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特開2022-68788軽度認知障害における酸化ストレスの評価
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022068788
(43)【公開日】2022-05-10
(54)【発明の名称】軽度認知障害における酸化ストレスの評価
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20220427BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220427BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20220427BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/50 Z
C07K14/47
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020177668
(22)【出願日】2020-10-22
(71)【出願人】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(71)【出願人】
【識別番号】504150782
【氏名又は名称】株式会社プロトセラ
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阿部 康二
(72)【発明者】
【氏名】田中 憲次
(72)【発明者】
【氏名】李 良子
(72)【発明者】
【氏名】▲浜▼田 南希
【テーマコード(参考)】
2G045
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045AA40
2G045DA36
2G045FB03
2G045FB06
2G045JA06
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA50
4H045CA40
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】MCIにおける酸化ストレスに基づく認知症の発症リスクを評価すること。
【解決手段】被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチンに対する比(CysTTR/TTR比)を測定することを含む、酸化ストレスに基づくMCI又は認知症の検査方法。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチンに対する比(CysTTR/TTR比)を測定することを含む、酸化ストレスに基づくMCI又は認知症の検査方法。
【請求項2】
前記CysTTR/TTR比が基準値以上である場合に、認知症へ移行する可能性が高いことを示す、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記CysTTR/TTR比が基準値よりも低い場合に、認知症へ移行する可能性が低いことを示す、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
被検者の体液中の配列番号4~15で表されるアミノ酸配列からなる1種又は2種以上のペプチドの測定値の関数であるリスクインデックス値を測定することをさらに含む請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記リスクインデックス値が基準値以上である場合に、認知症へ移行する可能性が高いことを示す、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記リスクインデックス値が基準値よりも低い場合に、認知症へ移行する可能性が低いことを示す、請求項4又は5に記載の方法。
【請求項7】
前記MCI又は認知症の検査方法は、認知症の発症リスクの検査方法である請求項1~6のいずれかに記載に記載の方法。
【請求項8】
認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置のスクリーニング方法であって、
措置を施した被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチンに対する比(CysTTR/TTR比)を測定することを含み、
前記措置後のCysTTR/TTR比が、基準値又は前記措置前のCysTTR/TTR比と比べて低下している場合に、前記措置はアルツハイマー型認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いことを示す、方法。
【請求項9】
前記措置は医薬の投与、食品の投与、脳機能活性化トレーニング、食事療法、運動療法、音楽療法、睡眠療法、及び生活習慣改善指導から成る群から選択される少なくとも一つである請求項7又は8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置の評価方法であって、
措置を施した被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチンに対する比(CysTTR/TTR比)を測定することを含み、
前記措置後のCysTTR/TTR比が、基準値又は前記措置前のCysTTR/TTR比と比べて低下している場合に、前記措置はアルツハイマー型認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いことを示す、方法。
【請求項11】
CysTTR/TTR比は、システイン化トランスサイレチンのうちの10番目から15番目までの6個のアミノ酸からなるペプチド(配列番号2)のシグナルの強度の、トランスサイレチンのうちの81番目から103番目までの23個のアミノ酸からなるペプチド(配列番号3)のシグナルの強度に対する比から計算される請求項1~10のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽度認知障害における酸化ストレスの評価に関する。
【背景技術】
【0002】
軽度認知障害(Mild cognitive impairment, MCI)、アルツハイマー病(Alzheimer’s disease, AD)を初めとする認知症等の患者数が、高齢化社会に伴い急増している。MCI を放置すると、年間10~15%程度の割合で、MCIの症状が進行して認知症へと移行する。
【0003】
一方、酸化ストレスの高い状態が続くと、とりわけ脳組織では、活性酸素種(ROS)の産生増加、抗酸化システム機能の低下、及び修復メカニズムの効率低下が、アルツハイマー型認知症の発症と増悪につながるとされてきた。
【0004】
