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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022067961
(43)【公開日】2022-05-09
(54)【発明の名称】パルス分光装置
(51)【国際特許分類】
   G01J 3/10 20060101AFI20220426BHJP
   G01J 3/02 20060101ALI20220426BHJP
   G02F 1/365 20060101ALN20220426BHJP
【FI】
G01J3/10
G01J3/02 C
G02F1/365
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020176848
(22)【出願日】2020-10-21
(71)【出願人】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097548
【弁理士】
【氏名又は名称】保立 浩一
(72)【発明者】
【氏名】篠山 一城
【テーマコード(参考)】
2G020
2K102
【Fターム(参考)】
2G020CA13
2G020CA14
2G020CB04
2G020CB23
2G020CB36
2G020CB54
2G020CD04
2G020CD22
2G020CD34
2G020CD36
2K102AA05
2K102BA20
2K102BB03
2K102BC02
2K102BD09
2K102DA06
2K102EB16
2K102EB20
(57)【要約】
【課題】 ADコンバータにおけるデッドタイムの影響を軽減し、高速、高分解能、高SN比といった優れた特性が損なわれないようにする。
【解決手段】 パルス光源1からの光のパルス幅がパルス内の経過時間と光の波長とが1対1に対応するように伸長素子2で伸長されて対象物Sに照射され、対象物Sからの光を受光した受光器4の出力がADコンバータ6でデジタル化されて演算手段5に供給される。パルス光の立ち上がりに伴ってトリガ信号発生部7が発生させたトリガ信号は、トリガ遅延部74で遅延されてADコンバータ6に供給され、デッドタイムT3終了後にトリガ信号が入力されるようにする。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス光源と、
パルス光源からの光のパルス幅をパルス内の経過時間と光の波長とが1対1に対応するように伸長させる伸長素子と、
伸長素子からの光が照射された対象物からの光を受光する受光器と、
受光器からの出力を処理して測定結果を得る演算手段と、
受光器からの出力であるアナログ信号をデジタル信号に変換して演算手段に供給するADコンバータと
を備えたパルス分光装置であって、
パルス光源によるパルス光の立ち上がりに伴ってトリガ信号を発生させるトリガ信号発生部と、
トリガ信号発生部が発生させたトリガ信号をADコンバータに供給するトリガ供給部とを備えており、
トリガ供給部は、トリガ信号を遅延させるトリガ遅延部を含んでおり、
トリガ遅延部における遅延量は、当該トリガ信号を発生させた際のパルス光が対象物に照射されることで受光器から出力されてADコンバータに入力されるパルス信号の立ち上がりより前に当該トリガ信号がADコンバータに入力されるようにする遅延量であることを特徴とするパルス分光装置。
【請求項2】
前記パルス光源は、超短パルスレーザと、超短パルスレーザから出射されたレーザ光に非線形光学効果を生じさせて広帯域化させる非線形素子とを備えており、
前記トリガ信号発生部は、超短パルスレーザから出射され非線形素子に入射する前のレーザ光の一部を取り出して検出することでトリガ信号を発生させるものであることを特徴とする請求項1記載のパルス分光装置。
【請求項3】
前記トリガ信号は電気信号であって、前記トリガ供給部は前記トリガ信号発生部と前記ADコンバータとを接続したケーブルであり、このケーブルは、前記トリガ信号発生部と前記ADコンバータとの空間的隔たりにおいて接続に必要な長さより長くて余剰部を有しており、
前記トリガ遅延部は、当該ケーブルの余剰部であることを特徴とする請求項1又は2記載のパルス分光装置。
【請求項4】
前記余剰部の温度を調節する温度調節機構が設けられていることを特徴とする請求項3記載のパルス分光装置。
【請求項5】
前記伸長素子からの光を分割して一方が前記対象物に照射されるようにする分割素子と、
分割素子で分割された他方の光が前記対象物を経ずに入射する位置に設けられた参照用受光器と、
参照用受光器から出力されたアナログ信号をデジタル信号に変換する参照用ADコンバータとを備えており、
前記トリガ供給部は、前記トリガ信号を参照用ADコンバータにも供給するものであって、前記トリガ遅延部は、参照用ADコンバータに供給されるトリガ信号についても前記ADコンバータに供給されるものと同様に遅延させるものであることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載のパルス分光装置。
【請求項6】
前記ADコンバータにおけるサンプリングと前記参照用ADコンバータにおけるサンプリングとを同期させる同期手段が設けられていることを特徴とする請求項5記載のパルス分光装置。
【請求項7】
前記パルス光源からの光を各波長の光に分割するアレイ導波路回折格子と、アレイ導波路回折格子で各波長に分割された光をそれぞれ伝送する前記伸長素子としてのファイバとを備えていることを特徴とする請求項1乃至6いずれかに記載のパルス分光装置。
【請求項8】
前記ADコンバータは、アナログ信号の取り込みが終了した後に次にアナログ信号の取り込みが可能になる期間であるデッドタイムを有しており、
前記パルス光源におけるパルスの繰り返し周期は、前記伸長素子により伸長された後の各パルスのインターバルがデットタイムよりも長くなる繰り返し周期であることを特徴とする請求項1乃至7いずれかに記載のパルス分光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、パルス光における時間と波長との対応性を利用して分光測定を行うパルス分光装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
パルス光源の典型的なものは、パルス発振のレーザ(パルスレーザ)である。近年、パルスレーザの波長を広帯域化させる研究が盛んに行われており、その典型が、非線形光学効果を利用したスーパーコンティニウム光(以下、SC光という。)の生成である。SC光は、パルスレーザからの光をファイバのような非線形素子に通し、自己位相変調や光ソリトンのような非線形光学効果により波長を広帯域化させることで得られる光である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-205390号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した広帯域パルス光は、波長域としては大幅に伸長されているが、パルス幅(時間幅)としてはSC光の生成に用いた入力パルスに近いパルス幅のままである。しかし、ファイバのような伝送素子における群遅延を利用するとパルス幅も伸長することができる。この際、適切な波長分散特性を持つ素子を選択すると、パルス内の時間(経過時間)と波長とが1対1に対応した状態でパルス伸長することができる。
