(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022072531
(43)【公開日】2022-05-17
(54)【発明の名称】女性ホルモン依存性がんの悪性度及び予後の判定のためのバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20220510BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20220510BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20220510BHJP
【FI】
G01N33/53 A
C12N15/12 ZNA
C12N15/13
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020182020
(22)【出願日】2020-10-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 〔ウェブサイトにおける掲載による公開〕 ・公開日 :令和1年11月18日 掲載アドレス:https://www.pnas.org/content/early/recent ・公開日 :令和2年3月2日 掲載アドレス:https://center6.umin.ac.jp/oasis/pathology/menu.html(日本病理学会会員専用ページ) https://member.pathology.or.jp/product/Cmn/WapCmn01P01.aspx(日本病理学会会員システム) ・公開日 :令和2年5月16日 掲載アドレス:https://doi.org/10.1101/2020.05.15.097659
(71)【出願人】
【識別番号】509013703
【氏名又は名称】公立大学法人福島県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】千葉 英樹
(72)【発明者】
【氏名】杉本 幸太郎
(57)【要約】
【課題】女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカー、及び当該バイオマーカーを検出するための抗体を提供することである。
【解決手段】配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されているエストロゲン受容体α(pSer518-ERα)からなる、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーを提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されているエストロゲン受容体α(pSer518-ERα)からなる、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカー。
【請求項2】
女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定するための抗pSer518-ERα抗体又はその断片。
【請求項3】
前記抗pSer518-ERα抗体又はその断片が、
配列番号2で示すアミノ酸配列からなるCDR1、
配列番号3で示すアミノ酸配列からなるCDR2、及び
配列番号4で示すアミノ酸配列からなるCDR3
を含む重鎖可変領域と
配列番号5で示すアミノ酸配列からなるCDR1、
配列番号6で示すアミノ酸配列からなるCDR2、及び
配列番号7で示すアミノ酸配列からなるCDR3
を含む軽鎖可変領域を含む、請求項2に記載の抗pSer518-ERα抗体又はその断片。
【請求項4】
前記抗pSer518-ERα抗体又はその断片が、
配列番号8で示すアミノ酸配列からなる重鎖可変領域、及び
配列番号9で示すアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域
を含む、請求項3に記載の抗pSer518-ERα抗体又はその断片。
【請求項5】
請求項1に記載のバイオマーカーを検出するための、請求項2~4のいずれか一項に記載の抗pSer518-ERα抗体又はその断片を含む、女性ホルモン依存性がん悪性度判定キット。
【請求項6】
配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されているエストロゲン受容体α(pSer518-ERα)の、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーとしての使用。
【請求項7】
女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法であって、
女性ホルモン依存性がんに罹患している被験体に由来する試料において、エストロゲン受容体αの配列番号1で示すアミノ酸配列における518位のセリン残基のリン酸化を検出する検出工程、及び
前記試料に前記リン酸化が検出された場合に、女性ホルモン依存性がんの悪性度が高いと判定する判定工程
を含む前記方法。
【請求項8】
前記リン酸化は請求項2~4のいずれか一項に記載の抗pSer518-ERα抗体又はその断片を用いて検出される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記女性ホルモン依存性がんが、乳がん、子宮体がん、又は卵巣がんである、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
女性ホルモン依存性がんの抑制剤又は治療剤をスクリーニングする方法であって、
配列番号1で示すアミノ酸配列からなり、該アミノ酸配列における518位のセリン残基がリン酸化されるエストロゲン受容体αを発現する細胞を被験物質で処置する工程、
前記リン酸化を測定する工程、及び
被験物質で処置しない場合と比較して前記リン酸化が減少する場合に被験物質を女性ホルモン依存性がんの抑制剤又は治療剤として同定する工程
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、女性ホルモン依存性がんの悪性度及び予後の判定のためのバイオマーカー、女性ホルモン依存性がんの悪性度及び予後を判定するための抗体、並びに女性ホルモン依存性がんの悪性度及び予後の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
女性ホルモン依存性がんは、女性ホルモンであるエストロゲンが関与するがんであり、子宮体がん(子宮内膜がん)、乳がん、及び卵巣がん等が含まれる。女性ホルモン依存性がんの罹患患者数は、日本国内では年間10万人を超え、世界的には年間200万人を超えている。
【0003】
例えば子宮体がんの年間罹患患者数は、日本国内では1.4万人、世界では32万人となっており、世界的に有病率が増加している傾向がある(非特許文献1)。子宮体がんは内因性又は外因性エストロゲンの過剰、高齢、肥満、及び未経産等を危険因子とすることが知られており、主に閉経後に発生すると考えられてきた(非特許文献2~4)。しかし、近年では閉経前の女性で診断される症例が増加している(非特許文献5~6)。
【0004】
子宮体がんは早期に発見されることが多く、予後は比較的良好であるが、症例の最大20%は初回手術後に再発する。また、手術不能例や再発転移例に対する化学・放射線療法の効果が限定的である。このため、ステージIII期とIV期の5年生存率はそれぞれ60%と20%と極めて低い(非特許文献7)。
【0005】
別の女性ホルモン依存性がんである乳がんも比較的予後良好な悪性腫瘍であるが、予後不良な症例も少なからず存在する。
【0006】
一方卵巣がんは最も致死率の高い女性ホルモン依存性がんである。自覚症状に乏しく早期診断法が確立されていないことから、約75%が進行がんとして診断される。標準治療として外科手術と化学療法が併用されるが、半数以上の症例が再発し、再発例の5年生存率は約20%にとどまる(非特許文献8)。
【0007】
よって、女性ホルモン依存性がんと診断された患者の中から、悪性度が高く、浸潤、転移、及び再発能の高い予後不良例を早期に選別する方法が必要とされている。そのため、女性ホルモン依存性がんの悪性度の判定に有効なバイオマーカーの開発が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Ferlay J, et al., Eur J Cancer, 2013, 49(6):1374-403.
【非特許文献2】Kaaks R, et al., Cancer Epidemiol Biomarkers Prev, 2002, 11(12):1531-43.
【非特許文献3】Morice P, et al., Lancet, 2016, 12;387(10023):1094-1108.
【非特許文献4】Urick ME and Bell DW, Nat Rev Cancer, 2019, 19(9): 510-521.
【非特許文献5】Evans-Metcalf ER, et al., Obstet Gynecol. 1998, 91(3):349-54.
【非特許文献6】Moore K, Brewer MA, Am Soc Clin Oncol Educ Book, 2017, 37:435-442.
【非特許文献7】Creasman WT, et al., Int J Gynaecol Obstet. 2003, 83:79-118.
【非特許文献8】Lheureux S, Braunstein M, Oza AM. CA Cancer J Clin. 2019, 69(4):280-304.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカー、及び当該バイオマーカーを検出するための抗体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定するための新たなバイオマーカーを求めて鋭意研究を行った。その結果、エストロゲン受容体α(Estrogen receptor α; ERα)における518位のセリン残基(Ser518)のリン酸化が、女性ホルモン依存性がんの悪性度や予後を判定するための有効なバイオマーカーとなり得ることを見出した。さらに、Ser518がリン酸化されたERα(pSer518-ERα)を特異的に検出することができる抗体(抗pSer518-ERα抗体)を開発し、本発明を完成させるに至った。本発明は、当該知見に基づくものであって以下を提供する。
【0011】
(1)配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されているエストロゲン受容体α(pSer518-ERα)からなる、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカー。
(2)女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定するための抗pSer518-ERα抗体又はその断片。
(3)前記抗pSer518-ERα抗体又はその断片が、配列番号2で示すアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号3で示すアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号4で示すアミノ酸配列からなるCDR3を含む重鎖可変領域と、配列番号5で示すアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号6で示すアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号7で示すアミノ酸配列からなるCDR3を含む軽鎖可変領域を含む、(2)に記載の抗pSer518-ERα抗体又はその断片。
(4)前記抗pSer518-ERα抗体又はその断片が、配列番号8で示すアミノ酸配列からなる重鎖可変領域、及び配列番号9で示すアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む、(3)に記載の抗pSer518-ERα抗体又はその断片。
(5)(1)に記載のバイオマーカーを検出するための、(2)~(4)のいずれかに記載の抗pSer518-ERα抗体又はその断片を含む、女性ホルモン依存性がん悪性度判定キット。
(6)配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されているエストロゲン受容体α(pSer518-ERα)の、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーとしての使用。
(7)女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法であって、女性ホルモン依存性がんに罹患している被験体に由来する試料において、エストロゲン受容体αの配列番号1で示すアミノ酸配列における518位のセリン残基のリン酸化を検出する検出工程、及び前記試料に前記リン酸化が検出された場合に、女性ホルモン依存性がんの悪性度が高いと判定する判定工程を含む、前記方法。