非特許文献1は、アルツハイマー病(AD)の患者の髄液中において、βアミロイドのオリゴマー形成を阻害することによりアルツハイマー病の発症に対して抑制的に働いている可能性が示唆されているトランスサイレチン(TTR)が、特に強く酸化を受けていることを報告している。この試験では、アルツハイマー病(AD)及びMCIの患者の髄液中で、TTRのメチオニンの酸化レベルが上昇していることを示唆するデータが得られている。
【0005】
非特許文献2は、アルツハイマー病(AD)及びMCIの患者の脳脊髄液中のトランスサイレチンが、正常圧水頭症(NPH)及び健常対象者(HC)という対照群と比較して有意に高い割合で酸化により修飾されており、特には10番目のシステインでより多く修飾されていることを示している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】科学研究費助成事業研究成果報告書 研究課題名「髄液中の酸化蛋白質のプロテオーム解析によるアルツハイマー病早期診断マーカーの開発」 研究課題/領域番号 20590594 戸田 年総 2012年6月16日 https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-20590594/20590594seika.pdf
【非特許文献2】Poulsen et al. Clinical Proteomics 2014, 11:12
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
MCIや認知症の診断は、各疾患の診断基準に基づき、問診、認知機能テスト、画像診断等を用いて医師により従来行われているが、MCIや認知症は予防が重要であり、より早期に簡便に、MCIに対する酸化ストレスの影響を評価する方法、並びに健常者からMCIを経て認知症への発症(移行)を評価するための方法が求められている。従って、本発明は、酸化ストレスレベルに基づいてMCI又は認知症を検査又は評価する方法、認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置のスクリーニング方法、及び認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置の評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者は、酸化ストレスの指標として、10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチン総量に対する比(CysTTR/TTR比)に着目し、被検者の体液における当該比を測定し、測定値とMCIの症状との相関を見出した。本願発明者はさらに、このCysTTR/TTR比の値を用いた検査を、MCIリスクインデックス値を用いた検査と組み合わせると、MCI又は認知症の検査精度が向上することを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の実施形態を包含する。
【0010】
項1. 被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチンに対する比(CysTTR/TTR比)を測定することを含む、酸化ストレスに基づくMCI又は認知症の検査方法。
【0011】
項2.前記CysTTR/TTR比が基準値以上である場合に、認知症へ移行する可能性が高いことを示す、項1に記載の方法。
【0012】
項3.前記CysTTR/TTR比が基準値よりも低い場合に、認知症へ移行する可能性が低いことを示す、項1又は2に記載の方法。
【0013】
項4.被検者の体液中の配列番号4~15で表されるアミノ酸配列からなる1種又は2種以上のペプチドの測定値の関数であるリスクインデックス値を測定することをさらに含む項1~3のいずれかに記載の方法。
【0014】
項5.前記リスクインデックス値が基準値以上である場合に、認知症へ移行する可能性が高いことを示す、項4に記載の方法。
【0015】
項6.前記リスクインデックス値が基準値よりも低い場合に、認知症へ移行する可能性が低いことを示す、項4又は5に記載の方法。
【0016】
項7.前記MCI又は認知症の検査方法は、認知症の発症リスクの検査方法である項1~6のいずれかに記載に記載の方法。
【0017】
項8.認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置のスクリーニング方法であって、
措置を施した被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチンに対する比(CysTTR/TTR比)を測定することを含み、
前記措置後のCysTTR/TTR比が、基準値又は前記措置前のCysTTR/TTR比と比べて低下している場合に、前記措置はアルツハイマー型認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いことを示す、方法。
【0018】
項9.前記措置は医薬の投与、食品の投与、脳機能活性化トレーニング、食事療法、運動療法、音楽療法、睡眠療法、及び生活習慣改善指導から成る群から選択される少なくとも一つである項7又は8のいずれか一項に記載の方法。
【0019】
項10.認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置の評価方法であって、
措置を施した被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチンに対する比(CysTTR/TTR比)を測定することを含み、
前記措置後のCysTTR/TTR比が、基準値又は前記措置前のCysTTR/TTR比と比べて低下している場合に、前記措置はアルツハイマー型認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いことを示す、方法。
【0020】
項11.CysTTR/TTR比は、システイン化トランスサイレチンのうちの10番目から15番目までの6個のアミノ酸からなるペプチド(配列番号2)のシグナルの強度の、トランスサイレチンのうちの81番目から103番目までの23個のアミノ酸からなるペプチド(配列番号3)のシグナルの強度に対する比から計算される項1~10のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0021】
CysTTR/TTR比は被検者における酸化ストレスを反映しており、本発明によれば、かかる指標を被検者における健常者からMCIを経て認知症への発症又は移行を評価に利用することができる。
【0022】
また、措置を施した被検者におけるCysTTR/TTR比を測定することにより、当該措置による酸化ストレスの低減効果、さらには認知症の発症予防又は発症遅延の効果を確認することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】システイン化トランスサイレチンのアミノ酸配列の模式図。
図2】被検者各群のMCIリスクインデックス値。