【0005】
このようにパルス伸長させた広帯域パルス光(以下、広帯域伸長パルス光という。)における時間と波長との対応関係は、分光測定に効果的に利用することが可能である。広帯域伸長パルス光をある受光器で受光した場合、受光器が検出した光強度の時間的変化は、各波長の光強度即ちスペクトルに対応している。したがって、受光器の出力データの時間的変化をスペクトルに変換することができ、回折格子のような特別な分散素子を用いなくても分光測定が可能になる。つまり、広帯域伸長パルス光を対象物に照射してその対象物からの光を受光器で受光してその時間的変化を測定することで、その対象物の分光特性(例えば分光透過率)を知ることができるようになる。
【0006】
このようなパルス光における時間と波長との対応性を利用した分光測定(以下、パルス分光と略称する。)は、対象物に数パルス(理論的には1パルスでも可)を照射してその対象物からの光を受光器で受光するのみであるので、非常に高速に分光測定が行え、例えば製品が流れる検査ラインにおいてリアルタイムで全数検査を分光測定により行うことも可能であると期待される。また、パルス伸長を最適化してΔλ/Δtを小さくすることで波長分解能を高くすることもできる。さらに、複数のパルスを照射しながら受光器からの出力を平均(又は積算)することで高いSN比の測定を実現することも可能である。
【0007】
しかしながら、このような優位性が期待されるパルス分光ではあるものの、特有の課題があることも判ってきた。その一つが、データ読み込みの際の問題である。パルス分光を行う場合、パルスにおける経過時間を波長に変換するため、例えば1GHz~10GHz程度の高速フォトダイオードのような高速の受光器が使用される。この場合、出力されるデータは演算処理のために同様に高速にデジタル化される必要があり、受光器の出力(アナログ信号)は高速ADコンバータによりデジタル信号に変換される。
【0008】
このような用途で使用できる高速ADコンバータは、トリガ信号の入力によりサンプリングを開始し、サンプリング周期よりも長い取り込み周期で取り込んだアナログ信号をデジタル化する。デジタル化処理中は、新たなトリガ信号は受け付けないようになっており、この間はアナログ信号の入力はされず、この間のアナログ信号はデジタル化されない。取り込み周期が終わった後に次の取り込みが可能になるまで(次の取り込み周期の始期まで)のアナログ入力ができない時間帯は、デッドタイムと呼ばれる。高速ADコンバータでは、サンプリングレート(サンプリング周波数)が高く、多くのサンプルをデジタル化するため、デッドタイムが非常に長くなる傾向にある。
【0009】
デッドタイムは、広い意味ではADコンバータであるともいえるオシロスコープ(デジタルオシロスコープ)においても生じる。サンプリング周期よりも長いある取り込み周期でデータを取り込んでデジタル化し、波形化した後、次にデータの取り込みが可能になるまでの時間、即ちデッドタイムが存在している。デジタルオシロスコープについても、ハイエンドの高速タイプでは、デッドタイムが長くなる傾向にある。
【0010】
上記のようにデッドタイムが長くなる問題は、高速、高分解能、高SN比といったパルス分光の優れた特性を阻害する問題ともなり得る。本願の発明は、この課題を解決するために為されたものであり、受光器からのアナログ信号をADコンバータでデジタル化した上で結果を得るパルス分光装置において、デッドタイムの影響を軽減し、高速、高分解能、高SN比といった優れた特性が損なわれないようにすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本願発明のパルス分光装置は、
パルス光源と、
パルス光源からの光のパルス幅をパルス内の経過時間と光の波長とが1対1に対応するように伸長させる伸長素子と、
伸長素子からの光が照射された対象物からの光を受光する受光器と、
受光器からの出力を処理して測定結果を得る演算手段と、
受光器からの出力であるアナログ信号をデジタル信号に変換して演算手段に供給するADコンバータと
を備えたパルス分光装置であって、
パルス光源によるパルス光の立ち上がりに伴ってトリガ信号を発生させるトリガ信号発生部と、
トリガ信号発生部が発生させたトリガ信号をADコンバータに供給するトリガ供給部とを備えており、
トリガ供給部は、トリガ信号を遅延させるトリガ遅延部を含んでいる。
そして、トリガ遅延素子における遅延量は、当該トリガ信号を発生させた際のパルス光が対象物に照射されることで受光器から出力されてADコンバータに入力されるパルス信号の立ち上がりより前に当該トリガ信号がADコンバータに入力されるようにする遅延量である。
また、上記課題を解決するため、このパルス分光装置は、
パルス光源が、超短パルスレーザと、超短パルスレーザから出射されたレーザ光に非線形光学効果を生じさせて広帯域化させる非線形素子とを備えており、
トリガ信号発生部は、超短パルスレーザから出射され非線形素子に入射する前のレーザ光の一部を取り出して検出することでトリガ信号を発生させるものであるという構成を持ち得る。
また、上記課題を解決するため、このパルス分光装置は、
トリガ信号は電気信号であって、トリガ供給部はトリガ信号発生部とADコンバータとを接続したケーブルであり、このケーブルは、トリガ信号発生部とADコンバータとの空間的隔たりにおいて接続に必要な長さより長くて余剰部を有しており、
トリガ遅延部は、当該ケーブルの余剰部であるという構成を持ち得る。
また、上記課題を解決するため、このパルス分光装置において、余剰部の温度を調節する温度調節機構が設けられ得る。
また、上記課題を解決するため、このパルス分光装置は、
伸長素子からの光を分割して一方が対象物に照射されるようにする分割素子と、
分割素子で分割された他方の光が対象物を経ずに入射する位置に設けられた参照用受光器と、
参照用受光器から出力されたアナログ信号をデジタル信号に変換する参照用ADコンバータとを備えており、
トリガ供給部は、トリガ信号を参照用ADコンバータにも供給するものであって、トリガ遅延部は、参照用ADコンバータに供給されるトリガ信号についてもADコンバータに供給されるものと同様に遅延させるものであるという構成を持ち得る。
また、上記課題を解決するため、このパルス分光装置において、ADコンバータにおけるサンプリングと参照用ADコンバータにおけるサンプリングとを同期させる同期手段が設けられ得る。
