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特開2022-72842ポリフッ化ビニリデン繊維及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022072842
(43)【公開日】2022-05-17
(54)【発明の名称】ポリフッ化ビニリデン繊維及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/12 20060101AFI20220510BHJP
   A01K 91/00 20060101ALI20220510BHJP
【FI】
D01F6/12 Z
A01K91/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020182502
(22)【出願日】2020-10-30
(71)【出願人】
【識別番号】390009830
【氏名又は名称】クレハ合繊株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】加藤 高裕
(72)【発明者】
【氏名】加藤 良
(72)【発明者】
【氏名】栃木 憲
(72)【発明者】
【氏名】後藤 康夫
(72)【発明者】
【氏名】黒▲崎▼ 明日香
【テーマコード(参考)】
2B307
4L035
【Fターム(参考)】
2B307CA04
4L035AA04
4L035BB04
4L035BB08
4L035BB72
4L035BB81
(57)【要約】
【課題】超高分子量のポリフッ化ビニリデンからなる、引張強度に優れたポリフッ化ビニリデン繊維及びその製造方法を提供する。
【解決手段】固有粘度が1.8dl/g以上であるポリフッ化ビニリデンからなり、引張強度が0.9GPa以上であることを特徴とする、ポリフッ化ビニリデン繊維、及び、
固有粘度が1.8dl/g以上であるポリフッ化ビニリデンをイオン液体に溶解し、紡糸用溶液を得る工程と、
前記紡糸用溶液を用いて乾湿式紡糸し、未延伸繊維を得る乾湿式紡糸工程と、
前記未延伸繊維を延伸する延伸工程と、を含む、ポリフッ化ビニリデン繊維の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固有粘度が1.8dl/g以上であるポリフッ化ビニリデンからなり、
引張強度が0.9GPa以上であることを特徴とする、ポリフッ化ビニリデン繊維。
【請求項2】
前記ポリフッ化ビニリデンの重量平均分子量が100万以上である、請求項1に記載のポリフッ化ビニリデン繊維。
【請求項3】
固有粘度が1.8dl/g以上であるポリフッ化ビニリデンをイオン液体に溶解し、紡糸用溶液を得る工程と、
前記紡糸用溶液を用いて乾湿式紡糸し、未延伸繊維を得る乾湿式紡糸工程と、
前記未延伸繊維を延伸する延伸工程と、を含む、ポリフッ化ビニリデン繊維の製造方法。
【請求項4】
前記ポリフッ化ビニリデンの重量平均分子量が100万以上である、請求項3に記載のポリフッ化ビニリデン繊維の製造方法。
【請求項5】
前記乾湿式紡糸工程において、紡糸ノズルから吐出される紡糸用溶液の単孔吐出量が、0.1g/min以上である、請求項3又は4に記載のポリフッ化ビニリデン繊維の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のポリフッ化ビニリデン繊維からなる釣り糸。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフッ化ビニリデン繊維及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフッ化ビニリデン(PVDF)からなる繊維は、汎用的な樹脂繊維よりも高い耐熱性、耐候性及び耐食性などを備えており、釣り糸、漁網、中空糸膜の補強糸、ロープ及び衣料などの様々な産業資材として使用されている。
しかしながら、PVDF繊維は、一般に引張強度が十分ではない。そのため、PVDF繊維の引張強度を向上させるための様々な方法が提案されている。
【0003】