(8)前記リン酸化は(2)~(4)のいずれかに記載の抗pSer518-ERα抗体又はその断片を用いて検出される、(7)に記載の方法。
(9)前記女性ホルモン依存性がんが、乳がん、子宮体がん、又は卵巣がんである、(7)又は(8)に記載の方法。
(10)女性ホルモン依存性がんの抑制剤又は治療剤をスクリーニングする方法であって、配列番号1で示すアミノ酸配列からなり、該アミノ酸配列における518位のセリン残基がリン酸化されるエストロゲン受容体αを発現する細胞を被験物質で処置する工程、前記リン酸化を測定する工程、及び被験物質で処置しない場合と比較して前記リン酸化が減少する場合に被験物質を女性ホルモン依存性がんの抑制剤又は治療剤として同定する工程
を含む方法。
(11)女性ホルモン依存性がんの予後判定方法であって、女性ホルモン依存性がんに罹患している被験体に由来する試料において、エストロゲン受容体αの配列番号1で示すアミノ酸配列における518位のセリン残基のリン酸化を検出する検出工程、及び前記試料に前記リン酸化が検出された場合に、女性ホルモン依存性がんの予後が不良であると判定する判定工程を含む、前記方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカー、及び当該バイオマーカーを検出するための抗体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】ヒト子宮体癌細胞株Ishikawa由来のヒトESR1遺伝子ノックアウト細胞株(Ishikawa:ESR1
-/-)の作製を示す図である。Ishikawa:ESR1
-/-におけるESR1アリル(KO 1st allele及びKO 2nd allele)は、第2エクソン(E2)内にフレームシフトを生じる欠失変異を有する。
【
図2】ERα発現ベクターによる野生型又は変異型ERαの発現を示す図である。(A)は、野生型ERα発現ベクター(ESR1-wt)及び変異型ERα発現ベクター(ESR1S518A)の構造を示す。ESR1S518Aにおける「○」は、S518A変異の位置を示す。(B)は、ESR1-wt又はESR1S518Aを導入したIshikawa:ESR1
-/-細胞におけるERαタンパク質の発現を示すウエスタンブロットの結果を示す。図中の「●」は、左側に示す細胞株の使用又は発現ベクターの導入を示す。
【
図3】ESR1-wt又はESR1S518Aを導入したIshikawa:ESR1
-/-細胞の細胞遊走能アッセイの結果を示す図である。
【
図4】ESR1-wt又はESR1S518Aを導入したIshikawa:ESR1
-/-細胞における、4種類の腫瘍原性ER標的遺伝子(BCL2、CCND1、MYC、VEGFA)の発現レベルを示す図である。
【
図5】ERαタンパク質を発現していないヒト子宮体癌細胞株HEC-1Aに対してESR1-wt又はESR1S518Aを導入した細胞の細胞増殖能アッセイの結果を示す図である。
【
図6】ESR1-wt又はESR1S518Eを導入したヒト乳癌細胞株MCF-7における4種類のER標的遺伝子(BRF1、GRK3、MOV10、PLEKHA6)の発現レベルを示す図である。E2は1 μMエストラジオール処理を示す。(A)はBRF1の発現レベルを示す。(B)はGRK3の発現レベルを示す。(C)はMOV10の発現レベルを示す。(D)はPLEKHA6の発現レベルを示す。
【
図7】抗pSer518-ERαモノクローナル抗体のELISAによる一次スクリーニングの例を示す図である。Ser518がリン酸化されていない抗原ペプチド(non-pS518-ERα)、及びSer518がリン酸化されている抗原ペプチド(pS518-ERα)に対する、各クローンのELISAの結果、並びに両者の比(pS518-ERα/non-pS518-ERα)を示す。
【
図8】ESR1-wt又はESR1S518Eを導入した細胞に対する、抗pSer518-ERαモノクローナル抗体クローンM2(
図7のClone 1に対応する)を用いた免疫染色の結果を示す図である。(A)は、ESR1-wt又はESR1S518Eを導入したIshikawa:ESR1
-/-細胞に対する免疫染色の結果を示す。(B)は、ESR1-wt又はESR1S518Eを導入したHEK293T細胞に対する免疫染色の結果を示す。スケールバーは100 μmを示す。
【
図9】抗pSer518-ERαモノクローナル抗体クローンM2(Clone 1)の軽鎖可変領域及び重鎖可変領域のアミノ酸配列を示す図である。
【
図10】精製抗pSer518-ERαモノクローナル抗体と抗原ペプチドとの濃度依存性反応を示す図である。Ser518がリン酸化されていない抗原ペプチド(non-pS518-ERα)、及びSer518がリン酸化されている抗原ペプチド(pS518-ERα)に対する、クローンM2(Clone 1)のELISAの結果を示す。
【
図11】子宮体癌組織及び卵巣がん癌組織における免疫組織化学染色の結果を示す図である。(A)は、子宮体癌組織の腫瘍部及び非腫瘍部における抗pSer518-ERα免疫染色の結果を示す。(B)は、卵巣がん癌組織の腫瘍部及び非腫瘍部における抗pSer518-ERα免疫染色の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカー
1-1.概要
本発明の第1の態様は、女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定するためのバイオマーカーである。本発明のバイオマーカーは、配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基(本明細書において「Ser518」と表記する)がリン酸化されているエストロゲン受容体α(本明細書において「pSer518-ERα」と表記する)である。悪性度の高い女性ホルモン依存性がんにおいてリン酸化され得るSer518のリン酸化をバイオマーカーとして使用することで、女性ホルモン依存性がんの悪性度や予後の判定を行うことが可能となる。
【0015】
1-2.定義
本明細書において「女性ホルモン依存性がん」とは、女性ホルモンが関与するがんを意味する。原則として女性のがんであるが、男性のがんも包含し得る。女性ホルモンは性別を問わず体内で産生され、存在し得るためである。また、女性ホルモンは体内の多様な部位に作用するため、女性ホルモン依存性がんを有する身体部位、臓器、器官、又は組織も限定しない。具体的な女性ホルモン依存性がんの例としては乳がん、子宮体がん(子宮内膜がん)、卵巣がん、肺がん等が挙げられ、好ましくは乳がん、子宮体がん(子宮内膜がん)、及び卵巣がんである。
【0016】
「女性ホルモン」には、エストロゲン(卵胞ホルモン)とジェスタージェン(黄体ホルモン)の2種類が知られているが、本明細書では、特に断りのない限り、エストロゲンを意味する。
【0017】
「エストロゲン」はエストロン(E1)、エストラジオール(E2)、及びエストリオール(E3)の3種類からなるが、本明細書においては特に限定しない。
【0018】
本明細書において「女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定するためのバイオマーカー(女性ホルモン依存性がん悪性度判定用バイオマーカー)」とは、女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定することができるバイオマーカーをいう。具体的には、配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基(Ser518)がリン酸化されているエストロゲン受容体α(pSer518-ERα)である。
【0019】
「エストロゲン受容体(Estrogen receptor; ER)」は、核内において標的遺伝子の転写を制御する、ステロイド受容体スーパーファミリーに属する核内受容体である。エストロゲン受容体にはERαとERβがあり、エストロゲンは主にこのいずれかに結合することによって機能する。ERα、ERβはそれぞれESR1遺伝子、ESR2遺伝子にコードされている。
【0020】
「エストロゲン受容体α(ERα)」は、様々な組織や細胞に発現している。例えば、乳腺、子宮、卵巣、骨、精巣、精巣上体、前立腺、肝臓、脂肪組織等に発現している(Paterni I., et al., Steroids, 2014, 0:13-29)。ERαにはヒトでは少なくとも3種類のスプライシングスアイソフォームがあり、66 kDa、46 kDa、及び36 kDaのアイソフォームが知られている。ヒトにおける66 kDa、46 kDa、及び36 kDaのアイソフォームのアミノ酸配列として、それぞれ配列番号1、50、及び51で示すアミノ酸配列が挙げられる。本明細書においては、ERαは、配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基(Ser518)を含む限り、アイソフォームは特に限定しない。本明細書においてERαは原則としてヒト由来のERαタンパク質を示すが、配列番号1、50、及び51のいずれか示すアミノ酸配列に対して80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、若しくは99%以上の同一性を有するか、又は配列番号1、50、及び51のいずれかで示すアミノ酸配列に対して1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、若しくは置換された変異型ERαタンパク質を含むものとする。
【0021】
本明細書において「配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基」(本明細書において「Ser518」又は「S518」等と表記する)とは、配列番号1で示すアミノ酸配列の全長における518位のセリン残基だけでなく、任意のERα若しくはその任意のペプチド断片においてそれに対応するセリン残基(例えば、配列番号50若しくは51で示すアミノ酸配列からなるERαにおいてそれに対応するセリン残基や、配列番号1、50、及び51のいずれかで示すアミノ酸配列の部分配列からなるペプチド断片においてそれに対応するセリン残基等)を包含する。また、リン酸化されているSer518(リン酸化Ser518)を「pSer518」又は「pS518」と表記する。
【0022】
本明細書において「配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されているエストロゲン受容体α」(本明細書において「pSer518-ERα」、「pS518-ERα」又は「リン酸化ERα(Ser518)」等と表記する)とは、配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化された、配列番号1で示すアミノ酸配列からなるERαだけでなく、それに対応するセリン残基がリン酸化された任意のERα(当該セリン残基がリン酸化された、配列番号1以外のアミノ酸配列からなるERα)若しくはその任意のペプチド断片を包含する。よって、pSer518-ERαは、例えば、対応するセリン残基がリン酸化された、配列番号50若しくは51で示すアミノ酸配列からなるERα等であってもよい。なお、ERαには上記Ser518以外にもリン酸化部位が知られており、例えば配列番号1で示すアミノ酸配列において106位のセリン残基(Ser106)、118位のセリン残基(Ser118)、167位のセリン残基(Ser167)、236位のセリン残基(Ser236)、537位のチロシン残基(Tyr537)等がリン酸化を受けるが、これらのリン酸化の有無については特に問わない。
【0023】
本明細書において「判定」とは、がんの悪性度及び/又は予後を判定することをいう。特に女性ホルモン依存性がんに罹患している被験体において、女性ホルモン依存性がんの悪性度及び/又は予後を判定することをいう。
【0024】
本明細書において「悪性度」とは、女性ホルモン依存性がんの周囲組織への浸潤、他臓器への転移、及び/又は再発能の程度等をいう。より具体的には、がん細胞の増殖能及び/又は遊走能を意味する。女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定することによって、予後を判定し、浸潤、転移、及び再発能の高い予後不良例を選別することが可能となる。本明細書において、悪性度の判定には予後の判定も含まれる。
【0025】
本明細書において「予後」とは、がん治療(例えば、手術、化学療法(薬物療法)、又は放射線治療等)後の、腫瘍量の低減、腫瘍増殖の抑制、又は疾患の経過(例えば、再発の有無、生死等)をいう。予後は、治療後の生存期間の長さや、がん再発リスクの程度として判定することができる。
【0026】
