(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022073975
(43)【公開日】2022-05-17
(54)【発明の名称】塗装鋼板
(51)【国際特許分類】
C23C 2/26 20060101AFI20220510BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20220510BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20220510BHJP
C23C 2/06 20060101ALI20220510BHJP
C23C 2/12 20060101ALI20220510BHJP
C23C 2/40 20060101ALI20220510BHJP
C23C 22/80 20060101ALI20220510BHJP
C22C 21/10 20060101ALI20220510BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20220510BHJP
【FI】
C23C2/26
C23C26/00 A
C23C28/00 Z
C23C2/06
C23C2/12
C23C2/40
C23C22/80
C22C21/10
B32B15/08 G
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021150583
(22)【出願日】2021-09-15
(31)【優先権主張番号】P 2020183280
(32)【優先日】2020-10-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.セロテープ
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000200323
【氏名又は名称】JFE鋼板株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100165951
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 憲悟
(72)【発明者】
【氏名】吉田 昌浩
(72)【発明者】
【氏名】平 章一郎
(72)【発明者】
【氏名】大居 利彦
(72)【発明者】
【氏名】岩野 純久
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 洋平
(72)【発明者】
【氏名】菅野 史嵩
(72)【発明者】
【氏名】安藤 聡
【テーマコード(参考)】
4F100
4K026
4K027
4K044
【Fターム(参考)】
4F100AA02B
4F100AA02C
4F100AA17C
4F100AB03D
4F100AB09A
4F100AB10A
4F100AB11A
4F100AB18A
4F100AK41C
4F100AK51B
4F100AK53B
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4F100BA07
4F100CC00C
4F100EH46C
4F100EH71A
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4F100JB02
4F100JK06
4F100JK14
4K026AA02
4K026AA22
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4K026BB08
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4K026CA18
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4K026DA02
4K027AA05
4K027AA22
4K027AB02
4K027AB05
4K027AB44
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4K044AA02
4K044AB02
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4K044BA10
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4K044BA21
4K044BB04
4K044BC02
4K044BC05
4K044CA04
4K044CA11
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】安定的に優れた耐食性及び加工部耐食性を有する塗装鋼板を提供する。
【解決手段】上記目的を達成するべく、本発明は、めっき皮膜上に、直接又は化成皮膜を介して、塗膜が形成された塗装鋼板であって、前記めっき皮膜は、Al:45~65質量%、Si:1.0~4.0質量%及びMg:1.0~10.0質量%を含有し、残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有し、前記めっき皮膜中のMg2Si及びMgZn2のX線回折法による回折強度が、以下の関係(1)を満足することを特徴とする。
Mg2Si (111)/MgZn2 (100)≦2.0 ・・・(1)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
めっき皮膜上に、直接又は化成皮膜を介して、塗膜が形成された塗装鋼板であって、
前記めっき皮膜は、Al:45~65質量%、Si:1.0~4.0質量%及びMg:1.0~10.0質量%を含有し、残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有し、
前記めっき皮膜中のMg2Si及びMgZn2のX線回折法による回折強度が、以下の関係(1)を満足し、
Mg2Si (111)/MgZn2 (100)≦2.0 ・・・(1)
Mg2Si (111):Mg2Siの(111)面(面間隔d=0.3668nm)の回折強度、
MgZn2 (100):MgZn2の(100)面(面間隔d=0.4510nm)の回折強度
前記化成皮膜は、(a):エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂及び(b):ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂を合計で30~50質量%含有し、該(a)と該(b)の含有比率((a):(b))が、質量比で3:97 ~60:40の範囲である樹脂成分と、2~10質量%のバナジウム化合物、40~60質量%のジルコニウム化合物及び0.5~5量%のフッ素化合物を含む無機化合物と、を含有し、
前記塗膜は、プライマー塗膜を少なくとも有し、該プライマー塗膜が、ウレタン結合を有するポリエステル樹脂と、バナジウム化合物、リン酸化合物及び酸化マグネシウムを含む無機化合物と、を含有することを特徴とする、塗装鋼板。
【請求項2】
前記めっき皮膜中のSiのX線回折法による回折強度が、以下の関係(2)を満足することを特徴とする、請求項1に記載の塗装鋼板。
Si (111)=0 ・・・(2)
Si (111):Siの(111)面(面間隔d=0.3135nm)の回折強度
【請求項3】
前記めっき皮膜が、さらにSr:0.01~1.0質量%を含有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の塗装鋼板。
【請求項4】
前記めっき皮膜中のAlの含有量が、50~60質量%であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の塗装鋼板。
【請求項5】
前記めっき皮膜中のSiの含有量が、1.0~3.0質量%であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の塗装鋼板。
【請求項6】
前記めっき皮膜中のMgの含有量が、1.0~5.0質量%であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の塗装鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定的に優れた耐食性及び加工部耐食性を有する塗装鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
塗装鋼板の下地に用いられるめっき鋼板としては、55%Al-Zn系に代表される溶融Al-Zn系めっき鋼板が挙げられ、該溶融Al-Zn系めっき鋼板は、Znの犠牲防食性とAlの高い耐食性とが両立できているため、溶融亜鉛めっき鋼板の中でも高い耐食性を示すことが知られている。そのため、溶融Al-Znめっき鋼板は、その優れた耐食性から、長期間屋外に曝される屋根や壁等の建材分野、ガードレール、配線配管、防音壁等の土木建築分野を中心に使用されている。特に、大気汚染による酸性雨や、積雪地帯での道路凍結防止用融雪剤の散布、海岸地域開発等の、より厳しい使用環境下での、耐食性に優れる材料や、メンテナンスフリー材料への要求が高まっており、近年、溶融Al-Zn系めっき鋼板の需要は増加している。
【0003】
