(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022065836
(43)【公開日】2022-04-28
(54)【発明の名称】塗装耐久性に優れた溶接継手および構造物
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220421BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20220421BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20220421BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C22C38/60
C23C26/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020174571
(22)【出願日】2020-10-16
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】中村 直人
(72)【発明者】
【氏名】三浦 進一
(72)【発明者】
【氏名】塩谷 和彦
(72)【発明者】
【氏名】伊木 聡
【テーマコード(参考)】
4K044
【Fターム(参考)】
4K044AA02
4K044AB02
4K044AB04
4K044AB10
4K044BA10
4K044BA21
4K044BB03
4K044BB05
4K044BB11
4K044BC02
4K044CA07
4K044CA53
(57)【要約】 (修正有)
【課題】合金コストの過度の増大を招くことなく、橋梁などの屋外の大気腐食環境下、特には飛来塩分量の多い海上や海岸近傍などの厳しい腐食環境下で使用する場合であっても、塗り替え塗装にかかる周期を延長して塗装頻度を低減した、塗装耐久性に優れた溶接継手を提供する。
【解決手段】母材同士を溶接してなる溶接継手であって、母材の成分組成が所定の成分組成を有し、溶接金属部の成分組成が所定の成分組成を有し、さらに、母材および溶接金属部の各成分について、所定の式を用いて算出されるP値がいずれも0.90以下を満たし、かつ、(2)式を満たすことを特徴とする塗装耐久性に優れた溶接継手。PB≧PW…(2)なお、(2)式において、PB:母材の成分組成から計算されるP値、PW:溶接金属部の成分組成から計算されるP値である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材同士を溶接してなる溶接継手であって、母材の成分組成が、質量%で、
C:0.020%以上、0.200%以下、
Si:0.05%以上、1.00%以下、
Mn:0.20%以上、2.00%以下、
P:0.003%以上、0.030%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.001%以上、0.100%以下を含有し、
さらに、Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
W:1.000%以下、
Mo:0.500%以下、
Sn:0.200%以下、
Sb:0.200%以下、
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、
溶接金属部の成分組成が、質量%で、
C:0.020%以上、0.200%以下、
Si:0.05%以上、1.00%以下、
Mn:0.20%以上、2.00%以下、
P:0.003%以上、0.030%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.001%以上、0.100%以下を含有し、
さらに、Cu:1.00%以下、
Ni:5.00%以下、
W:1.000%以下、
Mo:1.000%以下、
Sn:0.200%以下、
Sb:0.200%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
さらに、母材および溶接金属部の各成分について、下記の(1)式を用いて算出されるP値がいずれも0.90以下を満たし、かつ、(2)式を満たすことを特徴とする塗装耐久性に優れた溶接継手。
P値:|P(Cu)×P(Ni)×P(W)×P(Mo)×P(Sn)×P(Sb)|…(1)
ここで、
P(Cu)=1-0.0288[Cu]…(1-1)
P(Ni)=1-0.497[Ni]…(1-2)
であり、
W:0.05%未満の場合、
P(W)=1-3.54[W]…(1-3-1)
W:0.05%以上の場合、
P(W)=1-0.056[W]-0.174…(1-3-2)
Mo:0.05%未満の場合、
P(Mo)=1-3.03[Mo]…(1-4-1)
Mo:0.05%以上の場合、
P(Mo)=1-0.098[Mo]-0.147…(1-4-2)
Sn:0.03%未満の場合、
P(Sn)=1-3.41[Sn]…(1-5-1)
Sn:0.03%以上の場合、
P(Sn)=1-1.04[Sn]-0.071…(1-5-2)
Sb:0.05%未満の場合、
P(Sb)=1-2.32[Sb]…(1-6-1)
Sb:0.05%以上の場合、
P(Sb)=1-0.0351[Sb]-0.114…(1-6-2)
である。
なお、(1-1)、(1-2)、(1-3-1)、(1-3-2)、(1-4-1)、(1-4-2)、(1-5-1)、(1-5-2)、(1-6-1)、(1-6-2)において、[Cu][Ni][W][Mo][Sn][Sb]は各元素の含有量(質量%)である。
PB≧PW…(2)
なお、(2)式において、
PB:母材の成分組成から計算されるP値
PW:溶接金属部の成分組成から計算されるP値
である。
【請求項2】
さらに、母材の成分組成が、質量%で、
V:0.200%以下、
Ti:0.050%以下、
Zr:0.100%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
REM:0.0100%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有し、
さらに、溶接金属部の成分組成が、質量%で、
V:0.200%以下、
Ti:0.050%以下、
