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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022070116
(43)【公開日】2022-05-12
(54)【発明の名称】芽胞菌の栄養細胞検出方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20220502BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20220502BHJP
【FI】
C12Q1/06
C12N1/20 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020179154
(22)【出願日】2020-10-26
(71)【出願人】
【識別番号】591030651
【氏名又は名称】水ing株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 美奈子
(74)【代理人】
【識別番号】100141265
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 有紀
(72)【発明者】
【氏名】仲田 弘明
(72)【発明者】
【氏名】北澤 卓也
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ05
4B063QQ16
4B063QQ18
4B063QQ19
4B063QQ20
4B065AA19X
4B065BD08
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】芽胞菌と芽胞菌以外の雑菌を含むサンプルから、栄養細胞の状態の芽胞菌を簡便に検出できる方法を提供する。
【解決手段】芽胞菌と芽胞菌以外の雑菌とを含むサンプルを40~55℃の範囲の温度に加熱することにより低温加熱殺菌し(工程(A))、低温加熱殺菌後のサンプルを用いて平板塗抹培養を行い(工程(B))、平板塗抹培養により形成されたコロニーの中から芽胞菌の栄養細胞のコロニーを検出する(工程(C))。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
芽胞菌と芽胞菌以外の雑菌とを含むサンプルを40~55℃の範囲の温度に加熱することにより低温加熱殺菌を行う工程(A)、
前記工程(A)の低温加熱殺菌後のサンプルを用い平板塗抹培養を行う工程(B)、および
前記工程(B)の平板塗抹培養により形成された芽胞菌の栄養細胞のコロニーを検出する工程(C)
を含む、芽胞菌の栄養細胞の検出方法。
【請求項2】
前記工程(C)において、芽胞菌の栄養細胞のコロニーを計数することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記芽胞菌が、バチルス属細菌を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記バチルス属細菌が、枯草菌(Bacillus subtilis)を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記枯草菌が、受託番号NITE P-02798で寄託されているバチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)B-11-3株を含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(A)における低温加熱殺菌を、40~50℃の範囲に加熱することにより行うことを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記サンプルが、活性汚泥である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性汚泥、土壌、植物体、動物体、水域、食品に生息する芽胞菌の栄養細胞を簡易的に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
