IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社日本触媒の特許一覧

特開2022-63055アルカリ水電解用隔膜、及び、その製造方法
<>
  • 特開-アルカリ水電解用隔膜、及び、その製造方法 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022063055
(43)【公開日】2022-04-21
(54)【発明の名称】アルカリ水電解用隔膜、及び、その製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 13/02 20060101AFI20220414BHJP
   C25B 13/04 20210101ALI20220414BHJP
【FI】
C25B13/02 301
C25B13/04 301
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020171375
(22)【出願日】2020-10-09
(71)【出願人】
【識別番号】000004628
【氏名又は名称】株式会社日本触媒
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中山 信也
(72)【発明者】
【氏名】芥川 寛信
(57)【要約】
【課題】気泡の滞留を良好に抑制し、ゼロギャップ構造の電解装置に用いられても高い電解効率を達成することができるアルカリ水電解用隔膜を提供する。
【解決手段】少なくとも一方の隔膜表面において、陥没部位の平均面積が7μm以下であり、かつ、該隔膜表面における陥没部位の面積割合が20%以下であるアルカリ水電解用隔膜。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一方の隔膜表面において、陥没部位の平均面積が7μm以下であり、かつ、該隔膜表面における陥没部位の面積割合が20%以下であることを特徴とするアルカリ水電解用隔膜。
【請求項2】
隔膜表面の算術平均粗さRaが0.8μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のアルカリ水電解用隔膜。
【請求項3】
前記アルカリ水電解用隔膜は、有機高分子樹脂、及び、無機粒子を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のアルカリ水電解用隔膜。
【請求項4】
前記無機粒子は、金属水酸化物粒子、及び/又は、金属酸化物粒子であることを特徴とする請求項3に記載のアルカリ水電解用隔膜。
【請求項5】
前記有機高分子樹脂は、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、及び、ポリフェニルスルホンからなる群より選択される少なくとも一種の樹脂であることを特徴とする請求項3又は4に記載のアルカリ水電解用隔膜。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載のアルカリ水電解用隔膜を製造する方法であって、
該製造方法は、
有機高分子樹脂、無機粒子、及び、溶媒を含む分散溶液を調製する工程(1)、
該分散溶液を用いて塗膜を形成する工程(2)、
該塗膜を、該有機高分子樹脂に対する非溶媒に接触させて該塗膜を凝固させる工程(3)、ならびに、
該凝固した塗膜を乾燥させて多孔膜を得る工程(4)を含み、
該工程(3)において、該塗膜の非溶媒との接触速度が0.3m/分以上である
ことを特徴とするアルカリ水電解用隔膜の製造方法。
【請求項7】
前記工程(3)は、絶対湿度20g/m以下の条件下で行われることを特徴とする請求項6に記載のアルカリ水電解用隔膜の製造方法。
【請求項8】
前記工程(2)は、絶対湿度20g/m以下の条件下で行われることを特徴とする請求項6又は7に記載のアルカリ水電解用隔膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ水電解用隔膜に関する。より詳しくは、発生するガスの滞留が良好に抑制されたアルカリ水電解用隔膜、及び、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水の電気分解(「電解」ともいう。)は、水素の工業的な製造方法の一つとして知られており、一般的に、導電性を高めるために水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等を電解質として添加した水に電流を印加することにより行われる。このような水の電気分解には、陽極(アノード)と陰極(カソード)がそれぞれ配置された陽極室と陰極室を有し、これらが隔膜により仕切られた電解槽が使用される。
【0003】
水の電気分解は、電子(又はイオン)の移動により行われる。そのため、上記隔膜には、電気分解反応が効率良く行われるために、高いイオン透過性が必要とされる。また、陽極室で発生する酸素分子と、陰極室で発生する水素分子とを遮断し得るガスバリア性が必要とされる。更に、水の電気分解は、30%程度の高濃度のアルカリ水を使用して、80~100℃、場合によっては1MPaの圧力下で行われるので、耐高温性や耐アルカリ性、機械的強度も必要とされる。
【0004】
水の電気分解に使用される隔膜としては、これまでに種々知られている。例えば、特許文献1には、高分子樹脂と無機粒子を含む高分子多孔膜を有し、上記高分子多孔膜の気孔率、表面の平均孔径、及びこの平均孔径に対する無機粒子のモード粒径の比を特定範囲に制御したアルカリ水電解用隔膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2016/148302号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、水の電気分解において、各電極で発生したガスの気泡が電極表面に滞留すると、電極の活性面積が減少して、セル電圧が増加し、電解効率が低下するという問題がある。そのため、電極の設計において、発生したガスの気泡が電極表面に滞留しにくいものが種々検討されている。
また近年、水電解装置において、電解効率が良好な構造として、電極間の距離を小さくするために隔膜と電極が接したセル構造である、ゼロギャップ構造が知られている。ゼロギャップ構造では、電極や隔膜の表面に気泡がより一層滞留しやすくなり、隔膜由来による電解効率の低下がより顕著となる。
