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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022067719
(43)【公開日】2022-05-09
(54)【発明の名称】マススペクトル処理装置及び方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20220426BHJP
【FI】
G01N27/62 D
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020176453
(22)【出願日】2020-10-21
(71)【出願人】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴弥
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA04
2G041DA05
2G041GA03
2G041GA06
2G041MA04
(57)【要約】
【課題】2つのポリマー試料の相違を容易に特定できる新しいプロットを提供する。
【解決手段】第1ポリマー試料のマススペクトルに基づいて第1ピークリスト54が生成され、第2ポリマー試料のマススペクトルに基づいて第2ピークリスト56が生成される。第1ピークリスト54と第2ピークリスト56に基づき、それらの相違を示す数値列(差分列、比率列)が演算される。ピーク発生m/z列及び数値列から、KMDプロット及びRKMプロットが生成される。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1ポリマー試料の第1マススペクトルから得られた第1ピーク列及び第2ポリマー試料の第2マススペクトルから得られた第2ピーク列に基づいて、前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の間の相違を表した数値列を演算する演算部と、
分子それ全体の質量から算出される整数質量を表す第1軸と分子中の主鎖以外の部分の質量から算出される小数質量を表す第2軸とで定義される座標系に対して前記数値列に対応する要素群を配置することにより相違プロットを生成する生成部と、
を含むことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項2】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記整数質量はノミナルケンドリックマスであり、
前記小数質量はケンドリックマスディフェクト又はリメインダーオブケンドリックマスである、
ことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項3】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記生成部は、前記数値列を構成する各数値に応じて前記要素群を構成する各要素の態様を変化させる、
ことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項4】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記演算部は、前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の間においてピーク単位で差分を演算することにより前記数値列を演算する、
ことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項5】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記演算部は、前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の間においてピーク単位で比率を演算することにより前記数値列を演算する、
ことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項6】
請求項5記載のマススペクトル処理装置において、
前記演算部は、
前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の相互の突合せにより特定される値不足箇所に対して所定値を超える数値を補充する前処理を実行する手段と、
前記前処理の後に前記比率を計算する手段と、
を含むことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項7】
請求項1記載のマススペクトル処理装置において、
前記第1ポリマー試料の複数の第1マススペクトルから得られた複数の第1ピーク列及び前記第2ポリマー試料の複数の第2マススペクトルから得られた複数の第2ピーク列に基づいて、ボルケーノプロットを生成する手段と、
前記相違プロットの中の要素全体の中から、前記ボルケーノプロット中に定められた抽出エリアに属する複数の有意要素に対応する複数の要素を抽出し、これによりフィルタリングされた相違プロットを生成する手段と、
を含むことを特徴とするマススペクトル処理装置。
【請求項8】
第1ポリマー試料の第1マススペクトルから得られた第1ピーク列及び第2ポリマー試料の第2マススペクトルから得られた第2ピーク列に基づいて、前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の間の相違を表した数値列を演算する工程と、
ノミナルケンドリックマスを表す第1軸とケンドリックマスディフェクト又はリメインダーオブケンドリックマスを表す第2軸とで定義される座標系に対して、前記数値列に対応する要素群を配置することにより相違プロットを生成する工程と、
を含むことを特徴とするマススペクトル処理方法。
【請求項9】
情報処理装置において実行されるプログラムであって、
第1ポリマー試料の第1マススペクトルから得られた第1ピーク列及び第2ポリマー試料の第2マススペクトルから得られた第2ピーク列に基づいて、前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の間の相違を表した数値列を演算する機能と、
ノミナルケンドリックマスを表す第1軸とケンドリックマスディフェクト又はリメインダーオブケンドリックマスを表す第2軸とで定義される座標系に対して、前記数値列に対応する要素群を配置することにより相違プロットを生成する機能と、
