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特開2022-72594鋼中水素分析用サンプルの作製方法、鋼中水素分析方法、鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法及び鋼板の検査成績証明方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022072594
(43)【公開日】2022-05-17
(54)【発明の名称】鋼中水素分析用サンプルの作製方法、鋼中水素分析方法、鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法及び鋼板の検査成績証明方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/2025 20190101AFI20220510BHJP
【FI】
G01N33/2025
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020182121
(22)【出願日】2020-10-30
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】吉冨 裕美
(72)【発明者】
【氏名】川崎 由康
(72)【発明者】
【氏名】小松 洋一
(72)【発明者】
【氏名】藤内 一治
(72)【発明者】
【氏名】保科 勝廣
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 竜太
(72)【発明者】
【氏名】平 智樹
(72)【発明者】
【氏名】土橋 誠悟
【テーマコード(参考)】
2G055
【Fターム(参考)】
2G055AA03
2G055AA07
2G055BA02
2G055CA23
2G055EA01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】鋼板中へ拡散性水素が侵入せず、簡易な方法で迅速にめっき鋼板からめっき層を剥離できる、鋼中水素分析用サンプルの作製方法を提供することである。また、当該鋼中水素分析用サンプルを用いた鋼中水素分析方法、鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法及び鋼板の検査成績証明方法を提供することである。
【解決手段】本発明の鋼中水素分析用サンプルの作製方法は、めっき鋼板10をpH10.5以上であるアルカリ性溶液31中に浸漬させて、めっき鋼板10からめっき層を剥離して、鋼中水素分析用サンプルを作製することを特徴とする。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
めっき鋼板をpH10.5以上であるアルカリ性溶液中に浸漬させて、前記めっき鋼板からめっき層を剥離して、鋼中水素分析用サンプルを作製することを特徴とする鋼中水素分析用サンプルの作製方法。
【請求項2】
前記アルカリ性溶液中に浸漬させた前記めっき鋼板に25kHz以上100kHz以下の周波数の超音波を照射することを特徴とする請求項1に記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法。
【請求項3】
磁石部を備える治具の当該磁石部に、前記めっき鋼板の板厚面を固定することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法。
【請求項4】
スリット部を有する治具の当該スリット部内に、前記めっき鋼板の板厚面が底部になるように前記めっき鋼板を挿入して固定することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法によって作製した鋼中水素分析用サンプルの鋼中の拡散性水素量を分析することを特徴とする鋼中水素分析方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法によって作製した鋼中水素分析用サンプルの鋼中の拡散性水素量を測定し、当該拡散性水素量が所定の基準値以下であるか否かを判定することで鋼板の拡散性水素による脆性劣化を予測することを特徴とする鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法。
