32)【優先日】2017-10-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018072747
(32)【優先日】2018-04-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】川島 永子
(72)【発明者】
【氏名】内藤 正吉
(57)【要約】
【課題】慢性腎臓病を予防又は治療する技術を提供する。
【解決手段】慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で細胞を培養する工程と、前記細胞におけるガングリオシドGM3又はガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、ガングリオシドGM3又はガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量が、前記被験物質の非存在下における発現量と比較して増加することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法。
【選択図】
図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、
被験物質の存在下で細胞を培養する工程と、
前記細胞におけるガングリオシドGM3又はガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、
ガングリオシドGM3又はガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量が、前記被験物質の非存在下における発現量と比較して増加することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法。
【請求項2】
ガングリオシドGM3に対する特異的結合物質、
ガングリオシドGM3合成酵素に対する特異的結合物質、
ガングリオシドGM3合成酵素遺伝子のcDNAを特異的に増幅するプライマーセット、又は
ガングリオシドGM3合成酵素遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするプローブ、
を備える、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニングキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法に関する。より具体的には、慢性腎臓病の予防又は治療剤、慢性腎臓病の予防又は治療用医薬組成物、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法、及び、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニングキットに関する。本願は、2017年10月27日に、日本に出願された特願2017-208301号、及び、2018年4月4日に、日本に出願された特願2018-072747号に基づき優先権を主張し、それらの内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
糸球体上皮細胞の障害は、慢性腎臓病に共通する病態である。慢性腎臓病が進行すると透析が必要となる。現在、特にアジアを中心に透析が必要な患者数が増大しており、大きな社会問題となっている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0003】
慢性腎臓病の進行を抑制するためにはタンパク尿を減少させる治療が必要である。しかしながら、この治療は患者の満足度が低いにもかかわらず、久しく新薬の開発がなされていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Liyanage T., et al., Worldwide access to treatment for end-stage kidney disease: a systematic review., Lancet, 385 (9981), 1975-1982, 2015.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような背景のもと、本発明は、慢性腎臓病を予防又は治療する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の態様を含む。
[1]ガングリオシドGM3の発現量を増加させる物質を有効成分として含有する、慢性腎臓病の予防又は治療剤。
[2]ガングリオシドGM3の発現量を増加させる前記物質が、下記式(1)で表される化合物又はその誘導体である、[1]に記載の予防又は治療剤。
【化1】
[式(1)中、R
1は置換されていてもよい炭素数2~16の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を表す。]
[3][1]又は[2]に記載の予防又は治療剤と、薬学的に許容される担体とを含有する、慢性腎臓病の予防又は治療用医薬組成物。
[4]慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で、ネフリンタンパク質発現細胞を培養する工程と、前記細胞に抗ネフリン抗体を反応させる工程と、前記細胞のF-アクチンを検出する工程と、を備え、検出された前記F-アクチンの量が、前記被験物質の非存在下における前記F-アクチンの量と比較して増加することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法。
[5]慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、ネフリンタンパク質発現細胞に、抗ネフリン抗体を反応させる工程と、抗ネフリン抗体を反応させた前記細胞の培地に被験物質を添加する工程と、前記細胞のF-アクチンを検出する工程と、を備え、検出された前記F-アクチンの量が、前記被験物質の非存在下における前記F-アクチンの量と比較して増加することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法。
[6]慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で、ネフリンタンパク質発現細胞を培養する工程と、前記細胞に抗ネフリン抗体を反応させる工程と、前記細胞におけるネフリンタンパク質のリン酸化を検出する工程であって、前記リン酸化が、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化である工程と、を備え、検出された前記リン酸化が、前記被験物質の非存在下における前記リン酸化と比較して低下することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法。
[7]慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、ネフリンタンパク質発現細胞に、抗ネフリン抗体を反応させる工程と、抗ネフリン抗体を反応させた前記細胞の培地に被験物質を添加する工程と、前記細胞におけるネフリンタンパク質のリン酸化を検出する工程であって、前記リン酸化が、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化である工程と、を備え、検出された前記リン酸化が、前記被験物質の非存在下における前記リン酸化と比較して低下することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法。
[8]慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で細胞を培養する工程と、前記細胞におけるガングリオシドGM3又はガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、ガングリオシドGM3又はガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量が、前記被験物質の非存在下における発現量と比較して増加することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法。
[9]慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、被験物質の投与下で慢性腎臓病を発症する非ヒト動物モデルを飼育する工程と、前記非ヒト動物モデルの腎機能を評価する工程と、を備え、被験物質の投与下の前記非ヒト動物モデルの腎機能が、前記被験物質の非投与下の前記非ヒト動物モデルの腎機能と比較して向上したことが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法。
[10]ネフリンタンパク質発現細胞と、抗ネフリン抗体とを備える、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニングキット。
[11]ファロイジンを更に備える、[10]に記載のスクリーニングキット。
[12]抗リン酸化ネフリンタンパク質抗体を更に備え、前記抗体が、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化を検出する抗体である、[10]又は[11]に記載のスクリーニングキット。
[13]ガングリオシドGM3に対する特異的結合物質、ガングリオシドGM3合成酵素に対する特異的結合物質、ガングリオシドGM3合成酵素遺伝子のcDNAを特異的に増幅するプライマーセット、又はガングリオシドGM3合成酵素遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするプローブ、を備える、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニングキット。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、慢性腎臓病を予防又は治療する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実験例1においてネフリンタンパク質及びガングリオシドGM3(以下、「GM3」という場合がある。)を検出した蛍光顕微鏡写真である。
【
図2】実験例2においてネフリンタンパク質及びGM3を検出した蛍光顕微鏡写真である。
【
図3】実験例3における免疫薄層クロマトグラフィーの結果を示す写真である。
【
図4】実験例4においてGM3及びF-アクチンを検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図5】実験例5においてGM3及びF-アクチンを検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図6】実験例6における免疫沈降-ウエスタンブロッティング法による解析結果を示す写真である。
【
図7】実験例7における免疫沈降-ウエスタンブロッティング法による解析結果を示す写真である。
【
図8】実験例8におけるウエスタンブロッティング法による解析結果を示す写真である。
【
