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特開2022-65728原核微生物由来ポリペプチドを含有する肺損傷および障害を処置または予防するための医薬組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022065728
(43)【公開日】2022-04-28
(54)【発明の名称】原核微生物由来ポリペプチドを含有する肺損傷および障害を処置または予防するための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/16 20060101AFI20220421BHJP
   A61P 11/16 20060101ALI20220421BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20220421BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20220421BHJP
   A61P 31/16 20060101ALI20220421BHJP
   C12N 9/54 20060101ALN20220421BHJP
【FI】
A61K38/16
A61P11/16 ZNA
A61P11/00
A61P31/14
A61P31/16
C12N9/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020174378
(22)【出願日】2020-10-16
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504409543
【氏名又は名称】国立大学法人秋田大学
(71)【出願人】
【識別番号】505314022
【氏名又は名称】国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100156144
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 康
(74)【代理人】
【識別番号】100103230
【弁理士】
【氏名又は名称】高山 裕貢
(72)【発明者】
【氏名】久場 敬司
(72)【発明者】
【氏名】今井 由美子
【テーマコード(参考)】
4B050
4C084
【Fターム(参考)】
4B050CC04
4B050CC05
4B050DD02
4B050FF14E
4B050LL01
4C084AA01
4C084AA02
4C084AA03
4C084BA01
4C084BA02
4C084BA08
4C084BA22
4C084BA23
4C084MA17
4C084MA55
4C084MA56
4C084MA59
4C084MA63
4C084MA66
4C084NA14
4C084ZA591
4C084ZA592
4C084ZA601
4C084ZA602
4C084ZB331
4C084ZB332
(57)【要約】
【課題】原核微生物由来カルボキシペプチダーゼを新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防または処置に使用する。
【解決手段】B38-CAP等をCOVID-19に対する吸入治療薬として使用する、急性呼吸窮迫症候群または急性肺傷害等を処置または予防するための医薬組成物に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の中から選ばれる少なくとも1つ:
1)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAP、
2)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するB38-CAP変異体、
3)配列番号14記載のアミノ酸配列を有するBS-CAP、
4)配列番号14記載のアミノ酸配列を有するBS-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するBS-CAP変異体、
5)配列番号16記載のアミノ酸配列を有するBA-CAP、ならびに
6)配列番号16記載のアミノ酸配列を有するBA-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するBA-CAP変異体
を有効成分として含有する、急性呼吸窮迫症候群もしくは急性肺傷害、肺水腫、または重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染もしくはインフルエンザウイルス感染関連肺損傷および障害を処置または予防するための医薬組成物。
【請求項2】
有効成分が、1)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAP、または2)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するB38-CAP変異体である、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
有効成分が、1)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAPである、請求項2記載の医薬組成物。
【請求項4】
重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染関連肺損傷および障害を処置または予防するため、請求項1から3までのいずれか記載の医薬組成物。
【請求項5】
重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染が、SARS-CoV-2感染である、請求項4記載の医薬組成物。
【請求項6】
肺吸入剤である、請求項1から5までのいずれか記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原核微生物由来カルボキシペプチダーゼを含有する肺損傷および障害を処置または予防するための医薬組成物、詳細にはアンジオテンシン変換酵素2活性を有する原核微生物由来のカルボキシペプチダーゼを含有する、急性呼吸窮迫症候群、特にSARS-CoV-2感染関連肺損傷を処置または予防するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
重度の急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARSコロナウイルスまたはSARS-CoV)は、伝染性が高く致命的な呼吸器疾患の流行として2003年に出現した(非特許文献1、2)。2019年12月、新しいコロナウイルスであるSARS-CoV-2が中国の武漢において肺炎発生として最初に確認され、それは数か月で世界中に急速に広がり、現在のパンデミックを引き起こした(非特許文献3、4)。このウイルスの感染は、軽度の疾患から重度の急性肺損傷/急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に至るまでの呼吸器症状を示すコロナウイルス疾患2019(COVID-19)、いわゆる新型コロナウイルス感染症を引き起こし、特に心血管疾患、糖尿病または高齢の患者において高い死亡率を示す多臓器不全をもたらす(非特許文献5、6)。アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)は、SARSコロナウイルスがインビボおよびインビトロで宿主細胞に侵入するための受容体として同定された(非特許文献7、8)。SARS-CoV-2のスパイク(S)タンパク質は、SARSコロナウイルスのスパイクタンパク質と構造類似性を有しており、SARS-CoV-2は、インビトロでの細胞侵入の受容体としてACE2を利用することも示されている(非特許文献3、9、10)。
【0003】
ACE2は元々、アンジオテンシン変換酵素(ACE)と相同の酵素として2000年に発見された(非特許文献11、12)。レニン・アンジオテンシン系(RAS)は血圧と体液のバランスを維持させ(非特許文献13、14)、同時に、心血管疾患を悪化させる(非特許文献15)。RASが活性化されると、カルボキシペプチダーゼとしてのACEはアンジオテンシンIを切断し、昇圧物質であるアンジオテンシンII (Ang II)を生成する。ACE2はRASの負の調節因子であり、Ang IIのアンギオテンシン1-7への分解を触媒し、ACE活性を相殺する(非特許文献11、12)。RASの活性化は、ARDS/急性肺損傷の病状を悪化させることが示されている(非特許文献16)。誤嚥性肺炎、敗血症および高病原性のインフルエンザ感染など、さまざまな原因によって引き起こされる急性肺損傷下にあるマウスの肺では、ACE2の発現は下方制御(ダウンレギュレート)されている(非特許文献16、17、18)。ACE2の喪失は、Ang IIの発現の上方制御(アップレギュレート)を介して急性肺損傷を増強し、一方で、膜に固定されたドメインを欠く組換え可溶性ACE2による治療は、肺損傷を改善する(特許文献1、非特許文献16)。ACE2の発現は、SARSコロナウイルス感染マウス肺において著しく下方制御されており、SARSコロナウイルスのスパイクタンパク質をマウスに注入すると、ACE2の発現は下方制御され、それによりRAS活性化を介し肺損傷が悪化する(非特許文献8、16)。一方、SARS-CoV-2に関する最近の研究では、ACE2のmRNA発現が、SARS-CoV-2感染肺の特定のサブセットの細胞において上方制御されていることが示唆された(非特許文献19、20)。このように、SARS-CoV-2感染症の肺におけるACE2発現は、依然として明確でない。
【0004】
組換え可溶性ヒトACE2タンパク質(rshACE2)による処置は、心不全、糖尿病性腎症や急性肺損傷などのさまざまな疾患モデルで有益な効果を示す(特許文献1、非特許文献16、21、22)。よって、rshACE2は、ARDS/急性肺損傷の患者を処置するための治療薬として開発されている。さらに、rshACE2は最近、SARS-CoV-2スパイクタンパク質に結合し、それによりヒト細胞またはオルガノイドでのインビトロSARS-CoV-2感染を抑制することが示されている(非特許文献23)。このように、rshACE2は、SARS-CoV-2の細胞侵入を阻害するおとりとしての機能、および肺損傷から保護する酵素としての機能の、2つの機能を有する。しかし、COVID-19におけるACE2酵素活性の意義は未だ、明確でない。
【0005】
動物由来のACE2は、多様な糖鎖を持つ糖タンパク質であり、疎水性細胞膜貫通領域を持つ膜タンパク質であることから、大量生産は難しく、遺伝子組換え技術を利用して大量に生産できるものが求められていた。組換えACE2、ACE2の製造および使用方法は、特に、特許文献2、特許文献3、または特許文献4に記載されている。遺伝子組換え技術を用いたアンジオテンシン変換酵素2に関する研究として、昆虫由来のアンジオテンシン変換酵素2が知られている(特許文献5)。
【0006】
最近、細菌由来のカルボキシペプチダーゼB38-CAPがACE2様酵素として同定された(特許文献6、非特許文献24)。組換えB38-CAPタンパク質は、アンジオテンシン1-7へのAng IIの変換ならびにデス-Arg9-ブラジキニン、アペリンおよびダイノルフィンAを含む他のACE2基質ペプチドの加水分解を触媒し、これらはACE2と同じ効力である(非特許文献24、25)。B38-CAPによる処置は、マウスのAng IIレベルを下方制御し、それによりAng II誘発性高血圧に拮抗し、明白な毒性なしに心不全を改善した(特許文献7、非特許文献24)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2008-540600公報
【特許文献2】WO2000/18899公報
【特許文献3】WO2002/012471公報
【特許文献4】WO2004/000367公報
【特許文献5】特表2011-519264公報
【特許文献6】特開2018-143142公報
【特許文献7】特開2020-37538公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Drosten, C. et al. Identification of a novel coronavirus in patients with severe acute respiratory syndrome. N Engl J Med 348, 1967-1976, doi:10.1056/NEJMoa030747 (2003).
【非特許文献2】Lee, N. et al. A major outbreak of severe acute respiratory syndrome in Hong Kong. N Engl J Med 348, 1986-1994, doi:10.1056/NEJMoa030685 (2003).
【非特許文献3】Zhou, P. et al. A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin. Nature 579, 270-273, doi:10.1038/s41586-020-2012-7 (2020).
【非特許文献4】Zhu, N. et al. A Novel Coronavirus from Patients with Pneumonia in China, 2019. N Engl J Med 382, 727-733, doi:10.1056/NEJMoa2001017 (2020).
【非特許文献5】Zhou, F. et al. Clinical course and risk factors for mortality of adult inpatients with COVID-19 in Wuhan, China: a retrospective cohort study. Lancet 395, 1054-1062, doi:10.1016/S0140-6736(20)30566-3 (2020).
【非特許文献6】Guan, W. J. et al. Clinical Characteristics of Coronavirus Disease 2019 in China. N Engl J Med 382, 1708-1720, doi:10.1056/NEJMoa2002032 (2020).
【非特許文献7】Li, W. et al. Angiotensin-converting enzyme 2 is a functional receptor for the SARS coronavirus. Nature 426, 450-454, doi:10.1038/nature02145 (2003).
【非特許文献8】Kuba, K. et al. A crucial role of angiotensin converting enzyme 2 (ACE2) in SARS coronavirus-induced lung injury. Nat Med 11, 875-879, doi:10.1038/nm1267 (2005).
【非特許文献9】Shang, J. et al. Structural basis of receptor recognition by SARS-CoV-2. Nature 581, 221-224, doi:10.1038/s41586-020-2179-y (2020).
【非特許文献10】Wrapp, D. et al. Cryo-EM structure of the 2019-nCoV spike in the prefusion conformation. Science 367, 1260-1263, doi:10.1126/science.abb2507 (2020).