【0007】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、気泡の滞留を良好に抑制し、ゼロギャップ構造の電解装置に用いられても高い電解効率を達成することができるアルカリ水電解用隔膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、アルカリ水電解用隔膜の表面に気泡が滞留する原因について種々検討し、隔膜表面の凹凸が、隔膜表面に気泡が滞留しやすくなる原因となることを見いだした。そして本発明者は、隔膜の一方又は両方の隔膜表面の陥没部位の平均面積と、上記陥没部位の面積割合を所定の範囲とすることで、気泡の滞留が格段に抑制され、ゼロギャップ構造の水電解装置に用いられた場合であっても高い電解効率を達成できるアルカリ水電解用隔膜となることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、少なくとも一方の隔膜表面において、陥没部位の平均面積が7μm以下であり、かつ、上記隔膜表面における陥没部位の面積割合が20%以下であることを特徴とするアルカリ水電解用隔膜である。
【0010】
上記アルカリ水電解用隔膜は、隔膜表面の算術平均粗さRaが0.8μm以下であることが好ましい。
【0011】
上記アルカリ水電解用隔膜は、有機高分子樹脂、及び、無機粒子を含むことが好ましい。
【0012】
上記無機粒子は、金属水酸化物粒子、及び/又は、金属酸化物粒子であることが好ましい。
【0013】
上記有機高分子樹脂は、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、及び、ポリフェニルスルホンからなる群より選択される少なくとも一種の樹脂であることが好ましい。
【0014】
本発明はまた、上述のアルカリ水電解用隔膜を製造する方法であって、上記製造方法は、有機高分子樹脂、無機粒子、及び、溶媒を含む分散溶液を調製する工程(1)、上記分散溶液を用いて塗膜を形成する工程(2)、上記塗膜を、上記有機高分子樹脂に対する非溶媒に接触させて塗膜を凝固させる工程(3)、ならびに、上記凝固した塗膜を乾燥させて多孔膜を得る工程(4)を含み、上記工程(3)において、上記塗膜の非溶媒との接触速度が0.3m/分以上であることを特徴とするアルカリ水電解用隔膜の製造方法である。
【0015】
上記アルカリ水電解用隔膜の製造方法において、上記工程(3)は、絶対湿度20g/m以下の条件下で行われることが好ましい。
【0016】
上記アルカリ水電解用隔膜の製造方法において、上記工程(2)は、絶対湿度20g/m以下の条件下で行われることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明のアルカリ水電解用隔膜は、水の電気分解で発生する酸素ガスや水素ガスの気泡の滞留が良好に抑制される。本発明のアルカリ水電解用隔膜を用いれば、水の電気分解を極めて効率良く行うことができ、高効率の水電解装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施例1のアルカリ水電解用隔膜の、レーザー顕微鏡(対物150倍)による隔膜表面の観察像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明を詳述する。
なお、以下において記載する本発明の個々の好ましい形態を2つ以上組み合わせたものもまた、本発明の好ましい形態である。
【0020】
1.アルカリ水電解用隔膜
本発明のアルカリ水電解用隔膜は、少なくとも一方の隔膜表面において、陥没部位の平均面積が7μm以下であり、かつ、上記隔膜表面における陥没部位の面積割合が20%以下であることを特徴とする。本発明のアルカリ水電解用隔膜は、少なくとも一方の隔膜表面の状態を特定範囲とすることにより、電解時に発生する酸素ガス及び水素ガスの気泡の隔膜での滞留が良好に抑制されるため、上記隔膜を用いた電解装置の電解効率を高めることができる。本発明のアルカリ水電解用隔膜が気泡の滞留抑制に優れるのは、本発明のアルカリ水電解用隔膜の表面状態を上記の特定範囲にすることで、隔膜表面は比較的平滑になり、アルカリ水電解で発生する気泡サイズが滞留する空間が少なくなるため、酸素ガスや水素ガスの気泡の滞留抑制が良好になると考えられる。
【0021】
本発明において、隔膜表面における「陥没部位」とは、以下の部位をいう。すなわち、本発明のアルカリ水電解用隔膜の一方の表面(第1の表面)又は両方の表面(第1の表面及び第2の表面)を、VK9700(キーエンス社製)等のレーザー顕微鏡を用いて観察した場合に、隔膜表面をXY平面とした場合のZ方向高さデータの最小2乗法によって求まる平面を基準面とし、上記基準面に対し、Z方向高さが-1.5μm以下となる部位を「陥没部位A」とする。
また、上記基準面に対して隆起部位がある場合、Z方向高さが+1.5μm以上の隆起部位に囲まれて形成される窪み部分は電極と接した場合、上記基準面との空間を有することから、当該窪み部分もまた、陥没部位と見なすことができ、これを「陥没部位B」とする。本発明における「陥没部位」は、上記「陥没部位A」と「陥没部位B」の両方を含む。
上記基準面は、レーザー顕微鏡の観察視野における計測解析より決定することができる。具体的には、レーザー顕微鏡VK9700(キーエンス社製)の対物150倍にて取得した観察像について、解析ソフトVK Analyzer VK-H1A1(キーエンス社製)を用いて、15000μmを計測領域として指定し、最小2乗法の解析を実行することで求められる。
【0022】
上記陥没部位の形状としては、特に制限されず、任意の凹形状であってよく、例えば、(略)半球、(略)多角錐、(略)円錐、(略)楕円錐、又は、それらを組み合わせた形状や、不定形状等が挙げられる。また、上記陥没部位の開口部位の形状も、特に制限されず、多角形、円、楕円、及びそれらの変形や、不定形であってよい。また、上記陥没部位の底面が曲面状になっていてもよい。
【0023】
上記陥没部位の平均面積は、7μm以下である。上記陥没部位には、上述した「陥没部位A」と「陥没部位B」が含まれる。そのため、「上記陥没部位の平均面積は、7μm以下である。」とは、「陥没部位A」と「陥没部位B」の平均面積がいずれも7μm以下であることを意味する。
上記陥没部位の平均面積は、気泡の滞留をより一層抑制することができる点で、5μm以下であることが好ましく、4μm以下であることが更に好ましい。
上記陥没部位の平均面積は、レーザー顕微鏡(例えば、VK9700、キーエンス社製)によって得られた観察像(対物150倍)を、解析ソフト(例えば、VK Analyzer VK-H1A1、キーエンス社製)を用いて画像解析することにより求めることができ、具体的には、実施例に記載の方法で測定して求めることができる。
【0024】
本発明のアルカリ水電解用隔膜においては、更に、上記隔膜表面における陥没部位の面積割合が20%以下である。本発明のアルカリ水電解用隔膜の隔膜表面において、上記陥没部位の平均面積が上述の範囲であり、かつ、上記陥没部位の面積割合が上述の範囲であると、隔膜の表面が平滑となり、電解において発生する気泡の滞留が格段に抑制された隔膜とすることができる。
上述のとおり、上記陥没部位には、「陥没部位A」と「陥没部位B」が含まれる。従って、上記陥没部位の面積割合とは、陥没部位Aの面積割合と陥没部位Bの面積割合の合計となる。