Zr:0.100%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
REM:0.0100%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の塗装耐久性に優れた溶接継手。
【請求項3】
前記母材を構造用鋼材とし、前記溶接継手が塗膜を有することを特徴とする請求項1または2に記載の塗装耐久性に優れた溶接継手。
【請求項4】
前記塗膜が、防食下地層、下塗り層、中塗り層および上塗り層を有し、該防食下地層が無機ジンクリッチペイント、該下塗り層がエポキシ樹脂塗料、該中塗り層がふっ素樹脂上塗り塗料用の中塗り塗料、該上塗り層がふっ素樹脂上塗り塗料をそれぞれ用いてなることを特徴とする請求項3に記載の塗装耐久性に優れた溶接継手。
【請求項5】
前記構造用鋼材表面にジンクリッチプライマー層を有することを特徴とする請求項3または4に記載の塗装耐久性に優れた溶接継手。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の溶接継手を備える構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造安全性が強く求められる溶接構造物などへ適用され、かつ表面に塗膜を備える溶接継手および構造物に関する。主に橋梁などの陸上かつ屋外の大気腐食環境下で用いられ、特に飛来塩分量の多い海上、海岸などの厳しい腐食環境下で使用される構造用鋼材同士を溶接してなる溶接継手、および、本発明の溶接継手を備え、優れた塗装耐久性を発揮する構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁などの屋外で用いられる鋼構造物は、通常、何らかの防食処理を施して用いられる。例えば、飛来塩分量が少ない環境では、耐候性鋼が多く用いられている。耐候性鋼は、大気暴露環境で使用する場合に、Cu、P、Cr、Niなどの合金元素が濃化した保護性の高いさび層で表面が覆われ、これによって、腐食速度を大きく低下させた鋼材である。このような耐候性鋼を使用した橋梁は、飛来塩分量が少ない環境では、無塗装のまま数十年間の供用に耐え得ることが知られている。
【0003】
一方、海上や海岸近傍などの飛来塩分量の多い環境では、耐候性鋼において保護性の高いさび層が形成され難く、耐候性鋼を無塗装のまま使用することは困難である。このため、海上や海岸近傍などの飛来塩分量の多い環境では、普通鋼材に塗装などの防食処理を施した鋼材が一般的に用いられている。
【0004】
しかしながら、塗装鋼材では、時間の経過による塗膜の劣化やさびの発生、塗膜の膨れ等により、定期的な塗り替えなどの補修が必要となる。塗り替えに伴う塗装作業は、高所での作業となることが多く、作業自体が困難であるとともに、作業にかかる人件費も増加する。そのため、塗装鋼材を使用する場合には、塗り替え作業によって構造物のメンテナンスコストが増大し、ひいてはライフサイクルコストが増大するという問題がある。
【0005】
このようなことから、塗り替え塗装の周期を延長することによって、塗装頻度を低減し、構造物のメンテナンスコストを抑制可能な耐食性に優れた鋼材、特に塗装耐久性に優れた構造用鋼材の開発が望まれている。
【0006】
また、このような鋼構造物、特に橋梁においては、接合部に多くの溶接継手を有している。溶接継手は、溶接ビードがあるため母材と比較して形状が平坦ではなく、塗装欠陥部となり易い。さらに、溶接継手では、溶接金属と母材の異種接触金属腐食を考慮する必要がある。したがって、溶接継手の腐食特性は母材とは異なることが考えられ、腐食による塗膜膨れの起点となりやすい。橋梁に数多く存在するすべての溶接部に対して、検査、補修、再塗装を繰り返して安全性を保持していくコストは莫大である。そのため、溶接継手の耐食性の向上が、メンテナンスコストの観点から非常に重要である。
【0007】
ここで、耐食性に優れた鋼材および溶接継手として、例えば、特許文献1には、Pを0.15~0.30%、Crを2.0%超え3.0%未満含有させた高耐候性鋼材が開示されている。
【0008】
特許文献2には、Pを0.03~0.15%、Cuを0.2~0.5%含有させた超塗装耐久性鋼材が開示されている。
【0009】
特許文献3には、Cuを0.05~3.0%、Niを0.05~6.0%、Tiを0.01~1.0%含有させた耐久性に優れた塗装鋼材が開示されている。
【0010】
特許文献4には、Cuを0.05~3.0%、Niを0.05~6.0%、Tiを0.025~0.15%含有させた塗膜耐久性に優れた塗装用鋼材が開示されている。
【0011】
特許文献5には、Cuを0.05~3.0%、Niを0.05~6.0%、Tiを0.01~1.0%含有させた裸耐候性と溶接性に優れた鋼材が開示されている。
【0012】
特許文献6には、Cuを0.30~1.00%、Niを1.0~5.5%含有させた高溶接性高耐候性鋼が開示されている。
【0013】
特許文献7には、Cu:0.05~3.0%とNi:0.05~6.0%の1種または2種を含有させた耐食性と溶接性に優れた鋼材が開示されている。
【0014】
特許文献8には、0.03%<Ti+Zr<0.4%の分量で含有させた塗装耐久性及び耐孔あき腐食性に優れた塗装鋼板が開示されている。
【0015】
特許文献9には、Cuを0.05~1.0%、Niを0.01~0.5%、Crを0.01~3.0%、Snおよび/またはSbを0.03~0.50%含有させた海浜耐候性に優れた鋼材が開示されている。
【0016】
特許文献10には、Crを0.01~3.0%、Snを0.03~0.50%含有させた耐食性およびZ方向の靱性に優れた鋼材の製造方法が開示されている。
【0017】
特許文献11には、Snを0.15~0.5%含有させた、塩化物を含む乾湿繰り返し環境下で用いられる耐食性に優れた鋼材が開示されている。
【0018】
特許文献12には、Crを2.6~13.0%、Snを0.01~0.5%含有させた、耐食性に優れた鋼材が開示されている。
【0019】
特許文献13には、母材と溶接金属にCu:0.01~5.0%及びCr:0.01~5.0%を含有する耐食性に優れた溶接継手が開示されている。
【0020】
特許文献14には、母材と溶接金属にCo:0.01~5.00%及びMg:0.0005~0.020%を含有する耐食性に優れた溶接継手が開示されている。