芽胞菌(すなわち、芽胞を形成することができる菌)は、活性汚泥、土壌、植物体、動物体、水域、食品など自然界に広範囲に生息しており、枯草菌、炭疽菌、セレウス菌などのバチルス属細菌やアセトン・ブタノール菌、破傷風菌などのクロストリジウム属細菌などのグラム陽性細菌の一部は芽胞菌に該当することが知られている。芽胞菌は、栄養源、pH、温度、溶存酸素などの環境が整っていれば、活動状態の形態すなわち栄養細胞として生育・増殖を行い、逆に環境が整っていなければ、休眠状態の形態すなわち芽胞を形成することが知られている。芽胞は、環境負荷に対する耐性が極めて高く、高温、乾燥、pH変動などの通常の細菌が死滅するような高負荷下においても休眠状態を維持することにより生き残ることができる。芽胞菌は、芽胞の状態にある間は増殖することはできないが、環境負荷が取り除かれると、芽胞から再び栄養細胞に戻り、生育・増殖を再開することができる。
【0003】
芽胞菌の一種であるバチルス属細菌は、従来から産業に使用されている。例えば、排水を処理するための薬品の一つとして、芽胞菌の一種であるバチルス属細菌を用いた微生物製剤がある。バチルス属細菌は、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)やリパーゼ(油脂分解酵素)などの分解酵素を多量に分泌するため、高濃度のタンパク質や油脂を含有する排水処理用の曝気槽にバチルス属細菌を含有する微生物製剤を添加することにより、排水中のタンパク質や油脂の分解を促進することができる。また、バチルス属細菌の一種である枯草菌(B. subtilis)は、納豆などの発酵食品の製造に使用されている。このようにバチルス属細菌の一部は排水処理や発酵食品の製造などに積極的に用いられているが、一方で、バチルス属細菌の全てが産業上有用とは限らず、例えば炭疽病を引き起こす炭疽菌(B. anthracis)や、食中毒を引き起こすをセレウス菌(B. cereus)などの病原菌もバチルス属細菌の一種であり、芽胞菌に含まれる。
【0004】
バチルス以外の代表的な芽胞菌としてはクロストリジウム属細菌を挙げることができる。クロストリジウム属細菌には、例えばアセトン・ブタノール発酵により産業上有用なアセトン・ブタノール生産を行うアセトン・ブタノール菌(C. acetobutylicum)が含まれる一方で、破傷風を引き起こす破傷風菌(C.tetani)などの病原菌も含まれ、いずれも芽胞菌である。
【0005】
これら産業上有用であったり又は病気の原因となる芽胞菌は、自然界では通常芽胞菌以外の雑菌と共に存在している。各種産業において有効に活動し得る芽胞菌の数を測定したり、あるいは、病気の原因となる芽胞菌の数を測定するために、多様な共存する雑菌の中から、芽胞菌を迅速かつ簡便に検出・計数できる方法の開発が望まれている。
【0006】
国際公開第2015/037578号(特許文献1)には、アリザリンレッドS、オーラミンOなどの蛍光染色剤とアルコール脱色剤を用いて、試料中の芽胞を染色したのち蛍光観察を行うことによる芽胞検出方法についての記載がある。
【0007】
特開2019-103491号公報(特許文献2)には、環境中から採取された枯草菌を含むサンプルを芽胞菌が残存するように例えば60~100℃の温度で加熱するなどして殺菌し、さらに2種類の培地を用いて培養して枯草菌を単離する方法についての記載がある。
【0008】
「防菌防黴ハンドブック、日本防菌防黴学会編、pp.901-902(1986)」(非特許文献1)には、芽胞菌の含まれている試料を沸騰水中に入れ10分間加熱したのち標準寒天培地で混釈培養し、芽胞菌の菌数を計測する方法についての記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2015/037578号
【特許文献2】特開2019-103491号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】防菌防黴ハンドブック、日本防菌防黴学会編、pp.901-902(1986)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に記載の方法は、芽胞菌の芽胞と栄養細胞とを識別して芽胞のみを迅速に検出するものであり、芽胞のみを特異的に染色する蛍光染色剤を用いている。この方法は、食品などの殺菌後にも残存し得る芽胞を検出することに利用できるが、この方法では芽胞菌の栄養細胞は染色されず、検出もされない。例えば排水処理や発酵食品の製造の際には、実際には芽胞の状態の芽胞菌ではなく栄養細胞の状態の芽胞菌の活動が利用されるため、芽胞菌の芽胞のみではなく栄養細胞も併せて検出できることが好ましい。また、特許文献1に記載の方法では蛍光染色した芽胞を検出するための蛍光観察装置を必要とするが、そのような特殊な装置がない状況下でも芽胞菌の芽胞と栄養細胞とを検出できることが好ましい。
