(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022070044
(43)【公開日】2022-05-12
(54)【発明の名称】金属部材の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2055 20180101AFI20220502BHJP
【FI】
G01N23/2055 310
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020179055
(22)【出願日】2020-10-26
(71)【出願人】
【識別番号】390029089
【氏名又は名称】高周波熱錬株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100108062
【弁理士】
【氏名又は名称】日向寺 雅彦
(74)【代理人】
【識別番号】100168332
【弁理士】
【氏名又は名称】小崎 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100146592
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100157901
【弁理士】
【氏名又は名称】白井 達哲
(74)【代理人】
【識別番号】100172188
【弁理士】
【氏名又は名称】内田 敬人
(74)【代理人】
【識別番号】100197538
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 功
(74)【代理人】
【識別番号】100176751
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 耕平
(72)【発明者】
【氏名】井戸原 修
(72)【発明者】
【氏名】工藤 翔真
(72)【発明者】
【氏名】村川 勉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 敏彦
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA22
2G001CA01
2G001DA09
2G001GA06
2G001KA07
2G001KA10
2G001LA02
(57)【要約】
【課題】金属部材の評価を効率的に行うことができる金属部材の評価方法を提供する。
【解決手段】金属部材1の評価方法は、金属部材1にX線10を照射することによりデバイ環12を取得する工程と、デバイ環12における周方向の位置と回折強度との関係に基づいて金属部材1の結晶粒の大きさを推定する工程と、を備える。結晶粒の大きさを推定する工程は、デバイ環12における回折強度を周方向の位置に関してフーリエ級数展開することによりフーリエ係数を算出する工程と、所定の周波数以下の周波数について低次項部分の平均値を算出する工程と、前記平均値に基づいて前記結晶粒の大きさを推定する工程と、を有する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属部材にX線を照射することによりデバイ環を取得する工程と、
前記デバイ環における周方向の位置と回折強度との関係に基づいて前記金属部材の結晶粒の大きさを推定する工程と、
を備え、
前記結晶粒の大きさを推定する工程は、
前記デバイ環における回折強度を前記周方向の位置に関してフーリエ級数展開することによりフーリエ係数を算出する工程と、
所定の周波数以下の周波数について低次項部分の平均値を算出する工程と、
前記平均値に基づいて前記結晶粒の大きさを推定する工程と、
を有する金属部材の評価方法。
【請求項2】
前記平均値に基づいて前記結晶粒の大きさを推定する工程は、予め取得した前記平均値と前記結晶粒の大きさを表す指標との関係を表す数式に、前記平均値を代入する工程を有する請求項1に記載の金属部材の評価方法。
【請求項3】
前記指標は、結晶粒径又は結晶粒度番号である請求項2に記載の金属部材の評価方法。
【請求項4】
前記デバイ環の中心の位置に基づいて前記金属部材の残留応力を推定する工程を更に備える請求項1乃至3のいずれか1つに記載の金属部材の評価方法。
【請求項5】