【請求項7】
請求項6に記載の鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法によって予測された拡散性水素による脆性劣化特性を鋼板の検査成績証として用いることを特徴とする鋼板の検査成績証明方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、めっき鋼板において鋼板中に存在する拡散性水素の量を正確に分析するためのめっき剥離方法に関するものであり、簡易な方法で迅速にめっき鋼板からめっき層を剥離できる、鋼中水素分析用サンプルの作製方法、鋼中水素分析用サンプルを用いた鋼中水素分析方法、鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法及び鋼板の検査成績証明方法に関する。
【背景技術】
【0002】
めっき鋼板、特に防錆機能を有する亜鉛めっき鋼板中の水素濃度を測定するためには、水素濃度の測定前に、鋼板表面に被覆されている亜鉛めっきを剥離除去する必要がある。
【0003】
従来、亜鉛めっき鋼板から亜鉛めっきを剥離する方法としては、塩酸等の酸液に浸漬する化学的な方法に加え、紙やすりや先端に砥石をつけた精密グラインダー等を用いて物理的に削り取る方法が行われている。
【0004】
また、その他のめっきの剥離方法としては、例えば、めっき層を電解剥離する方法や(特許文献1参照。)、めっき層をレーザ光によって剥離する方法(特許文献2参照)が行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭60-52599号公報
【特許文献2】特開2007-039716号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鋼板中の水素、特に室温でも鋼中で拡散できる水素(以下、拡散性水素とも記す。)は、めっき層が形成されていない状態の鋼板中から徐々に放出されてしまう。また、鋼板中に水素が侵入してしまうこともある。そこで、鋼板中の拡散性水素量を高精度で測定するために、鋼板への拡散性水素の侵入がなく、かつ鋼板からの拡散性水素の放出を抑制した鋼中水素分析用サンプルの作製が求められている。
【0007】
しかしながら、塩酸等の酸液に浸漬する化学的な方法や、特許文献1にある電解剥離によってめっき層を剥離する場合、めっき剥離中に、鋼板中に拡散性水素が侵入してしまうという課題がある。そのため、鋼板中に存在する拡散性水素の量を精度よく分析することは困難である。
【0008】
また、紙やすりや、砥石をつけた精密グラインダー等によるめっき層を物理的に剥離する方法は、長時間めっき剥離作業をしている間に、鋼板中に存在していた水素が鋼板の外部に徐々に放出されてしまうという課題がある。
【0009】
また、特許文献2に記載のめっき層をレーザ光によって剥離する方法では、レーザ光でめっき層を溶融させた際に、鋼板も高温に加熱されるため、鋼板中に存在していた水素の放出が促進されてしまうという可能性がある。また、鋼板が加熱されることで鋼板内部のミクロ状態が変化して分析で得られる水素放出プロファイルが変化する可能性がある。このような原因により、鋼中の水素量、特に拡散性水素量を精度よく分析できないという課題がある。
【0010】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、鋼板中へ拡散性水素が侵入せず、簡易な方法で迅速にめっき鋼板からめっき層を剥離できる、鋼中水素分析用サンプルの作製方法を提供することである。また、当該鋼中水素分析用サンプルを用いた鋼中水素分析方法、鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法及び鋼板の検査成績証明方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた。その結果、めっき鋼板をpH10.5以上であるアルカリ性溶液中に浸漬させて、めっき鋼板からめっき層を剥離するという簡易な方法によって、短時間でめっきを剥離して鋼中水素分析用サンプルを作製できることを見出し、本発明に至った。詳細な機構は明らかではないが、pH10.5以上であるアルカリ性溶液には、めっき鋼板からのめっき層の剥離を促進させる機能があると考えられる。