図3】被験者各群の酸化ストレスレベル値。高MCIリスクインデックス値群:インデックス値>=0.5、N=27。低MCIリスクインデックス値群:インデックス値<0.5、N=23。
図4】高MCIリスクインデックス値群と低MCIリスクインデックス値群間の酸化ストレスレベル値によるROC解析結果。
図5】MCIの進行度(ステージ)とステージ基準。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチン総量に対する比(CysTTR/TTR比)を測定することを含む、軽度認知障害(以下、MCIとも称する)又は認知症の評価又は検査方法を提供する。
【0025】
なお、本明細書において、かかる評価又は検査には、CysTTR/TTR比が高いことによるMCIの診断(特には早期診断)の補助的判定又は補助的評価、CysTTR/TTR比の低減によるMCIから認知症への発症遅延または発症予防の可能性の判定又は評価が含まれる。MCIの判定には、MCIの有無を判定することのみならず、予防的にMCIの罹患可能性を判定することが含まれる。
【0026】
被検者は、主観的に自覚症状のない健常者、MCIに罹患していると疑われる患者、又はMCI患者を含み、「MCIに罹患していると疑われる被検者」は、被検者本人が主観的に疑いを抱く者(何らかの自覚症状がある者に限らず、単に予防検診の受診を希望する者を含む)であっても、何らかの客観的な根拠に基づく者(例えば、従来公知の臨床検査)及び/又は診察の結果、MCIの合理的な罹患可能性があると医師が判断した者)であってもよい。
【0027】
上記MCIの評価又は検査方法において、好ましいいくつかの実施形態では、被検者はMCIに罹患している被検者又はMCIに罹患していると疑われる被検者である。
【0028】
図1に示されるように、天然のトランスサイレチンは配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質であるが、10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチン(CysTTR、以下、単に「システイン化トランスサイレチン」と称する場合がある)とは、配列番号1で表されるアミノ酸配列において10位のシステインにシステインが付加されている修飾トランスサイレチンを指す。CysTTRのレベルは、システイン化トランスサイレチンを選択的に検出できる公知の方法でシステイン化トランスサイレチンの一部のレベル(シグナル強度、量、濃度)を測定することにより測定することができる。
【0029】
CysTTR/TTR比の分母は、配列番号1で表されるアミノ酸配列の一次配列すなわちアミノ酸の種類が保存されたトランスサイレチン総量を指す。トランスサイレチン総量には、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなる非修飾のトランスサイレチン、及び配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるが少なくとも一つのアミノ酸が修飾された修飾トランスサイレチンが含まれる。修飾トランスサイレチンには、システイン化(S-システイニル)トランスサイレチン、グルタチオン化トランスサイレチン、S-S結合形成トランスサイレチン、酸化トランスサイレチン、ホルミル化トランスサイレチン、アセチル化トランスサイレチン、リン酸化トランスサイレチン、糖鎖付加トランスサイレチン、ミリスチル化トランスサイレチンおよびこれらの複合誘導体等が含まれる。
CysTTRのレベルは、TTR総量を選択的に検出できる公知の方法でトランスサイレチンの全部又は一部のレベル(シグナル強度、量、濃度)を測定することにより測定することができる。
【0030】
被験試料となる被検者由来の体液は特に限定されないが、被検者への侵襲が少ないものであることが好ましく、例えば、血液、血漿、血清、唾液、尿、涙液など生体から容易に採取できるものや、髄液、骨髄液、胸水、腹水、関節液、眼房水、硝子体液、リンパ液など比較的容易に採取されるものが挙げられる。一実施形態では、体液が血液、血漿、血清、唾液、尿、髄液、骨髄液、胸水、腹水、関節液、涙液、眼房水、硝子体液及びリンパ液からなる群より選択される体液からなる。血清や血漿を用いる場合、常法に従って被検者から採血し、前処理を施さず直接、又は液性成分を分離することにより分析にかける被験試料を調製することができる。必要に応じて、体液から、抗体カラムやスピンカラムなどを用いて、予め高分子量の蛋白質画分などを分離除去しておくこともできる。
【0031】
体液中のCysTTR及びTTRの測定は、例えば、体液を各種の分子量測定法、例えば、ゲル電気泳動や、各種の分離精製法(例:イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなど)、表面プラズモン共鳴法、イオン化法(例:電子衝撃イオン化法、フィールドディソープション法、二次イオン化法、高速原子衝突法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化法など)、及び質量分析計(例:二重収束質量分析計、四重極型分析計、飛行時間型質量分析計、フーリエ変換質量分析計、イオンサイクロトロン質量分析計、免疫質量分析計、安定同位体ペプチドを内部標準にした質量分析計、免疫顕微鏡計など)を組み合わせる方法等に供し、該ペプチドの分子量と一致するバンドもしくはスポット、あるいはピークを検出することにより行うことができるが、これらに限定されない。
【0032】
本発明における好ましいCysTTR/TTR比の測定方法は、トリプシン消化した被検者の体液をクロマトグラフィーで分離し、質量分析にかけ、それぞれのTTRの測定値からCysTTR/TTRのモル比を計算することである。
【0033】
トリプシン消化物を用いて、CysTTRのレベルは、システイン化トランスサイレチンのうちの10番目から15番目までの6個のアミノ酸からなるペプチド(CPLMVK、配列番号2)のシグナルの強度を測定することにより推算することができる。TTRのレベルは、トランスサイレチンのうちの81番目から103番目までの23個のアミノ酸からなるペプチド(ALGISPFHEHAEVVFTANDSGPR、配列番号3)のシグナルの強度を測定することにより推算することができる。
【0034】
支持体表面上に捕捉された被験試料中の分子を質量分析することにより、分子量に関する情報から、標的分子であるCysTTR及びTTRの存在及び量を同定することができる。質量分析装置からの情報を、任意のプログラムを用いて、MCI患者、AD患者もしくは健常者由来の体液における質量分析データと比較して、示差的な(differential)情報として出力させることも可能である。そのようなプログラムは周知であり、また、当業者は、公知の情報処理技術を用いて、容易にそのようなプログラムを構築もしくは改変することができる。
【0035】