上記陥没部位の面積割合は、15%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましく、5%以下であることが更に好ましい。
上記陥没部位の面積割合は、レーザー顕微鏡(例えば、VK9700、キーエンス社製)によって得られた観察像(対物150倍)を、解析ソフト(例えば、VK Analyzer VK-H1A1、キーエンス社製)を用いて画像解析することにより、隔膜表面の観察視野全体の面積に対する、上記観察視野に存在する陥没部位(A及びB)の合計面積の割合(%)を算出して求めることができ、具体的には、実施例に記載の方法で測定して求めることができる。
【0025】
上記アルカリ水電解用隔膜は、隔膜表面の算術平均粗さRaが0.8μm以下であることが好ましい。上記算術平均粗さRaが0.8μm以下であると、気泡の滞留を一層抑制することができる。上記算術平均粗さRaは、気泡の滞留をより一層抑制できる点で、0.6μm以下であることがより好ましく、0.5μm以下であることが更に好ましい。隔膜表面の算術平均粗さRaの下限値は、特に制限されないが、0.01μm以上であることが好ましく、0.05μm以上であることがより好ましく、0.08μm以上であることが更に好ましい。
上記隔膜表面の算術平均粗さRaは、JIS B0601:2001に準拠した方法で、レーザー顕微鏡等を用いて測定して求めることができる値であり、具体的には、後述する実施例に記載の方法で測定して求めることができる。
【0026】
上記アルカリ水電解用隔膜は、有機高分子樹脂、及び、無機粒子を含む。上記アルカリ水電解用隔膜は、有機高分子樹脂、及び、無機粒子を含む多孔膜を有することが好ましい。多孔膜を有することにより、イオン透過性が発揮される。
【0027】
(有機高分子樹脂)
上記有機高分子樹脂としては、アルカリ水電解用隔膜に通常使用される有機高分子樹脂であれば特に制限されず、例えば、フッ素系樹脂、オレフィン系樹脂、芳香族炭化水素系樹脂等が挙げられる。上記有機高分子樹脂は、1種のみであってもよいし、2種以上を組み合わせたものであってもよい。なかでも、上記有機高分子樹脂は、耐熱性や耐アルカリ性に優れる点で、芳香族炭化水素系樹脂を含むことが好ましい。
【0028】
上記フッ素系樹脂としては、例えば、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、フッ化ビニリデン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン-フッ化ビニリデン共重合体等が挙げられる。
【0029】
上記オレフィン系樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、ポリメチルペンテン等が挙げられる。
【0030】
上記芳香族炭化水素系樹脂としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリブチレンナフタレート、ポリスチレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニルスルホン、ポリアリレート、ポリエーテルイミド、ポリイミド、ポリアミドイミド等が挙げられる。なかでも、耐アルカリ性に優れる点で、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、及び、ポリフェニルスルホンからなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、隔膜を容易に製造することができる点で、ポリスルホンがより好ましい。
【0031】
上記有機高分子樹脂の含有量は、アルカリ水電解用隔膜100質量%中5~40質量%であることが好ましい。上記有機高分子樹脂の含有量が上述の範囲であると、アルカリ溶液中での隔膜からの無機成分の溶出が抑制できる。上記有機高分子樹脂の含有量は、アルカリ水電解用隔膜100質量%中7質量%以上であることがより好ましく、10質量%以上であることが更に好ましく、35質量%以下であることがより好ましく、30質量%以下であることが更に好ましい。
【0032】
(無機粒子)
上記アルカリ水電解用隔膜が無機粒子を含むことにより、隔膜が親水化され、酸素ガスや水素ガスの気泡の隔膜表面への付着を抑制することができる。
上記無機粒子としては、例えば、マグネシウム、ジルコニウム、チタン、亜鉛、アルミニウム、タンタル等の金属水酸化物又は金属酸化物;カルシウム、バリウム、鉛、ストロンチウム等の硫酸塩;チタン、ジルコニウム、ハフニウム等の窒化物;チタン、ジルコニウム、ハフニウム等の炭化物等が挙げられる。上記無機粒子は、1種のみ含んでいてもよいし、2種以上含んでもよい。
なかでも、隔膜を親水化させることで、イオン透過性に優れ、ガスの付着を抑制することができる点で、金属水酸化物又は金属酸化物が好ましく、水酸化マグネシウム、水酸化ジルコニウム、水酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化チタンがより好ましく、水酸化マグネシウム、水酸化ジルコニウム、水酸化チタン、酸化チタンが更に好ましく、水酸化マグネシウム、水酸化ジルコニウム、水酸化チタンがより更に好ましく、水酸化マグネシウムが特に好ましい。
【0033】
上記無機粒子は、表面が未処理のものであっても、表面処理されたものであってもよい。上記表面処理としては、シランカップリング剤、ステアリン酸、オレイン酸、リン酸エステル等を用いた公知の表面処理が挙げられる。
【0034】
上記無機粒子の形状は、特に制限されず、不定形状、粒状、顆粒状、薄片状、六角板状、板状、繊維状等のいずれの形状であってもよい。なかでも、樹脂との密着性が優れる点で、上記無機粒子の形状は、粒状、薄片状、板状であることが好ましく、板状、薄片状であることがより好ましく、薄片状であることが更に好ましい。
【0035】
上記無機粒子は、親水性の表面積を増加させ、隔膜中の電解液の浸透パスを効率よく形成できる点で、平均粒子径が0.05μm以上であることが好ましく、2.0μm以下であることが好ましい。上記無機粒子の平均粒子径は、0.1μm以上であることがより好ましく、0.2μm以上であることが更に好ましく、1.5μm以下であることがより好ましく、1.0μm以下であることが更に好ましい。
上記平均粒子径は、レーザー回折法による粒度分布測定から求められる体積平均粒子径(D50)である。具体的には、平均粒子径はレーザー回折/散乱式粒度分布測定装置(堀場製作所社製「型番LA-920」)を用いて粒度分布を測定し、体積基準の粒度分布におけるメジアン径(D50)を平均粒子径とする。なお、粒子をエタノールに混合し超音波照射して分散させたものを測定試料とする。
【0036】