前記デバイ環における径方向の位置と回折強度との関係に基づいて前記金属部材の表面硬さを推定する工程を更に備える請求項1乃至3のいずれか1つに記載の金属部材の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、金属部材の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属材料からなる評価対象のX線回折像に基づいて、前記評価対象の結晶粒径を評価する結晶粒径評価方法として、(a)前記評価対象について、X線回折像としてデバイ環を得るステップと、(b)前記評価対象について、前記(a)のステップで得た前記デバイ環の周方向におけるX線回折強度分布の標準偏差を求めるステップと、(c)前記(b)のステップで求めた前記評価対象の標準偏差と、予め求められた結晶粒径と標準偏差との関係を示すマスターカーブとから、前記評価対象の結晶粒径を求めるステップと、を備える、結晶粒径評価方法が知られている(特許文献1)。
【0003】
また、対象とする測定対象物に向けてX線を出射するX線出射器と、前記X線出射器から前記測定対象物に向けてX線を照射して、前記測定対象物にて発生したX線の回折光を、前記X線出射器から出射されるX線の光軸に対して垂直に交差する撮像面にて受光し、前記撮像面に前記X線の回折光の像であるデバイ環を形成するデバイ環形成手段とを備えたX線回折装置を用いた測定対象物の表面硬さ評価方法において、前記デバイ環形成手段によりデバイ環を形成するデバイ環形成ステップと、前記デバイ環形成ステップにより形成されたデバイ環におけるX線の回折光の強度に相当する強度の分布を検出するデバイ環強度分布検出ステップと、前記デバイ環強度分布検出ステップにより検出された強度分布に基づいて、前記デバイ環の半径方向における強度分布に基づく幅であるデバイ環幅を前記デバイ環の複数の箇所で算出して平均するデバイ環幅計算ステップと、前記デバイ環幅計算ステップにより得られたデバイ環幅の平均値と、予め取得されている前記デバイ環幅と表面硬さの関係とを用いて測定対象物の表面硬さを算出する表面硬さ計算ステップとを行うことを特徴とする測定対象物の表面硬さ評価方法も知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2018-72214号公報
【特許文献2】特開2016-42050号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の実施形態の目的は、金属部材の評価を効率的に行うことができる金属部材の評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の実施形態に係る金属部材の評価方法は、金属部材にX線を照射することによりデバイ環を取得する工程と、前記デバイ環における周方向の位置と回折強度との関係に基づいて前記金属部材の結晶粒の大きさを推定する工程と、を備える。前記結晶粒の大きさを推定する工程は、前記デバイ環における回折強度を前記周方向の位置に関してフーリエ級数展開することによりフーリエ係数を算出する工程と、所定の周波数以下の周波数について低次項部分の平均値を算出する工程と、前記平均値に基づいて前記結晶粒の大きさを推定する工程と、を有する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の実施形態によれば、金属部材の評価を効率的に行うことができる金属部材の評価方法を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】金属部材にX線を照射してデバイ環を取得する工程を示す図である。
【
図2】(a)~(d)は、金属部材の結晶粒径がデバイ環に及ぼす影響を示す図である。
【
図3】(a)及び(b)は、横軸にデバイ環における角度θをとり、縦軸に回折X線11の強度をとって、X線の回折強度の角度依存性を示すグラフである。
【
図4】横軸に周波数をとり、縦軸に振幅スペクトルノルムをとって、フーリエ係数を示すグラフである。
【
図5】(a)及び(b)は、横軸に振幅スペクトルノルムの平均値をとり、縦軸に結晶粒径又は結晶粒度番号をとって、金属部材の振幅スペクトルノルムの平均値が結晶粒の大きさに及ぼす影響を示すグラフである。
【
図6】(a)及び(b)は、金属部材の残留応力がデバイ環に及ぼす影響を示す図である。
【
図7】cosα法によるデバイ環測定のX線光学系を示す概念図である。
【
図8】(a)~(d)は、金属部材の組織がデバイ環に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本実施形態においては、金属部材にX線を照射してデバイ環を取得し、取得したデバイ環を解析することにより、結晶粒の大きさを推定して評価する。
【0010】
(デバイ環を取得する工程)
図1は、金属部材にX線を照射してデバイ環を取得する工程を示す図である。
図1に示すように、評価対象材として、金属部材1を準備する。金属部材1は金属又は合金からなり、例えば、焼入処理が施された鋼材である。焼入処理は、例えば、高周波焼入である。但し、焼入処理は高周波焼入には限定されず、金属部材1は焼入処理が施された鋼材には限定されない。