また、上記課題を解決するため、このパルス分光装置は、パルス光源からの光を各波長の光に分割するアレイ導波路回折格子と、アレイ導波路回折格子で各波長に分割された光をそれぞれ伝送する伸長素子としての伸長ファイバとを備えているという構成を持ち得る。
また、上記課題を解決するため、このパルス分光装置は、ADコンバータが、アナログ信号の取り込みが終了した後に次にアナログ信号の取り込みが可能になる期間であるデッドタイムを有しており、パルス光源におけるパルスの繰り返し周期は、伸長素子により伸長された後の各パルスのインターバルがデッドタイムよりも長くなる繰り返し周期であるという構成を持ち得る。
【発明の効果】
【0012】
以下に説明する通り、本願のパルス分光装置の発明によれば、トリガ遅延部が遅延させたトリガ信号がADコンバータに供給されるので、パルスの取りこぼしが低減されたり、時間とリソースが無駄に消費されないようにして全体として測定を効率化させたりする効果が得られる。
また、超短パルスレーザから出射され非線形素子に入射する前の光の一部を取り出して検出することでトリガ信号を発生させる構成では、鋭く立ち上がるパルスを捉えることでトリガ信号が発生するので、トリガ信号を安定的に再現性良く発生させることが容易となる。このため、ADコンバータにおけるデジタル化処理も安定的に再現性良く行え、装置の信頼性が高められる。
また、トリガ供給部がトリガ信号発生部とADコンバータとを接続したケーブルであって、トリガ遅延部がこのケーブルの余剰部である構成によれば、遅延量の安定性が高くなり遅延量の変更の自由度も高くなるという効果が得られる。
また、余剰部の周囲の温度を調節する温度調節機構が設けられていると、温度によって遅延量が変動してしまうのを抑制したり、意図的に遅延量を変化させることが容易に行えたりする効果が得られる。
また、参照用受光器が設けられていて基準スペクトルデータがリアルタイムに得られる構成においてトリガ信号が参照用ADコンバータにも供給される構成であると、外乱の影響を受けずに常に精度の高い分光測定が行える上、パルスの取りこぼし低減や全体の測定の効率向上といった効果が得られる。
また、この際、ADコンバータにおけるサンプリングと参照用ADコンバータにおけるサンプリングとを同期させる同期手段が設けられていると、サンプリングがずれことで測定結果の信頼性が低下してしまう問題もなくなる。
また、パルス光源からの光を各波長の光に分割するアレイ導波路回折格子と、アレイ導波路回折格子で各波長に分割された光をそれぞれ伝送する伸長素子としての伸長ファイバとを備えている構成では、波長毎に群遅延を最適化して最適なパルス伸長を実現することができる。この構成では、受光器に入射する光の遅れが大きくなり易く、パルスの取りこぼし低減や無駄なデータ取り込み期間が低減される意義は非常に大きい。
また、パルス光源におけるパルスの繰り返し周期が、伸長素子により伸長された後の各パルスのインターバルがADコンバータにおけるデッドタイムよりも長くなる繰り返し周期であると、パルスの取りこぼしをゼロにすることができ、この点で好適となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施形態のパルス分光装置の概略図である。
図2】伸長素子によるパルス伸長について示した概略図である。
図3】パルス分光装置が備える測定プログラムの一例について主要部を概略的に示した図である。
図4】実施形態のパルス分光装置におけるトリガ遅延部の意義について示した概略図である。
図5】第二の実施形態のパルス分光装置の概略図である
図6】第三の実施形態のパルス分光装置の概略図である。
図7】アレイ導波路回折格子を使用した第四の実施形態のパルス分光装置の概略図である。
図8】分割素子として使用されたアレイ導波路回折格子の平面概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、この出願の発明を実施するための形態(実施形態)について説明する。
図1は、実施形態のパルス分光装置の概略図である。図1に示すパルス分光装置は、パルス光源1と、パルス光源1からの光のパルス幅を伸長する伸長素子2とを備えており、伸長素子2から出射されるパルス光は、パルス内の経過時間と波長とが1対1で対応していて、この対応性を利用して分光測定を行う装置である。
【0015】
パルス光源1は、連続したスペクトルのパルス光を出射する光源である。この実施形態では、例えば、900nmから1300nmの範囲において少なくとも10nmの波長幅に亘って連続したスペクトルの光を出射する光源となっている。「900nmから1300nmの範囲において少なくとも10nmの波長幅に亘って連続したスペクトル」とは、900~1300nmの範囲の連続したいずれかの10nm以上の波長幅ということである。例えば、例えば900~910nmにおいて連続していても良いし、990~1000nmにおいて連続していても良い。尚、50nm以上の波長幅に亘って連続しているとさらに好適であるし、100nm以上の波長幅に亘って連続しているとさらに好適である。また、「スペクトルが連続している」とは、ある波長幅で連続したスペクトルを含んでいることを意味する。これは、パルス光の全スペクトルにおいて連続している場合には限られず、部分的に連続していても良い。
【0016】
900nmから1300nmの範囲とする点は、実施形態のパルス分光装置がこの波長域における分光を用途としているためである。少なくとも10nmの波長幅に亘って連続したスペクトルの光とは、典型的にはSC光である。したがって、この実施形態では、パルス光源1は、SC光源となっている。但し、SC光源以外の広帯域パルス光源が使用される場合もある。
【0017】
SC光源であるパルス光源1は、超短パルスレーザ11と、非線形素子12とを備えている。超短パルスレーザ11としては、この実施形態ではシードレーザ110と励起用レーザ111とを備えたファイバーレーザが使用されている。FBGのような高反射/低反射の一対の共振ミラーで挟まれたレーザ媒体(ファイバ)には、ファイバーカプラのような結合素子112を介して励起用レーザ111からの励起用レーザ光(連続発振光)が導入されて励起され、そこにシードレーザ110からのシードレーザ光(パルス発振光)が導入される。これにより、レーザ媒質に誘導放出が生じて超短パルスレーザ光が発振する。超短パルスレーザ11としては、この他、ゲインスイッチレーザ、マイクロチップレーザ等を用いることができる。
【0018】
非線形素子12としては、ファイバが使用される場合が多い。例えば、フォトニッククリスタルファイバやその他の非線形ファイバが非線形素子12として使用できる。ファイバのモードとしてはシングルモードの場合が多いが、マルチモードであっても十分な非線形性を示すものであれば、非線形素子12として使用できる。
【0019】
伸長素子2は、前述したように、伸長後のパルスにおける時間と光の波長との関係が1対1になるように伸長する素子である。この点について、図2を使用して説明する。図2は、伸長素子によるパルス伸長について示した概略図である。