溶融Al-Zn系めっき鋼板のめっき皮膜は、Znを過飽和に含有したAlがデンドライト状に凝固した部分(α-Al相)と、デンドライト間隙(インターデンドライト)に存在するZn-Al共晶組織から構成され、α-Al相がめっき皮膜の膜厚方向に複数積層した構造を有することが特徴である。このような特徴的な皮膜構造により、表面からの腐食進行経路が複雑になるため、腐食が容易に進行しにくくなり、溶融Al-Zn系めっき鋼板はめっき皮膜厚が同一の溶融亜鉛めっき鋼板に比べ優れた耐食性を実現できることも知られている。
【0004】
このような溶融Al-Zn系めっき鋼板に対して、さらに長寿命化を図ろうとする試みがなされており、Mgを添加した溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が実用化されている。
このような溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板としては、例えば特許文献1に、めっき皮膜中にMgを含むAl-Zn-Si合金を含み、該Al-Zn-Si合金が、45~60重量%の元素アルミニウム、37~46重量%の元素亜鉛及び1.2~2.3重量%のSiを含有する合金であり、該Mgの濃度が1~5重量%である、溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が開示されている。
また、特許文献2には、めっき皮膜中に2~10%のMg、0.01~10%のCaの1種以上を含有させることで耐食性の向上を図るとともに、下地鋼板が露出した後の保護作用を高めることを目的とした溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が開示されている。
さらに、特許文献3には、質量%で、Mg:1~15%、Si:2~15%、Zn:11~25%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる被覆層を形成し、めっき皮膜中に存在するMg2Si相やMgZn2相などの金属間化合物の大きさを10μm以下とすることで、平板及び端面の耐食性の改善を図った溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が開示されている。
【0005】
上述した溶融Al-Zn系めっき鋼板は、白い金属光沢のスパングル模様を有する美麗な外観であることから、塗装を施さない状態で使用されることも多く、その外観に対する要求も強いのが実状である。そのため、溶融Al-Zn系めっき鋼板の外観を改善するような技術も開発されている。
例えば特許文献4には、めっき皮膜中に0.01~10%のSrを含有させることで、しわ状の凹凸欠陥を抑制した溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が開示されている。
さらに、特許文献5にも、めっき皮膜中に500~3000ppmのSrを含有させることで、まだら欠陥を抑制した溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が開示されている。
また、特許文献6には、めっき皮膜中に0.001~1.0%のSrを含有させることで、表面外観性と耐食性を両立させた溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が開示されている。
さらに、特許文献7にも、めっき皮膜中に0.001~1.0%のSrを含有させることで、表面外観性と平板部と加工部の耐食性を両立させた溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が開示されている。
さらにまた、特許文献8にも、めっき皮膜中に0.01~0.2%のSrを含有させることで、表面外観性と耐食性を両立させた溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が開示されている。
また、特許文献9には、めっき皮膜中のSiとMg濃度を特定の比率で制御することで、耐食性を向上させた溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板が開示されている。
【0006】
また、溶融Al-Zn系めっき鋼板の表面に、化成皮膜、プライマー塗膜、上塗塗膜等を形成した塗装鋼板は、プレス成形、ロール成形若しくはエンボス成形によって、90度曲げや180度曲げのような様々な加工が施され、さらに、長期の塗膜耐久性能が要求されている。これらの要求に応えるため、溶融Al-Zn系めっき鋼板は、クロメートを含有する化成皮膜を形成し、プライマー塗膜にもクロメート系防錆顔料を含有させ、その上に、熱硬化型のポリエステル系樹脂塗膜やフッ素系樹脂塗膜等の耐候性に優れた上塗塗膜を形成した塗装鋼板が知られている。
しかし、昨今このような塗装鋼板について、環境負荷物質であるクロメートを使用することが問題視されており、クロメートフリーであっても耐食性や表面外観を改善できる塗装鋼板の開発が強く望まれている。
これらの要求に対応した技術として、例えば特許文献10には、鋼材の表面上に、Al、Zn、Si及びMgを含み、且つ、これらの元素の含有量について調整を図ったアルミニウム・亜鉛合金めっき層(α)をめっきし、更にその上層として、チタン化合物およびジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物(A)を造膜成分とする皮膜(β)を形成し、アルミニウム・亜鉛合金めっき層(α)中のSi-Mg相の、めっき層中のMg全量に対する質量比率を3%以上に調整した表面処理溶融めっき鋼材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5020228号公報
【特許文献2】特許第5000039号公報
【特許文献3】特開2002-12959号公報
【特許文献4】特許第3983932号公報
【特許文献5】特表2011-514934号公報
【特許文献6】国際公開第2020/179147号
【特許文献7】国際公開第2020/179148号
【特許文献8】特開2020-143370号公報
【特許文献9】国際公開第2016/140370号
【特許文献10】特開2005-169765号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1~3に開示されたような、めっき皮膜中へMgを含有させる技術が、一意的に耐食性の向上をもたらすとは限らない。
特許文献1~3に開示された溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板では、めっき成分にMgを含有させることのみで耐食性の向上を図っているが、めっき皮膜を構成する金属相・金属間化合物相の特徴については考慮されておらず、耐食性の優劣について一律に語ることができなかった。そのため、同じめっき浴組成を用いて溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板を製造した場合でも、腐食促進試験を実施するとその耐食性にばらつきが存在し、Mgを添加しないAl-Zn系めっき鋼板に対して必ずしも優位にはならない、という問題があった。
同様に、めっき外観性の改善においても、めっき皮膜中にSrを添加したのみでは、必ずしもシワ状の凹凸欠陥を消滅させることができる訳ではなく、特許文献4~8に開示された溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板についても、耐食性と外観を両立できていない場合があった。加えて、Mgが酸化しやすい元素であるため、めっき浴中に含有されるMgが浴面近傍に酸化物(トップドロス)を発生させたり、溶融めっきの場合、時間の経過とともにめっき浴の浴中又は底部に偏在する鉄を含んだFeAl系化合物(ボトムドロス)が発生することがあり、これらのドロスが、めっき皮膜の表面に付着して凸形状の欠陥を引き起こし、めっき皮膜表面の外観を損ねるおそれもあった。
【0009】
また、溶融Al-Zn-Si浴にMgを添加した浴で鋼板にめっきを施した場合、めっき皮膜中にはα-Al相に加え、Mg2Si相、MgZn2相、Si相が析出することが知られている。しかしながら、各相の析出量や存在比率が耐食性に及ぼす影響については殆ど明らかとされていなかった。
特許文献9に開示された溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板では、SiとMgの濃度を特定の比率で管理し、めっき皮膜中のSi相の析出を無くすことで耐食性の改善を図っているが、必ずしもSi相の抑制ができるとは言えず、めっき皮膜中におけるSi相の形成を抑制できた場合においても優れた耐食性が得られない場合がある等、技術的に不完全なものであった。
【0010】
さらに、塗装鋼板については、上述したように、プレス成形、ロール成形、エンボス成形等によって、90度曲げや180度曲げのような様々な加工を施された状態で、長期の塗膜耐久性能が要求されるが、特許文献10の技術では、加工後の耐食性や表面外観性が必ずしも安定して得られるとはいえなかった。
塗装鋼板の耐食性は、下地とするめっき鋼板の耐食性に影響されることはいうまでもなく、表面外観についても、しわ状欠陥の凹凸の高低差は数十μmにも及ぶことから、塗膜により表面が平滑化しても凹凸の完全解消には至らず、塗装鋼板としての外観改善は望めないと考えられる。さらに、凸部では塗膜が薄くなるため、局部的に耐食性が低下する懸念もある。そのため、耐食性と表面外観に優れた塗装鋼板を得るには、下地であるめっき鋼板の耐食性と表面外観を改善することが重要である。
【0011】
