(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022063551
(43)【公開日】2022-04-22
(54)【発明の名称】レーザ照射によるワークの処理方法
(51)【国際特許分類】
C21D 1/09 20060101AFI20220415BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20220415BHJP
【FI】
C21D1/09 M
C21D9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020171872
(22)【出願日】2020-10-12
(71)【出願人】
【識別番号】506158197
【氏名又は名称】公立大学法人 滋賀県立大学
(71)【出願人】
【識別番号】597065329
【氏名又は名称】学校法人 龍谷大学
(71)【出願人】
【識別番号】511236006
【氏名又は名称】富士高周波工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田邉 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】小川 圭二
(72)【発明者】
【氏名】後藤 光宏
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA12
4K042AA25
4K042BA03
4K042BA10
4K042CA15
4K042DA01
4K042DB04
4K042DC04
4K042DC05
4K042DD05
4K042DF01
4K042EA01
(57)【要約】
【課題】レーザ焼入れにより生じるワークの変形を簡便に矯正して、高品質の製品を提供する。
【解決手段】実施形態の一例であるワークの処理方法は、鋼材で構成されたワークの第1表面に第1のレーザ光を照射し、ワークの所定部位を焼入れする工程と、ワークの第1表面に第2のレーザ光を照射する工程とを含む。第2のレーザ光は、第1のレーザ光よりも低出力であって、焼入れ時に生じるワークの変形の方向と反対方向にワークを変形させる。焼入れの前後または焼入れと同時に第2のレーザ光を照射して、焼入れによるワークの変形を矯正する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材で構成されたワークの第1表面に第1のレーザ光を照射し、前記ワークの所定部位を焼入れする工程と、
前記ワークの前記第1表面に第2のレーザ光を照射する工程と、
を含み、
前記第2のレーザ光は、前記第1のレーザ光よりも低出力であって、前記焼入れ時に生じる前記ワークの変形の方向と反対方向に前記ワークを変形させ、
前記焼入れの前後または前記焼入れと同時に前記第2のレーザ光を照射して、前記焼入れによる前記ワークの変形を矯正する、ワークの処理方法。
【請求項2】
前記第2のレーザ光は、前記ワークの前記第1面のうち、前記第1のレーザ光が照射される領域と異なる領域に照射される、請求項1に記載のワークの処理方法。
【請求項3】
前記第2のレーザ光は、前記焼入れ後に照射される、請求項1または2に記載のワークの処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ照射によるワークの処理方法に関し、より詳しくは、レーザ焼入れされるワークの処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、レーザ光の照射によりワークの焼入れ硬化を行うレーザ焼入れ法が知られている(例えば、特許文献1参照)。レーザ焼入れによれば、ワークの狭い範囲に局所的に熱を集中できるので、ワークへの熱影響が非常に小さく、ワークの変形が発生し難い。さらに、焼入れを行う面にレーザ光を照射することさえできれば、複雑な形状のワークや、ワークの極小領域の焼入れも可能であり、また焼入れ時の消費エネルギーが少なく環境負荷が低いといった利点もある。
【0003】
