(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022073106
(43)【公開日】2022-05-17
(54)【発明の名称】漆の産地判定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/32 20060101AFI20220510BHJP
【FI】
G01N33/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020182885
(22)【出願日】2020-10-30
(71)【出願人】
【識別番号】520026504
【氏名又は名称】及川 秀悟
(71)【出願人】
【識別番号】520026515
【氏名又は名称】李 福律
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】及川 秀悟
(72)【発明者】
【氏名】李 福律
(57)【要約】
【課題】本発明は、漆の産地を簡易に判定する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、漆の全タンパク質量、ウルシオールの組成、及び水分含量のうち少なくとも1つを分析することを含む、漆の産地判定方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
漆の全タンパク質量、ウルシオールの組成、及び水分含量のうち少なくとも1つを分析することを含む、漆の産地判定方法。
【請求項2】
ウルシオールの組成の分析は、漆をアセトン又は低級アルコール抽出すること、得られるアセトン可溶性画分中のウルシオールの組成を分析すること、を少なくとも含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アセトン又は低級アルコール抽出は、無色のアセトン可溶性画分が得られるまで複数回行う、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ウルシオールの組成の分析は、炭素原子数15の炭化水素基である側鎖を有するウルシオールの定量を少なくとも含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
炭素原子数15の炭化水素基である側鎖は、不飽和二重結合を3つ有する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
全タンパク質量の分析は、漆をアセトン又は低級アルコール抽出すること、得られる不溶性画分中の全タンパク質量を分析すること、を少なくとも含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
アセトン又は低級アルコール抽出は、無色のアセトン可溶性画分が得られるまで複数回行う、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記不溶性画分をさらに水抽出し、水溶性画分を超遠心分離し、得られる水可溶性画分中の全タンパク質量を分析すること、をさらに含む、請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
水分含量の分析は、カールフィッシャー法により行う、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漆の産地判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
漆は、伝統的、漆の樹木から採取される樹液から生漆を得て、精製作業を経て製造される。漆の品質は、産地で判断されており、国産品、特に岩手県産品は最高級品と位置付けられ、伝統工芸品、国宝や文化財の建築、修理などに用いられている。
【0003】
