(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022072090
(43)【公開日】2022-05-17
(54)【発明の名称】柱状加工部品の外周表面のバニシング加工方法
(51)【国際特許分類】
B24B 39/04 20060101AFI20220510BHJP
B21J 5/06 20060101ALI20220510BHJP
【FI】
B24B39/04 Z
B21J5/06 Z
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020181333
(22)【出願日】2020-10-29
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-11-05
(71)【出願人】
【識別番号】391029392
【氏名又は名称】中川特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥田 勝
【テーマコード(参考)】
3C158
4E087
【Fターム(参考)】
3C158AA01
3C158AA12
3C158AA16
3C158CA01
3C158CB03
3C158CB10
4E087AA08
4E087CA22
4E087EA12
4E087EC18
4E087HA02
4E087HA93
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ショットピーニング、WPC、あるいはローラバニシング法を用いることなく、表面硬度を増加させ、かつ高精度の面粗度で表面を仕上げることが可能な加工部品の外周表面のバニシング加工方法を提供する。
【解決手段】柱状加工部品10の外周表面のバニシング加工法は、位置が固定され、中心部に内側表面に沿って突起部24が設けられた貫通孔22を有したダイス20の上方から、加工部品を加圧手段に固定されたパンチ30を介して貫通孔中に加圧しながら押し込み、突起部を通過させることにより加工部品の全外周あるいは一部をバニシング加工して、簡便に表面の平滑度と表面硬度を向上させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
位置が固定され、柱状の加工部品の断面形状に整合した断面形状を有して前記加工部品を縦方向に受容可能な貫通孔を有したダイスと、加圧手段に固定されたパンチとを用い、
前記パンチを介して前記加工部品を上から加圧して前記貫通孔を部分的あるいは完全に通過させて前記加工部品の全外周あるいは一部の表面をバニシング加工した後、前記加工部品を前記ダイスから取り出す工程からなる前記加工部品の外周表面の加工方法であって、
前記貫通孔の内周には全周または一部に沿って突起部が設けられ、前記突起部の最内周の大きさが前記加工部品の加工前の外径よりも小さく設定されており、前記加工部品が前記突起部を通過する時に前記加工部品の外周面が内側に向かって一様に加圧され、塑性変形するように構成されている
加工部品の外周表面のバニシング加工方法。
【請求項2】
前記加工部品の断面形状が回転対称形である、請求項1に記載のバニシング加工方法。
【請求項3】
前記突起部が前記ダイスと同じ素材で構成され、コーティングにより表面硬度(HV)が3000以上にされている、請求項1または2に記載のバニシング加工方法。
【請求項4】
前記加圧手段がサーボプレスあるいは油圧プレスである、請求項1~3のいずれか1項に記載のバニシング加工方法。
【請求項5】
前記加工部品をバニシング後、前記ダイスの貫通孔を完全に通過させて前記ダイスから取り出す、請求項1~4のいずれか1項に記載のバニシング加工方法。
【請求項6】
前記加工部品をバニシング後、前記ダイスの前記貫通孔の出口方向からカウンターパンチにより前記貫通孔の入口から押し戻して前記ダイスから取り出す、請求項1~4のいずれか1項に記載のバニシング加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ストレートピンやピニオンギア等の高硬度部品の外周表面を高精度で加工し、かつ表面硬度を増加させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車のトランスミッションで用いられるストレートピンやピニオンギア等の部品の外周表面は、加工精度が悪いと力の伝達能力が低下することにより自動車の燃費等の性能に直接影響を及ぼす。従って、これらの部品には外周表面の表面粗さを高精度に仕上げること、かつ高い耐久性、即ち高い硬度を付与することが要求される。
【0003】
表面の硬度を増加させるための加工技術として、従来からショットピーニングやWPC(Wide Peening and Cleaning)(登録商標)処理、ローラバニシング等が用いられてきた。ショットピーニングは、機械部品等の表面にサブミリメートル径の微粒子を高速で照射することにより表面に圧縮残留応力を付与し、疲労強度を向上する技術として広く用いられている。WPC処理は、従来のショットピーニングよりも格段に微細な直径数10μm 程度の粒子を100m/秒以上の高速で照射して表面に圧縮残留応力を付与する技術である(非特許文献1)。一方、ローラバニシングは、高硬度のローラで加工部品の表面を加圧しながら回転移動させることにより、表面の平滑度と表面硬度を向上させる加工技術である(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】松村、浜坂、KOMATSU TECKNICAL REPORT、Vol.52、Number 158、pp.8-12、(2006)