本明細書において「被験体」とは、試料を提供し、検査に供されるヒト個体をいう。原則として個体であるが、本明細書では、時としてヒト由来の組織や細胞も包含し得る。また、個体は、健常体のみならず、何らかの疾患(例えば悪性腫瘍)を有する患者、又は疾患(例えば悪性腫瘍)の罹患可能性のある個体のいずれであってもよい。
【0027】
本明細書において「健常体」とは、少なくとも女性ホルモン依存性がんに罹患していないヒト個体、好ましくはいずれの疾患にも罹患していない健常状態にあるヒト個体をいう。ただし、本明細書では健常ヒト細胞も広義の健常体に含むものとする。したがって、個体レベルのみならず、例えば、女性ホルモン依存性がんの患者から採取した組織のうちの正常部分のように、細胞レベルで健常状態にあれば健常体と称することとする。
【0028】
本明細書において「複数個」とは、例えば、2~50個、2~40個、2~30個、2~20個、2~18個、2~16個、2~14個、2~12個、2~10個、2~8個、2~7個、2~6個、2~5個、2~4個又は2~3個をいう。また、本明細書において「アミノ酸同一性」とは、比較する2つのアミノ酸配列の全アミノ酸残基数における一致したアミノ酸残基数の割合(%)をいう。具体的には、2つのアミノ酸配列を整列(アラインメント)し、必要に応じ、一方又は双方に適宜ギャップを挿入する。このとき、1ギャップは、1アミノ酸残基として全アミノ酸残基数にカウントする。アミノ酸配列の整列化は、例えば、Blast、FASTA、ClustalW等の既知プログラムを用いて行なうことができる(Karlin,S.et al., 1993, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877;Altschul,S.F.et al., 1990, J. Mol. Biol., 215: 403-410;Pearson,W.R.et al., 1988, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448)。比較する2つのアミノ酸配列間で全アミノ酸残基数が異なる場合には、長い方を全アミノ酸残基数とする。比較する2つのアミノ酸配列においてアミノ酸一致度が最も高くなるようにしたときの同一アミノ酸残基数を全アミノ酸残基数で除して算出される。
【0029】
本明細書において「(アミノ酸の)置換」とは、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸間において、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似する保存的アミノ酸群内での置換をいう。例えば、低極性側鎖を有する無電荷極性アミノ酸群(Gly, Asn, Gln, Ser, Thr, Cys, Tyr)、分枝鎖アミノ酸群(Leu, Val, Ile)、中性アミノ酸群(Gly, Ile, Val, Leu, Ala, Met, Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸群(Asn, Gln, Thr, Ser, Tyr, Cys)、酸性アミノ酸群(Asp, Glu)、塩基性アミノ酸群(Arg, Lys, His)、芳香族アミノ酸群(Phe, Tyr, Trp)内での置換が挙げられる。これらの群内でのアミノ酸置換であれば、ペプチドの性質に変化を生じにくいことが知られているため好ましい。
【0030】
1-3.構成
本発明の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーは、配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基のリン酸化、又は配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されているエストロゲン受容体α(pSer518-ERα)からなる。
【0031】
本発明の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーは、任意の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定に使用することができる。
【0032】
一実施形態において、本発明の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーは、乳がん、子宮体がん(子宮内膜がん)、及び卵巣がんの悪性度判定に使用される。
【0033】
1-4.効果
本発明の女性ホルモン依存性がん悪性度判定用バイオマーカーを使用することで、被験体における女性ホルモン依存性がんの悪性度を高い感度で判定することができる。例えば、女性ホルモン依存性がんにおけるがん細胞の増殖能及び/又は遊走能を判定することができる。女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定することによって、予後を判定し、女性ホルモン依存性がんの中から浸潤、転移、及び再発能の高い予後不良例を選別することが可能となる。
【0034】
本発明の女性ホルモン依存性がん悪性度判定用バイオマーカーによれば、配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基のリン酸化、又は配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されているエストロゲン受容体α(pSer518-ERα)の、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーとしての使用が提供される。
【0035】
2.女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定するための抗pSer518-ERα抗体又はその断片
2-1.概要
本発明の第2の態様は、女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定するための抗pSer518-ERα抗体又はその断片である。本発明の抗pSer518-ERα抗体又はその断片は、悪性度の高い女性ホルモン依存性がんにおいてリン酸化され得るSer518のリン酸化を検出することによって、被験体における女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定することができる。
【0036】
2-2.構成
(抗pSer518-ERα抗体)
「抗pSer518-ERα抗体」(又は「抗リン酸化ERα(Ser518)抗体」と表記する)とは、配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されているエストロゲン受容体α(pSer518-ERα)又は当該リン酸化セリン残基を含むその断片(以下、「pSer518-ERα又はその断片」と表記する)に対して免疫応答性を示す抗体をいう。本発明の抗pSer518-ERα抗体は、好ましくは配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基がリン酸化されていないエストロゲン受容体α(以下、「Ser518非リン酸化ERα」、「non-pSer518-ERα」、「non-pS518-ERα」等と表記する)又は当該非リン酸化セリン残基を含むその断片(以下、「non-pSer518-ERα又はその断片」等と表記する)と比較してpSer518-ERα又はその断片に対して優先的に結合する抗体であり、より好ましくは、non-pSer518-ERα又はその断片と比較してpSer518-ERα又はその断片に対して特異的に結合する抗体である。
【0037】
本発明の抗pSer518-ERα抗体の由来生物種は、特に限定しない。好ましくは鳥類及び哺乳動物由来の抗体である。例えば、ニワトリ、ダチョウ、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ロバ、ヒツジ、ラクダ、ウマ、又はヒト等が挙げられる。
【0038】
本発明の抗pSer518-ERα抗体は、pSer518-ERαを認識し、免疫応答性を示す抗体である限り、モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであってもよい。好ましくは抗体価が安定しているモノクローナル抗体である。
【0039】
本明細書において「ポリクローナル抗体」とは、抗原に特異的に結合し、かつそれを認識することのできる異なる複数種の免疫グロブリン群をいう。
【0040】
また、本明細書において「モノクローナル抗体」とは、フレームワーク領域(Framework region:以下、「FR」と表記する)及び相補性決定領域(Complementarity determining region:以下、「CDR」と表記する)を含み、抗原に特異的に結合し、かつそれを認識することのできる単一種の免疫グロブリン、又は免疫グロブリンに含まれる少なくとも1組の軽鎖可変領域(VL領域)及び重鎖可変領域(VH領域)を包含する組換え抗体又は合成抗体をいう。
【0041】
抗pSer518-ERα抗体が免疫グロブリン分子で構成される場合、免疫グロブリンは任意のクラス(例えば、IgG、IgE、IgM、IgA、IgD及びIgY)、又は任意のサブクラス(例えば、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4、IgA1、IgA2)とすることができる。
【0042】
本発明の抗pSer518-ERα抗体が認識するpSer518-ERαのエピトープは、pSer518-ERα又はその断片に特有なエピトープである。そのようなエピトープは、non-pSer518-ERα又はその断片と比較してpSer518-ERα又はその断片に優先的に存在するエピトープ(例えば、non-pSer518-ERα又はその断片に含まれていないエピトープ)である限り、そのエピトープの位置は特に限定しない。本発明の抗pSer518-ERα抗体が認識するエピトープは、pSer518のリン酸基を含むエピトープ、又はpSer518のリン酸基を含まないエピトープのいずれであってもよいが、pSer518のリン酸基を含むエピトープであることが好ましい。
【0043】
上記エピトープを認識する抗pSer518-ERα抗体の具体例として、後述する実施例7のラット抗pSer518-ERαモノクローナル抗体M2が挙げられる。M2抗体は、重鎖可変領域が配列番号8で示すアミノ酸配列からなり、また軽鎖可変領域が配列番号9で示すアミノ酸配列からなる。Kabatのルール(Kabat E.A., et al., 1991, Sequences of proteins of immunological interest, Vol.1, eds. 5, NIH publication)によれば、M2抗体の重鎖可変領域において、CDR1は配列番号2で示すアミノ酸配列からなり、CDR2は配列番号3で示すアミノ酸配列からなり、CDR3は配列番号4で示すアミノ酸配列からなる。また、M2抗体の軽鎖可変領域において、CDR1は配列番号5で示すアミノ酸配列からなり、CDR2は配列番号6で示すアミノ酸配列からなり、CDR3は配列番号7で示すアミノ酸配列からなる。配列番号2~9のアミノ酸配列を以下の表1に示す。
【0044】
【0045】
なお、M2抗体の重鎖可変領域に相当する前記配列番号8で示すアミノ酸配列をコードする核酸(ヌクレオチド)として、例えば、配列番号10で示す塩基配列からなる核酸が挙げられる。また、M2抗体の軽鎖可変領域に相当する前記配列番号9で示すアミノ酸配列をコードする核酸として、例えば、配列番号11で示す塩基配列からなる核酸が挙げられる。さらに、上記M2抗体における重鎖可変領域のCDR1、CDR2、及びCDR3をコードする塩基配列として、例えば、それぞれ配列番号12、13、及び14で示す塩基配列からなる核酸が挙げられる。また、上記M2抗体における軽鎖可変領域のCDR1、CDR2、及びCDR3をコードする塩基配列として、例えば、それぞれ配列番号15、16、及び17で示す塩基配列からなる核酸が挙げられる。
【0046】
