(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022072810
(43)【公開日】2022-05-17
(54)【発明の名称】クラッチ装置およびそれを備える鞍乗型車両
(51)【国際特許分類】
F16D 13/74 20060101AFI20220510BHJP
F16D 13/52 20060101ALI20220510BHJP
【FI】
F16D13/74 A
F16D13/52 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020182457
(22)【出願日】2020-10-30
(71)【出願人】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108523
【弁理士】
【氏名又は名称】中川 雅博
(74)【代理人】
【識別番号】100098305
【弁理士】
【氏名又は名称】福島 祥人
(74)【代理人】
【識別番号】100187931
【弁理士】
【氏名又は名称】澤村 英幸
(72)【発明者】
【氏名】武田 規弘
(72)【発明者】
【氏名】日吉 憲司
【テーマコード(参考)】
3J056
【Fターム(参考)】
3J056AA60
3J056BA04
3J056BE23
3J056BE28
3J056CC33
3J056GA02
3J056GA13
(57)【要約】
【課題】クラッチボスの回転速度がプレッシャ部材の回転速度よりも高くなることを抑制するクラッチ装置およびそれを備える鞍乗型車両を提供する。
【解決手段】クラッチボス30は、ボス部33と、ボス部33を取り囲む受圧面40とを有する。プレッシャプレート50は、ボス部33に嵌め込まれかつ第2の外周面を有する嵌合部と、嵌合部を取り囲む押圧面60とを有する。受圧面40と押圧面60との間に、複数の摩擦プレートが設けられる。ボス部33内にオイルが供給される。ボス部33の内周面には、オイルをボス部33の先端に導く第1の凹部C1が形成されている。第2の外周面には、オイルを押圧面60に導く第2の凹部C2が第1の凹部C1に対向するように形成されている。押圧面60には、第1および第2の凹部C1,C2により導かれたオイルを押圧面60に最も近い摩擦プレートに導く第3の凹部C3が形成されている。
【選択図】
図12
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方向に延びる軸の周りで回転可能に設けられるクラッチハウジングと、
前記軸を取り囲みかつ内周面および第1の外周面を有するボス部と、前記ボス部から外方に突出する環状の受圧面とを有し、前記軸の周りで回転可能に前記クラッチハウジング内に設けられるクラッチボスと、
前記ボス部に嵌め込まれかつ第2の外周面を有する嵌合部と、前記受圧面に対向する環状の押圧面とを有し、前記クラッチボスに対して前記一方向である軸方向に相対的に移動可能かつ相対的に回転可能に構成されたプレッシャ部材と、
前記受圧面と前記押圧面との間に設けられた複数の摩擦プレートと、
前記ボス部内にオイルを供給するオイル供給部とを備え、
前記クラッチボスおよび前記プレッシャ部材は、前記クラッチボスと前記プレッシャ部材との相対的な回転により互いに当接可能および離間可能な第1および第2のカム面をそれぞれ有し、
前記ボス部の内周面には、前記オイル供給部からのオイルを前記ボス部の先端に導く第1の凹部が形成され、
前記プレッシャ部材の前記第2の外周面には、前記オイル供給部からのオイルを前記押圧面に導く第2の凹部が前記第1の凹部に少なくとも部分的に対向するように形成され、
前記押圧面には、前記第1の凹部および前記第2の凹部により導かれたオイルを前記押圧面に最も近い摩擦プレートを含む少なくとも1つの摩擦プレートに導く第3の凹部が形成された、クラッチ装置。
【請求項2】
前記複数の摩擦プレートは、前記受圧面と前記押圧面との間で前記軸方向に移動可能に交互に設けられた複数の第1の摩擦プレートおよび複数の第2の摩擦プレートを含み、
前記複数の第1の摩擦プレートは、前記クラッチハウジングに対して相対的に回転不可能に設けられ、
前記複数の第2の摩擦プレートのうち一部の複数の第2の摩擦プレートは、前記ボス部に対して相対的に回転不可能に設けられ、
前記複数の第2の摩擦プレートのうち残りの1または複数の第2の摩擦プレートは、前記嵌合部に対して相対的に回転不可能に設けられ、
前記第1の凹部、前記第2の凹部および前記第3の凹部は、前記オイル供給部からのオイルを前記複数の第1の摩擦プレートのうち前記押圧面に最も近い摩擦プレートを含む少なくとも1つの第1の摩擦プレートに導くように構成された、請求項1記載のクラッチ装置。
【請求項3】
前記プレッシャ部材の前記押圧面の前記第3の凹部の外方に位置する部分を除く領域に複数の歯が設けられ、
前記一部の1または複数の第2の摩擦プレートは、前記プレッシャ部材に対して相対的に回転不可能に前記複数の歯に係合する、請求項2記載のクラッチ装置。
【請求項4】
前記複数の第1の摩擦プレートのうち前記プレッシャ部材の前記押圧面に最も近い第1の摩擦プレートの引きずりトルクは、前記クラッチボスの前記受圧面に最も近い第1の摩擦プレートの引きずりトルクよりも大きい、請求項2または3記載のクラッチ装置。
【請求項5】
前記第1の凹部には、前記ボス部の内周面から前記第1の外周面に貫通する1または複数の連通孔が形成された、請求項1~4のいずれか一項に記載のクラッチ装置。
【請求項6】
駆動輪と、
請求項1~5のいずれか一項に記載のクラッチ装置と、
前記クラッチ装置の前記クラッチハウジングに回転力を与えるエンジンと、
前記クラッチ装置の前記クラッチボスの回転力を前記駆動輪に伝達するトランスミッションとを備える、鞍乗型車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラッチ装置およびそれを備える鞍乗型車両に関する。
【背景技術】
【0002】
自動二輪車等の鞍乗型車両には、エンジンと車輪との間で回転力の伝達状態を変化させるクラッチ装置が用いられる。特許文献1に記載されたクラッチ装置は、アシストカム機構およびスリッパカム機構を有する。クラッチセンタとプレッシャプレートとは、相対的に回転可能に設けられている。アシストカム機構は、クラッチセンタおよびプレッシャプレートにエンジンの駆動力(正側のトルク)が作用したときに互いに当接する一対のカム面を含む。アシストカム機構の一対のカム面が互いに当接すると、プレッシャプレートにクラッチセンタに近づく力が作用し、複数のフリクションプレートと複数のクラッチプレートとの間に作用する係合力が高くなる。
【0003】