漆は、油中水型(W/O型)エマルジョンであり、水相にゴム質とラッカーゼ等のタンパク質が、油層にはウルシオールと糖タンパク質が含まれている。非特許文献1には、生漆主成分の組成として、ウルシオール60~65%、ラッカーゼなど0.1~1.0%が含まれることが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】熊野谷 従(1991年)Jasco Report、33巻、2号、15-29ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、現状では産地以外に商品として品質を判断する方法が無く、産地を偽って流通する商品についてその産地、品質を判定する方法が提案されていない。一方、漆の品質を示す指標として、産地以外の指標はこれまで知られておらず、消費者も産地以外に漆の品質を判断する手がかりがなかった。非特許文献1にも各産地の漆の組成についての情報はなく、組成と産地の関係について着目するものではない。
本発明は、漆の産地を簡易に判定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、下記の〔1〕~〔9〕を提供する。
〔1〕漆の全タンパク質量、ウルシオールの組成、及び水分含量のうち少なくとも1つを分析することを含む、漆の産地判定方法。
〔2〕ウルシオールの組成の分析は、漆をアセトン又は低級アルコール抽出すること、得られるアセトン可溶性画分中のウルシオールの組成を分析すること、を少なくとも含む、〔1〕に記載の方法。
〔3〕アセトン又は低級アルコール抽出は、無色のアセトン可溶性画分が得られるまで複数回行う、〔2〕に記載の方法。
〔4〕ウルシオールの組成の分析は、炭素原子数15の炭化水素基である側鎖を有するウルシオールの定量を少なくとも含む、〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の方法。
〔5〕炭素原子数15の炭化水素基である側鎖は、不飽和二重結合を3つ有する、〔4〕に記載の方法。
〔6〕全タンパク質量の分析は、漆をアセトン又は低級アルコール抽出すること、得られる不溶性画分中の全タンパク質量を分析すること、を少なくとも含む、〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の方法。
〔7〕アセトン又は低級アルコール抽出は、無色のアセトン可溶性画分が得られるまで複数回行う、〔6〕に記載の方法。
〔8〕前記不溶性画分をさらに水抽出し、水溶性画分を超遠心分離し、得られる水可溶性画分中の全タンパク質量を分析すること、をさらに含む、〔6〕又は〔7〕に記載の方法。
〔9〕水分含量の分析は、カールフィッシャー法により行う、〔1〕~〔8〕のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、漆の産地を簡易に判定する方法が提供される。これにより、漆の品質を明確に表示でき、また、産地偽装を抑制できることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、製造例1の黒目漆(上段)、製造例2の黒目漆(中段)、製造例3の黒目漆(下段)のHPLCチャートである。
【
図2】
図2は、実施例2における製造例1の生漆のHPLC溶出パターンの結果を示す図である。
【
図3】
図3は、実施例2における製造例2の生漆のHPLC溶出パターンの結果を示す図である。
【
図4】
図4は、実施例2における製造例3の生漆のHPLC溶出パターンの結果を示す図である。
【
図5】
図5は、実施例2における市販品の生漆のHPLC溶出パターンの結果を示す図である。
【
図6】
図6は、実施例2における製造例1の黒目漆のHPLC溶出パターンの結果を示す図である。
【
図7】
図7は、実施例2における製造例2の黒目漆のHPLC溶出パターンの結果を示す図である。
【
図8】
図8は、実施例2における製造例3の黒目漆のHPLC溶出パターンの結果を示す図である。
【
図9】
図9は、実施例2における市販品の黒目漆のHPLC溶出パターンの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔漆の産地の判定方法〕
-漆-
本明細書において、漆は、ウルシの樹液に由来する成分を少なくとも含み、ウルシの樹木から採取される天然樹液、合成品、及びそれらの混合物のいずれを含むものでもよい。また、加工を経ていてもよいし、剤型(例えば、液体、固形、粉末、ペースト状)も特に限定されない。漆は、品質により生漆、黒目漆、又はこれらの漆に添加物を加えて調製した漆等に分類される。また、漆の合成品としては、ナノ粒子を含む人工漆が挙げられる。いずれも本明細書における漆に包含される。添加物としては、例えば、保存剤、油分、着色材、他の塗料成分が挙げられる。