【非特許文献2】https://www.sugino.com/site/qa/sp-technical-strongpoint04r.html
【非特許文献3】小林他、ばね論文集、第57号、9-15ページ、(2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ショットピーニングやWPCの場合、微粒子の照射により表面に微細な凹凸が生じ、表面精度の高精度化が難しいという問題があった。また、高圧エアーを用いる特殊な装置を必要とし、表面上の一点に一方向から照射する構成のため、加工部品を回転させながら軸方向に走査させる必要があった。従って量産性に問題があり、加工コストが高くなる傾向があった。
【0007】
また、ローラバニシングは、加工部品の表面をローラにより転圧加工して表面を塑性変形させ表面を滑らかにする加工方法であり、この場合も円柱状の加工部品を装置に固定して、回転させながら軸方向にも移動させる必要があるため、1個の加工部品の処理に時間がかかり、量産性と加工コストに問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の発明者等は、加工穴の内径以上の外径を有するリング状チップを備えたバニシング工具を加工部品の加工穴を通過させバニシングすることにより、加工穴の内側の表面の面粗度と表面硬度を高めることができることを示した(特許文献1)。本発明では、中心部に貫通孔を備え、その内周に沿って突起部が設けられたダイスを用い、その中を柱状の加工部品を通過させることにより、加工部品の外周表面にバニシング加工を施すことができ、これにより外周表面の面粗度及び表面硬度を大きく改善できることを見出した。
【0009】
本発明による加工部品の外周表面のバニシング加工方法は、
位置が固定され、柱状の加工部品の断面形状に整合した断面形状を有して前記加工部品を縦方向に受容可能な貫通孔を有したダイスと、加圧手段に固定されたパンチとを用い、
前記パンチを介して前記加工部品を上から加圧して前記貫通孔を部分的あるいは完全に通過させて前記加工部品の全外周あるいは一部の表面をバニシング加工した後、前記加工部品を前記ダイスから取り出す工程からなる前記加工部品の外周表面の加工方法であって、
前記貫通孔の内周には全周または一部に沿って突起部が設けられ、前記突起部の最内周の大きさが前記加工部品の加工前の外径よりも小さく設定されており、前記加工部品が前記突起部を通過する時に前記加工部品の外周面が内側に向かって一様に加圧され、塑性変形するように構成されている。
【0010】
前記加工部品の断面形状は回転対称形を含んでいる。また、前記突起部は前記ダイスと同じ素材で構成され、コーティングにより表面硬度(HV)が3000以上にされていることが望ましい。
【0011】
前記加圧手段はサーボプレスあるいは油圧プレスを含み、前記加工部品はバニシング後、前記ダイスの貫通孔を完全に通過させて前記ダイスから取り出しても、前記貫通孔の出口方向からカウンターパンチにより前記貫通孔の入口から押し戻して前記ダイスから取り出してもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明による加工部品の外表面のバニシング加工を用いれば、従来のショットピーニング、WPC、あるいはローラバニシング法を用いることなく、表面硬度を増加させ、かつ高精度の面粗度で表面を仕上げることが可能となる。さらに、本発明によれば、バニシングを行うためのダイスや加工部品を加圧するためのパンチを用意し、既製の加圧装置に取り付けるだけでよく、特殊な装置を用いることなく極めて短時間で部品の表面加工を行うことができる。従って、複数の加工部品を並列して処理することも容易にできるため、量産性の向上、ランニングコストの低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明による種々の形状(A~D)の加工部品のバニシング加工法の構成を模式的に示す図である((A)ストレートピン、(B)ピニオンギア、(C)つば付きピン、(D)ギアシャフト)。
【
図2】加工部品((A)ストレートピン、(B)ピニオンギア)と、本発明のバニシング加工で用いるダイスの断面形状(左下)及びダイス内側の突起部の拡大図(右下)である。
【
図3】本発明のバニシング加工を行う前後の、ストレートピン表面付近の断面電子顕微鏡写真である。
【
図4】本発明のバニシング加工を行う前後の、ストレートピン表面付近の深さ方向の残留応力の変化を示したグラフである。
【
図5】本発明のバニシング加工を行う前後の、ストレートピン表面付近の深さ方向の硬度の変化を示したグラフである。
【
図6】本発明のバニシング加工を行う前後の、ストレートギアの歯面の表面付近の断面電子顕微鏡写真である。
【
図7】本発明のバニシング加工を行う前後の、ストレートギアの歯面の表面付近の深さ方向の残留応力の変化を示したグラフである。
【
図8】本発明のバニシング加工を行う前後の、ストレートギアの歯面の表面付近の深さ方向の硬度の変化を示したグラフである。
【
図9】本発明のバニシング加工を行う前後の、ストレートギアの歯面の表面付近の軸方向と高さ方向の表面粗さのデータである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明による外表面のバニシング加工方法を模式的断面図で
