(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022064135
(43)【公開日】2022-04-25
(54)【発明の名称】プラスチック材料の劣化診断方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/00 20060101AFI20220418BHJP
G01N 27/22 20060101ALI20220418BHJP
G01N 27/04 20060101ALI20220418BHJP
G01N 33/44 20060101ALI20220418BHJP
G01N 17/00 20060101ALI20220418BHJP
【FI】
G01N27/00 L
G01N27/22 C
G01N27/04 Z
G01N33/44
G01N17/00
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020172680
(22)【出願日】2020-10-13
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-01-20
(71)【出願人】
【識別番号】000107941
【氏名又は名称】セイコー化工機株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】591125544
【氏名又は名称】株式会社Y.E.I.
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉本 健一
(72)【発明者】
【氏名】山口 学
【テーマコード(参考)】
2G050
2G060
【Fターム(参考)】
2G050AA02
2G050BA01
2G050CA04
2G050EA10
2G050EB01
2G050EB02
2G060AA11
2G060AE26
2G060AF08
2G060AF10
2G060EA08
2G060HC13
(57)【要約】
【課題】腐食性薬液による劣化に伴う機械的強度の低下の有無を、非破壊的、かつ、高い再現性で正確に検査し得るプラスチック材料の劣化診断方法を提供すること。
【解決手段】対照サンプル及び劣化サンプルについて、静電容量、アドミタンス又はサセプタンスを測定する。その後、対照サンプル及び劣化サンプルについて機械的強度を測定する。サンプルの静電容量比、アドミタンス比又はサセプタンス比と、機械的強度保持率との間には負の相関性があるため、被験サンプルの静電容量比、アドミタンス比又はサセプタンス比を測定することにより、被験サンプルの機械的強度を推定し、劣化の進行を診断することが可能となる。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験サンプルの浸透性の高い腐食性薬液による劣化を非破壊的に診断する方法であって、
対照サンプルの静電容量を測定する工程A1と、
前記対照サンプルを塩酸又は水酸化ナトリウムに浸漬することによって劣化させたn枚(nは複数)の被験サンプルについて、静電容量を測定する工程B1と、
前記対照サンプルとn枚の前記劣化サンプルの機械的強度を測定する工程Cと、
前記対照サンプル及び前記劣化サンプルの静電容量測定値から静電容量増加率X1を算出し、当該静電容量増加率X1と前記機械的強度との関係式を算出する工程D1と、
前記被験サンプルの静電容量を測定し、前記対照サンプル及び前記被験サンプルの静電容量測定値から静電容量増加率X2を算出し、当該静電容量増加率X2を前記関係式の静電容量増加率X1として代入し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準未満であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していると判断し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準以上であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していないと判断する工程E1と、
を有する、
プラスチック材料の劣化診断方法;
ここで、静電容量増加率X1=(劣化サンプルの静電容量測定値-対照サンプルの静電容量測定値)÷(対照サンプルの静電容量測定値)であり、
静電容量増加率X2=(被験サンプルの静電容量測定値-対照サンプルの静電容量測定値)÷(対照サンプルの静電容量測定値)である。
【請求項2】
被験サンプルの浸透性の高い腐食性薬液による劣化を非破壊的に診断する方法であって、
対照サンプルのアドミタンスを測定する工程A2と、
前記対照サンプルを塩酸又は水酸化ナトリウムに浸漬することによって劣化させたn枚(nは複数)の被験サンプルについて、アドミタンスを測定する工程B2と、
前記対照サンプルとn枚の前記劣化サンプルの機械的強度を測定する工程Cと、