を含むことを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マススペクトル処理装置及び方法に関し、特に、比較したい2つのポリマー試料から得られた2つのマススペクトルの処理に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリマー試料の解析に際しては質量分析システムが利用される。質量分析システムは、一般に、質量分析装置及びマススペクトル処理装置により構成される。ポリマー試料の質量分析により、ポリマー試料のマススペクトルが生成される。そのマススペクトルには、異なる重合度を有する複数の分子に対応する複数のピークが現れる。あるポリマーを構成する複数の分子それら全体、又は、マススペクトルに含まれる複数のピークそれら全体が、ポリマーシリーズと称されることもある。
【0003】
ポリマー試料のマススペクトルを解析する方法として、ケンドリックマスディフェクト(以下、KMDという。)解析が知られている。KMD解析について以下に説明する。
【0004】
ある重合度nを有するポリマーの質量(分子量)Mは、例えば、以下のように表現される。
M=Mr×n+Me+Mc ・・・(1)
【0005】
上記質量Mは観測質量とも言い得る。ここで、Meは末端基の質量(分子に2つの末端基が含まれる場合にはそれらの質量の合計値)であり、Mcはイオン化に先立ってカチオン化剤が添加された場合における付加部分の質量である。z=1つまり1価を前提とした場合、マススペクトルにおける各ピークのm/zから各分子の質量が特定される。
【0006】
ケンドリックマス(以下、KMという。)は以下のように定義される。
KM=M×Mri/Mr ・・・(2)
【0007】
ここで、Mriは、モノマー(繰り返し単位)の整数質量であり、Mrはモノマーの精密質量である。上記(2)式において、ポリマーの質量Mに対して乗算される係数(Mri/Mr)は、モノマーの精密質量(例えば58.42)を整数質量(例えば58)に換算する作用を有する。
【0008】
上記(2)式中のMに対して(1)式の右辺を代入すると、以下のようになる。
KM=(Mr×n+Me+Mc)×Mri/Mr ・・・(3-1)
=Mri×n+(Me+Mc)×Mri/Mr ・・・(3-2)
=Mri×n+(B+b) ・・・(3-3)
【0009】
ここで、Mri×nは整数値である。大文字Bは(Me+Mc)×Mri/Mrにおける整数部分を示しており、小文字bは(Me+Mc)×Mri/Mrにおける小数部分を示している。
【0010】
ノミナルケンドリックマス(以下、NKMという。)は、上記KMの小数点以下(つまりb)に対して四捨五入を適用することにより得られる整数値である。具体的には、以下のとおりである。
NKM=Mri×n+B+1 (b≧0.5) ・・・(4-1)
=Mri×n+B (b<0.5) ・・・(4-2)
【0011】
ケンドリックマスディフェクト(KMD)は、以下のように定義される。KMDは、整数値からの不足分又は欠損分に相当する。
KMD=NKM-KM ・・・(5-1)
=1-b (b≧0.5) ・・・(5-2)
=-b (b<0.5) ・・・(5-3)
【0012】
KMD解析では、NKMを表す横軸とKMDを表す縦軸とで定義される二次元座標系に対して、ポリマー試料のマススペクトルに含まれる複数のピークに対応する複数の要素(例えば円)が配置される。これにより、KMDプロットが生成される。例えば、各要素のサイズにより各ピークの強度が表現される。KMDプロットにおいて、ポリマーシリーズを構成する複数のピークに対応する複数の要素は、横軸に平行に均等間隔で並ぶ。その間隔は繰り返し単位に相当する。KMDプロットにおいては、重合度の大小は縦軸方向の位置に影響を与えなくなる。なお、幾つかの文献の中には、KMの整数部分がNKMであるとする簡略化された説明も見受けられる。一般に、KMDは-0.5から+0.5までの間の値をとる。
【0013】
KMDを表す縦軸に代えて、リメインダーオブケンドリックマス(以下、RKMという。)を表す縦軸が採用されることもある。その場合、RKMプロットが生成される。RKMは、以下のように定義される。
RKM=KM/Mri-Floor(KM/Mri) ・・・(6)
【0014】
ここで、Floor(X)は、Xにおける小数点以下を切り捨てる演算子である。上記(6)式中のKMに対して、上記(3-2)式を代入すると、以下のようになる。
RKM={n+(Me+Mc)/Mr}-Floor{n+(Me+Mc)/Mr} ・・・(7)
【0015】
上記のnは上記(7)式において消去できる。結局、RKMは以下のように表現される。
RKM=(Me+Mc)/Mr-Floor{(Me+Mc)/Mr} ・・・(8)
【0016】
RKMは、末端基の質量とカチオン化剤の質量の合計値を繰り返し単位の質量で除して得られる値における小数である。RKMも重合度nに依存しない値である。一般に、RKMは、0から1.0までの間の値をとる。
【0017】
RKMプロットの横軸はKMを示し、その縦軸はRKMを示す。RKMプロットにおいても、KMDプロット同様、ポリマーシリーズに相当する複数の要素が横軸と並行に等間隔で並ぶ。
【0018】
なお、特許文献1にはKMDプロットが開示されている。非特許文献1の図4には、ボルケーノプロット及びKMDプロットが開示されている。ボルケーノプロットがKMDプロットに対するフィルタとして機能しているようである。特許文献1及び非特許文献1には、2つのマススペクトルの間で求められる差分列又は比率列を表したプロットは開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開2020-8314号公報
【非特許文献】
【0020】
【非特許文献1】Manhoi Hur, et.al, Statistically Significant Differences in Composition of Petroleum Crude Oils Revealed by Volcano Plots Generated from Ultrahigh Resolution Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance Mass Spectra, Energy Fuels, Vol. 32, 2018, pp.1206-1212.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