特許文献1には、成形方法を工夫することにより、結晶構造を変化させ、通常の溶融紡糸では有さない178℃以上のみに結晶融点を持つようにすることで、PVDF繊維の引張強度が向上することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平4-009203号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示された方法とは異なる方法で、成形方法を特段工夫しなくても、PVDF繊維の引張強度を向上させる方法も求められている。そのためには超高分子量のPVDFを使用することが有効と考えられるが、本発明者らの検討によれば、たとえば固有粘度が1.8dl/g以上もある超高分子量のPVDFでは、溶融粘度が高すぎるため、溶融紡糸できないことが確認された。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、超高分子量のポリフッ化ビニリデンからなる、引張強度に優れたポリフッ化ビニリデン繊維及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、超高分子量のポリフッ化ビニリデンを用いた乾湿式紡糸において、紡糸用溶液の溶媒としてイオン液体を使用することで、ポリフッ化ビニリデン繊維が得られること、及び得られた繊維が引張強度に優れることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、固有粘度が1.8dl/g以上であるポリフッ化ビニリデンからなり、引張強度が0.9GPa以上であることを特徴とする、ポリフッ化ビニリデン繊維に関する。
【0009】
前記繊維において、前記ポリフッ化ビニリデンの重量平均分子量が100万以上であることが好ましい。
【0010】
また、本発明は、固有粘度が1.8dl/g以上であるポリフッ化ビニリデンをイオン液体に溶解し、紡糸用溶液を得る工程と、
前記紡糸用溶液を用いて乾湿式紡糸し、未延伸繊維を得る乾湿式紡糸工程と、
前記未延伸繊維を延伸する延伸工程と、を含む、ポリフッ化ビニリデン繊維の製造方法に関する。
【0011】
前記製造方法において、前記ポリフッ化ビニリデンの重量平均分子量が100万以上であることが好ましい。
【0012】
前記乾湿式紡糸工程において、紡糸ノズルから吐出される紡糸用溶液の単孔吐出量が、0.1g/min以上であることが好ましい。
【0013】
また、本発明は、前記ポリフッ化ビニリデン繊維からなる釣り糸に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、超高分子量のポリフッ化ビニリデンからなる、引張強度に優れたポリフッ化ビニリデン繊維及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<ポリフッ化ビニリデン繊維>
本発明のポリフッ化ビニリデン繊維は、固有粘度が1.8dl/g以上であるポリフッ化ビニリデンからなり、引張強度が0.9GPa以上である。
【0016】
本発明において、ポリフッ化ビニリデン(以下、「PVDF」ともいう。)は、フッ化ビニリデン(VDF)の単独重合体、及び、VDFと他のモノマーとの共重合体を包含する。共重合体における他のモノマーとしては、例えば、炭素数が2~10であり且つ少なくとも一つの水素原子がフッ素原子で置換されたアルケン由来のモノマーが用いられる。このようなモノマーとしては、例えば、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化エチレン、三フッ化塩化エチレン、フッ化ビニル等が挙げられる。
【0017】
PVDFとしては、超高分子量のPVDFが用いられる。本発明において、PVDFの分子量は、固有粘度で規定されるが、必要に応じて重量平均分子量でも規定される。
【0018】
PVDFの固有粘度としては、例えば、2.1dl/g以上が好ましく、3.1dl/g以上がより好ましい。
【0019】
PVDFの重量平均分子量としては、例えば、70万以上が好ましく、90万以上がより好ましく、100万以上がさらに好ましい。
【0020】
このような超高分子量のPVDFの製造方法としては特に限定されず、例えば、乳化重合や懸濁重合により製造することができる。PVDFの市販品としては、例えば、KFポリマー7200、KFポリマー7300、(以上、クレハ社製)等が挙げられる。
【0021】
本発明のPVDF繊維は、モノフィラメント及びマルチフィラメントのいずれの態様も包含される。また、PVDF繊維は引張強度以外にも、例えば、引張伸度等、他の物性にも優れている。
【0022】
PVDF繊維の引張強度としては、例えば、1.2GPa以上が好ましく、1.4GPa以上がより好ましい。
【0023】
PVDF繊維の引張伸度としては、例えば、10%以上が好ましく、12%以上がより好ましく、15%以上がさらに好ましい。
【0024】
<PVDF繊維の製造方法>
本発明のPVDF繊維の製造方法は、固有粘度が1.8dl/g以上であるポリフッ化ビニリデンをイオン液体に溶解し、紡糸用溶液を得る工程と、前記紡糸用溶液を用いて乾湿式紡糸し、未延伸繊維を得る乾湿式紡糸工程と、前記未延伸繊維を延伸する延伸工程と、を含む。
【0025】
(紡糸用溶液を得る工程)
紡糸用溶液を得る工程は、固有粘度が1.8dl/g以上と、超高分子量のPVDFをイオン液体に溶解した溶解液を調製する工程である。
【0026】
