(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022065965
(43)【公開日】2022-04-28
(54)【発明の名称】粉体装置部材及びその製法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20220421BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20220421BHJP
【FI】
C23C14/06 F
C23C26/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020174811
(22)【出願日】2020-10-16
(71)【出願人】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】特許業務法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村島 基之
(72)【発明者】
【氏名】梅原 徳次
(72)【発明者】
【氏名】野老山 貴行
(72)【発明者】
【氏名】北條 孝樹
(72)【発明者】
【氏名】高橋 知典
(72)【発明者】
【氏名】今枝 美能留
(72)【発明者】
【氏名】前田 晋作
【テーマコード(参考)】
4K029
4K044
【Fターム(参考)】
4K029AA21
4K029BA34
4K029BB10
4K029CA03
4K029DD06
4K029EA01
4K044AA02
4K044AB02
4K044BA18
4K044BB01
4K044BB17
4K044BC01
4K044BC11
4K044CA07
4K044CA13
4K044CA14
4K044CA41
4K044CA67
(57)【要約】
【課題】粉末に接触する接触部材の表面に粉末が付着するのを有効に防止する。
【解決手段】粉体装置部材は、粉末に接触して粉末を取り扱うものである。この粉体装置部材は、粉末に接触する接触部材と、接触部材の表面を被覆するDLC膜と、を備えている。DLC膜の表面は、複数の溝で構成されたテクスチャを有し、溝の開口幅は、粉末の平均粒子径よりも小さい。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉末に接触して前記粉末を取り扱う粉体装置部材であって、
前記粉末に接触する接触部材と、
前記接触部材の表面を被覆するDLC膜と、
を備え、
前記DLC膜の表面は、複数の溝で構成されたテクスチャを有し、
前記溝の開口幅は、前記粉末の平均粒子径よりも小さい、
粉体装置部材。
【請求項2】
前記テクスチャは、縞状の溝で構成されている、
請求項1に記載の粉体装置部材。
【請求項3】
前記DLC膜は、ta-C膜である、
請求項1又は2に記載の粉体装置部材。
【請求項4】
前記ta-C膜は、窒素原子がドープされている、
請求項3に記載の粉体装置部材。
【請求項5】
前記ta-C膜の厚さは、500nm以上である、
請求項3又は4に記載の粉体装置部材。
【請求項6】
粉末に接触して前記粉末を取り扱う粉体装置部材を製造する方法であって、
(1)前記粉末に接触する接触部材の表面に、複数の溝で構成され、前記溝の開口幅が前記粉末の平均粒子径よりも小さいテクスチャを形成する工程と、
(2)前記テクスチャが形成された前記接触部材の表面にDLC膜を形成する工程と、
を含む粉体装置部材の製法。
【請求項7】
前記工程(1)では、前記テクスチャをフェムト秒レーザ加工で形成し、
前記工程(2)では、前記DLC膜としてta-C膜をイオンビーム支援フィルタードアーク蒸着法で形成する、
請求項6に記載の粉体装置部材の製法。
【請求項8】
粉末に接触して前記粉末を取り扱う粉体装置部材を製造する方法であって、
(1’)前記粉末に接触する接触部材の表面に、DLC膜を形成する工程と、
(2’)前記DLC膜の表面に、複数の溝で構成され、前記溝の開口幅が前記粉末の平均粒子径よりも小さいテクスチャを形成する工程と、
を含む粉体装置部材の製法。
【請求項9】
前記工程(1’)では、前記DLC膜としてta-C膜をイオンビーム支援フィルタードアーク蒸着法で形成し、
前記工程(2’)では、前記テクスチャをフェムト秒レーザ加工で形成する、
請求項8に記載の粉体装置部材の製法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粉体装置部材及びその製法に関する。
【背景技術】
【0002】