スリッパカム機構は、クラッチセンタおよびプレッシャプレートにトランスミッションから逆駆動力(負側のトルク)が作用したときに互いに当接する一対のカム面を含む。スリッパカム機構の一対のカム面が互いに当接すると、プレッシャプレートにクラッチセンタから遠ざかる力が作用し、複数のフリクションプレートと複数のクラッチプレートとの間に作用する係合力が弱くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の構成を有するクラッチ装置においては、そのクラッチ装置を備える車両の状態によって連続的な打音の繰り返しが発生する場合がある。本発明者らは、連続的な打音の繰り返しの発生原因を検討した結果、以下の打音の発生メカニズムを見出した。
【0006】
クラッチセンタにトルクが加わっていない状態で、クラッチセンタの回転速度がプレッシャプレートの回転速度よりも高くなると、アシストカム機構の一対のカム面が離間することが可能になる。一対のカム面が離間可能な状態で、クラッチセンタとプレッシャプレートとの間の回転速度差に変動が生じると、アシストカム機構の一対のカム面が当接および離間を繰り返す。それにより、打音の繰り返しが発生する。
【0007】
上記の打音の発生メカニズムによれば、打音の繰り返しの発生を抑制するためには、本発明者らは、プレッシャプレートの回転速度をクラッチセンタの回転速度と同等以上にする必要があると考えた。
【0008】
本発明の目的は、クラッチボスの回転速度がプレッシャ部材の回転速度よりも高くなることを抑制するクラッチ装置およびそれを備える鞍乗型車両を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)第1の発明に係るクラッチ装置は、一方向に延びる軸の周りで回転可能に設けられるクラッチハウジングと、軸を取り囲みかつ内周面および第1の外周面を有するボス部と、ボス部から外方に突出する環状の受圧面とを有し、軸の周りで回転可能にクラッチハウジング内に設けられるクラッチボスと、ボス部に嵌め込まれかつ第2の外周面を有する嵌合部と、受圧面に対向する環状の押圧面とを有し、クラッチボスに対して一方向である軸方向に相対的に移動可能かつ相対的に回転可能に構成されたプレッシャ部材と、受圧面と押圧面との間に設けられた複数の摩擦プレートと、ボス部内にオイルを供給するオイル供給部とを備え、クラッチボスおよびプレッシャ部材は、クラッチボスとプレッシャ部材との相対的な回転により互いに当接可能および離間可能な第1および第2のカム面をそれぞれ有し、ボス部の内周面には、オイル供給部からのオイルをボス部の先端に導く第1の凹部が形成され、プレッシャ部材の第2の外周面には、オイル供給部からのオイルを押圧面に導く第2の凹部が第1の凹部に少なくとも部分的に対向するように形成され、押圧面には、第1の凹部および第2の凹部により導かれたオイルを押圧面に最も近い摩擦プレートを含む少なくとも1つの摩擦プレートに導く第3の凹部が形成されている。
【0010】
そのクラッチ装置において、クラッチハウジングが回転する半クラッチ状態では、複数の摩擦プレートに作用する引きずりトルクによりクラッチボスが回転する。それにより、クラッチボスの回転速度がプレッシャ部材の回転速度よりも高くなろうとする。上記の構成によれば、第1の凹部と第2の凹部とにより形成されるオイル流路の断面積は、第1の凹部および第2の凹部のうちいずれか一方のみにより構成されるオイル流路の断面積に比べて十分に大きい。したがって、第1の凹部と第2の凹部とにより形成されるオイル流路を流れる多量のオイルがボス部の先端に円滑に導かれる。さらに、ボス部の先端に導かれた多量のオイルが、プレッシャ部材の押圧面の第3の凹部から少なくとも1つの摩擦プレートに円滑に供給される。それにより、複数の摩擦プレートのうちクラッチボスのボス部の先端とプレッシャ部材の押圧面との間に位置する少なくとも1つの摩擦プレートが湿潤する。この場合、プレッシャ部材の押圧面に対する摩擦プレートの引きずりトルクが増大する。その結果、プレッシャ部材、クラッチボスおよび摩擦プレートが回転する。
【0011】
このようにクラッチボスの回転速度がプレッシャ部材の回転速度よりも高くなることが抑制される。それにより、第1のカム面と第2のカム面とが当接した状態が維持される。したがって、第1および第2のカム面が当接および離間を繰り返すことが防止され、連続的な打音の繰り返しの発生が抑制される。
【0012】
(2)複数の摩擦プレートは、受圧面と押圧面との間で軸方向に移動可能に交互に設けられた複数の第1の摩擦プレートおよび複数の第2の摩擦プレートを含み、複数の第1の摩擦プレートは、クラッチハウジングに対して相対的に回転不可能に設けられ、複数の第2の摩擦プレートのうち一部の複数の第2の摩擦プレートは、ボス部に対して相対的に回転不可能に設けられ、複数の第2の摩擦プレートのうち残りの1または複数の第2の摩擦プレートは、嵌合部に対して相対的に回転不可能に設けられ、第1の凹部、第2の凹部および第3の凹部は、オイル供給部からのオイルを複数の第1の摩擦プレートのうち押圧面に最も近い摩擦プレートを含む少なくとも1つの第1の摩擦プレートに導くように構成されてもよい。
【0013】
この場合、プレッシャ部材の押圧面の第3の凹部に導かれたオイルが押圧面に最も近い摩擦プレートを含む少なくとも1つの第1の摩擦プレートに供給され、当該第1の摩擦プレートが湿潤する。それにより、プレッシャ部材の嵌合部とともに回転する1または複数の第2の摩擦プレートに対する少なくとも1つの第1の摩擦プレートの引きずりトルクが増大する。それにより、プレッシャ部材がクラッチボスとともに回転する。その結果、クラッチボスの回転速度がプレッシャ部材の回転速度よりも高くなることが十分に抑制される。
【0014】
(3)プレッシャ部材の押圧面の第3の凹部の外方に位置する部分を除く領域に複数の歯が設けられ、一部の1または複数の第2の摩擦プレートは、プレッシャ部材に対して相対的に回転不可能に複数の歯に係合してもよい。
【0015】
この場合、第1、第2および第3の凹部により導かれるオイルが複数の歯により阻害されることなく、プレッシャ部材とともに回転する1または複数の第2の摩擦プレートに接触する1または複数の第1の摩擦プレートに円滑に導かれる。
【0016】
(4)複数の第1の摩擦プレートのうちプレッシャ部材の押圧面に最も近い第1の摩擦プレートの引きずりトルクは、クラッチボスの受圧面に最も近い第1の摩擦プレートの引きずりトルクよりも大きくてもよい。それにより、クラッチボスの回転速度がプレッシャ部材の回転速度よりも高くなることが抑制される。
【0017】
(5)第1の凹部には、ボス部の内周面から第1の外周面に貫通する1または複数の連通孔が形成されてもよい。それにより、簡単な構成で、複数の摩擦プレートにオイルを円滑に導くことができる。
【0018】
(6)第2の発明に係る鞍乗型車両は、駆動輪と、上記のクラッチ装置と、クラッチ装置のクラッチハウジングに回転力を与えるエンジンと、クラッチ装置のクラッチボスの回転力を駆動輪に伝達するトランスミッションとを備える。
