(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022064234
(43)【公開日】2022-04-25
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220418BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20220418BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20220418BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20220418BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/60
C21D9/46 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020172861
(22)【出願日】2020-10-13
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】西田 修司
(72)【発明者】
【氏名】戸畑 潤也
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA05
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA16
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA02
4K037FA03
4K037FB00
4K037FF02
4K037FF03
4K037FG00
4K037FJ07
4K037FK02
4K037FK03
4K037FK06
4K037FM04
(57)【要約】
【課題】高い強度と優れた穴拡げ性とを有し、鋼自体の耐食性にも優れる鋼板を提供する。
【解決手段】所定の成分組成としたうえで次式(1)を満足させ、さらに、マルテンサイト相の体積率が90%以上であり、円相当直径で1.0μm以上の析出物粒子の個数密度が3000個/mm2以下であり、前記マルテンサイト相の下部構造であるパケットのサイズが2500μm2以下であり、転位密度が1.20×1016/m2以上1.80×1016/m2以下である、金属組織とする。
0.100 ≦ C+0.5×N ≦ 0.240 ・・・(1)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.080~0.220%、
Si:0.01~1.50%、
Mn:0.01~2.50%、
P:0.050%以下、
S:0.020%以下、
Cr:9.0~14.0%、
Al:0.50%以下、
Ni:0.01~1.50%および
N:0.010~0.080%
であり、かつ、次式(1)を満足し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
マルテンサイト相の体積率が90%以上であり、かつ、
円相当直径で1.0μm以上の析出物粒子の個数密度が3000個/mm2以下であり、
前記マルテンサイト相の下部構造であるパケットのサイズが2500μm2以下であり、
転位密度が1.20×1016/m2以上1.80×1016/m2以下である、金属組織を有し、
引張強さが1470MPa以上で、かつ、穴拡げ率が25%以上である、鋼板。
0.100 ≦ C+0.5×N ≦ 0.240 ・・・(1)
ここで、式中の元素記号はそれぞれ、成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:2.00%以下、
Co:2.00%以下、
Mo:2.00%以下および
W:2.00%以下
のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.30%以下、
Nb:0.30%以下、
V:0.30%以下および
Zr:0.30%以下
のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
B:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
Ca:0.0030%以下、
Y:0.20%以下、
REM(希土類金属):0.20%以下、
Sn:0.50%以下および
Sb:0.50%以下
のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項1~3のいずれかに記載の鋼板。
【請求項5】
自動車骨格構造部材用である、請求項1~4のいずれかに記載の鋼板。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の鋼板を製造するための方法であって、
請求項1~4のいずれかに記載の成分組成を有する素材鋼板を準備する工程と、
前記素材鋼板に焼入れ処理を施し、焼入れ鋼板を得る工程と、
前記焼入れ鋼板に焼戻し処理を施し、焼戻し鋼板を得る工程と、をそなえ、
前記焼入れ処理では、前記素材鋼板を、1050℃以上1150℃以下の温度範囲で5秒~3分間保持し、保持終了時点から150℃へ到達するまでの冷却時間を15分間以内として冷却し、
前記焼戻し処理では、前記焼入れ鋼板を、350℃以上450℃以下の温度範囲で5秒~3分間保持する、鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い強度と優れた穴拡げ性を有し、かつ、鋼自体の優れた耐食性を有する鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
二酸化炭素の排出量抑制という観点から、自動車の燃費向上が要求されている。自動車の燃費向上には、車体重量の低減、特に、ピラーやサイドシル等に代表される自動車骨格構造部材の重量の低減が効果的である。そのため、自動車骨格構造部材では、組織硬化鋼板、析出硬化鋼板、TRIP(変態誘起塑性)鋼板等の高強度鋼板の使用による薄肉軽量化が進められている。
【0003】
このような高強度鋼板として、例えば、特許文献1には、
「化学組成が、質量%で、C:0.04%以上0.50%未満、Si:0.10%以上3.0%未満、Mn:1.5~8.0%、P:0.10%以下、S:0.030%以下、sol.Al:0.01~2.0%、N:0.010%以下、Ti:0~0.20%、Nb:0~0.10%、V:0~0.50%、Cr:0%以上1.0%未満、Mo:0~0.50%、Ni:0~1.0%、B:0~0.0050%、Ca:0~0.020%、Mg:0~0.020%、REM:0~0.020%、Cu:0~1.0%、Bi:0~0.020%、残部:Feおよび不純物であり、下記(i)式を満足し、
金属組織が、面積%で、マルテンサイト:60.0~95.0%、ポリゴナルフェライト:2.0~25.0%、残留オーステナイト:3.0~35.0%、残部:15.0%以下であって、かつ、ポリゴナルフェライトの平均粒径:0.3~10.0μm、残留オーステナイトの平均粒径:1.0μm以下であり、下記(ii)式を満足する、高強度鋼板。
0.5≦Si+sol.Al≦3.0 ・・・(i)
0.25<[Mn]PF/[Mn]M<0.70 ・・・(ii)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼板中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、上記(ii)式中の各記号の意味は以下のとおりである。
[Mn]PF:ポリゴナルフェライト中の平均Mn濃度(質量%)
[Mn]M:マルテンサイト中の平均Mn濃度(質量%)」
が開示されている。
【0004】
特許文献2には、
「質量%で、C:0.05~0.15%、Si:1.5%以下、Mn:2.00~5.00%、P:0.100%以下、S:0.010%以下、Al:0.001~2.000%、N:0.010%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
下記式(1)で定義されるCeqが0.21未満であり、