粉体装置部材のひとつとして、粉末を圧縮して成形するのに用いられる粉末成形用金型が知られている。例えば特許文献1には、粉末成形用金型として、ゴム型の内周面とマンドレルの外周面とボトムパンチの外表面とによって形成される成形空間を有しているものが開示されている。マンドレルの最表面は、ダイヤモンドカーボン(DLC)膜で被覆されている。これにより、マンドレルにセラミックス粉末の付着を有効に防止することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した特許文献1では、マンドレルを用いた静水圧成形において付着を抑制する効果について述べているが、特に成形圧が200MPaと高い場合などが示されている。金型を用いるプレス成型や、その他の粉体あるいは粘土状の材料(杯土)を取り扱う場合、成形圧や付着させようとする圧力が低い場合には、DLC膜だけでは付着抑制が不充分な場合がある。
【0005】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、粉末に接触する接触部材の表面に粉末が付着するのを有効に防止することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の粉体装置部材は、
粉末に接触して前記粉末を取り扱う粉体装置部材であって、
前記粉末に接触する接触部材と、
前記接触部材の表面を被覆するDLC膜と、
を備え、
前記DLC膜の表面は、複数の溝で構成されたテクスチャを有し、
前記溝の開口幅は、前記粉末の平均粒子径よりも小さい、
ものである。
【0007】
この粉体装置部材では、粉末に接触する接触部材の表面はDLC膜で被覆されている。DLC膜の表面は、複数の溝で構成されたテクスチャを有し、溝の開口幅は、溝を形成する土手の間隔とほぼ同じで、取り扱われる粉末の平均粒子径よりも小さい。そのため、DLC膜の表面に粉末が付着するのを有効に防止することができる。これにより、DLC膜の清掃の負荷が軽くなり、DLC膜に付着していた粉末が剥がれて製品が不均一になるのを防ぐことができる。なお、粉体装置部材は、乾式でも湿式でも構わない。
【0008】
ところで、粉末の付着は、粉末を構成する粒子と粉体装置部材のうち粉末に接する粉末接触面との付着力に起因して生じる。付着力は、乾式成形においては表面エネルギーに依存し、湿式成形においてはそれに加えて液体のメニスカス力に依存すると言われている。
【0009】
本発明の粉体装置部材において、前記テクスチャは、縞状の溝で構成されていてもよい。縞状の溝はフェムト秒レーザ加工で比較的容易に形成することができる。縞の頂は平らでないので、開口幅は縞の周期と同じになる。
【0010】
本発明の粉体装置部材において、前記DLC膜は、テトラへドラルアモルファスカーボン(ta-C)膜であることが好ましい。DLC膜は、水素フリーなDLC膜と水素含有DLC膜とに分類される。水素フリーなDLC膜は、水素含有DLC膜に比べると、硬さ、密度、耐熱性、屈折率のいずれにおいても高い値を示す。そのため、水素フリーなDLC膜が好ましい。水素フリーなDLC膜は、sp3構造がリッチなta-C膜とsp2構造がリッチなアモルファスカーボン(a-C)膜とに分類される。ta-C膜は、硬さ、密度、耐熱性がa-C膜よりも高い。また、ta-C膜は、a-C膜よりも低接着性、低摩擦、高耐摩耗性に優れている。
【0011】
本発明の粉体装置部材において、前記ta-C膜は、窒素原子がドープされていてもよい。テクスチャを有し窒素原子がドープされたta-C膜は、テクスチャを有し窒素原子がドープされていないta-C膜に比べて、粉末がより付着しにくくなる。窒素原子のドープ量は、特に限定されるものではないが、例えば15atm%以下の範囲としてもよい。
【0012】
本発明の粉体装置部材において、前記ta-C膜の厚さは、500nm以上であることが好ましい。こうすれば、接触部材が粉末に接触する際にテクスチャが壊れにくくなる。
【0013】
本発明の粉体装置部材の製法は、
粉末に接触して前記粉末を取り扱う粉体装置部材を製造する方法であって、
(1)前記粉末に接触する接触部材の表面に、複数の溝で構成され、前記溝の開口幅が前記粉末の平均粒子径よりも小さいテクスチャを形成する工程と、
(2)前記テクスチャが形成された前記接触部材の表面にDLC膜を形成する工程と、
を含むか、又は、
(1’)前記粉末に接触する接触部材の表面に、DLC膜を形成する工程と、
(2’)前記DLC膜の表面に、複数の溝で構成され、前記溝の開口幅が前記粉末の平均粒子径よりも小さいテクスチャを形成する工程と、
を含むものである。
【0014】