2つのポリマー試料のマススペクトルを比較したい場合がある。例えば、劣化前のポリマー試料のマススペクトルと劣化後のポリマー試料のマススペクトルとを比較すれば、劣化に伴う化学的変化を解析し得る。第1合成方法で生成されたポリマー試料のマススペクトルと第2合成方法で生成されたポリマー試料のマススペクトルとを比較すれば、いずれの合成方法が望ましいのかを特定できる。
【0022】
2つのポリマー試料のマススペクトルの比較に際し、同じ座標系上に、2つのポリマー試料のマススペクトルから生成された2つのKMDプロットを形成することが考えられる。しかし、その場合、2つのKMDプロットを構成する2つの要素群が重なり合い、2つのKMDプロットの相違部分が分かり難くなる。2つのポリマー試料から生成された2つのKMDプロットを別々に作成し、それらを対比観察することも可能であるが、その場合にも、2つのKMDプロットの相違が分かり難くなる。この問題は、2つのRKMプロットや2つの他のプロットを同じ座標系上に形成する場合においても生じ得る。
【0023】
本発明の目的は、2つのポリマー試料の相違を容易に特定できる新しいプロットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明に係るマススペクトル処理装置は、第1ポリマー試料の第1マススペクトルから得られた第1ピーク列及び第2ポリマー試料の第2マススペクトルから得られた第2ピーク列に基づいて、前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の間の相違を表した数値列を演算する演算部と、分子それ全体の質量から算出される整数質量を表す第1軸と分子中の主鎖以外の部分の質量から算出される小数質量を表す第2軸とで定義される座標系に対して前記数値列に対応する要素群を配置することにより相違プロットを生成する生成部と、を含むことを特徴とする。
【0025】
本発明に係るマススペクトル処理方法は、第1ポリマー試料の第1マススペクトルから得られた第1ピーク列及び第2ポリマー試料の第2マススペクトルから得られた第2ピーク列に基づいて、前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の間の相違を表した数値列を演算する演算部と、ノミナルケンドリックマスを表す第1軸とケンドリックマスディフェクト又はリメインダーオブケンドリックマスを表す第2軸とで定義される座標系に対して、前記数値列に対応する要素群を配置することにより相違プロットを生成する生成部と、を含むことを特徴とする。
【0026】
本発明に係るプログラムは、情報処理装置において実行されるプログラムであって、第1ポリマー試料の第1マススペクトルから得られた第1ピーク列及び第2ポリマー試料の第2マススペクトルから得られた第2ピーク列に基づいて、前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の間の相違を表した数値列を演算する機能と、ノミナルケンドリックマスを表す第1軸とケンドリックマスディフェクト又はリメインダーオブケンドリックマスを表す第2軸とで定義される座標系に対して、前記数値列に対応する要素群を配置することにより相違プロットを生成する機能と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、2つのポリマー試料の相違を容易に特定できる新しいプロットを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】実施形態に係るマススペクトル処理装置を示すブロック図である。
図2】実施形態に係るマススペクトル処理方法を示すブロック図である。
図3】第1ポリマー試料のマススペクトルを示す図である。
図4】第2ポリマー試料のマススペクトルを示す図である。
図5】比較例に係るKMDプロットを示す図である。
図6】2つのピークリストを含むテーブルを示す図である。
図7】差分マススペクトルを示す図である。
図8】実施形態に係る相違プロットを示す図である。
図9】サイズ関数及びカラー関数を示す図である。
図10】ボルケーノプロットを示す図である。
図11】フィルタリング前の相違プロットを示す図である。
図12】フィルタリング後の相違プロットを示す図である。
図13】演算対象ピーク群の選択を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0030】
(1)実施形態の概要
実施形態に係るマススペクトル処理装置は、演算部、及び、生成部を含む。演算部は、第1ポリマー試料の第1マススペクトルから得られた第1ピーク列及び第2ポリマー試料の第2マススペクトルから得られた第2ピーク列に基づいて、第1ピーク列と第2ピーク列の間の相違を表した数値列を演算する。生成部は、分子それ全体の質量から算出される整数質量を表す第1軸と分子中の主鎖以外の部分の質量から算出される小数質量を表す第2軸とで定義される座標系に対して数値列に対応する要素群を配置することにより相違プロットを生成する。
【0031】
共通の座標系に対して、2つのピークリストに対応する2つの要素群を配置した場合、2つの要素群の間で重なり合いが生じて2つの要素群の比較(特に相違の特定)が困難となる。これに対し、上記構成によれば、2つのピーク列の間の相違を表す数値列が演算され、数値列に基づいて座標系に対して要素群が配置されるので、上記意味での重なり合いは生じない。すなわち、2つのピークリスト間の相違を明確に表現することが可能となる。換言すれば、2つのピークリスト間における共通部分を除外し相違部分を強調したプロットが得られる。
【0032】
一般にポリマー試料には複数のポリマーが含まれる。個々のポリマーは重合度の異なる複数の分子(ポリマー構成分子)により構成される混合物である。各分子は主鎖とそれ以外の部分とからなる。複数の繰り返し単位(モノマー)の連なりが主鎖である。主鎖を構成する繰り返し単位の個数が重合度である。主鎖以外の部分は、末端基、付加要素等により構成される。
【0033】
なお、本願明細書においては、一般的な意味又は広義の意味を有する用語として「相違」を用い、数学的な差分を意味する用語として「差分」を用いることにする。
【0034】