ある波長範囲において連続スペクトルであるSC光L1を当該波長範囲で正の分散特性を有する群遅延ファイバ20に通すと、パルス幅が効果的に伸長される。図2に示すように、SC光L1においては、超短パルスではあるものの、1パルスの初期に最も長い波長λが存在し、時間が経過すると徐々に短い波長の光が存在し、パルスの終期には最も短い波長λの光が存在する。この光を、正常分散の群遅延ファイバ20に通すと、正常分散の群遅延ファイバ20では、波長の短い光ほど遅れて伝搬するので、1パルス内の時間差が増長され、群遅延ファイバ20を出射する際には、短い波長の光は長い波長の光に比べてさらに遅れるようになる。この結果、出射するSC光L2は、時間対波長の一意性が確保された状態でパルス幅が伸長された光となる。即ち、図2の下側に示すように、時刻t~tは、波長λ~λに対してそれぞれ1対1で対応した状態でパルス伸長される。
【0020】
尚、パルス伸長のための群遅延ファイバ20としては、異常分散ファイバを使用することも可能である。この場合は、SC光においてパルスの初期に存在していた長波長側の光が遅れ、後の時刻に存在していた短波長側の光が進む状態で分散するので、1パルス内での時間的関係が逆転し、1パルスの初期に短波長側の光が存在し、時間経過とともにより長波長側の光が存在する状態でパルス伸長されることになる。但し、正常分散の場合に比べると、パルス伸長のための伝搬距離をより長くすることが必要になる場合が多く、損失が大きくなり易い。したがって、この点で正常分散の方が好ましい。
【0021】
一方、図1に示すように、伸長素子2によって伸長されたパルス光は、照射光学系3によって対象物Sに照射されるようになっている。照射位置には、対象物Sを保持する保持部材が設けられている。この実施形態では、上側からパルス光を照射する構成であるため、保持部材は受け板30である。また、この実施形態の装置は、対象物Sの分光透過特性を測定する装置であるため、受け板30は透光性であり、透過光を受光する位置に受光器4が設けられている。
【0022】
受光器4の出力を処理して分光測定結果を得る手段として、装置は、演算手段5を備えている。演算手段5としては、この実施形態では汎用PCが使用されている。さらに、受光器4と演算手段5の間にはADコンバータ6が設けられており、受光器4の出力はADコンバータ6を介して演算手段5に入力される。
演算手段5は、プロセッサ51や記憶部(ハードディスク、メモリ等)52を備えている。記憶部52には、受光器4からの出力データを処理してスペクトルを算出する測定プログラム53やその他の必要なプログラムがインストールされている。図3は、パルス分光装置が備える測定プログラムの一例について主要部を概略的に示した図である。
【0023】
図3の例は、測定プログラム53が吸収スペクトル(分光吸収率)を測定するプログラムの例となっている。吸収スペクトルの算出に際しては、基準スペクトルデータが使用される。基準スペクトルデータは、吸収スペクトルを算出するための基準となる波長毎の値である。基準スペクトルデータは、伸長素子2からの光を対象物Sを経ない状態で受光器4に入射させることで取得する。即ち、対象物Sを配置しない状態で光を受光器4に入射させ、受光器4の出力をADコンバータ6経由で演算手段5に入力させ、時間分解能Δtごとの値を取得する。各値は、Δtごとの各時刻(t,t,t,・・・)の基準強度として記憶される(V,V,V,・・・)。時間分解能Δtとは、受光器4の応答速度(信号払い出し周期)等に依存した量であり、信号を出力する時間間隔を意味する。
【0024】
各時刻t,t,t,・・・での基準強度V,V,V,・・・は、対応する各波長λ,λ,λ,・・・の強度(スペクトル)である。1パルス内の時刻t,t,t,・・・と波長との関係が予め調べられており、各時刻の値V,V,V,・・・が各λ,λ,λ,・・・の値であると取り扱われる。
そして、対象物Sを経た光を受光器4に入射させた際、受光器4からの出力はADコンバータ6を経て同様に各時刻t,t,t,・・・の値(測定値)としてメモリに記憶される(v,v,v,・・・)。各測定値は、基準スペクトルデータと比較され(v/V,v/V,v/V,・・・)、その結果が吸収スペクトルとなる(必要に応じて逆数の対数を取る)。上記のような演算処理をするよう、測定プログラム53はプログラミングされている。
【0025】
このような処理を行う演算手段5に対して受光器4からのアナログ信号をデジタル化して入力するADコンバータ6について、以下により詳しく説明する。
ADコンバータ6としては、前述したように高速ADコンバータが使用される。例えば、サンプリングレートが1000MSPS~10GSPS程度の高速(ないしは超高速)ADコンバータが好適に使用できる。MSPSは、1秒あたりのサンプリング数をメガで表した単位、GSPSは1秒あたりのサンプリング数をギガで表した単位である。
【0026】
前述したように、ADコンバータ6に対しては、アナログ信号の取り込みを開始するタイミングを与える信号としてトリガ信号が必要である。このため、実施形態の装置は、トリガ信号発生部7を備えている。
前述したように、演算手段5における処理はパルスにおける時間対波長の対応性を利用した各波長での光の強度算出であるから、ADコンバータ6におけるデジタル化処理も各パルスについて行われる必要がある。つまり、受光器4からはアナログ信号が常時出力されているが、パルスを受光していない時間帯の出力は本質的にゼロであり、それをデジタル化処理する意味はない。したがって、ADコンバータ6に対してパルス発生に伴うトリガ信号を供給し、これをきっかけにADコンバータ6がパルスの振幅(受光器4の出力値)をサンプリング周期毎にデジタル化する必要がある。
【0027】
このため、パルス光源1によるパルス光の立ち上がりに伴ってトリガ信号を発生させるトリガ信号発生部7が設けられている。この実施形態では、トリガ信号発生部7は、パルス光源1内に設けられている。この理由は、パルス発生の峻別性の観点からである。
トリガ信号発生部7は、パルス光源1の出射側に設けても良く、例えば伸長素子2の出射側に設けても良い。しかしながら、図2に示すように、伸長後のパルスの波形は立ち上がりが緩やかになることが避けられない。このように緩やかに立ち上がるパルスの場合、どの時点でパルスが発生したかの峻別が曖昧になり、トリガ信号を安定的に再現性良く発生させることが難しくなる。したがって、パルス伸長の前の段階でパルス発生を捉えるのが好ましい。
【0028】
この観点から、この実施形態では、パルス光源1内にトリガ信号発生部7を設けている。より具体的には、この実施形態では、超短パルスレーザ11からの出力の一部をビームスプリッタ71で取り出し、これをディテクタ72で検知してトリガ信号を発生させている。即ち、トリガ信号発生部7は、超短パルスレーザ11からの出力の一部を取り出すビームスプリッタ71と、取り出された光を検知するディテクタ72で構成されている。