【非特許文献11】Donoghue, M. et al. A novel angiotensin-converting enzyme-related carboxypeptidase (ACE2) converts angiotensin I to angiotensin 1-9. Circ Res 87, E1-9, doi:10.1161/01.res.87.5.e1 (2000).
【非特許文献12】Tipnis, S. R. et al. A human homolog of angiotensin-converting enzyme. Cloning and functional expression as a captopril-insensitive carboxypeptidase. J Biol Chem 275, 33238-33243, doi:10.1074/jbc.M002615200 (2000).
【非特許文献13】Corvol, P., Jeunemaitre, X., Charru, A., Kotelevtsev, Y. & Soubrier, F. Role of the renin-angiotensin system in blood pressure regulation and in human hypertension: new insights from molecular genetics. Recent Prog Horm Res 50, 287-308, doi:10.1016/b978-0-12-571150-0.50017-2 (1995).
【非特許文献14】Skeggs, L. T., Dorer, F. E., Levine, M., Lentz, K. E. & Kahn, J. R. The biochemistry of the renin-angiotensin system. Adv Exp Med Biol 130, 1-27 (1980).
【非特許文献15】Gheblawi, M. et al. Angiotensin-Converting Enzyme 2: SARS-CoV-2 Receptor and Regulator of the Renin-Angiotensin System: Celebrating the 20th Anniversary of the Discovery of ACE2. Circ Res 126, 1456-1474, doi:10.1161/CIRCRESAHA.120.317015 (2020).
【非特許文献16】Imai, Y. et al. Angiotensin-converting enzyme 2 protects from severe acute lung failure. Nature 436, 112-116, doi:10.1038/nature03712 (2005).
【非特許文献17】Yang, P. et al. Angiotensin-converting enzyme 2 (ACE2) mediates influenza H7N9 virus-induced acute lung injury. Sci Rep 4, 7027, doi:10.1038/srep07027 (2014).
【非特許文献18】Zou, Z. et al. Angiotensin-converting enzyme 2 protects from lethal avian influenza A H5N1 infections. Nat Commun 5, 3594, doi:10.1038/ncomms4594 (2014).
【非特許文献19】Ziegler, C. G. K. et al. SARS-CoV-2 Receptor ACE2 Is an Interferon-Stimulated Gene in Human Airway Epithelial Cells and Is Detected in Specific Cell Subsets across Tissues. Cell 181, 1016-1035 e1019, doi:10.1016/j.cell.2020.04.035 (2020).
【非特許文献20】Chua, R. L. et al. COVID-19 severity correlates with airway epithelium-immune cell interactions identified by single-cell analysis. Nat Biotechnol 38, 970-979, doi:10.1038/s41587-020-0602-4 (2020).
【非特許文献21】Oudit, G. Y. et al. Human recombinant ACE2 reduces the progression of diabetic nephropathy. Diabetes 59, 529-538, doi:10.2337/db09-1218 (2010).
【非特許文献22】Zhong, J. et al. Angiotensin-converting enzyme 2 suppresses pathological hypertrophy, myocardial fibrosis, and cardiac dysfunction. Circulation 122, 717-728, 718 p following 728, doi:10.1161/CIRCULATIONAHA.110.955369 (2010).
【非特許文献23】Monteil, V. et al. Inhibition of SARS-CoV-2 Infections in Engineered Human Tissues Using Clinical-Grade Soluble Human ACE2. Cell 181, 905-913 e907, doi:10.1016/j.cell.2020.04.004 (2020).
【非特許文献24】Minato, T. et al. B38-CAP is a bacteria-derived ACE2-like enzyme that suppresses hypertension and cardiac dysfunction. Nat Commun 11, 1058, doi:10.1038/s41467-020-14867-z (2020).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の通り、B38-CAPをマウスに投与すると、ACE2と同等に高血圧や心不全の症状を改善した。しかし、ヒトに対して異種である原核微生物由来カルボキシペプチダーゼであるB38-CAPタンパク質を、点滴や注射の治療薬として用いることについて予期せぬ副作用の懸念などがあることから、B38-CAPの創薬応用は困難であった。そこで、本発明者らは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに際し、B38-CAPをCOVID-19に対する吸入治療薬として使用できないかとの新たな着想を得た。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは検討を進め、B38-CAP吸入により、腹腔内投与と同等にARDSの症状が改善されたことから、B38-CAPはCOVID-19に対する吸入治療薬として応用可能であることを見出した。
【0011】
したがって、本発明は、以下の態様を含む。
[1]
以下の中から選ばれる少なくとも1つ:
1)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAP、
2)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するB38-CAP変異体、
3)配列番号14記載のアミノ酸配列を有するBS-CAP、
4)配列番号14記載のアミノ酸配列を有するBS-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するBS-CAP変異体、
5)配列番号16記載のアミノ酸配列を有するBA-CAP、ならびに
6)配列番号16記載のアミノ酸配列を有するBA-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するBA-CAP変異体
を有効成分として含有する、急性呼吸窮迫症候群もしくは急性肺傷害、肺水腫、または重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染もしくはインフルエンザウイルス感染関連肺損傷および障害を処置または予防するための医薬組成物。
[2]
有効成分が、1)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAP、または2)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するB38-CAP変異体である、[1]記載の医薬組成物。
[3]
有効成分が、1)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAPである、[2]記載の医薬組成物。
[4]
重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染関連肺損傷および障害を処置または予防するため、[1]から[3]までのいずれか記載の医薬組成物。
[5]
重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染が、SARS-CoV-2感染である、[4]記載の医薬組成物。
[6]
肺吸入剤である、[1]から[5]までのいずれか記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0012】
B38-CAP投与がSARS-CoV-2感染マウスの肺ウイルス量を下げること、ならびにB38-CAPを肺吸入剤として投与することでマウスのARDSの症状を改善することから、本発明は、急性呼吸窮迫症候群もしくは急性肺傷害、肺水腫、または重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染もしくはインフルエンザウイルス感染関連肺損傷および障害を処置または予防するために有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1-1】図1-1aは、肺損傷におけるレニン-アンジオテンシン系(RAS)およびACE2の体系図を示す。SARS-CoV-2感染におけるACE2発現の下方制御は、SARSコロナウイルスに関する研究に関係している。図1-1bは、SARS-CoV-2(UT-NCGM02)を鼻腔内感染した4日後のハムスター肺におけるACE2のタンパク質の発現を示すウエスタンブロットの結果である。図1-1cは、そのバンドの濃さを定量することにより求めた、ACE2タンパク質の存在量を示すグラフである。非感染対照(n = 8)およびSARS-CoV-2感染(n = 11)。値は平均±SEMである。両側の対応のないt検定。NP;ヌクレオカプシドリンタンパク質。HKU-001a株による感染は、図5-1aに示している。図1-1dは、組換えスパイクタンパク質:S1-FcおよびRBD-Fcの構造を示す。図1-1eは、沈降アッセイにおけるヒトACE2およびハムスターACE2への組換えS1-FcまたはRBD-Fcタンパク質の結合を示すウエスタンブロットの結果である。S1-FcおよびRBD-Fcタンパク質は、Caco2ヒト結腸細胞およびハムスター肺の溶解物由来のヒトACE2およびハムスターACE2とそれぞれ沈降したが、対照Fcタンパク質は沈降しなかった。全溶解物を対照として示している。*は、非特異的バンドである。Fcタンパク質のウエスタンブロットは図5-2d、eに示す。
【0014】