この製法では、工程(1)や工程(2’)では、テクスチャを例えば機械加工やフェムト秒レーザ加工で形成するのが好ましく、フェムト秒レーザ加工で形成するのがより好ましい。フェムト秒レーザ加工によれば、溝で構成されたテクスチャ、特にレーザ波長と同じ程度の縞状の溝で構成されたテクスチャを容易に形成することができる。工程(2)や工程(1’)では、DLC膜を例えばPVDやCVDで形成するのが好ましく、PVDの一種であるイオンビーム支援フィルタードアーク蒸着(IBA-FAD)で形成するのがより好ましい。IBA-FADによれば、非イオン化炭素クラスターを効率的に排除して、硬くてドロップレット等の付着部分のないta-C膜を形成することができる。特に工程(2)では、複数の溝で構成されたテクスチャが形成された面にDLC膜を形成するため、膜形成時に溝が埋まるおそれがあるが、IBA-FADによれば溝が埋まらない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図3】粉末成形用金型10でセラミック粉末50を圧縮成形している様子を示す断面図。
【
図4】ロールプレス機60の概略を説明するための断面図。
【
図6】薄肉円形シートに形成されたta-C膜の表面をSEMで撮影した画像。
【
図7】薄肉円形シートに形成されたta-C膜の断面プロファイル。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の好適な実施形態を、図面を参照しながら以下に説明する。本実施形態では、本発明の粉体装置部材として、粉末成形用金型10を例に挙げて説明する。
図1は粉末成形用金型10の平面図、
図2は
図1のA-A断面図である。なお、以下の説明で用いる「上」「下」「左」「右」は、絶対的な位置関係ではなく、相対的な位置関係を示す用語である。
【0017】
粉末成形用金型10は、乾式プレス成形で用いる金型であり、ダイ12と、下側パンチ20と、下側シート26と、上側パンチ30と、上側シート36とを備えている。ダイ12、下側パンチ20及び上側パンチ30は、例えば鉄系材質、黒鉛、窒化ホウ素などで作製されている。鉄系材質としては、SUS材、SKD材(ダイス鋼)、SKH材(ハイスピード鋼)などが好ましい。SUS材としては、例えば鉄-クロム系のSUS410やSUS430,SUS440などが挙げられる。SKD材としては、例えばSKD11やSKD61などが挙げられる。SKH材としては、例えば、SKH2やSKH10,SKH51,SKH55などが挙げられる。
【0018】
ダイ12は、厚肉の円筒部材であり、中心軸に沿って貫通孔14を有している。ダイ12は、図示しない支持部材によって作業台40の上に固定されている。
【0019】
下側パンチ20は、下側円柱体22の下面に下側円形プレート24を設けたものである。下側円柱体22は、大径部22aと小径部22bの2段構造であり、大径部22aがダイ12の貫通孔14に下から差し込まれる。下側円形プレート24は、小径部22bの下面に一体化され、作業台40の上に載置される。
【0020】
下側シート26は、離型シートであり、下側円柱体22の上面に配置される。下側シート26は、薄肉円形シート27の上面をコーティング膜28で被覆したものである。薄肉円形シート27は、下側パンチ20と同じ材質で作製されている。
【0021】
上側パンチ30は、上側円柱体32の上面に上側円形プレート34を設けたものである。上側円柱体32は、大径部32aと小径部32bの2段構造であり、大径部32aがダイ12の貫通孔14に上から差し込まれる。上側円形プレート34は、小径部32bの上面に一体化され、図示しない加圧機により下向きの荷重を加えることが可能となっている。
【0022】
上側シート36は、上側円柱体32の下面に配置される。上側シート36は、離型シートであり、薄肉円形シート37の下面をコーティング膜38で被覆したものである。薄肉円形シート37は、上側パンチ30と同じ材質で作製されている。下側シート26と上側シート36との間の成形空間には、セラミック粉末50が充填される(
図3参照)。
【0023】
コーティング膜28,38は、ta-C膜(DLC膜の一種)である。ta-C膜の表面(セラミック粉末50と接触する面)は、複数の溝で構成されたテクスチャを有し、溝の開口幅は、成形しようとするセラミック粉末50の平均粒子径よりも小さい。複数の溝は、縞状に形成されている。溝の開口幅は、特に限定するものではないが、例えば0.1μm以上10μm以下が好ましい。溝を形成する谷の深さは、100nm以上であることが好ましい。ta-C膜の厚さは、500nm以上であることが好ましい。但し、押圧力の低い場合には、500nm未満であってもよい。例えば、押圧力がほとんどかからない場合には200nm未満であってもよい。
