(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022063860
(43)【公開日】2022-04-22
(54)【発明の名称】ホウ素化合物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C07K 5/08 20060101AFI20220415BHJP
C07K 5/06 20060101ALI20220415BHJP
C07K 5/10 20060101ALI20220415BHJP
C07K 7/06 20060101ALI20220415BHJP
C07F 5/05 20060101ALI20220415BHJP
【FI】
C07K5/08
C07K5/06
C07K5/10
C07K7/06
C07F5/05 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021166060
(22)【出願日】2021-10-08
(31)【優先権主張番号】P 2020171996
(32)【優先日】2020-10-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【弁理士】
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】北松 瑞生
(72)【発明者】
【氏名】井上 健
(72)【発明者】
【氏名】山形 尚紀
(72)【発明者】
【氏名】道上 宏之
【テーマコード(参考)】
4H045
4H048
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA11
4H045BA12
4H045BA13
4H045BA14
4H045BA15
4H045BA16
4H045BA50
4H045BA52
4H045EA20
4H045FA10
4H045FA20
4H048AA01
4H048AA02
4H048AC63
4H048BA92
4H048BB31
4H048VA20
4H048VA30
4H048VA40
4H048VA77
4H048VB10
(57)【要約】
【課題】従来BSHと細胞内運搬ペプチドとの結合をマレイミド基で細胞内運搬ペプチドを修飾することで1回の合成でできていた。しかし、マレイミド基を使うと結合点にキラル炭素が発生し、ラセミ体が形成されるおそれがあった。
【解決手段】BSHと細胞内運搬ペプチドの間をメチレンカルボニルリンカー(-C-C(O)-)で連結することで、ラセミ体の発生を抑止することができ、人体に安全に投与できるホウ素化合物を得ることができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
メルカプトウンデカハイドロドデカボレート(BSH)のSH基と細胞内運搬ペプチドのN末端のNH2基がメチレンカルボニルリンカーで連結されたことを特徴とするホウ素化合物。
【請求項2】
前記細胞内運搬ペプチドのN末端が結合するα-炭素には、塩基性基が結合していることを特徴とする請求項1に記載されたホウ素化合物。
【請求項3】
前記細胞内運搬ペプチドがアルギニン、リジン、ヒスチジンのうちの少なくとも1種の1乃至10個の連結体を含むことを特徴とする請求項1または2に記載されたホウ素化合物。
【請求項4】
前記細胞内運搬ペプチドと前記メチレンカルボニルリンカーとの間に炭素数が7以下の炭素鎖が配置された請求項2または3に記載されたホウ素化合物。
【請求項5】
細胞内運搬ペプチドのN末端をクロロアセチル化する工程と、
メルカプトウンデカハイドロドデカボレート(BSH)に、前記N末端がクロロアセチル化された細胞内運搬ペプチドを結合させる工程と有することを特徴とするホウ素化合物の製造方法。
【請求項6】
前記細胞内運搬ペプチドのN末端が結合するα-炭素には、塩基性基が結合していることを特徴とする請求項5に記載されたホウ素化合物の製造方法。
【請求項7】
前記細胞内運搬ペプチドがアルギニンの3乃至11個の連結体を含むことを特徴とする請求項5または6に記載されたホウ素化合物の製造方法。
【請求項8】