本発明は、かかる事情に鑑み、安定的に優れた耐食性及び加工部耐食性を有する塗装鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく検討を行った結果、溶融Al-Zn-Si-Mg系めっき鋼板のめっき皮膜中に形成するMg2Si相、MgZn2相、及びSi相について、めっき皮膜における各成分のバランスや、めっき皮膜の形成条件によって析出量が増減し、その存在比率が変化し、組成のバランスによってはいずれかの相が析出しない場合もあることがわかった。また、塗装鋼板の耐食性が、これらの相の存在比率によって変化し、特にMg2Si相やSi相に比べ、MgZn2相が多い場合に耐食性及び加工部耐食性が安定的に向上することを究明した。
ただし、これらのMg2Si相、MgZn2相およびSi相については、一般的な手法、例えば走査型電子顕微鏡を活用し、めっき皮膜を表面または断面から二次電子像あるいは反射電子像などの観察を実施しても相の違いを判別することは非常に困難であることが知られている。より詳細な解析ができる手法として、透過型電子顕微鏡を用いて観察を行うことでミクロな情報を得ることは可能であるが、耐食性や外観といったマクロな情報を左右するMg2Si、MgZn2及びSi相の存在比率まで把握することはできなかった。
そのため、本発明者らはさらに鋭意研究を重ねた結果、X線回折法に着目し、Mg2Si、MgZn2およびSi相の特定の回折ピークの強度比を利用することによって、相の存在比率を定量的に規定することで、安定的に優れた耐食性及び加工部耐食性を実現できることに加え、ドロスの発生を抑えて良好な表面外観性も確保できることを見出した。
また、本発明者らは、上述したMg2Si相、MgZn2相、Si相等の存在比率を制御した上で、浴中のSr濃度を制御することで、シワ状の凹凸欠陥の発生を確実に抑え、表面外観性に優れためっき鋼板が得られることも知見した。
【0013】
さらに、本発明者らは、前記めっき皮膜上に形成された化成皮膜及びプライマー塗膜についても検討を行い、化成皮膜を、特定の樹脂及び特定の無機化合物とから構成しつつ、プライマー塗膜を、特定のポリエステル樹脂及び無機化合物から構成することによって、塗膜のバリア性や密着性を高めることができ、クロメートフリーであっても優れた加工後耐食性を実現できることも見出した。
【0014】
本発明は、以上の知見に基づきなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
1.めっき皮膜上に、直接又は化成皮膜を介して、塗膜が形成された塗装鋼板であって、
前記めっき皮膜は、Al:45~65質量%、Si:1.0~4.0質量%及びMg:1.0~10.0質量%を含有し、残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有し、
前記めっき皮膜中のMg2Si及びMgZn2のX線回折法による回折強度が、以下の関係(1)を満足し、
Mg2Si (111)/MgZn2(100)≦2.0 ・・・(1)
Mg2Si (111):Mg2Siの(111)面(面間隔d=0.3668nm)の回折強度、
MgZn2 (100):MgZn2の(100)面(面間隔d=0.4510nm)の回折強度
前記化成皮膜は、(a):エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂及び(b):ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂を合計で30~50質量%含有し、該(a)と該(b)の含有比率((a):(b))が、質量比で3:97 ~60:40の範囲である樹脂成分と、2~10質量%のバナジウム化合物、40~60質量%のジルコニウム化合物及び0.5~5量%のフッ素化合物を含む無機化合物と、を含有し、
前記塗膜は、プライマー塗膜を少なくとも有し、該プライマー塗膜が、ウレタン結合を有するポリエステル樹脂と、バナジウム化合物、リン酸化合物及び酸化マグネシウムを含む無機化合物と、を含有することを特徴とする、塗装鋼板。
【0015】
2.前記めっき皮膜中のSiのX線回折法による回折強度が、以下の関係(2)を満足することを特徴とする、前記1に記載の塗装鋼板。
Si (111)=0 ・・・(2)
Si (111):Siの(111)面(面間隔d=0.3135nm)の回折強度
【0016】
3.前記めっき皮膜が、さらにSr:0.01~1.0質量%を含有することを特徴とする、前記1又は2に記載の塗装鋼板。
【0017】
4.前記めっき皮膜中のAlの含有量が、50~60質量%であることを特徴とする、前記1~3のいずれかに記載の塗装鋼板。
【0018】
5.前記めっき皮膜中のSiの含有量が、1.0~3.0質量%であることを特徴とする、前記1~4のいずれかに記載の塗装鋼板。
【0019】
6.前記めっき皮膜中のMgの含有量が、1.0~5.0質量%であることを特徴とする、前記1~5のいずれかに記載の塗装鋼板。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、安定的に優れた耐食性及び加工部耐食性を有する塗装鋼板を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】日本自動車規格の複合サイクル試験(JASO-CCT)の流れを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の塗装鋼板は、めっき皮膜上に、直接又は化成皮膜を介して、塗膜が形成された塗装鋼板である。
【0023】
(めっき皮膜)
本発明の塗装鋼板では、前記めっき皮膜が、Al:45~65質量%、Si:1.0~4.0質量%及びMg:1.0~10.0質量%を含有し、残部がZn及び不可避的不純物からなる組成を有する。
【0024】
前記めっき皮膜中のAl含有量は、耐食性と操業面のバランスから、45~65質量%であり、好ましくは50~60質量%である。これは、前記めっき皮膜中のAl含有量が少なくとも45質量%あれば、Alのデンドライト凝固が生じ、α-Al相のデンドライト凝固組織を主体にするめっき皮膜構造を得ることができるためである。該デンドライト凝固組織がめっき皮膜の膜厚方向に積層する構造を取ることで、腐食進行経路が複雑になり、めっき皮膜自体の耐食性が向上する。またこのα-Al相のデンドライト部分が、多く積層するほど、腐食進行経路が複雑になり、腐食が容易に下地鋼板に到達しにくくなるので、耐食性が向上するため、Alの含有量を50質量%以上とすることが好ましい。一方、前記めっき皮膜中のAl含有量が65質量%を超えると、Znの殆どがα-Al中に固溶した組織に変化し、α-Al相の溶解反応が抑制できず、Al-Zn-Si-Mg系めっきの耐食性が劣化する。このため、前記めっき皮膜中のAl含有量は65質量%以下であることを要し、好ましくは60質量%以下である。
【0025】
前記めっき皮膜中のSiは主に下地鋼板との界面に生成するFe-Al系及び/又はFe-Al-Si系の界面合金層の成長を抑制し、めっき皮膜と鋼板の密着性を劣化させない目的で添加される。実際に、Siを含有したAl-Zn系めっき浴に鋼板を浸漬させると、鋼板表面のFeと浴中のAlやSiが合金化反応し、Fe-Al系及び/又はFe-Al-Si系の金属間化合物層が下地鋼板/めっき皮膜界面に生成するが、このときFe-Al-Si系合金はFe-Al系合金よりも成長速度が遅いので、Fe-Al-Si系合金の比率が高いほど、界面合金層全体の成長が抑制される。そのため、前記めっき皮膜中のSi含有量は1.0質量%以上とすることを要する。一方、前記めっき皮膜中のSi含有量が4.0質量%を超えると、前述した界面合金層の成長抑制効果が飽和するだけでなく、めっき皮膜中に過剰なSi相が存在することで腐食が促進されるため、Si含有量は4.0%以下とする。さらに、前記めっき皮膜中のSiの含有量は、過剰なSi相の存在抑制の観点から、好ましくは3.0%以下とする。なお、後述するMgの含有量との関係で、後述の(1)の関係式を満たしやすい観点からも、前記Siの含有量を1.0~3.0質量%とすることが好ましい。
【0026】
前記めっき皮膜は、Mgを1.0~10.0%含有する。前記めっき皮膜中にMgを含有することで、上述したSiをMg2Si相の金属間化合物の形で存在させることができ、腐食の促進を抑制することができる。
また、前記めっき皮膜中にMgを含有すると、めっき皮膜中に金属間化合物であるMgZn2相も形成され、より耐食性を向上させる効果が得られる。前記めっき皮膜中のMg含有量が1.0質量%未満の場合、前記金属間化合物(Mg2Si、MgZn2)の生成よりも、主要相であるα-Al相への固溶にMgが使用されるため、十分な耐食性が確保できない。一方、前記めっき皮膜中のMg含有量が多くなると、耐食性の向上効果が飽和することに加え、α-Al相の脆弱化に伴い加工性が低下するため、含有量は10.0%以下とする。さらに、前記めっき皮膜中のMg含有量は、めっき形成時のドロス発生を抑制し、めっき浴管理を容易にする観点から、5.0質量%以下とすることが好ましい。なお、前記Siの含有量との関係で、後述の(1)の関係式を満たしやすい観点からは、前記Mgの含有量を3.0質量%とすることが好ましく、ドロス抑制との両立性を考慮すると、前記Mgの含有量を3.0~5.0質量%とすることがより好ましい。
【0027】
そして、本発明の塗装鋼板では、前記めっき皮膜中のMg2Si及びMgZn2のX線回折法による回折強度が、以下の関係(1)を満足することを要する。