【0024】
次に、本実施形態の粉末成形用金型10に用いられる下側シート26の製法について説明する。なお、上側シート36の製法は、下側シート26の製法と同じであるため、その説明を省略する。
【0025】
下側シート26を製造する第1の製造例について説明する。まず、薄肉円形シート27を用意する。次に、この薄肉円形シート27の片面に、複数の溝(縞状の溝)で構成されるテクスチャを形成する。テクスチャを形成する際、溝の開口幅が圧縮成形しようとするセラミック粉末の平均粒子径よりも小さくなるようにする。テクスチャは、例えば機械加工やフェムト秒レーザ加工などで形成することができるが、このうちフェムト秒レーザ加工で形成するのが好ましい。フェムト秒レーザ加工によれば、レーザ波長と同じ程度の縞状の溝を容易に形成することができる。そのため、溝の開口幅に応じてレーザ波長を設定すれば、溝の開口幅を所望の幅に制御することができる。次に、薄肉円形シート27のうちテクスチャが形成された面に、ta-C膜を形成する。ta-C膜は、例えばPVDやCVDなどで形成することができるが、このうちPVDの一種であるイオンビーム支援フィルタードアーク蒸着(IBA-FAD)で形成するのが好ましい。IBA-FADによれば、非イオン化炭素クラスターを効率的に排除して、硬くてドロップレット等の付着部分のないta-C膜を形成することができる。また、IBA-FADによれば、テクスチャの溝を埋めることなく成膜することができる。これにより、薄肉円形シート27の片面にコーティング膜28(表面に縞状の溝を有するta-C膜)を備えた下側シート26を得ることができる。なお、IBA-FADは、FCVAと称されることもある。
【0026】
下側シート26を製造する第2の製造例について説明する。まず、薄肉円形シート27を用意する。次に、この薄肉円形シート27の片面にta-C膜を形成する。ta-C膜は、例えばPVDやCVDなどで形成することができる。次に、ta-C膜の表面に、複数の溝で構成されるテクスチャを形成する。テクスチャを形成する際、溝の開口幅が圧縮成形しようとするセラミック粉末の平均粒子径よりも小さくなるようにする。テクスチャは、例えば機械加工やフェムト秒レーザ加工などで形成することができるが、このうちフェムト秒レーザ加工で形成するのが好ましい。フェムト秒レーザ加工によれば、レーザ波長と同じ程度の縞状の溝を容易に形成することができる。そのため、溝の開口幅に応じてレーザ波長を設定すれば、溝の開口幅を所望の幅に制御することができる。これにより、薄肉円形シート27の片面にコーティング膜28(表面に縞状の溝を有するta-C膜)を備えた下側シート26を得ることができる。
【0027】
次に、本実施形態の粉末成形用金型10の使用例について説明する。
図3は、粉末成形用金型10でセラミック粉末50を圧縮成形している様子を示す断面図である。まず、粉末成形用金型10のダイ12の貫通孔14に下から下側パンチ20を挿入する。続いて、その下側パンチ20の上面に下側シート26をコーティング膜28が上になるように配置し、その上に所定量のセラミック粉末50を入れる。セラミック粉末50は、その平均粒子径がコーティング膜28に形成された溝の開口幅よりも大きいものを用いる。続いて、セラミック粉末50の上に上側シート36をコーティング膜38が下になるように載せ、その上に上側パンチ30の上側円柱体32をダイ12の貫通孔14に挿入する。これにより、セラミック粉末50は、下側シート26のコーティング膜28と上側シート36のコーティング膜38との間の成形空間に充填された状態になる。この状態で図示しない加圧機により上側パンチ30に下向きの荷重を加えてセラミック粉末50を圧縮して所定形状の成形体を得る。その後、粉末成形用金型10を分解して成形体を取り出す。
【0028】
下側シート26の薄肉円形シート27の上面はコーティング膜28で被覆され、上側シート36の薄肉円形シート37の下面はコーティング膜38で被覆されている。そのため、セラミック粉末50と直接接触するのはコーティング膜28,38である。コーティング膜28,38の表面(セラミック粉末50と接触する面)には、上述した溝が形成されている。この溝により、セラミック粉末50を構成する粒子はほとんどコーティング28,38に付着することはない。なお、薄肉円形シート27,37が本発明の接触部材に相当する。
【0029】