【0012】
特許文献2に記載の方法は、枯草菌の耐熱性を利用して加熱処理により枯草菌以外の雑菌を死滅させ、生き残った枯草菌の芽胞を発芽させて増殖させることを含む。特許文献2で用いられるような60~100℃という高温での加熱では雑菌と共に栄養細胞の状態にある芽胞菌も死滅する。したがって、特許文献2に記載の方法では、特許文献1の方法と同様に、芽胞ではない栄養細胞を検出することはできない。
【0013】
また、非特許文献1に記載の方法も、特許文献2に記載の方法と同様に、芽胞菌の耐熱性を利用して加熱処理により雑菌を死滅させてから、芽胞の状態で生き残った芽胞菌の数のみを計測する方法であり、沸騰水中(100℃)では雑菌と共に芽胞菌の栄養細胞も死滅するため、栄養細胞を検出することはできない。
【0014】
特許文献1、2および非特許文献1に記載されるように、従来は、芽胞菌の芽胞の状態での耐熱性や染色性を生かして、共存する雑菌の中から芽胞菌の芽胞のみを検出する方法が広く用いられていた。しかし、実際に芽胞菌が増殖・活動を行うのは、芽胞として休眠状態にあるときではなく、栄養細胞として活動状態にあるときである。排水処理や発酵食品の製造には、上述した通り、芽胞の状態の芽胞菌ではなく栄養細胞の状態の芽胞菌の活動が利用されるため、芽胞菌の芽胞のみではなく栄養細胞も検出できることが好ましい。従来の方法では栄養細胞の状態の芽胞菌を蛍光観察装置などの特殊な装置を用いることなく検出することは出来なかった。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、芽胞菌と芽胞菌以外の雑菌とを含むサンプルから、芽胞状態の芽胞菌だけではなく実際にそのサンプル中で活動している栄養細胞の状態の芽胞菌も検出することができる方法に関して鋭意検討を行った。その結果、栄養細胞の状態の芽胞菌が死滅しない程度の温和な条件の低温加熱殺菌によりサンプル中の雑菌の一部を予め除去してから平板塗抹培養を行い、得られたコロニーの中から芽胞菌のコロニーを検出することにより、サンプル中の栄養細胞の状態にあった芽胞菌も検出することができることを見出した。芽胞菌以外の雑菌を含むサンプルを通常の方法で培養した場合、芽胞菌だけではなく雑菌も著しく増殖するので多様な雑菌のコロニーを含む中から芽胞菌のコロニーのみを同定・検出することは不可能である。これに対し、本発明の方法にしたがい予め特定の温度範囲の低温加熱殺菌により雑菌の一部を除去することにより、培養時の雑菌の著しい繁殖を抑えて、芽胞菌のコロニーを判別・検出することが可能となる。すなわち、本発明は、これらに限定されないが、以下を含む。
[1]芽胞菌と芽胞菌以外の雑菌とを含むサンプルを40~55℃の範囲の温度に加熱することにより低温加熱殺菌を行う工程(A)、
前記工程(A)の低温加熱殺菌後のサンプルを用い平板塗抹培養を行う工程(B)、および
前記工程(B)の平板塗抹培養により形成された芽胞菌の栄養細胞のコロニーを検出する工程(C)
を含む、芽胞菌の栄養細胞の検出方法。
[2]前記工程(C)において、芽胞菌の栄養細胞のコロニーを計数することを含む、[1]に記載の方法。
[3]前記芽胞菌が、バチルス属細菌を含む、[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記バチルス属細菌が、枯草菌(Bacillus subtilis)を含む、[3]に記載の方法。
[5]前記枯草菌が、受託番号NITE P-02798で寄託されているバチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)B-11-3株を含む、[4]に記載の方法。
[6]前記工程(A)における低温加熱殺菌を、40~50℃の範囲に加熱することにより行うことを含む、[1]~[5]のいずれか一項に記載の方法。
[7]前記サンプルが、活性汚泥である、[1]~[6]のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、活性汚泥、土壌、植物体、動物体、水域、食品などの環境から採取したサンプルに生息する芽胞菌を、栄養細胞の状態の芽胞菌も含めて、蛍光観察装置のような特殊な装置を用いることなく、簡便に検出することが可能となる。本発明の方法を用いることにより、例えば活性汚泥中に生息する活動状態にあるバチルス属細菌の栄養細胞の数を把握することが出来る。
