(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022074231
(43)【公開日】2022-05-18
(54)【発明の名称】高速カロリメトリーを用いた等温下での熱重量測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 25/20 20060101AFI20220511BHJP
G01N 5/04 20060101ALI20220511BHJP
【FI】
G01N25/20 G
G01N5/04 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020184102
(22)【出願日】2020-11-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ウェブサイトの掲載日 令和2年10月20日 ウェブサイトのアドレス https://doi.org/10.1016/j.tca.2020.178804 雑誌名 Thermochimica Acta 694(2020)178804、出版社ELSEVIER
(71)【出願人】
【識別番号】000151243
【氏名又は名称】株式会社東レリサーチセンター
(74)【代理人】
【識別番号】100182785
【弁理士】
【氏名又は名称】一條 力
(72)【発明者】
【氏名】古島 圭智
【テーマコード(参考)】
2G040
【Fターム(参考)】
2G040AB12
2G040BA02
2G040BA25
2G040CA02
2G040CA08
2G040CA16
2G040CA25
2G040DA01
2G040EA01
2G040EC01
2G040EC09
2G040GA04
2G040ZA02
(57)【要約】 (修正有)
【課題】FSCを用いてナノグラムサイズの高分子材料の等温下での相対重量の変化を調べる。
【解決手段】高速カロリメトリーを用いた等温下での熱量測定方法である。等温での熱処理、急冷、再昇温の順でサイクル測定を繰り返すことにより、等温での熱酸化反応進行に伴う重量の減少を熱容量の変化としてリアルタイムで追跡することが可能となる。相対重量(m)と熱容量(Cp,t)の間にm=Cp,ti/Cp,t0の関係が成り立つと仮定している。ここで、Cp,tiは等温開始からti秒後の熱容量、Cp,t0は等温開始直前の未反応状態における熱容量である。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高速カロリメトリーを用いた等温下での熱重量測定方法。
【請求項2】
高分子材料の熱分解、または、熱酸化反応による重量減少に起因する熱容量の変化を調べる、請求項1に記載の高速カロリメトリーを用いた等温下での熱重量測定方法。
【請求項3】
測定プロファイルが、試料調製するパートと熱容量の測定パートが交互に繰り返される、高分子材料の、請求項1または2に記載の高速カロリメトリーを用いた等温下での熱重量測定方法。
【請求項4】
試料調製するパートが、設定温度、設定時間、走査速度を任意に決める、高分子材料の、請求項3に記載の高速カロリメトリーを用いた等温下での熱重量測定方法。
【請求項5】
熱容量の測定パートが、走査速度が100℃/s以上の冷却過程および再昇温過程を有し、目的とする等温測定の温度範囲まで実施する、高分子材料の、請求項3に記載の高速カロリメトリーを用いた等温下での熱重量測定方法。
【請求項6】
等温開始前の熱容量を分母に、等温保持後の熱容量を分子として見積もった相対重量の時間変化を取得する、請求項1に記載の高速カロリメトリーを用いた等温下での熱重量測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速カロリメトリー(以下、FSCと記すことがある。)を用いた等温下での熱重量測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱重量測定法(以下、TGと記すことがある。)は、物質の温度を、調節されたプログラムに従って変化させながら、その物質の質量を温度関数として測定する手法である(非特許文献1)。従来のTG測定においては、測定1回あたり数mg~数百mgの試料が必要となるため、ナノグラムサイズの微量試料の測定は適用できなかった。さらに、等温下でのTG測定を行う場合において、従来のTG測定は目的温度までの昇温速度が、装置の構成上精々数十℃/minに制限されることから、目的温度に到達する前に試料の熱分解や熱酸化反応等が進行することも多い。このため、等温での正確なTG測定は低温域に限定されるという課題もある。
【0003】
高速カロリメトリーは、示差走査型熱量計法(以下、DSCと記すことがある。)の一種であるが、従来のDSCよりも高速(数万℃/s)で昇温、冷却が可能であり、温度の高速走査時の試料からの熱の出入りを調べることができる手法である(非特許文献2-4)。高速カロリメトリーに用いる試料の重量は数ng~数百ngであり、従来の熱分析に用いられる数mg~数百mgに比べて微量である特徴も有する。従来、高速カロリメトリーは、産業における高速の熱処理プロセスを分析装置内で模擬し、その際の熱挙動を調べることを利用目的とすることが多く、高分子材料については、主に熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂のガラス転移、結晶化、融解における熱量、温度、速度論、比熱を調べるのに有効な手法として活用されてきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】齋藤安俊, 物質科学のための熱分析の基礎, 共立出版株式会社(1990)175-266.