【0019】
その鞍乗型車両は、上記のクラッチ装置を備える。したがって、クラッチボスの回転速度がプレッシャ部材の回転速度よりも高くなることが抑制されるので、連続的な打音の繰り返しの発生が抑制される。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、クラッチボスの回転速度がプレッシャ部材の回転速度よりも高くなることを抑制することが可能になるので、連続的な打音の繰り返しの発生を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施の形態に係る自動二輪車の右側面図である。
【
図2】
図1のクラッチ装置の基本構成を説明するための分解斜視図である。
【
図3】
図1のクラッチ装置を回転軸を含む平面で切断した断面図である。
【
図4】第2の軸方向に見たクラッチボスの平面図である。
【
図5】第1の軸方向に見たクラッチボスの平面図である。
【
図7】第2の軸方向に見たプレッシャプレートの平面図である。
【
図8】第1の軸方向に見たプレッシャプレートの平面図である。
【
図10】クラッチボスにプレッシャプレートが取り付けられる場合のクラッチボスの複数の第1の凹部とプレッシャプレートの複数の第2の凹部との位置関係を説明するための図である。
【
図11】クラッチボスにプレッシャプレートが取り付けられた状態を示す外観斜視図である。
【
図12】
図11の第1の凹部、第2の凹部、第3の凹部および2つの連通孔におけるオイルの流れを説明するための模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施の形態に係るクラッチ装置およびそれを備える鞍乗型車両について図面を参照しつつ説明する。鞍乗型車両の一例として自動二輪車を説明する。
【0023】
[1]自動二輪車の概略構成
図1は、本発明の一実施の形態に係る自動二輪車の右側面図である。
図1では、自動二輪車100が路面に対して垂直に起立した状態が示される。
図1の自動二輪車100は、金属製の車体フレーム1を備える。車体フレーム1は、メインフレーム1Mおよびリアフレーム1Rを含む。メインフレーム1Mの前端はヘッドパイプHPを構成する。メインフレーム1Mは、ヘッドパイプHPから後方かつ下方に向かって延びるように形成されている。リアフレーム1Rは、メインフレーム1Mの後端部およびその後端部近傍から後方かつやや上方に向かって延びるように、メインフレーム1Mに取り付けられている。
【0024】
ヘッドパイプHPには、フロントフォーク2が左右方向に揺動可能に設けられている。フロントフォーク2の下端に前輪3が回転可能に支持されている。フロントフォーク2の上端には、ハンドル4が設けられている。
【0025】
メインフレーム1MはヘッドパイプHPよりも下方の位置でエンジンユニット5を支持する。エンジンユニット5の上方でかつヘッドパイプHPの後方に位置するように燃料タンク8が設けられている。燃料タンク8の後方には、シート9が設けられている。燃料タンク8は主としてメインフレーム1Mにより支持され、シート9は主としてリアフレーム1Rにより支持される。
【0026】
メインフレーム1Mの後端下部から後方に延びるように、リアアーム6が設けられている。リアアーム6は、ピボット軸を用いてメインフレーム1Mに支持されている。リアアーム6の後端に後輪7が回転可能に支持されている。後輪7は、駆動輪としてエンジンユニット5から発生される動力により回転される。
【0027】
エンジンユニット5は、エンジン5a、トランスミッション5bおよびクラッチ装置10を含む。トランスミッション5bは、メイン軸(入力軸)およびドライブ軸(出力軸)を含む。トランスミッション5bは、エンジン5aからクラッチ装置10を介してメイン軸に伝達されるトルクを、予め定められた複数の減速比のうちいずれかの減速比でドライブ軸を通して後輪7に伝達する。クラッチ装置10は、
図1のハンドル4に設けられるクラッチレバー(図示せず)の操作状態に応じてエンジン5aとトランスミッション5bとの間で伝達されるトルクの大きさを調整する。以下、クラッチ装置10の詳細を説明する。
【0028】
[2]クラッチ装置10の基本構成
図2は、
図1のクラッチ装置10の基本構成を説明するための分解斜視図である。以下、クラッチ装置10の基本構成について、
図2を参照しつつクラッチ装置10の組立手順とともに説明する。
図2に示すように、クラッチ装置10は、主として、クラッチハウジング20、入力ギア29、クラッチボス30、プレッシャプレート50、サポートプレート70、複数のクラッチプレート82、複数のフリクションプレート81、複数(本例では3つ)のボルトBLおよび複数(本例では3つ)のスプリングSPから構成される。
【0029】
クラッチハウジング20は、円板部21および筒状部22を含む。円板部21は、略円形状の一面およびその一面とは逆の他面を有する。筒状部22は、円板部21の外周端部から円板部21の一面が向く方向に延びるように形成されている。
【0030】
以下の説明では、クラッチハウジング20の筒状部22の中心軸をクラッチ装置10の回転軸RAと呼ぶ。また、回転軸RAに平行な方向を軸方向ADと呼ぶ。
図2以降の図では、クラッチ装置10の軸方向ADが適宜矢印で示される。さらに、軸方向ADにおいて矢印が向かう方向を第1の軸方向1Dと呼び、その逆の方向を第2の軸方向2Dと呼ぶ。本実施の形態においては、第1の軸方向1Dは、円板部21の一面が向く方向であり、
図1の自動二輪車100の左から右に向く方向に相当する。また、第2の軸方向2Dは、円板部21の他面が向く方向であり、
図1の自動二輪車100の右から左に向く方向に相当する。
【0031】
複数のフリクションプレート81の各々は、円環形状を有する。各フリクションプレート81の外周端部には、複数の歯が全周に渡って等間隔で形成されている。クラッチハウジング20の筒状部22の内周面には、各フリクションプレート81が備える複数の歯にそれぞれ対応する複数の歯が形成されている。これらの複数の歯は、軸方向ADに延びている。
【0032】
円板部21の他面には、入力ギア29が取り付けられている。円板部21の中央部には、中央開口28が形成されている。中央開口28には、
図1のトランスミッション5bから延びるメイン軸501(
図3)が挿入される。この状態で、クラッチハウジング20は、メイン軸501に相対的に回転可能に支持される。入力ギア29は、エンジン5aのクランク軸(図示せず)からのトルクを受けて回転する。この場合、クラッチハウジング20は、入力ギア29とともに回転する。
【0033】