図9】実験例9においてF-アクチンを検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図10】実験例9においてGM3を検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図11】実験例10において算出した、マウスの尿中アルブミン(mg/g・クレアチニン)の変化を示すグラフである。
【
図12】(a)は、実験例10における、マウスの血清アルブミン量の測定結果を示すグラフである。(b)は、実験例10における、マウスの血清クレアチニン量の測定結果を示すグラフである。
【
図13】(a)~(g)は、実験例10における、マウスの腎臓組織切片のPAS染色の結果を示す顕微鏡写真である。
【
図14】
図13(a)~(g)の結果に基づいて障害誘導量を数値化した結果を示すグラフである。
【
図15】(a)~(f)は、実験例10における、マウスの腎臓組織切片のPAS染色及びp57の免疫染色の結果を示す顕微鏡写真である。
【
図16】
図15(a)~(f)の結果に基づいて、p57陽性細胞の単位面積当たりの数を測定した結果を示すグラフである。
【
図17】実験例11において、GM3及びネフリンタンパク質を検出した代表的な蛍光顕微鏡写真である。
【
図18】実験例11における代表的な電子顕微鏡写真である。
【
図19】実験例12において、GM3を検出した代表的な蛍光顕微鏡写真である。
【
図20】実験例13において、GM3を検出した代表的な蛍光顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[慢性腎臓病の予防又は治療剤]
1実施形態において、本発明は、ガングリオシドGM3の発現量(ガングリオシドGM3の存在量)を増加させる物質を有効成分として含有する、慢性腎臓病の予防又は治療剤を提供する。
【0010】
実施例において後述するように、発明者らは、慢性腎臓病を発症するモデルマウスを用いた検討結果、及び慢性腎臓病細胞モデルを用いた検討結果から、細胞におけるガングリオシドGM3の発現量を増加させる物質を、慢性腎臓病の予防又は治療剤として用いることができることを明らかにした。ここで、細胞としては、ネフリンタンパク質発現細胞が好適である。
【0011】
本実施形態の予防又は治療剤が対象とする慢性腎臓病としては、糸球体の足細胞(ポドサイト)の傷害による慢性腎臓病が挙げられ、より具体的には、微小変化型ネフローゼ症候群(MCNS)、巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)、糖尿病性腎症等が挙げられる。
【0012】
ガングリオシドGM3の発現量を増加させる物質は、細胞におけるガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量を増加させる物質であってもよい。
【0013】
本実施形態の予防又は治療剤としては、細胞におけるガングリオシドGM3の発現量を増加させる物質であれば特に制限なく用いることができるが、より具体的な例としては、下記式(1)で表される化合物又はその誘導体が挙げられる。
【0014】
【化2】
[式(1)中、R
1は置換されていてもよい炭素数2~16の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を表す。]
【0015】
実施例において後述するように、発明者らは、上記式(1)で表される化合物を、慢性腎臓病の予防又は治療剤として用いることができることを明らかにした。実施例の結果から、本実施形態の慢性腎臓病の予防又は治療剤は、ガングリオシドGM3の発現を亢進させるものであると考えられる。
【0016】
式(1)中、R1で表される、置換されていてもよい直鎖状のアルキル基の炭素数は、慢性腎臓病の予防又は治療剤としての機能を発揮する限り、2~16であってもよく、2~10であってもよく、2~5であってもよい。より具体的な直鎖状のアルキル基としては、例えば、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0017】
R1で表される、置換されていてもよい分岐鎖状のアルキル基の炭素数は、慢性腎臓病の予防又は治療剤としての機能を発揮する限り、2~16であってもよく、2~10であってもよく、2~5であってもよい。より具体的な分岐鎖状のアルキル基としては、例えば、イソプロピル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、2-メチルヘプチル基、3-メチルヘプチル基、4-メチルヘプチル基等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0018】
R1で表される基の置換基としては、例えば、アミノ基、ハロゲン原子等が挙げられる。ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等が挙げられる。
【0019】
また、上記式(1)で表される化合物の誘導体としては、上記式(1)で表される化合物のエステル、上記式(1)で表される化合物のアミド等が挙げられる。
【0020】
上記式(1)で表される、より具体的な化合物としては、例えば、バルプロ酸、酪酸、プロピオン酸等が挙げられる。下記式(2)にバルプロ酸の化学式を示し、下記式(3)に酪酸の化学式を示し、下記式(4)にプロピオン酸の化学式を示す。
【0021】
【0022】
[医薬組成物]
上述した慢性腎臓病の予防又は治療剤は、医薬組成物として製剤化されていることが好ましい。すなわち、1実施形態において、本発明は、上述した慢性腎臓病の予防又は治療剤と、薬学的に許容される担体とを含有する、慢性腎臓病の予防又は治療用医薬組成物を提供する。
【0023】
医薬組成物は、経口的に使用される剤型であってもよく、非経口的に使用される剤型であってもよい。経口的に使用される剤型としては、例えば錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤等が挙げられる。非経口的に使用される剤型としては、例えば注射剤、吸入剤、坐剤、貼付剤等が挙げられる。
【0024】
薬学的に許容される担体としては、例えば、滅菌水、生理食塩水等の溶媒;ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤、結晶性セルロース等の賦形剤;アルギン酸等の膨化剤等が挙げられる。
【0025】
医薬組成物は添加剤を更に含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノールの安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤等が挙げられる。
【0026】
医薬組成物は、上記の担体及び添加剤を適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0027】
患者への投与は、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射等のほか、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、又は経口的に当業者に公知の方法により行いうる。投与量は、患者の体重や年齢、患者の症状、投与方法等により変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。
【0028】
慢性腎臓病の予防又は治療用医薬組成物の投与量は、有効成分の種類、患者の症状等により変動するが、経口投与の場合、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約0.1~5000mg程度の有効成分(慢性腎臓病の予防又は治療剤)を、1日1回、又は数回に分けて投与することが適切であると考えられる。
【0029】
非経口的に投与する場合、その投与量は、有効成分の種類、患者の症状、投与方法等により変動するが、全身投与を行う場合、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約0.1~500mg程度の有効成分(慢性腎臓病の予防又は治療剤)を、1日1回、又は数回に分けて投与することが適切であると考えられる。局所投与を行う場合、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約0.001~10mg程度の有効成分(慢性腎臓病の予防又は治療剤)を、1日1回、又は数回に分けて投与することが適切であると考えられる。
【0030】
[慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法]
(第1実施形態)
1実施形態において、本発明は、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で、ネフリンタンパク質発現細胞を培養する工程と、前記細胞に抗ネフリン抗体を反応させる工程と、前記細胞のF-アクチンを検出する工程と、を備え、検出された前記F-アクチンの量が、前記被験物質の非存在下における前記F-アクチンの量と比較して増加することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法を提供する。
【0031】
本実施形態のスクリーニング方法において、被験物質としては特に制限されず、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ、代謝物ライブラリ等が挙げられる。
【0032】
ネフリンタンパク質発現細胞としては、腎臓の糸球体部位に存在する足細胞(ポドサイト)等の、元々ネフリンタンパク質を発現している細胞を用いてもよく、元々ネフリンタンパク質を発現していないか、発現量がわずかである細胞に、ネフリンタンパク質の発現ベクターを導入して、ネフリンタンパク質を発現させた細胞を用いてもよい。ここで、発現ベクターは特に制限されず、プラスミドベクター、ウイルスベクター等を用いることができる。
【0033】
ネフリンタンパク質発現細胞として、元々ネフリンタンパク質を発現している細胞を用いる場合、ネフリンタンパク質発現細胞の由来は特に制限されないが、なかでも、慢性腎臓病の予防又は治療剤の投与対象の種由来の細胞であることが好ましく、ヒト又はマウス由来の細胞であることが好ましい。
【0034】
また、細胞にネフリンタンパク質の発現ベクターを導入する場合、ネフリンタンパク質としては、哺乳動物由来のネフリンタンパク質であれば特に制限なく用いることができる。なかでも、慢性腎臓病の予防又は治療剤の投与対象の種由来のネフリンタンパク質であることが好ましく、ヒト又はマウス由来のネフリンタンパク質であることが好ましい。
【0035】
ヒトネフリンタンパク質のUniProtKDのアクセッション番号はO60500であり、マウスネフリンタンパク質のUniProtKDのアクセッション番号はQ9QZS7である。
【0036】
ネフリンタンパク質発現細胞は、腎臓由来の細胞であることが好ましい。なかでも、慢性腎臓病の予防又は治療剤の投与対象の種由来の細胞であることが好ましく、ヒト又はマウス由来の細胞であることが好ましい。具体的な細胞の例としては、実施例で使用したヒト胎児腎細胞株であるHEK293細胞に、ネフリンタンパク質を発現させた細胞、元々ネフリンタンパク質を発現している足細胞等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0037】
ネフリンタンパク質発現細胞に反応させる抗ネフリン抗体としては、ネフリンタンパク質発現細胞が発現しているネフリンタンパク質に特異的に反応する抗体を用いることができ、ポリクローナル抗体であることが好ましい。