前記対照サンプル及び前記劣化サンプルのアドミタンス測定値からアドミタンス増加率Y1を算出し、当該アドミタンス増加率Y1と前記機械的強度との関係式を算出する工程D2と、
前記被験サンプルのアドミタンスを測定し、前記対照サンプル及び前記被験サンプルのアドミタンス測定値からアドミタンス増加率Y2を算出し、当該アドミタンス増加率Y2を前記関係式のアドミタンス増加率Y1として代入し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準未満であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していると判断し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準以上であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していないと判断する工程E2と、
を有する、
プラスチック材料の劣化診断方法;
ここで、アドミタンス増加率Y1=(劣化サンプルのアドミタンス測定値-対照サンプルのアドミタンス測定値)÷(対照サンプルのアドミタンス測定値)であり、
アドミタンス増加率Y2=(被験サンプルのアドミタンス測定値-対照サンプルのアドミタンス測定値)÷(対照サンプルのアドミタンス測定値)である。
【請求項3】
被験サンプルの浸透性の高い腐食性薬液による劣化を非破壊的に診断する方法であって、
対照サンプルのサセプタンスを測定する工程A3と、
前記対照サンプルを塩酸又は水酸化ナトリウムに浸漬することによって劣化させたn枚(nは複数)の被験サンプルについて、サセプタンスを測定する工程B3と、
前記対照サンプルとn枚の前記劣化サンプルの機械的強度を測定する工程Cと、
前記対照サンプル及び前記劣化サンプルのサセプタンス測定値からサセプタンス増加率Z1を算出し、当該サセプタンス増加率Z1と前記機械的強度との関係式を算出する工程D3と、
前記被験サンプルのサセプタンスを測定し、前記対照サンプル及び前記被験サンプルのサセプタンス測定値からサセプタンス増加率Z2を算出し、当該サセプタンス増加率Z2を前記関係式のサセプタンス増加率Z1として代入し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準未満であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していると判断し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準以上であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していないと判断する工程E3と、
を有する、
プラスチック材料の劣化診断方法;
ここで、サセプタンス増加率Z1=(劣化サンプルのサセプタンス測定値-対照サンプルのサセプタンス測定値)÷(対照サンプルのサセプタンス測定値)であり、
サセプタンス増加率Y2=(被験サンプルのサセプタンス測定値-対照サンプルのサセプタンス測定値)÷(対照サンプルのサセプタンス測定値)である。
【請求項4】
前記浸透性の高い腐食性薬液が塩酸、硝酸、フッ化水素酸又は水酸化ナトリウムの水溶液である、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の劣化診断方法。
【請求項5】
前記被験サンプル、前記対照サンプル及び前記劣化サンプルの材質がFRP又はPVDFである、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の劣化診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静電容量(electrostatic capacity)、アドミタンス(admittance)又はサセプタンス(susceptance)を測定することにより、プラスチック材料、好ましくはFRP(繊維強化プラスチック/Fiber-Reinforced Plastics)又はPVDF(ポリフッ化ビニリデン、Poly Vinylidene DiFluoride)の劣化を非破壊的に診断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、非破壊検査技術の発展には目を見張るものがあるが、現場レベルで比較的容易に実施できる手法としては超音波探傷法が主流となっている。超音波探傷法は、ほとんどが接触式による試験であり、その測定範囲もプローブの大きさ程度ということになる。また、接触式ということで、プローブの接触面は平滑である必要があり、表面が平滑でない物体の検査には不向きである。
【0003】
一方、赤外線カメラを利用するアクティブサーモグラフィも注目されている。アクティブサーモグラフィは、赤外線カメラにより被検体表面温度の時間変化を測定し、内部の損傷を検知する試験法である。健全部分と損傷部分では熱の移動に違いを生じるため、温度分布の違いとして内部損傷又は欠陥を検出する手法である。