前記細胞内運搬ペプチドのN末端には、炭素数が7以下の直鎖炭化水素鎖が結合されていることを特徴とする請求項6または7に記載されたホウ素化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホウ素中性子捕捉療法に用いるホウ素化合物およびその製造方法に関するものであり、またホウ素含有化合物を含む薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ホウ素の安定同位体(以後「10B」とも記載する。)は、中性子線を照射することで、核分裂反応が進行して、α線を放出する。ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:以下「BNCT」)は、その放出したα線によって細胞内のDNAに損傷を与え、がん細胞を死滅させる技術であり、放射線療法と化学療法を掛け合わせた新しいがん治療法である。
【0003】
BNCTは、10BがDNAのより近い位置に存在することでその効果が向上するので、10Bを細胞内へ運搬することが重要となる。このことから、細胞内に侵入できるホウ素含有化合物およびそれを用いた薬剤(以下「ホウ素製剤」とも呼ぶ。)の発明は重要となる。
【0004】
一方、BNCTのホウ素製剤は、これまでにBPA(ボロノフェニルアラニン:4-Boronophenylalanine)が使用されてきている。しかし、BPAは、1分子中に1個の10Bしか含んでおらず、細胞内に10Bを運搬する上で効率が悪い。
【0005】
その点、1分子中に12個の10Bが含まれているホウ素クラスタ(以下BSH:メルカプトウンデカハイドロドデカボレート)は、一度に大量の10Bを細胞内に運搬できるので、新しいBNCTのためのホウ素製剤として期待できる。しかし、10Bは単独で細胞内に侵入することができないので、細胞内に運搬するための手段を必要とする。
【0006】
特許文献1には、細胞内運搬ペプチド(Cell Penetrating Peptides、以下CPP)のN末端をマレイミド基にし、BSHを共有結合により連結させることで、細胞内にうまくBSHを運搬することができる点が開示されている。
【0007】
また、特許文献2には、BSHのSH基をシアノエチル化したものとα―アミノ酸誘導体との結合物が開示されている。また、特許文献3には、BSHのSH基をシアノエチル化したものとカルボニル基をエステル結合した結合物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2016-020316号公報
【特許文献2】国際公開第2010/010912号
【特許文献3】特開2008-094730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1での共有結合では、BSHのチオール基とCPPに修飾したマレイミド基の反応により生じるため、ラセミ化が生じる。ラセミ化は、サリドマイドのように人体に甚大な悪影響を及ぼす可能性があるため、ラセミ化を生じないような連結方法が必要となる。
【0010】
特許文献2および3では、BSHとの結合においてラセミ体は生じない形状をしているが、BSHのSH基をシアノエチル化した後、ハロゲン化アルキルと反応させ、その後さらにシアノエチル基を除去するという複雑な工程を用いている。また、特許文献2では、ホウ素化合物としてラセミ体が生じることを前提にしている。これは、BSHに結合させるペプチドのN末端若しくはC末端でBSHと結合していないからである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記の課題に鑑みて想到されたものであり、BSHとCPPとの結合において、ラセミ化が生じない結合を有するホウ素化合物を提供するものである。
【0012】
より具体的に本発明に係るホウ素化合物は、
メルカプトウンデカハイドロドデカボレート(BSH)のSH基と細胞内運搬ペプチドのN末端のNH2基がメチレンカルボニルリンカーで連結されたことを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係るホウ素化合物の製造方法は、
細胞内運搬ペプチドのN末端をクロロアセチル化する工程と、
メルカプトウンデカハイドロドデカボレート(BSH)に、前記N末端がクロロアセチル化された細胞内運搬ペプチドを結合させる工程と有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るホウ素化合物は、BSHと細胞内運搬ペプチドがメチレンカルボニルリンカーで連結されているので、ラセミ化が生じることがなく、人体への甚大な悪影響を及ぼす可能性を排除することができる。
【0015】