【0038】
例えば、ネフリンタンパク質発現細胞がマウスネフリンタンパク質を発現する場合には、抗マウスネフリン抗体を用いることが好ましい。なかでも、マウスネフリンタンパク質をコードするDNAを、遺伝子免疫法によりウサギに免疫して作製したポリクローナル抗体が好ましい。
【0039】
抗体は、抗体断片であってもよい。抗体断片としては、F(ab’)2、Fab’、Fab、Fv、scFv等が挙げられる。
【0040】
抗ネフリン抗体は、ネフリンタンパク質に対する特異的な結合性を有している限り、抗体以外の特異的結合物質であってもよい。抗体以外の特異的結合物質としては、核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等が挙げられる。
【0041】
実施例において後述するように、発明者らは、ネフリンタンパク質発現細胞に抗ネフリン抗体を反応させる、慢性腎臓病細胞モデルを開発した。そして、ネフリンタンパク質発現細胞に抗ネフリン抗体を反応させると、細胞のF-アクチンが減少することを明らかにした。したがって、この慢性腎臓病細胞モデルを用いることにより、慢性腎臓病の予防又は治療剤をスクリーニングすることができる。
【0042】
ここで、慢性腎臓病細胞モデルに用いるネフリンタンパク質発現細胞は、上述したものと同様であり、元々ネフリンタンパク質を発現している細胞であってもよく、元々ネフリンタンパク質を発現していないか、発現量がわずかである細胞に、ネフリンタンパク質の発現ベクターを導入して、ネフリンタンパク質を発現させた細胞であってもよい。
【0043】
より具体的には、まず、被験物質の存在下で、ネフリンタンパク質発現細胞を培養する工程を実施した後、上記の細胞に抗ネフリン抗体を反応させる工程を実施する。その後、上記の細胞のF-アクチンを検出する工程を実施する。F-アクチンはG-アクチンが多数重合した重合体である。
【0044】
F-アクチンの検出方法は特に限定されず、例えば標識されたファロイジンを反応させた後、当該標識を検出する方法が挙げられる。標識としては、例えば蛍光標識が挙げられる。この場合、F-アクチンの検出は蛍光顕微鏡観察により実施することができる。
【0045】
そして、検出された前記F-アクチンの量が、被験物質の非存在下におけるF-アクチンの量と比較して増加した場合、当該被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であると判断することができる。
【0046】
(第2実施形態)
1実施形態において、本発明は、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、ネフリンタンパク質発現細胞に、抗ネフリン抗体を反応させる工程と、抗ネフリン抗体を反応させた前記細胞の培地に被験物質を添加する工程と、前記細胞のF-アクチンを検出する工程と、を備え、検出された前記F-アクチンの量が、前記被験物質の非投与下における前記F-アクチンの量と比較して増加することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法を提供する。
【0047】
本実施形態のスクリーニング方法は、第1実施形態のスクリーニング方法と、被験物質を投与するタイミングが主に異なる。本実施形態のスクリーニング方法において、被験物質、ネフリンタンパク質発現細胞、抗ネフリン抗体、F-アクチンを検出する工程は第1実施形態のスクリーニング方法と同様である。
【0048】
本実施形態のスクリーニング方法により、慢性腎臓病を発症後に投与して治療効果が得られる薬物を、効率よくスクリーニングすることができる。
【0049】
(第3実施形態)
1実施形態において、本発明は、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で、ネフリンタンパク質発現細胞を培養する工程と、前記細胞に抗ネフリン抗体を反応させる工程と、前記細胞におけるネフリンタンパク質のリン酸化を検出する工程であって、前記リン酸化が、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化である工程と、を備え、検出された前記リン酸化が、前記被験物質の非存在下における前記リン酸化と比較して低下することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法を提供する。
【0050】
本実施形態のスクリーニング方法は、第1実施形態のスクリーニング方法、第2実施形態のスクリーニング方法とは、慢性腎臓病の予防又は治療剤であるか否かの判定方法が主に異なる。
【0051】
本実施形態のスクリーニング方法において、被験物質、ネフリンタンパク質発現細胞、抗ネフリン抗体、F-アクチンを検出する工程は第1実施形態のスクリーニング方法と同様である。
【0052】
実施例において後述するように、発明者らは、ネフリンタンパク質発現細胞に抗ネフリン抗体を反応させると、ネフリンタンパク質がリン酸化されることを明らかにした。したがって、ネフリンタンパク質のリン酸化を指標として、慢性腎臓病の予防又は治療剤をスクリーニングすることができる。
【0053】
抗ネフリン抗体を反応させることによりリン酸化されるアミノ酸残基は、マウスネフリンタンパク質の場合、第1232番目のチロシン残基であった。したがって、細胞に発現させるネフリンタンパク質として、ヒトネフリンタンパク質や、ヒトやマウス以外の種のネフリンタンパク質を用いる場合には、マウスネフリンタンパク質の1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化を検出すればよい。
【0054】
マウスネフリンタンパク質の1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基とは、例えば、ヒトネフリンタンパク質の場合には、第1217番目のチロシン残基である。
【0055】
マウスネフリンタンパク質の1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基は、以下のようにして特定することもできる。まず、被験物質の非存在下で、ネフリンタンパク質発現細胞を培養する工程と、当該細胞に抗ネフリン抗体を反応させる工程を実施する。続いて、上記のネフリンタンパク質のリン酸化されたチロシン残基を特定する。リン酸化されたチロシン残基は、リン酸化ネフリンタンパク質特異的な抗体を用いたウエスタンブロッティング法等により検出することができる。この結果特定された、リン酸化されたチロシン残基が、マウスネフリンタンパク質の1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基である。
【0056】
被験物質の存在下において検出された、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化が、被験物質の非存在下における前記リン酸化(マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化)と比較して低下した場合、当該被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であると判断することができる。
【0057】
(第4実施形態)
1実施形態において、本発明は、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、ネフリンタンパク質発現細胞に、抗ネフリン抗体を反応させる工程と、抗ネフリン抗体を反応させた前記細胞の培地に被験物質を添加する工程と、前記細胞におけるネフリンタンパク質のリン酸化を検出する工程であって、前記リン酸化が、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化である工程と、を備え、検出された前記リン酸化が、前記被験物質の非存在下における前記リン酸化と比較して低下することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法を提供する。
【0058】
本実施形態のスクリーニング方法は、第3実施形態のスクリーニング方法と、被験物質を投与するタイミングが主に異なる。本実施形態のスクリーニング方法において、被験物質、ネフリンタンパク質発現細胞、抗ネフリン抗体、ネフリンタンパク質のリン酸化を検出する工程は第3実施形態のスクリーニング方法と同様である。
【0059】
本実施形態のスクリーニング方法により、慢性腎臓病を発症後に投与して治療効果が得られる薬物を、効率よくスクリーニングすることができる。
【0060】
(第5実施形態)
1実施形態において、本発明は、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下で細胞を培養する工程と、前記細胞におけるガングリオシドGM3又はガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量を測定する工程と、を備え、ガングリオシドGM3又はガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量が、前記被験物質の非存在下における発現量と比較して増加することが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法を提供する。
【0061】
本実施形態のスクリーニング方法は、第1実施形態のスクリーニング方法、第2実施形態のスクリーニング方法、第3実施形態のスクリーニング方法、第4実施形態のスクリーニング方法とは、慢性腎臓病の予防又は治療剤であるか否かの判定方法が主に異なる。
【0062】
本実施形態のスクリーニング方法において、被験物質は第1実施形態のスクリーニング方法と同様である。
【0063】
また、細胞は特に限定されず、例えば腎臓由来の細胞であることが好ましいがこれに限定されない。細胞としては、第1実施形態のスクリーニング方法、第2実施形態のスクリーニング方法、第3実施形態のスクリーニング方法、第4実施形態のスクリーニング方法におけるものと同様の、ネフリンタンパク質発現細胞を用いてもよい。
【0064】
GM3の発現量は、例えば薄層クロマトグラフィー法等により測定することができる。また、GM3合成酵素遺伝子の発現量は、例えばウエスタンブロッティング法等によりタンパク質レベルで測定してもよいし、例えば定量的RT-PCR法、マイクロアレイ等によりmRNAレベルで測定してもよい。
【0065】
GM3合成酵素は、ラクトシルセラミドα2,3シアル酸転移酵素とも呼ばれるものである。ヒトGM3合成酵素のUniProtKDのアクセッション番号はQ9UNP4であり、マウスGM3合成酵素のUniProtKDのアクセッション番号はO88829である。
【0066】
実施例において後述するように、発明者らは、慢性腎臓病細胞モデルにおいて、GM3の発現量を増加させると、慢性腎臓病を予防又は治療することができることを明らかにした。したがって、GM3の発現量を増加させる被験物質は慢性腎臓病の予防又は治療剤であるということができる。
【0067】
すなわち、本実施形態のスクリーニング方法において、被験物質の存在下において検出された、GM3又はGM3合成酵素遺伝子の発現量が、被験物質の非存在下における発現量と比較して増加した場合、当該被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であると判断することができる。