【0010】
ウルシの樹木は、ウルシ科(Anacardiaceae)に属する植物の樹木である。生育地は、一般に日本、韓国、中国、東南アジアであるが、原料漆液の産地は特に限定されない。ウルシ科に属する植物としては、例えば、ウルシオールを主な成分として含むもの(Toxicodendron vernicifera、産地:中国、日本、韓国)、ラッコールを主な成分として含むもの(T.succedanea、産地:ベトナム、台湾)、チチオールを主な成分として含むもの(Gluta usitata、産地:ミャンマー、カンボジア、タイ)の3種類が挙げられる。
【0011】
-水性溶媒による抽出-
本方法において、全タンパク質量、ウルシオールの組成の分析の際には、漆、または必要に応じてその後の処理物サンプルに対し、抽出を行うことが好ましい。抽出には、通常水性溶媒を使用するが、アセトン、低級アルコールが好ましい。低級アルコールとしては、エタノールが好ましい。抽出方法としては、例えば、撹拌抽出、超音波抽出、超臨界抽出が挙げられ、撹拌抽出が好ましいが、これらに限定されない。抽出溶媒の使用量は、漆1gに対し3ml以上、好ましくは5ml以上、より好ましくは6mL以上である。漆に対し5~8倍量でもよい。
【0012】
抽出温度は、常温で行うこともできるが、低温が好ましく、4℃以下がより好ましい。これにより、漆に含まれるラッカーゼの変質を抑制できる。下限は1℃以上が好ましい。これにより、サンプルの凍結による変質を抑制できる。
抽出は、通常、アセトン抽出溶液の色(通常、褐色)が薄くなるまで(好ましくは、完全に消失するまで)行う。これにより、漆に含まれるウルシオールをより効率よく抽出できる。そのため、抽出は少なくとも1回行えばよいが、2回以上行うことが好ましく、3、4又は5回以上行うことがより好ましく、6又は7回以上が更に好ましい。複数回行う場合には、例えば、抽出後に得られる不溶性画分について再びアセトン及び/又は低級アルコールを添加して抽出を行う操作を複数回繰り返すことにより、ウルシオールをより完全に抽出できる。1回の抽出時間は通常1~3時間であり、複数回の抽出を8~10時間かけておこなうことがより好ましい。抽出の際は必要に応じて撹拌してもよい。
【0013】
抽出後の溶媒可溶性画分と不溶性画分の分離は、遠心分離によることができる。遠心分離により前者を上清、後者を沈殿物として分離できる。遠心分離は低温で行うことができ、好ましくは10℃以下、より好ましくは5℃以下である。遠心分離は、高速遠心分離であることが好ましい。高速遠心分離のgravitational force equivalent(g force、重量加速度)は、通常6,600×g以上、好ましくは6,600×g~92,700×g、より好ましくは8,300×g~41,200×gである。これにより、上清液と沈殿物を完全に分離できる。
【0014】
-水抽出-
本方法において、全タンパク質量の分析の際には、水性溶媒による抽出で得られる不溶性分画を水抽出することが好ましい。抽出方法、抽出温度は、水性溶媒の説明で例示した方法と同様である。水の使用量は、漆1gに対し3ml以上、好ましくは5ml以上、より好ましくは6mL以上である。漆に対し5~8倍量でもよい。抽出の際は必要に応じて撹拌してもよい。
【0015】
抽出後の水可溶性画分と、水不溶性画分の分離の際は、超遠心分離を少なくとも行うことが好ましく、高速遠心分離と超遠心分離の組み合わせを行うことがより好ましい。これにより、系内に含まれる測定対象以外の成分(例えば、沈澱し難い微細粒子又は粘性を有する物質(例えば、糖類)、浮遊物等、後の処理(例えば、HPLC、SDS-PAGE分析)の際に分析の障害となる物質)を除去できる。本明細書において、超遠心分離とは、gravitational force equivalent(g force、重量加速度)が通常100,000×g以上、110,000×g以上、120,000×g以上、又は130,000×g以上、好ましくは140,000×g以上又は150,000×g以上、より好ましくは160,000×g以上又は170,000×g以上で行う遠心分離を意味する。上限は、通常は200,000×g以下であるが特に限定されない。超遠心分離は低温で行うことができ、好ましくは10℃以下、より好ましくは5℃以下である。高速遠心分離と超遠心分離の組み合わせを行う場合、高速遠心分離後に得られる上清を超遠心分離に供すればよい。高速遠心分離の好ましい条件は上述したとおりである。高速遠心分離、超遠心分離はそれぞれ2回以上行ってもよい。