実施形態においては、分子それ全体の質量(観測質量)に対して換算及び整数化を適用することにより整数質量が算出される。換算は、分子それ全体の質量に対して、繰り返し単位(モノマー)の質量を整数値に変換する作用をもった係数を乗算するものである。整数化は、小数点以下の数値に対して四捨五入を適用するものである。整数質量から換算後の質量を減算することにより、小数質量が求められる。あるいは、主鎖以外の部分の質量を繰り返し単位で割ることにより得られる値における小数として、小数質量が求められる。整数質量は重合度によって変動する。小数質量は重合度によって変動せず、整数質量から見て端数に相当する。具体的には、実施形態において、整数質量はノミナルケンドリックマスである。少数質量はケンドリックマスディフェクト又はリメインダーオブケンドリックマスである。
【0035】
見方を変えると、第1軸は、分子それ全体の質量から算出される全体質量を示す。全体質量は重合度に応じて変動する。第2軸は分子中の主鎖以外の部分の質量から算出される端数質量を示す。端数質量は重合度によって変動しない。第1軸及び第2軸で定義される座標系において、ポリマーシリーズを構成する要素群は第1軸にそって一定の間隔で並ぶ。一定の間隔は繰り返し単位に相当する。
【0036】
実施形態において、生成部は、数値列を構成する各数値に応じて要素群を構成する各要素の態様を変化させる。この構成によれば、各要素の態様の変化によりピーク間の相違の大小が表現される。実施形態において、各要素は図形であり、各要素の態様の変化には、サイズ変化、輝度変化及び色相変化の内の少なくとも1つが含まれる。この構成によれば、図形のサイズ、図形の輝度変化、図形の色相変化等により、ピーク間の相違の大小が表現される。
【0037】
実施形態において、演算部は、第1ピーク列と第2ピーク列の間においてピーク単位で差分を演算することにより数値列を演算する。この構成は、第1ピーク及び第2ピークの内の少なくとも一方が生じたm/zごとに、第1ピークの強度と第2ピークの強度との間の差分を演算するものである。一方のピークに対応する他方のピークが存在しない場合、他方のピークの強度は0又は所定値とされる。
【0038】
実施形態において、演算部は、第1ピーク列と第2ピーク列の間においてピーク単位で比率を演算することにより数値列を演算する。この構成は、比率によってピーク単位で相違の大小関係を表現するものである。実施形態においては、比率の対数が利用される。
【0039】
実施形態において、演算部は、第1ピーク列と第2ピーク列の相互の突合せにより特定される値不足箇所に対して0以外の数値を補充する前処理を実行する手段と、前記前処理の後に前記比率を計算する手段と、を含む。この構成によれば、比率演算に際して、分母が0又は0に近い小さな値になることを防止でき、また、分子が0又は0に近い小さな値になることを防止できる。補充される数値は、0に近い小さな値を超える数値であり、その値は状況に応じて適宜定められる。
【0040】
実施形態に係るマススペクトル処理装置は、第1ポリマー試料の複数の第1マススペクトルから得られた複数の第1ピーク列及び第2ポリマー試料の複数の第2マススペクトルから得られた複数の第2ピーク列に基づいて、ボルケーノプロットを生成する手段と、相違プロットの中の要素全体の中から、ボルケーノプロット中に定められた抽出エリアに属する複数の有意要素に対応する複数の要素を抽出し、これによりフィルタリングされた相違プロットを生成する手段と、を含む。この構成によれば、相違プロットの中の要素群の内で、統計的に見て有意な要素を残すことが可能となり、逆に言えば、統計的に見て有意ではない要素を棄却することが可能となる。ボルケーノプロットにおける横軸は、公知のFold Change(比率)を示し、その縦軸は公知のp値を示す。
【0041】
実施形態に係るマススペクトル処理方法は、演算工程及び生成工程を有する。演算工程では、第1ポリマー試料の第1マススペクトルから得られた第1ピーク列及び第2ポリマー試料の第2マススペクトルから得られた第2ピーク列に基づいて、第1ピーク列と第2ピーク列の間の相違を表した数値列が演算される。生成工程では、ノミナルケンドリックマスを表す第1軸とケンドリックマスディフェクト又はリメインダーオブケンドリックマスを表す第2軸とで定義される座標系に対して、数値列に対応する要素群が配置され、これにより相違プロットが生成される。
【0042】
上記のマススペクトル処理方法は、ハードウエアの機能として又はソフトウエアの機能として実現される。後者の場合、マススペクトル処理方法を実行するプログラムが、ネットワーク又は可搬型記憶媒体を介して、情報処理装置にインストールされる。情報処理装置の概念には、コンピュータ、マススペクトル処理装置、質量分析装置、質量分析システム等が含まれる。
【0043】
(2)実施形態の詳細
図1には、実施形態に係る質量分析システムが示されている。質量分析システムは、質量分析装置10及びマススペクトル処理装置12により構成される。質量分析の対象は、実施形態においてポリマー試料である。より具体的には、第1ポリマー試料及び第2ポリマー試料である。それらが順次、質量分析される。第1ポリマー試料及び第2ポリマー試料には、それぞれ、複数種類のポリマーが含まれ得る。以下、場合により、第1ポリマー試料及び第2ポリマー試料の2つをまとめて、単に試料と表現する。
【0044】
質量分析装置10は、イオン源14、質量分析部16及び検出器18により構成される。イオン源14は、試料をイオン化する装置である。イオン源14は、実施形態において、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)、ESI(Electrospray ionization)等のソフトなイオン化法に従うイオン源である。ソフトなイオン源を用いることにより、ポリマーの分子イオンを検出できる。
【0045】
質量分析部16は、個々のイオンが有するm/z(質量電荷比)に従って、個々のイオンに対して質量分析を行うものである。質量分析部16として、飛行時間型質量分析部、四重極型質量分析部、等を利用し得る。検出器18において、質量分析部16から出たイオンが検出される。質量分析部16の中に検出器18が配置されてもよい。
【0046】
検出器18からm/zごとのイオン量を示すアナログ検出信号が出力される。アナログ検出信号は、図示されていない信号処理回路に送られる。信号処理回路において、アナログ検出信号がデジタル検出信号に変換される。
【0047】