【0068】
(第6実施形態)
1実施形態において、本発明は、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法であって、被験物質の投与下で慢性腎臓病を発症する非ヒト動物モデルを飼育する工程と、前記非ヒト動物モデルの腎機能を評価する工程と、を備え、被験物質の投与下の前記非ヒト動物モデルの腎機能が、前記被験物質の非投与下の前記非ヒト動物モデルの腎機能と比較して向上したことが、前記被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であることを示す、スクリーニング方法を提供する。
【0069】
本実施形態のスクリーニング方法は、第1実施形態のスクリーニング方法、第2実施形態のスクリーニング方法、第3実施形態のスクリーニング方法、第4実施形態のスクリーニング方法とは、慢性腎臓病を発症する非ヒト動物モデルを用いる点で主に異なる。
【0070】
本実施形態のスクリーニング方法において、被験物質は第1実施形態のスクリーニング方法と同様である。
【0071】
また、慢性腎臓病を発症する非ヒト動物モデルとしては、例えば、実施例において後述する、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体をマウスに投与すると、当該マウスが慢性腎臓病(より正確には巣状分節性糸球体硬化症、以下「FSGS」という場合がある。)を発症するモデル等を利用することができる。ここで、非ヒト動物はマウスに限られず、例えば、ラット、ブタ、ヤギ、ヒツジ、サル等であってもよい。
【0072】
本実施形態のスクリーニング方法において、腎機能は、例えば、血中アルブミン量の測定、尿中アルブミン量の測定、腎臓標本の組織学的解析による、糸球体硬化病変の進行の測定、ポドサイトの単位面積当たりの数の測定、ガングリオシドGM3の存在量の測定、ネフリンタンパク質の存在量の測定等により評価することができる。
【0073】
本実施形態のスクリーニング方法において、被験物質の投与下の非ヒト動物モデルの腎機能が、被験物質の非投与下の前記非ヒト動物モデルの腎機能と比較して向上した場合、当該被験物質が慢性腎臓病の予防又は治療剤であると判断することができる。
【0074】
[慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニングキット]
(第1実施形態)
1実施形態において、本発明は、ネフリンタンパク質発現細胞と、抗ネフリン抗体とを備える、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニングキットを提供する。
【0075】
本実施形態のキットを用いることにより、上述した慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法を実施することができる。
【0076】
本実施形態のキットにおいて、ネフリンタンパク質発現細胞、抗ネフリン抗体としては、上述した第1実施形態に係る慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法と同様のものを用いることができる。
【0077】
本実施形態のキットは、ファロイジンを更に備えていてもよい。ファロイジンは、F-アクチンを検出する試薬である。ファロイジンを備えることにより、本実施形態のキットを、上述した第1実施形態、第2実施形態に係る慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法に好適に用いることができる。
【0078】
本実施形態のキットは、抗リン酸化ネフリンタンパク質抗体を更に備え、当該抗体は、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化を検出する抗体であってもよい。
【0079】
ここで、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化を検出する抗体としては、上述した第3実施形態係る慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法と同様のものを用いることができる。
【0080】
マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化を検出する抗体を備えることにより、本実施形態のキットを、上述した第3実施形態、第4実施形態に係る慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法に好適に用いることができる。
【0081】
マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基に相当するチロシン残基のリン酸化を検出する抗体は、抗体以外の特異的結合物質であってもよい。抗体以外の特異的結合物質としては、核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等が挙げられる。
【0082】
(第2実施形態)
1実施形態において、本発明は、GM3に対する特異的結合物質、GM3合成酵素に対する特異的結合物質、GM3合成酵素遺伝子のcDNAを特異的に増幅するプライマーセット、又はGM3合成酵素遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするプローブ、を備える、慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニングキットを提供する。
【0083】
本実施形態のキットを用いることにより、上述した第5実施形態に係る慢性腎臓病の予防又は治療剤のスクリーニング方法を実施することができる。
【0084】
《特異的結合物質》
特異的結合物質としては、例えば、抗体、抗体断片、アプタマー等が挙げられる。アプタマーとしては、核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等が挙げられる。
【0085】
特異的結合物質は、対象タンパク質又は対象糖脂質に特異的に結合することができれば特に制限されず、市販のものであってもよい。また、特異的結合物質は、担体上に固定されてプロテインチップ等を構成していてもよい。
【0086】
《プライマーセット》
プライマーセットとしては、GM3合成酵素遺伝子のcDNAを増幅することができるものであれば特に限定されない。
【0087】
《プローブ》
プローブとしては、GM3合成酵素遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするものであれば特に限定されない。プローブは、担体上に固定されてDNAマイクロアレイ等を構成していてもよい。
【0088】
[その他の実施形態]
1実施形態において、本発明は、下記式(1)で表される化合物の有効量を、治療を必要とする患者又は患畜に投与する工程を備える、慢性腎臓病の予防又は治療方法を提供する。
【0089】
【化4】
[式(1)中、R
1は置換されていてもよい炭素数2~16の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を表す。]
【0090】
1実施形態において、本発明は、慢性腎臓病の予防又は治療のための上記式(1)で表される化合物を提供する。
【0091】
1実施形態において、本発明は、慢性腎臓病の予防又は治療剤を製造するための上記式(1)で表される化合物の使用を提供する。
【0092】
これらの実施形態において、上記式(1)で表される化合物のより限定された例は、慢性腎臓病の予防又は治療剤の実施形態について上述したものと同様である。
【実施例0093】
[実験例1]
(慢性腎臓病を発症するモデルマウスを用いた検討)
発明者らは、以前に慢性腎臓病を発症するモデルマウスを開発した。このモデルマウスは、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体をマウスに投与すると、当該マウスが慢性腎臓病(より正確には巣状分節性糸球体硬化症、以下「FSGS」という場合がある。)を発症するものである。上記の抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体としては、マウスネフリンタンパク質をコードするDNAを、遺伝子免疫法によりウサギに免疫して作製したものを用いる。
【0094】
このモデルマウスは、ヒトの慢性腎臓病やネフローゼ症候群において観察される、タンパク尿、浮腫、高コレステロール血症等の全ての現象を呈するものであり、ヒトの慢性腎臓病を正確に反映するモデルマウスであると考えられる。
【0095】
そこで、このマウスモデルを用いた検討を行った。具体的には、まず、マウスに抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を経静脈的に0.5~5mg投与した。続いて、抗体の投与前、投与から90分後、3時間後、7日後にマウスの腎臓を摘出して薄膜組織切片を作製し、糸球体における、ネフリンタンパク質及びガングリオシドGM3を、それぞれ、発明者らが作製した抗ネフリン抗体及び抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)を用いた蛍光免疫染色により検出した。
【0096】
図1は、ネフリンタンパク質及びGM3を検出した蛍光顕微鏡写真である。倍率は400倍である。
図1中、「ネフリン」はネフリンタンパク質を検出した結果であることを意味し、「GM3」はGM3を検出した結果であることを意味し、「Overlay」はネフリンタンパク質を検出した結果とGM3を検出した結果を合成した結果であることを意味する。
【0097】
その結果、マウスに抗ネフリン抗体を投与すると、ネフリンタンパク質及びGM3の発現量が減少することが明らかとなった。ネフリンタンパク質及びGM3の発現量の減少は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与から90分後以降において認められた。
【0098】
[実験例2]
(慢性腎臓病細胞モデルを用いた検討)
実験例1で用いたマウスモデルの結果に基づいて、培養細胞レベルで慢性腎臓病のモデルを構築できるか否かについて検討した。
【0099】
具体的には、まず、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターをヒト胎児腎細胞株であるHEK293細胞に導入した。続いて、この細胞の培地に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を終濃度5~30μg/mLで添加した。
【0100】
続いて、抗体の投与直後、6時間後、48時間後に、各細胞をパラホルムアルデヒド固定し、各細胞における、ネフリンタンパク質、F-アクチン及びガングリオシドGM3を、それぞれ、発明者らが作製した抗ネフリン抗体、ファロイジン(型式「A34055」、インビトロジェン社)及び抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)を用いた蛍光染色により検出した。
【0101】
図2は、ネフリンタンパク質及びGM3を検出した蛍光顕微鏡写真である。倍率は400倍である。
図2中、「ネフリン」はネフリンタンパク質を検出した結果であることを意味し、「F-actin」はF-アクチンを検出した結果であることを意味し、「GM3」はGM3を検出した結果であることを意味する。