図1-2】図1-2fは、ヒトFc特異的抗体を使用し、S1-Fc、RBD-Fcまたは対照Fcタンパク質を検出するハムスター肺の免疫組織化学を示す写真である。注入したS1-FcまたはRBD-Fcは気管支上皮細胞、炎症細胞および肺胞肺細胞に局在したが、対照Fcは局在しなかった。横棒は100μmを示す。図1-2gは、ハムスターにおける酸およびスパイクタンパク質(S1-FcまたはRBD-Fc)誘発性肺損傷の実験プロトコルを示す。S1-Fc、RBD-Fcまたは対照Fcを腹腔内注射し(11 nmol/kg i.p.)、麻酔下に酸を気管内注入した(体重当たり0.1N HCl 100μl i.t.)。図1-2hは、ハムスターの肺におけるACE2タンパク質の発現を示す代表的なウエスタンブロットの結果を示す。*は非特異的なバンドを示す。図1-2iは、ハムスターの肺におけるACE2タンパク質の存在量の定量化を示すグラフである(n = 5ハムスター/群)。図1-2jは、ELISAによるハムスターの血漿中のAng IIの測定値を示すグラフである(1群当たりn =6-8ハムスター)。すべての値は平均±SEMである。Sidak's多重比較検定を使用した2元分散分析。
【0015】
図2図2は、SARS-CoV-2 Spikeタンパク質は、酸による肺損傷を悪化させることを示す。図2aは、図1-2gに示す実験プロトコルにおいて、酸およびスパイクタンパク質(S1-FcまたはRBD-Fc)-誘発性の肺損傷下にあるハムスターの肺の代表的な写真である。横棒は2 mmを示す。図2bは、酸による肺損傷の存在下または非存在下、対照、S1-FcまたはRBD-Fcで処理したハムスターの肺水腫の読み取りとしての肺の湿重量と乾重量の比率を示すグラフである(1群当たりn =6-8ハムスター)。図2cは、肺の組織病理学の代表的な画像を示している。横棒は100μmを示す。図2dは、肺損傷スコアを示すグラフである(1当たりn =6-7匹のハムスター)。すべての値は平均±SEMである。Sidak's多重比較検定を使用した2元分散分析。
【0016】
図3-1】図3-1は、図3-2と一緒になって、B38-CAPが、SARS-CoV-2 スパイクRBD-誘発性の肺損傷を軽減することを示している。図3-1aは、SARS-CoV-2感染および肺損傷における可溶性ACE2の影響を調べるスキームである。図3-1bは、酸およびスパイクRBD誘発肺損傷を伴うハムスターに対するB38-CAP処理の実験プロトコルを示す。図3-1cは、酸注入の17時間後におけるハムスターの血漿中のACE2活性の測定値を示すグラフである(1群当たりn =5)。図3-1dは、酸注入の24時間後における血漿Ang IIの測定値を示すグラフである(1群当たりn =6-8ハムスター)。図3-1eは、ハムスターの肺の代表的な写真である。横棒は2 mmを示す。図3-1fは、酸注入の24時間後における肺の湿重量と乾重量の比率を示すグラフである(1群当たりn =6-8匹のハムスター)。
【0017】
図3-2】図3-2は、図3-1と一緒になって、B38-CAPが、SARS-CoV-2 スパイクRBD-誘発性の肺損傷を軽減することを示している。図3-2gは、酸注入の24時間後における組織試料を採取した肺の組織病理学の代表的な画像を示す。横棒は100μmを示す。図3-2hは、酸注入の24時間後における組織試料を採取した肺の肺損傷スコア測定値のグラフである(1群当たりn =6-8匹のハムスター)。図3-2iは、酸注入の17時間後における肺機能測定値であるエラスタンスのグラフである(1群当たりn =5-7のハムスター)。図3-2jは、酸注入の17時間後における肺機能測定値である抵抗のグラフである(1群当たりn =5-7のハムスター)。図3-2kは、ハムスターの肺における炎症誘発性サイトカインIL-6発現のqRT-PCR分析の結果を示す、β-アクチンで正規化されているグラフである(1群当たり5-8ハムスター)。図3-2lは、ハムスターの肺における炎症誘発性サイトカインTNF-α発現のqRT-PCR分析の結果を示す、β-アクチンで正規化されているグラフである(1群当たり5-8ハムスター)。図3-2mは、ハムスターの肺における炎症誘発性サイトカインCXCL10発現のqRT-PCR分析の結果を示す、β-アクチンで正規化されているグラフである(1群当たり5-8ハムスター)。すべての値は平均±SEMである。Sidak's多重比較検定による一元配置分散分析。
【0018】
図4-1】図4-1は、図4-2と一緒になって、B38-CAPがhACE2 TgマウスのSARS-CoV-2誘発肺損傷を抑制することを示している。図4-1aは、マウス肺でのヒトACE2タンパク質のウエスタンブロットの結果を示す。図4-1bは、以下の実験プロトコルを示す:hACE2 TgマウスをSARS-CoV-2に感染させた後、B38-CAP(2 mg/kg i.p.)またはビヒクルを1日2回注射した。ビヒクルで処理した非感染対照マウス(n = 4)、ビヒクルで処理したSARS-CoV-2感染マウス(SARS2)(n = 3)、およびB38-CAPで処理したSARS2(n = 4)。図4-1cは、hACE2 Tgマウスの肺におけるウイルスN遺伝子発現のqRT-PCRの結果を示す。図4-1dは、肺の組織病理学の代表的な画像である。横棒はは100μmを示す。図4-1eは、肺損傷スコアの測定値のグラフである。
図4-2】図4-2は、図4-1と一緒になって、B38-CAPがhACE2 TgマウスのSARS-CoV-2誘発肺損傷を抑制することを示している。図4-2f-jは、hACE2 Tgマウスの肺における炎症誘発性サイトカイン発現のqRT-PCR分析の結果を示すグラフである:IL-6(f)、TNF-α(g)、CXCL10(h)、CXCL2(i)およびIFN-γ(j)、すべてのmRNAレベルは18Sで正規化されている。すべての値は平均±SEMである。Sidak's多重比較検定による一元配置分散分析。
【0019】
図5-1】図5-1は、図5-2と一緒になって、組換えスパイクタンパク質によるACE2発現の下方制御を示している。図5-1aは、SARS-CoV-2(香港株、HKU-001a)を鼻腔内感染させた4日後におけるハムスター肺のACE2タンパク質の発現を示す代表的なウエスタンブロットの結果である。図5-1bおよびcは、精製した組換えスパイクタンパク質S1-Fc(b)およびRBD-Fc(c)のSDS-PAGEの結果を示す。
図5-2】図5-2は、図5-1と一緒になって、組換えスパイクタンパク質によるACE2発現の下方制御を示している。図5-2dおよびeは、沈降アッセイにおける組換えS1-FcまたはRBD-Fcタンパク質のヒトACE2(d、上)およびハムスターACE2(e、上)への結合のウエスタンブロットの結果である。それぞれのFcタンパク質(d、e、下)も示す。溶解液は対照として表示している。*:非特定のバンド。図5-2fおよびgは、Vero E6細胞において、4℃と比較して37℃でスパイクRBD-Fcタンパク質に結合した後のACE2の細胞表面発現が減少することを示すグラフである。ACE2表面発現を、Fc特異的抗体を使用し、RBD-Fcとのインキュベーションの3時間後に検出し、表面に結合したスパイク-Fcを直接検出した。代表的なFACSヒストグラム(f)と平均蛍光強度(g)の定量化には、アイソタイプが一致した抗体(1群当たりn = 3)をバックグラウンド対照として含めている。Sidak's多重比較検定による一元配置分散分析。
【0020】
図6図6は、B38-CAPがスパイクRBDと結合しないことを示している。図6aおよびbは、沈降アッセイにおいて、組換えRBD-Fcタンパク質が組換え可溶性ヒトACE2タンパク質(b)にインビトロにて結合するが、B38-CAP (a)とは結合しないことを示すウエスタンブロットの結果である。
【0021】
図7-1】図7-1は、図7-2と一緒になって、B38-CAPの肺機能と組織損傷の血清マーカーおよび肝臓と腎臓の機能への影響を示している。図7-1aおよびbは、酸注入の17時間後における肺機能測定値、動的(a)および静的(b)コンプライアンスの測定値を示すグラフである(1群当たりn =5~7のハムスター)。図7-1cは、血液中のLDHの測定による組織損傷の評価を示すグラフである。
図7-2】図7-2は、図7-1と一緒になって、B38-CAPの肺機能と組織損傷の血清マーカーおよび肝臓と腎臓の機能への影響を示している。図7-2dおよびeは、血液中のBUN(d)およびクレアチニン(Cr)(e)の測定値を使用した腎臓機能評価を示すグラフである。図7-2fおよびgは、血液中のアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)(f)およびアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)(g)の測定を用いた肝機能検査を示すグラフである。1群当たりn = 5~7匹のハムスター。すべての値は平均±SEMである。Sidak's多重比較検定による一元配置分散分析。
【0022】
図8図8は、野生型マウスの塩酸吸引による急性肺傷害に対し、B38-CAPの吸入療法が治療効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
B38-CAPがマウスにおいて、ACE2と同等に高血圧や心不全の症状を改善することは知られている。しかし、B38-CAPが、ヒトにおける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して有効であるか否かは、ヒトACE2とSARS-CoV-2との相互作用を明らかにし、実際にB38-CAPがCOVID-19を処置または予防するため用途を実証しなければ、明らかにならない。
【0024】
<医薬組成物>
本発明は一つの態様として、以下の中から選ばれる少なくとも1つ:
1)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAP、および
2)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するB38-CAP変異体、
3)配列番号14記載のアミノ酸配列を有するBS-CAP、
4)配列番号14記載のアミノ酸配列を有するBS-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するBS-CAP変異体、
5)配列番号16記載のアミノ酸配列を有するBA-CAP、
6)配列番号16記載のアミノ酸配列を有するBA-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するBA-CAP変異体
を有効成分として含有する、急性呼吸窮迫症候群もしくは急性肺傷害、肺水腫、または重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染もしくはインフルエンザウイルス感染関連肺損傷および障害を処置または予防するための医薬組成に関する。
【0025】
本発明において、好ましくは、有効成分は、1)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAP、または2)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAPにおいて、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有するアミノ酸配列であって、ACE2活性を有するB38-CAP変異体であり、さらに好ましくは、有効成分は、1)配列番号1記載のアミノ酸配列を有するB38-CAPである。
【0026】
別の実施形態において、本発明は好ましくは、重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染関連肺損傷および障害を処置または予防するための医薬組成物に関し、さらに好ましくは、重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染が、SARS-CoV-2感染である、医薬組成物である。
【0027】