上記無機粒子の中でも、耐アルカリ性、耐久性に特に優れ、比較的安価でアルカリ水電解用隔膜を得ることができる点で、水酸化マグネシウムが好ましい。以下に、本発明における好ましい水酸化マグネシウムの形態について説明する。
【0037】
本発明において使用する水酸化マグネシウムは、アスペクト比が2.0~8.0であることが好ましい。アスペクト比が上述の範囲であると、イオン透過性がより一層優れ、均一性に優れた隔膜とすることができる。上記アスペクト比は、2.5~7.0であることがより好ましく、3.0~6.0であることが更に好ましい。
上記アスペクト比とは、最長径(a)と最短径(b)との比[(a)/(b)]を意味し、水酸化マグネシウムの粒子をSEMで観察し、得られた画像の任意の10粒子において、解析ソフト等を使用して、各粒子の最長径(a)と最短径(b)との比[(a)/(b)]を測定し、それらの比の単純平均値をその粒子のアスペクト比として求めることができる。通常、最長径(a)の中点を通って最長径と直交する径のうちの最も短い径を最短径(b)とすることが好ましい。
上記最長径(a)としては、例えば、粒子の形状が薄片状や六角板状等の板状の場合、粒子の板面の長径を採用し、繊維状である場合は、繊維の長さを採用する。
上記最短径(b)としては、例えば、粒子の形状が薄片状や六角板状等の板状の場合は、粒子の厚みを採用し、繊維状である場合は、繊維の太さを採用する。粒子の厚み及び繊維の太さとしては、最長径aの中点における厚み、太さをそれぞれ採用することが好ましい。
【0038】
上記水酸化マグネシウムは、X線回折により測定される(110)面に垂直な方向の結晶子径が35nm以上であることが好ましい。上記(110)面に垂直な方向の結晶子径が上述の範囲であると、隔膜のイオン透過性や隔膜の均一性がより一層優れる。
上記(110)面に垂直な方向の結晶子径は、40nm以上であることが好ましく、50nm以上であることがより好ましく、60nm以上であることが更に好ましく、65nm以上であることが特に好ましい。
上記(110)面に垂直な方向の結晶子径は、その上限値は特に限定されないが、通常は例えば400nm以下であり、好ましくは350nm以下、更に好ましくは300nm以下である。
【0039】
上記水酸化マグネシウムは、X線回折により測定される(001)面に垂直な方向の結晶子径が15nm以上であることが好ましい。
上記(001)面に垂直な方向の結晶子径は、18nm以上であることがより好ましく、21nm以上であることが更に好ましく、24nm以上であることが特に好ましい。
上記(001)面に垂直な方向の結晶子径は、その上限値は特に限定されないが、通常は例えば300nm以下であり、好ましくは250nm以下、更に好ましくは200nm以下である。
【0040】
上記結晶子径は、粉末X線回折法により水酸化マグネシウム粒子のX線回折パターンを測定し、対象の格子面に帰属される回折線の広がり(半値幅)から、Scherrerの式を用いて結晶子径(上記格子面に垂直方向の結晶子径)を算出して求めることができる。
【0041】
上述した特定の結晶子径範囲の水酸化マグネシウムを得るための方法としては、例えば、以下の方法が挙げられる。
マグネシウム塩(塩化マグネシウム、硝酸マグネシウム等)の水溶液、又は、従来公知の方法で得られた酸化マグネシウムの水分散液を原料とし、アルカリ性物質(水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、アンモニア水等)の添加により、水和反応を行うことで水酸化マグネシウムを調製する。この際に、蟻酸、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、硝酸、硫酸等の多塩基酸、又は、これらの混合物の添加により、生成した水酸化マグネシウムの溶解度を調整したり、水熱反応の温度(例えば150℃から270℃)や時間(例えば30分~10時間)を適宜調整したりすることにより、結晶子径の異なる粒子を調製できる。酸の添加量が多い方が結晶成長は進み、結晶子径が大きくなる。また、水熱反応の温度は高い方が、時間は長い方が、結晶成長が進み、結晶子径は大きくなる。
【0042】
本発明においては、水酸化マグネシウムとして、一般的な市販品を使用することもできる。本発明において使用することができる水酸化マグネシウムの市販品としては、例えば、協和化学工業社製の200-06H、宇部マテリアル社製UP650-1、タテホ化学工業社製MAGSTAR♯20、神島化学工業社製♯200等が挙げられる。
【0043】
上記無機粒子の含有量は、アルカリ水電解用隔膜100質量%中30~90質量%であることが好ましい。上記無機粒子の含有量が上述の範囲であると、上記アルカリ水電解用隔膜は、イオン透過性に優れたものとなる。上記無機粒子の含有量は、アルカリ水電解用隔膜100質量%中35質量%以上であることがより好ましく、40質量%以上であることが更に好ましく、85質量%以下であることがより好ましく、80質量%以下であることが更に好ましい。
【0044】
上記アルカリ水電解用隔膜は、上記無機粒子100質量部に対して、上記有機高分子樹脂を20~60質量部含むことが好ましい。上記無機粒子と有機高分子樹脂の含有割合が上述の範囲であると、上記アルカリ水電解用隔膜は、イオン透過性、ガスバリア性、耐熱性、耐アルカリ性に優れたものとなる。上記アルカリ水電解用隔膜は、上記無機粒子100質量部に対して、上記有機高分子樹脂を22~55質量部含むことがより好ましく、25~50質量部含むことが更に好ましい。
【0045】
(多孔性支持体)
上記アルカリ水電解用隔膜は、更に、多孔性支持体を含んでいてもよい。上記多孔性支持体は、多孔質であり、イオン透過性を有し、アルカリ水電解用隔膜の支持体となりうる。上記多孔性支持体を更に含むことにより、上記多孔膜の強度が向上し、アルカリ水電解用隔膜の強度を向上させることができ、電解中のイオン透過膜の破損等を抑制することができる。上記多孔性支持体は、シート状の部材であることが好ましい。
【0046】
上記多孔性支持体の材料としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリケトン、ポリイミド、ポリエーテルイミド、フッ素系樹脂等の樹脂が挙げられる。これらは、1種のみ用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。なかでも、優れた耐熱性及び耐アルカリ性を発揮できる点で、ポリプロピレン、ポリエチレン、及びポリフェニレンサルファイドからなる群より選択される少なくとも1種の樹脂を含むことが好ましく、ポリプロピレン、及びポリフェニレンサルファイドからなる群より選択される少なくとも1種の樹脂を含むことがより好ましい。
【0047】
上記多孔性支持体の形態としては、例えば、不織布、織布、メッシュ、多孔質膜、又は不織布と織布の混合布等が挙げられるが、好ましくは、不織布、織布、又はメッシュが挙げられ、より好ましくは、不織布、メッシュが挙げられ、更に好ましくは不織布が挙げられる。