Mg2Si (111)/MgZn2(100)≦2.0 ・・・(1)
Mg2Si (111):Mg2Siの(111)面(面間隔d=0.3668nm)の回折強度、MgZn2 (100):MgZn2の(100)面(面間隔d=0.4510nm)の回折強度
【0028】
上記のように、本発明では前記Mgの含有によってめっき皮膜中に生成するMg2SiやMgZn2等の金属間化合物の存在比率を、特定の割合に制御することが重要である。これらが耐食性に及ぼす影響については現在調査を継続しており不明な点も多いが、以下のようなメカニズムが推定される。
【0029】
塗装鋼板が腐食環境に曝された場合、上記の金属間化合物は、α-Al相よりも優先的に溶解する結果、形成される腐食生成物の近傍はMgが豊富な環境となる。このようなMgリッチの環境下においては、形成される腐食生成物が分解されにくく、その結果としてめっき皮膜の保護作用効果が高まると推定している。また、このめっき皮膜の保護作用向上効果は、MgZn2の方がMg2Siよりも大きいため、前記めっき皮膜中に存在する金属間化合物におけるMgZn2の存在比率を上げることが有効であると考えられる。
【0030】
前記めっき皮膜中のMg2SiとMgZn2との存在比率は、X線回折法により得られた回折ピーク強度を用いて、関係(1):Mg2Si (111)/MgZn2 (100)≦2.0を満たすことを要するが、前記めっき皮膜中のMg2Si及びMgZn2の存在比率が関係(1)を満たさない、つまり、Mg2Si (111)/MgZn2 (100)>2.0の場合には、前記めっき皮膜中に存在する金属間化合物におけるMg2Siが多く存在しているため、前述したMgが豊富な環境を、腐食生成物の近傍で得ることができず、前記めっき皮膜の保護作用向上効果が得られにくくなる。
なお、前記めっき皮膜中のMg2SiとMgZn2との存在比率については、仮にめっき皮膜の組成が本発明の範囲を満たす(Al:45~65質量%、Si:1.0~4.0質量%及びMg:1.0~10.0質量%を含有し、残部がZn及び不可避的不純物からなる)場合であっても、Mg2Si及びMgZn2の存在比率が関係(1)を満たさない場合には、本発明によるめっき皮膜の保護作用向上効果を十分に得ることができない。
【0031】
ここで、前記関係(1)において、Mg2Si (111)は、Mg2Siの(111)面(面間隔d=0.368nm)の回折強度であり、MgZn2(100)は、MgZn2の(100)面(面間隔d=0.4510nm)の回折強度である。
前記X線回折によりMg2Si (111)及びMgZn2 (100)を測定する方法としては、前記めっき皮膜の一部を機械的に削り出し、粉末にした状態でX線回折を行うこと(粉末X線回折測定法)で算出することができる。回折強度の測定については、面間隔d=0.3668nmに相当するMg2Siの回折ピーク強度、面間隔d=0.4510nmに相当するMgZn2の回折ピーク強度を測定し、これらの比率を算出することでMg2Si (111)/MgZn2 (100)を得ることができる。
なお、粉末X線回折測定を実施する際に必要なめっき皮膜の量(めっき皮膜を削り出す量)は、精度良くMg2Si (111)及びMgZn2 (100)を測定する観点から、0.1g以上あればよく、0.3g以上あることが好ましい。また、前記めっき皮膜を削り出す際に、めっき皮膜以外の鋼板成分が粉末に含まれる場合もあるが、これらの金属間化合物相はめっき皮膜のみに含まれるものであり、また前述したピーク強度に影響することはない。さらに、前記めっき皮膜を粉末にしてX線回折を行うのは、めっき鋼板に形成されためっき皮膜に対してX線回折を行うと、めっき皮膜凝固組織の面方位の影響を受け正しい相比率の計算を行うことが困難なためである。
【0032】
また、本発明の塗装鋼板では、より安定的に耐食性を向上させることができる点から、前記めっき皮膜中のSiのX線回折法による回折強度が、以下の関係(2)を満たすことが好ましい。
Si (111)=0 ・・・(2)
Si (111):Siの(111)面(面間隔d=0.3135nm)の回折強度
一般的に、Al合金の水溶液中への溶解反応においては、Si相がカソードサイトとして存在することで周辺のα-Al相の溶解を促進することが知られていることから、Si相を少なくすることはα-Al相の溶解を抑制する観点でも有効であり、その中でも関係(2)のようにSi相が存在しない皮膜とすること(前記Si(111)の回折ピーク強度をゼロとすること)が耐食性の安定化のために最も優れている。
なお、X線回折によりSiの(111)面の回折ピーク強度の測定方法は、上述したMg2Si (111)及びMgZn2 (100)を測定する方法と同様の方法を用いることができる。
【0033】
ここで、上述した関係(1)や関係(2)を満たすための方法については、特に限定はされない。例えば、関係(1)や関係(2)を満たすためには、前記めっき皮膜中のSiの含有量、Mgの含有量及びAlの含有量のバランスを調整することによって、Mg2Si、MgZn2及びSiの存在比率(Mg2Si (111)、MgZn2 (100)及びSi (111)の回折強度)を制御できる。前記めっき皮膜中のSiの含有量、Mgの含有量及びAlの含有量のバランスは、必ずしも一定の含有割合に設定すれば関係(1)や関係(2)を満たせる訳ではなく、例えばSiの含有量(質量%)によってMg及びAlの含有比率を変える必要がある。
また、前記めっき皮膜中のSiの含有量、Mgの含有量及びAlの含有量のバランスを調整する他にも、めっき皮膜形成時の条件(例えば、めっき後の冷却条件)を調整することによって、関係(1)や関係(2)を満たすように、Mg2Si (111)、MgZn2 (100)及びSi (111)の回折強度を制御できる。
【0034】
なお、本発明の塗装鋼板では、前記めっき皮膜がZn及び不可避不純物を含有する。
このうち、前記不可避的不純物はFeを含有する。このFeは、鋼板や浴中機器がめっき浴中に溶出することで不可避的に含まれるものと界面合金層の形成時に下地鋼板からの拡散によって供給される結果、前記めっき皮膜中に不可避的に含まれることとなる。前記めっき皮膜中のFe含有量は、通常0.3~2.0質量%程度である。その他の不可避的不純物としては、Cr、Ni、Cu等が挙げられる。前記不可避的不純物の総含有量については、特に限定はされないが、過剰に含有した場合、めっき鋼板の各種特性に影響を及ぼす可能性があるため、合計で5.0質量%以下であることが好ましい。
【0035】
また、本発明の塗装鋼板では、前記めっき皮膜が、0.01~1.0質量%のSrを含有することが好ましい。前記めっき皮膜がSrを含有することで、シワ状の凹凸欠陥等の表面欠陥の発生をより確実に抑制することができ、良好な表面外観性を実現できる。
なお、前記シワ状欠陥とは、前記めっき皮膜の表面に形成されたシワ状の凹凸になった欠陥であり、前記めっき皮膜表面において白っぽい筋として観察される。このようなシワ状欠陥は、前記めっき皮膜中にMgを多く添加した場合に、発生しやすくなる。そのため、前記溶融めっき鋼板では、前記めっき皮膜中にSrを含有させることによって、前記めっき皮膜表層においてSrをMgよりも優先的に酸化させ、Mgの酸化反応を抑制することで、前記シワ状欠陥の発生を抑えることが可能となる。
【0036】
そして、本発明の塗装鋼板では、上述した前記めっき皮膜中のMg2Si及びMgZn2の存在比率が関係(1)を満足し、且つ、前記めっき皮膜が0.01~1.0質量%のSrを含有することが好ましい。これにより、上述したSrによる表面外観性向上の効果をより享受することができる。この原因については明確ではないが、前記めっき皮膜中のMg2Siが多くなると、めっき表層の酸化がそもそも抑制されにくく、Srを添加したときの外観の改善効果に影響を及ぼすためであると推定される。なお、前記めっき皮膜中のSr含有量が0.01質量%未満である場合には、上述したシワ状欠陥の発生を抑える効果が得られにくく、前記めっき皮膜中のSr含有量が1.0質量%を超えると、Srが界面合金層に過剰に取り込まれ、外観改善効果以上にめっき密着性などに影響を及ぼすおそれがあることから、前記めっき皮膜中のSr含有量は、0.01~1.0質量%であることが好ましい。
【0037】
また、前記めっき皮膜は、上述したMgと同様に腐食生成物の安定性を向上させ、腐食の進行を遅延させる効果を奏することができる点から、合計で0.01~10質量%の、Cr、Mn、V、Mo、Ti、Ca、Ni、Co、Sb及びBのうちから選択される一種又は二種以上を、さらに含有することが好ましい。上述した成分の合計含有量を0.01~10質量%としたのは、十分な腐食遅延効果を得ることができるとともに、効果が飽和することもないためである。
【0038】
なお、前記めっき皮膜の付着量は、各種特性を満足する観点から、片面あたり45~120 g/m2であることが好ましい。前記めっき皮膜の付着量が45g/m2以上の場合には、建材などの長期間耐食性が必要となる用途に対しても十分な耐食性が得られ、また、前記めっき皮膜の付着量が120g/m2以下の場合には、加工時のめっき割れ等の発生を抑えつつ、優れた耐食性を実現できるためである。同様の観点から、前記めっき皮膜の付着量は、45~100g/m2であることがより好ましい。
【0039】
前記めっき皮膜の付着量については、例えば、JIS H 0401:2013年に示される塩酸とヘキサメチレンテトラミンの混合液で特定面積のめっき皮膜を溶解剥離し、剥離前後の鋼板重量差から算出する方法で導出することができる。この方法で片面あたりのめっき付着量を求めるには、非対象面のめっき表面が露出しないようにテープでシーリングしてから前述した溶解を実施することで求めることができる。