【0016】
-ウルシオールの組成の分析-
ウルシオールの組成の分析は、漆をアセトンなどの水性溶媒で抽出すること、得られるアセトン可溶性画分中のウルシオールの組成を分析すること、を少なくとも含む方法によることができる。ウルシオールは、通常、異なる側鎖を有するウルシオールの混合物であることから、側鎖ごとの含有量を分析、定量でき、好ましくは、炭素原子数15の炭化水素基である側鎖を有するウルシオール、より好ましくは、不飽和二重結合を少なくとも1つ有する炭素原子数15の炭化水素基である側鎖を有するウルシオール、更に好ましくは、不飽和二重結合を3つ有する炭素原子数15の炭化水素基である側鎖(例えば、下記式(1)中の置換基R1)を有するウルシオール(以下、C15-3ウルシオールと言うことがある)を、少なくとも定量、分析することが好ましい。これにより、産地の判別、品質の判別がより容易となる。さらに、C15-3ウルシオール以外の側鎖(例えば、下記式(1)中の置換基R2、R3、R4)を有するウルシオールの量を検索してもよい。
【0017】
ウルシオールは、式(1)で表される。
【化1】
式(1)中、Rは、以下のR
1~R
5のいずれかである。
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
【化6】
【0018】
アセトン可溶性画分中のウルシオールの組成の分析は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、ガスクロマトグラフィー(GC)等のクロマトグラフィーによることができる。HPLCに先立ち、アセトン溶媒の蒸留減圧留去を行うことが好ましい。
【0019】
-全タンパク質量の分析-
全タンパク質量の分析は、漆をアセトン抽出すること、得られるアセトン不溶性画分中の全タンパク質量を分析すること、を少なくとも含む方法によることができ、アセトン不溶性画分を更に水抽出し、得られる水可溶性画分中の全タンパク質量を分析することが好ましい。漆に含まれるタンパク質としては、ラッカーゼ、ステラシアニン、糖タンパク質が挙げられる。水可溶性画分中の全タンパク質量の分析は、紫外吸光光度法、蛍光光度法によることができる。
【0020】
-水分含量の分析-
水分含量の分析方法としては、例えば、乾燥減量法、近赤外分光法、ガスクロマトグラフ法及びカールフィッシャー法等の方法が挙げられる。これらのうち正確性、再現性、感度から、カールフィッシャー法が好ましい。カールフィッシャー法は、滴定セル内でカールフィッシャー試薬(ヨウ化物イオン、二酸化硫黄、アルコールを主成分とする電解液)が、メタノールの存在下で水と特異的に反応することを利用して、物質中の水分を定量する方法である。カールフィッシャー法は、滴定の進め方により容量滴定法及び電量滴定法に分類され、容量滴定法が好ましい。容量滴定法は、滴定フラスコに試料に適した脱水溶剤(例えば、無水分子ふるい)を入れておき、滴定剤で無水状態にしてから試料を加え、あらかじめ力価(mgH2O/mL)を標定しておいた滴定剤を用いて滴定を行い、その滴定量(mL)から試料中の水分含量を求める。
【0021】
-産地の判定-
産地の判定は、漆の全タンパク質量、ウルシオールの組成、及び水分含量の少なくともいずれかの測定値と産地とを関連付けることにより行うことができる。例えば、産地を確認済みの基準サンプルの各測定値を別途準備し、これらと比較すればよい。具体的には、岩手県産(例えば、二戸産)であることを確認したい場合には、岩手県産の生漆、黒目漆を基準サンプルとして、測定値を準備しておけばよい。
【0022】
後述の実施例によれば、以下の判定が可能である。