【0004】
アクティブサーモグラフィは、非接触方式の検査方法であり、赤外線カメラの撮影範囲が一度に検査できる領域となるため、超音波探傷法と比較して遥かに優位性が高いといえる非破壊検査手法である。
【0005】
特許文献1は、下部赤外線ランプ及び上部赤外線ランプによって被検査体を裏面側及び表面側からそれぞれ加熱したときの被検査体表面の熱放射分布を赤外線カメラによって検出し、裏面側加熱と裏面側加熱の場合の熱放射分布の経時変化データをデータ処理手段によって比較し、両データの差又は比に基づいて層間剥離を特定することによる、積層体の欠陥検査方法を開示している。
【0006】
特許文献2は、加熱照射装置と赤外線カメラを用いて肉厚を求め、これにより配管腐食劣化状態を診断するための赤外線配管診断方法を開示している。
【0007】
特許文献3は、ベルトコンベアのフレーム構造部のような構造物の劣化度を診断する劣化度診断方法として、構造物に衝撃的な力を加え、加えられた衝撃による前記構造物の振動強度の時間波形を計測するステップと、計測された振動強度の時間波形から構造物の固有振動数を求めるステップと、求められた固有振動数から構造物に加わる応力レベルを求めるステップと、構造物に周期的な力を加え、加えられた力による熱弾性効果で生ずる構造物の温度変化を赤外線カメラで計測するステップと、計測された温度変化から構造物に加わる応力の分布を求めるステップと、求められた応力レベルおよび応力分布から構造物に加わる最大応力を算出するステップと、算出された最大応力から前記構造物の劣化度を診断するステップとを含む劣化診断方法を開示している。
【0008】
特許文献4は、繊維強化複合材の劣化診断方法であって、該繊維複合材の表面から超音波を照射して、前記繊維複合材を通過した後の減衰後の超音波エコーの強度を測定し、該超音波エコーの減衰の大きさに基づいて、該繊維複合材の劣化の程度を判断する繊維強化複合材の劣化診断方法を開示している。
【0009】
特許文献5は、FRPサンプルにパルス光源から光を照射して表面温度変化を測定し、事前に測定したFRP対照サンプルとFRP劣化サンプルの表面温度比と機械的強度との関係式から、FRP被験サンプルの機械的強度を非破壊的に検査する劣化診断方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005-164428号公報
【特許文献2】特開2008-134221号公報
【特許文献3】特開2008-232708号公報
【特許文献4】特開2008-96340号公報
【特許文献5】特許第6592754号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
FRPは、貯水槽又は反応槽のような構造物の材質としてよく利用されている。FRPは、金属と異なり錆びることがないが、太陽光(紫外線)の照射、水との接触による加水分解又は上水道水中に含有される塩素等によって徐々に劣化が進行し、機械的強度が低下する。しかし、FRPは、表面の凹凸が顕著である製品も多く、超音波エコーによる探傷検査(劣化診断)には適さない材質である。一方、PVDFは、貯水槽又は反応槽のような構造物に使用されることは希であるが、腐食性の高い薬液等を搬送する耐食ポンプの材質として使用されることが多い。
【0012】
土木又は建築分野においては、ハンマー等を利用して建築物を叩いたときの音で劣化を診断する打音法が一般的であったが、近年では、赤外線サーモグラフィーを利用した劣化診断方法が推奨されてきている。しかし、土木又は建築分野における検査対象は、コンクリート製構造体であり、FRPを検査対象とした実用的な研究はなされていないのが現状である。
【0013】
特許文献5に開示されている方法は、FRPの劣化を正確に診断し得る非破壊的検査方法であるが、屋外に設置されている構造物の表面温度変化を測定する場合には、気温又は日差しの影響を受ける場合があり得る。そのため、同じ被験サンプルであっても、表面温度測定時の気温条件等が大きく異なると、測定値の再現性が低下する可能性がある。
【0014】
本発明は、腐食性薬液による劣化に伴う機械的強度の低下の有無を、非破壊的、かつ、高い再現性で正確に検査し得るプラスチック材料の劣化診断方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、構造物の材質として汎用されるFRPのようなプラスチック材料の劣化に伴う機械的強度の低下を、気温等の影響を受けずに正確に診断し得る非破壊検査方法について鋭意検討を重ねた結果、新品のFRP等と、劣化したFRP等は、静電容量等が異なることを見出した。そして、静電容量等と機械的強度との間に相関性があることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0016】
具体的に、本発明は、