【0040】
また、前記めっき皮膜の成分組成は、例えば、めっき皮膜を塩酸等に浸漬して溶解させ、その溶液をICP発光分光分析や原子吸光分析等で確認することができる。この方法はあくまでも一例であり、めっき皮膜の成分組成を正確に定量できる方法であればどのような方法でも良く、特に限定するものではない。
【0041】
なお、本発明により得られた塗装鋼板のめっき皮膜は、全体としてはめっき浴の組成とほぼ同等となる。そのため、前記めっき皮膜の組成の制御は、めっき浴組成を制御することにより精度良く行うことができる。
【0042】
また、本発明の塗装鋼板を構成する下地鋼板については、特に限定はされず、要求される性能や規格に応じて、冷延鋼板や熱延鋼板等を適宜使用することができる。
【0043】
さらに、前記下地鋼板を得る方法についても、特に限定はされない。例えば、前記熱延鋼板の場合、熱間圧延工程、酸洗工程を経たものを使用することができ、前記冷延鋼板の場合には、さらに冷間圧延工程を加えて製造できる。さらに、鋼板の特性を得るために溶融めっき工程の前に、再結晶焼鈍工程等を経ることも可能である。
【0044】
なお、本発明の塗装鋼板を製造する際のめっき皮膜形成条件については、特に限定はされない。例えば、連続式溶融めっき設備で、前記下地鋼板を、洗浄、加熱、めっき浴浸漬することによって製造できる。鋼板の加熱工程においては、前記下地鋼板自身の組織制御のために再結晶焼鈍などを施すとともに、鋼板の酸化を防止し且つ表面に存在する微量な酸化膜を還元するため、窒素-水素雰囲気等の還元雰囲気での加熱が有効である。
【0045】
また、前記めっき皮膜を形成する際に用いるめっき浴については、上述したように、前記めっき皮膜の組成が全体としてはめっき浴の組成とほぼ同等となることから、Al:45~65質量%、Si:1.0~4.0質量%及びMg:1.0~10.0質量%を含有し、残部がZn、Fe及び不可避的不純物からなる組成を有するものを用いることができる。
【0046】
さらに、前記めっき浴の浴温は、特に限定はされないが、(融点+20℃)~650℃の温度範囲とすることが好ましい。
前記浴温の下限を、融点+20℃としたのは、溶融めっき処理を行うためには、前記浴温を凝固点以上にすることが必要であり、融点+20℃とすることで、前記めっき浴の局所的な浴温低下による凝固を防止するためである。一方、前記浴温の上限を650℃としたのは、650℃を超えると、前記めっき皮膜の急速冷却が難しくなり,めっき皮膜と鋼板との間に形成する界面合金層が厚くなるおそれがあるためである。
【0047】
また、めっき浴に浸入する下地鋼板の温度(浸入板温)についても、特に限定はされないが、前記連続式溶融めっき操業におけるめっき特性の確保や浴温度の変化を防ぐ観点から、前記めっき浴の温度に対して±20℃以内に制御することが好ましい。
【0048】
さらにまた、鋼板の前記めっき浴中の浸漬時間については、0.5秒以上である。これは0.5秒未満の場合、前記下地鋼板の表面に十分なめっき皮膜を形成できないおそれがあるためである。浸漬時間の上限については特に限定はされないが、浸漬時間を長くするとめっき皮膜と鋼板との間に形成する界面合金層が厚くなるおそれもあることから、8秒以内とすることが好ましい。
【0049】
(化成皮膜)
本発明の塗装鋼板は、上述しためっき皮膜上に、化成皮膜を形成することができる。
なお、前記化成皮膜は、塗装鋼板の少なくとも片面に形成されればよく、用途や要求される性能に応じて、塗装鋼板の両面に形成することもできる。
【0050】
そして、本発明の塗装鋼板では、前記化成皮膜が、(a):エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂及び(b):ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂を合計で30~50質量%含有し、該(a)と該(b)の含有比率((a):(b))が、質量比で3:97 ~60:40の範囲である樹脂成分と、2~10質量%のバナジウム化合物、40~60質量%のジルコニウム化合物及び0.5~5量%のフッ素化合物を含む無機化合物と、を含有することを特徴とする。
上述した化成皮膜をめっき皮膜上に形成することよって、化成皮膜の強度及び密着性を高めつつ、耐食性も向上させることができる。
【0051】
ここで、前記化成皮膜を構成する樹脂成分については、(a):エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂及び(b):ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂を含有する。
【0052】
前記(a)エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂については、ポリエステルポリオールと、イソシアネート基を2個以上もつ、ジイソシアネート又はポリイソシアネートとの反応物に、ジメチロールアルキル酸を共重合して得られる樹脂が挙げられる。また、公知の方法により水等の液中に分散させることにより、化成処理液を得ることができる。
【0053】
前記ポリエステルポリオールとしては、グリコール成分と、ヒドロキシルカルボン酸のエステル形成誘導体などの酸成分とから脱水縮合反応によって得られるポリエステル、ε-カプロラクトン等の環状エステル化合物の開環重合反応によって得られるポリエステル及びこれらの共重合ポリエステルが挙げられる。
前記ポリイソシアネートとしては、芳香族ポリイソシアネート、脂肪族ポリイソシアネート、脂環式ポリイソシアネート等が挙げられる。前記芳香族ポリイソシアネートとしては、例えば、2,4-トリレンジイソシアネート、2,6-トリレンジイソシアネート、m-キシレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、2,4-ジフェニルメタンジイソシアネート、2,2-ジフェニルメタンジイソシアネート、トリフェニルメタントリイソシアネート、ポリメチレンポリフェニルポリイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート、およびこれらの誘導体(例えばポリオール類との反応により得られたプレポリマー類、ジフェニルメタンジイソシアネートのカルボジイミド化合物等の変性ポリイソシアネート類等)等が挙げられる。
【0054】
なお、前記ポリエステルポリオールと、前記ジイソシアネート又はポリイソシアネートとを反応させてウレタンを合成する際、例えば、ジメチロールアルキル酸を共重合し、自己乳化させて水溶化(水分散)させることで、前記(a)エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂を得ることができる。この場合、ジメチロールアルキル酸としては、例えば、炭素数2~6のジメチロールアルキル酸が挙げられ、より具体的には、ジメチロールエタン酸、ジメチロールプロパン酸、ジメチロールブタン酸、ジメチロールヘプタン酸およびジメチロールヘキサン酸等が挙げられる。
【0055】
また、前記(b)ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂については、公知のエポキシ樹脂を用いることができる。例えば、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールAD型エポキシ樹脂、ビスフェノールS型エポキシ樹脂等が挙げられる。これらのエポキシ樹脂は、ビスフェノールA、ビスフェノールF、ビスフェノールAD、ビスフェノールS等のビスフェノール化合物と、エピクロルヒドリンとをアルカリ触媒の存在下で反応して得ることができる。中でも、成分〔A〕は、ビスフェノールA型エポキシ樹脂又はビスフェノールF型エポキシ樹脂を含むことが好ましく、ビスフェノールA型エポキシ樹脂を含むことがより好ましい。該(b)ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂は、公知の方法で水等の液に分散させることにより化成処理液を得ることができる。
【0056】
前記樹脂成分は、前記化成皮膜のバインダーとして作用するが、バインダーを構成する前記(a)エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂は、可撓性があるので加工を受けた際に化成皮膜が破壊(剥離)しにくくなる効果を奏することができ、前記(b)ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂は、下地の亜鉛系めっき鋼板及び上層のプライマー塗膜との密着性を向上する効果を奏することができる。
前記樹脂成分は、前記化成皮膜中に合計で30~50質量%含まれる。前記樹脂成分の含有量が30質量%未満では化成皮膜のバインダー効果が低下し、50質量%を超えると、下記に示す無機成分による機能、例えばインヒビター作用が低下する。同様の観点から、前記化成皮膜における前記樹脂成分の含有量は、35~45質量%であることが好ましい。
【0057】