面積率で98%以上のマルテンサイトを含有し、残部組織が面積率で2%以下であり、
下記式(2)で定義される2次元均質分散比Sが0.85以上1.20以下であり、
引張強度が1200MPa以上である、高強度鋼板。
Ceq=C+Si/90+(Mn+Cr)/100+1.5P+3S 式(1)
S=Sy2/Sx2 式(2)
ここで、式(1)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入され、元素を含まない場合は0が代入され、式(2)中のSx2は板幅方向のMn濃度プロファイルデータの分散値であり、Sy2は板厚方向のMn濃度プロファイルデータの分散値である。」
が開示されている。
【0005】
特許文献3には、
「質量%で、C:0.140%超、0.400%未満、Si:0.35%超、1.50%未満、Mn:1.50%超、4.00%未満、P:0.100%以下、S:0.010%以下、Al:0.100%以下、N:0.0100%以下、Ti:0%以上、0.050%未満、Nb:0%以上、0.050%未満、V:0%以上、0.50%以下、Cr:0%以上、1.00%以下、Mo:0%以上、0.50%以下、B:0%以上、0.0100%以下、Ca:0%以上、0.0100%以下、Mg:0%以上、0.0100%以下、REM:0%以上、0.0500%以下、Bi:0%以上、0.050%以下、を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
表面から板厚の1/4の位置における組織が、体積率で、70.0%以上の焼戻しマルテンサイトと、3.0%超10.0%未満の残留オーステナイトと、合計で25.0%以下のフェライトおよびベイナイトと、5.0%以下のマルテンサイトと、を含み、
前記表面から25μmの位置における組織が、体積率で、合計で70%以上のフェライトおよびベイナイトと、合計で30%以下のマルテンサイトおよび焼戻しマルテンサイトと、を含み、
前記表面から25μmの位置において、前記マルテンサイトおよび前記焼戻しマルテンサイトの平均粒径が5.0μm以下であり、
引張強度が1310MPa以上であり、均一伸びが5.0%以上であり、90°V曲げでの限界曲げ半径Rと板厚tの比であるR/tが5.0以下であることを特徴とする、高強度冷延鋼板。」
が開示されている。
【0006】
特許文献4には、
「質量%で、C:0.030%以上0.20%未満、Si:0.01%以上2.0%以下、Mn:0.01%以上3.0%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Cr:10.0%以上16.0%以下、Ni:0.01%以上0.80%以下、Al:0.001%以上0.50%以下、Zr:0.005%以上0.50%以下および N:0.030%以上0.20%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる、マルテンサイト系ステンレス鋼板。」
が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2017-145468号公報
【特許文献2】国際公開第2020/022477号
【特許文献3】国際公開第2019/181950号
【特許文献4】国際公開第2017/179346号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、近年、一部の自動車骨格構造部材では、引張強さを1470MPa程度にまで高めながら、穴拡げ性に代表される加工性と優れた耐食性とを両立することが求められる場合がある。
【0009】
このような場合に、特許文献1~3に開示される鋼板において所望の耐食性を確保するには、鋼板表面に亜鉛めっきを施すことが必要となる。しかし、自動車骨格構造部材などの部材は、一般的に、鋼板をせん断加工や打ち抜き加工により、所定のサイズに切断し、そのうえで、プレス成形などにより所定の形状に加工して製造される。せん断加工や打ち抜き加工により切断された鋼板の端面では、地鉄が露出するために、十分な耐食性が得られないという問題がある。
【0010】
また、特許文献4に開示される鋼板では、鋼自体の耐食性が高いために、特許文献1~3のような問題は生じない。しかし、引張強さを1470MPa程度にまで高めると、十分な穴拡げ性が得られないという問題がある。
【0011】
このように、引張強さを1470MPa程度にまで高めながら、穴拡げ性と鋼自体の耐食性とを高めた鋼板は開発されていない。そのため、これらの特性を兼ね備えた鋼板の開発が求められているのが現状である。
【0012】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたものであって、高い強度と優れた穴拡げ性とを有し、具体的には、引張強さが1470MPa以上で、かつ、穴拡げ率が25%以上であり、鋼自体の耐食性にも優れる鋼板を提供することを目的とする。
また、本発明は、上記の鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【0013】
ここで、引張強さは、JIS Z 2241に準拠して測定される引張強さである。具体的には、以下の方法により、引張強さを測定する。
すなわち、鋼板から、圧延方向と直角な方向(C方向)が長手方向となるように、JIS Z 2241に準拠したJIS5号試験片を作製する。その後、JIS Z 2241に準拠した引張試験を行い、引張強さを測定する。なお、引張速度は25mm/分、標点間距離は50mmとする。
【0014】
穴拡げ率は、JIS Z 2256に準拠して測定される穴拡げ率である。具体的には、以下の方法により、穴拡げ率を測定する。
すなわち、鋼板から、50mm角サイズの試験片を切り出した後、試験片の中心で、直径10mmの打抜き用パンチを用いて穴を打抜く。なお、クリアランスは、JIS Z 2256に準拠し、板厚に応じて11.0~13.0%の範囲で設定する。その後、JIS Z 2256に準拠した穴拡げ試験を実施する。穴拡げ試験では、先端の角度が60°の円錐状のパンチを用い、打抜き穴の入側面から打ち抜き穴を押し広げ、試験片の厚さ方向に割れが貫通した瞬間にパンチを停止する。そして、ノギスを用いて穴の直径を測定し、次式により、穴拡げ率を算出する。
[穴拡げ率(%)]=([試験後の打抜き穴の直径(mm)]-10)/10×100
【0015】
なお、「鋼自体の耐食性に優れる」とは、以下の方法により測定した腐食減量が300g/m2以下であることを意味する。
すなわち、鋼板から、60mm×80mmサイズの試験片を切り出す。その後、試験面をエメリー紙で#320研磨仕上げとした後、アセトン中で5分間の超音波脱脂を行い、試験面の端部から5mmまでの領域、試験片の端面および試験片の裏面を防水テープでシール処理し、JASO M 609-91に準拠したサイクル腐食試験を実施する。ただし、JASO M 609-91に規定される条件から、噴霧する塩水の濃度を0.1mass%に、各サイクルの塩水噴霧・乾燥・湿潤の時間をそれぞれ0.5時間・1時間・1時間にそれぞれ変更して、合計600時間(240サイクル)の試験を実施する。
そして、試験後の試験片を、15mass%のクエン酸水素二アンモニウムを用いて除錆し、試験前後の試験片の重量差(g)を試験面のシール処理していない領域の面積(50mm×70mm=3500mm2=0.0035m2)で除して腐食減量(g/m2)を算出する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、鋭意検討を重ね、以下の知見を得た。
まず、発明者らは、種々の成分組成について検討を重ねたところ、9.0質量%以上のCrを含有させることが、鋼自体の耐食性を十分に高めるうえで最も有効であると考え得るに至った。
【0017】
ついで、発明者らは、9.0質量%以上のCrを含有させた成分組成において、高い強度と優れた穴拡げ性を両立すべく、検討を重ねた。
その結果、発明者らは、
・上述したCrの含有量に加え、CおよびNの含有量を適切に調整する、具体的には、Cr:9.0~14.0質量%とし、かつ、C:0.080~0.220質量%およびN:0.010~0.080質量%とし、さらに、CおよびNの含有量について、0.100 ≦ C+0.5×N ≦ 0.240の関係を満足させたうえで、