【0012】
上記課題を解決するための本発明の要旨は以下の通りである。
[1]めっき鋼板をpH10.5以上であるアルカリ性溶液中に浸漬させて、前記めっき鋼板からめっき層を剥離して、鋼中水素分析用サンプルを作製することを特徴とする鋼中水素分析用サンプルの作製方法。
[2]前記アルカリ性溶液中に浸漬させた前記めっき鋼板に25kHz以上100kHz以下の周波数の超音波を照射することを特徴とする[1]に記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法。
[3]磁石部を備える治具の当該磁石部に、前記めっき鋼板の板厚面を固定することを特徴とする[1]又は[2]に記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法。
[4]スリット部を有する治具の当該スリット部内に、前記めっき鋼板の板厚面が底部になるように前記めっき鋼板を挿入して固定することを特徴とする[1]又は[2]に記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法。
[5][1]~[4]のいずれか一つに記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法によって作製した鋼中水素分析用サンプルの鋼中の拡散性水素量を分析することを特徴とする鋼中水素分析方法。
[6][1]~[4]のいずれか一つに記載の鋼中水素分析用サンプルの作製方法によって作製した鋼中水素分析用サンプルの鋼中の拡散性水素量を測定し、当該拡散性水素量が所定の基準値以下であるか否かを判定することで鋼板の拡散性水素による脆性劣化を予測することを特徴とする鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法。
[7][6]に記載の鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法によって予測された拡散性水素による脆性劣化を鋼板の検査成績証として用いることを特徴とする鋼板の検査成績証明方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、鋼板中へ拡散性水素が侵入せず、簡易な方法で迅速にめっき鋼板からめっき層を剥離できる、鋼中水素分析用サンプルの作製方法を提供できる。また、当該鋼中水素分析用サンプルを用いた鋼中水素分析方法、鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法及び鋼板の検査成績証明方法を提供できる。
【0014】
本発明の方法で得られた鋼中水素分析用サンプルの作製方法を用いれば、アルカリ性溶液を用いた方法であるため、鋼板への拡散性水素の侵入がない。また、短時間でめっき層を剥離できるので、鋼板からの拡散性水素の放出が抑えられる。したがって、本発明の方法で得た鋼中水素分析用サンプルを用いれば、鋼中の拡散性水素量を高精度で測定できる。また、高精度で鋼中の拡散性水素量を測定できれば、鋼板の拡散性水素による脆性劣化を高精度で予測できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】めっき鋼板を示す斜視図である。
図2】鋼中水素分析用サンプルを示す斜視図である。
図3】アルカリ性溶液中に浸漬させためっき鋼板を示す概略図である。
図4図3の側面図である。
図5】磁石部を備える治具を示す斜視図である。
図6図5の治具にめっき鋼板を固定させた状態を示す斜視図である。
図7】スリット部を有する治具を示す斜視図である。
図8図7の治具のスリット部にめっき鋼板を挿入させた状態を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0017】
[鋼中水素分析用サンプルの作製方法]
本発明でいう鋼中水素分析用サンプルとは、めっき鋼板からめっき層が剥離された状態の鋼板のことである。当該鋼中水素分析用サンプルを用いて、鋼中の拡散性水素量の分析を行う。
【0018】
図1に示すように、めっき鋼板10は、鋼板12の表面及び裏面に、それぞれめっき層11を備える。図2は、鋼中水素分析用サンプル20を示しており、鋼中水素分析用サンプル20はめっき鋼板10からめっき層11が剥離された状態の鋼板(図1の鋼板12に相当)である。