【0102】
その結果、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させると、ネフリンタンパク質が減少し、F-アクチンが減少し、GM3が減少することが明らかとなった。この結果は、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗ネフリン抗体を反応させる系を、慢性腎臓病細胞モデルとして使用することができることを示す。
【0103】
[実験例3]
(慢性腎臓病細胞モデルにおけるGM3の発現量の検討)
実験例2と同様の慢性腎臓病細胞モデル、すなわち、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させるモデルを用いて、ガングリオシドGM3の発現量を検討した。
【0104】
具体的には、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞の培地に抗ネフリンウサギポリクローナル抗体を、終濃度5~30μg/mLで添加し、6時間後及び48時間後にGM3の発現量を検討した。また、対照として、培地に抗ネフリン抗体を添加しなかった細胞中のGM3の発現量を検討した。また、陽性対照として、GM3の標準品を用いた。GM3の検出は、抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)を用いた免疫薄層クロマトグラフィーにより行った。
【0105】
図3は、免疫薄層クロマトグラフィーの結果を示す写真である。
図3中、レーン1は、GM3の標準品の解析結果であり、レーン2は培地に抗ネフリン抗体を添加しなかったHEK293細胞の解析結果であり、レーン3は培地に抗ネフリン抗体を添加したHEK293細胞の解析結果である。
図3中、「*」、「**」は、GM3のバンドを示す。
【0106】
その結果、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の添加により、GM3の発現量が低下したことが明らかとなった。特に、
図3中「*」で示すバンドの低下が顕著であった。
【0107】
以上の結果から、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の添加により、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞におけるGM3の発現量が低下することが再度確認された。
【0108】
[実験例4]
(慢性腎臓病細胞モデルへのGM3の添加の検討)
実験例2と同様の慢性腎臓病細胞モデル、すなわち、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させるモデルを用いて、培地へのGM3の添加の影響を検討した。
【0109】
具体的には、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞の培地に、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の存在下及び非存在下でガングリオシドGM3を添加し、その影響を検討した。
【0110】
抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体は、終濃度5~30μg/mLで培地に添加した。また、GM3は、終濃度0、125又は250μMで培地に添加した。続いて、実験開始から48時間後に各細胞をパラホルムアルデヒド固定し、各細胞における、GM3及びF-アクチンを、それぞれ抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)及びファロイジン(型式「A34055」、インビトロジェン社)を用いた蛍光染色により検出した。
【0111】
図4は、GM3及びF-アクチンを検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。倍率は400倍である。
図4中、「Nep Ab」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を意味し、「+」は添加したことを意味し、「-」は添加しなかったことを意味する。また、「GM3」はGM3を検出した結果であることを意味し、「F-actin」はF-アクチンを検出した結果であることを意味し、「DAPI」は4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)で核を染色した結果であることを意味する。
【0112】
その結果、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させると、F-アクチンが減少し、GM3が減少することが再度確認された。また、GM3を慢性腎臓病細胞モデルの培地に添加することにより、F-アクチンの減少を抑制することができることが明らかとなった。
【0113】
[実験例5]
(慢性腎臓病細胞モデルへのバルプロ酸の添加の検討)
実験例2と同様の慢性腎臓病細胞モデル、すなわち、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させるモデルを用いて、培地へのバルプロ酸の添加の影響を検討した。
【0114】
具体的には、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞の培地に、バルプロ酸の存在下で抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させ、その影響を検討した。
【0115】
抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体は、終濃度5~30μg/mLで培地に添加した。また、バルプロ酸は、終濃度0、1、2又は3mMで培地に添加した。続いて、実験開始から48時間後に各細胞をパラホルムアルデヒド固定し、各細胞における、GM3及びF-アクチンを、それぞれ抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)及びファロイジン(型式「A34055」、インビトロジェン社)を用いた蛍光染色により検出した。
【0116】
図5は、GM3及びF-アクチンを検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。倍率は400倍である。
図5中、「Nep Ab」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を意味し、「+」は添加したことを意味する。また、「VPA」はバルプロ酸を意味し、「GM3」はGM3を検出した結果であることを意味し、「F-actin」はF-アクチンを検出した結果であることを意味し、「Overlay」はGM3を検出した結果とF-アクチンを検出した結果を合成した結果であることを意味し、「DAPI」はDAPIで核を染色した結果であることを意味する。
【0117】
その結果、バルプロ酸の存在下では、抗ネフリン抗体の添加によるF-アクチンの減少が抑制されることが明らかとなった。この結果は、バルプロ酸を慢性腎臓病の予防又は治療剤として用いることができることを意味する。
【0118】
[実験例6]
(GM3とネフリンタンパク質との相互作用の検討)
実験例2と同様の慢性腎臓病細胞モデル、すなわち、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させるモデルを用いて、ガングリオシドGM3とネフリンタンパク質との相互作用を検討した。
【0119】
具体的には、まず、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞から全タンパク質を抽出し、免疫沈降-ウエスタンブロッティング法により、GM3とネフリンタンパク質との相互作用を検出した。
【0120】
また、比較のために、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞の培地に終濃度5~30μg/mLの抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を添加して24時間後に全タンパク質を抽出し、免疫沈降-ウエスタンブロッティング法により、GM3とネフリンタンパク質との相互作用を検出した。
【0121】
マウスネフリンタンパク質の免疫沈降には、発明者らが作製した抗ネフリン抗体を使用した。また、GM3の免疫沈降には抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)を使用した。また、マウスネフリンタンパク質のウエスタンブロッティング法による検出には、発明者らが作製した抗ネフリン抗体を使用した。
【0122】
図6は、免疫沈降-ウエスタンブロッティング法による解析結果を示す写真である。
図6中、「IP」は免疫沈降を意味し、「IB」はウエスタンブロッティング法により検出したことを意味し、「GM3」は抗GM3抗体を使用したことを意味し、「Nephrin」は抗ネフリン抗体を使用したことを意味し、「untreat」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させなかったことを意味し、「Ab treat」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させたことを意味する。
【0123】
その結果、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞では、GM3とネフリンタンパク質が相互作用していることが明らかとなった。また、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させると、GM3とネフリンタンパク質との相互作用が低下することが明らかとなった。
【0124】
[実験例7]
(GM3とネフリンタンパク質との相互作用に対するバルプロ酸の影響の検討)
実験例2と同様の慢性腎臓病細胞モデル、すなわち、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させるモデルを用いて、ガングリオシドGM3とネフリンタンパク質との相互作用に対するバルプロ酸の影響を検討した。
【0125】
具体的には、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞の培地に、終濃度3mMのバルプロ酸の存在下又はバルプロ酸の非存在下で、終濃度5~30μg/mLの抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を添加し、24時間後に全タンパク質を抽出し、免疫沈降-ウエスタンブロッティング法により、GM3とネフリンタンパク質との相互作用を検出した。
【0126】
マウスネフリンタンパク質の免疫沈降には、発明者らが作製した抗ネフリン抗体を使用した。また、GM3の免疫沈降には抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)を使用した。また、マウスネフリンタンパク質のウエスタンブロッティング法による検出には、発明者らが作製した抗ネフリン抗体を使用した。
【0127】
図7は、免疫沈降-ウエスタンブロッティング法による解析結果を示す写真である。