さらに、前記樹脂成分は、前記(a)エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂と前記(b)ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂の含有比率((a):(b))が、質量比で3:97 ~60:40の範囲であることを要する。前記(a):(b)が、上記範囲外の場合、化成処理皮膜としての可撓性の低下や密着性が低下に伴い、十分な耐食性が得られないためである。同様の観点から、前記(a):(b)は、10:90~55:45であることが好ましい。
【0058】
なお、前記樹脂成分については、要求される性能に応じて、上述した(a)エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂及び(b)ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂以外の樹脂(その他の樹脂成分)を含むことができる。前記その他の樹脂成分については、特に限定はされず、例えば、アクリル樹脂、アクリルシリコン樹脂、アルキド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアルキレン樹脂、アミノ樹脂及びフッ素樹脂のうちから選択される少なくとも一種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
前記樹脂成分がその他の樹脂を含む場合、前記(a)エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂及び前記(b)ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂の合計含有量が、50質量%以上であることが好ましく、75質量%以上であることがより好ましい。化成処理皮膜としての可撓性の低下や密着性をより確実に得るためである。
【0059】
また、前記化成皮膜は、無機化合物として、2~10質量%のバナジウム化合物、40~60質量%のジルコニウム化合物及び0.5~5量%のフッ素化合物を含む。
これらの化合物を含むことによって、化成皮膜の耐食性を高めることができる。
【0060】
前記バナジウム化合物は、化成処理液中に添加して防錆剤(インヒビター)として作用する。前記バナジウム化合物が前記化成皮膜中に含まれることで、腐食環境下においてバナジウム化合物が適度に溶出し、同じく腐食環境下で溶出するめっき成分の亜鉛イオン等と結合し、緻密な保護皮膜を形成する。形成された保護皮膜によって、鋼板の平面部だけでなく、欠陥部、加工に起因して生じるめっき皮膜の損傷部、切断端面から平面部に進行する腐食、等に対する耐食性をさらに高めることができる。
前記バナジウム化合物については、例えば、五酸化バナジウム、メタバナジン酸、メタバナジン酸アンモニウム、オキシ三塩化バナジウム、三酸化バナジウム、二酸化バナジウム、バナジン酸マグネシウム、バナジルアセチルアセトネート、バナジウムアセチルアセトネート等が挙げられる。特に、これらの中でも、4価のバナジウム化合物又は還元若しくは酸化することによって得られる4価のバナジウム化合物を用いることが望ましい。
【0061】
また、前記化成処理皮膜中のバナジウム化合物の含有量は、2~10質量%である。前記化成処理皮膜中のバナジウム化合物の含有量が2質量%未満ではインヒビター効果が十分でないため耐食性の低下を招き、一方、前記バナジウム化合物の含有量が10質量%を超えると化成処理皮膜の耐湿性の低下を招くためである。
【0062】
ジルコニウム化合物は、前記化成皮膜中に含有され、めっき金属との反応や樹脂成分との共存により、化成処理皮膜としての強度向上及び耐食性向上が期待でき、さらにはジルコニウム化合物自体が緻密な化成処理皮膜の形成に寄与し、被覆性に富むことからバリア効果を期待できる。
前記ジルコニウム化合物としては、硫酸ジルコニウム、炭酸ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、乳酸ジルコニウム、酢酸ジルコニウム、塩化ジルコニウムなどの中和塩等が挙げられる。
【0063】
また、前記化成処理皮膜中のジルコニウム化合物の含有量は、40~60質量%である。前記化成処理皮膜中のジルコニウム化合物の含有量が40質量%未満では、化成処理皮膜としての強度や耐食性の低下を招き、前記ジルコニウム化合物の含有量が60質量%を超えると、化成処理皮膜が脆化して、厳しい加工を受けた場合に化成処理皮膜の破壊や剥離が生じるためである。
【0064】
前記フッ素化合物は、前記化成皮膜中に含有され、めっき皮膜との密着性付与剤として作用する。その結果、前記化成皮膜の耐食性を高めることが可能となる。
前記フッ素化合物としては、例えば、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩などのフッ化物塩、又は、フッ化第一鉄、フッ化第二鉄等のフッ素化合物を用いることができる。これらの中でも、フッ化アンモニウムや、フッ化ナトリウム及びフッ化カリウム等のフッ化物塩を用いることが好ましい。
【0065】
また、前記化成処理皮膜中のフッ素化合物の含有量は、0.5~5質量%である。前記化成処理皮膜中のフッ素化合物の含有量が0.5質量%未満では加工部での密着性が充分に得られず、前記フッ素化合物の含有量が5質量%を超えると化成処理皮膜の耐湿性が低下するからである。
【0066】
また、前記化成皮膜の付着量は、特に限定はされない。例えば、より確実に耐食性を確保しつつ、化成皮膜の密着性等を向上させる観点から、前記化成皮膜の付着量を0.025~0.5g/m2とすることが好ましい。前記化成皮膜の付着量を0.025g/m2以上とすることで、より確実に耐食性を確保でき、前記化成皮膜の付着量を0.5g/m2以下とすることで、化成皮膜の剥離を抑えることができる。
前記化成皮膜付着量は、皮膜を蛍光X 線分析して予め皮膜中の含有量が分かっている元素の存在量を測定する方法のような、既存の手法から適切に選択した方法で求めればよい。
【0067】
なお、前記化成皮膜を形成するための方法は、特に限定はされず、要求される性能や、製造設備等に応じて適宜選択することができる。例えば、前記めっき皮膜上に、化成処理液をロールコーター等により連続的に塗布し、その後、熱風や誘導加熱等を用いて、60~200℃程度の到達板温(Peak Metal Temperature:PMT)で乾燥させることで形成することができる。前記化成処理液の塗布には、ロールコーター以外にも、エアレススプレー、静電スプレー、カーテンフローコーター等の公知の手法を適宜採用することができる。さらに、前記化成皮膜は、前記樹脂及び前記金属化合物を含むものであれば、単層膜又は複層膜のいずれであってもよく、特に限定されるものではない。
【0068】
(塗膜)
本発明の塗装鋼板は、上述したように、めっき皮膜上に、直接又は化成皮膜を介して、塗膜が形成されており、該塗膜は、プライマー塗膜を少なくとも有する。
【0069】
そして、本発明は、前記プライマー塗膜が、ウレタン結合を有するポリエステル樹脂と、バナジウム化合物、リン酸化合物及び酸化マグネシウムを含む無機化合物と、を含有する。
前記プライマー塗膜が、前記ウレタン結合を有するポリエステル樹脂と前記無機化合物を含有することによって、塗膜の密着性を高めつつ、耐食性を向上させることができる。
【0070】
前記プライマー塗膜は、主成分として、ウレタン結合を有するポリエステル樹脂を含有する。前記ウレタン結合を有するポリエステル樹脂は、可撓性と強度を兼ね備えているため、加工を受けた際にプライマー塗膜にクラックが発生しにくい等の効果が得られ、ウレタン樹脂を含有する化成処理皮膜との親和性が高いことから、特に加工部の耐食性向上に寄与することができる。
なお、ここでいう「主成分」とは、プライマー塗膜中の各成分中最も含有量が多い成分であることを意味する。
【0071】
前記ウレタン結合を有するポリエステル樹脂としては、ポリエステルポリオールと、イソシアネート基を2個以上もつ、ジイソシアネート又はポリイソシアネートとの反応によって得られる樹脂等、公知の樹脂を使用できる。また、前記ポリエステルポリオールと、前記ジイソシアネート又は前記ポリイソシアネートとを水酸基過剰な状態で反応させた樹脂(ウレタン変性ポリエステル樹脂)を、ブロック化ポリイソシアネートで硬化させた樹脂も使用できる。
【0072】
なお、前記ポリエステルポリオールは、多価アルコール成分と多塩基酸成分との脱水縮合反応を利用した、公知の方法により得ることができる。
前記多価アルコールとしては、グリコール及び3価以上の多価アルコールが挙げられる。前記グリコールは、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、ヘキシレングリコール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、2-ブチル-2-エチル-1,3-プロパンジオール、メチルプロパンジオール、シクロヘキサンジメタノール、3,3-ジエチル-1,5-ペンタンジオール等が挙げられる。また、前記3価以上の多価アルコールは、例えば、グリセリン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール等が挙げられる。これらの多価アルコールは、単独で使用することもでき、2種以上組み合わせて使用することもできる。