マススペクトル処理装置12は、実施形態において、コンピュータにより構成される。マススペクトル処理装置12は、プロセッサ20、入力器22及び表示器24を有する。入力器22は、キーボード、ポインティングデバイス等により構成される。表示器24はLCD等により構成される。プロセッサ20は、プログラムを実行するCPUにより構成される。図1においては、プロセッサが有する複数の機能が複数のブロックにより表現されている。
【0048】
スペクトル生成部26は、デジタル検出信号に基づいて、試料のマススペクトルを生成する。実施形態においては、スペクトル生成部26において、第1ポリマー試料の質量分析により得られた第1デジタル検出信号に基づいて、第1ポリマー試料の第1マススペクトルが生成される。また、第2ポリマー試料の質量分析により得られた第2デジタル検出信号に基づいて、第2ポリマー試料の第2マススペクトルが生成される。各マススペクトルにおいて、横軸はm/zを示す軸であり、縦軸は強度を示す軸である。第1マススペクトルを示すデータ及び第2マススペクトルを示すデータが、スペクトル生成部26からピークリスト生成部28及び処理部30へ送られている。
【0049】
ピークリスト生成部28は、第1マススペクトルに含まれる複数のピークに基づいて第1ピークリストを作成する。また、ピークリスト生成部28は、第2マススペクトルに含まれる複数のピークに基づいて第1ピークリストを作成する。マススペクトル中の複数のピークが自動的に検出され、これによりピークリストが自動的に生成されてもよいし、マススペクトル中の複数のピークに対するユーザー指定によりピークリストが生成されてもよい。第1ピークリストを示すデータ及び第2ピークリストを示すデータが、ピークリスト生成部28からテーブル作成部32及び処理部30へ送られている。
【0050】
テーブル作成部32は、第1ピークリスト及び第2ピークリストに基づいて所定のテーブルを生成するアライメント機能を有する。すなわち、2つのピークリストに基づいて、各ピークが生じている各m/zを特定し、m/zごとにピーク強度が管理されたテーブルを構成する。テーブル上に、複数のm/zに対応する複数のピークペア(複数の強度ペア)が構成される。
【0051】
テーブル作成部32は、前処理を実行する機能も有している。前処理には、2つのピークリストの突き合わせにより、強度を有しない又は極端に小さな強度しか有しない値不足箇所を特定して、そこに特定の値(0以外の比較的に小さな値)を与える値補充処理が含まれる。これにより、後述する比率の演算に際して、分母や分子に0(又はそれに近い値)が代入されてしまう問題を回避できる。値補充処理を経て、上記の複数の強度ペアが構成される。テーブルの内容を表すデータが、相違演算部34、p値演算部40、及び、処理部30へ送られている。以下において、テーブル上において、強度ペアが対応付けられているm/zを、ピーク発生m/zと称する。
【0052】
相違演算部34は、実施形態において、2つの機能を有する。第1の機能は、差分演算機能であり、第2の機能は、比率演算機能である。具体的には、相違演算部34は、ピーク発生m/zごとに、それに対応付けられた2つの強度に基づいて、それらの差分を演算する。例えば、2つの強度がMA,MBで表される場合、MA-MBが演算され、又は、MB-MAが演算される。これにより、複数のピーク発生m/zに対応した複数の差分が求められる。
【0053】
また、相違演算部34は、ピーク発生m/zごとに、それに対応付けられた2つの強度に基づいて、それらの比率を演算する。例えば、2つの強度がMA,MBで表される場合、MA/MBが演算され、又は、MB/MAが演算される。これにより、複数のピーク発生m/zに対応した複数の比率が求められる。実際には、比率の対数つまりlog(MA/MB)又はlog(MB/MA)が演算される。その場合、比率の大小関係によって、正の符号又は負の符号が定まる。相違演算部34の演算結果が、KMDプロット生成部36及びRKMプロット生成部38へ送られる。
【0054】
KMDプロット生成部36は、NKMを表す横軸及びKMDを表す縦軸により定義される座標系に対して、複数のピーク発生m/zに対応する複数の要素を配置することにより、KMDプロットを生成する。個々の要素は、例えば、図形としての円である。円に着色されたカラーによって相違についての符号(正又は負)が表現され、円のサイズによって相違の大小(差分の大小又は比率の対数の大小)が表現される。
【0055】
NKMを表す横軸上の座標及びKMDを表す縦軸上の座標は、ピーク発生m/zから一意に定まる。すなわち、各要素が配置される位置は、差分や比率とは無関係である。差分及び比率に関係するのは、要素の形態(サイズ、色相等)である。以下、複数の差分を表現したKMDプロットを差分情報KMDプロットと称し、複数の比率を表現したKMDプロットを比率情報KMDプロットと称する。いずれのプロットも相違プロットである。それらのプロットを表すデータが処理部30へ送られている。
【0056】
RKMプロット生成部38は、NKMを表す横軸及びRKMを表す縦軸により定義される座標系に対して、複数のピーク発生m/zに対応する複数の要素を配置することにより、RKMプロットを生成する。個々の要素は、例えば、図形としての円である。円に着色されたカラーによって相違についての符号(正又は負)が表現され、円のサイズによって相違の大小(比率の大小又は比率の対数の大小)が表現される。
【0057】
NKMを表す横軸上の座標及びRKMを表す縦軸上の座標は、ピーク発生m/zから一意に定まる。個々の要素が配置される位置は、差分や比率とは無関係である。差分及び比率に関係するのは、要素の形態(サイズ、色相等)である。以下、複数の差分を表現したRKMプロットを比率情報RKMプロットと称し、複数の比率を表現したRKMプロットを比率情報RKMプロットと称する。いずれのプロットも相違プロットである。それらのRKMプロットを表すデータが処理部30へ送られている。
【0058】
p値演算部40は、第1ポリマー試料について3回以上の質量分析を行って得られる3つ以上の第1ピークリスト、及び、第2ポリマー試料について3回以上の質量分析を行って得られる3つ以上の第1ピークリストに基づいて、公知のp値を演算する。p値はt検定において演算される評価値である。
【0059】
なお、差分情報KMDプロット、比率情報KMDプロット、差分情報RKMプロット、及び、比率情報RKMプロットの内で、ユーザーにより指定された1又は複数のプロットが生成されてもよい。比率情報KMDプロット及び差分情報KMDプロットのペア、並びに、差分情報RKMプロット及び比率情報RKMプロットのペアが選択的に生成されてもよい。
【0060】