一般的に、炉焼入れや、高周波焼入れでは、熱応力、変態等に起因してワークの変形が生じるので、変形を除去するために機械的な矯正、切削等の後加工が必要になることが多い。レーザ焼入れは、上述のように、ワークへの熱影響が小さくワークの変形が生じ難い焼入れ法であり、この点がレーザ焼入れの大きな特長でもあるが、ワークが厚みの薄い部品や、小型の部品等である場合、レーザ焼入れであってもワークの変形が発生し得る。
【0004】
そこで、本発明者らは、厚みの薄いワークや、小型のワークについて変形の小さなレーザ焼入れを実現するための手法として、ダミー照射法を提案している(例えば、非特許文献1参照)。この方法は、ワークのレーザ焼入れを行った面と反対側の面にレーザを照射して焼入れにより生じた変形を相殺する、或いは焼入れによる変形を予測して、レーザ焼入れを行う面と反対側の面にその変形を相殺するためのレーザ照射を予め行う方法である。ダミー照射法によれば、焼入れと変形矯正の両方をレーザ照射のみで実現できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Study on hardening and deformation in laser hardening for small and thin parts: effects of dummy irradiation methodKeiji Ogawa, Hirotaka Tanabe, Mitsuhiro Goto and Heisaburo NakagawaADVANCES IN MATERIALS AND PROCESSING TECHNOLOGIES, VOL. 5, NO. 3, pp.379-385, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、ダミー照射法には、以下のような問題点がある。
・ 焼入れ時のレーザ照射(本照射)と、変形を矯正するためのレーザ照射(ダミー照射)の間に、ワークの表裏を入れ替えるための回転工程が必要である。特に、大型のワークでは回転操作の負担が大きくなる。
・ ワークを回転させるためにレーザ照射装置のワーク固定部からワークを取り外す必要があり、座標の再設定等の工程が必要となる。
・ 本照射と同程度の高出力でダミー照射を行うため、本来焼入れする必要のない部分が焼入れ硬化され、その部分に穴あけなどの追加工を行うことが困難になる。
・ ダミー照射により、ワークの表面に荒れが生じる。
・ 本照射とダミー照射を同時に行うと、焼入れ領域への熱影響が大きくなるため、同時照射は実質的に困難である。
【0008】
本発明の目的は、上述のダミー照射法の問題点の少なくとも1つに対処でき、レーザ焼入れにより生じるワークの変形を簡便に矯正することが可能なワークの処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るワークの処理方法は、鋼材で構成されたワークの第1表面に第1のレーザ光を照射し、ワークの所定部位を焼入れする工程と、ワークの第1表面に第2のレーザ光を照射する工程とを含み、第2のレーザ光は、第1のレーザ光よりも低出力であって、焼入れ時に生じるワークの変形の方向と反対方向にワークを変形させ、焼入れの前後または焼入れと同時に第2のレーザ光を照射して、焼入れによるワークの変形を矯正することを特徴とする。
【0010】
上記構成によれば、ワークのレーザ焼入れを行う面と同じ面に、焼入れ硬化を生じさせない低出力の第2のレーザ光を照射してワークの変形を矯正できる。このため、本発明に係る処理方法によれば、ダミー照射法のようにワークの回転工程を設ける必要がなく、また必要な部位のみを焼入れ硬化させることができる。さらに、第2のレーザ光の照射による焼入れ領域への熱影響が小さいので、焼入れと変形矯正を同時に行い、工程時間を短縮することも可能である。
【0011】
本発明に係る処理方法において、第2のレーザ光は、レーザ焼入れされる第1面のうち、第1のレーザ光が照射される領域と異なる領域に照射されることが好ましい。例えば、先に第2のレーザ光を照射してから第1のレーザ光を照射する場合、第2のレーザ光を照射した領域に高出力の第1のレーザ光を照射して焼入れを行うと、第2のレーザ照射による効果が打ち消されることが懸念されるが、焼入れ領域となる第1のレーザ光の照射領域と異なる領域に第2のレーザ光を照射することで、そのような不具合が発生せずワークの変形矯正をより確実に行うことができる。また、先に第1のレーザ光を照射してから第2のレーザ光を照射する場合、即ち焼入れ後に変形矯正を行う場合は、第1のレーザ光の照射領域と異なる領域に第2のレーザ光を照射することで、焼入れ領域への熱影響を抑制できる。第2のレーザ光の照射領域は、焼入れ領域の硬さ低下がなく、ワークの変形を矯正できる領域であればよい。