「組換え抗体」とは、キメラ抗体、又はヒト化抗体をいう。「キメラ抗体」とは、異なる動物由来の抗体のアミノ酸配列を組み合わせて作製される抗体で、ある抗体の定常領域(C領域)を他の抗体のC領域で置換した抗体である。例えば、ラットモノクローナル抗体のC領域をヒト抗体のC領域と置き換えた抗体が該当する。具体的な例を挙げると、任意の抗原に対するヒト抗体の重鎖可変領域を前述のM2抗体における配列番号8で示すアミノ酸配列からなる重鎖可変領域と置換し、またヒト抗体の軽鎖可変領域を配列番号9で示すアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域と置換してなる抗体が挙げられる。これによりヒト体内における当該抗体に対する免疫反応を軽減し得る。「ヒト化抗体」とは、ヒト抗体におけるCDRをヒト以外の哺乳動物由来の抗体におけるCDRと置換したモザイク抗体である。免疫グロブリン分子の可変領域(V領域)は、4つのFR(FR1、FR2、FR3及びFR4)と3つのCDR(CDR1、CDR2及びCDR3)がN末端側からFR1-CDR1-FR2-CDR2-FR3-CDR3-FR4の順序で連結されて構成されている。このうちFRは可変領域の骨格を構成する相対的に保存された領域であり、CDRが抗体の抗原結合特異性に直接寄与する。ヒト化抗体は、例えば、ラット由来の抗pSer518-ERα抗体の軽鎖又は重鎖における一組のCDR1、CDR2及びCDR3を任意の抗原に対するヒト抗体の軽鎖又は重鎖における一組のCDR1、CDR2、及びCDR3とそれぞれ置換することによって、ラット抗pSer518-ERα抗体の抗原結合特異性を受け継いだヒト抗体として構築することができる。具体的な例を挙げると、前述のM2抗体における重鎖由来の配列番号2で示すアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号3で示すアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号4で示すアミノ酸配列からなるCDR3をヒト抗体の重鎖CDR1、CDR2、及びCDR3とそれぞれ置換し、また前述のM2抗体における軽鎖由来の配列番号5で示すアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号6で示すアミノ酸配列からなるCDR2、及び配列番号7で示すアミノ酸配列からなるCDR3をヒト抗体の軽鎖CDR1、CDR2、及びCDR3とそれぞれ置換してなる抗体が挙げられる。このようなヒト化抗体は、CDR以外はヒト抗体由来であることからヒト体内における当該抗体に対する免疫反応をキメラ抗体以上に軽減し得る。
【0047】
「合成抗体」とは、化学的に又は組換えDNA法を用いることによって合成した抗体をいう。例えば、組換えDNA法を用いて新たに合成された抗体が挙げられる。具体的には、例えば、scFv(single chain Fragment of variable region:単鎖抗体)、ダイアボディ(diabody)、トリアボディ(triabody)又はテトラボディ(tetrabody)等が挙げられる。免疫グロブリン分子において、機能的な抗原結合部位を形成する一組の可変領域(軽鎖可変領域VL及び重鎖可変領域VH)は、軽鎖と重鎖という別々のポリペプチド鎖上に位置する。scFvは、免疫グロブリン分子において、VL及びVHを十分な長さの柔軟性リンカーによって連結し、1本のポリペプチド鎖に包含した構造を有する分子量約35 kDa以下の合成抗体である。scFv内において1組の可変領域は、互いに自己集合して1つの機能的な抗原結合部位を形成することができる。scFvは、それをコードする組換えDNAを、公知技術を用いてベクターに組み込み、発現させることで得ることができる。ダイアボディは、scFvの二量体構造を基礎とした構造を有する分子である(Holliger et al., 1993, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:6444-6448)。例えば、上記リンカーの長さが約12アミノ酸残基よりも短い場合、scFv内の2つの可変領域は自己集合できないが、2つのscFvを相互作用させてダイアボディを形成させることにより、一方のscFvのVLが他方のscFvのVHと集合可能となり、2つの機能的な抗原結合部位を形成することができる。さらに、scFvのC末端にシステイン残基を付加させることにより、2本のscFvどうしのジスルフィド結合が可能となり、安定的なダイアボディを形成させることもできる。このようにダイアボディは二価の抗体断片である。トリアボディ、及びテトラボディは、ダイアボディと同様にscFv構造を基本とした、その三量体、及び四量体構造を有する、それぞれ、三価、及び四価の抗体である。ダイアボディ、トリアボディ、及びテトラボディは、多重特異性抗体であってもよい。「多重特異性抗体」とは、多価抗体、すなわち抗原結合部位を一分子内に複数有する抗体において、それぞれの抗原結合部位が異なるエピトープと結合する抗体をいう。例えば、ダイアボディにおいて、それぞれの抗原結合部位が異なるエピトープと結合する二重特異性抗体(Bispecific抗体)が挙げられる。具体的には、例えば、本発明の抗pSer518-ERα抗体であれば、一方の抗原結合部位がpSer518と結合し、他方の抗原結合部位がpSer518以外のpSer518-ERα上のエピトープと結合するダイアボディが該当する。
【0048】
本発明の抗pSer518-ERα抗体は、修飾することもできる。ここでいう「修飾」とは、グリコシル化のような抗原特異的結合活性に必要な機能上の修飾や抗体検出に必要な標識上の修飾を含む。
【0049】
抗pSer518-ERα抗体上のグリコシル化修飾は、標的であるpSer518-ERαに対する抗pSer518-ERα抗体の親和性を調整するために行われる。具体的には、例えば、抗pSer518-ERα抗体のFRにおいて、グリコシル化を構成するアミノ酸残基に置換を導入してグリコシル化部位を除去することで、その部位のグリコシル化を喪失させる改変等が挙げられる。
【0050】
抗pSer518-ERα抗体の標識には、例えば、蛍光色素(FITC、ローダミン、テキサスレッド、Cy3、Cy5)、蛍光タンパク質(例えば、PE、APC、GFP)、酵素(例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ)、放射性同位元素(例えば、3H、14C、35S)又はビオチン若しくは(ストレプト)アビジンによる標識が挙げられる。
【0051】
本発明の抗pSer518-ERα抗体は、pSer518-ERαタンパク質との解離定数が、10-7 M以下であることが好ましい。10-8M以下の高い親和性を有することが好ましく、より好ましくは10-9 M以下、特に好ましくは10-10 M以下である。上記解離定数は、当該分野で公知の技術を用いて測定することができる。例えば、Biacoreシステム(GE Healthcare社)により速度評価キットソフトウェアを用いて測定してもよい。
【0052】
(その断片)
本明細書において「その断片」とは、抗pSer518-ERα抗体の一部からなり、かつ抗pSer518-ERα抗体と同様にpSer518-ERαに対して免疫応答性を示す抗体断片をいう。例えば、Fab、F(ab')2、Fab'等が該当する。
【0053】
Fabは、IgG分子がパパインによってヒンジ部のジスルフィド結合よりもN末端側で切断されて生じる抗体断片であって、H鎖定常領域(重鎖定常領域:以下CHと表記する)を構成する3つのドメイン(CH1、CH2、CH3)のうちVHに隣接するCH1とVH、及び完全長のL鎖から構成される。
【0054】
F(ab')2は、IgG分子がペプシンによってヒンジ部のジスルフィド結合よりもC末端側で切断されて生じるFab'の二量体である。Fab'は、Fabよりもヒンジ部を含む分だけH鎖が若干長いが実質的にはFabと同等の構造を有する。Fab'は、F(ab')2をマイルドな条件下で還元し、ヒンジ領域のジスルフィド連結を切断することによって得ることができる。これらの抗体断片は、いずれも抗原結合部位を包含していることから、抗原エピトープと特異的に結合する能力を有している。
【0055】
2-3.抗pSer518-ERα抗体の作製
本発明の抗pSer518-ERα抗体は、当該分野の常法によって得ることができる。また、モノクローナル抗体のアミノ酸配列が明らかであれば、そのアミノ酸配列に基づいて、化学的合成法や組換えDNA技術を用いることによって調製することもできる。さらに、モノクローナル抗体は、その抗体を産生するハイブリドーマから得ることもできる。
【0056】
本発明の抗pSer518-ERα抗体の免疫原として使用可能な抗原ペプチドは、pSer518-ERαの中の、pSer518を含む任意の一部(以下、「pSer518-ERα抗原ペプチド」と表記する)である。例えば、本発明の抗pSer518-ERα抗体の免疫原として使用可能な抗原ペプチドは、配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基(Ser518)に対応するセリン残基を含むペプチドで、当該セリン残基がリン酸化されているペプチド、例えば、配列番号49で示すアミノ酸配列(SHIRHMSNKGMEHL)のN末端にシステインが付加され、配列番号1で示すアミノ酸配列において518位のセリン残基に対応するセリン残基(配列番号49で示すアミノ酸配列においてN末端側から7番目に位置するセリン残基)がリン酸化されたペプチドが挙げられる。pSer518-ERα抗原ペプチドは、例えば、化学的合成法又はDNA組換え技術を用いて調製することができる。
【0057】
3.女性ホルモン依存性がん悪性度判定キット
3-1.概要
本発明の第3の態様は、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーを検出するための女性ホルモン依存性がん悪性度判定キットである。本発明の女性ホルモン依存性がん悪性度判定キットは、第2態様の抗pSer518-ERα抗体又は免疫応答性を有するその断片を必須の構成要素として含み、抗pSer518-ERα以外の女性ホルモン依存性がん悪性度判定用マーカー(以下、「他の女性ホルモン依存性がん悪性度判定用マーカー」と称する)に対する抗体(以下、「他の女性ホルモン依存性がん悪性度判定用抗体」と称する)又は免疫応答性を有するその断片を選択構成物として含む。
【0058】
3-2.構成
(必須構成物)
本態様の女性ホルモン依存性がん悪性度判定キットは、第2態様の抗pSer518-ERα抗体又はその断片を必須の構成要素として含む。本発明の女性ホルモン依存性がん悪性度判定キットに含まれる抗pSer518-ERα抗体は単一種であってもよいし、複数種であってもよい。
【0059】
(選択構成物)
本態様の女性ホルモン依存性がん悪性度判定キットは、選択構成物として、1種類又は複数種類の他の女性ホルモン依存性がん悪性度判定用抗体又は免疫応答性を有するその断片をさらに含んでもよい。ここで、他の女性ホルモン依存性がん悪性度判定用抗体は、上記の抗pSer518-ERα抗体と組み合わせて用いた場合に女性ホルモン依存性がんの悪性度判定の精度を向上し得るものであれば任意の抗体でよく、女性ホルモン依存性がんの任意の悪性度判定用マーカーに対する抗体を使用することができる。
【0060】
本発明の女性ホルモン依存性がん悪性度判定キットは、女性ホルモン依存性がん悪性度判定用抗体の他に、女性ホルモン依存性がん悪性度判定に必要な他の試薬、例えば、バッファーや二次抗体、検出及び結果の判定に用いる説明書を含んでいてもよい。
【0061】
4.女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法
4-1.概要
本発明の第4の態様は、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法である。本発明の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法は、被験体由来の試料中のpSer518-ERαを検出することによって、被験体の女性ホルモン依存性がんの悪性度及び/又は予後の判定を行うことができる。
【0062】
4-2.方法
本発明の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法は、検出工程及び判定工程を含む。
【0063】
(検出工程)
「検出工程」とは、女性ホルモン依存性がんに罹患している被験体に由来する試料において、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーの量を測定し、その測定値に基づいて、当該バイオマーカーが陽性であるか又は陰性であるかを決定(以下、「陽性/陰性の決定」と表記する)する工程である。
【0064】
本明細書において「試料」とは、被験体又は健常体若しくは健常体群から採取され、本態様の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法に供されるものであって、例えば、組織又は細胞が該当する。ここでいう「組織」及び「細胞」は被験体の女性ホルモン依存性がんに罹患している組織及び細胞、並びに健常体における対応する組織及び細胞が該当する。例えば、乳房、子宮、卵巣、又は肺に由来する組織又は細胞が挙げられる。
【0065】
本態様の悪性度判定方法に供される試料は、女性ホルモン依存性がんに罹患している被験体から生検により採取された、又は手術により切除された検体である。好ましくは、生検により採取された、又は手術により切除された女性ホルモン依存性がんの一部(例えば、組織又は細胞)である。なお、これらの組織又は細胞は、ホルマリン固定後パラフィンに包埋されたもの(FFPE:Formalin-Fixed Paraffin Embedded)でもよい。
【0066】