被験サンプルの浸透性の高い腐食性薬液による劣化を非破壊的に診断する方法であって、
対照サンプルの静電容量を測定する工程A1と、
前記対照サンプルを塩酸又は水酸化ナトリウムに浸漬することによって劣化させたn枚(nは複数)の被験サンプルについて、静電容量を測定する工程B1と、
前記対照サンプルとn枚の前記劣化サンプルの機械的強度を測定する工程Cと、
前記対照サンプル及び前記劣化サンプルの静電容量測定値から静電容量増加率X1を算出し、当該静電容量増加率X1と前記機械的強度との関係式を算出する工程D1と、
前記被験サンプルの静電容量を測定し、前記対照サンプル及び前記被験サンプルの静電容量測定値から静電容量増加率X2を算出し、当該静電容量増加率X2を前記関係式の静電容量増加率X1として代入し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準未満であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していると判断し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準以上であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していないと判断する工程E1と、
を有する、
プラスチック材料の劣化診断方法に関する;
ここで、静電容量増加率X1=(劣化サンプルの静電容量測定値-対照サンプルの静電容量測定値)÷(対照サンプルの静電容量測定値)であり、
静電容量増加率X2=(被験サンプルの静電容量測定値-対照サンプルの静電容量測定値)÷(対照サンプルの静電容量測定値)である。
【0017】
また本発明は、
被験サンプルの浸透性の高い腐食性薬液による劣化を非破壊的に診断する方法であって、
対照サンプルのアドミタンスを測定する工程A2と、
前記対照サンプルを塩酸又は水酸化ナトリウムに浸漬することによって劣化させたn枚(nは複数)の被験サンプルについて、アドミタンスを測定する工程B2と、
前記対照サンプルとn枚の前記劣化サンプルの機械的強度を測定する工程Cと、
前記対照サンプル及び前記劣化サンプルのアドミタンス測定値からアドミタンス増加率Y1を算出し、当該アドミタンス増加率Y1と前記機械的強度との関係式を算出する工程D2と、
前記被験サンプルのアドミタンスを測定し、前記対照サンプル及び前記被験サンプルのアドミタンス測定値からアドミタンス増加率Y2を算出し、当該アドミタンス増加率Y2を前記関係式のアドミタンス増加率Y1として代入し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準未満であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していると判断し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準以上であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していないと判断する工程E2と、
を有する、
プラスチック材料の劣化診断方法に関する;
ここで、アドミタンス増加率Y1=(劣化サンプルのアドミタンス測定値-対照サンプルのアドミタンス測定値)÷(対照サンプルのアドミタンス測定値)であり、
アドミタンス増加率Y2=(被験サンプルのアドミタンス測定値-対照サンプルのアドミタンス測定値)÷(対照サンプルのアドミタンス測定値)である。
【0018】
さらに本発明は、
被験サンプルの浸透性の高い腐食性薬液による劣化を非破壊的に診断する方法であって、
対照サンプルのサセプタンスを測定する工程A3と、
前記対照サンプルを塩酸又は水酸化ナトリウムに浸漬することによって劣化させたn枚(nは複数)の被験サンプルについて、サセプタンスを測定する工程B3と、
前記対照サンプルとn枚の前記劣化サンプルの機械的強度を測定する工程Cと、
前記対照サンプル及び前記劣化サンプルのサセプタンス測定値からサセプタンス増加率Z1を算出し、当該サセプタンス増加率Z1と前記機械的強度との関係式を算出する工程D3と、
前記被験サンプルのサセプタンスを測定し、前記対照サンプル及び前記被験サンプルのサセプタンス測定値からサセプタンス増加率Z2を算出し、当該サセプタンス増加率Z2を前記関係式のサセプタンス増加率Z1として代入し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準未満であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していると判断し、
算出される前記被験サンプルの機械的強度が一定基準以上であれば、前記被験サンプルは劣化が進行していないと判断する工程E3と、
を有する、
プラスチック材料の劣化診断方法に関する;
ここで、サセプタンス増加率Z1=(劣化サンプルのサセプタンス測定値-対照サンプルのサセプタンス測定値)÷(対照サンプルのサセプタンス測定値)であり、