【0012】
本発明に係る処理方法において、第2のレーザ光は、焼入れ後に照射されることが好ましい。即ち、焼入れ後に第2のレーザ光を照射してワークの変形矯正を行う。この場合、レーザ焼入れ時に発生する変形の正確な予測が不要である。また、ワーク形状の微調整も可能であるため、高寸法精度の製品を提供することが容易になる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るワークの処理方法によれば、レーザ焼入れにより生じるワークの変形を簡便に矯正でき、高品質の製品を提供することが可能である。本発明に係る処理方法は、刃物、ブレーキディスク、ミニチュアガイドレールなど、焼入れ時の変形が問題となっている製品全般に適用可能であり、高寸法精度の製品を簡便かつ低コストで提供できる新たな手法として期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施形態の一例であるワークの処理方法を説明するための図である。
【
図2】実施形態の一例であるワークの処理手順を示すフローチャートである。
【
図3】ワークに照射するレーザ光の出力とワークの変形量の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら、本発明に係るワークの処理方法の実施形態について詳細に説明する。以下で説明する実施形態はあくまでも一例であって、本発明は以下の実施形態に限定されない。また、以下で説明する複数の実施形態、変形例の各構成要素を選択的に組み合わせることは当初から想定されている。
【0016】
図1は、本発明の実施形態の一例であるワークの処理方法を説明するための図である。
図2は、ワークの処理手順を示すフローチャートである。
図1および
図2に示すように、本発明の実施形態の一例であるワークの処理方法は、ワーク10の第1表面11に第1のレーザ光αを照射し、ワーク10の所定部位を焼入れする工程と、ワーク10の第1表面11に第2のレーザ光βを照射する工程とを含む。ワーク10は、鋼材により構成され、焼入れにより硬化すると共に、焼入れ用の第1のレーザ光αの照射により変形する。
【0017】
詳しくは後述するが、第2のレーザ光βは、第1のレーザ光αよりも低出力であって、焼入れ時に生じるワーク10の変形と反対方向にワーク10を変形させる。第2のレーザ光βは、焼入れの前後または焼入れと同時に照射され、焼入れにより生じるワーク10の変形を矯正する。第2のレーザ光βを第1のレーザ光αと同じ面に照射するという簡便な方法によって、レーザ焼入れ時に発生するワーク10の変形を矯正でき、高寸法精度の製品を提供することが可能となる。
【0018】
ワーク10は、鋼材により構成され、レーザ焼入れにより焼入れ硬化できるものであればよい。ワーク10を構成する鋼材としては、用途分類によれば、工具鋼や軸受鋼、刃物鋼、機械構造用鋼、ばね鋼など、成分分類によれば、炭素鋼(普通鋼)や合金鋼(特殊鋼)、クロム鋼、ニッケルクロム鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼、マンガン鋼などが挙げられる。ワーク10の形状は、特に限定されず、焼入れしたい部位にレーザ光が照射可能な形状であればよい。
【0019】
図1(a)に例示するワーク10は、互いに平行な第1表面11および第2表面12を有する、厚みの薄い板状の部材であって、平面視長方形状を有する。ワーク10の厚みは、例えば、1mm~5mmである。ワーク10は、平坦で反りのない部材であるが、焼入れ用の第1のレーザ光αの照射により変形が生じる。以下では、第1のレーザ光αの照射により焼入れ領域13が形成されると共に、変形が生じたワークをワーク10a(
図1(b))とし、第2のレーザ光βの照射により変形が矯正されたワークをワーク10z(