試料の採取は、生検又は手術による外科的摘出により組織又は細胞を入手すればよい。本態様の悪性度判定方法において必要となる試料の量は、特に限定するものではない。組織又は細胞であれば少なくとも10 μg、好ましくは少なくとも0.1 mgあれば望ましいが、生検材料でも構わない。試料は、女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーを検出可能なように、必要に応じて調製、処理することができる。例えば、試料が組織又は細胞であれば、ホモジナイズ処理や細胞溶解処理、遠心や濾過による夾雑物除去、プロテアーゼインヒビターの添加等が挙げられる。これらの処理の詳細についてはGreen & Sambrook, Molecular Cloning, 2012, Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Pressに詳しく記載されており、参考にすればよい。
【0067】
本明細書において「女性ホルモン依存性がんの悪性度判定用バイオマーカーの測定値」とは、具体的には、ERαのSer518のリン酸化(以下、「Ser518リン酸化」と表記する)の測定値、又はpSer518-ERαの測定値である。
【0068】
本明細書において「測定値」とは、バイオマーカーの測定によって得られた測定値である。測定値は、試料中のタンパク質量をng(ナノグラム)やμg(マイクログラム)等の単位で表した絶対値であってもよいし、又は対照値に対する吸光度や標識分子による蛍光強度等で表した相対値であってもよく、或いは、試料中におけるバイオマーカーの空間分布(例えば、染色パターン)から一定の計算式により算出されるスコア(点数)であってもよい。ここで対照値は、ERα以外の任意のバイオマーカーの測定値、non-pS518-ERαの測定値、又はpSer518-ERαとnon-pS518-ERαを合わせたERα全体の測定値であってもよい。
【0069】
以下、本検出工程を構成する、(1)Ser518リン酸化の測定、及び(2)Ser518リン酸化の陽性/陰性の決定について説明する。
【0070】
(1)Ser518リン酸化の測定
Ser518リン酸化を測定する方法は、Ser518のリン酸化レベルを測定する方法、又はpSer518-ERαのタンパク質量を測定する方法である。Ser518リン酸化を測定する方法は、特に限定はしない。例えば、免疫学的検出法、アプタマー解析法、又は質量分析法等の公知の定量方法を利用できる。以下、各定量法について説明をする。
【0071】
(a)免疫学的検出法
「免疫学的検出法」とは、標的分子と特異的に結合する抗体又はその結合断片を用いて、その標的分子を定量する方法である。免疫学的検出法には、例えば、酵素免疫測定法(ELISA法、EIA法を含む)、蛍光免疫測定法、放射免疫測定法(RIA)、発光免疫測定法、表面プラズモン共鳴法(SPR法)、水晶振動子マイクロバランス(QCM)法、免疫比濁法、ラテックス凝集免疫測定法、ラテックス比濁法、赤血球凝集反応、粒子凝集反応法、金コロイド法、キャピラリー電気泳動法、ウエスタンブロット法又は免疫組織化学法(免疫染色法)等が知られているが、本方法ではいずれの検出法を用いてもよい。限定はしないが、免疫組織化学法が好適である。
【0072】
免疫組織化学法を用いる場合には、Ser518のリン酸化レベルの定量方法、又はpSer518-ERαのタンパク質定量方法は、限定しない。例えば、組織切片の染色パターンの観察に基づいて、一定の計算式を用いて算出されるスコアとして定量してもよい。ERαは核内で機能するため核内での染色量を定量してもよい。
【0073】
本工程の免疫学的検出に使用する抗体は、モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであってもよく、抗体を構成する免疫グロブリンは任意のクラス又は任意のサブクラスであってもよく、哺乳動物及び鳥を含めたいずれの動物由来でもよく、人為的に作製した抗体、例えば、組換え抗体、合成抗体、又は抗体断片であってもよい。これらの抗体の形態については、第2態様で説明されており、ここでの詳細な説明は省略する。
【0074】
一実施形態において、本工程の免疫学的検出に使用する抗体は、第2態様に記載の抗pSer518-ERα抗体又はその断片である。
【0075】
(b)アプタマー解析法
「アプタマー解析法」は、立体構造によって標的物質と強固、かつ特異的に結合するアプタマーを用いて、標的分子である女性ホルモン依存性がん悪性度判定用マーカータンパク質を定量する方法である。アプタマーは、その分子の種類により、核酸アプタマーとペプチドアプタマーに大別することができるが、いずれのアプタマーであってもよい。
【0076】
「核酸アプタマー」とは、核酸で構成されるアプタマーをいう。核酸アプタマーを構成する核酸は、DNA、RNA又はそれらの組合せのいずれであってもよい。必要に応じて、PNA、LNA/BNA、メチルホスホネート型DNA、ホスホロチオエート型DNA、2'-O-メチル型RNA等の化学修飾核酸を含むこともできる。本発明であれば、抗pSer518-ERα RNAアプタマー又は抗pSer518-ERα DNAアプタマー等が挙げられる。
【0077】
核酸アプタマーは、pSer518-ERα又はその一部を標的分子として、当該分野で公知の方法、例えば、SELEX(systematic evolution of ligands by exponential enrichment)法を用いて作製することができる。SELEX法は、公知の方法であり、具体的な方法は、例えば、Panら(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 1995, 92: 11509-11513)に準じて行えばよい。
【0078】
ペプチドアプタマーとは、アミノ酸で構成されるアプタマーで、抗体と同様に、特定の標的分子の表面構造を認識して、特異的に結合する1~6 kDaのペプチド分子である。本発明であれば、抗pSer518-ERαペプチドアプタマー等が挙げられる。ペプチドアプタマーは、当該分野で公知製造の方法に基づいて作製すればよい。例えば、Whaley, S. R., et al., Nature, 2000, 405, 665-668を参照することができる。通常は、ファージディスプレイ法や細胞表層ディスプレイ法を用いて作製することができる。
【0079】
上記抗体又はアプタマーは、必要に応じて標識されていてもよい。標識は、当該分野で公知の標識物質を利用すればよい。抗体及びペプチドアプタマーの場合、例えば、蛍光色素(フルオレセイン、FITC、ローダミン、テキサスレッド、Cy3、Cy5)、蛍光タンパク質(例えば、PE、APC、GFP)、酵素(例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ)、放射性同位元素(例えば、3H、14C、35S)又はビオチン若しくは(ストレプト)アビジンにより標識することができる。また、核酸アプタマーの場合、例えば、放射性同位元素(例えば、32P、3H、14C)、DIG、ビオチン、蛍光色素(例えば、FITC、Texas、cy3、cy5、cy7、FAM、HEX、VIC、JOE、Rox、TET、Bodipy493、NBD、TAMRA)、又は発光物質(例えば、アクリジニウムエスター)が挙げられる。標識物質で標識された抗体やアプタマーは、標的タンパク質と結合したアプタマーを検出する際に有用なツールとなり得る。
【0080】
(c)質量分析法
「質量分析法」には、高速液体クロマトグラフ質量分析法(LC-MS)、高速液体クロマトグラフタンデム質量分析法(LC-MS/MS)、ガスクロマトグラフ質量分析法(GC-MS)、ガスクロマトグラフタンデム質量分析法(GC-MS/MS)、キャピラリー電気泳動質量分析法(CE-MS)及びICP質量分析法(ICP-MS)が挙げられる。
【0081】
上記免疫学的検出法、アプタマー解析法、及び質量分析法は、いずれも当該分野に公知の技術であって、それらの方法に準じて行えばよい。例えば、Green, M.R. and Sambrook, J., 2012, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York;Christopher J., et al., 2005, Chemical Review,105:1103-1169;Iijima Y. et al., 2008,.The Plant Journal, 54,949-962;Hirai M. et al.,2004, Proc Natl Acad Sci USA, 101(27) 10205-10210;Sato S, et al., 2004,,The Plant Journal, 40(1)151-163; Shimizu M. et al., 2005, Proteomics, 5,3919-3931に記載の方法に準じて行うことができる。また、各メーカーからペプチド定量キットが市販されており、それらを利用することもできる。
【0082】
(2)Ser518リン酸化の陽性/陰性の決定
次に、(1)で得られた測定値に基づいて、試料中におけるSer518リン酸化の陽性/陰性を決定する。
【0083】
測定値に基づいた陽性/陰性の決定方法は、限定はしない。例えば、Ser518リン酸化の測定値に対するカットオフ値を定め、そのカットオフ値に基づいて陽性/陰性を決定する方法が挙げられる。すなわち、所定の値をカットオフ値と定め、測定値がその値以上であれば、Ser518リン酸化は陽性であり、逆にカットオフ値未満であれば陰性と決定することができる。
【0084】
カットオフ値は、測定値を陽性、陰性に分類するための境界値をいう。カットオフ値は、通常、疾患の罹患率とROC曲線(receiver operating characteristic curve)より算出された感度及び特異度に基づき算出することができる。カットオフ値の設定法は特に限定しない。
【0085】
例えば、女性ホルモン依存性がんに罹患していない健常体に由来する試料の測定値、若しくは健常体群に由来する試料の測定値の平均値をカットオフ値として、被験体の測定値がカットオフ値よりも高いときに、陽性と決定することができる。
【0086】
或いは、女性ホルモン依存性がんに罹患していない健常体に由来する試料の測定値、又は健常体群に由来する試料の測定値の平均値の1.5倍以上、2.0倍以上、3.0倍以上、4倍以上、5倍以上、又は6倍以上をカットオフ値として、被験体の測定値がカットオフ値よりも高いときに、陽性と決定することもできる。
【0087】
また、対照群から得られた測定値をパーセンタイルで分類し、その分類に用いたパーセンタイル値をカットオフ値とすることもできる。例えば、対照者から得られた測定値の95パーセンタイルをカットオフ値とし、その値以上を陽性、値未満を陰性とした場合、被験体の測定値が95パーセンタイル以上であれば、陽性と決定することができる。
【0088】
なお、対照とする健常体の測定値は、被験体の測定値と異なり、必ずしもその都度測定する必要はない。例えば、測定に用いる試料の量、女性ホルモン依存性がん判定用バイオマーカーの測定方法、測定条件を一定にしておけば、以前に測定した対照健常体の測定値を再利用することができる。
【0089】
(判定工程)
「判定工程」とは、前記検出工程で得られたSer518リン酸化の検出結果に基づいて、被験体における女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定する工程である。
【0090】
本発明の悪性度判定方法の判定工程では、女性ホルモン依存性がんに罹患している被験体に由来する試料においてSer518リン酸化が検出された場合に、女性ホルモン依存性がんの悪性度が高いと判定することができる。
【0091】
本発明の悪性度判定方法の判定工程では、女性ホルモン依存性がんに罹患している被験体に由来する試料において、Ser518リン酸化以外の他の女性ホルモン依存性がん悪性度判定用マーカーを検出し、その検出結果とSer518リン酸化の検出結果に基づいて、女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定してもよい。ここでSer518リン酸化以外の他の女性ホルモン依存性がん悪性度判定用マーカーは、第3態様の記載に準じる。
【0092】
また、本発明の悪性度判定方法の判定工程では、女性ホルモン依存性がんに罹患している被験体に由来する試料において、細胞異型、構造異型、浸潤、及び転移のうちいずれか1つ以上を検出し、その検出結果とSer518リン酸化の検出結果とに基づいて、女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定してもよい。ここで、「細胞異型」とは、正常の細胞構造からの隔たりであり、具体的には核胞体比の増大、細胞や核の大小不同、核形の不整、核クロマチンの増量、核小体の増大や増加、核分裂像の増加、及び/又は異常核分裂像の出現を指す。また、「構造異型」とは、正常の組織構造からの隔たり、即ち組織構造の不規則化である。本態様において細胞異型又は構造異型の検出方法は限定しない。例えば、ヘマトキシリン・エオジン染色を用いて可視化することができる。「浸潤」とは、悪性腫瘍が周囲の正常組織や臓器を破壊しながら連続性に進展することであり、周囲組織との境界が不明瞭になることで判定できる。「転移」とは、悪性腫瘍が原発巣から離れた臓器に非連続性に進展することである。