サセプタンス増加率Y2=(被験サンプルのサセプタンス測定値-対照サンプルのサセプタンス測定値)÷(対照サンプルのサセプタンス測定値)である。
【0019】
本発明者は、化学薬品に浸漬することにより劣化させたFRP板又はPVDF板の静電容量を測定した結果、劣化が進んだFRP板又はPVDF板ほど、静電容量が増加する現象を確認した。また、そのような現象は、浸透性の高い腐食性薬液にFRP板又はPVDF板を浸漬した場合には確認できたが、硫酸のような浸透性が低い腐食性薬液にFRP板又はPVDF板を浸漬した場合には確認できなかった。
【0020】
劣化が進んだFRP板又はPVDF板は、機械的強度が低下するが、新品のFRP板又はPVDF板の静電容量測定値に対する劣化FRP板又はPVDF板の静電容量測定値の比(すなわち、劣化サンプルの測定値/新品サンプルの測定値)と、機械的強度との間には相関性が認められた。そして、静電容量の代わりにアドミタンス又はサセプタンスを測定した場合についても、静電容量と同様の傾向が確認された。
【0021】
本発明では、複数の劣化サンプルを作成し、複数の劣化サンプル及び対照サンプル(新品サンプル)について、曲げ強度試験のような破壊試験(機械的強度試験)を行い、劣化サンプルと対照サンプルについて(劣化サンプルの測定値/対照サンプルの測定値)と機械的強度との関係式(近似式)を確認する。そうすれば、(被験サンプルの測定値/対照サンプルの測定値)を近似式に代入することにより、被験サンプルの機械的強度を判定することが可能である。
【0022】
本発明において、工程A1~E1、工程A2~E2、又は工程A3~E3を順次実行する必要はない。例えば、新設されたFRP構造物又はPVDF構造物のようなプラスチック材料からなる構造物を診断対象とする場合には、工程E1、E2又はE3以外の工程を先に実行し、工程E1、E2又はE3を定期的に実行することが好ましい。一方、既設のFRP構造物又はPVDF構造物等を診断対象とする場合には、工程E1、E2又はE3をすぐに実行し得るため、FRP又はPVDFのようなプラスチック材料の劣化を早期に診断することが好ましい。
【0023】
FRP被験サンプルは、機械的強度を予測すべき対象サンプルであり、通常は、貯水槽又は反応槽のような構造物の外表面の一部分となる。また、PVDF被験サンプルは、通常は、薬液ポンプの一部分である。このような場合、静電容量、アドミタンス又はサセプタンスの測定対象として好適な部分について、本発明を実施する。すなわち、構造物の外表面の平坦な部分に測定センサを取り付けて静電容量、アドミタンス又はサセプタンスを測定する。
【0024】
一方、対照サンプル及び劣化サンプルは、それぞれ被験サンプルと同じ材質の新品サンプル及び当該新品サンプルを化学的に劣化させたサンプルである。そして、対照サンプル及び劣化サンプルと同じ測定条件で、FRP構造物又はPVDF構造物の外表面の平坦な一部分の温度変化を測定する。
【0025】
FRP構造物又はPVDF構造物等の一部分が取り外し可能である場合には、測定作業の容易の観点から取り外された一部分の静電容量、アドミタンス又はサセプタンスを測定してもよい。本発明の方法は、被験サンプルと対照サンプルの静電容量の測定を同時に行わなくても、測定値の再現性が高い点で特許文献5に開示されている方法よりも優れている。
【0026】
FRP構造物又はPVDF構造物等は、定期的に劣化の有無を診断することが好ましい。そのため、対照サンプル及び劣化サンプルについて静電容量、アドミタンス又はサセプタンス測定及び機械的強度を測定しておき、被験サンプルの測定結果が機械的強度の許容範囲内であることを定期的に確認することが好ましい。
【0027】
本発明において、劣化サンプル及び対照サンプルの機械的強度は、公知の強度試験である曲げ試験、引張試験又は圧縮試験を採用し得る。
【0028】
浸透性の高い腐食性薬液は、塩酸、硝酸、フッ化水素酸又は水酸化ナトリウムの水溶液であることが好ましい。
【0029】
腐食性薬液であっても、硫酸のような浸透性の低い薬液にFRP板又はPVDF板を浸漬して劣化させた場合には、静電容量、アドミタンス又はサセプタンスはほぼ変化せず、(劣化サンプルの測定値/新品サンプルの測定値)と機械的強度との間に相関性は確認できなかった。
【0030】
前記被験サンプル、前記対照サンプル及び前記劣化サンプルの材質は、FRP又はPVDFであることが好ましい。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、浸透性の高い腐食性薬液によるFRP又はPVDFのようなプラスチック材料の機械的強度の低下の有無を、非破壊的、かつ、高い再現性で正確に検査し得る。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】FRP対照サンプル及び60℃の1%水酸化ナトリウム水溶液に6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプルの外観写真を示す。