また、本発明に係るホウ素化合物の製造方法では、N末端をクロロアセチル化した細胞内運搬ペプチドをBSHと反応させるだけで、BSHと細胞内運搬ペプチドをラセミ化が生じない方法で結合させることができ、製造方法を単純化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明に係るホウ素化合物の構造を示す図である。
【
図3】本発明に係るホウ素化合物の合成手順を示す図である。
【
図4】CPPをトリアルギニンで構成した場合のホウ素化合物の合成手順を示す図である。
【
図5】Cl-CH
2CO-R3-G-NH
2のRP-HPLC測定結果を示す図である。
【
図6】Cl-CH
2CO-R3-G-NH
2のMALDI-TofMass測定結果を示す図である。
【
図7】BSH-CH
2CO-R3-G-NH
2のRP-HPLC測定結果を示す図である。
【
図8】BSH-CH
2CO-R3-G-NH
2のMALDI-TofMass測定結果を示す図である。
【
図9】BSH-CPP(トリアルギニン)連結体を細胞に導入した際の染色写真である。
【
図10】BSH-CPP(ウンデカアルギニン)連結体を細胞に導入した際の染色写真である。
【
図11】反応時間毎のRP-HPLCの測定結果を示すグラフである。(a)は時間と共に反応が進む場合の結果を表す。(b)は反応が進まない場合の結果を表す。
【
図12】ペプチドの種類を変えた場合の反応率を測定した結果である。
【
図13】ペプチドの長さを変えた場合の反応率を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明に係るホウ素化合物とその製造方法について図面および実施例を示し説明を行う。なお、以下の説明は、本発明の一実施形態および一実施例を例示するものであり、本発明が以下の説明に限定されるものではない。以下の説明は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。
【0018】
本発明に係るホウ素化合物の構造を
図1に示す本発明に係るホウ素化合物(符号は1)は、1分子中に12個のホウ素安定同位体(
10B)が含まれているホウ素クラスタにチオール基(SH基)が付加されているメルカプトウンデカハイドロドデカボレート(以下「BSH」と呼ぶ。符号は10)と、メチレンカルボニルリンカー(符号は12)と、細胞内運搬ペプチド(CPP)(符号は14)で構成される。なお、CPPのN末端とC末端以外の部分を「CPP本体」とした。また、後述する実施例4で示すように、CPPのN末端とメチレンカルボニルリンカー12の間に分子が含まれていてもよい。
【0019】
メチレンカルボニルリンカーは、BSHのチオール基(SH基)と、CPPのN末端との間をつなぐもので、
図1のメチレンカルボニルリンカー12に示す構造をしている。示性式では、(-C-C(O)-)である((O)は炭素に二重結合で結合している状態を示す。)。これは、後に詳説するが、CPPのN末端にクロロアセチル基を導入し、クロロアセチル基の塩素が抜けてチオール基の硫黄と結合してできた結果の構造である。
【0020】
CPPは、BSHを細胞内へ導入するためのもので、細胞膜透過能を有するペプチドである。具体的には、Tatタンパク質、オリゴアルギニン、HIV-1Rev(34-50)、FHV Coatといった塩基性ペプチドである。本発明に係るホウ素化合物では、N末端が結合したα-炭素(CPP本体のN末端のアミノ酸のα-炭素)にカチオン性基が結合したものが望ましい。例えば、Tatやアルギニンは細胞内への運搬能および構造の点からも望ましい。なお、CPPのC末端は、第一アミド(-CONH2)で示したが、カルボキシル基であってもよい。
【0021】
図2(a)は、特許文献1に示したBSHにCPPを結合させる方法の概念図を示す。この方法では、BSHにCPPを結合させる際に、CPPのN末端にマレイミド基を結合ししておく。マレイミド基の二重結合が切れ、BSHのチオール基と結合し、BSHとマレイミド基を導入したCPPを結合させることができる。この方法は1回の合成でCPPとBSHを結合させることができる。
【0022】
しかし、結合点にキラル炭素(符号20)が出現し、結合の外れた水素が上側に来る場合(符号22)と下側に来る場合(符号24)で鏡像対象が発生してしまう。
【0023】
一方、
図2(b)は本発明に係るホウ素化合物の場合である。CPPのN末端にはクロロアセチル基(符号26)が導入されている。ハロゲンである塩素とBSHのチオール基の水素が脱離することで、BSHとCPPは結合される。この時、BSHとCPPを連結するメチレンカルボニルリンカー(符号12)では、キラル炭素は出現せず、この部分でラセミ体は形成されない。したがって、安全に人体に投与することができる。また、この方法も1回の合成でCPPとBSHを結合することができる。