【0093】
4-3.効果
本態様の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法によれば、生検や手術により摘出した生体試料を調べることで、その検体を提供した被験体の女性ホルモン依存性がんの悪性度を正確に判定することができる。また、本発明の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法によれば、女性ホルモン依存性がんの予後を判定することができる。正診率の高い本態様の悪性度判定方法によって、再発リスクや治療法の判断を考慮し、対応できる利点がある。
【0094】
本発明の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定方法によれば、被験体の女性ホルモン依存性がんの悪性度判定を補助する方法も提供される。
【0095】
また、本発明の方法は、他の方法(例えば、レントゲン撮影;超音波検査;内視鏡検査;マンモグラフィー;内診;直腸診;CT検査やMRI検査等の画像検査;血液検査;細胞診や組織診等の病理検査;及び/又は遺伝子診断)と組み合わせて用いることができる。他の方法と組み合わせることで、本発明の判定方法の精度を高めることができる。
【0096】
さらに、本発明の方法で女性ホルモン依存性がんの悪性度を判定する工程を含む、女性ホルモン依存性がんを治療する方法や、予後を改善する方法も提供される。
【0097】
5.女性ホルモン依存性がんの抑制剤又は治療剤をスクリーニングする方法
5-1.概要
本発明の第5の態様は、女性ホルモン依存性がんの抑制剤又は治療剤をスクリーニングする方法である。本態様のスクリーニング方法によれば、エストロゲン受容体αにおけるSer518リン酸化を減少し得る抑制剤又は治療剤を同定することができる。
【0098】
5-2.方法
本発明のスクリーニング方法は、被験物質処置工程、リン酸化測定工程、及び抑制剤/治療剤の同定工程を含む。
【0099】
(被験物質処置工程)
「被験物質処置工程」とは、配列番号1で示すアミノ酸配列からなり、該アミノ酸配列における518位のセリン残基がリン酸化されるエストロゲン受容体αを発現する細胞を被験物質で処置する工程である。
【0100】
本スクリーニング方法の対象となる被験物質の種類は特に限定されない。被験物質は、任意の物質、具体的には、天然分子(例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、核酸、脂質、炭水化物(糖等)、ステロイド、グリコペプチド、糖タンパク質、プロテオグリカン等)、天然分子の合成アナログ又は誘導体(例えば、ペプチド擬態物、核酸分子(アプタマー、アンチセンス核酸、二本鎖RNA(RNAi)等))、及び低分子化合物等の非天然分子(例えば低分子無機化合物及び低分子有機化合物)等;並びにそれらの混合物を挙げることができる。
【0101】
また、被験物質としては単一の被験物質を独立に試験しても、いくつかの候補となる被験物質の混合物(例えばライブラリ等)について試験をしてもよい。複数の被験物質を含むライブラリとしては、合成化合物ライブラリやペプチドライブラリ(コンビナトリアルライブラリ等)等が挙げられる。
【0102】
細胞を被験物質と接触させる場合、その接触の条件は、その物質の種類により異なるが、当業者であれば容易に決定することができる。例えば、接触は、細胞を被験物質を添加した培地中で培養することにより、細胞を被験物質を含む溶液中に浸漬することにより、細胞上に被験物質を積層することにより、又は細胞を被験物質の存在下で培養することにより行うことができる。
【0103】
また、被験物質の効果及び有効性は、いくつかの条件で検討することも可能である。そのような条件としては、被験物質で処置する時間又は期間、量(大小)、回数などが挙げられる。例えば、被験物質の希釈系列を調製するなどして複数の用量を設定することができる。被験物質の処置期間も適宜設定することができるが、例えば、1日から数週間、数ヶ月、数年の期間にわたって処置を行うことができる。
【0104】
本発明のスクリーニング方法で使用する細胞は、配列番号1で示すアミノ酸配列からなり、該アミノ酸配列における518位のセリン残基がリン酸化されるエストロゲン受容体αを発現する細胞である。「配列番号1で示すアミノ酸配列からなり、該アミノ酸配列における518位のセリン残基がリン酸化されるエストロゲン受容体αを発現する細胞」とは、配列番号1で示すアミノ酸配列からなるエストロゲン受容体αを発現し、かつエストロゲン受容体αの518位のセリン残基がリン酸化される細胞である。「エストロゲン受容体αの518位のセリン残基がリン酸化される細胞」は、エストロゲン受容体αの518位のセリン残基がリン酸化され得る細胞であれば限定しない。当該細胞は、エストロゲン受容体αの518位のセリン残基がリン酸化される天然由来の細胞、又はエストロゲン受容体αの518位のセリン残基のリン酸化が誘導される細胞のいずれであってもよい。天然由来の細胞であれば、例えばエストロゲン受容体αの518位のセリン残基がリン酸化される女性ホルモン依存性がん由来の細胞であってもよい。リン酸化が誘導される細胞であれば、エストロゲン受容体αの518位のセリン残基は、CLDN6/SFK/PI3K/AKT経路の活性化によってリン酸化されるため、例えば、エストロゲン受容体αと共にCLDN6/SFK/PI3K/AKT経路の構成因子(例えばCLDN6)を発現する細胞;又はエストロゲン受容体αを発現し、CLDN6/SFK/PI3K/AKT経路を活性化する薬剤(例えばエストラジオール等のエストロゲン)が添加される細胞であってもよい。細胞の種類は、エストロゲン受容体αの518位のセリン残基のリン酸化が誘導され得る動物細胞であれば特に限定しない。動物細胞の由来となる生物種は、例えば、哺乳動物(例えばヒト等の霊長類、ラット及びマウス等の実験動物)が挙げられ、初代培養細胞、継代培養細胞、及び凍結細胞のいずれであってもよい。また、正常細胞又は癌細胞(例えばヒト子宮体癌細胞株Ishikawa等)であってもよい。
【0105】
(リン酸化測定工程)
「リン酸化測定工程」とは、被験物質処置工程により被験物質で処置された細胞におけるSer518リン酸化を測定する工程である。
【0106】
Ser518リン酸化を測定する方法は、Ser518のリン酸化レベルを測定する方法、又はpSer518-ERαのタンパク質量を測定する方法である。Ser518リン酸化を測定する方法は、特に限定せず、公知の測定方法を使用することができる。例えば、第4態様で述べた(a)免疫学的検出法、(b)アプタマー解析法、又は(c)質量分析法を用いることができる。好ましくは免疫学的検出法(例えば免疫組織化学)を用いることができる。
【0107】
リン酸化測定工程は、被験物質処置工程に続いて、適当な時期に行う。例えば、被験物質処置工程の直後、30分後、1時間後、3時間後、5時間後、10時間後、15時間後、20時間後、24時間(1日)後、2~10日後、10~20日後、20~30日後、1ヶ月~6ヶ月後に測定を行う。
【0108】
(抑制剤/治療剤の同定工程)
「抑制剤/治療剤の同定工程」とは、Ser518のリン酸化が減少する場合に被験物質を女性ホルモン依存性がんの抑制剤又は治療剤として同定する工程である。
【0109】
本工程において「Ser518のリン酸化が減少する」とは、所定のカットオフ値や被験物質で処置しない場合の値と比較してSer518のリン酸化が減少することを意味する。例えば、Ser518のリン酸化が、被験物質で処置しない場合の値と比較して、100%以下、90%以下、80%以下、70%以下、60%以下、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、1%以下、又は0.1%以下である場合に、被験物質を女性ホルモン依存性がんの抑制剤又は治療剤として同定することができる。
【0110】
以上のように、本スクリーニング方法により、女性ホルモン依存性がんの抑制剤又は治療剤(又はその候補物質)を同定し、さらにその有効性を確認することができる。
【実施例0111】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、この実施例は単なる一例示に過ぎず、本発明は実施例に記載の範囲に限定されるものではない。
【0112】
<実施例1:ヒト子宮体癌細胞株由来ESR1遺伝子ノックアウト細胞株(Ishikawa:ESR1-/-細胞)の樹立>
(目的)
ヒト子宮体癌細胞株IshikawaにおいてESR1遺伝子がノックアウトされた細胞(Ishikawa:ESR1-/-細胞)を作製する。
【0113】
(方法)
ヒト子宮体癌細胞株Ishikawaは、和歌山県立医科大学の山田源教授から恵与されたものを使用した。Ishikawa細胞の培養液には、Roswell Park Memorial Institute (RPMI) 1640, McCoy’s 5Aを使用し、10% Fetal bovine serum (FBS; #172012, Sigma-Aldrich)及び1% Penicillin-streptomycin mixture (#15140-122, Gibco)を添加した。
【0114】
ESR1遺伝子のノックアウトは、TALEN法を用いて以下の方法で行った。TAL Effector Nucleotide Targeter 2.0 software (Doyle EL, et al., Nucleic Acids Res., 2012, 40(Web Server issue):W117-W122.)を用いて標的配列をスクリーニングした。その結果、ヒトESR1遺伝子の第2エクソンにおける5'-CTGGTCCTGTGAGGG-3’(配列番号24、
図1におけるLeft TALEN)及び5'-GAATACTTCTCTTGA-3’(配列番号25、
図1におけるRight TALEN)が標的配列として選択された。Left TALEN及びRight TALENをPlatinum TALEN Kit (Sakuma T, et al., Sci Rep, 2013, 3:3379.)を用いてGolden Gate法にてサブクローニングすることにより、目的とする2つのTALEN発現ベクタープラスミドが得られた。
【0115】
上記TALEN発現ベクタープラスミドをLipofectamine(商標) 3000 Transfection Reagent (#L3000015, Thermo Fisher Scientific)を用いて規定の方法に従ってIshikawa細胞に導入した。その後、第2日から第4日まで最終濃度500 μgのハイグロマイシン存在下で培養することによって生存細胞を選別した。次いで第5日に96穴培養皿上に限界希釈を行い、さらに培養することによって単細胞由来のコロニーが得られた。
【0116】
各コロニーから抽出したゲノミックDNAを用いて、制限酵素断片長多型(Restriction fragment length polymorphism; RFLP)法によるスクリーニング(Sugimoto et al., Dev Comp Immunol, 2017, 73:156-162.)を行い、ESR1遺伝子ノックアウト細胞株の候補を選択した。PCRのプライマーには5'-AATGACAAGGGAAGTATGGCTATGGAATCTGCCAA-3'(配列番号26)、及び5’-CTGAGATCCTGTCTCTTCTCCATGTTTCTACCAAA-3’(配列番号27)を使用した。PCR後の制限酵素消化にはStuI (#R0187L, New England Biolabs;
図1)を使用した。
【0117】
次に、選択されたクローンのゲノミックDNAを上記と同一のプライマーを用いてPCRにより増幅した。増幅されたDNA断片をTAクローニングキットpGEM-T easy (#A1360, Promega)によりクローニングした後、DNAシークエンスによって塩基配列を決定した。
【0118】
(結果)
ヒト子宮体癌細胞株由来のESR1遺伝子ノックアウト細胞株(Ishikawa:ESR1
-/-)が得られた。得られたIshikawa:ESR1
-/-細胞では、両方のアリル(
図1におけるKO 1st allele及びKO 2nd allele)の第2エクソン内にフレームシフトを生じる欠失変異が存在する(
図1)。
【0119】
<実施例2:野生型ERαタンパク質又は変異型ERαタンパク質を過剰発現する細胞株の作製>
(目的)
野生型ERαタンパク質、又は518位のセリン(Ser518又はS518)をアラニン置換(S518A)若しくはグルタミン酸置換(S518E)した変異型ERαタンパク質を過剰発現する細胞株を作製する。