【0048】
上記多孔性支持体としては、なかでも、ポリプロピレン、ポリエチレン、及びポリフェニレンサルファイドからなる群より選択される少なくとも1種の樹脂を含む、不織布、織布、又はメッシュが好ましい。更に、多孔性支持体としては、ポリフェニレンサルファイドを含む、不織布又はメッシュが好ましい。
上記多孔性支持体は、塗膜との密着性を向上させる点で、ガス処理や繊維油剤等で親水化処理されているものが好ましい。
【0049】
上記多孔性支持体がシート状である場合、上記多孔性支持体の厚みは、上記アルカリ水電解用隔膜が本発明の効果を発揮できる限り特に制限されないが、例えば、好ましくは30~300μm、より好ましくは50~250μm、更に好ましくは100~200μmである。
【0050】
上記アルカリ水電解用隔膜において、上記多孔性支持体の片面又は両面に、上記多孔膜が積層されていてもよいし、上記多孔性支持体と上記多孔膜とが一体化していてもよい。上記一体化とは、上記多孔膜が、上記多孔性支持体の一部又は全部を内在した状態をいう。アルカリ水電解用隔膜の強度と靭性が高くなる点で、上記アルカリ水電解用隔膜は、上記多孔性支持体と上記多孔膜が一体化した複合体であることが好ましい。
【0051】
上記アルカリ水電解用隔膜の気孔率は、20~80体積%であることが好ましく、25~75体積%であることがより好ましく、30~70体積%であることが更に好ましい。気孔率が上述の範囲であると、隔膜中の気孔に電解液が連続的に満たされるためイオン透過性に優れ、かつガスバリア性に優れた層とすることができる。
上記気孔率は、アルカリ水電解用隔膜を終夜で電解液に浸漬させ、吸液前後の隔膜の質量によって求めることができる。具体的には、下記の式によって求めることができる。
気孔率(体積%)=(浸漬後の隔膜の質量-浸漬前の隔膜の質量)/電解液の密度/隔膜の体積×100
【0052】
上記アルカリ水電解用隔膜の空孔の大きさは、0.01~1μmであることが好ましく、0.05~0.9μmであることがより好ましく、0.1~0.8μmであることが更に好ましい。空孔の大きさが上述の範囲であると、イオン透過性がより一層優れる。
上記空孔の大きさは、アルカリ水電解用隔膜のFE-SEM測定による表面観察画像(倍率×25000)から測定して求めることができる。具体的には、上記アルカリ水電解用隔膜のFE-SEM画像における任意の空隙10点について、解析ソフト(Image-Pro Premier、日本ローパー社製)を使用して、選択した各空隙の重心を通るような直径を空孔の大きさとして測定し、平均値を算出して求める。
【0053】
上記アルカリ水電解用隔膜の厚さは、電解効率と耐久性が優れる点で、50~1000μmであることが好ましい。上記アルカリ水電解用隔膜の厚さは、100μm以上であることがより好ましく、200μm以上であることが更に好ましく、500μm以下であることがより好ましく、400μm以下であることが更に好ましい。
【0054】
2.アルカリ水電解用隔膜の製造方法
本発明のアルカリ水電解用隔膜を製造する方法について説明する。
本発明のアルカリ水電解用隔膜を製造する方法としては、特に制限されず、公知の方法を適用することができるが、上述した表面状態を有する隔膜を効率良く製造することができる点で、非溶媒誘起相分離法が好ましく、具体的には、下記の工程(1)~(4)を含む製造方法が好ましい。
(1)有機高分子樹脂、無機粒子、及び、溶媒を含む分散溶液を調製する工程
(2)上記分散溶液を用いて塗膜を形成する工程
(3)上記塗膜を、上記有機高分子樹脂に対する非溶媒に接触させて上記塗膜を凝固させる工程
(4)上記凝固した塗膜を乾燥させて多孔膜を得る工程
【0055】
上記製造方法の工程(3)においては、上記塗膜の上記非溶媒との接触速度が0.3m/分以上であることが好ましい。上記塗膜の上記非溶媒との接触速度が上述の範囲であると、上述した表面状態を有する隔膜を容易に製造することができる。このような、上記工程(1)~(4)を含み、上記工程(3)において、上記塗膜の上記非溶媒との接触速度が0.3m/分以上であることを特徴とするアルカリ水電解用隔膜の製造方法もまた、本発明の一つである。
本発明のアルカリ水電解用隔膜の製造方法の各工程について、以下に説明する。
【0056】
工程(1)
本発明のアルカリ水電解用隔膜の製造方法は、有機高分子樹脂、無機粒子、及び、溶媒を含む分散溶液を調製する工程(1)を含む。上記分散溶液は、上述した有機高分子樹脂と無機粒子を含む多孔膜を形成するための溶液である。上記有機高分子樹脂、及び、無機粒子は、「1.アルカリ水電解用隔膜」において記載した有機高分子樹脂及び無機粒子とそれぞれ同様のものである。
【0057】
上記分散溶液の調製は、特に制限されず、上記有機高分子樹脂と、無機粒子と、溶媒とを混合することにより行うことができる。上記有機高分子樹脂と、無機粒子と、溶媒とを混合する場合、3成分を同時に混合してもよいし、無機粒子を溶媒に分散させた分散液(スラリー)を予め調製し、次いで上記分散液と有機高分子樹脂を混合してもよいし、無機粒子と有機高分子樹脂をそれぞれ溶媒に分散又は溶解させた、分散液(スラリー)又は溶液を予め調製し、次いで当該分散液と溶液を混合してもよい。なかでも、有機高分子樹脂と無機粒子を均一に混合することができ、平滑な表面の隔膜を容易に製造することができる点で、無機粒子と有機高分子樹脂をそれぞれ溶媒に分散又は溶解させた、分散液(スラリー)又は溶液を調製し、次いで当該分散液と溶液を混合して分散溶液を調製する方法が好ましい。
【0058】
上記有機高分子樹脂や無機粒子と混合する溶媒としては、有機高分子樹脂を溶解することができる性質を有するものが好ましく、例えば、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の有機溶媒が挙げられる。これらの溶媒は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。なかでも、有機高分子樹脂を溶解しやすい点で、N-メチル-2-ピロリドンが好ましい。上記溶媒は、上述した有機溶媒以外に他の溶媒を含んでいてもよい。
【0059】
上記混合や分散の方法としては、特に制限されず、ミキサー、ボールミル、ジェットミル、ディスパー、サンドミル、ロールミル、ポットミル、ペイントシェーカー等を用いる方法等、公知の混合分散の手段が挙げられる。
【0060】
上記有機高分子樹脂を溶解した溶液中の有機高分子樹脂の濃度は、混合が容易な点で、好ましくは10~50質量%、より好ましくは15~40質量%、更に好ましくは20~30質量%である。
【0061】
上記有機高分子樹脂を含む溶液と無機粒子を含む分散液とは、好ましくは、無機粒子100質量部に対して、有機高分子樹脂が20~60質量部、より好ましくは22~55質量部、更に好ましくは25~50質量部になるように混合することが好ましい。