ボルケーノプロット生成部42は、比率を示す横軸及びp値を示す縦軸によって定義される座標系を有するボルケーノプロットを生成する。具体的には、横軸は、log(MAAVE/MBAVE)を示す軸であり、縦軸は、-log10(p-value)を示す軸である。複数のピーク発生m/zに対応する、複数のp値、複数の第1強度平均値、及び、複数の第2強度平均値に基づいて、上記座標系上に複数の点が配置され、これによりボルケーノプロットが構成される。ペアを構成する第1強度平均値と第2強度平均値の間の相違が一定以上の場合に当該相違が有意なものであると認められ、また、p値が一定値以上の場合に統計的な有意性が認められる。それらを考慮してボルケーノプロットに対しては有意なデータを抽出するための抽出エリアが設定される。そのエリアに属する複数の点に対応する複数の元データを特定することにより、KMDプロット及びRKMプロットに対するフィルタ処理が実施される。ボルケーノプロットを表すデータが処理部30へ送られている。
【0061】
処理部30は、表示処理部及び演算部として機能する。処理部30は、カラー処理機能、画像合成機能等を有している。また、フィルタ44及び演算器46を有している。フィルタ44は、KMDプロット又はRKMプロットを構成する要素群の中で、ボルケーノプロットにおける抽出エリアに属する複数の点に対応する複数の要素を抽出する。これにより、フィルタリングされたKMDプロット又はRKMプロットを生成する。すなわち、KMDプロット又はRKMプロットにおいて、2つのポリマー試料の対比上、有意ではない1又は複数のデータ(1又は複数の要素)が除外される。これにより、KMDプロット又はRKMプロットの内容を優良化することが可能となる。
【0062】
表示器24には、差分情報KMDプロット、比率情報KMDプロット、差分情報RKMプロット、及び、比率情報RKMプロットの内の1つ又は複数のプロットが表示される。その場合に、必要に応じて、フィルタリング後のプロットが表示される。表示器24には、2つのポリマー試料を示す2つのマススペクトル、2つのピークリスト等も表示される。第1ピークリストに基づいて作成されるKMDプロット及びRKMプロット、及び、第2ピークリストに基づいて作成されるKMDプロット及びRKMプロット、が表示されてもよい。
【0063】
例えば、差分情報KMDプロット中の特定の要素列の指定に基づいて、第1ポリマー試料のマススペクトル中から特定のピーク列が特定され、特定のピーク列に基づいて評価値が演算されてもよい。同様に、差分情報KMDプロット中の特定の要素列の指定に基づいて、第2ポリマー試料のマススペクトル中から特定のピーク列が特定され、特定のピーク列に基づいて評価値が演算されてもよい。評価値としては、総イオン強度、平均分子量、多分散度等が挙げられる。評価値の演算は、図示の構成例では、演算器46によって実行される。2つのポリマー試料について演算された2つの評価値が比較されてもよい。
【0064】
図2には、実施形態に係るマススペクトル処理方法が示されている。より詳しくは、図2は、マススペクトル処理方法で実行されるアルゴリズムを示している。
【0065】
スペクトル生成部26において、第1ポリマー試料について第1マススペクトルが生成される。ボルケーノプロット74が生成される場合、第1ポリマー試料について3個以上の第1マススペクトルからなる第1マススペクトル群50が生成される。同様に、スペクトル生成部26において、第2ポリマー試料について第2マススペクトル群が生成される。ボルケーノプロット74が生成される場合、第2ポリマー試料について3個以上の第2マススペクトルからなる第2マススペクトル群52が生成される。
【0066】
ピークリスト生成部28において、第1マススペクトルに基づいてピークリスト54が自動的に又はアニュアルで生成される。同様に、第2マススペクトルに基づいてピークリスト56が自動的に又はアニュアルで生成される。テーブル作成部32においては、ピークリスト54とピークリスト56との間でアライメントが実施される。これによりテーブル58が構成される。
【0067】
なお、ボルケーノプロット74が生成される場合、第1マススペクトル群50に基づいて第1ピークリスト群が生成され、それらから平均化された第1ピークリストが生成される。また、第2マススペクトル群52に基づいて第2ピークリスト群が生成され、それらから平均化された第2ピークリストが生成される。平均化された第1ピークリスト及び平均化された第2ピークリストに基づいて、テーブル58が構成される。
【0068】
相違演算部34において、アライメント後の第1ピークリスト(又は平均化された第1ピークリスト)及びアライメント後の第2ピークリスト(又は平均化された第2ピークリスト)に基づいて、数値列としての差分列60が生成される。差分列60は、複数のピーク発生m/zに対応する複数の差分により構成される。
【0069】
また、相違演算部34において、アライメント後の第1ピークリスト(又は平均化された第1ピークリスト)及びアライメント後の第2ピークリスト(又は平均化された第2ピークリスト)に基づいて、数値列としての比率列62が生成される。比率列62は、複数のピーク発生m/zに対応する複数の比率(正確には複数の比率の対数)により構成される。
【0070】
KMDプロット生成部36において、差分列つまり数値列に基づいて、KMDプロット64が生成される。そのKMDプロット64は差分情報KMDプロットである。また、比率列つまり数値列に基づいて、KMDプロット64が生成される。そのKMDプロット64は比率情報KMDプロットである。
【0071】
RKMプロット生成部38において、差分列つまり数値列に基づいて、RKMプロット66が生成される。そのRKMプロット66は差分情報RKMプロットである。また、比率列つまり数値列に基づいて、RKMプロット66が生成される。そのRKMプロット66は比率情報RKMプロットである。
【0072】
p値演算部40において、第1ピークリスト群及び第2ピークリスト群に基づいて、p値72が演算される。ボルケーノプロット生成部42において、p値、平均化された第1ピークリスト、及び、平均化された第2ピークリストに基づいて、ボルケーノプロット74が生成される。
【0073】
フィルタ44は、第1フィルタ68及び第2フィルタ70により構成される。第1フィルタ68においては、ボルケーノプロット74の内容に基づいて、KMDプロット64がフィルタリングされる。第2フィルタ70においては、ボルケーノプロット74の内容に基づいて、RKMプロット66がフィルタリングされる。なお、演算器46においては、ユーザー指定されたポリマーシリーズについて1又は複数の評価値76が演算される。