超高分子量のPVDFとしては、前述したPVDF繊維の原料として説明したPVDFと同じものが使用される。
【0027】
イオン液体は、カチオン種としてはアンモニウム系、イミダゾリウム系、ピリジニウム系、ピロリジニウム系等が使用でき、また、アニオン種としてはハロゲン系、リン酸系、テトラフルオロボレート、ジシアナミド、ビストリフルオロメチルスルホニルイミド等を用いることができるが、これらに特に限定されず、これら以外のものであってもよい。これらの中でも、カチオン種としては、イミダゾリウム系、特に1,3-ジアルキルイミダゾリウム系が、PVDFに対する溶解性やハンドリング温度の観点から好ましい。また、アニオン種としては、ハロゲン系、リン酸系が好ましく、さらには塩素イオンがより好ましい。
【0028】
カチオン種がイミダゾリウム系、アニオン種がハロゲン系であるものとして、例えば、1,3-ジアルキルイミダゾリウムクロリド、等が挙げられる。これらの中でも、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロリド、1-ペンチル-3-メチルイミダゾリウムクロリド、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムクロリド、1-オクチル-3-メチルイミダゾリウムクロリドやそれらの混合物が好ましい。
【0029】
カチオン種がイミダゾリウム系、アニオン種がリン酸系であるものとして、例えば、1,3-ジアルキルイミダゾリウムジエチルフォスフェート、1,3-ジアルキルイミダゾリウムジメチルフォスフェート等が挙げられる。その中でも、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムジエチルフォスフェートが好ましい。
【0030】
紡糸用溶液中のPVDFの濃度は特に限定されないが、得られるPVDF繊維の引張強度が優れる観点から、3質量%以上20質量%以下が好ましく、5質量%以上15質量%以下がより好ましく、6質量%以上12質量%以下がさらに好ましい。
【0031】
(乾湿式紡糸工程)
乾湿式紡糸工程は、紡糸用溶液を得る工程で得られた紡糸用溶液を用いて乾湿式紡糸し、未延伸繊維を得る工程である。乾湿式紡糸の操作は、特に限定されず、従来用いられている乾湿式紡糸装置により、乾湿式紡糸することができる。たとえば、常法に従い、原液タンク中の紡糸用溶液を、紡糸ノズルからいったん空気中に吐出して凝固液中に導入して未延伸繊維を得ることができる。
【0032】
紡糸用溶液の温度は、原液タンク中で紡糸用溶液が経時変化することなく安定して保てる温度であれば特に限定されず、例えば、通常、80~150℃であり、100~140℃が好ましい。
【0033】
凝固液の組成は特に限定されず、水、メタノールやエタノール等の低級アルコール、アセトン、および上記の混合物、あるいはこれらの凝固液に、上述したイオン液体を含む混合液等が挙げられる。また、凝固液の温度も特に限定されず、例えば、通常、-20~60℃であり、0~20℃が好ましい。
【0034】
紡糸用溶液の紡糸ノズルからの吐出量は特に限定されず、例えば、単孔吐出量として、0.1g/min以上が好ましく、0.5g/min以上がより好ましい。
【0035】
乾湿式紡糸法において、紡糸ノズルの吐出孔と凝固液の液面との間の空気層は一般的にエアギャップといわれる。本発明では、エアギャップにおいて、紡糸ノズルの吐出孔と凝固液の液面との間の距離は特に限定されず、通常は、5mm以上300mm以下であり、10mm以上100mm以下が好ましい。エアギャップ内の気体温度は特に限定されず、通常は、0℃以上200℃以下であり、10℃以上100℃以下が好ましい。溶液粘度が極めて高く流動性が悪いときは、必要に応じてエアギャップにヒーターを設置して雰囲気加熱して流動性を改善することも好ましい。
【0036】
凝固液を通過した繊維は、常法に従い、例えば、送りローラを介して巻取りローラで巻取られ、これによりPVDFの未延伸繊維が得られる。
【0037】
(乾燥工程)
本発明のPVDF繊維の製造方法では、乾湿式紡糸工程終了後、後述する延伸工程の前に、乾燥工程として、乾湿式紡糸工程で得られた未延伸繊維を乾燥してもよい。乾燥の方法としては、特に限定されず、例えば所定の温度及び湿度に調整されたチャンバー内に繊維を放置する方法等が挙げられる。
【0038】
(延伸工程)
延伸工程は、乾湿式紡糸工程で得られた未延伸繊維を延伸し、PVDF繊維を得る工程である。この延伸工程を経て、高い引張強度を有するPVDF繊維を最終的に得ることができる。
【0039】
延伸操作は特に限定されず、従来用いられている延伸装置により、未延伸繊維を延伸することができる。延伸は、例えば、オーブン、加熱チャンバー、加熱プレート、加熱炉などを用いて熱延伸を行ってもよいし、加熱した溶媒中、例えば加熱した水、グリセリン等の液浴に浸漬して湿延伸を行ってもよい。また、上記延伸装置の前後には、繊維走行方向に対応して、上記延伸装置から離間して、それぞれ、送りローラと巻き取りローラを設けることが好ましい。