BS-CAPは、Lee MM, et al., Proteins 77(3), 647-657, 2009に記載されているBacillus subtilis細菌由来カルボキシペプチダーゼであり、これは、ACE2(アンジオテンシン変換酵素2)とよく似た立体構造を有していることがin silicoスクリーニングによって見出された(非特許文献24)。B38-CAPおよびBA-CAPは、BS-CAPとのアミノ酸配列の相同性検索により見出された、それぞれPaenibacillus sp. B38細菌由来カルボキシペプチダーゼ(非特許文献24)およびBacillus amyloliquefaciens細菌由来カルボキシペプチダーゼ(Dunlap,C.A., et al., Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 65, 2104-2109, 2015)である。
【0028】
具体的には、本発明の医薬組成物に含まれる有効成分であるポリペプチドの例としては、以下を挙げることができる:
・Paenibacillus sp. B38株由来のB38-CAP、およびそのポリペプチドのアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有する、ACE2活性を有するその変異体
・Bacillus subtilis NBRC 13719株由来のBS-CAP、およびそのポリペプチドのアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有する、ACE2活性を有するその変異体、ならびに
・Bacillus amyloliquefaciens NBRC 3022株由来のBA-CAP、およびそのポリペプチドのアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有する、ACE2活性を有するその変異体。
【0029】
本発明において、ACE2タンパク質の発現がSARS-CoV-2感染ハムスターの肺で下方制御されるのに対し、ACE2様酵素としてのB38-CAPが、SARS-CoV-2誘発肺損傷を改善することが示された。SARS-CoV-2スパイクタンパク質の組換えS1ドメインまたは受容体結合ドメイン(RBD)は、ACE2に結合し、ACE2発現を下方制御し、それにより、ハムスターにおいて酸誘発性肺損傷の症状を悪化させる。B38-CAPは、スパイクRBD誘発-Ang II上方制御を下方制御した。また、B38-CAPは、スパイクRBD-誘発の重度の炎症と肺水腫を抑制し、肺機能の悪化とサイトカインのmRNAレベルを改善した。さらに、SARS-CoV-2がヒトACE2 Tgマウスに感染した場合、B38-CAPは、肺損傷の病状を改善し、サイトカインのmRNA発現と肺のウイルスRNA負荷を下方制御した。
【0030】
SARSコロナウイルスに関する従前の研究では、SARSコロナウイルスが細胞に侵入すると、細胞表面ACE2の内在化または脱落、およびNF-kB誘発性マイクロRNAが介在する感染細胞のACE2 mRNAの発現低下が、ACE2発現低下のメカニズムであることを示していた(Haga, S. et al. Proc Natl Acad Sci U S A 105, 7809-7814, doi:10.1073/pnas. 0711241105 (2008):Lambert, D. W. et al.J Biol Chem 280, 30113-30119, doi:10. 1074/jbc. M505111200 (2005):Liu, Q. et al. Cell Discov 3, 17021, doi:10. 1038/celldisc. 2017.21 (2017))。実際、SARS-CoV-2スパイクタンパク質(RBD-Fc)は、インビトロ細胞培養における細胞表面のACE2発現を部分的に減少させた(図5-2f、g)。最近の研究では、インターフェロンシグナル伝達がACE2 mRNA発現を上方制御することが示され、このことが、細胞内のSARS-CoV-2感染がインターフェロンシグナル伝達を介して隣接する細胞のACE2発現を増加させ、それにより局所組織の微小環境におけるウイルス感染が増強することを暗示しており、SARS-CoV-2感染で肺のACE2発現がどうなるか不明であった(非特許文献19)。しかし、本発明において、SARS-CoV-2に感染した肺ではACE2が明確に発現低下することが分かったので、ACE2活性の補充が治療法として重要である可能性が初めて示された。
【0031】
次には、ウイルスの感染性を高める局所的なACE2 mRNA発現誘導と、肺の病理を促進する肺全体でのACE2タンパク質の発現低下の両方を、さらに調査する必要がある。このような状況において、本発明では、ACE2様酵素活性を有するB38-CAPが実際に、SARS-CoV-2感染による肺損傷に対する効果を実証し、発明を完成させたものである。
【0032】
可溶性ACE2は、肺損傷を抑制するカルボキシペプチダーゼであるACE2様酵素活性とSARS-CoV-2感染を中和するデコイという、COVID-19を治療するための2方面からの作用を有していることは知られている。よって、可溶性ACE2がSARS-CoV-2感染によって誘発される肺損傷を改善したとしても、それが、可溶性ACE2の有する一方のSARS-CoV-2感染を中和するデコイ活性に拠るものなのか、または他方のACE2様酵素活性に拠るものなのか、SARS-CoV-2感染誘発肺損傷を改善する真の作用がどちらなのかを証明することは不可能である。これに対し、本発明ではB38-CAPはスパイクタンパク質のRBDに結合しなかったことから、SARS-CoV-2感染を中和するデコイ活性はほとんど持たないことが分かった。したがって、本発明でB38-CAPがCOVID-19の肺損傷の症状を改善したことは、本発明が初めてACE2様酵素活性がCOVID-19の肺損傷の改善に重要であることを実証したことを意味する。
【0033】
B38-CAPは高血圧や心不全の症状を改善することが既に知られているが、これはB38-CAPのACE2様酵素活性がアンジオテンシンIIを分解することによってもたらされる効果である。これに対し、肺損傷に対するACE2酵素活性の症状改善効果は、アンジオテンシンIIに加えてブラジキニンも分解することが大事であることが示されており、高血圧や心不全に対する効果と同義ではない(文献:Sodhi CP, et al. Attenuation of pulmonary ACE2 activity impairs inactivation of des-Arg(9) bradykinin/BKB1R axis and facilitates LPS-induced neutrophil infiltration. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 314(1):L17-L31, 2018)。
【0034】
上記のように、本発明では、SARS-CoV-2感染とスパイクタンパク質処理がACE2発現をインビボで下方制御し、そしてB38-CAPはウイルスのデコイではなく、ACE2様酵素としてSARS-CoV-2スパイクRBDタンパク質誘発性の肺損傷を、Ang IIレベルの低下に関連して、抑制することを証明した。さらに、B38-CAPは、hACE2 Tgマウスにおいて、SARS-CoV-2感染によって誘発される肺損傷を改善することを示した。このようなB38-CAPの種々の効果は、同様にACE2酵素活性を有する、B38-CAPのポリペプチドのアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有する、ACE2活性を有するその変異体も、同じく奏するものである。さらには、同じくACE2酵素活性を有するBS-CAP、およびそのポリペプチドのアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有する、ACE2活性を有するその変異体;ならびにBA-CAP、およびそのポリペプチドのアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加および/または逆位を有する、ACE2活性を有するその変異体も、同じく上記効果を奏するものである。
【0035】
本明細書に使用されている「アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)活性」とは、アンジオテンシンI(配列番号3)、アンジオテンシン1-9(配列番号4)、アンジオテンシンII(配列番号5)、アペリン-13(配列番号6)、アペリン-36(配列番号7)、des-Arg9-ブラジキニン(配列番号8)、Lys-des-Arg9-ブラジキニン(配列番号9)、beta-カソモルフィン(配列番号10)、ダイノルフィンA 1-13(配列番号11)、グレリン(配列番号12)、および/またはニューロテンシン1-8(配列番号13)、などの基質からC末端の一残基を開裂する活性を意味する。適切には、ACE2活性は、アンジオテンシンIから一残基を開裂してアンジオテンシン1-9を生じ、アンジオテンシンIIから一残基を開裂してアンジオテンシン1-7を生じる活性である。
【0036】
本発明において、これら「ACE2活性」を基準として、上記各種変異体を調製、選別することができる。本発明において、「ACE2活性を有する」とは、インビトロにおいて上記基質の分解が、当業者に周知の通常の手法により検出できる検出限界以上の活性を有することを意味する。
【0037】
本発明の医薬組成物に含まれる有効成分であるポリペプチドは、当業者に周知の遺伝子工学的手法により、調製することができる。
例えば、本発明の医薬組成物に含まれる有効成分であるポリペプチドは、本発明のポリペプチドをコードする核酸、それを含有する組換えベクターおよび/または該ベクターを含有する形質転換体等を利用する。ポリペプチドを構成する各アミノ酸をコードするコドンは周知であるので、当業者であれば、ポリペプチドのアミノ酸配列が分かれば、それをコードする核酸の塩基配列も知れる。
さらに具体的には、本発明の医薬組成物に含まれる有効成分であるポリペプチドは、以下の(a)~(f)のいずれか記載の核酸である:
(a)配列番号2、15および17のいずれか記載の塩基配列からなる核酸、
(b)配列番号2、15および17のいずれか記載の塩基配列と同一性が80%以上である塩基配列からなり、かつACE2活性を有するタンパク質をコードする核酸、
(c)配列番号2、15および17のいずれか記載の塩基配列からなる核酸と相補的な塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列からなり、かつACE2活性を有するタンパク質をコードする核酸
(d)配列番号1、14および16のいずれか記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする核酸
(e)配列番号1、14および16のいずれか記載のアミノ酸配列と同一性が80%以上であるアミノ酸配列からなり、かつACE2活性を有するタンパク質をコードする核酸
(f)配列番号1、14および16のいずれか記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、付加および/または逆位されたアミノ酸配列からなり、かつACE2活性を有するタンパク質をコードする核酸。
【0038】
本発明において、上述した核酸を含有する組換えベクターは、発現ベクターであってよい。本実施形態の組換えベクターを宿主中で発現させることにより、ACE2活性を有するタンパク質を製造することができる。本実施形態の組換えベクターにおいて、上述した核酸の5’末端又は3’末端に、ヒスチジンタグ、FLAGタグ等のタグ配列をコードするDNAが付加されていてもよい。発現用プラスミドは、特に限定されるものではなく、形質転換する宿主を原核微生物とし、原核微生物の発現用プラスミドとして用いられるものであれば良い。宿主を大腸菌とする場合には、例えば、大腸菌発現プラスミドpET-32aを使用することができる。
【0039】