【0074】
以上説明したマススペクトル処理装置及びマススペクトル処理方法についての具体例を以下に説明する。
【0075】
図3には、第1ポリマー試料の第1マススペクトル78が例示されている。図4には、第2ポリマー試料の第2マススペクトル80が例示されている。
【0076】
図5には、比較例が示されている。すなわち、図5には、第1KMDプロット及び第2KMDプロットからなる複合KMDプロット82が表示されている。第1KMDプロットは、図3に示した第1マススペクトル78に基づいて生成されたものであり、第2KMDプロットは、図4に示した第2マススペクトル80に基づいて生成されたものである。図中、複数の白丸84が第1マススペクトル中の複数のピークに対応しており、複数の黒丸86が第2マススぺクトル中の複数のピークに対応している。横軸はNKMを示し、縦軸はKMDを示している。各丸のサイズがピーク強度を表現している。複数の白丸84と複数の黒丸86との間において多くの重なり合いが生じている。複合KMDプロット82において、2つのKMDプロットの相違を明確に特定することは必ずしも容易ではない。
【0077】
図6には、テーブル作成部により作成されるテーブル88が示されている。テーブル88は、m/z列89、第1強度列(ピークリストA)90、第2強度列(ピークリストB)91、及び、差分列92を含んでいる。m/z列89は、複数のピーク発生m/zにより構成される。ピーク発生m/zは、第1マススペクトル及び第2マススペクトルの少なくとも一方においてピークが生じた場合における当該ピークのm/zである。z=1の場合で、フラグメント化を無視できるなら、m/zは分子の質量に相当する。
【0078】
見方を変えると、テーブル88は、複数のレコード94で構成され、個々のレコード94には、ピーク発生m/z96、第1強度98、第2強度99、差分100が含まれる。差分100は、第1強度98から第2強度99を減算することにより求められる。この他、テーブル88には、比率列が含まれる。差分列92及び比率列は、それぞれ、マススペクトル間の相違を表す数値列である。
【0079】
アライメントにおいては、比率演算を前提として、第1強度列90及び第2強度列91における値不足箇所が特定され、当該箇所に0以外の所定値が補充される。これにより、比率演算において、分母が0(又は非常に小さい値)となる事態や分子が0(又は非常に近い値)となる事態を回避できる。値不足箇所は、例えば、0を有する箇所又は閾値以下の値を有する箇所である。差分演算のみを行う場合、所定値の補充を省略し得る。
【0080】
図7には、差分列に相当するマススペクトル102が示されている。ベースラインよりも上側のマススペクトル部分104は正側の成分を示し、ベースラインよりも下側のマススペクトル部分106は負側の成分を示している。
【0081】
図8には、実施形態に係る相違プロットの1つであるKMDプロット108が示されている。このKMDプロット108は差分情報KMDプロットである。比率情報KMDプロットの内容も、差分情報KMDプロットの内容に似ている。
【0082】
KMDプロット108は、複数のピーク発生m/zに対応する複数の要素により構成される。各要素は円である。正の成分が白丸で表現され、負の成分が黒丸で表現されている。各円のサイズにより、ピーク強度が表現されている。複数の白丸が図7に示した複数の正側ピークに相当し、複数の黒丸が図7に示した複数の負側ピークに相当している。
【0083】
図8においては、相違成分のみが表現されており、第1ポリマー試料の第1マススペクトルと第2ポリマー試料の第2マススペクトルとの間における相違を、符号を含めて明確に特定することが可能である。ちなみに、第1マススペクトルと第2マススペクトルとが完全に一致する場合、KMDプロット108の内容は空となる。比率情報KMDプロット、差分情報RKMプロット、及び、比率情報RKMプロットを表示する場合においても、上記同様の利点を得られる。NKMを示す横軸に代えて分子量を示す横軸を採用する変形例も考えられる。
【0084】
図9には、表示処理で参照されるサイズ関数111及びカラー関数112が示されている。差分の符号及び大きさから、円のサイズ、着色、及び、輝度が決定される。サイズ関数111は、正側の部分111a及び負側の部分111bを有する。差分の絶対値が大きくなるに従って円のサイズつまり直径が増大されている。カラー関数112は、正側の部分112a及び負側の部分112bを有する。差分が正である場合、色相としてC1(例えばオレンジ色)が選択され、その輝度がカラー関数112によって決定される。差分が負である場合、色相としてC2(例えば緑色)が選択され、その輝度がカラー関数112によって決定される。図9に示すサイズ関数111及びカラー関数112は例示である。いずれにしても、各要素の形態に、差分の符号及び差分の大きさが反映される。比率を表示する場合においても同様である。図9において、差分を比率と読み替えてもよい。
【0085】
図10には、実施形態に係るボルケーノプロット114が示されている。ボルケーノプロットそれ自体は公知技術である。横軸は、第1ピーク強度平均値MAAVEと第2ピーク強度平均値MBAVEの比を示しており、具体的には、log(MAAVE/MBAVE)を示している。例えば、ライン120で示す+1以上及びライン118で示す-1以下が有意な値と言い得る。縦軸は、p値を示しており、具体的には、-log10(p-value)を示している。例えば、統計的な有意性が認められるのは、例えば、ライン116で示すように、p値が0.5以上である。
【0086】
ボルケーノプロット114が有する座標系において、エリアE1~E6の内で、右上及び左上に位置するエリアE5及びE6がそれぞれ抽出エリアであり、それら以外のエリアが棄却エリアである。エリアE5及びE6に属する複数の点に対応する複数のデータがそれぞれ有意なデータであるとみなされる。
【0087】
すなわち、KMDプロット又はRKMプロットを構成する要素群の中から、エリアE5及びE6に属する複数の点に対応する複数の要素が特定され、それ以外が除去される。これにより、フィルタリング後のKMDプロット又はRKMプロットを得ることが可能となる。
【0088】