高精度な質量分析結果を得るためには、高速液体クロマトグラフィーに接続した三連四重極型等の質量分析装置を用いて分析する。標的分子の安定同位体標識ペプチドを合成して、それを既知量の内部標準品として被験試料に混合し、逆相固相担体等でペプチド画分の粗精製を実施する。高速液体クロマトグラフィーに導入後、分離された各ペプチドは質量分析装置内でイオン化され、その後コリジョンセル内で断片化、得られたペプチドフラグメントをmultiple reaction monitoring法により定量する。この際、安定同位体標識ペプチドを内部標準として用いることでCV値が5%以下の実測データを取得できる。安定同位体標識ペプチドは、Cambridge Isotope Laboratory(MA, USA)等の供給業者より購入した安定同位体標識アミノ酸(例えばアミノ酸a(13C6,15N2)は、安定同位体炭素(原子量13)6個と、安定同位体窒素(原子量15)2個で置換された質量数が元のアミノ酸より8原子量増加したアミノ酸aを例示)を元のアミノ酸の配列位置に置換する既存の合成法(たとえばF-mocによる固相反応)により得られる。
【0036】
本発明の方法において測定されるトリプシン消化物であるTTRペプチドは、タンパク質分解産物からなるため、未分解のタンパク質や、切断部位が共通の類似ペプチド等様々な分子が測定値に影響を与える可能性がある。そこで、第1工程において、体液を抗体により免疫アフィニティ精製し、抗体に結合したフラクションを、第2工程において質量分析に付し、精緻な分子量を基準に同定、定量する、いわゆる免疫質量分析法を利用することができる(例えば、Rapid Commun. Mass Spectrom. 2007, 21: 352-358を参照)。免疫質量分析法によれば、未分解のタンパク質も類似ペプチドも、質量分析計で完全に分離され、バイオマーカーの正確な分子量を基準に高い特異性と感度で定量が可能となる。
【0037】
CysTTR/TTR×100(%)で表される酸化ストレスレベルは、数値が大きいほど酸化ストレスのレベルが高いことを表す。酸化ストレスレベルはCysTTR/TTRの百分率であるため、CysTTR/TTRと互換的に説明することができる。
【0038】
一般に、健常者、MCI患者、及び認知症患者の酸化ストレスレベルの値から、例えば、酸化ストレスレベルの値が健常者の平均値以下であると酸化ストレスが低いと評価することができる。また、酸化ストレスレベルの値が認知症患者の平均値以上であると酸化ストレスが高いと評価することができる。
【0039】
驚くべきことに、本発明のCysTTR/TTR比すなわち酸化ストレスレベルを指標として用いると、MCIの患者をCysTTR/TTR比が高い群とCysTTR/TTR比が低い群の2群に有意に区別することができ、CysTTR/TTR比はMCIから認知症への移行し易さの指標とすることができる。
【0040】
被検者の体液の酸化ストレスレベルの測定値を基準値と比較することによりMCI又は認知症の発症リスクを検査することができる。
【0041】
上記基準値は、MCIの検査の場合、健常者とMCI患者とを分ける酸化ストレスレベル値のカットオフ値又は閾値、MCI患者の酸化ストレスレベル値の平均値、MCI患者の酸化ストレスレベル値の中央値、MCI患者群を酸化ストレスレベル値が高い群と低い群に分けるカットオフ値などであってよい。MCI患者の酸化ストレスレベル値の平均値又は中央値は、MCI患者群を酸化ストレスレベル値が高い群と低い群の2群にさらに分けたときの酸化ストレスレベル値が低い群の平均値又は中央値であってもよいし、酸化ストレスレベル値が高い群の平均値又は中央値であってもよいし、MCI患者を2群に分けない場合の酸化ストレスレベル値平均値又は中央値であってもよい。
【0042】
上記基準値は、認知症の検査の場合、健常者とMCI患者とを分ける酸化ストレスレベル値のカットオフ値又は閾値、MCI患者と認知症患者とを分ける酸化ストレスレベル値のカットオフ値又は閾値、MCI患者群を酸化ストレスレベル値が高い群と低い群に分けるカットオフ値、MCI患者の酸化ストレスレベル値の平均値、MCI患者の酸化ストレスレベル値の中央値、認知症患者の酸化ストレスレベル値の平均値、認知症患者の酸化ストレスレベル値の中央値などであってよい。MCI患者の酸化ストレスレベル値の平均値又は中央値は、MCI患者群を酸化ストレスレベル値が高い群と低い群の2群にさらに分けたときの酸化ストレスレベル値が低い群の平均値又は中央値であってもよいし、酸化ストレスレベル値が高い群の平均値又は中央値であってもよいし、MCI患者を2群に分けない場合の酸化ストレスレベル値の平均値又は中央値であってもよい。
【0043】
一つの実施形態において、酸化ストレスレベル値が基準値よりも低い場合に、MCIからアルツハイマー型認知症を含む認知症へ移行する可能性が低いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が低い患者群の酸化ストレスレベル値の平均値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が低い患者群の酸化ストレスレベル値の中央値等が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0044】
別の実施形態において、酸化ストレスレベル値が基準値以上である場合に、MCIからアルツハイマー型認知症を含む認知症へ移行する可能性が高いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が高い患者群の酸化ストレスレベル値の平均値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が高い患者群の酸化ストレスレベル値の中央値、認知症患者の酸化ストレスレベル値の平均値、認知症患者の酸化ストレスレベル値の中央値等が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0045】
本発明の上記検査又は評価に、他の従来の検査又は評価、及び/又は医師による従来のMCI及び認知症(特にはAD)の診断を組み合わせることにより、アルツハイマー型認知症を含む認知症への移行の可能性又は発症リスクをより早期に、及び/又はより精密に評価又は判定することができる。
【0046】
例えば、バイオマーカーを用いてMCIの発症リスクの可能性を判定する従来の検査に、例えばMCIリスクインデックスに基づく判定方法がある(Journal of Alzheimer's Disease 73, 217-227 (2019))。この文献の方法では、4種類のペプチド(Table 2参照)を用いて回帰式を構築し、診断性能が最良となる最適式から計算された値をMCIリスクインデックス値としている。かかるMCIリスクインデックス値は認知障害が進むにつれて増大するため、認知障害の進行の程度を反映している。一方で、MCIの患者では、3年間の追跡期間中にMCIだった人の64%が認知症に進むことが知られているが(Alzheimers Dement. 2018 Aug;14(8):1077-1087.)、これまでMCIの進行度(ステージ)と各ステージの基準については検討されていなかった。