【
図2】65℃の32%硫酸に6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプル、60℃の10%硫酸に6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプル及び60℃の37%塩酸に6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプルの外観写真を示す。
【
図3】60℃の37%塩酸に1~6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプルの静電容量の変化を示すグラフである。
【
図4】複数のFRP劣化サンプル(塩酸浸漬)について、静電容量増加率と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
【
図5】複数のFRP劣化サンプル(水酸化ナトリウム水溶液浸漬)について、静電容量増加率と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
【
図6】複数のFRP劣化サンプル(硫酸浸漬)について、静電容量増加率と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
【
図7】複数のFRP劣化サンプル(水浸漬)について、静電容量増加率と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
【
図8】PVDF対照サンプル及び60℃の37%塩酸に浸漬させたPVDF劣化サンプルの外観写真を示す。
【
図9】60℃の37%塩酸に438日間浸漬させたPVDF劣化サンプルの静電容量の変化を示すグラフである。
【
図10】複数のPVDF劣化サンプル(37%塩酸浸漬)について、静電容量増加率と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
【
図11】60℃の37%塩酸に6ヶ月間に浸漬することにより作製されたFRP劣化サンプルについて、浸漬期間と、静電容量、アドミタンス及びサセプタンスの測定値の比率との関係をプロットしたグラフである。
【
図12】60℃の37%塩酸に浸漬することにより作製されたFRP劣化サンプルについて、アドミタンス及びサセプタンス測定値の増加率と、曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら説明する。本発明は、以下の記載に限定されない。
【0034】
<FRPサンプルに関する実験>
(FRP対照サンプル)
FRP対照サンプルとして、ビニルエステル樹脂で(昭和電工株式会社、リポキシ(登録商標)、型番R806)サーフェイスマット(セントラルグラスファイバー株式会社、FC-30C)、チョップドストランドマット(日東紡績株式会社、MC450A-104SS)を挟持させた試験片を使用した(板厚約3mm)。試験片は、8×10cmの長方形にカットされている。
【0035】
(FRP劣化サンプルの作製/酸処理又は水による劣化)
FRP対照サンプルと同じFRP試験片を複数枚用意した。精製水、10%塩酸、37%塩酸、10硫酸%、32%硫酸又は64%硫酸をプラスチック製容器内に用意した。37%塩酸についてはFRP試験片を4枚ずつ、それ以外については6枚ずつ浸漬させて密封した後、精製水又は32%硫酸については65℃、それ以外については60℃の恒温槽内で静置した。37%塩酸については1、2、3、6ヶ月経過毎、それ以外については1ヶ月経過毎に、FRP試験片1枚を容器内から取り出した。静置終了後、容器内からFRP試験片を取り出し、精製水を用いて洗浄し、室温で1日以上静置することにより乾燥させた。このような操作によって得られたFRP試験片を、酸処理によるFRP劣化サンプルとした。
【0036】
(FRP劣化サンプルの作製/アルカリ処理による劣化)
FRP対照サンプルと同じFRP試験片を6枚用意した。1%水酸化ナトリウム水溶液又は15%水酸化ナトリウム水溶液をプラスチック製容器内に用意し、FRP試験片を浸漬させて密封した後、60℃の恒温槽内で静置した。1ヶ月経過毎に、FRP試験片1枚を容器内から取り出した。取り出されたFRP試験片は、精製水を用いて洗浄し、室温で1日以上静置することにより乾燥させた。このような操作によって得られたFRP試験片を、アルカリ処理によるFRP劣化サンプルとした。
【0037】
(FRP劣化サンプルの外観)
図1は、FRP対照サンプル及び60℃の1%水酸化ナトリウム水溶液に6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプルの外観写真を示す。