【0021】
特許文献15には、母材にCu:0.01~1.5%を含有し、Mo:0.01~0.096%、W:0.01~1%の内から1種又は2種を含有する原油油槽用溶接継手が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開平6-93372号公報
【特許文献2】特開平6-143489号公報
【特許文献3】特開平10-330881号公報
【特許文献4】特開2000-169939号公報
【特許文献5】特開平11-241139号公報
【特許文献6】特開平11-172370号公報
【特許文献7】特開平11-71632号公報
【特許文献8】特開2003-171732号公報
【特許文献9】特開2006-118011号公報
【特許文献10】特開2010-7109号公報
【特許文献11】特開2012-255184号公報
【特許文献12】特開2013-166992号公報
【特許文献13】特開2012-135817号公報
【特許文献14】特開2007-69265号公報
【特許文献15】特許第4088231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
しかしながら、特許文献1および2のようにPの含有量を増加させると、溶接性が大きく低下する。さらに、特許文献1では、塗装した鋼材の耐食性、すなわち塗装耐久性について、何ら考慮が払われていない。
【0024】
また、特許文献3~7のように、CuやNiの含有量を過度に増加させると、合金コストの増大を招く。さらに、特許文献3~5、8のようにTiを多量に含有させると、鋼材の靱性の劣化を招く。加えて、特許文献9~13のように、CrやSnなどの含有量を過度に増加させると、やはり合金コストの増大を招くとともに、鋼材の靱性の劣化を招く。
【0025】
また、特許文献14のように、CoやMgの含有量を過度に増加させても、合金コストの増大に繋がる。また、特許文献15については、原油環境下の腐食を考慮したものであり、本発明が対象としている腐食環境、すなわち、鋼板表面に塗膜が存在し、かつ、大気暴露環境下での腐食については、何ら考慮が払われていない。
【0026】
本発明は、上記の実状に鑑みなされたものであって、合金コストの過度の増大を招くことなく、橋梁などの屋外の大気腐食環境下、特には飛来塩分量の多い海上や海岸近傍などの厳しい腐食環境下で使用する場合であっても、塗り替え塗装にかかる周期を延長して塗装頻度を低減し塗装耐久性に優れた溶接継手を提供することを目的とする。
【0027】
なお、本発明における「塗装耐久性に優れた」とは、鋼板表面に塗膜を形成し、以下の条件の腐食試験を行ったときの塗膜の膨れ面積が480mm2以下であることを意味する。
(腐食試験条件)
塗膜に付与する初期欠陥:幅1mm、長さ40mmの直線のカット
人工海塩の付着量:6.0g/m2
試験時間:1200サイクル(9600時間)
サイクル条件:(条件1.温度:60℃、相対湿度:35%、保持時間:3時間)、(条件2.温度:40度、相対湿度:95%、保持時間:3時間)、条件1から条件2および条件2から条件1への各移行時間を1時間とする、合計8時間のサイクル
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明者らは、合金コストの増大や靭性の劣化を招くおそれのあるCuやNi、Cr、Sn、Co、Mgなどを多量に含有させることなく、母材の化学成分と溶接金属の化学成分を適正範囲に規定することによって、塗装傷などの損傷部からの塗膜劣化を効果的に抑制することが可能なことの知見を得た。
【0029】
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を重ねて完成させたものである。すなわち、本発明の要旨構成は以下の通りである。
[1]母材同士を溶接してなる溶接継手であって、母材の成分組成が、質量%で、
C:0.020%以上、0.200%以下、
Si:0.05%以上、1.00%以下、
Mn:0.20%以上、2.00%以下、
P:0.003%以上、0.030%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.001%以上、0.100%以下を含有し、
さらに、Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
W:1.000%以下、
Mo:0.500%以下、
Sn:0.200%以下、
Sb:0.200%以下、
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、
溶接金属部の成分組成が、質量%で、
C:0.020%以上、0.200%以下、
Si:0.05%以上、1.00%以下、
Mn:0.20%以上、2.00%以下、
P:0.003%以上、0.030%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.001%以上、0.100%以下を含有し、
さらに、Cu:1.00%以下、
Ni:5.00%以下、
W:1.000%以下、
Mo:1.000%以下、
Sn:0.200%以下、
Sb:0.200%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
さらに、母材および溶接金属部の各成分について、下記の(1)式を用いて算出されるP値がいずれも0.90以下を満たし、かつ、(2)式を満たすことを特徴とする塗装耐久性に優れた溶接継手。
P値:|P(Cu)×P(Ni)×P(W)×P(Mo)×P(Sn)×P(Sb)|…(1)
ここで、
P(Cu)=1-0.0288[Cu]…(1-1)
P(Ni)=1-0.497[Ni]…(1-2)
であり、
W:0.05%未満の場合、
P(W)=1-3.54[W]…(1-3-1)
W:0.05%以上の場合、
P(W)=1-0.056[W]-0.174…(1-3-2)
Mo:0.05%未満の場合、
P(Mo)=1-3.03[Mo]…(1-4-1)
Mo:0.05%以上の場合、
P(Mo)=1-0.098[Mo]-0.147…(1-4-2)
Sn:0.03%未満の場合、
P(Sn)=1-3.41[Sn]…(1-5-1)
Sn:0.03%以上の場合、