【0019】
めっき鋼板10におけるめっき層11の種類としては、例えば、溶融めっき層、電気めっき層が挙げられる。これらのめっき層は、特に限定されず、それぞれ、従来公知のめっき層を用いることができる。電気めっき層は、例えば、電気亜鉛めっき、電気Zn-Ni合金めっき等が挙げられる。溶融めっき層は、例えば、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっき、溶融Zn-Al合金めっき、溶融Zn-Al-Mg合金めっき、溶融Zn-Al-Mg-Si合金めっき等が挙げられる。また、めっき後に公知の化成処理を施して、耐食性をさらに高めたものも本発明のめっき層に含まれる。
【0020】
本発明に係るめっき鋼板10の鋼種は特に限定されず、普通鋼でもよく、特殊鋼でもよい。
【0021】
本発明に係る鋼中水素分析用サンプル20は、引張強度が980MPa以上の高強度鋼板の拡散性水素による脆性劣化を高精度に予測するために好適に用いられる。
【0022】
本発明の鋼中水素分析用サンプル20の作製方法では、めっき鋼板10をpH10.5以上であるアルカリ性溶液31中に浸漬させて、めっき鋼板10からめっき層11を剥離する。図3及び図4には、本発明の実施形態の一例として、pH10.5以上であるアルカリ性溶液31を入れた容器30中に、治具32上に固定しためっき鋼板10を浸漬させた場合を示している。
【0023】
鋼板中への拡散性水素の侵入を防ぎ、かつめっき鋼板10からめっき層11を剥離する時間を短時間化するために、本発明では、めっき鋼板10を浸漬させるアルカリ性溶液31のpHを10.5以上にする必要がある。アルカリ性溶液31のpHが10.5未満の場合、めっきの剥離反応が進みにくくめっきの剥離に時間を要し、剥離作業中に鋼板中から拡散性水素が放出されてしまう。したがって、pHが10.5未満で作製した鋼中水素分析用サンプル20では、鋼中の拡散性水素量を高精度に測定することができない。めっき鋼板10から迅速にめっき層11を剥離するという観点からは、アルカリ性溶液31は、好ましくはpH11.0以上、より好ましくはpH12.0以上、さらに好ましくはpH12.5以上である。
【0024】
本発明に係るアルカリ性溶液は、pHを10.5以上のアルカリ性の水溶液であれば特に制限はなく、公知のアルカリ性溶液の中から適宜選択することができる。アルカリ性溶液としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物を含有する水溶液が挙げられる。上記アルカリ金属は1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0025】
また、アルカリ性溶液31の液温は特に限定されないが、液温を低くすると、鋼板から拡散性水素が放出されにくくなる傾向があるので、アルカリ性溶液31の液温は、50℃以下にすることが好ましく、45℃以下にすることがより好ましく、40℃以下にすることがさらに好ましい。
【0026】
また、本発明において、めっき鋼板10のアルカリ性溶液31中への浸漬時間、すなわちめっき剥離時間は、420秒以下とすることが好ましい。上記浸漬時間を420秒以下とすることで、剥離作業中に鋼板中から拡散性水素が放出されることを十分に抑制し、鋼中の拡散性水素量を高精度に測定することができる。
【0027】
めっき鋼板10からより迅速にめっき層11を剥離させるためには、例えば、めっき鋼板10を上記アルカリ性溶液31に浸漬させながら、超音波を照射してもよい。めっき鋼板10に対して超音波を照射すると、溶液中に生じた気泡が破裂して生じた衝撃波により(キャビテーション効果)、めっき層11の剥離を促進することができる。
【0028】
超音波を照射してめっき層11を剥離する場合、より迅速にかつ均一にめっき鋼板10からめっき層11を剥離する観点からは、25kHz以上100kHz以下の周波数の超音波をめっき鋼板10に照射することが好ましい。照射する超音波の周波数は、より好ましくは30kHz以上90kHz以下である。
【0029】