【0047】
本明細書において、MCIリスクインデックスは、被検者の体液中の配列番号4~15で表されるアミノ酸配列からなる1種又は2種以上のペプチドの測定値の関数である。これらのペプチドは表1に示されているが、詳細については例えば特開2019-156539を参照されたい。好ましくはMCIリスクインデックスは配列番号4~15で表されるアミノ酸配列からなる1種又は2種以上のペプチドの測定値を用いて回帰式を構築し、診断性能が最良となる最適式から計算された値であって、そのような値を当業者は通常の技能で求めることができる。例えば前掲のAlzheimers Dement. 2018 Aug;14(8):1077-1087を参照されたい。好ましい一実施形態では、上記ペプチドは、配列番号4,5,15のうちの1つ、2つ又は3である。
【0048】
【表1】
【0049】
表1に示された配列番号4~15で表されるアミノ酸配列からなる各ペプチドは、単独で又は2種以上を組み合わせて、MCI又はアルツハイマー病(AD)の検査又は診断マーカーとして使用することができる。このため、被検者の体液中の配列番号4~15で表されるアミノ酸配列からなる1種又は2種以上のペプチドを測定し、該測定値の関数として求めた被検者のMCIリスクインデックス値を、基準値と比較することによりMCI又は認知症の発症リスクを検査することができる。体液には血液、血漿、血清等が含まれる。
【0050】
上記基準値は、MCIの発症リスクの検査の場合、健常者とMCI患者とを分けるMCIリスクインデックス値のカットオフ値又は閾値、MCI患者のMCIリスクインデックス値の平均値、MCI患者のMCIリスクインデックス値の中央値、MCI患者群をMCIリスクインデックス値が高い群と低い群に分けるカットオフ値、などであってよい。MCI患者のMCIリスクインデックス値の平均値又は中央値は、MCI患者群をMCIリスクインデックス値が高い群と低い群の2群にさらに分けたときのMCIリスクインデックス値が低い群の平均値又は中央値であってもよいし、MCIリスクインデックス値が高い群の平均値又は中央値であってもよいし、MCI患者を2群に分けない場合のMCIリスクインデックス値の平均値又は中央値であってもよい。
【0051】
上記基準値は、認知症の発症リスクの検査の場合、健常者と認知症患者とを分けるMCIリスクインデックス値のカットオフ値又は閾値、MCI患者と認知症患者とを分けるMCIリスクインデックス値のカットオフ値又は閾値、MCI患者群を MCIリスクインデックス値が高い群と低い群に分けるカットオフ値、MCI患者のMCIリスクインデックス値の平均値、認知症患者のMCIリスクインデックス値の平均値、認知症患者のMCIリスクインデックス値の中央値などであってよい。MCI患者のMCIリスクインデックス値の平均値又は中央値は、MCI患者群をMCIリスクインデックスが高い群と低い群の2群にさらに分けたときのMCIリスクインデックス値が低い群の平均値又は中央値であってもよいし、MCIリスクインデックス値が高い群の平均値又は中央値であってもよいし、MCI患者を2群に分けない場合のMCIリスクインデックス値の平均値又は中央値であってもよい。
【0052】
一つの実施形態において、MCIリスクインデックス値が基準値よりも低い場合に、MCIからアルツハイマー型認知症を含む認知症へ移行する可能性が低いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が低い患者群のMCIリスクインデックス値の平均値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が低い患者群のMCIリスクインデックス値の中央値等が挙げられ、好ましくはMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0053】
別の実施形態において、MCIリスクインデックス値が基準値以上である場合に、MCIからアルツハイマー型認知症を含む認知症へ移行する可能性が高いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が高い患者群のMCIリスクインデックス値の平均値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が高い患者群のMCIリスクインデックス値の中央値等が挙げられ、好ましくはMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0054】
驚くべきことに、MCIリスクインデックスを指標として用いると、MCI群の患者を、高MCIリスクインデックス値群と低MCIリスクインデックス値群の2群に、高いAUC、高感度、及び高特異度で有意に区別することができる。この結果、MCIリスクインデックス値の増減が酸化ストレスレベル値の増減に強く相関していることが判明した。
【0055】
これは、これまで酸化ストレスの高い状態が続くと、とりわけ脳組織では、活性酸素種(ROS)の産生増加、抗酸化システム機能の低下、及び修復メカニズムの効率低下が、アルツハイマー型認知症の発症と増悪につながるとされてきた説を支持し、酸化ストレスレベルの上昇がMCIリスクの増強に強く影響を与えた証左といえる。
【0056】
さらには、MCIの進行度(ステージ)と各ステージの基準については本願出願前には検討されていなかったが、期せずして、本発明の酸化ストレスレベルと、MCIリスクインデックスとを組み合わせると、MCIの3つのステージ(病期)と、各ステージの基準が提供されることが判明した。
【0057】
まず、MCIをMCIリスクインデックス値の閾値と酸化ストレスレベル値の閾値によって3グループに分けることができ、この3グループはMCIの進行度(3ステージ)を反映している。具体的には、ステージ1は、被検者の酸化ストレスレベル値が健常者の値から有意に上昇する段階である。ステージ1では、被検者のMCIリスクインデックス値は閾値よりも低く、酸化ストレスレベル値も閾値よりも低い。次にステージ2は、被検者の酸化ストレスレベル値はほぼ変動せずに、MCIリスクインデックス値が上昇する段階である。ステージ2では、被検者のMCIリスクインデックス値は閾値以上であり、酸化ストレスレベル値は閾値よりも低い。次にステージ3は、被検者の酸化ストレスレベル値がさらに有意に上昇する段階である。ステージ3では、MCIリスクインデックス値は閾値以上であり、酸化ストレスレベル値も閾値以上である。ステージ3に達した後にアルツハイマー型認知症の発症に至る。MCIのステージ3の患者とアルツハイマー型認知症の患者では、酸化ストレスレベル値に有意差は認められなかったが、MCIリスクインデックス値では認知症で有意に低かった。酸化ストレスレベルとMCIリスクインデックスの両方をMCI又は認知症の検査又は評価に用いれば、認知障害の進行度をより正確に捉えることができ、検査精度が向上する。
【0058】