図7中、「Input」は免疫沈降-ウエスタンブロッティング法に使用したものと同一の試料であることを意味し、「IP」は免疫沈降を意味し、「IB」はウエスタンブロッティング法により検出したことを意味し、「GM3」は抗GM3抗体を使用したことを意味し、「Nephrin」は抗ネフリン抗体を使用したことを意味し、「Ab treat」はバルプロ酸の非存在下で抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させたことを意味し、「Ab+VPA treat」はバルプロ酸の存在下で抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させたことを意味する。
【0128】
その結果、バルプロ酸の存在下では、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させることによる、GM3とネフリンタンパク質との相互作用の低下が抑制され、GM3とネフリンタンパク質との相互作用が維持されることが明らかとなった。
【0129】
[実験例8]
(ネフリンタンパク質のリン酸化の検討)
実験例2と同様の慢性腎臓病細胞モデル、すなわち、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させるモデルを用いて、ネフリンタンパク質のリン酸化を検討した。
【0130】
具体的には、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞の培地に、終濃度3mMのバルプロ酸の存在下又はバルプロ酸の非存在下で、終濃度5~30μg/mLの抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を添加し、0、30、60及び120分後に全タンパク質を抽出し、ウエスタンブロッティング法により、ネフリンタンパク質のリン酸化を検討した。また、比較のために抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を添加しなかった試料も用意した。
【0131】
リン酸化ネフリンタンパク質を検出する抗体としては、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基のリン酸化を認識する抗体(型式「ab80298」、アブカム社)、マウスネフリンタンパク質の第1191番目のチロシン残基のリン酸化及び第1208番目のチロシン残基のリン酸化を同時に認識する抗体(型式「ab80299」、アブカム社)を使用した。また、マウスネフリンタンパク質のウエスタンブロッティング法による検出には、発明者らが作製した抗ネフリン抗体を使用した。また、ローディングコントロールとして、抗グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)抗体(型式「2118」、CellSignalingTechnologyジャパン株式会社)を使用してGAPDHタンパク質を検出した。
【0132】
図8は、ウエスタンブロッティング法による解析結果を示す写真である。
図8中、「Untreat」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させなかったことを意味し、「Ab treat」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させたことを意味し、「Ab+VPA treat」はバルプロ酸の存在下で抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させたことを意味する。
【0133】
また、「PY1232」はマウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基のリン酸化を認識する抗体を使用したことを意味し、「PY1191+1208」はマウスネフリンタンパク質の第1191番目のチロシン残基のリン酸化及び第1208番目のチロシン残基のリン酸化を同時に認識する抗体を使用したことを意味し、「Nephrin」は抗ネフリン抗体を使用したことを意味し、「GAPDH」は抗GAPDH抗体を使用したことを意味する。
【0134】
その結果、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞の培地に、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を添加すると、マウスネフリンタンパク質の第1232番目のチロシン残基が強くリン酸化されることが明らかとなった。また、バルプロ酸の存在下では、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の添加によるマウスネフリンタンパク質のリン酸化が抑制されることが明らかとなった。
【0135】
[実験例9]
(バルプロ酸以外の化合物の検討)
実験例2と同様の慢性腎臓病細胞モデル、すなわち、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞に抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させるモデルを用いて、バルプロ酸以外の化合物の影響を検討した。
【0136】
具体的には、マウスネフリンタンパク質の発現ベクターを導入したHEK293細胞の培地に、バルプロ酸、酪酸、プロピオン酸又はγ-アミノ酪酸(以下、「GABA」という場合がある。)の存在下で抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を反応させ、その影響を検討した。下記式(2)にバルプロ酸の化学式を示し、下記式(3)に酪酸の化学式を示し、下記式(4)にプロピオン酸の化学式を示し、下記式(5)にGABAの化学式を示す。
【0137】
【0138】
抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体は、終濃度5~30μg/mLで培地に添加した。また、バルプロ酸、酪酸、プロピオン酸及びγ-アミノ酪酸は、それぞれ終濃度3mMで培地に添加した。続いて、実験開始から48時間後に各細胞をパラホルムアルデヒド固定し、各細胞における、F-アクチン及びGM3を、それぞれファロイジン(型式「A34055」、インビトロジェン社)及び抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)を用いた蛍光染色により検出した。
【0139】
図9は、F-アクチンを検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真であり、
図10はGM3を検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。倍率はいずれも400倍である。
図9及び10中、「Nep Ab」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を意味し、「-」は添加しなかったことを意味し、「+」は添加したことを意味する。また、「VPA」はバルプロ酸を意味し、「BTA」は酪酸を意味し、「PPA」はプロピオン酸を意味し、「GABA」はγ-アミノ酪酸を意味する。
【0140】
また、「F-actin」はF-アクチンを検出した結果であることを意味し、「GM3」はGM3を検出した結果であることを意味し、「DAPI」はDAPIで核を染色した結果であることを意味する。また、
図9中、「Overlay」はF-アクチンを検出した結果とDAPIで核を染色した結果を合成した結果であることを意味し、
図10中、「Overlay」はGM3を検出した結果とDAPIで核を染色した結果を合成した結果であることを意味する。
【0141】
その結果、
図9に示すように、バルプロ酸、酪酸、プロピオン酸を培地に添加することにより、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の添加によるF-アクチンの減少を抑制することができることが明らかとなった。一方、GABAの培地への添加ではF-アクチンの減少の抑制の程度が低いことが明らかとなった。
【0142】
また、
図10に示すように、バルプロ酸、酪酸、プロピオン酸を培地に添加することにより、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の添加によるGM3の減少を抑制することができることが明らかとなった。一方、GABAの培地への添加ではGM3の減少の抑制の程度が低いことが明らかとなった。
【0143】
[実験例10]
(慢性腎臓病を発症するモデルマウスへのバルプロ酸の投与1)
実験例1と同様の慢性腎臓病を発症するモデルマウス(より正確には巣状分節性糸球体硬化症、以下「FSGS」という場合がある。)を用いて、インビボにおけるバルプロ酸投与の影響を検討した。
【0144】
C57BL/6Nマウス(7週齢)に、バルプロ酸を1日1回、100mg/kgの投与量で、28日間腹腔内投与した。そして、バルプロ酸の投与開始から14日目に、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を、0.5mg/匹、1mg/匹又は2mg/匹の投与量で1回尾静脈投与し、慢性腎臓病の発症を誘導した。
【0145】
また、比較のために、バルプロ酸を投与せず、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹の投与量で1回尾静脈投与し慢性腎臓病の発症を誘導した群、バルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群も用意した。
【0146】
続いて、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与から1、2、3、5及び14日目に、各マウスから尿を採取し、尿生化学検査を行った。
【0147】
また、バルプロ酸の投与開始から28日目(抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与から14日目)に、各マウスから腎臓を摘出し、組織切片を作製した。またこの際に採血も行い、血清生化学検査を行った。
【0148】
《尿生化学検査の結果》
図11は、尿生化学検査の結果に基づいて算出した、各マウスの尿中アルブミン(mg/g・クレアチニン)の変化を示すグラフである。
図11中、「FSGS」はバルプロ酸を投与せず、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹投与して慢性腎臓病の発症を誘導した群の結果を示し、「VPAのみ」はバルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の結果を示し、「Ab 0.5mg+VPA」は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を0.5mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「Ab 1mg+VPA」は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「Ab 2mg+VPA」は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「ARB」は、ヒトやラット等で報告されている、ARBの投与による尿中アルブミンの抑制率から算出した尿中アルブミン量の最大量の範囲を示す。