【0024】
次に本発明に係るホウ素化合物の製造方法について
図3を参照して説明する。CPPのN末端をクロロアセチル化するために、まずN-ヒドロキシスクシンイミド(以下「NHS」)とクロロ酢酸をエステル結合させたクロロエチルカルボニルオキシサクシンイミドを用意する。これを以下「クロロ酢酸NHSエステル(符号30)」と呼ぶ。
【0025】
このクロロ酢酸NHSエステルをCPPのN末端と反応させ、CPPのN末端にクロロアセチル基を導入する(
図3(a))。これを「クロロアセチル化されたCPP(符号32)」と呼ぶ。そして、クロロアセチル化されたCPPとBSHを結合させる(
図3(b))。CPPのクロロアセチル基の塩素と、BSHのチオール基の水素が脱離し、BSHとCPPは結合され、本発明に係るホウ素化合物を得る。このとき、BSHとCPPの間を結合させるのは、メチレンカルボニルリンカー(符号12)である。
【0026】
したがって、メチレンカルボニルリンカーはBSHのSH基とCPPのN末端のNH2基を連結すると言ってよい。
【0027】
本発明に係るホウ素化合物は、薬学的に許容できる塩の形で得られてもよい。薬学的に許容できる塩には、無機塩基との塩、有機塩基との塩、無機酸との塩、有機酸との塩、塩基性または酸性アミノ酸との塩などが挙げられる。
【0028】
無機塩基との塩の好適な例としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩;カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩;ならびにアルミニウム塩、アンモニウム塩などが挙げられる。
【0029】
有機塩基との塩の好適な例としては、例えばトリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N’-ジベンジルエチレンジアミンなどとの塩が挙げられる。
【0030】
無機酸との塩の好適な例としては、例えば塩酸、臭化水素酸、硝酸、硫酸、リン酸などとの塩が挙げられる。
【0031】
有機酸との塩の好適な例としては、例えばギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、フマール酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸などとの塩が挙げられる。
【0032】
塩基性アミノ酸との塩の好適な例としては、例えばアルギニン、リジン、オルニチンなどとの塩が挙げられ、酸性アミノ酸との塩の好適な例としては、例えばアスパラギン酸、グルタミン酸などとの塩が挙げられる。
【実施例0033】
以下に本発明に係るホウ素化合物について実施例を示す。
【0034】
(実施例1)
BSHは1分子中に12個の10Bと1個の-SH基を含んだホウ素クラスタである。BSHは、Katchem(プラハ、チェコ)より購入した。
【0035】
CPPであるオリゴアルギニン鎖からなるペプチドは、アルギニン(R)を3つ連結した後にグリシン(G)が結合したものとした。これをCPP(トリアルギニン)と呼ぶ。これは以下の手順でペプチド固相法により合成した。なお、合成の流れを
図4に示す。また、ここでは簡単のためにCPP(トリアルギニン)を用いたが、グリシンの位置に細胞導入に好適なアミノ酸を連結できることは言うまでもない。
【0036】
<クロロアセチル化されたCPPの合成>
図4(a)を参照して、Fmocペプチド固相合成法によりR3‐G(アルギニンの3連接続+グリシン)をFmoc-NH-SAL-PEG樹脂(渡辺化学工業、広島)上で作製した。樹脂をジメチルホルムアミド(DMF)で1晩膨潤させた後、DMFで洗浄し、樹脂上のアミノ基を保護しているFmoc基を20%ピぺリジン(和光純薬工業(株)、大阪)/DMF溶液500μLで脱保護(7min)した。
【0037】
脱保護された樹脂上のアミノ基に対して4等量のFmoc-Gly-OH(渡辺化学工業)DMF溶液144μLを加え、縮合剤(HBTU/DMF溶液130μL、N‐メチルモルホリン(NMM)18μL)を加えカップリング(40min)させた。なお、HBTUは、1-[ビス(ジメチルアミノ)メチレン]-1H-ベンゾトリアゾリウム3-オキシドヘキサフルオロホスファート(CAS番号94790-37-1)である。
【0038】