また、食品における芽胞菌汚染の検出の際、従来は芽胞を検出するのみであり、活動状態にある栄養細胞の検出は対象としていなかったが、本発明により活動状態にある栄養細胞の存在も検出することができるため、芽胞菌汚染の早期発見(現に活動している芽胞菌の発見)にも繋がると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の好ましい態様の一例である実施例1における工程(A)~(C)の概要を示したフロー図である。
図2】実施例1において枯草菌の標準株であるNBRC13719株を平板塗抹培養で24時間培養した際の写真である。上段は低温加熱殺菌を行わなかった際の写真であり、中段は低温加熱殺菌を45℃で行った際の写真であり、下段は低温加熱殺菌を50℃で行った際の写真である。
図3】枯草菌の標準株であるNBRC13719株を実施例1にしたがって平板塗抹培養した際の写真(上段)と、比較例1にしたがって混釈培養した際の写真である。低温加熱殺菌の温度はいずれも45℃である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、活性汚泥、土壌、植物体、動物体、水域、食品などの環境中に存在する芽胞菌の栄養細胞を簡便に検出することができる方法である。本発明の方法は、芽胞菌と芽胞菌以外の雑菌とを含むサンプルを40~55℃の範囲の温度に加熱することにより低温加熱殺菌を行う工程(A)、前記工程(A)の低温加熱殺菌後のサンプルを用い平板塗抹培養を行う工程(B)、および前記工程(B)の平板培養により形成された芽胞菌の栄養細胞のコロニーを検出する工程(C)を含む。本発明の方法は、工程(A)において芽胞菌の栄養細胞が残存する程度の温和な条件での低温加熱殺菌で雑菌の一部を予め除去しておくことにより、工程(B)の平板培養時に形成され得る雑菌のコロニーの数を減少させて、工程(C)において芽胞菌によるコロニーを判別・計数できるようにしたものである。
【0019】
[工程(A)(低温加熱殺菌工程)]
工程(A)では、芽胞菌と芽胞菌以外の雑菌とを含むサンプルを、そのサンプル中に含まれる芽胞菌の栄養細胞が残存する程度の温和な条件の低温加熱殺菌に供することにより、サンプル中に含まれる雑菌の一部を殺菌する。
低温加熱殺菌に供するサンプルは、環境中から採取されたサンプルであることが好ましい。ここで、環境とは、自然的環境及び人工的環境の両方を含む。具体的には、例えば、自然的環境としては、自然界の土壌(土、腐葉土、砂礫、コンポストなど)、植物体(草本、木本、花卉、枯れ草、枯れ葉、苔など)、動物体(表皮、臓器、排泄物など)、水域(河川水、湖沼水、海水など)、及び大気を挙げることができ、人工的環境としては、人為的、人工的な介入を経た環境下にある活性汚泥、担体、発酵食品、台所や配管などのヌメリ(バイオフィルム)、し尿や食品工場からの廃液などの有機性廃液などを挙げることができるが、これらに限定されない。芽胞菌が生息し得る全ての環境であってよい。
【0020】
環境由来のサンプル中に含まれる芽胞菌は、環境中にもともと存在していた芽胞菌であってもよく、また、例えば微生物製剤として添加された芽胞菌のように、人為的にサンプル中に添加された芽胞菌であってもよい。
【0021】
本明細書でいう芽胞菌とは、芽胞を形成することができる菌をいう。サンプル中に含まれる芽胞菌の種類は特に限定されず、例えば、枯草菌、炭疽菌、セレウス菌などのバチルス属細菌、アセトン・ブタノール菌、破傷風菌などのクロストリジウム属細菌が挙げられ、これらの一種または複数種が混ざっていてもよい。本発明の方法の検出対象とする芽胞菌としては、上記の中でも特にバチルス属細菌が検出のしやすさから好ましく、バチルス属細菌の中でもNBRC13719株やNBRC101581株に代表される枯草菌は各種産業に利用されているため好ましい。例えば活性汚泥中の枯草菌の栄養細胞を検出することにより、活性汚泥の評価を行うことができる。枯草菌の菌株は特に限定されない。野生型の菌株であってもよいし、また、特定の菌株、例えば、微生物製剤としてサンプル中に添加された受託番号NITE P-02798の枯草菌の菌株を含んでいてもよい。
【0022】
上記のサンプルの中では、特に芽胞菌を含有する活性汚泥をサンプルとすることが好ましい。活性汚泥は、通常、水中の有機物を吸着・分解しながら生育する複合生物群からなる有機汚泥であり、排水処理などに利用される。活性汚泥にはバチルス属細菌をはじめとする様々な生物が含まれる。また、活性汚泥には、排水処理の効率を高める目的でバチルス属細菌を主体とする微生物製剤が添加されている場合がある。活性汚泥中の芽胞菌において、実際に有機物の分解を行うのは、休眠形態の芽胞ではなく、各種有機物分解酵素を生産する栄養細胞が主体である。本発明は芽胞菌の栄養細胞を検出することができるため、活性汚泥の活動(実際に活動している芽胞菌の数)の評価に有効に用いることができる。例えば、本発明により活性汚泥中のバチルス属細菌の栄養細胞の数を計測し、その結果、バチルス属細菌の不足が明らかとなった場合には、計数結果に応じて所定の量の微生物製剤を添加するというように、本発明の方法を活性汚泥の調整の際に利用することができる。