クラッチハウジング20の筒状部22内には、クラッチボス30が設けられる。クラッチボス30は、環状部31、円板部32およびボス部33を含む。円板部32は、第1の軸方向1Dに向く一面および第2の軸方向2Dに向く他面を有する。ボス部33は、略円筒形状を有し、円板部32の外周端部から主として第1の軸方向1Dに延びるように形成されている。環状部31は、ボス部33のうち第2の軸方向2Dに向く端部(ボス部33の後端)を取り囲むように形成されている。
【0034】
複数のクラッチプレート82の各々は、円環形状を有する。各クラッチプレート82の内周端部には、複数の歯が全周に渡って等間隔で形成されている。クラッチボス30のボス部33の外周面42には、複数のクラッチプレート82のうち一部のクラッチプレート82の各々が備える複数の歯にそれぞれ対応する複数の歯が形成されている。これらの複数の歯は、軸方向ADに延びている。
【0035】
円板部32の中央部には、中央開口39が形成されている。中央開口39には、
図1のトランスミッション5bから延びるメイン軸501(
図3)が挿入される。この状態で、クラッチボス30は、メイン軸501に相対的に回転不可能に支持される。そのため、クラッチボス30がエンジン5aからのトルクを受けて回転する場合およびトランスミッション5bのメイン軸501が後輪7からのトルクを受けて回転する場合、クラッチボス30およびメイン軸501はともに回転する。
【0036】
円板部32の一面には、中央開口39を取り囲むように、第1の軸方向1Dに突出する複数(本例では3つ)の支持突起34が形成されている。各支持突起34には、円板部32の一面上の空間と他面上の空間とを連通させる貫通孔34hが形成されている。貫通孔34hの内周面には、ボルトBLを取り付け可能なねじ切り加工が施されている。
【0037】
クラッチハウジング20内にクラッチボス30が設けられた状態で、クラッチボス30の環状部31上に複数のフリクションプレート81と複数のクラッチプレート82とが交互に設けられる。このとき、複数のフリクションプレート81の各々の複数の歯とクラッチハウジング20の筒状部22の内周面に形成された複数の歯とが係合する。この状態で、複数のフリクションプレート81は、クラッチハウジング20に対して相対的に回転不可能かつ軸方向ADに移動可能である。また、複数のクラッチプレート82のうち一部のクラッチプレート82の各々の複数の歯とクラッチボス30のボス部33の外周面42に形成された複数の歯とが係合する。この状態で、一部のクラッチプレート82は、クラッチボス30に対して相対的に回転不可能かつ軸方向ADに移動可能である。
【0038】
プレッシャプレート50の中央部には、中央開口59が形成されている。中央開口59には、レリーズ機構の一部(後述する
図3のレリーズ部材99)がベアリングを介して取り付けられる。レリーズ機構は、運転者によるクラッチレバー(図示せず)の操作に応じてクラッチ装置10におけるトルクの伝達状態を調整するための機構である。プレッシャプレート50は、第1の軸方向1Dに向く一面および第2の軸方向2Dに向く他面を有する。プレッシャプレート50の一面には、複数(本例では3つ)のスプリング収容部51が形成されている。各スプリング収容部51は、スプリングSPを収容可能に凹状に形成されている。また、スプリング収容部51は、収容されたスプリングSPの一端を支持する環状の底部を有する。さらに、環状の底部の内側には、クラッチボス30の支持突起34を挿入可能な開口が形成されている。
【0039】
プレッシャプレート50は、複数のスプリング収容部51の複数の貫通孔内にクラッチボス30の複数の支持突起34が挿入されるように、位置決めされる。また、プレッシャプレート50は、プレッシャプレート50の一部とクラッチボス30の環状部31との間に複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82が挟みこまれるように、クラッチボス30上に設けられる。この状態で、プレッシャプレート50の複数のスプリング収容部51内に複数のスプリングSPがそれぞれ設けられる。
【0040】
ここで、本例のプレッシャプレート50の他面には、後述するように、複数のクラッチプレート82のうち残りのクラッチプレート82の各々が備える複数の歯にそれぞれ対応する複数の歯54(
図8)が形成されている。クラッチボス30にプレッシャプレート50が設けられることにより、複数のクラッチプレート82のうち残りのクラッチプレート82の各々の複数の歯とプレッシャプレート50の他面に形成された複数の歯54(
図8)とが係合する。この状態で、残りのクラッチプレート82は、プレッシャプレート50に対して相対的に回転不可能かつ軸方向ADに移動可能である。本実施の形態に係るクラッチ装置10においては、残りのクラッチプレート82の数は1である。
【0041】
サポートプレート70は、略円環形状を有する。サポートプレート70には、クラッチボス30の複数の貫通孔34hにそれぞれ対応する複数の貫通孔71が形成されている。サポートプレート70は、各貫通孔71が軸方向ADにおいてプレッシャプレート50のスプリング収容部51およびクラッチボス30の貫通孔34hに重なるようにプレッシャプレート50上に設けられる。各貫通孔71は、ボルトBLのねじ部および胴部を挿入可能で頭部を挿入不可能に形成されている。
【0042】
プレッシャプレート50上にサポートプレート70が設けられた状態で、複数のボルトBLのねじ部が複数の貫通孔71およびプレッシャプレート50の複数の貫通孔を通して、クラッチボス30の複数の貫通孔34hに取り付けられる。
図2では、複数のボルトBLのうち2つのボルトBLがクラッチボス30の2つの貫通孔34hに取り付けられることが太い点線の矢印および太い一点鎖線の矢印により示される。
【0043】
上記のようにして、クラッチボス30にプレッシャプレート50が取り付けられた状態で、プレッシャプレート50は、クラッチボス30に対して一定の角度範囲で相対的に回転可能である。この角度範囲は、後述するアシストカム機構およびスリッパカム機構により制限される。
【0044】
[3]クラッチ装置10の各部へのオイル供給
図3は、
図1のクラッチ装置10を回転軸RAを含む平面で切断した断面図である。
図3では、
図2を用いて説明したクラッチ装置10の複数の構成要素とともに、クラッチ装置10に接続されるトランスミッション5bのメイン軸501とクラッチ装置10の状態を変化させるためのレリーズ部材99とが示される。
【0045】
図3に示すように、本実施の形態に係るクラッチ装置10は、
図2に示される構成に加えて、クラッチハウジング20の内部にオイルを供給するためのオイル供給部90をさらに含む。オイル供給部90は、ポンプおよび複数のオイル流路を含む。
【0046】