その後、同様にN末端のアミノ基を保護しているFmoc基を脱保護‐カップリングの工程を繰り返すことにより、3つのアルギニンをFmoc-Arg(Pbf)-OH(渡辺化学工業)を用いることにより縮合させた(
図4の符号40)。したがって、
図4においてn=3である。
【0039】
次に、N末端のアルギニンのアミノ基を脱保護し、そこに10等量の0.5Mchloromethylcarbonyloxysuccinimide/N‐メチルピロリドン(NMP)溶液(これはクロロ酢酸NHSエステル/NMP溶液(符号42)といってよい。)を加えて反応させた(40min)。そうして生成物(Cl-CH2CO-R3-G)を合成した。
【0040】
ジクロロメタンを用いて樹脂を乾燥させた後、切り出し溶液(トリフルオロ酢酸(TFA)95%、トリイソプロピルシラン(TIPS)2.5%、蒸留水2.5%)500μLを加えて樹脂から切り出し(90min)、目的とするペプチド(クロロアセチル化したCPP(トリアルギニン):Cl-CH2CO-R3-G-NH2)を得た(符号44)。この反応による生成物は、クロロアセチル化したCPP(トリアルギニン)と不純物を含む混合物である。
【0041】
生成物中の不純物はジエチルエーテル沈殿法により除去し、逆相高速液体クロマトグラフィー(RP-RP-HPLC)により単離・精製し、凍結乾燥して純度の高いクロロアセチル化したCPP(トリアルギニン)を得た。結果を
図5に示す。
図5を参照して、横軸は時間(分)であり、縦軸は検知電圧(mV)である。測定条件は、0.1%TFA/MeCN、MeCN=0‐50%、測定時間は20分、測定波長は230nmであった。測定結果としては、8.84分の時点で380mVであった。
【0042】
また、得られたクロロアセチル化したCPP(トリアルギニン)の確認は、質量分析(MALDI‐Tof Mass)により行った。結果を
図6に示す。
図6において、横軸はm/zであり、縦軸は強度である。(理論値:[M+H]
+=619.32、実測値:620.69)収率は54%であった。
【0043】
<BSH-CH
2CO-R3-G-NH
2の合成>
図4(b)を参照して、上記の操作で合成したCl-CH
2CO-R3-G-NH
2をジメチルスルホキシド(DMSO)(Cl-CH
2CO-R3-G-NH
21mgに対してDMSO220μL程度)に溶解させた。また、これとは別に、Cl-CH
2CO-R3-G-NH
2の1.5等量のBSH(符号10)を蒸留水(上記のDMSOと同体積)に溶解させた。
【0044】
上記のように調製した2種の溶液を混合し、pHが10程度になるようにトリエチルアミン(TEA)を10μLずつ加えた。pHが10付近になったことを確認したのち、30min攪拌させ反応させた。その後、0.5%トリフルオロ酢酸水溶液を100μLずつ加えていき、pH6付近まで加えることで反応を終了させた。この反応によってBSHとクロロアセチル化したCPP(トリアルギニン)が結合したホウ素化合物(BSH-CH2CO-R3-G-NH2)を含む生成物を得た。このホウ素化合物をBSH-L-CPP(トリアルギニン)連結体(符号46)とも呼ぶ。なお、ここで「L」はメチレンカルボニルリンカーである。
【0045】
この生成物は高速液体クロマトグラフィー(RP-HPLC)により単離・精製し、凍結乾燥し、高純度のBSH-L-CPP(トリアルギニン)連結体を得た。結果を
図7に示す。
図7を参照して、横軸は時間(分)であり、縦軸は検知電圧(mV)である。測定条件は、0.1%TFA/MeCN、MeCN=0‐50%、測定時間は20分、測定波長は230nmであった。測定結果としては、11.77分の時点で209mVであった。
【0046】
また、得られたBSH-L-CPP(トリアルギニン)連結体(符号46:
図4参照)の確認は、質量分析(MALDI-Tof Mass)により行った。結果を
図8に示す。
図8において、横軸はm/zであり、縦軸は強度である。(理論値:[M+H]
+=748.44、実測値:749.53)収率は33%であった。結果、ペプチド合成からBSHと反応させるまでの操作の収率は、樹脂に対して17%であった。
【0047】
<細胞導入>
得られたBSH-L-CPP(トリアルギニン)連結体が、細胞内に侵入できるかを確認するための試験として、培養したU87ΔEGFR細胞に、100μMのBSH-L-CPP(トリアルギニン)連結体を加えて24時間インキュベーションを行った。
【0048】
その後、細胞の培養液を取り除き、洗浄した後、共焦点レーザー顕微鏡を測定した。その結果を
図9に示す。写真中のスケールバーはそれぞれ20μmを示す。
【0049】