【非特許文献2】C. Schick, V. Mathot, Eds., Fast Scanning Calorimetry, Springer, Switzerland (2016).
【非特許文献3】古島 圭智,高速カロリメトリーの基礎-高分子の結晶化・融解挙動の解析-,繊維学会誌76(5) , (2020)191-196.
【非特許文献4】E. Zhuravlev, C. Schick, Fast scanning power compensated differential scanning nano-calorimeter: 2. Heat capacity analysis, Thermochimica Acta 505 (2010) 14-21.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明では、高速カロリメトリーを用いて、従来のTGでは取得できないナノグラムサイズの試料を用いて重量変化を捉えることが可能とする。さらに、目的温度まで高速で昇温させることができる為、目的温度に到達するまでの熱分解や熱酸化反応の進行を抑制することができ、厳密な等温下での熱重量測定を可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成からなる。つまり、高速カロリメトリーを用いた等温下での熱重量測定方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明における測定プロファイルを高分子材料(熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂)や低分子材料に適用することで、熱分解や熱酸化反応を制御することが可能となり、同一の試料片を用いて反応進行に伴う重量の変化を追跡することが可能となる。
【0008】
本発明では、代表的な熱可塑性樹脂であるポリプロピレン(以下、PPと記すことがある)について、空気流下で室温から熱酸化反応温度(当該樹脂では270℃~300℃で実施)の間を高速(3000℃/s)で繰り返し昇降温させると、昇温あるいは冷却過程のFSC曲線の形状が変化しない(試料の比熱が変化していないことに相当)ことが確認できる。これは、熱酸化反応の速度よりも速く加熱冷却を行うことにより熱酸化反応の進行が抑制され、熱酸化反応に伴う試料の重量変化が起きていないことを意味する。
【0009】
この現象を応用し、FSC内で樹脂を等温で熱処理させている途中で室温まで急冷することで反応進行を止めることができる。さらに、この状態から再度高速で昇温させると、再び反応を進行させることができる。この際得られる冷却過程と昇温過程のFSC曲線の各縦軸(熱流)の中点がFSC曲線のベースラインとなり、非特許文献4に従うと、FSC曲線のベースラインから実測の熱流までの幅が熱容量に相当する。この熱容量はそれ以前の等温熱処理の履歴を受けた試料の重量を反映し、熱酸化反応が進行していれば、重量は減少するため熱容量も低下していき、最終的には試料の重量はゼロとなりFSC曲線のベースラインと一致する。このように、等温での熱処理、急冷、再昇温の順でサイクル測定を繰り返すことにより、等温での熱酸化反応進行に伴う重量の減少を熱容量の変化としてリアルタイムで追跡することが可能となる。本発明では相対重量(m)と熱容量(Cp,t)の間にm=Cp,ti / Cp,t0の関係が成り立つと仮定している。ここで、Cp,tiは等温開始からti秒後の熱容量、Cp,t0は等温開始直前の未反応状態における熱容量である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】空気流中で室温と等温保持温度(Tiso)の間を高速で昇温・冷却させた際に熱容量が変わらないことを確認するためのFSCの測定プロファイルの一例である。
【
図2】PPに対して、
図1の測定プロファイルでFSC測定を実施した結果である。
【
図3】等温空気流中での熱容量の変化を調べるためのFSCの測定プロファイルの一例である。
【
図4】
図3の測定プロファイルで実施した300℃における累計保持時間(Δt
total)の異なるPPのFSC曲線の重ね合わせである。
【
図5】相対重量と270~300℃における保持時間の関係である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