前記多塩基酸は、通常は多価カルボン酸が使用されるが、必要に応じて1価の脂肪酸などを併用することができる。前記多価カルボン酸として、例えば、フタル酸、テトラヒドロフタル酸、ヘキサヒドロフタル酸、4-メチルヘキサヒドロフタル酸、ビシクロ[2,2,1]ヘプタン-2,3-ジカルボン酸、トリメリット酸、アジピン酸、セバシン酸、コハク酸、アゼライン酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸、ピロメリット酸、ダイマー酸など、及びこれらの酸無水物、並びに1,4-シクロヘキサンジカルボン酸、イソフタル酸、テトラヒドロイソフタル酸、ヘキサヒドロイソフタル酸、ヘキサヒドロテレフタル酸等が挙げられる。これらの多塩基酸は、単独で使用することもでき、2種以上組み合わせて使用することもできる。
【0073】
前記ポリイソシアネートについては、例えば、ヘキサメチレンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、ダイマー酸ジイソシアネートなどの脂肪族ジイソシアネート、そして、キシリレンジイソシアネート(XDI)、メタキシリレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート(TDI)、4,4-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)などの芳香族ジイソシアネート、さらに、イソホロンジイソシアネート、水素化XDI、水素化TDI、水素化MDIなどの環状脂肪族ジイソシアネート、及びこれらのアダクト体、ビウレット体、イソシアヌレート体等が挙げられる。これらのポリイソシアネートは、単独で使用することもでき、2種以上組み合わせて使用することもできる。
【0074】
また、前記ウレタン結合を有するポリエステル樹脂の水酸基価は、特に限定はされないが、耐溶剤性、加工性等の観点から、好ましくは5~120mgKOH/gであり、より好ましくは、7~100 mgKOH/gであり、さらに好ましくは10~80 mgKOH/gである。
さらに、前記ウレタン結合を有するポリエステル樹脂の数平均分子量は、耐溶剤性、加工性などの点から、好ましくは500~15,000であり、より好ましくは、700~12,000であり、さらに好ましくは800~10,000である。
【0075】
前記プライマー塗膜における、前記ウレタン結合を有するポリエステル樹脂の含有量は40~88質量%であることが好ましい。前記ウレタン結合を有するポリエステル樹脂の含有量が40質量%未満では、プライマー塗膜としてのバインダー機能が低下するおそれがり、一方、前記ウレタン結合を有するポリエステル樹脂の含有量が88質量%を超えると、下記に示す無機物による機能、例えばインヒビター作用が低下するおそれがある。
【0076】
前記無機化合物の1つであるバナジウム化合物は、インヒビターとして作用する。前記バナジウム化合物としては、例えば、五酸化バナジウム、メタバナジン酸、メタバナジン酸アンモニウム、オキシ三塩化バナジウム、三酸化バナジウム、二酸化バナジウム、バナジン酸マグネシウム、バナジルアセチルアセトネート、バナジウムアセチルアセトネート等が挙げられる。特に、これらの中でも、4価のバナジウム化合物又は還元若しくは酸化することによって得られる4価のバナジウム化合物を用いることが望ましい。
前記プライマー塗膜中に添加するバナジウム化合物は、前記化成処理皮膜に添加するバナジウム化合物と同種であっても異種であってもよい。バナジン酸化合物は、外部から侵入してくる水分に徐々に溶出するバナジン酸イオンと亜鉛系めっき鋼板表面のイオンが反応し、密着性の良い不働態皮膜を形成し、金属露出部を保護し防錆作用が現れると考えられている。
【0077】
前記プライマー塗膜中の前記バナジウム化合物の含有量は、特に限定はされないが、耐食性と耐湿性との両立の観点から、4~20質量%であることが好ましい。前記バナジウム化合物の含有量が4量%未満ではインヒビター効果が低下して耐食性の低下を招くおそれがあり、前記バナジウム化合物の含有量が20質量%を超えるとプライマー塗膜の耐湿性の低下を招くおそれがある。
【0078】
前記無機化合物の1つであるリン酸化合物についても、インヒビターとして作用する。前記リン酸化合物としては、例えばリン酸、リン酸のアンモニウム塩、リン酸のアルカリ金属塩、リン酸のアルカリ土類金属塩などが使用できる。特に、リン酸カルシウムなど、リン酸のアルカリ金属塩を好適に使用できる。
【0079】
前記プライマー塗膜中の前記リン酸化合物の含有量は、特に限定はされないが、耐食性と耐湿性との両立の観点から、4~20質量%であることが好ましい。前記リン酸化合物の含有量が4質量%未満ではインヒビター効果が低下して耐食性の低下を招くおそれがあり、前記リン酸化合物の含有量が20質量%を超えるとプライマー塗膜の耐湿性の低下を招くおそれがある。
【0080】
前記無機化合物の1つである酸化マグネシウムは、初期の腐食によってMgを含有する生成物を生成し、難溶性のマグネシウム塩として、安定化を図り、耐食性を向上させる効果がある。
【0081】
前記プライマー塗膜中の前記酸化マグネシウムの含有量は、特に限定はされないが、耐食性と加工部耐食性との両立の観点から、4~20質量%であることが好ましい。前記酸化マグネシウムの含有量が4質量%未満では、上記効果が低下して耐食性の低下を招くおそれがあり、前記酸化マグネシウムの含有量が20質量%を超えると、前記プライマー塗膜の可撓性が低下することにより加工部の耐食性が低下することがある。
【0082】
また、前記プライマー塗膜は、上述したウレタン結合を有するポリエステル樹脂及び無機化合物以外の成分を含有することもできる。
例えば、プライマー塗膜を形成する際に用いられる架橋剤が挙げられる。前記架橋剤は、前記ウレタン結合を有するポリエステル樹脂と反応して架橋塗膜を形成するものであり、例えば、オキサゾリン化合物、エポキシ化合物、メラミン化合物、イソシアネート系化合物、カルボジイミド系化合物、シランカップリング化合物等が挙げられ、2種類以上の架橋剤を併用することも可能である。なかでも得られる塗装鋼板の加工部耐食性の観点から、好ましくはブロック化ポリイソシアネート化合物等を用いることができる。該ブロック化ポリイソシアネートとしては、例えば、ポリイソシアネート化合物のイソシアネート基を、例えば、ブタノールなどのアルコール類、メチルエチルケトオキシムなどのオキシム類、ε-カプロラクタム類などのラクタム類、アセト酢酸ジエステルなどのジケトン類、イミダゾール、2-エチルイミダゾールなどのイミダゾール類、又は、m-クレゾールなどのフェノール類などによりブロックしたものが挙げられる。
【0083】
さらに、前記プライマー塗膜は、必要に応じて、塗料分野で通常使用されている公知の各種成分を含有させることもできる。具体的には、例えば、レベリング剤、消泡剤などの各種表面調整剤、分散剤、沈降防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤などの各種添加剤、着色顔料、体質顔料などの各種顔料、光輝材、硬化触媒、有機溶剤などが挙げられる。
【0084】
前記プライマー塗膜の厚さは、1.5μm以上であることが好ましい。前記プライマー塗膜の厚さを1.5μm以上とすることで、耐食性の向上効果や、化成処理皮膜やプライマー塗膜の上に形成される上塗塗膜との密着性向上効果をより確実に得ることができるからである。
【0085】
前記プライマー塗膜を形成するための方法については、特に限定はされない。また、前記プライマー塗膜を構成する塗料組成物の塗装方法については、好ましくは塗料組成物をロールコーター塗装、カーテンフロー塗装等の方法で塗布することができる。前記塗料組成物を塗装後、熱風加熱、赤外線加熱、誘導加熱などの加熱手段により焼き付け、プライマー塗膜を得ることができる。前記焼付処理は、通常、最高到達板温を180~270℃程度とし、この温度範囲で約30秒~3分行うことができる。
【0086】
また、本発明の塗装鋼板を構成する塗膜については、前記プライマー塗膜上に、さらに上塗塗膜が形成されていることが好ましい。
前記上塗塗膜は、塗装鋼板に色彩や光沢、表面状態等の美観を付与することができることに加え、加工性、耐候性、耐薬品性、耐汚染性、耐水性、耐食性等の各種性能を高めることができる。
【0087】
前記上塗塗膜の構成については、特に限定はされず、要求される性能に応じて材料や厚さ等を適宜選択することができる。
例えば、前記上塗塗膜を、ポリエステル樹脂系塗料、シリコンポリエステル樹脂系塗料、ポリウレタン樹脂系塗料、アクリル樹脂系塗料、フッ素樹脂系塗料等を用いて形成することができる。
さらに、前記上塗塗膜は、酸化チタン、弁柄、マイカ、カーボンブラック又はその他の各種着色顔料;アルミニウム粉やマイカなどのメタリック顔料;炭酸塩や硫酸塩等からなる体質顔料;シリカ微粒子、ナイロン樹脂ビーズ、アクリル樹脂ビーズ等の各種微粒子;p-トルエンスルホン酸、ジブチル錫ジラウレート等の硬化触媒;ワックス;その他の添加剤を適量含有することができる。
【0088】
また、前記上塗塗膜の厚さは、外観性及び加工性の両立の観点からは、5~30μmであることが好ましい。前記上塗塗膜の厚さが5μm以上の場合には、色調外観をより確実に安定させることが可能となり、前記上塗塗膜の厚さが30μm以下の場合には、加工性の低下(上塗塗膜のクラック発生)をより確実に抑制できる。
【0089】
前記上塗塗膜を形成するための塗料組成物の塗装方法は特に限定はされない。例えば、前記塗料組成物を、ロールコーター塗装、カーテンフロー塗装などの方法で塗布することができる。前記塗料組成物を塗装後、熱風加熱、赤外線加熱、誘導加熱などの加熱手段により焼き付け、上塗塗膜を形成できる。前記焼付処理は、通常、最高到達板温を180~270℃程度とし、この温度範囲で約30秒~3分行うことができる。