【0023】
活性汚泥を含む環境由来のサンプル中には、芽胞菌だけではなく、芽胞菌以外の雑菌も通常多く含まれる。なお、本明細書において雑菌とは、芽胞菌以外の細菌全般をいうものとする。サンプルをそのまま平板培養に供すると、芽胞菌の栄養細胞だけではなく多様な雑菌も共に繁殖するため、多くの雑菌のコロニーの中から芽胞菌のコロニーを判別・計数することは不可能である。本発明では工程(A)において温和な条件での殺菌である低温加熱殺菌を行うことにより、芽胞菌の栄養細胞を残存させながら、雑菌の一部を殺菌する。これにより、次の工程(B)の平板塗抹培養において、雑菌のコロニーの数が減るので、芽胞菌のコロニーを判別・計数することが可能となる。
【0024】
殺菌の方法としては、一般的には、加熱処理、酸処理、塩基処理、アルコール処理、次亜塩素酸ナトリウムなどの消毒剤処理、UV照射、乾燥状態にする処理、嫌気状態にする処理などがあるが、本発明では、厳密な温度調整を行うことができる点から、加熱殺菌を用いる。加熱の条件は、芽胞菌の栄養細胞が残存し、芽胞菌以外の雑菌をある程度殺菌し、塗抹培養時の雑菌コロニーのバックグラウンドを低減して芽胞菌特有のコロニーを明確に判別することができるような条件である。具体的には、加熱温度は、40℃~55℃であり、好ましくは40℃~50℃である。加熱時間は、例えば、1分~3時間であり、好ましくは1分~2時間、より好ましくは5分~30分である。加熱時の圧力は、例えば、0.8~1.2気圧であり、好ましくは大気圧下及びこれに近い圧力下(例えば、0.9~1.1気圧)である。
【0025】
なお、「芽胞菌の栄養細胞が残存するような条件の殺菌」とは、芽胞菌の栄養細胞の大多数が残存するような条件をいう。工程(A)の低温加熱殺菌によりごく少数の栄養細胞は死ぬ可能性があるが、そのような場合でも本発明の方法を用いてサンプル中の芽胞菌の栄養細胞数を計測することは有用であるといえる。具体的には、例えば、同じ環境由来で日を変えて採取したサンプルについて本発明を用いて複数回評価を行うような場合、工程(A)~(C)において同じ条件の殺菌を用いた後に同じ条件で培養し、同じ手法で検出・計数を行うようにすれば、そのサンプルにおける芽胞菌の栄養細胞数の変動の傾向を把握することができる。
【0026】
[工程(B)(平板塗抹培養工程)]
工程(B)では、工程(A)で温和な条件で殺菌されたサンプルに含まれる芽胞菌の栄養細胞を平板塗抹培養法により培養する。平板塗抹培養法を用いることにより、雑菌のコロニーの中から芽胞菌に特有のコロニーを、目視により又は画像判別により検出することができるようになる。工程(B)の培養を、平板塗抹培養法ではなく混釈培養法で行うと、芽胞菌と雑菌とでコロニーの形態が一様となり、次の工程(C)において芽胞菌のコロニーを判別し、検出・計数することができなくなる。
【0027】
平板塗抹培養に使用する培地は、芽胞菌の栄養細胞を平板塗抹培養法により培養することが可能な培地である。したがって培地は、通常、少なくともゲル化剤及を含む。ゲル化剤の例としては、特に限定されないが、例えば、寒天、ゲランガム、キサンタンガム、ローカストビーンガム、ポリビニルアルコール、アルキルセルロース、カルボキシアルキルセルロース、及びヒドロキシアルキルセルロースなどが挙げられる。これらの中では特に寒天が好ましい。
【0028】
培地は、他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、糖類、アミノ酸源、エキス類(ビタミンやミネラル等の供給のため)、無機塩類などが挙げられる。糖類の例としては、グルコース、スクロースなどが挙げられる。アミノ酸源の例としては、ペプトン、カゼイン製ペプトン、大豆製ペプトン、トリプトンなどが挙げられる。エキス類の例としては、酵母エキス、肉エキス、麦芽エキス、ポテトエキスなどが挙げられる。無機塩類の例としては、塩化ナトリウム、リン酸水素二カリウム、硫酸マグネシウム七水和物、クエン酸鉄アンモニウム、ピロ亜硫酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0029】