以上説明した本実施形態の粉末成形用金型10によれば、粉末に接触する薄肉円形シート27の上面及び薄肉円形シート37の下面は、DLC膜の一種であるta-C膜で被覆されている。ta-C膜の表面は、複数の溝で構成されたテクスチャを有し、溝の開口幅は、圧縮される粉末の平均粒子径よりも小さい。そのため、ta-C膜の表面に粉末が付着するのを有効に防止することができる。これにより、ta-C膜の清掃の負荷が軽くなり、ta-C膜に付着していた粉末が剥がれて製品が不均一になるのを防ぐことができる。
【0030】
また、テクスチャは、縞状の溝で構成されている。縞状の溝はフェムト秒レーザ加工で比較的容易に形成することができる。
【0031】
更に、コーティング膜28,38はta-C膜であり、ta-C膜は硬さ、密度、耐熱性がa-C膜よりも高い。また、ta-C膜は、低接着性、低摩擦、高耐摩耗性に優れている。ta-C膜の厚さは、500nm以上であることが好ましい。こうすれば、この粉末成形用金型10を用いて粉末を圧縮する際にテクスチャが壊れにくくなる。
【0032】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【0033】
例えば、上述した実施形態では、コーティング膜28,38にはDLC膜としてta-C膜を採用したが、特にこれに限定されるものではない。例えば、DLC膜としてa-C膜を採用してもよい。但し、ta-C膜の方が機能面で優れているため好ましい。また、ta-C膜を用いる場合、窒素原子がドープされたta-C膜を用いてもよい。窒素原子のドープ量は、特に限定するものではないが、0atm%を超え15atm%以下としてもよい。窒素原子をドープすると、粉末の種類によってはコーティング膜28,38に粉末がより付着しにくくなることがある。そのため、窒素原子のドープ量は、粉末の種類に応じて設定するのが好ましい。
【0034】
上述した実施形態において、テクスチャに形成される複数の溝として縞状の溝を例示したが、特にこれに限定されるものではなく、他の形状の溝(例えば格子状の溝など)であってもよい。
【0035】
上述した実施形態において、下側パンチ20の下側円柱体22の上面に、下側シート26の薄肉円形シート27の下面(コーティング膜28が形成されていない面)を接着又は接合により一体化してもよい。この場合、下側パンチ20と薄肉円形シート27とを一体化した部材が本発明の接触部材に相当する。これと同様に、上側パンチ30の上側円柱体32の下面に、上側シート36の薄肉円形シート37の上面(コーティング膜38が形成されていない面)を接着又は接合により一体化してもよい。この場合、上側パンチ30と薄肉円形シート37とを一体化した部材が本発明の接触部材に相当する。
【0036】
上述した実施形態では、コーティング膜28を備えた下側シート26を下側パンチ20の上面に配置し、コーティング膜38を備えた上側シート36を上側パンチ30の下面に配置したが、下側及び上側シート26,36を用いず、下側パンチ20の上面にコーティング膜28を直接形成し、上側パンチ30の下面にコーティング膜38を直接形成してもよい。この場合、下側パンチ20及び上側パンチ30がそれぞれ本発明の接触部材に相当する。コーティング膜28,38は、上述した実施形態と同様にして形成することができる。また、このようにしても上述した実施形態と同様の効果が得られる。
【0037】
上述した実施形態では、粉体装置部材のうち粉末成形用金型10を例示したが、特に粉末成形用金型に限定されるものではなく、例えば
図4に示すようなロールプレス機60に本発明を適用してもよい。ロールプレス機60は、一対のローラ62(接触部材)の表面をta-C膜からなるコーティング膜64で被覆し、コーティング膜64の表面に、上述した実施形態と同様の溝で構成されたテクスチャを形成したものである。セラミック粉末を含む杯土テープ70は、一対のローラ62のコーティング膜64同士の隙間を
図4の左から右へ通過する際に厚さが整えられる。この場合も、上述した実施形態と同様の効果が得られる。
【実施例0038】
以下に、本発明の実施例について説明する。なお、以下の実施例は本発明を何ら限定するものではない。
【0039】
1.乾式成形
[実施例1]
粉末成形用金型10の下側シート26及び上側シート36を以下のように作製した。まず、SKD-11からなる直径16mm、厚さ1.5mmの薄肉円形シートを用意した。次に、この薄肉円形シートの片面に、フェムト秒レーザ加工により縞状の溝で構成されるテクスチャを形成した。具体的には、フェムト秒レーザについて、波長を800nm、パルス幅を250fs、出力を1W、ビーム直径を4mmに設定した。縞状の溝の周期はレーザ波長と同じ800nm、溝の開口幅も800nm、溝の深さは230nmであった。
【0040】
次に、テクスチャが形成された薄肉円形シートの片面に、IBA-FADでta-C膜を形成した。