【0062】
工程(2)
本発明のアルカリ水電解用隔膜の製造方法は、次いで、上記工程(1)で得られた分散溶液を用いて塗膜を形成する工程(2)を含む。
上記塗膜を形成する方法としては、例えば、上記分散溶液を基材上に塗布する方法等が挙げられる。
上記塗布する方法としては、特に制限されず、例えば、ダイコーティング、スピンコーティング、グラビアコーティング、カーテンコーティング、スプレー、アプリケーター、コーター等を用いる方法等の公知の塗布手段が挙げられる。
【0063】
上記基材としては、上記分散溶液を塗布して塗膜を形成することができるものであれば、特に制限されず、例えば、ポリテトラエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリビニルアセタール、ポリメタクリル酸メチル、ポリカーボネート等の樹脂からなるフィルム又はシート、ガラス板等が挙げられる。なかでも、ポリテトラエチレンテレフタレートのフィルム又はシートが好ましい。
【0064】
上記アルカリ水電解用隔膜が多孔性支持体を含む場合は、多孔性支持体に上記分散溶液を塗布するとよい。塗布方法としては、上記多孔性支持体に上記分散溶液を直接塗布する方法、上記多孔性支持体を上記分散溶液中に浸漬する方法、上記分散溶液を上記基材上に塗布し、塗布物に多孔性支持体を接触させて、上記分散溶液を多孔性支持体に含浸させる方法等が挙げられる。上記多孔性支持体に上記分散溶液を含浸させることにより、上記多孔膜と多孔性支持体とが一体化した複合体を作製することができる。
【0065】
上記分散溶液の塗布量としては、特に制限されず、得られる隔膜が、上述した効果が発揮できる所望の厚みを有するよう適宜設定すればよい。
【0066】
上記塗膜を形成する工程(2)は、絶対湿度20g/m以下の条件下で行われることが好ましい。上記工程(2)を上述した条件下で行うことで、上述した表面状態を有する隔膜をより効率良く製造することができる。上記工程(2)は、絶対湿度20g/m以下の条件下で行われることがより好ましく、絶対湿度10g/m以下の条件下で行われることが更に好ましい。
上記絶対湿度の下限値は、特に制限されず、0g/mであっても構わないが、経済性に優れる観点から、通常、0.5g/m以上であることが好ましく、1.0g/m以上であることがより好ましい。
上記絶対湿度は、塗膜を形成する作業雰囲気温度における相対湿度と飽和水蒸気量を掛けることにより求めることができる。
【0067】
工程(3)
本発明のアルカリ水電解用隔膜の製造方法は、上記工程(2)で形成した塗膜を、上記有機高分子樹脂に対する非溶媒に接触させて塗膜を凝固させる工程(3)を含む。
上記塗膜を、上記有機高分子樹脂に対する非溶媒と接触させることにより、上記塗膜中に上記非溶媒が拡散し、上記非溶媒に溶解しない有機高分子樹脂は凝固する。一方で、上記非溶媒に溶解しうる塗膜中の溶媒は、塗膜から溶出する。このような相分離が生じることにより、有機高分子樹脂が凝固し、孔を有する膜(多孔膜)が形成される。
【0068】
上記塗膜と上記非溶媒とを接触させる方法としては、上記塗膜を上記非溶媒中に浸漬させる方法(凝固浴)等が挙げられる。
【0069】
上記有機高分子樹脂に対する非溶媒としては、上記有機高分子樹脂を実質的に溶解しない性質を有する溶媒が挙げられる。上記有機高分子樹脂を実質的に溶解しないとは、溶媒100gに対し、有機高分子樹脂の溶解度が100mg以下である場合をいう。
上記非溶媒としては、例えば、純水、蒸留水、イオン交換水等の水;メタノール、エタノール、プロピルアルコール等の低級アルコール;又はこれらの混合溶媒等が挙げられ、なかでも経済性と排液処理の観点から水が好ましく、イオン交換水がより好ましい。また上記塗膜を浸漬させる非溶媒中には、上述した成分以外に、塗膜中に含まれる溶媒と同様の溶媒が少量含まれていてもよい。
【0070】
本発明の製造方法では、上記塗膜を上記非溶媒に接触させる際、上記塗膜と上記非溶媒との接触速度が0.3m/分以上であることが好ましい。接触速度が上述の範囲であると、上述した陥没部位を所定範囲で有する表面を有する隔膜を得ることができる。上記接触速度は、0.5m/分以上であることがより好ましく、0.7m/分以上であることが更に好ましい。上記接触速度の上限は、特に限定されないが、20m/分以下が好ましく、10m/分以下がより好ましい。
上記接触速度は、上記塗膜を搬送するローラーの周速等により設定することができる。
【0071】
上記塗膜を上記非溶媒に接触させて塗膜を凝固させる工程(3)のうち、塗膜を上記非溶媒に接触させるまでの雰囲気について、絶対湿度20g/m以下の条件下で行われることが好ましい。上記工程(3)を上述した条件下で行うことで、上述した表面状態を有する隔膜をより一層容易に製造することができる。上記工程(3)は、15g/m以下の条件下で行われることがより好ましく、絶対湿度10g/m以下の条件下で行われることが更に好ましい。上記絶対湿度は、塗膜を形成する作業雰囲気温度における相対湿度と飽和水蒸気量を掛けることにより求めることができる。
上記絶対湿度の下限値は、特に制限されず、0g/mであっても構わないが、経済性に優れる観点から、通常、0.5g/m以上であることが好ましく、1.0g/m以上であることがより好ましい。
【0072】
上記工程(3)の温度条件は、絶対湿度を一定に制御しやすい点で、10~30℃であることが好ましく、15~25℃であることがより好ましく、20~25℃であることが更に好ましい。
【0073】
工程(4)
本発明のアルカリ水電解用隔膜の製造方法は、更に、上記工程(3)で凝固した塗膜を乾燥させて多孔膜を得る工程(4)を含む。工程(3)で凝固した塗膜を乾燥させて、上記非溶媒を除去することにより、多孔膜を得ることができる。
乾燥温度としては、60~120℃が好ましく、70~100℃がより好ましい。
乾燥時間としては、2~120分が好ましく、5~60分がより好ましく、10~30分が更に好ましい。
【0074】
上述した工程(1)~(4)により、本発明のアルカリ水電解用隔膜を簡便に製造することができる。上記アルカリ水電解用隔膜の製造方法は、上述した工程(1)~(4)以外に、公知の他の工程を含んでいてもよい。
【0075】
3.用途
本発明のアルカリ水電解用隔膜は、電解時に発生する気泡の滞留が好適に抑制される。また、本発明のアルカリ水電解用隔膜は、イオン透過性、ガスバリア性、耐アルカリ性にも優れるものである。本発明のアルカリ水電解用隔膜は、アルカリ性水溶液を電解液とした水の電気分解用の隔膜として好適に使用することができる。
以下に、本発明のアルカリ水電解用隔膜を使用した電解装置と電解方法について説明する。
【0076】
(電解装置)