・金属組織を、マルテンサイト相主体の組織とし、また、鋼板の強度および穴拡げ性の低下を招く炭化物、窒化物および炭窒化物などの析出物の析出を抑制し、さらにマルテンサイト相の下部構造であるパケットのサイズ(以下、パケットサイズともいう)を微細化し、かつ、鋼中の歪み、換言すれば転位密度を適切な範囲に制御した、組織とすることによって、鋼自体の優れた耐食性を得ながら、高い強度と優れた穴拡げ性とを両立することができるとの知見を得た。
【0018】
また、発明者らは、上記の成分組成にするとともに、製造条件、特に、焼入れ処理条件および焼戻し処理条件を以下のように制御することにより、上記の金属組織が得られ、その結果、鋼自体の優れた耐食性を得ながら、高い強度と優れた穴拡げ性とを両立することができるとの知見を得た。
(焼入れ条件)
保持温度:1050℃以上1150℃以下
保持時間:5秒~3分間
保持終了時点から150℃へ到達するまでの冷却時間:15分間以内
(焼戻し条件)
保持温度:350℃以上450℃以下
保持時間:5秒~3分間
【0019】
すなわち、9.0質量%以上のCrを含有させた成分組成において、高い強度を得るためには、当該成分組成にCおよびNを一定量含有させ、金属組織をマルテンサイト相主体の組織とすることが有効である。そして、金属組織をマルテンサイト相主体の組織とするには、製造プロセスにおいて、鋼中に十分量のCおよびNを固溶させたうえで急冷する焼入れ処理を行うことが必要である。
しかし、上記の成分組成において、一般的な条件の焼入れ処理を行うと、十分な穴拡げ性が得られなかった。
そこで発明者らは、さらに検討を重ね、特に、
・Cr、CおよびNの含有量の上限値をそれぞれ、14.0質量%、0.220質量%および0.080質量%に制限し、かつ、C+0.5×Nの上限値を0.240に制限し、
・焼入れ処理の保持温度を1050℃以上1150℃以下の範囲とし、かつ、保持時間を5秒~3分間の短時間とすることにより、焼入れ処理の保持中におけるオーステナイト粒の粗大化を抑制する、すなわち、最終製品となる鋼板において観察されるパケットの粗大化を抑制しながら、炭窒化物を鋼中へ十分に固溶させ、
・焼戻し処理の保持温度を350℃以上450℃以下の範囲とし、かつ、焼戻し処理の保持時間を5秒~3分間の短時間とすることにより、当該焼戻し処理において、鋼中での炭窒化物の析出(換言すれば、固溶C量および固溶N量の減少)を抑制しながら、鋼板の歪みを除去する、
ことが有効であり、
これらの相乗効果によって、鋼自体の優れた耐食性を得ながら、高い強度と優れた穴拡げ性を両立した鋼板を得ることができる、との知見を得た。
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0020】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.080~0.220%、
Si:0.01~1.50%、
Mn:0.01~2.50%、
P:0.050%以下、
S:0.020%以下、
Cr:9.0~14.0%、
Al:0.50%以下、
Ni:0.01~1.50%および
N:0.010~0.080%
であり、かつ、次式(1)を満足し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
マルテンサイト相の体積率が90%以上であり、かつ、
円相当直径で1.0μm以上の析出物粒子の個数密度が3000個/mm2以下であり、
前記マルテンサイト相の下部構造であるパケットのサイズが2500μm2以下であり、
転位密度が1.20×1016/m2以上1.80×1016/m2以下である、金属組織を有し、
引張強さが1470MPa以上で、かつ、穴拡げ率が25%以上である、鋼板。
0.100 ≦ C+0.5×N ≦ 0.240 ・・・(1)
ここで、式中の元素記号はそれぞれ、成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
【0021】
2.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:2.00%以下、
Co:2.00%以下、
Mo:2.00%以下および
W:2.00%以下
のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、前記1に記載の鋼板。
【0022】
3.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.30%以下、
Nb:0.30%以下、
V:0.30%以下および
Zr:0.30%以下
のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、前記1または2に記載の鋼板。
【0023】
4.前記成分組成が、さらに、質量%で、
B:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
Ca:0.0030%以下、
Y:0.20%以下、
REM(希土類金属):0.20%以下、
Sn:0.50%以下および
Sb:0.50%以下
のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、前記1~3のいずれかに記載の鋼板。
【0024】
5.自動車骨格構造部材用である、前記1~4のいずれかに記載の鋼板。
【0025】
6.前記1~5のいずれかに記載の鋼板を製造するための方法であって、
前記1~4のいずれかに記載の成分組成を有する素材鋼板を準備する工程と、
前記素材鋼板に焼入れ処理を施し、焼入れ鋼板を得る工程と、
前記焼入れ鋼板に焼戻し処理を施し、焼戻し鋼板を得る工程と、をそなえ、
前記焼入れ処理では、前記素材鋼板を、1050℃以上1150℃以下の温度範囲で5秒~3分間保持し、保持終了時点から150℃へ到達するまでの冷却時間を15分間以内として冷却し、
前記焼戻し処理では、前記焼入れ鋼板を、350℃以上450℃以下の温度範囲で5秒~3分間保持する、鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、高い強度と優れた穴拡げ性を有し、鋼自体の耐食性にも優れる鋼板を得ることができる。
また、本発明の鋼板は、連続焼鈍プロセスにより製造することができるので、製造性の面でも極めて有利である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】パケットサイズの測定方法を説明するための光学顕微鏡画像の一例であり、(a)はマルテンサイト相の領域のみを抽出した光学顕微鏡画像をモノクロ化(グレースケール化)した二値化像、(b)は比較的明るく結像された15%のピクセルを抽出した後の二値化像、(c)は独立した二値化領域の面積の測定に使用した二値化像である。また、(d)、(e)および(f)はそれぞれ、参考のため、(a)、(b)および(c)の一部の領域を拡大したものである。
【
図2】パケットサイズの測定に使用した倍率:250倍の光学顕微鏡画像の一例であり、(a)は試験No.1-1、(b)は試験No.1-7、(c)は試験No.1-8のものである。
【
図3】粗大析出物粒子の個数密度の測定した倍率:5000倍の光学顕微鏡画像の一例であり、(a)は試験No.1-1、(b)は試験No.1-7、(c)は試験No.1-8のものである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明を、以下の実施形態に基づき説明する。
まず、本発明の一実施形態に係る鋼板の成分組成について、説明する。なお、成分組成における単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り、単に「%」で示す。
【0029】
C:0.080~0.220%
Cは、焼入れ処理においてマルテンサイト相の生成を促進し、鋼板の強度を高める効果がある。また、Cは、マルテンサイト相中に固溶して鋼板の強度をより高める効果がある。ここで、C含有量が0.080%未満では、これらの効果が十分には得られない。しかし、C含有量が0.220%を超えると、焼入れ処理において未固溶状態で残存する炭窒化物が多くなり、これが破壊起点となって、鋼板の穴拡げ性が低下する。そのため、C含有量は0.080~0.220%の範囲とする。C含有量は、好ましくは0.100~0.150%の範囲である。C含有量は、より好ましくは0.125~0.135%の範囲である。