【0120】
(方法)
(1)野生型ERαタンパク質又は変異型ERαタンパク質を過剰発現する細胞株の作製
形質導入用の細胞株として、実施例1で作製したIshikawa:ESR1-/-細胞、及びヒト子宮体癌細胞株HEC-1Aを使用した。HEC-1Aは、医薬基盤・健康・栄養研究所より分与されたものを使用した。HEC-1A細胞の培養液には、Roswell Park Memorial Institute (RPMI) 1640, McCoy’s 5Aを使用し、10% Fetal bovine serum (FBS; #172012, Sigma-Aldrich)及び1% Penicillin-streptomycin mixture (#15140-122, Gibco)を添加した。
【0121】
RIKEN BioResource Research Centerより供与されたレンチウイルスベクタープラスミドCSII-EF-Venusの多重クローニング部位(MCS)に、ヒトESR1遺伝子のコーディング領域(配列番号53)のN末端側にHAタグ(配列番号52)を付加した塩基配列(配列番号28)をクローニングして、野生型ERα発現ベクター(
図2A、ESR1-wt)を得た。また、mutagenic PCR法により518位のセリンをコードする塩基配列AGTをアラニンに相当するGCTに改変した変異型ERα発現ベクター(
図2A、ESR1S518A;S518A変異を「○」で示す)、及びグルタミン酸に相当するGAGに改変した変異型ERα発現ベクターESR1S518Eを作製した。これを同所より供与されたレンチウイルスパッケージングプラスミドpCAG-HIVgp及びpCMV-VSV-G-RSV-Revと共にHEK293T細胞にポリエチレンイミン“MAX”(24765-1, コスモバイオ)を用いて遺伝子導入した。3日後に産生されたレンチウイルスを含む培養上清を得て、これをIshikawa:ESR1
-/-細胞及びHEC-1A細胞に添加した。蛍光顕微鏡により十分なVenusの発現を確認し、後の実験に用いた。
【0122】
(2)ウエスタンブロット
ERαに対するウエスタンブロットは、以下の方法で行った。播種から48時間以上経過しコンフルエントとなったIshikawa細胞又はHEC-1A細胞にCelLytic(商標) MT Cell Lysis Reagent (Sigma-Aldrich)にタンパク質分解酵素阻害剤Complete mini EDTA-free (Roche Diagnostics)を1細胞/10mLの濃度で添加した可溶化液を用いてタンパク質を抽出した。標準プロトコルに従ってSDS-PAGE、転写、及び抗体反応を順に行い、ECL(商標) Prime Western Blotting Detection reagent (GE Healthcare)によって化学発光させて、CCDイメージャーImage Quant LAS4000 (GE Healthcare)を用いて撮像した。一次抗体は、抗ERα抗体(sc-543, Santa Cruz Technology)又は抗β-Actin抗体 (A5441, Thermo Fisher Scientific)をそれぞれ1000倍、4000倍で用いて、4℃で一晩反応させた。二次抗体は、PBSで2,000倍に希釈したHRP標識抗ウサギIgG抗体(NA934V, GE Health Care)又は5,000倍に希釈したHRP標識抗マウスIgG抗体(NA931V)をそれぞれ40分反応させた。
【0123】
(結果)
ウエスタンブロットの結果、Ishikawa:ESR1
-/-細胞においてERαタンパク質の発現が消失していること、及びESR1-wt又はESR1S518Aが導入されたIshikawa:ESR1
-/-細胞においてERαタンパク質が同程度に発現していることが示された(
図2B)。なお、実施例2~5では、ERαタンパク質の上流因子であるCLDN6も同時に細胞に発現させている。
【0124】
<実施例3:子宮体癌細胞の細胞遊走能におけるSer518リン酸化の意義の検証>
(目的)
ESR1-wt又はESR1S518Aを導入したIshikawa:ESR1-/-細胞の細胞遊走能を比較することによって、子宮体癌細胞の細胞遊走能において、ERαにおけるSer518リン酸化の意義を検証する。
【0125】
(方法)
ESR1-wtを導入したIshikawa:ESR1-/-細胞(Ishikawa:ESR1-/-:ESR1-wt細胞)、及びESR1S518Aを導入したIshikawa:ESR1-/-細胞(Ishikawa:ESR1-/-:ESR1S518A細胞)に対して細胞遊走能アッセイを行った。
【0126】
細胞遊走能アッセイは以下の方法によって行った。培養細胞を6 cm培養皿に3×106個/3 mLで播種して48時間培養した後、P200ピペットチップで擦過することによりWound areaを作製した。光学位相差顕微鏡とDP controllerにより、Wound area作製直後、及びその48時間後に一定箇所を撮影した。その後Wound areaの距離をimageJで定量化して閉鎖率(Wound closure rate)を算出した。
【0127】
(結果)
細胞遊走能アッセイの結果、Ishikawa:ESR1
-/-:ESR1S518A細胞の細胞遊走能は、Ishikawa:ESR1
-/-:ESR1-wt細胞と比較して有意に減少していることが示された(
図3)。
【0128】
よって、pSer518-ERαがヒト子宮体癌細胞株の細胞遊走能を促進し、悪性形質促進に寄与することが示された。
【0129】
<実施例4:子宮体癌細胞における腫瘍原性ER標的遺伝子の発現に対するSer518リン酸化の意義の検証>
(目的)
ESR1-wt又はESR1S518Aを導入したIshikawa:ESR1-/-細胞における4種類の腫瘍原性エストロゲン受容体(ER)標的遺伝子(BCL2, CCND1, MYC, VEGFA)の発現量を比較することによって、子宮体癌細胞における腫瘍原性ER標的遺伝子の発現に対するSer518リン酸化の意義を検証する。
【0130】
(方法)
以下の方法でRT-qPCRを行った。培養細胞からTRIzol Reagent (#15596018, ambion)によりRNAを抽出し、PrimeScript II 1st strand cDNA Synthesis Kit (#6210A, タカラバイオ)を用いて逆転写反応を行うことにより、cDNAライブラリを得た。THUNDERBIRD(登録商標) SYBR qPCR Mix (QPS-201, TOYOBO)を用いてリアルタイムPCRを行い、各ER標的遺伝子(BCL2, CCND1, MYC, VEGFA)の発現量のGAPDHに対する相対値を計算した。リアルタイムPCRは、以下に示すプライマーセットを用いて行った。
BCL2:GACAACATCGCCCTGTGGATG(配列番号29)、AGAAATCAAACAGAGGCCGCA(配列番号30)
CCND1:TCTACACCGACAACTCCATCCG(配列番号31)、TCTGGCATTTTGGAGAGGAAGTG(配列番号32)
MYC:CCTGGTGCTCCATGAGGAGAC(配列番号33)、CAGACTCTGACCTTTTGCCAGG(配列番号34)
VEGFA:TTGCCTTGCTGCTCTACCTCCA(配列番号35)、GATGGCAGTAGCTGCGCTGATA(配列番号36)
GAPDH:TTGTTGCCATCAATGACCCC(配列番号37)、TGACAAGCTTCCCGTTCTCA(配列番号38)
【0131】
(結果)
RT-qPCRの結果、Ishikawa:ESR1
-/-:ESR1S518A細胞における4種類の腫瘍原性ER標的遺伝子(BCL2, CCND1, MYC, VEGFA)の発現は、Ishikawa:ESR1
-/-:ESR1-wt細胞と比較して有意に減少していることが示された(
図4)。
【0132】
よって、pSer518-ERαがヒト子宮体癌細胞株の腫瘍原性ER標的遺伝子の発現を促進し、悪性形質促進に寄与することが示された。
【0133】
<実施例5:子宮体癌細胞の細胞増殖能におけるSer518リン酸化の意義の検証>
(目的)
ESR1-wt又はESR1S518Aを導入したHEC-1A細胞の細胞増殖能を比較することによって、子宮体癌細胞の細胞増殖能におけるSer518リン酸化の意義を検証する。
【0134】
(方法)
以下の方法により細胞増殖能アッセイを行った。6穴培養皿に1×105個の細胞を播種し、48時間後に最終濃度10 μMの5-Bromo-2’-deoxyuridine (BrdU; #B-5002, Sigma-Aldrich)を5分間処理してから4% PFAで固定した。その後、配布元が推奨する抗体と方法で染色を行い、蛍光位相差顕微鏡(OLYMPUS IX71, OLYMPUS)とDP controllerで撮影した。BrdU陽性のパーティクル数をDAPI陽性のそれで除算して細胞増殖指数(Proliferation index)を求めた。
【0135】
(結果)
細胞増殖能アッセイの結果、HEC-1A:ESR1S518A細胞の増殖能は、HEC-1A:ESR1-wt細胞と比較して有意に減少していた(
図5)。
よって、pSer518-ERαがヒト子宮体癌細胞株の細胞増殖能を促進し、悪性形質促進に寄与することが示された。
【0136】
<実施例6:乳癌細胞におけるER標的遺伝子発現に対するSer518リン酸化の意義の検証>
(目的)
ESR1-wt又はESR1S518E(Ser518をグルタミン酸に置換した恒常的リン酸化体)を導入したヒト乳癌細胞株MCF-7における4種類のER標的遺伝子(BRF1, GRK3, MOV10, PLEKHA6)の発現量を比較することによって、乳癌細胞におけるER標的遺伝子の発現に対するSer518リン酸化の意義を検証する。
【0137】
(方法)
本実施例ではヒト乳癌細胞株MCF-7を使用した。MCF-7の培養液にはDulbecco’s Modified Eagle Medium (DMEM)を使用し、10% Fetal bovine serum (FBS; #172012, Sigma-Aldrich)及び1% Penicillin-streptomycin mixture (#15140-122, Gibco)を添加した。
【0138】
ESR1-wtを導入したMCF-7細胞(MCF-7:ESR1-wt細胞)、及びESR1S518Eを導入したMCF-7細胞(MCF-7:ESR1S518E細胞)に対してRT-qPCRを行った。同時に、各細胞に対する1 μMエストラジオール(E2)処理の影響についても検証した。この際、チャコール処理血清を添加したフェノールレッド不含培地を用いることで、脂溶性リガンドやエストロゲン様作用による影響を排除する。
【0139】
RT-qPCRは実施例4の方法に準じた。リアルタイムPCRに用いたプライマーセットを以下に示す。
BRF1:AAGATGCTTCAGGAGACGGTG(配列番号39)、CCTCTGTTCCCGCAGGTACT(配列番号40)
GRK3:ATAATGAGGAAGACCGCCTTTGC(配列番号41)、GACTTTGTACGTGTTCTACAGCTTGC(配列番号42)
MOV10:CACAGTGACTTCCTACCTGAAGC(配列番号43)、AGCTCCCTGTCAAGTTTGGT(配列番号44)
PLEKHA6:GACCAGGATATCAACGCCACC(配列番号45)、CGAATATCTGGGGCATCTGTGA(配列番号46)
GAPDH:TTGTTGCCATCAATGACCCC(配列番号47)、TGACAAGCTTCCCGTTCTCA(配列番号48)
【0140】
(結果)
RT-qPCRの結果、MCF-7:ESR1S518E細胞における4種類のER標的遺伝子(BRF1, GRK3, MOV10, PLEKHA6)の発現は、MCF-7:ESR1-wt細胞と比較して有意に亢進しており、1 μMエストラジオール(E2)を処置したMCF-7:ESR1-wt細胞における発現レベルに匹敵していた(
図6)。また、MCF-7:ESR1S518E細胞におけるMOV10及びPLEKHA6遺伝子の発現は1 μM E2処置により増加し、pSer518とリガンド結合が相加的又は相乗的に作用することが示された。
【0141】
以上の結果から、pSer518-ERαがヒト乳癌細胞株の悪性形質促進に寄与することが明らかとなった。
【0142】
<実施例7:抗pSer518-ERαモノクローナル抗体の作製>
(目的)
Ser518がリン酸化されているERα(pSer518-ERα)を検出できるモノクローナル抗体(抗pSer518-ERαモノクローナル抗体)を開発する。
【0143】
(方法)
モノクローナル抗体の作製は、Kishiro Y, et al., 1995, Cell Struct Funct, 20(2):151-6に記載の方法に基づき、以下の手順で行った。
【0144】
(1)抗原の調製