【0011】
一例では、金属部材1は炭素鋼からなり、室温からオーステナイト領域まで加熱された後、急冷されたものである。このため、金属部材1は、結晶粒が微細であり、マルテンサイトが生成し、残留応力が発生していると予想されるが、実際の結晶構造等は未知である。
【0012】
金属部材1に対して、X線10を照射する。そして、金属部材1によりブラッグの法則に従って回折した回折X線11を、2次元検出器により全周検出することで、デバイ環12が取得される。
なお、前述した検出は、2次元検出器には限られず、1次元検出器でも可能であるが、測定時間を短縮可能な2次元検出器を用いることが好ましい。また、2次元検出器もIP(イメージングプレート)及び半導体検出器等があるが、その種類は特に限定されない。また、中心角が推定できかつ強度の角度依存性が推察される量であれば全周検出は必ずしも必要ではない。
【0013】
(結晶粒の大きさを推定する工程)
次に、取得されたデバイ環12により、金属部材1の結晶粒の大きさを推定する。
【0014】
この工程においては、予め、デバイ環の性状と結晶粒の大きさとの関係を表す標準曲線を取得しておく。そして、この標準曲線を用いることにより、デバイ環の性状から結晶粒の大きさを推定する。
【0015】
以下、標準曲線の取得方法について説明する。
先ず、いくつかの金属部材をサンプルとして使用し、デバイ環を取得すると共に、組織観察を行う。デバイ環の取得方法は、上述のとおりである。組織観察は、例えば、金属部材における所定の領域を光学顕微鏡又は電子顕微鏡で観察することによって行う。そして、観察した結晶粒の大きさを適当な指標で表す。
【0016】
この指標としては、例えば、結晶粒径又は結晶粒度番号を用いることができる。結晶粒径としては、例えば、顕微鏡画像を画像処理することによって、結晶粒の長径の最頻値を求める。結晶粒度番号は、例えば、日本工業規格 JIS 0551(2013年)「鋼-結晶粒度の顕微鏡試験方法」により規定されている。
【0017】
図2(a)~(d)は、金属部材の結晶粒径がデバイ環に及ぼす影響を示す図である。
図2(a)はある金属部材の結晶粒を模式的に示す図であり、(b)は(a)に示す金属部材のデバイ環を示す図であり、(c)は他の金属部材の結晶粒を模式的に示す図であり、(d)は(c)に示す金属部材のデバイ環を示す図である。
【0018】
図2(a)及び(c)は、金属部材を顕微鏡により組織観察して得られた画像をなぞった模式図であり、実線は結晶粒界を表している。
図2(a)と(c)の倍率は同じである。また、
図2(b)及び(d)に示すように、デバイ環12における周方向の位置は、角度θで表す。
【0019】
図2(a)及び(b)に示すように、結晶粒が相対的に小さい場合には、デバイ環12における周方向の位置、すなわち(例えば、
図2(b)の横軸の(+)側の線のデバイ環12の位置を0°とし、
図2(b)の縦軸の(+)方向に向かった)角度θ(以下同じ)に関して、回折X線11の強度は略均一に分布する。これは、X線10が多数の結晶粒に照射されることにより、回折X線11の回折方向が分散するためと考えられる。
【0020】
一方、
図2(c)及び(d)に示すように、結晶粒が相対的に大きい場合には、デバイ環12における周方向の位置(角度θ)に関して、回折X線11の強度は不均一に分布する。
図2(d)において、領域12aにおける回折X線11の強度は、領域12bにおける回折X線11の強度よりも高い。これは、X線10が照射される結晶粒が少数であり、回折X線の回折方向がこの少数の結晶粒の結晶方位に依存したためと考えられる。
【0021】
図3(a)及び(b)は、横軸にデバイ環における角度θをとり、縦軸に回折X線11の強度をとって、X線の回折強度の角度依存性を示すグラフである。
図3(a)は
図2(a)及び(b)に示すような結晶粒が相対的に小さい金属部材の測定結果であり、
図3(b)は
図2(c)及び(d)に示すような結晶粒が相対的に大きい金属部材の測定結果である。
【0022】
図3(a)及び(b)に示すように、相対的に、結晶粒が大きい金属部材におけるX線回折強度の角度依存性は、結晶粒が小さい金属部材におけるX線回折強度の角度依存性よりも大きい。
【0023】
次に、
図3(a)及び(b)に示すようなデバイ環における周方向に、一周を360秒としてX線回折強度について、フーリエ級数展開を行う。
図4は、横軸に周波数をとり、縦軸に振幅スペクトルノルムをとって、フーリエ係数を示すグラフである。
図4には、焼入処理前の加熱温度が異なる8つのサンプルの結果を示している。
図4の横軸は周波数を、縦軸は各周波数におけるフーリエ係数の絶対値を振幅スペクトルノルムとして表している。