【0030】
Si:0.01~1.50%
Siは、鋼溶製時に脱酸剤として作用する元素である。また、Siには、鋼板の強度を高める効果がある。これらの効果を得るため、Si含有量を0.01%以上とする。しかし、Si含有量が1.50%を超えると、鋼板にフェライト相が生成しやすくなり、鋼板の強度と穴拡げ性が低下する。そのため、Si含有量は0.01~1.50%の範囲とする。Si含有量は、好ましくは0.20~0.60%の範囲である。Si含有量は、より好ましくは0.30~0.40%の範囲である。
【0031】
Mn:0.01~2.50%
Mnは、鋼板の強度を高める効果がある。この効果を得るため、Mn含有量を0.01%以上とする。しかし、Mn含有量が2.50%を超えると、鋼板の耐食性が低下する。そのため、Mn含有量は0.01~2.50%の範囲とする。Mn含有量は、好ましくは0.40~0.80%の範囲である。Mn含有量は、より好ましくは0.40~0.55%の範囲である。
【0032】
P:0.050%以下
Pは、鋼を脆化させ、鋼板の製造性を低下させる元素である。そのため、Pは、可能な限り低減することが望ましい。よって、P含有量は0.050%以下とする。P含有量は、好ましくは0.040%以下、より好ましくは0.030%以下である。
【0033】
S:0.020%以下
Sは、MnS等の硫化物系介在物として鋼中に存在して、鋼板の耐食性を低下させる元素である。そのため、Sは、可能な限り低減することが望ましく、特にS含有量が0.020%を超えると、その影響が大きくなる。
よって、S含有量は0.020%以下とする。S含有量は、好ましくは0.015%以下である。
【0034】
Cr:9.0~14.0%
Crは、鋼板の耐食性の向上に寄与する元素である。しかし、Cr含有量が14.0%を超えると、鋼板にフェライト相が生成しやすくなり、鋼板の強度と穴拡げ性が低下する。そのため、Cr含有量は9.0~14.0%の範囲とする。Cr含有量は、好ましくは10.5~13.5%の範囲である。Cr含有量は、より好ましくは12.0~13.0%の範囲である。
【0035】
Al:0.50%以下
Alは、Siと同様に脱酸剤として作用する元素である。この効果を得るため、Al含有量を0.001%以上とすることが好ましい。しかし、Al含有量が0.50%を超えると、鋼板にフェライト相が生成しやすくなり、鋼板の強度と穴拡げ性が低下する。そのため、Al含有量は0.50%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.30%以下、より好ましくは0.05%以下である。
【0036】
Ni:0.01~1.50%
Niは、焼入れ処理においてフェライト相の生成を抑制する元素である。つまり、Niは、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。この効果を得るため、Ni含有量を0.01%以上とする。しかし、Ni含有量が1.50%を超えると、応力腐食割れを起こしやすくなる。そのため、Ni含有量は0.01~1.50%の範囲とする。Ni含有量は、好ましくは0.03~0.60%の範囲である。Ni含有量は、より好ましくは0.05~0.20%の範囲である。
【0037】
N:0.010~0.080%
Nは、Cと同様に、焼入れ処理においてマルテンサイト相の生成を促進し、鋼板の強度を高める効果がある。また、Nは、マルテンサイト相中に固溶して鋼板の強度をより高める効果がある。ここで、N含有量が0.010%未満では、これらの効果が十分には得られない。一方、N含有量が0.080%を超えると、焼入れ処理において未固溶状態で残存する炭窒化物が多くなり、これが破壊起点となって、鋼板の穴拡げ性が低下する。そのため、N含有量は0.010~0.080%の範囲とする。N含有量は、好ましくは0.020~0.060%の範囲である。N含有量は、より好ましくは0.025~0.040%の範囲である。
【0038】
また、本発明の一実施形態に係る鋼板では、各元素の含有量を上記の範囲に調整するとともに、次式(1)を満足させることが重要である。
0.100 ≦ C+0.5×N ≦ 0.240 ・・・(1)
ここで、式中の元素記号はそれぞれ、成分組成における各元素の含有量(質量%)である。
【0039】
C+0.5×N:0.100~0.240
本発明の一実施形態に従う鋼板の成分組成では、CおよびNの含有量をそれぞれ上記の範囲内とすることに加え、CおよびNの含有量について上掲式(1)を満足させることが必要である。すなわち、C+0.5×Nの値が0.100未満であると、CおよびNによるマルテンサイト相の固溶強化が不足し、鋼板の強度が低下する。一方、C+0.5×Nの値が0.240を超えると、焼入れ処理において未固溶状態で残存する炭窒化物が多くなり、これが破壊の起点となって、鋼板の穴拡げ性が低下する。そのため、C+0.5×Nの値は、上掲式(1)を満足する範囲、つまり0.100~0.240の範囲とする。C+0.5×Nの値は、好ましくは0.120~0.200の範囲である。C+0.5×Nの値は、より好ましくは0.140~0.160の範囲である。
【0040】
以上、本発明の一実施形態に係る鋼板の基本成分組成について説明したが、さらに、
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:2.00%以下、Co:2.00%以下、Mo:2.00%以下およびW:2.00%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、
Ti:0.30%以下、Nb:0.30%以下、V:0.30%以下およびZr:0.30%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、
ならびに/または、
B:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、Ca:0.0030%以下、Y:0.20%以下、REM(希土類金属):0.20%以下、Sn:0.50%以下およびSb:0.50%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、
を含有させることができる。
【0041】
Cu:2.00%以下
Cuは、鋼板の強度を高める効果がある。この効果は、Cu含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。Cu含有量は、より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.10%以上である。しかし、Cu含有量が2.00%を超えると、鋼中にε-Cu相が多く含まれるようになり、これが腐食の起点となって、鋼板の耐食性が低下する。そのため、Cuを含有させる場合、Cu含有量は2.00%以下とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.50%以下、さらに好ましくは0.20%以下である。
【0042】
Co:2.00%以下
Coは、鋼板の強度を高める効果がある。この効果は、Co含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。Co含有量は、より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.10%以上である。しかし、Co含有量が2.00%を超えると、鋼板の靱性が低下し、鋼板の穴拡げ性の低下を招く。そのため、Coを含有させる場合、Co含有量は2.00%以下とすることが好ましい。Co含有量は、より好ましくは0.50%以下、さらに好ましくは0.20%以下である。
【0043】
Mo:2.00%以下