図5は、IBA-FAD装置100の概略説明図である。IBA-FAD装置100の成膜室102には、回転可能なステージ104が配置されている。ステージ104には、90°おきに4つのワークWを固定することができる。成膜室102には、イオンガン106及びT字形のダクト108が取り付けられている。ダクト108の一端には、グラファイトカソード110とアノード112とトリガー114とが配置されている。トリガー114は、グラファイトカソード110に向かってアーク放電を生じさせる。トリガー114からのアーク放電によりグラファイトカソード110から発生した炭素イオンビームは、コイルによって生成した電磁界によってダクト108の一端から直角に曲がって成膜室102へ導入される(網掛け矢印参照)。一方、非イオン化炭素のクラスター(ドロップレット)は、ダクト108の一端から他端に向かって直進し(白矢印参照)、捕集フィルム116で捕集される。イオンガン106から発射される窒素イオンビームは、炭素イオンビームと90°の角度をなして成膜室102へ導入される(黒矢印参照)。窒素原子がドープされていないta-C膜をワークWに形成するときには窒素イオンビームは用いず、窒素原子がドープされたta-C膜をワークWに形成するときには窒素イオンビームを用いる。
【0041】
実施例1では、ta-C膜を形成するにあたり、窒素イオンビームを用いず、放電電圧を1kV、アーク放電電流値を50A、ワークW(薄肉円形シート)に印加する負バイアスを100Vに設定した。また、堆積時間は40分、ステージ回転速度は10rpmとした。これにより、縞状の溝で構成されたテクスチャがta-C膜によって被覆された。ta-C膜の表面には、縞状の溝がそのまま反映された。ta-C膜の厚さは600μmであった。ta-C膜に現れた縞状の溝の周期は800nm、溝の開口幅も800nm、深さは230nmであった。IBA-FADで形成したta-C膜は、テクスチャの溝をほとんど埋めることがなかった。これは、強く整流された直線状の炭素イオンビームを提供して一方向からの炭素原子の蓄積をもたらすIBA-FADの特徴による。薄肉円形シートに形成されたta-C膜の表面の走査電子顕微鏡(SEM)の画像の一例を
図6に示す。また、溝の延びる方向と垂直な面でta-C膜を切断したときの断面のプロファイルの一例を
図7に示す。このようにして、薄肉円形シートの片面がta-C膜(縞状の溝で構成されたテクスチャを表面に備えたもの)で被覆された離型シートを得た。ta-C膜の表面エネルギーを、純水とジヨードメタンを用いた静滴法により求めた。その結果を表1に示す。
【0042】
この離型シートを粉末成形用金型10の下側シート26及び上側シート36に用いてセラミック粉末を圧縮成形した。成形は、以下に示す試験1~3のように、条件を変更して行った。
・試験1
セラミック粉末として平均粒子径2.0μmのアルミナ(Al2O3)粉末を用い、成形圧を5MPaに設定し、温度23℃、湿度<20%RHで成形を行った。
・試験2
セラミック粉末として平均粒子径1.5μmのシリカ(SiO2)粉末を用い、成形圧を20MPaに設定し、温度23℃、湿度<20%RHで成形を行った。
・試験3
セラミック粉末として平均粒子径0.46μmのアルミナ(Al2O3)粉末を用い、成形圧を5MPaに設定し、温度23℃、湿度<20%RHで成形を行った。なお、試験3は、テクスチャの溝の開口幅がセラミック粉末の平均粒子径よりも大きいため、参考試験である。
【0043】
各試験において、成形後に上側シート36に付着した粉末付着物の量を電子天秤で測定し、その値を付着量とした。その結果を表1に示す。
【0044】
[実施例2]
ta-C膜を形成するにあたり、
図5のイオンガン106に窒素ガスを10sccmの流量で添加した以外は、実施例1と同じ条件を採用して窒素原子がドープされたta-C膜を形成した。ta-C膜の厚さは600μmであった。ta-C膜に現れた縞状の溝の周期は800nm、溝の開口幅は800nm、深さは230nmであった。IBA-FADで形成したta-C膜は、テクスチャの溝をほとんど埋めることがなかった。ta-C膜は、窒素原子を8atm%含有していた。窒素原子の含有量(ドープ量)は、X線光電子分光(XPS)により測定した(以下同じ)。窒素原子がドープされたta-C膜の表面エネルギーを、実施例1と同様にして求めた。また、得られた離型シートを粉末成形用金型10の下側シート26及び上側シート36に用いて、上述した試験2の条件でセラミック粉末を成形し、シート1枚当たりの付着量を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0045】