【0149】
具体的には、ヒトについては、例えば、Iino Y., et al., Renoprotective effect of losartan in comparison to amlodipine in patients with chronic kidney disease and hypertension - a report of the Japanese Losartan Therapy Intended for the Global Renal Protection in Hypertensive Patients (JLIGHT) study., Hypertens Res., 27 (1), 21-30, 2004.に、ARB(ロサルタン)投与群で治療開始12か月後のアルブミン尿が47.9%低下したことが記載されている。
【0150】
また、Ono M., et al., Predictors of proteinuria reduction by monotherapy with an angiotensin receptor blocker, olmesartan., J Renin Angiotensin Aldosterone Syst., 13 (2), 239-243, 2012.に、34人の非糖尿病性腎症患者にARB(オルメサルタン)投与した結果、8週後にアルブミン尿が44%低下したことが記載されている。
【0151】
また、Usta M., et al., Efficacy of losartan in patients with primary focal segmental glomerulosclerosis resistant to immunosuppressive treatment., J Intern Med., 253 (3), 329-334, 2003.には、FSGS患者13人にARB(ロサルタン)を投与した結果、12か月後にアルブミン尿が48%低下したことが記載されている。
【0152】
また、シュライアー著『腎臓病と病態生理』(メディカルサイエンスインターナショナル社、2011年5月発行)の第435頁には、治療によって得られる抗蛋白尿効果の最適レベルは不明であるが、治療前の尿蛋白レベルから少なくとも30~40%の減少を目標とすることが推奨されていると記載されている。
【0153】
また、ラットについては、Takahashi A., et al., Angiotensin II type 1 receptor blockade ameliorates proteinuria in puromycin aminonucleoside nephropathy by inhibiting the reduction of NEPH1 and nephrin., J Nephrol. 27 (6), 627-634, 2014.には、PAN腎症ラットモデル(MCNS)にARB(イルベサルタン)を投与した結果、8日後にアルブミン尿が34%低下したことが記載されている。
【0154】
その結果、バルプロ酸の投与は、慢性腎臓病モデルマウスの尿タンパク量を顕著に減少させることが明らかとなった。また、バルプロ酸の投与による尿タンパク量の減少の程度は、既存薬であるARBの投与による尿タンパク量の減少の程度よりも顕著に高いことが明らかとなった。
【0155】
《血清生化学検査の結果》
図12(a)は各マウスの血清アルブミン量の測定結果を示すグラフである。また、
図12(b)は各マウスの血清クレアチニン量の測定結果を示すグラフである。
図12(a)及び(b)中、「Normal」は通常マウスにおける測定結果を示し、「VPA」はバルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の結果を示し、「FSGS」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹投与しバルプロ酸を投与しなかった群の結果を示し、「Ab 0.5mg+VPA」は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を0.5mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「Ab 1mg+VPA」は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「Ab 2mg+VPA」は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「#」は、「Normal」群の結果に対してP<0.05で有意差が存在することを示す。
【0156】
図12(a)の結果から、バルプロ酸の投与は、慢性腎臓病モデルマウスの低アルブミン血症を正常化させることが明らかとなった。また、
図12(b)の結果から、バルプロ酸の投与は、慢性腎臓病モデルマウスの腎機能障害を正常化させることが明らかとなった。
【0157】
《腎臓組織切片のPAS染色》
各マウスの腎臓組織切片をPAS染色して顕微鏡観察し、硬化病変を観察した。
図13(a)~(g)は、各群のマウスの腎臓組織切片のPAS染色の結果を示す顕微鏡写真である。スケールバーは20μmを示す。
図13(a)はバルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の代表的な結果であり、
図13(b)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を0.5mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の代表的な結果であり、
図13(c)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の代表的な結果であり、
図13(d)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の代表的な結果であり、
図13(e)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を0.5mg/匹投与してバルプロ酸を投与しなかった群の代表的な結果であり、
図13(f)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1mg/匹投与してバルプロ酸を投与しなかった群の代表的な結果であり、
図13(g)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1.5mg/匹投与してバルプロ酸を投与しなかった群の代表的な結果である。また、
図13(d)~(g)中、線で囲んだ領域は硬化領域を示し、矢頭は癒着を示す。
【0158】
また、
図14は、
図13(a)~(g)の結果に基づいて障害誘導量を数値化した結果を示すグラフである。
図14中、「VPAのみ」はバルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の結果を示し、「Ab 0.5mg」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を0.5mg/匹投与しバルプロ酸を投与しなかった群の結果を示し、「Ab 0.5mg+VPA」は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を0.5mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「Ab 1mg」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1mg/匹投与しバルプロ酸を投与しなかった群の結果を示し、「Ab 1mg+VPA」は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「Ab 1.5mg」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1.5mg/匹投与しバルプロ酸を投与しなかった群の結果を示し、「Ab 2mg+VPA」は、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示す。
【0159】
その結果、バルプロ酸の投与は、慢性腎臓病モデルマウスの腎臓における糸球体硬化病変の進行を大幅に抑えることができることが明らかとなった。より具体的には、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与量が0.5mgである場合、バルプロ酸の投与により障害誘導量を74%抑制することができた。また、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与量が1mgである場合、バルプロ酸の投与により障害誘導量を65%抑制することができた。また、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与量が2mgでありバルプロ酸を毎日投与した場合、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与量が1.5mgでありバルプロ酸を投与しなかった場合と比較して、障害誘導量を58%抑制することができた。ここで、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与量が1.5mgでありバルプロ酸を毎日投与した場合には、障害誘導量は58%以上抑制されると予想された。
【0160】
《腎臓組織切片のPAS染色及びp57の免疫染色》
各マウスの腎臓組織切片をPAS染色し、更にp57の免疫染色を行った。p57はポドサイトのマーカーである。
図15(a)~(f)は、各群のマウスの腎臓組織切片のPAS染色及びp57の免疫染色の結果を示す顕微鏡写真である。スケールバーは20μmを示す。
図15(a)は慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の代表的な結果であり、
図15(b)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹投与してバルプロ酸を投与しなかった群の代表的な結果であり、
図15(c)はバルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の代表的な結果であり、
図15(d)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を0.5mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の代表的な結果であり、
図15(e)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の代表的な結果であり、
図15(f)は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹投与してバルプロ酸を毎日投与した群の代表的な結果である。
【0161】
また、
図16は、
図15(a)~(f)の結果に基づいて、p57陽性細胞の単位面積当たりの数を測定した結果を示すグラフである。