Moは、鋼板の耐食性を向上させる元素である。この効果は、Mo含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。Mo含有量は、より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.10%以上、よりさらに好ましくは0.15%以上である。しかし、Mo含有量が2.00%を超えると、鋼板にフェライト相が生成しやすくなり、鋼板の強度と穴拡げ性が低下する。そのため、Moを含有させる場合、Mo含有量は2.00%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.80%以下、さらに好ましくは0.60%以下、よりさらに好ましくは0.45%以下である。
【0044】
W:2.00%以下
Wは、鋼板の耐食性を向上させる元素である。この効果は、W含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。W含有量は、より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.10%以上である。しかし、W含有量が2.00%を超えると、鋼板の靱性が低下し、鋼板の穴拡げ性の低下を招く。そのため、Wを含有させる場合、W含有量は2.00%以下とすることが好ましい。W含有量は、より好ましくは0.50%以下、さらに好ましくは0.20%以下である。
【0045】
Ti:0.30%以下
Tiは、CrよりもCおよびNとの親和力が高く、CおよびNと微細な炭窒化物を形成する元素である。そのため、Tiは、焼入れによる鋭敏化を防止して、鋼板の耐食性を向上させる効果がある。この効果は、Ti含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。Ti含有量は、より好ましくは0.02%以上、さらに好ましくは0.03%以上である。しかし、Ti含有量が0.30%を超えると、鋼板の靱性が低下し、鋼板の穴拡げ性の低下を招く。そのため、Tiを含有させる場合、Ti含有量は0.30%以下とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.20%以下、さらに好ましくは0.10%以下である。
【0046】
Nb:0.30%以下
Nbは、Tiと同様に、鋼板の耐食性を向上させる効果がある。この効果は、Nb含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。Nb含有量は、より好ましくは0.02%以上、さらに好ましくは0.03%以上である。しかし、Nb含有量が0.30%を超えると、鋼板の靱性が低下し、鋼板の穴拡げ性の低下を招く。そのため、Nbを含有させる場合、Nb含有量は0.30%以下とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.20%以下、さらに好ましくは0.10%以下である。
【0047】
V:0.30%以下
Vは、TiやNbと同様に、鋼板の耐食性を向上させる効果がある。この効果は、V含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。V含有量は、より好ましくは0.02%以上、さらに好ましくは0.03%以上である。しかし、V含有量が0.30%を超えると、鋼板の靱性が低下し、鋼板の穴拡げ性の低下を招く。そのため、Vを含有させる場合、V含有量は0.30%以下とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.20%以下、さらに好ましくは0.10%以下である。
【0048】
Zr:0.30%以下
Zrは、TiやNbと同様に、鋼板の耐食性を向上させる効果がある。この効果は、Zr含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。Zr含有量は、より好ましくは0.02%以上、さらに好ましくは0.03%以上である。しかし、Zr含有量が0.30%を超えると、鋼板の靱性が低下し、鋼板の穴拡げ性の低下を招く。そのため、Zrを含有させる場合、Zr含有量は0.30%以下とすることが好ましい。Zr含有量は、より好ましくは0.20%以下、さらに好ましくは0.10%以下である。
【0049】
B:0.0050%以下
Bは、熱間圧延時の鋼板の端部割れを防止し、鋼板の生産性を向上させる元素である。この効果は、B含有量が好ましくは0.0002%以上で得られる。B含有量は、より好ましくは0.0003%以上、さらに好ましくは0.0005%以上である。しかし、B含有量が0.0050%を超えると、熱間加工性が低下し、鋼板の製造性の低下を招く。そのため、Bを含有させる場合、B含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0030%以下、さらに好ましくは0.0020%以下である。
【0050】
Mg:0.0050%以下
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し、脱酸剤として作用する。この効果は、Mg含有量が好ましくは0.0005%以上で得られる。Mg含有量は、より好ましくは0.0010%以上である。一方、Mg含有量が0.0050%を超えると、鋼板の靱性が低下し、鋼板の穴拡げ性の低下を招く。そのため、Mgを含有する場合、Mg含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。Mg含有量は、より好ましくは0.0030%以下である。
【0051】
Ca:0.0030%以下
Caは、溶鋼中で酸化物を形成し、脱酸剤として作用する。この効果は、Ca含有量が好ましくは0.0003%以上で得られる。Ca含有量は、より好ましくは0.0005%以上、さらに好ましくは0.0007%以上である。しかし、Ca含有量が0.0030%を超えると、鋼中にCaSが多く生成し、これが腐食の起点となって、鋼板の耐食性が低下する。そのため、Caを含有させる場合、Ca含有量は0.0030%以下とすることが好ましい。Ca含有量は、より好ましくは0.0025%以下、さらに好ましくは0.0015%以下である。
【0052】
Y:0.20%以下
Yは、熱間圧延時の鋼板の端部割れを防止し、鋼板の生産性を向上させる元素である。この効果は、Y含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。Y含有量は、より好ましくは0.02%以上である。しかし、Y含有量が0.20%を超えると、熱間加工性が低下し、鋼板の製造性の低下を招く。そのため、Yを含有させる場合、Y含有量0.20%以下とすることが好ましい。Y含有量は、より好ましくは0.05%以下である。
【0053】
REM:0.20%以下
REM(Rare Earth Metals:希土類金属)は、熱間圧延時の鋼板の端部割れを防止し、鋼板の生産性を向上させる元素である。この効果は、REM含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。REM含有量は、より好ましくは0.02%以上である。しかし、REM含有量が0.20%を超えると、熱間加工性が低下し、鋼板の製造性の低下を招く。そのため、REMを含有させる場合、REM含有量は0.20%以下とすることが好ましい。REM含有量は、より好ましくは0.05%以下である。
【0054】
Sn:0.50%以下
Snは、熱間圧延時の鋼板の肌荒れを防止し、鋼板の生産性を向上させる元素である。この効果は、Sn含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。Sn含有量は、より好ましくは0.03%以上である。しかし、Sn含有量が0.50%を超えると、焼入れ時に焼割れが生じやすくなり、却って鋼板の生産性が低下する。そのため、Snを含有させる場合、Sn含有量は0.50%以下とすることが好ましい。Sn含有量は、より好ましくは0.20%以下である。
【0055】
Sb:0.50%以下
Sbは、熱間圧延時の鋼板の肌荒れを防止し、鋼板の生産性を向上させる元素である。この効果は、Sb含有量が好ましくは0.01%以上で得られる。Sb含有量は、より好ましくは0.03%以上である。しかし、Sb含有量が0.50%を超えると、焼入れ時に焼割れが生じやすくなり、却って鋼板の生産性が低下する。そのため、Sbを含有させる場合、Sb含有量は0.50%以下とすることが好ましい。Sb含有量は、より好ましくは0.20%以下である。