[実施例3]
ta-C膜を形成するにあたり、
図5のイオンガン106に窒素ガスを20sccmの流量で添加した以外は、実施例1と同じ条件を採用して窒素原子がドープされたta-C膜を形成した。ta-C膜の厚さは600μmであった。ta-C膜に現れた縞状の溝の周期は800nm、溝の開口幅は800nm、深さは230nmであった。IBA-FADで形成したta-C膜は、テクスチャの溝をほとんど埋めることがなかった。ta-C膜は、窒素原子を12atm%含有していた。窒素原子がドープされたta-C膜の表面エネルギーを、実施例1と同様にして求めた。また、得られた離型シートを粉末成形用金型10の下側シート26及び上側シート36に用いて、上述した試験2の条件でセラミック粉末を成形し、シート1枚当たりの付着量を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0046】
[比較例1]
SKD-11からなる薄肉円形シートに、実施例1と同様にしてテクスチャを形成したあとta-C膜を形成せず、離型シートを得た。テクスチャは形成されているがta-C膜は形成されていない薄肉円形シートの表面エネルギーを、実施例1と同様にして求めた。また、得られた離型シートを粉末成形用金型10の下側シート26及び上側シート36に用いて、上述した試験例1~3の条件でセラミック粉末を成形し、シート1枚当たりの付着量を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0047】
[比較例2]
SKD-11からなる薄肉円形シートに、テクスチャを形成することなくta-C膜を実施例1と同様にして形成して、離型シートを得た。ta-C膜の厚さは600μmであった。テクスチャが形成されていないta-C膜の表面エネルギーを、実施例1と同様にして求めた。また、得られた離型シートを粉末成形用金型10の下側シート26及び上側シート36に用いて、上述した試験例1~3の条件でセラミック粉末を成形し、シート1枚当たりの付着量を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0048】
[比較例3]
SKD-11からなる薄肉円形シートに、テクスチャを形成することなくta-C膜を実施例2と同様にして形成して、離型シートを得た。ta-C膜の厚さは600μmであった。ta-C膜は、窒素原子を8atm%含有していた。窒素原子が8atm%ドープされた、テクスチャが形成されていないta-C膜の表面エネルギーを、実施例1と同様にして求めた。また、得られた離型シートを粉末成形用金型10の下側シート26及び上側シート36に用いて、上述した試験例2の条件でセラミック粉末を成形し、シート1枚当たりの付着量を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0049】
[比較例4]
SKD-11からなる薄肉円形シートに、テクスチャを形成することなくta-C膜を実施例3と同様にして形成して、離型シートを得た。ta-C膜の厚さは600μmであった。ta-C膜は、窒素原子を12atm%含有していた。窒素原子が12atm%ドープされた、テクスチャが形成されていないta-C膜の表面エネルギーを、実施例1と同様にして求めた。また、得られた離型シートを粉末成形用金型10の下側シート26及び上側シート36に用いて、上述した試験例2の条件でセラミック粉末を成形し、シート1枚当たりの付着量を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0050】
[比較例5]
SKD-11からなる薄肉円形シートそのものの表面エネルギーを、実施例1と同様にして求めた。また、SKD-11からなる薄肉円形シートを、そのまま(つまりテクスチャもta-C膜も形成せず)、粉末成形用金型10の下側シート26及び上側シート36に用いて、上述した試験例1~3の条件でセラミック粉末を成形し、シート1枚当たりの付着量を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0051】
【0052】
試験1の結果から分かるように、平均粒子径2μmのアルミナ粉末の成形において、テクスチャが形成されたta-C膜を備えた実施例1は、テクスチャは形成されているがta-C膜を備えていない比較例1、テクスチャのないta-C膜を備えた比較例2及びテクスチャもta-C膜も備えていない比較例5と比べて、粉末付着防止効果が高かった。
【0053】