図2は、65℃の32%硫酸に6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプル、60℃の10%硫酸に6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプル及び60℃の37%塩酸に6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプルの外観写真を示す。酸又はアルカリに浸漬した場合、サンプル端部の断面から浸透した薬品により樹脂が劣化又は消失することによる白化が見られた。端部以外の平滑部において、1%水酸化ナトリウムは内部への浸透によるガラス繊維と樹脂のはく離に伴う白化、10%硫酸は表面樹脂の劣化によるサーフェイス繊維の露出、37%塩酸は全体の変色と表面の膨れといった変化が生じた。32%硫酸については10%硫酸と同様であるが、比較的程度の低い変化が見られた。
【0038】
(静電容量の測定)
FRP対照サンプル及びFRP劣化サンプルの静電容量を静電容量測定器(CM-113N、株式会社Y.E.I.製)によって測定した。当該測定値に接続した静電容量センサ(株式会社Y.E.I.製)を、常温下、FRP対照サンプル又はFRP劣化サンプルの表面に押し当てることにより、各サンプルの静電容量を測定した。
【0039】
(曲げ試験)
静電容量を測定後のFRP対照サンプル及びFRP劣化サンプルについて、JISK7017に基づく曲げ試験を行った。試験片として、浸漬サンプルの一部(長さ80mm、幅15mm)を切り取って使用した。曲げ試験における支点間距離は60mm、試験速度は2mm/min.とした。
【0040】
[FRPサンプルの静電容量測定結果]
図3は、60℃の37%塩酸に1~6ヶ月間浸漬させたFRP劣化サンプルの静電容量の変化を示すグラフである。浸漬期間0はFRP対照サンプルを示す。浸漬期間の増加に伴い、静電容量が増加する傾向があることが確認された。同様の傾向は、60℃の10%塩酸に浸漬させたFRP劣化サンプルについても同様の傾向が認められた。
【0041】
図4は、複数のFRP劣化サンプル(10%塩酸及び37%塩酸浸漬)について、静電容量増加率と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。ここで、横軸の「静電容量増加率」は、「(劣化サンプルの静電容量測定値(単位pF))÷(対照サンプルの静電容量測定値(単位pF))」である。また、縦軸の「曲げ強度保持率」とは、FRP対照サンプルの曲げ強度を「1」とした場合の、各FRP劣化サンプルの曲げ強度の相対値を意味する。
図4において、静電容量増加率と曲げ強度保持率との間には、有意な負の相関性が認められた。
【0042】
図5は、複数のFRP劣化サンプル(1%水酸化ナトリウム水溶液及び15%水酸化ナトリウム水溶液浸漬)について、静電容量増加率と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
図5においても、静電容量増加率と曲げ強度保持率との間には、有意な負の相関性が認められた。
【0043】
図6は、複数のFRP劣化サンプル(10%硫酸、32%硫酸及び64%硫酸浸漬)について、対照サンプルの静電容量測定値に対する劣化サンプルの静電容量測定値の比と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
図6においては、静電容量増加率と曲げ強度保持率との間には、有意な負の相関性は認められなかった。
【0044】
図7は、複数のFRP劣化サンプル(精製水浸漬)について、対照サンプルの静電容量測定値に対する劣化サンプルの静電容量測定値の比と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
図7においては、静電容量増加率と曲げ強度保持率との間には、有意な負の相関性は認められなかった。
【0045】
<PVDFサンプルに関する実験>
(PVDF対照サンプル)
PVDF対照サンプルとして、ARKEMA社製Kyner(登録商標)2850を射出成型することにより作製した短冊形状の試験片を使用した(1cm×8cm、板厚約3mm)。
【0046】
(PVDF劣化サンプルの作製/酸処理による劣化)
PVDF対照サンプルと同じPVDF試験片を5枚用意した。37%塩酸をプラスチック製容器内に用意し、PVDF試験片を浸漬させて密封した後、60℃の恒温槽内で静置した。100日、165日、222日、285日及び438日経過時に、PVDF試験片1枚を容器内から取り出した。取り出されたPVDF試験片は、精製水を用いて洗浄し、室温で1日以上静置することにより乾燥させた。このような操作によって得られたPVDF試験片を、酸処理によるPVDF劣化サンプルとした。
【0047】
(PVDF劣化サンプルの外観)
図8は、PVDF対照サンプル及び60℃の37%塩酸に浸漬させたPVDF劣化サンプルの外観写真を示す。塩酸に浸漬することにより、サンプル表面が劣化することによる褐色化が見られた。
【0048】