【0024】
次に、
図4に示すフーリエ係数のうち、低周波領域の低次項部分の平均値を算出する。具体的には、所定の周波数ωtを設定し、この周波数ωt以下の周波数について、低次項部分の平均値を算出する。なお、この平均値は、周波数ωt以下の各周波数におけるフーリエ係数の積分値としてもよい。本実施形態においては、周波数ωtを0.011111Hzとする。前記所定の周波数ωtは、例えば、評価する金属部材の種類によって適時設定することができる。
【0025】
次に、
図5に示すような低次項部分の平均値と結晶粒径との関係について標準曲線を求める。
図5(a)は、横軸に振幅スペクトルノルムの平均値をとり、縦軸に結晶粒径をとって、金属部材の振幅スペクトルノルムの平均値が結晶粒の大きさに及ぼす影響を示すグラフである。
図5(b)は、横軸に振幅スペクトルノルムの平均値をとり、縦軸に結晶粒度番号をとって、金属部材の振幅スペクトルノルムの平均値が結晶粒の大きさに及ぼす影響を示すグラフである。
図5(a)及び(b)は、同じサンプルを用いた結果であり、結晶粒の大きさの指標のみが異なっている。
【0026】
図5(a)及び(b)に示すように、金属部材の振幅スペクトルノルムの平均値が大きいほど、結晶粒径が大きい、すなわち、結晶粒度番号が小さい。振幅スペクトルノルムの平均値が大きいということは、X線回折強度と角度θとの関係において低周波成分が強いことを意味し、角度θについてのX線回折強度の偏りが強いことを意味している。すなわち、
図2(a)及び(b)に示す状態よりも、
図2(c)及び(d)に示す状態に近いことを意味している。
【0027】
次に、振幅スペクトルノルムの平均値と結晶粒径又は結晶粒度番号との関係を定式化し標準曲線とする。
一例として
図5(a)及び(b)に、最小二乗法を用いて二次関数に線形回帰した標準曲線を示す。例えば、
図5(a)に示す結果からは下記数式(1)が得られる。また、
図5(b)に示す結果からは下記数式(2)が得られる。下記数式(1)及び(2)においては、振幅スペクトルノルムの平均値をxとし、結晶粒径又は結晶粒度番号をyとし、決定係数をR
2としている。
【0028】
【0029】
【0030】
このようにして、いくつかのサンプルから、デバイ環の性状と結晶粒の大きさとの関係を規定する標準曲線を取得する。
【0031】
このような標準曲線を取得することにより、以後、金属部材についてデバイ環を取得すれば、結晶粒の大きさを推定できる。すなわち、デバイ環(
図2(b)及び(d))から、周方向の位置(角度θ)と回折X線の強度との関係(
図3(a)及び(b))を求め、この関係をフーリエ級数展開してフーリエ係数(
図4)を求める。次に、周波数ωt以下の周波数について低次項部分の平均値を算出し、上記数式(1)又は(2)に代入することにより、結晶粒の大きさを推定する(
図5(a)及び(b))。この推定は、非破壊で行うことができる。なお、本実施形態においては、結晶粒の大きさの指標として、結晶粒径及び結晶粒度番号を用いたが、これには限定されない。また,標準曲線に二次関数を用いたが,これには限定されない。
【0032】
(残留応力を推定する工程)
また、デバイ環を取得する工程で、取得されたデバイ環12より、Cosα法を用いて、金属部材1の残留応力を推定することが好ましい。
図6(a)及び(b)は、金属部材の残留応力がデバイ環に及ぼす影響を示す図である。
【0033】
図6(a)は残留応力が比較的小さい金属部材のデバイ環を示す。デバイ環12は、略真円に沿って分布しており、デバイ環12の中心12oはX線10の入射線上に位置している。
図6(a)に対応する金属部材1の残留応力値は、例えば6MPaの引張応力である。
【0034】
図6(b)は残留応力値が比較的大きい金属部材のデバイ環を示す。
図6(b)に対応する金属部材1の残留応力値は例えば1001MPaの圧縮応力である。なお、
図6(b)においては、比較のために、
図6(a)に示すデバイ環を破線で示している。
そして、Cosα法を用いて、X線照射点のx軸方向の垂直応力(以下、σ
xという)を算出する。垂直応力σ
xは、Journal of the Society of Materials Science, Japan),Vol.64,No.7,pp.560-566,July 2015の2.1に記載の方法により求めることができる。
【0035】
以下に、Journal of the Society of Materials Science,Japan),Vol.64,No.7,pp.560-566,July 2015の2.1に記載のCosα法を引用する。
図7に、cosα法によるデバイ環測定のX線光学系を示す。
主軸からφ
0およびψ