【0056】
上記以外の成分の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0057】
次に、本発明の一実施形態に係る鋼板の組織について、説明する。
本発明の一実施形態に係る鋼板の組織は、所望とする強度を得る観点から、マルテンサイト主体の組織、具体的にはマルテンサイト相の体積率が90%以上の金属組織により構成される。
【0058】
マルテンサイト相の体積率:90%以上
上述したように、所望とする強度を得るためには、マルテンサイト主体の組織、具体的にはマルテンサイト相の体積率を90%以上とする必要がある。マルテンサイト相の体積率は、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上である。マルテンサイト相の体積率は100%であってもよい。
なお、マルテンサイト相以外の残部組織としては、フェライト相やオーステナイト相が挙げられる。残部組織の体積率は、好ましくは10%以下、より好ましくは5%以下、さらに好ましくは2%以下である。残部組織の体積率は0%であってもよい。
【0059】
ここで、マルテンサイト相をはじめとした各相の体積率は、以下のようにして求める。
すなわち、供試材となる鋼板の板幅中央部から組織観察用の試験片を採取する。ついで、試験片の圧延方向断面を鏡面研磨後、ピクリン酸塩酸水溶液を用いてエッチングを行い、倍率:500倍の光学顕微鏡写真を10視野撮影する。撮影した光学顕微鏡写真において、組織形状とエッチング強度からマルテンサイト相とマルテンサイト相以外の組織を区別する(マルテンサイト相は、フェライト相よりエッチングされやすく、エッチング後の表面が粗くなる。そのため、同軸落射照明法にて顕微鏡観察を行うと、マルテンサイト相からの反射光量は比較的少なく、マルテンサイト相はフェライト相やオーステナイト相より暗く結像される。ついで、画像処理により、視野ごとに各相の面積率をそれぞれ算出する。ついで、視野ごとに得られた各相の面積率の算術平均値を算出し、その値を各相の体積率とする。
【0060】
なお、析出物(炭窒化物)や介在物などの粒子は、マルテンサイト相やフェライト相の内部に存在する。よって、上記した各相の体積率(面積率)の測定においては、析出物(炭窒化物)や介在物などの粒子については考慮しない(マルテンサイト相やフェライト相の体積率に含める)ものとする。
【0061】
円相当直径で1.0μm以上の析出物粒子の個数密度:3000個/mm2以下
鋼中の析出物粒子、特に粗大な炭窒化物は、破壊の起点となって、鋼板の穴拡げ性を低下させる。また、鋼中の析出物粒子は、鋼板の強度低下を招く場合もある。そのため、円相当直径で1.0μm以上の析出物粒子(以下、粗大析出物粒子ともいう)の個数密度は、3000個/mm2以下とすることが必要である。粗大析出物粒子の個数密度は、好ましくは2500個/mm2以下である。粗大析出物粒子の個数密度の下限は特に限定されず、粗大析出物粒子の個数密度は0個/mm2であってもよい。
なお、ここでいう炭窒化物は、金属元素とCおよび/またはNとの化合物である。金属元素としては、CrやFe、Mn、Ti、Nb、VおよびZrなどが挙げられる。また、炭窒化物には、2種以上の金属元素と、Cおよび/またはNとが複合している化合物も含まれる。
【0062】
また、粗大析出物粒子の個数密度は、焼入れ処理における保持温度が低いほど、また、保持時間が短いほど、多くなる。粗大析出物粒子の個数密度を上記の範囲とする、特に、炭窒化物を鋼中に十分に固溶させる観点から、焼入れ処理の保持温度を比較的高温にするとともに、保持時間を一定以上とすることが有効である。具体的には、焼入れ処理の保持温度を1050℃以上、保持時間を5秒間以上とすることが有効である。
【0063】
ここで、粗大析出物粒子の個数密度は、以下のようにして求める。
すなわち、各相の体積率の測定方法で作製する(鏡面研磨およびエッチング済みの)組織観察用の試験片について、倍率:5000倍の光学顕微鏡写真を10視野撮影する。得られた光学顕微鏡写真に含まれる粒子を任意の特定色(例えば、赤色)で塗り潰し、ついで、画像処理によって、特定色部を抽出する二値化処理を施す。ついで、画像解析によって抽出した特定色部の各析出物粒子の面積を測定する。そして、次式により各析出物粒子の円相当直径を算出する。
[析出物粒子の円相当直径(μm)]
=([析出物粒子の面積(μm2)]÷π)0.5×2
ついで、各光学顕微鏡写真で観察された円相当直径で1.0μm以上の析出物粒子の個数をカウントし、カウントした円相当直径で1.0μm以上の析出物粒子の個数を各光学顕微鏡写真の観察範囲面積で除することにより、各光学顕微鏡写真での粗大析出物粒子の個数密度を算出する。そして、10視野分の各光学顕微鏡写真での粗大析出物粒子の個数密度の算術平均値を、ここでいう粗大析出物粒子の個数密度とする。
【0064】
なお、粗大析出物粒子は基本的に炭窒化物であるが、光学顕微鏡写真にもとづく上述の画像処理では、粗大析出物粒子として同定した粒子に、炭窒化物以外の粒子、例えば、介在物粒子が含まれる場合がある。ただし、これらの粒子の数は、炭窒化物に比べて十分に少ない(通常、個数密度で150個/mm2以下)。また、これら粒子も、炭窒化物ほどではないものの、鋼板の穴広げ性を低下させる要因となり得る。よって、上記のようにして測定した粗大析出物粒子の個数密度が3000個/mm2以下であれば、カウントした粒子の一部に介在物粒子などが含まれていても特段の問題はない。
【0065】
パケットサイズ:2500μm2以下
マルテンサイト相の下部組織であるパケットが粗大になると、鋼の靱性が低下する。そのため、亀裂が進展しやすくなって、鋼板の穴拡げ性を低下させる。特に、パケットサイズが2500μm2を超えると、鋼板の穴拡げ性が大幅に低下する。そのため、パケットサイズは2500μm2以下とする。パケットサイズは、好ましくは2200μm2以下である。
【0066】
なお、パケットサイズは、焼入れ処理における保持温度が高いほど、また、保持時間が長いほどに大きくなる。そのため、パケットサイズを上記の範囲に制御するためには、焼入れ処理条件として、過度な高温域での保持を避け、かつ、保持時間を一定以下にすることが有効である。具体的には、焼入れ処理における保持温度を1150℃以下、保持時間を3分間以下とすることが有効である。
【0067】
また、パケットサイズは、以下のようにして求める。
すなわち、各相の体積率の測定方法で作製する(鏡面研磨およびエッチング済みの)組織観察用の試験片について、同軸落射照明法を用いて倍率:250倍の光学顕微鏡画像を10視野分取得する。
なお、取得する光学顕微鏡画像は、画素数を1194×1194ピクセルとし、撮影範囲の面積を1.12×1.12mmとする。
ついで、取得した光学顕微鏡画像に画像処理を施し、マルテンサイト相の領域とフェライト相の領域とを分離し、マルテンサイト相の領域のみを抽出する。ついで、マルテンサイト相の領域のみを抽出した光学顕微鏡画像をモノクロ化(グレースケール化)して二値化像を得る(
図1(a)および(d)参照)。そして、当該二値化像のマルテンサイト相の領域内で比較的明るく結像された15%のピクセル、すなわち、明度の大きい順に上位15%にあたる数のピクセルのみを抽出する(
図1(b)および(e)参照)。
ついで、当該二値化像に、八連結の条件で、1回の収縮処理、3回の膨張処理および2回の収縮処理をこの順番で施し、ノイズを除去する。ついで、当該二値化像において、二値化・ノイズ除去によって抽出されたピクセル同士が隣接(抽出されたピクセルの上、下、左、右、左上、右上、左下、右下のいずれかに抽出された他のピクセルがある状態)して存在する領域を、1つの独立した二値化領域として確定する(
図1(c)および(f)参照。なお、図中、白色部が独立した二値化領域である。)。そして、面積の大きい上位25番目までの独立した二値化領域の面積を測定し、これらの算術平均値を、当該視野でのパケットサイズとする。そして、10視野分のパケットサイズの算術平均値を、ここでいうパケットサイズとする。