本発明のアルカリ水電解用隔膜は、アルカリ水電解装置の部材として用いられる。上記アルカリ水電解装置としては、例えば、陽極、陰極、及び、陽極と陰極の間に配置された上記アルカリ水電解用隔膜を含むものが挙げられる。より具体的には、上記アルカリ水電解装置は、上記アルカリ水電解用隔膜によって隔てられた、陽極が存在する陽極室と、陰極が存在する陰極室とを備えた電解槽を有する。
【0077】
上記アルカリ水電解用隔膜は、陽極又は陰極と接するように設置されることが好ましく、陽極及び陰極と接するように設置されることがより好ましい。電極間の距離がより小さくなると、電気抵抗がより小さくなり、電解装置の電解効率をより高くすることができる。本発明のアルカリ水電解用隔膜を使用する場合、電極間の距離が極力小さくなるよう、隔膜と各電極とが接するように設置した、いわゆる「ゼロギャップ構造」の電解槽においても、発生する気泡の滞留を抑制し、高い電解効率を達成することができる。従って、本発明のアルカリ水電解用隔膜は、ゼロギャップ構造の電解装置において好適に使用することができる。
【0078】
上記陽極、及び陰極としては、公知の電極であれば特に制限されず、例えば、銅、鉛、ニッケル、クロム、チタン、金、白金、鉄、これらの金属化合物、金属酸化物、及びこれらの金属の2種以上を含む合金等の公知の導電性基体を含む電極が挙げられる。
【0079】
上記電極は、上記導電性基体に触媒層が形成されたものであってもよい。上記触媒層は、特に制限されず、ニッケル、コバルト、パラジウム、イリジウム、又は白金等を含む金属化合物、金属酸化物、あるいは、合金等を含む、公知のものが挙げられる。
【0080】
上記電極の形状は、特に制限されず、シート状、棒状、角柱状等、公知の形状が挙げられるが、上記アルカリ水電解用隔膜との接触面積が大きく、電解装置の電解効率をより一層向上させることができる点で、シート状であることが好ましい。
【0081】
また、上記電解装置は、通常使用されるその他の部材を備えていてもよい。上記その他の部材としては、例えば、発生したガスと電解液を分離するための気液分離タンク、電解を安定して行うためのコンデンサー、ミストセパレーター等が挙げられる。
本発明のアルカリ水電解用隔膜は、気泡の滞留が良好に抑制されるので、気泡サイズが小さくなる高圧型システムにおいても好適に使用することができる。
【0082】
(電解方法)
本発明のアルカリ水電解用隔膜を備えたアルカリ水電解装置を用いて行う水の電気分解の方法は、特に制限されず、公知の方法で行うことができる。例えば、上述した本発明のアルカリ水電解用隔膜を備えたアルカリ水電解装置に、電解液を充填し、電解液中で電流を印加することにより行うことができる。
【0083】
上記電解液としては、水酸化カリウム又は水酸化ナトリウム等の電解質を溶解したアルカリ性水溶液が好ましく用いられる。上記電解液における電解質の濃度は、特に制限されないが、電解効率がより一層高くなる点で、20~40質量%であることが好ましい。
【0084】
電気分解を行う場合の温度としては、電解液のイオン電導性がより向上し、電解効率がより一層高くなりうる点で、50~120℃が好ましく、80~90℃がより好ましい。電流の印加条件は、公知の条件・方法で行うことができ、通常0.2A/cm以上、好ましくは0.3A/cm以上である。印可する電流密度が高い方が、短時間に多くの水素ガス、酸素ガスを得ることができるため効率的に水素を生産できる。
電解電圧は、約2Vとなるように、例えば1.5~2.5Vを越えない範囲で、電流密度が高くなるように調整されることが好ましい。
【0085】
以上のとおり、本発明のアルカリ水電解用隔膜は、水の電気分解で発生する気泡の滞留が良好に抑制される。また、イオン透過性、ガスバリア性、耐アルカリ性にも優れる。本発明のアルカリ水電解用隔膜を使用すれば、ゼロギャップ構造の電解装置であっても、気泡の滞留が抑制され、高い電解効率で電気分解を行うことができる。
【実施例0086】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」は「質量部」を、「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0087】
実施例において、各種評価は下記方法により行った。
(膜厚の測定方法)
得られたアルカリ水電解用隔膜の厚さは、デジマチックマイクロメーター(ミツトヨ社製)を用いて測定した。隔膜サンプル5cm□の任意10点を測定し、その平均値を膜厚とした。
【0088】
(陥没部位の平均面積及び面積割合の測定方法)
レーザー顕微鏡VK9700(キーエンス社製)を用いて、隔膜サンプル5cm□の任意の10視野について、対物150倍にて隔膜表面の観察像を取得した。それぞれの取得像について解析ソフトVK Analyzer VK-H1A1(キーエンス社製)を用いて、観察視野の対角線上に対して線粗さ計測の高さ解析を行い、得られた断面プロファイルから基準面からZ方向(高さ方向)に-1.5μmである地点を基準点Aと定めた。この基準点Aは3点以上あることが解析上好ましい。その後、取得像について画像解析ソフト(Image-Pro Premier、日本ローパー社製)を使用して、上記基準面から、上記基準点Aよりも離れた地点(Z方向に≦-1.5μmである地点)を暗色で示し、上記で定めた基準点Aよりも暗色である箇所を自動抽出で2値化を行った。暗色箇所のそれぞれの陥没部位の面積を求め、その単純平均(数平均)から「1視野における陥没部位Aの平均面積」を算出し、またそれぞれの陥没部位Aの面積の合計について観察視野全体の面積に対する割合、すなわち、「1視野における陥没部位Aの面積割合」を算出した。合計10視野について同様の画像解析を行い、各視野における陥没部位Aの平均面積及び面積割合について、それぞれの単純平均値(数平均)を求め、これを隔膜サンプルの「陥没部位Aの平均面積」、「陥没部位Aの面積割合」とした。
【0089】
また同様に得られた断面プロファイルから基準面からZ方向(高さ方向)に+1.5μmである地点を基準点Bと定めた。この基準点Bは3点以上あることが解析上好ましい。その後、取得像について画像解析ソフトを使用して、上記基準面から、上記基準点Bよりも離れた地点(Z方向に≧1.5μmである地点)を明色で示し、上記で定めた基準点Bよりも明色であるものを自動抽出で2値化を行った。その後、明色で囲まれている領域(陥没部位B)をそれぞれ指定して面積を求め、その単純平均(数平均)から「1視野における陥没部位Bの平均面積」を算出し、またそれぞれの陥没部位Bの面積の合計について観察視野全体の面積に対する割合、すなわち、「1視野における陥没部位Bの面積割合」を算出した。合計10視野について同様の画像解析を行い、各視野における陥没部位Bの平均面積及び面積割合について、それぞれの単純平均値(数平均)を求め、これを隔膜サンプルの「陥没部位Bの平均面積」、「陥没部位Bの面積割合」とした。
【0090】
(表面粗さの測定方法)