図9(a)はHoechstによる核の染色画像である。染色された部分を白になるように白黒写真にしている。以下の写真も(
図10の写真も含め)同様である。
図9(b)はBSH抗体による染色した画像である。白く見える部分にBSHが存在していることを示している。
図9(c)はF-actinによる細胞質の染色の画像であり、
図9(d)は、それらの重ね合わせ画像である。
図9(b)の写真で白く見えるBSHが存在している部分は、
図9(c)の細胞質と
図9(a)の細胞核を含めた領域に拡散している。これによりBSH-L-CPP連結体(トリアルギニン)により「BSHがうまく細胞内に運搬できることが分かった。
【0050】
図10はBSH-L-CPP(トリアルギニン)連結体のCPPに、トリアルギニンに変えてウンデカアルギニンを用いたときの結果である。つまり、BSH-L-CPP(ウンデカアルギニン)連結体を用いた場合の染色画像である。写真中のスケールバーは20μmを示す。
【0051】
図9と同じようにBSHが存在している部分(
図10(b))は、細胞質(
図10(c))と細胞核(
図10(a))の領域に拡散している。したがって、BSH-L-CPP(ウンデカアルギニン)連結体を用いた場合でも、うまくBSHが細胞内に運搬できることがわかった。したがって、CPPを構成するアルギニンは、少なくとも3個以上11個以下(3乃至11個ともいう)の連結体が利用できると考えられる。
【0052】
(実施例2)
実施例1と同様に、CPPを構成しているトリアルギニン(R3)の代わりにトリリジン(K3)、トリヒスチジン(H3)、トリチロシン(Y3)、トリアスパラギン酸(D3)、トリグルタミン酸(E3)、トリセリン(S3)、トリトレオニン(T3)、トリアスパラギン(N3)、トリグルタミン(Q3)、トリグリシン(G3)、トリアラニン(A3)、トリバリン(V3)、トリロイシン(L)、トリイソロイシン(I)、トリフェニルアラニン(F)、トリトリプトファン(W)に置換したものを作成した。
【0053】
それぞれCPP(トリアルギニン)、CPP(トリリジン)、CPP(ヒスチジン)、CPP(トリチロシン)、CPP(トリアスパラギン酸)、CPP(トリグルタミン酸)、CPP(トリセリン)、CPP(トリトレオニン)、CPP(トリアスパラギン)、CPP(トリグルタミン)、CPP(トリグリシン)、CPP(トリアラニン)、CPP(トリバリン)、CPP(トリロイシン)、CPP(トリイソロイシン)、CPP(トリフェニルアラニン)、CPP(トリトリプトファン)と呼ぶ。そしてこれらをクロロアセチル化したCPPとBSHとの合成を試みた。
【0054】
<隣接するアミノ酸によるクロロアセチル基とBSHとの反応性>
クロロアセチル基とBSHとのS
N2反応において、クロロアセチル基と隣接するアミノ酸(CPP本体のN末端のアミノ酸)の種類によって反応性の違いを評価するため、HPLCによる反応追跡とMALDI-Tof-Massによる同定を行った。その代表例を
図11(a)(b)に示した。
【0055】
図11を参照して、
図11(a)、(b)共に横軸は時間(分)であり、縦軸は出力電圧(mV)である。横軸は反応開始からの時間とみてよい。同一質量のものは、同一時間にピークを観測することができる。
図11(a)では、0分の場合(破線)には、8分50秒付近にピークが観測された。30分経過時(実践)には、10分20秒付近にピークが移動し、1日経過後(一点鎖線)も10分20秒付近のピークは維持されていた。この結果より、アミノ酸との反応が進行したと判断できる。
【0056】
一方、
図11(b)の場合は、0分(破線)、30分(実線)および1日(一点鎖線)のピーク位置は、ほとんど変化なく、反応は進行しなかったと判断できる。
【0057】
それらの結果から反応が進行したアミノ酸と反応が進行しなかったアミノ酸にグループ分けした。その結果を表1に示す。
【0058】
【0059】
表1を参照して、クロロアセチル基に隣接するアミノ酸の側鎖に塩基性基を有するCPP(トリアルギニン)とCPP(トリリジン)、CPP(ヒスチジン)の三つはBSHとの反応が進行した。しかし、CPP(トリリジン)、CPP(ヒスチジン)の二つはアルギニンほど顕著な反応性は見られなかった。また、クロロアセチル基に隣接するアミノ酸の側鎖に塩基性基を有していないCPP(トリチロシン)、CPP(トリアスパラギン酸)、CPP(トリグルタミン酸)、CPP(トリセリン)、CPP(トリトレオニン)、CPP(トリアスパラギン)、CPP(トリグルタミン)、CPP(トリグリシン)、CPP(トリアラニン)、CPP(トリバリン)、CPP(トリロイシン)、CPP(トリイソロイシン)、CPP(トリフェニルアラニン)、CPP(トリトリプトファン)はBSHとの反応が進行しなかった。