このため、一つの実施形態において、酸化ストレスレベルが基準値以上であり、かつMCIリスクインデックス値が基準値以上である場合に、認知症へ移行する可能性が高いと判定することができる。酸化ストレスレベルの基準値及びMCIリスクインデックス値の基準値は上述の通りである。
【0059】
別の実施形態において、酸化ストレスレベル及びMCIリスクインデックス値の一方又は両方が基準値未満である場合に、認知症へ移行する可能性が低いと判定することができる。
【0060】
また本発明は、認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置のスクリーニング方法であって、措置を施したMCIに罹患している被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチン総量に対する比(CysTTR/TTR比)又は酸化ストレスレベルを測定することを含む方法を提供する。認知症はアルツハイマー型認知症であり得るが、これに限定されない。
【0061】
一実施形態において、措置後の酸化ストレスレベル値が、基準値又は措置前の酸化ストレスレベル値と比べて低下している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が低い患者群の酸化ストレスレベル値の平均値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が低い患者群の酸化ストレスレベル値の中央値が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0062】
上記措置としては、物質の投与又は摂取、酸化ストレス低減及び/又は認知症の改善を目指した各種項目等が挙げられる。投与又は摂取される物質としては、医薬、サプリメントを初めとする食品等が挙げられる。酸化ストレス低減及び/又は認知症の改善を目指した各種項目としては、脳機能活性化トレーニング、食事療法、運動療法、音楽療法、睡眠療法、生活習慣改善指導等が挙げられる。上記に挙げた一つ又は複数の措置を被検者に施すことができる。
【0063】
別の実施形態において、措置後の酸化ストレスレベル値が、基準値又は措置前の酸化ストレスレベル値と比べて同じか又は上昇している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が低いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が高い患者群の酸化ストレスレベル値の平均値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が高い患者群の酸化ストレスレベル値の中央値が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0064】
上記措置としては、医薬、サプリメントを初めとする食品等が挙げられる。酸化ストレス低減及び/又は認知症の改善を目指した各種項目としては、脳機能活性化トレーニング、食事療法、運動療法、音楽療法、睡眠療法、生活習慣改善指導等が挙げられる。
【0065】
本発明の認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置のスクリーニング方法においても、MCIリスクインデックス値による検査に、MCIリスクインデックス値による検査をさらに組み合わせることができる。
【0066】
一実施形態において、措置後のMCIリスクインデックス値が、基準値又は措置前のMCIリスクインデックス値と比べて低下している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が低い患者群のMCIリスクインデックス値の平均値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が低い患者群のMCIリスクインデックス値の中央値が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0067】
別の実施形態において、措置後のMCIリスクインデックス値が、基準値又は措置前のMCIリスクインデックス値と比べて同じか又は上昇している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が低いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が高い患者群のMCIリスクインデックス値の平均値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が高い患者群のMCIリスクインデックス値の中央値が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0068】
このため、一つの実施形態において、措置後の酸化ストレスレベルが基準値又は措置前の酸化ストレスレベルと比べて低下しており、かつ措置後のMCIリスクインデックス値が基準値又は措置前のMCIリスクインデックス値と比べて低下している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いと判定することができる。
【0069】
別の実施形態において、措置後の酸化ストレスレベル及びMCIリスクインデックス値のうちの少なくとも一方が基準値又は措置前の酸化ストレスレベル及びMCIリスクインデックス値のうちの少なくとも一方と比べて低下している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いと判定することができる。
【0070】
別の実施形態において、措置後の酸化ストレスレベルが基準値又は措置前の酸化ストレスレベルと比べて同じか上昇しており、かつ措置後のMCIリスクインデックス値が基準値又は措置前のMCIリスクインデックス値と比べて同じか上昇している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が低いと判定することができる。
【0071】
また本発明は、認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置の評価方法であって、措置を施したMCIに罹患している被検者の体液中の10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化トランスサイレチンのトランスサイレチン総量に対する比(CysTTR/TTR比)又は酸化ストレスレベルを測定することを含む方法を提供する。
【0072】
一実施形態において、措置を施した後の酸化ストレスレベル値が、基準値又は措置を施す前の酸化ストレスレベル値と比べて低下している場合に、前記措置はMCIの進行の抑制又は認知症の発症予防若しくは発症遅延に有効である可能性が高いと判定又は評価することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が低い患者群の酸化ストレスレベル値の平均値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が低い患者群の酸化ストレスレベル値の中央値が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0073】