図1(c))とする。
【0020】
本実施形態の処理方法では、最初に、ワーク10の第1表面11に焼入れ用の第1のレーザ光αを照射する(
図2のS10)。第1のレーザ光αが照射されたワーク10aには、第1表面11およびその近傍に硬度が上がった焼入れ領域13が形成されると共に、第2表面12側に反り返り、上向きに凸となるように湾曲した変形が生じる(S11)。続いて、ワーク10aの第1表面11に、第1のレーザ光αよりも低出力で焼入れ硬化を生じさせない第2のレーザ光βを照射する(S12)。これにより、焼入れにより生じた変形が矯正されたワーク10zが得られる(S13)。
【0021】
レーザ焼入れ工程には、例えばレーザ発振器、加工ヘッド、およびXYテーブルを備えたレーザ焼入れ装置が用いられる。レーザ発振器には、目的とする焼入れレベル等に応じて、半導体レーザ装置、YAGレーザ装置、CO2レーザ装置など、種々の装置を適用できる。レーザ発振器から出力されるレーザ光は、例えば、光ファイバを通って加工ヘッドに伝送される。そして、加工ヘッドおよびXYテーブルの少なくとも一方を移動させてワーク10上でレーザ光を走査し、ワーク10の第1表面11の所定部位に第1のレーザ光αを照射して焼入れ領域13を形成する。なお、レーザ焼入れ装置の構成は特に限定されず、例えば、XYテーブルの代わりに、多関節ロボットを用いてもよい。
【0022】
レーザ焼入れ工程は、不活性ガス雰囲気または真空中で行ってもよく、空気中で行ってもよい。プロセスコスト低減の観点からは後者が好適である。空気中でレーザ焼入れを行うと、ワークの表面に厚みが0.1μmを超える焼入れ酸化膜が形成される。また、ワーク10の焼入れ領域13に対応する箇所を含む領域にあらかじめレーザ吸収剤を塗布する、或いは焼入れ領域13以外をマスキングしておくことで、当該箇所を選択的に焼入れすることも好適である。
【0023】
レーザ焼入れ工程において、ワーク10aの第1表面11には、表面から所定の深さ範囲に硬度が上がった焼入れ領域13が形成される。ワーク10aの硬さは、例えば、マイクロビッカース硬度計により測定される。
図1に示す例では、ワーク10の長手方向に沿って略一定の幅で第1のレーザ光αが照射される。これにより、ワーク10aの第1表面11には、平面視帯状の焼入れ領域13が形成される。なお、焼入れ領域13の形成パターンは特に限定されない。焼入れ領域13は、第1表面11に点在していてもよく、平面視曲線状に形成されてもよい。
【0024】
第1のレーザ光αの好適な出力範囲は、ワーク10の厚み、表面の状態、第1のレーザ光αの走査速度、ビーム形状等によっても異なるが、一例としては1200W~1600Wまたは1400W~1600Wである。第1のレーザ光αの出力が当該範囲内であれば、良好な焼入れ領域13を形成できる。なお、ワーク10の厚みが薄くなる、或いは、第1のレーザ光αの走査速度が遅くなると、第1のレーザ光αの出力を下げることが好ましい。また、焼入れ領域13の幅と深さの関係は、第1のレーザ光αの出力、走査速度、ビーム形状等を制御することで調整できる。
【0025】
ワーク10aの変形を矯正する工程は、上述の通り、第1のレーザ光αよりも低出力の第2のレーザ光βを、焼入れ領域13が形成された面と同じ第1表面11に照射して行われる。焼入れ領域13が形成されたワーク10aは、長手方向中央部が上向きに凸となるように変形するが、第2のレーザ光βの照射によりこの変形が矯正され、元の平坦な形状のワーク10zが得られる。第2のレーザ光βは、ワーク10aの第1表面11に照射されるので、レーザ焼入れ装置のXYテーブルからワーク10aを取り外す必要がなく、またダミー照射法のようにワーク10aを回転させる必要もない。
【0026】
第2のレーザ光βは、第1のレーザ光αよりも低出力で焼入れ硬化を生じさせず、かつ焼入れ時に生じたワーク10aの変形の方向と反対方向にワーク10aを変形させる。つまり、第2のレーザ光βは、下向きに凸となるワークの変形を生じさせる。ワーク10aは上向きに凸となるように湾曲しているので、第2のレーザ光βの照射による変形で、焼入れ時の変形が相殺される。
【0027】