周波数を25kHzよりも低くすると、超音波照射により溶液中に生じる気泡のサイズが大きくなり、より大きな衝撃力を利用してめっき層11を剥離できるものの、めっき層11の剥離が不均一になりやすく、迅速には剥離できなくなる場合がある。一方、周波数を100kHzよりも高くすると、超音波照射により溶液中に生じる気泡のサイズが小さくなり、衝撃力が弱くなり、迅速には剥離できなくなる場合がある、したがって、超音波の周波数を25kHz以上100kHz以下にすることが好ましい。
【0030】
超音波を照射する場合は、超音波装置としては、市販の超音波洗浄器などを用いればよい。この場合、超音波装置の洗浄槽に直接アルカリ溶液を入れてもよいし、超音波装置の洗浄槽に水を入れておき、当該洗浄槽内にアルカリ性溶液31を入れた別の容器を入れてもよい。
【0031】
鋼中水素分析用サンプル20の作製方法では、図5及び図6に示すように、磁石部41を備える治具40の当該磁石部41に、めっき鋼板10の板厚面(切断加工面(図1中、符号13参照))を固定することが好ましい。図5は磁石部41を備える治具40を示す。図6は磁石部41を備える治具40の磁石部40に、めっき鋼板10の板厚面を固定した状態を示す。これにより、めっき鋼板10のめっき層11の面をアルカリ溶液に均等に接触させつつ、めっき鋼板10を固定できるので、めっき層11をより均一に剥離することができる。
【0032】
治具40の磁石部41以外の材質は特に限定されず、アルカリ性溶液31のpHや温度に応じて、アルカリに対する耐食性のある公知の材質を選べばよい。
【0033】
磁石部41の数も限定されず、図5及び図6に示したように1つの場合に限られず、2つ以上であってもよい。
【0034】
アルカリ性溶液31を入れた容器30内に、複数のめっき鋼板10を浸漬させる場合は、2つ以上の治具40を容器30内に入れてもよい。この場合は、治具40自体が磁化しないように、治具40本体を非磁性体又は常磁性体とし、治具40同士が必要以上に連結しないようにすることが好ましい。
【0035】
めっき鋼板10を固定する方法は、上記の方法に限られず、図7及び図8に示すように、スリット部51を有する治具50の当該スリット部51内に、めっき鋼板10の板厚面が底部になるようにめっき鋼板10を挿入して固定することも好ましい。図7はスリット部51を有する治具50を示す。図8は、スリット部51を有する治具50のスリット部51内にめっき鋼板10を挿入して固定した状態を示す。
【0036】
めっき鋼板10のスリット部51内への挿入方向は特に限定されないが、めっき鋼板10の各面をアルカリ性溶液31に均等に接触しやすくして、めっき鋼板10からめっき層11を均一に剥離しやすくするという観点からは、めっき鋼板10の四面の板厚面のうち、表面積が最も小さな板厚面が底部になるように挿入することが好ましい。これにより、めっき鋼板10がアルカリ性溶液31に接触する表面積をより広くすることができる。
【0037】
治具50のスリット部51の深さや幅も特に限定されないが、スリット部51の幅D(mm)と、めっき鋼板10の板厚t(mm)は下記式の関係を満たすことが好ましい(図8参照)。
【0038】
t+0.2≦D≦3t
スリット部51の幅Dが、めっき鋼板10の板厚t+0.2mmよりも狭いと、めっき鋼板10がスリット部51に挿入し難くなり、作業性を阻害される。また、スリット部51とめっき鋼板10との隙間が狭すぎると、アルカリ性溶液の循環が悪くなり、めっき層11の剥離時間が長くなる。
【0039】
一方で、スリット部51の幅Dが、めっき鋼板10の板厚t×3mmよりも広くなると、めっき鋼板10を傾けて固定した場合に、めっき鋼板10の傾倒角が大きくなりやすく、スリット部51内のアルカリ性溶液の循環が悪くなり、めっき層11の剥離時間が長くなる傾向がある。
【0040】
したがって、スリット部51の幅D(mm)と、めっき鋼板10の板厚t(mm)は上記式を満たすことが好ましい。
【0041】
[鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法]
本発明の鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法は、本発明の鋼中水素分析用サンプルの作製方法によって作製した鋼中水素分析用サンプルの鋼中の拡散性水素量を測定し、当該拡散性水素量が所定の基準値以下であるか否かを判定することで鋼板の拡散性水素による脆性劣化を予測する方法である。本発明の鋼中水素分析用サンプルの作製方法では、めっき鋼板からめっき層を剥離する際に、鋼板への拡散性水素の侵入がなく、かつ鋼板からの拡散性水素の放出が抑えられている。したがって、本発明の方法で得た鋼中水素分析用サンプルを用いれば、鋼中の拡散性水素量を高精度で測定できるので、鋼板の拡散性水素による脆性劣化を高精度で予測できる。