培地の各種成分の含有量は、芽胞菌の栄養細胞を培養することができれば特に限定されないが、例えば、精製水1Lに対し、ゲル化剤は1~30g、糖類は1~5g、アミノ酸源は1~10g、エキス類は1~5g、無機塩類は1~10gである。
【0030】
培地のpHは7.0±0.1であることが好ましい。
好ましい培地の具体的な組成は、水(精製水など)1Lに対して、ペプトン1~10g、好ましくは3~7g、酵母エキス1~5g、好ましくは1.5~4g、グルコース0.1~5g、好ましくは0.5~3g、及び、寒天5~30g、好ましくは10~20gのものであり、pHは7.0±0.5である。
【0031】
特に好ましい培地として、例えば、バチルス属細菌の場合は、標準寒天培地を使用することができる。標準寒天培地とは、一般細菌の培養に使用可能な平板培地であって、例えば、水道法関連省令、日本薬局方等で定義、利用されている。標準寒天培地の具体的な組成を後述する実施例1に示す。
【0032】
また、クロストリジウム属細菌の場合は、例えばハンドフォード改良寒天培地を使用することができる。ハンドフォード改良寒天培地とは、クロストリジウム属細菌の培養に使用可能な平板培地であって、例えば上水試験方法で定義、利用されている。ハンドフォード改良寒天培地の具体的な組成は、ペプトン15g/L、大豆製ペプトン4.8g/L、クエン酸鉄アンモニウム0.9g/L、酵母エキス4.8g/L、ピロ亜硫酸ナトリウム0.9g/L、オレアンドマイシン0.48mg/L、硫酸ポリミキシンB9,000単位、カナマイシン0.048g/L、4-メトキシー6-スルファニルアミドピリミジン0.09g/L、寒天18g/L、pH7.6±0.1である。
【0033】
培養温度は、芽胞菌の栄養細胞が増殖することができる温度であればよく特に限定されないが、例えば、20℃以上50℃以下であり、好ましくは20℃以上45℃以下であり、さらに好ましくは20℃以上40℃未満である。培養時間は、芽胞菌のコロニーが判別可能な程度に形成される時間であればよく特に限定されないが、例えば、12~72時間である。クロストリジウム属細菌の場合は嫌気性細菌であることを考慮し、例えば上水試験方法に準じて疎水格子フィルター法、メンブレンフィルター法、三重層法、パウチ法などの嫌気培養を行う。培地に塗抹するサンプルの量は、芽胞菌のコロニーが判別可能な程度に形成される量であればよく、サンプルの種類に応じて適宜決定すればよい。
【0034】
[工程(C)(コロニー検出工程)]
工程(B)の平板塗抹培養により、芽胞菌の栄養細胞や、工程(A)の殺菌工程において死滅しなかった雑菌が増殖し、それぞれコロニーを形成する。工程(A)で温和な条件で殺菌を行っているため、芽胞菌の栄養細胞は残存しているが雑菌は一定数死滅しているため、雑菌のコロニーの数が少なくなっており、芽胞菌に特有のコロニーを判別しやすくなっている。工程(C)では、工程(B)の平板塗抹培養の結果形成されたコロニーの中から、芽胞菌のコロニーを判別・検出する。
【0035】
芽胞菌に特有のコロニーとは、例えばバチルス属細菌であれば、以下の特徴を有するコロニーである:
・表面:粗面
・色:白色~黄白色
・大きさ:粗大(実施例1の培養条件で24時間培養した際に、直径3mm以上の大きさ)
・形状:コロニー周縁が不定形
また、例えばクロストリジウム属細菌であれば、以下の特徴を有するコロニーである:
・表面:滑面
・色:黒色
・大きさ:小(実施例1の培養条件で24時間培養した際に、直径0.25~1mm程度の大きさ)
・形状:コロニー周縁がなめらか。
【0036】
検出した芽胞菌のコロニーを計数することにより、サンプル中の芽胞菌の数を栄養細胞の数を含めて求めることが出来る。また、サンプル中に栄養細胞だけではなく芽胞も含まれている場合には、例えば非特許文献1に記載されているような従来の高温加熱殺菌を用いた方法によりあらかじめ芽胞の数を求めておき、本発明で得られた栄養細胞と芽胞とを含む数から、芽胞の数を引くことにより、栄養細胞の数を測定することができる。
【0037】
雑菌のコロニーを含む多様なコロニー群の中からの芽胞菌のコロニーの判別・検出は、目視で行ってもよいし、また、標的とする芽胞菌のコロニーの特徴を入力したソフトウェア等を用いて画像解析により行ってもよい。画像解析により行う場合には、培養後のコロニー群の画像を取得し、画像解析ソフトウェアを用いてコロニー群の中から芽胞菌のコロニーを検出させ、必要に応じて計数させる。画像解析用のソフトウェアには、標的とする芽胞菌のコロニーの特徴(例えば、色相、彩度、明度などの色味の特徴、大きさの情報、形状の情報など)を記憶させておいてもよい。これらの特徴は、使用するサンプルの種類、培地の種類、培養の条件(温度、時間など)に応じて適宜変更して設定してもよい。また、特定のサンプルについて複数回の測定を行う予定がある場合などには、予め同じ条件で培養した芽胞菌のコロニーの複数の画像を学習させることによる、深層学習法(Deep learning)による画像解析を行ってもよい。