本発明において、上述した組換えベクターを含有する形質転換体は、組換えベクターを各種細胞、例えば、原核微生物にトランスフェクトして得られる。よって、本発明の医薬組成物の有効成分であるポリペプチドは、発現ベクターで原核微生物を形質転換し、得られた形質転換体を培地中で培養することにより調製することができる。例えば、発現用ベクターおよび宿主は、原核微生物の形質転換に適したものであれば良く、または、酵母、麹菌、昆虫細胞、動物細胞、植物細胞などの異種タンパク質発現系を用いても生産することもできる。組換えベクターの宿主への導入(形質転換)は従来公知の方法を用いて行うことができる。例えば、カルシウム処理された菌体を用いるコンピテント細胞法や、エレクトロポレーション法等が挙げられる。また、プラスミドベクター以外にも、ファージベクター、ウイルスベクター等を宿主に感染させて形質転換する方法を利用してもよい。
【0040】
大腸菌とpET-32aとの上記組合せ以外に、例えば以下のものを用いることができる。
宿主として大腸菌を用いる場合:発現プラスミドとしてpETシリーズ、pUCシリーズ、M13mpシリーズ、pCAMBIAシリーズ、pKK223、pACYC184、pBR322、pMALシリーズ、pGEXシリーズ、pColdシリーズなど。
宿主として枯草菌(Bacillus subtilis)を用いる場合:発現プラスミドとしてpHTシリーズ、pALシリーズ、pBE-Sなど。
宿主としてブレビバチルス菌(Brevibacillus)を用いる場合:発現プラスミドとしてpBICシリーズ、pNCシリーズ、pNIシリーズ、pNY326、pNCMO2など。
【0041】
あるいは、本発明の医薬組成物に含まれる有効成分であるポリペプチドは、当業者に周知の培養方法により調製することができる。その場合、培養物から、有効成分を実質純粋に単離して使用する。「実質的に純粋」とは、約75%ないし約100%の純度を有するポリペプチドを示す。好ましい実施態様において、アンジオテンシン変換酵素2活性を有する原核微生物由来ポリペプチドは約90%ないし約100%の純度を有し、最も好ましい実施態様においては少なくとも95%の純度を有している。
【0042】
本発明におけるポリペプチドは当業者に周知の手法により、「誘導体」にすることができる。本発明における「誘導体」は、1またはそれ以上のアミノ酸配列および/または1またはそれ以上の化学的部分、例えばアシル化剤またはスルホン化剤を付加したものを含み、ただしその誘導体は親ポリペプチドの生物活性を保持している、ACE2活性を有する原核微生物由来ポリペプチドのペプチド類縁体を意味する。また、誘導体には、例えば、PEG化アミノ酸、グリコシル化(例えば、O結合型グリコシル化)アミノ酸、プレニル化アミノ酸、アセチル化アミノ酸、ビオチニル化アミノ酸、および/または有機誘導体化剤と結合した改変アミノ酸残基を含むポリペプチドが挙げられる。改変アミノ酸残基は、親ポリペプチドにおけるインビボ安定性、インビボ半減期、取り込み/投与、組織局在化若しくは分散、タンパク質複合体の形成、および/または純度のうち1以上を強化することができる。
【0043】
ポリエチレングリコール(PEG)は、生体材料、生命工学および医学で広く使用されている。これは主にPEGが、生体適合性で無毒性であり、非免疫原性で水溶性のポリマーであるためである(Zhao and Harris, ACS Symposium Series 680: 458-72, 1997)。薬物送達の分野では、PEG誘導体は、免疫原性、タンパク質分解および腎臓クリアランスを低下させるためにならびに溶解性を高めるためにタンパク質との共有結合(すなわち「PEG(ペグ)化」)で広く使用されている(Zalipsky, Adv. Drug Del. Rev. 16:157-82, 1995)。同様に、PEGは、溶解性を高めるために、毒性を低下させるためにおよび生体内分布を変化させるために低分子量の、相対的に疎水性の薬物に付着されている。通常、PEG化された薬物は溶液として注射される。一つの側面において、PEHは、約3kDから約50kD、および好ましくは約5kDから約30kDに及ぶ分子量を有する。ポリペプチドとのPEGの共有結合は、既知の化学合成技術により達成することができる。例えば、本発明の一つの側面において、タンパク質のPEG化は、適当な反応条件の下でNHS-活性化PEGをタンパク質と反応させることにより達成することができる。
さらに、本発明における誘導体には、重合体分子がカップリングされたポリペプチドが含まれる。
【0044】
本発明の医薬組成物は、急性呼吸窮迫症候群もしくは急性肺傷害、肺水腫、または重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染もしくはインフルエンザウイルス感染関連肺損傷および障害を処置または予防するために有用である。
急性呼吸窮迫症候群もしくは急性肺傷害(ARDS)とは、肺炎や敗血症などがきっかけとなって、重症の呼吸不全をきたす疾患である。さまざまな原因によって肺の血管透過性が進行した結果、血液中の成分が肺胞腔内に移動し、肺水腫を起こす。古くは、呼吸不全に分類され、その内訳は重症外傷、ウイルス性肺炎、急性膵炎と、種々の疾患が原因となる。現在この疾患の原因は、直接肺を障害するものと、間接的に肺を障害するものに大別され、直接肺を障害するものとして肺炎や胃酸の誤嚥(ごえん)、肺挫傷、溺水などが挙げられ、間接的に肺を障害するものとして、敗血症や重症な外傷、大量輸血などが挙げらる。
肺水腫とは、肺胞の周りの網目状の毛細血管から血液の液体成分が肺胞内へ滲み出した状態である。肺胞の中に液体成分が貯まるため、肺での酸素の取り込みが障害され、重症化すると呼吸不全に陥ることがある。
【0045】
重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染関連肺損傷および障害に関連し、コロナウイルスとは、ヒトを始めとしてイヌ、ネコ、ニワトリ、ウシ、ブタといった哺乳類や鳥類に検出される大型のエンベロープ型一本鎖RNAウイルスである。コロナウイルスは、呼吸器系、消化器系、神経系の疾患を引き起こす。臨床で最も一般的なコロナウイルスは、229E、OC43、NL63およびHKU1であり、これらは典型的には免疫正常な健常者に感冒症状を引き起こす。SARS-CoV-2は、過去20年間にヒトに重篤な疾患を引き起こし、世界的に流行したコロナウイルスのうち3番目のウイルスである。最初に出現したコロナウイルスは、中国の仏山市(Foshan、 China)が起源とされる重症急性呼吸器症候群(SARS)であり、2002-2003年のSARS-CoVパンデミックを引き起こした。2番目は、2012年にアラビア半島を起源とするコロナウイルスを原因とする中東呼吸器症候群(MERS)である。SARS-CoV-2は、直径が60-140nm、9nm-12nmのスパイクタンパク質を有していることが特徴であり、太陽の「コロナ」のような外観を呈している。遺伝子の組換えと変異により、コロナウイルスは新しい宿主に適応して感染できる。コウモリは SARS-CoV-2 の自然宿主(reservoir)であると考えられ、ヒトはパンゴリンなどの中間宿主を経由してSARS-CoV-2に感染したことが示唆されている。
【0046】
感染初期には、SARS-CoV-2は、ACE2受容体が発現している鼻、気管支上皮細胞、肺細胞などの細胞を標的とし、ACE2受容体に結合するウイルス構造スパイク(S)タンパク質を介して侵入する。インフルエンザなどの他の呼吸器系ウイルス疾患と同様、SARS-CoV-2がTリンパ球細胞に感染し、細胞が死に至ると、著明なリンパ球減少が生じることがある。さらに、自然免疫応答と獲得免疫応答(液性免疫と細胞性免疫からなる)からなるウイルスに対する炎症反応は、リンパ増殖を障害し、リンパ球のアポトーシスを促進する。感染後期では、ウイルス複製が加速すると上皮内皮バリアの完全性が損なわれる。上皮細胞のみならず、SARS-CoV-2は肺毛細血管内皮細胞に感染し、炎症反応を促進し、単球および好中球の流入が誘発される。剖検研究では、肺胞隔壁のびまん性肥厚が認められ、内皮炎に加え、肺胞腔内に単核細胞やマクロファージが浸潤していることが明らかになっている。間質における単核球炎症性浸潤と浮腫が生じ、CTスキャンではground-glass opacitiesを認める。硝子膜形成を伴う肺水腫は、初期の急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に合致する。ブラジキニン依存性肺血管浮腫が一因となっている可能性がある。まとめると、内皮バリアの障害、肺胞-毛細血管酸素運搬機能不全、および酸素拡散障害がCOVID-19の特徴であり、これらが、重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染関連肺損傷および障害である。そして、本発明において、好ましくは、重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染は、SARS-CoV-2感染である。
【0047】
インフルエンザウイルス感染関連肺損傷および障害に関連し、インフルエンザは一般には自然治癒することが多い比較的予後良好な疾患であり、医療機関を受診する患者においても、その大部分は抗インフルエンザ薬投与という外来治療により軽快する。しかし、一方で、重症化し死亡に至る例もある。従って、重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス感染関連肺損傷および障害と同様、インフルエンザウイルス感染関連肺損傷および障害も本発明の範囲内である。
【0048】
本明細書において、「処置」とは、(1)疾患または状態の発症を遅延させる;(2)疾患または状態の症状の進行、増悪または悪化を減速または停止させる;(3)疾患または状態の症状の寛解をもたらす;あるいは(4)疾患または状態を治癒させることを目的とする方法またはプロセスを意味する。処置は、予防的措置として疾患または状態の発症前に施してもよいし、あるいはまた、処置は、疾患の開始後に施してもよい。本明細書において、「予防」とは、疾患または状態の発症を予防することを意味する。
【0049】
本発明において医薬組成物とは、通常、疾患の治療もしくは予防、あるいは検査・診断のための薬剤を意味する。
【0050】
本発明の医薬組成物は、当業者に公知の方法で製剤化することが可能である。例えば、水もしくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液、または懸濁液剤の注射剤の形で非経口的に使用できる。例えば、薬理学上許容される担体もしくは媒体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤などと適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することが考えられる。これら製剤における有効成分量は、指示された範囲の適当な容量が得られるように設定する。
【0051】
注射のための無菌組成物は注射用蒸留水のようなビヒクルを用いて通常の調剤に従って処方することができる。
【0052】
注射用の水溶液としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬(例えばD-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム)を含む等張液が挙げられる。適当な溶解補助剤、例えばアルコール(エタノール等)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン性界面活性剤(ポリソルベート80(TM)、HCO-50等)を併用してもよい。
【0053】
油性液としてはゴマ油、大豆油があげられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジルおよび/またはベンジルアルコールを併用してもよい。また、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液および酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩酸プロカイン)、安定剤(例えば、ベンジルアルコールおよびフェノール)、酸化防止剤と配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填する。
【0054】