図1(A)~(D)に示す。ダイス20の中心部に設けられた、加工部品の断面形状に整合した断面形状を有した貫通孔22の中に、熱処理を済ませた加工部品10(具体的には、(A)ストレートピン、(B)ピニオンギア、(C)つば付きピン、(D)ギアシャフト)を、パンチ30を用いて上側から加圧しながら押し込み、(A)、(B)の場合は加工部品10をそのまま貫通孔22を貫通させ、(C)、(D)の場合は加工部品のつばが貫通孔22の入口に当接するまで押し込み、その後、カウンターパンチ40により加工部品10をダイス20の外に押し出して1工程が完了する。パンチ30は、サーボプレスや油圧プレス等のような加圧手段を備えた装置の回転部分(図示せず)に嵌め込まれ、それにより加圧昇降運動を行う(特許文献1参照)。
【0015】
ダイス20の貫通孔22の上部あるいは内部の一か所には、加工部品10の断面形状に適合した突起部24が内周面に沿って設けられており、突起部24の最内周(頂点を結んだ線)は貫通孔22の内径、及び加工部品の外径よりも少し小さな径になるように設定されている。加工部品10がこの突起部24を通過する際に外周面から内側に向かって一様に加圧され、表面が塑性変形して加工部品10の外周にバニシング加工が施される。処理時間は、例えば15mmφのストレートピンの場合、12~17cm/秒の速度での処理が可能であり、従来の方法に比較すると非常に短時間での処理が可能となる。
【0016】
図2は本発明の外面バニシング加工に用いるダイス(金型)20の断面形状(左下)、及び突起部24(ベア部)のa部、b部の拡大図(右下)を示す。ストレートピン用のダイスの貫通孔22は円筒状であり、部品の外径よりも少し大きい内径に設定されている。貫通孔22の内部表面には突起部24(a部)が内周に沿って設けられており、その最内周の径は加工部品の外径よりも少し小さい値に設定され、加工部品の表面を圧縮、塑性変形するようにされている。この加工部品の加工前の外半径と突起部24の最内周の半径の差がバニシング量であり、塑性変形の量となる。また突起部24の先端部分の角は、塑性変形を容易にし、表面粗さの劣化が生じないように曲面加工(R)されている。
【0017】
ストレートギア用のダイス20の場合は、貫通孔22の断面形状はギアの断面形状に整合して加工部品を受容するように作製されており、突起部24(b部)はギアの歯面(インボリュート曲面)に相当する部分に設けられており、歯面のみをバニシング加工するように構成されている。ダイス20の素材は硬度(HRA)が90以上の超高合金を基材としたものであり、突起部24もダイス20と同じ素材で構成されている。そして貫通孔の内周表面硬度をさらに増加させるため、コーティングにより表面硬度(HV)を3000以上にされている。
【実施例0018】
(ストレートピンの表面加工)
図1の(A)に示した構成を用い、サーボプレスや油圧プレス等のような昇降動作が可能な装置に固定されたパンチによりストレートピン10を上から加圧してダイス20を通過させた試料について、表面付近の断面の組織変化を電子顕微鏡で倍率を変えて(50倍、400倍、1000倍)観測した。表面付近の断面電子顕微鏡写真を
図3に示す。試料Aはバニシング加工前、試料Bはバニシング量0.024mmのバニシング加工を行った後、試料Cはバニシング量0.043mmのバニシング加工を行った後である。最表面を比較すると、未処理の試料の表面は径の小さな粒子で構成されているのに対して、試料Bでは粒径が大きくなっており、さらに試料Cではその大きくなった結晶の輪郭がより明確になっていることが分かる。なお、50倍の写真の下に表示された「残留y量」は残留オーテスナイト量を表す。X線回折によりマルテンサイト、オーステナイト各相のX線回折積分強度を測定し、残留オーステナイト体積率を求めたものである。試料A:30.0%、B:27.3%、C:23.0%と、バニシングにより減少し、バニシング量の増加とともにさらに減少している。
【0019】
図4は、上記試料A、B、Cについて、表面からの深さ方向に測定した残留応力の分布を示す。残留応力は、X線回折法により回折リングを検出し格子間隔を求めて算出した。応力は全て負の値で圧縮応力であることを示している。バニシング加工前の試料Aは、表面以外は残留応力の絶対値が非常に小さいのに対して、バニシング加工した試料B、Cでは約10μm以上の内部で残留応力が一様に増加したことがわかる。残留応力と上記残留オーテスナイト量には関連があることが報告されている。
図3と比較すると、残留オーテスナイト量が減少するにつれて残留応力が大きくなっていることから、残留オーテスナイトが加工誘起により体積のより大きいマルテンサイトへ変化した結果、残留応力が増加したと考えられる(非特許文献3)。
【0020】
図5は、表面から深さ方向に測定した硬さ(マイクロビッカース硬度)の分布を示す。表面から約0.4mmまでの深さ領域の硬度がバニシング加工により増加したことが分かる。
図3~5の結果から、バニシング加工を行うことによって、表面の組織の粒径、構造が変化して残留応力が増加し、その結果表面の硬度が上昇することが分かった。
なお、上記記載は実施例についてなされたが、本発明はそれに限定されず、本発明の精神と添付の請求の範囲の範囲内で種々の変更、及び修正をすることができることは当業者に明らかである。例えば、上記実施例では断面が回転対称の形状の加工部品について記載したが、加工物が柱状で、バニシング加工する範囲の横断面が一様であれば他の形状のものにも適用できる。