P(Sn)=1-1.04[Sn]-0.071…(1-5-2)
Sb:0.05%未満の場合、
P(Sb)=1-2.32[Sb]…(1-6-1)
Sb:0.05%以上の場合、
P(Sb)=1-0.0351[Sb]-0.114…(1-6-2)
である。
なお、(1-1)、(1-2)、(1-3-1)、(1-3-2)、(1-4-1)、(1-4-2)、(1-5-1)、(1-5-2)、(1-6-1)、(1-6-2)において、[Cu][Ni][W][Mo][Sn][Sb]は各元素の含有量(質量%)である。
PB≧PW…(2)
なお、(2)式において、
PB:母材の成分組成から計算されるP値
PW:溶接金属部の成分組成から計算されるP値
である。
[2]さらに、母材の成分組成が、質量%で、
V:0.200%以下、
Ti:0.050%以下、
Zr:0.100%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
REM:0.0100%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有し、
さらに、溶接金属部の成分組成が、質量%で、
V:0.200%以下、
Ti:0.050%以下、
Zr:0.100%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
REM:0.0100%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載の塗装耐久性に優れた溶接継手。
[3]前記母材を構造用鋼材とし、前記溶接継手が塗膜を有することを特徴とする[1]または[2]に記載の塗装耐久性に優れた溶接継手。
[4]前記塗膜が、防食下地層、下塗り層、中塗り層および上塗り層を有し、該防食下地層が無機ジンクリッチペイント、該下塗り層がエポキシ樹脂塗料、該中塗り層がふっ素樹脂上塗り塗料用の中塗り塗料、該上塗り層がふっ素樹脂上塗り塗料をそれぞれ用いてなることを特徴とする[3]に記載の塗装耐久性に優れた溶接継手。
[5]前記構造用鋼材表面にジンクリッチプライマー層を有することを特徴とする[3]または[4]に記載の塗装耐久性に優れた溶接継手。
[6][1]~[5]のいずれかに記載の溶接継手を備える構造物。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、塗装耐久性に優れた溶接継手を得ることができる。したがって、鋼構造物のメンテナンスコスト、ひいてはライフサイクルコストを低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】
図1は、実施例における腐食試験片の形状を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0033】
まず、本発明において母材の成分組成を限定した理由について説明する。なお、鋼の成分組成における元素の含有量の単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り単に「%」で示す。
【0034】
C:0.020%以上、0.200%以下
Cは、鋼材の強度を上昇させ、かつ硬質第二相の体積分率を増加させる元素である。このため、Cは、構造用鋼としての所定の強度を確保するため、0.020%以上含有させる必要がある。一方、C含有量が0.200%を超えると、溶接性および靭性が劣化する。したがって、C含有量は0.020%以上、0.200%以下とする。
【0035】
Si:0.05%以上、1.00%以下
Siは、脱酸と強度を確保するため0.05%以上含有させる必要がある。一方、Si含有量が1.00%を超えると、靭性および溶接性が著しく劣化する。したがって、Si含有量は0.05%以上、1.00%以下とする。
【0036】
Mn:0.20%以上、2.00%以下
Mnは、鋼材の強度を上昇させる元素である。このため、Mnは、構造用鋼としての所定の強度を確保するため、0.20%以上含有させる必要がある。一方、Mn含有量が2.00%を超えると、靭性および溶接性が劣化する。したがって、Mn含有量は0.20%以上、2.00%以下とする。好ましくは0.75%以上、1.80%以下である。
【0037】
P:0.003%以上、0.030%以下
Pは、鋼材の塗装耐久性の向上に寄与する元素である。このような効果を得る観点から、Pは0.003%以上含有させる必要がある。一方、P含有量が0.030%を超えると、溶接性が劣化する。したがって、P含有量は0.003%以上、0.030%以下とする。
【0038】
S:0.010%以下
Sは、溶接性および靭性を劣化させる元素である。このため、S含有量は0.010%以下とする必要がある。下限は特に限定するものではないが、S含有量を0.0001%未満にしようとすると、生産コストが増大するため、現実的な下限は0.0001%である。
【0039】
Al:0.001%以上、0.100%以下
Alは、製鋼時の脱酸に必要な元素である。このような効果を得るため、Alは0.001%以上含有させる必要がある。一方、Al含有量が0.100%を超えると、溶接性に悪影響を及ぼす。したがって、Al含有量は0.001%以上、0.100%以下とする。好ましくは、0.005%以上、0.050%以下とする。より好ましくは、0.010%以上、0.030%以下とする。
【0040】
さらに本発明では、Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、W:1.000%以下、Mo:0.500%以下、Sn:0.200%以下、Sb:0.200%以下、のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する。
【0041】
Cu:0.50%以下
Cuはさび層のさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、腐食促進因子である酸素や塩化物イオンの地鉄への透過を抑制する効果を有する。このような効果を得るためには、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cu含有量が0.50%を超えると、合金コストの上昇を招く。したがって、Cu含有量は0.50%以下とする。好ましくは、0.01%以上、0.50%以下、より好ましくは、0.03%以上、0.40%以下、より好ましくは、0.04%以上、0.30%以下である。さらに好ましくは0.05%以上、0.25%以下である。