【0029】
非線形素子12に入射する前の超短パルスレーザ光は、非常に急峻な立ち上がりを有しているので、トリガ信号を発生させるのに好適である。この他、シードレーザ110からのシードレーザ光の一部を取り出して検知し、これによってトリガ信号を発生させても良い。また、シードレーザ110を使用せず、パルス発振の励起用レーザによりレーザ媒質を励起して超短パルスレーザ光を出力する構成では、励起用レーザの出力の一部を取り出すことでトリガ信号を発生させても良い。
【0030】
また、非線形素子12の出力の一部を取り出して検知することでトリガ信号を発生させても良い。但し、非線形素子12において非線形光学効果による広帯域化が行われる際にパルスの立ち上がりが緩化し得るので、どちらかというと、超短パルス11の出射側(非線形素子12の入射側)において光を取り出す方が好ましい。
【0031】
図1に示すように、このようなトリガ信号発生部7は、ケーブル73によりADコンバータ6に接続されており、ADコンバータ6にトリガ信号を供給するものとなっている。この実施形態の大きな特徴点は、このようなトリガ信号をADコンバータ6に供給するトリガ供給部に、トリガ信号を遅延させるトリガ遅延部74が設けられている点である。
【0032】
トリガ供給部は、トリガ信号発生部7とADコンバータ6とを接続するケーブル(以下、TrADCケーブルと表記する。)73である。図1に示すように、この実施形態では、トリガ遅延部74は、TrADCケーブル73の余剰部731となっている。「余剰部」とは、トリガ信号発生部7とADコンバータ6との空間的隔たりにおいて接続に必要な長さを超える長さの部分という意味である。したがって、この例におけるトリガ遅延部74は、トリガ信号発生部7とADコンバータ6とを接続する必要な長さにおいて不可避的に生じる遅延を越える遅延を与える部分ということになる。尚、TrADCケーブル73は、より厳密には、トリガ信号発生部7のうちのディテクタ72とADコンバータ6とを接続するケーブルである。
【0033】
TrADCケーブル73としては、例えば同軸ケーブルが使用される。トリガ信号発生部7とADコンバータ6との接続に例えば1mあれば十分である場合、1mを越える部分がトリガ遅延部74となる。TrADCケーブル73の全体の長さは例えば41mとされ、したがって40mの部分がトリガ遅延部74となる。この場合、1mあたりの遅延量は4.5~5.5ナノ秒程度であるので、全体の遅延量は180~220ナノ秒程度になる。
【0034】
このようなトリガ遅延部74を設けることは、ADコンバータ6におけるデッドタイムの影響を軽減すべく行った発明者の研究に基づいている。以下、この点について図4を参照して説明する。図4は、実施形態のパルス分光装置におけるトリガ遅延部の意義について示した概略図である。図4(1)にはトリガ遅延部74がない場合のADコンバータ6におけるデジタル化処理について示されており、図4(2)にはトリガ遅延部74がある場合のADコンバータ6におけるデジタル化処理について示されている。
【0035】
図4(1)において、上段はADコンバータ6に入力されるアナログ入力(受光器4の出力)を示し、下段はトリガ信号発生部7が発生させるトリガ信号を示す。トリガ信号はパルスの立ち上がりに伴って発生させるので、トリガ周期は基本的にパルス周期に一致している。T1は、デジタル信号に変換するアナログ信号の時間的長さ(いわゆるデータ記録長さ)である。T0は、トリガ信号が受け付けられた後、次のトリガ信号の受け付けが可能になるまでの周期である。即ち、アナログ信号の取り込みは、T0の周期毎にT1の長さで行われる。以下の説明では、T1を取り込み周期という。
【0036】
図4(1)に示すように、アナログ入力におけるパルスの立ち上がりは、取り込み周期T1の始期には一致しない。即ち、T1の始期から遅れてパルスのアナログ信号が取り込まれる。この遅れをT2とする。
遅れT2は、パルス光源1において発生させたパルス光が最終的に受光器4に取り込まれるまでのタイムラグに相当している。t1の時刻で立ち上がるパルス光をパルス光源1が発生させ、これが出射されたとする。図4(1)に示すように、トリガ信号のタイミングはt1の時刻である。このパルス光は、伸長素子2及び対象物Sを経て受光器4に達してアナログ信号がADコンバータ6に入力されるが、その入力におけるパルスの立ち上がりの時刻はt2であり、T2だけ遅れている。
【0037】
この遅れT2は、伸長素子2や対象物Sを経由する過程での光の遅れに起因したパルス信号の取り込みの遅れである。以下、この遅れT2を、パルス取り込み遅れと呼ぶ。この実施形態では、トリガ信号はシードレーザ110の出力の一部を取り出したものなので、厳密には、超短パルスレーザ11における遅れや非線形素子12に遅れも、パルス取り込み遅れT2に含まれる。
このようなパルス取り込み遅れT2のため、取り込みが開始されても当初は実質的にゼロのアナログ信号が取り込まれるのみであり、T2が経過した後に実際のパルスの分のアナログ信号の取り込みが始まる。そして、T1の長さで取り込みが終わった後、次にトリガ信号の受付が可能になるまでの時間、即ちデッドタイムの時間が始まる。図4(1)において、デッドタイムの時間帯をT3で示す。
【0038】
可能な限り取り込み周期T1は長く設定するので、T1の時間帯の中には複数のパルスのアナログ信号が存在する。この例では2個のパルスが1個のT1において取り込まれるようになっているが、実際にはもっと多くのパルスが取り込まれる場合が多く、数十個~100個程度のパルスが取り込まれることもある。
複数個のパルスのアナログ信号が取り込まれる場合、あるトリガ信号が発生してアナログ信号の取り込みが開始された後、次のパルスにより発生したトリガ信号はADコンバータ6において無視される。即ち、T3の時間帯のみならず、T1の始期以降の時間帯においてもトリガ信号は無視される。無視されるトリガ信号を、図4(1)において破線で示す。
尚、取り込み周期T1の長さは、取り込むパルスの個数に応じて決められる。例えば、五つのパルスが入るように取り込む場合、パルス五つ分の長さと各パルスのインターバル四つ分の長さである。但し、図4に示すようにパルス取り込み遅れT2が存在するので、これにT2の時間が足される。
【0039】
上記説明及び図4(1)から解るように、取り込み周期T1でのデータ取り込みが終了しても、デッドタイムT3の時間だけさらにトリガ信号無視の時間が続く。したがって、図4(1)に示すように、このデッドタイムT3の時間帯にトリガ信号が入力されても取り込みは開始されず、その次のトリガ信号(即ち、その次のパルス)から取り込みが開始される。即ち、T3の時間帯に無視されたトリガ信号に対応するパルスはデジタル信号に変換されず、ADコンバータ6の出力から抜け落ちる。つまり、デッドタイムT3が原因で、パルスの取りこぼしが生じる。図4(1)において、取りこぼされたパルスを破線で示す。