0で示される方向から原点Oへ、IPの中心にあけた穴を通して測定試料にX線を照射し、試料から発生するデバイ環(デバイ管)をIPに撮像したとする。X線入射方向から見て、-η方向から時計回りに、θの角度方向の回折X線に対応するひずみをε
αで表すと、試料のひずみによるデバイ環の変化は、粉末のそれと比較すると
図6(b)のようなイメージとなる。
【0036】
デバイ環上の各中心角におけるひずみは、ブラッグ角θを用いて
と表される。ただし、Δθは試料のひずみによって引き起こされた回折角の変化である。また、鉄鋼などの金属材料では、X線の侵入深さが数μmと浅いので、多くの場合平面応力状態が仮定できる。その場合、式(3)で求められるε
αから
なる量を定義すると
という関係が成り立つ。ただしE,νは、試料のX線的なヤング率及びポアソン比(具体的な数値については、例えば JSMS-SD-5-02,”Standard for X-ray stress measurement(2002)-iron and steel-“,(2002) Journal of the Society of Materials Science, Japan.など), ηはBragg角の余角, σ
xはX線照射点のX軸方向の垂直応力である。式(5)より、cosαを横軸に取り、a
1を縦軸にプロットすると直線関係が成り立つ。
その直線の傾き記号(∂a
1/∂cosα)を用いると、式(5)から
となり、σ
xを求めることができる。
【0037】
そして、その円は入射線上、一方向にシフトする(例えば、
図6(b)参考)。また、その残留応力の絶対値が大きくなるにしたがって、円形状の長軸と短軸の比は大きくなり、垂直応力σ
xの度合いも大きくなる。残留応力が圧縮の場合と引張の場合ではシフトする方向が逆であるため、その区別が可能である。
【0038】
以上から、デバイ環12の形状は円になっており、その位置はX線10の入射線からずれている。
図6(b)に対応する金属部材1の残留応力値は例えば1001MPaの圧縮応力である。なお、
図6(b)においては、比較のために、
図6(a)に示すデバイ環を破線で示している。
【0039】
金属部材1内に残留応力が生じていると、残留応力の方向に沿って結晶格子が歪むため、デバイ環が円に変形する。本実施形態においては、この垂直応力σxを測定することにより、金属部材1の残留応力を推定する。一般に、圧縮方向の残留応力は金属部材1の耐久性を向上させる。
【0040】
金属部材1の残留応力を推定する方法としては、例えば、垂直応力σxから金属部材1の金属組織を推定し、これに基づいて残留応力値を推定する方法がある。具体的には、垂直応力σxに所定の閾値を設けて、金属部材1の垂直応力σxが当該閾値を超えた場合は、加熱・急冷処理により、金属部材1に加熱・急冷処理前の金属組織とは異なる金属組織(例えば、上記一例ではマルテンサイト)が生成したと推定する。そして、この金属組織の推定結果から、残留応力値を推定する。金属組織と残留応力値との関係は、予め取得しておく。
【0041】
または、事前に垂直応力σxと残留応力値との関係式を取得してもよい。具体的には、金属部材1と同じ材質及び形状の試験材を準備し、残留応力値を測定する。次に、この試験材に加熱・急冷処理を施し、その後、再び残留応力値を測定する。そして、加熱・急冷処理の前後の残留応力値の差、すなわち、加熱・急冷処理後の残留応力値から加熱・急冷処理前の残留応力値を減じた値を算出する。一方、この試験材について、上述の垂直応力σxを測定する。このような予備試験を複数の試験材について行うことにより、残留応力値の差と垂直応力σxとの関係を表す関係式または関係を表す図を作成する。本実施形態においては、未知の金属部材1の垂直応力σxを測定し、上述の関係式に代入するか図に当てはめれば、残留応力値の差を推定することができる。
【0042】
なお、垂直応力σxではなく、せん断応力τxyやX線照射点のy軸方向の垂直応力σyを求めて、せん断応力τxyや垂直応力σyにより上記残留応力値を推定してもよい。
せん断応力τxyや垂直応力σyは、T.Sasaki and Y.Hirose, "X-ray triaxial stress analysis using whole diffraction ring detected with imaging plate”, Journal of the Society of Materials Science, Japan, Vol.61, No.590,p/2288(1995)により求めることができる。
【0043】
(表面硬さを推定する工程)
また、デバイ環を取得する工程で、取得されたデバイ環12により、金属部材1の表面の硬さを推定することが好ましい。