まず、高速カロリメトリーとして、10~10000℃/s間での昇温・冷却が可能なものが好ましい。等温の設定温度として室温~400℃間が好ましく、保持時間としては、1秒~6時間程の間が好ましい。測定雰囲気として、大気流、窒素ガス流、ヘリウムガス流が好ましく、流速としては0mL/min~200mL/minの間が例示される。
【0012】
分析の対象としては、高分子材料(熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂)が望ましく、具体的にはポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリスチレン樹脂、芳香族ポリエーテルケトン、ポリビニル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ユリア樹脂、アルキド樹脂が好ましく例示される。
【0013】
本発明における試料調製するパートとは、設定温度、設定時間は樹脂の種類に応じて自由に設定できる。例えば、PPでは、設定温度として室温~300℃間が好ましく例示される。FSC測定に供する試料の厚みとしては50μm以下が望ましく、PPでは2μm~20μmが例示される。
【0014】
本発明における熱容量の測定パートとは、走査速度3000℃/sが好ましく例示される。Tisoから室温への冷却過程および室温からTisoまでの昇温過程で取得されるFSC曲線(縦軸は熱流、横軸は温度)の実験値を重ねて表示させた際に、冷却過程の熱流(Qc)および昇温過程の熱流(Qh)の中心の熱流(Qb=(Qc+Qh)/2)をベースライン点としたときに、結晶化、融解、ガラス転移等のない温度域の各温度におけるベースライン点をつないだ曲線をFSC曲線のベースラインとし、ベースラインとFSC曲線の実験値の差を熱容量(Cp)とする。すなわち、各温度におけるQb 、Qc、Qhの間にCp=|Qc-Qb|=|Qh-Qb|の関係が成り立つ。採用する熱容量の温度はPPでは溶融温度以上である200℃が好ましく例示される。また、熱容量の算出には冷却過程の熱流(Qc)を用いることが好ましく例示される。
【実施例0015】
以下、本発明を実施例により説明する。測定にはMETTLER TOLEDO社製の高速カロリメトリーの装置であるFlash DSC 1を使用した。測定雰囲気として、50mL/minの空気流で実施した。
【0016】
空気流中(流速は50mL/min)において、高速での昇温および冷却時に熱酸化反応が進行しないことを確認するため、PPに対して、
図1の測定プロファイルでFSC測定を実施した結果を
図2に示す。測定に供した試料厚みは2μmである。本実施例では、Tisoは270℃~300℃とした。
図2には冷却過程のFSC曲線からFSC曲線のベースラインを差し引いた熱容量を示しており、1回目と50回目の昇降温のサイクルで、FSC曲線の形状は完全に一致する(
図2には2本の熱容量曲線を重ねて表示させている)。この結果から、
図1に記載の測定プロファイルで測定を行っても、試料の熱容量に変化を生じるほどの熱酸化反応は進行していないことが確認できる。熱容量が変化していないことから試料重量も変化していないことが示される。なお、一連の測定に用いる試料重量は1μg以下が好ましく、試料重量は非特許文献2の1.3.5(39頁から)に記載の方法に従い算出する。本実施例は試料重量として20ng~80ngの結果である。試料重量が変動すると熱遅れの影響により測定結果の再現性が低下する場合がある。試料重量や熱容量の測定の方法については、非特許文献2および非特許文献4を参考にすることが好ましい。
【0017】
図3にはTisoで任意の時間(ti;iはサイクル数)、例えば、1s等温させたFSCの測定プロファイル、
図4には冷却過程のFSC曲線からFSC曲線のベースラインを差し引いた熱容量を示しており、Tisoでの累計保持時間(Δt
total=Σti)が長いほど、各温度における熱容量は小さくなることが確認できる。これは、300℃で保持させたにより、熱酸化反応が進行し、試料重量が減少したことを意味する。相対重量(m)と熱容量(Cp,t)の間にm=Cp,ti / Cp,t0の関係を認め、熱容量を相対質量に変換する。ここで、Cp,tiは等温開始からti秒後の熱容量、Cp,t0は等温開始直前の未反応状態における熱容量である。また、本例では200℃における熱容量の値を採用して、相対重量を見積もる。
図5にはTisoを270~300℃の範囲で変えて実施したFSC測定より得られる相対重量とΔt
totalの関係を示す。高温ほど相対重量が短時間で低下することが確認でき、これは高温ほど熱酸化反応が速く進行し、試料重量が早く低下することを意味する。