メイン軸501の内部には、上記の複数のオイル流路のうちの一部として、軸流路502が設けられている。軸流路502は、メイン軸501の一端部から他端部にかけて延びるように形成されている。メイン軸501の外周面には、軸方向における複数の位置に、軸流路502とメイン軸501の外部の空間とを連通させる複数の貫通孔が形成されている。メイン軸501の一端部がクラッチ装置10に接続された状態で、メイン軸501の複数の貫通孔のうちの少なくとも一部は、クラッチハウジング20内に位置する。
【0047】
図3に太い二点鎖線で示すように、オイル供給部90のポンプ作動時には、メイン軸501の他端部から軸流路502内にオイルが供給される。この場合、軸流路502に供給されたオイルの一部は、メイン軸501の一端部近傍に形成された貫通孔を通してクラッチハウジング20内に導かれる。
【0048】
クラッチハウジング20およびメイン軸501の回転時には、クラッチハウジング20の内部に導かれたオイルに遠心力が作用する。それにより、メイン軸501からクラッチハウジング20の筒状部22の内周面に向けてオイルの流れが発生する。一方、クラッチハウジング20の内部において、クラッチボス30のボス部33は、略円筒形状を有し、メイン軸501を取り囲むように配置される。そのため、筒状部22の内周面とボス部33の外周面42との間の円環状の空間には、本来的にオイルが流れにくい。したがって、通常、複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82には十分な量のオイルを供給することが難しい。
【0049】
仮に、ボス部33の内部と外部とを連通させるオイル流路をボス部33にのみ形成する場合、十分な大きさの流路断面を確保しつつボス部33の機械的強度を確保するためには、ボス部33の厚みを大きくしなければならない。しかしながら、ボス部33の厚みを大きくすると、ボス部33の軽量化および小型化が実現できない。
【0050】
また、ボス部33の内部と外部とを連通させるオイル流路をボス部33にのみ形成しても、全てのフリクションプレート81および全てのクラッチプレート82に十分な量のオイルを供給することはできない。特に、
図3に白抜きの矢印で示すように、プレッシャプレート50に近接するフリクションプレート81およびクラッチプレート82にオイルを供給することは難しい。
【0051】
本実施の形態に係るクラッチ装置10には、いわゆるアシストカム機構およびスリッパカム機構が設けられている。これらのアシストカム機構およびスリッパカム機構は、クラッチボス30に設けられる複数(本例では3つ)の第1のカム35とプレッシャプレート50に設けられる複数(本例では3つ)の第2のカム53とにより構成される。クラッチ装置10において、複数の第1のカム35と複数の第2のカム53とは、クラッチ装置10を軸方向ADに見て回転軸RAを中心とする円上に交互に並ぶように配置される。
図3では、複数の第1のカム35のうち一の第1のカム35と、複数の第2のカム53のうち一の第2のカム53とが示される。
【0052】
複数の第1のカム35および複数の第2のカム53は、クラッチボス30とプレッシャプレート50との間に回転速度差が生じた場合に互いに当接する。具体的には、クラッチボス30にエンジン5aからのトルク(正側のトルク)が作用することによりクラッチボス30とプレッシャプレート50との間に回転速度差が生じると、アシストカム機構が作動する。この場合、複数の第1のカム35の後述する第1のアシストカム面35a(
図4)と複数の第2のカム53の後述する第2のアシストカム面53a(
図8)とが互いに当接し、プレッシャプレート50がクラッチボス30に近づくように軸方向ADに移動する。それにより、複数のフリクションプレート81と複数のクラッチプレート82との間に作用する係合力が強くなる。
【0053】
一方、クラッチボス30にトランスミッション5bからのトルク(負側のトルク)が作用することによりクラッチボス30とプレッシャプレート50との間に回転速度差が生じると、スリッパカム機構が作動する。この場合、複数の第1のカム35の後述する第1のスリッパカム面35s(
図5)と複数の第2のカム53の後述する第2のスリッパカム面53s(
図7)とが互いに当接し、プレッシャプレート50がクラッチボス30から遠ざかるように軸方向ADに移動する。それにより、複数のフリクションプレート81と複数のクラッチプレート82との間に作用する係合力が弱くなる。
【0054】
ここで、クラッチボス30にトルクが加わっておらずかつ複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82間に比較的弱い係合力(例えば半クラッチ状態の係合力)が作用している状態を想定する。この場合、プレッシャプレート50に近接するフリクションプレート81およびクラッチプレート82に十分な量のオイルを供給することができないと、それらのプレートに十分な引きずりトルクを作用させることができない。そのため、クラッチボス30の回転速度がプレッシャプレート50の回転速度よりも高くなる可能性がある。このとき、さらにクラッチボス30とプレッシャプレート50との間の回転速度差に変動が生じると、上記の発明の概要で説明したように、第1のアシストカム面35a(
図4)と第2のアシストカム面53a(
図8)とが当接および離間を繰り返す。それにより、連続的な打音が発生する。
【0055】
なお、クラッチボス30にトルクが加わっておらずかつ複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82間に比較的弱い係合力が作用している状態とは、例えばトランスミッション5bのギアポジションがニュートラルポジションにありかつクラッチ装置10が半クラッチ状態にある状態をいう。
【0056】
また、上記回転速度差の変動は、例えばスプリングSPの伸縮、エンジン5aのトルク変動および複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82に作用する引きずりトルクの変動等に起因して発生する。
【0057】
以上の点を考慮して、本実施の形態に係るクラッチ装置10においては、ボス部33内に供給されるオイルが、プレッシャプレート50に近接するフリクションプレート81およびクラッチプレート82に十分な量、円滑に導かれるように、クラッチボス30およびプレッシャプレート50の構造に工夫が施されている。クラッチボス30およびプレッシャプレート50の構造の詳細を説明する。
【0058】
[4]クラッチボス30の構造の詳細
図4は、第2の軸方向2Dに見たクラッチボス30の平面図である。
図5は、第1の軸方向1Dに見たクラッチボス30の平面図である。また、
図6は、クラッチボス30の外観斜視図である。
図4~
図6においては、クラッチボス30の構造の理解を容易にするために、クラッチボス30の外表面のうちの複数の部分に、互いに識別可能な複数のパターン(ドットパターンおよびハッチング)が付されている。なお、