【0040】
一方、トリガ遅延部74が設けられた構成では、図4(2)に示すようにトリガ信号は遅延されてからADコンバータ6に入力される。遅延量は、図4(1)におけるT2よりも僅かに短い長さとされる。図4(2)において、遅延量をT4で示す。
この場合、従来生じていたパルス取り込み遅れT2は非常に短くなるか又はほぼゼロとなる。つまり、光の遅れ自体は変わらないので、ADコンバータ6においてパルスの先頭が取り込まれるタイミングt2自体は変わらないが、光の遅れに合わせてトリガ信号も遅れる(即ちt1が遅い時刻になる)ので、結果的にパルス取り込み遅れT2が短くなるのである。取り込み周期T1は、所望の個数分のパルスの取り込みが可能な長さであるから、T2が短くなった分(遅延量T4)を差し引くことができる。即ち、T1’=T1-T4である。
【0041】
一方、デッドタイムT3自体は特に変化がない。つまり、T1’の終期で始まり、次にトリガ信号を受け付けが可能になるまでの固定の長さの時間である。この場合、T1’の時間帯で取り込んだパルスの次のパルスに対応したトリガ信号も、同様にT4の分だけ遅延する。この結果、このトリガ信号はデッドタイムT3が終了した後に入力される状態となり、有効に受け付けられる。このため、このトリガ信号に対応したパルスもデジタル化処理され、取りこぼされることはなくなる。
【0042】
このように、実施形態におけるトリガ遅延部74は、パルス取り込み遅れT2に見合う分だけトリガ信号を遅らせてADコンバータ6に入力することで、デッドタイムT3が終了した後に当該トリガ信号が入力されるようにする意義がある。したがって、どの程度遅らせれば良いかは、デッドタイムT3中に発生しているトリガ信号の時刻とデッドタイムT3の終期との差(図4(1)にδtで示す)による。即ち、トリガ信号の遅延時間T4は、δt以上である(又はδtより長い)必要がある。
【0043】
但し、遅延時間T4が遅延させない場合のパルス取り込み遅れT2を越えてしまうと(即ちT2がマイナスになってしまうと)、実際にパルスが受光器4に入射しているのにもかかわらずそのパルスに対応したトリガ信号がADコンバータ6に入力されないことになってしまい、パルスの初期のデータが欠けてしまうという事態となる。したがって、遅延時間T4は、遅延させない場合のT2以下である(又はT2より短くする)必要がある。
【0044】
上記説明から解るように、実施形態の装置におけるトリガ遅延部74は、ADコンバータ6におけるデッドタイムT3がパルスのインターバルの間に終了するようにするものであるともいえる。したがって、パルス光源1におけるパルスの繰り返し周期についても最適化することが好ましい。つまり、実施形態の装置では伸長素子2によりパルス伸長しているので、受光器4に入射する時点でのパルス光のインターバルはパルス光源1を出射した時点でのインターバルに比べて短くなっている。この場合、インターバルの長さがデッドタイムT3よりも短いと、トリガ遅延部74によりトリガ信号を遅延させてもパルスの取りこぼしをゼロにすることはできない。
【0045】
インターバルがデッドタイムより長ければ、トリガ信号を適宜遅延し、適宜の長さの取り込み周期T1を設定すれば、パルスの取りこぼしをゼロにすることができる。したがって、受光器4におけるパルスのインターバルがデッドタイムT3よりも長くなるようにパルスの繰り返し周期や伸長後のパルス幅を設定することが好ましい。具体的には、例えば、伸長素子2における伸長量に応じてシードレーザ110におけるパルス発振の周期を調節することが考えられる。
【0046】
尚、対象物Sにおけるパルス伸長は無視できるから、伸長素子2を出射した時点でのパルスのインターバルをデッドタイムT3よりも長くなるようにする、ということもできる。このインターバルは、伸長素子2の直後に受光器を配置して測定することで知ることができる。
このようにパルスのインターバルをデッドタイムより長くする構成は、特にトリガ信号を遅延させない場合でも効果を持ち得る。即ち、インターバルが、トリガ信号を遅らせない場合のパルス取り込み遅れT2+デッドタイムT3の長さ以上又はそれより長ければ、トリガ遅延は不要ということになる。
【0047】
とはいえ、インターバルがデッドタイムT3よりも短い場合でも、トリガ信号を遅延させる意義はある。即ち、T2の時間帯は、アナログ信号の取り込みが開始されてもパルスの信号(実質的な測定信号)の取り込みがされていない時間帯であり、無駄に時間とリソースを消費している。したがって、この時間を無くしたり短くしたりすることは、全体としての測定の効率化につながる。
また、トリガ信号を遅延させない場合にデッドタイムT3内に入るトリガ信号が複数ある場合、それは、複数個のパルスを取りこぼしてしまうことを意味するが、トリガ信号を遅延させることでそれを少なくすることができる。即ち、トリガ遅延部74は、パルスの取りこぼしをゼロにできないまでもそれを少なくする意義を有している。
【0048】
このように、実施形態のパルス分光装置においては、受光器4から出力されるアナログ信号をデジタル化するADコンバータ6において、入力されるトリガ信号が遅延されるので、パルスの取りこぼしを低減したり、時間やリソースの無駄を低減して測定の効率化を図ったりすることができる。
より具体的な例について説明すると、パルス光源1が900~1300nm程度の範囲の広帯域パルス光を出射するものである場合、伸長素子2による伸長後のパルス幅は1~150ナノ秒程度である。この場合、光の遅れ(遅延させない場合のパルス取り込み遅れT2)は50~200ナノ秒程度である。遅延時間T4は、このT2の例えば90%とされ、この例では45~180ナノ秒程度とされる。同軸ケーブルを使用する場合、余剰部731の長さを9~36m程度確保しておけば、この程度の遅延時間T4を実現することができる。
【0049】
実際には、遅延時間T4を適宜変更しながら、ADコンバータ6の出力をオシロスコープで観察(又はADコンバータ6内蔵のオシロスコープで受光器4の出力を観察)することで調整が行われる。即ち、パルスの先頭部分の欠けが生じない範囲で最も長くできるT4の値を見極めて選定する。より具体的には、TrADCケーブル73をある程度長くしておく。当初は、遅延時間T4が長すぎるのでパルスの欠けが生じる。そして、TrADCケーブル73を少しずつ切断して短くしていき、パルスの欠けが生じなくなった時点の長さによる遅延時間が選定される遅延時間T4であり、その時点の長さ(余剰部731を含む長さ)でTrADCケーブル73が使用される。尚、TrADCケーブル73において無視できない損失がある場合、増幅器を設けて予め増幅してからトリガ信号を伝送するようにしても良い。
【0050】
次に、第二の実施形態のパルス分光装置について説明する。
図5は、第二の実施形態のパルス分光装置の概略図である。第二の実施形態においても、トリガ遅延部74が設けられており、遅延されたトリガ信号がADコンバータ6に入力されるようになっている。そして、トリガ遅延部74は、同様に、TrADCケーブル73の余剰部731となっている。