本発明の医薬組成物は、好ましくは非経口投与により投与される。例えば、注射剤型、経鼻投与剤型、経肺投与剤型、経皮投与型の組成物とすることができる。例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射などにより全身または局部的に投与することができる。
【0055】
本発明の医薬組成物は好ましくは、肺吸入剤である。肺保護酵素とウイルスのデコイの両方の機能を有する可溶性ACE2は、COVID-19治療に理想的であるが、インビボ感染におけるそのデコイ機能の有効性は明確ではない。ACE2酵素活性はCOVID-19の肺損傷の治療に有効であることを考えると、B38-CAPは、肺のACE2活性を高めるための代替オプションとなる可能性がある。例えば、B38-CAPの吸入薬としての開発は、その費用対効果の高い生産と細菌起源を考慮すると有利であると考えられる。現在COVID-19で利用可能なほとんどの医薬は、他の疾患からのリポジショニングであるか、またはCOVID-19を特異的に標的としていない。本発明におけるデータは、COVID-19の急性肺病変の症状を緩和する潜在的な治療戦略としてのACE2酵素活性を示しており、さらに、COVID-19の治療における特定の分子標的の重要性を保証するものである。
【0056】
投与方法は、患者の年齢、症状により適宜選択することができる。ポリペプチドを含有する医薬組成物の投与量は、例えば、1回につき体重1kgあたり0.0001mgから1000mgの範囲に設定することが可能である。または、例えば、患者あたり0.001~100000mgの投与量とすることもできるが、本発明はこれらの数値に必ずしも制限されるものではない。投与量および投与方法は、患者の体重、年齢、症状などにより変動するが、当業者であればそれらの条件を考慮し適当な投与量および投与方法を設定することが可能である。
【0057】
本明細書で用いられているアミノ酸の3文字表記と1文字表記の対応は以下の通りである。
アラニン:Ala:A
アルギニン:Arg:R
アスパラギン:Asn:N
アスパラギン酸:Asp:D
システイン:Cys:C
グルタミン:Gln:Q
グルタミン酸:Glu:E
グリシン:Gly:G
ヒスチジン:His:H
イソロイシン:Ile:I
ロイシン:Leu:L
リジン:Lys:K
メチオニン:Met:M
フェニルアラニン:Phe:F
プロリン:Pro:P
セリン:Ser:S
スレオニン:Thr:T
トリプトファン:Trp:W
チロシン:Tyr:Y
バリン:Val:V
【0058】
以下、本発明を参考例および実施例により、詳細に説明する。これらは、単なる例示であり、本発明は、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれることに留意すべきである。
【0059】
[参考例]
参考例1:組換えB38-CAPタンパク質の調製
組換えB38-CAPタンパク質は、特許文献6または非特許文献24に記載のようにして大腸菌で発現し、精製した。すべてのタンパク質は、LAL Endotoxin Assay Kit(Genscript)によってエンドトキシン汚染がないことを確認した(<0.1 EU/μgタンパク質)。
【0060】
参考例2:SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のS1ドメインおよびRBDの調製
SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のS1ドメイン(1-685アミノ酸)またはRBD(319-541アミノ酸)のコード配列をコドン最適化し、合成し、pCAGGSベクターにサブクローニングして、ヒトIgG1のFc部分との融合タンパク質を調製した。ヒトExpi293F細胞(Gibco)にS1-FcおよびRBD-Fc発現ベクターをトランスフェクトし、上清を回収し、S1-FcおよびRBD-Fcタンパク質をプロテインA HPカラム(Cytiva)を使用したアフィニティークロマトグラフィーで精製した。対照-Fcタンパク質(#AG714; Merck)は購入した。
【0061】
参考例3:SARS-CoV-2ウイルスの入手
SARS-CoV-2(東京株、UT-NCGM02)は、既報(Imai, M. et al. Syrian hamsters as a small animal model for SARS-CoV-2 infection and countermeasure development. Proc Natl Acad Sci U S A 117, 16587-16595, doi:10.1073/pnas.2009799117 (2020))のようにして維持し、また、東京大学および国立開発法人医薬基盤栄養研究所(NIBIOHN)の筑波霊長類研究センターにおいて、それぞれハムスターおよびhACE2 Tgマウスの実験的感染に使用した。SARS-CoV-2(香港株、HKU-001a(GenBank:MT230904。1))は既報(Chan, J. F. et al. Simulation of the clinical and pathological manifestations of Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) in golden Syrian hamster model: implications for disease pathogenesis and transmissibility. Clin Infect Dis, doi:10.1093/cid/ciaa325 (2020))のようにして維持し、また、香港大学のハムスターの感染実験でも使用した。生SARS-CoV-2を使用したすべての実験は、NIBIOHNの筑波霊長類研究センター、東京大学または香港大学における強化されたバイオセーフティレベル3(BSL3)封じ込め研究所で行い、これらは、既述のBSL3施設の承認された標準の操作手順に従っている。
【0062】
参考例4:ハムスター血漿中のAng IIレベルとACE2活性の測定
血漿Ang IIレベルは、既報(非特許文献24)のようにして、ペプチド抽出後にELISAアッセイによって測定した。簡単には、血液試料を、EDTA(25 mM)、o-フェナントロリン(0.44 mM)、ペプスタチンA(0.12 mM)およびp-ヒドロキシメルクリ安息香酸(1 mM)を含む試験管に採取し、次いで1,200 xgで10分間遠心分離した。アンジオテンシンペプチドを酸性化し、Sep-Pakカートリッジ(Waters)で抽出し、ペプチド抽出物中のAng IIを、ELISAキット(Enzo Life Sciences)を使用して定量した。血漿ACE2活性を、既報(非特許文献24)のようにして測定した。ヘパリン処理血漿をアッセイ緩衝液で希釈し、反応混合物には総量50μl中、45μlのHEPES緩衝液、pH 7、0. 3 M NaCl、20μM Nma-Leu-Pro-Lys(Dnp)、0.01% Triton X-100、0.02%NaN3、および5μlの希釈血漿または組換えB38-CAPが含まれていた。反応混合物を37℃、60分間インキュベートした後、0.2mlの0.1 Mホウ酸ナトリウム緩衝液pH 10.5wp添加して反応を停止させ、蛍光強度を測定した。血漿ACE2活性は、標準的な組換えB38-CAP活性に基づいて計算した。
【0063】
参考例5:実験動物の準備
3週齢のオスのシリアンハムスターと10週齢のメスのシリアンハムスターは日本SLCから購入し、秋田大学または東京大学の動物施設で飼育した。6週齢のオスのシリアンハムスターは、香港大学のHKU実験動物ユニットから入手した。CAGプロモーター下で全身にヒトACE2を発現するヒトACE2トランスジェニック(hACE2 Tg)マウスは、国立感染症研究所にて作製され、NIBIOHNの実験動物資源バンクに寄贈されたものである。マウスの3系統すべて(#5、#16、#17)は、SARSコロナウイルス(Uda、Tanabayashiなど、原稿は準備中)に感染性であったが、#17系統がコロニーの拡大に効果的であり、この研究に使用した。ヒトACE2のトランスジェニック発現は、ウエスタンブロットで確認し、マウスの遺伝子型は、以下のプライマーペアを用いたテールDNAのPCRによって決定した:
5'- CTTGGTGATATGTGGGGTAGA -3'(配列番号18)および
5'- CGCTTCATCTCCCACCACTT -3'(配列番号19)。
【0064】
NIBIOHNの動物施設において、hACE2Tg/+マウスを野生型マウスと交配することにより、hACE2 Tgマウスはヘテロ接合(hACE2Tg/+)として維持された。すべての動物実験は、2011年に米国国立研究評議会委員会(the US National Research Council Committee)によって更新された実験動物の手入れと使用のためのガイド、第8版(Guide for the Care and Use of Laboratory Animals, Eighth Edition)に準拠し、実験の承認は秋田大学、NIBIOHN、東京大学または香港大学の倫理審査委員会によって付与された。
【実施例0065】
統計分析
データは平均値±SEMとして表示している。2つの実験群間の統計的有意性は、スチューデントの両側t検定を使用して決定した。3群以上のグループ間のパラメータの比較は、一元配置分散分析によって分析し、その後Sidak's多重比較検定を行った。2つの因子水準を持つ群の比較を行う場合、Sidak's多重比較検定を使用した2元分散分析を使用した。P <0.05 を有意であると考えた。
【0066】
実施例1
SARS-CoV-2感染とスパイクタンパク質によるACE2タンパク質発現の下方制御
肺のACE2タンパク質発現に対するSARS-CoV-2感染の影響を調べるため(図1-1a)、鼻腔内接種により、ハムスターをSARS-CoV-2(UT-NCGM02またはHKU-001a、参考例3)に感染させた。詳細には、感染した肺におけるACE2タンパク質発現を測定するため、ハムスターの実験的感染を、東京大学と香港大学の強化されたBSL3実験室で行った。10週齢のメスのシリアンハムスター(日本エスエルシー)および6週間齢のシリアンハムスター(もともとはエンビゴ由来)を、東京大学と香港大学でそれぞれ使用した(前掲)。ケタミン-キシラジン麻酔下、10週齢のメスのハムスター6匹および6週齢のメスのハムスター5匹に、鼻腔内経路を介し、103 PFU(100μLPBS中)のSARS-CoV-2(東京株、UT-NCGM02)および103 PFU(100μLPBS中)のウイルス(香港株、HKU-001a)をそれぞれ接種した。感染の4日後に、過剰量の麻酔でハムスターを安楽死させ、肺組織を回収してタンパク質溶解物を調製し、生ウイルスは、熱(92℃、15分)と界面活性剤(2%SDS)によって不活化した。
【0067】
タンパク質のウエスタンブロッティングは次のようにして行った。
肺タンパク質を、TNE溶解緩衝液(Microsmash (MS-100R; TOMY)、20 mM NaF、2 mM NaF、2 mM Na3VO 4を使用する、50 mM Tris、150 mM NaCl、1 mM EDTA、1%NP40、プロテアーゼ阻害物質(Complete Mini; Roche))で抽出し、超音波処理し、70℃にて、LDS試料緩衝液(Invitrogen)で変性させた。BSL3実験室でのSARS-CoV-2感染肺からのタンパク質抽出では、3分間の総タンパク質抽出キット(P502L; 101Bio)を使用して20 mgの肺組織をホモジナイズし、溶解物を92℃、15分間、1.3x LDS試料緩衝液(Invitrogen)または2%SDSで変性させた。ウイルスの不活化を確認後、タンパク質試料をBSL3実験室から取り出した。タンパク質は、NuPAGE bis-trisプレキャストゲル(Invitrogen)で電気泳動し、ニトロセルロース膜(Invitrogen)に転写した。膜を以下の抗体でプローブした:ハムスターACE2Ref(40)を検出するための抗マウスACE2抗体、抗ハムスターGAPDH抗体(GeneTex、GTX100118)、抗SARS-CoV/SARS-CoV-2 NP抗体(39)、抗ヒトACE2抗体(R&D systems, MAB9331)、抗β-アクチン抗体(Sigma, A5316) または抗ヒトIgG抗体(MBL, 103R)。ブロッティングしたバンドを、ChemiDoc Touch Imaging System(Bio-Rad)を使用し、ECL試薬(Bio-Rad)で可視化した。Image Labソフトウェアを使用し、バンド強度を定量化した。