図6の外観斜視図は、
図4および
図5の平面図に対して拡大率が異なる。
【0059】
図4および
図6に示すように、クラッチボス30の環状部31においては、第1の軸方向1Dを向く一面が受圧面40として機能する。受圧面40は、複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82を介してプレッシャプレート50からの押圧力を受ける。それにより、複数のフリクションプレート81と複数のクラッチプレート82との間に係合力が発生する。
【0060】
円板部32の中央部には、中央開口39が形成されている。中央開口39の内周部には、当該中央開口39に挿入されるメイン軸501の一端部を固定するためのセレーションが形成されている。円板部32の一面上には、3つの支持突起34および3つの第1のカム35が、中央開口39を取り囲むように形成されている。各支持突起34は、円柱形状を有し、円板部32の一面からボス部33の先端とほぼ同じ高さ位置まで第1の軸方向1Dに延びている。支持突起34には、軸方向ADに延びる貫通孔34hが形成されている。
【0061】
各第1のカム35は、中央開口39を中心とする周方向における各2つの支持突起34の間に位置する。第1のカム35は、円板部32の一面から支持突起34の約半分の高さ位置まで第1の軸方向1Dに突出している。第1のカム35は、第1のアシストカム面35aおよび第1のスリッパカム面35sを有する。
【0062】
第1のアシストカム面35aは、クラッチボス30を第2の軸方向2Dに見て中央開口39を中心とする反時計回りの方向かつ第1の軸方向1Dを向くように傾斜している。第1のスリッパカム面35sは、クラッチボス30を第2の軸方向2Dに見て中央開口39を中心とする時計回りの方向かつ第2の軸方向2Dを向くように傾斜している。
図4および
図5に示すように、円板部32のうち、各第1のカム35の第1のスリッパカム面35sと当該第1のスリッパカム面35sに対向する支持突起34との間の部分には、略扇状の開口36が形成されている。
【0063】
図4および
図6に示すように、ボス部33の内周面41には、各第1のアシストカム面35aの近傍の位置に、軸方向ADに延びる第1の凹部C1が形成されている。また、
図4および
図5に示すように、円板部32のうち、ボス部33の内周面41の第1の凹部C1の近傍には、円板部32を軸方向ADに貫通する略矩形の連通孔37が形成されている。さらに、
図6に示すように、ボス部33のうち内周面41に第1の凹部C1が形成された部分には、内周面41から外周面42に貫通する複数(本例では2つ)の連通孔38が形成されている。
【0064】
[5]プレッシャプレート50の構造の詳細
図7は、第2の軸方向2Dに見たプレッシャプレート50の平面図である。
図8は、第1の軸方向1Dに見たプレッシャプレート50の平面図である。また、
図9は、プレッシャプレート50の外観斜視図である。
図7~
図9においては、プレッシャプレート50の構造の理解を容易にするために、プレッシャプレート50の外表面のうちの複数の部分に、互いに識別可能な複数のパターン(ドットパターンおよびハッチング)が付されている。なお、
図9の外観斜視図は、
図7および
図8の平面図に対して拡大率が異なる。
【0065】
図8に示すように、プレッシャプレート50においては、第2の軸方向2Dを向く他面のうち外周端部から一定幅の円環状の領域が押圧面60として機能する。押圧面60は、複数のスプリングSPの弾性力によりクラッチボス30の受圧面40に向かって複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82を押圧する。
【0066】
押圧面60の一部には、押圧面60の外周端部と内周端部との間の中間位置に、中央開口59を中心とする円を描くように略一定幅の円環状領域69が設定されている。円環状領域69には、複数の歯54が一部分を除いて略等間隔で形成されている。
図9に示すように、複数の歯54は、円環状領域69から第2の軸方向2Dに突出している。また、複数の歯54は、上記のように、複数のクラッチプレート82のうち残りのクラッチプレート82の複数の歯に係合する。
【0067】
プレッシャプレート50の中央部には、中央開口59が形成されている。中央開口59の内周部には、
図3のレリーズ部材99を取り付けるためのベアリングが設けられている。
【0068】
プレッシャプレート50の他面のうち押圧面60の内側の領域には、嵌合部61が形成されている。嵌合部61は、クラッチボス30のボス部33に嵌め込むことが可能となるように、押圧面60に対して一定高さ分第2の軸方向2Dに突出している。
【0069】
図8に示すように、嵌合部61は、プレッシャプレート50を軸方向ADに見て押圧面60の内周端部のうち少なくとも一部に沿うように形成された外周面62を有する。嵌合部61の外周面62は、嵌合部61がクラッチボス30のボス部33に嵌め込まれるときに、ボス部33の内周面41に対向する。また、嵌合部61の外周面62には、中央開口59に関して等角度間隔で複数(本例では3つ)の第2の凹部C2が形成されている。各第2の凹部C2は、押圧面60から第2の軸方向2Dに延びるように形成されている。
【0070】
押圧面60のうち嵌合部61の各第2の凹部C2から押圧面60の外周端部に向かって円環状領域69に至る領域には、第3の凹部C3が形成されている。押圧面60の円環状領域69のうち第3の凹部C3の外方に位置する部分には、歯54が形成されていない。
【0071】
図8および
図9に示すように、嵌合部61上には、3つの第2のカム53が、中央開口59を取り囲むように形成されている。各第2のカム53は、嵌合部61の先端からさらに一定高さ分第2の軸方向2Dに突出するように形成されている。第2のカム53は、第2のアシストカム面53aおよび第2のスリッパカム面53sを有する。
【0072】
第2のアシストカム面53aは、プレッシャプレート50を第1の軸方向1Dに見て中央開口59を中心とする反時計回りの方向かつ第2の軸方向2Dを向くように傾斜している。第2のスリッパカム面53sは、プレッシャプレート50を第1の軸方向1Dに見て中央開口59を中心とする時計回りの方向かつ第1の軸方向1Dを向くように傾斜している。
図7および
図8に示すように、嵌合部61においては、3つの第2のカム53の各2つの間の部分に、略扇状の開口52が形成されている。
【0073】
図7に示すように、第1の軸方向1Dを向くプレッシャプレート50の一面において、
図8の各第2のカム53に重なる領域にはスプリング収容部51が形成されている。上記のように、スプリング収容部51は、
図2のスプリングSPを収容可能に形成されている。また、スプリング収容部51には、スプリングSPの一端を支持する環状(本例では楕円環状)の底部が形成されている。さらに、環状の底部の内側には、開口が形成されている。