【0068】
転位密度:1.20×1016/m2以上1.80×1016/m2以下
鋼中に多量の歪みが残存していると、打ち抜き加工時に打抜き端面周辺の金属組織が過度に硬質化し、穴拡げ性を低下させる。一方、鋼中に存在する歪みが過少であると、鋼の強度が低くなる。そのため、鋼中に存在する歪み量の指標である鋼中の転位密度を、1.20×1016/m2以上1.80×1016/m2以下とすることが必要である。
【0069】
なお、転位密度は、焼戻し処理における保持温度が高いほど、また、保持時間が長いほど、低下する。そのため、転位密度を上記の範囲に制御するためには、焼戻し処理における保持温度および保持時間を適切に制御することが有効である。具体的には、焼戻し処理における保持温度を350℃以上450℃以下の温度範囲とし、保持時間を5秒~3分間保持することが有効である。
【0070】
また、鋼中の転位密度は、Williamson-Hall法を用いて測定する。具体的には、以下のようにして転位密度を測定する。
すなわち、供試材となる鋼板の板幅中央部から試験片を採取する。ついで、試験片の表面を研磨して板厚1/4位置部を露出させ、鏡面研磨にて仕上げる。ついで、鏡面研磨面を、メタノール-2-nブトキシエタノール-過塩素酸混合溶液中での電解研磨によって、50~100μmの厚み分溶解させる。
ついで、上記の溶解面を評価面として、X線回折により、(110)面、(211)面および(220)面の各回折角度(θ)および各結晶面の回折ピークの半価幅βm(rad)を測定する。また、別途、標準試料としてLaB6の半価幅を測定する。そして、標準試料の半価幅の測定結果をもとに、歪みのない試料における半価幅βs(rad)と回折角度θとの関係を三次の多項式近似により求め、この関係から、歪みのない試料における各回折角度での半価幅βs(rad)を算出する。
そして、次式により、各回折ピークの半価幅βmを補正し、各回折ピークの補正後の半価幅β(rad)を得る。
β2=βm
2-βs
2
ここで、
βm:供試材となる鋼板から採取した試験片における各回折ピークの半価幅(rad)
βs:歪みのない試料における各回折角度での半価幅(rad)
である。
ついで、横軸をsinθ/λ、縦軸をβcosθ/λとしたグラフ上に、各回折ピークのsinθ/λに対するβcosθ/λをプロットする。そして、これらのプロットを最小二乗法により近似し、得られた近似直線の傾きを2で除した値を歪みεとする。なお、λはX線回折に用いたX線の波長(nm)、θは回折角度である。
ついで、次式により、転位密度ρ(/m2)を算出する。
ρ=14.4×ε2/b2
ここで、
ε:歪み
b:バーガーベクトル(0.25×10-9(m))
である。
【0071】
なお、本発明の一実施形態に係る鋼板の厚みは特に限定されるものではないが、製造性の観点から、0.5~4.0mmとすることが好適である。鋼板の厚みは、好ましくは1.0mm以上、より好ましくは1.4mm以上である。また、鋼板の厚みは、好ましくは3.0mm以下、より好ましくは2.0mm以下である。
【0072】
また、本発明の一実施形態に係る鋼板は、特に、自動車骨格構造部材用として好適である。
自動車骨格構造部材としては、ピラーやサイドシル等が挙げられる。また、自動車骨格構造部材は、例えば、本発明の一実施形態に係る鋼板を、せん断加工や打ち抜き加工により、所定のサイズに切断し、そのうえで、プレス成形などにより所定の形状に加工して製造することができる。
【0073】
次に、本発明の一実施形態に係る鋼板の製造方法について説明する。
まず、上記の成分組成を有する素材鋼板を準備する。
例えば、一態様としては、転炉、電気炉、真空溶解炉等の溶解炉で溶鋼を溶製し、上記の成分組成に調整した溶鋼を得る。ついで、溶鋼を、連続鋳造法または造塊-分塊法等により、鋼素材(鋼スラブ)とする。ついで、鋼素材に、熱間圧延を施して熱延鋼板とする。
ついで、上記の熱延鋼板に、熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍鋼板とする。得られた熱延焼鈍鋼板に、必要に応じて、酸洗やショットブラスト、表面研削等を行って脱スケール処理を施す。また、上記の熱延焼鈍鋼板に、必要に応じて、スキンパス圧延を施してもよい。
ついで、上記の熱延焼鈍鋼板に冷間圧延を施して、冷延鋼板とする。そして、この冷延鋼板を、素材鋼板とする。
【0074】
なお、上記の熱間圧延、熱延板焼鈍および冷間圧延の条件については特に限定されず、常法に従えばよい。
例えば、熱間圧延については、鋼素材を、1150~1350℃に加熱し、該温度範囲で30分~24時間保持したのち、または、加熱することなくそのまま、圧延を施す。なお、熱間圧延率は特に限定されず、要求される最終製品の厚みなどに応じ、適宜調整すればよい。
また、熱延板焼鈍については、熱延鋼板を650~850℃の温度範囲に加熱し、該温度範囲で5秒~24時間保持する。
冷間圧延については、タンデムミルおよびクラスターミルのいずれを用いてもよい。また、冷間圧延率は、特に限定されるものではないが、鋼板の加工性や形状矯正の観点から、40%以上とすることが好ましい。
【0075】
ついで、準備した素材鋼板に、焼入れ処理を施して焼入れ鋼板を得る。そして、この焼入れ処理では、素材鋼板を、素材鋼板を、1050℃以上1150℃以下の温度範囲で5秒~3分間保持し、保持終了時点から150℃へ到達するまでの冷却時間を3分間以内として冷却することが重要である。
【0076】
焼入れ処理の保持温度:1050℃以上1150℃以下
焼入れ処理では、まず、高温域での保持により、鋼板の組織をオーステナイト相主体の組織とし、鋼中の炭窒化物を固溶させて鋼中に固溶Cおよび固溶Nを十分量生成させる。ついで、鋼板を急冷して、十分量の固溶Cおよび固溶Nを含むマルテンサイト相主体の組織を得る。
ここで、鋼自体の優れた耐食性を得ながら、高い強度と優れた穴拡げ性を両立するには、焼入れ処理の保持温度を1050℃以上1150℃以下の範囲とし、かつ、保持時間を5秒~3分間の短時間とすることにより、焼入れ処理の保持中におけるオーステナイト粒の粗大化を抑制する、すなわち、最終製品となる鋼板において観察される(マルテンサイト相の下部組織である)パケットの粗大化を抑制しながら、CおよびNを鋼中へ十分に固溶させて粗大な炭窒化物の析出を抑制することが重要である。
すなわち、焼入れ処理の保持温度が1050℃未満の場合、5秒~3分間という短い保持時間では、炭窒化物の固溶が不十分となり、鋼中に粗大な炭窒化物が多く残存する。その結果、炭窒化物が割れの起点となって穴拡げ性が劣化する。
一方、焼入れ処理の保持温度が1150℃を超えると、5秒~3分間という短い保持時間であっても、オーステナイト粒が粗大化し、ひいては、焼入れによってオーステナイト相が変態して生成するマルテンサイト相の下部組織であるパケットも粗大化する。その結果、鋼板の靱性が低下する、すなわち、割れが進展しやすくなって、穴拡げ性が劣化する。
従って、焼入れ処理の保持温度は、1050℃以上1150℃以下とする。焼入れ処理の保持温度は、好ましくは1110℃以上1140℃以下である。
なお、焼入れ処理の保持温度は、保持中、一定であってもよく、また、上記の温度範囲内にあれば、保持中、常に一定としなくてもよい。また、後述する焼戻し処理の保持温度についても同様である。
【0077】
焼入れ処理の保持時間:5秒~3分間
焼入れ処理の保持時間が5秒未満の場合、保持温度を1050℃以上1150℃以下の高温としても炭窒化物の固溶が不十分となり、鋼中に粗大な炭窒化物が多く残存する。その結果、粗大な炭窒化物が割れの起点となって穴拡げ性が劣化する。
一方、焼入れ処理の保持時間が3分間を超えると、オーステナイト粒が粗大化し、ひいては、焼入れによってオーステナイト相が変態して生成するマルテンサイト相の下部組織であるパケットも粗大化する。その結果、鋼板の靱性が低下する、すなわち、割れが進展しやすくなって、穴拡げ性が劣化する。
従って、焼入れ処理の保持時間は、5秒~3分間とする。焼入れ処理の保持時間は、好ましくは10秒~45秒である。
【0078】
保持終了時点から150℃へ到達するまでの冷却時間:15分間以内