【0068】
結果、感染の4日後、ウイルスのヌクレオカプシドリンタンパク質(NP)が肺で高度に発現し、同時に、ACE2のタンパク質発現はSARS-CoV-2感染ハムスターの肺で有意に下方制御された(図1-1b、c、図5-1a)。この際、ウイルスの2つの異なる分離株(UT-NCGM02およびHKU-001a))で行い、同じ結果を示した(図1-1b、c、図5-1a)。このことから、SARSコロナウイルスに感染したマウスに見られるように(非特許文献8)、ACE2発現の減少は、SARS-CoV-2感染の肺の病理においても影響を与える可能性があると推定された。このことを確認するため、ヒトFcに融合したSARS-CoV-2スパイクのS1ドメイン(1-685アミノ酸)および受容体結合ドメイン(RBD)(319-541アミノ酸)の発現ベクターを構築し(図1-1d中、それぞれS1-FcおよびRBD-Fc、参考例2)、それらを利用し、S1-FcおよびRBD-Fcタンパク質を293細胞で発現させ、精製した(図5-1b、c)。得られた組換えSARS-CoV-2スパイクタンパク質S1-FcおよびRBD-Fcが、ACE2タンパク質に結合するかどうかを、インビトロ沈降アッセイを使用して調べた。
【0069】
詳細には、スパイクタンパク質(S1-FcおよびRBD-Fc)のヒトACE2またはハムスターACE2タンパク質への結合を評価するための沈降アッセイでは、Caco2ヒト結腸上皮細胞またはハムスター肺組織を、一般的なタンパク質抽出のためのプロテアーゼ阻害物質カクテルを追加した溶解緩衝液(50 mM Tris-HCl、pH7.4、20 mM EDTAおよび1%トリトン-X100)中でホモジナイズした。タンパク質溶解物をS1-Fc、RBD-Fcまたは対照のヒトIgG-Fcタンパク質と4℃で2時間、穏やかに攪拌しながらインキュベートした。S1-Fc、RBD-Fcまたは対照-Fcタンパク質を、プロテインGダイナビーズ(Thermo Fisher Scientific)で沈降し、SDS-PAGEで分離し、ニトロセルロース膜にタンパク質を転写した。膜を、抗ヒトACE2抗体(R&Dシステム、MAB9331)、抗マウスACE2抗体(Crackower, M. A. et al. Angiotensin-converting enzyme 2 is an essential regulator of heart function. Nature 417, 822-828, doi:10.1038/nature00786 (2002))でプローブし、ハムスターACE2または抗ヒトIgG抗体(MBL、103R)を検出した。
【0070】
まず、S1-FcおよびRBD-Fcは両者ともに実際、ヒトおよびハムスターのACE2と結合することを確認した (図1-1e、図5-2d、e)。SARSコロナウイルスの組換えスパイクまたはRBDタンパク質はACE2発現を下方制御するため(非特許文献8、Wang, S. et al. Endocytosis of the receptor-binding domain of SARS-CoV spike protein together with virus receptor ACE2. Virus Res 136, 8-15, doi:10.1016/j.virusres. 2008.03.004 (2008))、ACE2発現に対するSARS-CoV-2スパイクタンパク質の影響を調べた。Vero E6細胞をRBD-Fcで処理し、細胞表面での内因性ACE2の発現を分析した。RBD-FcはVero E6細胞の内因性ACE2に結合した(図5-2f、g)。4℃と比較して37℃の条件でRBD-Fc処理した場合には、細胞表面上のACE2発現が低下し、おそらくは内在化または脱落を介し、RBD-Fcによって下方制御されていることを示唆していた。このことは以前にSARSコロナウイルスについて記載(Wang, S. et al. Endocytosis of the receptor-binding domain of SARS-CoV spike protein together with virus receptor ACE2. Virus Res 136, 8-15, doi:10.1016/j.virusres. 2008.03.004 (2008):Haga, S. et al. Modulation of TNF-alpha-converting enzyme by the spike protein of SARS-CoV and ACE2 induces TNF-alpha production and facilitates viral entry. Proc Natl Acad Sci U S A 105, 7809-7814, doi:10.1073/pnas.0711241105 (2008))されていることと矛盾しない(図5-2f、g)。
【0071】
次に、S1-FcまたはRBD-FcがインビボにおいてACE2発現を下方制御するかどうかを調べた。組織病理学および免疫組織化学では、肺組織を4%ホルマリンで固定し、パラフィンに包埋した。5μmの厚さの切片を調製し、ヘマトキシリン& エオシン(H&E)で染色した。肺損傷の半定量的評価のために、H&Eで染色した肺切片の高解像画像(倍率200倍)を顕微鏡(ニコン)で撮影した。肺損傷スコアとして、肺胞のうっ血、出血、好中球浸潤、肺胞壁の厚さおよび硝子膜形成からなる、従前より定義されているスコアを使用し、各切片における無作為に選択した3つのフィールドを、次のようにして盲検法でスコア化した:0 =最小(少しの)損傷、1 =軽度の損傷、2 =中程度の損傷、3 =重度の損傷、および4 =最大の損傷(非特許文献8)。各切片の3つのフィールドの平均肺損傷スコアを、1つの個別の肺損傷スコアとして使用した。肺のS1-FcまたはRBD-Fcタンパク質の免疫組織化学のため、5μm切片を72℃、EDTA緩衝液で前処理し、ペルオキシダーゼ結合抗ヒトFc抗体(Jackson ImmunoResearch、#109-035-098)で染色した。
【0072】
結果、ハムスターをS1-Fc、RBD-Fcまたは対照-Fcで処理すると、抗ヒトFc抗体を用いた免疫組織化学は、S1-FcおよびRBD-Fcはハムスターの肺に局在したが、対照-Fcは局在しないことを示した(図1-2f)。また、S1-FcまたはRBD-Fcによる処理は、対照-Fc処理と比較して、ACE2の肺における発現を下方制御した(図1-2g-i)。
【0073】
次に、ハムスターに酸を気管内注入(0.1 M HCl、100μl)して急性肺損傷を作り、機械的換気サポートなしで飼育した(図1-2g)。詳細には、酸吸引による急性肺損傷を起こすため、3週齢のオスのハムスターをケタミン(200 mg/kg)とキシラジン(10 mg/kg)で麻酔し、気管内に0.1 M HCl(100μlPBS中)を注入した。スパイクタンパク質に加えて酸吸引による肺損傷を起こす場合、SARS-CoV-2スパイクタンパク質(S1-FcまたはRBD-Fc)または対照Fc(11 nmol/kg per i.p.注射)を、酸吸入の30分前および12時間後に腹腔内注射した。
【0074】
結果、酸吸引による肺損傷下でのハムスターは、ACE2発現の下方制御がS1-FcおよびRBD-Fcによって増強された(図1-2h、i)。急性肺損傷のハムスターでは、一貫して、血漿Ang IIレベルは、S1-FcまたはRBD-Fcによって有意に上方制御された(図1-2j)。このように、SARS-CoV-2スパイクタンパク質(S1-FcまたはRBD-Fc)は、ACE2発現を下方制御し、インビボにおいてRAS活性化を誘導することが示された。
【0075】
実施例2
SARS-CoV-2スパイクタンパク質による急性肺損傷の悪化
実施例1に記載のようにして、ハムスターに酸を気管内注入(0.1 M HCl、100μl)して急性肺損傷を作り、機械的換気サポートなしで飼育した(図1-2g)。
結果、酸点滴を行っていないハムスターでは、S1-FcまたはRBD-Fcで処理した肺に穏やかな膨潤が観察されたが、対照では観察されなかった(図2a)。S1-Fc処理ハムスターは、肺水腫のわずかではあるが有意な増加を示し、これは肺の湿重量と乾燥重量の比率(湿/乾比率)で規定した(図2b)。さらに、S1-Fc処理肺は、限局性出血を示唆する黒い斑点を示した(図2a)。組織学的分析は、S1-FcまたはRBD-Fc処理肺に軽度の病状を示し(図2c、d)、このことは、スパイクタンパク質が肺に対して炎症促進性である可能性を示唆している。
【0076】
次に、酸誘発性肺損傷に対するスパイクタンパク質の影響を調べた(図1-1h)。酸吸引後24時間で、肺は穏やかに赤みを帯び、腫れたように見え、対照Fcタンパク質処理ハムスターで出血斑点がときおり見られた(図2a)。酸注入に加えてスパイクタンパク質S1-FcまたはRBD-Fcを腹腔内注射すると、ハムスターは広範な炎症と出血を伴う重度の肺損傷を示し(図2a)、肺の乾重量に対する湿重量の比は有意に増加し(図2b)、これらはS1-FcまたはRBD-Fcが重度の肺水腫を誘発することを示している。一貫して、組織学的分析は、スパイク(S1-FcまたはRBD-Fc)と酸処理ハムスターで重度の肺炎症の病状を示した(図2c、d)。このように、SARS-CoV-2スパイクタンパク質は、酸誘発肺損傷を増大させた。
【0077】
実施例3
SARS-CoV-2スパイクにより誘発される肺損傷に対するB38-CAPの抑制効果
組換えヒト可溶性ACE2は、Ang IIを分解し、同時にスパイクタンパク質のRBDに結合し、それによりSARS-CoV-2の細胞への侵入を阻害する(図3-1a)。
まず、B38-CAPがインビトロでRBD-Fcタンパク質に結合するか否かを調べた。B38-CAPのRBD-Fcへの結合を評価するため、既報(非特許文献24)のようにして、B38-CAPをB38-CAP特異的ポリクローナル抗体によって検出し、組換え可溶性ヒトACE2(R&Dシステム, 933-ZN)をRBD-Fcへの結合の陽性対象として使用した。
【0078】
結果、可溶性ACE2はRBD-Fcで効率的に共免疫沈降されたが、B38-CAPはRBD-Fcで沈降されなかった(図6a、b)。したがって、B38-CAPは、SARS-CoV-2の細胞侵入を阻害する能力のないACE2様酵素である。
【0079】
スパイク(RBD-Fc)処理を行った、または行っていない酸誘発性肺損傷下のハムスターにB38-CAPを腹腔内注射(注射あたり2 mg/kg)した(図3-1b)。R38-Fcタンパク質(11 nmol/kg)または対照Fc(11 nmol/kg)を、B38-CAP(2 mg/kg)と一緒に、またはそれ無しで、腹腔内注射(i.p.)し、麻酔下、酸(0.1N HCl、100μl/ 体重)を気管内注入(i.t.)した。詳細には、B38-CAP処理では、B38-CAPタンパク質(2 mg/kg)またはビヒクルを、酸吸入の3時間後と15時間後に注射した。肺の病理を評価するため、酸吸入の24時間後にハムスターを麻酔の過剰投与で安楽死させ、血液試料を採取し、プロテアーゼ阻害物質カクテルを用いてAng IIを測定し、肺を、心臓と一括して切除した。肺のマクロ写真を撮った後、通常は右肺よりも重篤な損傷を示す左肺葉を3つに切断し、湿重量と乾燥重量の比、RNA発現とタンパク質発現を測定し、右肺の後葉を、組織学的分析のために4%ホルマリン試料で固定した。肺機能を測定するため、酸吸入の17時間後にハムスターをケタミンとキシラジンで麻酔し、気管切開し、人工呼吸し、肺機能を抵抗とコンプライアンスシステム(Resistance and Compliance system、Buxco)で測定した。肺機能パラメータであるエラスタンス、抵抗、および動的または静的コンプライアンスは、1回換気量(10 ml/kg)とPEEP(2 cm H2 O)を備えた機械換気下で15分間で得た。測定後、過剰量の麻酔でハムスターを安楽死させ、ヘパリン処理した血液試料を採取し、ACE2酵素活性を測定した。