【0042】
[鋼中の拡散性水素量の分析方法]
鋼中の拡散性水素量は公知の方法を用いて測定し、分析することができる。例えば、下記の方法で測定できる。
【0043】
めっき鋼板からめっき層を剥離させた鋼中水素分析用サンプルを石英管中に入れ、石英管中をArで置換した後、200℃/hrで昇温し、400℃までに発生した水素をガスクロマトグラフにより測定する。ここで、室温(25℃)から250℃未満の温度域で検出された水素量の累積値を鋼中の拡散性水素量とする。
【0044】
(所定の基準値の決定方法)
本発明でいう上記の所定の基準値とは、拡散性水素による脆性劣化が発生する鋼中の拡散性水素量のことであり、予め鋼板中の拡散性水素量と、拡散性水素による脆性劣化の関係を調べておき、拡散性水素による脆性劣化が発生する鋼中の拡散性水素量を設定した値である。当該所定の基準値は、鋼板の強度や、めっきの種類、めっき鋼板の用途によって変更してもよい。
【0045】
上記の所定の基準値の決定方法は特に限定されないが、例えば、以下の方法により決定することができる。
【0046】
30×100mmの鋼板の両端に板厚2mmの板をスペーサとして挟み、スペーサ間の中央をスポット溶接にて接合して試験片を作製する。この際、スポット溶接は、インバータ直流抵抗スポット溶接機を用い、電極はクロム銅製の先端径6mmのドーム型を用いる。加圧力は380kgf、通電時間は16サイクル/50Hz、保持時間は5サイクル/50Hzとする。溶接電流値は、それぞれの鋼板強度に応じたナゲット径を形成する条件とする。例えば、引張強度が1250MPa未満では3.8mm、引張強度が1250MPa以上1400MPa未満では4.8mm、引張強度が1400MPa以上では6.0mmのナゲット径とする。両端のスペーサ間隔は40mmとし、鋼板とスペーサは、予め溶接により固縛する。溶接後24時間放置したのち、スペーサ部を切り落として、溶接ナゲットの断面観察をおこない、亀裂の有無を評価する。この耐水素脆性評価を、鋼板中の拡散性水素量を変化させて実施し、亀裂なしとなる鋼板中の拡散性水素量の臨界値を、上記所定の基準値とする。
【0047】
[検査成績証明方法]
本発明の鋼板の検査成績証明方法は、上記鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法によって予測された拡散性水素による脆性劣化特性を鋼板の検査成績証として用いる方法である。上述したとおり、本発明の鋼板の拡散性水素による脆性劣化の予測方法では、拡散性水素による脆性劣化が発生するか否かを高精度で予測できるので、これによって予測された拡散性水素による脆性劣化特性の検査成績証は、信頼性が高いものである。
【0048】
本発明で予測された拡散性水素による脆性劣化特性を検査成績証に記載することで、めっき鋼板毎に、拡散性水素による脆性劣化をより正確に把握できる。
【実施例0049】
本発明を、実施例を参照しながら具体的に説明する。
【0050】
[実施例1]
1.アルカリ性溶液の準備
アルカリ性溶液を、以下の「アルカリベース液」と30質量%過酸化水素水の比が体積比で390:14になるように混合することで調整した。アルカリ性溶液のpHは13.5であり、アルカリ性溶液の液温は25℃で一定に保った。
(アルカリベース液)
20質量%NaOH 400ml
10質量%トリエタノールアミン 200ml
純水 375ml
【0051】
2.めっき鋼板の準備
水素分析を行うめっき鋼板として、下記の引張強度が1100MPaである合金化溶融亜鉛めっき鋼板を準備した。なお、鋼板の両面にめっき処理が施されている。
めっき層の種類:合金化溶融亜鉛めっき
片面あたりのめっき付着量:45g/m
鋼板サイズ:長手方向長さ30mm×短手方向長さ5mm×板厚1.4mm
【0052】
3.鋼中水素分析用サンプルの作製