VK9700(キーエンス社製)を用いて、隔膜サンプル5cm□の任意の10視野について対物150倍にて隔膜表面の観察像を取得した。それぞれの取得像について解析ソフトVK Analyzer VK-H1A1(キーエンス社製)を用いて、観察視野全体を指定し、JIS B0601:2001に準拠した方法で計測を行った。合計10視野計測し、その単純平均値をその隔膜の表面粗さの代表値とした。
【0091】
(電気特性評価)
得られたアルカリ水電解用隔膜のアルカリ水電解評価を以下のように行った。アノード電極には3cm×3cmに切り出した白金メッシュ(ニラコ社製、品番PT-358056/55メッシュ)を使用した。カソード電極には、3cm×3cmに切り出したニッケルメッシュ(ニラコ社製、品番NI-318040/40メッシュ)を使用した。上記白金メッシュを、得られたアルカリ水電解用隔膜に接するように当て(ゼロギャップ構造)、電解槽を組み立てる際にずれないように固定した。上記隔膜によってカソード電極室とアノード電極室が仕切られるように、電解槽を組み立てた。電解液として、濃度30重量%の水酸化カリウム水溶液を用いた。まず、電解液で電解槽を満たした後、循環と加温を行って、電解槽に流入する直前に設置した温度計による液温が40℃になるように調整を行った。電解液が40℃に達し、30分以上経過した後に電流密度を0.3A/cm、定電流密度にて10分間連続して印加した。その後、電流密度を0.5A/cmに増加させ、1分ごとの電圧を記録し、収集した連続する5点の電圧が、5点の平均値の±3%以内に安定するまで保持した。電圧の安定が確認できた後、1分ごとに10点の電圧測定を行い、測定値10点の平均値を算出した。
【0092】
<実施例1>
(1.水酸化マグネシウム分散液の調製)
水酸化マグネシウム(平均粒子径0.20μm、板状、アスペクト比6.21)とN-メチル-2-ピロリドン(富士フイルム和光純薬工業社製)を質量比1:1となるよう混合し、ジルコニアメディアボールを入れたポットミルにて、室温で6時間分散処理を行うことにより水酸化マグネシウム分散液を調製した。
【0093】
(2.ポリスルホン樹脂溶解液の調製)
ポリスルホン樹脂(BASF社製、品番ウルトラゾーンS3010)を30質量%の濃度でN-メチル-2-ピロリドン(富士フイルム和光純薬工業社製)に溶解させた。
【0094】
(3.塗液の調製)
上記で得られた水酸化マグネシウム分散液とポリスルホン樹脂溶解液とを、固形分が48質量%かつ水酸化マグネシウム100質量部に対してポリスルホン樹脂(PSU)が25質量部になるように計量し、自転公転ミキサー(シンキー社製、品番あわとり練太郎ARE-500)にて室温で、1000rpmで約10分間混合した。得られた混合液を、SUSの200メッシュで濾過することで塗液を得た。
【0095】
(4.塗膜の形成)
絶対湿度12.7g/mの雰囲気下において、ポリフェニレンサルファイド不織布(東レ社製、トルコンペーパー#100)を、ライン速度3.0m/分になるように自動搬送ローラーの周速を設定し、得られた塗液を、乾燥後の隔膜の厚みが全体で250μmになるように走行シート上に直接塗布し、不織布に塗液を含浸させた。塗液を含浸させた不織布を、水槽の水面に対して垂直に侵入させ、その後5分間水浴させ、塗液を凝固させて膜を形成した。水浴後、得られた膜を、乾燥機にて80℃で、10分間乾燥し、不織布と水酸化マグネシウム及びポリスルホン樹脂を含む膜との複合体からなるアルカリ水電解用隔膜を得た。
得られた隔膜の陥没部位Aの平均面積は3.3μmであり、陥没部位Aの面積割合は9.0%であり、陥没部位Bの平均面積は0.8μmであり、陥没部位Bの面積割合は0.7%であり、算術平均粗さRaは0.47μmであった。電気特性評価を行い、0.5A/cmにおけるセル電圧は1.81Vであった。
また、図1に、得られたアルカリ水電解用隔膜の、レーザー顕微鏡(対物150倍)による隔膜表面の観察像を示す。
【0096】
<実施例2>
実施例1(3.塗液の調製)において、水酸化マグネシウム100質量部に対してPSUが50質量部になるようにした以外は、実施例1と同様にアルカリ水電解用隔膜を作製した。得られた隔膜の陥没部位Aの平均面積は2.1μmであり、陥没部位Aの面積割合は12.4%であり、陥没部位Bの平均面積は0.9μmであり、陥没部位Bの面積割合は0.5%であり、算術平均粗さRaは0.39μmであった。電気特性評価を行い、0.5A/cmにおけるセル電圧は1.88Vであった。
【0097】
<実施例3>
実施例1(4.塗膜の形成)において、絶対湿度を3.5g/mに変更した以外は実施例1と同様にアルカリ水電解用隔膜を作製した。得られた隔膜の陥没部位Aの平均面積は0.9μmであり、陥没部位Aの面積割合は8.5%であり、陥没部位Bはなく、算術平均粗さRaは0.34μmであった。電気特性評価を行い、0.5A/cmにおけるセル電圧は1.80Vであった。
【0098】
<実施例4>
実施例1(4.塗膜の形成)において、ライン速度を0.3m/分、絶対湿度を19.5g/mに変更した以外は実施例1と同様にアルカリ水電解用隔膜を作製した。得られた隔膜の陥没部位Aの平均面積は5.9μmであり、陥没部位Aの面積割合は12.7%であり、陥没部位Bの平均面積は0.9μmであり、陥没部位Bの面積割合は6.8%であり、算術平均粗さRaは0.77μmであった。電気特性評価を行い、0.5A/cmにおけるセル電圧は1.89Vであった。
【0099】
<比較例1>
実施例1(4.塗膜の形成)において、絶対湿度を20.9g/mに変更した以外は実施例1と同様にアルカリ水電解用隔膜を作製した。得られた隔膜の陥没部位Aの平均面積は10.1μmであり、陥没部位Aの面積割合は23.8%であり、陥没部位Bの平均面積は3.1μmであり、陥没部位Bの面積割合は1.2%であり、算術平均粗さRaは0.82μmであった。電気特性評価を行い、0.5A/cmにおけるセル電圧は2.03Vであった。
【0100】
<比較例2>
実施例1(4.塗膜の形成)において、ライン速度を0.2m/分に変更した以外は実施例1と同様にアルカリ水電解用隔膜を作製した。得られた隔膜の陥没部位Aの平均面積は8.2μmであり、陥没部位Aの面積割合は21.4%であり、陥没部位Bの平均面積は2.7μmであり、陥没部位Bの面積割合は2.8%であり、算術平均粗さRaは0.96μmであった。電気特性評価を行い、0.5A/cmにおけるセル電圧は2.08Vであった。
【0101】
<比較例3>
比較例1において、ライン速度を0.2m/分に変更した以外は比較例1と同様にアルカリ水電解用隔膜を作製した。得られた隔膜の陥没部位Aの平均面積は8.6μmであり、陥没部位Aの面積割合は21.4%であり、陥没部位Bの平均面積は5.0μmであり、陥没部位Bの面積割合は3.7%であり、算術平均粗さRaは1.25μmであった。電気特性評価を行い、0.5A/cmにおけるセル電圧は2.08Vであった。
図1