上記措置としては、物質の投与又は摂取、酸化ストレス低減及び/又は認知症の改善を目指した各種項目又はメニュー等が挙げられる。投与又は摂取される物質としては、医薬、サプリメントを初めとする食品等が挙げられる。酸化ストレス低減及び/又は認知症の改善を目指した各種項目又はメニューとしては、脳機能活性化トレーニング、食事療法、運動療法、音楽療法、睡眠療法、生活習慣改善指導等が挙げられる。上記に挙げた一つ又は複数の措置を被検者に施すことができる。
【0074】
別の実施形態において、措置を施した後の酸化ストレスレベル値比が、基準値又は措置を施す前の酸化ストレスレベル値と比べて同じか又は増大している場合に、前記措置はMCIの進行の抑制又は認知症の発症予防若しくは発症遅延に有効である可能性が低いと判定又は評価することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が高い患者群の酸化ストレスレベル値の平均値、MCI患者のうちの酸化ストレスレベル値が高い患者群の酸化ストレスレベル値の中央値が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうち酸化ストレスレベル値が高い患者群と酸化ストレスレベル値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0075】
上記措置としては、物質の投与又は摂取、酸化ストレス低減及び/又は認知症の改善を目指した各種項目又はメニュー等が挙げられる。投与又は摂取される物質としては、医薬、サプリメントを初めとする食品等が挙げられる。酸化ストレス低減及び/又は認知症の改善を目指した各種項目又はメニューとしては、脳機能活性化トレーニング、食事療法、運動療法、音楽療法、睡眠療法、生活習慣改善指導等が挙げられる。上記に挙げた一つ又は複数の措置を被検者に施すことができる。
【0076】
本発明の認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置の評価方法においても、MCIリスクインデックス値による検査に、MCIリスクインデックス値による検査をさらに組み合わせることができる。
【0077】
一実施形態において、措置後のMCIリスクインデックス値が、基準値又は措置前のMCIリスクインデックス値と比べて低下している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が低い患者群のMCIリスクインデックス値の平均値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が低い患者群のMCIリスクインデックス値の中央値が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0078】
別の実施形態において、措置後のMCIリスクインデックス値が、基準値又は措置前のMCIリスクインデックス値と比べて同じか又は上昇している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が低いと判定することができる。かかる基準値としては、例えばMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が高い患者群のMCIリスクインデックス値の平均値、MCI患者のうちのMCIリスクインデックス値が高い患者群のMCIリスクインデックス値の中央値が挙げられ、好ましくは基準値はMCI患者のうちMCIリスクインデックス値が高い患者群とMCIリスクインデックス値が低い患者群を分けるカットオフ値又は閾値である。
【0079】
このため、一つの実施形態において、措置後の酸化ストレスレベルが基準値又は措置前の酸化ストレスレベルと比べて低下しており、かつ措置後のMCIリスクインデックス値が基準値又は措置前のMCIリスクインデックス値と比べて低下している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いと判定することができる。
【0080】
別の実施形態において、措置後の酸化ストレスレベル及びMCIリスクインデックス値のうちの少なくとも一方が基準値又は措置前の酸化ストレスレベル及びMCIリスクインデックス値のうちの少なくとも一方と比べて低下している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が高いと判定することができる。
【0081】
別の実施形態において、措置後の酸化ストレスレベルが基準値又は措置前の酸化ストレスレベルと比べて同じか上昇しており、かつ措置後のMCIリスクインデックス値が基準値又は措置前のMCIリスクインデックス値と比べて同じか上昇している場合に、措置は認知症の発症予防又は発症遅延に有効である可能性が低いと判定することができる。
【0082】
本発明の評価又は検査方法は、患者から時系列で体液を複数回採取(サンプリング)し、各試料におけるCysTTR/TTR比の経時変化を調べることによっても行うことができる。体液の採取間隔は特に限定されないが、例えば、約1日~約3月間の間隔や、1年ごと又は数年ごとの間隔で体液を採取(例えば採血)を行うことができる。
【0083】
以上説明してきたように、現在知られる認知障害の発症を予防したり認知障害の進行を遅延する様々な方法には、酸化ストレスの減少を目標にしているものがあるが、本発明によれば、CysTTR/TTR比を指標として用いることにより、認知症の将来のリスクを発見し、又は認知障害の発症予防若しくは認知障害の進行遅延の効果を測定することができるため、今後認知症の予防医療の発達に資するものである。
【0084】
このように、酸化ストレスレベルに基づく検査と、MCIリスクインデックスに基づく検査により、少量の体液から、MCI又は認知症のリスクを早期に高い確率で判定することができる。
【0085】
本明細書中に引用されているすべての特許出願及び文献の開示は、それらの全体が参照により本明細書に組み込まれるものとする。
【0086】
以下、本発明を実施例を挙げてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【実施例0087】
実施例1 検体サンプルの調製と修飾型トランスサイレチンの測定
(A)検体サンプルからのTTRの免疫沈降
岡山大学脳神経内科学教室で診断された健常者(NC)(120名)、軽度認知障害(MCI)患者(50名)、及びアルツハイマー型認知症(AD)患者(60名)から血清を5μL採取し、Kishikawaら(J. Mass Spectrom. 1996 31: 112-114)に記載の方法により、ウサギ抗TTR抗体(RayBiotech, 119-13077)と混合し、TTRを含む沈殿を回収した。