図8(a)~(d)は、金属部材の組織がデバイ環に及ぼす影響を示す図である。
図8(a)はフェライト及びパーライト組織を持つ金属部材のデバイ環を示す図であり、(b)は(a)に示すA-A’線に沿った強度分布図であり、(c)はマルテンサイト及びパーライト組織を持つ金属部材のデバイ環を示す図であり、(d)は(c)に示すB-B’線に沿った強度分布図である。
図8(b)及び(d)の横軸はデバイ環12の径方向の位置を表し、縦軸は回折X線11の強度を表す。デバイ環の径方向の位置は、θ-2θ法における回折角度2θに相当する。
【0044】
図8(a)及び(b)に示すように、フェライト及びパーライト組織を持つ金属部材(試料1)のデバイ環においては、径方向における強度分布のピークが急峻であり、半価幅Haが相対的に小さい。これは、フェライトを主体とする組織においては、結晶の格子歪みが小さく、結晶面間隔が均一であるためである。一般に、このような金属部材は、表面硬さが低く軟質である。
【0045】
これに対して、
図8(c)及び(d)に示すように、マルテンサイト及びパーライト組織を持つ金属部材(試料2)のデバイ環においては、径方向における強度分布のピークがブロードであり、半価幅Hbが相対的に大きい。これは、マルテンサイトを含む組織においては、焼入時に不均一ひずみ(歪)が導入され、結晶面間隔が不均一であるためである。一般に、このような金属部材は、表面硬さが高く硬質である。
【0046】
表1に、
図8(a)~(d)に示すデバイ環に対応する金属部材の組織、デバイ環の半価幅及びビッカース硬度を示す。
【0047】
【0048】
このように、金属部材の組織とデバイ環の半価幅と表面硬さには、相関関係が存在する。このため、デバイ環の半価幅を測定することにより、表面硬さを推定することができる。なお、本実施形態においては、デバイ環における径方向の位置と強度との関係、すなわち強度分布を表す指標として半価幅を用いたが、他の指標を用いてもよい。
【0049】
金属部材1の表面硬さの推定は、具体的には、例えば、半価幅に所定の閾値を設けて、半価幅の測定値が当該閾値を超えた場合は、加熱・急冷により金属部材1に他の金属組織(例えば上記一例ではマルテンサイト)が生成したと判断して、表面硬さを推定してもよい。または、事前に、金属部材1と等価な試験材について加熱・急冷処理後の表面硬さの値を測定しておき、また、この試験材について半価幅を測定しておき、表面硬さと半価幅との関係を表す関係式または図を作成しておいてもよい。本実施形態においては、金属部材1についての半価幅の測定値を、上述の関係式に代入するか図に当てはめることにより、金属部材1の表面硬さを推定することができる。
【0050】
(実施形態の効果)
以上説明したように、本実施形態によれば、金属部材1にX線10を照射してデバイ環12を取得することにより、結晶粒の大きさを推定することができる。これにより、金属材料の評価を効率的に行うことができる。また、金属部材1にX線10を照射してデバイ環12を取得することにより、金属部材1の残留応力も推定することができる。すなわち、結晶粒の大きさと残留応力の2つの評価項目を同時に推定することができる。
【0051】
また、金属部材1にX線10を照射してデバイ環12を取得することにより、表面硬さも推定することができる。すなわち、結晶粒の大きさと表面硬さの2つの評価項目を同時に推定することができる。
更に、金属部材1にX線10を照射してデバイ環12を取得することにより、金属部材1の残留応力及び表面硬さも推定することができる。すなわち、結晶粒の大きさ、残留応力及び表面硬さの3つの評価項目を同時に推定することができる。
また、金属部材を非破壊で簡易に検査することができる。この結果、金属部材1の製造ラインにおいて、オンラインによる全数検査を実施することも可能となる。
【0052】
また、本実施形態においては、デバイ環における周方向における位置(角度θ)と回折X線の強度との関係をフーリエ級数展開し、低周波領域における低次項部分の平均値を求めることにより、結晶粒の大きさを推定することができる。上記数式1及び2、並びに、
図5(a)及び(b)に示すように、これらの標準曲線の決定係数は十分に大きく、実際の観察結果との整合性が良好である。このため、デバイ環から結晶粒の大きさを精度よく推定できる。
【0053】
なお、上述の残留応力を指定する工程、表面硬さを推定する工程、及び、結晶粒の大きさを推定する工程の実施順序は任意である。また、これらの3つの工程のうち、1つ又は2つを省略してもよい。更に、これらの3つの工程に加えて、他の特性を評価してもよい。
【符号の説明】
【0054】
1:金属部材
10:X線
11:回折X線
12:デバイ環
12a、12b:領域
12o:デバイ環の中心
θ:角度
Ha、Hb:半価幅