図11には、フィルタリング前のKMDプロット122が示されている。図12には、フィルタリング後のKMDプロット124が示されている。後者のKMDプロット124においては、前者のKMDプロット122に含まれる一部の要素が除去されている。これにより、統計的な有意性が担保された複数の要素からなるKMDプロット124を得ることが可能となる。フィルタリング後のRKMプロットにおいても、上記同様の利点を得られる。
【0089】
図13には表示例が示されている。図示の例では、第1ポリマー試料のマススペクトル126、第2ポリマー試料のマススペクトル128、及び、差分情報KMDプロット130が示されている。差分情報KMDプロット130Aは、差分情報KMDプロット130の具体例である。そこには、横軸に平行な複数の要素列が含まれるところ、ユーザーにより、特定の要素列132,134が指定される。
【0090】
例えば、要素列132に基づいて、第1ポリマー試料のマススペクトル126の中の特定のピーク列が抽出され、それが有する強度列に基づいて1又は複数の評価値が演算されてもよい。同様に、例えば、要素列134に基づいて、第2ポリマー試料のマススペクトル128の中の特定のピーク列が抽出され、それが有する強度列に基づいて1又は複数の評価値が演算されてもよい。評価値としては、イオン強度、平均分子量、多分散度、等が挙げられる。第1ポリマー試料の評価値と第2ポリマー試料の評価値が比較されてもよい。
【0091】
以上のように、実施形態によれば、2つのポリマー試料の相違を容易に特定できる新しいプロットを提供できる。
【符号の説明】
【0092】
10 質量分析装置、12 マススペクトル処理装置、26 スペクトル生成部、28 ピークリスト生成部、30 処理部、32 テーブル作成部、34 相違演算部、36 KMDプロット生成部、38 RKMプロット生成部、40 p値演算部、42 ボルケーノプロット生成部、44 フィルタ、46 演算器。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
【手続補正書】
【提出日】2021-11-08
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0025
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0025】
本発明に係るマススペクトル処理方法は、第1ポリマー試料の第1マススペクトルから得られた第1ピーク列及び第2ポリマー試料の第2マススペクトルから得られた第2ピーク列に基づいて、前記第1ピーク列と前記第2ピーク列の間の相違を表した数値列を演算する演算工程と、ノミナルケンドリックマスを表す第1軸とケンドリックマスディフェクト又はリメインダーオブケンドリックマスを表す第2軸とで定義される座標系に対して、前記数値列に対応する要素群を配置することにより相違プロットを生成する生成工程と、を含むことを特徴とする。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0034
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0034】
実施形態においては、分子それ全体の質量(観測質量)に対して換算及び整数化を適用することにより整数質量が算出される。換算は、分子それ全体の質量に対して、繰り返し単位(モノマー)の質量を整数値に変換する作用をもった係数を乗算するものである。整数化は、小数点以下の数値に対して四捨五入を適用するものである。整数質量から換算後の質量を減算することにより、小数質量が求められる。あるいは、主鎖以外の部分の質量を繰り返し単位で割ることにより得られる値における小数として、小数質量が求められる。整数質量は重合度によって変動する。小数質量は重合度によって変動せず、整数質量から見て端数に相当する。具体的には、実施形態において、整数質量はノミナルケンドリックマスである。数質量はケンドリックマスディフェクト又はリメインダーオブケンドリックマスである。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0049
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0049】
ピークリスト生成部28は、第1マススペクトルに含まれる複数のピークに基づいて第1ピークリストを作成する。また、ピークリスト生成部28は、第2マススペクトルに含まれる複数のピークに基づいて第ピークリストを作成する。マススペクトル中の複数のピークが自動的に検出され、これによりピークリストが自動的に生成されてもよいし、マススペクトル中の複数のピークに対するユーザー指定によりピークリストが生成されてもよい。第1ピークリストを示すデータ及び第2ピークリストを示すデータが、ピークリスト生成部28からテーブル作成部32及び処理部30へ送られている。
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0057
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0057】
NKMを表す横軸上の座標及びRKMを表す縦軸上の座標は、ピーク発生m/zから一意に定まる。個々の要素が配置される位置は、差分や比率とは無関係である。差分及び比率に関係するのは、要素の形態(サイズ、色相等)である。以下、複数の差分を表現したRKMプロットを差分情報RKMプロットと称し、複数の比率を表現したRKMプロットを比率情報RKMプロットと称する。いずれのプロットも相違プロットである。それらのRKMプロットを表すデータが処理部30へ送られている。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0058
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0058】
p値演算部40は、第1ポリマー試料について3回以上の質量分析を行って得られる3つ以上の第1ピークリスト、及び、第2ポリマー試料について3回以上の質量分析を行って得られる3つ以上の第ピークリストに基づいて、公知のp値を演算する。p値はt検定において演算される評価値である。
【手続補正6】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】図2
【補正方法】変更
【補正の内容】
図2
【手続補正7】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】図6
【補正方法】変更
【補正の内容】
図6