【0088】
(B)免疫沈降により得られたTTRのトリプシン消化手順
得られた沈殿を10μLの6M塩酸グアニジンにて溶解後、In-Solution Tryptic Digestion and Guanidination Kitを用いて、マニュアルに従いトリプシンによる酵素消化を37℃、18時間行った。システイン化修飾を保護するため、還元アルキル化は行わなかった。
【0089】
(C)消化ペプチドのSID-SRM-MS/MSによる測定方法
得られたトリプシン消化ペプチドに対し、安定同位体標識したシステイン化部位ペプチドTTR10-15(配列:C(-Cys)P{Leu(13C6,15N)}MVK、配列番号2)及びTTR総量を定量するための全TTRペプチドTTR81-103(配列:ALGISPFHEHAEVVFTANDSGP{Arg(13C6,15N4)、配列番号3}、各1pmolを混合した。0.1% v/vとなるようトリフルオロ酢酸を添加した。得られた溶液5uLを三連四重極型質量分析計 Waters Xevo TQ-S micro を接続したマイクロ高速液体クロマトグラフィーACQUITY UPLC I-Classにて分析した。溶離液Aを0.1% ギ酸溶液、溶離液Bを0.1%ギ酸を含むアセトニトリルとした。溶離液Bが1%から60%までのリニアグラジエントによりサンプル3μLを分離し、選択反応モニタリング(Selected Reaction Monitoring: SRM)により血中のTTR由来のペプチドの測定を行った。
【0090】
(D)統計解析、検出性能の評価
得られた各ペプチドのピーク強度から、酸化ストレスレベル値として、10位のシステインにシステインが付加されたシステイン化TTR(図1参照)のTTR総量に対する比(CysTTR/TTR比)を算出した。各群の比較はMann-Whitney U test検定を用い、p<0.05を統計学的に有意とした。
【0091】
(E)健常者、MCI患者、及びAD患者のそれぞれの群のMCIリスクインデックスは、配列番号4,5,15の3つのペプチドを用いて、Journal of Alzheimer's Disease 73, 217-227 (2019)に従って回帰式を構築し、診断性能が最良となる最適式から計算した。
【0092】
(F)結果
図2に示されるように、健常者、MCI患者、及びAD患者のそれぞれの群のMCIリスクインデックスは症状が進行するにつれて増大することが確認された。健常者とMCI患者のカットオフ値は0.465(MCI/健常者のペプチド強度比, 3.86、p<0.001,Mann-Whitney's U-test)であり、健常者とAD患者のカットオフ値は0.489であった(AD/健常者のペプチド強度比4.63、p<0.001、Mann-Whitney's U-test)
図3に示されるように、修飾トランスサイレチンのTTR総量に対する比(CysTTR/TTR比)×100(%)で表される酸化ストレスレベル値は、それぞれ健常群(45.6±3.7%)、MCI群(49.8±4.5%)及びAD群(49.5±5.9%)であり、MCI群とAD群はともに、健常群と比較して酸化ストレスレベル値が有意に上昇した(それぞれp=2.232E-07, 1.161E-06)。
【0093】
さらに、MCI群の患者をMCIリスクインデックス値に基づいて分類すると、高MCIリスクインデックス値群(インデックス値>=0.5、N=27)の酸化ストレスレベル値は52.1±4.3%であり、低MCIリスクインデックス値群(インデックス値<0.5、N=23)の酸化ストレスレベル値は48.2±1.7%であり、高MCIリスクインデックス値群は低MCIリスクインデックス値群に比べると酸化ストレスレベル値が有意に高く(p=0.0013)、また両群とも健常群に比べると酸化ストレスレベル値が有意に高かった(それぞれp=2.259E-06, 4.445E-06)。
【0094】
この結果から、MCI患者の中でも、CysTTR/TTR比が高い被検者は、CysTTR/TTR比が低い被検者よりもMCIリスクインデックス値が有意に高く、認知症へ移行するリスクが高いと言える。
【0095】
次に、MCIリスクインデックス値に基づいて、図3のMCI群(N=50)を高MCIリスクインデックス値群(インデックス値>=0.5、N=27)と低MCIリスクインデックス値群(インデックス値<0.5、N=23)に分類したのち、両群を酸化ストレスレベルの値でROC解析を行った結果、図4に示されるように、カットオフ値51.2%、AUC(0.744)、感度(54.2%)、特異度(100%)、有意差(p=0.0008)でMCI群を有意に区別することができるという驚くべき結果が得られた。
【0096】
以上の成績から図5に示したように、MCIをMCIリスクインデックス値の閾値(0.5)と酸化ストレスレベル値の閾値(51.2%)によって3グループに分けることができる。この3グループはMCIの進行度(3ステージ)を反映している。まず健常者が、酸化ストレスレベル値が有意に上昇してMCIステージ1(MCI Stg 1:MCIリスクインデックス値 < 0.5かつ酸化ストレスレベル値 < 51.2%を満たす状態)に至り、次に酸化ストレスレベル値は変動せずにMCIリスクインデックス値が上昇するステージであるMCIステージ2(MCI Stg 2:MCIリスクインデックス値 >= 0.5 かつ酸化ストレスレベル値 < 51.2%)を満たす状態)を経た後、酸化ストレスレベル値がさらに有意に上昇することでMCIステージ3(MCI Stg 3:MCIリスクインデックス値 >=0.5かつ酸化ストレスレベル値 >=51.2%)を満たす状態)に達した後に、アルツハイマー型認知症の発症に至るステージを示している。MCIステージ3(N=27)とアルツハイマー型認知症(N=60)を比較すると、酸化ストレスレベル値に有意差は認められなかったが、MCIリスクインデックス値は認知症で有意に低かった。
【0097】
従って、本発明により世界で初めてMCIの3つのステージ(病期)と、各ステージの基準が提供された。それによりステージの特性に対応した最適な認知症の発症予防又は発症遅延に有効な措置の開発が可能になる。
本実施例は、CysTTR/TTR比が、患者の血中酸化ストレスの指標として、MCIに対する酸化ストレスの影響の検証に使用できることを示唆している。
このCysTTR/TTR比の測定により、抗酸化物質を含むサプリメント等の物質の服用による血中酸化ストレス低減効果を判定したり、さらにProtoKey(登録商標)認知症リスク検査との併用により、酸化ストレスレベル値の低減がMCIに与える影響を検証できる可能性が示唆され、今後の認知症予防法における予防効果の確認への利用が期待される。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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