【実施例0038】
以下に実施例を示すが、本発明は実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
300ml三角フラスコに合成培地(ぺプトン5g/L、酵母エキス2.5g/L、グルコース1g/L、pH7.0)を100ml入れ、オートクレーブののちに様々なバチルス属細菌株(NBRC13719、NBRC101581、NITE P-02798)を1白金耳植菌し、150rpm、35℃で24時間振盪培養を行った。
【0039】
得られた培養液40mlを8,000rpmで5分間遠心分離にかけ、沈殿菌体を純水40mlで洗浄後、再度8,000rpmで5分間遠心分離にかけ、栄養細胞の懸濁液を得た。なお、この懸濁液を顕微鏡観察したところ、芽胞は存在しなかった。
【0040】
得られた懸濁液0.01mlを活性汚泥3mlと混合したサンプル6本を作製した。小チューブに入れたサンプル5本を、ウォーターバスにてそれぞれ40℃、45℃、50℃、55℃、60℃の各温度で20分間加熱した。サンプル1本は加熱なしとした。
【0041】
次いで、それぞれのサンプルについて、標準寒天培地(ぺプトン5g/L、酵母エキス2.5g/L、グルコース1g/L、寒天15g/L、pH7.0±0.1)に対しサンプル0.1mlをコンラージ棒で塗抹し、平板塗抹培養を行った。
【0042】
35℃で24時間培養後、バチルス属細菌に特有のコロニー(白色、粗大、不定形)(以下、「バチルスコロニー」と呼ぶ。)とそれ以外の雑菌によるコロニー(以下、「雑菌コロニー」と呼ぶ。)とを目視判別し、コロニー数計測を行った。
【0043】
図1に実施例1の手順の概要を示すフロー図を示す。結果を表1に示す。加熱なしの試験区では、バチルスコロニーと雑菌コロニーが混在し、バチルスコロニーのみを計数することが不可能であった。一方、40~50℃の範囲では雑菌が加熱によりある程度死滅し、バックグラウンドが鮮明になったためバチルスコロニーを計数することが可能となった。一方、55℃ではバチルス属細菌数がやや減少傾向にあり、60℃では多くのバチルス属細菌が死滅していた。以上の結果より、加熱温度は40~55℃、好ましくは40~50℃が適していることが確認できた。
【0044】
図2に、NBRC13719株を上記条件で平板塗抹培養(35℃、24時間)した際の写真(加熱条件:なし、45℃、50℃)を示す。加熱なしでは、雑菌コロニー(もやもや(辺縁が不鮮明)のコロニーや黄色コロニーなど)が多数増殖しており、バチルス属細菌に特有のコロニー(白色・粗大・不定形)を検出・計数することができなかった。一方、加熱あり(45℃、50℃)では雑菌がある程度殺菌されてバックグラウンドが鮮明となり、バチルス特有のコロニーを明確に計数することができた。
【0045】
【表1】
【0046】
[比較例1]
実施例1のウォーターバスでの加熱後の各サンプル0.1mlをシャーレに入れたのち、40℃で溶解中の標準寒天培地10ml程度を流し入れて良く混ぜ、固化ののち更に標準寒天培地を10ml程度流し入れて重層することにより、混釈培養を行った。その結果、いずれの試験区においても混釈培養では形成されるコロニーの形態が一様であり、雑菌とバチルス属細菌とを目視判別することが出来なかった。
【0047】
図3に、NBRC13719株を平板塗抹培養した場合と混釈培養した場合の比較写真を示す(加熱温度は45℃)。写真下より、混釈培養ではバチルス属細菌、雑菌ともにコロニー形態が一様となるため、バチルス属細菌に特有のコロニーを検出・判別できないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明により、芽胞菌を、栄養細胞の状態の芽胞菌も含めて、蛍光観察装置のような特殊な装置を用いることなく、簡便に検出することが可能となる。本発明の方法を用いることにより、例えば、これに限定されないが、活性汚泥中に生息する活動状態にあるバチルス属細菌の栄養細胞の数を把握することができ、活性汚泥の調整時に、微生物製剤をどの程度追加すればよいかなどの判断基準として利用することができる。
図1
図2
図3