【0042】
Ni:0.50%以下
Niは、さび層のさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、腐食促進因子である酸素や塩化物イオンの地鉄への透過を抑制する効果を有する。このような効果を得るためには、Ni含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Ni含有量が0.50%を超えると、合金コストの上昇を招く。したがって、Ni含有量は0.50%以下とする。好ましくは、0.01%以上、0.50%以下、より好ましくは、0.03%以上、0.40%以下、さらに好ましくは、0.04%以上、0.30%以下である。さらにより好ましくは、0.05%以上、0.15%以下である。
【0043】
W:1.000%以下
Wは本発明の塗装耐久性に優れた構造用鋼材において重要な元素である。Wはアノード反応に伴って溶出し、さび層中にWO4
2-として分布することによって、腐食促進因子の塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを静電的に防止する。さらに、鋼材表面にWを含む化合物が沈殿することで、鋼材のアノード反応を抑制する。加えて、微細さびを形成させてさび層を緻密化することで、腐食因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。これらの効果を得るためには、W含有量を0.005%以上とすることが好ましい。一方、W含有量が1.000%を超えると、合金コスト上昇を招く。したがって、W含有量は1.000%以下とする。好ましくは、0.005%以上、1.000%以下、より好ましくは、0.010%以上、0.700%以下、より好ましくは、0.030%以上0.500%以下である。さらに好ましくは0.050%以上、0.100%以下である。
【0044】
Mo:0.500%以下
Moは、鋼材のアノード反応に伴って溶出し、さび層中にMoO4
2-が分布することで、腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、鋼材表面にMoを含む化合物が沈殿することで、鋼材のアノード反応を抑制する。このような効果を得るためには、Mo含有量を0.005%以上とすることが好ましい。一方、Mo含有量が0.500%を超えると、合金コストの上昇を招く。したがって、Moを含有する場合、Mo含有量は0.500%以下とする。好ましくは0.005%以上、0.500%以下である。
【0045】
Sn:0.200%以下
Snは、地鉄表面近傍においてさび層中に存在し、さび粒子を微細化することで腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、Snは、鋼材表面においてアノード反応を抑制する。このような効果を得るためには、Sn含有量を0.005%以上とすることが好ましい。一方、Sn含有量が0.200%を超えると、鋼の延性や靭性の劣化を招く。したがって、Snを含有する場合、Sn含有量は、0.200%以下とする。好ましくは0.005%以上、0.200%以下、より好ましくは、0.010%以上、0.100%以下である。より好ましくは、0.020%以上、0.050%未満である。
【0046】
Sb:0.200%以下
Sbは、地鉄表面近傍においてさび層中に存在し、さび粒子を微細化することで腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、Sbは、鋼材表面においてアノード反応を抑制する。このような効果を得るためには、Sb含有量を0.005%以上とすることが好ましい。一方、Sb含有量が0.200%を超えると、鋼の延性や靭性の劣化を招く。したがって、Sbを含有する場合、Sb含有量は0.200%以下とする。好ましくは0.005%以上、0.200%以下、より好ましくは、0.010%以上、0.150%以下、より好ましくは、0.020%以上、0.100%以下である。
【0047】
以上、母材の基本成分について説明したが、本発明では、必要に応じて、以下に述べる元素を適宜含有させることができる。
【0048】
V:0.200%以下
Vは、地鉄表面近傍さび層中にVO4
3-として存在することで、腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。このような効果を十分に得るためには、Vを0.005%以上含有させることが好適である。一方、V含有量が0.200%を超えると、その効果が飽和する。したがって、Vを含有する場合、V含有量は0.200%以下とする。好ましくは、0.005%以上、0.200%以下である。
【0049】
Ti:0.050%以下
Tiは、強度を高める元素である。このような効果を十分に得るためには、Tiを0.005%以上含有させることが好適である。一方、Ti含有量が0.050%を超えると、靭性の劣化を招く。したがって、Tiを含有する場合、Ti含有量は0.050%以下とする。好ましくは、0.005%以上、0.050%以下である。
【0050】
Zr:0.100%以下
Zrは、強度を高める元素である。このような効果を十分に得るためには、Zrを0.005%以上含有させることが好適である。一方、Zr含有量が0.100%を超えると、その強度向上効果が飽和する。したがって、Zrを含有する場合、Zr含有量は0.100%以下とする。好ましくは、0.005%以上、0.100%以下である。
【0051】
B:0.0050%以下
Bは、強度を高める元素である。このような効果を十分に得るためには、Bを0.0001%以上含有させることが好適である。一方、B含有量が0.0050%を超えると、靭性の劣化を招く。したがって、Bを含有する場合、B含有量は0.0050%以下とする。好ましくは、0.0001%以上、0.0050%以下である。
【0052】
Ca:0.0100%以下