【0074】
[6]クラッチボス30とプレッシャプレート50との間に形成されるオイル流路
クラッチボス30にプレッシャプレート50が取り付けられた状態で、ボス部33の外周面42と嵌合部61の外周面62との間で、軸方向ADに沿うオイル流路が形成される。このオイル流路について説明する。
【0075】
図10は、クラッチボス30にプレッシャプレート50が取り付けられる場合のクラッチボス30の複数の第1の凹部C1とプレッシャプレート50の複数の第2の凹部C2との位置関係を説明するための図である。
図10では、クラッチボス30の複数の第1の凹部C1とプレッシャプレート50の複数の第2の凹部C2との位置関係が理解しやすいように、複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82の図示を省略している。また、
図10では、
図4~
図9の例と同様に、クラッチボス30およびプレッシャプレート50の外表面のうちの複数の部分に、互いに識別可能な複数のパターン(ドットパターンおよびハッチング)が付されている。
【0076】
図10に太い矢印で示すように、プレッシャプレート50の嵌合部61は、複数の第1の凹部C1と複数の第2の凹部C2とが互いに対向するように、クラッチボス30のボス部33内に嵌め込まれる。このとき、クラッチボス30の複数の支持突起34は、プレッシャプレート50の複数のスプリング収容部51に形成された開口に挿入される。
【0077】
図11は、クラッチボス30にプレッシャプレート50が取り付けられた状態を示す外観斜視図である。
図11においても、
図10の例と同様に、複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82の図示を省略している。
図11では、クラッチボス30とプレッシャプレート50とが明確に区別できるように、プレッシャプレート50にドットパターンが付されている。
【0078】
また、
図11では、クラッチボス30の1つの連通孔38を通るように外周面42の周方向に延びる一点鎖線が示される。さらに、
図11では、一点鎖線に平行でかつ軸方向ADに直交するクラッチボス30およびプレッシャプレート50の断面図が吹き出し内に示される。
【0079】
図11の吹き出し内に示すように、クラッチボス30の第1の凹部C1とプレッシャプレート50の第2の凹部C2が互いに対向していると、第1の凹部C1および第2の凹部C2内には比較的大きな空間が形成される。この空間は、ボス部33内に供給されるオイルをボス部33の先端に導くオイル流路を構成する。
【0080】
なお、クラッチ装置10においては、上記のように、クラッチボス30とプレッシャプレート50とは一定の角度範囲で相対的に回転可能である。その角度範囲は、互いに対応する第1の凹部C1および第2の凹部C2の少なくとも一部が常に互いに対向するように設定される。これにより、比較的大きい流路断面を有するオイル流路が確保される。
【0081】
クラッチボス30にプレッシャプレート50が取り付けられた状態で、第1の軸方向1Dを向くボス部33の先端と押圧面60との間には隙間Gが形成される。さらに、第2の凹部C2から外方に延びる押圧面60の部分には、第3の凹部C3が形成されている。これにより、ボス部33の先端と押圧面60との間に形成される隙間Gにおいては、押圧面60に隣り合う第2の凹部C2内の空間が比較的広い範囲でボス部33の外方に開放されている。
【0082】
図12は、
図11の第1の凹部C1、第2の凹部C2、第3の凹部C3および複数の連通孔38におけるオイルの流れを説明するための模式的断面図である。
図12に示すように、
図3のオイル供給部90からボス部33内に供給されるオイルは、太い実線の矢印で示すように、第1の凹部C1および第2の凹部C2により構成されるオイル流路を通ってボス部33の先端に導かれる。このとき、オイル流路を流れるオイルの一部は、オイル流路内から複数の連通孔38を通してボス部33の外周面42の外方に流れる。外周面42の外方に流れたオイルは、複数のクラッチプレート82のうちボス部33に係合する一部のクラッチプレート82に導かれる。
【0083】
また、オイル流路を流れるオイルの残りは、ボス部33の先端に導かれる。ボス部33の先端に導かれたオイルは、さらに第2の凹部C2内の空間および第3の凹部C3内の空間を通って、複数のクラッチプレート82のうちプレッシャプレート50に係合する残りのクラッチプレート82に導かれる。
【0084】
[7]実施の形態の効果
(1)本実施の形態に係るクラッチ装置10において、クラッチハウジング20が回転する半クラッチ状態では、複数のフリクションプレート81および一部のクラッチプレート82に作用する引きずりトルクによりクラッチボス30が回転する。それにより、クラッチボス30の回転速度がプレッシャプレート50の回転速度よりも高くなろうとする。
【0085】
上記の構成によれば、第1の凹部C1と第2の凹部C2とにより形成されるオイル流路の断面積は、第1の凹部C1および第2の凹部C2のうちいずれか一方のみにより構成されるオイル流路の断面積に比べて十分に大きい。したがって、第1の凹部C1と第2の凹部C2とにより形成されるオイル流路を流れる多量のオイルがボス部33の先端に円滑に導かれる。さらに、ボス部33の先端に導かれた多量のオイルが、プレッシャプレート50の押圧面60の第3の凹部C3から少なくとも1つのプレートに円滑に供給される。それにより、複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82のうちクラッチボス30のボス部33の先端とプレッシャプレート50の押圧面60との間に位置する少なくとも1つのプレートが湿潤する。この場合、プレッシャプレート50の押圧面60に対する少なくとも1つのプレートの引きずりトルクが増大する。その結果、プレッシャプレート50がクラッチボス30および少なくとも1つのプレートとともに回転する。
【0086】
このようにして、クラッチボス30の回転速度がプレッシャプレート50の回転速度よりも高くなることが抑制される。それにより、クラッチ装置10が半クラッチ状態にあるときに、第1のアシストカム面35aと第2のアシストカム面53aとが当接した状態が維持される。したがって、第1のアシストカム面35aおよび第2のアシストカム面53aが当接および離間を繰り返すことが防止され、連続的な打音の繰り返しの発生が抑制される。
【0087】
(2)上記のように、プレッシャプレート50においては、押圧面60の円環状領域69のうち、第3の凹部C3の外方に位置する部分(第3の凹部C3の延長線上)には、歯54が形成されていない。これにより、第1の凹部C1、第2の凹部C2および第3の凹部C3により導かれるオイルが複数の歯54により阻害されることなく、プレッシャプレート50に係合する1または複数のクラッチプレート82に円滑に導かれる。