【0040】
延伸温度は特に限定されず、熱延伸を行う場合には、例えば、通常は、120℃以上190℃以下であり、150℃以上180℃以下であることが好ましい。また、水中で湿延伸を行う場合には、例えば、通常は、10℃以上90℃以下であり、20℃以上40℃以下であることが好ましい。
【0041】
また、延伸工程において、延伸倍率は特に限定されないが、6倍以上が好ましく、8倍以上がより好ましい。延伸倍率が6倍未満であると、得られるPVDF繊維の引張強度を高めることができないおそれがある。
【0042】
延伸は、1段延伸でもよいし、2段以上の多段延伸でもよい。多段延伸を行う場合は、それぞれの延伸温度及び延伸倍率を異なるものとしてもよい。なお、多段延伸を行う場合、上記の延伸倍率は、各段における延伸倍率を累積した全延伸倍率を意味する。
【0043】
なお、上述したように、延伸装置の前後には、それぞれ、送りローラと巻き取りローラを設けることが好ましいが、延伸工程では、未延伸繊維を延伸装置へ供給する時に、延伸装置手前に設けられた上記送りローラを予備加熱することが好ましい。予備加熱の温度は特に限定されないが、30℃以上60℃以下が好ましく、40℃以上55℃以下がより好ましい。予備加熱を行うことで、上記送りローラのボビン上で、未延伸繊維が冷延伸されて、ボイド形成により白化することを防止することができるとともに、延伸倍率も向上させることができる。なお、多段延伸を行う場合には、多段延伸に用いる任意の延伸装置の手前に設けられた送りローラに対して、予備加熱を行うことができる。より具体的な態様としては、例えば、延伸装置として加熱チャンバーなどの熱延伸用の延伸装置を用いる場合、該熱延伸装置の手前に設けられた送りローラの全体を覆う予備加熱部を設け、予備加熱の温度として、好ましくは30℃以上60℃以下、より好ましくは40℃以上55℃以下で、上記送りローラを加熱する方法が挙げられる。
【0044】
(緩和工程)
本発明のPVDF繊維の製造方法では、延伸工程終了後、延伸繊維を緩和してもよい。緩和温度は特に限定されず、例えば、高い引張強度を有するPVDF繊維を得る観点から、通常は、130℃以上180℃以下であり、150℃以上170℃以下であることが好ましい。緩和の操作は特に限定されず、延伸工程と同じ装置を使用することもできる。
【0045】
本発明のPVDF繊維は、例えば、釣り糸、漁網、中空糸膜の補強糸、ロープ及び衣料などの様々な産業資材として好適に使用することができる。
【実施例0046】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。実施例及び比較例におけるポリフッ化ビニリデン及びポリフッ化ビニリデン繊維の特性または物性の測定方法は、以下のとおりである。
【0047】
(固有粘度)
ISO 1628-1に準じて測定した。具体的には、ポリフッ化ビニリデンの固有粘度は、ポリフッ化ビニリデンのペレットから調製した試料を、N,N-ジメチルホルムアミドに0.4g/dlの濃度で溶解させ、得られた溶液の温度30℃における固有粘度をウベローデ型粘度計により測定した。
【0048】
(重量平均分子量)
ポリフッ化ビニリデンの重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)により測定したポリメチルメタクリレート換算値である。
【0049】
(繊度)
ポリフッ化ビニリデン繊維を、温度20℃、相対湿度65%の恒温恒湿室に一晩放置した後、繊度測定器(サーチ社製「DENICON DC-21」)を用い、繊度(dtex)を測定した。
【0050】
(引張強度及び引張伸度)
ポリフッ化ビニリデン繊維の引張強度及び引張伸度は、JIS L1013-8.5.1に準じて測定した。すなわち、東洋精機社製のストログラフRII型引張試験機を使用して、温度20℃、相対湿度65%の室内で、試長20mm、引張速度20mm/分にて、試料が破断するときの応力と伸びを測定することにより、破断時の引張強度(cN/dtex及びGPa)と伸度(%)を算出した(測定数5)。このとき、試料は、チャックでの破断を防止するために、上下の各チャックの手前に取り付けられた直径13mmのシリンダーに3周巻きつけてから、チャックで固定されるようにした。なお、引張試験機で記録される伸度は、シリンダー部での糸による伸びによる滑りを含んでいるので、実際の伸度の値を得るため、上部のシリンダーの巻付け部と測定部の境目に印を付け、その滑りの値を読み取って、該滑りの値を2倍にした値を上下の巻付け部の滑りの大きさとし、測定された伸びから差し引いた値を実際の伸びの大きさとして、伸度を算出した。