図16中、「Vehicle」は慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の結果を示し、「FSGS」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1.5mg/匹投与してバルプロ酸を投与しなかった群の結果を示し、「VPA」はバルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の結果を示し、「Ab 0.5mg+VPA」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を0.5mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「Ab 1mg+VPA」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を1mg/匹投与しバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示し、「Ab 2mg+VPA」は抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹投与してバルプロ酸を毎日投与した群の結果を示す。
【0162】
その結果、バルプロ酸の投与は、慢性腎臓病モデルマウスの腎臓におけるポドサイト数の低下を抑制したことが明らかとなった。より具体的には、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与量が1.5mgであり、バルプロ酸を投与しなかった場合、ポドサイトの数は慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群(以下、「対照群」という。)の66%にまで減少した。これに対し、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与量が0.5mgである場合、バルプロ酸の投与により、ポドサイトの数を対照群の92%残存させることができた。また、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与量が1mgである場合、バルプロ酸の投与により、ポドサイトの数を対照群の87%残存させることができた。また、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与量が2mgである場合、バルプロ酸の投与により、ポドサイトの数を対照群の74%残存させることができた。
【0163】
[実験例11]
(慢性腎臓病を発症するモデルマウスへのバルプロ酸の投与2)
実験例1と同様の慢性腎臓病(FSGS)を発症するモデルマウスを用いて、インビボにおけるバルプロ酸投与の影響を検討した。
【0164】
C57BL/6Nマウス(7週齢)に、バルプロ酸を1日1回、100mg/kgの投与量で、28日間腹腔内投与した。そして、バルプロ酸の投与開始から14日目に、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹の投与量で1回尾静脈投与し、慢性腎臓病の発症を誘導した。
【0165】
また、比較のために、バルプロ酸を投与せず、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹の投与量で1回尾静脈投与し慢性腎臓病の発症を誘導した群、バルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群、何も処理しなかった群も用意した。
【0166】
続いて、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与から14日目に、各マウスから腎臓を摘出し、組織切片を作製した。続いて、糸球体における、ガングリオシドGM3及びネフリンタンパク質を、それぞれ、抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)及び発明者らが作製した抗ネフリン抗体を用いた蛍光免疫染色により検出した。
【0167】
図17は、GM3及びネフリンタンパク質を検出した代表的な蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは20μmである。
図17中、「GM3」はGM3を検出した結果であることを意味し、「Nephrin」はネフリンタンパク質を検出した結果であることを意味する。また、「Control」は何も処理しなかった群のマウスの結果であることを意味し、「VPA」はバルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の結果であることを意味し、「FSGS」は、バルプロ酸を投与せず、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を投与し慢性腎臓病の発症を誘導した群の結果であることを意味し、「VPA+FSGS」は、バルプロ酸の投与開始から14日目に、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を投与した群の結果であることを意味する。
【0168】
その結果、マウスにバルプロ酸を投与すると糸球体へのGM3の蓄積量が増加することが明らかとなった。また、マウスに抗ネフリン抗体を投与した慢性腎臓病(FSGS)モデルでは、ネフリンタンパク質及びGM3の発現量が減少することが明らかとなった。一方、マウスにバルプロ酸を事前に投与した後に抗ネフリン抗体を投与するとGM3の減少が顕著に抑制されることが明らかとなった。
【0169】
また、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体の投与から14日目に、各マウスから摘出した腎臓から、電子顕微鏡用標本を作製し、電子顕微鏡で糸球体における足細胞の足突起の形状を観察した。
【0170】
図18は、代表的な電子顕微鏡写真である。スケールバーは1μmである。
図18中、「Control」は何も処理しなかった群のマウスの結果であることを意味し、「VPA」はバルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の結果であることを意味し、「FSGS」は、バルプロ酸を投与せず、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を投与し慢性腎臓病の発症を誘導した群の結果であることを意味し、「VPA+FSGS」は、バルプロ酸の投与開始から14日目に、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を投与した群の結果であることを意味する。
【0171】
その結果、マウスに抗ネフリン抗体を投与した慢性腎臓病(FSGS)モデルでは、足細胞足突起の癒合及び退縮が観察された。これに対し、マウスにバルプロ酸を事前に投与した後に抗ネフリン抗体を投与すると、足細胞の癒合及び退縮はほとんど認められず、正常な形状が維持されることが明らかとなった。
【0172】
以上の結果は、バルプロ酸を投与することにより慢性腎臓病の発症を予防することができることを更に支持するものである。
【0173】
[実験例12]
(慢性腎臓病を発症するモデルマウスへのバルプロ酸の投与3)
実験例1と同様の慢性腎臓病(FSGS)を発症するモデルマウスを用いて、インビボにおけるバルプロ酸投与の影響を検討した。本実験例では、バルプロ酸を腹腔内投与ではなく経口投与した。
【0174】
C57BL/6Nマウス(7週齢)に、バルプロ酸を14日間飲水により投与した。1日あたりのバルプロ酸の摂取量は145.2mg/kgと見積もられた。そして、バルプロ酸の飲水投与開始から15日目に、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹の投与量で1回尾静脈投与し、慢性腎臓病の発症を誘導した。その後、更にバルプロ酸を14日間飲水により投与した。
【0175】
また、比較のために、バルプロ酸を投与せず、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を2mg/匹の投与量で1回尾静脈投与し慢性腎臓病の発症を誘導した群、バルプロ酸のみを投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群、何も処理しなかった群も用意した。
【0176】
続いて、バルプロ酸の飲水投与の開始から28日目に、各マウスから腎臓を摘出し、組織切片を作製した。続いて、糸球体における、ガングリオシドGM3を抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)を用いた蛍光免疫染色により検出した。
【0177】
図19は、GM3を検出した代表的な蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは20μmである。
図19中、「GM3」はGM3を検出した結果であることを意味し、「GMR6」は抗GM3抗体のクローン名を意味する。また、「Normal」は何も処理しなかった群のマウスの結果であることを意味し、「VPA」はバルプロ酸のみを飲水投与し慢性腎臓病の発症を誘導しなかった群の結果であることを意味し、「FSGS」は、バルプロ酸を投与せず、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を投与し慢性腎臓病の発症を誘導した群の結果であることを意味し、「VPA+FSGS」は、バルプロ酸の飲水投与開始から15日目に、抗マウスネフリンウサギポリクローナル抗体を投与し、更に14日間バルプロ酸を飲水投与した群の結果であることを意味する。
【0178】
その結果、マウスに抗ネフリン抗体を投与した慢性腎臓病(FSGS)モデルでは、GM3の発現量が減少することが明らかとなった。一方、マウスにバルプロ酸を飲水投与すると、抗ネフリン抗体の投与によるGM3の減少が顕著に抑制されることが明らかとなった。
【0179】
この結果は、バルプロ酸を経口投与した場合においても慢性腎臓病の発症を予防することができることを示す。
【0180】
[実験例13]
(ヒト慢性腎臓病患者の糸球体におけるGM3発現量の検討)
ヒト腎生検組織から、組織切片を作製した。続いて、糸球体における、ガングリオシドGM3を、抗GM3抗体(型式「A2582」、東京化成工業株式会社)を用いた蛍光免疫染色により検出した。
【0181】
図20は、GM3を検出した代表的な蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは40μmである。
図20中、「GM3」はGM3を検出した結果であることを意味し、「GMR6」は抗GM3抗体のクローン名を意味し、「DAPI」は4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)で核を染色した結果であることを意味する。また、「Normal」はヒト正常糸球体の結果であることを意味し、「MCNS」は慢性腎臓病の一種である微小変化型ネフローゼ症候群の患者の糸球体の結果であることを意味し、「FSGS」は慢性腎臓病の一種である巣状分節性糸球体硬化症の患者の糸球体の結果であることを意味する。
【0182】
その結果、ヒトにおいても正常な糸球体にはGM3が豊富に発現していることが明らかとなった。これに対し、MCNSやFSGS等のポドサイト傷害による疾患の患者の糸球体では、GM3の発現量が顕著に減少することが明らかとなった。
【0183】
この結果は、モデルマウスで確認された現象がヒトの慢性腎臓病にも適用できることを示す。