【0080】
組織損傷および肝臓と腎臓の機能のマーカーの測定は次のようにして行った。
FUJI DRI-CHEMスライドキット(富士フイルム株式会社)を使用し、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)、アスパラギン酸トランスアミナーゼ(AST)またはアラニントランスアミナーゼ(ALT)、クレアチニン(Cr)、および血中尿素窒素(BUN)の血漿レベルを、それぞれ肝臓および腎臓の損傷のマーカーとして測定した。
【0081】
結果、B38-CAPまたはビヒクルを最後に注射してから2時間後に、ACE2酵素活性はB38-CAP処理ハムスターの血漿で著しく上昇した(図3-1c)。B38-CAP処理ハムスターの血漿では、ビヒクル処理ハムスターと比較して、ACE2活性の上昇に伴い、Ang IIレベルの上昇が大幅に下方制御され(図3-1d)、このことは、ハムスターでは、注入したB38-CAPがAng IIを分解するACE2様酵素として機能することを示している。酸および対照-Fcで処理したハムスターでは、B38-CAPは、酸誘発性の肺の腫れや出血を有意に抑制し(図3-1e)、肺の湿重量と乾重量の比率を下方制御した(図3-1f)。重要なのは、RBD-Fcおよび酸誘発の肺損傷を有するハムスターでは、B38-CAP処理によって重度の炎症と肺水腫が顕著に減弱されたことである(図3-1e、f)。一貫して、B38-CAPにより炎症細胞の浸潤、出血、硝子膜形成が減少、肺の病変が有意に改善された(図3-2g、h)。さらに、肺機能を肺弾性と気道抵抗として測定した。RBD-Fc誘発性の肺機能障害である弾性と耐性の増大は、B38-CAPによって有意に改善された(図3-2i、j;図7-1a、b)。B38-CAPによる処理は、組織損傷の血清マーカー(LDH)および腎臓と肝臓の機能(Cr、ALT、AST)を改善したが、それ自体は毒性を示さなかったことに留意すべきである(図7-1cおよび図7-2d-g)。
【0082】
さらに、COVID-19患者において上方制御されることが知られているサイトカイン(IL-6、TNF-αおよびCXCL10)のmRNA発現を調べた。簡単には、qRT-PCRによって、サイトカインmRNA発現を測定した。qRT-PCR分析は、既報(非特許文献24)のようにして実施した。簡単には、TRIzol試薬(Invitrogen)を使用して総RNAを抽出し、PrimeScript RT試薬キット(RR037; TAKARA)を使用してcDNAを合成した。製造元の指示に従い、SYBR Premix ExTaq II(RR820; TAKARA)を使用し、96ウエルプレートで定量リアルタイムPCRを行った。Thermal Cycler Dice Real Time System IIソフトウェア(TAKARA)を使用し、相対遺伝子発現レベルを定量した。調べた遺伝子のフォワードおよびリバースプライマーの配列を表1に記載する。
【0083】
【表1】
結果、IL-6、TNF-αおよびCXCL10のmRNA発現もRBD-Fcプラス酸処理ハムスターで上方制御されたが、B38-CAP処理は、高いサイトカインmRNAレベルを有意に下方制御した(図3-2k-m)。したがって、B38-CAPはスパイクRBD誘発性の重度の肺損傷を抑制することが明らかとなった。
【0084】
実施例4
hACE2 TgマウスのSARS-CoV-2感染によって誘発される肺損傷に対するB38-CAPの効果
SARS-CoV-2感染によって誘発される急性肺損傷におけるB38-CAPの影響に対処するため、CAGプロモーターによってヒトACE2の発現が誘導されているヒトACE2トランスジェニック(hACE2 Tg)マウス(参考例5)を利用した。
SARS-CoV-2感染におけるB38-CAPの影響を調査するため、NIBIOHNの筑波霊長類研究センターの強化されたBSL3実験室でhACE2 Tgマウスの実験的感染を行った。3か月齢のオスのhACE2 Tgマウス7匹を、0.2 mg/kgメデトミジン、6 mg/kgミダゾラムおよび10 mg/kg酒石酸ブトルファノールのカクテルで麻酔し、気管内経路を介して2 x 103 TCID50 (25μlPBS中)のSARS-CoV-2(UT-NCGM02)を接種した。感染の12時間後、マウスを2つのグループに分け、一方はB38-CAP(2 mg/kg per i.p.) (n = 4)、他方はビヒクル(n = 3)の腹腔内注射を開始し、それを12時間ごと繰り返した。感染の4日後、マウスを過剰量の麻酔で安楽死させ、左右の肺を採取し、それぞれ、4%ホルマリン固定して組織学的検査用に、またTRIzol試薬(Invitrogen)を用いるRNA発現の測定に使用した。
【0085】
また、ウイルス量の測定は次のようにして行った。
国立感染症研究所(東京)から報告されている診断プロトコル(Shirato, K. et al. Development of Genetic Diagnostic Methods for Detection for Novel Coronavirus 2019(nCoV-2019) in Japan. Jpn J Infect Dis 73, 304-307, doi:10.7883/ yoken. JJID. 2020.061 (2020))に変更を加え、ウイルスのN遺伝子のコピーを定量化するqRT-PCRを、逆転写酵素(RT)反応とリアルタイムプローブqPCRの2つの工程により実行した。
プライマーとプローブの配列は、5'-AAATTTTGGGGACCAGGAAC-3 '(フォワードプライマー(NIID_2019-nCOV_N_F2)、配列番号40)、5'-TGGCAGCTGTGTAGGTCAAC-3'(リバースプライマー(NIID_2019-nCOV_N_R2)、配列番号41)および5'-FAM-ATGTCGCGCATTGGCATGGA-BHQ-3 ' (プローブ(NIID_2019-nCOV_N_P2)、配列番号42)である。
【0086】
cDNAは、PrimeScript RT試薬キット(RR037; TAKARA)を使用し、2μlの5x PrimeScript緩衝液、0.5μlのPrimeScript RT酵素ミックス、10 ng /μlの総RNAおよび10μMウイルスN遺伝子特異的プライマー(NIID_2019-nCOV_N_R2)を含む10μlのRT反応液中、42℃、15分間の条件および85℃、5秒ので逆転写酵素の不活化の条件下、合成した。RT反応産物を10倍に希釈し、希釈液1μlを、12.5μlの2x Premix Ex Taqおよび5μlの5x NIID_2019-nCOV_N_ プライマー/プローブミックス(XD0007; TAKARA)を含む25μlのqPCR反応液中、Probe qPCRキット(RR390A; TAKARA)を使用し、40サイクルのPCR増幅(95℃で5秒間変性、60℃で30秒間アニーリング/伸長)の定量リアルタイムPCRにかけた。増幅産物の予想サイズは158 bpである。非感染マウス肺の10 ng /μl総RNAの存在下、既知のコピー数(RT反応産物1μl 当たり1.0 x 106から1.0 x 102コピー)を備えた合成N RNA断片(XA0142; TAKARA)の連続10倍希釈液を用い、qRT-PCRの標準曲線を作成し、続いて10倍希釈したRT反応産物1μlを用いたリアルタイムプローブqPCRを行った。これらの希釈液を定量基準として使用し、対応する閾値サイクル値(Ct)に対してRNAコピー数をプロットすることにより、標準曲線を作成した。結果は、肺組織1g当たりのウイルスN RNAコピー数のlog10変換数として表した。
【0087】
結果、ヒトACE2タンパク質は、hACE2 Tgマウスの肺では検出されたが、野生型マウスでは検出されなかった(図4-1a)。当該マウス1匹あたり2 x 103 TCID50の投与量で、SARS-CoV-2ウイルス(UT-NCGM02)を気管内に接種した。SARS-CoV-2感染の12時間後、マウスに12時間ごとにB38-CAPの腹腔内注射を開始した(注射あたり2 mg/kg)(図4-1b)。感染4日後に、マウスを安楽死させ、肺組織を採取した。ウイルスN RNAレベルを肺でのウイルス複製の読み取り値として測定した場合、N RNAのコピー数は、ビヒクル処理マウスと比較して、B38-CAP処理マウスの肺で有意に下方制御された(図4-1c)。組織学的分析は、B38-CAPが肺の病理を改善することを示し(図4-1d)、肺損傷スコアは、B38-CAP処理マウスでは、ビヒクル処理マウスと比較して有意に減少した(図4-1e)。重要なことに、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α、CXCL10、CXCL2およびIFN-γ)のmRNAレベルはSARS-CoV-2感染によって上方制御されたが、これらのサイトカインmRNAレベルは、ビヒクル処理マウスと比較してB38-CAP処理マウスで有意に下方制御されていることである(図4-2f-j)。このように、B38-CAPは、SARS-CoV-2で感染されたhACE2 Tgマウスの肺の炎症と病状を抑制する能力を有していることが判明した。
【0088】
実施例5
野生型マウスの塩酸吸引による急性肺傷害に対するB38-CAPの吸入療法の治療効果
マウスをケタミン(200 mg/kg)とキシラジン(10 mg/kg)で麻酔後、20 mM 塩酸 (50 ul PBS)を気管内に注入することで、急性肺障害を誘導した。塩酸注入2時間、および12時間後にB38-CAP(2 mg/kg)を小動物用のエアロゾル曝露・吸入システム (Mass Dosing System, DSI社)を用いて吸入させた。最後の吸入から2時間後に肺を摘出し肺重量を測定した。結果を図8に示す。図8は、B38-CAPを腹腔内投与した場合と同等に、B38-CAPの吸入療法は、肺水腫の指標である肺重量/脛骨長の比(LW/TL)をビヒクルに比べて有意に低下させた。図中、肺重量/脛骨長の比(LW/TL)とは、肺水腫による肺重量の増加を評価するために肺重量を脛骨の長さで割った値である。体重は肺炎による全身状態の悪化で変化する可能性があるので、全身状態の変化に影響されない脛骨の長さで肺重量を標準化して治療効果を判定している。したがって、B38-CAPの吸入療法は塩酸吸引による急性肺傷害に対する治療効果を持つことが分かった。B38-CAPは吸入により肺局所への投与で治療効果を示すことから、点滴・注射など全身投与による予期せぬ副作用を回避できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明者らは、ACE2様酵素であるB38-CAPがSARS-CoV-2誘発性肺損傷に及ぼす影響を調査した。ACE2タンパク質の発現は、SARS-CoV-2感染ハムスターの肺で有意に下方制御された。SARS-CoV-2スパイクタンパク質の組換えS1ドメインまたは受容体結合ドメイン(RBD)も、ACE2発現を直接下方制御し、Ang IIレベルを上昇させ、ハムスターの酸誘発肺損傷をかなり悪化させた。B38-CAPによる処置は、ACE2様酵素活性により、スパイクRBD誘発性の高いAng IIレベル、重度の炎症および肺水腫を下方制御した。一貫して、サイトカインmRNAレベルの上昇と肺機能障害は、B38-CAPの処置によって改善された。さらに、SARS-CoV-2に感染したヒト化ACE2トランスジェニックマウスでは、B38-CAPは肺損傷の病状を大幅に改善し、サイトカインストームを緩和し、ウイルスRNAレベルを下方制御した。これらの結果は、ACE2様酵素活性の増加がCOVID-19の肺病変の潜在的かつ強力な治療戦略であるという、初めて実験的なインビボ証拠を提供するものである。
図1-1】
図1-2】
図2
図3-1】
図3-2】
図4-1】
図4-2】
図5-1】
図5-2】
図6
図7-1】
図7-2】
図8
【配列表】
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