本発明者らの検討の結果、所定の出力範囲の第2のレーザ光βの照射により、ワークに下向きに凸となる変形(以下、「プラスの変形」という)が生じ、この現象を利用することでレーザ焼入れによる変形を矯正できることが見出された。以下では、第1のレーザ光αの照射により生じる、ワークが上向きに凸となる変形を「マイナスの変形」とする。詳しくは後述するが、第2のレーザ光βの好適な出力範囲の一例は、600W~1100Wである。
【0028】
第2のレーザ光βは、ワーク10aの第1表面11うち、第1のレーザ光αが照射される領域と異なる領域に照射される。第2のレーザ光βは、例えば焼入れ領域13の近傍であって、かつ焼入れ領域13の硬さを低下させるような熱影響を与えない領域に照射されることが好ましい。第2のレーザ光βは、焼入れ領域13に照射することも可能であるが、この場合、焼入れ領域13が焼きなまされ、硬度が低下することが想定される。第2のレーザ光βを焼入れ領域13の近傍に照射することで、焼入れ領域13の硬度を維持しつつ、ワーク10aの変形を矯正することが容易になる。
【0029】
第2のレーザ光βの照射パターンは、ワーク10aの変形を矯正できるものであればよく、特に限定されない。
図1に示す例では、焼入れ領域13との間に所定の間隔をあけた位置に、焼入れ領域13に沿って第2のレーザ光βが照射される。焼入れ領域13と第2のレーザ光βが照射される領域14との間隔は、ワーク10aの変形を矯正でき、かつ焼入れ領域13への熱影響が少ない範囲に設定される。第2のレーザ光βは、例えば、ワーク10aの長手方向全長にわたって、焼入れ領域13と平行に略一定の幅で照射される。なお、領域14は焼入れ領域13のように焼入れされることはない。
【0030】
第2のレーザ光βが照射される領域14は、例えば、焼入れ領域13に対応するパターンで形成され、
図1に例示するように、焼入れ領域13が直線状に形成される場合は、領域14も直線状に形成される。領域14は、焼入れ領域13を挟むように、焼入れ領域13の両側の2箇所に形成されてもよい。或いは、領域14は焼入れ領域13と異なるパターンで形成されてもよい。例えば、領域14は焼入れ領域13に沿って断続的に形成されてもよく、焼入れ領域13を囲むように点在するパターンで形成されてもよい。
【0031】
図3は、ワークに照射するレーザ光の出力とワークの変形量の関係を示す図である。
図3に示す変形量は、ワークとして炭素鋼S50Cの平板(縦50mm×横50mm×厚みt)を用い、レーザ光の照射面である第1表面を上にした状態で、下に凸の変形を「プラス」の変形、上に凸の変形を「マイナス」の変形として測定したものである。レーザ光には6.5mm×10mmのトップハット分布矩形レーザビームを用い、レーザ光の走査速度は400mm/minとした。
【0032】
図3に示す結果から、1200W~1600Wの高出力のレーザ光をワークに照射した場合、ワークには上に凸のマイナスの変形が生じることが理解される。焼入れ用のレーザ光(第1のレーザ光α)の出力範囲は、ワークの厚み等によっても多少異なるが、概ね1200W~1600Wである。一方、600W~1100Wの第1のレーザ光αよりも低出力のレーザ光をワークに照射した場合は、ワークは第1のレーザ光αの照射時と反対方向に湾曲し、ワークには下に凸のプラスの変形が生じる。
【0033】
第1のレーザ光αと同程度の出力のレーザ光を第1表面と反対側の第2表面に照射して、焼入れにより生じるマイナスの変形を相殺するのが、ダミー照射法である。これに対し、本実施形態の方法は、第1のレーザ光αよりも低出力のレーザ光(第2のレーザ光β)の照射により生じるプラスの変形に着目した方法である。つまり、第2のレーザ光βの照射により発生するプラスの変形を利用して、レーザ焼入れ時に発生するマイナスの変形を矯正する。このため、本実施形態の方法では、焼入れ用の第1のレーザ光αの照射面と同じ面に第2のレーザ光βを照射して変形矯正を行う。
【0034】
変形矯正用の第2のレーザ光βの出力は、例えば、レーザ光の走査速度等の条件が同じである場合、焼入れ用の第1のレーザ光αの出力の40%~80%、または45%~75%、または50%~70%である。この場合、ワークの変形矯正が容易になり、製品の寸法精度が向上する。第1のレーザ光αの好適な出力範囲の一例は、1200W~1600W、または1400W~1600Wであり、第2のレーザ光βの好適な出力範囲の一例は、600W~1100W、または600W~1000W、または700W~900Wである。