この実施形態では、トリガ遅延部74に対して温度調節機構75が設けられている。温度調節機構75としては、TrADCケーブル73の挿入孔及び取り出し孔を気密に設けた恒温槽が使用できる。即ち、温度調節機構75は、トリガ遅延部74の温度が変化しないよう一定に保つ機構である。
【0051】
同軸ケーブル等であり得るTrADCケーブル73は、温度変化によってインピーダンスが変化する。インピーダンスの変化がごく僅かでも、TrADCケーブル73は長い余剰部731を含むため、遅延時間T4に無視できない変動が生じる場合がある。温度調節機構75は、この問題を防止する意義がある。即ち、遅延時間T4の変動を抑制してトリガ信号を安定したタイミングでADコンバータ6に供給し、パルスの取りこぼし低減等の効果が安定して得られるようにする意義がある。
【0052】
尚、温度調節機構75は温度を一定に保つ場合の他、積極的に異なる温度してそれを一定に保つようにする場合もある。例えば、パルス分光装置が製造されて出荷された後、何らかの要因で光の遅れ量が変化してパルス取り込み遅れT2が変化し、これに対応して遅延時間T4も変化させることが必要になることがあり得る。この場合、TrADCケーブル73を少し切断するとか、又は短いケーブルを少し足すとかいった調整も可能であるが、温度変化によって対応できる場合もある。このような場合には、温度調節機構75における設定温度を変えることで調整が行われる場合もあり得る。
尚、前述した恒温槽の例は、余剰部731の温度を間接的に調節する例であるが、直接的に調節しても良い。即ち、余剰部731の温度をモニタする温度モニタ(例えば線を一部露出させて非接触温度計で測定する温度モニタ)を設け、この出力によりフィードバック制御を行っても良い。
【0053】
次に、第三の実施形態のパルス分光装置について説明する。図6は、第三の実施形態のパルス分光装置の概略図である。
第三の実施形態のパルス分光装置は、基準スペクトルデータをリアルタイムで取得する構成となっている。具体的には、伸長素子2の出射側にはビームスプリッタのような分割素子31が設けられている。分割素子31で分割された光路の一方は、前述した各実施形態と同様に受け具30に向かって延びており、この光路上を進む広帯域伸長パルス光は対象物Sに照射される。分割された他方の光路は、参照用光路となっている。参照用光路上には、図6に示すように、参照用受光器91が設けられている。
【0054】
そして、参照用受光器91は、参照用ADコンバータ92を介して演算手段5に接続されており、同様にアナログ信号がデジタル化されて演算手段5に入力されるようになっている。参照用ADコンバータ92は、測定用のADコンバータ6と同じもの(同じ仕様の製品)である。
この実施形態においてもトリガ信号発生部7とトリガ遅延部74が同様に設けられている。トリガ遅延部74としての余剰部731を含むTrADCケーブル73は、図6に示すように途中で分岐してパラレルに二つのADコンバータ6,92に接続されている。したがって、同様に遅延したトリガ信号が測定用のADコンバータ6と参照用ADコンバータ92に入力されるようになっている。尚、トリガ信号の到達のタイミングが大きくずれないよう、測定用のADコンバータ6へのTrADCケーブル73と参照用ADコンバータ92へのTrADCケーブル73とは分岐箇所からの長さが同じ(又は長さの差異が十分に小さい)ものとなっている。
【0055】
また、図6に示すように、二つのADコンバータ6,92においてサンプリングが同期して行われるように同期手段93が設けられている。同期手段93は、この例では、測定用のADコンバータ6のクロック信号を参照用ADコンバータ92に供給する手段となっている。即ち、測定用ADコンバータ6におけるクロック信号出力部やクロック信号送信線等が同期手段93を構成している。
参照用受光器91の出力は参照用ADコンバータ92でデジタル化されて演算手段5に入力され、これにより演算手段5において基準スペクトルデータがリアルタイムで取得される。演算手段5における処理(測定プログラム53により処理)は、第一第二の実施形態と基本的に同様である。
【0056】
第三のパルス分光装置によれば、基準スペクトルデータがリアルタイムで取得されるので、パルス光源1の特性変化といった外乱の影響を受けずに常に精度の高い分光測定が行える。また、定期的な基準スペクトルデータを得るための測定(校正用の測定)は不要となる。そして、同様に遅延したトリガ信号が参照用ADコンバータ92にも供給されるので、パルスの取りこぼし低減といった効果が損なわれることもない。さらに、同期手段93が設けられているので、二つのADコンバータ6,92においてサンプリングの時点がずれてしまうこともない。サンプリングがずれると、異なった時刻(即ち異なった波長)での基準値に基づいて吸収率等を算出することになるので、測定結果の信頼性が低下することにも成り得るが、この実施形態ではそのような問題はなく、高信頼性のパルス分光装置が提供される。
【0057】
尚、同期手段93による測定結果の信頼性向上の効果は、トリガ遅延部74を設けない場合であっても得られる。即ち、パルス取り込み遅れT2が元々小さい場合にはトリガ遅延部74が設けられない場合もあり得るが、その場合でも、同期手段93を設けておくと、測定結果の信頼性向上の効果は得られる。
【0058】
尚、ADコンバータ6として複数チャンネル(複数入力可)のものを採用し、1台のADコンバータを測定用及び参照用として使用することもできる。この場合も、内部でクロックが同期する構成のものを使用することで、上記と同様の効果を得ることができる。クロック発生部を別途設け、二台のADコンバータ6,92に共通してクロック信号を供給する構成であっても良い。
【0059】
上述した各実施形態において、伸長素子2として1本のファイバ(群遅延ファイバ)が使用されるように説明したが、複数のファイバを用い、光を分割して伝送しながら遅延させ、合波して対象物Sに照射することもあり得る。複数のファイバを用いるメリットの一つは、複数に分けて伝送してパルス伸長することで、伸長の際に意図しない非線形光学効果が避けられることである。発明者らの研究によると、高出力を得るべく高いエネルギーの光を一本のファイバで伝送してパルス伸長するようにすると、当該伸長用のファイバでさらに非線形光学効果が生じ、時間対波長の一意性が崩れてしまうことが判明している。この問題を避けるには、パルス光源1からの光を分割してそれぞれファイバで伝送して遅延によりパルス伸長する構成が有効である。
【0060】
光を分割して複数のファイバで伝送する場合、ビームスプリッタ等で単純に光束を分割する構成でも良いが、波長に応じて分割して波長毎に各ファイバで伝送する構成がより効果的である。この理由の一つは、波長に応じてファイバの長さを最適化したりファイバの材質を最適化したりすることで、波長に応じた遅延量を実現できるからである。これにより、全体としてパルス伸長量を最適化したり、Δλ/Δtを波長間で均一にして均一な波長分解能を実現したりすることができる。