Caは、鋼中のSを固定し、溶接熱影響部の靭性を向上させる元素である。このような効果を十分に得るためには、Caを0.0001%以上含有させることが好適である.一方、Ca含有量が0.0100%を超えると、鋼中の介在物の量が増加し、かえって靭性の劣化を招く。したがって、Caを含有する場合、Ca含有量は0.0100%以下とする。好ましくは、0.0001%以上、0.0100%以下である。
【0053】
Mg:0.0100%以下
Mgは、鋼中のSを固定し、溶接熱影響部の靭性を向上させる元素である。このような効果を十分に得るためには、Mgを0.0001%以上含有させることが好適である。一方、Mg含有量が0.0100%を超えると、鋼中の介在物の量が増加し、かえって靭性の劣化を招く。したがって、Mgを含有する場合、Mg含有量は0.0100%以下とする。好ましくは、0.0001%以上、0.0100%以下である。
【0054】
REM:0.0100%以下
REMは、鋼中のSを固定し、溶接熱影響部の靭性を向上させる元素である。このような効果を十分に得るためには、REMを0.0001%以上含有させることが好適である。一方、REM含有量が0.0100%を超えると、鋼中の介在物の量が増加し、かえって靭性の劣化を招く。したがって、REMを含有する場合、REM含有量は0.0100%以下とする。好ましくは、0.0001%以上、0.0100%以下である。
【0055】
上記以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。なお、不可避的不純物としては、NやO(酸素)が挙げられ、N:0.010%以下、O:0.010%以下であれば許容できる。
【0056】
次に、溶接継手における溶接金属部の成分組成は、C:0.020%以上、0.200%以下、Si:0.05%以上、1.00%以下、Mn:0.20%以上、2.00%以下、P:0.003%以上、0.030%以下、S:0.010%以下、Al:0.001%以上、0.100%以下を含有する。溶接金属部も構造用鋼としての所定の強度を有するように、溶接金属のC、Si、Mn、P、S、Alは、母材の許容範囲と同じ範囲になるように溶接材料成分を調節する。
【0057】
さらに本発明では、Cu:1.00%以下、Ni:5.00%以下、Mo:1.000%以下、W:1.000%以下、Sn:0.200%以下、Sb:0.200%以下のうちから選ばれる1種または2種以上の元素を含有する。
【0058】
Cu:1.00%以下
Cuはさび層のさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、腐食促進因子である酸素や塩化物イオンの地鉄への透過を抑制する効果を有する。このような効果を得るためには、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cu含有量が1.00%を超えると、合金コストの上昇を招く。したがって、Cuを含有する場合、Cu含有量は1.00%以下とする。好ましくは、0.01%以上、1.00%以下である。
【0059】
Ni:5.00%以下
Niは、さび層のさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、腐食促進因子である酸素や塩化物イオンの地鉄への透過を抑制する効果を有する。このような効果を得るためには、Ni含有量を0.01%以上でとすることが好ましい。一方、Ni含有量が5.00%を超えると、合金コストの上昇を招く。したがって、Niを含有する場合、Ni含有量は0.01%以上、5.00%以下とする。好ましくは、0.01%以上、5.00%以下である。
【0060】
Mo:1.000%以下
Moも、本発明の溶接継手溶接金属においては、重要な耐食性向上元素の1つである。このような効果を得るためには、Mo含有量を0.005%以上とすることが好ましい。しかしながら、Mo含有量が1.000%超えると、溶接金属の靭性に悪影響を及ぼす。Moが、上記の耐食性向上効果を有する理由は、溶接金属が腐食するのに伴って、生成する錆の中にMoO4
2-が生成し、このMoO4
2-の存在によって、塩化物イオンが溶接金属表面に侵入するのが抑制されることにより、溶接金属の腐食が効果的に抑制されるからである。したがって、Moを含有する場合、Mo含有量は1.000%以下とする。好ましくは、0.005%以上、1.000%以下である。
【0061】
W:1.000%以下
Wは、本発明の溶接継手溶接金属においては、最も重要な耐食性向上元素の1つである。このような効果を得るためには、W含有量を0.005%以上とすることが好ましい。しかしながら、W含有量が1.000%を超えると、溶接金属の靭性に悪影響を及ぼす。Wが、上記の耐食性向上効果を有する理由は、溶接金属が腐食するのに伴って、生成する錆の中にWO4
2-が生成し、このWO4
2-の存在によって、塩化物イオンが溶接金属表面に侵入するのが抑制され、さらに溶接金属表面のアノード部などで、難溶性のFeWO4が生成する。このFeWO4の存在によっても、塩化物イオンの溶接金属表面への侵入が抑制され、塩化物イオンの溶接金属表面への侵入が抑制されることによって、溶接金属の腐食が効果的に抑制されるからである。また、WO4
2-の溶接金属表面への吸着によるインヒビター作用によっても、溶接金属の腐食が抑制されるからである。したがって、Wを含有する場合、W含有量は1.000%以下とする。好ましくは、0.005%以上、1.000%以下である。
【0062】
Sn:0.200%以下
Snは、溶接金属の耐食性を向上させる効果がある。このSnの効果は、溶接金属表面のアノード部など、pHが下がった部位での腐食を抑制するためである。このような効果を得るためには、Sn含有量を0.005%以上とすることが好ましい。しかしながら、Sn含有量が0.200%超えでは、溶接金属靭性を劣化させる。したがって、Snを含有する場合、Sn含有量は0.200%以下とする。好ましくは、0.005%以上、0.200%以下である。
【0063】
Sb:0.200%以下
Sbは、地鉄表面近傍においてさび層中に存在し、さび粒子を微細化することで腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、Sbは、鋼材表面においてアノード反応を抑制する。このような効果を得るためには、Sbを0.005%以上とすることが好ましい。一方、Sb含有量が0.200%を超えると、鋼の延性や靭性の劣化を招く。したがって、Sbを含有する場合、Sb含有量は0.200%以下とする。好ましくは、0.005%以上、0.200%以下である。