上記1のアルカリ性溶液中を入れた容器に、磁石部を備える治具を入れ、当該磁石部に上記2で準備しためっき鋼板の板厚面を固定して、めっき鋼板をアルカリ性溶液中に浸漬させた。当該容器を直ぐに超音波装置の洗浄槽に入れて、超音波を照射した。超音波装置の洗浄槽には予め水を入れておいた。照射した超音波の周波数は45kHzとした。なお、アルカリ性溶液の液温は25℃で一定に保った。
アルカリ性溶液中への浸漬時間を10秒ずつ変えて、サンプルを取り出して、サンプルの両面を、電子線マイクロアナライザ(EPMA)で分析し、めっきの主成分である亜鉛(Zn)の元素分析(マッピング)を行った。本発明では、剥離前のめっき鋼板の亜鉛(Zn)の量を100とした場合に、表面積比率で、亜鉛量が95.0%以上除去できたサンプルを、めっき層の剥離が完了した鋼中水素分析用サンプルとした。
【0053】
4.結果
アルカリ性溶液に浸漬して超音波を180秒以上照射した鋼中水素分析用サンプルは、両面のめっき層が剥離できていることが分かった。したがって、実施例1の条件を用いると、3分(180秒)という短時間でめっき鋼板からめっき層を剥離できることを確認できた。したがって、本発明の方法を用いれば簡易な方法で迅速にめっき鋼板からめっき層を剥離できた。
【0054】
[実施例2]
実施例1の条件を変更して、様々な鋼中水素分析用サンプルを作製して評価した。
【0055】
実施例1の条件は下記表1のNo.1であり、下記表1のとおり、アルカリ性溶液のpH、照射した超音波の周波数、めっき剥離手段、サンプル固定方法の条件のいずれか1つを変更したのが下記表1のNo.2~11である。
なお、No.5は、アルカリ性溶液中では超音波照射は行わなかった。また、No.11は、めっき剥離時間を480秒とした。
【0056】
<評価>
(めっき剥離時間)
めっき剥離時間は、実施例1に記載したとおり、剥離前のめっき鋼板の亜鉛(Zn)量を100とした場合に、亜鉛量が99%以上除去できた鋼中水素分析用サンプルの時間である。
【0057】
(鋼中の拡散性水素量)
めっき剥離時間を確認した各サンプルについて、同様にめっき層を剥離させた鋼中水素分析用サンプルを石英管中に入れ、石英管中をArで置換した後、200℃/hrで昇温し、400℃までに発生した水素をガスクロマトグラフにより測定した。ここで、室温(25℃)から250℃未満の温度域で検出された水素量の累積値を鋼中の拡散性水素量とした。
【0058】
【表1】
【0059】
これらの評価結果から、めっき剥離時間が420秒以下である場合を合格とした。
具体的には、各サンプルにおけるめっき剥離後すぐに測定した拡散性水素量について、めっき剥離時間が420秒以下である場合には、サンプル間の誤差が±10%の範囲内であり、拡散性水素による脆性劣化を精度良く予測し得ると判断できたため、めっき剥離時間が420秒以下である場合を合格とした。
【0060】
[実施例3]
実施例2で拡散性水素量を測定した上記のサンプル(No.1~10)を用いて、拡散性水素による脆性劣化の評価を行った。上記のサンプルの拡散性水素量が基準値以下であるか否かを判定するために、以下の方法で評価を行った。
【0061】
まず、30×100mmの鋼板の両端に板厚2mmの板をスペーサとして挟み、スペーサ間の中央をスポット溶接にて接合して試験片を作製した。この際、スポット溶接は、インバータ直流抵抗スポット溶接機を用い、電極はクロム銅製の先端径6mmのドーム型を用いた。加圧力は380kgf、通電時間は16サイクル/50Hz、保持時間は5サイクル/50Hzとした。溶接電流値は、ナゲット径が3.8mmとなるようにした。両端のスペーサ間隔は40mmとし、鋼板とスペーサは、予め溶接により固縛した。溶接後24時間放置したのち、スペーサ部を切り落として、溶接ナゲットの断面観察をおこない、亀裂の有無を評価した。この耐水素脆性評価を、鋼板中の拡散性水素量を変化させて複数実施し、亀裂なしとなる鋼板中の拡散性水素量の臨界値を0.30質量ppmと判断した。実施例2で用いたサンプルの拡散性水素量は0.25質量ppmと計測されたため、上記サンプル(No.1~10)は脆性劣化を防止できていると予測できた。
【符号の説明】
【0062】
10 めっき鋼板
11 めっき層
12 鋼板
13 板厚面(切断加工面)
20 鋼中水素分析用サンプル
30 容器
31 アルカリ性溶液
32 治具
40 治具
41 磁石部
50 治具
51 スリット部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8