(静電容量及び曲げ試験)
PVDFサンプルの静電容量の測定及び曲げ試験は、FRPサンプルの場合と同じ方法によって行った。
【0049】
[PVDFサンプルの静電容量測定結果]
図9は、60℃の37%塩酸に438日間浸漬させたPVDF劣化サンプルの静電容量の変化を示すグラフである。浸漬期間0はPVDF対照サンプルを示す。浸漬期間の増加に伴い、静電容量が増加する傾向があることが確認された。しかし、静電容量の増加は、FRPサンプルの場合よりも少ない傾向が認められた。
【0050】
図10は、複数のPVDF劣化サンプル(37%塩酸浸漬)について、静電容量増加率と曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。
図10において、静電容量増加率と曲げ強度保持率との間には、有意な負の相関性が認められた。
【0051】
<アドミタンス及びサセプタンスの測定>
静電容量の測定に使用した静電容量測定器によって、アドミタンス及びサセプタンスを測定した。
【0052】
図11は、60℃の37%塩酸に浸漬することにより作製されたFRP劣化サンプルについて、浸漬期間と、静電容量(単位pF)、アドミタンス(単位μS)及びサセプタンス(単位μS)の測定値の比率との関係をプロットしたグラフである。ここで、縦軸の「比率」とは、劣化サンプルの測定値の、対照サンプルの測定値に対する比(すなわち、劣化サンプルの測定値/対照サンプルの測定値)を意味する。
図11に示されるように、同じFRP劣化サンプルの静電容量、アドミタンス及びサセプタンスの測定値の比率は、ほぼ同じであることが確認された。
【0053】
図12は、60℃の37%塩酸に浸漬することにより作製されたFRP劣化サンプルについて、アドミタンス及びサセプタンス測定値の増加率と、曲げ強度保持率との関係をプロットしたグラフである。アドミタンス比と曲げ強度保持率との間の相関係数は-0.790であり、サセプタンス比と曲げ強度保持率との間の相関係数は-0.834であった。すなわち、アドミタンス比と曲げ強度保持率、及びサセプタンス比と曲げ強度保持率との間には、有意な負の相関性が認められた。
【0054】
[本発明と超音波探傷法との比較]
FRP劣化サンプルのうち、1%水酸化ナトリウム水溶液(60℃、6ヶ月)、15%水酸化ナトリウム水溶液(60℃、6ヶ月)、10%硫酸(60℃、6ヶ月)及び37%塩酸(60℃、6ヶ月)に浸漬して作製されたFRP劣化サンプルについて、超音波探傷法によるエコー減衰を以下の方法によって測定した。
【0055】
超音波エコーの測定には、可搬型超音波探傷器(菱電湘南エレクトロニクス株式会社、UI25S)、探傷プローブには5MHz狭帯域型垂直探触子(ジャパンプローブ株式会社、HC10K5N)を使用した。設定条件としての音速は実測に基づいて2150m/sとし、ゲインはピークが飽和しない程度として9dBとした。FRP対照サンプル及びFRP劣化サンプルについて、測定点はランダムに20点を抽出し、その平均値、最大値、最小値を記録した。
【0056】
表1は、4種類のFRP劣化サンプルについて、曲げ強度保持率、エコー強度比及び静電容量比を示す。エコー強度比は、FRP対照サンプルのエコー強度を「1」とした場合の相対値を示す。静電容量比は、FRP劣化サンプルの静電容量測定値÷FRP対照サンプルの静電容量測定値を示す。
【0057】
37%塩酸によるFRP劣化サンプルの場合、曲げ強度保持率がFRP対照サンプルの30%未満にまで低下しても、エコー強度比は約1と変動せず、エコー強度比によっては機械的強度の低下を予測し得なかった。一方、静電容量比は10を超えており、静電容量比によって機械的強度の低下を予測し得た。
【0058】
FRPに対する浸透性に乏しい10%硫酸によるFRP劣化サンプルは、曲げ強度保持率が約35%低下しても静電容量はほぼ変動せず、機械的強度の低下を予測し得なかった。一方、エコー強度比は約40%低下しており、エコー強度比によって機械的強度の低下を予測し得た。
【0059】
このように、本発明のプラスチック材料の劣化診断方法は、浸透性の高い腐食性薬液によるプラスチック材料の機械的強度の低下を超音波探傷法よりも正確に診断し得ることが確認された。また、本発明のプラスチック材料の劣化診断方法は、静電容量、アドミタンス又はサセプタンスの測定は、特許文献5の劣化診断方法よりも気温の影響を受けにくいため、構造物の一部分が取り外し可能である場合に、対照サンプルと被験サンプル(取り外された構造物一部分)とを並べ、同時に静電容量、アドミタンス又はサセプタンスを測定しなくても、測定誤差が小さい。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の劣化診断方法は、FRP又はPVDFのようなプラスチック材料について、浸透性の高い腐食性薬液による劣化による機械的強度の低下を、非破壊的に、高い再現性で正確に診断し得る診断方法として、耐食機器の設計、化学工業等の技術分野において有用である。