【0060】
以上の結果より、反応が進行したアミノ酸の共通点は塩基性アミノ酸であるということが分かった。すなわちクロロアセチル基に隣接するアミノ酸(CPP本体のN末端のアミノ酸)に塩基性アミノ酸を用いることでBSHとCPPの反応が進行する。
【0061】
(実施例3)
BSHとCPPの反応が進行させるためには、クロロアセチル基に隣接するアミノ酸に塩基性アミノ酸を用いる必要がある。これはBSHと塩基性アミノ酸を有するCPPとの静電相互作用に依存していると示唆される。そこでアルギニンの数を減らし、電荷を変化させることでどのような影響があるか評価した。
【0062】
実施例1のトリアルギニン(「RRR」と表記した。)に加えて、アルギニン-アルギニン-アラニン(「RRA」と表記した。)、アルギニン-アラニン-アラニン(「RAA」と表記した。)となるCPPを合成し、クロロアセチル化の後BSHとの反応を試みた。そのHPLCの結果から各ペプチドの反応率を算出し
図12のグラフにプロットした。
【0063】
図12を参照して、横軸は反応時間(分)であり、縦軸は反応率(%)である。また、RRRは、アルギニン-アルギニン-アルギニン(トリアルギニン)であり、RRAは、アルギニン-アルギニン-アラニンであり、RAAはアルギニン-アラニン-アラニンである。CPPをRRRにした場合のBSHとの反応は、30分で100%の反応率であった。一方、CPPをRAA、RAAにした場合は、アラニンの増加と共に、反応率は低下した。アラニンの増加は、CPP内の電荷の減少と考えてよい。
【0064】
すなわち、
図12の結果より、CPP分子内の電荷の減少と伴にBSHとの反応率が減少することが確認できた。一方、アルギニンが1つの場合であっても、反応率は50%以上を達成することができ、実用的には使用できる。すなわち、BSHとCPPの反応を迅速に進行させるためにはCPP分子内にアルギニンが最低でも1つ以上必要であることが必要である。なお、ここではアルギニンについての実施例を示したが、表1で示したように、アルギニンと同様にBSHとの反応を進行させることができるリジン、ヒスチジンを使ってもBSHとCPPの反応を迅速に進行させることができると考えられる。
【0065】
(実施例4)
電荷保有部位と反応点との距離を遠ざけることで反応にどのような影響があるか評価するため、アルギニンとクロロアセチル基の間に任意の炭化水素鎖を組み込んだCl-CH2CO-C1-R3-Sp6-NH2、Cl-CH2CO-C2-R3-Sp6-NH2、Cl-CH2CO-C4-R3-Sp6-NH2、Cl-CH2CO-C7-R3-Sp6-NH2、Cl-CH2CO-C11-R3-Sp6-NH2を実施例1と同様に合成しBSHとの反応を試みた。なお、反応点とはBHSのチオール基の水素と、クロロアセチ基の塩素の反応箇所をいう。
【0066】
C1、C2、C3、C4、C11は、それぞれ炭素が1、2、3、4、11の直鎖の炭化水素鎖である。すなわちこれらの直鎖炭化水素は、CPPとクロロアセチル基の間に挿入される。そのHPLCの結果から各ペプチドの反応率を算出し図のグラフにプロットした。
【0067】
図13を参照して、横軸は反応時間(分)であり、縦軸は反応率(%)である。炭化水素鎖の長さが長くなるに従って、反応率は低下した。
図13の結果より、電荷保有部位であるCPPとクロロアセチル基との距離の増加と伴にBSHとの反応率が減少することが確認できた。
【0068】
また、直鎖炭素数が7でも反応率は20%以上を示しており、実用的に利用できる範囲である。従って、BSHとクロロアセチル化したCPPの反応を迅速に進行させるためにはCPPと反応点であるクロロアセチル基の距離を炭素鎖七つ分以内に収める必要がある。言い換えると、CPPのN末端には炭素数7以下の炭素鎖があってもよい。また、CPPとメチレンカルボニルリンカーの間に炭素数が7以下の炭素鎖を配置できると言ってもよい。
【0069】
なお、この炭素数7以下の炭素鎖は、アルギニンの連結部の炭素七つとも見なすことができ、炭素鎖を全てアルギニンに置き換えれば、アルギニンは10個を連続させた結合体までつけることができる。なお、ここではアルギニンについての実施例を示したが、表1で示したように、アルギニンと同様にBSHとの反応を進行させることができるリジン、ヒスチジンを使ってもBSHとCPPの反応を迅速に進行させることができると考えられる。