上記の保持終了後、鋼板を冷却して、オーステナイト相をマルテンサイト相へ変態させる。この際、保持終了時点から150℃へ到達するまでの冷却時間(以下、冷却時間ともいう)が15分間を超えると、鋼板が過度な焼戻しを起こして所定の強度が得られない。 従って、冷却時間は15分間以内とする。
なお、冷却停止温度は150℃以下であれば特に限定されるものではない。
【0079】
ついで、上記の焼入れ鋼板に、焼戻し処理を施して焼戻し鋼板を得る。そして、この焼戻し処理では、焼入れ鋼板を、350℃以上450℃以下の温度範囲で5秒~3分間保持することが重要である。
【0080】
焼戻し処理の保持温度:350℃以上450℃以下
焼戻し処理では、マルテンサイト相主体の組織を有する焼入れ鋼板を、加熱により軟質化させて、鋼の穴拡げ性を向上させる。
ここで、高い強度と優れた穴拡げ性を両立するには、焼戻し処理の保持温度を350℃以上450℃以下の高温とし、かつ、焼戻し処理の保持時間を5秒~3分間の短時間とすることが重要である。これにより、当該焼戻し処理において、高い強度を維持しながら、転位密度を低下させること、すなわち、鋼中の歪みを除去することができる。
すなわち、焼戻し処理の保持温度が350℃未満の場合、5秒~3分間という短い保持時間では、歪み除去が不十分となり、鋼の穴拡げ性が劣化する。一方、焼戻し処理の保持温度が450℃を超えると、鋼板が過度に軟質化して所定の強度が得らない。また、鋼板に焼戻し脆性が発現し、却って、鋼板の穴拡げ性が劣化する場合がある。
従って、焼戻し処理の保持温度は、350℃以上450℃以下とする。焼戻し処理の保持温度は、好ましくは410℃以上440℃以下である。
【0081】
焼戻し処理の保持時間:5秒~3分間
焼戻し処理の保持時間が5秒未満の場合、軟質化が不十分となり、鋼板の穴拡げ性が劣化する。一方、焼戻し処理の保持時間が3分間を超えると、鋼板が過度に軟質化する。そのため、所定の強度が得られない。
従って、焼戻し処理の保持時間は、5秒~3分間とする。焼入れ処理の保持時間は、好ましくは5秒~45秒である。
【0082】
このようにして、本発明の一実施形態に従う鋼板を製造することができる。なお、上記以外の条件については特に限定されず、常法に従えばよい。
【実施例0083】
・実施例1
表1に示した成分組成を有する鋼(残部はFeおよび不可避的不純物)を、100kg鋼塊に溶製した後、該鋼塊を1200℃で1時間加熱し、ついで、熱間圧延を行って、板厚:3.5mmの熱延鋼板とした。この熱延鋼板に、700℃で10時間保持する熱延板焼鈍を施して熱延焼鈍鋼板とし、ついで、この熱延焼鈍鋼板の表裏面を研削してスケールを除去した。
ついで、上記の熱延焼鈍鋼板に、冷間圧延を施して板厚1.6mmの冷延鋼板とした。この冷延鋼板を素材鋼板とし、表2に示す条件で、焼入れ処理および焼戻し処理を施し、最終製品となる鋼板(焼戻し鋼板)を得た。
【0084】
かくして得られた鋼板を用いて、上述の方法により、金属組織の同定、ならびに、析出物粒子の個数密度、パケットサイズ、および、転位密度の測定を行った。結果を表2に示す。
【0085】
また、かくして得られた鋼板を用いて、上述の方法により、(イ)引張強さ、(ロ)穴拡げ性、および、(ハ)耐食性を測定し、以下の基準により評価した。評価結果を表2に併記する。
(イ)引張強さ
〇(合格):1470MPa以上
×(不合格):1470MPa未満
(ロ)穴拡げ性
〇(合格):穴拡げ率が25%以上
×(不合格):穴拡げ率が25%未満
(ハ)耐食性
〇(合格):腐食減量が300g/m2以下
×(不合格):腐食減量が300g/m2超
【0086】
【0087】
【0088】
表2に示したように、発明例ではいずれも、上記(イ)~(ハ)の要求特性を満足していた。また、発明例についてはいずれも、これらを素材として自動車骨格部品を製造できること、すなわち、自動車骨格部品用として好適に用いることができることを確認した。
なお、参考のため、
図2(a)に、試験No.1-1のパケットサイズの測定に使用した倍率:250倍の光学顕微鏡画像の一例を、
図3(a)に、試験No.1-1の粗大析出物粒子の個数密度の測定した倍率:5000倍の光学顕微鏡画像の一例をそれぞれ示す。
【0089】
一方、比較例ではいずれも、上記(イ)~(ハ)の要求特性のうちの少なくとも1つを満足していなかった。
なお、参考のため、
図2(b)および(c)に、試験No.1-7および1-8のパケットサイズの測定に使用した倍率:250倍の光学顕微鏡画像の一例を、
図3(b)および(c)に、試験No.1-7および1-8の粗大析出物粒子の個数密度の測定した倍率:5000倍の光学顕微鏡画像の一例をそれぞれ示す。
【0090】
すなわち、試験No.1-6の比較例は、焼入れ処理の保持温度が適正範囲を超えたために、パケットが粗大化して穴拡げ率が25%未満となった。
試験No.1-7の比較例は、焼入れ処理の保持温度が適正範囲に満たないために、
図2(b)のようにパケットサイズは小さかったものの、
図3(b)のように、鋼中に炭窒化物などの粗大析出物粒子が多く残存して穴拡げ率が25%未満となった。
試験No.1-8の比較例は、焼入れ処理の保持時間が適正範囲を超えたために、
図3(c)のように鋼中の炭窒化物などの粗大析出物粒子は少なかったものの、
図2(c)のように、パケットが粗大化して穴拡げ率が25%未満となった。
試験No.1-9の比較例は、焼入れ処理の保持時間が適正範囲に満たないために、鋼中に炭窒化物などの粗大析出物粒子が多く残存して穴拡げ率が25%未満となった。
試験No.1-10の比較例は、焼入れ処理の冷却時間が適正範囲を超えために、鋼板が過度な焼戻しを起こして転位密度が低くなり、引張強さが1470MPa未満となった。
試験No.1-11の比較例は、焼戻し処理の保持温度が適正範囲を超えたために、鋼中の歪み量が過度に低下して(転位密度が適正範囲に満たず)過度の軟質化が起こり、引張強さが1470MPa未満となった。
試験No.1-12の比較例は、焼戻し処理の保持温度が適正範囲に満たないために、鋼中の転位密度が適正範囲を超え、穴拡げ率が25%未満となった。
試験No.1-13の比較例は、焼戻し処理の保持時間が適正範囲を超えたために、転位密度が適正範囲に満たず過度の軟質化が起こり、引張強さが1470MPa未満となった。
試験No.1-14の比較例は、焼戻し処理の保持時間が適正範囲に満たないために、転位密度が適正範囲を超え、穴拡げ率が25%未満となった。
【0091】
・実施例2
表3に示した成分組成を有する鋼(残部はFeおよび不可避的不純物)を、100kg鋼塊に溶製した後、実施例1の試験No.1-1と同じ条件にて、最終製品となる鋼板を作製した。
かくして得られた鋼板を用いて、上述の方法により、金属組織の同定、ならびに、析出物粒子の個数密度、パケットサイズ、および、転位密度の測定を行った。結果を表4に示す。
また、かくして得られた鋼板を用いて、実施例1と同じ方法および基準により、(イ)引張強さ、および、(ロ)穴拡げ性、(ハ)耐食性を評価した。評価結果を表4に併記する。
【0092】
【0093】
【0094】
表4に示したように、発明例ではいずれも、上記(イ)~(ハ)の要求特性を同時に満足していた。また、発明例についてはいずれも、これらを素材として自動車骨格部品を製造できること、すなわち、自動車骨格部品用として好適に用いることができることを確認した。
一方、試験No.2-29、2-31の比較例は、C含有量およびN含有量がそれぞれ適正範囲を超えたために、鋼中に炭窒化物などの粗大析出物粒子が多く残存して穴拡げ率が25%未満となった。
試験No.2-30、2-32の比較例は、C含有量およびN含有量がそれぞれ適正範囲に満たないために、引張強さが1470MPa未満となった。
試験No.2-33の比較例は、Cr含有量が適正範囲に満たないために、十分な耐食性が得られなかった。
試験No.2-34の比較例は、Cr含有量が適正範囲を超えたために、マルテンサイト相の体積率が90%未満となって、引張強さが1470MPa未満となった。また、穴拡げ率も25%未満となった。
試験No.2-35の比較例は、C+0.5×Nの値が適正範囲に満たないために、引張強さが1470MPa未満となった。
試験No.2-36の比較例は、C+0.5×Nの値が適正範囲を超えたために、穴拡げ率が25%未満となった。