【0088】
(3)上記のように、ボス部33の第1の凹部C1には、複数の連通孔38が形成されている。これにより、簡単な構成で、オイル流路を流れる多量のオイルの一部をボス部33に係合する複数のクラッチプレート82に均一かつ円滑に導くことができる。
【0089】
(4)上記のクラッチ装置10において、複数のフリクションプレート81のうちプレッシャプレート50の押圧面60に最も近いフリクションプレート81を第1のフリクションプレートと呼ぶ。また、複数のフリクションプレート81のうちクラッチボス30の受圧面40に最も近いフリクションプレート81を第2のフリクションプレートと呼ぶ。この場合、第1および第2のフリクションプレートは、クラッチ装置10が半クラッチ状態にあるときに第1のフリクションプレートに作用する引きずりトルクが第2のフリクションプレートに作用する引きずりトルクよりも大きくなるように構成されることが好ましい。それにより、クラッチボス30の回転速度がプレッシャプレート50の回転速度よりも高くなることが抑制される。
【0090】
なお、第1および第2のフリクションプレートにそれぞれ作用する引きずりトルクは、各フリクションプレートの材料および形状、ならびに各フリクションプレートの表面の摩擦係数等を適宜変更することにより調整することができる。
【0091】
[8]他の実施の形態
(1)上記実施の形態においては、複数のクラッチプレート82のうち一部のクラッチプレート82がクラッチボス30に係合し、残りのクラッチプレート82がプレッシャプレート50に係合するが、本発明はこれに限定されない。複数のクラッチプレート82の全てのクラッチプレート82がクラッチボス30に係合してもよい。この場合、プレッシャプレート50にクラッチプレート82を係合させる必要がない。そのため、プレッシャプレート50に複数の歯54は形成されない。
【0092】
(2)上記実施の形態においては、クラッチボス30に3つの第1のカム35が形成されているが、クラッチボス30には1つの第1のカム35のみが形成されてもよいし、2または4以上の第1のカム35が形成されてもよい。この場合、プレッシャプレート50には、少なくとも1つの第1のカム35を挟み込むように2以上の第2のカム53が設けられる。
【0093】
(3)上記実施の形態においては、プレッシャプレート50に3つの第2のカム53が形成されているが、プレッシャプレート50には1つの第2のカム53のみが形成されてもよいし、2または4以上の第2のカム53が形成されてもよい。この場合、クラッチボス30には、少なくとも1つの第2のカム53を挟み込むように2以上の第1のカム35が設けられる。
【0094】
(4)上記実施の形態においては、ボス部33の各第2の凹部C2の形成部分に、軸方向ADに並ぶ2つの連通孔38が形成されるが、本発明はこれに限定されない。ボス部33の各第2の凹部C2の形成部分には、1つの連通孔38のみが形成されてもよいし、軸方向ADに並ぶ3以上の連通孔38が形成されてもよい。
【0095】
(5)上記実施の形態においては、メイン軸501内の軸流路502を通してボス部33内にオイルが供給されるが、本発明はこれに限定されない。クラッチ装置10は、軸流路502に代えてまたは軸流路502に加えて、プレッシャプレート50よりも第1の軸方向1Dに離間した位置からボス部33内にオイルを供給する構成を有してもよい。
【0096】
(6)上記実施の形態は本発明を自動二輪車に適用した例であるが、これに限らず、自動四輪車、自動三輪車もしくはATV(All Terrain Vehicle;不整地走行車両)等の他の鞍乗型車両に本発明を適用してもよい。
【0097】
[9]実施の形態の各部と請求項の各構成要素との対応
以下、請求項の各構成要素と実施の形態の各構成要素との対応の例について説明する。上記の実施の形態においては、回転軸RAが軸の例であり、クラッチハウジング20がクラッチハウジングの例であり、内周面41が内周面の例であり、外周面42が第1の外周面の例であり、ボス部33がボス部の例であり、受圧面40が受圧面の例であり、クラッチボス30がクラッチボスの例であり、外周面62が第2の外周面の例であり、嵌合部61が嵌合部の例であり、押圧面60が押圧面の例であり、プレッシャプレート50がプレッシャ部材の例である。
【0098】
また、複数のフリクションプレート81および複数のクラッチプレート82が複数の摩擦プレートの例であり、オイル供給部90および軸流路502がオイル供給部の例であり、第1のアシストカム面35aが第1のカム面の例であり、第2のアシストカム面53aが第2のカム面の例であり、第1の凹部C1が第1の凹部の例であり、第2の凹部C2が第2の凹部の例であり、第3の凹部C3が第3の凹部の例であり、クラッチ装置10がクラッチ装置の例である。
【0099】
また、複数のフリクションプレート81が複数の第1の摩擦プレートの例であり、複数のクラッチプレート82が複数の第2の摩擦プレートの例であり、複数の歯54が複数の歯の例であり、複数の連通孔38が1または複数の連通孔の例であり、後輪7が駆動輪の例であり、エンジン5aがエンジンの例であり、トランスミッション5bがトランスミッションの例であり、自動二輪車100が鞍乗型車両の例である。
【0100】
請求項の各構成要素として、請求項に記載されている構成または機能を有する他の種々の構成要素を用いることもできる。
【符号の説明】
【0101】
1…車体フレーム,1D…第1の軸方向,1M…メインフレーム,1R…リアフレーム,2…フロントフォーク,2D…第2の軸方向,3…前輪,4…ハンドル,5…エンジンユニット,5…エンジン,5b…トランスミッション,6…リアアーム,7…後輪,8…燃料タンク,9…シート,10…クラッチ装置,20…クラッチハウジング,21…円板部,22…筒状部,28…中央開口,29…入力ギア,30…クラッチボス,31…環状部,32…円板部,33…ボス部,34…支持突起,34h…貫通孔,35…第1のカム,35a…第1のアシストカム面,35s…第1のスリッパカム面,36…開口,37,38…連通孔,39…中央開口,40…受圧面,41…内周面,42,62…外周面,50…プレッシャプレート,51…スプリング収容部,52…開口,53…第2のカム,54…歯,53a…第2のアシストカム面,53s…第2のスリッパカム面,59…中央開口,60…押圧面,61…嵌合部,69…円環状領域,70…サポートプレート,81…フリクションプレート,82…クラッチプレート,90…オイル供給部,99…レリーズ部材,100…自動二輪車,501…メイン軸,502…軸流路,AD…軸方向,BL…ボルト,C1…第1の凹部,C2…第2の凹部,C3…第3の凹部,G…隙間,HP…ヘッドパイプ,SP…スプリング