【0064】
以上、溶接金属部の基本成分について説明したが、本発明では、必要に応じて、V:0.200%以下、Ti:0.050%以下、Zr:0.100%以下、B:0.0050%以下、Ca:0.0100%以下、Mg:0.0100%以下、REM:0.0100%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を適宜含有させることができる。なお、上限の限定理由や、好適上下限は、母材成分の場合と同様である。
【0065】
上記以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0066】
母材と溶接金属部それぞれの部分を切り出して耐食性試験を行った場合は、以上の成分組成の限定で対応可能であるが、母材と溶接金属部の両方を有する実際の構造体では、上記の限定を満たしていても、溶接金属部が先に錆びてしまうなどの問題が発生する場合があることがわかった。そこで、本発明者らは、各元素と耐食性の関係を詳細に検討し、関係性を見出した。すなわち、本発明では、さらに、母材および溶接金属部の各成分について、下記の(1)式を用いて算出されるP値がいずれも0.90以下を満たし、かつ、(2)式を満たすことを特徴とする。
P値:|P(Cu)×P(Ni)×P(W)×P(Mo)×P(Sn)×P(Sb)|…(1)
ここで、
P(Cu)=1-0.0288[Cu]…(1-1)
P(Ni)=1-0.497[Ni]…(1-2)
であり、
W:0.05%未満の場合、
P(W)=1-3.54[W]…(1-3-1)
W:0.05%以上の場合、
P(W)=1-0.056[W]-0.174…(1-3-2)
Mo:0.05%未満の場合、
P(Mo)=1-3.03[Mo]…(1-4-1)
Mo:0.05%以上の場合、
P(Mo)=1-0.098[Mo]-0.147…(1-4-2)
Sn:0.03%未満の場合、
P(Sn)=1-3.41[Sn]…(1-5-1)
Sn:0.03%以上の場合、
P(Sn)=1-1.04[Sn]-0.071…(1-5-2)
Sb:0.05%未満の場合、
P(Sb)=1-2.32[Sb]…(1-6-1)
Sb:0.05%以上の場合、
P(Sb)=1-0.0351[Sb]-0.114…(1-6-2)
である。
なお、(1-1)、(1-2)、(1-3-1)、(1-3-2)、(1-4-1)、(1-4-2)、(1-5-1)、(1-5-2)、(1-6-1)、(1-6-2)において、[Cu][Ni][W][Mo][Sn][Sb]は各元素の含有量(質量%)である。
PB≧PW…(2)
なお、(2)式において、
PB:母材の成分組成から計算されるP値
PW:溶接金属部の成分組成から計算されるP値
である。
【0067】
以下、本発明において、P値および式(2)を規定するに至った経緯について説明する。
【0068】
母材および溶接金属におけるCu、Ni、Mo、W、Sn、Sbの化学成分量の耐食効果を見積もるため、これら成分が種々の量含有する鋼片を試験片として準備し、以下の試験により調査した。これら試験片の表面に、表面粗さがISO Sa 2.5となるようショットブラストを施し、アセトン中での超音波脱脂を5分間行い、風乾した。次いで、試験片の片面を塗装面とし、防食下地として無機ジンクリッチペイント(厚さ:75μm)を塗布し、ついで下塗りとしてエポキシ樹脂塗料(厚さ:120μm)を塗布し、ついで中塗りとしてふっ素樹脂上塗り塗料用の中塗り塗料(厚さ:30μm)を塗布し、ついで上塗りとしてふっ素樹脂塗料上塗り塗料(厚さ:25μm)を塗布し、防食下地層、下塗り層、中塗り層および上塗り層からなる塗膜を形成した。なお、試験片の他方の片面と端面は、溶剤型のエポキシ樹脂塗料にてシールし、さらにシリコン系のシール剤にて被覆した。
【0069】
塗装後、
図1に示すように、母材部、溶接金属部、母材部にまたがり、地鉄に到達するような幅:1mm、長さ:40mmの直線のカットを入れ、初期欠陥を設けた。ついで、以下に示す条件にて腐食試験を実施した。
【0070】
試験片表面の人工海塩の付着量が6.0g/m2となるように、人工海塩を純水で所定の濃度に希釈した溶液をスプレーし、試験片に人工海塩を付着させた。ついで、この試験片を用いて、条件1(温度:60℃、相対湿度:35%、保持時間:3時間)から条件2(温度:40度、相対湿度:95%、保持時間:3時間)、および、条件2から条件1への各移行時間を1時間とする、合計8時間のサイクルを1サイクルとして、これを1200サイクル繰り返す腐食試験を実施した。なお、人工海塩の付着は、週に1回とした。上記の試験により、試験片に生じた塗膜膨れ幅を測定した。この結果より、塗膜膨れ幅とCu、Ni、Mo、W、Sn、Sbについてのそれぞれの耐食性への寄与度を算出し、P値の式(1)を見出した。なお、Cu、Ni、Mo、W、Sn、Sbが全く含まれていない場合のP値は1.00であるが、本発明で求める耐食性は、P値を0.90以下とすることで得られる。さらに、溶接材料の成分を種々変更して溶接金属の成分を変更し、母材と溶接金属の関係性を検討した結果、溶接金属のP値(PW)は母材成分のP値(PB)以下とすることが必要なことも見出した。
【0071】
母材および溶接金属部のP値が0.90以下を満たす場合は、十分な耐食効果を発揮する。一方、母材および溶接金属部のP値が、どちらも0.90より大きい場合、耐食効果が著しく低下する。なお、溶接金属中のCu、Ni、Mo、W、Sn、Sbは、P値が0.90以下であれば十分な耐食効果が得られるため、必ずしも複合添加とする必要はない。また、母材および溶接金属部のP値は0.80以下であることが好ましい。
【0072】
さらに、本発明では、下記(2)式を満たすことを特徴とする。
PB≧PW…(2)
なお、(2)式において、
PB:母材の成分組成から計算されるP値
PW:溶接金属部の成分組成から計算されるP値
である。
【0073】
溶接金属部は、実構造物において溶接ビードなどにより母材に比べて形状が平坦ではなく、母材よりも塗膜厚が薄くなり、腐食の起点になりやすい。そのため、溶接金属は、母材以上の耐食性が求められる。式(2)を満たすことにより、母材以上の耐食性が担保される。
【0074】