試験2の結果から分かるように、平均粒子径1.5μmのシリカ粉末の成形において、テクスチャが形成されたta-C膜を備えた実施例1~3は、テクスチャは形成されているがta-C膜を備えていない比較例1、テクスチャのないta-C膜を備えた比較例2~4及びテクスチャもta-C膜も備えていない比較例5と比べて、粉末付着防止効果が高かった。また、窒素原子がドープされたta-C膜を備えた実施例2,3は、窒素原子がドープされていないta-C膜を備えた実施例1に比べて、粉末付着防止効果がより高くなった。一方、テクスチャが形成されていない場合、窒素原子がドープされたta-C膜を備えた比較例3,4は、窒素原子がドープされていないta-C膜を備えた比較例2に比べて、粉末付着防止効果は低かった。
【0054】
試験3(参考試験)の結果から分かるように、平均粒子径0.46μmのアルミナ粉末の成形において、実施例1は比較例1,5と比べて粉末付着防止効果が高かったものの、テクスチャのないta-C膜で表面を被覆した比較例2と比べるとその効果は劣った。その理由は、実施例1では、縞状の溝の開口幅がアルミナ粉末の平均粒子径よりも大きかったため、溝にアルミナ粒子が入り込んで付着したと考えられる。
【0055】
なお、実施例1は、試験1の成形圧を5MPaから20MPaに変更しても、粉末付着防止効果に変化はみられなかった。しかし、実施例1のta-C膜の厚さを600μmから200μmに変更した(堆積時間を40分から10分に変更した)ところ、5MPaでは問題なかったが、20MPaではテクスチャが壊れた。
【0056】
2.湿式成形
[実施例4]
SKD-11からなる直径16mm、厚さ1.5mmの薄肉円形シートを用意し、そのプレートの片面に実施例1と同様にして縞状の溝で構成されたテクスチャを形成したあとta-C膜を形成し、実施例4の接触部材を得た。得られた接触部材を使用して以下の付着性評価試験を行った。
【0057】
・付着性評価試験
図10に付着性評価試験の模式図を示す。セラミックス粉末に有機バインダ及び溶媒を添加し混練して粘土状の材料(杯土)を得た。この杯土を長方形の平板に形を整え、その平板から打ち抜きジグを用いて直径10mm、厚さ約1.4mmの杯土円板82を得た。この杯土円板82をクロムメッキを施した台座84の上に載せ、杯土円板82の上に実施例4の接触部材をta-C膜が杯土円板に接触するように載せた。この状態で、昇降機86によって接触部材を0.5mm/minの速度で下降させて杯土円板82の厚さが約0.7mmになるまで圧縮し、その後0.5mm/minの速度で接触部材を上昇させた。この操作を3回行い、3回のうち上昇させた接触部材の下面に杯土円板82が付着して持ち上がった回数をカウントした。その結果を表2に示す。
【0058】
[比較例6]
比較例6では、実施例4と同じ薄肉円形シートを用意し、それをそのまま比較例6の接触部材として用いて付着性評価試験を行った。その結果を表2に示す。
【0059】
[比較例7]
比較例7では、実施例4と同じ薄肉円形シートを用意し、その薄肉円形シートにテクスチャを形成することなく、実施例1と同様にしてta-C膜を形成して、接触部材を得た。その接触部材を用いて付着性評価試験を行った。その結果を表2に示す。
【0060】
[比較例8]
比較例8では、実施例4と同じ薄肉円形シートを用意し、その薄肉円形シートに実施例1と同様にしてテクスチャを形成し、その後ta-C膜を形成せず、接触部材を得た。その接触部材を用いて付着性評価試験を行った。その結果を表2に示す。
【0061】
【0062】
下面をテクスチャの形成されたta-C膜で被覆した実施例4の接触部材は、接触面の下面をそのままとした比較例6、テクスチャの形成されていないta-C膜で被覆した比較例7及びta-C膜で被覆されずテクスチャのみ形成された比較例8の各接触部材と比べて、杯土円板(溶媒を含んだ粉末)が付着するのを有効に防止することができた。
10 粉体装置部材、12 ダイ、14 貫通孔、20 下側パンチ、22 下側円柱体、22a 大径部、22b 小径部、24 下側円形プレート、26 下側シート、27 薄肉円形シート、28 コーティング膜、30 上側パンチ、32 上側円柱体、32a 大径部、32b 小径部、34 上側円形プレート、36 上側シート、37 薄肉円形シート、38 コーティング膜、40 作業台、50 セラミック粉末、60 ロールプレス機、62 ローラ、64 コーティング膜、70 杯土テープ、82 杯土円板、84 台座、86 昇降機、100 FAD装置、102 成膜室、104 ステージ、106 イオンガン、108 ダクト、110 グラファイトカソード、112 アノード、114 トリガー、116 捕集フィルム。