波長に応じて光を分割する際、分割素子としてアレイ導波路回折格子(Array Waveguide Grating,AWG)を使用することができる。図7は、この実施形態を示したものであり、アレイ導波路回折格子を使用した第四の実施形態のパルス分光装置の概略図である。
【0061】
図7に示すように、パルス光源1の出射側には、分割素子としてのアレイ導波路回折格子8が設けられている。アレイ導波路回折格子8の出射側には、伸長素子2として複数の伸長ファイバ21がパラレルに複数設けられている。
各伸長ファイバ21の出射端は一つに束ねられ、出射端素子22が設けられている。出射端素子22から出射される光は、対象物Sにおいて重ね合わされて対象物Sに照射されるようになっている。出射端素子22は、各伸長ファイバ21から出射される光が同一の照射領域に重ね合わされて照射されるようにする素子であり、光をコリメートしたり(広がらないビームにしたり)、又はビームを拡大して照射したりするレンズを含み得る。
【0062】
図8は、分割素子として使用されたアレイ導波路回折格子の平面概略図である。アレイ導波路回折格子は、光通信用として開発された素子であり、分光測定用としての利用は知られていない。図8に示すように、アレイ導波路回折格子8は、基板81上に各機能導波路82~86を形成することで構成されている。各機能導波路は、光路長が僅かずつ異なる多数のグレーティング導波路82と、グレーティング導波路82の両端(入射側と出射側)に接続されたスラブ導波路83,84と、入射側スラブ導波路83に光を入射させる入射側導波路85と、出射側スラブ導波路84から各波長の光を取り出す各出射側導波路86となっている。
【0063】
スラブ導波路83,84は自由空間であり、入射側導波路85を通って入射した光は、入射側スラブ導波路83において広がり、各グレーティング導波路82に入射する。各グレーティング導波路82は、僅かずつ長さが異なっているので、各グレーティング導波路82の終端に達した光は、この差分だけ位相がそれぞれずれる(シフトする)。各グレーティング導波路82からは光が回折して出射するが、回折光は互いに干渉しながら出射側スラブ導波路84を通り、出射側導波路86の入射端に達する。この際、位相シフトのため、干渉光は波長に応じた位置で最も強度が高くなる。つまり、各出射端導波路86には波長が順次異なる光が入射するようになり、光が空間的に分光される。厳密には、そのように分光される位置に各入射端が位置するよう各出射側導波路86が形成される。
尚、各出射側導波路86には、各伸長ファイバ21が接続される。波長毎に分割されたパルス光は各伸長ファイバ21により伝送され、この際に群遅延が生じて全体としてパルス幅が伸長される。
【0064】
このようにアレイ導波路回折格子8を分割素子として用いた構成では、波長に応じてそれぞれ最適化された伸長ファイバ21で伝送されてパルス伸長が行われるので、上記の通り、Δλ/Δtを波長間で均一にして均一な波長分解能を実現できるといった効果がある。その反面、伸長ファイバ21を経由する過程で光の遅れ量が大きくなり易く、そのためにパルス取り込み遅れT2が長くなり易い。即ち、パルスの取りこぼしや無駄なデータ取り込み期間といった問題が顕著になり易い。したがって、トリガ遅延部74でトリガ信号を遅延させることでT2の影響を低減させることができる構成は、アレイ導波路回折格子8でよって光を分割して各伸長ファイバ21において伝送する構成において特に意義がある。
【0065】
上述した各実施形態において、トリガ遅延部74としては、TrADCケーブル73の余剰部731ではなく、別途設けられる遅延部であっても良い。例えば、半導体素子を使用した各種遅延素子の中から適宜選定してトリガ遅延部として設けることができる。例えば、Maxim社(Maxim Integrated, 米国カリフォルニア州サンノゼ)製のDS1100Lシリーズのものを使用することができる。但し、このような半導体素子を使用した遅延素子は、一般的に、遅延特性が安定していなかったり、遅延量の調整が自由にできなかったりすることが多い。これと比較すると、TrADCケーブル73に余剰部731を与えて遅延させる構成は、遅延量の安定性の高さや遅延量の変更の自由度の高さという点で優れており、好適である。
【0066】
尚、トリガ信号の遅延は、電気信号の遅延として行われたが、必ずしも電気信号である必要はなく、他の種類の信号例えば光信号の遅延であっても良い。例えば、シードレーザ110の出力の一部を取り出して伝送用ファイバで伝送させる。伝送用ファイバの出力は、別途設けるディテクタで検出し、その出力をADコンバータに入力する。伝送用ファイバにおけるトリガ信号の遅延量が前述のパルス取り込み遅れT2か又はそれより少し短くなるように伝送用ファイバの長さを選定する。このような構成によっても、同様の結果を得ることができる。
【0067】
但し、ファイバによる伝送の場合には、線路の長さの変更が電気ケーブルに比べて面倒である。即ち、長さの変更にはファイバを切断したり又は融着して継ぎ足したりする必要があるが、端面の処理や受光器との位置の再調整が必要で、面倒である。したがって、これを考慮すると、電気信号としてのトリガ信号を遅延させる構成の方が好ましい。尚、電気信号としてトリガ信号を得る構成として、シードレーザ110の駆動回路から出力を得てトリガ信号とすることも可能である。また、シードレーザ110を使用せず、パルス発振の励起用レーザを使用する場合にはその駆動回路からトリガ信号を得ることも可能である。
【0068】
尚、上記説明では対象物Sからの透過光の分光測定を例にしたが、対象物Sからの反射光を受光する位置に受光器4を設け、対象物Sからの反射光の分光測定を行う場合もあり得る。さらに、パルス光が照射された対象物Sからの散乱光又は蛍光を捉えて分光測定する場合もあり得る。即ち、対象物Sからの光は、光照射された対象物Sからの透過光、反射光、蛍光、散乱光などであり得る。
また、パルス光源1としては、SC光を出射するものの他、ASE(Amplified Spontaneous Emission)光源、SLD(Superluminescent diode)光源などが採用されることもあり得る。
【符号の説明】
【0069】
1 パルス光源
11 超短パルスレーザ
110 シードレーザ
111 励起用レーザ
12 非線形素子
2 伸長素子
21 伸長ファイバ
3 照射光学系
30 受け板
4 受光器
5 演算手段
6 ADコンバータ
7 トリガ信号発生部
71 ビームスプリッタ
72 ディテクタ
73 ケーブル
731 余剰部
74 トリガ遅延部
8 アレイ導波路回折格子
91 参照用受光器
92 参照用ADコンバータ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8