【実施例0090】
(サンプル1~44)
(1)常法で製造した板厚0.8mmの冷延鋼板を下地鋼板として用い、(株)レスカ製の溶融めっきシミュレーターで、焼鈍処理、めっき処理を行うことで、表2に示すめっき皮膜条件の溶融めっき鋼板のサンプルを作製した。
なお、溶融めっき鋼板製造に用いためっき浴の組成については、表1に示す各サンプルのめっき皮膜の組成となるように、めっき浴の組成をAl:30~75質量%、Si:0.5~4.5質量%、Mg:0~10質量%、Sr:0.00~0.15質量%の範囲で種々変化させた。また、めっき浴の浴温は、Al:30~60質量%の場合は590℃、Al:60質量%超の場合は630℃とし、下地鋼板のめっき浸入板温がめっき浴温と同温度となるように制御した。さらに、板温が520~500℃の温度域に3秒で冷却する条件でめっき処理を実施した。
また、めっき皮膜の付着量は、サンプル1~41では、片面あたり85±5g/m2、サンプル42~44では、片面あたり42~125g/m2となるように制御した。
【0091】
(2)その後、作製した溶融めっき鋼板の各サンプルのめっき皮膜上に、バーコーターで表1に示す化成処理液を塗布し、熱風乾燥炉で乾燥(到達板温:90℃)させることで、付着量が0.1g/m2の化成処理皮膜を形成した。
なお、用いた化成処理液は、各成分を溶媒としての水に溶解させて調製したpHが8~10の化成処理液を用いた。化成処理液に含有する各成分(樹脂成分、無機化合物)の種類については、以下のとおりである。
(樹脂成分)
樹脂A:(a)エステル結合を有するアニオン性ポリウレタン樹脂(第一工業製薬(株)製「スーパーフレックス210」と、(b)ビスフェノール骨格を有するエポキシ樹脂(吉村油化学(株)製「ユカレジンRE-1050」)とを、含有質量比(a):(b)=50:50で混合したもの
樹脂B:アクリル樹脂(DIC(株)製「ボンコートEC-740EF」)
(無機化合物)
バナジウム化合物:アセチルアセトンでキレート化した有機バナジウム化合物
ジルコニウム化合物:炭酸ジルコニウムアンモニウム
フッ素化合物:フッ化アンモニウム
【0092】
(3)そして、上記の通り形成した化成皮膜上に、プライマー塗料をバーコーターで塗布し、鋼板の到達温度230℃ 、焼き付け時間35秒の条件で焼き付けを行うことで、表1に示す成分組成を有するプライマー塗膜を形成した。その後、上記の通り形成したプライマー塗膜上に、上塗り塗料組成物をバーコーターで塗布し、鋼板の到達温度230℃~260℃、焼き付け時間40秒の条件で焼き付けを行うことで、表1に示す樹脂条件及び膜厚を有する上塗り塗膜を形成し、各サンプルの塗装鋼板を作製した。
なお、プライマー塗料については、各成分を混合した後、ボールミルで約1時間攪拌することにより得た。プライマー塗膜を構成する樹脂成分及び無機化合物は、以下のものを用いた。
(樹脂成分)
樹脂α:ウレタン変性ポリエステル樹脂(ポリエステル樹脂455質量部、イソホロンジイソシアネート45質量部を反応させて得たものであり、樹脂酸価は3、数平均分子量は5,600、水酸基価は36である。)を、ブロック化イソシアネートで硬化させたものを用いた。
なお、ウレタン変性させるポリエステル樹脂については、次の条件で作製した。攪拌機、精留塔、水分離器、冷却管及び温度計を備えたフラスコに、イソフタル酸320質量部、アジピン酸200量部、トリメチロールプロパン60質量部、シクロヘキサンジメタンノール420質量部を仕込み、加熱、攪拌し、生成する縮合水を系外へ留去させながら、160℃ から230℃ まで一定速度で4時間かけて昇温させ、温度230℃ に到達した後、キシレン20質量部を徐々に添加し、温度を230℃ に維持した状態で縮合反応を続け、酸価が5以下になった時に反応を終了させ、100℃まで冷却した後、ソルベッソ100(エクソンモービル社製、商品名、高沸点芳香族炭化水素系溶剤) 120質量部、ブチルセロソルブ100質量部を加えることで、ポリエステル樹脂溶液を得た。
樹脂β:ウレタン硬化ポリエステル樹脂(関西ペイント(株)製「エバクラッド4900」)
(無機化合物)
バナジウム化合物:バナジン酸マグネシウム
リン酸化合物:リン酸カルシウム
酸化マグネシウム化合物:酸化マグネシウム
また、上塗塗膜に用いた樹脂については、以下の塗料を用いた。
樹脂I: メラミン硬化ポリエステル塗料(BASFジャパン(株)製「プレカラーHD0030HR」)
樹脂II: ポリフッ化ビニリデンとアクリル樹脂が質量比で80:20であるオルガノゾル系焼付型フッ素樹脂系塗料(BASFジャパン(株)製「プレカラーNo.8800HR」)
【0093】
【0094】
(評価)
上記のように得られた塗装鋼板の各サンプルについて、以下の評価を行った。評価結果を表2に示す。
【0095】
(1)めっき皮膜の構成(付着量、組成、X線回折強度)
溶融めっき鋼板の各サンプルについて、100mmφを打ち抜き、非測定面をテープでシーリングした後、JIS H 0401:2013に示される塩酸とヘキサメチレンテトラミンの混合液でめっきを溶解剥離し、剥離前後のサンプルの質量差から、めっき皮膜の付着量を算出した。算出の結果、得られためっき皮膜の付着量を表2に示す。
その後、剥離液をろ過し、ろ液と固形分をそれぞれ分析した。具体的に、ろ液をICP発光分光分析することで、不溶Si以外の成分を定量化した。
また、固形分は650℃の加熱炉内で乾燥・灰化した後、炭酸ナトリウムと四ホウ酸ナトリウムを添加することで融解させた。さらに、塩酸で融解物を溶解し、溶解液をICP発光分光分析することで、不溶Siを定量化した。めっき皮膜中のSi濃度は、ろ液分析によって得た可溶Si濃度に、固形分分析によって得た不溶Si濃度を加算したものである。算出の結果、得られためっき皮膜の組成を表2に示す。
さらに、各サンプルについて、100mm×100mmのサイズに剪断後、評価対称面のめっき皮膜を下地鋼板が現れるまで機械的に削り出し、得られた粉末をよく混ぜ合わせた後、0.3gを取出し、X線回折線装置(株式会社リガク製「SmartLab」)を用いて、使用X線:Cu-Kα(波長=1.54178Å)、Kβ線の除去:Niフィルター、管電圧:40kV、管電流:30mA、スキャニング・スピード:4°/min、サンプリング・インターバル:0.020°、発散スリット:2/3°、ソーラースリット:5°、検出器:高速一次元検出器(D/teX Ultra)の条件で、上記粉末の定性分析を行った。各ピーク強度からベース強度を差し引いた強度を各回折強度(cps)とし、Mg2Siの(111)面(面間隔d=0.3668nm)の回折強度、MgZn2の(100)面(面間隔d=0.4510nm)の回折強度、及び、Siの(111)面(面間隔d=0.3135nm)の回折強度を測定した。測定結果を、表2に示す。
【0096】
(2)耐食性評価
塗装鋼板の各サンプルについて、120mm×120mmのサイズに剪断後、評価対象面の任意に選んだ3辺のエッジから10mmの範囲、及び、サンプルの同3辺の端面と評価非対象面をテープでシーリングし、評価対象面を100mm×100mmのサイズで露出させた状態のものを、評価用サンプルとして用いた。なお、該評価用サンプルは同じものを3つ作製した。
上記のように作製した3つの評価用サンプルに対して、いずれも
図1に示すサイクルで腐食促進試験を実施した。腐食促進試験を湿潤からスタートし、20サイクル毎にサンプルを取出し、水洗及び乾燥させた後に目視により観察し、テープシールしていない1辺の剪断端面に赤錆の発生について確認を行った。
そして、赤錆が確認されたときのサイクル数を、下記の基準に従って評価した。評価結果を表2に示す。
◎:サンプル3個の赤錆発生サイクル数≧600サイクル
○:600サイクル>サンプル3個の赤錆発生サイクル数≧400サイクル
×:少なくとも1個のサンプルの赤錆発生サイクル数<400サイクル
【0097】
(3)塗装後の外観性
塗装鋼板の各サンプルについて、目視によって表面を観察した。
そして、観察結果を、以下の基準に従って評価した。評価結果を表2に示す。
◎:シワ状欠陥が全く観察されなかった
○:エッジから50mmの範囲のみにシワ状欠陥が観察された
×:エッジから50mmの範囲以外でシワ状欠陥が観察された
【0098】
(5)塗装後の加工性
塗装鋼板の各サンプルについて、70mm×150mmのサイズに剪断後、同板厚の板を内側に8枚挟んで180°曲げの加工(8T曲げ)を施した。折り曲げ後の曲げ部外面にセロテープを強く貼りつけた後、引き剥がした。曲げ部外面の塗膜の表面状態、及び、使用したテープの表面における塗膜の付着(剥離)の有無を目視で観察し、下記の基準で加工性を評価した。評価結果を表2に示す。
〇:めっき皮膜にクラックと剥離が共に認められない
△:めっき皮膜にクラックがあるが、剥離が認められない
×:めっき皮膜にクラックと剥離が共に認められる
【0099】
(5)浴安定性
溶融めっき時、めっき浴の浴面の状態を目視で確認し、溶融Al-Zn系めっき鋼板を製造する際に用いるめっき浴の浴面(Mg含有酸化物のない浴面)と比較した。評価は、以下の基準で行い、評価結果を表2に示す。
〇:溶融Al-Zn系めっき浴(55質量%Al-残部Zn-1.6質量%浴)と同程度
△:溶融Al-Zn系めっき浴(55質量%Al-残部Zn-1.6質量%浴)に比べて白色酸化物が多い
×:めっき浴中に黒色酸化物の形成が認められる
【0100】
【0101】
表2の結果から、本発明例の各サンプルは、比較例の各サンプルに比べて、耐食性、塗装後の外観性、塗装後の加工性及び浴安定性のいずれについてもバランスよく優れていることがわかる。