漆のC15-3ウルシオールが、36%以上であれば、岩手県産の漆である可能性が高いと判断され得る。一方、36%未満であると、岩手県産の漆ではないか、又は他産の漆が混合している可能性が高いと判断される。また、C15-3ウルシオール以外のウルシオール、例えばC17の側鎖を有するウルシオールが検出される場合には、岩手県産の漆ではないか、又は他産の漆が混合している可能性が高いと判断される。不飽和二重結合を2又は1つ有する炭素原子数15の炭化水素基である側鎖(例えば、上記式(1)中の置換基R2、R3)を有するウルシオール(以下、C15-2、C15-1ウルシオールということがある)が比較的多量に含まれる場合(例えば25%以上)、捕集又は精製中にC15-3ウルシオールがラッカーゼによる酸化を受けていると推定される。すなわち、C15-2、C15-1ウルシオールが多く含まれる場合、重合反応の速度が低下するため塗布時の乾燥に長時間を要し、低品質とされる。また炭素原子数17の炭化水素基である側鎖(例えば、上記式(1)中の置換基R5)を有するウルシオール(以下、C17ウルシオールということがある)は、国産、中国産、韓国産の漆には含まれない。C17ウルシオールが含まれる場合には、ラオス又はベトナム産の漆が混合していると推定される。
【0023】
漆の全タンパク質量が、生漆の場合、0.7%以上、黒目漆の場合、好ましくは1.0%以上(中でも1.1%以上)であれば、岩手県産の漆である可能性が高いと判断され得る。一方、、生漆の場合、0.7%未満、黒目漆の場合、好ましくは1.0%未満であると、岩手県産の漆ではないか、又は、精製あるいは保存過程で高温による蛋白質の変性の可能性、他産の漆が混合している可能性が高いと判断される。
【0024】
漆が生漆の場合、水分含量が20%以下、中でも15~20%であれば、岩手県産の生漆である可能性が高いと判断され得る。一方、20%を超える場合、岩手県産ではないか、又は他産の漆が混合している可能性が高いと判断される。岩手県産の生漆と比較して、他産の生漆は、未熟練漆職人による漆木の木棺部から水が混入すること等により、水分量が多い傾向にある。
【0025】
〔漆の品質判定方法〕
品質の判定は、漆の全タンパク質量、ウルシオールの組成、及び水分含量の少なくともいずれかの測定値と漆の品質とを関連付けることにより行うことができる。例えば、品質を確認済みの基準サンプルの各測定値を別途準備し、これらと比較すればよい。岩手県産の漆は高品質であることから、基準サンプルとして岩手県産の漆のこれらの測定値を用意しておき、これを基準に品質を判断できる。
【0026】
後述の実施例によれば、以下の判断が可能である。
漆のC15-3ウルシオールが、36%以上であれば、高品質の漆であると判断され得る。また、漆の全タンパク質量が2.8mg/mL以上(実施例で示される条件で漆サンプル4gから得られる抽出液中の全タンパク質量)、すなわち、全タンパク質量の漆サンプル(生漆/黒目漆)の全重量に占める割合が0.7%以上(生漆)、1%以上又は1.1%以上(黒目漆)であれば、高品質の漆であると判断される。
漆が生漆の場合、水分含量が20重量%以下であれば、高品質の黒目漆であると判断され得る。
【実施例0027】
製造例1(浄法寺漆)
生漆(浄法寺漆、岩手県産、産地より直接入手)約50mLをガーゼで濾過し、フラスコ、アスピレーター及びウォーターバスを備えたロータリーエバポーター(東京理化器械社製)のフラスコ中に投入し、系内をアルゴン置換して蒸気圧から40hPa前後まで減圧し、気泡が発生しなくなるまで35℃で蒸留を行った。(蒸留時間:1時間)。減圧蒸留後のサンプル(黒目漆)収量は、約40mLであり、透明に近く、生漆中の粒子が破壞されて均等な粘液ができ漆中のラッカーゼによるメラニン化反応が起きて、ガラス板に薄く塗った時、黒~茶色の透明な液になった。
【0028】
製造例2(中国産漆)
実施例1の生漆の代わりに中国産生漆(城口生漆、中国原産、日本製)を用いたほかは実施例1と同様に行った。減圧蒸留後のサンプルは透明に近く、ガラス板に薄く塗ると黒~茶色の透明な液となり、製造例1と同様であった。
【0029】
製造例3(中国産漆)
実施例1の生漆の代わりに中国産生漆(毛バ生漆、中国原産、日本製)を用いたほかは実施例1と同様に行った。減圧蒸留後のサンプルは透明に近く、ガラス板に薄く塗ると黒~茶色の透明な液となり、製造例1と同様であった。
【0030】
実施例1(ウルシオールの組成の分析)