抗原ペプチドは配列番号1で示すヒトERαタンパク質の512位から525位(開始メチオニンを1位とする)のアミノ酸配列SHIRHMSNKGMEHL(配列番号49)とし、518位のセリンはリン酸化修飾し、またN末端にはCを付加した。Imject Maleimide Activated mcKLH 2mg(Thermo Fisher Scientific)を200 μLの超純水に溶解して10 mg/mLのKLH溶液を調製した。抗原ペプチドを超純水で溶解して、5 mg/mLの抗原ペプチド溶液とした。それぞれ200 μLのKLH溶液と抗原ペプチド溶液を混合し、室温で2時間静置した。混合液からKLH溶液由来のEDTAを除去するため、煮沸した透析膜に移して、PBSを外液として透析を行った。得られた溶液を抗原溶液とした。2 mLルアーロック式ガラス注射器を用いて、400 μLの抗原溶液と1 mLのフロイント完全アジュバント(Sigma-Aldrich)を混和して乳化し、抗原エマルジョンを調製した。
【0145】
(2)免疫
麻酔した8週齢の雌ラット(Wistar系)の両後肢に100μLの抗原エマルジョンを注射し、免疫した。
【0146】
(3)ポリエチレングリコール(PEG)溶液の調製
5 gのPEG4000 (81240, Sigma-Aldrich)をオートクレーブにより滅菌した。8 mLのダルベッコ改変イーグル培地(高グルコース; DMEM; D5796, Sigma-Aldrich)に0.4 mLのジメチルスルホキシド(D2650, Sigma-Aldrich)を加え、50℃に加温した。これに滅菌後のPEG4000を加え、素早く混和してPEG溶液を調製した。
【0147】
(4)細胞融合と細胞培養
免疫14日後のラットより腸骨リンパ節を摘出し、1 mLのDMEMと共に滅菌シャーレに置いた。リンパ節を鋏で細断した後、70 μmのセルストレーナー(BD Falcon)で濾過した。前記シャーレに約107個のマウス多発性骨髄腫細胞株SP2を加えて、ピペットでよく混和した後、1200 rpm/minで5分間遠心分離し、上清を吸引除去した。37℃のPEG溶液を約1分間かけて緩徐に滴下した後、2分間放置して、その後、5分間かけて9 mLのDMEM培地を緩徐に滴下した。900 rpm/minで5分間遠心分離し、上清を吸引除去した。ハイブリドーマ培地(78% GIT培地[和光], 2% HAT Supplement [Thermo Fisher Scientific], 10% BM Condimmed H1 Hybridoma Cloning Supplement [Roche], 10%ウシ胎児血清)を40 mL加えて、100 μLずつ96穴培養皿4枚に播種した後、37℃のCO2インキュベーターで培養した。
【0148】
(5)スクリーニング
培養4日後に100 μLのハイブリドーマ培地で培地交換を行った。交換2日後の培養上清50 μLを用いてELISA法により陽性のクローンをスクリーニングした。スクリーニングは以下の手順で行った。
【0149】
まず、前述の抗原ペプチド溶液及び陰性コントロールとして518位セリンの非リン酸化体を含むペプチド溶液を3 μg/mLに調製し、96穴ELISAプレートのウェルに100 μLずつ加えて、37℃で一晩静置した。その後、各ウェルから抗原ペプチド溶液を除去して、200 μLのPBSで洗浄した後、ブロッキング液(1%ウシ血清アルブミン/PBS)を加えて37℃で1時間静置した。その後、各ウェルからブロッキング液を除去して、200 μLのPBSで洗浄した後、50 μLの培養上清を加えて、37℃で1時間反応させた。各ウェルから培養上清を除去した後、200 μLのPBSで3回洗浄した。続いて、各ウェルにブロッキング液で2,000倍希釈したECL(商標) Rat IgG, HRP-linked whole antibody (Sigma-Aldrich)を二次抗体として100 μL加え、37℃で1時間反応をさせた。その後、各ウェルから二次抗体液を除去して、PBSで3回洗浄した後、TMB Substrate Set(BioLegend)によりメーカーが推奨する方法で発色させて、その吸光度を測定した。
【0150】
スクリーニングの結果から、13クローンを陽性候補として選択した。それらのクローンは12穴培養皿で継代培養した後、コンフルエンシーが概ね50%に達した時点で10 cm培養皿に移して、さらに増殖させた。
【0151】
(6)セルブロックの免疫組織化学染色
野生型ERα発現ベクター(ESR1-wt)又は変異型ERα発現ベクター(ESR1S518E;恒常的リン酸化体)をIshikawa:ESR1-/-細胞及びHEK293T細胞にポリエチレンイミン“MAX”(24765-1, コスモバイオ)で一過性導入し、2日後に擦過により細胞を回収した。10%中性ホルマリンで4℃、16時間固定し、1mLのPBSにて1回洗浄した。1%アルギン酸ナトリウム溶液1 mLを加え細胞塊を1 mL用チップの先端を切った先太チップでゆるやかに懸濁後、2000 rpmで5分間遠心して細胞をペレット化した。その後、上清を除去し、1 Mの塩化カルシウム水溶液を1 mL加え、細胞のペレットをゲル化した。その後ゲル化したペレットのみをカセットに入れ、自動固定包埋装置(Tissue-Tek VIP(登録商標) 5 Jr, サクラファインテックジャパン)とパラフィン包埋ブロック作製装置(Tissue-Tek(登録商標) TEC(商標), サクラファインテックジャパン)を用いてホルマリン固定パラフィン包埋ブロックを作製した。ブロックは滑走型ミクロトームを用いて3 μmの厚さに薄切し、剥離防止コートスライドガラス(CRE-12, 松波硝子工業株式会社)に乗せ、室温にて乾燥させた。
【0152】
標本はキシレン中で10分間脱パラフィンを行い、続いて100%エタノール中で脱キシレンを行った。0.3%過酸化水素/メタノールで10分間処理し、内因性ペルオキシダーゼを失活させた後、トリス塩酸緩衝液で5分間洗浄した。0.1%セミカルバジド塩酸 (和光富士フィルム工業株式会社) 水溶液中で1時間標本を処理し、トリス塩酸緩衝液で5分間洗浄した。超純水で200倍に希釈したイムノセイバー (日新EM)を用いて70℃のハイブリオーブンで1昼夜インキュベートし、抗原賦活化を行った。標本を室温に戻したのちにトリス塩酸緩衝液で5分間標本を洗浄し、抗体の非特異的な反応を防止するために、1%牛血清アルブミン溶液を室温で30分間インキュベートした。続いて1%牛血清アルブミン溶液で100倍に希釈した抗pSer518-ERαモノクローナル抗体を一次抗体として4℃で一昼夜反応させた。トリス塩酸緩衝液で5分間3回洗浄し、Signal Booster Immunostain F 溶液(Beacle Inc.) にて100倍に希釈したビオチン標識抗ラットIgG二次抗体を室温で30分間反応させた。トリス塩酸緩衝液で5分間3回洗浄し、同緩衝液で50倍に希釈したアビジン・西洋わさびペルオキシダーゼ溶液を室温で30分間反応させた。トリス塩酸緩衝液で5分間3回洗浄後、発色溶液 [0.13 mg/mL 3,3'-ジアミノベンジジン (同人化学研究所), 0.011% 過酸化水素水溶液]中で適当な染色像が得られるまで反応させた。なおビオチン標識抗ラットIgG二次抗体、アビジン・西洋わさびペルオキシダーゼ溶液はVECTASTAIN(登録商標) Elite ABC-HRP Kit, Peroxidase (Rat IgG) キット (Vector laboratories) を用いた。核染色はティシュー・テック(登録商標)ヘマトキシリン3G (サクラファインテックジャパン株式会社) 溶液中で5秒間振り洗いを行い、流水で10分間洗浄した。次に0.5%塩酸/70%エタノール溶液中で5秒間振り洗いを行い、余分なヘマトキシリンを除いた。100%エタノールを用いて標本の脱水を行い、キシレンにより透徹処理を行い、プレパラート自動封入機 (白井松器械株式会社) を用いてプレパラートを作製した。
【0153】
(7)抗pSer518-ERαモノクローナル抗体のCDR配列決定
抗pSer518-ERαモノクローナル抗体クローンM2の重鎖及び軽鎖の各可変領域及び各CDRの配列を決定した。同クローンをBio-Peak社に送り、縮重プライマーPCR法により配列決定を行った。CDRの同定はNorth/AHoの抗体ナンバリングシステムに従った。
【0154】
(結果)
抗pSer518-ERαモノクローナル抗体のELISAによる一次スクリーニングの例を
図7に示す。pSer518を含むリン酸化ペプチドのOD値(
図7における「pS518-ERα」の列に示す数値)が0.1以上で、かつ非リン酸化ペプチドのOD値(
図7における「pS518-ERα」の列に示す数値)に対して2倍以上の差を示した13クローンを陽性候補として選択した。
図7におけるクローン1が、以下で解析の対象とした抗pSer518-ERαモノクローナル抗体クローンM2に対応する。
【0155】
野生型ESR1又はESR1S518Eを導入したIshikawa:ESR1
-/-細胞又はHEK293T細胞からホルマリン固定パラフィン包埋ブロックを作製し、抗pSer518-ERαモノクローナル抗体クローンM2で免疫染色を行った結果を
図8に示す。Ishikawa:ESR1
-/-:ESR1-wt細胞には核陽性シグナルが見られなかったが(
図8A左側)、Ishikawa:ESR1
-/-:ESR1S518E細胞には顕著な核陽性シグナルが認められた(
図8A右側)。また、HEK293T:ESR1-wt細胞には核陽性シグナルが見られなかったが(
図8B左側)、HEK293T:ESR1S518E細胞には顕著な核陽性シグナルが認められた(
図8B右側)。この結果から、抗pSer518-ERαモノクローナル抗体クローンM2が、pSer518-ERαを特異的に検出できることが示された。
【0156】
抗pSer518-ERαモノクローナル抗体クローンM2の重鎖及び軽鎖の各可変領域及び各CDRの配列を決定した結果を
図9に示す。重鎖のCDR1、CDR2、及びCDR3はそれぞれ配列番号2、3、及び4で示すアミノ酸配列からなり、軽鎖のCDR1、CDR2、及びCDR3はそれぞれ配列番号5、6、及び7で示すアミノ酸配列からなる。また、重鎖可変領域は配列番号8で示すアミノ酸配列からなり、軽鎖可変領域は配列番号9で示すアミノ酸配列からなる。
【0157】
精製した抗pSer518-ERαモノクローナル抗体(クローンM2)と抗原ペプチドとの反応性をELISAで検討した結果を
図10に示す。本モノクローナル抗体は濃度依存的にpSer518-ERα(Ser518がリン酸化されている抗原ペプチド)と反応したが、non-pSer518-ERα(Ser518がリン酸化されていない抗原ペプチド)とは全く反応しなかった。
【0158】
<実施例8:子宮体癌組織及び卵巣癌組織における免疫組織化学>
(目的)
抗pSer518-ERαモノクローナル抗体(クローンM2)を用いて、女性ホルモン依存性がんの癌細胞におけるpSer518-ERαタンパク質を検出し、その悪性度を判定する。
【0159】
(方法)
(1)組織標本の収集
福島県立医科大学附属病院婦人科にて、2003年から2010年までの間に子宮体癌及び卵巣癌の診断で手術を受けた患者各19人を対象として組織標本を収集し、pSer518-ERα発現を評価した。対象症例は診断から5年間の生存情報が判明している患者に限り、原疾患に依らない死亡症例については対象から除外した。組織材料の収集にあたっては、福島県立医科大学倫理委員会の承認(承認番号2019-311)を受け、臨床研究に関わる倫理指針を遵守し、実施した。
【0160】
(2)免疫組織化学染色
採取された子宮体癌組織は全て10%ホルマリン固定後にパラフィン包埋し、ヘマトキシリン・エオシン(Hematoxylin eosin:HE)染色と免疫組織化学染色を行った。免疫組織化学染色は実施例7の方法(6)と同様に実施した。
【0161】
(3)組織学的評価
転帰等の患者背景をマスキングした上で、2名の病理及び1名の産婦人科専門医が組織学的評価を行った。癌細胞におけるpSer518-ERαタンパク質染色強度が強いものを陽性と判定した。
【0162】
(結果)
pSer518-ERα陽性例における免疫組織化学染色の例を
図11に示す。免疫組織化学染色の結果、子宮体癌19例のうち4例がpSer518-ERα陽性であり、卵巣癌19例のうち2例がpSer518-ERα陽性であった。この結果から、女性ホルモン依存性がんの癌細胞におけるpSer518-ERαタンパク質が抗pSer518-ERαモノクローナル抗体(クローンM2)によって検出できることが示された。また、子宮体癌の陽性4例中3例は強陽性でありステージIII以上であった。さらに、上記陽性例の全生存期間(Overall survival; OS)を評価した結果、子宮体癌及び卵巣癌のpSer518-ERα陽性例では、全生存期間が低下していることが分かった。
【0163】
よって、女性ホルモン依存性がんにおいてpSer518-ERαを検出することによってその悪性度を判定し、予後を判定することができることが示された。