【0035】
図4は、上述の処理方法の変形例を示す図である。
図4に示すように、ワーク10の第1表面11に第2のレーザ光βを照射した後、第1表面11に第1のレーザ光αを照射して焼入れ領域13を形成してもよい。
図4に示す例では、第2のレーザ光βの照射を先に行うことで、レーザ焼入れにより生じる変形と相殺される変形を予め生じさせる。この場合も、所定の部位が焼入れされ、かつ反りのない平坦なワーク10zが得らえる。なお、
図4に例示する処理方法には、第1のレーザ光αと第2のレーザ光βの照射順を逆にした以外、
図1に例示する処理方法と同様の条件を適用できる。
【0036】
図4に示す例では、第2のレーザ光βをワーク10の第1表面11に照射することで、下向きに凸となるように湾曲したプラスの変形を有するワーク10bが得られる。そして、ワーク10bの第1表面11に第1のレーザ光αを照射して焼入れ領域13を形成する際に、ワーク10bにはマイナスの変形が生じる。このため、プラスの変形とマイナスの変形が相殺されて、焼入れにより生じる変形が矯正された反りのないワーク10zが得られる。
【0037】
図1および
図4に示す例では、焼入れの前後に第2のレーザ光βを照射してワークの変形矯正を行うが、焼入れと同時に変形矯正を行うことも可能である。つまり、第1のレーザ光αと第2のレーザ光βの照射は同時に行うことも可能である。この場合、第1のレーザ光αの照射によるマイナスの変形と、第2のレーザ光βの照射によるプラスの変形とが同時に生じて相殺され、反りのない平坦なワークが得られる。なお、第2のレーザ光βの照射後に第1のレーザ光αを照射して焼入れし、その後、再び第2のレーザ光βを照射してワーク形状を微調整してもよい。即ち、第2のレーザ光βの照射を焼入れの前後で2回行ってもよい。
【0038】
以上のように、上述のワークの処理方法によれば、焼入れ用の第1のレーザ光αの照射面と同じ面に、変形矯正用の第2のレーザ光βを照射するという簡便な方法により、焼入れにより生じるワークの変形を矯正できる。この方法は、焼入れ時の変形が問題となっている厚みの薄い部品、小型の部品等において、高寸法精度の製品を簡便かつ低コストで提供するための有用な手法となる。
【0039】
また、上述の処理方法は、ダミー照射法と比較して、以下のような利点を有する
・ 焼入れ用の第1のレーザ光αの照射と、変形矯正用の第2のレーザ光βの照射の間に、ワークの表裏を入れ替えるための回転工程が不要である。このため、回転操作の負担が大きいワークの処理方法として好適である。
・ 変形矯正を行う際に装置からワークを取り外す必要がなく、座標の再設定等の工程が不要である。
・ 焼入れ硬化を生じさせない低出力の第2のレーザ光βの照射によりワークの変形矯正を行うため、必要な部分のみに焼入れ領域を形成できる。ゆえに、第2のレーザ光βが照射された部分に、穴あけなどの追加工を容易に行うことができる。
・ 第2のレーザ光βは低出力であるから、第2のレーザ光βが照射された領域の溶融や荒れが抑制される。
・ 第2のレーザ光βは低出力であるから、焼入れ領域への熱影響が小さい。このため、焼入れ領域の硬度低下を生じさせることなく、焼入れ後の変形矯正が可能となる。焼入れ後に変形矯正する場合は、焼入れ時に発生する変形の正確な予測が不要であり、またワーク形状の微調整も容易になる。
・ 第2のレーザ光βは低出力であるから、焼入れ領域への熱影響が小さく、焼入れと同時に変形矯正を行うことが可能である。この場合、処理時間の短縮を図ることができる。
【0040】
なお、ワークの変形矯正には、焼入れ時に変形したワークを元のフラットな形状に戻すことだけではなく、変形したワークを目的とする所望の形状に加工することも含まれる。即ち、上述の処理方法によれば、ワーク形状を希望の形状にコントロール可能である。
【符号の説明】
【0041】
10,10a,10b,10z ワーク、11 第1表面、12 第2表面、13 焼入れ領域、14 第2のレーザ光が照射される領域、α 第1のレーザ光、β 第2のレーザ光