製造例1~3のそれぞれの生漆及び蒸留終了後のサンプル(黒目漆)、市販の生漆及び黒目漆(京うるし 堤浅吉漆店製)中の全タンパク質量を以下の手順で測定した。
各サンプル4gにアセトン30mlを添加し、4℃で2時間撹拌してアセトン抽出した。高速遠心機(日立製)で4℃、14,400×gの条件で遠心分離して沈殿物1と上清1を得た。沈殿物1を同様のアセトン抽出及び遠心分離を4回反復して行い、120mLの無色の上清2(アセトン可溶性画分)を沈殿物1(アセトン不溶性画分)から分離した。
その後、上清1と上清2のアセトンを減圧留去して得られるサンプル(ウルシオール画分)について、TLC分析、HPLC分析を行い、C15-3ウルシオール(炭素原子数15かつ不飽和二重結合を3つ有するアルケニル基を側鎖として有するウルシオール)の、ウルシオール全量に占める割合を測定した(
図1、表1)。HPLCの条件は、以下のとおりである。
【0031】
HPLCの条件:
カラム:JUPITER(登録商標)、5μm、C18、250×15.0mm、0.5mlサンプル ループ(フェノメネックス社製)
サンプル:ウルシオール画分(希釈サンプル)
溶出緩衝液:アセトニトリル:水:酢酸=90:10:2
流速:3ml/min、UV:280nm
定組成溶離
注入サンプル量:希釈サンプル100μL(サンプル150μL及び緩衝液850μL)
【0032】
緩衝液の調製:アセトニトリル1800mLをミリQ水200mLと酢酸40mLに添加し、全2040mLとした後、脱気した。
サンプルのスケールアップ:上記サンプル150μLにアセトニトリル850μLを添加し1mLとした。この希釈サンプルの300μLを注入した。
【0033】
【0034】
高品質である製造例1の生漆及び黒目漆は、C15-3ウルシオールを36%以上含有していたのに対し、製造例2~3及び市販品の各サンプルは、35.5%未満であった(表1)。
【0035】
また、製造例2,3の生漆は、HPLC溶出時間が4~12分の間に高いピークが数個見られた。これらのピークは、炭素原子数17の側鎖を有するウルシオール、C15-3以外の不純物(例えば、C15-2、C15-1ウルシオール)と推定される(
図1)。
【0036】
実施例2(全タンパク質量の分析)
実施例1において、上清2を分離後の沈殿物1 1.5gを蒸留水15mLに4℃で溶解し撹拌して懸濁液を得た。この懸濁液を、高速遠心機(日立製)で4℃、14,400×gの条件で遠心分離し、上清3と沈殿物3を得た。上清3を真空超高速遠心機(日立製)で4℃、174,000×gの条件で遠心分離し、UV吸光度を(280nm)測定し、全タンパク質量を得た(表2、
図2~9)。
【0037】
【0038】
高品質である製造例1の黒目漆は、全タンパク質量が1.14%以上であったのに対し、製造例2~3及び市販品の各黒目漆では、1%未満であった(表2、
図2~9)。また、製造例1の生漆は、全タンパク質量が0.86%であったのに対し、製造例2~3及び市販品の各生漆では0.7%未満であった。
【0039】
実施例3(浄法寺漆)
製造例1~3のそれぞれの生漆及び蒸留終了後のサンプル(黒目漆)、市販の生漆及び黒目漆(京うるし 堤浅吉漆店製)中の水分量を、カールフィッシャー水分計(メトローム社製)を用いてカールフィッシャー法に従って水分量を測定したところ、表3に示す通りであった。
なお、測定条件は以下のとおりとした。
製造例1:減圧蒸留開始時:サンプル100mg±5mg、温度180℃、抽出時間1400秒、流速60ml/分;終了後:生漆は14.66重量%、 黒目漆は1.22重量%の水分含量で測定された。
製造例2:減圧蒸留開始時:サンプル約100mg、温度180℃、抽出時間1400秒、流速60ml/分;終了後:生漆は28.55重量%、黒目漆は2.67重量%の水分含量で測定された。
製造例3:減圧蒸留開始時:サンプル約100mg、温度180℃、抽出時間1400秒、流速60ml/分;終了後:生漆は25.79重量%、黒目漆は2.52重量%の水分含量で測定された。
【0040】
【0041】
製造例1の生漆及び市販品の生漆は、水分含量が20%以下であったのに対し、製造例2及び3の生漆は、25%を超えていた。
以上の結果から、漆の全タンパク質量、ウルシオールの組成、及び、生漆の水分含量を測定することにより、産地、品質を判定できることが分かる。