【0051】
<ポリフッ化ビニリデン繊維の製造>
[実施例1]
ポリフッ化ビニリデンとして、以下、「P1」と略記するポリフッ化ビニリデンの単独重合体(クレハ社製「KFポリマー7300」、重量平均分子量110万、固有粘度3.1dl/g)を用い、このP1を、イオン液体である1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロリド(BmimCl、シグマ-アルドリッチ製)に溶解し、P1濃度が6質量%の紡糸用溶液を調製した。次に、この紡糸用溶液を紡糸装置の原液タンクに導入し、120℃に保った状態にし、紡糸ノズル(1穴、孔径0.51mm、孔長18mm)から単孔吐出量0.3g/minで一旦空気中に吐出して、凝固液中に導入し、該凝固液を通過させることで、紡糸用溶液を固化し、繊維化した。紡糸用溶液を吐出した環境は、温度が25℃(室温)の空気中で、紡糸ノズルから凝固浴までの距離が10mmのエアギャップとして、乾湿式紡糸を行った。凝固液の組成は、水とし、温度は2℃とした。
凝固液から引き出した未延伸繊維を、送りローラを介して、30℃の水浴中へ導入し、水中で、延伸倍率1.5倍の湿延伸を行った。
次いで、2段延伸として、180℃の加熱チャンバーにより、延伸倍率6.3倍の熱延伸を行い、全延伸倍率が9.5倍のポリフッ化ビニリデン繊維を得た。
得られたポリフッ化ビニリデン繊維について、繊度、引張強度、引張伸度を測定した。結果を表1に示す。
【0052】
[実施例2]
紡糸用溶液中のP1濃度を8質量%に変更し、2段延伸を170℃で行い、延伸倍率を5.3倍に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、全延伸倍率が8.0倍のポリフッ化ビニリデン繊維を得た。得られたポリフッ化ビニリデン繊維の物性を表1に示す。
【0053】
[実施例3]
紡糸用溶液中のP1濃度を8質量%に変更し、2段延伸を140℃で行い、延伸倍率を1.3倍に変更し、新たに、3段延伸として、170℃の加熱プレートにより、延伸倍率4.3倍の熱延伸を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、全延伸倍率が8.5倍のポリフッ化ビニリデン繊維を得た。得られたポリフッ化ビニリデン繊維の物性を表1に示す。
【0054】
[実施例4]
紡糸用溶液中のP1濃度を10質量%に変更し、2段延伸を168℃で行い、延伸倍率を5.3倍に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、全延伸倍率が8.0倍のポリフッ化ビニリデン繊維を得た。得られたポリフッ化ビニリデン繊維の物性を表1に示す。
【0055】
[実施例5]
紡糸用溶液中のP1濃度を12質量%に変更し、延伸工程では、1段延伸終了後の延伸繊維を2段延伸する際に、2段延伸の延伸装置である加熱チャンバーの手前に設けられた送りローラの全体を覆う予備加熱部を設け、該送りローラを50℃で予備加熱して、2段延伸を165℃で行い、延伸倍率を5.0倍に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、全延伸倍率が7.5倍のポリフッ化ビニリデン繊維を得た。得られたポリフッ化ビニリデン繊維の物性を表1に示す。
【0056】
[比較例1]
ポリフッ化ビニリデンとして、以下、「P2」と略記するポリフッ化ビニリデンの単独重合体(クレハ社製「KFポリマー1300」、重量平均分子量35~39万、固有粘度1.3dl/g)を用い、このP2を、35mmφの押出機のホッパーに投入し、押出機内で温度200~290℃で溶融混合し、押出機先端に取り付けた0.8mmφのノズルから溶融押出し、水中で急冷却して、常法に従い、巻取りローラで巻取り、ポリフッ化ビニリデンの未延伸繊維を得た。
次いで、1段延伸として、得られた未延伸繊維を、169℃の加熱グリセリン中で、延伸倍率5.5倍の延伸を行い、2段延伸として、174℃の加熱グリセリン中で、延伸倍率1.1倍の延伸を行い、3段延伸として、165℃の加熱グリセリン中で、延伸倍率0.9倍の延伸を行い全延伸倍率が5.8倍のポリフッ化ビニリデン繊維を得た。得られたポリフッ化ビニリデン繊維の物性を表1に示す。
【0057】
[比較例2]
ポリフッ化ビニリデンとして、P2の代わりにP1を用いて、比較例1と同様に、P1の溶融紡糸を試みた。しかし、溶融体が非常に高粘度で、熱分解により着色したため、比較例1と同様の方法では、溶融紡糸を適用することができなかった。
【0058】
【表1】
【0059】
表1から、超高分子量のPVDFを用いた乾湿式紡糸において、紡糸用溶液の溶媒としてイオン液体を使用することで、引張強度に優れたPVDF繊維が得られることが分かる。