溶接金属中にCu、Ni、Mo、W、Sn、Sbを適正量含有させる方法については特に制限はなく、溶接の方法にもよるが、溶接金属が、母材成分、フラックス、溶接ワイヤ等が溶融凝固して形成される場合、これらの成分に上記の成分を含有させておけばよい。
【0075】
なお、溶接金属部のサイズや溶接方法によって、母材成分と溶接材料の成分から溶接金属部の成分を試算可能であり、P値を適正範囲とするようにCu、Ni、W、Mo、Sn、Sbの添加量を適宜決定すればよい。
【0076】
また、本発明において、溶接手段は特に限定されず、溶接継手の機械的特性、耐食性を確保できるよう、通常、汎用される溶接方法を適宜選択して用いることができる。例えば、サブマージアーク溶接(SAW)などの自動溶接、フラックス入りワイヤ(FCW)やソリッドワイヤ(GMAW)などの半自動アーク溶接あるいは被覆アーク溶接(SMAW)などの手アーク溶接等が代表的である。
【0077】
本発明の溶接継手は、構造用鋼材(母材)同士を溶接してなる溶接継手であり、本発明の溶接継手は、塗膜を有している。通常、構造用鋼材表面に塗膜を塗装した後、溶接して溶接継手とする場合と、構造用鋼材を溶接した後に塗膜を塗装して溶接継手とする場合がある。塗膜としては、例えば、防食下地層、下塗り層、中塗り層および上塗り層をこの順に有する塗膜が挙げられる。
【0078】
なお、防食下地層は無機ジンクリッチペイント(例えば、SDジンク1500)、下塗り層はエポキシ樹脂塗料(例えば、エポマリンHB(K))、中塗り層はふっ素樹脂上塗り塗料用の中塗り塗料(例えば、セラテクトF中塗)、上塗り層はふっ素樹脂上塗り塗料(例えば、セラテクトF(K)上塗)を用いて形成することが好ましい。また、鋼材表面の塗膜は、プライマー層、下塗り層、中塗り層、上塗り層をこの順に有する塗膜や、防食下地層、下塗り層、上塗り層をこの順に有する塗膜でも良い。
【0079】
また、製品出荷時には、一次防錆を目的として、構造用鋼材の表面にジンクリッチプライマー層を有することが好ましい。なお、ジンクリッチプライマー層とは、JIS K 5552(2002)で規定されるジンクリッチプライマーを用いて形成されたプライマー層である。
【0080】
本発明の溶接継手の母材(構造用鋼材)は、上記成分組成を有する鋼を通常の連続鋳造や分塊法により得られたスラブを熱間圧延することにより厚板や形鋼、薄鋼板、棒鋼等の鋼材に製造され、得られる。加熱、圧延条件は、要求される材質に応じて適宜決定すればよく、制御圧延、加速冷却、あるいは再加熱熱処理等の組合せも可能である。
【0081】
また、母材および溶接金属部における各元素の含有量は、スパーク放電発光分光分析法、蛍光X線分析法、ICP発光分光分析法、ICP質量分析法または燃焼法等により求めることができる。
【実施例0082】
表1に示す成分組成を含有する鋼(残部はFeおよび不可避的不純物である)を溶製し、1100~1150℃に加熱した後、熱間圧延を行い、室温まで空冷して厚さ25mmの鋼板を得た。これらの鋼板を溶接して溶接継手を作製した。溶接金属中のCu、Ni、W、Mo、Sn、Sbの成分量は、母材からの希釈以外では、フラックスおよびワイヤにCu、Ni、W、Mo、Sn、Sbの成分を添加しておくことにより調整した。
【0083】
表1の化学成分を有する母材と表2の化学成分を有する溶接材料を用いて、溶接継手を作製した。使用した溶接方法は、被覆アーク溶接(SMAW)、サブマージアーク溶接(SAW)、フラックス入りワイヤ(FCW)やソリッドワイヤ(GMAW)の半自動アーク溶接である。なお、作製した溶接継手については、溶接金属中央部の成分分析(溶接金属全体の面積率に対して50%となるように中央部から採取したものを分析)を行った。作製した溶接継手の化学成分を表3に示す。
【0084】
このようにして作成した溶接継手の塗装耐久性を調査するため、
図1に示すように溶接金属を跨ぐように120mm×50mm×5mmの試験片を採取した。この試験片の表面に、表面粗さがISO Sa 2.5となるようショットブラストを施し、アセトン中での超音波脱脂を5分間行い、風乾した。ついで、試験片の片面を塗装面とし、防食下地として無機ジンクリッチペイント(厚さ:75μm)を塗布し、ついで下塗りとしてエポキシ樹脂塗料(厚さ:120μm)を塗布し、ついで中塗りとしてふっ素樹脂上塗り塗料用の中塗り塗料(厚さ:30μm)を塗布し、ついで上塗りとしてふっ素樹脂塗料上塗り塗料(厚さ:25μm)を塗布し、防食下地層、下塗り層、中塗り層および上塗り層からなる塗膜を形成した。なお、試験片の他方の片面と端面は、溶剤型のエポキシ樹脂塗料にてシールし、さらにシリコン系のシール剤にて被覆した。
【0085】
塗装後、
図1に示すように、溶接金属を跨ぎ地鉄に到達するような幅:1mm、長さ:40mmの直線のカットを入れ(カット部の中で溶接金属部と母材部の長さの比率は1:1)、初期欠陥を設けた。ついで、以下に示す条件にて腐食試験を実施した。
【0086】
試験片表面の人工海塩の付着量が6.0g/m2となるように、人工海塩を純水で所定の濃度に希釈した溶液をスプレーし、試験片に人工海塩を付着させた。ついで、この試験片を用いて、条件1(温度:60℃、相対湿度:35%、保持時間:3時間)から条件2(温度:40度、相対湿度:95%、保持時間:3時間)、および、条件2から条件1への各移行時間を1時間とする、合計8時間のサイクルを1サイクルとして、これを1200サイクル繰り返す腐食試験を実施した。なお、人工海塩の付着は、週に1回とした。
【0087】
そして、腐食試験終了後、塗装における初期欠陥部からの膨れ面積(塗装膨れ面積)を測定し、塗装耐久性を評価した。なお、塗装膨れ面積が480mm2以下であれば、塗装の耐久性に優れると判断した。
【0088】
結果を表4に示す。
【0089】
母材および溶接金属のP値が0.90以下の場合、塗装の膨れ面積が480mm2以下であり、塗装耐久性に優れることがわかる。一方、鋼種BW26のように、母材と溶接金属のP値が0.90より小さいがPB<PWである場合は、塗装の膨れ面積が480mm2を超え、塗装耐久性が低下していることが分かる。また、鋼種BW29のように、母材と溶接金属部のどちらか一方だけがP値を満たしている場合でも、塗装耐久性が劣化していることが分かる。
【0090】
【0091】
【0092】
【0093】